Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

1月22日 

https://www.m3.com/research/polls/result/207
意識調査
大学受験、どのくらい勉強した?

カテゴリ: 現場の思い 回答期間: 2017年1月11日 (水)~17日 (火) 回答済み人数: 2315人

 1月14日、15日は大学入試センター試験です。センター試験から私立大学入試、国公立大学の二次試験と、受験生にとって大変な時期が続きます。会員の皆様も受験生時代はかなりの時間を受験対策に費やされたと思います。
 今回の意識調査では皆様の受験生時代の思い出などについてお伺いいたします。

Q1 大学受験対策として、自宅や塾などで1日平均何時間くらい勉強しましたか?※進学大に合格した年度の夏以降(学校の通常授業は除く)を想定してください。
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開業医 : 435人 / 勤務医 : 1541人 / 歯科医師 : 9人 / 看護師 : 16人 / 薬剤師 : 223人 / その他の医療従事者 : 91人
※2017年1月17日 (火)時点の結果

Q2 大学受験は国公立大、私立大どちらを受験しましたか?※防衛医科大は国公立、自治医科大は私立として回答ください。
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開業医 : 435人 / 勤務医 : 1541人 / 歯科医師 : 9人 / 看護師 : 16人 / 薬剤師 : 223人 / その他の医療従事者 : 91人
※2017年1月17日 (火)時点の結果

Q3 大学受験は何校受験しましたか?(進学大に合格した年度内で受験した数)
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開業医 : 435人 / 勤務医 : 1541人 / 歯科医師 : 9人 / 看護師 : 16人 / 薬剤師 : 223人 / その他の医療従事者 : 91人
※2017年1月17日 (火)時点の結果

Q4 進学した学部以外の学部を受験しましたか?
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開業医 : 435人 / 勤務医 : 1541人 / 歯科医師 : 9人 / 看護師 : 16人 / 薬剤師 : 223人 / その他の医療従事者 : 91人
※2017年1月17日 (火)時点の結果

Q5 大学入試の思い出について、ご意見をお寄せください
(別記)



https://www.m3.com/news/iryoishin/495464
シリーズ: m3.com意識調査
医師の5人に1人、「1日8時間以上」勉強
「大学受験、どのくらい勉強した?」Vol.1

2017年1月22日 (日) m3.com編集部

 m3.com意識調査「大学受験、どのくらい勉強した?」において、大学受験の学習経験について聞いたところ、「1日8時間以上」と回答したのは医師が22.0%、薬剤師9.0%、看護師6.3%、その他医療従事者は18.7%となった。「6~8時間」の回答は医師19.0%、薬剤師13.9%、看護師6.3%、その他医療従事者20.9%だった。

 コメントの中には「1日12時間以上」という声も少なくなく、「良い思い出」であると同時に「二度とやりたくない」など辛い経験だったとの意見が目立った。

◆自由意見はこちら→「東大入試が中止に」「文系偏差値30代から国立(医)合格」
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 また、受験した大学数について聞いたところ、医師では「1校」「2校」がそれぞれ28%ずつで、半数以上が2校以下の受験数だった。薬剤師は「1校」が19%、「2校」が17%、看護師は「1校」が50%、「2校」が19%、その他医療従事者は「1校」が29%で「2校」が19%だった。
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・調査期間:2017年1月11日-2017年1月17日

・対象:m3.com会員(開業医、勤務医、歯科医師、薬剤師、看護師、その他医療従事者)

・回答総数:2315人(うち開業医435人、勤務医1541人、歯科医師9人、薬剤師223人、看護師16人、その他の医療従事者91人)

・回答結果画面:大学受験、どのくらい勉強した?

◆自由意見はこちら→「東大入試が中止に」「文系偏差値30代から国立(医)合格」



https://www.m3.com/news/iryoishin/495470
シリーズ: m3.com意識調査
「東大入試が中止に」「文系偏差値30台から国立(医)合格」
「大学受験、どのくらい勉強した?」Vol.2

2017年1月22日 (日) m3.com編集部

 Q5: 大学入試の思い出について、ご意見をお寄せください

◆調査結果はこちら→医師の5人に1人、「1日8時間以上」勉強

◆回答結果はこちら→大学受験、どのくらい勉強した?

・東京での約1年の浪人生活は大変楽しゅうございました。東大入試が中止になり、志望校の変更を余儀なくされましたが、郷土の先輩が多く在籍していた大学へ入学することになり結果的に良かったのではと振り返っています。通学した駅付近を歩いてみましたが、学校がどこにあったのかわからず、頭の衰えを思い知らされました。【開業医】

・自分の欲を全て捨てて、水の中に顔をつけて息を我慢する時のように、極限まで我慢して我慢して勉強に打ち込んだ。おかげで1年で文系偏差値30台から国立大の医学部に合格できました。【勤務医】

・心はとっくに折れていたけど、最後まで鉛筆を動かすことはやめなかった。やる気は年々なくなってきたけど、鉛筆を動かし続け、問題慣れすることで、偏差値は、次第にupし、特に数学と物理は思考回路のテンプレートを作ってからは、代ゼミや河合の各大学プレテストで常に上位に食い込むようになった。センター試験はなぜか、毎年不出来ではあったが、二次偏差値と総合判定B(旧帝大クラス)をいただけたのは、うれしかった。親の説得により、帝大受験はあきらめ、旧6へ進んだ。多浪でも成績上昇例を目の当たりにし、数名の方々のやる気増進につながったようだ。【勤務医】

・数学と物理で苦労したこと。駿台最終模試でやっと志望校のB判定が取れたことを覚えています。 まだ1期校、2期校の時代です。1浪しましたが、第一志望の1期校も、最初の発表では不合格でした。しかし2期校には奇跡的に合格しました。2期校の発表後、そちらへ行く気になっていたのですが、すぐに1期校も補欠合格をいただき、私の受験生活も何とか1浪で終わりました。 しかし、浪人時代のどこにも受からないかもしれない、という不安は今でも夢に出てきます。こうした経験は浪人した方でないと分からないかもしれませんね。【勤務医】

・もう40年近く昔の話です。東北地方の小さな地方都市の進学校でした。偏差値70クラスの生徒もいれば,高卒後は地元に就職するようなレベルの人も少なからずいて、医学部受験のノウハウを知る先生もいなければ、切磋琢磨できるような学力レベルにいる人も少なく,進学塾もなく、受験では苦労しました。今思い出してもポイントを得ない勉強ばかりやってよく入れたと思います。大学に入ってみて、都市の進学校から来た人の勉強環境との差に驚いたことを思い出します。【開業医】

・間違えて外国語を英語でなくドイツ語で申し込んでしまったが、後日大学事務局から自宅に電話がかかってきて、本当にドイツ語で受験しますか?と確認されました。間違いです、英語で受験しますと説明をし、ちゃんと英語での受験ができました。ちなみに受験番号がとても縁起の良いものでした。【勤務医】

・毎日が時間通りのスケジュールに則った計画通りの勉強でした。毎晩1日が終わって寝るときにはほっと一息ついて眠るのが幸せでした。そして朝が来ると、また1日頑張ろうと思い、勉強が始まりました。自分にとって受験勉強は1年間の浪人生活として非常に大変な1年でした。もう二度とこんな生活はしたくないと思いました。【勤務医】

・文系志望からの理転だったので、兎に角勉強したが楽しかった。眠気覚ましに紅茶を飲み過ぎて紅茶の匂いが鼻について紅茶嫌いになって、いまだに飲めないのが唯一の後遺症。 生物を選択できる学校を3校受けましたが、入学してからは生物選択が正解だったなぁと実感しました。入学してからの方が勉強は大変でしたね。【勤務医】

・高校時代に全く勉強してなかったので、浪人した1年間基礎的なところからかなりの時間勉強しました。ほぼ、監獄生活のような感じでしたが、今となっては良い思い出です。ただ、自分より常に優秀だった人が、結局医学部には受からなかったのを見て、実力を発揮する難しさと運とがあるんだなと感じました。【勤務医】

・とにかく共通一次試験が終わるまで落ち着かず。国語と社会がかなり負担になっていたのは事実。それが終わった後の爽快感があった。その後、突然つきものが落ちたかのように頭の中がすっきりし始め、分からなかった問題がスラスラ解けるようになる。あれは不思議だった。それがきっかけで3校合格した。【開業医】

・一日のノルマを計算して地道にこなし続けた。大変だと思わなかったわけではないが、死ぬほど勉強したという感じでもなかった。6年後の国試も同じ手法でひたすら勉強することになったが、学習量はけた違いだった。大学入試は「必死の勉強」ではなかった、というのが今になってみるとの感想。【開業医】

・高2までは「一応は理系も受けられるように」という科目選択をしつつも文学部志望で、高3から医学部志望になりました。高校の最後の部分まで学習が進まなかった教科も多く、浪人して目指そうと思った旧帝大を下見のつもりで受けました。合格してしまってビックリしたのを覚えています。【開業医】

・直前の模擬試験でE判定が出て目の前が真っ暗になったけれど、なんとか気を取り直して受かりました。脳には最後の最後に突如つながる回路があるようなので、模試の判定は気にし過ぎずやってきたことに自信を持って臨むよう、現在本番直前の息子に話しております。【勤務医】

・全力出し切りました。腕試しの慶応受験で上京する際の新幹線の中で、おさらい用に持参した単語帳や出る文など、超集中して見直しできた。アドレナリン出まくりで本番の国立受験までこわいほどに集中していた。またやれと言われても二度とできないでしょう。【勤務医】

・合格発表の翌日のお米がとてもとてもおいしかった。65歳になった今でも思い出しただけで唾液が出る。その後、一般的には高価な美味しいものをたくさん食べたけど、それらより群を抜いておいしく思い出す。【開業医】

・1日14時間、ボールペンインクが2日で一本無くなるまで勉強しました。受験当日はA判定の模試結果を持参して緊張したら、それ見て落ち着かせてました。結局第一志望落ちましたが、地元の公立医科大に進学しました。【勤務医】

・吐きそうになりながら、泣きそうになりながら、勉強した(というか、実際、吐いた。泣いた)。しんどかったが、いい経験になった。だからこそ、今があるって思える。 受験生のみなさん、がんばって。【勤務医】

・60年以上も前の話です。田舎でしたので、私が、この街始まって以来の浪人生でした。偏差値のない頃でしたので、自分の実力を知らないで自力で勉強していました。情報誌は「蛍雪時代」だけでした。【勤務医】

・私の高校は東北の公立の進学校で、国公立を目指せというような校風で、それに合わせた授業でした。私は関東の私立の薬学部を目指していたので、そういった授業にはついていけず、個別指導の塾に通い、受験勉強をしていました。どうしても関東に進学したくて、一般で4校受けましたが、どれも手応えがないまま試験を終え、泣きながら新幹線で1人で帰ってきました。3校の不合格が分かり、残りの1校の発表の日、祈るようにインターネットで合格者の番号を見ていると、、、私の番号があり、一気に涙が溢れてきました。【薬剤師】

・大学の受験日が続き、受験当日、受験後、翌日受験校の下見みたいな感じで、一度の上京で済ませようと受験校を選択してきつかったのが印象的でした。【薬剤師】

・入試の願書を書くのは万年筆(浸けペンも含む)が必須で、ボールペンは不可だったことを思い出す。今ではボールペンが当たり前だけれど。インクのせいらしかった。どうでも良い話です。【その他の医療従事者】

・二次試験対策も必要ではあるが、まずはセンター試験で高得点を取れることが何よりも大事だと感じた。センターで志望大学のボーダー以上の点を取れば二次試験に落ち着いて臨むことができるため、「この問題を解けないと落ちてしまう」などで解答中に焦ることがなかった。【その他の医療従事者】



https://www.m3.com/news/iryoishin/495463
医療事故調査・支援センター、今すぐにできること
偶発症に関する情報共有の『場』充実、学会に勧告を

2017年1月22日 (日) 中島恒夫(一般社団法人全国医師連盟代表理事)

 第6次改正医療法に基づいた新しい医療事故調査制度が運用されて1年以上経過した。これまで検討されていた医療事故調査制度は、「処分・懲罰」につながる「責任追及」や「補償」を目的としていたが、新しい医療事故調査制度は、将来に向けて次なる医療事故被害者を生み出さないという「学習」に目的が転換した。遅ればせながら、他の分野の事故調査制度と同程度の事故調査制度が、ようやく整ったばかりである。

 医療事故も他の事故と同様に、さまざまなエラーが重なり合ってしまった「システム・エラー」の結末として表出する。何か一つの原因だけで発生することは、「まずはあり得ない」と考えなければならない。すなわち、何か一つの原因(点)だけを改善すれば、それで再発しなくなるわけではない。医療事故が発生するまでのさまざまな伏線を詳細に、かつ緻密に分析し、それら全ての伏線を改善することで「システム」として改善でき、再発の発生リスクをより軽減できる。伏線を一つでも残しておけば、いずれ、どこかで、再発してしまう。「RCA(Root Cause Analysis)」という手法や「要点整理」という事故調査手法が、医療事故調査に不向きであることをお分かりいただけるだろう。

 RCAや要点整理は、事故調査を行う立場では仕事量を減らすことができ、楽をすることができる。それ故、これまでの事故調査では重宝されてきた。しかし、複数ある背景要因を棄捨してしまうため、真の再発予防にはつながらない。

 非常に残念なことだが、この新しい医療事故調査制度を「処分」「懲罰」「責任追及」「補償」の目的で運用しようとする旧来の考え方から転向しきれていない人たちが、いまだに多くいる。他の分野の事故調査制度から非常に大きく遅れていた医療事故調査制度を変えることのできる「好機」であるにも関わらず、次世代のために運用することを「悪し」と考えているかのようだ。次なる医療被害者を生み出さないことを目的とする新しい医療事故調査制度は、日本国民にとっての最大公約数的な公益につながる。公益と真逆の私利私欲を目的とするのであれば、新しい医療事故調査制度には馴染まないどころか、新しい医療事故調査制度自体から退場してもらわなければならない。

 さて、この新しい医療事故調査制度を次世代のために正しく運用するためには、それぞれの立場によって視点を変える必要がある。(1)現場の医療従事者、(2)医療機関の管理者、(3)医療事故調査・支援センターごとの視点が必要になる。

(1)現場の医療従事者の場合

 旧来の医療事故調査制度では、医療事故の最終立会者となってしまった医療従事者の大多数が、「自分が責任を取れば丸く治まる」という発想で、辞職、賠償補償などの詰め腹を強いられてきた。この発想では、同様の事故が、他の部署で、他の医療機関で、いずれ発生する。同様の医療事故で、次なる被害者を生み出さないためにも、「自分が責任を取れば丸く治まる」という発想を現場の医療従事者は捨て去らなければならない。

 そして、医療事故の最終立会者となってしまった同僚を責めてはいけない。その同僚は、あなたの代わりに立ち会ってしまったのかもしれないのだから。

(2)医療機関の管理者の場合

 これからの医療事故調査制度では、各医療機関は次なる医療事故被害者を自院で再び生み出さないための「学習・研鑽」に努めることが求められることとなった。管理責任者である病院長・院長を先頭に、各々の医療機関ごとに日頃からの「ヒヤリ・ハット」を通じて学習し、全職員の技量向上、全職員間の連携に努めることが大切である。

 「ヒヤリ・ハット」を通り越して医療事故が実際に発生してしまった場合に、管理者がしなければならないことは、その医療事故の最終立会者である職員(非資格者も含めて)を、医療事故を発生させたシステム・エラーを発見した最大の「功労者」として賞賛することである。上述したが、これからの医療事故調査制度は「学習」が目的である。いわば、人材育成の一環とも言える。一罰百戒の発想を捨てなければ、全職員の学習機会を奪うことになる。そして、それは、その医療機関の技量水準を上げず、むしろ萎縮医療しか提供できなくなることを意味する。

(3)医療事故調査・支援センターの場合

 最後にもう一つの別の視点がある。医療事故調査・支援センターにしかできない視点である。それは、第6次改正医療法にも記されている。第6次改正医療法には、新しい医療事故調査制度の仕組みおける医療事故調査・支援センターの役割を、以下のように示している(厚労省のホームページ)。

 「医療事故が発生した医療機関において院内調査を行い、その調査報告を民間の第三者機関(医療事故調査・支援センター)が収集・分析することで再発防止につなげる」

 上述した(1)と(2)の内容は、いわばミクロの視点である。医療事故調査・支援センターに求められている役割は、ミクロの視点ではなく、マクロの視点である。1件の医療事故調査だけで全ての伏線が解明され、日本全国で同様の医療事故が再発しなくなるわけではない。そのために、医療事故のデータ集積が必要になる。マクロの視点に立たなければならない医療事故調査・支援センターが、ミクロの視点で実際の医療事故調査に立ち会うことは、ある種の利益相反とも言えよう。

 しかし、医療事故調査・支援センターである日本医療安全調査機構からは、マクロの視点からの分析が公表された形跡がない。日本医療安全調査機構のホームページにも、「再発防止に関する分析」の公開がいまだに無い。2016年11月2日に発表された「医療事故報告等に関する報告について―医療事故調査制度開始1年の動向(2015年10月~2016年9月)」(以下、同動向)に記されている内容は、あくまでも収集動向だけである(同機構のホームページ)。「再発防止に関する分析」は、一言も記されていない。「1年以上も研究していれば、学会発表できるだけの『n』があるはずだ」と、医局員達をかねがね叱責してこられたお歴々が医療事故調査・支援センターにも所属している。しかし、同動向に記されている161件から、なにがしかを分析する資質も無いらしい。しかも、数字の羅列だけで、検定を行った痕跡すら記していない。

 医療安全とは、これまでに起きてしまった医療事故を収集し、分析する「科学的学問」である。客観的な再発防止策を提言するためには、捏造につながり得るような『情』を完全に排除した姿勢が必須である。1年間以上注視してきたが、現時点での日本医療安全調査機構には、その資質が全く見えない。

 もっとも、医療事故調査・支援事業運営委員会には、分析する資質を持ち合わせていない委員もいるため、医療安全につながる適切な分析手法を、医療事故調査・支援センターに指定された日本医療安全調査機構が身に付けているなどという妄想は、私にはない。

 医療事故調査・支援センターが、今すぐにできること

 同動向に記されているさまざまな数値を見れば、実臨床に携わっている一介の勤務医である私の立場からでさえ、ある程度の分析はできる。これは、実臨床に身を置いているからこそ言える点でもある。それは、同動向の2ページに記されている合計1531件にも上る「医療機関・支援団体等の相談内容」に着目するだけである。そこに記されているグラフから言えることは、多くの医療機関が「偶発症」の取り扱いに苦慮しているのだろうということである。グラフの項目にある「医療事故報告対象の判断(347例)」「相談・報告の手続き(500例)」「院内事故調査に関すること(475例)」、全体の86.3%に当たるこれら1322例の全てが偶発症に関連しているとは言えないだろうが、その大多数が偶発症に関連していると考えることは容易だ。

 医療従事者自身やその施設で経験があり、予期できた偶発症ばかりではないはずだ。十分に経験があり、予期できた医療事故であるなら、医療機関の管理者が医療事故調査・支援センターに報告する必要はもちろんない。

 同様の事例は他の医療機関で発生したことがあるかもしれない。であれば、これらの偶発症に関する情報共有を行う『場』を広く設ければ良いだけのはずである。その場として最も適切なのは、各種学会であるはずだ。

 かつては、どの学会でも偶発症に関するセッションがあった。しかし、近年はどうだろうか。私の関連する消化器疾患の一大学会であるJDDW 2016 KOBEでは、「ワークショップ18 こんな時どうする? ERCP・EUS関連手技におけるトラブルシューティング」「デジタルポスター がん検診 超音波・偶発症」「デジタルポスター 偶発症・リスクマネージメント」だけしかなかった。他の医療機関が、他の医師が経験したさまざまなトラブルやそのトラブル・シューティングを、学会での発表を通じて見聞するだけでも医療安全の学習はできる。

 医療事故調査・支援センターが各学会に対して、偶発症に関する発表の場をもっと充実するように勧告するだけでも、医療安全に大きな貢献をすることができるはずである。しかも、元手をかけずに。



https://www.m3.com/news/general/495673
福島)医師兄弟、Uターン開業 復興、地域医療で貢献
2017年1月22日 (日) 朝日新聞

 東京電力福島第一原発事故の影響で医師不足が続く南相馬市で、地元出身の兄弟医師がそろって開業にこぎつけた。故郷が厳しい状況にある今こそ、自分たちが戻ってできることで復興に協力したい――。兄弟がUターンを決断した大きな理由だ。

 タッグを組むのは、昨年7月に避難指示が解除された小高区出身の三沢幸辰(ゆきとき)医師(49)と三沢辰也医師(44)の兄弟だ。

 整形外科医の辰也氏は、昨年12月1日に原町区日の出町に「三沢整形外科スポーツクリニック」を開業。

 幸辰氏は病院勤務の心臓外科医から地域医療に専念する内科医に転身し、弟のクリニックと同じ敷地内で2月1日に「三沢内科ハートクリニック」を開業する。

 兄弟を故郷に向かわせたのは、医師不足にあえぐ南相馬市の窮状だ。

 県内外の病院に勤務していた辰也氏は、南相馬市が、整形外科など不足する分野での新規開業医に対し、設備経費など5千万円まで支援する制度を発表したことを受け、地元での開業を決断した。

 会津若松市内の病院で勤務していた幸辰氏もこのごろ、「地域のために何か貢献できることはないか」と思案中だった。そんな折、辰也さんの開業計画を聞いて刺激を受け、「一緒にやろうか」と内科クリニックの開業を決めた。

 専門分野が違うため、互いに補完・協力できるのが兄弟タッグの強みだ。

 小高小学校4年のときからサッカーを始めた辰也氏は、県立原町高校卒業後に県立医大に進学。サッカー好きをいかしてスポーツ医学も修め、県内の病院勤務などを経て、Jヴィレッジ(楢葉町)にあるJFA(日本サッカー協会)メディカルセンターでジュニア選手へのケアなどにあたってきた。

 震災時はメディカルセンターで勤務中。小高区の自宅にいた妻などと連絡が取りづらいなか、当日夜は避難所になったJヴィレッジに医師として待機。その後、一時は家族で新潟まで避難したが、すぐに県内に戻り、南相馬市内や宮城県内の病院に勤務してきた。

 幸辰氏は、県立医大卒業後、県内各地の病院で心臓外科医として勤めてきた。震災時は出張していた南相馬市立総合病院で、ペースメーカーの手術を終えた直後。翌日からは原発事故の緊急態勢で毎日のように医大病院に出勤し、急患対応などに追われたという。

 13年4月からは会津若松市の病院に勤務したが、昨年5月に退職。故郷の町での開業準備に入った。

 震災を経て、兄弟は自らの経験や知識を地域医療に還元したい考えだ。

 震災後、長期の避難生活に疲れ、運動不足から骨折したりする高齢者を、辰也氏は診察することが多くなったという。「地域での予防医療の必要性を身にしみて感じた」と話す。スポーツクリニックの看板を掲げ、部活で身体を酷使して重症化した中高生のニーズにも応えたいという。

 「以前は開業なんて考えたことなかった」と話す幸辰氏だが、「心臓外科医といっても本当の治療のためには患者の全身管理が必要なことを学んできた」と話し、「地域医療でその経験を生かしたい」と話した。(本田雅和)



https://www.m3.com/news/general/495847
宮崎市、小児夜間救急撤退か 運営委託の市郡医師会、「人手不足」理由に協議要望
2017年1月22日 (日) 毎日新聞社

 県央唯一の小児夜間・一次救急拠点の宮崎市夜間急病センター小児科(同市北高松町)の運営を委託されている市郡医師会が、医師の高齢化や人手不足を理由に、将来的に継続が難しいと市側に伝えていることが分かった。

 センターは県立宮崎病院敷地内にあり、午後7時から翌朝午前7時まで年中無休で、子どもの発熱や腹痛など軽度の救急外来を受け付けている。

 市によると、市郡医師会に所属する小児科の開業医と宮崎大の医師の計約30人が交代で常時1人、当直を担当し、2015年度の患者数は1万750人。昨年最も患者が多かった2月は一晩で平均38人が訪れた。

 市郡医師会から昨年4月に市が受け取った要望書には、宿直を担当する市郡医師会の小児科医23人のうち60歳未満は17人で、3年後には6人に減るといった記述があり、今後、県央部の小児夜間救急体制について県や市で協議してほしいという内容という。

 要望書を提出した市郡医師会副会長で同センター所長のたかむら小児クリニック(同市大坪町)の高村一志医師は「撤退すると断定したわけではないが、厳しい現状を伝えた。今後、誰が夜間救急を支えるのか県や市に協議してほしい」と話す。

 市は昨年12月に戸敷正市長が県に、協議の場を求める要望書を提出。今後、県と市、市郡医師会、宮崎大病院、県病院など関係機関で協議する場を設けるという。【塩月由香】



https://news.biglobe.ne.jp/trend/0122/aab_170122_6737318099.html
「9割がよくある病気」って本当ですか?
All About1月22日(日)18時45分

お医者さんが日常の外来診療でよく見かける病気って、一体どんなものが多いのでしょうか? 調べてみたら、意外なことがわかったのです……。
外来でお医者さんが見ている病気は、一体どんなものが多いのでしょうか? なんとなくドラマをみていると、毎日切羽詰ったことが起きていて、見たこともないような病気の人が外来にやってくるようなイメージがあるかもしれませんが、実際のところ、どうなのでしょうか?

そもそも「よくある病気」ってなんですか?
英語で「common disease」という言葉があります。これを日本語に訳すと「よくある病気」、つまり「お医者さんが日常の外来診療でよく見かける病気」という意味です。

筆者は整形外科医ですが、外来で一日に同じ説明を10回以上繰り返していることは良くあります。なんとなくドラマをみていると、医療の現場では毎日心肺蘇生して、人工呼吸しているようなイメージがありますが、どちらかといえばそれは切羽詰った救急外来の一部だと思います。

さて、それでは「外来診療で日常よく見かける病気」はどのくらいの数で、何パーセントくらいをカバーできるのでしょうか。

そこで筆者はまず直感的に「30個の病名で外来患者さんの9割はカバーできる」という結論を出して、周囲の整形外科のお医者さんに聞いてみました。すると、「いや9割5分はカバーできる」「病名は15個、いや20個だ」という意見が相次いだのです。ここで非常に面白かったのは、「30個では足りない」「9割もカバーできない」というお医者さんがほとんどいなかったのです。

でも、「これは整形外科だけのことかもしれない」と疑り深く筆者は考えました。そして、整形外科で30個の病名ならば、内科では扱う疾患、患者数から考えて100個くらいの病名が必要かなと思い、内科のお医者さんの友達に「外来で診察する病気って、わりとよくある病気の繰り返しでしょ? 内科だったら100個くらいの病名でカバーできる?」と聞いてみました。

するとさらに驚いたことに、なんと「いや、100個もいらない、30個で十分じゃない?」という答えが返ってきました。筆者が「30個」という個数を全く口に出していないにも関わらずです。ここで筆者は自分の直感にかなりの確信を得ました。

しかし、さらに懐疑的に筆者は考えます。筆者の周りにたまたま偏った病気しか来ない病院でしか働いたことのない人が多いのかもしれない……。職場が同じ、友人同士などは似たりよったりの環境にいることが多いものです。

厚生労働省のデータとも一致
そこで筆者は客観的なデータを求めて厚生労働省の統計を調べてみることにしました。

まず、厚生労働省の発表している病名(疾病別年次推移表)から、患者数5万以上のものを機械的に抽出して病名の整理をしました。さらに、内科に関して多いもの順にまとめるとその病名数は約40に絞ることができたのです。さらに内科医師5人(卒後7年以上)にメールでアンケートし、外来診療でよく見る疾患を無作為で挙げてもらいました。

すると、内科医師5名がそれぞれ挙げた病名数は23〜44個、この病名と厚生労働省の病名とはなんと、ほぼ8割から9割の高い一致率だったのです。

さらに、調べてゆくうちに間接的な証拠と考えられる例もありました。独立行政法人国立病院機構は、内科外来の7割は20の症状に集約されるという報告をしています。

そこで、筆者は、

「外来にかかる患者の9割はよくある病気」であり「その病名数は約30」である

と言い切ってもいいのではないかと考えたわけです。

30の病気を知る意味
もちろん詳細はもっとより多くの調査を行ってデータを得る必要があるともいえますが、筆者が言いたいのは、

「この30の病気が何であるかを知って、その症状と予防法、そして緊急時の対策さえ知っておけば、かなりの確率で安心できる」

ということなのです。

人は、知らないことに関しては大きな不安を抱くものですし、医師が患者さんを前にして落ち着いているのも、「知っている」ということが大きいのです。

「あなた」は世界中探しても一人しかいない貴重な人間ですが、「あなたの病気」はまれな病気ではなく、統計的にありふれた病気である確率が高いのです。

マスコミが取り上げる病気のなかには交通事故より確率の低い病気はざらであり、飛行機事故と同じくらいの確率の病気を取り上げることもあるようです。気をつけるのは重要ですが、外を歩くたびに交通事故を心配していたら外を歩けないですよね。そういった情報にむやみに不安にならず、「よくある病気」さえおさえてしまえば、あとは知識として把握して、注意すればよいのではないでしょうか。

じゃあ、その30個の病気って、どんな病気なの?
ズバリ、これが30個の病名です。

●脳・神経系
  脳卒中、認知症、頭痛症、不眠、うつ、パーキンソン病
●呼吸器系
  呼吸器感染症、喘息、閉塞性肺疾患(COPD)
●消化器系
  胃腸炎、消化性潰瘍、便秘症、肝炎、肝硬変、胆石
●循環器
  虚血性心疾患(心筋梗塞・狭心症)、不整脈、高血圧
●腎・泌尿器
  尿路感染症(膀胱炎、腎盂腎炎)、前立腺肥大症、尿路結石、慢性腎臓病(CKD)
●内分泌・血液
  糖尿病、高脂血症、甲状腺機能異常、痛風、貧血
●免疫系
  慢性関節リウマチ、じんましん(食物アレルギーなど)
●がん

ちなみにこの病気の分け方は、からだの部位をその働きによって分類し、病気との因果関係がわかるような分け方になっています。病気の原因と症状は一つ一つの臓器だけの問題として独立して考えるよりも、その器官がからだの中でどんな役割を担っているかなど、機能によって分類したほうがはるかにわかりやすいのです。

ですから、病院の診療科もこういった分け方をしていますよね。

(文:山田 恵子)



https://news.biglobe.ne.jp/domestic/0122/joj_170122_1803169185.html
“原発に最も近い病院”の医師が焼死…次女が語る孤独な闘い
女性自身1月22日(日)17時0分

「院長も高齢で、昨年夏ごろから足腰が弱ってステンと転んだり、体調も思わしくなかったんです。だからいつかこんな日がくるだろうと後継者のことも考えていましたが、まさかこんな形で急に逝ってしまうとは……」

こう語るのは、福島第一原発から南に22km福島県双葉郡広野町にある高野病院理事長・高野己保さん(49)だ。高野病院は双葉郡8町村で唯一存続している民間病院で、稼働する病院としては原発に最も近い。常勤医師は震災後6年間、己保さんの父で院長だった故・高野英男さん(享年81)ただ一人だった。

ところが地域の医療を守ってきた高野院長が、昨年12月30日に病院敷地内の自宅で火事により焼死。発見された遺体は、DNA鑑定され身元が判明した。院長の死亡により現在、双葉郡は地域医療崩壊の窮地に陥っている——。

「人口約5千人だった広野町は福島原発事故後、避難指示区域に指定されましたが、院長が『避難することで命を落とす重症患者もいる』としてここに残ったのです」

高野院長は精神保健指定医、内科医、レントゲン技師、当直医、救急医のひとり5役をこなして震災後6年間休まず治療にあたってきた。高野病院の病床数は現在、118床(内科療養病棟65床・精神科病棟53床)。102人の入院患者を抱えるほか、外来には地域住民や、除染や廃炉作業員なども訪れる。近隣のいわき市からも、救急搬送を受け入れている。

「院長は『自分がやらなければ被災地の医療はなくなってしまう。それで困るのは地域の患者であり家族』と常々話していました。『今日は応援の先生が来てくださる日だから休んでください』と言っても『患者がいるだろう。臨床医とはそういうものなんだ』と一喝されて。結局出勤していました(笑)。体力が落ちていくなかで院長を動かしていたのは気力だけでした。これまで何度も『うちがつぶれたら双葉郡の医療は終わりですよ』と県に支援要請の陳情や要望を出していたんです。しかし『民間である高野病院だけ特別に扱うのは公平性の観点からも不都合』などという理由で、協力を得ることはできませんでした」

そんなときに己保さんが怒っても、高野院長は「まぁ仕方ない。ねばるしかない、ねばれ」「なにを言われても正しいと思ったことを続けよう。自分ができることを粛々とやればいいんだ」と言って、どっしり構えていたという。スタッフがこれまで崩れずにやってこられたのはそんな院長の姿勢が一貫していたからだったと、己保さんは言う。

しかし、高野院長のように5役をこなせるヒーローのような医師はなかなかいない。「そもそもたった一人で医療を守ることを美談にしてはいけない」と己保さんは語る。

「みなさんがお住まいの地域でも、同じことが起こってもおかしくありません。ひとりで頑張ってきた大先生がいなくなったらそれでおしまいではだめなんです。病院がなくなったら高齢者でも隣町まで1時間近くかけて病院に通うんです。べつに大きな病院を建てろと言っているのではありません。町の規模に見合った医療を継続できる仕組みをつくるのが行政の仕事ではないでしょうか」

そう訴える己保さんがふと父親とのこれまでを振り返り、こう語った。

「父としてはロクでもないですね。(笑)仕事しかしないんだから。でも、これが院長の人生なんだろうと。大人になってからですね、それがわかるようになったのは。でも私も、子どもに同じ思いを味わわせていないかな……」

己保さんには中学1年生の双子の娘がいる。震災は、小学2年生になる直前だった。

「事故から3年間はほとんど病院に詰めていましたから、その間、娘たちにはさみしい思いをさせてしまいました。原発事故によって失われた家族との時間は二度と戻りません。震災後4年目くらいからやっと休みがとれるようになっていたのに、院長が亡くなってまたふりだしに戻った感じですね(苦笑)」

己保さんには悲しみに暮れる間もない。病院を維持するために奔走する日々は続く。

「私は院長の人生を、医者としてまっとうさせてあげたかった。それはある意味、叶いました。あとは父が命がけで守ってきた“地域医療”の火を消さないこととスタッフの雇用を守ること。なにがなんでも、このふたつはやらなきゃいけないと思っています」



http://www.asahi.com/articles/ASK1Q3DNZK1QUBQU003.html
双葉郡唯一の高野病院、福島県が4月から常勤医派遣検討
長橋亮文
2017年1月22日10時19分 朝日新聞

 唯一の常勤医だった高野英男院長(81)が火災で死亡した高野病院(福島県広野町)について、福島県は18日、4月以降の常勤医を県立医大と連携して派遣する方針を示した。ただ、病院の管理者である病院長は務めさせない方針。4月以降の病院長は決まっておらず、高野病院の運営は不安定な状態が続いている。

 県は同日、広野町や復興庁、病院関係者らが参加した緊急対策会議で、病院側に「4月以降に常勤医が不在だった場合は県立医大と連携して派遣する」との支援策を提示した。

 ただ、「県から派遣する医師が医療法人の経営に参画することは想定していない」(県地域医療課の平信二課長)として、派遣する常勤医は病院長を務めさせない方針。県は、病院側が独自で病院長を探すことを求めた。

 医療法では、病院は管理者となる医師を設置することが義務づけられており、厚生労働省の通知で「常勤医が望ましい」とされている。2月から3月末までは、東京都立駒込病院に勤務する中山祐次郎医師(36)が常勤医として病院長を務める予定だが、4月以降は決まっておらず、綱渡りの運営が続いている。



http://mainichi.jp/articles/20170122/ddl/k07/040/082000c
脳卒中センター
相双地域唯一の治療拠点 南相馬・落成式 /福島

毎日新聞2017年1月22日 地方版

 南相馬市立総合病院(同市原町区)が建設を進めていた脳卒中センターが完成し、21日に落成式があった。専門医5人が交代で、24時間態勢で救急患者を受け入れる。脳卒中などの脳血管疾患では相双地域で唯一の治療拠点になる。

 センターには脳神経外科のほか整形外科、小児科、救急などの外来、100床の入院施設、屋上ヘリポートなどがあり、高度な救命治療が行える「2・5次救急病院」を掲げる。複数のMRI(磁気共鳴画像化装置)など最新医療機械を導入した。

 今後は常勤医師や看護師など不足するスタッフの確保が課題だが、開設責任者の及川友好副院長は「全国平均をはるかに上回る地域の脳卒中死亡率を下げるよう努力したい」と語った。式典では桜井勝延市長が「(震災以降)疲弊する地域医療を立て直し、住民の安心につながる施設になるよう努力をお願いしたい」と関係者を励ました。【大塚卓也】



https://www.minpo.jp/news/detail/2017012238352
「新地クリニック」起工式 休診の小高赤坂病院開設
福島民報 2017/01/22 10:35

 東京電力福島第一原発事故の影響で休診している南相馬市小高区の小高赤坂病院が新地町に開設する「新地クリニック」の起工式は21日、現地で行われ、関係者が無事完成を祈った。
 渡辺瑞也院長や工事関係者ら約10人が出席した。神事で工事の安全などを祈願し、渡辺院長がくわ入れをした。
 JR新地駅東側の約1500平方メートルの土地に平屋のクリニックを新築する。精神科、心療内科、内科の3つの診療科目を設ける。8月の開所を目指す。渡辺院長ら医師2人が診察に当たり、看護師は今後募る。小高赤坂病院は今後も休診する。
 渡辺院長は「多くの住民が避難している浜通り北部で被災者のメンタルヘルスに努めたい」と話した。

 

https://www.m3.com/news/general/495853?dcf_doctor=true&portalId=mailmag&mmp=MD170122&dcf_doctor=true&mc.l=202437664
滋賀県立成人病センター、人工関節手術で 執刀医を口頭注意処分
事故・訴訟 2017年1月22日 (日)配信毎日新聞社

 県立成人病センター(守山市守山5)で2013年12月、70代の男性患者の左膝の人工関節置換手術の際、右膝用の器具を取り付けるミスがあったことが20日、分かった。同センターの宮地良樹院長が記者会見を開いて「患者や県民に不安を与え申し訳ない」と謝罪し、執刀した50代の男性医師を口頭注意処分にしていたと発表した。

 センターによると、同月3日午前に手術をした際、午後から右膝を手術する予定だった別の患者のレントゲン画像を手術室に掲示。その画像を見た器具取り扱い業者が右膝用の器具を用意し、看護師を通じて医師に渡した。手術終了間際に業者が左膝の手術が行われていることに気づき、ミスが発覚したという。

 器具は左右でほとんど違いが無く、手術後の患者に脱臼などの影響は出ていないという。患者が「不安定さを感じる」「頭では問題ないと分かっていても心情的に納得できない」などと訴えたため、昨年6月に再手術費用に相当する100万円をセンター側が支払うことで示談が成立。センターは同年8月29日に医師を注意処分とした。重大な後遺症がなく、処分も基準に達していないため非公表だったが、この日に一部メディアに報じられたため記者会見を開いたとしている。

 センターでは手術前に患者の氏名や手術内容などを医師や看護師らが声に出して確認することをマニュアルで定めていたが、この医師は氏名の確認を怠っていた。その後は確認の有無をチェックするなどして再発防止に努めているという。【衛藤達生】



http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/eye/201701/549836.html
地域包括ケアは「囲い込み」から「連合」へ
2017/1/23 豊川 琢=日経ヘルスケア

 地域の“お隣同士”の医療機関や介護事業者、薬局などが連携して患者・要介護者の生活を最期まで支える──。そんな地域包括ケアシステムの構築が推し進められ、各地で動きが活発化しています。

 「各地域では保健・医療・介護・福祉の資源が別々に整備されてきた。だが、今後はこれら資源に“横串”を通し、住民に最適なサービスを迅速に提供できる仕組みづくりが重要になる」

 こう指摘するのは、医療経営コンサルタントで(株)医文研・代表取締役の茨常則氏。特に、高齢化と若年人口の減少が進む地方では、医療・介護の需要と供給のミスマッチが広がっており、「効果的・効率的な医療・介護提供体制の構築が喫緊の課題だ」と言います。

 地域包括ケアシステムは、住民が住み慣れた地域で最期まで暮らせる環境の整備を目的とします。2012年施行の改正介護保険法でその構築が国や自治体の責務とされ、法的根拠が与えられました(図1)。

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図1 国の政策において地域包括ケアシステムがクローズアップされてきた経緯(日経ヘルスケア編集部作成)

地域包括ケアは子育て支援も含めた町づくりにつながる概念
 そのため当初は、介護分野の概念として捉えられる傾向がありました。ですが、社会保障制度改革国民会議が2013年8月にまとめた報告書では、その構築の促進が前面に掲げられると同時に、介護や医療だけでなく福祉・子育て支援も含めた、町づくりにもつながる概念として打ち出されました。

 その後、同報告書を基に2014年6月に成立した「地域における医療及び介護の総合的な確保の促進に関する法律」(医療介護総合確保促進法)でも地域包括ケアシステムの構築を明示。介護保険事業(支援)計画だけでなく医療計画などを策定する際のベースとなる概念とされ、医療分野においても重視される形となりました。

 これと並行して2014年度診療・調剤報酬改定では基本認識(方針)として、「医療提供体制の再構築」と併せて「地域包括ケアシステムの構築」が提示。その一翼を担う機能として地域包括ケア病床や地域包括診療料が創設されたのは記憶に新しいでしょう。さらに、病床再編などを目指す地域医療構想や内閣府の経済・財政再生計画の中でも言及され、地域包括ケアシステムの構築は今や国の最重要課題となっています。

 もちろん、住み慣れた地域で最期まで生活を継続できる環境の整備が最大の目的ですが、これだけ同システムが重視される背景には、社会保障費の伸びの抑制があるのも事実。「ときどき入院、ほぼ在宅」「『治す医療』から『治し、支える医療』への転換」「自助・互助・共助・公助の適正な役割分担」などを推進することで、社会保障財源の効果的・効率的な配分を実現しようというわけです。
 
入院から在宅まで切れ目ない体制づくりを重視
 ここ数回の診療・調剤・介護報酬改定を概括すると、入院から在宅までを担う医療・介護機能の切れ目ないつながりを強化する方向が打ち出されていることが分かります。入院においては高度急性期から慢性期に至るまで早期の退院に軸足が置かれ、外来や薬局ではかかりつけ機能の充実、在宅診療や介護では中重度者の在宅生活の継続支援などが重視されてきました。

 具体的な報酬点数を見ても、医療機関・介護事業者・薬局の間の連携を後押しする項目が数多く存在します(図2)。

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図2 診療・介護・調剤報酬における連携などに関連した主な点数項目(日経ヘルスケア編集部作成)

 例えば、2016年度診療報酬改定では退院支援加算が再編・新設され、入院患者の退院を促進すれば、高度急性期から慢性期まであらゆる病棟で高い点数を算定できるようになりました。そのほか、入院・入院外の間での診療情報の共有なども手厚く評価されています。

 在宅分野に目を向けると、早期退院に向けて医療機関・介護事業者・薬局の連携促進を念頭に置いた点数項目が目立つほか、患者の急変時などに多職種でカンファレンスを開いた際の評価も設けられています。介護保険リハビリテーション移行支援料(2014年度診療報酬改定で新設)のように、サービスの医療保険から介護保険へのスムーズな切り替えや、要介護者の社会参加の促進(訪問・通所リハビリにおける社会参加支援加算、2015年度介護報酬改定で新設)を図る仕組みも盛り込まれました。

 国の政策の後押しを受け、各地では地域包括ケアシステムを構築する動きが活発化。「地域包括ケア推進課(室)」といった専門部署を創設し、普及に努める市町村が増えています。在宅医療の提供機関マップの作成、医療や介護などの多職種が一堂に会する会議や研修会の開催、患者・要介護者の情報共有を目的としたIT(情報技術)システムの導入といった取り組みを見聞きしたことのある方も多いのではないでしょうか。

地域の実情で異なるシステムの形
 こうした流れを受け、医療機関・介護事業者・薬局において自身の分野以外の法人や事業者と「顔の見える関係」を築かなければ、患者や介護サービス利用者の確保が難しくなると考える経営者が目立つようになりました。ある介護事業者は、「患者や要介護者を自法人ばかりで囲い込む時代は終わった。これからは、地域の外部の医療機関や他の介護事業者、薬局と連携を強めて高齢者の在宅生活を支えることが重要になる」と語ります。

 地域包括ケアシステムは地域の実情を勘案して構築され、当然ながら各地域で形が違ってきます。自治体によって医療・介護資源の状況や人口推移、住民同士のつながり度合いなどが異なるからです。医療機関、介護事業者、薬局ともに、今後、自身の地域の現状や地域包括ケアシステム構築の方向性などをしっかり見極め、他法人・事業者との「ご近所連合ケア」に積極的に参加していくことが重要になるといえそうです。
 



http://www.nikkei.com/article/DGXLZO11988570S7A120C1CR8000/
生活保護世帯に健康指導 厚労省、医療費削減狙う
2017/1/23 0:31日本経済新聞 電子版

 生活保護受給者が糖尿病などの生活習慣病になったり重症化したりするのを防ぐため、厚生労働省は健康状態を把握し必要な支援を行う体制を作る。自治体の福祉事務所が医療機関の検査結果などから抽出したリスクの高いすべての人を個別計画に沿って生活改善を指導する。来年の国会に生活保護法の改正案を提出することも視野に入れている。

 生活保護を受けている世帯の医療費(医療扶助費)は全額が公的負担。厚労省によると、2014年度の国と地方を合わせた生活保護費の実績額は約3兆6700億円に上る。このうち医療扶助費が約1兆7200億円と46.9%を占め、削減が課題になっている。

 生活保護世帯の健康支援を巡っては現在、福祉事務所のケースワーカーが面談などを通じて生活習慣病を把握している。厚労省は対象者が一部にとどまっているとみて、福祉事務所が全員の健康状態を把握し、生活習慣病のリスクの高い受給者全員に生活改善を促していく方向で検討する。

 厚労省によると、福祉事務所はまず▽社会保険診療報酬支払基金の医療扶助のレセプト(診療報酬明細書)▽医療機関が保有する血液検査などの結果――といった情報の提供を受け、生活習慣病のリスクの高い人を割り出す。

 その上で、福祉事務所は喫煙や飲酒などの本人の生活の現状を踏まえた一人ひとりの支援計画を作成する。薬局との連携による服薬管理・指導、家庭訪問による生活指導、歩数計などを使った運動指導を行う。1年ごとに検査値の変化を確認し、支援を数年間続ける。

 厚労省は今年3月をめどに福祉事務所が行う生活保護受給者への健康支援の枠組みを決める。福祉事務所の負担が増すため、17年度に地方自治体と義務化するかどうかを協議する。制度化が決まれば18年の国会に生活保護法の改正案を提出する。

 厚労省によると、福祉事務所が人員不足で対応しきれない場合を想定し、民間に事業委託することを認める方針。外部の事業者が一定のルールに沿って個別の支援計画を作成できるようにマニュアルの作成を検討していく。


  1. 2017/01/23(月) 05:43:09|
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