Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

10月16日 

http://www.excite.co.jp/News/economy_clm/20161016/ForbesJapan_3926.html
医師・医大生も悩む性差別、米では女性の7割が経験
Forbes JAPAN 2016年10月16日 09時00分 (2016年10月16日 18時22分 更新)

どの医師にとっても、医学研究者として名を上げるのは難しいことだ。研究費を確保するための競争は激しく、権威のある医学雑誌に論文を掲載してもらうことは、途方もなく難しい。

この分野でキャリアを積もうとする女性たちは、より大きな課題に直面する。多くは男性の同僚たちに比べ、家庭で過度に重い負担(育児や家事など)を負っている。一方で、同じように努力の成果を上げてきた男性たちに比べて、有効な指導を受けることができない。

これらに加え、女性たちには性的な嫌がらせという不愉快で恐ろしい負担ものしかかる。ミシガン大学のレシュマ・ジャグシー博士が率いるチームは先ごろ、キャリアの浅い女性医師らが経験するセクハラに関する調査結果を公表した。筆者も参加したこの調査では、科学分野で教育を受け、2006~09年に米国立衛生研究所(NIH)からキャリアアップのための支援を受けることが決まった男女1,000人以上から回答を得た。

調査の結果、性別による偏見やセクハラに関する男性と女性の経験には、非常に大きな違いがあることが分かった。女性の70%は医大に在学中、性別に基づく偏見による判断や対応を受けたことがあると回答。これに対し、同じように答えた男性は22%だった。また、セクハラを受けた経験がある女性が30%だった一方で、男性はわずか4%だった。

組織の対応が不可欠

男性でも女性でも、職場でセクハラを受けることがあってはならない。…

最も嫌がらせの対象となりやすいのは、組織において力を持たない人たちだ。そして、嫌がらせをするのは女性キャスターからセクハラで提訴され、辞任に追い込まれた米FOXニュースのロジャー・エイルズ最高経営責任者(CEO)のように力を持つ人たち、あるいは組織内の時の権力者たちが、そうした嫌がらせの存在を認めたがらないことを知っている人たちだ(例えば、FOXニュースで女性たちにセクハラを働いてきたその他の男性従業員たちのように)。

ジャグシー博士はこうした結果について、「調査結果は、私たちが社会として、どれほど(あるべき状況)からかけ離れているかということを改めて突きつけるようなものだ。特に、医学生の半数を女性が占める現在において、私たちはこの分野における最も優秀かつ才能ある学生たちのやる気を損なわせ、真の潜在力の発揮を妨げるような行動を許すことはできない。最も優秀な学生たちは、大半が女性なのだ」と述べている。

セクハラは、強く優秀な人たちにも、自分自身の価値に対する疑問を抱かせる。自分に非があるのではないかと考えてしまうのだ。学部長をはじめ医学部で部下を持つ立場の人たちや組織のリーダーたちは、部下たちがキャリアに関する不安を抱くことなく、セクハラについて報告しやすい環境を作る必要がある。
Peter Ubel



http://mainichi.jp/articles/20161016/ddm/041/040/099000c
終末期医療
救急延命、患者の意思尊重 在宅医と情報共有へ

毎日新聞2016年10月16日 東京朝刊

 がんなどの重い病気で終末期の高齢者(65歳以上)が心肺停止などの状態で救急搬送される際に、本人の意思表示がないまま蘇生・延命措置を受けるケースが増えているため、厚生労働省は2017年度から、在宅医療に携わる医師や救急隊が連携し、患者の情報を共有する取り組みを支援する。先進的な自治体の取り組みを参考に研修会を開き、患者の意思を尊重した終末期医療を目指す。

 消防の救急隊や搬送先の病院は応急処置をするのが原則だ。一方で、終末期の高齢者の中には、回復が見込めなければ延命を望まない人も多い。認知症で事前の意思表示が難しい場合もある。厚労省は、判断能力のあるうちに患者の意思を確認し、自宅や介護施設で容体が急変した場合に、救急隊が家族や在宅医と速やかに連絡が取れる体制をつくることで、医療者の悩みを減らしたい考え。

 総務省消防庁によると、救急搬送される人数は年々増え、15年には約547万人と過去最多を記録した。高齢者の増加が目立ち、14年は全体の55・5%に当たる約300万人が高齢者だった。
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 東京都八王子市は高齢者の救急搬送について、11年に消防署や病院などで連絡会をつくり、延命措置の希望などを記入する用紙を市民に配布している。兵庫県の明石市消防本部は市内で医療・介護職らが開く連携会議に参加。本人や家族から蘇生措置を望まない意思表示がある場合は、119番する前にかかりつけ医などに相談するよう求めている。

 厚労省はこうした先進地の関係者を招き、10〜20自治体を対象にした研修会を来年、東京で数回に分けて開催。自治体や圏域ごとに救急隊員、行政担当者、在宅医療の医師や訪問看護師らにまとまって参加してもらう。

 ■ことば
救急隊員の応急処置

 総務省消防庁の基準では、救急隊員は「生命が危険であり、または症状が悪化する恐れがあると認められる場合、応急処置を行う」と定められている。処置の方法としては、気道確保や人工呼吸、胸骨圧迫(心臓マッサージ)などがある。救急業務に関する別の基準では「傷病者または関係者が拒んだ場合は搬送しない」としているが、現場では「119番の後に『本人は延命措置を望んでいなかった』と聞かされても、応急処置をするのが原則」との意識が強い。



https://www.m3.com/news/iryoishin/462942
大野病院事件、いまだ終わらず - 安福謙二・大野病院事件弁護人に聞く◆Vol.3
多角的に検証し教訓として生かす

2016年10月16日 (日) 聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)

――本書の中で印象的なのは、2006年2月の逮捕に行われた「勾留理由開示」の時のエピソードを書いた部分と、「プロローグ」にある2008年8月20日の福島地裁判決言い渡しのシーンです。加藤先生についてのエピソードを書かれたのは、この部分くらいであり、ご遺族の意見陳述や加藤先生への尋問、最終弁論などには触れていません。結果的に、弁護士の立場から見た「大野病院事件」という姿勢を貫かれた本だと思います。

 実は本を書いている段階で、「加藤先生の人となりが分かるエピソードがなさすぎる」と、出版元の編集者から随分指摘されました。結局は、「野武士のような人だ」という若い弁護士たちの言葉を紹介している程度です。

 その理由は二つあります。一つは、その辺りのことを書き出すときりがなく、論告求刑や最終弁論にしても、一部分のみを切り出して書くのは、嫌だと思ったこと。出版社には、ホームページに、検察側と弁護側の冒頭陳述、論告求刑、最終弁論、判決の全文を掲載することを提案しています。そうすれば皆で検証できるでしょう。

 もう一つは、私が書く以上、弁護人としての立場で書く以外にはないこと。ただし、本書は、法律家向けには書いておらず、あくまでも読者対象は医療者であり、そして心ある社会の多くの一般の方々です。法律的な厳格性はなく、その意味での批判は出てきてもおかしくないと思っています。

――本書に書き残したこと、また書けなかったことなどはありますか。

 書き残したことと言うか、大野病院事件の刑事弁護の時には、やらなかったこと、また今後検討すべきと思っている課題が幾つかあります。

 今回の刑事弁護の目的は、「加藤医師に過失がなかった」ことの証明に尽きます。しかし、さまざまな事実確認をしていくうちに、事件の背景とか、さまざまな事情を調べたくなったのは事実です。

 また大野病院事件は、若い麻酔科医たちが、周術期管理、循環動態管理の在り方を学ぶいい教材になると考えています。森田茂穗先生(麻酔科医として大野病院事件の弁護団を支援、元帝京大学医学部附属病院長)の受け売りですが、私はいつも「執刀医はプリマ。麻酔科医は、オペ室におけるマエストロ」と言っています。麻酔科医は、「マエストロたらん」という意思と能力、その能力を実行するあらゆる意味での技量能力を持っていなければならない。それを麻酔科医に対して鼓舞するに値する事案であると、ある大学の麻酔科教授に語ったことがあります。

 今年4月の日本臨床医学リスクマネジメント学会のシンポジウムで、事件当時は福島県立医科大学産婦人科の講師、今は教授の藤森敬也先生が、「県立大野病院事件が産科医療に与えた影響―福島県の産科医療再生に向けて―」というテーマで講演しています(『故佐藤教授の遺言、「福島の産婦人科は任せた」』を参照)。私もシンポジストの一人として登壇しましたが、藤森先生が一瞬立ちつくして、上を向いて涙を流した姿をとても印象的に覚えています。藤森先生など関係者にとっても、思うところは多々あるのではないでしょうか。

――最後に、改めて一言、お願いします。

 本書を面白いと思うかどうかは、読者の皆様の判断です。ただ、私が、司法と深い関わりを持っていない一般社会の人、司法に対して一定の評価をされている人たちに向けて一つ言いたいのは、日本の司法は想像以上にいい加減なものであり、「これでいいのですか」ということ。それがさらに悪化の一途だと言うことです。私は約40年この世界に身を置いてきて、つくづく限界というか、恐ろしさを感じています。

 日本の司法を全面否定するつもりはなく、十分に機能している面もあります。諸外国と比較してもいい面もありますが、一方で、国際社会からすれば、「日本の司法は中世だ」と言われてしまう現実があるわけです。

 そして何よりもお願いしたいのは、「物事を調べる」という基本を、もう少し根本的に見直してくれないかということ。事実を確認する作業は簡単ではありません。しかし、事実を確認する作業をしっかりやらなければ、裁判でも、また医療事故の調査や科学的究明であっても、何一つ動きません。

 最近の事例で言えば、築地市場の豊洲への移転問題でも、何がどうなったのか、その情報がきちんと共有されていません。信じがたいことに、最高責任者である歴代の知事も、「知りませんでした」と言えてしまう。事実を把握していない人が「ハンコを押していました」と堂々と言えてしまう。

 事実を当の本人が知らないで、通ってしまう社会。これはある意味、日本の現実なのだとすれば、司法だけが例外ではないことに、私は非常に危機感を持っています。そのことに対して社会の人が目を向けてほしい。本書は、その一つの切り口として医療事故、それも刑事事件という形で私が体験したことを通じて、皆さんに話を伝えたかった。そのことに尽きます。

 「物事を調べる」「事実を知る」基本が守られない医療事故調査制度は、何一つ生み出さず、悲劇を大量生産するだけ。それは、患者さんにとっても、家族にとっても、医療者にとっても不幸。この不幸を避けるには、患者家族には、医療者を「犯罪者か」という視点で、物を言うのはやめるべきです。一方で医療者も、患者家族を尊重する、敬意を持って接する。医療者にとって、最大のステークホルダーは患者さんなのですから。このことが原点になると考えています。



https://www.m3.com/news/general/467819
東大教授論文に「不正」告発
2016年10月16日 (日) 朝日新聞

 東京大学は、医科学研究所の教授らが書いた論文1本に捏造(ねつぞう)や改ざんがあるとする告発を13日付で受理し、予備調査を始めた。不正の疑いがあると判断すれば、外部の有識者も含めた本調査に入る。

 東大や文部科学省によると、告発は9月30日に文科省を通じて大学に届いた。画像に不自然な加工があると指摘している。論文は2011年に学術誌に掲載され、教授らはすでに取り下げを申請した。



https://www.carenet.com/news/journal/carenet/42778
医師の燃え尽き症候群、既存の治療戦略は有効か/Lancet
ケアネット  2016/10/17

 医師の燃え尽き症候群(burnout)の治療では、これまでに実施された個々人に焦点を当てた介入や組織的な介入によって、臨床的に意味のあるベネフィットが得られていることが、米国・メイヨークリニックのColin P West氏らの検討で明らかとなった。研究の成果は、Lancet誌オンライン版2016年9月28日号に掲載された。米国の研修医および開業医の全国的な調査では、医師の燃え尽き症候群は流行の域に達していることが示されている。その帰結として、患者ケア、専門家気質、医師自身のケアや安全性(精神的健康への懸念や交通事故を含む)、保健医療システムの存続性への悪影響が確認されているという。

3つのアウトカムをメタ解析で評価

 研究グループは、医師の燃え尽き症候群を予防、抑制するアプローチに関する文献の質およびアウトカムをよりよく理解するために、系統的レビューとメタ解析を行った(Arnold P Gold財団研究所の助成による)。

 2016年1月15日までに医学データベース(MEDLINE、Embase、PsycINFO、Scopus、Web of Science、Education Resources Information Center)に登録された文献を検索した。

 妥当性が検証された指標を用いて、医師の燃え尽き症候群への介入の効果を評価した試験を対象とし、介入の前後を比較した単群試験も含めた。医学生や医師以外の医療従事者に関する試験は除外した。抄録で適格性を判定し、標準化された書式を用いてデータを抽出した。

 燃え尽き(overall burnout)、情緒的消耗感(emotional exhaustion)スコア、脱人格化(depersonalisation)スコアの変化をアウトカムとした。ランダム効果モデルを用いて、各アウトカムの変化の推定平均差を算出した。

すべてのアウトカムと高値例の割合が改善


 15件の無作為化試験に参加した医師716例、および37件のコホート試験に参加した医師2,914例が適格基準を満たした。

 介入によって、燃え尽き(14試験)が54%から44%(平均差:10%、95%信頼区間[CI]:5~14、p<0.0001、I2=15%)へ、情緒的消耗感スコア(40試験)が23.82点から21.17点(平均差:2.65点、95%CI:1.67~3.64、p<0·0001、I2=82%)へ、脱人格化スコア(36試験)は9.05点から8.41点(平均差:0.64点、95%CI:0.15~1.14、p=0.01、I2=58%)へと、いずれも有意に改善した。

 また、情緒的消耗感スコア高値の割合(21試験)は38%から24%(平均差:14%、95%CI:11~18、p<0.0001、I2=0%)へ、脱人格化スコア高値の割合(16試験)は38%から34%(平均差:4%、95%CI:0~8、p=0.04、I2=0%)へと、双方とも有意に低下した。

 有効な個別的介入戦略には、マインドフルネスに基づくアプローチ、ストレス管理訓練、小集団カリキュラムがあり、有効な組織的介入戦略には、労働時間制限や、各施設で工夫された診療業務過程の改良が含まれた。

 著者は、「特定の集団ではどの介入法が最も有効か、また個別的介入と組織的介入をどのように組み合わせれば、より高い効果が得られるかを解明するために、さらなる検討を進める必要がある」と指摘している。
(医学ライター 菅野 守)
原著論文 West CP, et al. Lancet. 2016 Sep 28. [Epub ahead of print]
http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(16)31279-X/abstract



http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03195_01
短期集中連載
オバマケアは米国の医療に何をもたらしたのか?
■第1回 オバマケアの「正体」

津川 友介(米国ハーバード公衆衛生大学院(医療政策管理学)リサーチアソシエイト)
週刊医学界新聞   第3195号 2016年10月17日

 バラク・オバマ大統領が選挙公約として掲げていた国民皆保険制度が,Patient Protection and Affordable Care Act(通称オバマケア)として実現した。オバマ大統領の任期満了も近づいてきており,この医療政策の成果について科学的検証が進んでいる。急速な少子高齢化の進む日本でも,医療制度の改革は身近な問題である。オバマケアがどのような理論とエビデンスをもとにデザインされたかを学ぶことは,日本が持続可能な医療制度の構築をめざすに当たって有益ではないだろうか。

 本連載では,医療政策学・医療経済学の見地からオバマケアを分析し,日本の医療制度に向けた教訓を提示する(「週刊医学界新聞」編集室)。

 米国ではオバマ大統領の任期満了に伴う大統領選挙を2016年11月に控えており,民主党候補ヒラリー・クリントンと共和党候補ドナルド・トランプがしのぎを削っている。クリントンは医療に関して基本的にはオバマ大統領の流れを踏襲すると言われており,クリントンが大統領になった場合には米国の医療制度に大きな変化はないと考えられている1)。一方で,トランプが大統領になった場合には医療制度がどうなるかは全く予測できない。

 2016年7月,大統領選挙を前にオバマ大統領自らが,世界で最も権威ある医学雑誌の一つである米国医師会雑誌(Journal of American Medical Association;JAMA)電子版に論文を投稿し,オバマケアの政策評価を取りまとめ,次の大統領はこの流れを引き継ぐべきであるとの意見を表明した2)。米国における医療政策の作り方は日本の医療政策にとっても示唆に富むものであると考えられる。オバマケアがどのような政策であり,米国にどのような影響を与えたのか,全3回にわたり科学的な観点から説明したい。

オバマケアはどのようにして皆保険制度を達成したのか?

 オバマケアの正式名称はPatient Protection and Affordable Care Act(PPACA)であり,米国ではしばしばACAと略される。オバマケアは2010年3月23日に成立した医療改革に関する法律であり,その中心に据えられているものは「国民皆保険制度」である。

 それまでの米国は先進国の中で唯一,皆保険制度がない国という不名誉な肩書を持っていたが,2010年にオバマケアが国会で採択されたことで,全ての先進国が皆保険制度を有することとなった。オバマケアによって,米国民に占める無保険者の割合は2010年には16.0%(4900万人)であったのが2015年には9.1%(2900万人)にまで減少しており(図1),公的医療保険のメディケア(高齢者向け)とメディケイド(貧困層向け)が導入された1965年以来,医療政策における最大の功績であるとされている2)。

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図1 米国民に占める無保険者の割合の推移(文献2より)

1965年にはメディケア,メディケイドが導入され高齢者と貧困層に対して公的医療保険が提供されるようになったため,無保険者の数が激減した。それ以降,オバマケア導入前までは無保険者の数はほぼ横ばいであった。
 そもそも米国の医療保険は主に,①65歳以上の高齢者,身体障害者,透析患者が加入する公的保険のメディケア(連邦政府が運営),②貧困者が加入する公的保険のメディケイド(連邦政府と州政府が財源を出し合って運営),③それ以外の国民が加入する民間医療保険の3つから成り立っている。きちんと税金を納めてきた米国民は65歳になると自動的にメディケアに加入するようになっているため,高齢者に限って言えば,実は皆保険制度はすでに達成されていた。さらに雇用されている人の大部分は民間医療保険に加入していた。

 しかし,メディケイドの加入要件を満たさない人(詳細は後述)や,メディケイドに加入するほど貧しくはないものの民間医療保険に加入するほど裕福でない人たちは無保険であることも多かった。そこでオバマケアは,

1)メディケイドのカバー範囲の拡大
2)政府によって規制された民間医療保険市場+保険料に対する補助金
3)裕福な人に対しては民間医療保険加入の義務化

という3つの仕組みを組み合わせて皆保険を実現する政策であった(図2)。それではこの3つの仕組みを順に見ていこう。

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図2 無保険者を減らすための3つのシステム

1)メディケイドのカバー範囲の拡大
 オバマケアは,極度の貧困の人〔FPL(連邦貧困水準)の133%以下の人〕はメディケイドの加入要件を緩めることでカバーすることにした(註1)。メディケイドは連邦政府と州政府が財源を出し合ってカバーする貧困者向けの公的保険であるため,以前までは州によって加入要件が異なっていた。収入が少ないだけでは加入要件を満たすことはほとんど無く,妊娠中の女性や,子どもがいるなどの条件があってはじめて加入することができた。つまり,独身男性の場合,例えどんなに貧困であっても多くの場合メディケイドに加入できなかったのである。

 そこでオバマケアは,住んでいる州にかかわらず, FPL 133%以下の人は全てメディケイドに加入できるようにした。これは独身で年収約1万6000ドル,家族4人なら約3万3000ドル以下ならばメディケイドに加入できる計算になる(2015年の基準値)。実は,オバマケアによって新たに保険に加入した人の大多数はメディケイドへの加入であったため,オバマケアのことを「メディケイド拡大法(Medicaid expansion law)」だと揶揄する人もいる。

2)政府によって規制された民間医療保険市場+保険料に対する補助金
 オバマケアは,メディケイドの対象となるほど貧しくはないものの自分で保険料を支払うことの難しい人(FPL 133~400%)に対して,連邦政府が補助金を出して民間医療保険に加入させることにした。Health Insurance Marketplace(HIM)という連邦政府によって規制された医療保険の市場を作り,そこで民間会社に医療保険を売ってもらうのである。

 そこで売られる医療保険にはさまざまな条件が付けられ(自己負担ゼロで予防医療サービスを提供しなければならないなど),加入者にわかりやすいよう,自己負担の割合に応じてブロンズ,シルバー,ゴールド,プラチナの4つのラベルが付されることとなった。そしてHIMで医療保険に加入する場合には,保険料と加入者の所得に応じて,政府から補助金が支払われることとなった。

3)裕福な人に対しては民間医療保険加入の義務化
 医療保険は基本的に健康な人と病気の人の両方をカバーすることで,病気の人が使う医療費を,健康な人を含めた皆で広く浅く負担するという仕組みである。健康な人が医療保険に入らないと保険料は年々高くなり,いずれ財政的に維持できなくなってしまう。そのため,裕福で比較的健康な人を強制的に医療保険に加入させる必要があった。そこで個人加入義務化(Individual mandate)と呼ばれる制度が導入され,ある程度裕福で保険料を払う能力のある個人が正当な理由なく医療保険に加入しない場合には税金が高くなることになった。

オバマケアは医療の「価値」への支払いを推し進めた

 オバマケアはさらに,国民皆保険を達成する上でいくつかの改革を同時に実施した。その一つが医療機関への支払い制度の改革である。それまでは医療サービスの提供される「量」に対する支払い(出来高払い)だったものが,「価値(バリュー)」に対する支払い(主にPay-for-performanceを意味している)へ変わることとなった。高齢者向け医療保険メディケアは,2010年にはほぼ100%が量に対して支払われていたが,2016年の時点でその支払いのうち約30%を価値に対する支払いへ再分配している2)。計画では,この割合は2018年までに50%に達する見込みである。価値への支払いには入院患者のプロセス指標やアウトカム指標に対して支払いをするHospital Value-Based Purchasing(HVBP)Programや,退院後30日以内の再入院に対してペナルティを設けるHospital Readmission Reduction Program(HRRP)と呼ばれるものが含まれる。

公的保険による皆保険制度を導入“できなかった”理由

 このように,米国は公的保険と民間保険を組み合わせることで皆保険を達成した。米国は公的保険を導入“しなかった”のではなく,政治的な理由から“できなかった”のである。

 オバマが大統領になった時点で,雇用されている米国民の多くは民間医療保険に加入しており,民間医療保険の市場は1兆2000億ドルの巨大市場であった3)。仮に日本のように公的医療保険への加入を義務化すると民間医療保険会社を市場から追い出すことになり,それは現実的に不可能であった。このように各段階において政策決定者が選ぶことのできる政策のオプションは歴史的背景に依存していることを政治学では「経路依存性(Path dependence)」と呼ぶ4)。

 そこでオバマ大統領は,メディケアと民間医療保険会社を競争させ,市場原理の中で民間医療保険会社を追い出そうとした。これはパブリック・オプション(Public option)という仕組みであり,高齢者や身体障害者以外の人もメディケアへ自由に加入できるようにするというものである。

 メディケアは国が経営する単一の公的医療保険であり〔日本には3000以上の保険者(健康保険組合や国民健康保険)が存在するが,メディケアは全米で一つの巨大な保険者である〕,5000万人が加入している巨大な公的保険制度である。その経営効率は民間医療保険よりも良いとされているため,メディケアと民間医療保険会社が競争すれば,民間医療保険会社の分が悪いことは明らかであった。

 ところが民主党と共和党で連邦議会の議席数が拮抗する中,パブリック・オプションを諦めなければ,オバマケアを通過させることができないという状況になってしまった。結局,パブリック・オプションは“とかげのしっぽ切り”のような形で2009年12月にオバマケアの条文の中から削除されることとなった(註2)。

財源は保険会社や病院の“痛み分け”の上に成り立っている

 オバマケアによって新たにカバーされる人の多くは保険料を支払うことが困難な貧困者であった。米国の医療財政はすでに逼迫していたため,財源を確保する必要があった。その方法としてオバマ大統領が取ったのは,医療保険会社や病院などの医療関連業界による“痛み分け”であった。

 病院などの医療機関には公的保険のメディケアやメディケイドからの支払額が減らされ,これにより連邦政府は約7400億ドルの歳出カットを達成できたと言われている5)。公的保険から医療機関への支払額は減るものの,一方で無保険患者からの取りこぼしがなくなり,また新たに保険に加入した人による医療需要の増加が見込まれたため,医療機関はこの条件を飲み込むこととした。

 医療保険業界には利益率の上限が設定され,集めた保険料総額の少なくとも80~85%を医療サービスとして還付しなければならなくなった(つまり利益率の上限は15~20%になった)6)。この保険会社の利益率の上限のことをMedical Loss Ratioと呼ぶ。それ以上の利益を上げた場合には,その利益を被保険者に払い戻さないといけなくなった。オバマケアによって民間医療保険の加入者が増え,保険会社は売上高が増えると考えたため,保険会社はこの条件を受け入れた。

 オバマケアは高所得の個人にも負担を課した。高所得者(独身の場合年収20万ドル,2人世帯で年収25万ドル以上)のメディケア税(65歳以上になったときに,メディケアに加入する要件を満たすために必要な税金)が0.9%引き上げられた。また,米国では医療保険料は税控除の対象であり,高額な医療保険に加入する高所得者ほど控除の恩恵に預かっていることが問題になっていた。この問題を解決するために,高額な医療保険(年間保険料が個人加入で1万200ドル,世帯加入で2万7500ドル以上)に入っている場合,この額を超えた分に40%課税されるようになった7)。この高額医療保険に対する税金は,高級車キャデラックから名前を取り,「キャデラック税(Cadillac tax)」と呼ばれる(註3)。

 ちなみに,医療関連業界で唯一“痛み分け”をしなかったのが製薬業界であった。これは政治的判断であり,力を持っていた製薬業界を味方につけることで,オバマケアは連邦議会をどうにか通過することができたと言われている。なお,オバマやクリントンは最近になって,次の改革は薬価であると宣言しており,近い将来,製薬業界にも“痛み分け”を迫るのではないかと言われている。

 つまり,オバマケアは経済的にゆとりのある医療機関,医療保険業界,高所得者から財源を集めて,貧困者が医療保険に入れるようにした改革であった。よってオバマケアは社会の格差を縮める政策だと言うことができる。

医療保険市場に政府が規制をかけることが可能になる?

 これまでは民間医療保険は完全な自由市場で取引されていたが,オバマケアの導入によって民間医療保険の取引は“規制された市場”で行われることになった。規制の変更は規制の導入よりもはるかにハードルが低い。そのため今後は,規制を適切に用いることで,機能していなかった民間医療保険の市場を,適切に機能するように誘導していくものと期待されている。

 今回はオバマケアがどのような政策であったのか概略を説明した。次回は,オバマケアが「いかに医療経済学の知見をもとに綿密にデザインされたシステムであったか」を説明する。

(つづく)

註1:オバマケアの法律の文面では133%となっているが,加入要件を計算するときに収入の5%を控除するという規定(Modified Adjusted Gross Income tax rule)があるため,実質的にはFPL138%以下の人はメディケアによってカバーされる。
註2:実はオバマケアはCLASS(Community Living Assistance Services and Supports)Actと呼ばれる介護保険制度の導入も試みていたが,パブリック・オプション同様にオバマケア導入の過程で切り捨てられた経緯がある。この制度は任意加入であり,保険料からの財源が十分に集まらないことが予想されたため,2011年10月にはオバマ陣営はこの法律を削除すると発表し,2013年1月1日に連邦議会で正式に撤廃されることとなった。
註3:キャデラック税の導入は当初2018年からの予定であったが,2020年に延期された。今後の経過次第では再延期や導入中止となる可能性もある。

◆参考文献・URL
1)N Engl J Med. 2016[PMID:27681881]
2)JAMA. 2016[PMID:27400401]
3)Deloitte. Health Insurance Market Overview. 2013.
https://www.cdc.gov/stltpublichealth/program/transformation/docs/health-insurance-overview.pdf
4)Jacob S Hacker. The Historical Logic of National Health Insurance:Structure and Sequence in the Development of British, Canadian, and U.S. Medical Policy. Stud Am Polit Dev. 1998;12(1);57-130.
5)The Washington Post. How Congress paid for Obamacare(in two charts). 2012.
6)Kaiser Family Foundation. Explaining Health Care Reform:Medical Loss Ratio (MLR). 2012.
7)Issue Brief(Commonw Fund). 2016[PMID:27290752]

つがわ・ゆうすけ氏
東北大医学部卒業後,聖路加国際病院,世界銀行を経て現職。米ハーバード公衆衛生大学院でMPH,ハーバード大でPh.D.(医療政策学)を取得。専門は医療政策学,医療経済学。ブログ「医療政策学×医療経済学」において医療政策におけるエビデンスを発信している。


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