Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

4月20日 

http://mainichi.jp/articles/20160420/ddl/k36/040/595000c
新しい力
政治に懸ける 地域医療充実へ、医師が県議に /徳島

毎日新聞2016年4月20日 地方版  徳島県

 ■東大卒、やっと……

 親類が集まり、盛大な還暦祝いを終えた夜。28歳だった内科医の清山知憲は宮崎市内の自宅で、上機嫌の父雅晴に“爆弾宣言”した。

 「県議選に出る」。東大医学部を卒業し、米国で感染症治療を学んだ清山の言葉に家族は衝撃を受けた。「やっとお医者さんになれたのに……」

 「宮崎の医者を増やしたい。それには政治家になる方がいい」。抑えきれない思いを打ち明けた。「ニューヨークから急に帰るなんて変だと思った」と言う雅晴は、反対しながらも話を聞いてくれた。9カ月後の2011年4月、清山は宮崎県議に当選した。

 道は平たんでなかった。根負けした家族も支えたが、親類に政治家はいない素人集団。選挙のハウツー本を10冊ほど買い、福岡市長選で面識のない候補者を手伝ってみて「やれる」と感じた。

 ■「信念は曲げない」

 意外だったのは政治家が尊敬されず、逆に嫌われていると実感したこと。地元のためにと思っても、感謝されるどころか「なぜ県議なんかに」とあきれられた。でも、否定されるほど燃えた。「目的や意義を見いだせばエンジンがかかる。一度かかると馬力は強い」

 「20代」と「医師」を強調し、ポスターは若手デザイナーと練った。地元の同窓生が運転する選挙カーで走り回り、気付けば宮崎市選挙区の19人でトップ当選していた。

 無所属だったが、当選後に自民党入りする。「正しい主張もマイノリティーだと採用されない。目的のためには手段は選ばない」。多数派入りが早道と考えた。34歳になった2期目の清山は「破天荒」と自己分析し、時には会派の重鎮とぶつかる。「意見が違い、歯がゆさも感じる」。でも、信念は曲げない。

 招き入れた元自民県連会長の中村幸一(73)は「言いたいことは言う男。理解できる人は少ないが、角が取れたらおしまい」と評価する。

 「本音ではどれぐらい必要と考えてるんですか」。昨年11月、県議会本会議で、いら立つ清山が県の幹部を問い詰めた。県内で働く研修医の年間目標数を尋ねていた。

 ■研修医を増やすには

 以前は出身大学での研修が慣例で、大学病院は過疎地に研修医を派遣して地域医療を支えてきた。今は研修先を自由に選べ、多くが都会に流れる。宮崎の医者を増やすには、研修医として残ってもらう必要があるが、96人の募集枠に半数強しか応募がないのが現実だ。「目標は62人」と弱気な幹部に清山は「鹿児島は99人が内定している。宮崎もせめて90人に」と食い下がった。

 「教育が充実した病院に若手は集まる」が持論。県立病院の在り方も質問した。幹部は「育てる機能の強化が重要。魅力的な研修病院にしたい」と答え、具体策を模索中だという。「意識は変わってきたかな」。顔をほころばせた。

 宮崎市の繁華街のそば店に生まれた。朝から晩まで働く両親に代わり、小学校に送り迎えしてくれた祖母の面倒を見たいと医師を志した。肺がんを患って3年前に94歳でみとり、思いを遂げた。

 患者と向き合う医師像を目指してきただけに、指導医が「これやっといて」と命じるだけの東大病院や宮崎の県立病院は物足りず、研修先は医師育成を理念に掲げる沖縄県立中部病院を選んだ。

 転機は清山が米国の病院に移っていた09年に訪れた。ネットで宮崎の医師不足を伝える記事を読み、県議会の議事録も調べて確信した。「こんな議論してたら若い医者残らんわ」。研修先選びが自由になり、若手が都会に取られたと新制度が批判されていた。魅力的な研修先にする前向きな議論こそ必要なのに。

 明け方、妻千晴(33)を起こした。「宮崎で政治やるかも」。「何言ってるの」。妻はあきれた。「医者がいなくて医療を受けられない人がいる。そこを無視して感染症の治療ができるか」。帰国を決めた。千晴はそんな夫を「家族や友人以外の問題も本気で解決したいと考える。その範囲が広い」と優しく見守る。

 ■今も救急当直応援へ

 清山は今も地元の病院で診察し、救急当直の応援に入る。ある日は宮崎大病院で、医学生5人に即席の授業をしていた。

 「カルテの書き方教えるよ」。スクリーンにカルテを映す。議員バッジが光る上着を白衣に替え、考えつく病名を尋ねた。肺炎、結核、気管支拡張症……。「あらゆる可能性を想像してカルテに盛り込め」。それが診察の出発点、との思いが清山にある。学生は「そんなふうに教わったことない」と現場でしか学べないコツを熱心にメモした。医師教育充実の実践だ。

 「一人の医師として教育の大切さを訴えても限界がある」。だから県議になった。医療体制の不備で治療を受けられない高齢者がいる。そんな現実には黙っていられない。(敬称略)



http://mainichi.jp/articles/20160420/ddl/k08/040/105000c
麻薬輸入
北茨城市民病院勤務の医師逮捕 容疑認める /茨城

毎日新聞2016年4月20日 地方版 茨城県

 高萩署と県警薬物銃器対策課、横浜税関は19日、麻薬指定されている「ケタミン」を輸入したとして、北茨城市関南町里根川、市民病院の内科医、細村幹夫容疑者(50)を麻薬取締法違反(麻薬の輸入)と関税法違反の両容疑で逮捕した。細村容疑者は「自分で使用するため麻薬を輸入した」と容疑を認めている。

 逮捕容疑は2月25日、フィリピンから航空書留郵便で、ケタミンの錠剤を輸入したとしている。同課によると、細村容疑者はインターネットを通して注文。成田国際空港から集荷される川崎市の郵便局で検査したところ、封筒内から121錠が発見され、うち11錠が麻薬と判明したという。

 市民病院によると、細村容疑者は県外の病院を経て2012年6月から勤務。病院の志賀一洋総務課長は「突然のことで驚いている。事実確認に努める」と話した。【加藤栄、玉腰美那子】



http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201604/20160420_13038.html
「植物状態患者から着服」元相談室長を提訴
2016年04月20日水曜日 河北新報

 宮城県大崎市の古川民主病院に入院していた遷延性意識障害(植物状態)の男性患者(80)らから医療費助成金約70万円を着服したとして、運営法人の宮城厚生協会(多賀城市)が19日までに、同病院の医療相談室長だった女性(66)に退職金を含む約1050万円の損害賠償を求める訴えを仙台地裁に起こした。
 訴えによると、同病院は2013年12月、男性の医療費助成を県と仙台市に申請。元室長は当時、患者への助成金支給を1人で担当していた。男性分の助成金は14年5月から元室長が定年退職する15年2月までの間、計約98万円だった。
 男性の医療費に未収金があることを不審に思った別の職員が確認したところ、元室長は男性の医療費として約62万円しか払っておらず、差額の約36万円が使途不明であることが発覚。元室長は「忘れていた」などと一部を持参した。協会が改めて元室長が担当した他の患者12人を調べたところ、着服が疑われる額は計約70万円に上った。
 協会は「業務上横領の疑いがあり、退職金の返還規定に該当する」と主張。15年11月の理事会で「懲戒解雇相当」と判断した。元室長が事実関係を否定したため、公表を見送ったという。
 元室長側の代理人は取材に対し「助成金はきちんと送金している。全面的に争う」と述べた。



http://www.yomiuri.co.jp/local/aichi/news/20160419-OYTNT50298.html
名城病院贈収賄 倫理観欠如に厳しい批判
2016年04月20日 読売新聞

 名城病院(名古屋市)の人工透析治療患者の紹介を巡る贈収賄事件で19日、有罪判決を受けた同病院の元医長赤沢貴洋被告(41)と名古屋市の医療法人「光寿会」の元理事長多和田英夫被告(64)。名古屋地裁は、まるで患者を「商品」のように扱う2人を、倫理観が欠如していると批判した。

 被告人質問で、赤沢被告は「光寿会以外にも6、7か所の医療機関から接待を受けていた」と語り、500人以上の透析患者を接待を受けた医療機関に紹介したことを明かした。

 赤沢被告は「どこの病院に通うかは最終的には患者が決める。患者の利益に反して医療施設を紹介したことはない」と強弁したが、検察官に「患者を金でやりとりする抵抗感はなかったのか」と尋ねられると、「抵抗感はあったが、金もほしかった」とうなだれた。

 赤沢被告が金を必要としていたのは、自らが率いるアマチュアバンドの活動が理由だった。病院や老人ホームなどで慰問ライブを行い、「歌うドクター」としてメディアにも取り上げられた。活動費は当初月数万円程度だったというが、徐々に増え、最終的にはCD制作などで年間300万円以上を費やしていたことが明らかになった。

 一方、贈賄側の多和田被告は、透析患者の紹介を巡り、以前から名城病院の医師に賄賂を渡そうと試みていたことを明かした。多和田被告は「赤沢被告以外の名城病院の医師と何度か食事をしたが、スキがなく、金を受け取ってもらえそうにないと感じた。いったんあきらめたが、その後赤沢被告に頼んだ」と経緯を説明した。

 事件後、多和田被告は光寿会の経営から手を引き、「外出することもなく、自宅で過ごしている」。赤沢被告は、贖罪しょくざいとして日本腎臓学会に500万円を寄付した。病院を解雇され、退職金が支給されなかった赤沢被告は、「家と車を売り、生命保険も解約して工面した」と言う。

 2人は長年にわたって医師として精力的に活動し、多くの患者からの信頼もあっただろう。ただ、その信頼に応えるために必要な倫理観が欠けていた。

 角田温子裁判官が主文を言い渡した後、「医師を志した時の気持ちを思い出してほしい」と説諭すると、2人は直立不動の姿勢で聞き入っていた。(譜久村真樹)



https://www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/54008/Default.aspx
製薬協・清水広報委員長 業界に対する国民の目「楽観できない」 相次ぐ不祥事で
2016/04/20 03:50 ミクスオンライン

日本製薬工業協会・広報委員会の新委員長に就任した清水孝氏(アステラス製薬・渉外部専任理事)は4月18日、同委総会後に行った記者会見で、医師主導臨床研究への不正な関与や副作用報告漏れなど不祥事が相次いだことを挙げ、「業界を取り巻く環境は楽観できる状況にない」と述べ、国民から向けられる目が厳しい状況にあるとの認識を示した。

対応として清水氏は、製薬協が実施している医療用薬や製薬産業に対する一般の人たちの認識などを調査する「生活者意識調査」で経年的に意識の変化を把握、分析した上で「情報発信の仕方を、専門の委員会(コード・コンプライアンス推進委員会)と協議していきたい」と話した。



http://www.asahi.com/articles/ASJ3Z3J5FJ3ZONFB009.html
三重)県が三重大に寄付講座設置 医師確保へ引き継ぐ
2016年4月21日03時00分 朝日新聞 三重

 総合診療医を育成し、地域医療体制を充実させるため、県が今年度から三重大に寄付講座を設置した。津市による寄付講座が昨年度で終わり、住民の間に「4月から医師不足になるのか」という不安の声があり、県が引き継いだ。県庁であった締結式で、三重大の駒田美弘学長は「地域全体を診られる医師を育てていきたい」と述べた。

 寄付講座は2020年度までの5年間。県は年間3440万円を限度に大学に支払い、大学は県立一志病院(津市)に総合診療医3人を配置し、診察をする。同病院は8人の医師全員が総合診療医で、高齢化が進む津市白山、美杉地区の医療を支えている。

 県が寄付講座を引き継いでも、医療・救急体制は変わらず続けられるという。津市は医師派遣代や病院の救急体制の支援などのため、病院運営に約4300万円を負担する。

 一方、一志病院の経営について、県は「いずれは民間移譲」としながらも「当分の間は県営」としてきた。鈴木英敬知事は「今年前半には一志病院の経営の方向性を決める」と話している。



http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS20H3W_Q6A420C1PP8000/
「厚労省分割論」、自民に浮上 小泉氏ら若手中心に
2016/4/20 19:50 日本経済新聞

 自民党内に厚生労働省の分割論が浮上している。20日、自民党の小泉進次郎農林部会長ら若手議員を中心とした「2020年以降の経済財政構想小委員会」で、厚労省のあり方の議論を始めた。巨大省庁を分割し、高齢化に伴う医療や年金などの社会保障費の急増や少子化対策など、政権の重要課題にきめ細かく対応する狙い。5月中にも提言をまとめる方針だ。

 会議では、厚労省の業務が多岐にわたるとしていくつかの省庁に分割する案や省内の再編を求める声が上がった。事務局長の小泉氏は会合後、記者団に「行政のあるべき姿として厚労省が今のままでいいとは誰も思っていない」と組織の見直しに強い意欲を示した。

 同小委は社会保障制度など20年以降の国家ビジョンを議論している。年末までに具体的な政策をとりまとめる予定。

 厚労省が主に所管する社会保障費は16年度当初予算で32兆円と国の政策経費の4割を超える。09年5月にも当時の麻生太郎首相が厚労省を分割して2つの省を作るべきだとの考えを表明した。ただ、突然の表明に批判が高まり、わずか2週間で取り下げた。


  1. 2016/04/21(木) 06:21:52|
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