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7月31日 

https://www.m3.com/news/iryoishin/446174?dcf_doctor=true&portalId=mailmag&mmp=MD160731&dcf_doctor=true&mc.l=169879460
シリーズ: 群馬大学腹腔鏡死亡事故
死亡事故の背景、「手術数の限界を超え、悪循環」
外部委員による群大事故調、最終報告書を提出

2016年7月31日 (日) 高橋直純(m3.com編集部)

 群馬大学医学部付属病院で腹腔鏡手術を受けた患者8人が死亡した問題を受けて、同大が新たに設置した外部委員による「群馬大学医学部附属病院医療事故調査委員会」(委員長:上田裕一・奈良県総合医療センター総長)は7月30日、最終報告書を群馬大学学長に手交し、記者会見を開いた(報告書は、群大のホームページ)。

 2015年3月に公表された院内主体の調査報告書では「死亡8例全てで過失があった」(後に、「過失」の表現削除)と分析するなど、執刀医個人や、旧第二外科の肝胆膵外科チームの問題点を指摘する面が強かったが、新たな報告書では、「手術数拡大が院是」という病院の風潮や過重な勤務体制、旧第二外科と旧第一外科の連携不足など病院全体の在り方について議論を重ねた。群大病院の診療体制を「手術数の限界を超えたことによる悪循環そのもの」と指摘した。今回の調査では、開腹手術肝切除術後の死亡10例を含め、18例を対象とした。

 当日の会見終了後には、遺族や群大病院被害対策弁護団も会見を開いた(『群大の被害者弁護団「執刀医への刑事告訴を検討」』を参照)。群大は8月2日に改めて会見を開き、報告書を受けての対応を説明する。

 会見に先立ち、上田氏が平塚浩士学長に報告書を手交した。会見は委員による説明が2時間弱、その後の質疑応答も含め、約3時間の長丁場となった。上田氏は、執刀医(以下、A医師と表記)の勤務状況について、「この状況で良く勤務が続いたなと思うくらい過重な勤務体制であることが分かった」と説明し、「手術数増加が院是」となっていた病院全体や、少ない人数で同様の手術を行っている旧第一外科に「比肩するような手術数を維持しようとすることに無理があった」と分析した。

 また、死亡例が2010年度の腹腔鏡下術導入時に続いたことについて、「典型的なラーニングカーブが発生している」とし、外科医の教育をいかに進めるかが重要と指摘した。「ラーニングカーブは、患者にとっては許されない外科医の言い訳。それを起こさないようにするために、指導的な助手がある程度までは全ての責任を持つという体制が必要」(上田氏)。

 副委員長を務めた、名古屋大学医学部附属病院副病院長で医療の質・安全管理部教授の長尾能雅氏は「当初は防ぐことができない難しい問題だったのではないかと思った。しかし、点検作業をしてみると、幾つか防ぐことができるポイントがあったという印象」と総括した。

 専門医学的調査を依頼された日本外科学会の報告書は、2007年度から2015年度までの旧第一、第二外科での消化器官手術での死亡50例を分析し、195ページに上った。手術適応については死亡50例のうち「適応あり」と判断されたのが26例、「条件によって適応あり」が20例、「問題がある」は4例と示された。手技については「出血量が多い」「残すべき肝臓の脈管を損傷している」「手技が安定しているとは言い難く、術後に胆汁漏を併発した事例もある」など不十分な点が認められたと指摘。また、術前、術後の体制についても問題があったとした。検証に当たっては術中の記録映像がないことや診療録の不備が多く、「評価する上での大きな限界であった」と指摘した。

 外部委員会の報告書は「事実経緯」「検証結果」「再発防止に向けた提言」という構成になっている。以下では、会見の内容を盛り込みつつ、章建てに沿って報告書の要点を説明する。事故調の進め方や、本報告書の特徴については『群大事故調、「医師の責任追及」から「組織の問題」に変化』を参照。

多くの死亡事例で、術後入院期間が重なる

群大事故調査報告書から引用
 本件で問題となっているA医師が中心に担当するようになった2009年度以降の旧第二外科の肝切除術は開腹で109例、腹腔鏡で103例だった。死亡(予定手術後1カ月以内、もしくは同一入院期間内の死亡)は開腹10例、腹腔鏡8例だった。2009年度は旧一、旧二併せて9例の死亡症例があったが、そのうちA医師の執刀は計8例(肝臓5例、膵臓3例)だった。腹腔鏡下手術は新規導入後、1例目、3例目で死亡していた。また、多くの死亡事例で、術後入院期間が重なっていた。
 累積度数法(Cumulative Sum:CUSUM法)で分析すると、腹腔鏡下術の14例までの死亡率は28.6%、40例までは15.0%だった。腹腔鏡下術の導入初期に死亡率が高く経験とともに漸減していく「ラーニングカーブ」が発生しているとし、「A医師が高難度手術を実施するには、準備が不十分だった可能性が高いと思われる」と分析している。
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手術件数、国立大学病院でトップ

 群大病院は「国立大学病院は急性期医療の要であり、外科治療の力が問われる。その一つの指標として手術件数を指標とする」と謳っており、事実、45国立大学病院のうち、100床数当たりの手術件数は、2010年度は1位、2011年度は3位、2012-2014年度は2位を誇っていた。

 手術数増加の方針は、手術適応判断が甘くなったり、丁寧な術後管理を行う時間が確保できなくなったりするなど、「まさに手術数の限界を超えたことによる悪循環そのものであった」と指摘。さらに、「負の影響は最も脆弱な部分に顕著に表れるが、旧二の肝胆膵はまさにこのような状況にあった」とした。

 A医師への積極的なサポートもなく、コントロールすべきは「一義的には手術部長を兼ねていたP(旧第二外科)教授の役割、さらには消化器外科診療部長(旧第一外科教授)の役割だった」と指摘した。

旧二外肝胆膵、旧一の半分以下の医師数で同等の手術

 旧第一外科は1944年、旧第二外科は1954年に講座開設。2003年の大学院部局刷新後もそれぞれ独立して運営されてきた。旧一は「呼吸器、消化器、乳腺・内分泌、移植、小児外科」、旧二は「循環器、呼吸器、消化器、乳腺・内分泌、移植」を有していた(※両外科とも移植外科は機能していなかった)。消化器外科の医師数は2007-2014年の間、旧一で13-28人、うち肝胆膵は3-6人、旧二では7-11人、うち肝胆膵は1ないし2人で、旧第一外科の方が多かった。旧二では消化器外科は主治医制、それ以外はグループ制を採用していた。手術件数は、旧一で4411件、うち肝胆膵は589件、旧二では2298件、うち肝胆膵は573件(肝胆膵担当以外の医師も執刀していた)だった。

 両外科は同じ入院病棟を使っていながら 、独立した診療体制を取っており、その弊害が発覚の遅れにつながった背景となった。上田氏は、「多くの医師が、患者の死亡を見ていた」と述べ、術後死亡例の続発に気づく機会は、両科の医師にあったと指摘。

 群大病院のICUは2014年に17床に増床されるまでは、6-7床と少なく、患者の受け入れにはかなりの制限があった。医師からのインシデント報告は少なく、2010年からはバリアンス報告制度が導入されたが、医師からの報告数は増加しなかったなど、医療安全管理体制の仕組みは整えていても、それが機能していなかった。外部委員会が調査した18例のうち、17例はインシデント、バリアンスともに報告がなかった。

A医師、「積極的に受け入れてくる印象」

 A医師は2010年に日本肝胆膵外科学会の高度技能指導医を取得。2012年には群大病医が修練認定施設Aとして承認された。同年には旧第二外科のP教授も高度技能指導医を取得した。院外からの患者の紹介は、両診療科それぞれの関連病院から、教授、担当医宛てにされることがほとんどだった。旧第二外科への患者紹介は、院内外からあったが、群大肝臓内科の間では「旧二の肝胆膵外科の方がより積極的に手術を受け入れてくる印象を持たれていた」。内科と外科が集まって手術適応を検討する合同症例検討会は行われていなかった。

高度技能指導医のP教授、腹腔鏡の経験なく

 2009年度 からはA医師が一人で肝胆膵外科を担当。2010年からは若手医師1人が加わった。P教授は高度技能指導医を取得したが、実際には腹腔鏡下肝切除術の経験はなく、開復による肝臓手術の経験も多くなかった。死亡18例の電子カルテ上の手術実施欄には全例、術者にP教授、第1助手にはA医師の名前が記載されていた。実際にはP教授はほとんど参加していなかった。A医師が作成した開腹術の手術記録には、執刀医にA医師、指導的助手にP教授が記載されていた。手術記録は症例検討会で供覧されていたが、問題視されることはなかった。

 18事例のほとんどが長時間の手術で、7時間以上が12例、そのうち10時間以上が4例あった。

規定以上の外勤の疑念

 報告書には、A医師の1週間のスケジュール例も示され、多忙な中、手術を担当していた実態が伺える。連日、午前8時ごろから勤務し、24時ごろに帰宅するという生活が続いていた。一方で、外勤は週8時間までとされていたが「A医師はそれ以上を費やしていたのではないかという疑念が残った」としている。

 死亡退院の件数は、旧二で目立っていたわけではなく、旧一がやや多い状況だった。病理解剖は年間平均1.5件。A医師は遺族感情から「強く勧められなかった」と説明しているが、遺族からは「解剖しても分からないことが多い。遺体が帰るのも遅くなる」と否定的な説明が受け断念したという声もあった。

記録の不備、注意しても改善されず

 A医師の外来の診療録では、患者説明の内容がほとんど記載されていなかった。「患者の話をよく聞いて信頼関係を気付くことに重点を置いており、その場では入力できず、そのままになってしまった」と説明している。入院での診療録では、身体所見、評価、診療方針の変更などの記載はほとんどなかった。手術記録でも、所見や出血量の記載はほとんどなかった。また、手術時間や出血量について麻酔記録と一致しない箇所が散見された。術後経過も全体として乏しかった。P教授や看護師が何度も注意したが、改善されることはなかったという。ただし、研修医が説明に同席した2例については、A医師の説明内容が詳しく記録として残されている。

 週1回行われていた消化器外科の症例検討科会にはP教授の出席は半分程度だった。多忙なA医師も参加できない時間帯があった。A医師はその場で、適応、術式についての問題が指摘されなかったので、自身の診療方針に問題がないと認識していたと説明している。

死亡例続き教授が「手術を休むようにアドバイス」

 開復による死亡症例が続いた2009年10月にはP教授のアドバイスにより高難度の肝切除術を停止。12月に再開したところ、膵臓手術も含め3例の死亡事例が続き、2010年3月に再び手術を休むようにアドバイスした。その理由をP教授は「複数の重症患者の術後管理ができるよう状況にないと判断したため」としており、重症患者が亡くなった後は、P教授の承認を得て、時間を置かず手術は再開された。A医師は「紹介患者が来るため、手術を休み続けることはできなかった」と説明している。

腹腔鏡術、中止を進言した医師も

 2010年にA医師らからP教授に対し、腹腔鏡下手術に取り組みたいとの申し出があった。P教授は「よく勉強すること、動物でトレーニングすること、他施設を見学すること、内視鏡外科の技術認定医を参画させること、無理をしないこと」などを条件に許可した。

 2010年12月に導入され、最初の2例は技術認定医が深く関わった。11例目までは小開腹を伴う腹腔鏡補助下手術で、12例目から完全腹腔鏡下術に移行した。

 導入後1年間で4例の死亡事故が発生。旧第二外科内部でもP教授に「危険なので中止させた方が良い」と進言した者もいた。しかし、A医師は「術後の合併症による死亡」と説明し、「新しい技術を導入している過程での出来事であり、改善に結びつけることが重要」と説明。P教授も「A医師は良く勉強し、技術訓練も実施している。院内外からの信頼も厚い」と考えていた。

アピールのための論文、後に撤回

 2012年8月にはP教授による論文が学術誌に掲載された。「2010年11月から2011年10月まで、腹腔鏡下肝切除術20例中2例で合併症が見られ、うち1例が術後2カ月で死亡した」と記載されていたが、しかし、同時期までに実施した14例のうち4例で死亡していた。10人の共著者の中には、保険適用外の手術であるとして投稿に反対する者もいたという。同論文は2014年11月に「倫理審査委員会の許可を得ていなかった」としてP教授の申し出により撤回されている。

 同論文について「先進的医療に挑戦し、成功しているというイメージを対外的にアピールするものとなっており、肝胆膵外科担当への患者紹介が続いた背景要因の一つとも考えられる。また、合併症に対する真剣な検討が行われていなかったことを示唆する重大な内容」と指摘した。また、論文取り下げの検証や発表を行っていない大学の姿勢も問題とした。

【事故調査委員会が作成した「概要」の総括部】
 長年にわたり死亡事例が続発していたにも関わらず、群大病院において、それが見過ごされ、対応されてこなかった種々の要因が明らかになった。

 群大病院旧第二外科の肝胆膵外科担当は、脆弱かつ孤立した陣容で、連日深夜におよぶ過酷な勤務環境の中、手術や術後管理に当たっていた。人員確保や指導体制、手術適応を検討する体制などが不十分なまま、高難度の外科治療が導入されていった。術前に患者の自己決定権を尊重した十分な説明や熟慮期間は確保されておらず、インフォームド・コンセントは不十分な内容であり、患者本位の医療とは言い難い状況が生じていた。また、医療安全管理部門に報告すべきことは何か、何らかの疑念が生じた際には何をすべきか、死亡例が続発した時にはどのような検証を行うべきかが、曖昧にされたまま、医師たちは、多忙な日常診療に追われ、病状悪化時の説明や、診療録への記載も不十分となっていた。そのような状況を長期間許していた旧第二外科の管理体制にも、問題があった。

 また、群大病院は、長年にわたって、特定機能病院として地域住民から「最後の砦」とされてきたが、専門性を同じくする二つの診療科が併存することから生じる弊害を改善できなかった。さらに、安全性が確認されていない診療を行う際の倫理審査や手続きが周知徹底されていない、インフォームド・コンセントを管理する体制が整っていない、重大事例の報告システムの重要性が周知徹底されていない、など、先進的な医療を実施する基盤となる仕組みや機能が不十分であったにもかかわらず、手術数の拡大を院是とし、高度医療を推進していった。その結果、旧第二外科肝胆膵担当という院内の最小診療単位(マイクロシステム)に発生していた重大かつ深刻な問題を、長期に渡って把握することができず、手術死亡の続発にも対処することができなかった。本事案の背景には、患者中心の医療とは大きくかい離した診療・学術における旧弊が存在し、病院全体としてのクリニカル・ガバナンス(医療組織を、医療の質と安全で規律づけて、診療を統治する仕組み)に不備があったと指摘せざるを得ない。

 すでに、群馬大学、群大病院は改善に着手しているが、今後同じような事態を二度と繰り返さないために、本報告書の提言を着実に実行することが求められる。特に、本件を貴重な先例として、これまで我が国の医療界では議論が不足していた「日常診療の中に標準から逸脱した医療が登場した場合、それを早期に発見し、より安全な医療へと是正する自浄的な取り組みをするにはどうすればよいか」という命題に対し、医療界の叡智を集めて解決することが求められる。そして、まさに近い将来、その命題に対し、「群大病院に学ぶ」として、多くの医療機関の改革が実現し、クリニカル・ガバナンスが充実していくことを期待する。



https://www.m3.com/news/iryoishin/446169
シリーズ: 群馬大学腹腔鏡死亡事故
群大事故調、「医師の責任追及」から「組織の問題」に変化
上田委員長、「我が国には同僚評価の文化が根付いていない」

2016年7月31日 (日) 橋本佳子(m3.com編集長)

 「計35回の会議以外にも、昼夜を問わず、各委員が報告書の内容に手を入れて、共有するやり方で進めた。私が海外出張の時は、Skypeで報告書を読み合わせるなどした。結局、210時間以上に及ぶ審議を行い、長い時は2日間連続の委員会も開催している」

 7月30日に公表された、群馬大学医学部附属病院の肝臓手術の死亡事故に関する外部委員会の記者会見の冒頭、委員長の上田裕一氏(奈良県総合医療センター総長)が言及したのは、報告書作成のプロセスや考え方だ。3時間に及んだ会見のうち、約2時間は報告書内容の説明に充てられた(報告書は、群大のホームページ)。

 報告書の内容は、群大病院が、院内の委員に外部委員を交えて調査を行い、2015年3月に公表した報告書(以下、前回報告書)とは大きく異なる(今回の報告書は『死亡事故の背景、「手術数の限界を超え、悪循環」』を参照。)。前回報告書では、群大旧第二外科の執刀医の技量を問題視する箇所が目立った。これに対し、今回報告書は、死亡事故の続発は、同科と群大病院の診療および安全管理の体制という組織上の問題が大きいとしている。

 前回報告書をめぐっては、外部委員の了解を得ずに、執刀医の行為に「過失があった」と追記、それが問題視され、文言を削除するという混乱があった(『最終報告書から「過失あり」を削除、群大病院』を参照)。その後、群大病院は、特定機能病院の承認取消に至った。一連の事故の検証と再発防止策の検討が求められ、社会的に注目される中で、群大病院ではなく、群大学長自身が設置したのが今回の外部委員会だ(『「承認取消は数億円の影響」、群大病院』を参照)。

 上田氏は記者会見で、調査は、個人の法的責任の追及ではなく、再発防止のための改善策の提言を目的としたと強調。その旨は今回報告書に明記されている。

 二つの報告書の相違を記者会見で問われた、副委員長の長尾能雅氏(名古屋大学医学部附属病院副病院長、医療の質・安全管理部教授)は、「今回は外部委員のみで集まり、調査をした。私は前回調査も担当したが、ほとんど委員会には招かれず、調査が進んだ」「今回は、前方視的な視点で調査し、広い視野で事故の背景から探っていくことにこだわったのが特徴」と説明した上で、次のように答えた。「前回報告書で、『過失があった』と記載されたのは、内部主体で調査が行われたことの弊害だと感じている。群大ではこれまで、内部主導で調査をしてきた歴史があった。そのこと自体が、前回のような結果を生み得るものだった」。

 今回報告書には、前回調査と報告書作成の経緯に触れた部分がある。「前調査委員会の報告書は、事故調査委員ではない病院長が、総括報告書案を作成していたという問題に加え、病院長が、遺族に分かりやすいように、との配慮から、個別報告書の事例ごとに、『過失があったと判断される』と追記し、外部委員の許可なく、それを最終報告書として公表したことは大きな問題であった。このような問題を招いた要因として、これまで群大病院で行われていた医療事故調査の多くが、病院長および副病院長の指導の下で行われていた経緯が指摘できる。病院長がリーダーシップを発揮し、責任を果たそうとしてきた姿勢は理解できるが、第三者性、独立性、校正性の面からは問題があり、医療事故調査のあり方に大きな課題を投げかけた」。

 上田氏も、「前回調査では、迅速な対応を非常に重視し、できるだけ早く報告書をまとめたいという意向があったのではないか。今回はそうしたプレッシャーはなかった」と説明。外部委員会は、医師2人、看護師1人、弁護士1人、患者・一般の立場2人という6人で構成。全員が院外委員だが、消化器外科の専門家はおらず、医学的な検討は、日本外科学会に依頼して実施した。上田氏自身は、心臓外科医。「外部委員の専門性はあまり関係がないと思う。調査を左右するのは、委員の“気持ち”であり、(前回調査と今回調査の相違は)委員の構成メンバーの違いにあったのだろう」(上田氏)。

 もっとも、今回報告書は全体的には評価しつつも、遺族には不満が残る(『群大の被害者弁護団「執刀医への刑事告訴を検討」』を参照)。「執刀医の問題」についての記載が薄れているほか、今回調査が腹腔鏡下および開腹の肝切除術の計18例を対象としているのに対し、日本外科学会は2007-2015年に旧第一外科、旧第二外科の死亡症例64例のうち、検証の必要があると判断した計50例を調査対象としており、遺族らは他の事例についての調査も求めている。

 記者会見の中で、上田氏が語った象徴的な言葉がある。「なぜ私が委員長に指名されたのか、その理由は分からない。察するに、(地理的に群大に)近い多くの医師が断られたから、奈良という遠くから、私が来なければいけなかったのだろう。我が国には、同僚評価の文化が根付いていない」。こう上田氏は述べつつ、日本外科学会による50例の事故調査については、「専門領域の学会としての見識を示した」と評価した。


 「ブリストルの遺産」を参考に調査

 外部委員会は、2015年8月30日から、2016年7月14日まで計35回開催。計12人の病院関係者にヒアリングを行い、執刀医に対しても2回ヒアリングを実施している。事前にヒアリング対象者に開示した上で、今回報告書を公表した。

 対象としたのは、2009年度以降で、執刀医が関与し、腹腔鏡下もしくは開腹による肝切除術後の死亡例で、合計18事例(予定手術後1カ月以内、もしくは同一入院期間内の死亡)。「18事例を対象に調査するのは初めて。今まで3事例くらいの事故調査は行ったことがあるが、それ以外は1事例程度。それでも3カ月から6カ月は要することがあった。18事例を委員6人で調査するのは、大変なこと」(上田氏)。

 今回報告書で扱う「医療事故」は、2015年10月からスタートした医療事故調査制度における、医療法に基づく「医療事故」とは概念が異なり、厚生労働省のリスクマネージメントマニュアル作成指針などで示されている広義の「医療事故」の定義を用いていると説明。

 さらに、上田氏は記者会見で繰り返し、「調査の目的は、責任追及ではなく、再発防止である」と強調した。今回報告書は、(1)はじめに、(2)事実経緯、(3)検証結果、(4)「日本外科学会報告書」の抜粋、(5)再発防止に向けた提言、(6)おわりに――から成り、83ページのうち、23ページを(5)に充てている。

 事故調査や再発防止策の検討に当たって、参考にしたのが、英国ブリストル王立病院で起きた一連の小児心臓手術事故について分析した、「ブリストルに学ぶ:ブリストル王立病院小児心臓手術(1984~1995)特別調査委員会報告書」と、この報告書の要点を紹介した「医療の質の保証―ブリストルの遺産―」(古瀬彰:胸部外科59巻第5号~11号、2006年)。「報告書の評価の範囲は、特定の医師の手術死亡率といった単純な指標にとどまらず、病院の設備、医療スタッフのコミュニケーション技術やチームワーク、管理者のクリニカルガバナンス(医療組織を医療の質と安全で規律づけるための仕組み)など、さらには英国の医療体制(NHS)にも及んでおり、多岐にわたっていた」と、今回報告書に記載している。

 「提言内容の進捗状況を1年後に確認」

 上田氏は、「できるだけ前方視的な視点の評価に務めたが、調査自体は後方視的に行ったため、明確ではない点があるなど、難しさもあった。また日本外科学会の支援なくしては、調査は到底できなかったが、手術の成功例や合併症例などの調査は行っておらず、群大病院の手術症例全体を検証したわけではないなどの限界があることを理解してもらいたい。ただし、当初予想した以上に、種々の要因があることが分かった。それぞれに深めていくと、マンパワーが圧倒的に不足しており、とても時間が足りず、十分に調査ができたとは思っていない」とその苦労を語った。またヒアリングを了承した遺族に対しては、感謝の言葉を述べるともに、「患者側には弁護団も付いている。他の事故調査と比べると、いろいろなハードルがあったというのが実感」と難しさにも触れた。

 今回報告書では、「提言した内容の進捗状況を1年後に確認する機会を持ち、その結果について公表する予定」と明記。特定機能病院の承認取消状態が続く群大病院が、本報告書を基にどんな改善策を講じ、医療安全体制の確立に務め、患者や社会からの信頼を回復できるか、これからが再生に向けた本番だ。



https://www.m3.com/news/iryoishin/446173
シリーズ: 群馬大学腹腔鏡死亡事故
群大の被害者弁護団「執刀医への刑事告訴を検討」
報告書を評価も、執刀医の記述に不満残る

2016年7月31日 (日) 高橋直純(m3.com編集部)

 群馬大学医学部付属病院での腹腔鏡手術事故に関する事故調査報告書が公表されたことを受けて7月30日、群馬大学病院被害対策弁護団(団長・安東宏三弁護士)と遺族会は群馬県庁で会見し、報告書は「病院や診療科長である教授(旧第二外科)の責任を指摘し、全体として高く評価できる」とコメントした一方で、執刀医の「問題」に対する指摘が薄いことを問題視。引き続きヒアリングを求めていくとし、実現されない場合やヒアリング内容によっては、「執刀医については説明次第で、刑事告訴、行政処分の要求も検討する」と主張した(報告書の内容は『死亡事故の背景、「手術数の限界を超え、悪循環」 』を参照)。

 会見は被害対策弁護団事務局長の梶浦明裕弁護士と2遺族の代表らが出席し、事故調査委員会の会見が終わった午後5時半ごろから始まった。梶浦弁護士は「全体として基本的に高く評価できる」とし、病院全体や肝胆膵チーム、旧第二外科教授の問題点や責任を明らかにしたことを特に評価した。特に「教授の違法性の高さが明らかになった」と述べた。

 一方で、さらに検討を要する点として(1)日本外科学会が調査した死亡50例のうち事故調が対象とした18例以外、(2)2005年の生体肝移植問題に遡った検討がされていない、(3)「執刀医」の問題が薄れている、(4)改善策に優先順位がない――という点を挙げた。

 今後は事故調のヒアリング結果の開示や日本外科学会の医学的評価報告の全例の開示、公表などを求めるとしている。特に診療科長と執刀医に対しては、「留保条件としていた事故調の報告書が公表された」として、同日付で改めてヒアリングを要請した。要請書では「診療録などに基づいて説明する法的義務(顛末報告義務)を負っている(民法656、645条、医療法1条の4第2項)」と主張している。

 また、梶浦弁護士は「執刀医については説明次第で、業務上過失致死罪での刑事告訴、医道審議会などへの行政処分の要求も検討する」方針とし、業務上過失致死罪での刑事告訴については「患者ごとに強弱はあるが、術前検査をしないなど複数の過誤があり可能」と説明した。

 会見には2遺族の代表者も同席した。60歳代の父を腹腔鏡手術後に亡くした男性は、「もっと厳格な基準や資格などで大丈夫と認めた上で、手術をするようにしてほしい。この報告書を踏まえてどのように改善していくかが重要」と述べた。

 開腹による膵頭十二指腸切除術後に20歳代の妹が亡くなった男性は、事故調の検証対象に、妹の事例が含まれていないことに対して、「18例のみで頭が真っ白になった。全体的な問題点は明るみに出たが、残り32例に言及されていない。似たような事例ととらえれば流用できるかもしれないが、詳細を出してほしい」と不満を訴えた。

 また、遺族への説明とカルテの記載が異なっていたという自身の体験を基に、「執刀医のコメントが正しいかのような扱いは遺憾」。群大病院に対しては「結果的に死亡するにせよ、『お任せして良かった』と思えるのが医療だと思う。安心できる医療機関になってほしい。群大病院がなくなるのは困るので、意見を取り入れてもらいながら改善策を一緒に考えていけたらと思う」と求めた。



https://www.m3.com/news/general/446179
群馬大病院、手術死続発 執刀医独走、組織に問題 調査委が報告書
2016年7月31日 (日 毎日新聞社

群馬大病院:手術死続発 執刀医独走、組織に問題 調査委が報告書

 群馬大病院(前橋市)で同一医師の肝臓手術を受けた患者が相次いで死亡した問題で、同病院の医療事故調査委員会(上田裕一委員長)が30日、同大で記者会見した。この医師はほぼ一人で手術の実施判断や治療に携わり、複数の医師らが出席する症例検討会に参加しないこともあった。心臓外科医でもある上田委員長は「外科医一人の手術がうまくいけば全部がうまくいくわけではない。組織運営に問題があった」と総括した。

 調査委は、問題の医師が関わった18例の死亡事例を検証。死亡原因を分析し、改善策を盛り込んだ報告書をまとめ、同大の平塚浩士学長に同日提出した。

 報告書では、2009年度の1年間に、この医師が手術を担当した計8人が死亡していたことなどから、「体制を振り返って対応をとっていれば、その後の死亡を防げた可能性があった」と指摘。患者への説明も情報提供が不十分だったとし、改善策として、医師の説明を理解できたか患者がチェックする用紙の導入や、患者がカルテを閲覧できる仕組みの整備を提言した。

 この医師は10年から腹腔(ふくくう)鏡を使った難易度の高い手術を始めたが、専門的な知識や技術を持つ内視鏡認定医がかかわったのは、最初の2例のみ。上司の教授は腹腔鏡手術の経験がなく、肝臓手術の経験も多くなかった。別の医師から手術中止の進言もあった中、8人が死亡した。

 肝胆膵(すい)(肝臓、胆道、膵臓)手術が専門の具英成(ぐえいせい)神戸大教授は「高難度の手術を担える技量のない教授が、部下を適切に指導監督することは難しい。こうした人を責任者にしたことが問題の始まりとも言える」と指摘した。【野田武】



http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03185_01
【座談会】
国際標準の集中治療提供体制の構築に向けて

松田 晋哉氏  (産業医科大学医学部 公衆衛生学教室教授)
志馬 伸朗氏  (広島大学大学院医歯薬保健学研究院 応用生命科学部門救急集中治療医学教授)=司会
讃井 將満氏  (自治医科大学附属さいたま医療センター 麻酔科・集中治療部教授)
週刊医学界新聞 第3185号 2016年08月01日

 在院日数の短縮化によって急性期病院における患者の重症度が増すなか,急性期重症患者の“最後のとりで”である集中治療の役割が高まっている。にもかかわらず,日本の集中治療提供体制は脆弱なままであり,国際標準からは大きく乖離している。

 今後,地域医療構想や病床の機能分化を推進する上で,集中治療の在り方の議論を避けて通ることはできない。本座談会では,集中治療提供体制の現状を踏まえ,必要ICUベッド数や適正配置と,その前提となる重症度評価の標準化,さらには人材育成に向けた今後の展望までを議論した。

日本の集中治療提供体制は先進国の中で“外れ値”

志馬 今年3月,欧州集中治療医学会発行のIntensive Care Medicine誌に,日本の集中治療の現状を紹介するEditorialを執筆しました1)。国際雑誌において,欧米の集中治療が比較・考察されることはあっても,日本に関しては2002年発行の論文2)を最後に全くありませんでした。ですから,この機会に国際的な発信を試みた次第です。

 これには,問題提言的な側面もありました。Editorialでは,日本集中治療医学会雑誌に掲載された内野滋彦先生(慈恵医大)の論文3)から図1を引用しました。横軸に「人口10万人当たりの病床数」,縦軸に「人口10万人当たりのICUベッド数」を取ると,日本は病床数が圧倒的に多い一方,ICUベッド数は英国と並び最低水準にあることがわかります。先進諸国において,日本は明らかな“外れ値”なのです。日米両国での集中治療医としての経験を踏まえ,讃井先生はこのデータをどう見ますか。

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図1 病床数とICUベッド数の相関(文献3より)

讃井 私の実感とも合っています。日本とは逆の意味で“外れ値”となっている米国で集中治療医学フェローをしていたころは,すぐにでも退院できるくらいにまで患者の状態を安定させてから,ICU退室としていました。ですから,日本とは逆に,病床数が少ない割にICUベッド数が多いのでしょう。このように,国によってICUベッドの使い方が異なるので一概には言えませんが,日本のICUベッド数が極端に少ないのは間違いありません。

志馬 議論の前提として,ICUベッドの使われ方が多様であることは押さえておく必要がありますね。ICU入室の主な経路は,手術室,救急,一般病床です。米国と比較すると日本は,手術室経由の術後管理目的の入室が多く,救急経由の入室が少ないのが特徴となります2)。

讃井 ICUベッド数が少なければ,本来はICU患者の重症度は高くなるはずですが,日本の場合は術後管理を中心とした軽症者が多いわけですね。本来はICUでの管理が必要な患者が,救命救急入院料加算ベッドや一般病棟で管理されていると考えられます。

全国に点在する小規模ICU,不足する集中治療専門医

志馬 日本の特徴として,小規模なICUが全国に点在し,施設によってその機能に差が生じていることも挙げられます。松田先生は以前,DPC研究班(厚労科研)の研究代表者として,日本集中治療医学会との合同調査をされています。その研究結果をご紹介ください。

松田 ICUベッド数は2~67床(中央値8床,四分位範囲6~12床)と,やはり病院間でICUベッド数にばらつきを認めました4)。ICUの利用実態をみると,術後管理を目的とする施設では各科主治医の管理によるopen ICUが,治療目的の施設では専従医の管理によるclosed ICUが多い傾向がみてとれます。

 さらには,ICU退室時の死亡に関連する要因を分析した研究では,closed ICUの施設で死亡率が低いという結果が得られました。ICUのクオリティを高めていくためにも,closed ICUの数を増やしていくことが今後重要になってくるのではないでしょうか。

志馬 集中治療専従医の配置による患者アウトカムの改善や診療コスト削減を示す研究結果は,諸外国においても多数あります5)。しかし,こうしたエビデンスも医療関係者や病院や行政には知れ渡っていませんし,そもそも集中治療専門医の数自体が日本全国で900人弱にすぎません。

讃井 ICUの専従・専任者に限ると,その数はさらに少なくなるでしょうね。日本は主治医意識が強く,集中治療専門医の歴史も浅いことから,エビデンスをもってしても,closed ICUの普及は容易ではありません。

必要ベッド数推計に不可欠な入室基準の標準化と重症度評価

志馬 日本は,ICUベッド数も集中治療専門医の数も足りていない。こうした絶対数の不足に対しては,地域ごとの症例数と必要ベッド数を推計し,政策提言につなげていかなければなりません。地域医療構想の基盤データ整備に携わる松田先生は,ICUベッド数の地域配分についてどのように評価されていますか。

松田 図2は,都道府県別のICU充足率と利用状況の相関を示したものです。縦軸はSCRで,最大250(佐賀県)から最小20(新潟県)まで,ICUの利用状況には10倍以上の地域差があります。横軸は地域のニーズに対するICUの充足率で,福岡や沖縄はほぼ100%ですけれども,充足率が50%以下の都道府県が複数ある状況です。

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図2 ICUのSCRと充足率との相関

SCR(Standardized Claim Ratio;年齢調整標準化レセプト出現比);年齢調整標準化死亡比と同様の手法で,性年齢で標準化したICU関連レセプトの出現比を示したもの。SCR 100.0が全国平均。SCRが100.0より大きければ,その医療行為は全国平均よりも多く行われていること,100.0より小さければ少なく行われていることを意味する。
充足率;ここでは,DCP研究班参加施設のICU利用率を「標準」と考えて推計。推計値に対する実際の病床数の割合を「充足率」と定義。
 地域のニーズに対してICUが充足するほど,ICUの利用率は増えると考えられますが,実際は同程度の充足率であっても,利用状況に大きな差が認められます。つまり,地域格差が医療ニーズとは必ずしも整合していません。必要なICUベッド数の推計のためには,ICU入室基準の標準化や,入室者の重症度を測る標準的な手法の普及が不可欠だと考えています。

志馬 重要なご指摘です。日本のICUにおいては,心電図モニター,観血的動脈圧測定や人工呼吸装着などの診療行為が,保険診療上の重症度を規定します。これは妥当なように見えて,実は医療者によって恣意的に重症度が変わり得る。一方で,患者の基礎疾患や検査値に基づく客観的な重症度評価の方法が存在し,APACHEスコアやSOFAスコアが代表的です。集中治療領域の学術論文においては,これらのスコアを用いて評価することが大前提となります。

 しかし臨床現場において,客観的重症度評価の方法があまり普及していません。もっとも点数の高い特定集中治療室管理料1または2を算定しているICUが全国に約80施設ありますが,そのうちAPACHEスコアを使用しているのは3割に満たないのです。

松田 オーストリアでは,診断群分類ごとの支払いのほかに,TISSスコアを用いた重症度評価と病床当たりの看護師数の組み合わせでICUを6段階に分け,その区分に応じた1日当たり加算点数を設定しています。ICU症例は重症度が医療資源の必要度に強く影響しますから,この方式は妥当性があります。日本も将来的には,重症度を加味したICU評価を導入すべきですし,その大前提として重症度の客観的評価は必要でしょう。

高度医療の集約化に向けてデータベース作成と研究推進を

志馬 2009年に新型インフルエンザの大流行が起きた際,日本における ECMO(体外式膜型人工肺)治療の成績は,諸外国と比較して良好とは言えないものでした6)。ECMO治療では機器管理の習熟やスタッフ教育が不可欠であり,欧米では治療施設の集約化が進んでいます。一方,日本の場合は治療施設が散らばっているせいで,各施設での症例経験やトレーニング,診療の標準化が不足していた可能性があります。ECMO治療は典型例ですが,高度医療に関してはある程度集約化したほうが診療の質は上がるのです。

讃井 病床規模と患者アウトカムの関連をみた私たちの研究においても,大規模なICUをつくることが,患者アウトカムを改善する最適解であることが示唆されています7)。

志馬 ICUの集約化に向けて,政策誘導は可能なのでしょうか。

松田 日本のように民間病院が中心だと,政策誘導は容易ではありません。やるとなると,医療の質に着目するほかないでしょう。ストラクチャー(構造),プロセス(過程),アウトカム(結果)の側面から医療の質を評価し,例えば「病床規模が大きいほどガイドラインに示された項目の順守率が高く,患者の死亡率が低い」というエビデンスを学会として示すことが重要だと思います。

讃井 ICUの場合は肺炎予防や血栓予防など順守すべき共通項目が多いので,プロセスの評価はしやすいかもしれませんね。

志馬 現在の特定集中治療室管理料の施設基準は,基本的にストラクチャーが中心で,プロセスやアウトカムはほとんど評価されていません。これらに関連したQuality Indicatorを設定して,適正な評価のために活用していくべきなのでしょうね。

松田 米国のLong Term Acute Care hospital――日本でいう療養病床に近い施設を先日見学してきました。そこで驚いたのは,カテーテル関連感染症や褥瘡発生率など,あらゆるQuality Indicatorが取られていたことです。こうした数値化の努力はさすがだと感心しました。

讃井 まったく同感です。日本集中治療医学会でも,JIPAD(Japanese Intensive care PAtient Database)というICU入室患者データベースの作成に多施設で取り組んでいます。前述のAPACHEスコアを用いて患者の重症度を評価し,ICUの機能評価につなげていく試みです。ただ,多忙な診療の合間をぬってデータ入力を行う負担が大きく,普及の妨げとなっています。

松田 外科系学会のNCD (National Clinical Database)は成功例ですが,外保連試案をはじめ技術評価の長い歴史に加えて,入力フォーマットを標準化したのが大きいですよね。ベンダー各社の協力も得ながら,通常業務以外の負担を極力減らすシステムを電子カルテ上に構築することが,成功の鍵になると思います。

集中治療医の専門性を,地域社会とチーム医療で発揮する

志馬 最後に,人材育成の議論に移ります。ICUベッド数だけでなく,集中治療に携わる医師もまだまだ不足しています。讃井先生は,日本集中治療教育研究会での活動を含め,若手医師の育成に尽力されています。どのような将来展望をお持ちですか。

讃井 門戸を広くすることがまず大事で,救急科医や麻酔科医はもちろん,内科医や外科医,総合診療医など,さまざまなバックグランドを持つ医師が集中治療のトレーニングを受けることができるような取り組みは,今後も継続していきたいと考えています。

志馬 スペシャリスト志向の強い日本では,ジェネラリストに対するネガティブな風潮が依然としてあります。この点はいかがお考えですか。

讃井 「ジェネラルという専門性」があると思うのです。つまり,「重症患者の全身管理に関しては,集中治療医の右に出る者がいない」という医師像を描いています。

 もちろん,国際標準のINTENSIVISTを全国的に輩出していく上では,トレーニングの質・量ともに改善の余地があるのは確かです。新専門医制度に向けて学会での議論も今後深まっていくと期待しています。

松田 集中治療の専門性ということで言えば,生命予後はもちろんのこと,QOLを含む長期予後が今後は重要になってくるような気がします。ICUにおける全身管理の良しあしで,ICU退室後のQOLは全く異なるはずですよね。

志馬 その点は国際的にも注目が集まっており,近年はPICS(Post Intensive Care Syndrome)という疾患概念も提唱されています。確かに,死亡以外の長期予後を評価するのも,集中治療の専門性に対する社会的な認知を深めていく上で重要でしょう。

讃井 その専門性を地域で発揮していくこともできるはずです。院内急変に対する見張り番の役割をさらに拡大して,地域で重症患者が発生した際の見張り番の役割をする。遠隔医療を活用したシステムの構築を,臨床研究として考えています8)。

松田 例えば人工呼吸器を装着した高齢者が,人生の最期を病院で過ごさなければならい状況は,QOLの観点からは望ましくありません。そこに全身管理の専門家が介入することで,地域で生きていく可能性を高めることができるならば,本当に素晴らしいですし,ぜひ集中治療の専門性を地域で発揮する仕組みをつくっていってほしいです。

志馬 さらには,多職種によるチーム医療を発展させることも,これからの集中治療医に求められる役割です。

讃井 確かにそうですね。米国にもチーム医療がありますが,マンパワーが充実していることもあって,関係性はわりとドライです。米国と違い,日本はそもそもの医療従事者の絶対数が少ないなか,いかに多職種と協力してチーム医療を発展させるかは,大きなチャレンジです。

松田 私も,その視点はとても大事だと思います。米国は職種ごとに業務が細分化されすぎていて,職員数が増えるぶん高コストになるし,業務間のニッチが生じて医療安全上も望ましくありません。日本の場合は,多職種の業務がわりと重なっていて協力し合える関係にある。これを強みとして意図的に活かしていくことが求められます。その人員配置とアウトカムをエビデンスとして示すことができれば,ストラクチャーの評価として診療報酬にも反映されるはずです。

 集中治療は新しい領域であるだけに可能性に満ちていて,私のような社会医学者の立場でみても面白いです。今後とも何らかの形で協力させてください。

志馬 さまざまな医療関係者や研究者,あるいは行政官の協力を得て,できることはたくさんありそうです。国際標準の集中治療提供体制の構築に向けて,今後も努力を続けていきたいと思います。どうもありがとうございました。

(了)

◆参考文献・URL
1)Shime N. Clinical and investigative critical care medicine in Japan. Intensive Care Med. 2016;42(3):453-5. [PMID:26762107]
2)Sirio CA ,et al. A cross-cultural comparison of critical care delivery:Japan and the United States. Chest. 2002 Feb;121(2):539-48.[PMID:11834670]
3)内野滋彦.わが国の集中治療室は適正利用されているのか.日本集中治療医学会雑誌.2010;17(2):141-4.
4)日本集中治療医学会ICU機能評価委員会,平成20年度厚生労働科学研究班.ICUの人員配置と運営方針が予後に与える影響について.2011;日本集中治療医学会雑誌.18(2);283-94.
5)Pronovost PJ, et al. Physician staffing patterns and clinical outcomes in critically ill patients:a systematic review. JAMA. 2002;6;288(17):2151-62. [PMID:12413375]
6)Takeda S, et al. Extracorporeal membrane oxygenation for 2009 influenza A (H1N1) severe respiratory failure in Japan. J Anesth.2012;26(5):650-7. [PMID:22618953]
7)Sasabuchi Y,et al. The volume-outcome relationship in critically ill patients in relation to the ICU-to-hospital bed ratio. Crit Care Med. 2015;43(6):1239-45. [PMID:25756414]
8)讃井將満. 集中治療医が遠隔から重症患者診療をサポートする――tele-ICU導入の試み. 週刊医学界新聞2015年4月20日号.

志馬 伸朗氏 しめ・のぶあき氏
1988年徳島大医学部卒,京府医大麻酔学教室入局。米カリフォルニア大サンフランシスコ校(UCSF)研究員,京府医大集中治療部副部長,国立病院機構京都医療センター診療部長/救命救急センター長などを経て,15年9月より現職。日本集中治療医学会理事,同学会社会保険対策委員会委員長。


松田 晋哉 まつだ・しんや氏
1985年産業医大卒。91~92年フランス政府給費留学生(フランス保健省公衆衛生監督医見習い医官),92年フランス国立公衆衛生学校卒。99年3月より現職。フランス公衆衛生監督医(Diplôme de la Santé),英国王室医学会公衆衛生医学会フェロー。DPCの開発者としても知られる。『地域医療構想をどう策定するか』(医学書院)など著書多数。

讃井 將満 さぬい・まさみつ氏
1993年旭川医大卒。飯塚病院などで研修後,99年に渡米。米マイアミ大にて麻酔科レジデント,臓器移植麻酔フェロー,集中治療医学フェロー。自治医大さいたま医療センター講師,慈恵医大准教授を経て,2013年より現職,15年よりセンター長補佐を兼任。NPO法人日本集中治療教育研究会(JSEPTIC)理事長。



https://www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/54437/Default.aspx
厚労省・ベンチャー懇報告書「イノベーションを評価する薬価制度構築を」
2016/08/01 03:51 ミクスオンライン

厚生労働省は7月29日、医療のイノベーションを担うベンチャー企業の新興に関する懇談会の報告書をまとめ、塩崎厚労相に手渡した。イノベーションを評価する薬価制度の構築や、PMDAの承認審査・相談料の減免の拡充やオーファン疾患に対する開発助成の増額などを求めた。厚労省内に「ベンチャー等支援戦略室(仮称)」を1年以内に設置し、“オール厚労省”でのベンチャー支援体制を敷くことも盛り込んだ。厚労省は、ベンチャー支援対策強化について、2017年度予算案の概算要求に盛り込む方針。

報告書では、基礎研究から承認、販売、市販後調査、海外展開まで見据えたエコシステムを醸成する制度づくりが必要と指摘。イノベーションを評価する薬価制度として、▽医療系ベンチャーの費用構造を含む実態を調査した上で、その特性に対応した薬価における評価、▽既存の画期性加算で十分に評価できなかったイノベーションの評価、▽革新的な抗体医薬品などに対する研究開発や製造の高コスト化に見合った評価――をあげ、中医協のワーキンググループで検討することなどを提案した。

また、上市後のサポートとして、事業規模の小さい医療系ベンチャーにとって、市販後調査(PMS)は多大な負担になっていると指摘。疾患領域別にクリニカル・イノベーション・ネットワーク(CIN)の3年以内のフォーマット統一を目指すことなど、電子的な臨床データなどを活用したPMSの推進を求めた。また、PMSにかかわる資金面の費用軽減も求めた。


◎厚労省、PMDA、臨床研究中核病院との連携強化を

医療系ベンチャー振興施策の企画・実行・モニタリングを行う組織として、厚労省内にベンチャー等支援戦略室(仮称)を1年以内に設置。あわせてPMDAには、医療系ベンチャーを含めた小規模事業者がもっているシーズの実用化を支援する「小規模事業者シーズ実用化支援室」(仮称)、臨床研究中核病院にベンチャー支援部門を設置し、連携することも求めた。

報告書では、ベンチャー振興に向けて、①規制から育成へ、②慎重からスピードへ、③マクロからミクロへ――をベンチャー振興方策の3つの原則(パラダイムシフト)--を3つの原則(パラダイムシフト)に位置づけた。その上で、①エコシステムを醸成する制度づくり、②エコシステムを構成する人事育成と交流の場づくり、③オール厚労省でのベンチャー支援体制の構築――を3つの柱とした具体的な取り組みを示している。

米国では開発された新薬の半数がベンチャー由来であるなど、医療系ベンチャーが製薬企業のイノベーションのカギを握っている。日本では、大学や研究機関が有するシーズは世界でも高い水準であるものの、企業家が少なく、人材確保が困難であることや、投資などが少なく、資金面での支援も弱いなどの弱みがあり、支援策が求められていた。


  1. 2016/08/01(月) 05:35:54|
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