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1月2日 

http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03205_02
10項目で見るがん対策の10年
加藤雅志(国立がん研究センターがん対策情報センター がん医療支援部 部長)
藤下真奈美(国立がん研究センターがん対策情報センター がん医療支援部 研究員)
週刊医学界新聞 第3205号 2017年01月02日

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■「がん対策基本法」制定で均てん化が加速

1 がん対策基本法とがん対策推進基本計画

 がんは1981年以来,日本人の死因第1位となっている。政府は1984年に「対がん10カ年総合戦略」を策定し,その後も第2次,第3次の10か年戦略により,がん対策に取り組んできた。しかし,これらはがんに関する研究を中心とする対策だった。がんは依然として国民の健康にとって重大な課題であり,国民からは,研究の成果を還元し,がん医療の充実に向けたがん対策の推進を求める声が高まっていた。これを受け,2006年6月に「がん対策基本法」(以下,基本法)が成立し,がん対策は大きな転換期を迎えた。

 2007年6月,政府は基本法に基づき「がん対策推進基本計画」(以下,基本計画)を策定。これは,国全体のがん対策を総合的かつ計画的に進めていくための方向性を明確にした初めてのマスタープランと言える。第1期基本計画の全体目標には,「がんによる死亡者の減少」(図1)および「全てのがん患者とその家族の苦痛の軽減と療養生活の質の維持向上」が定められた。既に対がん10か年総合戦略等で掲げられていた「がんによる死亡者の減少」という目標に加えて,患者家族のQOLの向上に着目した新たな目標が全体目標に定められた点は特筆に値する。この全体目標の実現に向け,がん医療では緩和ケアが大きく推進されていくことになる。

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図1 がん年齢調整死亡率の推移
基本計画では,全体目標の一つに「がんによる75歳未満の年齢調整死亡率の20%減少」が掲げられた。しかし,設定された喫煙率半減やがん検診受診率50%達成の目標に届かないなどの要因で,2015年の予測値では17.0%減になる見込み。死亡率減少が鈍化する現状を検証し,次のがん対策に活かす必要がある。

 2012年には,第2期基本計画が策定された。全体目標には,「がんになっても安心して暮らせる社会の構築」が3つ目の目標として新たに加わった。がんを罹患した者がその経験と向き合いながら自身の望む生活を実現できるよう支援していくとともに,がん患者自身が尊厳を感じながら生活していける社会の実現までをがん対策はめざしており,これを基に今日まで多くの施策が講じられている。

2 がん診療連携拠点病院制度

 がん診療連携拠点病院(以下,拠点病院)は,わが国のがん医療の中心的な役割を担うもので,拠点病院の整備はがん医療の水準を均てん化する上で重要な施策となっている。2001年に「地域がん診療拠点病院」の全国整備をめざして開始されたがん拠点病院制度は,その後2006年に見直され,拠点病院の名称に新たに「連携」の言葉が加わり「がん診療連携拠点病院」と定められた。地域のがん医療の要がより一層明確化され,拠点病院のない空白の二次医療圏解消に向け,整備が進められた。

 2008年には厚労省が拠点病院の指定要件を見直し,放射線治療機器の整備や外来化学療法室の設置,キャンサーボードの開催を必須とするなど,専門的な医療を提供できるよう,より高い水準でのがん医療の提供体制の充実と,がん医療の均てん化を推進した。また,院内のがん相談支援センターのがん専門相談員については,国立がん研究センターの研修を修了した者を配置することとし,機能の充実を図った。

 2014年には,拠点病院が整備されていない医療圏の解消や拠点病院が提供する医療の質のさらなる向上をめざし,拠点病院の指定要件を改定。人員配置や診療実績の要件を強化し集約化を進める一方,一部要件を緩和した「地域がん診療病院」を新たに定め,空白の二次医療圏の減少を進めている(図2)。2005年1月時点で全国に135施設だった拠点病院が,2016年4月には427施設まで増加した。また,がん医療の質を継続的に向上させる取り組みとして,都道府県の拠点病院が中心となり都道府県単位でのPDCAサイクル確保をめざす新たな取り組みも定められた。地域の状況に即したがん医療提供体制の一層の整備が期待されている。

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図2 拠点病院の整備によって空白が解消された二次医療圏
全ての二次医療圏に原則1施設の設置を目標に整備が進められたがん診療連携拠点病院。2014年には「地域がん診療病院」が設置され,空白の二次医療圏は75か所に減少している。人口10万人未満の二次医療圏を中心に,今後均てん化をいかに進めるかが課題である。

 今後は,拠点病院が行っている診療実態をより詳細に把握し,適切な医療が提供されているか検証を進めていくとともに,さらなるがん医療の質向上と均てん化を図っていくことが求められる。同時に,ゲノム医療,一部の放射線治療,希少がん,小児がん,難治性がん等については集約化を進めていくことが課題となっている。

■個別の課題にも目を向けた第2期「がん対策推進基本計画」

3 小児がんや希少がんへの対策の推進

 第2期基本計画では,「小児がん」「希少がん」対策にも取り組むことが明記された。

 小児の病死原因の第1位はがんであり,小児がん患者は治療後の経過が成人に比べて長いことに加え,晩期合併症や,患者の発育や教育に関する問題など,成人のがん患者とは異なる問題を抱えている。厚労省は2012年,小児がん患者とその家族が安心して適切な医療や支援を受けられる環境の整備について検討し,「小児がん拠点病院制度」を新たに開始した。全国の15医療機関が小児がん拠点病院として選定され,小児がん中央機関を,国立成育医療研究センターと国立がん研究センターが協力して担うことが定められた。小児がんの診療体制は,拠点病院および地域ブロックごとにその体制整備を進めている状況にある。

 小児がん医療は依然として,診療体制,人材育成,相談支援体制,長期支援などに課題があり,より一層の整備が待たれる。また,思春期・若年成人世代であるAYA(Adolescent and Young Adult)世代や,高齢者のがん対策等,他の世代も含めた「ライフステージに応じたがん対策」を講じていくことも求められる。

 希少がんについては,2015年に厚労省が課題を取りまとめている。専門的な医師や医療機関の所在がわかりにくい,病理診断が難しく専門性の高い医師が不足している,症例が少なく研究が進みにくいなどの課題が列挙された。

 これに対し,国立がん研究センターでは「希少がん対策ワーキンググループ」を設置し,まずはがん種を絞った上で,関連学会,研究者,患者団体等の希少がん対策関係者による,希少がんに関する医療提供体制,情報の集約・発信,相談支援,研究開発などについての検討が開始されている。2016年10月現在,四肢軟部肉腫,眼腫瘍についての検討を実施。また,希少がんについての病理診断支援については,国立がん研究センターが実施している病理診断コンサルテーション体制の充実を進めている。

4 緩和ケア

 緩和ケアは,終末期だけではなく,疾患の早期から提供されるべきものである(図3)。しかし,わが国の緩和ケアは,ホスピスや緩和ケア病棟を中心に終末期のがん患者を対象に発展してきた経緯があるため,「終末期医療(ターミナルケア)」という言葉が緩和ケアと同義語のようにかつては用いられ,「緩和ケア=終末期の医療」という印象を抱かれていた。そこで,基本法では緩和ケアは推進されるべきものとして明記され,基本計画に基づき大きく進められてきた。特に,がん診療に携わる医師が緩和ケアの重要性を十分に認識していないことが,大きな課題であった。そのため,がん診療に携わる全ての医師が緩和ケアの基本的な知識の習得をめざす取り組みが2008年にスタート。以降,全国の拠点病院を中心に「緩和ケア研修会」を開催する体制が構築され,現在8.5万人を超える医師が研修を修了している。また,拠点病院を中心に緩和ケア提供体制の整備が進んだ。拠点病院では,緩和ケアチームの設置が必須となり,病院内の緩和ケアの提供体制を整えるとともに,地域の医療機関が提供する緩和ケアの支援をしていくことが定められた。

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図3 緩和ケアモデルの変化
緩和ケアは,「終末期医療」と同義ではない。これまでのがん医療では,がん治療から終末期ケアへ急な切り替えが行われており,「緩和ケア=終末期医療」との誤解から,緩和ケアは「看取りの医療」という誤った認識が広がってしまった。基本計画により,現在では,診断時からがんの治療の途中にも提供されるべきものとの認識が広まっている。

 この結果,第2期基本計画の中間評価として2015年に行われた全国調査では,2008年の調査と比較すると,医師や看護師の緩和ケアに関する知識や困難感が有意に改善していることが明らかになった。多くの医療者が,自身が提供する緩和ケアが改善してきていると考えていることもわかった。しかし,緩和ケアに関する知識・技術を十分に有していると考える医師は2~4割程度にとどまっている。特に,拠点病院以外の医師や看護師は,十分な緩和ケアを提供していく体制にあるとは認識しておらず,地域連携については全体的に不十分だと考えている医療者は依然として多い。

 今後は,がんに伴う苦痛で悩む患者や家族が一人でも減るよう,全ての医療機関で基本的な緩和ケアが確実に実施される体制を整備していくとともに,拠点病院では専門的な緩和ケアの提供体制を充実させていく必要がある。また,がん患者が望んだ場所で療養できるよう,地域の状況に即した地域連携体制の構築が求められる。

5 情報提供と相談支援

 2006年に行われた拠点病院の指定要件見直しに伴い,全国の拠点病院に相談支援機能を有する部門(相談支援センター)の設置が義務付けられた。全国に向けた一般的で正確な情報は,国立がん研究センターがウェブサイトや冊子等を通じて提供し,個別的な情報や地域の情報については拠点病院の「がん相談支援センター」が提供していく体制が方向付けられた。

 がん相談支援センターでは,自施設の患者の相談のみならず,がんに関する悩みや疑問を抱える全ての方を対象に相談支援を行っている。単なる情報提供にとどまらず,相談者のニーズを把握し解決できるよう,心理的な援助も含めた支援をめざしている。2009年度は全国の拠点病院で7万6370件(2か月間)の相談対応件数だったところ,2015年度は16万7584件(2か月間)と増加している。1施設1日当たりの相談件数も,4.5件から9.8件と倍増している。しかし,2015年の調査では,拠点病院の患者であってもがん相談支援センターの認知は5割程度にとどまっており,今後より多くの方々に利用してもらえるよう周知が必要である。がん相談支援センターを利用した方の8割以上が満足しているという調査結果があるが,相談者の多様化や相談者を取り巻く環境の複雑化により,多様なニーズへの対応が難しくなってきているとの意見もあり,相談支援の質の向上は今後の課題である。

6 がん患者の就労支援

 第2期基本計画では,全体目標に「がんになっても安心して暮らせる社会の構築」が新たに加えられ,重点課題として「働く世代へのがん対策」が位置付けられた。がん患者等の就労に関するニーズや課題を明らかにした上で,社会的理解の推進や就労支援策を講じることとされ,2014年,厚労省はがん患者・経験者の就労支援のあり方についての検討を進めた。がん患者,医療機関,企業といったそれぞれの立場からみたニーズ・課題を整理し,がん患者・経験者の就労支援のために今後取り組むべき方策等について報告書として取りまとめられている。現在,拠点病院のがん相談支援センターを中心に,社会保険労務士やハローワークと連携した就労支援体制の整備が進んでおり,地域の実情も踏まえた働く世代のがん対策が進められていくものと考えられる。

■予防・検診の意義再確認と国民への啓発を

7 がん予防

 がんの原因として,喫煙(たばこ),飲酒を含めた食生活・運動等の生活習慣,ウイルスや細菌の感染などが明らかになっている。

 このうち,喫煙は予防可能な最大の原因であり,日本の研究では,がんの罹患および死亡のうち,男性で約30%,女性で5%は喫煙が原因と考えられている。特に肺がんは喫煙との関連が強く,肺がんの死亡のうち,男性70%,女性20%は喫煙が原因と言われている。

 第2期基本計画では個別目標として,2022年度までに成人喫煙率を12%にし,未成年者の喫煙をなくすことが掲げられている。受動喫煙については,2022年度までに,受動喫煙の機会を有する者の割合を行政機関および医療機関では0%,家庭は3%,飲食店は15%とすることを目標としており,受動喫煙のない職場は2020年までの実現を目標としている。

 たばこ対策については,拠点病院に「たばこ相談員」を配置し,面談や電話による無料の禁煙相談やたばこの健康影響に関する普及啓発活動を進めている(たばこクイットライン)。「禁煙支援マニュアル(第二版)」の公表等により,たばこをやめたい人がやめられるような支援も行われている。

 職場での受動喫煙防止は,2014年6月に労働安全衛生法が改正され,事業者および事業場の実情に応じ,受動喫煙を防止するための適切な措置を講ずることが事業者の努力義務とされた。また,受動喫煙防止対策に取り組む事業者に対しては,「受動喫煙防止対策助成金」等による支援が行われている。

 成人の喫煙率は,2007年の24.1%から2013年には19.3%と減少しているが,目標値の12%にはまだ届かない状況にある。

 一方,食生活や生活習慣等については,飲酒量の低減,定期的な運動の継続,適切な体重の維持,野菜・果物摂取量の増加,食塩摂取量の減少など,日本人に推奨できるがん予防法についての普及啓発にも取り組んでいる。ハイリスク飲酒者の割合や,食塩摂取量は減少傾向にあるが,野菜類の摂取量や運動習慣のある者の割合はそれほど増えてはいない状況である。

 ウイルスや細菌の感染とがんとの関連では,子宮頸がんとヒトパピローマウイルス(HPV),肝がんと肝炎ウイルス,成人T細胞白血病(ATL)とヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1),胃がんとヘリコバクター・ピロリなどが挙げられる。HPVの感染予防については,予防接種法上の定期接種としてHPVワクチン接種が実施されたが,接種後にワクチンとの因果関係を否定できない持続的な疼痛などが報告されたため,現在はワクチンの積極的勧奨を差し控え,その安全性の検証が行われている。

 肝炎対策は,肝炎ウイルスの感染を早期に発見し,肝炎ウイルスの陽性者を早期に治療し重症化を予防することを目的に,検査費用の助成や検査の受診勧奨,検査後のフォローアップなど,肝炎ウイルス検査や治療に対する環境が整備された。

 ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の除菌が2013年2月に保険適用となった他,発がん予防に関する除菌の有用性等について,検証が進められている。

8 がん検診

 がん検診は,1982年度から老人保健法に基づく保健事業として全国的な体制整備がなされた。1998年度には老人保健法に基づかない市町村事業に,そして2008年度からは健康増進法に基づく市町村事業として実施されてきた。

 厚労省は2008年3月,市区町村のがん検診事業を推進するため「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」を発出し,科学的根拠に基づく正しいがん検診の実施を推奨している。

 また,基本計画では,全ての市区町村ががん検診の精度管理・事業評価を実施すること,科学的根拠に基づくがん検診を実施すること,受診率を5年以内に50%(胃・肺・大腸は当面40%)とすることなどを目標に掲げ,がん検診の精度管理および受診率向上に対する取り組みが行われてきた。

 市区町村がん検診の受診率向上に対しては,国庫補助制度として,一定年齢の者に対し検診のクーポン券を配布する「がん検診推進事業」が,2009年度から子宮頸がん,乳がん検診を対象として開始され,2011年度からは大腸がん検診(~2015年度で終了)も新たな対象として実施されてきた。また,企業と連携した普及啓発や受診率向上にかかわる好事例の紹介などの取り組みが実施されてきた。しかし,検診の受診率は依然40%程度であり(図4),先進諸外国の70~80%程度に比べて低い状況にある。さらに,国の調査において,がん検診の受診者のうち,約半数が職域でがん検診を受診していることが明らかになっていること,人間ドックなど個人でがん検診を受ける者もいることから,正確な受診率の把握が難しいことも課題となっている。

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図4 がん検診の受診率の現状と課題
基本計画では,個別目標の一つとして「がん検診(胃・肺・大腸・子宮頸・乳)の受診率を5年以内に50%(胃・肺・大腸は当面40%)達成」が掲げられているが,依然として到達しておらず,先進諸外国が70~80%であるのに比べても著しく低い。今後は正確な受診率の把握とともに目標達成に向けた啓発活動が求められる。

 がん検診の精度管理・事業評価については,厚労省の検討会で,がん検診の有効性や精度管理について検討が行われている。事業評価のためのツールの紹介や,市区町村で実施されているがん検診の実態調査などを通じ,科学的根拠に基づくがん検診が実施されるよう取り組まれている。ところが,指針以外のがん種の検診や検診項目を実施している市区町村の数が実に1000以上あり,科学的根拠に基づくがん検診が十分に実施されていないこと,職域等のがん検診の受診率や精度管理については定期的に把握する仕組みがないなどの課題が表出している。

 厚労省の「がん検診のあり方に関する検討会」では,2016年度から職域のがん検診に関する有識者を新たに構成員として加え,検討会の下にワーキンググループを設置し,職域におけるがん検診の受診率や精度管理等について検討が行われてきた。今後,次期基本計画の策定に向け,職域におけるがん検診について,新たな見解が示されることが期待されている。

9 がん登録

 がん登録は,がん患者の診断,治療および転帰等に関する情報を収集し,保管,整理,解析することで,がんの実態を把握する仕組みである(図5)。がん対策の推進には,正確ながんの実態把握が必要であり,がん登録はその中心的な役割を果たす。

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図5 全国がん登録(クリックで拡大)
「全国がん登録」とは,日本でがんと診断された全ての人のデータを国で1つにまとめ,集計・分析・管理する新たな仕組み。都道府県ごとにデータ収集していた「地域がん登録」では,県をまたいだ診断・治療や転居により,データが重複する可能性があった。法律により全ての病院にがんの罹患情報の届出が義務付けられて情報が集約されるため,拠点病院「院内がん登録」と合わせて正確なデータが得られ,診断・治療や予防などのがん対策に活かされる。

 これまでは,都道府県を実施主体とした「地域がん登録」により,対象地域の居住者において発生したがんを把握し,がんの罹患率や受療状況,地域レベルの生存率等の把握に努めてきた。しかし,地域がん登録では,医療機関から地域がん登録への届出が義務付けられていなかったため,全てのがん患者が登録されているわけではなく,登録漏れや不十分な生存確認調査,県外の医療機関を受診した自県の住民の把握がしにくいなどの課題があった。都道府県によって精度のばらつきがあるため,全国のがんの罹患率や生存率などは,地域がん登録の精度の高い一部地域の数値に基づいた「推計値」であった。

 そこで,第2期基本計画の個別目標では,「法的位置づけの検討も含め,効率的な予後調査体制の構築や院内がん登録を実施する医療機関数の増加を通じて,がん登録の精度を向上させる」と掲げられた。これを基に2013年12月,「がん登録等の推進に関する法律」(がん登録推進法)が議員立法で成立し,2016年1月から施行。全ての病院にがん患者の罹患情報の届出が義務付けられることになった。また,国が国内のがん患者の情報をデータベースに記録して一元的に管理することで,より正確ながんの罹患率や生存率等が把握できるようになる他,がんにかかわる調査研究の推進,がん対策の一層の充実に資することが期待される。

 なお,がん登録は個人情報等の機微な情報が多く含まれるため,がん登録推進法では,情報の保護等についての規定があり,適切な管理や目的外利用の禁止,秘密漏示の罰則等についても規定されている。

 がん登録で得られた情報をどのように活用していくか,その体制整備を含めた検討が今後必要である。特に,全国がん登録と院内がん登録の届出作業の効率化,全国がん登録の情報を研究利用する場合の患者本人の同意取得,がん検診や他のデータベースとの照合方法など,データを効率的かつ効果的に活用できる体制整備が望まれる。

10 がん研究

 がん研究は,2004年度に策定された「第3次対がん10か年総合戦略」に基づき「がん研究の推進」「がん予防の推進」「がん医療の向上とそれを支える社会環境の整備」を3つの柱として,がんの罹患率と死亡率の激減がめざされた。10年が経過した2014年3月には,文科省,厚労省,経産省が一体となって,基本計画に基づいた「がん研究10か年戦略」を新たに策定。「根治・予防・共生~患者・社会と協働するがん研究~」をキャッチフレーズに,がんの本態解明研究とこれに基づく革新的な予防,早期発見,診断,治療にかかわる技術の実用化をめざし,臨床研究に取り組むことなどが掲げられた。新たに小児がんや高齢者のがん,難治性がんや希少がん等に関する研究を戦略に位置付けて推進する他,充実したサバイバーシップを実現する社会の構築をめざした研究,がん対策の効果的な推進と評価に関する研究等を進めることとされている。

 がんを含む医療分野の研究開発については,2015年度から日本医療研究開発機構(AMED)において,これまで文科省,厚労省,経産省に計上されてきた医療分野の研究開発に関する予算が集約され,基礎から実用化まで切れ目のない研究支援が行われるようになった。国では,AMEDによる一体的な管理の下で,がん研究をより一層推進するよう取り組まれている。

■今後のがん対策の方向性

 わが国のがん対策は,基本法と基本計画に基づき数多くの施策が総合的かつ計画的に進められてきた。しかし,がん対策の十分な評価が実施されていないとの指摘もあり,第2期基本計画の中間評価をきっかけに,がん対策の指標が作成された。がん対策の進捗管理をする体制整備が進みつつあることに加え,全国がん登録の結果も用いられるようになる。客観的な指標を用いて課題を明確にし,解決策を検討することで科学的根拠に基づくがん対策が立案できるようになると期待される。

 第2期基本計画の全体目標に「がんになっても安心して暮らせる社会の構築」が定められたことは画期的だった。サバイバーシップ支援の重要性が強く認識されるようになり,具体的な取り組みとして,がん患者の就労支援等の施策が全国で進められている。子どもたちが健康と命の大切さを学び,がんに対する正しい知識を持つためのがん教育も,文科省と厚労省が連携し,全国で展開する準備が始まっている。

 がん対策はこの10年間で,研究を中心とした取り組みから医療現場でのがん診療提供体制へと改善させた。そして,今まさに社会に対しても変化をもたらし始めている。次のがん対策は,医療者だけでなく,より多くの関係者に参加を促し,社会全体で協力しながら進めていくことが重要であり不可欠になるであろう。

かとう・まさし
1999年慶大医学部卒。2006年厚労省がん対策推進室に勤務。09年より現職。
ふじした・まなみ
久留米大医学部卒。2014年厚労省がん対策・健康増進課。16年より現職。



http://www.minyu-net.com/news/news/FM20170101-138636.php
「病院長宅」火災、1遺体発見 広野・高野病院、院長が不明
2017年01月01日 08時44分 福島民友新聞

 12月30日午後10時25分ごろ、広野町、高野病院の院長高野英男さん(81)方から出火、木造平屋の一部を焼き、室内から男性1人の遺体が見つかった。高野さんと連絡が取れなくなっていることから、双葉署は、遺体が高野さんとみて身元の確認を急ぐとともに出火原因などを調べている。

 同署によると、高野さんの自宅は病院の北側に隣接しており、高野さんは1人暮らし。ワンルームタイプで、ベッド付近の燃え方が激しく、遺体はベッド付近の床に横たわった状態で見つかったという。病院の警備員が火災に気付き、119番通報した。

 同署は31日、遺体を福島医大で司法解剖したが、身元や死因を特定できなかった。今後、DNA鑑定などを行い、確認を進める。

 高野病院は、東京電力福島第1原発から約22キロの距離にあり、原発事故で広野町が緊急時避難準備区域に指定されても、寝たきりの患者がいたため、双葉郡内の病院で唯一避難せず、診療を続けてきた。診療科目は精神科、神経内科、内科、消化器内科。常勤の医師は高野さん1人で、非常勤の医師も業務に当たり、町民のほか、廃炉や復興事業に従事する作業員を診療している。



http://www.nikkei.com/article/DGXMZO11074930W6A221C1000000/
原発事故の被災病院 いまだ支援行き届かず 高野病院理事長に聞く
編集委員 滝順一
2017/1/2 6:30日本経済新聞 電子版

 福島県広野町の高野病院は東京電力・福島第1原子力発電所事故の後も地元にとどまって患者を受け入れ続けたことで知られる。その後も長らく地域唯一の民間病院として医療に貢献してきた。しかし事故から5年10カ月がたつ今もなかなか経営環境は改善せず、地域の復興への責任と画一的な医療行政の谷間でもがいている。高野己保(みお)理事長に現状を聞いた。

■常勤医師は81歳の院長1人、週3~4回の当直も

 ――東日本大震災と原発事故の後、長い間勤めてきた看護師さんが辞めていったとそうですが、その後、医療スタッフの不足は解消しましたか。

 「看護師の数は45人(非常勤含む)で震災前(33人)に比べて集まっている印象を与える。しかし長く勤めたベテランが減り(慣れない)新しい人が増えた。65歳超の人や夜勤ができない人がいるなど勤務体制を組むのが難しく、来月もこの人数が確保できるのかが心もとない状況だ。人数だけをみて(病院が受け取る入院基本料の)特例措置が今年度から打ち切られた。東北厚生局からは、事情はわかるがルールだと言われた」

 「医師も常勤は81歳になる院長1人になってしまい、以前からつきあいのある杏林大学からの派遣(5人)を含め非常勤の医師9人に来てもらっている。高野病院は内科療養病棟65床、精神科病棟53床で合わせて118床ある。院長は精神科医だが、内科診療もコンピューター断層撮影装置(CT)検査も何でもこなし、週3~4回の当直も務めている」(取材の後、院長は火災で亡くなりました)

 ――震災後は救急搬送が増えたと聞きました。

 「震災前は月に1度あるかないかだったが、原発事故後は年間60~100回という時期もあった。入院機能を備えた病院が近隣にないからだ。運び込まれる多くは除染など復興関連の作業員で、熱中症やハチ刺され、マムシにかまれたなどの理由だ。富岡町立診療所やふたばリカーレ(福島県立大野病院付属ふたば復興診療所)ができて、昼間の回数は減ってきたが、夜間や祝日は私たちが受け入れなくてはいけない状況が続いている」

 「作業員の中には看護師や事務職員に対して暴言を吐く人もいて、職員には大きなストレスになっていた。何を尋ねても『うるせー』で、身元を知られたくないのかなと思ったこともある。地元の被災病院協議会で復興庁や県の担当者に繰り返し訴えたせいか、最近は改まりつつある」

■地域で唯一運営を続ける病院なのに県は増床を認めず

 ――震災までは福島県双葉郡(広野町など6町2村)には4つの民間病院と県立病院、厚生病院があったそうですね。

 「他の病院は警戒区域の中にあり、今も稼働していない。高野病院は高台にあったため地震と津波の直接的な被害は大きくなかった。広野町が自主避難を決め、町役場も移転(2012年に復帰)したが、当院は院長の判断でとどまり患者の受け入れを続けた。しかし停電で真っ暗になり貯水槽の水もポンプでくみ上げられなくなった。スタッフがバケツリレーで浴槽に水をためトイレ用に使ったりした。津波で道路がふさがれる中、震災の日に泥まみれで駆けつけてくれたスタッフたちに感謝している」

 「双葉郡の病床不足は早くから予想できたので、増床を県に要請したが、受け入れられなかった。双葉郡はもともと600床が過剰とされた地域で、高野病院以外の病院は震災後に休止はしていても病床は存在するので認められないと言う。それなら『病床を(稼働していない病院から)貸してもらえないか』と頼んだ。『稼働を始めたら返すから』と言ったのだが、(県内の)他の民間病院から同様の申し出があった場合、県では調整できないので、と断られた」

 「(増床を望むのは)お金もうけのためだろうと言われているのを知って悔しい思いをした。確かに民間病院なので黒字になるような経営をしなければいけない。しかしこの地域の医療を支えるためスタッフも院長も骨身を惜しまず働いている。お金もうけのためではない。頑張ってくださいと声をかけてはくれるのだが、具体的な助けにはなってくれない。見放されたと感じたこともある。高野病院が民間病院であり、しかも地域のたったひとつの病院であることが支援しにくい背景にあるらしい」

 ――たったひとつだからしっかり支援をしなければならないと考えるのが普通のように思えますが、ひとつだけひいきにしていると思われるのを行政は嫌うのでしょう。

 「16年の診療報酬改定でも深刻な課題を突きつけられた。(入院中の患者を分類する)医療区分が見直され、これまでより重症度が高くないと区分を下げられてしまう。病院の診療報酬を引き下げて社会的入院を減らすのは、医療費の削減につなげる潮流で日本全体にとって必要なことかもしれない。しかしたくさんの人びとが避難し、仮設住宅で暮らす高齢者も多い被災地で現実に最も必要なのは療養型病床だ。この見方は、地域の医療関係者が共有している。病院が生き残るためには病床を減らし患者も職員も減らすことも選択肢だが、それでは地域の医療ニーズにこたえられない」

 ――あきらめる方が楽かもしれない。

 「万歳する(あきらめる)つもりはないが、このままだと万歳しなければならない状況に追い込まれつつある」

■和解交渉での東電との「信じられないやりとり」

 ――16年10月に福島県庁で記者会見し東電との和解について説明しましたね。

 「職員の確保と定着のために支出した手当や家賃などを東電に請求した。原子力損害賠償紛争解決センター(ADRセンター)を通じて交渉したのだが、なかなかうまくいかなかった。ADRから合意案が出ても東電は資料の追加提出を何度も求めるなどして引き延ばした。賠償金を見込んで予算を組んでいたので、引き延ばされると経営にかかわる。兵糧攻めだ。そんなときに東電からADRを通さない和解を持ちかけられた。和解の内容や金額は口外しない。支払いはこれっきりというのが条件だった。承服できない内容だったので断り、そのことをADRに伝えた結果、最終的にはADRを通しての和解が成立した」

 「とても和解と呼びたくない内容だった。しかし『事故後の手当などの支払いは病院の経営判断だ』として要求を退けてきた東電が初めて支払いを認めたので、多くの人に知ってもらいたいと考え、記者会見を開いた」

 「信じられないようなやりとりが東電の担当者の間であった。『事故前になかった支出は支払えない』と言うので、冗談交じりに『原発事故が起きて過重な労働が発生したときは手当を支給すると就業規則に書いておけばよかったのですか』と尋ねたところ、『そうだ』という意味のことを口にされた」

 「原発事故を想定して就業規則をつくっているわけがない。東電にすれば高野病院に支払えば他の要求にもこたえざるを得ないので、できないということだろうが、私たちは事故後の地域医療を支えるために必要な請求をしているのであって、決して過大なことを求めてはいない。東電のトップの人たちは『最後まで賠償します』と言うのだが、なかなか企業の体質は変わらないと感じる」

<取材を終えて> 復興期の地域医療を考える貴重な実例
 高野さんは16年暮れに理事長に就任した。震災直後は事務長として病院を切り盛りし、前代未聞の複合災害を乗り切った。当時の様子は「福島原発22キロ 高野病院奮戦記」(東京新聞出版部)に詳しい。
 改めて話を聞いてまさに「奮戦」だと思ったのは、事務長と駆けつけた患者家族の2人で、停電の間、100人を超える患者とスタッフに食事を提供したとのエピソードだ。おかゆ程度のものであっても準備と後片付けで寝る間もなかったという。それだけに3月16日朝に東北電力のチームが予備電源を持ってきたばかりか、近くの電柱から電線を引き、電気がついた時の「まぶしさは忘れられない」と言う。17日夜からは職員の家族の人たちが支援に来たという。
 避難指示に従わなかったことに加え、高野さんのはっきりした物言いが行政との間にミゾをつくった面もあるだろう。原発事故後も稼働していたのだから「被災」と呼べるのかとの見方もあるかもしれない。そうした無理解が高野病院の今の苦境を生み出している。
 県も看護師の雇用に助成するなど支援してはいる。しかし地域の医療計画や診療報酬制度など大きな仕組みに阻まれて、高野病院の奮闘ぶりにふさわしい支援が届いていないように思える。災害の中を生き延びてきた高野病院は災害時とその後の復興期の地域医療の在り方を考える上で貴重な実例だ。努力を無にしてはならない。高野さんへのインタビューは昨年12月半ばに行った。年末に高野さんの父であり院長の高野英男医師が亡くなった。冥福を祈りたい。



http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/health/health/1-0353801.html
医療ジェット実用化 国と道、新年度から
01/01 07:00 北海道新聞

 国と道は2017年度から、医師が不足している地域の患者を札幌圏などに運ぶ医療用小型ジェット機「メディカルジェット」を国内で初めて、道内で実用化する方針を固めた。政府が新年度予算案に1億円を計上し、道も新年度の当初予算案か補正予算案に関連経費を盛り込む方向だ。

 すでに実用化されているドクターヘリなどに比べ搬送時間が短縮できるなど利点が多く、広大で離島もある道内の医療過疎対策で効果が期待される。

 医療用小型ジェット機を巡っては、道医師会や自治体でつくる北海道航空医療ネットワーク研究会が11~13年度に国の交付金を活用した研究運航を実施し、計85件を搬送した実績がある。道がこの結果も踏まえ、国に実用化を要請してきた経緯があり、国は道内で深刻化する医師不足などの問題の打開に向け、本格導入を決めた。



http://www.nikkei.com/article/DGXLZO11257910R31C16A2NN1000/
後発薬使用に地域差 政府目標達成、6自治体どまり
2017/1/1 0:10日本経済新聞 電子版

 後発医薬品の使用割合で地域差が生じている。内閣府が市町村を対象に分析したところ、2018~20年度までに後発医薬品の使用割合を80%以上にする政府目標をすでに達成しているのは、6自治体にとどまる。全国平均は63.1%で目標との開きは大きい。

 内閣府が厚生労働省の調査をもとに、2015年時点の後発医薬品の使用割合を分析した。政府は医療費抑制の観点から、先発薬と後発薬がある場合は価格が安い後発薬を使用することを自治体に促している。

 調査対象は全国1741自治体のうち、データが得られた1194自治体。後発医薬品の使用割合のトップは岩手県軽米町の82.6%で宮崎県新富町(82.1%)、沖縄県与那原町(81.9%)が続いた。70~80%は88自治体。人口が少ない自治体で、後発薬の使用割合が高かった。三大都市圏では埼玉県八潮市(72.2%)、埼玉県三郷市(72%)が高かった。

 地域別にみると関東、近畿、四国地方で使用割合が低い自治体が多かった。政府は17年半ばに70%以上を目指す中間目標も置いている。遅れていると判断した場合は、追加で使用割合を高めるための対策を検討する。



http://www.asahi.com/articles/ASK127W18K12UBQU00C.html
救急車の必要性低い利用、実態把握へ 総務省消防庁
阿部彰芳
2017年1月3日01時23分 朝日新聞

 救急車の出動数が増え続ける中、総務省消防庁は、タクシーの代わりに出動を要請するなど必要性が低い利用の実態を調べる方針を固めた。不急の出動を減らすなど、効率的な運用につなげる。2018年にも始める。

 15年の救急車の出動数は10年前より1割以上増えて、初めて600万件を超えた。タクシー代わりや軽い症状で利用する例も含まれているとみられるが、詳細なデータはない。出動の要請が増えると、遠くの消防署から救急車が駆けつけることになり、現場到着が遅れる懸念がある。

 このため、消防庁は今年度から統計の見直しに着手。自治体や専門家の意見を踏まえ、現場の救急隊が緊急性が低いと判断したケースのうち、 無料であることが目的 ▽医療機関で優先的に診てもらうことが目的 ▽受診できる医療機関がわからなかったことによる要請 ▽軽いけが――など、9項目に当てはまるものを「必要性が低い」と位置づけて集計する。項目の内容は必要に応じて改定する。

 消防庁はこれまでも、入院が不要な「軽症」や3週間以上の入院が要る「重症」といった病気やけがの程度ごとに分類して集計してきた。ただ、軽症でも熱中症などのように緊急性が高いものも含まれ、不適切な利用を示したデータとは言えなかった。

 今回の見直しでは、出動した救急車が患者を搬送せずに引き返す「不搬送」の統計も改める。不搬送は全出動の約1割を占めるが、その理由の集計の仕方が自治体ごとに異なっている。今後、理由の決め方を統一して実態把握を進め、効率的な救急態勢づくりにつなげる。



http://toyokeizai.net/articles/-/152094
日本全国で「がん難民」が生まれる深刻な理由
「専門医を見つけたから安心」という勘違い

加藤 眞三 :慶應義塾大学看護医療学部教授
2017年01月02日 東洋経済

「がん難民」という言葉をご存知ですか。全国各地のがんセンターや大学病院などの高機能病院で、治療ができなくなったがん患者が、医師から見放されてしまい、行き場をなくしてしまうという問題です。

がんセンターで「がん難民」が発生している?!

高機能病院には、一般的な病院にはないような高度な治療機器があり、専門医がいます。一見治療が困難な患者を受け入れてくれそうなイメージがあるのにも関わらず、患者が「難民」になってしまうのはなぜなのでしょうか。その理由を理解するには、専門医の思考法を知ることが必要になります。

現代の医師が患者を診療するとき、その思考法にもっとも影響を与えているのは、言うまでもなく「科学」です。言い換えれば、医師は科学者として教育され、働いているのです。

科学者としての医師に期待されるのは、①論理的である(理屈が通る)、②実証的である(科学的手法により確率・統計的に証明できる)、③普遍的である(世界のどこでも、誰にでも当てはまる)、④客観的である(冷静である)ことです。そして、そのような医師を育てる医学教育が行われます。このことによって、ある一定以上の医療水準を維持することにつながっている面もあります。客観的である(冷静である)ことであり、そのように医学教育がなされます。これによって、ある一定の医療水準を維持することにもつながっている面もあります。

こうした科学を主とする現代医療は、「医学モデル」と呼ばれます。医学モデルでは、病気には(1つの)原因があり、その原因の結果として病気が生じていると考えます。そして、病気の原因を見つけ出して、それを取り除くことが医療の目標となります。感染症であれば、細菌やウイルスを薬により除去すること、がんであればがんの組織を手術で切り取ったり、放射線でたたいたり、薬でつぶすといった具合です。そして、このモデルにおいて医療を行う主体は、専門家である医療者となります。

こうした科学的な医学においては、専門分化が進んできました。医学の進歩とともに、知識と技術の範囲が広くなり、奥が深くなってきたための当然のことです。医学全般を1人の医師で全てをカバーすることなど、とてもできません。専門医として、専門分野を決めてカバーする範囲を狭くすることで、その専門分野における知識と技術に精通することができるのです。

専門医は専門分野に対して責任を持つ

専門医は、自分が専門分野とする病気に対して責任感を持ちますが、専門でない分野の病気に対しては、自分には関係ないし、責任もないと考えがちになります。そして、専門分野の病気であっても科学的に治療効果などのエビデンス(科学的証拠)が積み上げられた問題の範囲内で、医療をしようとします。治療法が確立していない病気や治療が望めない進行度になると、どうしても興味を失いがちになります。

例えば、私が過去に経験したこんなケースがあります。ある日救急外来に来た患者さんは、主に心不全の症状が見て取れました。そこで、私は循環器内科の医師に、この患者さんを診てくれないかと依頼しました。しかし、その医師は、一般内科で診てもらえばよいと、その依頼を断りました。彼の発想はこうです。心臓カテーテルなどによる治療が必要な心筋梗塞や狭心症であれば、その専門である自分の出番だけれども、そうでないならば自分が診なくても良い、という考え方をするのです。

話だけ聞くと、ずいぶん了見の狭い医師のように見えますが、これは専門医にとってけっして珍しい考え方ではありません。患者が専門医を受診すると、専門医はまず、自分の専門分野の対象となる患者かどうかを判断するものです。そして、対象から外れてしまうと、関心を失ってしまいます。専門外のことはよく解らないから、なるべく関わりたくないと逃げ腰になるのです。

自分の専門の範囲内の患者であることが解れば、次に、命に関わる病気かどうかを判断します。そして、命に関わらないものであれば、まあ放置しておいて良いのではないかと考えがちです。専門医は、原因を明らかにして対処する「原因療法」を第一と考えますから、症状を抑えておくだけの治療は「対症療法」として軽視しがちになります。

したがって、血液検査や画像検査で異常が見つからなければ、とりあえずは命に関わる病気ではないと判断し、「検査をしたけれども、どこも悪いところは見つからない」と答えてしまいます。

また、専門の範囲内ではあっても、自分が治せない、あるいは治せなくなった患者とは関わりたくないという気持ちが働いても不思議ではありません。医師にとって、治せないことは「敗北」となるからです。

医師という職業は、自分が提供した医療によって治すことのできる患者が相手であれば、治療が成功したあかつきには喜ばれ、感謝されます。しかも、医師不足の状態が続いていますから、治療の可能な患者がいつも沢山待っている状態にあります。そんな状況の下で診療をしていると、治せない、あるいは治せなくなった患者とは関わりたくないという気持ちがはたらいても不思議とは言えません。

冒頭で紹介したように、現在全国各地のがんセンターや大学病院などでは、治療ができなくなって患者が医師から見放されてしまうという「がん難民」の発生が問題になっています。これは、上に述べてきたように治すことのできない患者が医師の「自己効力感」を打ちのめすことを避けようとする、医師側の心理の問題でもあるのです。

治せる患者を優先して診療、という使命感の裏返し

ただ、これは単に医師が敗北を嫌うだけではなく、治せる患者を優先して診療しなくてはならないという使命感の裏返しでもあります。重装備の医療機器を備えた急性期病院であるほどそう考えるでしょう。また、重装備の病院では、重装備を必要とする医療を行わなければ無駄が出てしまう、という医療経済や保険診療上の問題もあるのです。つまり、「がん難民」の発生はある程度仕方がない面があるのです。

では、それを避けるためにはどうすれば良いのでしょうか。高機能病院がその規模を大きくして、治療ができない進行したがんや難病の診療を行う部門をつくることは解決法の1つです。しかし、それはおそらく医療経済的にも実現は難しいと思います。また、進行したがんの患者が、家族のいる自宅から離れた場所で医療を継続して受けなければならないという問題も生じます。私は、その様な方向に医療が進んでいくことは理想ではないと考えています。

それに代わる解決法は、患者ががんセンターや大学病院などの医師に頼りすぎず、「かかりつけ医」をほかに持つことです。高機能病院はあくまで、その機能を患者が利用するだけの場所であると割り切ってしまい、自分が心から頼りにできる主治医は別に持つのです。そうすれば、高機能の病院での医療の対象とならないような病状になっても、その後の医療について相談できることができます。

つまり、高機能病院から離れることになっても、自分は「がん難民」とは感じないような仕組み作りをすることが必要なのです。高度な専門医は、その機能を利用するだけだ、と患者側が見限ることが1つの解決法です。

さて、ここまで専門医に頼りすぎないようにということで話は進めてきましたが、もちろん専門医の中にも素晴らしい医師が沢山いることは事実です。治療の難しい病気であればなおさら、専門医の中からよい人を見つけることが一番大切になります。

『治るという前提でがんになった』(幻冬舎)の著者、高山知朗さんは、40歳代前半に悪性脳腫瘍と白血病という2つのがんを発症しましたが、IT関連会社を立ち上げたその経験と能力、そして人脈をフルに活用して、両者を克服してこられました。患者学を自然に身につけているお手本となる方です。

高山さんは、治療法に関する情報の収集を行い、どの病院が良いかを的確に判断し、良い主治医に巡り会っています。脳腫瘍を治療した脳外科医も、白血病を治療した血液内科医も、専門医でありながら高圧的な態度をとることはなく、患者の自律性を重んじ、患者の気持ちをとても大切にしておられるようです。

両方のがんが治ったからこそ、「がん難民」にならなかったと言うこともできますが、おそらく高山さんなら高度機能病院での治療法がなくなったときでも、その病院にしがみつくことなく、別の道を探されるのではないかと思います。

専門医の悪口(本当は悪口を書こうとしているのではありませんが、悪口のように聞こえる人もいるでしょう)をさんざん書いていながら、専門医にもこんなに人間的な医療を提供する医師がいることを知ることで、ホッと胸をなでおろす気持ちになりました。

患者が医者を見限ることも大切

加えて、わたしが研修医だった30年以上前にはごく当たり前な存在だった患者に高圧的な医師は、今では少数派になっています。時代とともに医師の側も変化してきています。

そのような変化の時期だからこそ、自分に合った医師を主治医として選択することが、よい医療を受ける上で決定的に大事となるのです。

医療者に変化を促すのも患者の力です。高圧的な医師は見限ってあげれば次第に絶滅機種となっていくのですから。



http://mainichi.jp/articles/20170101/ddp/041/040/010000c
難病患者死亡
トイレに2時間放置され 福岡の日赤

毎日新聞2017年1月1日 西部朝刊

 日本赤十字社の医療施設である福岡市西区の今津赤十字病院(藤井弘二院長)で2016年8月、難病の入院患者の福岡県糸島市の女性(当時68歳)がトイレに放置されて心肺停止になり、約1カ月後に死亡していたことが同病院への取材で分かった。

 同病院によると、女性は脳の神経細胞が変性し筋肉のこわばりなどを起こす難病「多系統萎縮症」で、床ずれの治療のため16年8月8日に入院。左半身が不自由で車椅子を使っていた。同12日午前10時過ぎ、女性看護助手が院内のトイレに連れて行き別の仕事で離れた。1人になった女性はトイレ内で意識を失ったとみられ約2時間後に心肺停止の状態で見つかり、9月9日に亡くなった。女性は過去にも血圧が下がってトイレで意識を失ったことがあり、病院内では付き添いが必要と申し送りをしていたが、女性看護助手には伝わっていなかった。

 病院は当初、女性看護助手の話に基づき「5~10分おきにトイレの様子を見に行った」と女性の家族に説明した。しかし、虚偽だったことが判明し家族に謝罪した。同病院の武田義夫事務部長は「当院の医療過誤と認識している。申し訳ない」と話している。現在は文書で申し送りをしているという。【山下俊輔、林由紀子】


  1. 2017/01/03(火) 06:09:34|
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