Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

9月19日 

http://ironna.jp/article/4014
患者は厚かましくても構わない、大橋巨泉「殺された」報道に思うこと
上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)
2016-09-19 17:34:00 IRONNA

 大橋巨泉さんの最期が話題だ。

 週刊現代8月6日号には「独占!巨泉さん家族の怒り「あの医者、あの薬に殺された」~無念の死。最後は寝たきりに」という記事が掲載されている。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49309

 この記事によれば、巨泉さんは、国立がん研究センターを退院し、在宅医療を受けるつもりだったが、がんの終末期医療と勘違いした在宅医が、過剰にモルヒネ製剤を処方し、亡くなってしまったらしい。

 この話を聞くと、ほとんどの読者は「在宅医療担当医はとんでもない男だ」と思われるだろう。巨泉さんは有名人だから、この医師も慎重な対応をしたはずだ。それなのに、患者・家族に、ここまで不評を買っているのだから、この医師に、何らかの落ち度があった可能性は高い。

 ただ、今回のケースを、この医師個人の資質の問題で片付かせてしまっていいのだろうか。週刊現代の記事によると、巨泉さんはモルヒネ系の薬を飲み始めて2日目には、「フラフラして一人で歩けなくなり」、3日目になると「二人がかりじゃないと支えられないほど」になっている。そして、5日目には在宅医から「今日がヤマです」と告げられている。その後、集中治療室に担ぎ込まれて、亡くなった。

 週刊現代によれば、巨泉さんが使用した麻薬はMSコンチンやオプソだったらしい。

 MSコンチンとは、モルヒネの徐放剤だ。10~20mgの12時間毎の投与から始め、痛みがコントロールされるまで、一日量を40mg、60mg、80mgという風に増量していく。オプソは、急に痛みが強くなったときに、一日に必要なモルヒネの量の6分の1程度を補充する速放モルヒネ製剤だ。

 このように少量から開始して、増量していくのは、研修医でも知っている常識だ。在宅医が、このルールを破っていたなら問題だが、おそらくそうではないだろう。

 巨泉さんの場合、モルヒネ投与2日目から、体調の異常が出現した。週刊現代では、このことを問題視している。ただ、モルヒネは投与開始時に悪心、嘔吐、傾眠傾向、便秘などの副作用が生じることが多い。多くの場合、モルヒネを続けるうちに、体は慣れてくる。便秘以外の副作用は、やがて改善する。

 モルヒネ開始時の副作用には、大きな個人差がある。その評価は、時に、経験豊富な主治医でも難しいことがある。

 週刊現代によれば、国立がん研究センターの二人の主治医は、「異口同音に『痛み止め(モルヒネ)の使用法に問題がありそうだ』と、再入院をすすめた」そうだ。状況が切迫していたのだろう。

 ただ、この部分を読んで、私は「そんなことを言うくらいなら、なぜ、国立がん研究センターの医師が、電話で直接、在宅医と連絡と取り合わなかったのだろうか」と疑問を感じる。

 国立がん研究センターの医師は、がんの専門家だ。在宅医よりも、モルヒネの管理には慣れているだろう。モルヒネには拮抗薬が存在することも知っていたはずだ。巨泉さんの死因に麻薬の過量投与が絡んでいるとすれば、早い段階で拮抗薬を投与すれば、救命できていた可能性もある。

 私は、巨泉さんの本当に死因を知らない。週刊現代の記事を額面通りに受け取れないところもある。ただ、医療は結果が全てだ。巨泉さんとご家族が、巨泉さんの亡くなり方に納得していなかったことは間違いない。どうすれば、このような不幸を繰り返さずに済むのだろうか。

 私は当事者間のコミュニケーションが重要だと思う。特に、専門病院から在宅医療に患者を紹介するときなど、主治医間で密にやりとりする必要がある。「診療情報提供書」を送って終わりではなく、疑問があれば、すぐにスマホで話したり、LINEやフェースブックメッセンジャーでやりとりすればいい。そうすれば、臨機応変な対応も可能になる。

 ところが、これが難しい。多くの若き医師を指導した経験から言えば、多くの医師は、電話で直接やりとりするより、メールや手紙で情報を送ることを好む。先方に情報を提供したという証拠が残るため、厚労省が「診療情報提供書」を介したやりとりを推奨していることもあろうが、直接、見知らぬ人(医師)と話すのは精神的なストレスが強く、回避しているのが本当のところだろう。医師のコミュニケーション力に問題があるのだが、この状況は一朝一夕では変わらない。患者・家族が賢くならねばならない。

 巨泉さんのご家族も、遠慮せず、「先生同士でもっと話して下さい。先方の携帯番号をお伝えしますから、かけてください」くらい言えば良かったのではないだろか。

 昨今、在宅で終末を迎えることを希望する患者が増えている。在宅治療では、専門病院から在宅専門医に主治医が交代することが多い。また、24時間、看護師がつきそう入院治療と比較して、患者の細かい変化は見落としがちだ。どうすれば、安全で満足できる治療を受けることが出来るか。それは、関係者の間で密なコミュニケーションをとることだ。医師任せにすべきではない。厚かましいと思われてもいい。どんどん、主治医に希望を伝えることだ。



https://www.m3.com/news/general/460085
23年働く凍結保存弁=天野篤・順天堂医院院長、ひたむきに生きて
2016年9月19日 (月) 毎日新聞社

ひたむきに生きて:23年働く凍結保存弁=天野篤・順天堂医院院長

 ◇善意に懸けた移植手術

 毎年、夏に診察室で会うことを約束している患者がいます。今年もつい先日、その患者を診察し、良好に機能する心臓を前にして思うところがありました。手術は23年前と7年前の計2回行い、今でも心臓外科医として忘れられない手術となっています。

 以前勤務していた病院での、24年前の出来事です。亡くなられた方が善意で提供し、凍結保存していた心臓弁の一つである大動脈弁を、同じ大動脈弁に問題がある患者に移植する手術をしました。当時、海外の医療施設では同じような手術を数多く実施しており、長期にわたる治療成績も素晴らしいものがありました。治療に使っていた人工弁のデメリットを補うどころか、移植した凍結保存弁の細胞が「生きた」状態で機能していたとの報告に、後押しされたのです。

 しかも、大動脈弁を構築する細胞は免疫に関与しない細胞なので、拒絶反応がほとんど起きません。目の角膜移植のような画期的な部分臓器移植なのです。いろいろと調べると、この凍結保存弁が英国の臓器センターになっている病院から空輸代金のみで提供してもらえることが判明し、その2年後に欧州以外への提供が制限されるまで、合計12人の患者に施行しました。

 現在であれば、院内の倫理委員会から承認を得たうえで、厳重なインフォームドコンセント(十分な説明に基づく同意)を行って手術を行うという手続きを踏みますが、当時は患者の希望を優先することで手続きを簡略化して、移植手術することが許されていました。しかし、その結果、術後24年間で11例の患者では、術後数年程度という早期も含め、起こりにくいとされる弁の感染や破壊による機能不全が起こり、再手術を行うことになりました。

 同時期に同じような効果を期待して行った市販の生体弁でも再手術は避けられなかったのですが、たった1例だけ今も問題なく機能する弁を保有しているのが冒頭の患者なのです。この患者に移植した弁は10代という極めて若いドナーから得られたもので、良い長期成績を生む最大の要因と合致していました。

 2度目の別の心臓弁である僧帽弁を手術した際、移植された弁が元からある自分の弁のように生着していることが観察されたほか、別の弁に再置換するのを回避したのも、今となっては良い判断だったと考えています。この時は、1度目の術後から悩まされていた心房細動という不整脈に対する処置も同時に行い、現在はすこぶる元気な状態で過ごされています。

 英国から贈られた12例の善意は全てが最良の結果としては患者の治療に反映されませんでした。それでも1例の結実した「結晶」は今も確実に残っていて、毎年夏になると当時の苦労や悩んだことを思い出させてくれます。と同時に、この領域の手術に対し、新たな意気込みが湧いてくるのです。=次回は10月16日掲載

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 ■人物略歴

 ◇あまの・あつし

 1955年生まれ。埼玉県出身。83年日本大医学部卒。亀田総合病院、新東京病院、順天堂大教授などを経て、2016年から現職。12年に天皇陛下の心臓バイパス手術を執刀したことで知られる。


  1. 2016/09/20(火) 05:31:36|
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