Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

8月11日 

https://www.m3.com/news/iryoishin/449310
日医、医師会養成の看護師減に危機感
神奈川では准看護師課程が3校停止

2016年8月11日 (木) 高橋直純(m3.com編集部)

 日本医師会の釜萢敏常任理事は8月10日の定例記者会見で、医師会立の看護師学校養成所などの状況について報告。応募者、入学者とも減少傾向にあり、医師会立学校卒の看護師が減ることで、地域における看護職員の確保が困難になる恐れがあるとする危機感を表した。

 調査は2016年5月に実施し、医師会立の准看護師課程189校、看護師2年課程82校、看護師3年課程68校、助産師課程6校のうち、入学者もしくは卒業者のあった343校を対象とした。神奈川県では黒岩祐治知事の意向もあり、准看護師課程が2016年に3校募集を停止した影響もあり、全体でも応募者、入学者数が減少した。准看護師課程は2011年度の応募者2万9058人、入学者9816人から2016年度は応募者1万6487人、入学者8123人に減少。看護師2年、3年課程も准看護師よりは緩やかだが減少傾向にある。景気状況や看護系大学の増加などの影響が大きいと分析している。

 卒業生の県内就職率では、医師会立では各課程で7-8割が県内に就職しているのに対し、看護系大学では5割にとどまっている。釜萢氏は「全体としての養成数が増えるのは良いが、地域に根差した医師会立の卒業生が減ることで地域の看護職員の確保が困難になる」との危機感を示した。経営面や教員確保でも苦労しているとし、地域医療介護総合確保基金などの補助金の増額や各種規則の柔軟な運用などを求めた。

 准看護師課程について釜萢氏は「准看護士は新たに医療職に入ってくる大事な窓口。取得後に看護師や介護職など様々に羽ばたいてもらいたい」とし、日医の見解を改めて説明した。



http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201608/20160811_13021.html
<石巻市立病院>9月開院 被災ピアノ披露
2016年08月11日木曜日 河北新報

 東日本大震災で被災しJR石巻駅前に移転新築された石巻市立病院で10日、9月1日の開院に先立ち記念式典が行われた。米国の人気歌手シンディ・ローパーさんが寄贈した被災ピアノが初めて披露され、地域医療の再生を願う旋律が新病院に響き渡った。
 エントランスホールであった式典には関係者ら約100人が出席し、テープカットで再出発を祝った。伊勢秀雄病院長が被災当時の写真を示しながら再建経緯を説明。「皆さまの力でやっとできた。今までの支援に感謝したい」と述べた。
 被災したグランドピアノは、市内の楽器店「サルコヤ」が弦や鍵盤を修復。同市出身のピアノ教師小林美恵子さん(68)=東京都町田市=がクラシック2曲を弾き、出席者は美しい音色に耳を傾けた。
 ピアノの寄贈は、ローパーさんが復興支援で2012年3月にサルコヤに立ち寄った際に申し入れた。今後はボランティアらによる院内コンサートなどで活用される。サルコヤの井上晃雄社長(87)は「これからも素晴らしい音楽を届けてほしい」と語った。
 海沿いの南浜地区から移転新築された市立病院は1階が駐車場で、1~2階の間を免震層にして津波や災害に強い構造にした。事業費は、当初計画の2倍近い137億円に膨らんだ。
 市は11日に市民向けの内覧会を実施する。午前10時~午後3時、予約不要で病棟やリハビリ庭園などを見学できる。



http://www.yomiuri.co.jp/local/miyagi/news/20160810-OYTNT50215.html
石巻市立病院、再建祝う 来月1日開院
2016年08月11日 読売新聞

 東日本大震災の津波で全壊した石巻市立病院(石巻市)の新病院が完成し10日、記念式典が行われた。9月1日に開院する。

 海沿いの同市南浜町にあった旧病院は津波で5階建ての1階部分が水没。看護師2人が亡くなり、入院患者153人は3日後に救助された。震災後は内陸の仮設診療所で外来診療を続けてきた。

 新病院は約2キロ内陸のJR石巻駅前に移転し、鉄骨一部鉄筋コンクリート7階建てで、延べ床面積は2万4000平方メートル。免震構造で、震災の教訓から1階は駐車場、2階以上に病院機能を設けた。屋上には新たにヘリポートを配置した。

 また、石巻地域では初となる、がん終末期の患者の苦痛を和らげる緩和ケア病棟(20床)を設けるほか、長期入院患者のための療養病棟(40床)など計180床も整備した。

 診療科は内科、外科、整形外科など計6科で、常勤医は東北大からの長期派遣を含めて20人。建設費は資材や人件費の高騰で、当初予定の2倍の137億円で、国の交付金を財源にした県の補助金を活用した。

 式典であいさつした亀山紘市長は「震災で疲弊した地域医療の回復に向けて大きな一歩を踏み出した。医療機関と連携し、切れ目のない医療体制を作り上げたい」と決意を語った。11日には市民向けの内覧会が開かれる。

 ◆シンディさん買い取り寄贈 被災ピアノもお披露目

 病院の記念式典では、被災地支援で石巻市を訪れた米歌手のシンディ・ローパーさんが寄贈したグランドピアノもお披露目された。

 シンディさんは2012年3月に同市を訪れ、市内の楽器店「サルコヤ」に立ち寄った。津波で塩水をかぶったピアノを修理する社長の井上晃雄さん(87)の姿に感動し、シンディさんはその場でピアノを買い取り、「市民のために寄付してほしい」と託した。

 井上さんは新病院に贈ることを決め、今年2月から5か月かけてさびた部品を交換したり、傷ついた板を塗り直したりして修復した。

 この日、ピアノにはシンディさんの名前と「震災復興ピアノ」と書かれたステッカーが貼られた。式典では旧病院にピアノを寄贈したことがある同市出身のピアノ講師・小林美恵子さん(68)が演奏を披露し、院内に美しい音色を響かせた。

 井上さんは「シンディさんとの約束がようやく形になった。皆さんの笑顔を見たら地道に修理してきた努力が報われました」と話した。ピアノは今後、院内で開催されるコンサートで使われるという。



https://www.m3.com/news/iryoishin/449107
シリーズ: m3.com意識調査
「一人の外科医の暴走か?」「大学、学会の責任は?」
群大の執刀医、担当教授の処分は妥当か?【勤務医の自由意見】

2016年8月11日 (木) 橋本佳子(m3.com編集長)

Q 医療事故と関係者の処分の在り方について、ご意見があれば、お寄せください。

◆m3.com意識調査「群大事件、執刀医は「懲戒解雇相当」、教授は「諭旨解雇」は妥当?」の結果はこちら ⇒ 群大の担当教授、「緩い処分」も2割強

【外科医の立場から】
・医療事故の関係者の処分のあり方は、今後同じような医療事故を起こさないようにする方法が良いと思います。ではなぜ医療事故を起こすのでしょうか?それは執刀医が「自分はこんなに難しい手術だってできるのだ」と他人に自慢したい気持ちが一因となっています。手術をやる者ならこの気持ちがどうしても抑えきれないものです(自分の体験より)。医療事故が起きれば自分は解雇になり、医師免許を失い、女房子供に愛想をつかされ、指導教官も解雇になり、医師免許を失い、路頭に迷う。指導教官からは一生恨まれ続け、嫌がらせをされる。そこまで厳しい処分が待っていれば、無謀な手術にチャレンジする医師はいなくなると思います。医者はバカではありません。自慢するために一生を台無しにするリスクを負う人はいないでしょう。この医療事故を知った時、私は他人に自慢できるような手術ができなくてかえって良かったような気がしました。
・私は外科医なので、そもそも一人の外科医(助教)が暴走したとは信じられません。教授をはじめとするチームがあったはずですから。検討会を繰り返しやっているハズなので、普通はこんなことが起こるはずがありません。何かあったんだろうな~、というのが本音です。
・外科医として難易度の高い症例を数多く担当しておれば、不幸な転帰を経験していない医者は皆無に近いと思う。それらのケースとどこに線引きをするのか?とても重要で簡単に回答の出ない問題と考えます。
・高難度の手術の執刀を行う機会が増えるほど、処分が受ける可能性が高くなる傾向があり、外科系医師は訴訟を起こされるリスクは少なくない現状であり、非常に働きづらく感じる。

【処分は妥当】
・一罰百戒の感はありますが、報道内容に嘘がなければやむを得ないでしょう。医師の使命は、自らの業績や名誉を作ることや他者を犠牲にして技術を進歩させることではなく、目の前の患者さんの幸せを作ることと思います。
・大学や学会の信用力を失墜させた責任は非常に重い。社会的影響力を考えると、その立場なりの、罰則を適用すべきです。例えば、警察官の窃盗と、非警察官の窃盗では、同じ窃盗であっても、同じ処分でよいことにはならないと思います。
・むしろ今まで我が国では個人の責任が曖昧になっていすぎたと思う。まずは個人がしっかりしていたらこういう事態にはならないのだから。

【処分は厳しすぎる】
・このような処分が続けば、医療従事者はいつかいなくなってしまうと思われる。
・法人化以降、大学医局の金銭的待遇改善はあったが、学術的ノルマの加えて経営ノルマが加わり、中間管理職の労働環境は劣悪化しており、構造上の問題を語らず個人を処罰するのは問題があると考える。
・医療事故で、個人を処分することは不適切と思います。もしも処分をするならば、担当教授には執刀医と同様かそれ以上の責任(執刀医に対する監督責任も含めて)があります。周囲(どの程度の範囲かが分かりませんが)の人も、組織として責任を取るならば、執刀医と同様の処分が必要です。いずれにせよ、解雇や戒告などの処分内容は、医療事故には不適切と思います。
・トカゲの尻尾切りのような今回の処分には、強い違和感を禁じ得ない。
・トカゲの尻尾切りは許されない。システムが悪かったのだから、監督省庁にも、責任がある。
・結局、個人の責任に帰結してしまった感があり、根本的な改善は望めない印象。日本型解決の典型か。

【処分は緩すぎる】
・私は、公立病院の副院長で、呼吸器外科を担当しています。医療安全の機能が全く働いていないのは、病院全体の問題でしょう。手術後の死亡事例あるいは、インシデント3以上の症例は、医療安全で検討しています。手術後30日以内の死亡事例を含め、院内の死亡症例は、毎月安全委員会と診療委員会で事例検討を行っているので、院内での情報は常に開示と検証を繰り返しています。術後死亡事例が8例、その後の報告では、30日以後の在院死亡が数例あるとの報告を考えれば、病院全体の医療安全対策が機能していないと考えるべきでしょう。その点を考慮し、当時と現在の医療安全管理者の処分は、不十分と言わざるを得ないと考えます。
・日本は何かと広い範囲まで連帯責任を負わせる文化がある。今回の件で言えば、執刀医とそれを監督する立場にある教授が厳しく処分されればよい。行政処分は執刀医のみでよい。強いて言うならば、執刀医の今回の現状を現場で「直接」把握できる立場の者以外の処分は不要。

【教授、トップの責任を問う】
・教授は科を代表するもの、医局員は教授の方針に沿って医療行為・医療方針を決定するため教授がほとんどの責任を負うべきです。群馬大学だけでなく、似たような大学がありますが、全くこのことを教訓としておりません。
・教授は懲戒解雇処分が妥当。担当医に全て責任を押し付けるのは卑怯である。教授は全て医局内で起こったことに対し責任を取るべきであり、責任を問われた場合にすぐに辞める覚悟で教授になるべきである。
・本来ならば管理能力の無い教授も懲戒解雇にすべきでしょう。
・病院長の責任は当事者と同等である。なぜ、病院長は懲戒処分にならないのか?
・医師個人の医療における人間性に問題があるのは明らかですが、似たような医師はほかにもいて、表面化していないだけです。手術件数が多いことを高く評価する病院の体制はなかったか、を考えれば、事務長や人事部長も処分対象とすべきです。

【組織の責任を問う】
・科の問題ではなく、大学の問題です。これまで、さんざん人を診ない医者が上に立って、効率、成果を押し付け、何か問題があったときだけ、軽い処分。学長、院長の責任です。こうやって、研究費やポストを減らすと脅して、臨床のノルマを課してきたんでしょう?幹部の責任は万死に値します。当の医者はがんばって、それに応えようとしていただけです。転勤すれば、いい医者になっているはずです。大学病院の体制に問題があります。科の問題ではなく大学の問題。
・部下に仕事の自由度を与えたのは上司(教授)。その上司を人選したのは大学。医療安全責任者に個々の診療科に対する診療制限の権限を与えて責任を持たせるべき。遺族に対して賠償するのは大学であり、それを機に身を切る大学改革をして医療安全に注力してほしいです。

【群大に一言】
・群馬大学の外科は、特殊な閉鎖的な危険な環境下にあった可能性がある。前高―群大医学部が一番である気質、これが現在のAO試験または地域枠に反映されている。開かれた自由な大学病院に変貌することを望む。

【学会、医療界に一言】
・こういった中で、旧第一外科の教授が日本外科学会の会長となることを認めた日本外科学会の良識を疑います。日本外科学会の会長というのは、日本の外科医の模範となるべき存在です。
・日本医療界においては手術技量を基に外科医が淘汰されることはありません。しかし、患者側からしてみれば一定の外科的水準を保証するものもなく淘汰もされず、論文だけで執刀が可能となるのはやはりおかしいと思います。手術可能な病院を集約し、外科医の年間執刀数を確保できる体制を整えるべきです。また次年度の日本外科学会の学会長を群馬大学が取り下げられず敢行されることに、周囲の外科医は憤りを覚えています。
・群馬大関係者を群馬大学が処分しても同じ事件の防止にならない。外科学会が調査を行い、外科学会員を処分する、病院学会(正確には知らないが該当する学会)が会員病院を処分するという医療界の自浄作用が働く必要がある。
・東京医大の心臓手術問題の時と同じような、展開かとも思える。術者に専門医、指導医の資格を与えた学会の責任、見解は、大学の指導的立場に任命していた大学、理事会等の見解はどうなのか。

【その他】
・この騒ぎ、何が問題なのか明確に示されていない。患者が死亡するたびに問題と表現するのであれば、緩和ケア病棟など入院患者数だけ問題が発生する。侵襲的な医療行為に伴う死亡に限定しても、医療行為に伴う死亡率を掛けた数だけ必ず問題が発生する。事前に決められた医療行為を適切に実施しているのであれば、不幸な結果になったとしても医療者に責任はない、死亡した患者自身に問題があったと(感情的ではなく)合理的に説明・報道すべきである。事前に定められた手順を逸脱していた事例のみを検討すべきである。
・同じような医療をやっている病院は他にもあると思われます。そうした病院でも上層部は知っていても知らぬ顔をしているのではないでしょうか。処分についてはメディア向けのパフォーマンスのように思います。
・複数の部署をおいて、競い合い向上することは一般的によくあること。群馬大学だけでなく、いくつかの大学で行われようとしている複数の外科を統一して総医局にしなければならないような風潮もいかがなものかと考えます。
・類似した事例は、まだ多くある。群馬大学の問題は氷山の一角にすぎない。
・エビデンスありきの医療、論文至上主義の医療を目指すがための無理な治療、事故であるのでもっと厚労省が考えるべきです。
・この事故は最新治療が最高の医療であるとし、それに若手医師を扇動したマスコミやマスメディアの責任でもあると思う。安全が確立された日本医療を根底から見直すべく、メディアの人間も活動していただきたい。

【今後への提言】
・自分の能力と現代の医学との限界を客観的に把握して、医療と医学に真摯にかつ、謙虚に向き合う姿勢が必要だ。教授を頂点とした封建的、官僚主義的な上下関係は、一見、責任の所在を明確にして良い体制の如く思われがちだが、その実は、無責任、やぶ医者を産む温床だ。忌憚無き意見を誰彼構わず、お互いに言い合える(サルの惑星でなく!)ヒューマンな、真に平等、対等な人間関係こそが、良い医療と医学の発展のために不可欠だ。
・医療行為自体は成功不成功の症例はあり得るので、善意に伴う行為については罰するという考えはないと思うが、個人的な目的や興味で行ったこと、そして明らかに間違った方向に向かっていることを放置した監督不行き届きに対しては罰することは当然あり得ますが、メディアに対して、そして情報公開が不完全で、マスコミが変な誤解を生むようなことは、他の医療者、医療行為を行う人たちに迷惑を生むのできちんと情報発信をしてほしい。
・医療モデルを確立するべきです。疾病・外傷を持った個人が個人の意思で医療機関と診療契約を結びます。医療とはそれに対する何らかの「介入」ですが、その結果(outcome)が個人にとって不利益になる可能性もあります。医療契約とは、不幸な結果(outcome)に陥る可能性もあることを含みおいて、個人の意思で結ぶものです。



https://www.m3.com/news/iryoishin/449108
シリーズ: m3.com意識調査
「処分は当然」「マスコミによる断罪はいかがか」
群大の執刀医、担当教授の処分は妥当か?【開業医、看護師等の自由意見】

2016年8月11日 (木) 橋本佳子(m3.com編集長)

Q 医療事故と関係者の処分の在り方について、ご意見があれば、お寄せください。

◆m3.com意識調査「群大事件、執刀医は「懲戒解雇相当」、教授は「諭旨解雇」は妥当?」の結果はこちら ⇒ 群大の担当教授、「緩い処分」も2割強

【開業医の意見】
・医療事故は1)医師自身の問題、2)管理体制の問題の2点であろう。1)で医師の研修や実績の自己評価、2)周りからの評価がなされる。一般的には全例が死亡する病気でなければ、処置や治療後に死亡例の評価や検証がなされ、2例目は死亡させないのが一般的で何例も死亡することは異例中の異例ではないか。1)と2)のいずれにも欠陥があるといわざるを得ない。
・群大はひどすぎるので、もっと重い処罰(病院の休業など)が必要。
・悪いことは悪い。処分は当然。
・術前、術後の丁寧すぎるくらいの説明と患者、家族の納得と心からなる同意が必要だったと思います。しかも、技術的に十分な修練が不可欠と思います。これでは、患者をモルモットにしたと言われても仕方がない。
・遺族の心情を考えると処分が遅すぎたと思う。

・この案件は医療事故が問題なのではないと思う。処分に関しては医療事故の側面ではない部分が大きかったと思う。
・事故原因とその後の対応が十分に検証されたものとは思えない。意図を持った何者かが、患者家族およびマスメディアへの対応として作られたものと思われる。

・そもそも委員の人選に問題がある。”医療事故”の調査に一般人や弁護士を入れるのは、責任追及のための証拠集めを「公正・中立・透明」のきれいな言葉でやっているにすぎない。このやり方にごまかされていては医療は崩壊する。
・医療事故の真相が十分に解明されないまま、個人の処分がなされた印象がある。もう少し組織のシステムに踏み込んだ調査がなされるべき。個人の責任にすることで、システム上の問題が無いような結論になっている。
・詳しい状況は分からないが、結果責任で、医師の責任を、それも個人の責任を問うのか、いかがなものか?これによって、個人のみの責任で幕引きが図られるように思われるが、そうなると、同じような問題の再発を防ぐために資するのか、疑問がある。
・現場の医療者を罰してはいけない。根本に過重労働を許容せざるを得ない医療現場の現実がある。国の責任も重い。
・内部に甘い体質そのものを改善しない限りは何度でも同じことが起こります。時代遅れもはなはだしい。
・病院としての安全管理が最大の問題。
・教授を処分するのなら、件の教授を選考した教授会、つまり教授全員の責任が問われるべき。なぜ今まで第一外科、第二外科と同じような分野の教室(講座)の存在を許してきたのか。教授選考の過程で適正化を図ることはできなかったのか?執刀医は調査委員会も認める通り明らかに労働基準法違反の過重労働を強いられていたのでありむしろ被害者。責任を問うのは、お門違いである。執刀医は労働基準法違反の過重労働で大学を訴えてもらいたい。カルテ記載の不備も患者や家族への説明不足も手術成績の拙劣さも、全て過重労働に起因したものである。

・内部事情は誰にも分からない。本人も能力を超えてやり続けなければという思いがあったのだろう。でも、たぶん複雑な人間関係がそうさせたと思う。時間に追われる中、名誉欲をセーブさせる客観的な監視が必要である。萎縮して、隠れて、人の忠告を受け入れられるオープンなシステムがないものだろうか?
・医学界の基本的な問題を含んでいるように思います。誰でも功名心を持っていますが、それよりも人命第一という風潮が主流になる必要があるのでは無いでしょうか。
・思わしくない結果は一定の確率で起こり得るが、フィードバックのかかるシステムを構築するべきであった。そういった教育を含めた処分も必要と考える。

・執刀医は実名が出ており、行政処分をしなくても社会的に制裁を受けている。技術的に未熟なのに難度の高い手術を行い、術後管理もできていないので擁護するつもりはないが、マスコミやネットによる集団制裁は賛成できない。このようなマスコミやネットによる断罪はいかがなものか。

【看護師の意見】
・本件に至っては賛否両論あるだろうが、医療に従事する者としては個人的には賛成である。治療を目指すか、緩和ケアなどで余生を有意義に使ってもらうか正当な助言を行うのも医療の一貫と考えるからだ。それに同じ医療従事者として患者のことを考えず、オペを行い、死に至らしめたことについて重症患者だから仕方ないでは、ご遺族も納得されないだろうし、行為そのもの自体を恥ずかしく思う。適格性に欠ける医師は剥奪されるべきである。患者あっての医療、患者あっての我々の生活が成り立っているということを忘れてはならない。
・どんなに忙しい環境であっても患者が死亡する点では、担当医だけでなく上司、同僚医師、担当看護師、該当病棟師長、医療安全対策関係者、病院長、看護部長、事務長までは、疑問を持つ必要があるだろう。特に医療安全対策チームは、実情改善に乗り出すべきであった。
・普通の間隔なら、数人亡くなった時点で、技術の問題があるのかもと自分を振り返るし、上司は振り返りをさせるでしょう。1外と2外が争っていたのか知らないが、怠慢だ。
・直接関わった医師の他、看護師など病院の人間は、腹腔鏡手術で死亡例が多数だったことをほぼ知っていたと思う。特定機能病院の取り消しなど当たり前だと思う。
・処分は事故が起きたからということではないと思います。医療者・組織で働く職員として、管理監督者としての職務を果たしていないことに対するものと理解しています。

・外部委員のみで構成された事故調査委員会が「可視化」の道筋として群大に起死回生の提言をしたにも関わらず、執刀医の「懲戒解雇相当」の処分、担当教授の「諭旨解雇」の処分で、一件落着という古い構図と同じである。逆に、医療者は、今後、事故調査が行われても事実が解明されず、報告書が提出されたら、すぐに担当者が処分されると学んでしまうことが危惧される。
・医療事故は個人を責めるよりも、組織で改善すべきだと思います。しかし、組織の改善はなかなか難しく大きな社会問題とならなければ改善ができない。群大の事故で関係者の処分の在り方が問われることの意味を日本の医療界には求められている。医師の意識改革は衝撃がないと難しい。
・院内の推進方法や運用上の体制など、事務局を含めた院内の自浄作用について体制整備が必要。

・医療過誤・事故で、関係者が処分されるようになると、誰もリスクのある行為を敬遠する。悪い結果を非難されるのであれば、良くも悪くも結果を残さなければ(何もしない)結果をとやかく言われない……。目に見えない患者側の不利益(治療してもらえない)になるのではないでしょうか?医療の発展にも悪影響な気がします。
・医療事故と一言で言っても内容によると思います。どの事象であっても個人一人を責めるのであれば私は看護が怖くてできなくなります。

・医師は医療安全に関して無頓着すぎるため、厳しい処分にしないと全国どこの病院も変わらない。
・医療安全に関する研修も医師はほとんど出席しないのがどの病院も現状である。

【その他の医療従事者】
・患者が死んでも自分たちの手技、治療方針の誤りをまず考えない、執刀医も、教授も、そして周囲の職員も。患者の死はあまりに他人事で、その様は、旧日本軍の大本営のように、前線を鑑みない官僚主義だ。保身、責任逃れ、逃避、これらは自浄作用のない日本の組織の本質なのだろうか。なぜ、一人一人の死亡事例について他科、病理やAiも含めた検証をしなかったのか。まるで、旧日本軍の陸海軍のごとき組織内のくだらないメンツのために患者を殺してしまったとしたら、誰が腹を切るのか。私は、執刀医は医師免許停止だろうだと思う。医師はあまりにおのれの裁量権と地位にあぐらをかきすぎた。
・病気を診ずして患者を診ろと言う医療の原点を忘れて、外科同士の対抗勢力に走った群大の行為は、許されるものではない。もっと厳しい処分を課して抜本的な改革をするべきと思われる。

・報告書では病院のシステムに問題がありとされていながら、執刀医・教授だけが解雇となっている。システムに問題があるのであれば、誰が起こしてもおかしくない事故であり、その風土を作った大学の運営方針に問題がある。解雇となった二人は、再発防止策が実行された大学で更正すべきであり、その責任を果たさず、個人の責任として解雇とした大学の方針に疑問を感じる。
・解雇や行政処分が必要だと思うのなら、大学は刑事告発すべき。それができないのなら、システムの問題と考えるべきで、個人の責任は懲罰ではなく、再発防止で取るべきだと思う。また、大学はそうさせる責任がある。当事者を切って終わりではないかと、大学の再発防止への決意に疑問を持たざるを得ない。
・一般論として、「病院」と名が付いていても、実態は個人商店で運営されているところが多い。組織として動いていることを理解するリーダー、実践するフォロアー作りへの道筋を、処分の中に込めてほしい。医療事故は再発防止の仕組み作りが、関係者への真摯な回答になるはず。
・あらゆる疾病について、全責任を持たねばならいない担当教授もしくは准教授といった上職による診断とその治療方針の指示を持たずして、経験の浅い、未熟の一担当医が自己判断によって治療行為を実施できる体制に、問題の原点があるのではないでしょうか?!? 医療事故防止の第一ステップはTeam Work の徹底であって、関係者の処分は直接事故防止に功を奏するとは考えられません。
・職務、注意義務を怠った点については処分は当然なこと。ただそれと同時に、医療管理システムの整備を第一優先課題として推進させることが重要と考える。データの可視化とチェックシステムの徹底を図る。



https://www.m3.com/research/polls/result/134
意識調査
結果群大事件、執刀医は「懲戒解雇相当」、教授は「諭旨解雇」は妥当?

カテゴリ: 事故・訴訟 回答期間: 2016年8月4日 (木)~10日 (水) 回答済み人数: 2380人

 腹腔鏡下肝切除術で死亡事例が相次いだことをきっかけに明るみになった、群馬大病院の医療事故問題。既に昨年6月には特定機能病院の承認が取り消されていましたが、この7月末には、外部委員から成る事故調査委員会が報告書をまとめ、群馬大は8月2日、記者会見を開き、旧第二外科の執刀医を懲戒解雇相当(2015年3月末に退職済み)、同科教授を諭旨解雇とするなど、関係者10人の処分を発表しました(『群大、執刀医と教授を解雇処分』を参照)。一連の問題についてはさまざまな角度からの検証が必要です。今回は、医療事故と処分の在り方について、お聞きします。
 
  執刀医と教授の処分理由は以下の通りです。
執刀医:(1)医師法に触れる可能性があるほど診療録の記載が不十分だった、(2)術後の患者への説明が不十分だった、(3)腹腔鏡手術の導入、導入後の対応が不十分だった、(4)腹腔鏡下肝切除術の学術論文に不適切な記載があった、(5)大学の名誉、信用を失墜させた、(6)死亡事例が続いた際に、医師として適切な対応を取れなかった。
教授:(1)執刀医への指導が不十分だった、(2)カンファレンスを適切に開催していなかった、(3)腹腔鏡下肝切除術に関する論文の不適切な記載があった、(4)大学の名誉、信用を失墜させた、(5)死亡事例が続いた際に、管理職として適切な対応を取れなかった。

群大の担当教授、「緩い処分」も2割強

 執刀医の「懲戒解雇相当」の処分は妥当か」との問いには、全体では56.0%が「妥当」と回答(Q1)。しかし、職種別に見ると、医師の間でもやや意見に相違があり、勤務医では「厳しい処分」が21.9%で、開業医の13.0%を上回った。

 この執刀医が所属していた旧第二外科教授の「諭旨解雇」処分については、「妥当」の割合が、執刀医の処分に比べて低下した一方、「緩い処分」も22.6%で、執刀医の9.2%の2倍以上に上った(Q2)。担当診療科を管理・監督する責任を問う声が一定程度強いことが分かる。

 何らかの医療事故が起きた場合、次に想定されるのが、医師免許停止などの行政処分。全体では「執刀医と担当教授、両方に必要」が37.2%と最も多く、「執刀医のみに必要」が20.9%。しかし、「両方とも不要」が開業医の24.7%、勤務医の29.2%に見られ、医療事故で「処分」という形で責任を問うことを疑問視する医師も少なからずいることが分かる。

 回答総数は2380人、内訳は開業医 : 438人、勤務医 : 1563人、歯科医師 : 13人、看護師 : 60人 、薬剤師 : 179人 、その他の医療従事者 : 127人でした。

 自由意見では、「処分は妥当」とする意見の一方、大学など組織の問題を問う声、さらに同じ外科医の立場としての心情を吐露した声など、さまざまな意見が寄せられました。m3.com医療維新でご紹介します。


Q1 執刀医の「懲戒解雇相当」の処分は妥当?
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開業医 : 438人 / 勤務医 : 1563人 / 歯科医師 : 13人 / 看護師 : 60人 / 薬剤師 : 179人 / その他の医療従事者 : 127人
※2016年8月10日 (水)時点の結果

Q2 担当教授の「諭旨解雇」の処分は妥当?
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開業医 : 438人 / 勤務医 : 1563人 / 歯科医師 : 13人 / 看護師 : 60人 / 薬剤師 : 179人 / その他の医療従事者 : 127人
※2016年8月10日 (水)時点の結果

Q3 執刀医と担当教授への行政処分(医師免許の停止、戒告など)は必要か?
081204.jpg
開業医 : 438人 / 勤務医 : 1563人 / 歯科医師 : 13人 / 看護師 : 60人 / 薬剤師 : 179人 / その他の医療従事者 : 127人
※2016年8月10日 (水)時点の結果

Q4 執刀医と担当教授のほか、「前副病長、元医療安全管理部長、旧第一外科教授、旧第二外科元助教、元・前理事、前学長」、計10人が処分。対象者は妥当か。
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開業医 : 438人 / 勤務医 : 1563人 / 歯科医師 : 13人 / 看護師 : 60人 / 薬剤師 : 179人 / その他の医療従事者 : 127人
※2016年8月10日 (水)時点の結果



http://biz-journal.jp/2016/08/post_16261.html
連載
上昌広「絶望の医療 希望の医療」
大学病院と医学学会が、日本の医療と若い医師を破壊し始め…新専門医制度という愚策

文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長
2016.08.12 Business Journal

 新専門医制度が揉めている――。
 7月20日、一般社団法人日本専門医機構は、新制度の開始を2018年4月とし、1年間延期することを決めた。
 従来、専門医資格は内科や外科などの学会が独自に認定してきたが、新制度では第三者機関である日本専門医機構が統一的な基準を設け、専門医の質を評価することになる。日本専門医機構の素案では、専門医を目指す医師は大学病院を中核とする拠点病院を中心に、地域の協力病院と連携して経験を積まねばならない。内科や外科では、循環器内科や心臓外科などの専門医になるため、数年間、内科や外科全般を研修することが義務づけられる。
 専門医資格の取得条件として、幅広い知識と豊富な経験を求め、第三者がその質を検証する。お題目は立派だ。ただ、この制度は重大な問題を抱え、多くの関係者が批判している。
 特に、指導・研修のために医師が都市部の大病院に集中し、地方の医師不足が加速する可能性が高いことは、重大な懸念材料だ。日本専門医機構は、朝日新聞の取材に対し「都市部の大病院で専門医の研修を受ける医師らが集中しすぎないように、施設ごとの定数を学会と調整する」と回答しているが、実効性に疑問が残る。
 南相馬市立総合病院の森田麻里子医師(28)は「研修プログラムの要件緩和や、地域を回る期間を少し長くするといった付け焼き刃的な修正で、済ませてほしくない」と批判する。
 私も同感だ。この問題は根が深い。高齢化が進むわが国で、どのような専門医が必要か、それを育成するにはどうすればいいか、多くの専門家や国民を巻き込んだ議論が必要だ。日本専門医機構という任意団体の理事会で決めるべき話ではない。

専門医資格と大学病院

 専門医制度を議論するうえで大切なことは、これからの専門医に求められることは何か、じっくりと考えることだ。
 これまで、専門医は大学病院を中心に育成され、教授たちが仕切る「学会」が認定してきた。今回の専門医制度の見直しも、教授たちが主導した。日本専門医機構の幹部の大部分が教授か教授経験者だ(最近、理事に数名の一般人を追加した)。
 ところが、肝心の大学病院の競争力が低下している。たとえば、朝日新聞出版社の調査によれば、13年度に胃がんの手術数が多い病院は、がん研有明病院(1417件)、静岡県立静岡がんセンター(1348件)、国立がん研究センター中央病院(1310件)、国立がん研究センター東病院(867件)と続く。
 大学病院でもっとも手術数が多かったのは、埼玉医科大学国際医療センター(204件)で全国7位だ。ちなみに、私の母校である東大の付属病院は611件で16位である

 この傾向はがん治療だけではない。循環器、眼科、産科、小児科などの領域でも専門病院の優位は歴然としている。診療分野を絞り、経営資源を集中させたほうが高い医療水準を維持できる。ハイレベルの医療を受けることができるのだから、患者が集中する。この状況は若き医師にとってもありがたい。短期間に、多くの症例を経験できるため、腕があがるからだ。このように考えれば、専門病院に患者と医師が集まるのは自然な流れだ。
 この状況は流通業界と似ている。かつて、三越・そごうなどの総合百貨店は、わが国の流通業界をリードしてきた。しかしながら、1990年代以降、総合百貨店は衰退する。ピークの91年に12兆円であった年間売上は、いまや7兆円だ。
 総合百貨店が衰退したのは、「洋服の青山」などの紳士服専門店、「ビックカメラ」などの家電量販店が台頭したからだ。専門店が、顧客のニーズに合う多様な商品を提供したのに対し、総合百貨店はどの店も同じような商品が並ぶ「同質化」に陥ったと、大西洋・三越伊勢丹ホールディングス社長は指摘している。医療であれ、流通であれ、生き残るには「選択と集中」が欠かせない。「総合」であることが大きなハンディキャップとなる。
 ここで注意すべきは、都市部の病院では、選択と集中がほぼ完了していることだ。いくつかの「勝ち組」が決まっており、今から新規参入は難しい。このような病院には多くの若手医師が殺到し、病院経営者は医師確保に苦労することはない。つまり、「勝ち組」の専門病院の医師はすでに充足している。若手医師の待遇は悪いし、専門病院で「修業」して「専門医資格」をとっても、その病院に就職するのは難しい。
 通常の病院に就職する際に必要なスキルは、一般診療だ。内視鏡や心臓カテーテルの技術は求められるが、大学病院や高度専門病院が得意とする心臓や脳の手術、あるいは移植医療のスキルは求められない。苦労して、身につけた技術は活用できない。この意味で、大学病院や都市部の専門病院で「修業」する費用対効果は低い。

今後、成長が期待される分野

 では、医療界では今後、どのような分野が成長するのだろう。それは、ニーズが高まる領域だ。この点でも、流通業界の経験が参考になる。流通業界では、国民の多様化したニーズに併せて、コンビニエンスストアや宅配サービスが発達した。

 たとえば、コンビニ業界の年間売上は、91年から現在までに約4倍に増えた。総合百貨店とは対照的だ。同じ事態が医療界でも起こるはずだ。すでに萌芽は認められる。

 前者の代表は、立川・川崎・新宿の駅ナカで営業するナビタスクリニックだ。私も毎週月曜日に新宿で診察している。このクリニックは、平日は午後8時まで、土日は午後2時まで受け付けている。会社帰りの会社員、さらに新宿の駅ナカで働く人たちが受診する。平日昼間に病院へ通えない人たちだ。
 彼らは「名医」や「丁寧なサービス」以上に「便利さ」を追求する。ナビタスクリニックは、このニーズを捉えている。患者数は3つのクリニックを合計して、1000人を超える日も珍しくない。ナビタスクリニックを率いるのは久住英二医師だ。もとは骨髄移植の専門家だった。先端医療から転身したことになる。
 便利さを追求するのは、わが国に限った話ではない。米国では昨年、薬局やスーパーに併設されるリテール・クリニックが900%も成長した。オバマケアにより中間層が医療にアクセスしやすくなったからだ。
 宅配サービスは、改めていうまでもない。在宅診療が代表例だ。在宅診療に求められるのは、プライマリーケアのスキルだ。大学病院や専門病院が得意とする領域でない。今後、この領域は成長する。アマゾンやクロネコヤマト、ドローン、さらにITを用いた遠隔診療とも連携することになるはずだ。わが国でエッジの効いたサービスを確立すれば、経済成長著しいアジアに進出することになるだろう。
 筆者の東大医学部の3年後輩の武藤真祐医師が、その先駆者だ。彼も循環器内科の専門医から転身した。これまで東京都内と宮城県石巻市で在宅診療を行っていたが、最近、シンガポールにも進出した。今後、香港などアジアでの展開を考えているという。

 繰り返すが、大学病院は高度医療に重点を置いてきた。一方、医療界に求められるのは、患者の価値観に合わせて、多様なサービス提供方法を確立することだ。久住医師や武藤医師は、このような時代の変化にうまく対応した。従来型の「専門医」と比較して、今後、彼らのような「専門医」のニーズが高まる。若手医師は、どのようなキャリアを選択するか、自分の頭で考えたほうがいい。

厚生労働省の問題

 新専門医制度が迷走した理由は、大学病院の競争力低下だけが理由ではない。本当の理由は別にある。それは「利権」だ。
 ポイントは、専門医の質を保証するため、特定の病院(特に大学病院)で研修することを義務づけたことだ。どの病院も若手医師が欲しい。安い給料で長時間働き、病院に収益をもたらすからだ。新専門医制度ができれば、無条件で研修施設に認定される大学病院は有利な立場に立つ。学会を仕切っているのは大学教授だから、我田引水である。

 この方針を厚労省も支持した。自らのホームページで「日本専門医機構」の活動を紹介している。
 また、専門医認定支援事業として、2014年度は3億4313万円を計上している。厚労省がお墨付きを与え、金も出している。日本専門医機構は一般社団法人であり、あくまで民間の任意団体だ。厚労省が、この組織を特別扱いする理由はない。両者の連携は、多くの国民が想像もできない利権をもたらす。たとえば、専門医資格と処方権の連動だ。
 イレッサ薬害事件以降、厚労省は一部の薬剤の処方を学会が認定する専門医に限定してきた。たとえば、話題の抗がん剤オプジーボが処方できるのは、皮膚悪性腫瘍指導専門医やがん薬物療法専門医が在籍する施設だけだ。7月21日には、日本経済新聞が一面トップで『高額薬適正投与へ指針 厚労省病院や医師に要件』という記事を掲載した。厚労省のリークだ。
 大きな批判がなければ、高額薬の処方は学会の認定する専門医に限定されそうだ。オプジーボの薬剤費は年間3000万円を超えることもある。病院に大きな利益をもたらすため、病院経営者は専門医資格を有する医師を雇用せざるを得なくなる。
 もし、高額な医薬品が問題になるなら、値段を下げるべきだ。処方できる医師を、大学や専門病院に限定すれば、地方の患者が憂き目を見る。ただ、学会からも厚労省からも、そのような声は聞こえてこない。今後、特定の診療行為を専門医に限定する規制はますます強化されるだろう。厚労省、学会のいずれにも都合がいいからだ。
 厚労省にとっては、医療統制に使える手段が増える。学会にとっては、新たな利権の創出だ。専門医資格の有無が病院収入に直結するため、若い医師が就職する際には専門医資格が必須となる。学会は何もしなくても会員が増え、会費収入が入ってくる。

若手医師の人権

 日本は法治国家だ。メチャクチャなことは法的にできないようになっている。厚労省と日本専門医機構は、法律を無視して横車を押している。
 たとえば、この制度が運用されれば、後期研修医は30代半ばまで強制的に有期雇用の非正規職員になるしかない。これでは、女性医師は出産、子育てが難しくなる。昔から医師の修業は過酷だった。後期研修医は、月給20万円程度の非正規雇用で、昼夜を問わず働いた。ただ、それ以外の選択肢も残されていた。あくまで、若手医師の選択に委ねられていた。ところが、新制度では実質的に日本専門医機構が指定する「カリキュラム」以外に選択肢はなくなる。

 また、直接、労働契約を結ばない日本専門医機構がカリキュラムを通じて、若手医師の職場や居住地域を決めてしまう。憲法違反の可能性が高い。新専門医制度は、労働者派遣法にも違反する。日本専門医機構は人材派遣業者ではない。それなのに、新専門医制度では、若手医師を拠点病院・連携病院などに強制的に異動させる。
 もし、合法的にやろうとすれば、すべての若手医師を基幹病院が雇用し、協力病院には「研修」の名目で派遣するしかない。その場合、人件費・保険・年金は基幹病院が負担する。経営難に喘ぐ大学病院の経営戦略上、これでいいのだろうか。
 かくのごとく、新専門医制度をめぐる議論は杜撰だ。

学会と専門医の関係

 学会と専門医資格の関係は難しい。自己規律がなければ、容易に腐敗するからだ。米国の専門医制度に詳しい岩田健太郎・神戸大学教授は「諸外国では専門医制度は学会から独立している」と指摘する。
 たとえば、米国で内科専門医資格を認定するのは、「アメリカ内科専門医機構(ABIM)」だ。米国医師会と米国内科学会が共同で設立した。注目すべきは、ABIMが、学会や政府から独立していることを明言していることだ。そして、このことを行動を通じて、構成員や社会に訴えてきた。
 たとえば、ABIMは専門医のレベルを維持するため「MOC」というプログラムを導入した。ところが、「あまりに手間がかかるために患者ケアの質まで落としてしまう」(岩田教授)と現場から批判を受けた。権威ある医学誌である「ニューイングランド医学誌」や「アメリカ医師会誌」でも問題点が指摘された。これはABIMにとって、痛手だったろう。
 ただ、彼らはこの批判に対して、真摯に対応した。まず、ABIMは内科医たちに批判内容を紹介したメールを送り、そしてMOC制度を中断したのだ。ABIMと医療現場の間には、いい意味での緊張関係があり、これがABIMの信頼性をうみだしている。この姿勢は、厚労省の権威にすがる日本専門医機構とは対照的だ。
 残念なことだが、日本の医学界は腐敗しているといわざるを得ない。ノバルティスファーマが、販売する降圧剤をめぐる臨床研究不正事件では頬被りを決め込んだ。ロハス・メディカル編集発行人である川口恭氏は、「『あの程度は大した事案でない』と医療界の多くの人が考えているのでしょう」と言う。

 臨床研究不正事件の舞台のひとつとなった千葉大学で研究の責任者を務めた小室一成氏(現東大教授)は、今年6月から、日本循環器学会の代表理事に就任した。日本循環器学会は、内科学会を構成する主要な団体だ。同学会幹部の常識を疑う。問題は内科学会だけではない。オピニオン誌「選択」は6月号に『日本外科学会 医療を腐らせる「黒い利権装置」』という記事を掲載した。
 このなかで、日本外科学会の財務諸表が紹介されているが、内訳がひどい。総収入は約10億円。賃借料1億3211万円、旅費交通費6783万円、そして交際費3588万円。学術交流団体なのに、なぜこんなに金がかかるのだろう。この連中が中心になって運用する新専門医制度が、現場の医師から信頼されないのはやむを得ない。
 前出の岩田教授は手厳しい。日本の専門医資格のことを、「学会にお金を払い、御褒美のように専門医資格をもらえる」(岩田教授)と批判する。彼が所属する日本感染症学会は、専門医の更新の際に自らが発行する「感染症学会誌」に論文発表した場合には10点、それ以外では5点を付与する。「ランセット」や「ニューイングランド医学誌」などの一流誌より自前の学会誌のほうが評価が高いらしい。
 今こそ学会は、その本義に立ち返って議論したらどうだろう。学会の本来の目的は会員の交流だ。近年、IT技術が進化して会員の交流は容易になった。学術誌も増えた。論文を発表する際にも、わざわざインパクトファクターの低い日本の学会誌に投稿する必要はない。従来型の日本の学会モデルが通用しなくなっている。学会は変わらねばならない。ところが、彼らがとった対応は不誠実だった。専門医資格で若者を縛り付けようとした。医療現場への統制を強めたい医系技官と思惑が一致し、事態はこじれた。
 新専門医制度は、「大学教授」という特権階級が、厚労省に「天下り」や「博士号」などを提供し、また彼らの政策を「擁護」する見返りに、診療報酬や補助金などの「保護」を求めているように見える。
 こんなことをしていたら、日本の学会に将来はない。どうすれば、会員の情報交換を活発にできるかを考えるべきだ。おそらく、徹底した情報開示と、権威勾配のない自由な議論の場の提供だ。新専門医制度は、抜本的に見直さなければならない。
(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)


  1. 2016/08/12(金) 06:00:43|
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