Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

3月4日 震災関連 

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201803/20180302_33044.html
<点検・再始動 復興の理想と現実>医療・福祉(1)岩手県立山田病院 診療再編遠のく住民 
2018年03月02日金曜日 河北新報

 東日本大震災や東京電力福島第1原発事故で被害を受けた岩手、宮城、福島3県では、再建された施設や事業が当初の復興計画通りにいかないなど、なお課題を抱えるケースが少なくない。震災から7年。どこに問題があり、修正策はあるのか。これまでの歩みを振り返りながら点検する。第1部は医療福祉の現場で真の復興への道筋を探った。

 「病院の建物は立派になったのに、頼りの訪問診療が受けられない」
 東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県山田町で、同じ80代の夫を介護する女性は不安を訴える。
 被災した県立山田病院は2016年9月、高台に建物を再建した。入院ベッドは10床減らして50床で再開。訪問診療は見直され縮小となった。女性の夫は訪問の対象から外れた。
 夫は寝たきりに近く車椅子での移動もやっと。移送サービスはあるが、経済的負担が新たに増す。老老介護世帯が多い復旧途上の町で、再建した山田病院の「態勢転換」は患者らに波紋を広げた。この女性には医療が遠のいたように映る。

<300件が10件に>
 山田病院は震災後、仮設診療所で外来診療を再開し、訪問診療を拡大。24時間態勢で在宅のみとりに応じ、14~16年は町の在宅死の割合が県内最高となる先進例として注目された。
 訪問診療の拡大は「病床復旧までの特例的な対応」と位置付け、17年度以降は自力歩行や車椅子で移動が可能な患者には通院を促した。訪問は平日の診療時間内に限定し、月最大300件を超えた件数は10件(今年1月)に激減した。
 患者、家族の不安が高まる中、山田病院は「そもそも医師が足りない。通院して適切な検査を受けた方が早期回復につながる場合もある」と理解を求める。
 常勤医は他の病院との兼務を含め3人。震災前は受け入れた時間外の救急対応も行っていない。宮本伸也院長(60)は「医師が疲弊すれば、必要な訪問診療すら行えなくなる恐れがある」と強調する。

<下回る利用率>
 民間病院が少ない岩手で、県立病院は地域医療の要だ。町内唯一の病院の入院機能維持と、震災後高まった訪問診療の住民ニーズの間で生じる「ずれ」。震災から7年の歳月は、慢性的な医師不足に急速な人口減が重なり、病院を巡る環境を変化させた。再建後の病床利用率は40%台前後で、皮肉にも震災前を下回る。
 悪循環の修正策は何か。医療と福祉の連携、合意形成の在り方が重みを増す。
 介護事業者の一人は「通院手段の確保や家庭事情に配慮した態勢が伴わないまま、訪問診療縮小が短期間で一方的に決まった」と受け止める。通院介助などを担うヘルパーも不足。「行政を交え、時間をかけた態勢づくりが必要だった」と明かす。
 「被災した山田町にはどんな医療が必要か。住民不在のまま再編が先行した」とみるのは、住民有志でつくる「山田町の地域医療を守る会」の佐藤照彦会長(77)。「病院はハード整備で終わりではない。地域に根差す医療が実現されるよう、県や町も引き続き取り組むべきだ」と訴える。
(報道部・菊池春子)



http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201802/20180228_53034.html
<震災7年>3.11後方支援の教訓 「人工透析をできませんか」慢性患者を受け入れ 
2018年02月28日水曜日 河北新報

 東日本大震災の発生直後、医療機関の対応は迅速を極めた。第1陣の山形県立中央病院(山形市)の災害派遣医療チーム(DMAT)が仙台医療センターに向かったのは、2011年3月11日午後4時40分。山形県が宮城県から要請を受けて66分後のことだ。

◎再生への仙山連携(2)医療

<異なったニーズ>
 10分後に日本海総合病院(酒田市)、午後5時28分に山形済生病院(山形市)、午後5時半には公立置賜総合病院(山形県川西町)が次々とDMATを派遣。しかし、被災地の医療ニーズは当初の想定と大きく異なっていた。
 山形DMATの指揮を執った県立中央病院の森野一真副院長が振り返る。
 「津波から逃げられたか否かで生死が分かれ、外傷患者が少なかった。山形県に求められたのは慢性疾患の患者への対応だった」
 13日からは、石巻市や宮城県南三陸町を中心に津波で通院先と生活の場を失った患者や高齢者の受け入れ要請が相次ぐ。森野副院長らは山形県内の病院に病床の捻出を求める一方、搬送手段の検討を急いだ。

<透析減呼び掛け>
 「山形で人工透析をできませんか」。山形県地域医療対策課には気仙沼市近郊の被災者から電話があった。
 患者は週数回の人工透析が欠かせないが、電気と大量の水が必要なだけに被災地の医療機関はどこもままならない状態だった。
 県内35医療機関で組織する山形腎不全研究会事務局の矢吹病院(山形市)は13日、会員に被災患者の受け入れを要請。地理的に近い村山地域を中心に、各医療機関は透析の頻度を可能な範囲で減らすよう地元の患者に協力を呼び掛け、受け入れ枠を作った。
 収容可能な施設と被災患者のマッチングは、両県のコーディネーターが担った。医療機関同士のやりとりも行われたが、情報が入り乱れるケースもあったという。
 矢吹病院の伊東稔副院長は「広域災害では県単位の情報交換が重要。平時から医療、自治体関係者のネットワークを整備すべきだ」と話す。

<難手術 チームで>
 山形大病院は震災から3日後の3月14日、東北大病院(仙台市)から循環器系の重症患者の手術依頼を受けた。地震被害で手術室が使えないという。患者と担当医は翌日、ヘリコプターで山形市に到着。救急車で山形大病院の集中治療室に運ばれ、両大合同チームが17日、難手術に当たった。
 他にも、震災で手術が完遂できなかった重症の乳児や網膜剥離の患者らが運び込まれ、治療や緊急手術を施した。滅菌装置が壊れた東北大病院に代わり、使用済み手術器材の滅菌処理も行い、処理済みの器材を次々に返送した。
 医師派遣や患者の受け入れなど、内陸部で被災地医療の砦(とりで)となった東北大病院を、山形大病院がさらに後ろで支えた形だ。
 山形大病院の地震被害は軽微だったが、当初は生活物資やガソリンが不足。職員に備蓄食料を分配し、通勤に支障が出ないよう、近くに臨時の宿を確保するなどの措置を取った。
 山下英俊医学部長は「地域医療はもちろん、後方支援でも大学病院は最後の砦。多様なニーズに応えるには医薬品などの確保に加え、職員を守ることが大事になる」と説明する。
[メモ]震災直後、山形大病院、新庄病院など6病院がDMAT8チーム延べ43人を宮城県に派遣した。山形県内の病院が宮城県から受け入れた入院患者は2011年3月21日~5月12日に240人。人工透析患者は3月14~20日に入院と外来を合わせて134人だった。山形大病院は3月12日~4月11日、東北大病院などから高度医療が必要な入院患者ら16人を受け入れ、6件の手術を行った。
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 東日本大震災で壊滅的な被害を受けた宮城が、発生直後から再生に向けて歩みだせた陰には、奥羽山脈の西に広がる山形からの迅速かつ幅広い支援があった。窮地にある宮城を救うため、復旧復興を下支えするため、「隣人」たちは何を考え、どう行動したのか。被災と支援を巡る教訓を仙山圏に探る。(山形総局・須藤宣毅)



http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201803/20180303_13021.html
<点検・再始動 復興の理想と現実>医療・福祉(2)石巻市立病院 包括ケア後退に懸念 
2018年03月03日土曜日 河北新報

 復興は理想にとどまるのか。今が正念場だ。
 東日本大震災で被災し、2016年9月に移転再開した石巻市立病院(180床)。被災者支援と連動して市が進める「石巻版地域包括ケア」の推進母体として、在宅医療をはじめ総合診療の拠点を目指す理念を掲げた。医師確保など態勢整備に時間を要し、「本格稼働」には至っていない。
 「訪問診療や半島部への支援など、出向く医療を充実させなければならないが、院内業務で手いっぱいな面があった」。椎葉健一院長(64)は再開後の約1年半を振り返る。

<目標を下回る>
 市は震災後の課題に対応し、医療、福祉、保健などのサービスを一体的に提供する地域包括ケアシステムの導入を打ち出した。被災地最大規模の仮設住宅団地がある開成・南境地区をモデルに、住民の認知症や健康状態の悪化に多職種連携で対応。市全域での展開を目指し、市立病院を医療の中心的立場と位置付けた。
 一方、病院は建設場所を巡る議論の曲折などで、約5年半の休止期間を経て再開した。医師の多くは他院に移ったまま戻らず、常勤医は現在、目標の20人を下回る16人。再開当初の病床利用率は50%前後と低迷し、収入も伸び悩んだ。「手術件数が頭打ち状態の影響が大きい」として、麻酔科医の確保などを急いだ。
 新年度、医師増員の見通しだが、病院経営に重点を置くかのような流れを懸念する関係者は少なくない。
 地域包括ケアの動向を注視する山口荘一郎市議(41)は「今後の急激な高齢化を見据えれば、包括ケアの態勢づくりを今やらないと間に合わない」と指摘。「在宅医療など地域に出る医師を増やし、実際に動ける態勢をつくることが重要。当初の理念を後退させてはならない」と訴える。

<専門医育成を>
 石巻市内には石巻医療圏で急性期医療に特化する石巻赤十字病院(464床)がある。同病院は震災後、病床を62床、医師を30人以上それぞれ増やした。市立病院について金田巌院長(70)は「公立として地域ニーズにどう応えるか、方向性を明確にすべきだ」と役割分担の意義を強調する。
 理念の具現化には人材育成も鍵を握る。市立病院開成仮診療所と市包括ケアセンター所長を務める長(ちょう)純一医師(51)は、宮城県が支援し16年に誕生した東北医科薬科大医学部の卒業生が初期研修を終える6年後を見据え、在宅医療を担う総合診療専門医の育成強化を提起する。
 先進的な地域医療で知られる佐久総合病院(長野県)に長年勤務した長医師は「市は入院や在宅医療を担う病院に加えて離半島部の診療所も運営する。必要な勉強ができる態勢を整えれば医師は集まる」と強調。「地域枠の奨学生らを総合医に養成するには県の主体的な取り組みも必要。関係機関が連携し、持続的に人材確保できる体制を築くべきだ」と指摘する。(報道部・菊池春子)



  1. 2018/03/04(日) 10:39:20|
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