Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

5月7日 熊本震災関連 

http://news.livedoor.com/article/detail/11493815/
【熊本地震】「関連死」基準なく公表 認定へ混乱懸念 県と7市町村
2016年5月7日 8時5分 産経新聞

 熊本地震による直接的な被害でなく、その後の避難生活などで間接的に死亡した人について、熊本県と居住していた7市町村のすべてが条例などの判断基準がないまま、県を通じて「震災関連死とみられる」と公表していたことが6日、分かった。

 県は同日、宇土市の男性(86)を加え、関連死の疑いを計18人と発表した。東日本大震災の被災地では直後に関連死を発表せず、認定基準を設けた後に判断したが、それでも関連死の認定をめぐって訴訟が相次いでおり、同様の混乱を懸念する声が上がっている。

 熊本県が関連死の疑いを発表した18人の内訳は、熊本市10人、阿蘇市と宇土市が各2人のほか、益城町、南阿蘇村、御船町、氷川町が各1人。しかし、これらの自治体と県によると、いずれも関連死と判断するための認定基準はなく、震災関連死が何を指すか、明確な定義も設けていないという。自治体の中には、震災の「直接死」か「間接死」かの区別を付けずに報告したところもあった。

 災害弔慰金支給法などによると、震災関連死は自治体ごとに認定基準を定めて判断する。具体的には医師や弁護士などが参加した審査会を設け、医師の診断書を含む客観的資料に基づき、震災と疾病、死亡原因の関連を考慮する。

 東日本大震災(平成23年3月発生)では、27年12月末現在、岩手県455人、宮城県918人、福島県1979人が震災関連死として認定された。東北3県は県や自治体で基準や考え方を定めた後に、関連死を公表した。

 だが基準を設けた後でも、遺族らが自治体に対し、災害弔慰金の不支給決定の取り消しを求める訴訟が少なくとも7件起きている。熊本県危機管理防災課の担当者は、死亡者の計上について「国は市町村が判断することだとしている。集計方法が統制されていないという問題点は認識している」と話している。

 神戸大大学院医学研究科の上野易弘教授(法医学)は「正式な審査が始まったとき、認定に影響が出れば不満の声が上がるだろう。全国どこでも災害は起こりうるので、非常時に備えて関連死の定義や基準を決めておくことが必要だ」と指摘した。

     ◇

 ■震災関連死

 津波や建物の倒壊などによる直接死とは別に、避難生活のストレスや持病の悪化で体調を崩すなど、間接的な原因で死亡すること。遺族が申請し、各市区町村が設置する審査会が認定すれば弔慰金が支払われる。市町村は県に審査の委託も可能。阪神大震災(平成7年)で関連死の概念が生まれ、東日本大震災(23年)では、弔慰金の支給対象となった人数で計上している。



http://www.yomiuri.co.jp/local/osaka/news/20160507-OYTNT50274.html?from=ycont_top_txt
<被災地はいま>エコノミー症候群心配
2016年05月08日 読売新聞

 ◇大阪赤十字病院医師 渡瀬 淳一郎さん 49

 大阪赤十字病院の救護班の初動班班長として、4月17日夕方に熊本県南阿蘇村に入りました。

 初動班の使命は、地元と関係を構築し、「ホスピタルdERU(デル)」という手術室やレントゲンも備えた仮設の診療所を設置して医療支援を始めることです。村内唯一の病院は全壊し、2次救急に対応できる設備がありませんでした。先に現地入りしていた医療法人やDMAT(災害派遣医療チーム)、現地の開業医らと1日2回会議し、約1000人が避難していた南阿蘇中学校体育館前にdERUを設営しました。

 患者さんの訴えは、胃痛や吐き気、便秘などのほか、「持病の薬がほしい」「車中泊で子供が虫に多数刺された」といったものまで様々です。左足が膨れ上がった女性がいて、いわゆるエコノミークラス症候群の一歩手前と診断し、救急搬送したこともありました。

 余震への恐怖で屋根のある家に帰れず、車中泊を続ける人がたくさんいました。「もっと大きな揺れが来るかも」「先が見えない」との訴えも聞きましたが、「大丈夫ですよ」とはとても言えない。話をじっくり聞くしかなく、もどかしい思いをしました。

 被災した大半の人が「お薬手帳」を家から持ち出せず、慢性疾患の薬の処方に困りました。途中から、現地の病院のスタッフに、かかりつけの患者さんを診療してもらいましたが、災害に備え、お薬手帳がなくても処方薬を把握できるシステムがあればと思います。

 これからは感染症や心の問題とともに、引き続きエコノミークラス症候群が心配です。車中泊で寝返りを打てなければ、床ずれの原因にもなる。身の安全に関わることなので車中泊をやめてと言うわけにはいきませんが、せめて水分をしっかり取り、足を動かすよう心がけてほしいと思います。

 私は福岡出身で、以前から南阿蘇の雄大な景色が大好きです。元の阿蘇に戻るよう祈りながら避難者に長く寄り添い、少しでも助けになりたいと思っています。

(聞き手 東礼奈)



http://mainichi.jp/articles/20160508/ddm/041/040/110000c
熊本地震
関連死、73歳難病女性 車中泊、命削る 福祉避難所の存在知らず

毎日新聞2016年5月8日 東京朝刊

 熊本地震後に急性心不全で死亡し、熊本県が震災関連死とみられると発表した同県氷川町の稲葉恵子さん(73)は、歩行が困難で転びやすい進行性核上性麻痺(まひ)という難病を患いながら車中泊を続けていた。家族は難病や障害のある被災者向けの避難所の存在を知らず、要支援者への周知のあり方が災害時の課題として改めて浮上した。【今手麻衣】

 夫(76)と2人暮らしをしていた稲葉さんは、4月16日夜から隣接する宇城市の宇城総合病院の駐車場などで、同病院近くに住む長男光彦さん(49)が用意したワゴン車に寝泊まりしていた。2人を心配した光彦さん夫婦も別の車で車中泊を続け見守っていたが、20日未明、夫がぐったりしている稲葉さんに気付き、すぐに同病院に運んだものの死亡。県が29日、震災関連死とみられると発表した。

 車中泊をしていた間も、光彦さんは日中、外に連れ出したり、こまめに体調をチェックしたりして、懸命に稲葉さんをケアしていた。しかし、稲葉さんは夜になると少しの余震で跳び起きたり、夫にしがみついたりし、かなりストレスがたまっている様子だった。

 阪神大震災後、全国の自治体では高齢者や障害者らを対象にした福祉避難所の指定が進んでいる。人口規模の小さな氷川町は今回、指定をしていないが、26日までは町内5カ所の避難所のうち3カ所について、高齢者や障害者を優先し、ニーズに応えるようにしていた。しかし、光彦さんら家族もその存在を知らず、難病のため避難所での寝起きは難しいと判断して車中泊を続けていたという。

 福祉施設で働いていた光彦さんは「母の世話をしたい」という思いから、4月1日、稲葉さんの自宅の一部にデイサービスを開設し、稲葉さんら地域の高齢者を受け入れ始めたところだった。「社交的で、おしゃれで、花が大好きな母だった」と肩を落とす。

 光彦さんは「車中泊は本当に危険。気が付かないうちにストレスや疲れがたまる。福祉の仕事をしている私でも、高齢者や障害者向けの避難所の存在を知らなかった。車中泊をしている人は気を付けてほしい」と語った。

 熊本県によると、震災関連死とみられる被災者は稲葉さんを含め18人に上る。

 ■ことば

福祉避難所
 高齢者や障害者、妊産婦、乳幼児ら特別な配慮が必要な被災者向けに災害時に開設される避難所。自治体は災害救助法に基づき、バリアフリーなどに主眼を置き、福祉施設や公共施設などを指定する。国の指針によると、紙おむつや医薬品、車椅子などを備蓄し、要支援者10人に1人の「生活相談職員」を置くことが望ましいとされる。



http://www.tokyo-np.co.jp/article/chiba/list/201605/CK2016050702000173.html?ref=rank
【千葉】
千葉市職員避難所運営 被災者が被災者支えていた 継続的な支援訴え

2016年5月7日 東京新聞 千葉

 熊本地震の被災地に千葉市や県から派遣され、支援活動にあたった職員や医師、保健師らが六日、記者会見などで活動内容をそれぞれ報告するとともに、継続的な支援の必要性を訴えた。(内田淳二、村上一樹)
 千葉市の職員二十七人は四月二十七日から八日間、熊本市南区の小中学校六カ所で避難所運営の支援などにあたった。主な業務は物資の管理や清掃、食事の提供。夜間の見回りも手分けして行った。
 「通路がモノであふれ、更衣室も確保できていなかった」。財務局管財課の内谷(うちたに)靖さん(49)が派遣された田迎(たむかえ)西小は当初、雑然とした状況だったという。
 学校には夜間、二百人近くの避難者が身を寄せていた。最初の地震から十日以上が過ぎ、食料などの支援物資はある程度そろっていた。しかし、管理が追いついていなかった。
 「避難所を運営する熊本市の職員や先生方も被災者で、被災者が被災者を支える形になっていた。気持ちが折れてしまう場合もあり、外部の支援の必要性を感じた」と内谷さん。
 スマートフォンなどの情報ツールが発達する中、行政が市民に情報を届けることの大切さも痛感したという。「物資がどこにあるかなど、さまざまな情報が飛び交っていた。混乱しないように、市の考えや見通しを示す必要がある」
 支援は、政令市の連携プログラムに沿って実施した。職員は、熊本市の北にある玉名市などの施設に宿泊。バスも独自に手配し、一~三時間かけて避難所に通った。千葉市はほかにも、下水道の復旧などで職員を派遣済み。今後も、手続きが滞っている罹災(りさい)証明書の発行を手伝う職員らを現地入りさせる。担当者は「被災地での経験を市の防災施策に反映させたい」と話した。
 医師ら九人で構成する県の災害派遣医療チーム(DMAT)は、四月十六日から二十日まで現地に派遣。各県から集まったDMATを総合的に管理する「熊本県庁DMAT調整本部」に入り、人員配置や、自衛隊や消防など関係機関との調整、ドクターヘリの活動指揮などにあたった。
 千葉県救急医療センターの嶋村文彦医師は「DMATは現場で一人一人を診るイメージがあるが、それらを管理する本部部門がしっかりすることが、災害医療では重要」と指摘した。
 災害医療コーディネーターとして、熊本県益城(ましき)町に入った千葉大学医学部付属病院の立石順久(よしひさ)医師は、同町の被災状況や避難所を写真で紹介。「大規模な収容施設となるはずだった建物が被災し、避難所として使用できていない。地元の医療機関も、まだまだトイレやエックス線、検査機器が使えないところもある」と話した。


  1. 2016/05/08(日) 05:46:26|
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