Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

4月29日 熊本震災関連 

http://www.sankei.com/west/news/160429/wst1604290026-n1.html
【熊本地震】
熊本、関連死疑い17人に 73歳女性が急性心不全で死亡 

2016.4.29 13:12 産経WEST

 熊本県は29日、地震の発生後、車内に避難していた同県氷川町の女性(73)が20日に急性心不全で死亡し、震災関連死の疑いが計17人になったと明らかにした。

 また、エコノミークラス症候群で入院が必要な重症と診断された患者は、新たに2人増えて計44人となった。県によると、いずれも65歳以上の女性。27日午後4時から28日午後4時までに、県内の医療機関を受診した。



https://www.m3.com/news/iryoishin/420331
シリーズ: 熊本地震
医師会館を物資の中継拠点に、熊本市医師会
仙台市医師会、いち早く支援に動く

2016年4月27日 (水) 高橋直純(m3.com編集部)

 熊本地震の発災直後から、会員医療機関の安否確認や物資の確保などに奔走した熊本市医師会。熊本市医師会理事の宮本大典氏と事務局の奥村宣文氏は4月20日に行ったm3.comの取材に対し、「臨戦態勢になったのは初めて。走りながらやってきたが何とか形になってきた」と答えた。東日本大震災で医療界が得た教訓も支えになっていた。

 震災6日目に当たる4月20日、熊本市医師会会館には断続的に市内の医療機関が水や食料、衛生材料などの物資を取りに来ていた。市医師会が、医療機関向けの物流拠点の役割を担っていた。マスメディアでも多く報じられていたように県や市には支援物資が集まっていたが、行政職員が足りず、不慣れなことから、なかなか被災者に物資は届かない状況だった。奥村氏は「市もパニック状況で、16日の本震後は行政に何をお願いしても聞いてもらえない状況になった」と振り返る。


 震災後は医療機関に付近の住民が避難してくることが多く、「入院施設を持たない診療所でも、多かれ少なかれ外来スペースを開放していた」(宮本氏)。断水し、物流が滞る中で、備蓄が尽きてしまう医療機関も多かった。行政と交渉することで、20日から県の物資が直接、熊本市医師会館に届けられるようになり、医療機関は医師会館へ取りに行くことで物資を受け取れるようになった。給水車の要請も、市医師会で取りまとめて行政に挙げていた。

いち早く直接支援をした仙台市医師会

 そのような状況を見据えて、いち早く支援に入ったのが、東日本大震災を体験した仙台市医師会だった。熊本市医師会への直接支援を決定したのは18日午後。理事の瀬野幸治氏は事務局の鈴木伸一氏とともに2人で午後7時発の飛行機、さらに新幹線に乗りつぎ、その日は広島で1泊した。翌19日にレンタカーを借り、駅前の大型ショッピングセンターで、熊本市医師会が要望した水、食糧、トイレットペーパーなどを購入し、午後4時40分に熊本市医師会館に物資を届けた。

 瀬野氏は、熊本市医師会に直接支援物資を届けた理由を「震災時は開業医が自分のところで仕事をすることが何より大事。そうしないと軽症者が病院に殺到し、機能停止してしまう。慢性疾患も事情を知るかかりつけ医が診た方が良い。その時に、医師会の力が必要だが、支援するシステムがない。それが我々が5年前に身を持って実感したこと」と説明する。東日本大震災でも、理事、職員は災害対応に追われ、被災者でありながら、自身や家族のための水や物資を確保する時間がなかったという。医療機関だけでなく、医師会そのものへの支援が求められると強調する。

安否確認には医薬品卸の協力も

 発災後、市医師会が最初に行ったことは会員医療機関の安否確認。ファクスを使って会員に一斉送信し、返信があり、応需可能であることが判明した医療機関から随時、ウェブサイトで情報を提供していった。15日の第一報から、26日午前11時までに第27報を出している。20日時点では8医療機関と連絡が取れていなかったため、市内を回っている医薬品卸業者にも確認を依頼するなどした(26日までに全医療機関の状況を把握)。

 宮本氏の診療所も、水道管が破断し大量の水がフロアやコンピューターに落ちてきため、診療再開は19日になってからだった。「近くのかかりつけ医がいないと患者は不安になる。自分の診療所宛ての電話が携帯電話に転送されるよう設定しているので、山ほど電話がかかってきている。ファクスやメールを使えるような人たちでないので、一人一人話さなくてはいけない」と苦労を語る。

駐車場に仮設診療所

 熊本市医師会が運営する熊本市地域医療センターの被害も大きく、救急外来を停止した。特に影響があるのが夜間の小児救急であることから、自衛隊にテントを設置してもらい、市医師会館の駐車場で仮設の小児診療所を開設。診療時間は午後6時から午後11時まで。宮本氏は「夜間の小児救急は当センターと、熊本赤十字病院だけ。うちがやらないと熊本赤十字病院がパンクしてしまう」という判断があった(仮設診療所は、地域医療センターの回復とともに25日で閉鎖)。

 勤務に当たる医師のため、21-23日には医師会内の保育所を無料開放するなどの取り組みも行った。「揺れが収まらない中で、子供を置いて仕事に行くのが難しい。保育園や小学校がやっていないので仕事に行けない」(奥村氏)。そうした市医師会の対応や医薬品卸業者、調剤薬局の状況を伝える医療機関向けの「熊本地震災害対策速報」も26日時点で15報に上っている。

 宮本氏は、熊本県の災害対応は台風や水害、飛行機事故などを念頭に置いてあり、地震に対しては十分でなかった面があると反省する。一方で、宮本氏は過去に宮城県を訪問し、宮城県医師会や石巻赤十字病院の医師から直接話を聞いていた経験が非常に役立ったと言う。ネット上には震災後の対応を記した文章が残っており、「次に何をすればいいか分かる。こんなありがたいことはない」と話す。



https://www.m3.com/news/iryoishin/421099
シリーズ: 熊本地震
研修医2年目の岡崎幸治氏・現地リポート◆Vol.5
「被災地、熊本」離れても、せねばならないこと

スペシャル企画 2016年4月30日 (土)配信 岡崎幸治(日本海総合病院研修医)

 山形県酒田市の日本海総合病院、研修医2年目の岡崎幸治氏。熊本市内の実家のクリニックが被災し、開業の手伝いと避難所の支援のため休職し、4月17日に鹿児島空港経由で帰省。本人の了承を得て、facebookの掲載をそのまま転載しています。

4月29日 23:22:庄内にて

 本日、庄内に戻りました。(改めて、まさか故郷熊本が「被災地」と呼ばれることになるとは夢にも思ってませんでした…。)

 震災前とは程遠い生活を送っておられる方が大勢いる中で、熊本を離れるのは本当に申し訳がありません。ですが、本職を犠牲にしてまで私が役に立てることがもはや少ないと思われ、庄内に戻ることを決心致しました。震災直後、快く送り出して下さった島貫院長を始めとする上司、急に救急当直を代わってくれた研修医の同期には本当に頭が上がりません。(明日からまたちゃんと仕事します…!!)

 「熊本市内」の実家の校区の避難所である、市内の中学校では、ここ4日間くらいで避難者数も急激に減りました。(300人間が今は15人です。)残った方々一人ひとりに対し支援が行われながら、GW明けの授業再開に向けて準備がなされています。

 一方で、甚大な家屋損壊を被った「益城町」の避難所にはまだ多くの方々が家に帰れず避難所生活を余儀なくされています。見る限り基本的な物資は充実しています。しかし、プライバシーの確保が遅れていたり、未だに大勢の被災者の方が体育館からあふれ、駐車場で車中泊されていたりと、今後応急仮設住宅が開設されるまで取り組まなければならない課題が多く残っています…。

 そして、帰省した翌日の晩から出入りさせて頂いている、益城町・「平田地区」は、やはり特殊な状況だと思います。多くの建物が損壊したにも関わらず、避難所以外の形式を取って災害後急性期を過ごされた地域は、見た限りやはり平田しかありませんでした。

 電気以外のあらゆるインフラが損なわれていましたが、現地の管工業者さんと住民の方々の自助努力で仮設の上水道が整備されつつあります!大変頼もしいことに、松尾君ら、APUの学生さんはじめとするボランティアの方々が地区の再建に尽力して下さります!(一方で、今後この地区に行政から求められることは、「住宅再建のための援助」そして「主産業の稲作・農業のための水路再建」だと思います。)

 今後私もずっと関わらせて頂きたいと思います…!(熊本を離れていてもせねばならないことが、既にいくつか挙がっています!!)

 平田地区ではこの二週間で、多くの個人や団体から支援物資が届けられ、仮設トイレが設置され、JMATの診療所が開設され、菅原衆議院議員が視察に訪れ、施設入所が必要な高齢者の方々がそれぞれ入所され、車中泊される方々も殆どいなくなりました。

 本当に多くの方々の力で地域が再生していく現場に立ち会え、誠に光栄でした。

 私自身に関しては、資格的・能力的に力が及ばないことばかりで、悩まされました。一方で、本当に多くの皆様から有用なアドバイスや情報、励ましの言葉を頂きました。

 本当に感謝に堪えません。そして、本質的な状況は変わっていないにも関わらず、感謝されたのはやはり非常に嬉しかったです。今後とも、皆様の御教示のもと、もっと成長してゆかねばと痛切に思います。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 出来ることを増やしたい…。



https://www.m3.com/news/iryoishin/420682
シリーズ: 熊本地震
被災地支援、医師資格証提示で優遇を要望、日医
横倉会長「他職種の連携は取れている」

2016年4月28日 (木) 高橋直純(m3.com編集部)

 日本医師会の石川広己常任理事は4月27日の定例記者会見で、熊本地震の被災地支援に関連して、日医が発行する医師資格証を持った医師に対して、薬の受け渡しやガソリンの給油、被災地の通行などの優遇を図るように、厚生労働省に要請したと報告した。

 JMATに参加する医師に対しては医師資格証の携行を励行しており、まだ持っていない医師に対しては5日程度で発行できるような特別措置を実施する。申請書と顔写真付身分証だけで発行可能で、半年以内に都道府県、郡市区医師会に医師免許証原本と住民票の提出を求める。

 石川氏は「被災地では18件の空き巣が警察で認知されている」とし、医師資格証を提示することでスムーズな活動ができると強調した。

横倉会長「他職種の連携取れている」
 同日の会見で、横倉義武会長は今回の被災地支援では「JMATだけでなく、薬剤師、歯科医師が一緒に活動するなど他職種での連携が取れている」と報告。一方で、中小病院などを中心に医師やコメディカルが疲弊していると指摘し、中長期化に向けた継続的支援の在り方の検討が必要との認識を示した。また、医師会職員に対しても「既に福岡や鹿児島県の職員が支援に入っている。私も近く熊本県医師会を訪れて状況を聞く」と話した。


  1. 2016/04/30(土) 06:03:23|
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