Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

1月5日 

http://www.asahi.com/articles/ASK155R2NK15UBQU006.html
「高齢者は75歳から」学会提言 65歳以上は準備期間
編集委員・田村建二、川村剛志
2017年1月5日21時00分 朝日新聞デジタル

01051_201701060528015a8.jpg
(上のグラフ)脳卒中などで治療を受ける人の割合(下のグラフ)「高齢者とは何歳以上か?」に対する主な回答

 一般的に65歳以上とされている高齢者の定義について、日本老年学会と日本老年医学会は5日、75歳以上とすべきだとする提言を発表した。65~74歳は「心身とも元気な人が多く、高齢者とするのは時代に合わない」として、新たに「准高齢者」と位置づけた。

 医師や心理学者、社会学者らでつくる両学会のワーキンググループが日本人の心身の健康に関する複数の調査結果をもとに2013年から検討してきた。

 65歳以上では脳卒中などで治療を受ける割合が以前より低下する一方、身体能力をみる指標の歩行速度などが上がる傾向にあり、生物学的にみた年齢は10~20年前に比べて5~10歳は若返っていると判断した。知的機能の面でも、70代の検査の平均得点は、10年前の60代に相当するという報告があり、根拠の一つとされた。

 また、「高齢者とは何歳以上か」を問うた内閣府の意識調査(2014年)では、「75歳以上」との答えが28%で、15年前より13ポイント上がったのに対して、「65歳以上」は6%で、12ポイント下がった。

 ログイン前の続きこうしたことから、提言では高齢者は75歳以上とし、65~74歳は「高齢者の準備期」と位置づけた。この世代を「社会を支える人たち」と捉え直し、活力ある超高齢社会につなげる狙いがある。また、平均寿命の伸びなどを考慮して、90歳以上は「超高齢者」とした。グループ座長の大内尉義(やすよし)・虎の門病院長は「意欲のある65歳以上の人たちが社会に一層参加していくきっかけになってほしい」と話す。

 提言は「あくまで、医学的な立場から検討した」とするが、今後、年金の支給開始年齢など社会保障制度をめぐる議論にも影響を与える可能性がある。(編集委員・田村建二、川村剛志)

■雇用や社会保障めぐる議論の材料となる可能性

 日本老年学会と日本老年医学会がまとめた提言は、あくまで医学的な観点から高齢者を「75歳以上」とした。「65歳以上」というくくりは社会の高齢化の程度をみる指標として国際比較に使われており、いまの一般的な定義や概念がすぐに変わることは考えにくい。

 ただ、提言は健康な高齢者が社会に参加していくことを一層促す内容となっており、雇用や社会保障のあり方をめぐる議論の材料として使われるなど、一定の影響を与えそうだ。

 スポーツ庁が昨秋発表した体力・運動能力調査によれば、65~79歳の握力や上体起こし、6分間の歩行距離といった体力の数値は男女とも向上傾向にある。スポーツクラブなどで定期的に運動する人が増えたためとみられている。

 高齢者を雇用し続ける企業も増えている。厚生労働省の昨年の集計によれば、定年制を廃止した企業は約4千社、希望者全員が66歳以上まで働けるようにする制度を設けた企業が約7400社あり、いずれも前年より増加している。

 65歳を超えても健康であれば、働き続けることで社会に参加したいという意欲につながりやすい。若いころと変わらない収入を得る人が増えれば、そうした人たちが年金を受け取り始める年齢を現在よりも遅らせたり、医療にかかる自己負担の水準を上げたりといった議論につながっても不思議はない。

 一方、65歳以上のすべての人が健康とは限らず、働きたくても働けない人もいる。学会の合同ワーキンググループ座長を務める大内尉義・虎の門病院長は会見で「提言が社会福祉の水準を下げるような方向には働いてほしくない」と語った。(編集委員・田村建二)

■「高齢者」厳密な定義なく

 高齢者には年齢などによる厳密な定義はない。しかし、一般的に65歳以上を高齢者と位置づけるのは先進国でほぼ共通している。総務省の説明や厚生白書によると、国連が1956年の報告書で、65歳以上の割合が人口の7%以上となった場合に「高齢化した人口」と記したことが始まりとされる。現在でも人口に占める高齢者の割合を国際的に比べる指標として使われている。

 日本の国勢調査ではかつて、60歳以上を「老年人口」としていたが、65年以降は65歳以上となった。

 基礎年金の支給開始年齢は65歳で、介護保険で原因に関わらずサービスを受けられるのも65歳以上。一方、後期高齢者医療制度は75歳以上を対象としており、医療費の自己負担額を抑える制度では70歳以上かどうかで大別している。



http://mainichi.jp/articles/20170106/ddm/001/040/166000c
高齢者
「75歳から」 老年学会提言、若返り考慮

毎日新聞2017年1月6日 東京朝刊

 日本老年学会などは5日、医療や介護などで「65歳以上」とされている高齢者の定義を「75歳以上」に見直すべきだとする提言を発表した。健康に関するデータの分析から、医療の進歩や生活環境の改善などで、65歳以上の体の状態や知的機能は10~20年前と比べ5~10歳ほど若返っていると考えられるという。

 「高齢者」の厳密な定義はないが、国連は1956年の報告書で65歳以上を高齢人口と定義し、日本も準じている。国民年金や介護など社会保障関係の国内法令も、現役世代との区分を65歳としている。同学会は、65~74歳を健康で活力がある人が多い「准高齢者」と定義し、仕事やボランティアなどへの参加を促すよう求めた。75~89歳は「高齢者」、90歳以上は「超高齢者」と位置づけた。

 65歳以上の心身に関する各データを同学会が解析したところ、要介護認定率や脳卒中死亡率などは年々低下し、身体の動きや知的機能は上昇が見られた。2014年度の内閣府意識調査で、高齢者を男性が70歳以上、女性は75歳以上とする回答が最多だった点も勘案した。一方で、提言を社会保障制度に直接結びつける議論は慎重にするよう訴えた。提言をまとめた同学会の大内尉義(やすよし)・虎の門病院長は「65~74歳は元気な人も多く、今の高齢者の定義に合わなくなっている。自主的な社会参加を促せば、社会の支え手を増やせる」と説明した。【細川貴代】
1055.jpg

 ■解説

社会保障制度、影響も

 日本老年学会などの提言は、医学的な見地から、65~74歳は社会参加ができる活力と意欲を備えた層だと前向きに評価したものだ。一方で「生涯現役」を強調しすぎると、高齢者が安心して老後を過ごせる社会保障制度に影響を及ぼす恐れもある。

 厚生年金の支給開始年齢は段階的に65歳に引き上げられている。働き手が減る中で、国は企業に対し希望する65歳までの雇用確保を義務づけている。高齢化に伴う国の財政負担は増え続け、社会保障制度の担い手をどう確保するかは大きな課題だ。

 元気に動ける年齢が上がったのは喜ばしい。しかし、それを社会保障制度の見直しに直結させるのは時期尚早だ。学会も発表の中で「定義を変えることで(年金制度などが)ネガティブな方向に動いてほしくない」とくぎを刺した。高齢者の状態は多様で、今回の定義も全ての人に当てはまるわけではない。長寿時代にどんな働き方や保障を望むかという視点での国民的な議論が求められる。【細川貴代、熊谷豪】



http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20170105_6
田野畑村、待望の常勤医 村診療所に着任
(2017/01/05) 岩手日報

 昨年8月から常勤医が不在だった田野畑村唯一の医療機関、国保田野畑村診療所に近江三喜男所長(68)が着任し、常勤医として4日から診療を始めた。初日は午前のみだったが、34人も患者が訪れ、自己紹介しながら診察を行った。

 近江所長は陸前高田市の国保広田診療所を12月末で退職し着任。「みんないい人ばかり、すんなりと溶け込めそうだ。患者と会話を重ね、年も年だが医者として頑張りたい」と話した。

 同村診療所は常勤医が昨年7月末に退職後、県立病院などの医師の応援診療で対応していた。常勤医不在は5カ月で解消された。



http://www.huffingtonpost.jp/2017/01/05/takano-hospital_n_13966012.html
高野病院が存続危機 院長死亡で常勤医ゼロに 福島第一原発に近い広野町
朝日新聞デジタル 2017年01月05日 16時39分 JST

院長死去、福島の病院存続危機 原発事故時避難せず診療

 福島県広野町の高野病院敷地内の院長宅で先月30日夜にあった火災で、県警は3日、現場から見つかった遺体は高野英男院長(81)だったと発表した。同病院は同町を含む双葉郡で唯一入院が可能だが、常勤医は高野さんだけだった。遠藤智町長らは同日、記者会見を開き、国や県に常勤医を探す支援を求めた。

 広野町は東京電力福島第一原発から20~30キロの距離にある。高野病院は、原発事故後も医師らが避難せずに入院医療を続けてきたことで知られる。内科、精神科、神経内科、消化器内科の4診療科があり、ベッド数は118。先月31日時点で102人が入院中だ。病院関係者によると、高野さんは「症例を研究し、患者さんを診ることが何より幸せという人だった」という。

 町によると、3日までは非常勤の医師が診療した。その後は、約60キロ離れた南相馬市に協力を求め、医師の派遣が決まったという。南相馬市立総合病院の医師らは「高野病院を支援する会」を立ち上げ、ボランティアで応援に入る医師二十数人を確保した。その中には、千葉や静岡、長野各県の医師もいるという。

 広野町には高野病院のほかに医院が一つあるが、町外の医師も含め、高野病院の存続に必要な常勤医は見つかっていない。遠藤町長は会見で「双葉郡の医療の崩壊を防ぎたい。院長の意思に、行政として応えなければならない」、同席した相馬中央病院(福島県相馬市)の坪倉正治医師(34)は「高野院長というスーパーマンで成り立ってきた病院。簡単に代わりは見つからない」と話した。

 一方、高野病院はホームページに、院長の娘である高野己保(みお)理事長の名前で「(院長は)福島第一原子力発電所事故以降は双葉郡にたった一つ残った医療機関として、まさに身を削るように地域医療の火を消してはいけないと、日々奮闘してまいりました」「『どんな時でも、自分の出来ることを粛々と行う』、この言葉を忘れずに、院長の意志を受け継ぎ、職員一丸となり、これからも地域の医療を守っていく所存です」との談話を掲載した。(茶井祐輝、永野真奈)

(朝日新聞デジタル 2017年01月04日 09時17分)



https://www.m3.com/news/general/491369
医師確保へ支援表明相次ぐ 原発事故後診療の院長死亡
2017年1月5日 (木) 共同通信社

 東京電力福島第1原発事故後に避難せず診療を続けてきた福島県広野町の高野病院院長、高野英男(たかの・ひでお)さん(81)が先月30日の火災で死亡したことにより、第1原発や避難区域を抱える双葉郡の地域医療体制が危機を迎えている。病院でただ1人の常勤医がいなくなったためで、町や県から医師確保に向けた支援表明が相次いでいる。

 高野病院は同町を含む双葉郡で唯一、入院可能で、原発事故後の地域医療を支えてきた。入院患者は約100人で、常勤医は高野さん1人だった。

 広野町は今月3日、県内の有志の医師らと協力して病院存続に向け支援すると表明。全国からボランティアの医師を募り、宿泊費と交通費を町が負担する方針も示した。

 1月中は県内の他病院などから医師の応援を受けるが、中長期の見通しは立っていない。福島県の内堀雅雄(うちぼり・まさお)知事は4日の定例記者会見で「地域医療のとりでとしての役目を果たしていただいた」と高野さんを悼み、医師確保に向け県も支援する意向を示した。

 火災は先月30日、病院に隣接する高野さんの自宅で発生。室内から高野さんが遺体で見つかった。



https://www.minpo.jp/news/detail/2017010537856
県が医師確保支援 広野の高野病院火事受け
2017/01/05 10:34 福島民報

 広野町の高野病院長の高野英男さん(81)が焼死した火事を受け、内堀雅雄知事は4日の年頭記者会見で、同病院の医師確保に向け支援する考えを示した。
 県は今後、病院側の意向を確認し、福島医大や国、広野町などと協議する場を設けるか検討する。常勤医を招くため、県の既存の施策活用も視野に対策を進める方針。
 内堀知事は「高野院長には地域医療を守るという使命感から震災後の双葉地域の医療を支え続けてもらった。これまでの努力に敬意と感謝を表したい。双葉地域の医療が守られるよう県として力を入れる」と語った。

■自民県連は支援要請へ 理事長と面談

 自民党県連の吉田栄光幹事長らは4日、調査のため広野町の高野病院を訪れた。
 吉田幹事長らは同病院を運営する医療法人社団養高会の高野己保理事長と面談。高野理事長からは今後も病院を継続し、県などに支援を求めたいとの意向が示されたという。
 吉田幹事長は「高野病院には長年、双葉郡の地域医療を支えていただいており、病院の支援を県に要請していきたい」と語った。
 鈴木智、坂本竜太郎両県議と遠藤智広野町長が同行した。遠藤町長は「人命の保護を第一に、国や県の理解と支援の下、町としても県と緊密に連携し全力で支援に取り組んでいきたい」と語った。



http://www.sankei.com/life/news/170105/lif1701050004-n1.html
【産経抄】
昨年末に亡くなった高野英男院長こそ「赤ひげ」にふさわしい 1月5日

2017.1.5 05:02 産経ニュース

 人気漫画「DR. コトー診療所」のモデルになった瀬戸上健二郎医師が、鹿児島・下甑(しもこしき)島の診療所に赴任したのは、昭和53年、37歳の時である。半年間の約束だった。

 ▼ところが他に引き受ける医師が現れないまま、離島医療に全力を注ぐ日々が続く。後任の所長が見つかり退任が実現したのは、昨年10月である。瀬戸上さんは、75歳になっていた。

 ▼福島県広野町に55年、高野病院を開業した高野英男院長も、大好きな読書に明け暮れる引退後の生活を夢見ていたはずである。東日本大震災の発生により、文字通り叶(かな)わぬ夢となった。病院は、爆発事故を起こした東京電力福島第1原発から、わずか22キロしか離れていない。

 ▼広野町は全町民に避難を呼びかけた。高野さんは、高齢の患者を搬送すれば命の危険があると判断して、とどまる決意をする。その後の病院にとって、相次ぐ職員の退職が何よりの痛手となった。高野さんはたった一人の常勤医として、入院患者を診て回り、救急患者に対応していた。昨年末の30日、病院の敷地内にある院長宅で火災があり、現場から高野さんの遺体が見つかった。81歳だった。

 ▼地域で献身的な医療活動に取り組む医師を顕彰する「赤ひげ大賞」に、瀬戸上さんら5人が選ばれた。高野さんこそ、「赤ひげ」と呼ぶのにふさわしい。もっとも本人は、名声にはまったく興味がない。マスコミの取材を受けるようになったのも、病院の苦境を訴えるためだった。

 ▼心残りは、病院に残してきた患者のことだけだろう。やはり原発に近い、南相馬市立総合病院の医師らが、「支援する会」を立ち上げ、協力してくれる医師を募集している。高野さんの遺志を受け継ぐ医師が現れて、ようやく安らかに眠ることができる。



http://www.kahoku.co.jp/column/kahokusyunju/20170105_01.html
コラム・社説 河北春秋
【2人の医師の生き方】医療とは傍らに居続けること

2017年01月05日木曜日 河北新報

 牡鹿半島の浜の中でも石巻市・寄磯地区は、より太平洋に突き出ている。市役所から車で1時間以上かかる。旧牡鹿町時代の1995年、辺地の診療所に赴いた医師がいた。同市出身の富永忠弘さん。仙台オープン病院の元院長。70歳少し前の決断だった ▼地域医療は「宿願」だった。浜の人たちの健康教育に力を入れ、「薬よりも人間の持つ治癒力が大切」と言い続けた。診療所は東日本大震災の津波で全壊したが、8カ月後に再開。2013年に亡くなるまで寄磯に思いを寄せていた ▼同じように、地域に寄り添い続けたのが、福島県広野町にある高野病院の高野英男院長だ。原発事故で一時は全町避難した町だが、入院患者らととどまり診療を続けていた。ところが昨年暮れ、自宅の火災で命を落とした。81歳だった ▼高野さんがたたえられるべきは、避難しなかったことではない。40年近くも浜通りの人たちと歩んだことだ。「心のよりどころのような存在」としのんだ住民の言葉が全てだろう ▼富永さんは、自書をまとめた冊子に、こんな文言を挙げている。<時に癒(いや)し、しばしば和(やわら)げ、常に慰む>。米の結核療養所運動の先駆者トルドーに患者たちが贈った言葉だ。医療とは傍らに居続けることなのだと、2人の医師の生き方が示している。(2017.1.5) 



https://www.m3.com/news/general/491143
勤務医32人に増、震災直後の8倍 南相馬市立総合病院
2017年1月5日 (木) 福島民友新聞

 医師不足が続く南相馬市で、東日本大震災直後に4人まで減少した同市立総合病院の勤務医が今年4月現在で8倍の32人まで増加したことが28日、同病院の研究チームのまとめで分かった。研究チームは、東京電力福島第1原発から北方23キロに位置する同病院に関する報道や英語論文発表の増加などで、知名度が上昇したことが医師数の増加に結び付いた可能性があると分析している。

 研究は同病院の山本佳奈医師らの研究チームがまとめ、28日までに豪州の医学雑誌オンライン版に発表した。研究チームは、2010(平成22)年から16年までの同病院の常勤医師数の推移と震災前後の同病院に関する全国紙の記事数、同病院から発表された英語論文数を調査した。

 研究では、震災前の10年4月には12人だった常勤医師が震災直後には4人まで減少したが、今年4月現在で32人に増加した。震災前、同病院に占める県外出身医師は8.3%だったが、14年4月に50%まで増加、今年4月には62.5%まで増加した。特に震災前はいなかった県外出身の30歳未満の医師が13年以降増加し、16年は8人になった。

 全国紙に掲載された同病院に関する記事数は震災前の10年は4だったが、震災の11年には48に急増。また、震災前に同病院から発表された英語論文はなかったが、今年7月11日現在で発表された英語論文数は39だった。

 研究チームは、「地方の医師不足の対策の一つとして、報道の増加や積極的な調査活動が有効である可能性がある。加えて、これらの方策は若手医師への教育を強化し、魅力ある職場環境やキャリアアップの機会を構築することにつながる」としている。



https://www.m3.com/news/general/491428?dcf_doctor=true&portalId=mailmag&mmp=MD170105&dcf_doctor=true&mc.l=199499489&eml=3f492a08f1681d66441569ec02c0b51e
産業医大病院、使用済み点滴注射薬を投与 患者名記入や廃棄怠る
2017年1月5日 (木) 西日本新聞

 北九州市八幡西区の産業医科大病院で昨年11月、看護師が入院中の60代の女性患者に、別の患者に投与した点滴注射薬を再使用していたことが4日、分かった。病院側は西日本新聞の取材にミスを認めた上で「患者に健康被害はない」としているが、女性患者には当初「ウイルス感染の危険性を完全に否定できない」と説明していた。同病院では10月、点滴袋に穴を開けられる事件が起き、薬品の管理態勢を見直す改善策を講じたばかりで、管理の甘さが改めて問われそうだ。

 「穴開け」の1ヵ月後

 点滴注射薬は、点滴袋から体内につながる注射針付きの管の途中に、注射器具の先端部分を接続して投与する。点滴を打てば管の中に血液が逆流して血中のウイルスが付着する可能性があり、感染予防のため一度使った注射薬などは廃棄することになっている。

 関係者によると、11月20日の昼ごろ、看護師が別の患者に点滴を打った際、注射薬を注入しようとしたが、うまく入らなかったため管から外して袋に入れ、カート上のパソコンの上に置いたままにした。

 その後、看護師は担当していた女性患者のために新しい注射薬を用意して休憩に入った。ところが、約10分後に別の看護師が、パソコンの上にあった注射薬が減っていなかったため、未使用と誤認して女性患者に投与したという。

 内規では、投与する薬には患者名を記入しなければならないが、いずれの注射薬にも名前は記入されておらず、使用済み廃棄のルールも守られていなかった。

 同病院では10月20日、鎮痛剤などが盗まれ、点滴袋に穴が開けられた。病院は11月1日に改善策を市に提出したが、誤投与のあった同20日にも、再び穴の開いた点滴袋が見つかっている。

 取材に対し同医大総務部は「ヒューマンエラー(人為的なミス)があったことは事実。再発防止へ看護マニュアルの徹底を図る」としている。



https://www.m3.com/news/general/491403
別の患者に開封薬剤使用 産業医大病院「人為ミス」
2017年1月5日 (木) 共同通信社

 北九州市八幡西区の産業医大病院で、60代の女性入院患者に、別の患者へ投与するため開封した点滴の処置薬を使っていたことが5日、病院への取材で分かった。病院側は「担当した看護師のヒューマンエラー(人為的ミス)。患者に健康被害はない」としている。

 病院によると、処置薬は点滴薬の入った袋と人体をつなぐ管の閉塞(へいそく)を防ぐため、管の途中から注入するもの。昨年11月20日、看護師が別の患者へ処置薬の使用を試みたが、点滴薬の輸液がいっぱいだったため注入できなかった。

 看護師は、処置薬と注入器具を管から外し、カートの上に置いて休憩に入った。その後、別の看護師が、量が減っていなかったこの処置薬を、誤って女性患者に使用した。病院は女性に謝罪し、感染症検査で異常がないことを確認したという。

 病院では昨年10~11月、穴を開けられた点滴袋が見つかる事件が発生。薬品保管庫などの鍵束や鎮痛剤も盗まれている。病院の担当者は「女性患者には申し訳なく思う。今後、開封した薬の廃棄を徹底していく」と話した。



https://www.m3.com/news/general/491368
大阪の病院で点滴袋に穴 相次ぎ発見、器物損壊疑い
2017年1月5日 (木) 共同通信社

 大阪市北区の北野病院は4日、患者への投与に使う予定の点滴袋に穴が開いているのが、年末年始に相次いで見つかったと明らかにした。投与前に判明し、患者への影響はなかった。病院は同日、器物損壊の疑いで大阪府警曽根崎署に被害届を出した。

 病院によると、昨年12月28日午後、産婦人科で看護師が点滴を準備中に床がぬれているのを見つけ、点滴袋に付いていた傷から液が漏れているのを確認。傷は引っかいてできたような状態だったという。

 今月1日午前にも、看護師が別の点滴袋をトレーに入れて運んでいる際に、液が漏れているのを発見。何かで突いたような小さな穴が中央部分に開いていた。

 点滴袋にはいずれもブドウ糖が入っており、産婦人科病棟の女性患者に使う予定だった。点滴袋は職員しか立ち入れないナースステーションで管理され、収納する棚に鍵はなかった。

 産婦人科には約35人の看護師がおり、両日ともに10人以上が勤務していた。病院は「さらなる管理体制の改善を図り、安全管理に努めていく」とのコメントを出した。



https://www.m3.com/news/iryoishin/487546
シリーズ: 『「50歳以上ドクター」の悩みと未来』
リタイア後の希望、4人に1人が「パートナーとの絆づくり」◆Vol.15
50歳以上医師、過半数が健康への不安

2017年1月5日 (木) 高橋直純(m3.com編集部)

Q 健康に不安を感じていますか。
01052_20170106052803114.jpg
 健康への不安を尋ねたところ、「大いに感じている」(10%)、「感じている」(43%)と、不安を感じている割合は計53%で、半数を超えた「どちらとも言えない」は28%、不安を感じていないは計19%だった。
01053.jpg
 健康に対する不安は、開業医と勤務医でほぼ同じだった。

Q リタイア後にしたい活動はありますか。
01054.jpg

 リタイア後にしたい活動を尋ねたところ、最も多かったのは「旅行」(64%)と「趣味」(63%)だった。パートナーとの絆づくりは25%で3番目。医療を通じたボランティアは16%で、「特になし」は11%だった(複数選択)。なお、現役医師として働いていたい年齢の平均は70.4歳だった (医師としての現役希望、平均は70.4歳◆Vol.8を参照)。

Q 健康のためにしている活動があれば教えてください。

【開業医】

・肉体的にはGOLFでとにかく歩くこと、出かける時はなるべく車に乗らないで電車。食べ過ぎに注意。メンタルの健康のためにはしっかり遊ぶこと。
・日常的にランニングをしています。
・1回/週のジム・プール通いと、2、3回/月の近くでの山歩きまたはジョギング、自転車通勤。
・バランスの良い食事と適度な運動をと考えてはいるが、多忙のため睡眠時間の確保もままならないのが現状。
・毎日体操。食生活に気をつけ、太らないようにしている。年一回の検診。PET-CT。
・毎日7、8千歩、1時間強の散歩と週2回のジム。
・赤ワイン、野菜、オリーブ、運動、ストレス減らす。
・フットサルを定期的に行っている。できるだけ自転車など使用。
・特にありません。が毎日の掃除(猫の居住空間が延べ床面積の75%を占めているので、ここを毎日必ず掃除をしている)。
・毎日、両足に1.5Kg×2の重りを付けてウォーキングしている。
・週に5日、スポーツクラブへ通っています。
・週末のテニス、農作業。
・ゴルフなど体を積極的に使っている。
・兎に角寝ること。

【勤務医】

・筋力トレーニング(ジム通い)。
・散歩《週末に15㎞程》。
・ジム通いを通じた筋力維持やストレッチ。
・マラソンが趣味です。6年くらいやっていますが、それ以前と比べるとずいぶん健康になりました。
・病院でも階段を使うようにしている。
・玄米魚菜食。白米、肉製品、乳製品は極力避ける。運動。できるだけ身体を動かす。できるだけ車は使わない。
・運動(ゴルフ)、散歩(ポケモンgo)、減塩食。
・治療すべき病気があれば、早めに治療する。健診は必ず受ける。エビデンスのありそうなサプリは試してみる。定期的にフィットネスクラブに行って運動している。標準体重を維持するように努力している。以上のことは酒もタバコも止める気が無いので、少しでも嗜好の有害性を相殺するために実行している。
・肥満に対し糖質制限、自転車通勤。
・食品添加物をなるべく避ける。
・なるべく歩くようにしている。野菜を多く摂取し減塩を心がけ、動物性脂肪を摂らない等食生活に注意。
・毎日1時間近く運動。
・糖質制限食。



http://www.sankei.com/west/news/170105/wst1701050035-n1.html
医療・福祉の専門僧侶養成へ、病院や施設で心のケア活用…浄土真宗本願寺派、秋にも
2017.1.5 15:15 産経ニュース

 日本最大級の伝統仏教教団、浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺、京都市下京区)が、病院や高齢者施設で心のケアに当たる専門僧侶の養成に今年秋から乗り出すことが5日、関係者への取材で分かった。病院や大学などと連携し、医療・介護の基礎知識や技能を教える。雇用する施設には人件費の一部を助成する取り組みも始める。

 団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる「2025(平成37)年問題」を見据え、生死にまつわる苦悩や悲嘆を抱える人が増えると見込まれることから、病床などで寄り添う専門僧侶の養成が仏教教団としての有力な社会貢献活動になると判断した。

 計画では、15日間の基礎研修と3カ月間の臨床実習を実施。医師や薬剤師、介護職員らが講師となり、がんの特性や医療用麻薬などに関する知識と生活支援技術を僧侶に身につけてもらう。龍谷大が実施する「臨床宗教師」の研修プログラムと単位互換も行う。


 初年度は4~5人の養成を想定。専門僧侶は布教を目的とせず、医療・介護チームの一員として働き、患者や利用者に加えてスタッフの心のケアにも当たる。

 病院や高齢者施設にとっては「縁起が悪い」と僧侶を敬遠する向きがあるほか、雇っても診療報酬や介護報酬の加算がなく、経営上のメリットは薄い。このため、本願寺派は人件費の一部を1年間助成し、雇用先の開拓も進める。

 本願寺派は昭和62年から、僧侶や門信徒が病院や高齢者施設でボランティアなどを行う「ビハーラ活動」を推進。平成20年には京都府城陽市に僧侶が常駐する緩和ケア病棟「あそかビハーラ病院」と、特別養護老人ホーム「ビハーラ本願寺」を開設していた。

 ビハーラ活動 ビハーラは仏教が誕生した古代インドのサンスクリット語で、休息の場所や僧院などの意味。昭和60年に佛教大の研究員だった田宮仁氏が、キリスト教由来のホスピスに代わる名称として提唱した。活動は終末期のがん患者など、苦悩や悲嘆を抱える人を相手に話を聞く「傾聴」がメイン。浄土真宗本願寺派は62年から活動に当たるための研修会を開催しており、僧侶でない人も含めて1200人超が修了した。



http://digital.asahi.com/articles/ASJDJ4HWVJDJUTPB00K.html?rm=320
静岡)地域医療担う人材を 順天堂大が地域枠
床並浩一

2017年1月6日03時00分 朝日新聞デジタル

 伊豆の国市に付属病院を設置するなど県とゆかりが深い順天堂大学医学部(東京都)の2017年度の募集定員(137人)に、将来の県内での地域医療を担う人材の育成を目的にした「地域枠」(定員5人)が新設される。地域枠の設置は近畿大(大阪府)、川崎医科大(岡山県)を皮切りに6大学目。

 川崎医科大(126人)では地域枠定員が10人に倍増される。県関係の枠は6大学26人に増える。いずれも県奨学金の支給を受けることを想定している。

 国の調査では、県内の人口10万人あたりの病院・診療所勤務の医師数は193・9人(14年12月末現在)で、全国の233・6人を大きく下回る。病院が比較的集中する県中部地域や西部に比べ、県東部・伊豆の医師不足は顕著だ。

 順天堂大は伊豆の国市の医学部付属静岡病院(577床)のほか、三島市に保健看護学部を設置している。

 地域枠の新設について、県と協定を結んだ新井一順天堂大学長は「順天堂にとって静岡は第二の地元だ。以前からの思いを具現化したもので、若い医師が県に根を下ろすようにしたい」と述べた。(床並浩一)


  1. 2017/01/06(金) 05:33:26|
  2. 未分類
  3. | コメント:0
<<1月6日  | ホーム | 1月4日 >>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する