Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

3月20日 

https://www.m3.com/news/iryoishin/512460
シリーズ 医師の働き方改革とキャリア
多様な疾患を診る開業医の現実 - 坂根みち子・坂根Mクリニック院長◆Vol.1

2017年3月20日 (月) 聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)

 「医師の働き方改革」は、病院勤務医に限った話ではない。診療所開業医にとっては、自分自身の働き方に加えて、雇用者の立場として職員の労務管理にも目を配り、改善に努めることが求められる。
 今回紹介するのは、坂根Mクリニック(茨城県つくば市)院長の坂根みち子氏。常勤と非常勤を合わせ、計9人の職員は全員女性。冬期は1日に100人もの患者を診る日も多いという坂根氏。職員のスキルを高め、ITなども駆使、質の高いかつ効率的な医療を目指す坂根氏に、自身の勤務医時代の経験や苦労も含めてお聞きした(計6回の連載)。

――先生は、循環器内科医としてのキャリアを積んだ後、2010年10月に開業されました。今はどんな診療をされているのか、まず現状をお教えください。

 季節によっても違いますが、冬期の患者さんは1日100人前後。外来は基本予約制で、予約外受診は間に入れます。受付時間は、早朝診療をやっているので、午前は7時30分から11時30分、午後は2時から5時30分までです。状態が比較的安定している人であれば、2カ月に1回の受診となります。それでも患者さんが多い理由の一つは、私が循環器の専門医であり、循環器疾患を軸に、幅広い疾患に対応していること。加えて、女性医師であることも理由だと思います。看護師は常勤4人、事務職員は常勤3人、非常勤2人を合わせ、計9人のスタッフは全て女性です。

 風邪から循環器系の専門的な評価を必要とする患者さん、さらにはメンタル面でのカウンセリングを必要とする患者さんまで、本当にさまざまな患者さんを診ています。医療の質を維持しつつ、多くの患者さんに対応するため、ITを駆使するほか、力を入れているのはスタッフ教育。看護師は救急患者の初期対応ができるスキルを持ち、医療クラークは、私の診察内容をリアルタイムに電子カルテに入力し、他院への紹介状も8割程度は完成できる医療知識を持っています。

――大学病院からの紹介患者も多いと聞いています。

 例えば、80歳代で紹介されて来た患者さんは、高血圧と不整脈に対しては、循環器内科で、心臓カテーテルアブレーション後、植え込み型除細動器(ICD)が植え込まれており、代謝内分泌内科では、糖尿病でインスリン治療をされており、腎臓内科では慢性腎臓病(CKD)を診てもらっていました。

 私はかかりつけ医として、循環器内科だけでなく、代謝内分泌内科、腎臓内科などの患者さんも全て診ているわけです。専門外だからと言って、何かを省略することはできません。多疾患を抱え、さまざまな診療領域にわたる患者さんを診るのは、本当に大変で、時間もかかります。大学病院で診ていた項目はもちろんチェック、場合によっては大学病院より細かく診ているかもしれません。食事の内容や生活習慣、自己血糖測定や自宅での血圧測定の結果なども確認して、指導しています。病状が安定している患者さんでも、いつ状態が変わるか分からないので手は抜けません。

 私はかかりつけ医としての今の仕事にやりがいを持っています。ただどんな診療をしても、診療報酬に差がないことは問題があると思っています。開業医の働き方改革を進めるには、カルテを基に診療内容によって診療報酬にメリハリを付けることが必要ではないでしょうか。

 診療報酬は公定価格です。開業医が収入を上げるためには、(1)長時間労働して、多くの患者さんを診る、(2)検査などを行い、患者さん1人当たりの診療単価を上げる、(3)頻回に受診してもらう、(4)自費部門を充実させる――という4つの方法のいずれかを取るしかないのです。私はポリシーとして余計な検査や頻回受診は避けたいと思っており、長時間労働にも限度があります。当院で自費診療を充実させているのは、経営を安定させて、医療保険に過度に頼ることなく、良い医療を提供したいからですが、多疾患をまとめて診る場合のインセンティブも必要だと思います。

――かかりつけ医を評価する点数としては、地域包括診療料(加算)が2014年度診療報酬改定で新設されました。

 地域包括診療料は、24時間対応、医師2人以上の体制にすることなどが要件であり、算定は困難です。加算の算定もハードルは高い。「24時間対応と言っても、夜間に呼ばれるのはまれだから、問題ない」と言う方もいますが、実際に呼び出される回数の多寡によらず、呼ばれることが想定される以上は、それに備えているので、「問題ない」という理屈は分かりません。未成年の子ども、あるいは介護が必要な家族がいたらなおさらです。

 女性医師の割合は年々増加していますが、子育てはいまだに多くが女性の役割でしょう。女性医師が出産、育児後も仕事を継続できるようにするためには、オン・オフがはっきりする環境作りが必要。オンの時は、いつ呼ばれても大丈夫なように必ず準備しておく。もちろん、お酒も飲まない。でも、オフだったら呼ばれることがないようにする。これは男性医師にとっても、必要な環境でしょう。

 しかし、医師、特にある年齢以上は、長年、「いつでも呼ばれる」という生活に慣れてしまっており、その論理で物事を考え、制度設計をしているのではないでしょうか。それは、家事も育児も他にやってくれる人がいる人の論理です。


クリニックは、つくば市の中心部から車で10分弱。木材をふんだんに使った外観は、温かみとやすらぎを感じさせる。
――24時間対応をはじめ、開業医の働き方にはどんな取り組みが必要だとお考えですか。

 当クリニックがある、つくば市は、茨城県内で唯一、人口当たりの医師数が全国平均を超えている自治体です。大学病院のほか、基幹となる病院が当クリニックから車で10~20分程度の場所にあります。つくばに限りませんが、開業医の働き方を考えるには、夜間や休日は救急医療体制が整っている地域の病院との連携が不可欠です。365日24時間対応を、1人医師の診療所に求めても、対応はできません。

 当院では、クラウド型の電子カルテを導入しています。パソコンがあれば、患者さんやご家族は、自宅で、あるいは夜間などに受診した病院で、自分のカルテを見ることができます。容体が悪化する心配がある患者さんについては、例えば救急搬送を受け入れる医師を想定して、どんな点に注意すればいいか、終末期が近い患者さんであれば、私がどんな説明をしているかなどまで書いています。IT化が進む時代ですから、こうした仕組みを各医療機関が導入すれば、情報共有も容易です。

 情報共有だけでなく、どうすれば地域連携がスムーズに進むか、他にもいろいろアイデアはあります。強力なリーダーシップを発揮する人がいて、かつ一定の診療報酬上での評価があれば実現するのでしょう。しかし、現実には、なかなか難しいですね。

――開業医が力を発揮するためには、患者さんにも、受診の仕方を考えてもらいたいと、先生は常々指摘されています。

 はい。最近、気になっているのは、聞きたいことを全て聞いて帰ろうという患者さん。問題はその内容です。何か分からないことがあると不安になり、病気かもしれないからとすぐ受診。せっかく受診するなら全てを聞いて帰りたい。せっかく受診するなら、あんな薬も、こんな薬もほしい……。そのほか、主訴から考えて、「不要」と説明しても、「検査をしてほしい」と訴え続ける患者さんもいます。受診の際にご家族の医療相談をしたり、「この前の夫の検査結果はどうでしたか」と聞いてきたりする方なども見られます。

 時間的に余裕があり、一定の報酬が得られれば、かかりつけ医として、可能な限り対応したい。しかし、現実には、重症な患者さんが控えていたりするので、対応には限界があります。多数のスタッフを雇用する経営者の立場として、赤字を出すわけにも行きません。公的医療は支え合いの制度。本当に必要な時に、必要な医療を誰もが受けられるようにするためには、患者さん側にも「権利」とともに「義務」もあるのです。



https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20170315-OYTET50025/
原発事故後の福島で住民と共に歩む医師・坪倉正治さん
坪倉正治さん(3)医者なんてやりたくない 頭でっかちの秀才を変えた現場

2017年3月20日 読売新聞

 今でこそ、原発事故被災地の浜通り(福島県沿岸部)で、住民の真っただ中に飛び込んで診療に検査に当たっている坪倉さんだが、実は東京大学の医学生だった頃、「医者なんてやりたくない」と考えていた。

 「人と接する仕事をしたいと思っていたので、医療自体には興味があったのですが、医学部6年のぎりぎりまで、『医者としては働きたくない』と思っていました。僕らが学生だった2000年以降は、東京女子医大の医療事故や福島県立大野病院の産婦人科医逮捕事件が次々に起き、医療不信が高まった頃。病院実習の際には先輩医師からは、二言目には『こんなことをしたら訴えられるぞ』と言われ、1日に何回もその言葉が耳に入るんです。インフォームド・コンセント(医師の十分な説明と患者の同意)がねじ曲がって捉えられていた頃でした。患者さんに対してすごく防御的になっていたし、大学病院の先輩医師の目が輝いていなくて、自分の思い描いていた医師像とかけ離れていた。そんな状況なら、全体を見て医療がより良くなるための仕事、医療政策を考えていく仕事に就きたいと思い、厚生労働省の医系技官(医師免許を持つ官僚)になるとか、製薬企業とかコンサルタント会社に入るとか、医療ベンチャーを起業するのもありかなと思っていました」

 大学1、2年生の頃は、六法の勉強もしていた。司法試験も何度か受けた。

 「医学と法学や経済学は言語体系が全く違うので、そういう世界も理解しておきたいなと思ったんです。刑法ならこう考えるとか、民法ならこうだとか、ミクロ経済、マクロ経済はこういう見方をするとか。医学に偏らない教養を幅広く身に付けることに興味がありました、といえば聞こえは良いのですが、もしかしたら現状の医療に違和感を感じて、抜け出そうともがいていたのかもしれません。主に医療裁判をやっている裁判官に会いに行ったり、医学部の学祭で企画長を務めて、医療過誤とか医療経済とか、医療に関わる社会現象を考察して発表したりしていました。悪い言い方をすれば、先輩の医師が『つらい』とか『面白くない』と言っている臨床(患者を診療すること)に興味が持てなくなっていたんですよね」

 「医師国家試験は受けるけれども、臨床研修はする必要はない。病院の中じゃなくてすぐに社会に出て、医療を変えるような政策に関わる仕事をしたい」と色々な場所の面接にまわった。外資系のコンサルタント会社なども受験したが、最終面接で結局落ちた。進路に迷い、周囲の人に相談していく中で、灘高、東大出身の先輩政治家に会いに行き、強烈に怒られたことが、医師の道に進むきっかけになる。

 「その人に、『地道な仕事や地に足をつけた仕事をちゃんとやったことがなくて、下積みをちゃんと積めないようなヤツは、全体を 俯瞰ふかん して見たり、全体の方針を決めるような仕事ができるようには絶対にならん!』と一喝されました。それでハッとさせられたところがあって、臨床研修しようと心を入れ替えたんです」

 それが、最終学年である6年生の夏。卒業後に研修医として修業する病院を決める時期はとっくに過ぎていて、どの病院も見学さえしていない。「しっかり診療を学ぶなら良い病院があるぞ」と教えてもらった、千葉県鴨川市の亀田総合病院にぎりぎり滑り込んだ。

 医者になるならば、診療科は血液内科にしようと最初から決めていた。

 「医者ならば、がんの治療をやるべきだと思っていました。がんは治らない人も多いです。その時に抗がん剤を使ったり、緩和医療をチームで行ったり、どうやってより良く生きられるかを考えたりする勉強をしないといけないと思っていたんです」

先輩医師から教えられた患者を診る喜び

 とりあえず研修は終えようと入った亀田総合病院。そこで出会った医師たちと仕事をして初めて、坪倉さんは、医師という仕事の素晴らしさに目覚める。

 「亀田で出会った医療者たちは、患者のおじいさん、おばあさんと丁寧に話し合いながら、一つ一つ治療を進めていったり、治療の中にも日々の小さな喜びを感じていたり。それまで臨床をバカにしていた自分を、すごく反省しました。患者さんを診ることのすばらしさや、やりがいをすごく教えてもらった。365日24時間、ひたすら働くのも全く苦にならなかったし、集中治療室で患者さんの横にずっと座って、尿の量をチェックしたり付き添ったりするのもすごく大事な仕事だと思えました。自然と血液内科の仕事を続けようと思いました。彼らとの出会いがなければ、今の自分はありません」

 3、4年目は帝京大ちば総合医療センター、5年目は血液内科で実績のある都立駒込病院の血液内科に進み、血液がんの患者で最も大変な治療となる骨髄移植について学んだ。

 「血液内科では、若い患者さんが何とかして生きたいと願うのに、どうにもしてあげられないという場面に多く出会います。若い子が亡くなるし、壮絶な終わり方もある。つらくて精神的にやっていられないと思うこともありました。両親どころか祖父母まで生きている若い患者さんに治療法がないことを伝え、どういうふうに良い最期を迎えてもらうかを考えて、チームでサポートする。患者さんの前で泣いてしまって、上司の医師に怒られたこともありました。忙しくて、あまりに病院から出ることができず、不整脈が出て上司に帰宅させられたりと毎日必死でしたが、正直、自分は患者さんや家族と対話ができる医師になれたんだと勝手に思っていました。けれども、その根拠のない自信は、震災後に福島に通うようになって、崩れ去りました。自分は医師として色々なことを全然知らなかった、何もわかっていなかったということを、後に福島の現場で学ばせてもらうことになるんです。もちろん、今もわかっているわけでは決してないのですけれど」

働きながら学んだ論文を書く意味

 それほど忙しい毎日を過ごしながら、診療が終わると、坪倉さんは東大医科学研究所に夜な夜な通っていた。医学生時代から、論文の書き方の指導を受けていた上昌広さんの研究室で学ぶためだ。

 「試験管の実験には興味がなかったのですが、この患者さんに対してどのような治療を行うべきかを考え、そして症例検討をまとめるのは面白いと思っていました。いわゆる論文を書くという作業です。論文の書き方は手術と同じでハウツー本を読んでもものにならず、先輩から手取り足取り指導を受けながら実際に書いて学ぶしかない。筋道を立てて考えることがすごく面白かったし、患者さんを診る臨床医が、論文を書くことが最新の研究成果を勉強し考えを整理するトレーニングとしても最良であると思っていました。つまり、論文が書けるということは、現在わかっていないことを明らかにすること。つまり、まだ解明されていないこと全てがわかっていないといけないので、その病気に関して一生懸命調べ尽くす必要があるのです。そのうえで、この患者さんの事例が科学的にどんな意味があるのかを考え抜いて、何か新しくわかったことがないかを必死に探す。そういう過程は、回り回って最終的に患者さんのためにもなり、これからの診療に役立ちます。そういうことを徹底的に教えてもらいました」

 駒込病院で午後8時頃、診療が終わり、東大医科研の研究室に行って、午前3時頃まで論文を書き、それから4時過ぎに下宿に帰って、早朝からまた病院で診療をする。

 「きつかったですが、やりがいもありました。あの時に、自分で勉強する 術すべ をすべて教えてもらった気がします。それは、福島でも生かされていると感じています」

 そして、福島に通い始めて1年が過ぎ、住民の検査データがまとまり始めた頃、世界にこの災害のデータを発信しなければと、普段の診療や検査をこなしながら、論文を書いた。2012年8月、南相馬市立総合病院の内部 被曝ひばく 検査の結果を一流学術誌「JAMA(米国医師会雑誌)」に出したのが福島の活動で第1号の論文だ。放射性セシウムを検出していないのは大人で62%、子供で84%という結果。検出した人も高い値ではない。チェルノブイリの原発事故と異なり、被曝はかなり低く抑えられているということを世界に知らしめた。

 「世界に対して論文で公式なデータを発表することで、福島の人が置かれた状況や問題点、今後の対策などを世界中の専門家が議論できるようになる。この論文の場合は、原子物理学者の早野龍五先生のおかげで、世界保健機関のスタッフとも共有し、福島の現状を議論することができました。こうしたことは、浜通りを初めとする福島の住民の方のためになるはずですから、その後も積極的に論文を書いていこうと思いました」

 そして現在、震災直後から浜通りの住民を診療してきて感じてきたことを、データで明らかにした論文を作成している。南相馬市の住民の健診や被曝検査のデータを組み合わせて分析すると、放射線被曝の影響でがんになって命を落とす危険性より、糖尿病の影響でがんになり命を落とす危険性の方が数十倍も高いだろうという推計だ。

 「南相馬市だと、年代によりますがこの6年で5~6%、避難区域内だとそれより高くて10%ぐらい、震災前に比べて糖尿病が増えています。震災直後に支援に入った時から、住民の命を奪ってしまうのは直接的な放射線被曝より、むしろ社会変化による生活習慣病だと直感していましたが、それをデータで裏付けた形になります。ただ、難しいのは放射線の直接の影響は薄いわけですが、原発事故で仮設住宅に入って生活環境が変わったり、人とのつながりが薄れたりしたことは健康に強く影響しています。それは間接的には放射線の問題とも言えます。この結果から言いたいのは、放射線が関係ないということではなく、冷静にデータを見て住民の健康を守る対策を考えるなら、本体は生活習慣病だということ。こういう分析を保健師さんら地域の医療者に伝え、対策を打つべき方向性を共有し予算をつけていくことが必要だということです」

回り回って理想としていた仕事に

 坪倉さんは、今では相馬市、南相馬市、飯舘村、川内村の放射線関係の対策委員となっている。医学生時代はあれほどいやがっていた医療の最前線に飛び込み、現場から学んだことをデータにまとめ、それを政策提言をしていく。いつの間にか、「医者になりたくない」と言っていた医学生時代に理想としていた仕事をしている自分がいた。

 「目の前の患者や地域の人と必死に関わってきたつもりが、結局データをまとめ、論文を発表し、地域を良くするためにはどういう対策を立てればいいのかという全体に関わる仕事になっていきました。医療だけではなく、教育や食べ物など生活全体を考えるようになりました。これだけ苦しんでいる人がたくさんいて、つらい思いをしている人がたくさんいる。そして立ち上がろうとしている人がいる。この現状を後に残すことは医療者としての義務です。そして、この地で様々な医療問題に取り組むことは、日本の将来の医療問題への対策の先取りになっています。すべてつながってきたのだなと思います」



https://www.m3.com/news/general/512947
「大阪府、存続を」、監察医、検討会が結論 府、引き続き議論へ
2017年3月20日 (月) 毎日新聞社

 大阪市内の事件性のない遺体を検案や解剖して死因を調べる監察医制度について、大阪府の有識者検討会は17日、制度を存続させるべきだとの結論をまとめた。府は廃止する方向で検討していたが、医師や府警関係者から「死因を明確にし、犯罪の見落としを防ぐためにも必要だ」などと反対する声が上がっていた。府は検討会の意見を踏まえ、来年度も引き続き議論する。

 検討会は、孤独死が増えている現状などを踏まえ、「制度は継続し、市外にも広げる新たな仕組みが必要」との意見をまとめた。

 検討会は昨年6月から、死因調査のあり方の議論を開始。府は昨秋、公衆衛生の向上という創設当初の役割は薄れたとして廃止する方針を固めていた。

 制度は戦後間もなく、行き倒れなどの死因を究明して公衆衛生に役立てるために導入された。府内では大阪市のみ対象。【山田毅】



http://mainichi.jp/articles/20170321/ddm/001/040/144000c
がん大国白書
第5部 生きる力に/1(その1) AIが病理診断 専門医不足カバー

毎日新聞2017年3月21日 東京朝刊

 囲碁のトップ棋士を破り、蒸気機関、電力、コンピューターに続き第4の産業革命を生むともされる人工知能(AI)が、がん医療にも広がろうとしている。日本病理学会が今年2月、AIを使ったがんの画像診断技術の開発を公表した。病理医は体内の組織を顕微鏡で観察し、がんなどの病気を診断する。しかし、病床数400以上の全国の病院(約700施設)の約3分の1には、常勤の病理専門医がいない。常勤医がいても半数近くは1人。病理医不足の救世主として「AI」が注目されている。

 ホルマリン漬けにした臓器片を切り、ろうで固めて標本(縦約3センチ、横約8センチ)を作る。それを顕微鏡でのぞき細胞の形から病気の有無を判断する。がん診断に欠かせない病理医の仕事だ。

 がん患者の増加や抗がん剤の効果を調べる検査などが加わり、病理診断の数は2005~15年で約2倍に増えた。裏方の病理医は人気が低く、病理医1人当たりの仕事は増える一方だ。病理診断のミスは「命」と直結する。

 病理学会は、この仕事にAIを導入するため、東京大病院、九州大病院など計29機関が参加し、システム開発を始めた。開発に加わる富山市民病院病理診断科の斎藤勝彦部長は、がんが再発した患者を診断するとき、患者の過去の標本を別室の管理棚から探して比べていた。病院の病理医は斎藤部長だけ。「全て手作業の仕事を効率化できないか」と考えていた。06年には年間約4000件の標本を全てデジタル画像化し、検索できるシステムを作った。さらに、AIが予備的な判定をしてくれれば、医師の負担は減るはずだ。

 病理学会が開発中のシステムは、参加機関が保存する画像をデータベースに集め、囲碁でAIが過去の勝負を読み込んだように「ディープラーニング(深層学習)」という技術で画像を読み込ませ、がんか否かを判断させる。試験的に胃がんと、がんに似た良性の症状を判別させたところ、既に7割程度を見分けられた。実用化できるには、5~10年かかるとみられる。

    ◇

 がんの治療開発では次々と新技術が生まれ、患者は実用化に「生」への希望を託す。一方、もし治療が尽きた場合はどうすべきなのか。07年に施行された「がん対策基本法」が目指す患者が安心して治療と向き合える環境の現状を、8回にわたって報告する。 (次回から2面に掲載します)

 ■ことば
ディープラーニング
 コンピューターが、入力された膨大なデータに共通する特徴を見つけ、それを繰り返し学習することで自ら理解を深めていく技術。


  1. 2017/03/21(火) 05:32:38|
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