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地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

3月11日 震災7年目 

http://www.sankei.com/affairs/news/180305/afr1803050013-n1.html
【東日本大震災7年】
被災3県沿岸部、病院再開も続く医師不足

2018.3.5 08:05 産經新聞

【東日本大震災から7年】
人口10万人当たりの医療機関に従事する医師数
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 東日本大震災の津波で甚大な被害を受けた岩手、宮城両県の沿岸部では震災から7年を迎え、被災した病院や診療所の大半が再開を果たした。東京電力福島第1原発事故で被災した福島県でも復興は進みつつあるが、いずれの地域も医師不足は解消できておらず、打開策を見いだせずにいる。

 岩手県の沿岸部では、震災前にあった病院と診療所計240のうち約9割が開業している。宮城県も、再編前の震災時の医療圏ごとにみると、旧気仙沼医療圏は約8割、旧石巻医療圏は約9割に上る。

 3県の沿岸部は震災前から、人口10万人当たりの医療機関に従事する医師数が全国平均を下回ってきた。その傾向は今も変わらない。平成28年末時点の全国平均240・1人に対し、釜石保健医療圏(岩手)が145・8人、旧気仙沼医療圏(宮城)が136・5人、いわき医療圏(福島)が161・0人だった。

 福島県の原発事故による避難指示が出た地域は100施設のうち、再開したのは28%にとどまる。特に事故の影響を強く受ける相双医療圏は人材流出が著しく、病院に勤務する常勤医の数は、震災直前の23年3月1日時点で120人だったが、29年12月で88人しかいない。

 各県は医学生への修学資金援助などに取り組むが「定着率を上げるのは難しく、すぐに解決できる妙案がない」(宮城県)のが実情だ。



http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/030100207/030500005/
3・11  7年が生んだ未来
危機が生む新たな医療システム
「気仙から全国を目指す」

寺岡 篤志
2018年3月8日(木)Nikkei BP

対象は患者だけではない

 住民の登録者が人口の5%を割るEHRが多い中、未来かなえネットは開設2年足らずで16%の1万人まで漕ぎ着けた。登録の対象を一般の住民にも拡大したからだ。通常のEHRは通院時に告知されて登録するケースが多いが、事務局が各地に講演に回り、自治体の広報誌や公民館でも参加者を募った。この取り組みは未来かなえネットの最終目標と密接に関係している。

 3市町の中核病院である大船渡病院の伊藤達朗院長は「EHRからPHRへ。これまで医療機関が握っていたデータを患者が自由に取り出し、利用できるようにする」と構想を語る。PHRはパーソナル・ヘルス・レコードのこと。この中には診察情報だけでなく、幼少期からの健康検査結果やワクチンの摂取履歴も収容される。

 住民は自身の健康情報を能動的に一元管理し、自由に医療機関や介護施設、生命保険会社などにも提供できるようになる。医療機関同士の競争に関係なくセカンドオピニオンを聞くことができるようになるし、データを揃えることで健康状態の推移も理解しやすくなる。いわば、医療データの個人情報銀行だ。

危機感と向き合うことが第一歩

  EHRとしては後発の未来かなえネットが、なぜ全国でも先進事例の一つとして注目されるようになったのか。神田謙一・住田町長は「震災で3市町が危機感を共有し、迅速に連帯することができたためだ」と語る。2010年、15年の国勢調査を比較すると3市町の人口は7万人から6万3000人に約1割落ち込んだ。待ったなしの現実が、改革を加速させた。

 危機感と連帯。現在の東北の復興を語る上で欠かせないキーワードになりつつある。

 震災で3000人を超える死者が出た最大被災地、宮城県石巻市。石巻市立病院は同市を含む医療圏内で初の緩和ケア病棟の新設に取り組んでいる。早ければ年内の開設となる。専門の看護師や家族向けの宿泊施設などを備えた緩和ケア病棟をつくることは、同病院の内科部長、日下潔氏の悲願だった。

 「津波で家を失った高齢者は、災害公営住宅を終の住処と決めた人が多い。しかし、住み慣れない新しい団地の一室で、安心して最期を迎えられるだろうか」。こんな疑問から、日下氏はがん患者が死と前向きに向き合えるための場として緩和ケア病棟の必要性を訴える。

 地方の医療圏では、中核となるがん診療連携拠点病院にすら緩和ケア病棟がない例は多い。懇談スペースや広い廊下、病室が必要で、緩和ケア以外の患者を混在させないなど、利益を出しにくい構造だからだ。日下氏は石巻で緩和ケア病棟の計画が進んでいる背景を「震災前はただの競争相手だった他の大病院が、石巻の復活に取り組む戦友になりつつある」ことだと考える。それぞれの病院が得意とする診療科目に互いに患者を送り込む機会が増えた。患者の食い合いによる合成の誤謬に陥らないため、高コストの投資にも踏み切りやすくなった。

 震災で失ったものの大きさに打ちひしがれる人はもちろんまだ多い。壊れた家に住み続ける在宅被災者や、住宅の無償提供が打ち切られた原発事故の自主避難者など、元の生活を取り戻す目処が立たない人もいる。一方で「震災があったからここまでできた」と語る人も3・11からの7年で着実に増えてきた。その言葉の中に、他の地方にとってもヒントとなる希望がある。真の地方創生の第一歩は、危機感と対峙し、連帯の輪を作ること。今、東北の可能性を探る多くの人がそう語っている。

対象は患者だけではない

 住民の登録者が人口の5%を割るEHRが多い中、未来かなえネットは開設2年足らずで16%の1万人まで漕ぎ着けた。登録の対象を一般の住民にも拡大したからだ。通常のEHRは通院時に告知されて登録するケースが多いが、事務局が各地に講演に回り、自治体の広報誌や公民館でも参加者を募った。この取り組みは未来かなえネットの最終目標と密接に関係している。

 3市町の中核病院である大船渡病院の伊藤達朗院長は「EHRからPHRへ。これまで医療機関が握っていたデータを患者が自由に取り出し、利用できるようにする」と構想を語る。PHRはパーソナル・ヘルス・レコードのこと。この中には診察情報だけでなく、幼少期からの健康検査結果やワクチンの摂取履歴も収容される。

 住民は自身の健康情報を能動的に一元管理し、自由に医療機関や介護施設、生命保険会社などにも提供できるようになる。医療機関同士の競争に関係なくセカンドオピニオンを聞くことができるようになるし、データを揃えることで健康状態の推移も理解しやすくなる。いわば、医療データの個人情報銀行だ。

危機感と向き合うことが第一歩

  EHRとしては後発の未来かなえネットが、なぜ全国でも先進事例の一つとして注目されるようになったのか。神田謙一・住田町長は「震災で3市町が危機感を共有し、迅速に連帯することができたためだ」と語る。2010年、15年の国勢調査を比較すると3市町の人口は7万人から6万3000人に約1割落ち込んだ。待ったなしの現実が、改革を加速させた。

 危機感と連帯。現在の東北の復興を語る上で欠かせないキーワードになりつつある。

 震災で3000人を超える死者が出た最大被災地、宮城県石巻市。石巻市立病院は同市を含む医療圏内で初の緩和ケア病棟の新設に取り組んでいる。早ければ年内の開設となる。専門の看護師や家族向けの宿泊施設などを備えた緩和ケア病棟をつくることは、同病院の内科部長、日下潔氏の悲願だった。

 「津波で家を失った高齢者は、災害公営住宅を終の住処と決めた人が多い。しかし、住み慣れない新しい団地の一室で、安心して最期を迎えられるだろうか」。こんな疑問から、日下氏はがん患者が死と前向きに向き合えるための場として緩和ケア病棟の必要性を訴える。

 地方の医療圏では、中核となるがん診療連携拠点病院にすら緩和ケア病棟がない例は多い。懇談スペースや広い廊下、病室が必要で、緩和ケア以外の患者を混在させないなど、利益を出しにくい構造だからだ。日下氏は石巻で緩和ケア病棟の計画が進んでいる背景を「震災前はただの競争相手だった他の大病院が、石巻の復活に取り組む戦友になりつつある」ことだと考える。それぞれの病院が得意とする診療科目に互いに患者を送り込む機会が増えた。患者の食い合いによる合成の誤謬に陥らないため、高コストの投資にも踏み切りやすくなった。

 震災で失ったものの大きさに打ちひしがれる人はもちろんまだ多い。壊れた家に住み続ける在宅被災者や、住宅の無償提供が打ち切られた原発事故の自主避難者など、元の生活を取り戻す目処が立たない人もいる。一方で「震災があったからここまでできた」と語る人も3・11からの7年で着実に増えてきた。その言葉の中に、他の地方にとってもヒントとなる希望がある。真の地方創生の第一歩は、危機感と対峙し、連帯の輪を作ること。今、東北の可能性を探る多くの人がそう語っている。



http://www.yomiuri.co.jp/local/kochi/news/20180310-OYTNT50062.html?from=ycont_top_txt
<震災7年>DPAT 心のケア円滑に
2018年03月11日 読売新聞

 ◇県、マニュアル3月改定

 ◇派遣や運用方法規定、明記

 南海トラフ地震などの大規模災害に備え、県は「災害時の心のケアマニュアル」の改定作業を進めている。マニュアルは主に行政関係者や医療関係者ら向けに「心のケア」の基礎知識や、被災者支援の体制づくりについてまとめたもので、今回の改定では、「災害派遣精神医療チーム(DPAT)」の派遣や運用について具体的な項目を追加し、今月中に完成させる予定だ。(福田友紀子)

 2011年の東日本大震災で各地から派遣された「心のケアチーム」は、統一された活動指針がなく、連携不足などの課題が浮き彫りになった。そこで厚生労働省は13年4月に運用システムなどを統一したDPATの整備を都道府県と政令指定都市に呼びかけた。14年8月に広島市の土砂災害でDPATが初めて活躍した。

 今回のマニュアル改定は、16年の熊本地震で被災地に赴いた県のDPATの活動経験などを踏まえ、南海トラフ地震を始め県内外で災害が発生した場合を想定して、よりスムーズな支援活動を可能にするのが狙いだ。

 DPATの意義を明記し、活動に必要な情報を別のチームとどうやって共有するかなどについて整理。被災した精神科病院が状況を記入しDPATの派遣を要請するための依頼書や、現場のDPATが活動内容を記録する日報などの様式を示している。

 活動パターンとしては▽南海トラフ地震など県内広域で災害が発生▽集中豪雨による土砂災害など県内局地で災害が発生▽県外で大規模災害が発生――の三つを想定した。

 県内における広域災害の場合、県外から派遣されてきたDPATの活動地域の決定や配置計画の作成など県の役割を規定。県内の局地災害のケースは、被災地域内の県災害医療対策支部にDPAT活動拠点本部を置き、DPATの研修を受講している精神科病院のチームを配置することなどを明記した。県外での大規模災害では、厚労省や被災地から要請を受けた県障害保健福祉課が、連絡を取り、編成可能な病院に派遣依頼を行う流れなどをまとめた。

 今月5日、医師や薬剤師、臨床心理士らからなる検討会で、県側が改定内容を説明。委員からは「投薬について、患者保管用の説明用紙が処方箋と区別しづらい。『二重投薬』のトラブルを避けるため表現を変更してはどうか」「中長期的には、DPATとスクールカウンセラーの連携も重要と思うが、マニュアルに盛り込むことはできないか」などの提案や意見が相次いだ。

 県は、これらの意見もマニュアル改定に反映できるか検討。同課は「南海トラフ地震に備え、マニュアル改定後も、研修や訓練で検証を重ねて、さらに良いものにしていきたい」としている。


 ◆災害派遣精神医療チーム(DPAT) 「Disaster Psychiatric Assistance Team」の略。精神科医や看護師、薬剤師、臨床心理士などで構成。被災地でのカウンセリングや投薬などで、災害のストレスによる被災者の病気を防ぐ。



https://mainichi.jp/articles/20180308/ddl/k03/040/084000c
東日本大震災
被災者の健康調査、診療に活用 医師らデータ確認、患者の負担軽減へ 久慈の医療ネットに提供 /岩手

毎日新聞2018年3月8日 地方版

 東日本大震災の被災者の健康状態を調査している岩手医大「いわて東北メディカル・メガバンク機構」(矢巾町)は、NPO法人「北三陸塾」(久慈市)が運営する地域医療情報ネットワーク「北三陸ネット」に調査結果の提供を始めた。

 調査は、被災者の健康増進を目的とした復興支援事業の一環で、2013年から沿岸部を中心に20市町村で実施している。北三陸ネットに提供するのは、17年から行っている2回目の調査結果。診断を受けた被災者が同意した医療機関などに向け▽血液や尿検査▽ストレスなどのアンケート調査▽内臓脂肪面積や骨密度などの生理機能検査--の結果を提供する。

 北三陸ネットには現在、久慈市と洋野町、野田村、普代村の病院や薬局、介護施設など66施設が参加している。

 これまでは、健康診断を受けた人に知らせるだけで、統計学的なデータの把握にとどまりがちだった。今回、医療機関などに情報提供することで、医師らがデータを確認し、病状の変化がスムーズに把握できるほか、初診の参考にしたり不必要な検査を防いだりすることで患者の負担軽減などにもつながると期待される。今年1月までに200人から同意を得て、既に130人分のデータを提供した。

 いわて東北メディカル・メガバンク機構はこれまで、調査に参加した被災者に結果を通知し、解析結果を市町村や保健所に報告してきた。報告書を持って来院する住民が多いことから、今回の連携に至ったという。

 佐々木真理機構長は「直接、地域医療にすぐに役立てられる形で情報を提供する新しい試みだ。被災者の多面的な健康維持・増進に貢献できる大きなステップになる」と期待していた。【藤井朋子】



https://www.cbnews.jp/news/entry/20180309173043
被災地の医療提供体制、地域内での自己完結が鍵
研究グループが調査・検証

2018年03月09日 18:05 CB News

 東日本大震災から11日で7年を迎える中、医学・公衆衛生研究者らによる調査・研究が進んでいる。3日には東北大の災害科学国際研究所で、東北大と順天堂大の研究グループが避難所の医療提供体制などを検証する会議を開催し、宮城県の名取市医師会の丹野尚昭会長から避難所の巡回診療などの状況や課題に関する説明を受けた。東北メディカル・メガバンク機構も2月、自宅が全壊した人について、「メタボリック症候と有意な関連が認められた」との調査結果を発表。抑うつや不眠などに関しても「震災の影響は強い」と考察している。【新井哉】

■名取市医師会、近隣病院と連携して医療提供体制を維持

 名取市では、2011年3月11日の東日本大震災の発生後、同市医師会と医療機関が連携し、DMAT(災害派遣医療チーム)やJMAT(日本医師会災害医療チーム)などの支援を受けず、市内の医療提供体制を維持した。外部の支援に頼らず、なぜ避難所の巡回診療を継続できたのか。

 同市の記録などによると、震度6の地震と津波に見舞われた同市の死者・行方不明者は900人超。市の全面積のうち約3割が津波で浸水し、避難所には多数の被災者が詰め掛けた。

 医師会の会員の中には診療所が被災して市外に転出したり、亡くなった医師もいたりして、万全の状態で避難所の巡回診療を行えたとは言い難かった。それでも、医師会の医師や看護師らは、市民と一緒にガソリンスタンドに長時間並び、車の燃料を手に入れ、地道に避難所を回った。

■発災当初から休日夜間急患センターで診療も

 医師会が運営する休日夜間急患センターが被災せず、活動拠点にできたことも大きい。震災当初は電話の不通状態が続き、医師同士の連絡が取れず、口頭で指示や情報交換をする場所が必要だった。診療所が被災した医師の中には、発災当初から同センターで被災者の診療に当たったケースもあったという。

 災害関連死は40人超となったが、人口比では他の沿岸部の自治体よりも少ないとみられる。丹野会長は「市内にある県立がんセンター、近隣の宮城社会保険病院(現在の地域医療機能推進機構仙台南病院)の医師や看護師、薬剤師が積極的に巡回診療に加わってくれたことが大きい」と振り返る。避難所の被災者は、市外から応援に来た医師よりも、地域の顔見知りの医師に安心感を抱き、慢性疾患の症状や体調の良しあしを打ち明けるケースが少なくないからだ。

 こうした被災地の教訓は生かせるのか。首都直下地震に備え、避難所の運営や医療提供に関する研究を行っている順天堂大研究基盤センターの坪内暁子助教は「被災後に外部から支援を得られないことも十分考えられる。それに備え、医師だけでなく、歯科医師、薬剤師、リタイアした看護師などの医療関係者を活用することが求められる。日ごろから地域の医療連携や身体的弱者の対策を充実させておくことが大事だ」と話している。

■自宅全壊の人、メタボリック症候群で高リスク

 東日本大震災からの復興事業となっている東北メディカル・メガバンク計画も研究の成果を出しつつある。この事業を担う東北大と岩手医科大の東北メディカル・メガバンク機構は、15万人の参加を目標とした長期健康調査(地域住民コホート調査=8万人、三世代コホート調査=7万人)を実施している。

 今回は13―15年度に宮城、岩手の両県の特定健康診査などに参加した6万3002人の調査結果を分析。メタボリック症候群に該当する人の割合は、男性が24.8%、女性が8.2%だった。男性に関しては、自宅が全壊した人の方が自宅の被害がなかった人よりもリスクが高くなったという。

 こうした状況を踏まえ、同機構は「自宅の被害の程度は、喫煙・飲酒・身体活動量・心理的苦痛・抑うつ症状を考慮してもなお、統計学的に有意なリスク上昇と関連していた」などと指摘。住居被害を被った人について、「メタボリック症候群と関連するメカニズムについて検討していく必要がある」としている。今後、参加した人に対する追跡調査を実施し、健康状態の推移を把握する方針だ。



https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2018/03/post-9663.php
震災時、医薬品卸の現場の使命感が過酷な状況の病院を支えていた
2018年3月9日(金)11時00分
ニューズウィーク日本版ウェブ 広告制作チーム

震災時、過酷な状況にあった病院に医薬品卸企業社員が医薬品を届けた

2011年3月11日に発生した東日本大震災から7年が経つ。当時、インフラが寸断され物資が不足する被災地の患者たちのために、医薬品卸各社の社員たちが高い使命感を持って医療現場へ確実に薬を届けたことはあまり知られていない。

過去の有事対応で得た貴重な教訓を風化させないためにも、改めて震災当時の事例を振り返りつつ、こうした日本独自の医薬品流通の強みを探っていきたい。

東日本大震災という未曾有の災害に対応した医薬品卸の現場

東北で事業展開する医薬品卸企業にとっても、東日本大震災は"想定外"ではあった。それでも、日頃から地域に根ざし医療現場を熟知していたこと、社員たちの高い使命感と熱意があったからこそ、経験したことのない困難にも立ち向かうことができた。

ある企業の石巻支店では、震度5以上の地震が起きたら得意先に駆けつけ状況確認すると取り決めていたことから、病院から求められた輸液や抗生剤などを津波が来る前に届けることができた。津波が来て道路が冠水した後には、徒歩で胸まで水につかりながら薬を病院に届けた社員もいたし、被災した医療機器会社に代わって透析膜200人分を病院に届けるため、東北自動車道で緊急車両認定を受け、物流センターまで取りに行く社員もいたという。

忘れてならないのは、東北で事業展開する医薬品卸企業で働くこうした社員たちの多くも、自身や家族が被災し、生活基盤を揺るがされ、放射能の不安と闘っていたことだ。厳しい状況下でも高い使命感を持って臨んだ彼らの尽力がなければ、必要な医薬品が医療機関に届かず、患者たちの生命が危険にさらされていたであろうことは想像に難くない。震災時、医療品流通はまさに"ライフライン"として頼もしく機能していたのだ。

日本の医薬品卸が持つ総合機能とは

病院や薬局で受け取る医療用医薬品は、日本ではほぼ全てを医薬品卸が日々配送を行っており、この存在がなければ必要な医薬品を入手することができない。厚生労働省が2011年7月にまとめた報告書『東日本大震災対応録――経緯と教訓――』では、医薬品の搬送に関して、医薬品卸大手の多くは全国に物流網を展開し、「地場の卸でもこれら全国展開事業者との協力関係があるため、このネットワークを介して、医薬品を供給することが、一番迅速で、確実である」と指摘している。

さらに、「医薬品物流・通信の完成されたシステムを有する」、地域の医療機関の諸事情を日頃から熟知しているなどの理由から、「他のいかなる供給方法よりも卸ルートが優位に立つ。卸の機能やネットワークが基本的に維持されている限り、災害時といえども、中央集権でなく、卸ルートの方が、迅速かつ効率的である」と評価した。

厚労省が卸ルートの強みとして挙げた「医薬品物流・通信の完成されたシステム」は、欧米のそれとは大きく異なる。米国や欧州の卸が、受発注・在庫管理と一部配送機能に特化する傾向があるのに対し、日本の卸は、価格交渉や債権管理、情報提供、販売促進までを自社で総合的に行っている。このように総合機能を有し、地域に密着した活動を行う日本の医薬品卸の業態が、災害時の医薬品供給の対応においても極めて有効であることが実証されたと言えるだろう。

医薬品卸が直面する偽造医薬品の問題

このように独自の総合機能を持つ日本の医薬品卸業界は、かつては偽造医薬品(偽薬)の問題に強いと考えられていた。偽薬は「開発途上国の問題」であり、日本では流通経路が高度に管理されているので偽薬の流通は生じないとされてきたのだ。

だが、インターネットの普及などで偽薬が世界的に拡大している。世界保健機構(WHO)は、偽造医薬品の世界的な売り上げが2010年に750億ドルに達したと報告。日本でも、ED治療薬やC型肝炎治療薬「ハーボニー配合錠」の偽薬の被害が報告されるなど、安全と信頼が脅かされる事案も起きている。

トレーサビリティ強化で偽造医薬品問題に取り組む

偽薬を流通させないようにするには、医薬品の製造ロット番号や有効期限などの情報を管理するトレーサビリティ――生産から消費(または廃棄)までの過程を追跡できること――の手法を強化し、対象を拡大することが必要だ。欧米では近年そうした情報を含む2次元バーコードを販売包装単位に表示することが義務付けられ、順次実施されている。

日本でも医薬品のトレーサビリティは、医薬品の回収や院内での取り違え防止などの有効な手段として表示の範囲拡大が行われて来たが、ここへきて偽造医薬品の流通への混入防止の観点からも、更なるバーコードの利活用に向けた取組みが必要とされている。

どんなときも頼れる医薬品流通に期待

東日本震災時に対応した東北で事業展開する医薬品卸企業からも、「医薬品は供給したが、患者さんに薬が届いたかどうかまでは把握できなかった」として、災害時の情報管理を課題とする声があった。トレーサビリティの強化は、有事・平時を問わず安全、確実な医薬品流通を実現するのに役立つことだろう。

世界に例を見ない総合機能を備える日本の医薬品卸企業と、地域を熟知し高い使命感を持った社員たちが、我々の見えないところでどんなときも頼れる"ライフライン"を担ってくれている。



https://www.m3.com/news/general/590465
双葉郡の救急医療守る 4月から24時間対応へ 「東日本大震災7年」被災地と医療
2018年3月9日 (金)配信共同通信社

 東京電力福島第1原発事故後、福島県双葉郡では、入院や手術が必要な患者を受け入れる医療機関の休止が続く。その中で地元消防本部に医療スタッフを配置し、救急活動を支えてきた県立医大(福島市)が4月、富岡町に新たに開設される病院で24時間体制の救急対応に乗り出す。

 福島第1原発から約20キロ。富岡消防署楢葉分署の敷地内に立つプレハブに、平日の日中、医大の専門医と看護師、救急救命士が常駐する。救命措置や応急手当てが必要な救急要請が入ると、救急車に乗って現場へ出動。患者は近隣のいわき市や南相馬市へ運ばれる。

 医大スタッフの駐在は2016年6月に始まった。出動件数は16年度82件、17年度は12月までで既に80件に上る。避難していた住民が戻るにつれて、お年寄りを診るケースが増えている。

 問題は、119番通報を受けてから病院に収容するまでの時間。平均77分かかっており、全国平均の39・3分を大きく上回る。近隣の医療機関に患者を受け入れる余裕がなく、搬送先がすぐに見つからない。

 解決策として医大が中心となって準備してきたのが、富岡町にオープンする「ふたば医療センター付属病院」だ。地域の介護福祉施設などと連携し、認知症患者への対応も支援。医大から日夜を問わず複数の医師が派遣される。看護師の約4割は県外自治体からの期限付き応援で補う計画で、医療スタッフの継続確保が当面の課題だ。

 この地域特有の悩みもある。原発事故の影響で人口が減少しながらも国の施策で企業誘致が行われており、医大の谷川攻一(たにがわ・こういち)副理事長は「今後の医療ニーズがどう変化するのか読めない。廃炉作業が続くので緊急被ばく医療という特殊医療も必要だ」と指摘する。

 「県立医大は医師を育成する教育機関であり、高度医療も提供する。だからこそ、この地域をずっと見守っていくのが役割だ」と語った。



https://www.m3.com/news/general/590240
進む都市集中 「東日本大震災7年 被災地を歩く」「医師不足」
2018年3月7日 (水)配信共同通信社

 2004年度から新人医師は、臨床研修先を自由に選べるようになった。出身大の病院でなく、専門医としてのキャリア形成や子どもの教育などを考え都会の病院を選ぶ傾向が強まっている。

 「病院の診療機能を維持するため確保すべき医師数」を聞いた国の調査結果によると、全国平均は現員医師数の1・14倍に対し、岩手県は1・4倍と全国で最も不足。対策として県は、開業し院長になる要件に一定期間の医師不足地域での勤務経験を含めることなどを盛り込んだ地域医療基本法の制定を提唱している。



https://www.m3.com/news/general/590239
病院は「生活インフラ」 奨学金で縛るしか 「東日本大震災7年 被災地を歩く」「医師不足」
2018年3月7日 (水) 共同通信社

 海岸線には高い堤防が連なる。その陸側では新しい台地を造るような土地のかさ上げ工事が続く。津波で失われた鉄路の跡を走るバスの窓から見える風景。それは復興がまだ途上であることを物語っていた。

 緩やかな坂を上る途中にある仮設の岩手県立高田病院(陸前高田市)を2月に訪ねた。入ると、赤ちゃんの元気な泣き声が響く。子どもを抱いた母親、老人らが名前を呼ばれるのを待っている。

 「毎日200人近くの患者が来ます。同じ規模の都会の病院に比べかなり多い」。田畑潔院長(57)が話す。もともと医師らが家庭を回り診療する「日本一老人に優しい病院」を目指してきた。

 だが、震災後は若い世代が避難と仕事のため街を出たまま戻らず、少子高齢化が急速に進む。老老介護、独り暮らしの世帯が増え高齢化率は4割に近づいた。「最期は自宅でという高齢者のため在宅医療を進めたいが、地域の介護力が弱くなっています」

 現在の医師は7人で震災直前より1人増えたが「訪問診療を充実するためにも、外回りをしてくれる医師を2、3人は増やしたい」。その見通しは全く立たない。

 隣接する大船渡市の高台にある県立大船渡病院は、この地域の拠点で常勤医は40人。「本当はあと20人欲しい」と伊藤達朗院長(61)。救命救急センターが併設されているが救急の専門医、麻酔科医はいない。常勤医が不在の診療科が目立つ。

 医療サービスを維持するため近隣だけでなく盛岡市や仙台市の病院から毎日、何人もの応援を得ている。「タクシー代は年間7千万円かかっています」。毎日の医師の確保が院長の重要な仕事となっている。

 沿岸の被災地全体ではピークの2003年度より、医師は2割近く減った。「生活インフラである病院を守るため、医師が身の丈以上の仕事をしてきた」と伊藤院長。その結果、疲れ果てて去り、厳しさから敬遠される悪循環に陥っている。

 岩手県は医学生向けに最大で3千万円超の奨学金の貸付枠を毎年55人分設けている。県内の対象病院に6~9年間勤めれば返還を免除するシステムだ。「医師不足に悩む自治体はどこも同じことをしています」と県の担当者。奨学金で縛るしかない現実がある。(共同通信編集委員 諏訪雄三)



https://www.m3.com/news/general/589781
<点検・再始動 復興の理想と現実>医療・福祉 石巻市立病院 包括ケア後退に懸念
2018年3月5日 (月)配信河北新報

 復興は理想にとどまるのか。今が正念場だ。

 東日本大震災で被災し、2016年9月に移転再開した石巻市立病院(180床)。被災者支援と連動して市が進める「石巻版地域包括ケア」の推進母体として、在宅医療をはじめ総合診療の拠点を目指す理念を掲げた。医師確保など態勢整備に時間を要し、「本格稼働」には至っていない。

 「訪問診療や半島部への支援など、出向く医療を充実させなければならないが、院内業務で手いっぱいな面があった」。椎葉健一院長(64)は再開後の約1年半を振り返る。

<目標を下回る>

 市は震災後の課題に対応し、医療、福祉、保健などのサービスを一体的に提供する地域包括ケアシステムの導入を打ち出した。被災地最大規模の仮設住宅団地がある開成・南境地区をモデルに、住民の認知症や健康状態の悪化に多職種連携で対応。市全域での展開を目指し、市立病院を医療の中心的立場と位置付けた。

 一方、病院は建設場所を巡る議論の曲折などで、約5年半の休止期間を経て再開した。医師の多くは他院に移ったまま戻らず、常勤医は現在、目標の20人を下回る16人。再開当初の病床利用率は50%前後と低迷し、収入も伸び悩んだ。「手術件数が頭打ち状態の影響が大きい」として、麻酔科医の確保などを急いだ。

 新年度、医師増員の見通しだが、病院経営に重点を置くかのような流れを懸念する関係者は少なくない。

 地域包括ケアの動向を注視する山口荘一郎市議(41)は「今後の急激な高齢化を見据えれば、包括ケアの態勢づくりを今やらないと間に合わない」と指摘。「在宅医療など地域に出る医師を増やし、実際に動ける態勢をつくることが重要。当初の理念を後退させてはならない」と訴える。

<専門医育成を>

 石巻市内には石巻医療圏で急性期医療に特化する石巻赤十字病院(464床)がある。同病院は震災後、病床を62床、医師を30人以上それぞれ増やした。市立病院について金田巌院長(70)は「公立として地域ニーズにどう応えるか、方向性を明確にすべきだ」と役割分担の意義を強調する。

 理念の具現化には人材育成も鍵を握る。市立病院開成仮診療所と市包括ケアセンター所長を務める長(ちょう)純一医師(51)は、宮城県が支援し16年に誕生した東北医科薬科大医学部の卒業生が初期研修を終える6年後を見据え、在宅医療を担う総合診療専門医の育成強化を提起する。

 先進的な地域医療で知られる佐久総合病院(長野県)に長年勤務した長医師は「市は入院や在宅医療を担う病院に加えて離半島部の診療所も運営する。必要な勉強ができる態勢を整えれば医師は集まる」と強調。「地域枠の奨学生らを総合医に養成するには県の主体的な取り組みも必要。関係機関が連携し、持続的に人材確保できる体制を築くべきだ」と指摘する。



https://www.m3.com/news/general/589780
<点検・再始動 復興の理想と現実>医療・福祉 岩手県立山田病院 診療再編遠のく住民
2018年3月5日 (月) 河北新報

 東日本大震災や東京電力福島第1原発事故で被害を受けた岩手、宮城、福島3県では、再建された施設や事業が当初の復興計画通りにいかないなど、なお課題を抱えるケースが少なくない。震災から7年。どこに問題があり、修正策はあるのか。これまでの歩みを振り返りながら点検する。第1部は医療福祉の現場で真の復興への道筋を探った。

 「病院の建物は立派になったのに、頼りの訪問診療が受けられない」

 東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県山田町で、同じ80代の夫を介護する女性は不安を訴える。

 被災した県立山田病院は2016年9月、高台に建物を再建した。入院ベッドは10床減らして50床で再開。訪問診療は見直され縮小となった。女性の夫は訪問の対象から外れた。

 夫は寝たきりに近く車椅子での移動もやっと。移送サービスはあるが、経済的負担が新たに増す。老老介護世帯が多い復旧途上の町で、再建した山田病院の「態勢転換」は患者らに波紋を広げた。この女性には医療が遠のいたように映る。

<300件が10件に>

 山田病院は震災後、仮設診療所で外来診療を再開し、訪問診療を拡大。24時間態勢で在宅のみとりに応じ、14~16年は町の在宅死の割合が県内最高となる先進例として注目された。

 訪問診療の拡大は「病床復旧までの特例的な対応」と位置付け、17年度以降は自力歩行や車椅子で移動が可能な患者には通院を促した。訪問は平日の診療時間内に限定し、月最大300件を超えた件数は10件(今年1月)に激減した。

 患者、家族の不安が高まる中、山田病院は「そもそも医師が足りない。通院して適切な検査を受けた方が早期回復につながる場合もある」と理解を求める。

 常勤医は他の病院との兼務を含め3人。震災前は受け入れた時間外の救急対応も行っていない。宮本伸也院長(60)は「医師が疲弊すれば、必要な訪問診療すら行えなくなる恐れがある」と強調する。

<下回る利用率>

 民間病院が少ない岩手で、県立病院は地域医療の要だ。町内唯一の病院の入院機能維持と、震災後高まった訪問診療の住民ニーズの間で生じる「ずれ」。震災から7年の歳月は、慢性的な医師不足に急速な人口減が重なり、病院を巡る環境を変化させた。再建後の病床利用率は40%台前後で、皮肉にも震災前を下回る。

 悪循環の修正策は何か。医療と福祉の連携、合意形成の在り方が重みを増す。

 介護事業者の一人は「通院手段の確保や家庭事情に配慮した態勢が伴わないまま、訪問診療縮小が短期間で一方的に決まった」と受け止める。通院介助などを担うヘルパーも不足。「行政を交え、時間をかけた態勢づくりが必要だった」と明かす。

 「被災した山田町にはどんな医療が必要か。住民不在のまま再編が先行した」とみるのは、住民有志でつくる「山田町の地域医療を守る会」の佐藤照彦会長(77)。「病院はハード整備で終わりではない。地域に根差す医療が実現されるよう、県や町も引き続き取り組むべきだ」と訴える。



https://www.m3.com/news/general/589658
病院再開も、続く医師不足 被災3県、打開策なく
2018年3月5日 (月) 共同通信社

 東日本大震災の津波で甚大な被害に遭った岩手、宮城両県の沿岸部では震災から7年を迎え、被災した病院や診療所の大半が再開を果たした。東京電力福島第1原発事故で被災した福島県でも復興は進みつつあるが、いずれの地域も医師不足は解消できておらず、打開策を見いだせずにいる。

 岩手県の沿岸部では、震災前にあった病院と診療所計240のうち約9割が開業している。宮城県も、再編前の震災時の医療圏ごとにみると、旧気仙沼医療圏は約8割、旧石巻医療圏は約9割に上る。両医療圏は震災後に統合された。

 3県の沿岸部は震災前から、人口10万人当たりの医療機関に従事する医師数が全国平均を下回ってきた。その傾向は今も変わらない。2016年末時点の全国平均240・1人に対し、釜石保健医療圏(岩手)が145・8人、旧気仙沼医療圏(宮城)が136・5人、いわき医療圏(福島)が161・0人だった。

 福島県の原発事故による避難指示が出た地域は100施設のうち、再開したのは28%にとどまる。特に事故の影響を強く受ける相双医療圏は人材流出が著しく、病院に勤務する常勤医の数は、震災直前の11年3月1日時点で120人だったが、17年12月で88人しかいない。

 各県は医学生への修学資金援助などに取り組むが「定着率を上げるのは難しく、すぐに解決できる妙案がない」(宮城県)のが実情だ。



  1. 2018/03/11(日) 13:40:43|
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