Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

6月13日 

http://www.cabrain.net/news/article/newsId/48962.html
医療事故調の制度見直しで意見募集- 15日まで、厚労省
2016年06月13日 16時00分 キャリアブレイン

 厚生労働省は、昨年秋に始まった医療事故調査制度(医療事故調)について、日本医療安全調査機構が運営する「医療事故調査・支援センター」と医師会や病院団体などの支援団体が意見交換する「協議会」の設置に向け、省令の改正案に対する意見を募集している。期間は15日まで。【敦賀陽平】

 医療事故調について定めた医療法の附則では、公布後2年以内に制度の見直しを検討し、法制上の必要な措置を講ずるとしており、24日にその期限を迎える。制度の見直しに関しては与党内で協議が進み、厚労省は9日の社会保障審議会の部会で改善案を報告した。

 協議会の設置は、医療事故かどうかの判断や、医療機関内での調査の方法などの標準化を図ることが狙い。各都道府県に1カ所ほどを設け、各団体の支援や調査の状況について情報共有などを行うほか、中央レベルとの連携も進める。病院などの管理者への支援がスムーズに進むよう、必要な場合は研修会を開いたり、支援団体を紹介したりする。

 改正案ではまた、医療事故の死亡事例に関する院内調査を適切に行うため、医療機関の管理者に対して、調査体制を整備することを明確化している。

 意見募集は原則30日以上だが、今回は7日間と期間が短い。厚労省は「限られた期間の中で多数の関係者の議論を踏まえ検討する必要があり、いかなる内容の措置を講ずるか整理を行うのに時間を要した」としている。



http://news.livedoor.com/article/detail/11634419/
国立大学医学部との学費格差は9.5倍 それでも私立大学に進む理由
2016年6月13日 7時0分  ※週刊朝日  2016年6月17日号

 今年の医学部の志願者は国公立大は3.5%減で、私立大は2%増だった。

 国公立大では信州大や熊本大が後期を廃止したため、志願者減になったようだ。一方、私立大は37年ぶりに東北医科薬科大に医学部が新設されたこともあり志願者増。来年も国際医療福祉大に医学部が新設予定だ。駿台予備学校進学情報センター長の石原賢一さんがこう話す。

「医学部人気は続いています。他の理系学部の将来像がはっきり見えないのに対し、医師は安定している上に社会的ステータスも高い。今は地元に近いところを目指す傾向が顕著で、東西間の移動が減りました」

 かつて、北は旭川医科大から南は琉球大まで、医学部志望の受験生にとって、すべてが志望校と目される時代もあった。国公立大にこだわるのは、学費格差が大きいからだ。大学通信の調査では、国立大の学費は6年間でおよそ350万円。私立大は平均でその9.5倍の3320万円にもなる。国公立大志願者には滑り止めがないと言われるのは、そのためだ。

 浪人生が多いのも医学部の特徴だろう。現役合格者が5割以上なのは、上位50校で12位の桜蔭など9校だけだ。難関の東京大でも現役合格者の割合は65.7%だから、医学部入試のほうが厳しいといえる。

 合格者の上位は中高一貫校が占める。なかでも目立つのは私立大医学部の合格者が多い学校だ。首都圏(東京、埼玉、千葉、神奈川)で、自宅から通学できる国公立大医学部が少ないからだと見られる。それに対して私立大は15校あり、医学部のある全私立大30校の半分を占める。中高受験に詳しい安田教育研究所の安田理代表は、さらにこんな指摘をする。

「公立の上位校は県のトップ校が多くなっています。国公立大より私立大医学部が極端に多い学校を見ますと、桐蔭学園、暁星、栄東など、小学校のある学校です。私立小に通わせる親は医師が多く、子どもを医師にしたい気持ちが強い上に経済的にも余裕があるため、私立大でもいいとなるのでしょう。小学校のない中高一貫校にも、私立小から進学してきている生徒も多く、私立大に合格者が多いのではないでしょうか」

 医学部に強い学校は、やはりその志望校に合わせた指導もしっかりしている傾向にある。子どもを医師にしたいと考えるなら、これらの上位校に進学させるのが近道といえそうだ。



http://toyokeizai.net/articles/-/122317
岐路に立つ日本の財政
舛添騒動の影響は大丈夫?「地域医療構想」
都民の健康を守る医療提供体制はどうなる

土居 丈朗 :慶應義塾大学 経済学部教授
2016年06月13日 東洋経済オンライン

政治資金の公私混同疑惑に揺れる東京都の舛添要一知事。このせいというか、おかげというか、舛添都知事が答弁する東京都議会はいつも以上に注目が集まっている。議会のインターネットライブ中継にアクセスが集中し、ダウンするほどである。

舛添都知事を支持しない、答弁に納得できない、という声は多数に上るが、それにとどまらず、この疑惑の解明に多くの時間を割かざるをえない状況になってしまい、都政の重要課題がおろそかになるという副作用を懸念する声も高まっている。

佳境を迎えた地域医療構想の策定

ただでさえ、東京都下で深刻な待機児童問題への対応は待ったなしだし、首都直下型地震に備えた防災対策も欠かせない。2025年に団塊世代が75歳以上となって医療や介護のニーズがより一層高まることが予見できるのだが、東京都下で将来足りなくなると見込まれる病院や介護施設の体制整備のメドは立っていない。都知事は、金曜日の午後から都庁を離れて別荘に行く余裕などないほどの行政課題を抱えている。東京都を巡る諸課題については、舛添都知事が当選した2014年2月の都知事選挙時に記した拙稿「都民のための東京都知事選の争点入門」にまとめている。約2年前に執筆したが最近書いたものとしてお読みいただけるほど、事態は変わっていないのは、何とも皮肉である。

特に、目下重要な時期を迎えているのは、将来の東京の医療である。より具体的に言えば、東京都で「地域医療構想」の策定が佳境を迎えており、来月にも策定された「東京都地域医療構想」が都知事に答申される予定となっている。案文はすでに出来上がっており、今月にもパブリックコメントを実施しようとしている。

地域医療構想とは、各都道府県下の地域(二次医療圏など)ごとに、2025年に目指すべき医療提供体制(病院や在宅医療などの整備)を、地域の実情と医療データに基づいて示すものといえる。地域医療構想の狙いなどについては、東洋経済オンラインの当連載の拙稿「少子高齢化社会でも日本の医療費は見直せる 地方の医療を救う『病院再編』とは?」でも述べたところである。

そもそも、東京都知事は、医療にまつわる権限をたくさん持っている。具体的には、病院開設の許可、地域医療支援病院の承認、医療法人の認可などである。

権限を持つからには、それをどう行使するかについて、事前に都民の声を聴きつつ方向性を示しながら進めていくことになる。東京都知事は、東京都内のどこにどれだけの病院や病床(ベッド)を置くべきか、各地域における地域医療支援病院をどう整備するか、医療従事者をどう確保するかなど、東京都における医療を提供する体制の確保に関する計画を作成して、都民に示すこととなっている。まさに、東京都下で地域ごとに、どう医療提供体制を確保して、都民の健康を守るかが問われる。

今のままでは5600床のベッドが足りない

このように、東京における医療をどうするか、都知事の意向は重要である。特に、東京都下の各地域で2025年に目指すべき医療提供体制を示すべく、目下策定が佳境を迎えている「東京都地域医療構想」は、東京都知事の名で出されることとなるのだが、このような状況で、舛添都知事ははたして「トップリーダー」の役割を発揮できるのだろうか。

5月17日に開催された第11回東京都地域医療構想策定部会にてその案文が公表された。そこには、患者の動向と医療機関の体制との間のミスマッチをできるだけなくそうと利害調整もなされ、それを踏まえた生々しい数字も記されている。

「東京都地域医療構想(案)」によると、東京都下には、現在(2014年度)10万8118床のベッドが医療機関にある。それが、2025年度における東京都下の患者数の予測を踏まえて必要となる医療機関のベッドを推計すると、11万3764床になる、と記されている。ここでは、東京都民でありながら神奈川県や千葉県などの医療機関に入院する人も、逆に埼玉県民や神奈川県民で東京都下の医療機関に入院する人もいることを踏まえている。

単純にこの数字だけ見れば、2025年度の東京では、患者の治療に過不足なく対応するには、今のままだと約5600床のベッドが足りない、ということを示唆している。もしそれだけのベッドを医療機関で用意できなければ、2025年度の東京では、入院待ちの患者が常時5000人近くも出るかもしれない、ということである。

この数字に基づけば、約5600床のベッドを、今ある医療機関に増設するか、新たに病院を設置するかして確保できれば、2025年度の東京で必要とされるベッドを確保できることになる。しかし、医療機関とて、採算が合わないなら病床をむやみに増やそうとはしない。単に増やせばそれでいいというほど簡単なものではない。近隣地域の中で利害調整をしながら、先行きの見通しが立つようにしてはじめて、必要な病床が確保されることになる。繰り返すが、東京都において、病院の新設、既存の医療機関の病床の増加には、東京都知事の許可がいる。

利害調整の手腕を発揮できなければ失格

来月には都知事に答申する予定の「東京都地域医療構想」には、こうした将来の東京の医療のあり方に深くかかわることが盛り込まれる。構想をまとめる有職者会議には、都知事は出席しないとはいえ、粛々と案文は作成されてゆく。「東京都地域医療構想」の策定が佳境を迎える最中、公私混同疑惑で時間を割かれていては、「トップリーダー」の役割を発揮して2025年の東京の医療の姿を示すことができたとは、とても言えないだろう。

東京都知事の名で「東京都地域医療構想」を出し終えても、都知事の仕事は終わらない。高齢化がすでに進んだ農村部と違って、東京都はこれから高齢化が進む。だから、前述のように、それに伴い入院患者を受け入れるベッドも今より増やさなければならない状況である。東京都知事は、病床の新増設の権限を持つといえども、人口が密集して病院を新増設する土地が少ない東京で、どのように病床を確保してゆくか、その手腕が問われる。その上、土地が必要なのは病院だけではない。目下深刻な待機児童を解消するために保育所を建てるにも、高齢者の増加に合わせて介護施設を建てるにも、土地が要る。

地域医療構想の含意を深く理解し、それを踏まえた利害調整などの手腕を発揮できなければ、誰であろうと、東京都知事として失格である。



https://www.m3.com/news/general/432681
余剰試算で削減可能性も 続く偏在、解消急務 「表層深層」将来の医師数
2016年6月13日 (月) 共同通信社

 「医療崩壊」が叫ばれる中で続けられてきた医師の増員方針が、将来見直される可能性が出てきた。厚生労働省は現在の医学部定員が今後も維持されれば、2040年度には医師が余ると試算。同省有識者会議は中間報告で、20年度以降の削減に含みを持たせた。一方で、地域や診療科ごとの「医師偏在」はなお解消されず、適正配分の具体策が求められている。

 ▽過去最多

 政府が、医療費膨張の懸念などから続けてきた「医師数抑制」の方針を転換したのは08年だ。

 当時は「妊婦のたらい回し」の問題を機に、過酷な勤務状況などを理由とする救急や産科、小児科の医師不足や地域医療の崩壊など深刻な実態が次々に表面化。当時の舛添要一厚労相は「政府は、医師数は十分だと言ってきたが、現実はそうではない」と指摘し、医学部の定員増が閣議決定された。

 その結果、16年度の医学部定員は臨時増員分も含め過去最多の9262人に。14年の医師数も31万超で、10年前の4万人増となっている。

 ▽奪い合い

 だが厚労省は今年3月、今後の人口減少などを考慮すると、医学部定員が16年度の水準で進んだ場合、40年度には1万8千人~4万1千人過剰になるとの需給推計を公表。有識者会議では「最近は粗製乱造の感がある」との意見も出た。

 医療現場からは「司法制度改革で増えた弁護士の状況と同様に、患者の奪い合いが生じる」(大学病院勤務医)との不安も。日本医師会(日医)は昨年「情勢の変化を踏まえ、早急に定員削減を行うべきだ」との提言をまとめており、厚労省には関係者から「有識者会議の中間報告に『削減』の文言を明確に盛り込んでほしい」との声も寄せられたという。

 5月にまとまった中間報告は、19年度までは現在の医学部定員数を維持し、20年度以降は「臨時増員などの効果を検証して結論を出す」との表現に落ち着いたが、厚労省は「現実的には増員は考えにくい」。ある委員は「当然削減は視野に入っている」と解説する。

 ▽大なた

 ただ医師が増える中でも、地域や診療科の偏在は依然として解消されていない。14年末の人口10万人に対する医師数は、最多の京都(約307人)と最少の埼玉(約152人)で2倍の格差に。産科・産婦人科や外科の医師数は、相変わらず訴訟リスクや長時間労働への警戒感から伸びが鈍く、九州の大学病院で働く医師は「増えた医師が本当に足りない所に流れていかないことが問題だ」と指摘する。

 臨床研修制度で都道府県別の募集定員に上限を設けて適正配置を図ったり、地域定着を促すため都道府県による奨学金制度を導入したりと国も対策を取ってきたが、問題解決の決定打にはなっていない。医師のあっせんを手掛ける「地域医療支援センター」も十分に機能しない状態という。

 有識者会議は偏在解消策の取りまとめを急ぐ構えで、診療所などの開業条件に「特定の地域・診療科での一定期間の勤務」を加える案なども検討する。ある勤務医は「地域や診療科ごとに医師の定員を決めている国もあり、そのくらいの大なたを振るわないと効果はない」と話す。



http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/061000057/?rt=nocnt
河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学
内心、「医者は酷使されていい」と思ってない?
「聖職」視の陰で酷使される勤務医の実態

2016年6月14日(火) 日経ビジネス

 「せがれが過重労働とパワハラで、体調を壊してしまいましてね。……真面目にやってきたのに、かわいそうで。『人の命は何よりも重い』と教育されてきたけど、医者の命だけは軽いのかもしれません」

 この男性の息子は、某病院の勤務医の34歳。昨年、電車の中で意識を失い、病院に搬送。そこでギリギリつながっていた“糸”が切れた。

 病院を辞め、現在、自宅で療養しているのだそうだ。

 大学病院などの医師を取り巻く環境に激しい“雨”が降っていることはわかっていたけど、実際に雨にびしょ濡れになった方の話を聞くのは初めて。改めて、事態の深刻さを痛感した。

 つい先日も、長崎市の長崎みなとメディカルセンター市民病院に勤務していた男性医師(当時33歳)が2014年に死亡したのは過重労働が原因として、妻ら遺族3人が病院に約3億7000万円の損害賠償を求め提訴した。

 男性は14年4月に同病院に採用され、心臓血管内科医師として勤務。毎月100時間を超える時間外勤務が続き、同12月に自宅で心肺停止の状態で見つかった。死因は著しい疲労の蓄積による、内因性の心臓死だった。

 半年以上、ずっと100時間超って。ひどすぎる。つい先日、「過労死ライン」と呼ばれる月80時間を超えて残業をした従業員がいる企業が2割以上あることを書いたばかりだが(長時間残業放置の俺サマ社長は殺人未遂で問え!)、病院も例外ではない。欧米と比較しても医師の勤務時間は突出して長く、尋常ではないと批判されているのだ。

 ところが、医師の過労死や長時間労働の報道熱は低く、医療ミスとは対照的。件のニュースの扱いも、大きくなかった。

 ひょっとして、「医者はカネをたくさん稼いでるんだから。低賃金で酷使されてるブラック企業の末端労働者とは、ちょっと違うでしょ」的なまなざしが、どこかにあるのでは? などと思ったりもする。

 そこで今回は、「酷使される勤務医の実態」を取り上げ、アレコレ考えてみようと思います。

上司のパワハラ、患者家族の理不尽な要求…

「息子は夜間の当直のあとも、通常の勤務を行うのが日常茶飯事でした。

 連続36時間勤務だけでも尋常じゃないと思うのですが、家に帰ってからも勉強していた姿が忘れられません。妻が息子の身体を心配すると、『勉強しないと知識がアップデートされない』って、言ってました。

 息子が倒れるまで知らなかったんですが、上司からのパワハラもあったみたいです。本人が言わないので、具体的にどういったことがあったのかはわかりません。でも、医者の世界は、完全に年功序列で、上の人は絶対的な権力を持っています。私は医薬品メーカーに勤めていたので、まぁ、なんとなくわかるんですよ。

 若い医師に理不尽な要求を突きつけたり、ぞんざいな態度で接したりする場面に度々遭遇しました。私も、医師からファイルを投げつけられて、メガネが壊れたこととかありましたから(苦笑)。

 いやいや、もちろんそんなひどい人ばかりではありません。でも、一般の企業とはちょっと違いますよね。息子もずいぶんと我慢していたんじゃないでしょうか」

「患者の家族とのコミュニケーションには、ずいぶんとストレスを感じていたようで、それに関しては、よく愚痴ってました。見舞いに来ない家族ほど、クレームが多いって。

 倒れる半年くらい前だったと記憶していますが、そのときのトラブルには相当まいっていました。

 たまたま家族が来た時に、息子は他の病院の勤務日でいなかった。そしたら『なんで担当医がいない。これじゃ、家族には親の病気の状態がどうなっているかわからないじゃないか!勝手な治療は許さん。医者を呼べ!』って、怒り出した。

 そのあともことあるごとに些細なことでクレームを言われて、かなり大変だったようです」 

「退院するときにいないと、不機嫌になる家族も多いって言ってましたね。医者は24時間365日働いて当たり前とでも思っているんでしょうか。真面目にやってきたのに、かわいそうで。『人の命は何よりも重い』と教育されてきたけど、医者の命だけは軽いのかもしれません。

 私たちの世代は、『お医者さま』でしたけど、今は『患者さま』。もっと私も息子のストレスをどうにかしてあげられればよかったんでしょうけど。近くにいながら、彼が極限状態まで追いつめられていることに気付いてあげられなくて。かわいそうなことしてしまったな、と反省しています」

 以上が、冒頭で紹介した、自宅療養している医師のお父さんが話してくれた内容である。

研修開始直後は、4割がうつに?

 医者の命だけは軽い――。

 この言葉を聞いて、「そうだよ。そのとおりだよ」などと言う人は、いないはずだ。

 だが、そう言わずにはいられない現状がある。医師も人間だし、鉄人ではないことくらい、誰だってわかっているはずなのに。

 病院も、上司の医師も、患者の家族も……、すべて加害者。そして、息子の状態に気付いてあげられなかった自分への怒りも、お父さんを苦しめているようだった。

 今は落ち着いてきて、ゆっくりと回復に向かっているそうだが、生気を失った息子が、このまま生きる力を失ってしまうのではないかと、目を離すのが心配な時期もあったと語っていた。

 実は医師の過労自殺は、一般の労働者より多い。

 ただ、これは日本に限ったことではなく、米国では一般の労働者の4倍ほど高く、デンマークでも、医師の自殺は、看護師や教員など他の20以上の職種に比べて高いとの調査結果がある。

 “自死”という選択は、健康問題、経済問題、勤務問題など、いくつかの要因が絡み合った結果である場合がほとんどだが、医師のケースでは、長時間労働と、周囲からの要求の過度な高さ(責任の重さ、高い技術など)からうつになり、それが引き金になると考えられている。

 その傾向は研修医のときが最も顕著で、ある調査では研修開始から1~2カ月後、4割近くが抑うつ状態にあることがわかっているのである。

20代医師は総じて「過労死基準」オーバー

 医師の長時間勤務が常態化している背景には、医師不足、深夜勤務、36協定などの要因があるが、医師を「管理職」扱いにし、長時間残業が正当化されているケースも少なくない。二重の抜け穴があるために、長時間労働のブレーキが機能しにくいのだ。

 実は、先日も、気になるアンケート結果が明らかになった。なんと勤務医の半数を超える56%が、「過労死の危険性を感じたことがある」というのだ(医療ニュースサイトm3.com調べ)。

 また、勤務医の労働時間は、年齢や性別で大きな差があるということが明らかになっている(医師の需給に関する検討会報告書より)。
0613.jpg

 ご覧の通り、見事なまでに年齢と逆相関にあることがわかる。

 20代後半の男性勤務医で、1週間の平均勤務時間(滞在時間)が約75時間であるのに対し、50代では過労死ラインを下回り、週60時間弱。女性の医師は、男性よりも勤務時間が短く、20代で70時間弱、40歳代で約57時間。

 若い勤務医は、医局からの指示や、不足している専門科の病院からの要請で、複数の勤務先で働く人が多い。「1つの勤務先だけでは生活自体が営めない」医師も3割以上いる(労働政策研究所調べ)。

 最近は、女性活用の観点から、非常勤の女性医師を増やしている病院も多く、それが男性医師の負担をより増やしたとの指摘もある。また、女性医師を嫌う医局もあり、それが結果的に人員不足を深刻にしているという意見も存在するのである。

今後は医師の高齢化が進むが、「時間の振り分け」はどうなってしまうのか?
ますます、若手に負担がかかるの?
あるいは、高齢化した医師も長時間労働を余儀なくされるのか?


 人の命を預かる「責任」の重さ、過労死ラインを超える長時間労働、深夜勤務、患者や家族との人間関係……。そのすべてが、医師たちを追いつめる。

 「身を削って働いて当たり前」といった旧態依然とした聖職者信仰も、医師の労働環境を複雑にしているように思う。

2040年に「医師」が1.8万~4.1万人過剰?

 厚生労働省は今年3月、2040年に「医師」が1.8万~4.1万人過剰になるという推測を明らかにした。その後の議論で、2008・2009年度から行われ、2017年度に終了する医学部の定員増の暫定措置は当面延長する、2020年度以降の医学部定員数については引き続き検討を続けるという結論に至った。

 国が示す人口当たりの医師数でみた充足感と、現場での不足感がかみ合っていないと、これまでにも医師側から散々指摘されている。ただ、「医療費削減」という大義名分のもと、医師数をシビアにコントロールするという流れが大きく変わることはおそらくない。

 高齢化社会、核家族化、共働き世帯の増加……、などなど、さまざまな社会構造の変化がクモの巣のごとく絡まっている状態を紐解かずして、「数字」だけで議論をするのは、得策ではないように思う。

 だって、いつの時代も、どこの世界でも、そのしわ寄せは末端の労働者に来る。それは翻って“私”たちの問題でもある。

 人間が持つ、「疲れる→休む→回復する」という「回復のサイクル」が機能しない環境が、何をもたらすか? 

 質の低下とミス。らくそうな職場を選ぶ若者が増え、ストレスの多い外科医はますます人材不足に陥り、ヒヤリハットをもたらすリスクが高まり、大きな事故につながっていく。

 いや、もちろん一般の企業がそうであるように、病院経営が上手くいっている現場では、医師も看護師も生き生きと働き、患者の満足度も高い。

 そういった病院では、例外なく、ヒト・モノ・カネ・情報という資源を有効に活用するマネジメントのプロが存在している。

 そこでひとつ提案である。医学部の中で医療現場のマネジメント人材を養成する仕組みを整えていったらどうだろうか?

医師の何気ない言葉や表情に、患者は一喜一憂する

 医療や労務制度に関する深い知識を有し、さらには、人間の心身への影響を心理や社会学の観点から理解できる医療マネジメント層が増えれれば、“現場”も変わるはずだ。

 以前、医薬関係の講演会に呼んでいただいたときに、千葉大の医学部が、大学病院と看護学部、薬学部と連携して、講義や研修を行っていると聞いた。学生時代から横とつながれば、専門外の理解も深まるし、知識も自ずと増える。人的ネットワークも育まれ、“つながり”がもたらす利点も多い。

 病院経営のプロとなる人材を「医学部の中で育てる」という発想への転換を、是非とも議論してもらいたい。

 私は…、医師というのは、医療現場が考えている以上に、患者や家族にとって大きな存在だと考えている。

 そのつまり、なんというか、やっぱり患者にとっても家族にとっても、お医者さんって全てで。先生の何気ない言葉や表情に一喜一憂するのですよ。

 個人的な話だが、昨年旅立った私の父親は、「お医者さま」の言葉を、何よりも頼りにしていた。

 「○○先生から運動していいって言われた!」「○○先生が“血液検査の結果も良好!”って言ってた」「○○先生から“順調ですね!”って言われた」などなど、入院中も通院しているときも、先生の言葉に父は勇気をもらっていた。

 医師は聖職ではない。でも、「残された命」に、光を与えてくれる存在なのだ。


  1. 2016/06/14(火) 05:23:45|
  2. 未分類
  3. | コメント:0
<<6月14日  | ホーム | 6月12日 >>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する