Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

12月 4日 

https://www.m3.com/news/iryoishin/475548
シリーズ: 改革進む医学教育
「被災地がリーダーシップを」災害医学講座の取り組み◆岩手医大Vol.3
倒壊家屋現場を模したシミュレーション室を設置

2016年12月5日 (月) 高橋直純(m3.com編集部)

 東日本大震災を経験した医大だからこそできることを――。岩手医大では2011年9月、「災害医学講座(現在は救急・災害・総合医学講座の災害医学分野に再編)」と「災害時地域医療支援教育センター」を設立、震災対応の検証や災害医療に関する研究と、人材育成に力を入れる。同講座の眞瀬智彦教授は「被災地がリーダーシップを取ってもいくことが重要」と話す。

 眞瀬教授は2011年3月の発災時、当時は県立中部病院に勤務していたが、発災後は県庁に詰めて、岩手県の統括DMATとして医療支援のコーディネート役を務めた。過去には県庁の医系技官として岩手宮城内陸地震、岩手沿岸北部地震(ともに2008年)に携わった経験を持つ。「2つの地震で医療と他の部署がほとんど連携取れておらず、その必要性を感じていたところ、統括DMATを命じられた」。

 東日本大震災ではDMATが撤収した直後に「いわて災害医療支援ネットワーク」が立ち上がった。行政、医師会、地域医療機関などが加わり、医療救護班のマネジメント、医療搬送、医薬品・資器材の供給などさまざまな活動を行ったが、事実上の事務局業務を一手に担ったのは岩手医大だった。眞瀬教授は「大学がやらざるを得なかった。マンパワーがあるのと、内陸部の盛岡市にあり病院自体が生きているので便利だった」と振り返る。

 震災の経験を振り返り、知見を他地域、次世代に伝えていくために設置されたのが「災害医学講座」と「災害時地域医療支援教育センター」だ。講座では震災時の記録などを分析。救護所で使われた8万件分のカルテを疾病や使用薬剤薬に分析するなどし、医療救護班がどのように行動するべきかをなどを論文としてまとめている。

 「いわて災害医療支援ネットワーク」の議事録分析では、保健医療ニーズの変化や実際の対応についてコーディングを行いデータ化を進めている。県レベルの取り組みがどのようなプロセスで決定、実行されていったかを検証することで、今後の災害コーディネートのあり方を考えるうえで貴重な資料になるはずだ。

 人材育成では、学内外の他職種を対象にした研修を企画。震災の経験を踏まえ、「あの時、この知識があったら」という反省を基にカリキュラムを作成している。日本災害医療ロジスティクス研修は、ロジスティクス能力の向上を目的とした国内最大規模の研修となる。4日間の研修のうち2日間は津波被害の大きかった沿岸部での実地となる。現地の保健所の人と連携して地域の情報を取得したり、衛星電話のアンテナの立て方を学んだりするなど実践的なカリキュラムになっている。2013年以来、これまでに約260人が参加、医師だけでなく病院職員、薬剤師なども多い。

 災害時地域医療支援教育センターの建物内には、倒壊家屋現場を模したシミュレーション室もある。がれきの下から患者を出したり、その場で応急処置を実際に行うためのトレーニングができるが、眞瀬教授は「医療者としてのスキルを持っているからといって、災害現場にすぐ対応できるものではない。特に暗い、狭い、うるさい環境だったりすると、普段ならできることがほとんどできない。医療者が全員、そのような環境に対応できるようになる必要があるとは思わないが、発災時にどうなりうるかは知っていた方がいいと思う」。

 学生や研修医向けの研修では、被災地を訪れ、津波被害の状況と現在の復興の様子を見てもらい、実際に現地で活躍した医療関係者や被災者から話を聞く機会を設けている。「きっかけは興味本位であっても、現場を見ることで感じてもらえることは多い」と話す。

 眞瀬教授は東日本大震災時の経験を基に、「災害医療の研究は、どうしても被災地外から入っていくのが難しい面もあります。東日本の時にも地元として仕事が増えたという感じることもありました。地元がリーダーシップを取ってもいくことが重要」と被災した大学で研究を続ける意義を説明している。



http://toyokeizai.net/articles/-/147659
「患者に高圧的な医者」がはびこる根本理由
原始の医療からたどる医者と患者の関係

加藤 眞三 :慶應義塾大学看護医療学部教授
2016年12月05日 東洋経済オンライン

患者に対して高圧的な態度をとる医者がはびこっているのは、なぜなのでしょう


前回(「『小賢しい患者はキライ』な医者との闘い方」)、医療の現場では頑固親父のような、患者に対して高圧的な医師と、医師の言葉に従うだけではなく、自ら情報を収集して自律しようとする患者との間に、軋轢が生じている現状を述べました。

患者と医療者の関係性が大きく変わろうとする移行期に生じている混乱ではありますが、とはいえこの混乱を最小限にくいとめることが必要です。

「患者と医者」の歴史を振り返る

なぜ、患者に高圧的な態度をとる医師がいるのか。患者はどのように対処すればよいのか。医師と患者の歴史的な関係性を俯瞰的にみることで、それを理解し、何らかの対処ができるのではないかと考えます。

医師と患者、両者の関係性がどのような歴史的経過をたどってきたのか、そして、それが現在の関係性にどのように影響し、今後どのような方向に向かっていくのかを探ってみましょう。

医療は、人類の歴史とともに始まったとされています。もっと厳密に言えば、ヒト以外の動物にも医療の原型は見られます。チンパンジーが互いに毛づくろいする時に、相手の肉体の欠陥に注意し、小さな腫れものや傷をなめてきれいにする行為がみられるのだそうです。

原始の医学では、医学と宗教、経験(医師)と宗教(僧侶)と呪術(呪術師)が渾然一体となっていました。その後、医療の経験がしだいに積み重ねられ、迷信から解き放たれた合理性を重んじる「ヒポクラテスの医学」へと発展します。近代になり、科学の黎明期を迎えると、科学としての医学が急速に発展します。そして、科学としての医学を誰もが利用できるように、社会のシステムとして医療保険制度が作られてきます。

医療における医師の役割も、この歴史的な経過とともに変化してきたのです。医師の思考法や患者への接し方、患者の医療や医療者の受け止め方も、歴史的な経過が積み重なる形で、現在にも影響を及ぼしているのです。

すなわち、科学が進んだ現代でも、すべての医療が科学的に解決するわけではありません。どんな病気でも、患者は“奇跡を起こすように治して欲しい”と、呪術師としての医師の役割を期待しています。

また、“先生にすべてお任せします”と、父のように頼れる医師像を求める患者もいます。そして、その期待に応えようとする医師が存在するのです。
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呪術を担う医師は、神の代理人として患者と神を仲介する役割をもちます。父親としての医師は、合理的な知恵を集積した父親としてふるまいます。科学の知識と技術を教育された医師は、科学者・研究者として最新の医学を適用とします。保険の医療受託執行人としての医師は、社会の中で認められた保険医療を行うことを委託され、その範囲内で受託されている医療を提供します。

「父親的な医者」に身を委ねたい患者もいる

呪術師、父親、科学者・研究者、保健医療の受託執行人――。どの役割だからいい、悪い、ということではなく、それぞれの役割意識でも、良い方向に働けばうまく機能します。

呪術者としての医師は、どんな病気であっても患者が頼ってくれば治してあげようと術を施し、最後に頼るのは神仏という患者の期待に応えようとします。どんな病気でも魔法をかけたように治してもらう、奇跡をおこしてもらう、そんな期待が患者の側にはあります。

よき父親役としての医師は、医学の知恵を十分に蓄積した専門家として、患者にとって最も良いだろうと判断した治療を施します。患者はその行為を頼もしく感じ、専門家に安心をして身を委ねます。医学の難しいことはよく解らないし、調べたいとも思わないけれど、とりあえず有名な病院の有名な医師に、あるいは近所で評判の良い医師にかかっていれば安心だろうと考える患者がいます。

科学者としての医師は、科学的手法に基づいて得られた証拠(エビデンス)に支えられた医療を提供します。患者は急速に進歩した近代医学の恩恵をうけることができます。例えば、わたしが専門とする肝臓の分野では、難病、C型肝炎に対する画期的な抗ウイルス薬が開発され、医学がもたらす恩恵は本当にすばらしいと感じています。ほとんどこれといった副作用もなく、1日1回クスリを飲むだけで、ほぼ100%に近い確率で肝炎ウイルスが消えてしまうのですから。

保険医療の受託執行人としての医師は、その社会における保険診療で許された範囲の中で医療を提供しようとします。患者は社会の一員として平等に健康保険による医療を受けられることになります。わが国の保険制度は最近徐々に悪化してきていることが気掛かりですが、貧富の差に関係なく世界的に高いレベルの医療が公平に受けられる優れた制度です。

医者の役割意識が「マイナス」に働くとき…

ところが、同じ役割意識も、悪い方向に働く時には、次のような結果になってしまいます。

まず、呪術者のごとくふるまう医師は、治せない病気であっても治せるふりをします。進行した胃がんで、明らかに開腹手術を適用してはならないのに、そのことを患者に伏せて胃を全部取る手術をするなどはこのたぐいです。しかし、こうした判断をしたことで、その後がんが進行してしまい、結果として、医者にだまされたという被害意識を持ちます。

頑固な父親としての医師は、患者を治すための唯一の正解を知っているのは医師だけであるといわんばかりに、高圧的な態度で治療を施します。患者は、「そんな治療は望んでいないのに」と不満を持ちます。

科学者としての医師は、科学的な証拠(エビデンス)を積み上げること、すなわち研究を優先しがちになります。また、専門者間・科学者間の評価を最も大切に考えます。素人(患者)の意見や評価は眼中にありません。患者は、科学者として患者を診る医師に冷たい視線を感じ、実験の研究材料として利用されてしまっているのではと疑心暗鬼になります。

また、診療において、検査による数値や画像によって病気を判断することを大切と考えますから、診察室でもコンピュータの画面ばかりに目が行きます。患者から話を聴いたり、診たり、触ったり、聴診器をあてて聴くことは重視しなくなってきます。

そして、保険医療の受託執行人としての医師は、保険で許された範囲内の医療、マニュアルどおり、ガイドラインどおりの医療で済ませようとします。保険で許される範囲外の医療に対して興味を持つことはありません。患者は医師の官僚的なふるまいに憤慨することになります。

近年、医療保険の点数が抑制されたことで、公的な病院の中には経営上赤字に陥っているところが多く、勤務医は病院の経営上の配慮も強いられます。例えば、急性、重傷患者の治療を行う急性期病院では、長期の入院は避けるように患者に転院を勧めることが求められます。

医師の患者に対する意識を理解するためには、以上に述べた医師のもつ4つの役割意識を知ることが役立ちます。そして、それ以外にも下記のような役割意識があります。これらも医師の思考法に影響をおよぼし、診療の中のいろいろな局面で顔をのぞかせます。

「相模原事件」で問われた”安全装置”としての医者

①社会の安全装置

結核、エボラ出血熱などの一類および二類の感染症は、感染力が高く、かつ重篤になるため、医師は感染症患者を診断すると速やかに届け出ることが求められます。そして、都道県府知事の権限の下に患者を社会から隔離して治療をします。

また、他人に危害を与えるおそれのある精神病をもつ患者は、措置入院といって強制的に入院させます。これも都道府県知事の責任と権限の下に行われるのですが、その判断は2人以上の精神保険指定医に委ねられています。

この措置入院に関しては、2016年7月に、相模原の障害者施設で凄惨(せいさん)な事件が起きたことで世間の注目を浴びました。この事件の加害者は、措置入院から退院したばかりであったため、医師が措置入院をもっと長くさせておくべきだったという意見も見られました。

これらは、患者個人のために医師が役割を果たしているというよりは、もっぱら社会の安全を守るための役割です。ある一定の条件のもとでは、医師は個人の権利をおびやかすような役割をも担っているのです。

②劣悪な条件下で働く「サーバント(召使)」

医師や看護師など医療専門職は、常に手に余るほどの多くの仕事を抱え、しかも同時に知識と技術を向上するために自ら学習することが求められています。どこで妥協するかの判断も個人に委ねられています。

このような切迫した状況の中で、まじめな医療者は常に消耗している状況なのです。そして、勤務医たちはこうした労働条件の過酷さに比べると、給与などの待遇面が恵まれていないという意識を持っています。

③被告人の候補者

医療行為は、副作用や誤診などで患者の身体を傷つけたり、障害を負わせるなど負の結果をもたらす可能性が少なからずあります。したがって、普通に診療行為を行っていても、ともすれば医療裁判の被告人となってしまうかもしれません。しかも、それが民事だけでなく刑事訴訟になる可能性さえあるのです。

そのため、医師は訴えられないように、訴えられても裁判で負けることのないようにと、常に身構えながら診療をしなければなりません。

医療者は、時代の変遷とともにさまざまな役割意識を持ってきました。そして、それらが時代とともにすっかり置き換わってきたというよりは、過去のものを一部残しながら、新しい意識が積み上げられてきたのです。それが、現代医師のアタマの構造であり、同時に患者もそのような医師像を引きずって現在に至っているのです。

このような医師と患者の関係性の変遷を知ることが、なぜ現状がこうなっているのかを理解しやすくさせるのではないでしょうか。



http://www.asahi.com/articles/SDI201612023801.html
薬の宣伝のトリックを見抜く
アピタル・酒井健司
2016年12月5日06時00分 朝日新聞

 薬のパンフレットを読んでいると面白いです。製薬会社は、薬の売り上げを上げようとして広告活動を行いますが、その一つがパンフレットです。広告ですから、その会社が売ろうとする薬がいかに優れているのかを伝えるよう書かれています。パンフレットには嘘は書けませんが、売りたい薬についてできるだけ有利なことを書き、不利なことを書かれていないことがあります。有用な情報も得られますが、鵜呑(うの)みにしてはいけません。

 医師が手にする薬のパンフレットはほとんどが医師の処方せんを必要とする処方せん医薬品ですが、先日、珍しく一般医薬品である総合かぜ薬のパンフレットを読みました。一般医薬品は薬局やドラッグストアなどで処方せんなしに買える薬のことです。その総合かぜ薬のパンフレットには、風邪によく効くと称して以下のような感じの円グラフが載っていました。

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 「有効性が95%」とは、いかにもいい薬のように思えます。ただ、これにはトリックがあります。臨床データの対象は、普通の風邪です。もしかしたら、薬を飲もうと飲むまいと、4日間も経てば95%ぐらいの人は自然に治っていたかもしれません。

 この薬が風邪に効くかどうかを本当に知りたい場合、この総合かぜ薬を飲む実薬群と、薬を飲まない対照群と比較する必要があります。厳密にやるなら、実薬群と対照群はランダムに分けます(ランダム化比較試験)。また、対照群には総合かぜ薬に似せた偽薬を飲んでもらい、患者さん自身も薬が効いたかどうか判定する医師も、実薬群か対照群なのかわからないようにします(二重盲検法)。先入観で偏りが生じるのを防ぐためです。

 医師が処方する薬は原則としてこうした臨床試験が行われた上で承認されます。一般医薬品の総合かぜ薬は、そこまで厳密な試験を行わなくてもいいと考える人もいるかもしれません。ただ、風邪のような自然治癒しうる疾患なのに、対照群と比較しない臨床データで「有効性95%」と宣伝されたら、ちょっと突っ込みたくなります。

 また、もっと巧妙で見抜きにくくはありますが、専門家によってチェックされて医学雑誌に載った論文にトリックが隠れていることもあります。こうしたトリックに騙(だま)されないよう情報を批判的に吟味して処方する薬を選ぶのも医師の仕事です。

 

http://www.excite.co.jp/News/column_g/20161204/Postseven_470790.html
市販のスイッチOTC薬 処方受ける場合との価格差が大きい
NEWSポストセブン 2016年12月4日 16時00分 (2016年12月4日 16時33分 更新)

市販のスイッチOTC薬の注意点は

 薬が安く手に入るのは患者にとって手放しで良いことのように思えるが、注意しなくてはならない点もある。普段からドラッグストアなどで買える市販薬に関する問題だ。

「スイッチOTC薬」である。

 これは、従来は医師の処方箋がなければ購入できなかったが、現在は薬局で手軽に買えるようになった市販薬のこと。医療現場で使用実績のある薬のうち、比較的副作用が少なく、安全性の高い成分を配合する。気になるのは医師の処方を受ける場合と値段の違いが大きいことだ。

●ナロンメディカル(風邪薬)
 市販1錠(100mg)42.5円(メーカー希望小売価格、税抜き、以下同)/処方1錠5.8円
●ガスター10(胃腸薬)
 市販1錠(10mg)163円/処方1錠24.60円
●ロキソニン(鎮痛剤)
 市販1錠(60mg)54円/処方1錠15.90円

 同じ成分の薬でも、ドラッグストアで買った方が圧倒的に高いのである。薬によってはその価格差は10倍近くにも及ぶ。
 病院に行かなくても買えるスイッチOTC薬は手軽な存在だが、その普及によって保険財政を圧迫しないかたちでの薬の購入、つまり国民の自己負担が増えるかたちへと誘導されている構造が透けて見えるのだ。加えて、医療ジャーナリストの油井香代子氏はこうもアドバイスする。

「医療用と市販薬では同じ成分でも含有量が違うことがあります。症状が出た際、医師にかかる手間より、薬局で薬を買うほうが楽だと自己判断でスイッチOTC薬を利用すると、薬の選択が適切でなかったりして、かえって症状が悪化したり、多量の薬を飲んで余計に高くつくこともあるのです」
※週刊ポスト2016年12月9日号



http://healthpress.jp/2016/12/aska-2.html
ASKA再逮捕でマスコミが暴走~患者視点のない有名人の薬物報道は<再犯を助長>する!?
2016.12.04 Helath press

 マスコミ報道によるプライバシーの侵害は、どこまで許されるのか? 覚せい剤取締法違反(使用)容疑で警視庁に逮捕された歌手・ASKAを巡る、取材手法や報道内容に疑問が寄せられている。

 11月28日の逮捕の際には、ASKAの自宅前に多くの報道陣が押し寄せ、車庫から出ようとする車に人が殺到。折れたベンツのエンブレムが地面に落ち、報道陣に踏まれるようすまで映し出されていた。

 再逮捕を報じるテレビ番組のなかには、逮捕直前に乗ったタクシーの車内映像まで公表。タクシーの運行業者が提供したものと見られる。

 タクシーに搭載されたドライブレコーダーに、ASKAがスマホを見たり、行き先を指示するようすや、運転手に止まる場所を教えるところが記録されていた。

 ドライブレコーダーは事故などの万一の場合のため、警察等に提出するために設置されているもの。マスコミの求めに応じて差し出すのは、明らかに本来の使い方を逸脱している。視聴者の抗議を受けたタクシー会社は、ホームページに謝罪文を掲載した。

 テレビ番組『情報ライブ ミヤネ屋』では、芸能リポーターの井上公造が、ASKAから送られたという楽曲の音源を公開。未発表の曲を作者に無断で公開するという振る舞いにも、疑問の声があがった。

薬物依存の専門家も苦言

 芸能人の覚せい剤使用が発覚するたびに、メディアの報道は加熱する。そして、さまざまなコメントが飛び交うマスコミのあり方に、国立精神・神経医療研究センター・薬物依存研究部部長の松本俊彦医師は、苦言を呈している。

 薬物依存研究の第一人者であり、治療プログラム「SMARPP(スマープ)」の発案者でもある松本医師は、当サイトのインタビューで、女優・高島礼子の夫だった高知東生の逮捕報道を例に挙げて、このように語っている。

―――――――――――――――――――――――――――――

 高知東生さんが逮捕された時に、集まった報道陣に「ありがとうございます」と言ったことに対して、あるタレントがテレビ番組で「ふざけるな」と批判していました。

 「反省が足りない」と言うのが、その方の理由です。逮捕されたその瞬間だけは、「これでやっと薬をやめられる」と思い、お礼の言葉が口からついて出てしまうというのは、薬物依存症患者には普通にあることなんです。

 この言葉は、それだけその人が悩んでいた、苦しんでいたことを示すものであることが多いのです。それなのに、どうして、薬物に対してあまり知識のない人が、そのようなコメントをするのか、残念に思いました。

再犯を助長する有名人の薬物報道

 さらに松本医師は、有名人の覚せい剤事件を報じる時に挿入される、注射器や粉末などのイメージ映像が、薬物依存症の患者の再犯を助長する可能性があると警鐘を鳴らす。

 薬物の使用を連想させる映像が目に触れることで、<いま必死で薬をやめようとしている多くの患者の渇望を呼び覚ましてしまう>からだ。

 松本医師は、有名人の薬物報道が一般視聴者に<クスリの怖さ>を伝える役割があることを認めつつも、マスコミには薬物依存に苦しむ当事者の視点も自覚してほしいとコメントしている。

――――――――――――――――――――――――――――

 私は、<薬物疾患は慢性疾患>だと考えています。だから、芸能人がクスリでつかまると、マスコミが「栄光と堕落」とか「調子に乗っていたからこういうことになった」など、その人の生きざまや人格をすべて否定するような報じ方にも、違和感を覚えます。

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 ASKA再逮捕では、各局とも民間リハビリ施設のダルクの職員を出演させるなど、薬物問題の解説を試みている。だが、一般視聴者の興味や関心にこたえることが主眼であって、薬物依存に苦しむ当事者の視点が抜け落ちていないだろうか。

 当然ながら、薬物事件の容疑者にも配慮すべき報道のモラルは存在する。マスコミに携わる者は、自らの持つ影響力がときには人の人生を左右することを、いま一度思い返すべきではないだろうか。
(文=編集部)



http://www.sankeibiz.jp/macro/news/161205/mca1612050500005-n1.htm
社会保障費、初の32兆円超 17年度予算案 一般会計97兆円規模
2016.12.5 06:03 SankeiBiz

 政府は、2017年度予算案で社会保障費を初の32兆円台とする方向で調整に入った。高齢化で医療などの費用が膨らみ、16年度(31兆9738億円)を超え過去最大を更新する。一般会計総額も過去最大の97兆円規模となる見通し。一方で税収が伸び悩む中、財源不足を補うため、借金である新規国債の発行を7年ぶりに増やす可能性もある。

 高齢化の進展に伴い、医療のほか介護や年金にかかる費用は膨張を続け、社会保障費は一般会計の3分の1を占めるまで増加した。

 こうした社会保障費の自然増は、17年度は約6400億円と見込まれる。政府の財政健全化計画は年約5000億円増にとどめる目安を掲げており、約1400億円圧縮できるかが焦点だ。

 政府は既に、超高額の抗がん剤「オプジーボ」の薬価を半額に下げることを決定。医療費負担に上限を設ける高額療養費制度などを見直し、一定の所得がある高齢者の自己負担を増やす方針だ。ただ負担増には与党内に反発があり、実現にはハードルもある。

 17年度予算案では、防衛費も過去最大の5兆1000億円程度となる見通し。日本周辺の海空域で挑発行為を続ける中国や北朝鮮など、不安定さを増す国際情勢への対応を強化する狙いだ。

 このほか、地方交付税交付金は、総務省が16年度より7307億円多い約16兆円を求めている。財務省は数千億円規模の抑制を目指すが、地方は財政が厳しいとして強く反発している。

 一方、歳入面では税収の低迷が懸念される。年初からの円高で企業業績が振るわず、法人税収などは伸び悩んでいる。不足する歳入を補うため、17年度は新規国債発行額が前年度(34兆4320億円)から増える恐れもある。歳出をどこまで効率化し、財政規律を維持できるかが問われる。



  1. 2016/12/05(月) 09:58:27|
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