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10月2日 

https://www.m3.com/news/iryoishin/462940?dcf_doctor=true&portalId=mailmag&mmp=MD161002&dcf_doctor=true&mc.l=181061139
『なぜ、無実の医師が逮捕されたのか』を上梓 - 安福謙二・大野病院事件弁護人に聞く◆Vol.1
“事故調”、悲劇の医師の大量生産を懸念

2016年10月2日 (日)  橋本佳子(m3.com編集長)

 『なぜ、無実の医師が逮捕されたのか』(方丈社)をこの9月、上梓したのは弁護士の安福謙二氏。副題は、「医療事故裁判の歴史を変えた大野病院裁判」。安福氏は、福島県立大野病院事件で業務上過失致死罪に問われた産婦人科医、加藤克彦氏の刑事弁護を担当、その立場から大野病院事件を検証、その上で医療事故調査制度についての考察を加えたのが本書だ。
 大野病院事件が、刑事事件化する端緒となったのは、福島県がまとめた医療事故調査報告書。2015年10月に、医療事故調査制度がスタートして1年が経つ。長年、弁護士として医療以外にもさまざまな分野で司法に関わってきた安福氏は、“事故調”の在り方だけでなく、日本の司法に対しても厳しい目を向ける(2016年9月21日にインタビュー。計3回の連載)。

――既に書店に並び、お知り合いの方にもお読みいただいているとのことですが、評判はいかがでしょうか。

『なぜ、無実の医師が逮捕されたのか』を上梓した、安福謙二弁護士。
 皆さん、「面白い」と言ってくださいますね。「一気に読んでしまった」との声もいただいています。弁護士からも、また知り合いの医師からもそう言われているので、私の当初の狙いは、なんとかうまく伝わっているのでは、と思います。

――「当初の狙い」とは何でしょうか。

「あとがき」に書きましたが、現状の医療事故調査制度は、過去の数多くの事故調査報告書と判決との齟齬を見据えて検証したものとは言い難いと考えています。

 例えば、今年4月、最高裁は、島根大学の医療事故をめぐる裁判で、原告(および家族)側の上告を棄却、原告側の全面敗訴が確定しました(『島根大“事故調”、患者と医師の悲劇』を参照)。この事故でも裁判に先立ち院内事故調査が行われ、その結果を踏まえ、大学側は記者会見を開き、緊急帝王切開手術を担当した執刀医らの過失を認め謝罪、示談交渉をしています。けれども、その院内事故調査の結果が、裁判では否定されたわけです。

 事故調査に当たって何より重要なのは、当事者である主治医や執刀医の声を、真摯に、リスペクトを持って傾聴することです。事故が起きたその専門領域の専門家であり、誰よりもその事故の実情を知る立場にあるからです。しかし、今の医療事故調査制度は、そうした仕組みにはなっているとは思えません。このまま放っておいたら、医療事故調査制度は、何一つ十分な成果を生み出さず、大野病院事件や島根大学事件のような悲劇を大量生産するだけではないか……。それは、患者家族にとっても、医療者側にとっても不幸以外、何ものでもありません。ひいては心ある医療者は、リスクの伴う医療から遠ざかってしまうことになるでしょう。

 実は、2008年8月の大野病院事件の福島地裁の判決直後から、「本を書かなくては」と思っていました。本事件は、社会的な注意喚起につなげ、何年経った後でも検証しなければならない事件の一つであるからです。この事件に関わらせていただいた感謝の思いと、「これで良かったのか」という反省があり、自分なりに勉強するためにも、「何らかの形で記録として残しておかなければならない」と思っていました。

――福島地裁判決から8年が過ぎました。

 正直言って、諸般の事情で、何度も何度も書いては、挫折を繰り返していたのです。やはり一番気になったのは、本を書くことによる関係者への影響。詳しくは言えませんが、その時の状況や内容によっては関係者を厳しい状況下に追い込むことにもなりかねません。

 そのほか、大野病院事件の関連で、講演したり、シンポジウムに出席したりしているうちに、本音を言うと、「思い違い、勘違い、考え違いをしている」ことが突き付けられたという事情もあります。

――それはどんな意味なのでしょうか。

 一番大きいのは、医療事故調査制度の在り方です。大野病院事件の前、私はどちらかと言えば推進派で、「より良い“事故調”を作らなければ」と言ってしました。

 ところが、大野病院事件の院内事故調査の背景は、あまりにもひどく、まずはその結果として作り出された報告書との戦いでした。また、モデル事業(日本内科学会等および日本医療安全調査機構が実施していた「診療行為に関連した死因の調査分析モデル事業」)の現状を聞くと、その運用はとても手間暇がかかり大変であり、厚労省の大綱案(2008年6月にまとめた、医療事故調査制度案)についても懸念、ひいては疑念を抱くようになった。さらに大野病院事件の判決後、さまざまな機会に、いろいろな“事故調”を見聞きしているうちに、「今の“事故調”では、ダメではないか」とも思うようになりました。

 一方で、患者側、あるいはマスコミの方々には、それぞれの“事故調”の理想の姿、夢がある。それを否定しませんが、それを運用することの難しさを誰も本気で考えていない、議論していないことにも危機感を覚えました。しっかりしたインフラを整備しないで、“事故調”を機能させることはできないということです。

 大野病院事件を語ることは、“事故調”問題を語ることでもあります。 “事故調”の問題をどう取り扱うか、どこまで書いていいのかと考えると、途中で書けなくなってきてしまった……。

 しかし、2015年10月から、医療事故調査制度がスタートすることが決まり、その準備が進むにつれ、「事故調査を始める前提作り」が必要であり、事故調査の在り方に警鐘を鳴らさなければならない、事故調査についての考え方を根本的に改めてもらいたい……。そう思うようになったのが、今回、本をまとめようと思ったきっかけです。



https://www.m3.com/news/iryoishin/462538
群馬大学病院事件を考える:認識、想像力、柔軟な発想
最優先課題はインフォームド・コンセント

2016年10月2日 (日)配信小松秀樹(元亀田総合病院副院長)

想像力と柔軟性

 群馬大学病院の旧第二外科で、腹腔鏡下肝切除術の術後死亡率が高いことが、群馬大学全体を巻き込む大きな問題に発展した。その後、群馬大学病院で改革が進んでいる。関係者の努力を多としたい。しかし、事件には、人間の利己的性質、人の行動を支配する権力構造の性質、「旧慣への惑溺」(福沢諭吉『文明論の概略』)など厄介な問題がかかわっている。杓子定規に煩雑な手続きを現場に課しても、安全性は高まらない。現状の正しい認識、優先順位、想像力と柔軟な発想による賢い対応が必要になる。

 何年か前、群馬大学病院に講演のためによばれたことがある。当時の病院管理者は熱心で知識も豊富だった。事件の報告書(1)によれば、群馬大学病院では安全のための制度は整えられていた。制度はあったが、機能しなかった。

 筆者は、医療の改善を阻む最大の要因を、因習への惑溺だと思っている。福沢諭吉が『文明論の概略』で示した明治初期の日本人についての認識は、今も通用するところが多い。人の考え方や行動は簡単には変わらない。

 制度はすでに過剰になっている。患者安全のための制度は職員を追い立て、勤務時間外の会議を増やしている。議論を制度論から、因習への惑溺を減じる方法、人の考え方を変えていくための手段、プロセスに移す必要がある。

認識

 現状を正しく認識するためには、比較が必要である。医学研究では、調査群と対照群の選択が認識の内容を決める。今回の事件では、旧第二外科が問題になった。しかし、旧第一外科も肝切除術、膵頭十二指腸切除術の手術死亡率が全国平均より高かった(2)。他の診療科について報告書に記載はなかったが、背景に群馬大学病院の体質があるとすれば、他の診療科にも問題があるかもしれない。

 群馬大学病院は、事件について外部委員を含めた調査委員会を設置した(3)。しかし、委員が一同に会して議論する場面が1回しかなかった。対照群との比較検討は行われなかった。総括報告書案を調査委員でない病院長が作成した。病院長は、個別報告書の事例ごとに「過失があったと判断される」と追記し、外部委員の許可なく、これを報告書として公表した。個人的不祥事として処理しようとしていると批判された。病院は第三者のみによる調査委員会(第三者委員会)を設けざるをえなくなった。

大学病院は新しい医療を好む

 日本の大学は、教育より、学問を優先する。学問はオリジナリティ、すなわち、新しさを要求する。このため、大学病院は新しい医療、目立つ医療に価値をおく。これが患者安全と矛盾する。自分たちのやりたい医療に患者を誘導しがちになる。

 2002年、慈恵医大青戸病院で腹腔鏡下前立腺全摘除術を受けた患者が死亡した。死亡原因は、輸血体制の不備により輸血が遅れたためである(『医療崩壊 立ち去り型サボタージュとは何か』朝日新聞社)。出血量は多かったが、輸血さえしていれば、死に至るようなレベルではなかった。慈恵医大の執刀医の手術技量は決して高くなかったが、当時、この手術の第1人者とされる医師の技量も高くなかった。「第1人者」が担当した慈恵医大本院の第1例目では、青戸病院事件とほぼ同量の出血に加えて直腸損傷があったが、輸血体制が整っていたため、患者の生命が脅かされるような状況にはならなかった。当時、全国の大学の泌尿器科学教室で、無理を承知で、この手術を導入しようとした。患者の自己決定権を尊重する説明は一般的には行われていなかった。

 大学病院の性質を冷静に認識し、制御方法を考える必要がある。病院を大学から切り離すことも選択肢から排除すべきではない。

「解決」はない

 第三者委員会報告書の結論部分に、「『日常診療の中に標準から逸脱した医療が登場した場合、それを早期に発見し、より安全な医療へと是正する自浄的な取り組みをするにはどうすればよいか』という命題に対し、医療界の叡智を集めて解決することが求められる」と書かれていた。極めて重要な指摘である。

 しかし、「解決」があるとは思えない。有効な自浄的取り組みがあったとしても、成果は限定される。論理的整合性のある単一の大体系には、必ず嘘や無理がある。相矛盾する対策を、状況によって使い分ける必要も生じる。

 患者安全の領域では、人間に由来する事故をシステムで対応することが提唱されてきたが、注意不足に起因するエラーの多くは、システムの問題として扱いようがない。ダブルチェックにしようが、トリプルチェックにしようが、注意不足が重複することを防げない。日本医療機能評価機構の医療事故情報収集等事業の10数年間の歴史の中で、人間に由来する問題の多くがシステムで対応できるようにはならなかった(4)。

 医療行為は有害事象を伴う。患者・家族は永遠の健康を願うが、人間は生老病死から逃れられない。理性で感情をコントロールすることが困難である限り、医療をめぐる軋轢は永遠に続く。医療の問題に終着点があるわけではなく、歴史の流れの中で、揺れ動きながら、変化していく。目指すべきは、現状を悪くしないこと、できれば、多少なりとも改善することである。

 第三者委員会は、いくつかの対応策を提案したが、優先順位を示していなかった。実現が疑問視されるような提案もあった。人間の労力は有限である。不要な手続き、無理な制度は有用な安全対策のための労力を奪い取る。有用性の低い安全対策を廃棄しなければ、新たな労力を負荷することはできない。

最優先課題はインフォームド・コンセント

 最優先課題は、インフォームド・コンセントである。インフォームド・コンセントは、ニュルンベルグ綱領の第一項目に由来する。第二次世界大戦後確立した医療倫理の根幹である。インフォームド・コンセントが適正化できれば、医師・患者関係が大きく変わる。医療内容に大きな影響がでる。

 個人を尊重し、自他の区別を明確にしなければならないので、医師と医師の関係、医師と他の医療従事者との関係も変化する。適正化のためには、群馬大学病院で働く人たちの考え方を変える必要があるが、人の考え方は簡単には変えられない。現場の医療従事者による自発的な運動が必要になる。管理者側のリーダーだけでなく、現場のリーダーが求められる。

 第三者委員会の報告書によると、手術を受けるかどうかの判断に必要な情報が、患者、家族に伝わってなかった。医師と患者の間で、情報を共有しようとする姿勢があったとは思えない。執刀医は「手術をしない選択肢を示すことは、患者が『見捨てられた』と感じて落胆したり、紹介元の医師の意向に反することになるかもしれない」と述べた。患者、紹介元の医師、執刀医の判断が明確に区別できていない。自他の区別が明確でなければ、自己決定権を尊重できない。

 遺族へのヒアリングでは、「手術しないとあと半年」「手術で切除できる」「今ならば初期なので手術可能」「手術がベストである」「難しい手術ではない」「あと10年生きられる。これが最後のチャンスだ」「腹腔鏡でやりましょう。体力が残る。手術しかない」といった言葉が記憶に残っていた。遺族の記憶が正しいとすれば、患者の自己決定をゆがめる誘導があったことになる。手術成績が悪いことを承知した上で、このような説明をしたとすれば、非難されてしかるべきである。

 執刀医の考え方は少なくとも、20年前までは、大学病院の主流だった。群馬大学病院で、医師の考え方が20年前にとどまっていた可能性がある。旧第一外科の膵頭十二指腸切除術の術後死亡率は、全国平均よりかなり高かったが、手術件数は減少しなかった。正当な説明がなされていたとは想像しにくい。旧第一、第二外科以外の診療科で、正当な説明が行われていたと推測する理由はない。第三者委員会では、他の診療科の実情が調査されていなかった。

 筆者が20年ほど前まで在職した大学病院では、患者の自己決定権を尊重する医師はまれだった。適切な説明をする医師に、別の診療科の医師が苦情を述べる場面さえあった。群馬大学がこのレベルにとどまっていた可能性があるが、必要な調査がなされていないので分からない。

想像力

 第三者委員会報告書には想像力を欠いた記述があった。倫理委員会という言葉が具体像をイメージすることなしに、万能の免罪符として使われていた。群馬大学病院で倫理委員会がほとんど開かれていなかったのは、不要と判断したか、議論の作法を具体的にイメージできなかったからだと想像する。

 筆者は、『医療崩壊 立ち去り型サボタージュとは何か』(朝日新聞社)を2005年に出版したあと、さまざまな病院に講演を依頼された。病院管理者は必ずしも、医療倫理について十分な知識をもっていなかった。現在の医療倫理がどのような経緯で登場したのか、どのような合意があるのか知らなかった。ニュルンベルグ綱領やヘルシンキ宣言の背景、内容、意義を知っているとは思えなかった。倫理委員会について、診療行為が倫理的に正しいかどうかを、フリーハンドで議論する場と考える管理者もいた。医師に、本人が適切でないと判断している医療を実施することを、上級医師が命令できると思っている管理者もいた。個別診療については、個々の医師が判断主体であり、自身の行動と言葉に自身で責任をとらざるを得ない。問題のある医療行為に加われば、命令に従っただけだという言い訳は通用しない。カンファレンスは、医師の判断を深め、不適切な医療を排除する。

 ナチス政権下、医師はドイツの国内法に従って、非人道的な医学実験や大量殺戮に関与し、戦後、個人として責任を問われた。現行の医療倫理はナチスの反省から生まれた。世界医師会によるジュネーブ宣言の第10項目は「私は、たとえ脅迫の下であっても、人権や市民の自由を犯すために、自分の医学的知識を利用することはしない」と宣言している。これは特定の国家に所属しない世界医師会が、全世界に向かって発出した宣言である。医師は、国内法が医師を処罰するかどうかにかかわらず、ジュネーブ宣言を優先させる。通常の国家は、ジュネーブ宣言やヘルシンキ宣言を尊重している。

 医療倫理には歴史的経緯と議論の積み重ねがあり、世界的合意がある。倫理委員会の任務は、独自の医療倫理を考えることではない。受け入れるべき世界的合意の範囲を確認して、院内ルールをそれに則ったものにすることである。必ずしも、個別医療を倫理委員会で検討する必要はない。世界的合意の外にある問題でない限り、倫理委員会は独自の判断をすべきではない。世界的合意が何かを知らないまま、倫理委員会で議論してはならないのである。

非公式情報収集

 群馬大学病院では、国立大学病院共通ガイドラインの基準によるインシデント報告制度を導入していた。2010年9月よりこれに加えて、バリアンス報告制度を導入していた。これは、術中の問題を把握するためのもので、術中、あるいは術後の心停止、呼吸停止、心筋梗塞、肺塞栓など重篤な合併症、予定外の再手術、想定外の大量出血などを報告する制度である。実は、筆者が虎の門病院在職中に考案したものである。当事者でなくても報告できるが、当事者以外だと告発というニュアンスが生じる。旧第2外科では、肝切除後の死亡事例18例中、2010年に1例がバリアンスとして報告されていただけで、残り17例はインシデントとしてもバリアンスとしても報告されていなかった。

 報告が少ないのは、人間の性質に起因する。医療の結果が悪い場合、医師は報告したがらない。自分が処罰されるとすれば、なおのことである。当事者以外の報告も期待しにくい。日本では、内部告発者は同定され、孤立し、しばしば処罰されてきた。千葉県立がんセンターでは、内部告発者が、パワーハラスメントで退職に追い込まれた。告発者は損害賠償を求めて千葉県を訴え勝訴した。千葉県は自らの正当性を主張し、控訴して争った。内部告発者を退職に追い込んだことを反省しているとは思えない。

 院内報告制度では、健康被害が生じた事例は、重大であればあるほど報告されにくい。健康被害がない膨大な事例が報告されても、努力しているというアリバイにしかならない。患者安全を高める効果はない。

 筆者は、ある病院で、手術に問題がないか非公式にモニターしていたことがある。問題がある可能性のある手術について、手術室の職員に定期的にリストを出してもらっていた。診療録を調べて問題があるかどうかをチェックした。比較的簡単に問題事例をチェックすることができた。他に、院内での死亡例について退院サマリーをチェックすることでも、問題事例をスクリーニングできる。病院管理者は、報告制度に頼らず、非公式な方法を含めて複数のルートで診療を継続的にモニターすべきである。

柔軟な対応

 事故調査委員会という言葉には、非日常的出来事の印象が強い。手術成績という日常診療の水準を議論する場としては、医療事故調査委員会が適切とは思えない。有害事象の総和が大きくなる前に対応するという意味では、日常的に医療についてモニターし、自己評価することがより重要である。

 対応すべき問題だと認識した後の対応は難しい。過去、多くの院内医療事故調査委員会が、社会への対応を優先するために、個人に責任を押し付けてきた。これが二次紛争を招いた(5)。東京女子医大病院事件(6)では、非科学的な実験までして、無理やり個人に責任を負わせた。院内事故調査委員会報告書のために、佐藤一樹医師は、無罪が確定するまで、7年間、刑事被告人としての立場を強いられた。

 善悪の問題として個人を断罪し、処分するには、人権に配慮した厳密な手続きが必要である。処分の重さが適切であることを示す合理的ルールが必要である。処分される個人に、反論の機会を与える必要がある。処分の判断を下す人間に、利益相反があってはならない。権力闘争にかかわっている大学人では、何らかの利益相反が生じるのは避けられない。意見の対立を無理やり解決するのは、手続きと権限を持っている裁判所でしかできない。裁判官はこのために、社会から隔絶した生活を送り、利益相反が生じないよう配慮している。

 病院には、過失を認定したり、処罰を確定させるための、機能と権限が備わっていない。対立を強制的に終結させることはできない。対立が大きければ二次紛争に発展する。調査委員会の責任が問われることもある。

 早い段階だと、問題として確定させることもできない。明確な服務規程違反がなければ、手術死亡率が多少高いからといって、解雇するのは難しい。多数の委員により構成される事故調査委員会では対応は不可能である。病院管理者が自身の責任で対応するしかない。退職に持っていくとしても、乱暴なやり方では、反発を招き、紛争化する。医師の将来まで配慮しなければ合意は得にくい。

 手術技量に問題がある場合、よほど特殊な事例でない限り、再教育で改善されるとは思えない。本人を説得し、実施できる手術を限定させたり、手術以外の業務に専念させる必要がある。抜本的対策は、人の入れ替えだが、簡単なことではない。

【参考文献】
1.群馬大学医学部附属病院 医療事故調査委員会報告書 2016年7月27日
2.国立大学法人 群馬大学医学部附属病院腹腔鏡下肝切除術等の医学的評価報告 2016年4月6日
3.群馬大学医学部附属病院 腹腔鏡下肝切除術事故調査報告書 2015年2月12日
4.小松秀樹:規範的医療事故報告制度と認知的医療事故報告制度. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.1036, 2015年2月24日.
5.小松秀樹, 井上清成:「院内事故調査委員会」についての論点と考え方. 医学のあゆみ, 230, 313-320, 2009.
6.小松秀樹:東京女子医大院内事故調査委員会 医師と弁護士の責任を考える. m3.com医療維新(2010年4月26日、2010年4月28日、2010年4月30日)



https://dot.asahi.com/aera/2016092900151.html
全国81医学部のルーツをたどり、グループ分けしてみた
by 塚崎朝子
(更新2016/10/ 2 07:00) AERA / 朝日 DOT

 現在、国内には81の医学部がある。その「系列」を探るには、各校がいつ設立されたかをみるのが一番だ。

 日本に西洋医学が入ってきたのは19世紀半ば。医師養成を急ごうと、全国各地に公立、私立の医学校がつくられた。しかし明治政府は、国立大学の医学部を整え、そこで養成した医師を派遣する方針を採った。

 最も古い歴史があるのは、旧帝国大学7大学だ。医学部の設立は、1877年の東京大学を皮切りに、京都、九州、東北、北海道、大阪、名古屋と続いた。

 江戸時代のお玉ケ池種痘所を起源とする東大医学部、緒方洪庵の適塾に端を発する阪大医学部。それ以外も藩校にルーツを持つなどの伝統と実力を兼ね備え、研究・教育を重んじ、自校出身者が教授陣の多くを占めると共に、他大学にも多くの人材を送り込んだ。

 戦前は、これら旧帝大が研究に力を入れた一方、臨床医は医学専門学校(医専)が担った。

 医専をルーツとし、旧帝大に次ぐ伝統を誇るのが旧制医科大学のグループだ。「旧六医大(旧六)」と呼ばれる千葉、新潟、金沢、岡山、長崎、熊本の各国立大学に、公立の京都府立医科大学を加えた7校がある。いずれも1921年前後に医科大学に昇格。当初は教授の多くが旧帝大出身者で占められたが、次第に自校出身者が増え、他大学にも教授を送り出すようになった。

●私学には「御三家」が

 この時代の旧制医科大学には私学もあった。その流れをくみ、戦前からの歴史を持つ私大医学部は慶應義塾大学、東京慈恵会医科大学、日本医科大学だけ。「御三家」と称されている。

 慶應大は北里柴三郎を初代医学部長に招き、最初の私立総合大学の医学部(旧制)として設立された。そして、他2校は医専から医科の単科大学になった。

 第2次世界大戦が起きると、現場の医師が不足したため多くの医専が新設された。戦後、それらの医専が新制大学に移行する。

 国立では東京医科歯科、弘前、群馬、信州、鳥取、徳島、広島、鹿児島各大学が「新八医大(新八)」と呼ばれる。岐阜、三重、神戸、山口各大学は、県立医専から国立大学になった。

 公立は札幌医科、福島県立医科、横浜市立、名古屋市立、大阪市立、奈良県立医科、和歌山県立医科の7大学。私立では岩手医科、順天堂、昭和、東京医科、東京女子医科、東邦、大阪医科、関西医科、久留米の9大学が医専ルーツ組。戦時中に旧制大学医学部になった日本大学のような例もある。

●皆保険で新設ラッシュ

 そして1961年、日本の医療に画期的な出来事が起こる。国民皆保険制度が確立したのである。すべての国民が一定の負担で医療を受けられるようになったことで、医療需要の急速な増加が予想された。医学部の入学定員増が図られたが、それでは追いつかないと医学部新設が進められ、70年代に一気に34校の医学部が増えた。実に、それ以前の既設46校の4分の3に匹敵する校数だ。

 折しも高度経済成長期、その波に乗って、まず、私立医大の新設ラッシュが始まった。さらに、73年には、無医大県解消計画として、「一県一医大構想」が時の田中角栄内閣により閣議決定され、それまで医科大学のなかった15県に国立の医科大学・医学部が整備された。

 この時代の「新設医大」は、国立が17校(旭川医科、秋田、山形、筑波、富山、福井、山梨、浜松医科、滋賀医科、島根、香川、愛媛、高知、佐賀、大分、宮崎、琉球)。さらに、防衛省管轄の準大学である防衛医科大学校もこの時期にできた。

 政府は、戦後設置の医学部について、とりわけ国立は単科大学での設置を主とした。このため、これら18校中12大学が単科大学だったが、近年の国立大学の統合により、総合大学の一部になったところもある。

 私学は16校。自治医科、獨協医科、埼玉医科、北里、杏林、帝京、東海、聖マリアンナ医科、金沢医科、愛知医科、藤田保健衛生、近畿、兵庫医科、川崎医科、福岡、産業医科の各大学だ。

 70年代の医学部急増は80年代に入って医師過剰の懸念を招き、その後は医学部定員も頭打ちに。そして21世紀になり、「東北復興」のための東北医科薬科大学、「特区」の国際医療福祉大学の2校が加わるのである。

 医学部は「職業訓練校」でもあり、臨床医学を教えられるのは、医学部を出た教員ということになる。したがって新設医学部では最初、先発の医大から教員を受け入れるしかない。今春、新設された東北医科薬科大学は、東北大学から多くの教員を受け入れた。歴史がある医学部はその後も、後発医学部に次々と自校出身者を送り込むことで、系列が出来上がっていく。

 そういう意味で旧帝大系、そして私立では「御三家」が、広く影響力を持ち続けているのだ。

●病院にも大学の影響

 そのような構図は、病院にもあてはまる。

 各大学病院には診療科ごとに、教授を頂点とした人事組織として「医局」がある。医師のほとんどは、医学部卒業後いずれかの医局に所属する。

 そして、大半の民間病院にとっては、医師の供給源は医局が頼りである。医局は、大学外に医局員を派遣するための病院を多く持っている。それらの病院はかつて、ドイツ語で座席という意味の「Sitz(ジッツ)」とも呼ばれ、狭義の「関連病院」とされた。病院に雇用されても、医局が医師の人事権を持っていることもあった。

 この仕組みは、病院にとっては医師の安定供給が得られ、医局においても医局員の雇用が確保されるという、持ちつ持たれつの関係があった。当然ながら、関連病院は、歴史のある大学のほうが多かった。

 ただ、そんな大学と病院のつながりも変わりつつある。2004年、医師免許取得後2年間の臨床研修が義務化されたのに合わせ、医師は全国どこの病院でも研修をすることができるようになった。このため、関連病院の定義も、関連を持つ病院といった緩やかな概念に変わってきている。

 とはいえ、今なお有力医学部がある地域を中心に関連病院が広がっていることに変わりはなく、互いに研修医を受け入れるなどの協力関係にある。(ジャーナリスト・塚崎朝子)

※AERA 2016年10月3日号



https://www.m3.com/news/iryoishin/464078
シリーズ: 真価問われる専門医改革
「専門医制度は本当に必要なのか?」
東京保険医協会、医学生や研修医も交えシンポ

2016年10月2日 (日) 橋本佳子(m3.com編集長)

 東京保険医協会は10月1日、都内で「専門医制度は本当に必要なのか?」をテーマにシンポジウムを開催、新専門医制度については、「第二の“医療崩壊”を招くのではないか」との懸念のほか、そもそも「誰のための、何のための制度か」など多くの疑問の声が上がり、いまだ解決すべき課題が山積していることが、改めて浮き彫りになった。

 各学会が実施している現行の専門医制度についても、領域によっては十分に機能しているとの意見もあり、「学会による専門医制度は必要だが、日本専門医機構による制度は要らない」とのフロアからの発言に、拍手が起きる場面もあった。医学生や研修医からは、新専門医制度に関する情報が少ない上、制度の先行きが見えないことから、自らの将来設計に対する不安の声も寄せられた。

 シンポジウムには、3人の演者が登壇。その一人、労働者健康安全機構理事長(前昭和大学病院長)の有賀徹氏は、この6月まで日本専門医機構の副理事長の立場にあったが、「なぜ19の領域が、新専門医制度の基本領域なのかについて、一度も議論されたことはない」と問題提起。自身の専門である救急科専門医を例に挙げ、診療経験などの「Career - oriented」「Outcome」重視で養成してきたが、質の高い専門医を養成し、「不都合はなかった」と述べ、新専門医制度で導入される「プログラム制」について、「運営するための指導医などの負担が重く、結果的に大都市部に専攻医に集まることになる。研修過程を無理に“見える化”する必要性はあまりなかったのではないか」ともコメント。

 有賀氏は、専門医の在り方は、医療、ひいては社会の在り方と関係すると指摘。人口の高齢化などに伴い、「多くの病気が治せた時代から、治せなくなる時代」に変化しつつある現状と、「医療資源の公正な配分」という視点を踏まえ、地域で幅広い疾患に対応する総合診療や救急医療の重要性を挙げた。「厚生労働省の眼目は、総合診療専門医の養成にあったのではないか」と述べる有賀氏は、その結果として他の基本領域の専門医にも影響が及び、医師の偏在対策の議論にもつながったと見る。

 さらに有賀氏は、検討すべき問題が山積し、新専門医制度は「政治マタ―」にもなってきていることから、「新専門医制度をやるなら、全領域一気にやるのではなく、五月雨式に進め、『10年経ったら制度ができていた』という流れにしないと、うまくいかないのではないか」と述べ、講演を締めくくった。

 「誰のための、何のための制度」と問いかけたのが、シンポジストの大泉生協病院(東京都練馬区)院長の斎藤文洋氏。日本専門医機構は7月から新執行部が発足したが、8月に同機構が公表した「来年度(平成29年度)およびその後の新たな専門医制度の運用等に関する日本専門医機構の基本的な方針について」を見ても、機構と学会との関係などには言及していても、医師あるいは医療を受ける市民にとっての意味が記載されていないからだ。

 斎藤氏の講演テーマは「新専門医制度の“光”と“影”」。“光”については、「真っ当な新専門医制度ができれば」との条件付きで、複数の診療科を標榜できる今の日本の自由標榜制が見直され、(1)質の一定した専門医ができる、(2)受診の時に、医師の選択に迷わなくて済む、(3)安全で安心な医療が提供できる――という点を挙げた。一方、“影”として例に挙げたのが、小児科専門医数と患者数のバランス。今の専門医の基準はハードルが高く、患者数に見合った専門医が養成が難しいという。

 「私の専門医のイメージ」として、斎藤氏は、裾野が広くさまざまな疾患に対応できる「横の専門医」と、狭い領域ながらも深く対応できる「縦の専門医」を挙げ、新専門医制度をスタートさせるのであれば、両者の区別が必要と指摘。もっとも、1989年医学部卒の斎藤氏は、「私は専門医を持っていない。我々が医師になった頃は、専門医取得はキャリアになるとは考えていなかった」と述べ、「プロフェッショナルオートノミーは、『職業的自立性』であり、それが実践されるのであれば、得意分野の区別だけで、専門医制度などは必要ないのでは」との私見も述べた。

 シンポジストで、司会を務めたのが、国立病院機構久里浜医療センターの精神科医、杉原正子氏。専門医制度の目的は、「患者・市民にとって質の高い医療を提供する医師を育てることであり、その医師を専門医として認定し、患者・市民に分かりやすく提示すること」にあるとする杉原氏は、医師の偏在対策は主目的ではないとし、専門医養成の教育、評価、キャリアプランの柔軟性という視点について、日米の比較を交えながら講演。

 米国制度の参考になる点について、杉原氏は(1)教育:レジデントやフェローの弱点の早期発見、チーフレジデントやプログラム・ディレクターによる早期介入で、「落第」や「年限延長」を防ぐ、(2)評価:指導医、同僚、関係ある多職種だけでなく、患者も含む、360度評価を行う、(3)キャリアプラン:Combined Residency Program(レジデントは内科3年と小児科3年だが、同プログラムでは計4年で修了するなど)の導入、容易な進路変更――を挙げた。特に杉原氏が強調したのは、キャリアプランの柔軟性で、「例えば、内科と小児科など、両方をやりたい人、あるいは総合診療専門医を目指す人にこそ、アイデンティティークライシスを防ぐためにも、専門医制度は必要ではないか」(杉原氏)。

 シンポジウムは、3人のシンポジストの講演の後、指定発言、質疑応答・全体討論という形で展開された。主な発言は以下の通り。

◆専門医制度、医師の偏在対策との関連についての発言

・ 2002年に厚労省は、一定の外形基準を満たした学会の専門医を広告可能とした。これは日本の社会の中では、珍しくプロフェッショナルオートノミーを認めた話。その後、数多くの専門医が誕生してしまったために、厚労省からすれば「失政」だったのではないか。ただし、呼吸器外科や心臓血管外科など一部の学会は高いレベルの専門医制度を運用している。現在、専門医制度が走っているのに、そこに日本専門医機構が並行して制度を作ろうとしている。厚労省はプロフェッショナルオートノミーという言葉を使って、第三者機関を作り、学会から専門医の任命権を取り上げようとしている。専門医制度は必要だが、日本専門医機構による専門医制度は要らない。

・ 私は学生時代から神経内科を目指し、まず2年間、ジェネラルに勉強し、その後1年間は療養所、4年目から国立循環器病研究センターで脳卒中を3年間学んだ。新専門医制度により、ナショナルセンターによる早期の専門医養成が壊れる。内科専門医は不要ではないか。卒前教育、臨床研修に加え、さらに3年目から5年目になっても、「内科をなぜまたグルグル回らなければいけないのか」。さらに女性医師問題もあり、根本的に考えないと、新専門医制度は、第二の医療崩壊を招くと心配している。

・ 日本の医療は世界一であり、それを支えてきたのは、これまで養成してきた専門医。そこに医学教育のプロが入ってきて、米国を参考に、プログラム制や研修施設のサイトビジットなどを導入した。アメリカは医療費が高く、指導医の数も多い。日本ではそれだけのコストをかけられず、強制的な制度をそのまま導入したら、日本の医療は崩壊する。

・ 総合診療専門医だけを制度化し、あとは10年、15年かけてやっていけばいい。

・ 国により、また専門領域により、あるべき専門医制度は違う。役人が作った硬直的な専門医制度は不要。医師は政治の力、外部の力に動かされてはいけない。

・ 診療科別の医師数を決めるのは、究極の資源配分。アメリカは自由競争である一方、欧州は社会主義的に、総合診療の医師と、領域別の専門医の養成を厳格に決めている。日本の場合、アメリカと欧州との間で、どんな立ち位置で制度設計するかが課題。

・ 医師数をコントロールする手法は日本にはなじまない。医師の偏在対策は、学会が知恵を絞るべきであり、学会は学術的なことだけでなく、地域医療のことを考える必要がある。医師の偏在対策は、専攻医の配置だけで解決できず、各ステークホルダーがそれぞれ考えるべき。

◆医学生、研修医の立場からの発言

・ キャリアを悩んでおり、新専門医制度ができるとさらに悩む。それに加えて地域枠の学生は、どこで研修を受けるかなどの悩みもある。自分のなりたい医師像があるのに、なれない新専門医制度が構築されると困る。新専門医制度についての情報は、日本専門医機構のホームページにあまりなく、同僚、大学に聞いても制度のことを知らない。学生、医師、大学、患者にとって分からない制度であっては困るので、広報を徹底してもらいたい。

・ どうやってキャリアを積んでいったらいいのかが、分からない。将来をどのように設計したらいいのかが分からない。覚える知識が増加し、臨床実習の時間が増え、教養で学ぶ時間が短縮され、社会医学的なことを学ぶ機会が減っている。もっと大きな視野をもって勉強したいけれど、なかなか時間が取れない。

・ 内科専門医のケースレポートの条件は高すぎる。総合診療専門医は、現段階で将来のキャリアが不透明すぎる。私の周囲では、内科は人気なく、人気があるのは外科かマイナー科。



https://news.nifty.com/article/domestic/society/12182-shimpo368069/
医師確保へ「人財バンク」 沖縄・北部広域市町村組合 登録者に求人情報
2016年10月02日 08時30分 琉球新報

 【北部】沖縄本島北部や周辺離島で産婦人科や救急医療など医療従事者が慢性的に不足していることを受け、沖縄県の北部12市町村でつくる北部広域市町村圏事務組合は1日までに、医師や看護師らの人材登録制度「やんばる医療職人財バンク」を独自に創設した。

 医療従事者が連絡先や希望の勤務条件などを同バンクに登録すると、北部の医療の求人情報や地域イベント情報などを定期的に受信できる仕組み。登録者を募集している。同事務組合によると、同様の取り組みを自治体でつくる団体が取り組むのは県内初。北部の人口減少が進む中、安心して住める定住条件整備策の新たな試みとして注目される。
 北部地区では、沖縄県立北部病院で産婦人科の専門医不足に伴い、分娩数を9月から制限せざるを得ない状況が生じるなど、医師確保が課題となっている。

 やんばる医療職人財バンクは、同事務組合が北部地区医師会へ委託して運用している。インターネットのホームページ(HP)を立ち上げ、8月から登録可能になったが、本格的な周知はこれからだ。北部の医療や生活情報などを盛り込んだパンフレット「やんばる地域医療だより」を年4回発行して北部出身者を含めた医療従事者に向け、約2500部を配布する予定だ。

 同事務組合は北部出身の医師らも念頭に「北部地域へ医療職を呼び込むためのネットワークを構築し、Uターン、Iターンを促すようにしたい」と話し、登録を呼び掛けている。

 HPのアドレスはhttp://yanbaru-iryou-jinzai.com/
(古堅一樹)



http://www.excite.co.jp/News/column_g/20161002/Economic_66807.html
「医師偏在」の今 指標導入で崩壊食い止められるか
エコノミックニュース 2016年10月2日 21時05分 (2016年10月3日 05時01分 更新)

 厚生労働省は、医師の過不足を地域比較できる指標を導入するとした。「医師偏在」の実態を把握し、有効対策の検討に活用するという。早くて2018年度の導入になるとのこと。

 指標は各地域の医師数と患者数を基本とし、地域の事情を加味して「地域の面積」「離島や山間地の有無」「特定の診療科だけを設ける病院の有無」などから算出する。都道府県が生活圏ごとに計算して医師の過不足を把握でき、都道府県や診療科ごとにもそれぞれ算出できるようにする。

 過不足が明確になれば、地元の勤務が求められている医学部の地域枠卒の医師に不足地域での診療を要請したり、若手医師の臨床研修先になる病院の定員を調節したりすることができるようになる。対策で生じる効果も予測可能になるだろう。

 医師不足と偏在はかねてから問題になっている。特に地方では、休日や夜間の小児外来の増加などが要因で小児科医不足が深刻化しているという。子どもの医療助成が拡大して受診しやすくなったことや、昼間の診療時間内に来院できない親が増えたことなども関係していると言われている。

 こうした背景もあり、電話やインターネットで相談できる窓口が広がりつつある。軽症で夜間救急外来にかかるという「コンビニ受診」を減らす効果も期待されている。国も04年度から小児救急電話相談「#8000」事業に取り組んでおり、全国共通ダイヤルの#8000に問い合わせると現在地の都道府県の相談窓口に繋がる。だが、内閣府が14年度に行った調査によると、全体の9割、就学前の子どもがいる世帯でも6割が存在を知らなかったという。
 一方、医師不足の加速を懸念して「新専門医制度」の開始が1年延期となった。指導と研修のために都心部の大病院に医師が集まることで、地方の医師不足を招く恐れがあるという。

 政府は医師不足対策として医学部定員を増やしたが、医師が都市部に集中し、地方で不足するという偏在の解消には至らなかった。今春には、国内で37年ぶりとなる医学部の新設が仙台で実現。卒業生らが東北に定着すれば医師不足の解消に大きく貢献するだろう。しかし、これまでの経緯を見て、そう簡単なことではないのは明白だ。地方に勤務するメリットを示せなければ、加速する偏在を食い止めるのは難しいかもしれない。(編集担当:久保田雄城)



http://this.kiji.is/155302080582729737?c=39546741839462401
禁煙外来病院で職員喫煙、島根 診療報酬返還へ
(2016年10月2日午後10時14分) 共同通信

 禁煙外来を設け、敷地内を全面禁煙としている島根県江津市の済生会江津総合病院(300床)で、職員らが喫煙しており、保険適用の条件となる基準が守られていなかったことが2日、病院への取材で分かった。診療報酬を保険者の自治体などに返還するという。
 病院によると、8月下旬に厚生労働省中国四国厚生局島根事務所(松江市)が調査に訪れた際、病棟北側の裏口近くなどの敷地内で複数の病院職員らが喫煙しているのを事務所職員が確認。病院は禁煙外来の休止と診療報酬の返還などを指導されたという。


  1. 2016/10/03(月) 05:50:42|
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