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6月7日 

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シリーズ: 真価問われる専門医改革
「学会専門医の維持を」、日医・四病協緊急会見
専門医機構「拙速にスタートしようとする姿勢」が問題

2016年6月7日 (火) 高橋直純(m3.com編集部)

 日本医師会と四病院団体協議会は6月7日、緊急記者会見を開き、「新たな専門医の仕組みへの懸念について」と題する「要望」を、日本専門医機構と基本領域の各学会に対して出したと発表した。日医会長の横倉義武氏は「懸念が残るプログラムは2017年度からの開始を延期し、現行の学会専門医の制度を維持することを求める」と説明。問題が指摘される日本専門医機構のガバナンスについては抜本的な見直しを求め、執行部の体制に関しては「6月で理事の任期が切れる。新たな理事の選定に入っており、どのようなメンバーになるかは機構の方で考えてほしい」と述べた(資料は、日医のホームページ)。

「試行」?それとも「延期」?
 「要望」では、「地域医療の観点から懸念が残るとされた診療領域のプログラム」について、日本専門医機構による2017年度からの新専門医制度開始を延期し、現行の学会専門医の仕組みを維持することを求めている。厚生労働省の社会保障審議会医療部会「専門医養成の在り方に関する専門委員会」では“試行“実施が提案されおり(『新専門医、予定通り開始せず、2017年度は“試行”』を参照)、記者から「『試行』ではなく、『延期』か」と質問されると、横倉氏は、「やれる領域ははやっていただいて結構。現場の先生の不安があるところは、従来の仕組みでやっていただいたらどうかということ」と答えた。

 一方で、全日本病院協会会長の西澤寛俊氏は「全体的に立ち止まろうということ。(都道府県に設置する)協議の場で全て見直す。2017年度から始められるところがどれだけあるのか」と指摘した。延期の期間については、横倉氏は「検証する期間が2017年4月に間に合わないところは、さらに検討していただく期間が必要」と述べるに留めた。

 実施できる領域から開始するとした場合、会員数が多い学会が開始すると地域や診療科の偏在が生じるのではという指摘に対しては、横倉氏は「大きな学会が一番不安が強い。そういう学会が先行することは難しい。従来の学会プログラムを新しい専門医機構のプログラムにする小さいところはいいと思う 」と述べた。

延期の是非「それぞれの学会で判断を」
 誰が延期を判断するかについては「ジャッジメントはそれぞれの学会がしてもらわなくてはならない。それを都道府県の協議会とすり合わせて、最終的には日本専門医機構がジャッジメントをする必要がある。それに対して現場の立場から私たちも意見を述べると思う」(横倉氏)。

 このタイミングで懸念を表明したことについては、横倉氏は「昨年から不安の声は入ってきて、2月の記者会見で是正をしてほしいと話した(『新専門医制度、「延期も視野」と日医会長』)。日本専門医機構には日医、四病院からも理事が入っており、問題を述べてきたがなかなかそれが反映されず、時間が過ぎて行った。不安の声が強くなってきており、地域医療構想を作る上での整合性という問題も出てきたので、あえて今日、記者会見を開いた」と説明した。

機構の問題「拙速にスタートしようとする姿勢」
 「抜本的な見直し」を要望した日本専門医機構のガバナンスについて、横倉氏は「問題が解決されないまま拙速に2017年度からスタートしようとする姿勢」が問題と指摘。理事の責任については、「6月で理事の任期が切れる。新たな理事の選定に入っており、どのようなメンバーになるかは機構の方で考えてほしい」と要望した。

■四病院団体協議会のメンバーの発言

日本病院会の堺常雄会長
 新専門医制度の議論は2013年4月の報告書を受けて始まっているが、時を同じくして医療提供体制では、地域医療構想、医師の需給バランス、地域偏在について議論が活発になっている。当初はこのような問題が表に出てきていなかったが、新専門医制度は複合的な課題になってきている。その他の要因についても十分な配慮が必要ということで、このような要望になった。

全日本病院協会の西澤寛俊会長
 「基本的に専門医制度は必要」と考え、推進してきた。ただ、最近になって、会員の中小、地方の病院から「医師を引き揚げられる」という話がかなり舞い込んできた。地域医療の崩壊につながり、新専門医制度の趣旨とも相反する。地域医療を守る方向になっていただきたいということで要望書を出した。

日本精神科病院協会の山崎學会長
 私は医師になって50年になるが、昔は10年ぐらい医局に入局して、医学博士号を取得して開業していた。学会専門医制度ができて医学博士の価値がなくなった。医局の呪縛がなくなり、この状況に追い打ちをかけるように臨床研修制度が始まり、地域、診療科の偏在が生じた。医局制度の復活のようになってしまいそうな新専門医制度は、基本的に賛成だが、やり方を慎重にしないと臨床研修制度で壊れた地域医療を、さらに壊してしまう。日本専門医機構の執行部があまりにあせり過ぎている。先週あった日本精神神経学会学術総会に行ったところ、専門医取得に必要なセッションだけが長蛇の列、ポイントのつかないセッションががら空きという状況だった。自由闊達な雰囲気があるのが学会と思っていたが、専門医制度を続けると、異様な雰囲気の学会が増えてくることを危惧している。

日本医療法人協会の加納繁照会長
 2030年に医師需要がピークになるという話があり、あと14年間は医師不足の中で、新専門医制度が始まることになる。へき地や都市部でも2次救急などで医師が引き揚げられ、大病院や大学病院を中心としたシステムの中で人が動かされる。今のままでいくと、サブスペシャルまで32歳までプログラムの中で過ごさなくてはならず、現場から医師がいなくなる。

■「新たな専門医の仕組みへの懸念について」の要望内容
1 患者や国民に不利益を及ぼすような急激な医療提供体制の変更をしないこと。地域医療の崩壊を防ぐことを最優先し、ここは一度立ち止まり、専門医を目指す医師の意見を聞くとともに、地域医療、公衆衛生、地方自治さらには患者・国民の代表による幅広い視点も大幅に加えて早急に検討する場を設け、その検討結果を尊重すること。その際いわゆるプロフェッショナルオートノミー(専門家による自律性)は尊重されるべきである。

2 検討の場において、現在各診療領域で定められているプログラム整備基準、特に指導医を含む医師及び研修医の偏在の深刻化が起こらないかどうか集中的な精査を早急に行い、その結果、地域医療の観点から懸念が残るとされた診療領域のプログラムは2017年度からの開始を延期し、現行の学会専門医の仕組みを維持すること。

3 新たな専門医の仕組みにおけるプログラム作成や地域医療に配慮した病院群の設定等を行うに当たっては、それぞれの地域において都道府県、医師会、大学、病院団体等の関係者が協議、連携し、都道府県の協議会において了解を得ること。

4 日本専門医機構のガバナンスシステム等、組織の在り方については、医療を受ける患者の視点に立って専門医の仕組みの再構築を目指すという原点に立ち返り、医師の地域的偏在の解消に向けて寄与するなど地域医療に十分配慮すべきであり、そのためにも、地域医療を担う医療関係者や医療を受ける患者の意見が十分に反映され、議論の透明性や説明責任が確保されるようなガバナンス構造とする等、日常的な運営の在り方を含め、抜本的に見直す。

5 すべての医師が専門医を取得するものではなく、女性医師をはじめとした医師の多様な働き方に十分配慮した仕組みとすること。また、すでに地域医療で活躍している医師が、専門医取得、更新を行うにあたり、医師の診療体制や地域医療に悪影響が出るような過度な負担はかけないこと。

6 総合診療専門医、サブスペシャルティの議論はそれぞれ時間をかけてしっかり行うこと。



https://www.m3.com/news/iryoishin/431319
シリーズ: 真価問われる専門医改革
塩崎厚労相、新専門医制度への「懸念」理解
日医・四病協会見を受け談話、関係者による対応要望

2016年6月7日 (火) 橋本佳子(m3.com編集長)

 塩崎恭久厚労相は6月7日、新専門医制度について、プロフェッショナルオートノミーの理念の下、医療関係者、日本専門医機構、各学会がお互いの立場を超えて協力し合い、国民のニーズに応えることができる医師養成に貢献するよう求める談話を公表した(資料は、厚労省のホームページ)。

 この談話は、同日付の日本医師会、四病院団体協議会の「新たな専門医の仕組みへの懸念について」を受けたもので、その趣旨は十分に理解できるとしている(『「学会専門医の維持を」、日医・四病協緊急会見』を参照)。ただし、2017年度からの開始予定を延期するかなど見直しの具体的な方向性や、新専門医制度にどのよう厚労省が関与するかについては触れておらず、関係者による対応を求めている。

 日医と四病協の懸念は、同日に緊急会見を開いて公表したもので、新専門医制度について2017年度から拙速に行うのではなく、医師偏在が深刻化しないかなどを精査すること、日本専門医機構のガバナンスや運営を見直すことなどを求める内容。同機構と基本診療領域の各学会に提出した。

 塩崎厚労相の談話では、日本専門医機構や各学会が新専門医制度の構築に向け努力してきたことは認識しているとしたものの、改めて地域医療を担う医療関係者や地方自治体など、幅広い関係者からの要望や意見を真摯に受け止めて取り組むことを求めている。

 新専門医制度については、2017 年度からの開始予定が、地域医療への影響を懸念する声が出て見直しを迫られ、6月9日の厚労省社会保障審議会医療部会でも議論される予定。ガバナンスの問題が指摘される日本専門医機構の役員については、来週にも第1回役員候補者選考委員会の開催が予定されている。



https://www.m3.com/news/general/431194
岡山大に賃金支払い命令 解雇の前薬学部長らが申請
2016年6月7日 (火) 共同通信社

 大学教員の適性を欠くとして解雇されたのは不当として、岡山大に地位確認と賃金支払いを求めて前薬学部長ら2人が申し立てた仮処分で、岡山地裁(池上尚子(いけがみ・なおこ)裁判長)は6日、岡山大に賃金相当額を支払うよう命じる決定をした。地位確認は却下した。

 決定は、前薬学部長森山芳則(もりやま・よしのり)元教授(62)と前副学部長榎本秀一(えのもと・しゅういち)元教授(52)を昨年末に解雇した岡山大の対応について「合理的な理由を欠き、解雇権の乱用だ」と指摘。岡山大に対し、今年1月から争われている損害賠償請求訴訟の判決までの期間、森山氏に毎月40万円、榎本氏に毎月30万円を支払うよう命じた。地位確認については「著しい損害は認められない」として却下した。

 岡山大は「仮払いの一部が認められ遺憾だが、引き続き正当性を主張する」とし、2人の代理人弁護士は「地位確認が認められるよう争う」とコメントした。



https://www.m3.com/news/general/431195
妊婦死亡訴訟、病院が上告 静岡
2016年6月7日 (火) 共同通信社

 2008年に静岡厚生病院(静岡市)で帝王切開手術を受け死亡した妊婦=当時(24)=の遺族が、病院を運営する「JA静岡厚生連」や医師3人に損害賠償を求めた訴訟で、病院側と医師1人は6日、約7490万円の支払いを命じた東京高裁判決を不服として上告した。

 5月の控訴審判決は、医師の過失を認めた上で「妊婦の死亡との因果関係があった」と判断、請求を退けた一審静岡地裁判決を変更し、賠償を命じた。



https://www.m3.com/news/general/431259
千葉市立海浜病院 再発防止へ外部委 市長「徹底的に議論」
事故・訴訟 2016年6月7日 (火)配信毎日新聞社

千葉市立海浜病院:再発防止へ外部委 市長「徹底的に議論」 /千葉

 千葉市立海浜病院(美浜区)の心臓血管外科で、昨年4~6月に心臓や大動脈の手術を受けた患者8人が死亡した問題で、市は6日、再発防止策を検討する外部委員会を7月上旬までに設置する方針を明らかにした。

 市によると、外部委は医療安全の有識者や看護師、弁護士ら7人程度で構成する。同科は問題発覚後の昨年7月から同様の手術を中止しており、外部委の提言を基に再開の可否を判断する方針だが、熊谷俊人市長はこの日の記者会見で「再開の時期ありきではいけない。徹底的に議論し、対策が打たれてからだ」と述べた。

 この問題では、高本真一・三井記念病院院長ら6人で構成する別の外部委が昨年8月から執刀医の聞き取りなどを進め、明らかな医療過誤と思われるものはなかったが手術のリスク評価に不備があり、医療チームの体制もさらに充実させる必要性があったと指摘する報告書をまとめた。熊谷市長は「信頼をもう一度取り戻していかなければいけない。ご遺族の方々に真摯(しんし)な説明と対応をしていくことが一番大事だ」と述べた。【田ノ上達也】



https://www.m3.com/news/general/431289
岩手県医療局、7億円の赤字 15年度決算
2016年6月7日 (火)  岩手日報

 県医療局(八重樫幸治局長)と県企業局(菅原伸夫局長)は6日、2015年度の決算概要を公表した。医療局は患者数の減少や給与改定に伴う給与費増により、県立20病院の経常損益が7億円の赤字となった。企業局の電気事業会計は、電力供給量の増加により純利益が17年ぶりに10億円を突破。工業用水道事業会計も3年連続の黒字となった。

 医療局は経常損益が赤字となるのは6年ぶり。中央、中部、胆沢、磐井の4病院が黒字を計上した一方、二戸、千厩、遠野など残る16病院が赤字だった。

 総収益は1007億900万円。入院患者127万人、外来患者197万人とともに前年度より3%ほど減ったが、高額な薬剤の使用など患者1人当たりの収益が伸びたため総収益は前年度を0.5%上回った。

 総費用は1020億8300万円。県人事委員会勧告に準じた給与引き上げなどで給与費が約14億円増加し収支が悪化した。純損益は13億7400万円の赤字。累積欠損金は451億4500万円となった。



http://mainichi.jp/articles/20160608/ddm/012/040/108000c
偏在深刻化の恐れ…延期を 日本医師会など
毎日新聞2016年6月7日 21時47分(最終更新 6月7日 22時13分)

 医療の質の確保を目的に来年度から導入予定の「新専門医制度」について、日本医師会と日本病院会などの病院団体は7日、医師の偏在が深刻化する恐れがあるとして、導入延期を含めた見直しを求める意見書を公表した。自治体や若手医師グループなどからも懸念の声が上がっており、新制度移行が混乱する恐れが出ている。

 新専門医制度は、医師免許取得後の2年間の初期臨床研修を終えた医師が、内科や外科などの領域に分かれて原則3年間の研修を受け、「専門医」として認定される仕組み。認定は医療関係者で作る第三者機関「日本専門医機構」が担う。

 来年4月から始まり、2020年度には新制度下での専門医が誕生する予定だったが、養成の中心になる「基幹施設」が大学病院中心になるとの制度設計に、地方の中小病院や自治体が反発。関西広域連合は今春、「基幹施設になれない病院は、今後研修医が確保できなくなり、医師の養成システムに影響が生じる」と指摘する意見を国に出した。

 日医などの意見書は、機構に対して▽医師や自治体関係者、患者代表らで制度を見直す場を設ける▽医師の偏在が起こる恐れがある診療科では制度開始を延期する−−ことを要望した。さらに、医療関係者や患者の意見が十分に反映されるよう、機構の組織運営の見直しを求めた。

 東京都内で記者会見した横倉義武・日医会長は「拙速に制度を始めようとしている」と批判。西沢寛俊・全日本病院協会長は「制度は基本的に必要だが、(大学病院が)中小病院から医師を引き揚げるという話が舞い込んでおり、地域の医療崩壊につながる」と語った。

 塩崎恭久厚生労働相は、日医の意見書を受け「医療関係者や地方自治体など、幅広い方々からの要望やご意見を真摯(しんし)に受け止め、なお一層の取り組みを強く期待する」との談話を発表し、関係者間の協力を求めた。【熊谷豪、有田浩子】

新専門医制度
 各学会がバラバラに認定し、現行で100種類以上ある専門医の質の確保と信頼性向上が目的。2014年に発足した第三者機関「日本専門医機構」が一元化して認定する。総合診療医を含む19の基本領域に分かれ、養成プログラムに沿った研修を3年以上受ける。その後、さらに循環器、糖尿病など、より専門的な領域の認定に進む2段階制となっている。専門医を目指す医師の募集は今年6月開始とされている。



https://medical-tribune.co.jp/news/2016/0607503750/
日医などが新専門医制度に"待った
医療制度 | 2016.06.07 18:55 Medical Tribune

 日本医師会(日医)と日本病院会などからなる四病院団体協議会は6月7日に緊急記者会見を行い、2017年度(来年度)に開始予定である新専門医制度に関して「一度立ち止まって精査する必要がある」と、来年度からの開始に反対を表明した。制度の実行性が疑問視される上、拙速に実施すれば医師の地域偏在を助長、地域医療を混乱させかねないとし、日本専門医機構と基本診療領域を担う学会に対する6点の要望事項を挙げた。

根強い「地域・診療科」偏在への不安

 基本領域とサブスペシャリティの二段階制などを盛り込んだ新しい専門医制度は、①専門医の質を担保②患者に信頼され、受診の良い指針になること③専門医が「公の資格」として国民に広く認知・評価されること-などを改革の基本理念として準備が進められてきた。4月27日、厚生労働省社会保障審議会(医療部会)の「第2回専門医養成の在り方に関する専門委員会」において永井良三委員長(自治医科大学学長)は「委員長私案」を提出し、"試行"としてのスタートを提案。5月17日には関西広域連合が塩崎恭久厚生労働相や馳浩文部科学相らに意見書を提出、6月2日には若手医師ら12人も新制度に関する「陳述書」を塩崎厚労相に出すなど、来年度開始予定を前に多方面から準備不足の声が挙がっている。

 今回、日医と四病院団体協議会(日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会、日本精神科病院協会)から出された要望は、①患者や国民に不利益を及ぼすような急激な医療提供体制の変更をしない②新たな仕組み・プログラムの作成に当たり、地域と連携して各都道府県の協議会で了解を得ること③全ての医師が専門医資格を取得するものではなく、多様な働き方に配慮した仕組みとすること-などの6点。特に、指導医を含む医師や研修医の偏在が深刻化しないかどうか、地域医療の観点から精査すべきだとし、そのために「一度立ち止まる」ことを強調した。

 会見では四病院団体協議会会長もそれぞれ意見を述べ、「中高齢の地方の医師にとって、がんじがらめの制度では資格更新が難しい。そもそも地域包括ケアにおいては(突出した)高い専門性よりも総合的な医療が必要とされる。実際的なものに改められるべき」(日本精神科病院協会会長・山崎學氏)、「制度は必要だが、(新制度に基づく)基幹施設や連携施設以外では医師の引き揚げが生じて、地域医療崩壊につながる恐れがある」(全日本病院協会会長・西澤寛俊氏)など、具体的に新制度への問題点を指摘した。



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/48930.html
新専門医制度で塩崎厚労相が異例の談話- 日医・四病協の提言「十分理解」
2016年06月07日 18時00分 キャリアブレイン

 来年春に始まる予定の新たな専門医制度について、日本医師会(日医)と四病院団体協議会(四病協)が7日に合同提言を発表したことを受け、塩崎恭久厚生労働相は同日、「厚労省としては、医療を担う方々が医師や研修医の偏在防止、日本専門医機構のガバナンスの抜本的見直しを要望された趣旨を十分理解する」とする異例の談話を出した。【敦賀陽平】

 塩崎厚労相は談話で、「新たな仕組みの実施に向け、日本専門医機構や各学会は大変なご努力をされてきたものと認識している」と一定の理解を示した上で、「改めて地域医療を担う医療関係者や地方自治体など、幅広い方々からの要望やご意見を真摯に受け止め、なお一層の取り組みをされることを強く期待する」とした。

 日医と四病協の合同提言では、日本専門医機構や関係学会に対して、指導医を含む医師や研修医の地域偏在が深刻化しないかどうか早急に精査するとともに、同機構については、地域医療の関係者や患者の意見が十分に反映されるよう、組織のガバナンスなどを抜本的に見直すことを求めている。



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/48929.html
新専門医制度、再検討し懸念残れば延期を- 日医・四病協が合同提言
2016年06月07日 17時00分 m3.com

 日本医師会(日医)と四病院団体協議会(四病協)は7日に合同記者会見を開き、来年度から始まる予定の新しい専門医の養成制度について、日本専門医機構(機構)と関係学会に再検討を求める提言を発表した。検討の結果、地域医療に関する懸念が残る場合は新制度の開始を延期し、現行制度を維持するよう要望。日医の横倉義武会長は、延期しても医療提供体制に悪い影響はないと強調した。【佐藤貴彦】

 専門医の養成をめぐっては、従来の学会主体の制度から、第三者機関の機構が養成プログラムの評価や認定を行う新制度へと移行する方向で準備が進められてきた。新制度での養成は来年度に始まる予定だったが、指導医数や症例数を重視する傾向が強まり、大病院や都市部の病院への医師偏在が悪化しかねないとして、医療現場からは延期を求める声も上がっている。

 日医と四病協の合同提言では、関係者の多くが強い懸念を持ったままで新制度が始まれば医療現場が混乱し、患者が不利益を被ることになると指摘。機構と関係学会に対して、「一度立ち止まり」、新制度の導入が偏在を悪化させないかどうか診療領域ごとに再検討し、懸念を払しょくし切れない場合には新制度の導入を延期するよう求めた。

 会見で横倉会長は、懸念があるかどうかは基本的に関係学会などが判断するとした上で、下された判断に対して日医や四病協も「意見を述べる」とした。また、新制度の導入を延期すべき領域を明言しなかったものの、研修を受ける医師が多い領域について「(新制度の導入で悪影響を及ぼす)不安が強い。先行することはなかなか難しい」との見方を示した。

■資格更新への配慮も要望

 合同提言は、既に働いている医師が新たに専門医資格を取得する場合や、資格を更新する場合の仕組みにも言及。医師に過度な負担を強いて、診療体制や地域医療に悪影響を及ぼすことにならないよう配慮を求めた。

 合同提言で掲げられた要望は表=クリックで拡大=の通り。
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https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160607-OYTET50010/
ニュース・解説
公立病院、経営改善へ工夫…保育所設け人材確保・給与に業績反映

2016年6月7日 読売新聞

 公立病院が減り続けている。必要な医師や看護師らが確保できず、診療科や診療時間の縮小を余儀なくされるケースも。地域に必要な医療を維持していくためにも「赤字解消」が求められている。経営改善に取り組む病院を総務省の事例集から紹介する。

◆子育て中も安心

公立病院、経営改善へ工夫…保育所設け人材確保・給与に業績反映

 「おはようございます」。午前7時半になると、福岡県・筑後市立病院の院内保育所「きっずハウス」に、乳幼児を連れた医師や看護師らが姿を見せ始める。登園するのは0歳児から5歳児までの20人余り。5、6人の保育士が午後7時まで預かる。希望すれば1時間の延長保育もできる。

 病院が地方独立行政法人となったのは2011年。「あってよかった病院」「かかってよかった病院」「働いてよかった病院」を基本方針に掲げ、翌12年には子育て中の医師、看護師らが安心して働けるようにと、約5000万円を投じて、保育所を開設した。

 法人化に伴い、吉田正院長(64)らは医師や看護師らを増やすことで、医療の質の向上と増収を図った。医師、職員らに対する人事評価制度も導入、在院日数の短縮化にも努め、新規の入院患者は1割以上も増えたという。  浅田光博事務局長(58)は「収益の改善には、医師、看護師らの確保が欠かせない。市民の病院への関心も高まっており、これからも地域のニーズを探っていきたい」と話している。

◆患者の8割が高齢者

 佐賀県南部の太良町。竹崎ガニとミカンで知られる町の人口は9200人余り。JR多良駅近くの町立太良病院は内科、外科、整形外科、小児科など6診療科があり、患者の8割以上を65歳以上が占める。

 赤字経営が続いていた町立太良病院は10年、地方公営企業法の適用範囲を広げ、病院事業管理者が予算や職員の人事権を持ち、給与も独自に決定できるようにした。

 管理者には、若手医師の 上通うえみち 一泰医師(43)が就任。町の人事異動に伴い、3年ほどで交代が通例だった事務長は公募し、近くの民間病院の人事課長だった井田光寛さん(45)が就いた。

 上通院長や井田事務長らは現場のヒアリングを重ねる一方、医師や看護師、事務職員らに経営状況を説明。患者数や在院日数、収入などを数字で示し、数値目標を設定するとともに、給与に業績を反映できるように改めた。医薬品の仕入れ、医療機器の購入では、業者と価格交渉を繰り返し、経費の削減に努めた。

 この結果、09年度は約8億5000万円だった総収益は、14年度は1・3倍にアップし、収益も大幅に改善した。

 井田事務長は「診療科を増やしてほしいという声もあるが、なかなか難しい。院長の専門が膝関節で、地域の需要にマッチし、収入アップにつながった。公立病院といえども地域の事情に合わせた効率的な経営が求められており、訪問診療や在宅介護も充実させる必要がある」と強調する。

◆地域連携で再建

 沖縄県立南部医療センター・こども医療センター(沖縄県南風原町)は、子ども病院を併設する県内唯一の病院だ。二つの県立病院を統合して、06年に開院したものの、巨額の建設費の負担もあって、病院事業は深刻な資金不足に陥ったという。

 再建計画では、ほかの病院、診療所との連携を強化。「地域医療連携室」を設け、患者数の増加を図った。看護師を増員することで、診療報酬の単価をアップさせ、入院患者の1日あたりの診療単価が08年度から13年度に2万円ほど増えた。

 センターは、沖縄本島から約400キロ離れた南大東島、慶良間諸島の渡嘉敷島など計8か所の離島に診療所を抱える。離島診療所は、患者数が少なく、赤字になっているが、佐久本薫院長は「離島の診療所は国の補助金などで穴埋めしてもらっているのが現状。地域の医療を守り続けるためには、本院の収益力を高め、経営母体を安定させなければならない」と話している。

進む統廃合、半数超は赤字…民間に譲渡も

 公立病院の再編が進んでいる。統廃合のほか、民間に譲渡されるケースも少なくない。

 総務省の資料によると、全国の病院数(2014年度)は8540で、公立病院(地方独立行政法人を含む)は881にのぼる。病院数では10.3%だが、病床数では13.6%を占め、地域医療に欠かせない存在となっている。

 民間が手を出しにくい分野の医療を担っていることもあって、多くの病院で厳しい経営が続く。14年度の収支では赤字の病院は半数を超える。

 旧市時代には五つの総合病院があった北九州市は、戸畑病院を民間医療法人、若松病院を産業医科大(八幡西区)にそれぞれ譲渡。門司病院は指定管理者制度を導入し、山口県下関市を中心に、病院、診療所などを手がける特定医療法人「茜会」が09年から運営している。結核の療養所として発足した大分県立三重病院(豊後大野市)は10年、近くの公立病院と統合され、診療所になっている。



http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/06/08/15253/?rt=nocnt
地域医療のルーツを歩く◎涌谷町町民医療福祉センター(宮城県)
28年前から地域包括ケアシステムを独自に推進
2016/6/7 千田 敏之=編集委員  日経BP

 医師不足、人口減少と高齢化……。僻地医療の悩みは、十年どころか五十年一日だ。一方で、先達のパイオニアワークが、改めて脚光を浴びることもある。過去と現在を対比させながら、地域医療のルーツを歩いてみる。今回は独自の保健・医療・介護・福祉を一体化したシステムで有名な、宮城県の涌谷町民医療福祉センターを訪れた。


 地域医療の仕組みを存続させることは難しい。カリスマ医師が遮二無二働いて、1つの地域医療の形を築いても、その医師が去ってしまえば、一瞬にして泡と消える例は枚挙にいとまがない。そんな中、30年近くにわたり、保健予防活動、医療、介護を一体化して提供するシステムを継続して展開してきた町がある。宮城県涌谷町だ。

 1960年代、岩手県の沢内村国民健康保険・沢内病院で始まった、病院長が村の健康管理課長を兼任し病院機能と保健医療行政を一体化させる方式は、全国各地の国民健康保険直営診療施設(国保直診)の運営スタイルに大きな影響を与えた(本連載「沢内病院」参照)。

 その沢内村から約120キロ離れた隣県・宮城県の涌谷町では、1988年11月に沢内方式を独自にアレンジ。町民医療福祉センターの中の国民健康保険病院の院長が、センター長として町の保健予防活動、医療、介護、福祉の行政施策の責任も負うという体制を整えた。

 「地域包括ケアシステム」の先駆けともいえるこの仕組みは、なぜ継続できたのか。その秘密を追ってみた。

住民に「自助努力」の意識
 宮城県の仙北地方、大崎市と石巻市に隣接する人口約1万7000人の町・涌谷町は、稲作を主体とする兼業農家が多くを占める町だ。町の中心部からわずかに離れた小高い丘の上に、国保病院、老人保健施設、地域包括支援センター、訪問看護ステーション、そして町役場の保健・医療・介護・福祉の担当各部署が一体となった涌谷町町民医療福祉センター(写真1)がある。

涌谷町町民医療福祉センター
国保病院を核として1988年11月にオープンした。建物の構成は左図の通り。老健施設は95年開設。現在の病床数は121床で、41床が医療療養病床、80床が一般病床。一般病床のうち9床はこの4月から地域包括ケア病棟に。

 1988年の開設時、初代のセンター長を務めたのは、自治医科大学助教授から転身した前沢政次氏だ。同センター長を8年務めた後、北海道大学教授や日本プライマリ・ケア連合学会理事長などを歴任した前沢氏は、「涌谷では、国や行政からの一方的な押し付けではなく、地域の住民が自発的に、自分たちの責任でやっていく地域医療の実現を目指した。当時は人口2万人の町で、脳血管障害が多発していた。昼間は外来と病棟、夜は訪問診療と仕事は多忙を極めたが、自分たちの健康は自分たちで守るという『自助努力』の意識を浸透させることができ、それが効果を上げていたので、このシステムが続いていったのでは」と話す。


初代センター長の前沢政次氏
1971年新潟大学卒業。84年自治医科大学地域医療学助教授。88年涌谷町町民医療福祉センター長・涌谷町国保病院長。96年北海道大学病院総合診療部教授。2005~10年北海道大学大学院医学研究科教授。現在、京極町国民健康保険診療所所長、地域医療教育研究所代表理事。

大学助教授をセンター長に
 自治医大に開設されたばかりの地域医療学教室の主任助教授(教授は空席)だった前沢氏が、大学を辞めて涌谷町にやって来たのは、当時の町長、本間八郎氏の誘いによる。

 本間氏は、町民の悲願だった町立病院の計画を、単なる病院開設に終わらせず、健康増進や福祉もカバーする機能も持たせたいと考えた。町長直轄の「病院建設準備対策室」が1年以上を掛けて「町民医療福祉センター構想」を作成、それを引っ下げて1985年、自治医大の地域医療学教室の扉をたたいた。最初は、構想を具体化する前に地域医療の専門家から何らかのアドバイスをもらえれば、という軽い気持ちでの訪問だったようだ。

 「寝たきり老人ゼロ作戦」などで脚光を浴びていた広島県の公立みつぎ総合病院や、岩手県の沢内村国民健康保険・沢内病院など、全国の様々な先進事例を参考に、保健予防活動から医療、高齢者介護までを一体化して、包括的に医療・福祉サービスを提供しようというセンター構想に、前沢氏は強く興味をそそられた。

 前沢氏は新潟大学卒業後、国立東京第一病院(現・国立国際医療研究センター)を経て当時、自治医大の教授だった高久史麿氏の内科医局に所属。その後、医局人事で大分の県立療養所三重病院に赴任し、地域医療のやりがいと面白さを学んだ。この時、地域の第一線に出る自治医大生に、もっと実践的な医療を学べる場を用意する必要性も痛感したという。

 本間氏の要請を受けた前沢氏は、学長にも相談、最初は嘱託という形でセンター構想実現をサポートした。後述するように、後に前沢氏の後を継いでセンター長となる自治医大1期生の青沼孝徳氏も、1987年に赴任、一緒に開設準備に当たった。前沢氏はその後、嘱託から顧問となり、センターの開設計画に本格的に携わることになった。

 準備が本格化し始めた1987年、思わぬ幸運が涌谷町に転がり込む。財政的な問題から当初は国保病院の建設のみということで進んでいたセンター構想が、自治省(当時)のリーディング・プロジェクトの「長寿社会対策」に採択されたのだ。同プロジェクトは先進的な自治体の事業を指定するというもの。事業費の一定部分に起債を充当でき、元利返済分の約半分は地方交付税の対象となった。

 資金のメドが立ったことで、センター構想は一気に実現度が増した。そして、準備を進めていく過程で、本間氏からセンター長兼院長になってくれ、という正式要請が前沢氏に来た。説得に一役買ったのが、「地域包括ケアシステム」発祥の地である公立みつぎ総合病院院長の山口昇氏だった。

 「山口先生はわざわざ自治医大まで足を運んでくださり、私の説得に当たられた。大学にも未練はあったが、自分が組み立ててきた地域医療学というものを実際のフィールドで実践してみたい、という気持ちが強くなり、思い切って大学を去ることにした」と前沢氏は振り返る。

長野手本に健康推進員導入
 1988年11月のオープン当初、町民医療福祉センターは図1のような組織体制だった。現在は図2のようになっている。老健施設などが併設され、事務担当が独立するなど部分的に改変が行われたが、センター長が全てを統括するという基本的な仕組みは踏襲されている。開設当初の病院の病床数は40床、現在は121床だ。

 オープン時の体制を改めて解説しておくと、涌谷町国民健康保険病院が外来診療と入院医療を担う。「ヘルス・ケア部門」は町の健康政策課、健康推進課、健康生活課などの行政・管理機能に加え、健康づくり・保健予防活動を担当。健康生活課は約20世帯に1人、300人を超える健康推進員を抱え、各地区の保健予防活動のリーダーとしての役割を担う。

 この健康推進員の仕組みは、長野県の保健補導員制度をモデルにしたという。1950年代に長野県須坂市で始まった保健補導員制度は、保健師の活動を地域の主婦がサポートしようということから生まれた自主的な仕組み。現在でも長野県内には1万人を超える保健補導員が活動している。

 涌谷町の健康推進員も、保健補導員に倣い、減塩指導などの健康教室の開催や、検診受診の呼び掛けなど、各地区の実情に合わせて自発的に健康推進の活動を行っていった。「健康問題を考える住民のグループ活動の指導に熱心だった、長野県松川町の社会教育主事(当時)の松下拡先生に講演に来ていただき、直接ご指導いただいた」と前沢氏。

 もう1つの「ライフ・ケア部門」は在宅医療や福祉サービスを担当。介護教室を開くなど、在宅ケアに取り組む家庭の教育や啓発に取り組んだ。介護保険制度ができる10年以上も前に、医療と介護を一体化した仕組みを整備していたことになる。

 この体制について前沢氏は、「一応は役割分担はしたが、住民に良いサービスを届けるためには、多少重なり合う部分があることが重要。役割分担が過ぎると、隙間ができて、サービスが届かないということが起こる。だから、おせっかい的に保健・医療・福祉それぞれのサービスで重なり合う部分も大事にするという姿勢で進めた。当時は医療が、介護・福祉の部分までカバーしていたが、最終的に医療から、介護・福祉のサービスにつないで、お任せするという流れを作った。一体化、包括化が多少なりともうまくいった1つの理由は、そうしたスタンスが良かったからだろう」と話す。

 1993年には公立みつぎ総合病院と姉妹提携をし、同病院のノウハウを積極的に吸収していった。そして96年、前沢氏はセンター長を辞し、北海道大学病院総合診療部教授に就任、涌谷町を去った。

「家庭医論争」を越えて
 ところで、前沢氏が自治医大時代に力を入れた仕事に「家庭医」の制度化がある。

 1985年から87年にかけて家庭医の制度化を巡り巻き起こった「家庭医論争」。前沢氏は、厚生省(当時)の「家庭医懇談会小委員会」のメンバーとして、地域における家庭医の必要性、家庭医療学確立の重要性を説いた。しかし、日本医師会が「家庭医の制度化は開業医療に対する国家統制だ」という論陣を張り猛反対、最終的に制度化は見送られた。

 前沢氏はその後、地域における家庭医の役割を涌谷町での実践などを基に体系化、北海道大学病院総合診療部教授(後に医療システム学教授)、日本プライマリ・ケア学会会長、日本プライマリ・ケア連合学会理事長などを歴任する過程で、それぞれの立場から地域医療における家庭医・総合診療医の重要性を説き続けた。

 特に、日本プライマリ・ケア学会、日本家庭医療学会、日本総合診療医学会の3学会の合併に果たした役割は大きい。その一連の活動は、30年を経て、2017年に開始予定の新たな専門医制度における19番目の基本領域「総合診療専門医」の誕生として結実することになる。

 ちなみに新しい専門医制度の枠組みを作り、総合診療専門医を19番目の基本領域に組み入れる決定をした厚生労働省の「専門医の在り方に関する検討会」の座長を務めたのが、自治医大時代の前沢氏の指導教授でもあった高久氏(自治医大教授から東京大教授、後に自治医大学長も務める)だ。そういった意味では、涌谷町は総合診療専門医のルーツという見方もできるだろう。

10年後に表れた成果
 1996年、前沢氏の後を継いだのが、現在もセンター長を務める青沼孝徳氏だ。青沼氏は自治医大の1期生で、センターが出来る約1年前、87年から涌谷町の病院建設準備対策室に赴任、開設準備の段階から関わった。「前乗り」の形となったのは、前沢氏がすぐに大学を辞められなかったという事情もあった。

 「本間町長が医師確保の依頼に当初、東北大に行ったが断られ、自治医大に話が来たと聞いている。直前まで私は宮城県の瀬峰町国保診療所で働いており、ちょうど9年の義務年限が明ける頃だった。医師1人で診療をしていたが、医療だけでは対応しきれない部分も多く、介護や予防活動、健康づくりが大事だということを身を持って感じていた。だから保健予防、医療、介護をトータルに提供しようという涌谷町の計画は、大変魅力的に映った。我々、自治医大生こそが取り組むべきこと、との思いも沸き赴任を決めた」と青沼氏。

 保健・医療・介護・福祉を一体化した涌谷方式を青沼氏は前沢氏とともに継続・発展させていった。成果が表れてきたのは、開設から10年ほどたった1990年代後半からだという。

 「健康推進員の仕組みなどが利き始めたのだろう。開設して10年ほどたった1998年ごろから、癌に次いで2位だった脳血管疾患の死亡者数が目に見えて減ってきた。現在の死因は、癌、心臓病、肺炎、脳血管疾患の順番だ。さらに、医療費や保険料も下がっていった。今も宮城県内では県平均より低い水準を保っている。地域において医療だけ、治すことだけをやっていると、医療費は当然増える。そこに予防や介護・在宅という『支える機能』を加えると、医療費は減っていくことを証明できた」と青沼氏。

 ちなみに現在、死亡原因に占める脳血管疾患死亡者数は全死亡者数の5.8%(13人)、国民健康保険料は年8万7264円で宮城県の市町村平均9万7655円より低い。国保1人当たりの年間医療費も31万5917円と、宮城県の市町村平均33万3558円より低く、市町村中、下から4番目だ(2014年度)。介護費用、介護保険料も宮城県平均を下回っている(2014年4月)。

住宅、コミュニティー作りも
 全国各地の市町村が、地域包括ケアシステムの構築に向け、悪戦苦闘している。どこよりも早く保健・医療・介護・福祉を一体化したシステムを構築した涌谷町にも課題は多い。

 核である国保病院の懸案は、中規模公的病院としてどう生き残っていくかだ。

 涌谷町は大崎市中心部から約15キロ、石巻市中心部から約20キロに位置する。両市には、それぞれ大崎市民病院(500床)、石巻赤十字病院(464床)があり、これらの基幹病院と連携を深めながら、後方病院的な役割を果たしていく考えだ。

 「回復期、慢性期、そして在宅医療に今まで以上に注力し、大崎や石巻で急性期の治療を終えた患者さんたちを受け入れ、いかに早く地域に戻ってもらうか、人生の最期をどう支援していくかについて、医師だけでなく他職種も含めたチームで取り組んでいく」と青沼氏。現在、病床数は121床で、医療療養病棟41床、一般病棟71床、地域包括ケア病棟9床の構成だ。

 近い将来は、「住まい」や「コミュニティー作り」にも取り組む計画だ。訪問看護ステーション、老健施設も持ち、患者を在宅へと導くルートはあるが、独居老人が増え、家族の介護力が低下しているからだ。

 「老人は昔からの自宅に住んでいるが、その息子、娘たちは住まず、独居が増えている。在宅復帰率を高めても、要介護状態になったり、認知症が表れた高齢者が住むには、自宅は住みにくい。そこで町に、高齢者住宅が必要だと言っている。見守り、安否確認、ケアが付いた住宅の整備を検討したい。それと並行して各地域にある集会所などを活用し、健康教室や介護教室などを開いて、地域のコミュニティー作りも進めていきたい」と青沼氏は話す。


総合診療専門医の研修に
 さらに青沼氏は、「地域医療を支える医師の養成にも関わりたい」と2017年度からスタートする総合診療専門医の研修制度に期待を寄せる。

 全国国民健康保険診療施設協議会の会長を務める青沼氏は、日本専門医機構の「総合診療専門医に関する委員会」に委員として参加、制度の仕組み作りにも関与している。

 同制度では、総合診療専門医が専門研修によって獲得するコアコンピテンシーとして、「包括的統合アプローチ」「地域志向アプローチ」などの文言が入った。また、「総合診療の専門知識」については、「家族志向でコミュニケーションを重視した診療・ケア」「全住民を対象とした保健・医療・介護・福祉事業への積極的な参画」「地域全体の健康向上」など、臨床の技術にとどまらない、地域医療を展開する際に必要とされる様々な要素も明文化された。

 「全国自治体病院協議会と国診協ではかねて、地域包括医療・ケア認定医という制度を運営しており、まさに地域医療に役立つ『総合診療専門医』を育ててきた。専門医機構の総合診療専門医制度に、我々のこれまでの実践を踏まえた文言が入ったことはとてもうれしい。国保直診を専攻医研修のフィールドとし、さらに地域包括医療・ケア認定医を、プログラム統括責任者や指導医として活用してほしい」と青沼氏は話す。

地域医療を存続させるには
 かつて地域医療で注目を集めた多くの病院が、いつしか「失速」し表舞台から消えていった。そんな中、涌谷町町民医療福祉センターの仕組みは、なぜここまで存続できたのか──。

 大きな理由の1つとしては、歴代の町長や議会、町民の理解があったことが挙げられるだろう。全国の公立病院や国保病院の多くは、その経営状態が町や村の財政に大きな影響を及ぼすため、「病院の赤字は減っているか」といったことばかり議論されがちだ。涌谷町では、保健・医療・介護・福祉をセンター長の権限の下、一体的に提供しており、中でも保健予防活動が一定の効果を上げ、住民にも定着していったため、「このシステムはやめよう」という話にはならなかったといえる。前沢氏は「健康推進員制度など住民の自主的活動が、継続の特に大きな力となった」と話す。

 さらに、1990年代に国が進めた老人病院改革や、介護保険創設に向けての議論では、医療と介護をむしろ分断しようという動きが顕著だった。沢内病院では、村の行政が医療への特化を推し進めた結果、システムの崩壊を招いた。これに対し涌谷町の場合は、医療と介護の一体化を温存、センター長の権限も温存したことが、システム継続につながった。

 また、2005~06年にピークを迎えた市町村の「平成の大合併」に巻き込まれなかった影響も小さくない。涌谷町は近隣町の南郷町、小牛田町と2005年4月に合併予定だったが、最終的に合併協議会から離脱し単独の町として残った。市町村の合併後、医療機関の統廃合が検討されるケースは多いが、涌谷町はそういった議論からも無縁だった。

 とはいえ、地域医療構想や公立病院改革ガイドラインなどで、公立病院の再編圧力が高まる中、国保病院を核とする同センターのシステムがいつまで存続できるかは不透明だ。

 この5月からは東北大の公衆衛生学教室で学び、東北大学大学院教授(経済学研究科/グローバルヘルス)も務めた坪野吉孝氏が、月4回、涌谷町町民医療福祉センターに非常勤医として勤め始める。月4回のうち隔週で午後は診療ではなく保健・医療の施策立案など、行政の仕事にも時間を割く予定だという。地域包括ケアシステムの先駆けともいえる涌谷町の、今後の展開に注目したい。

地域医療担う次世代を育成
 さて、初代センター長だった前沢氏だが、現在も地域医療を目指す若手医師の育成に情熱を傾けている。北海道大退職後、倶知安厚生病院(北海道倶知安町)で一勤務医として働いた後、今は虻田郡京極町の京極町国民健康保険診療所の所長として外来診療を担当。その傍ら、一般社団法人・地域医療教育研究所の代表理事として、地域で診療する医師の育成や僻地での医師確保、自治体の医療政策立案の支援などに力を注ぐ。

 同研究所の母体は、北海道大時代に後志地域19の町村(小樽市を除く)で、医師が定着する仕組み作りを目的に設立した後志地域医療人育成協議会だ。19町村の医療機関や町村長とネットワークを作り、地域医療を目指す医学生の実習先の紹介や、旅費補助、学生研修などを行った。

 内閣府の「地方の元気再生事業」の補助金(2009年度)でスタートしたが、1年後、民主党政権になると補助金が打ち切られた。しかし、各町村からの要望もあり、各町村の予算から事業費を出してもらいながら活動を継続してきた。

 「後志地域にとどまらず、この仕組みを広げていけば、地域医療に携わる医師も増えるだろうと考え、地域医療教育研究所を新たに作った。学生や研修医に地方での実習・研修の機会を提供しつつ、地域で働くことの喜びやつらさを率直に教え、地域医療を担う次世代を育てたい。併せて、受け入れる地方の行政職員、保健医療福祉スタッフとは、働きやすい環境づくりを考え、医師の定着につなげる仕組みも作っていきたい」と前沢氏。

 30年近くの歳月を経て、涌谷町のシステムや家庭医の仕組みに時代が追い付く形で制度が形作られていったように、北海道での新しい取り組みも将来、大きな実を結ぶかもしれない。



http://www.nikkei.com/article/DGXLZO03349980X00C16A6CR8000/
刑務所の医師なお不足 欠員2割超、法務省は確保に懸命
2016/6/8 0:40日本経済新聞 電子版

 刑務所などで医療行為を担う医師「矯正医官」の不足が深刻化している。法務省によると、受刑者らの高齢化が進み医療ニーズは高いが、定員の充足率は8割を切る。常勤医がいない施設も2割ある。同省は民間病院との兼業を可能にするなど待遇改善をはかるほか、医学生へのPR活動を強化するなど確保に懸命だ。

 矯正医官は国家公務員で、刑務所や少年院、拘置所などの施設に収容された受刑者や刑事被告人らを診療する。法務省によると、現在の定員は328人、今年4月時点で常勤は254人。統計が残る2003年以降、矯正医官は定員割れが続いている。

 「常勤医を置く」と定められた156施設のうち、27施設は成り手がおらず1人もいない。夜間や休日に急患が出た場合に速やかな対応ができない恐れがある。理由として民間医療機関より給与水準が低いことに加え、施設内での医療行為だけでは能力の維持や向上が難しいと感じる医師が多いことが指摘されている。

 一方で受刑者の高齢化が進み、医師の需要は高まっている。15年時点で60歳以上は約9700人と全体の約2割を占め、何らかの疾病を抱える受刑者は6割以上に達する。認知症の傾向のある人も約1300人に上る。医官が不在のため外部の医療機関に搬送せざるを得ないなどの負担も増えている。

 法務省は昨年、矯正医官の兼業を可能にする法律を制定した。国家公務員であるため本来は兼業できないが、法相の承認を得れば可能になる。民間病院で最新の医療機器に触れたり技術を身につけたりすることができるのがメリットだ。外部の研修などに参加しやすいようフレックス勤務も導入した。

 医師の確保にも乗り出している。全国の矯正管区が研修医の就職説明会にブースを設けたり、医学生向けの講演などPR活動に取り組む。現役医師向けにも、兼業や技術向上がしやすくなったことを周知するパンフレットを作った。

 法務省は「受刑者らの健康を保ち、更生につなげるためにも医官を確保したい」と強調している。



http://www.yomiuri.co.jp/kyushu/news/20160607-OYS1T50032.html
公立病院 経営改善へ工夫
2016年06月07日 読売新聞 九州

 公立病院が減り続けている。必要な医師や看護師らが確保できず、診療科や診療時間の縮小を余儀なくされるケースも。地域に必要な医療を維持していくためにも「赤字解消」が求められている。経営改善に取り組む病院を総務省の事例集から紹介する。

◆子育て中も安心

 「おはようございます」。午前7時半になると、福岡県・筑後市立病院の院内保育所「きっずハウス」に、乳幼児を連れた医師や看護師らが姿を見せ始める。登園するのは0歳児から5歳児までの20人余り。5、6人の保育士が午後7時まで預かる。希望すれば1時間の延長保育もできる。

 病院が地方独立行政法人となったのは2011年。「あってよかった病院」「かかってよかった病院」「働いてよかった病院」を基本方針に掲げ、翌12年には子育て中の医師、看護師らが安心して働けるようにと、約5000万円を投じて、保育所を開設した。

 法人化に伴い、吉田正院長(64)らは医師や看護師らを増やすことで、医療の質の向上と増収を図った。医師、職員らに対する人事評価制度も導入、在院日数の短縮化にも努め、新規の入院患者は1割以上も増えたという。

 浅田光博事務局長(58)は「収益の改善には、医師、看護師らの確保が欠かせない。市民の病院への関心も高まっており、これからも地域のニーズを探っていきたい」と話している。

◆患者の8割高齢者

 佐賀県南部の太良町。竹崎ガニとミカンで知られる町の人口は9200人余り。JR多良駅近くの町立太良病院は内科、外科、整形外科、小児科など6診療科があり、患者の8割以上を65歳以上が占める。

 赤字経営が続いていた町立太良病院は10年、地方公営企業法の適用範囲を広げ、病院事業管理者が予算や職員の人事権を持ち、給与も独自に決定できるようにした。

 管理者には、若手医師の上通うえみち一泰医師(43)が就任。町の人事異動に伴い、3年ほどで交代が通例だった事務長は公募し、近くの民間病院の人事課長だった井田光寛さん(45)が就いた。

 上通院長や井田事務長らは現場のヒアリングを重ねる一方、医師や看護師、事務職員らに経営状況を説明。患者数や在院日数、収入などを数字で示し、数値目標を設定するとともに、給与に業績を反映できるように改めた。医薬品の仕入れ、医療機器の購入では、業者と価格交渉を繰り返し、経費の削減に努めた。

 この結果、09年度は約8億5000万円だった総収益は、14年度は1・3倍にアップし、収益も大幅に改善した。

 井田事務長は「診療科を増やしてほしいという声もあるが、なかなか難しい。院長の専門が膝関節で、地域の需要にマッチし、収入アップにつながった。公立病院といえども地域の事情に合わせた効率的な経営が求められており、訪問診療や在宅介護も充実させる必要がある」と強調する。

◆地域連携で再建

 沖縄県立南部医療センター・こども医療センター(沖縄県南風原町)は、子ども病院を併設する県内唯一の病院だ。二つの県立病院を統合して、06年に開院したものの、巨額の建設費の負担もあって、病院事業は深刻な資金不足に陥ったという。

 再建計画では、ほかの病院、診療所との連携を強化。「地域医療連携室」を設け、患者数の増加を図った。看護師を増員することで、診療報酬の単価をアップさせ、入院患者の1日あたりの診療単価が08年度から13年度に2万円ほど増えた。

 センターは、沖縄本島から約400キロ離れた南大東島、慶良間諸島の渡嘉敷島など計8か所の離島に診療所を抱える。離島診療所は、患者数が少なく、赤字になっているが、佐久本薫院長は「離島の診療所は国の補助金などで穴埋めしてもらっているのが現状。地域の医療を守り続けるためには、本院の収益力を高め、経営母体を安定させなければならない」と話している。

進む統廃合 半数超は赤字

 公立病院の再編が進んでいる。統廃合のほか、民間に譲渡されるケースも少なくない。

 総務省の資料によると、全国の病院数(2014年度)は8540で、公立病院(地方独立行政法人を含む)は881にのぼる。病院数では10.3%だが、病床数では13.6%を占め、地域医療に欠かせない存在となっている。

 民間が手を出しにくい分野の医療を担っていることもあって、多くの病院で厳しい経営が続く。14年度の収支では赤字の病院は半数を超える。

 旧市時代には五つの総合病院があった北九州市は、戸畑病院を民間医療法人、若松病院を産業医科大(八幡西区)にそれぞれ譲渡。門司病院は指定管理者制度を導入し、山口県下関市を中心に、病院、診療所などを手がける特定医療法人「茜会」が09年から運営している。結核の療養所として発足した大分県立三重病院(豊後大野市)は10年、近くの公立病院と統合され、診療所になっている。



  1. 2016/06/08(水) 05:51:28|
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