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地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

1月11日 

https://www.m3.com/news/iryoishin/492252
シリーズ: AIが切り拓く医療の新時代
うつ病を診断支援、“精神科薬の危機”も救う
慶應大精神神経科・岸本氏、「PROMPT」で7社と共同研究

2017年1月11日 (水) 橋本佳子(m3.com編集長)

 技術革新が進む代表例が、AI(人工知能)。医療も例外ではない。厚生労働省は2016年末、「Aiを用いた診療支援技術を確立し、2020年度までの実装を目指す」との目標を掲げ、政府の「未来投資会議」に提出した。
 医療は「ビックデータの宝庫」とも言われ、AIの活用が期待される分野。現時点でどんな研究が進みつつあり、医療はどう発展し得るのか、AI活用の問題点や限界は何か……。シリーズで、お届けする。

 治療開始の判断が医師によって異なり、治療開始のタイミングが不明確……。
 現在の治療が効いているのか、薬剤を変更すべきかが分かりにくい……。
 薬のプラセボに対する効果が不明確で、治験がうまくいかない……。

 うつ病や認知症をはじめとする精神科疾患では、画像や検査データでの客観的評価がしにくいため、さまざまな問題が付きまとう。この問題解決に向け、2015年11月からスタートした研究が「PROMPT」(Project for Objective Measures using computational Psychiatry Technology)だ。研究代表を務めるのは、慶應義塾大学医学部精神神経科専任講師の岸本泰士郎氏。7社の企業との共同研究だ。うつ病や認知症患者の診察時における患者の音声や会話の内容、表情、体の動きなどを記録したり、日常生活の活動量を収集するデバイスを開発、データを収集・分析し、うつ病や認知症の「診断支援」を行う解析アルゴリズムの開発を目指す。

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「PROMPT」の実用化イメージ。診察室と日常生活の双方でデータ取得を想定(提供:岸本氏)

 岸本氏は、精神科診療をめぐる問題点を次のように指摘する。「精神科疾患の診断は、患者との会話を通じて総合的に行われる。医師は、典型的な患者とどう類似しているか、あるいは正常と考えられる範囲からどの程度逸脱しているかなど、自分の“物差し”と照らし合わせながら診断、重症度評価、治療を行う。代表的なレーティングスケールとしては、うつ病ではHamilton Rating Scale for Depression、認知症では長谷川式簡易知能評価スケールなどがあり、短時間で評価が可能な一方、種々の問題がある。これに対し、詳しい検査は1時間以上かかるものもあるなど、医療者と患者ともに負担は大きい」。

 こうした現状を踏まえ、「PROMPT」は、精神科疾患を短時間で効率的に診断するための「診断支援ツール」の開発、ひいては“精神科薬の危機”を救うことが狙いだ。“精神科薬の危機”とは、製薬企業が精神科薬の開発から撤退する動きを指す。重症度を定量する実用的なバイオマーカーがなく、比較対照薬に対する効果が不明確になりがちで、治験からの失敗例も多いからだ。米国の雑誌、「THE NEW YORKER」は2013年9月3日号で、「THE PSYCHIATRIC DRUG CRISIS」のタイトルで取り上げた。

 AI(人工知能)が発達しても、最後まで残る領域の一つが精神科……。こう受け止める医師は多いが、その考えを覆しかねない研究のようにも映る。これに対し、岸本氏は、「この研究を精神科医に話すと、皆一様に驚かれる。しかし、精神科はAIと相性がいい領域の一つだと思っている」としつつ、AIはあくまで「診断支援」と位置付ける。「患者は自ら進んで、症状などを話してくれるわけではない。患者に語りかけ、その返事を受け止め、次の質問を考え、診断につながる所見などを、会話の中から引き出していくのは医師の重要な役割。問診は完全に標準化、定型化できるわけではないので、AIが医師にとって代わるわけではない」。

 7企業、得意分野を生かし研究参加
 「PROMPT」は、AMED(日本医療研究開発機構)による「ICTを活用した診療支援技術研究開発プロジェクト」の委託先に採択された、2015年11月から2018年度までの研究プロジェクト。共同研究として参加しているのは、アドバンスト・メディア、オムロン、システムフレンド、セムコ・テクノ、ソフトバンク、日本マイクロソフト、FRONTEOヘルスケア の7社。各社がデバイスの開発やAIのノウハウなど、それぞれの得意分野を生かし、研究を進める。

 「PROMPT」の研究対象疾患は、うつ病と認知症。精神科疾患の中でも患者が多く、ニーズが高い上に、音声や体動などの患者データから解析アルゴリズムを導き出し、診断支援につなげるというコンセプトに合致しやすい疾患であるためだ。

 患者データは、診察室だけでなく、日常生活の中でも収集する。診察室では、カメラとマイクなどを置き、医師と患者との会話の中で、患者が話す音量やトーン、話すスピード、会話の内容などをモニタリング。患者に腕時計型のウエラブルデバイスを付けてもらい、日常生活の活動量と睡眠時間を記録。これらのデータを蓄積、解析し、ベテランの医師の診断や、臨床心理士のアセスメント結果との一致率を評価しながら、解析アルゴリズムの精度を高めるのが、「PROMPT」の進め方だ。

 本研究に当たっては、医師や臨床心理士のスキルもカギとなるため、事前に相当のトレーニングを改めて行い、データ蓄積過程での相互チェックも進めている。

 例えば、うつ病の患者では、表情が暗くなる上に、会話の応答に時間がかかり、イントネーションも平板化する。会話の内容は、テキストマイニングと呼ぶ手法を用いて分析するが、その内容は悲観的な傾向になりがちだ。「客観性に乏しい精神症状を、定量化・可視化することができれば、客観性を持つ重症度診断が可能になり、治療や治験の質の改善につながる」と岸本氏は期待を込める。

 慶應大など6病院でデータ収集
 岸本氏は以前から構想を温めていたが、「PROMPT」が実際にスタートしたのは2015年11月。開始からまだ1年目だが、既に一定の成果が出始めている。

 デバイスと解析アルゴリズムなどの試作版を作成、2016年4月から慶應大医学部附属病院を含め、計6病院で患者データの収集を開始した。既に診察回数にして200回を超すデータセットを収集済みだ。目標は約1000回分だ。

 先行しているのが、患者の表情と音声から、うつ病の重症度を予測する解析アルゴリズムの研究だ。「かなしい」「うれしい」「喜ぶ」などの表情は、100分率で評価。医師らの評価と、解析アルゴリズムによる評価結果が、高い一致率を見ている。患者が話す内容と重症度が相関する解析アルゴリズムも、既にできつつある。

 ただ苦労もある。音声分析に当たっては、いかに患者の声のみを取り出すかが課題になっている。「理想的な環境であれば、認識率は非常に高いが、普通の診療場面でお互いの会話が入ると、医師と患者の声を混同してしまう。いかに正確に患者の音声だけを分析する手法を見いだすかが課題」(岸本氏)。

 今後、初診時の診断だけでなく、治療効果を判定するため、患者を時系列的に追うデータも蓄積していくほか、並行して解析アルゴリズムの精緻化も進める。研究終了後は、診察室に置くカメラとマイクなどの機器、ウエラブルデバイス、解析アルゴリズムをセットで「医療機器」と捉え、治験を進め、医療用医療機器としての販売を目指す。

 なお、岸本氏らは、「PROMPT」と並行して、AIを精神科疾患に適用する際の倫理面での検討も続ける。例えばテレビで話している人が認知症初期段階と分かったり、会社の入社試験で、採用候補者がうつ病傾向か否かを判断するツールになり得るからだ。また昨今、社会問題化している高齢者の運転免許証更新などに使うことも想定し得る。

 岸本氏は「精神科領域では、ICTや機械学習などを用いた技術開発の取り組みが世界的に始まっている。日本人についての研究は、日本で進めるべきだろう」と前置きした上で、「われわれの成果を、どんな形で社会に還元していくか、倫理的な問題は非常に重要だと考えている」と話す。安全面を考えれば、「医師に限定した使用」などが考えられる。しかし、一方で精度が高いAIが完成すれば、今度は医師が診断や治療について熟考しなくなる懸念があるなど、多角的な論点から検討しているという。



https://www.m3.com/news/iryoishin/492798
シリーズ: 中央社会保険医療協議会
「効能追加で薬価検討」こそ抜本改革、中川日医副会長
薬価制度の抜本改革議論スタート、今年末に取りまとめ

2017年1月11日 (水) 橋本佳子(m3.com編集長)

 中央社会保険医療協議会薬価専門部会(部会長:西村万里子・明治学院大学法学部教授)は1月11日、効能追加等に伴い市場が拡大した医薬品の薬価の在り方について議論、診療側と支払側の双方の委員から、厳しい対応を求める声が相次いだ。

 日本医師会副会長の中川俊男氏は、効能追加された時点でそのまま保険適用される現行制度を問題視、「中医協で最終的に効能追加を承認する仕組みにすべきではないか。これこそが、薬価制度の抜本改革ではないか」などと述べ、市場拡大が予想される場合に事後的に対応するのではなく、効能追加の時点で薬価を検討する仕組みを提案。厚労省の検討課題には、この案は含まれていなかった。中川氏は、「保険局に来てからの課題のみを挙げている。以前から保険局と、(薬事承認を担当する)医薬・生活衛生局と連携すべきと指摘してきた」とも指摘し、従来の枠組みに捉われない対応を求めた。

 全国健康保険協会理事の吉森俊和氏は、「現行の市場拡大再算定等のルールとは違う、全く新しい方法を設定するよりは、現行の在り方を踏まえ、薬価算定方法の見直しも含めて、一体的に総合的に議論する方がいい」と述べ、現行の市場拡大再算定の対象品目や薬価引き下げ幅をベースに検討すべきと指摘。

 「効能追加等に伴う市場拡大への対応」は、オプジーボ(一般名ニボルマブ)に端を発した問題で、2016年末の塩崎恭久厚労相ら4大臣合意の「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」に盛り込まれた(『薬価制度の抜本改革案、明らかに、4大臣会合へ』を参照)。12月21日の中医協薬価専門部会でも、基本方針を議論していた(『「薬価制度の抜本改革、メーカーの成長戦略か」と疑念』を参照)。

 基本方針は、新薬収載の機会を最大限活用し、「年4回薬価を見直す」ことを求めており、この点については異論は出なかった。議論になったのは、年4回の薬価見直しで対象とする医薬品をどのように把握するかだ。厚労省はNDB(レセプト情報・特定健診等情報データベース)を活用し、「一定規模以上の市場拡大」した医薬品などを把握する案を提示。これに対し、中川氏は、アイ・エム・エス・ジャパン株式会社のIMSデータの活用を提案した。医薬品に特化したIMSデータの方が取り扱いが容易な上、NDBでは包括化された医薬品の使用実態が分からないからだ。

 厚労省保険局医療課長の迫井正深氏は、NDB使用の理由として、公的かつ悉皆データであり、実際に保険請求されているデータであることなどを挙げた。今後の対応について、IMSデータの内容も調べた上で、データの質やコストなどを総合的に判断して、販売数量把握に使うデータを決めると回答。

 そのほか、厚労省は今後の検討時の「留意事項」として、「効能追加で市場拡大した結果、薬価を引き下げることが、製薬企業の新薬開発意欲を失う」点を挙げた。これを問題視したのが、健康保険組合連合会理事の幸野庄司氏。「これは昨年末に終わった議論。こうした文章が出てくること自体に違和感を覚える」と指摘し、別途、イノベーションの評価をどうすべきかを議論すれば済む話であるとした。幸野氏は、薬価制度のみではなく、DPCなど関連する診療報酬についても併せて議論することも求めた。

 11日の薬価専門部会では、今後の薬価制度の抜本改革の検討スケジュール案についても議論、了承した。11日の議題となった「効能追加等に伴う市場拡大への対応」をはじめ、計8項目について、1月~4月、6月~9月にわけて議論、それぞれ関係団体へのヒアリングの後、今年12月に骨子を取りまとめる予定(資料は、厚生労働省のホームページ)。

【薬価制度の抜本改革の検討スケジュール案】
1月から4月:(1)効能追加等に伴う市場拡大への対応、(2)薬価算定方式の正確性・透明性1(類似薬効比較方式・原価計算方式、(3)外国平均価格調整の在り方、(4)中間年の薬価調査・薬価改定1、(5)後発医薬品の在り方
5月:関係団体ヒアリング
6月:(2)薬価算定方式の正確性・透明性2(類似薬効比較方式・原価計算方式、(6)新薬創出等加算の在り方、(4)中間年の薬価調査・薬価改定2、(7)長期収載品の薬価の在り方、(8)イノベーション評価
10月:関係団体ヒアリング
12月:骨子取りまとめ

 販売数量把握、NDB、それともIMSデータ?
 「効能追加等に伴う市場拡大への対応」が問題になった代表例は、オプジーボ。効能追加で年間売上が薬価設定当初より大幅に上回り、2017年2月1日から緊急的に50%薬価を引き下げる(『オプジーボ、来年2月から50%引き下げへ』を参照)。

 現行制度では、(1)市場拡大再算定およびその特例、(2)用法用量変化再算定、(3)効能変化再算定――の3つの対応策がある。しかし、薬価改定の前年9月に行われる薬価調査後に、効能追加等がされた場合、今回のオプジーボのように、翌年ではなく、その次の薬価改定時まで再算定等が持ち越されるなどの問題がある。

 今後の検討課題や留意点について、厚労省は以下を提示。

【効能追加等に伴う市場拡大への対応】
検討課題
(1) 対象となる医薬品の範囲:効能追加等に伴う一定規模以上の市場拡大の範囲など
(2) 薬価引き下げの方法
(3) 販売数量の把握:年4回、市場拡大の程度の把握が必要になった場合、NDB(レセプト情報・特定健診等情報データベース)の活用について。
(4) 制度の導入時期:2018年度薬価改定に先立ち、2017年度に実施することについて。

留意事項
(1) 効能追加に係る研究開発投資を回収することが困難な薬価引き下げになった場合、新薬開発意欲を失わせることになるため、どう考えるか。
(2) 薬価の見直しは、医療機関、薬局における医薬品の在庫価値を減少することにもなるため、施行時期・経過措置について、どう考えるか。

 吉森氏は、上記の「検討課題」のうち、(1)と(2)について、「現行の市場拡大再算定等の対象は、最低限対象にすべきであり、同程度の引き下げを実施すべき。メーカーの事情を踏まえて新しいルールを設定するなら、合理的で納得できる根拠が必要」と指摘。(3)では、レセプトは事後データのため、販売数量の把握に「どの程度の期間がかかるのか」と質問。(4)については、「2018年度改定に先駆けた実施でも、特段支障はないだろう」とコメント。

 厚労省保険局医療課薬剤管理官の中山智紀氏は、(3)の質問に、「あまり時間をかけすぎると、柔軟に再算定を行う目的に合致しない。年間データを見るのか、あるいは四半期データを基に年間データを推計するのかなど、どんなスケジュール感で把握できるのかについて次回以降提示する」と回答。

 この回答に、中川氏は、C型肝炎治療薬のソバルディ(一般名ソホスブビル)を例に挙げ、四半期ごとに販売数量が大きく変わる例があることから、四半期データを基に年間データを推計するのは問題があるとした。その上で、前述のように、迅速かつ容易にデータを把握するため、IMSデータの活用を提案した。

 「予見性がある制度を」、専門委員
 専門委員の加茂谷佳明氏(塩野義製薬執行役員)は、厚労省が掲げた検討課題や診療側と支払側の意見に対し、「企業経営にとって必要なのは、予見性」と述べ、今回のオプジーボのように、期中に急きょ薬価引き下げが行われることのないよう、計画性を持った制度設計を求めた。

 個別課題では、「一定規模以上の市場拡大」があった医薬品でも、「競合品との市場獲得率を変化させているだけで、医療保険財政にはほとんど影響がないケース」については、再算定等の対象外とするよう要望した。



https://www.m3.com/news/general/492746
医療事故遺族らが講師に 職員研修で群馬大病院
2017年1月11日 (水) 共同通信社

 群馬大病院で腹腔(ふくくう)鏡などの手術を受けた患者が相次いで死亡した問題を巡り、病院は10日、2017年度、職員を対象に別の医療事故の関係者らを講師に招いた研修を行う方針を明らかにした。翌年度以降も実施し、遺族らに自らの体験などを講演してもらうことを想定している。

 病院によると、安全意識の向上が狙い。時期は今後調整する。

 群馬大手術死問題の被害対策弁護団は「医療安全は、被害に遭った人が関わって初めて実現する。遺族参加型の再発防止策は遺族会が求めていたことでもあり、評価できる」としている。

 群馬大病院では同じ男性医師(退職、懲戒解雇相当)の腹腔鏡や開腹の手術を受けた18人の死亡が14年に判明。その後、さらに12人の死亡なども明らかになった。



https://www.m3.com/news/general/492770
福島・高野病院 支援費用、目標250万円1日で達成
2017年1月11日 (水) 毎日新聞社

 東京電力福島第1原発事故後も避難せず診療を続けてきた福島県広野町の「高野病院」院長、高野英男さん(81)が火災で死亡し常勤医が不在になる中、町が支援に向けた寄付を始めたところ、開始1日で目標額の250万円に達した。ボランティアで病院を訪れ、診療に協力する医師の交通費や宿泊費に充てるため、インターネットで資金を募る「クラウドファンディング」で行った。3月末までまかなえる。

 9日に1口3000円から募集を始め、10日午後7時現在、全国198人から約305万円が寄せられた。税金が控除されるふるさと納税制度の対象で、寄付した人には呼びかけた遠藤智町長の礼状も送られる。

 募集は2月末まで続け、目標を超えた分は町の医療体制強化のために使う方針。遠藤町長は「予想以上に多くの方から温かい心を寄せてもらった。これを力に被災地の地域医療を守っていきたい」と感謝の言葉を述べた。

 同病院には約100人の入院患者がいる。【乾達】



https://www.m3.com/news/general/492821
病院で92歳入院女性死亡 次男が殺害し自殺か、千葉
2017年1月11日 (水) 共同通信社

 10日午後6時40分ごろ、千葉県鎌ケ谷市の初富保健病院で、入院していた同市、無職井上君子(いのうえ・きみこ)さん(92)がベッドで死亡しているのが見つかった。首に皮下出血があり、県警は殺人事件の可能性もあるとみて捜査。直前に見舞いに来ていた次男(66)が11日午前、近くの神社で死亡しているのが見つかり、県警は井上さん殺害後に自殺を図った可能性があるとみて調べている。

 県警によると、井上さんは2012年2月から脳梗塞などで入院。病室は2階の個室だった。12日に司法解剖し、死因を調べる。

 病室からは「しっかりとした対応をありがとうございました」と書かれたメモが見つかった。次男が病院に対して残したものとみられる。

 病院によると、1983年に開設され、病床数は640。終末期医療に力を入れているほか、復帰を目的としたリハビリ患者を多く受け入れている。



https://www.m3.com/news/general/492748
大麻所持容疑で外科医逮捕 福岡県警
2017年1月11日 (水) 共同通信社

 福岡県警久留米署は10日、大麻取締法違反(所持)の疑いで、久留米市、久留米大病院の外科医師津留俊昭(つる・としあき)容疑者(30)を逮捕した。

 逮捕容疑は昨年12月24日午後7時ごろ、自宅で大麻1・438グラムを所持した疑い。署によると「今まで大麻を使ったことは何度かあるが、自宅に持ち込んだことはない。自分のものではない」と容疑を否認している。

 署は自宅から大麻のほか、吸引器具とみられる金属製パイプ1本も押収した。昨年12月、大麻所持に関する情報提供が署にあったという。

 久留米大病院によると、津留容疑者は昨年4月に採用された。志波直人(しば・なおと)病院長は「捜査の経過を見守り、厳正、適正に対応する。ご心配、ご迷惑をお掛けし深くおわび申し上げる」とのコメントを出した。



https://www.m3.com/news/general/492799
【熊本】地震後に特殊外来開設 阿蘇医療センター
2017年1月11日 (水) 熊本日日新聞

 阿蘇市黒川の阿蘇医療センター(甲斐豊院長)が、熊本地震による小児のストレスや交通事情悪化に対応するため、小児の心のケアや神経難病など専門性の高い特殊外来3科を開設した。熊本市などの医療機関への受診・通院が困難になった患者らの受け皿となり、地域の中核病院としての機能強化を図る。

 「じっとしている練習をしましょう」「はい、止まって」―。

 昨年12月末の同センター。熊本市の熊本大医学部付属病院小児科の上土井[じょうどい]貴子助教(小児発達学)が、多動性障害の女児に語りかけた。女児は10月から上土井助教の治療を受け始め、この日は2度目の受診。同席した母親は、投薬効果などの説明にうなずいた。センターに「小児の心のケア」外来が開設されるまで、女児は専門医の診療を受けたことはなかったという。

 同医療センターは数年前から順次、リウマチ膠原[こうげん]病内科や乳腺内分泌外科など専門性の高い特殊外来を開設。ただ、阿蘇地域には、医療環境が充実し地理的に近い熊本市や近郊の医療機関を受診する患者が多く、甲斐院長は「地域の需要に十分応えられていなかった」と打ち明ける。

 そこに熊本地震が発生。国道57号やJR豊肥線の寸断で熊本市方面との往来が不便になり、状況が一変した。

 地震後、同医療センターには、熊本市に通院していた人工呼吸が必要な障害児数人が入院。舌がんなどのため阿蘇地域から熊本大病院の歯科口腔[こうくう]外科に通院していた十数人全員が、地震後に受診していないことも分かったという。

 甲斐院長は「専門的な治療が可能な大学病院の役割を一部担う必要性を感じた」と振り返り、県に救急搬送体制などと合わせ、財源を含む通院困難者のための環境整備を要望。一方で、公営企業法の全部適用を受ける同医療センターは独自に、熊本大病院から医師4人の派遣協力を取り付けた。

 内科や整形外科など従来の12診療科に加えて昨秋、小児の心のケア、アレルギーなどの小児疾患、神経難病の特殊専門外来3科を開設。現在、各科で月1回か2カ月に1回の診療体制を取り、毎回、それぞれ数人~十数人が受診している。

 上土井医師は「特殊外来の開設で潜在的な患者の受診機会が増え、早期に治療できるのは大きな利点。ただし、本来構築しておくべき地域医療圏の課題が地震で表面化したとも言える」と説明する。同医療センターには患者らから、「地元に通院できて助かる」と歓迎の声が寄せられているという。

 一方で甲斐院長は、現状を踏まえて厳しく見つめる。「阿蘇郡市には、ニーズの高い耳鼻科や皮膚科の専門医が不足し、開設を求める声が強い。特殊外来も扉を開けた段階で、がんや肝炎、歯科口腔外科などの診療体制も早急に整える必要がある」



http://www.huffingtonpost.jp/coffeedoctors/community-medical-care_b_14073926.html
「地域医療×国際保健」気軽に海外へ"出張"できる地域の診療所を目指す
投稿者 coFFeedoctors
投稿日: 2017年01月11日 17時07分 JST 更新: 5時間前 ハフィントンポスト

地域医療の延長にある国際保健

徳島県吉野川市でさくら診療所の院長をしながら、国際保健活動に興味のある若い医師や医学生をサポートするNPO法人「TICO」の代表も務めている吉田修先生。診療所の運営と、「TICO」での活動をうまく融合させて、地域医療と国際保健の双方が抱える課題を解消しようとしています。そんな取り組みの現状と今後の展望を伺いました。

◆海外"出張"のある診療所

―現在の活動について教えていただけますか?

1999年に故郷である徳島県吉野川市にさくら診療所を開設し、院長を務めています。同時に1993年から始めた「徳島で国際協力を考える会」が前身のNPO法人「TICO」の代表として、国際保健に従事したいと考えている若手医師のサポートを行っています。

診療所でも国際保健に携わっている医師に勤務してもらっています。現在3名いる医師のうち1名は、鎌田實先生が代表を務める「日本イラクメディカルネット(JIM-NET)」に参加していて、年に2回は中東に、1カ月のうち1週間は福島に"出張"しています。もう1名も「国際保健活動がやりたいから、さくら診療所で働きたい」と言って来てくれた若手の医師です。現在、彼も海外支援に行けるよう院内の体制を整えています。

また、私自身も年に2回ほどアフリカのザンビアに渡航しています。あまり長期間診療所を開けることはできないので、現在は1回の渡航で2週間ほどの滞在になっています。

-診療所をあげて国際保健に取り組んでいる様子が伺えますが、なぜ国際保健活動に携わりたい医師をサポートしているのでしょうか?

国際保健に関わりたいと思っている若い医師や医学生はたくさんいると思っています。ところが、それだけでは自身の生活費を稼いでいくことが非常に難しいです。1、2年ならボランティアでもやれないことはないと思いますが、長期的に取り組んでいくには一定の稼ぎがなければ、正直続きません。

自らの生活費を稼ぎながらですと、国際機関への就職やJICAの専門家になるという道くらいしかありません。しかしそれも1,2年契約で、さまざまな組織を渡り歩くのも非常に難しいですし、実際に現場でプレーヤーとして活動できる機会が少なく、ほとんどの人がオフィサーとしてシステム的な業務の遂行や事務仕事になってしまうのが現状です。

そんな現状を見てきましたから、海外支援をしたい医師が国内で安定的な生活の場を確保して一定期間海外支援に行けるシステムを作りたいと思ったのです。

◆アフリカへの思い

-そもそも国際保健に興味を持ったきっかけはなんだったのですか?

中学生の頃にエチオピアの大干ばつの様子をテレビか何かで見たことだと思います。私は覚えていませんが、周囲には「将来アフリカに行くぞ」と言っていたそうです。そのため、初めて青年海外協力隊に参加した時には「やはり行ったか」と言われました。

青年海外協力隊には、医師になって7年目の時に初めて参加し、マラウイに2年間行きました。帰国後は2年ほど大学や県立病院に勤務していたものの、やはりアフリカの途上国に貢献したいという思いが捨てきれず、多国籍医師団を結成して緊急人道支援活動を行うNPO法人AMDAで働かせてもらいながら、3年程アフリカ支援を続けました。

-NPO法人「TICO」の前身である「徳島で国際協力を考える会」はどのような経緯で始められたのですか?

青年海外協力隊で行ったマラウイから帰国した時に始めました。海外での様子を聞いてみたいという周囲のリクエストや、私自身が途上国についてなんでもいいから考える機会を作りたいという思いがあったんです。ですから何か行動を起こすというよりは、最初は私の途上国報告会も兼ねて"途上国について一緒に考える"という内容でした。勤務医を辞めてAMDAで働いている期間も、途上国から帰っては徳島で報告会を続けていました。

徐々にザンビアでの支援活動もこの会として行うようになり、2004年にNPO法人にすることができ、2007年から国際保健活動に興味のある医学生向けに合宿を行うようになりました。

-TICOとしてザンビアでは、どのような取り組みをされているのですか?

医療インフラのなかったザンビアの村の1つに、ザンビア政府管轄の医療施設「ヘルスポスト」を設立させて、政府から看護師を1名派遣してもらうようにしました。しかしこの村は、さくら診療所がある吉野川市と隣の阿波市を足したくらいの面積に4万人が住んでいます。そこに医療施設1、看護師1名ではとてもカバーしきれません。

そこで、ザンビア政府の政策である保健ボランティア養成のためのトレーニングコースを、3カ月間住民に受けてもらっています。このトレーニングコースを受けた住民たちは、村ごとにお産や子どもの成長のモニタリングを担当したり、ボランティアを統括し行政との連携を計る保健委員会メンバーになったりします。直接私たちが何かを実施するのではなく、村の住民が主体的に円滑に動けるようにミーティングのお膳立てをするなどのサポートを10年程続けてきました。

JICAの助成金をもらいながら続けてきて来年で支援が終わりますし、ようやく私たちがいなくても動き続ける仕組みになってきたので、そろそろ手を放そうかという段階です。ただでさえ苦労の多い小規模農民が、完全無報酬でボランティアを継続することは容易ではありません。それでも「村人の健康のために」とがんばる人たちが、TICOの支援がなくなっても継続しようと、自立を目指して活動しています。

◆国際保健活動の敷居を低くし、地域の医師不足も解消する

―今後の展望を教えていただけますか?

現在、徳島県や近隣の町立病院と進めていることがあります。それは、国際医療に興味がある医師をこの徳島県で総合診療医として育てようというものです。私は「国際総合診療医」と呼んでいます。

地域医療と国際保健活動は、スキルの面でも精神面でも非常に共通点が多いと思っています。地域医療をやりたい人はなんでもやりたいという人が多く、国際的な現場で臨床医をやりたいという人と非常に共通しているんですね。

ですから、徳島県と連携して県内の後期研修医を対象に、後期研修期間中3カ月程度、連携しているザンビアのキリスト教系の病院で熱帯医学や地域医療を学べるコースを設立する予定です。そして、全国から国際保健の現場で働きたい医師を徳島県に集めたいのです。

-徳島県とはどのようにして連携までこぎつけたのですか?

何年も前から構想を持ちかけていましたが、なかなか実際の制度として整えるまでには至りませんでした。しかし徳島県も他の地域と同様医師不足で、何とか医師を集めたいと思っているのが事実です。

幸い私のもとには、全国から国際保健活動をやりたいと思っている医学生がたくさんやってきます。しかも、先ほどお話ししたように、地域医療に親和性の高い人たちです。熱意ある若い人たちが来るのだから、そこを組み合わせることが解決策になると訴え続け、徳島県内の町立病院の院長も好意的でしたので実現できそうなところまでこぎつけられました。

そして後期研修が終わっても、もし3年契約で徳島県に残ってくれれば3年間うちの1年間は有給でフリーになれる制度を設けているので、それを使って国際保健にも行けるのです。そこにつなげたいと思っています。今後はさらに全国へアナウンスして、手を挙げてくれる若い医師を増やすことが目標ですね。

―吉田先生ご自身の目標は何でしょうか?

私自身は、もう一度プレーヤーとしてアフリカに行きたいという願望はありますが、今は裏方に回って若手をどんどん送り込もうと思っています。

国際医療に参加する医師には、2タイプがあると思うんです。1つはスーパーマンのように全身全霊で国際医療に尽くされる中村哲先生や吉岡秀人先生のようなタイプ。全員が真似できるわけではない、憧れの存在。

私はそうではなくて、日本の地域医療の延長として、日本の地域医療の医師が「今月はザンビアに"出張"してきます」という気軽さで国際保健に従事できる、そんな仕組みを作り、国際保健の敷居を低くしたいです。特別な人が人生をかけて行くのではなく、地域の医師がちょっと海外行ってくる、そんな形で国際保健と地域医療を組み合わせていきたいです。私自身がそんなタイプですから。

■離島は「プライマリケアの基礎」が身に付く場。離島の魅力を研究で伝える

■閉院危機に立ち向かう、卒後7年で市民病院院長となった医師の想い

■世界に出れば、世の中の課題と自分の可能性が見えてくる!大切なのは実体験

■■■プロフィール■■■
さくら診療所 吉田 修
徳島県出身。宮崎医科大学卒業後、徳島大学第2外科で研鑚を積む。1989年に青年海外協力隊で2年間アフリカ・マラウイの病院で外科医として勤務。帰国後NPO法人AMDAの緊急支援に参加し、(イラン震災やレバノン空爆、パプアニューギニア津波、ルワンダ内戦、モザンビーク帰還難民支援などに従事する。また、AMDAよりJICA専門家としてザンビアに派遣されPHCプロジェクト立案に関わる。1999年にさくら診療所を開設、2004年にNPO法人化した「TICO」の代表を務める。また、国内海外問わずエコロジカルな暮らしを模索し、診療所のエネルギー自給率をあげる取り組みなども行っている。



http://www.asahi.com/articles/ASK1C26MKK1CUBQU004.html
求む! 離島・へき地医療の担い手
神元敦司
2017年1月11日07時10分 朝日新聞

 離島やへき地で働く医師を育て、医師不足の解消を目指す試みが始まっている。都会から離れても知識や技量を高める機会を確保し、安定した収入を約束。赴任期間も区切る。福岡の救急医が豪州の仕組みを参考に研修プログラムをつくり、4月に1期生の6人が離島へ赴任する。

 離島やへき地には一般的に、大学の医局や特定病院が若手を中心に「派遣」しているが、敬遠されがち。幅広い知識や経験が必要なうえ、交代が少ないので研修参加が制限されやすいことなどが背景にある。ただ、条件が整えば赴任をいとわない医師もいる。

 新たなプログラムを作ったのは齋藤学医師(42)。順天堂大を卒業後、救急医や総合診療医として鹿児島県の徳之島などで働いた経験がある。3年前に合同会社「ゲネプロ」を福岡県宗像市で設立。離島やへき地でも各科で診察できる医師が多い豪州の教育プログラムなどを参考にした。

 参加医師は1年間、ゲネプロと契約を結んだ離島やへき地の総合病院など「研修病院」で働き、原則的に産科や救急科、内科、外科などを経験。インターネット電話を使って豪州の医師に診療指導も受けられる。

 「研修病院」は医師に給与を支給し、教育プログラムを提供するゲネプロにも医師の年収の2~3割を払う。派遣医師はゲネプロが面談を重ねて決めるので、病院は時間と労力をかけずに医師を確保できる。医師にとっては、期限付きで離島・へき地医療を経験でき、そこで自己研鑽(けんさん)できる。

 齋藤さんは「日本では離島やへき地に飛び込みたいと思う医師の道しるべがなく、このままでは、なり手が少なくなる」と話す。

 4月に赴任する1期生は29歳から41歳の6人。赴任先は長崎県の中通島(なかどおりじま)(五島列島)と鹿児島県の徳之島の病院だ。島根県立中央病院(同県出雲市)救命救急医の石飛奈津子さん(37)もその一人。夫と2人の子どもと離れ、徳之島で勤務する。離島やへき地医療を維持するには、1年や数カ月単位で交代できる仕組みが必要だと石飛さんは考えている。「離島やへき地でも患者一人ひとりの生活に関わっていきたい」

■「島のお産」崖っぷちに

 離島やへき地で深刻なのが、産婦人科医の確保だ。離島がある各自治体などへの取材では、昨年11月時点で島内でお産ができるのは16島。できなければ、本土のホテルで暮らすなどの対応を妊婦が迫られる。

 16島のうち7島では産婦人科の常勤医が1人だけだ。昨年4月以降でも種子島(鹿児島県)と中通島(長崎県)で常勤医が2人から1人に減った。種子島の3市町で運営する種子島産婦人科医院では、体力面を理由に68歳の医師が昨年7月で退職して30代の医師1人になり、病院が同10月にホームページで募集を始めた。

 病院側は救急搬送時を懸念する。医師が妊婦とヘリに乗るなどして島から出た際、島内の別の妊婦に不測の事態が起こる場合だ。通院する妊婦(33)は「医師1人だと万が一、急変した時に不安がある」と語る。

 長崎医療センター(長崎県大村市)客員研究員で産婦人科の山口純子医師(37)の試算では、2015年からの20年間で人口が半減すると見込まれる長崎・対馬で、お産の件数は234から78と3分の1に減るとみられ「病院の経営面からもお産態勢が維持できなくなる」と危機感を抱く。



http://japan-indepth.jp/?p=32530
福島県双葉郡、医療崩壊の危機
上昌広(医療ガバナンス研究所 理事長)
「上昌広と福島県浜通り便り」
投稿日:2017/1/11  Japan-in-depth

福島県双葉郡の復興が危機に瀕している。きっかけは一人の医師の死だ。

12月30日の深夜、高野病院の院長である高野英男氏が亡くなった。享年81才だった。娘で、事務長・理事長を務める高野己保さんは「寝たばこが原因の焼死です」と言う。

高野病院は福島第一原発の南22キロに存在する慢性期病院だ。1980年に高野英男氏が設立した。病床は内科65床、精神科53床で、毎日20名程度の外来患者や、数名の急患を引き受けていた。

この地域を東日本大震災・津波・原発事故が襲った。高野病院は高台にあったため、津波の被害は免れた。しかしながら、この地域は、緊急時避難準備区域に認定された。周囲の病院は避難や閉院を余儀なくされた。高野病院でも、震災前に二人いた常勤医は、高野院長一人となった。この結果、高野病院は双葉郡で操業する唯一の病院となり、高野院長は双葉郡で唯一人の常勤医師となった。

高野院長は孤軍奮闘した。病院の敷地内に住み、数名の非常勤医師とともに診療に従事した。その様子は東京新聞の編集委員である井上能行氏が書いた『福島原発22キロ高野病院奮戦記がんばってるね!じむちょー』(東京新聞出版局)に詳しい。

その高野院長が亡くなった。娘である高野己保理事長は途方にくれた。彼女は医師ではない。早急に院長を務めてくれる常勤医を探さねばならないからだ。私にも相談があった。

残された時間も多くはない。原発事故以降、広野町の住民は5400人から3000人に減った。高野病院の患者も減少した。財政難の我が国で、診療報酬は下がる一方だ。一方、原発周辺の病院での勤務を希望する医師は少ない。非常勤医師の調達コストは高騰した。高野病院は内部留保をすり減らしており、このままでは数ヶ月で経営破綻する。2017年元旦には、広野町の遠藤智町長に対して「患者・職員を助けて下さい。私はどうなっても構いません。病院と敷地を寄附するつもりです」と伝えた。

遠藤町長も事態の深刻さを理解し、福島県および周辺の自治体に支援を求めた。南相馬市立総合病院は即座に協力を表明し、外科医である尾崎章彦医師を中心に「高野病院を支援する会」を結成した。大勢の若手医師がボランティアで診療に従事した。

行政も動いた。6日には、福島県・広野町・高野病院などで会議を開いた。翌日の福島民友は一面トップで「医師派遣や財政支援 高野病院診療体制維持へ県 福医大と連携」と報じた。

このような動きを知ると、関係者が一致団結して、問題解決に取り組んでいるように見える。ところが、実態は違う。この会合に参加した坪倉正治医師は、「福島県は支援に及び腰でした」という。会議の冒頭で、安達豪希・福島県保健福祉部次長は「双葉地方の地域医療と高野病院の話は別です」と発言した。広野町で高野病院が果たしてきた役割を考えれば、こんな理屈は通じない。

福島医大にも危機感はなかった。代表者は「常勤医を出すことはできない」と明言した。筆者が入手した福島県の報告書には、「全県的な人材不足の中で、一民間病院に、県立医大から常勤医を派遣することは困難」と記されている。この説明は虚偽である。福島医大は、星総合病院など県内の複数の民間医療機関から寄付金をもらい、「寄附講座」の枠組みで常勤医師を派遣している。

また、福島第一原発の北の南相馬市原町区に位置する公益財団法人金森和心会雲雀ヶ丘病院には、災害医療支援講座から複数の専門医を派遣していた。高野病院も雲雀ヶ丘病院も、原発周辺に位置する民間の精神科病院という意味では全く同じだ。福島医大関係者は「故高野院長は福島医大の医局員でなかったので、震災後も支援されなかったのでしょう」という。被災地で、こんな議論がなされていると、国民は想像もつかないだろう。

震災以降、福島県浜通りの医療支援を続けている小松秀樹医師は、福島県のことを「火事場泥棒」という。小松医師が問題視するのは、復興予算の使途だ。福島民報2011年9月20日号によれば、福島県と福島医大は、約1000億円を投じ、放射線医学県民管理センターなど5つの施設を5年間に新設すると発表した。

2017年1月現在、福島県立医大には、ふくしま国際医療科学センター(放射線医学県民健康管理センター、県民健康管理センターデジタルアーカイブ、先端臨床研究センター、医療-産業トランスレーショナルリサーチセンター、先端診療部門)、ふくしま子ども・女性医療支援センター、災害医療総合学習センターなどが新設されている。先端診療部門には新たに建設された5階建てのみらい棟と呼ばれる壮大な建物が含まれている。高野病院を見捨て、中通りに位置する福島医大に、こんなものを作る意味がどこにあるのだろうか。

福島県・福島医大の暴走は、これだけではない。2018年4月には、福島第一原発から約10キロの富岡町に二次救急病院「ふたば医療センター(仮称)」が開設される。病床数は30だ。問題は経費だ。総工費24億円で、1床あたり8000万円になる。病院の建設費は、1床あたり、民間病院平均1600万円、公立病院平均3300万円だ。馬鹿高い。

しかも、この病院は最大5年で閉鎖される。双葉郡の避難指示が解除されると、双葉郡内の県立病院が再開されるからだ。高野病院へはカネは出せないが、県立病院には湯水のようにカネを使う。福島県関係者は「人が住んでいないところに、急性期病院を建てて、どれくらい役にたつかわかりませんが、もう後戻りはできません」という。

なぜ、こんなことになるのだろうか。理由は二つあると思う。

一つは、福島県の医育機関が県立医大であることだ。

我が国の医療行政は、政府が方針を示し、予算を都道府県に分配する。そして、都道府県が基礎自治体に分配する形で行われる。医療行政とは畢竟、医師の手配とカネの分配だ。通常、医師の手配は国立や私立大学、カネの配分は県庁が握る。ところが、福島県では、両者を県が握っている。このような体制では、県が暴走したら、誰も止められない。

むしろ、県職員の間では評価される可能性が高い。政府から福島県に分配された予算は、出来るだけ県の直轄事業にした方が、ポストや権限も増やせるからだ。退職後の天下りも容易になるし、ハコモノを作って雇用を維持し、選挙に再選したいという政治家の思惑も絡んでくるだろう。

実は、我が国で県立医大しか存在しない都道府県は、福島以外には和歌山、奈良しかない。政令指定市と含めても、横浜市と横浜市大があるくらいだ。このような地域では、さまざまな問題が生じている。

昨年、和歌山県立医大では、教授会が反対する中、県庁主導で薬学部の新設が決まった。薬学部校舎を新築するらしい。2011年には、横浜市大医学部長が、「理事長に対する背信行為及び法人に対する信用失墜」という理由で解任された。理事長は横浜市役所OBだった。自治を重んじる大学ではあり得ない出来事に、全国医学部長病院長会議が、「人事裁量権の逸脱」と批判した。

このような自治体では、県庁が暴走したら、誰も止めることができない。メディアも、太鼓持ちのような記事を書く。それが前述した福島県の地元紙の対応だ。

薬害肝炎問題などで有名なフリージャーナリストの岩澤倫彦氏は、自らのフェースブックで、地元紙の報道に対して、以下のように述べている。

(以下、引用)

地元紙の福島民友はこう書いている。
「県が民間病院を個別に支援するのは異例」
高野病院に対して、上から目線の礼節を欠いた文章だ。
こんな下らない情報を自慢げに記者クラブに吹き込んだ福島県、そして安易に受け売りした記者には「恥を知れ」と言いたい。

高野病院は、患者の命を最優先に原発事故が起きても避難しなかった。
公立であるか、民間であるか、など関係ない。医療者としての使命を果たすために、孤軍奮闘してきた老医師の存在を思うと心が震える。
福島県の顔色ばかり窺い、「報道機関としての使命」を失った地元紙には、高野医師の記事を書く資格はない。

(引用終わる)

私は、岩澤氏の主張は正鵠を射ていると思う。いま、双葉郡の医療は崩壊の瀬戸際にある。関係者全員で知惠を絞るべきだ。このような経験は、広野町の住民だけでなく、日本社会にも有益だろう。それは、高野病院のケースが、我が国の将来像だからだ。

我が国の財政状況では、診療報酬は切り下げざるを得ない。消費税も上がる。一方、地方都市の多くは人口減が進み、やがて高齢者も減る。一方で、医師・看護師不足は深刻で、調達コストは高騰する。今後、医療機関の経営状況は加速度的に悪化する。

当面は、故高野院長のように、オーナー院長が低報酬で長時間労働することで対応するだろう。ただ、限界がある。高齢の院長が亡くなったり、内部留保を使い果たせば、「倒産」するしかない。病院が地域の中核医療機関の場合、地域医療は「頓死」する。

どのような救済スキームを準備すればいいのだろう。医療機関が国公立だろうが、民間だろうが、関係ない。住民視点にたち、ソフトランディングの仕方を議論すべきだ。



http://mainichi.jp/articles/20170112/k00/00m/040/087000c
福島・高野病院
2カ月限定、院長決まる

毎日新聞2017年1月11日 21時13分(最終更新 1月11日 21時13分)

 東京電力福島第1原発事故後も避難せず診療を続けた院長が昨年末に火災で死亡し、常勤医が不在となっている福島県広野町の「高野病院」に、東京都立駒込病院の外科医、中山祐次郎さん(36)が2月から2カ月間、院長・常勤医として勤めることになった。若手医師らで作る「支援する会」が11日発表した。

<記者の目>東電事故と国民負担=川口雅浩(東京経済部)
 中山さんはニュースなどで窮状を知り、支援する会に申し出た。4月から同県郡山市の病院に勤務予定のため、それまでの期間限定となる。中山さんは毎日新聞の取材に「多くの入院患者を抱える中、ボランティアで診療を続けるのは厳しく、危機的状況を何とかしたいと思った。患者さんが少しでも安心できるようにしたい」と述べた。中山さんはインターネットに医療関連の記事を掲載するなど執筆活動もしており、病院の現状を情報発信していく考えだ。

 ただ4月以降の常勤医のメドは立っておらず、支援する会は「このまま診療を続けるには限界がある。長期的に病院を継続させるためには、行政のイニシアチブも必要になる」とする。

 同病院には約100人の入院患者がいるが、唯一の常勤医だった院長の高野英男さん(81)が昨年末に火災で死亡。その後は非常勤の医師と、支援する会が募集するボランティア医師で診療を続けてきた。【乾達】



http://www.huffingtonpost.jp/2017/01/11/takano-hospital-fukushima_n_14099624.html
「震災後、何かしたい気持ちずっと...」院長死亡で常勤医ゼロの福島・高野病院、2カ月限定の医師赴任へ
The Huffington Post | 執筆者:泉谷由梨子
投稿日: 2017年01月11日 19時33分 JST 更新: 2時間前

東京電力福島第一原発から約22キロに位置し、事故後も避難せずに診療を続けてきた高野病院(福島県広野町)は、唯一の常勤医だった高野英男院長(81)が2016年末の火災で亡くなったことにより、入院患者約100人を抱えながら、常勤医が不在の状態となっている。

診療継続のために設立された医師らのボランティア「高野病院を支援する会」は1月11日、2~3月の2カ月間限定ながら、院長として勤務する常勤医が見つかったと発表した。同病院に赴任するのは、中山祐次郎医師(36)。中山医師は、ハフィントンポストの取材に対して「震災後、医師として被災地の支援ができなかったという気持ちがずっとあった」と、高野病院での勤務を希望した理由を話している。

−−なぜ高野病院での勤務を申し出たのでしょうか。これまでも被災地とご縁があったのでしょうか?

いえ。私は恥ずかしながら、東日本大震災から一度も被災地で医師としての支援活動をしたことはありませんでした。そして、それがずっと気がかりだった気持ちがありました。高野病院が危機的な状況であるということは、年末からネットなどで知っていました。「誰かが行かないとマズイだろう」と思い、1月6日に初めてメールを送りました。それからすぐに、現地に行って、勤務することが正式に決まりました。ただ、私が高野病院に勤められるのは、たった2カ月なのです。今の勤め先にも迷惑をかけてしまったのですが、それでも何かお役に立てればと思いました。

−−現地に行かれて、病院の状況をどうご覧になりましたか?

高野病院は地域にとって水道や電気のようなインフラの一部。地域の人々が生きていく上で必須の病院だと感じました。80歳を超えて、内科診療も救急もこなしていたという、(亡くなった)高野院長はあまりにすごかった。衝撃を受けました。職員の方々からも、「この病院を残さなければいけない」という気持ちを強く感じ、それにこたなければいけないと感じました。

      ◇

中山医師は、現在は都立駒込病院の外科医として勤務している。元々、4月から福島県内の別の病院に勤務する予定だったが、予定より早く現在の勤務先を退職し、2カ月の間、高野病院で院長として勤務する。当直などを担う非常勤医師らとともに、高野病院で診療にあたるという。

■4月以降はまた常勤医不在に

病院のある広野町は1月9日、ふるさと納税を利用したクラウドファンディングによる支援金の募集を始めた。11日夕方の時点では、目標金額として設定されていた250万円を上回る400万円以上の支援が集まっている。支援金は遠方から駆けつける医師らの交通費と宿泊費として使用され、目標を超えた分は町の地域医療の費用として活用されるという。

一方で、4月以降は引き続き常勤医は不在の状態となり抜本的な解決に至ったわけではない。

「支援する会」事務局長の尾崎章彦医師(南相馬市立総合病院)らは、「常勤医が決まったことは喜ばしいが、これはゴールではなくようやくスタートラインに立ったというのが実感。県や国には、2カ月間の猶予の間に、この地域の医療体制をどう立て直していくのかしっかりとした方針を立ててほしい」と話している。

■高野病院とは

高野病院は、原発から南に約22キロの広野町にある精神科・内科の私立病院。

広野町は原発事故により、全町に対して避難指示を発令(2012年3月末に解除)したが、ほとんどが高齢の入院患者約100人を抱えている高野病院は、患者の移動には重大なリスクがあると判断し、全町が避難した中でも、その場にとどまって診療を続けていた。

原発が位置する双葉郡内では、現在、唯一の入院できる病院で、亡くなった高野院長がただ一人の常勤医だった。

現在の広野町には、帰還した住民だけなく、除染や廃炉の拠点として多くの作業員が住んでいる。高野病院は、そうした復興を支える人々に対する医療も提供している。

また、双葉郡内の近隣の自治体では、2017年春にも一部の地域の避難指示が解除され、住民が帰還できるようになる見通しだ。高野病院は、帰還後の避難区域の生活インフラとしても重要な存在となる。

一人で奮闘を続けてきた高野院長が命を落としたのは、2016年12月30日夜。診療を終えた高野院長が、病院敷地内の自宅に戻ったところで火災に見舞われた。以降、病院は唯一の常勤医を失ったことにより、存続の危機に立たされている。



https://www.minpo.jp/news/detail/2017011138020
常勤医募る 檜枝岐村、4月から診療所勤務
2017/01/11 09:47 福島民報

 檜枝岐村は、村唯一の医療機関の村営檜枝岐診療所に4月から勤務する常勤医を募集している。現在勤務する男性医師の契約期間が3月末で満了するため。

 常勤医は内科と小児科の外来診療を担い、年間報酬は2千万円。診療所は常勤医のほか、看護師一人、事務一人の3人体制で、1日当たりの外来患者は10人前後。火曜日から土曜日まで診療し、診療日数は年間260日となる。

 村から最も近い病院まで車で片道1時間かかるため、診療所は村民にとって重要な施設。村は「自然豊かな環境の中で、村民一人一人の生活に寄り添う『村のお医者さん』になってくれる方を待っている」としている。

 村は温泉給湯設備が付いた医師住宅を用意。問い合わせは村総務課 電話0241(75)2500へ。



http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/yakushiji/201701/549710.html
連載: 薬師寺泰匡の「だから救急はおもしろいんよ」
総務省が調査! さらばタクシー代わりの救急車

薬師寺泰匡(岸和田徳洲会病院救命救急センター)
2017/1/12 日経メディカル

 総務省消防庁が、2018年をめどに、タクシーの代わりに出動を要請するなどの必要性が低いと考えられる人の救急車利用の実態を調べる方針を打ち出したと一部で報道されております。不急の出動を減らすことに繋げられたらということです。

 「タクシー代わり」って、ずっと言われ続けてきたことなんですが、これまで調べずに救急車の適正利用の呼びかけをしていたのかと思うとなんとも言えない気持ちになります…。まぁそれはおいといて、現場の声を聞く限りタクシー的利用は確かに存在しているはずで、原因は様々だと思います。ライフハックかのごとく「救急車で行けばすぐ診てもらえる」とか「救急車で行かないと診てもらえない」的なことを書いている記事もネットで時々目にしていましたので、呼ばなきゃ損という市民感情が支配しているのかもしれません。

分かったところで搬送はやめられない

 今回の調査の目的は、「不急の出動を減らしたい」ということのようです。調査は必要なことであり、水を差すつもりはないのですが、緊急度の低い人がどのくらいいるのか分かったところで、それを選別して搬送するかしないかに結びつけるのはかなり厳しい話になるのではないかと思います。緊急度の低い人が一定数いることが明らかになったとして、どうやってそういう人に行政サービスを諦めてもらうのか、という話です。

 救急に関わっていらっしゃる方はお分かりだと思いますが、交通外傷ですら多くは緊急性に乏しいものです。しかし、別な行政サービス提供者である警察官が安易に救急車を呼んでしまっている現状もありますし、医療関係者でも比較的安定した方の転院搬送に救急車を利用している背景もあります。調査によって緊急性が明らかに低い人が10%くらい含まれていることが明らかになったとして、それを基に市民に適正利用を啓発したところであまり響かないでしょう。

 緊急度の低い人を搬送しないようにするためには、現場の判断で搬送しないということを決めなくてはいけません。行政サービスの適応の判断を救急隊のみで行ってよいという社会合意が形成されるにはまだまだかなり時間が必要です。緊急度判定はもちろん救命士の大事な大事な仕事ですが、行政サービスを打ち切るわけですので、しっかりした診断が必要になります。診断は医師しかできません。現場で明らかに緊急性の乏しい人がいたとして、その人を不搬送にしたり、または有料化にしたりするとしたら特定行為のようなメディカルコントロールシステムがいるだろうなと思います。やるとしたら次のようなプロセスになるでしょうか。

(1)現場(ないしは司令段階)で救急隊が緊急度低いと判断
(2)指示医師に連絡して、搬送可否の判断を仰ぐ
(3)緊急性なしと判断されたら搬送しない(自己受診を促す)

 医師のみなさんどうでしょうか。救急車の自院への搬入をお断りするよりもハードル上がりますよね。自身の責任において搬送そのものを打ち切るわけですから。それを救急隊に押し付けられませんよね…。不急の出動を減らせるようにするにはどうしたら良いのやら。

他に受診する手段がない人をどうするか

 実のところ、露骨に「足がないから救急車呼んだんや」といって来る人もいますが、かなりレアです。恥も外聞もなくこういうことを言う人はちょっと別な角度からの介入が必要だと思います。こういう人のことは置いておいたとして、他に受診する手段がないとか、どこにいっていいか分からない場合など、完全にモラルが崩壊しているために救急車の不適切利用をしたとは言えない人たちを上手に導いていくのがこれからの課題だと思います。

 「タクシー代わり」とは言われますが、タクシーでの受診が難しい人というのも世の中にいらっしゃいます。寝たきり高齢者とか、独居の歩行ができない高齢者とか。以前から言っていることですが、病院車をうまく活用できる制度が必要だろうと思います。こういった人たちの受診をさせようということで病院が救急車を用意しているところもありますが、これら救急車の運転や運用にかかるコスト負荷をうまく回避してあげないと、病院側も疲弊してしまいます(この件に関しては以前こちらに書きました)。

どこに受診すればいいか分からない人をどうするか

 都会では#7119の救急相談センターに電話して、救急車を呼ぶべきか、受診すべきか、待つべきか、受診するとしたらどこに受診するか、応急手当はどうしたらいいかなどのアドバイスを得られるサービスが提供されていますが、全都道府県には広がっていません。

 「こんなことで救急車を呼ぶな」と言いたくても、「来る手段がなかった」「どこに行ったらいいか分からなかった」という人への対策がなければ、解決にはなりません。今回の調査が、救急車の適正利用の啓発だけでなく、病院救急車や電話救急相談のサービスの拡充につながったりしたらいいなぁとこっそり思っています。



http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/011100530/?rt=nocnt
常勤医不在の高野病院院長に36歳都内医師
被災地が浮き彫りにする地方医療の課題

池松 由香
2017年1月12日(木)日経ビジネス

 「瞬発力で決めた」

 こう話すのは、渦中の高野病院の院長に2月1日からの2カ月間、暫定的に就任することが決まった都立駒込病院の中山祐次郎医師(36)だ。

 福島県広野町にある高野病院は、東京電力・福島第一原子力発電所から22kmの場所にある民間の病院。原発事故後も地元に残り、患者を受け入れ続けたことで知られる。院長の高野英男医師(81)が唯一の常勤医として診療を続けてきたが、2016年12月30日の火災で死去。その後は常勤医不在のまま、南相馬市立総合病院など近隣の病院で働く医師や全国各地から名乗り出た医師のボランティアによって支えられていた。

 118床を抱える同病院は、現在でも双葉郡で唯一、入院できる病院だ。

 院長が死亡した翌日の12月31日、遠藤智・広野町町長と周辺地域の医師らにより「高野病院を支援する会」が結成された。1月中の診療は非常勤の医師でやりくりするめどが付いたが、「医師の好意に甘えているだけではやがて限界が来る」(支援する会の尾崎章彦医師)と危機感を募らせていた。

 中山医師が高野病院の状況をニュースなどで知り、支援する会の尾崎医師に連絡をしたのは1月6日夜のことだ。

3000人の命を預かる一人の医師

 中山医師は、尾崎医師と相談した後、8日に現地に赴いた。事務室で尾崎医師、高野院長の娘の高野己保(みお)理事長と話していると、地元の住民が次々と事務室にやってきた。高野院長の遺骨に手を合わせるためだ。

 「この先生がいなければ、この地域は終わっていた」

 「本当に超人のような人だった」

 弔問に訪れた人たちは口々にこう言った。高野病院が見守り続けてきた広野町の人口は約3000人。日本の人口1000人当たりの医師数が約2.3人(世界銀行統計、2010年)であることを考えると、広野町の現実が極めて過酷であることは明らかだった。

 「ここには医者がいないとダメだ」。中山医師はそう実感したという。

 中山医師はその場で院長就任を決断したが、これで問題が完全に解決したわけではない。同医師は4月から郡山市内の病院での勤務が確定しているため、在任期間2カ月間の「暫定院長」だからだ。高野病院は、4月から院長を務めてもらう人材を早急に探さなければならない。ちなみに院長はボランティアではなく、高野病院に雇用される常勤医となる。

 「自分がたった2カ月間いたところで、応急処置にしかならない」(中山医師)

県が動くも具体策はなし

 高野病院はもともと、高野院長が高齢であったため複数の非常勤医によって支えられていた。院長の死亡後も診療を続けてこられたのも、ボランティアに加え、こうした非常勤医が継続してサポートを続けたことが大きい。

 だが、尾崎医師が指摘しているように、自転車操業ではいずれ限界が来る。これから永続的に地域住民を支えていくには、「県や国が主導する支援が不可欠になる」(尾崎医師)。

 福島県の内堀雅雄知事は1月4日に開いた記者会見で、「(高野病院の)医師確保に向けた支援を行う」と発言した。だが、6日、県と高野病院、広野町、支援の会の関係者らによる非公開の会議が開かれるも、県から具体的な解決策が示されることはなかったという。

「美談なんかではない」

 背景にあると考えられるのは、「一つの民間病院を県(や国)が助けるわけにはいかない」という立場だ。確かに高野病院は一民間病院に過ぎないが、震災後に双葉郡を支える医療機関として果たしてきた役割は「公共の役割」と言っても過言ではないだろう。

 さらに高野病院の問題は、「被災地」という特別な場所だけが抱える問題ではない。「医師不足」は、過疎化・高齢化が進む日本の地域社会のどこにでも起こり得る現象だからだ。

 「高野病院の話はともすれば美談になりやすい。でも、それだけではなく、国や県、私たち一人ひとりが今後の地方医療のあり方について、もう一度、考え直す時が来ている」(尾崎医師)

 高野病院の騒動を「被災地で起きた美談の一つ」で終わらせてはならない。


  1. 2017/01/12(木) 05:52:18|
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