Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

5月10日 熊本震災関連 

http://mainichi.jp/articles/20160510/ddp/041/040/026000c
いま私は@熊本
熊本地震 医療できず歯がゆい

毎日新聞2016年5月10日 西部朝刊

医療できず歯がゆい 熊本市中央区、大学生、田中一仁(かずひと)さん(27)
 熊本大医学部の5年生。先月からボランティアに参加していますが、まだ学生で、医療行為ができない歯がゆさを強く感じています。同時に感じるのが、患者さんと話すことの重要性。発汗や寒暖差で体調を崩しそうになっている人がいれば、会話を通じて対策を促せます。今回の経験を生かし、患者の立場に立った医師になりたいです。

来年へまず土作り 熊本市東区、農業、加納義之さん(68)
 自宅の基礎に亀裂が入ったため、家族3人で敷地内の農機具小屋で生活しています。余震が怖くて家には戻れません。給水施設が壊れ水がまけず、ハウス内のキュウリのほとんどが枯れてしまいました。売り上げは例年の約3割減の見通しです。うちはましな方なので、頑張って農業は続けていきます。まずは来年の収穫に向けて土作りです。

「ありがとう」に感激 和歌山県田辺市、専門学校生、森魁斗さん(19)
 友人3人とボランティアをしました。熊本県益城町の民家で、崩れたコンクリートのブロック壁をハンマーで砕き、片付ける作業を手伝いました。家主の男性が「ありがとう」とロールケーキやお茶を差し入れてくれ、うれしかったです。被災地では、物資は行き渡っている一方、人手が足りず、がれき撤去などの力仕事が求められていると感じました。



http://www.oita-press.co.jp/1002000000/2016/05/10/KA20160506DH1369100010
課題山積の医療現場
大分合同新聞 2016年 5/10(火)

大規模災害時に被災者の診療に当たる病院の耐震化は、熊本地震でもその必要性が明確になった。ただ国の調査で、震度6強以上を想定した耐震基準を満たさない病院がなお各地に点在している実情が判明。早期整備が求められるが、財源確保や工事の際の入院患者らへの対応など医療現場には課題が山積している。

▽着工延期
内科や外科など約30の診療科がある熊本市民病院(約450床)。4月の地震では病棟の壁が損傷し、水漏れも発生した。施設内にある3棟のうち、耐震基準をクリアしていなかった南館の被害は大きく、入院患者310人を退院させたり、他の病院に移送したりした。早産などの危険がある妊婦や超未熟児に対応する「総合周産期母子医療センター」としての機能も停止したままだ。
市は2015年度、病院側と費用を折半する形で北館と南館の建て替え工事を始める予定だった。だが、資材の高騰などで建築費が当初予定から約6割増しの209億円に膨れ上がることが判明。着工間際の15年1月に延期を発表した。
病院の田代和久(たしろ・かずひさ)総務課長は「建築費がここまで高騰すると病院経営は苦しい。今、病院としての使命が果たせないのは残念だが、費用との兼ね合いは難しい」と話す。

▽築30年以上
国の昨年9月の調査では、全国約8500病院の1割が関連施設に耐震基準を満たさない建物があると回答。災害拠点病院などでも、1割に耐震基準を満たさない建物があることが分かった。
災害拠点病院の一つ、佐賀県唐津市の「唐津赤十字病院」では、30年以上前に建設された本館が、耐震基準を満たさない状態のまま現在も診療や入院に使われているという。市内の別の場所に建設を進めている新たな建物にこの夏、機能を移転する予定になっており、病院側は「本館は解体予定だったため耐震工事に着手しなかった」。
距離も近い熊本の医療機関が地震で大打撃を受けた状況を目の当たりにし、「移転まで何もないようにと願うばかりだ」とつぶやく。

▽苦悩
04年に診療棟などの新築計画を策定した東北地方の総合病院。もともとの建物への耐震化工事は、新築より費用で2倍以上、工期で約1・5倍掛かるとの試算を踏まえた判断だった。
さらに懸念したのは500人以上の入院患者を抱えながらの耐震化工事の難しさだ。担当者は「移送時の事故や、集中治療室にいる重症患者の扱いに関し、高いリスクも想定された」と明かす。
ただ新たな建物に着工する前の11年に起きた東日本大震災では電気、ガスがストップするなど混乱も。結局、14年に完成した新たな診療棟などの耐震構造を、当初の計画よりも強化せざるを得なかったという。
一方、南海トラフ巨大地震で甚大な被害が想定される愛知県の病院は、津波の恐れのない場所への移転を検討中。ただ地価は高く、建築費も100億円を超える見込みで、院内には「いつ起こるか分からない災害対策に巨費を投じるより、今いる患者への対応を優先し、最新の医療機器を導入する方がいい」との声もあった。
この病院は災害拠点病院に指定されており、担当者の苦悩は深い。「震災時にいかに機能を維持し、被災者の命を救えるか。災害が起きてからでは遅いのだが…」



http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/05/10/12700/?rt=nocnt
医療行政の舞台裏◎専門性生かし情報収集と調整を担う
地震発生直後に医系技官が現地入り

庄子 育子=編集委員
2016/5/10 日経メディカル

 4月14日の夜以降、熊本県を中心に最大震度7の強い地震が相次いだ。ひとたび大地震が起きれば、入院患者や介護が必要な入所者を抱える医療・福祉施設は厳しい状況に置かれる。それらを管轄しているのは厚生労働省だ。では、今回の地震発生を受けて、厚労省はどう動いたのか。

 14日の21時26分に最初の震度7の地震が発生すると、厚労省は直ちに霞ヶ関の本省内に「災害情報連絡室」を立ち上げた。その後、政府が22時10分に非常災害対策本部を設置したのに伴い、同省も連絡室を災害対策本部に格上げした。

 翌15日の午前には、東海地方に出張していた医系技官(医師免許を持つ官僚)を急きょ熊本に派遣し、被害が大きかった益城町の医療機関の状況確認や、必要な物資の入手ルート確保などに当たらせた。また、その日の夜には現地に後続部隊を送り込み、熊本労働局内に6人体制の現地対策本部を設置。以降、厚労省からは3~5日程度の交替制で官僚の派遣が続いている(4月25日現在)。

 これまでに熊本入りした厚労官僚の多くは、医系技官で占められている。現地の医療関係者と話をして必要な医療ニーズを把握したり、その後の対策を立てたりする上で、専門的な知識が不可欠という判断からだ。そしてその仕事は、当初の情報収集業務から、時の経過とともに、調整業務主体の活動へと変化しつつある。例えばこんな具合だ。

 今回の地震では、車中泊する避難者が多く、数日して肺塞栓症を発症するケースが相次いだ。そこで熊本県の依頼を受けた日本循環器学会の専門チームが、現地で弾性ストッキングの配布と肺塞栓の予防指導を開始することになった。弾性ストッキングは支援物資としても現地に届くため、県の保健師も避難所を回って配布や指導に当たっていたが、明らかに人手は不足している。そこで県と災害派遣医療チーム(DMAT)などの支援部隊をつないで、後者に弾性ストッキングを配布してもらうよう協力を取り付ける役回りを厚労官僚が担う。

 また、地元選出の政治家などからは、時として実現が難しい要請が県に来ることもある。そんなときに両者の間に入って調整し、実際の施策をできる範囲のレベルにまで落とし込むことも、現地入りした厚労官僚の守備範囲だ。

 このようにスピーディーな支援活動を厚労官僚がするようになったのは、実は最近のことだ。少なくとも1995年に発生した阪神・淡路大震災の時は、状況が全く違ったという。

 その頃の省内事情を詳しく知るOBによると、未曾有の大地震発生を受けて厚生省(当時)では、必死になって本省で情報収集活動に当たっていた。だが、現地の行政機関は混乱・麻痺していて連絡がつかず、情報が全く入ってこなかった。

 そんな状況にしびれを切らした1人の官僚が、慣例である出張許可も取らずに被災地へと飛び出していった。周囲はその行動を「何だ、あの鉄砲玉は」と批判的に受け止めたという。しかし、現地入りしたその官僚は、神戸にある国立病院を拠点に、ファクスなどを使って本省に詳細な情報を送り続けた。その結果、厚生省は被害の拡大防止などに有効な対策を打つことができたという。

 この時の教訓が生かされ、2004年の新潟県中越地震や11年の東日本大震災、そして今回の熊本地震でも、厚労省は早期に官僚を現地に派遣し、情報収集や各種調整に当たらせるようになった。今回の地震で避難所生活での健康問題が早くからクローズアップされているのは、明らかに過去の震災の教訓からだ。同様に行政の災害支援活動に関しても、得られた教訓を次へとつなげていく必要がある。

  1. 2016/05/11(水) 05:48:07|
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