Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

4月18日 熊本震災関連 

http://www.sanyonews.jp/article/334756/1/?rct=okayama1
熊本の病院では深刻な人手不足 派遣のDMATが帰岡し現状報告
(2016年04月18日 22時05分 更新) 山陽新聞

 緊急医療活動のため、熊本県に派遣されていた災害派遣医療チーム(DMAT)の第1陣の一部が18日、所属する病院などに戻った。岡山済生会総合病院(岡山市北区国体町)のチームは深刻な被災地の現状を報告し、継続的な支援の必要性を訴えた。

 岡山済生会総合病院のチーム5人は同日午後6時前に同病院へ到着。現地では国立病院機構熊本医療センター(熊本市中央区)を拠点に、被災した近隣病院から患者を搬送したり、救急患者の受け入れを担当したりした。

 救急科の医師稲葉基高さん(36)は「病院のマンパワーが圧倒的に不足していた。当初は骨折など外傷の患者が目立ったが、その後は持病が悪化して体調を崩したお年寄りや、発熱、嘔吐(おうと)などを訴える小児が増えた」と報告。「今後は避難所での長期的な医療支援が課題になるだろう」と話した。

 県医療推進課によると、第1陣として岡山赤十字病院(岡山市)、岡山大病院(同)などから10チーム計49人が16日に現地入り。熊本市内の複数の医療機関で活動した。18日夕現在、8チームが撤収し、2チームは支援を続けている。



https://medical-tribune.co.jp/news/2016/0418503291/
食糧1週間分確保も予断許さず―熊本の医療機関
「赤ちゃんポスト」の慈恵病院
医療の現場レポート

2016.04.18 19:52 Medical Tribune

 「4月18日の夕食で備蓄が尽きる」―熊本県で相次ぐ地震被害で,「赤ちゃんポスト」で知られる慈恵病院(熊本市)から4月16日,そんなSOSが発された。それを受けて同院には多くの物資が寄せられ,入院患者・避難者計214人を抱えて18日夜に食糧・飲料水が尽きる事態は回避された。同院公式サイトには,支援に対する感謝が記されている。しかし,同院に問い合せたところ,食糧・飲料水が確保できたのは1週間分程度と心もとない。紙おむつも不足気味という。

コメ1トン以上,飲料水2,000本以上が届く

 慈恵病院は,JR熊本駅から車で約10分,JRの線路を挟んで熊本城や市役所の反対,西側に位置している。親が育てられない新生児を匿名で預けられる「赤ちゃんポスト」(正式名称「こうのとりのゆりかご」)で知られる病院だ。

 公式サイトの4月16日付「News」によると,同日現在で同院は入院患者84人に加え,近隣からの避難者130人を抱えていた。これらの人々に食事や水分を提供していたが,備蓄の食糧が4月18日の夕食までで尽きることが判明。「現在,物流がストップし,ガソリン供給も乏しい状態です。飲料水,食料のご支援を至急お願いいたします」とSOSを発した。

 これに対し,同院に多くの人から物資が届けられ,コメ1,000キロ以上,ペットボトル入り飲料水2,000本以上に上った。中には,「スーパーでは1人3本までしか売ってくれなかったので」と言いながら,ペットボトル3本を渡してくれた人もいたという。

 同院は公式サイトで「多くの方々のお陰で,患者さんも私どもも救われました。心より御礼申し上げます」と感謝を述べつつ,「震災の現場には,いまだに支援から取り残された人たちが大勢います。今度はその方々へ,皆様の暖かい手を差し伸べていただきますようお願いいたします」としている。

不安で車中泊,懸念される健康悪化

 これで,18日夕食で尽きるとされた食糧問題は解決されたのだろうか。同院に電話取材したところ,「食糧は不足していない,他の支援に回してほしい」との回答だったが,確保できた量は「1週間分程度」とのこと。決して安心できる量ではないはずだ。それでも同院は「支援は十分に受けた」という認識でいるという。

 一方で,赤ちゃん用の紙おむつについては,現状で「1週間弱分はあるが,避難する人が増えると不足してしまう可能性がある」としている。こちらに関しては,引き続き支援が必要のようだ。このほか,病院スタッフの多くが被災しながらも,患者や避難者のため献身的に働いていること、相次ぐ夜間の余震のため多くの人が自動車の中で寝泊まりしていることなども分かった。車中泊は深部静脈血栓症(DVT)を引き起こしやすことから、今後は弾性ストッキングの配布などの対策が必須となりそうだ。記者が電話取材している間にも、受話器の向こうでは緊急地震速報の警告音が鳴り響いていた。

 同院の住所は〒860-0073 熊本市島崎6-1-27,電話は096-355-6131(代表)。

(小島領平)



http://www.yomiuri.co.jp/osaka/news/20160418-OYO1T50015.html
遺族の心をチームでケア、「DMORT」始動
2016年04月18日 読売新聞

 熊本地震の被災地で16、17の両日、災害直後の遺族の心のケアに当たる国内唯一の専門家チーム「DMORT」(災害死亡者家族支援チーム)が初めて遺体安置所で活動した。

 2005年4月のJR福知山線脱線事故を機に設立された「日本DMORT研究会」(神戸市)。メンバー2人が17組の遺族と対面した。京都第一赤十字病院(京都市)看護師長、河野智子さん(51)は、嗚咽おえつする遺族の背中を何度もさすり、「自分を責める必要はないですよ」と声をかけた。悲嘆にうなずき、家庭の事情に耳を傾けた。「ありがとうございます」と頭を下げる遺族もいたという。河野さんは「別れを言う間もなく家族を失った人の悲しみは深かった」と振り返った。

 現場で救命救急に当たるDMAT(災害派遣医療チーム)に対し、DMORTは遺体安置所で遺族の悲しみを和らげるのが任務。JR脱線事故では、肉親の死の理由について医師から説明を受けられず、心に傷を負う遺族がいた。こうしたことから、協和マリナホスピタル(兵庫県西宮市)の吉永和正院長(67)らが06年に会を発足。医学的な知識があり心のケアもできる人材の組織づくりを進めてきた。

 今回、被害者支援に積極的な兵庫県警の紹介で熊本県警の理解が得られ、初めて遺体安置所での活動ができた。同会は今後、法人化し、各地の警察との事前協定を結びたいとしている。



http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/hotnews/int/201604/546590.html
速報◎2016年熊本地震
DMATは157隊、DPATは13隊が活動中
熊本地震、各地で災害医療活動が展開中

2016/4/18 増谷彩=日経メディカル

 4月14日から熊本県を中心に相次いでいる地震を受け、被災地では随所で災害医療活動が展開されている。災害時派遣医療チーム(DMAT)は、17日22時時点で157隊が活動中。さらに80隊が移動中で、294隊が待機中となっている。

 厚生労働省の報告によれば、4月17日21時時点で厚労省が直接確認した医療施設62施設中、建物損壊のリスクがある医療機関4カ所、ライフライン(電気、ガス、水道)の供給に問題がある医療機関19カ所、連絡が取れない医療機関4カ所、問題がない医療機関38カ所だった。ただし、熊本県内において、患者受け入れ困難に陥っていた基幹病院の診療機能も、DMATの支援などにより、徐々に改善傾向にあるという。

熊本県内において、患者受け入れ困難に陥っていた主な医療機関の状況
(出典:厚生労働省「平成28年熊本県熊本地方を震源とする地震に係る厚生労働省の対応について」)

■基幹病院の診療機能は、DMATの支援等により、徐々に改善傾向
(1)熊本赤十字病院(490床)
 震災発生直後に停電により患者受け入れ不可となり、その後も患者の殺到により、患者の受け入れ不可状態が続いていたが、ドクヘリ搬送、近隣病院への患者分散等により、状況は改善。(4/17 1:00)
(2)済生会熊本病院(400床)
 4/16未明以降、患者の過剰状態となっていたが、済生会グループからの医師派遣やドクヘリによる患者搬送により、状況は改善。(4/17 1:00)

■患者の大量搬送を要する医療機関における対応
(1)熊本市民病院(437床)
 倒壊の危険から、入院患者の他院への搬送が必要となったため、県内外の病院等に、救急車、ヘリ等で323人全員の患者搬送を実施済み。(4/16 14:45)
(2)熊本セントラル病院(308床)
 4/16 1:30頃スプリンクラーが作動し、建物7階(東館、西館)がほぼ水浸しの状態となり、入院患者約200人(車いす約170人、ストレッチャー約30人)の他院への搬送が必要となった。このため、自衛隊、消防の協力を得て、全ての患者について、16日中に県内外の他の医療機関に患者搬送を実施済み。(4/16 23:00)
(3)東熊本病院(52 床)
 病院のライフラインが途絶したため、入院患者43人を全て転院済み。(4/16)
(4)西村病院(96 床)
 病院損壊により、入院患者96人を系列施設に転院済み。(4/16 14:00)
(5)くまもと森都総合病院(199 床)
 病院損壊により、2病棟のうち1病棟使用不可。入院患者64人が転院または退院済み。(4/16 19:00)
 自力で動けない患者94人をDMATで搬送調整中。(4/17 10:30)
 自力で動けない患者13人をDMATにより搬送。残りの患者は、近隣の医療機関への転院を調整中。(4/17 17:00)

 熊本県内には透析病院が94施設あり、患者数は6393人。被災直後は27施設で透析対応が不可となったが、17日21時時点では25施設となっている。透析不可患者数も、約2000人から約1800人となっている。透析不可施設の患者は、透析用の水の確保、熊本県内の他の医療機関での受け入れにより、ほぼ県内で対応できているという。状況の悪化に備えて、日本透析医会、熊本県及び近隣県(福岡県、佐賀県、長崎県)と連携し、県外の医療機関への移送も調整中。18日に、熊本市内の病院の患者 10人を福岡県の病院に移送する予定。大分県内で透析対応不可となった施設はない。

 災害派遣精神医療チーム(DPAT)は、熊本県庁内にDPAT調整本部を立ち上げた。4月17日時点で、13隊が活動中。さらに、1隊が移動中、全国で10隊が準備中。病院のライフラインの途絶などのため、精神科病院の益城病院(熊本県益城町)と希望ヶ丘病院(熊本県御船町)において転院などが必要となった入院患者の転院支援は、熊本県精神科病院協会と連携し17日12時時点で完了している。その他4病院(対象患者数は約430人)からの転院依頼を受け、患者搬送について調整中で、順次転院などを実施中。転院の支援と並行し、避難所などで被災者の心のケアに当たっていく予定としている(早期介入を目指す新体制のDPATが活動中)。

 医薬品・医療機器の安定供給などに係る被害については、17日の時点で「なし」と報告している。本震後、熊本県に医薬品製造所がある24社中、1社から「すべての製品の製造ができず、製造再開の目処は立っていないが、在庫は一定程度確保されており、安定供給に支障を来すものがないか早急に確認中」との報告があった。17日11時時点で、残り23社のうち、13社からは問題発生なしとの連絡があり、10社については確認中だという。

 厚労省は15日、関係団体に対し被災地における医療従事者確保についての派遣協力を依頼。16日には、日本医師会災害医療チーム(JMAT)が現地での医療支援活動を開始。17日12時時点で、14チームが活動中。同じく16日、全日本病院協会災害時医療支援活動班(AMAT)が現地での医療支援活動を開始。社会福祉法人恩賜財団済生会も17日12時時点で3チームが活動中、1チームが移動中。国立病院機構では、避難所において医療支援を行う医療班をのべ6チーム(計30人)を15日から被災地に派遣。17日夕方現在で、5チーム(計25人)が活動中。現地対策本部および後方支援拠点を設置した熊本医療センター、大牟田病院、大分医療センターで現地対策を開始した。17日朝からは、四国グループ3施設から水・食品などの物資搬送を開始したと報告している。また、徳洲会医療救援隊(TMAT)は、3カ所の活動拠点で診療を行っていると報告している。

 国境なき医師団からは、現地の医療ニーズを調査するチーム(医師3人、非医療スタッフ2人)が17日深夜に現地入り。18日から、必要に応じて対応を進めるべく、情報収集と各方面との調整を行う。

 日本集団災害医学会学生部会は、発災と同時に熊本県の医学生の安否を確認。各大学のDMATのサポートを開始し、EMIS入力の補助や情報収集を継続している。今後は被災地の学生をサポートする形でボランティア情報や物資援助などの情報発信を行っていき、各サークルなどでのボランティアを支援していく方針だという。



https://medical-tribune.co.jp/news/2016/0418503285/
DMATや保健師ら...医療チーム、続々と被災地へ
yomiDr. | 2016.04.18 14:35 読売新聞

 熊本地震では医療機関も大きな被害を受けた。

 熊本県外から災害派遣医療チーム(DMAT)や保健師らが続々と現地に入り、活動を本格化させるとともに、被災した医療機関からの患者受け入れも進んでいる。

 厚生労働省によると、今回の地震で、熊本市周辺の主要な医療機関のうち、熊本市民病院など4施設が建物損壊の危険があり、東熊本病院など30施設が電気、水道、ガスの供給が困難になっている。連絡の取れない施設も7か所ある。これまでに入院患者700人以上を他の病院へ移した。

 また、熊本県内の人工透析94施設のうち、少なくとも27施設で透析ができなくなった。27施設を利用する約2000人は、他の施設が受け入れた。人工透析は大量の水を必要とし、水不足が懸念されることから、厚労省は同県や自衛隊に透析施設に優先的に給水車を回すよう要望した。

 出産を間近に控えた妊婦で、出産予定の医療施設が被災したケースについても、熊本大学病院が受け入れ先を調整。17日午後4時までに、10人を県内の別の施設に、2人を福岡県内の施設に紹介した。

 一方、熊本県から国への応援依頼を受けて、保健師チーム10隊(1隊は2人以上)が17日、活動を開始した。近く27隊が加わり、避難所などを巡回し、肺の血管に血の塊が詰まる肺塞栓症(エコノミークラス症候群)などを防ぐための栄養、健康指導などを行う。災害医療に特化した医師、看護師らでなるDMAT(1隊は5人前後)は14日に活動を開始。17日午前11時現在、191隊が活動中で、73隊が被災地に向かっている。


DMAT=Disaster Medical Assistance Team



https://medical-tribune.co.jp/news/2016/0418503292/
傷浅き医療機関は支援に乗り出す
他院患者を受け入れ,避難民への炊き出しも
医療の現場レポート

2016.04.18 20:45 Medical Tribune

 傷浅き者が支援に回る―。同じ被災地・熊本でも医療機関の被害状況には濃淡があり,診療休止に追い込まれる病院がある一方,他院患者の受け入れや避難民の支援に乗り出す病院も現れている。ここでは,発災直後から翌日にかけての状況を紹介した(関連記事)桜十字病院(熊本市)のその後を紹介する。

車中泊する避難者多い

 同院では4月14日の発災当夜から多くのスタッフが参集し,患者対応や建物の修復に当たったが,16日未明の「本震」後に停電。丸一日は自家発電により,医療に必要な最小限の業務で運営したが,エレベータが利用できないため,患者への給食の際,配膳・下膳には苦労したという。システム系も故障を来したが,幸い水の確保はできたので,休診に追いやられた近隣の病院から透析患者などを受け入れた。 

 16日夜に電気が復旧。同院には縁故者から食料などの支援物質が届いたため,翌17日には避難者や近隣の住民に炊き出しを行い,おむすびや豚汁を提供した。

 同院の近隣に雨露をしのげない避難者は見当たらないが,意外と多いのが車中泊する人々。幼い子供がいる場合など,避難所での集団生活は難しいためであろうが,過去の災害の教訓からは深部静脈血栓症(DVT)の発症が懸念される。例えば,新潟県中越地震では車中泊やバス泊をした場合のDVTの発症リスクは,避難所で生活した場合の3倍以上高かった(関連記事)。

 なお,熊本市内でもアーケード街が倒壊するなど,損害は甚大だ。

(編集部)



http://www.mbs.jp/news/national/20160418/00000044.shtml
熊本の6医療機関で倒壊のおそれ、患者転院も
04/18 20:29 毎日放送

 熊本県などで起きた一連の地震による影響で、医療機関にも被害が出ています。熊本県内の6つの施設が倒壊のおそれがあるということです。 厚生労働省によりますと、倒壊のおそれがあるのは熊本市民病院など6つの医療機関です。これまでに、熊本市民病院に入院していた323人全員を他の医療機関に搬送したということです。嘉島町にある西村病院は倒壊し、入院患者96人が他の施設に転院しました。また、熊本市のくまもと森都総合病院も倒壊により1棟が使えなくなったということで、患者の転院を調整しています。

 熊本県では21施設で人工透析ができない状況になっていて、およそ1600人の患者に影響が出ています。

 一方、断水も続いています。18日正午時点で、熊本県の15万6000戸が断水しています。熊本市は22万戸が仮復旧しましたが、10万戸余りが依然、断水しているということです、(18日17:49)



https://www.m3.com/news/iryoishin/417636?dcf_doctor=true&portalId=mailmag&mmp=MD160418&dcf_doctor=true&mc.l=153328506&eml=3f492a08f1681d66441569ec02c0b51e
シリーズ: 熊本地震
熊本県、234病医院が倒壊・損壊の被害
熊本市民病院は倒壊の危険、全入院患者323人を搬送

2016年4月18日 (月) 橋本佳子(m3.com編集長)、高橋直純、成相通子(m3.com編集部)

 熊本県を中心とした4月14日の夜から相次ぐ地震で、熊本市民病院(熊本市東区、437床)が倒壊の恐れがあることが熊本県の調べで明らかになった。同病院の患者323人全員は既に県内外の病院に患者を搬送ずみ。壁が剥がれるなど一部損壊等の被害を受けたのは、病院と診療所を合わせ234施設に上る。熊本市民病院のほか、熊本地域医療センター(熊本市中央区、227床)、広崎会さくら病院(熊本県益城町、164床)などでも救急受け入れを休止しており、混乱が続いている。

 熊本県内の医療施設数は、病院214施設。一般診療所1471施設(2014年10月1日現在)。厚生労働省が4月13日に発表した「病院の耐震改修状況調査の結果」によると、2015年の熊本県の病院の耐震化率は62.6%(全国41位)で、全国平均の69.4%を下回っており、耐震化の遅れが損壊等の被害を拡大した可能性がある。

 損壊した、くまもと森都総合病院(熊本市中央区、199床)では既に一部患者を他院に搬送するなどして対応。熊本セントラル病院(熊本県大津町、308床)も、スプリンクラーの作動に伴い建物が水浸しになり、入院患者約200人を他院に搬送した。東熊本病院(熊本県益城町、52床)も、ライフラインが途絶えたため、入院患者43人を搬送した。

 熊本市の基幹病院である、熊本赤十字病院(熊本市東区、490床)と済生会熊本病院(熊本市南区、400床)には、震災で負傷した患者が数多く訪れ、一時は患者が過剰状態になっていたが、ドクターヘリによる搬送などにより状況は改善している。

 透析関係では、熊本県内では94の透析施設があるが、厚生労働省のまとめで、17日21時時点の「透析不可」の施設は25施設。

 DMAT、260チームが活動中

 熊本市内では、電気、ガス、水道などのライフラインなどがストップした医療機関も多い中で、負傷者への対応や、被災者への健康管理などに追われている。初動対応としては、DMATが活動、DPAT(災害派遣精神医療チーム)やJMAT(日本医師会災害医療チーム)なども支援活動を開始している。

 DMAT事務局によると、18日正午の時点までに、第1隊、第2隊を派遣、260チーム(1055人)が活動中。大半は現地入りし、医療支援に当たるほか、一部はロジスティックスを担当。18日中に第3隊として関東、中部から50-60チームを派遣し、最初に入ったチームと入れ替わる予定。

 いち早く活動を開始したのが日本赤十字社のDMAT。熊本赤十字病院は、14日夜の地震では建物に被害はなく、停電したものの、自家発電で対応、14日の最初の地震で甚大な被害に遭った益城町にDMATを派遣。それ以降、九州の各支部を中心に医療支援に入った。16日未明の本震以降、活動を本格化、日赤本部、各支部から支援活動を展開している。

 DPAT(災害派遣精神医療チーム)も早くから現地入りし、17日時点で13隊が活動中、移動中1隊、全国で10隊が準備中。

 JMAT(日本医師会災害医療チーム)も、熊本県医師会の9 チーム計 31 人は既に活動中、3 チーム準備中。そのほか、鹿児島県医師会の 3 チーム計 12 人が、熊本県宇土市の避難所で医療支援を行う予定(17日、17時30分時点)。



https://medical-tribune.co.jp/news/2016/0418503287/
熊本市の2避難所でノロウイルス検出
yomiDr. | 2016.04.18 17:55 読売新聞

 熊本市は18日、市内2か所の避難所で、嘔吐などの症状を訴えた住民2人の検体からノロウイルスが検出されたと発表した。

 17日の検査で分かったという。市は避難所のトイレを消毒し、消毒液を設置するなどの対策を取った。

 市によると、ウイルスが検出されたのは、市立千原台高(西区)と市立楠中(北区)で避難生活をする男性2人。いずれも嘔吐などを訴え、17日に医療機関を受診し、感染が確認された。

 市は両施設を調べ、集団感染は発生していないと判断している。ただ、いずれも感染の経路や時期は不明という。



http://mainichi.jp/articles/20160419/k00/00m/040/076000c
熊本地震
ストレスによる災害関連死か 避難所女性死亡

毎日新聞2016年4月18日 22時12分(最終更新 4月18日 23時58分)

 熊本県阿蘇市の避難所で17日に倒れているところが見つかり、その後、搬送先の病院で死亡が確認された女性(77)について、市は同日、ストレスなどによる災害関連死の可能性があるとして県に報告したことが、関係者への取材で分かった。女性は高血圧症の持病を抱えながら、混み合う避難所で過ごしていたとみられる。東日本大震災などでも避難中の高齢者らが亡くなる事例が相次いでおり、専門家は医療従事者による積極的な関与の必要性を訴えている。



http://mainichi.jp/articles/20160419/ddm/005/070/060000c
社説
避難者のケア 医療不足をどう補うか

毎日新聞2016年4月19日 東京朝刊

 熊本県などの被災地では相次ぐ地震や避難所でのストレスで人々は疲労を募らせている。阿蘇市の避難所では高齢の女性が死亡した。現在も9万人以上が避難しているが、高齢者や持病を抱えた人も多い。長期化を見据えて避難者の体と心のケアに全力を挙げなければならない。

 現在、熊本県外から災害派遣医療チーム(DMAT)や保健師らが続々と現地に入っているが、問題は救済の拠点となるべき地元の病院が地震で機能不全に陥っていることだ。

 熊本市と周辺の救急患者を受け入れる役割を担っている熊本市民病院をはじめ4施設が建物損壊の危険があり、電気や水道、ガスの供給が困難になっている病院も多い。地震のショックで狭心症の発作を起こした人もおり、入院患者700人以上を他の病院へ移した。

 現在は避難所や自宅にいる人も体調を崩して病院搬送を必要とするケースが続出する可能性がある。阿蘇市の避難所では77歳の女性が倒れているのが見つかり、急性心不全で死亡したことが確認された。医療ケアとともに近隣地域の医療機関の支援も急がねばならない。

 特に人工透析の患者への手当ては緊急を要する。熊本県内の医療機関の多くで透析ができなくなり、患者約2000人が他施設に通うことになったといわれる。人工透析は大量の水が必要なため、厚生労働省は同県や自衛隊に透析施設へ優先的に給水車を回すよう要望している。

 過密状態の避難所ではかぜやインフルエンザなどの感染症が流行しやすく、体が衰弱していると重い症状につながる危険がある。マスクの着用や手洗いを徹底し、感染した場合には早めの対応が必要だ。

 これまでの大地震では、てんかんなどの精神疾患のある人が薬の不足を心配して避難所に行かず、倒壊の危険のある自宅で孤立し、避難所で静かにしているのが苦手な発達障害の子を抱えた家族が車で何泊も過ごす例があった。避難所で目や耳の不自由な人に情報が届かず、補給の食糧を得られなかったこともある。自らSOSを言いにくい災害弱者へのきめ細かい配慮が必要だ。

 多くの医学会や患者団体がホットラインやメールで相談を受け付け、災害支援マニュアルをネットで公開している。医療スタッフでも専門外の疾患・障害特性については知らないことがよくある。十分に連携を取って避難者の命を守ってほしい。

 続発する地震の危険のため一般ボランティアが現地に入れない中で、派遣された医師や保健師の活動は極めて重要だ。国も被災地での医療スタッフの活動を全面的にバックアップすべきだ。



https://nk.jiho.jp/servlet/nk/gyosei/article/1226584833998.html?pageKind=outline
【熊本地震】被災地の透析患者、受け入れに協力を  全都道府県に要請
( 2016年4月18日 ) 日刊薬業

 熊本地震の被災地で透析医療の提供が難しい状況になっているとして、厚生労働省健康局がん・疾病対策課は16日付で、透析患者の受け入れ施設や宿泊施設の確保などに協力するよう求める事務連絡を全都道府県に出した。「多くの透析患者を被災地域外へ移送し、透析医療の提供を確保する必要性」があると説明している。同課は14日付で日本透析医会に対し、万全の体制を確保するよう要望する事務連絡も出している。

●熊本県の27施設で透析不可に

 熊本地震に関する厚労省の17日午後0時半時点の取りまとめによると、熊本県の人工透析施設94施設中92施設の状況を調べた結果、27施設(患者約2000人)は断水・停電や設備破損などで透析ができない状況になっている。連絡の取れていない2施設は調査中だという。【MEDIFAX】



http://www.asahi.com/articles/ASJ4L2JLQJ4LUBQU003.html
被災病院の患者29人 佐賀で受け入れ
祝迫勝之
2016年4月18日08時02分 朝日新聞

 熊本地震で被災した熊本県の病院の患者29人を、佐賀県内の病院が16日から受け入れている。

 被災したのは、熊本県阿蘇市と南阿蘇村の西側、西原村の北側に位置する大津町の熊本セントラル病院。

 同病院によると、貯水槽が壊れて水浸しになり、病棟も機械も使えなくなった。停電の復旧見込みも立たないうえ、災害物資も届かず、食事の確保もできなくなったという。

 担当者は「DMAT(災害派遣医療チーム)と我々の判断で、200人近い入院患者全員を佐賀だけでなく、他県に振りわけて搬送してもらった」「災害復旧、受け入れ準備を整えている。建物は問題ない。外来の救急受け入れはしている」と語る。

 同病院によると、佐賀県内の病院8カ所に29人が入った。

 その一つ、佐賀市兵庫南3丁目の佐賀中部病院。同病院によると、佐賀県から16日午後3時すぎ、空きベッド数を確認する電話があり、その後に受け入れ要請があった。土曜で出勤者が少ないことから、非常招集をかけ、午後4時すぎには30人近くが集まった。最大20人の患者を受け入れる態勢をとった。

 熊本セントラル病院から患者らが出発したとの連絡があったのは午後8時15分。自衛隊車両で着いたのは午後10時20分。糖尿病や肺炎など50~80代の男女8人を車イスに乗せたり、診察したりした後、部屋へ。夜遅くまで対応に追われた。

 佐賀中部病院の総務企画課、山口宗春さん(58)は「災害時の受け入れ要請は初めて。情報がさくそうし、とまどった部分、反省点がある。緊急マニュアルの重要さを痛感した。再構築したい」と話した。患者をいつまで受け入れるかは決まっていないという。

 県によると、このほか、17日午後6時現在、ドクターヘリで10人が、県内の病院に運ばれている。



http://medg.jp/mt/?p=6661
Vol.094 東日本大震災の大規模透析患者移送の経験を通して、熊本地震へのメッセージ
医療ガバナンス学会 (2016年4月18日 15:00)
公益財団法人ときわ会 常磐病院 院長
新村浩明
2016年4月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 まず、熊本地震で亡くなられた方々にお悔やみを申し上げますとともに、被災された方々に心よりお見舞いを申し上げたいと思います。
 5年前の東日本大震災では、いわき市においては市内全域にわたり断水が発生した。それに引き続いて福島第一原発事故が起きたため、市民の市外への避難と放射線風評被害による物流のストップのために、いわき市では透析の実施が困難になった。透析を行うためのスタッフと水、医療物資が手に入らなくなったためである。
 そこでわれわれは、苦渋の選択として、透析患者を市外に移送し他県で透析を行っていただくことを選択した。この移送に際して、透析患者の受け入れ先への依頼や移動手段、現地での宿泊施設の用意など全て、常磐病院が属するときわ会グループのメンバーが個々人の知己を頼り手探りで確保した。当初は、正攻法でいわき市や福島県に依頼し、いわき市ではもはや透析が実施できないことを訴え救済を求めた。当時、各行政機関では原発事故で非常に混乱した状況でもあり、透析患者だけ特別に救済措置を施すことはできないとの理由で対応してもらえなかった。

 ところが、透析患者は透析をしなければ死を意味するため、われわれは一刻も早い患者の移送を模索した。大学関係者や病院関係者、政治家等、様々な方々に援助を求めた。そうしたところ多くの方の支援で、東京、新潟、千葉で透析患者を受け入れていただく施設を確保できた。また千葉県亀田市では、ときわ会グループの老人福祉施設の入所者も受け入れていただいた。移送手段や宿泊所も紆余曲折はあったが、なんとか確保することができた。そうして震災発生から6日後の3月17日に総勢584名の透析患者の移送を実施することができた。この移送に関する詳細はMRICで既報であり、以下の文章を参考にしていただきたい。

Vol.109 老健疎開作戦(第4報)-被災から疎開までの経緯
http://medg.jp/mt/?p=1312

Vol.404 東日本大震災透析患者移送体験記
http://medg.jp/mt/?p=1605

 われわれの透析患者移送の経験から、震災で混乱した状況下で行政は、透析患者だからといって特別扱いしていただけない可能性があることに注意が必要と思われた。透析患者が透析を行わない=生命の危機ということが一般の方が知らないのも当然で仕方がないことかもしれないが、当時こちらがそのことを丁寧に説明しても行政側がなかなかご理解いただけなかったのが残念であった。
 特に、透析医療では大量の水を使用するが、断水の続くいわき市で、透析室への給水の依頼をしたが貴重な水を透析患者に回す余裕がないといわれた。
 しかしながら、震災現場での窮状は積極的に訴えていかなければ、被災地で最も被害のひどい場所が中心となり報道され、ただ待っていても注目されないことも経験した。福島県いわき市の被災程度は岩手、宮城に比べると小さかったこともあり、また放射能の恐怖からマスコミが積極的に被災状況を取材に来ていただくことはなかった。
 いわき市で原発事故以降、物流が止まり透析実施困難な状況にあることを伝えた際に、多くの方から知らなかったと驚かれたことを覚えている。震災直後の混乱時は積極的に情報発信することが肝要であると考える。現在は、東日本大震災の頃よりSNS環境が整備されているので、被災された医療関係者はネットを活用しどんどん被災状況を発信していべきであろうと考える。

 熊本地震でも、度重なる大きな揺れで断水と停電、施設の損傷で多くの施設で透析ができないと報道があった。また、高速道路が寸断されて、物流や人の往来も制限されていると報道されている。まだまだ余震が続き、ライフラインの復旧にはしばらく時間がかかりそうである。透析患者の生命を救済するため、ぜひ近隣県で透析患者を受け入れていただきたいと願う。われわれの移送の際は、いわき市で最も大きな透析施設を有するときわ会グループが必然的に中心となって調整した。熊本地震においても透析関係者の皆様が協力されて、この苦難を乗り切られることをお祈りしている。

 熊本からは遠く離れた福島県いわき市であるが、ときわ会グループとしていつでも透析患者を受け入れる準備をしている。もし、何かの関係でいわき市に避難される方がいらっしゃいましたら、どうぞご連絡ください。



http://diamond.jp/articles/-/89847
DOL特別レポート
「避難所に人がいなくなるまで続ける」
熊本地震・災害医療支援チーム同行ルポ

ダイヤモンド・オンライン編集部  2016年4月19日

今回の熊本地震でも、避難所での生活を余儀なくされ、十分な医療の支援を受けられていない方々がいる。被災地にいち早く医療を届けるべく活動する、徳州会グループの災害医療支援チーム「TMAT」に同行取材した
何かとネガティブなイメージが報道されがちな徳洲会グループだが、災害医療支援チーム「TMAT」は多くの医療関係者が絶賛するほどの実力を持つ。今回の熊本地震でもTMATは、被災地で八面六臂の活動を展開している。ダイヤモンド・オンライン編集部では、TMATに同行して、その活動を追った。(取材・撮影・文/ダイヤモンド・オンライン編集部 山本猛嗣)

TMATとは何か?
徳洲会の災害医療支援チーム


「本日(4月16日)、午後6時と午後8時をめどに、TMATの災害医療支援チームが続々と福岡の現地対策本部から熊本入りします。今なら取材の手配が可能です。チームに同行されますか」

 スマートフォンを通じて、民間の大規模病院グループの徳洲会、幹部U氏から緊張感に満ちた声が聞こえてきた。

 4月14日21時26分頃に発生した最大震度7の熊本地震。さらに16日未明に起きた地震(本震)により、被害が拡大していると聞き、私は日頃の取材を通じて、懇意にしている幹部U氏に「今回、TMATは派遣されるのか」と連絡をとったのだ。

 TMATとは、徳洲会グループが独自に組織している災害医療支援チームのことだ。グループ病院の規模を生かし、大災害が起きれば、国内を問わず、緊急医療チームを迅速に組織して派遣しており、阪神淡路大震災以降、国内9回、海外13回の計22回の災害にチームを派遣(2015年1月時点)。徳洲会グループの医師、看護師、調整役の事務職など、これまで1000人超のスタッフを被災地に送り込み、活動してきた。 

 私は常々、機会があれば、このTMATのリアルな活動を取材してみたいと思っていた。

 というのも、私は以前に「週刊ダイヤモンド」で徳洲会の取材をしたことがある。徳洲会といえば、過去に病院開設を巡り、各地の医師会と激しい鞘当てを繰り返し、創業者の徳田虎雄氏や親族の選挙活動で多くの逮捕者を出すなど、何かとスキャンダルが絶えない病院グループでもある。このため、医療関係者の中では、猛烈に毛嫌いする人も少なくない。

 しかし、TMATへの評価となると、ネガティブな評価がほとんどない。普段は徳洲会に敵意を見せる医療関係者でさえも「さすがだ」と大絶賛するのだ。

徳洲会は嫌いだが
TMATは評価する、ある医師の話


 特に印象に残っていたのが、徳洲会嫌いだったある医師の話だった。

 11年3月に発生した東日本大震災の際、その医師もある災害医療支援のチームの一員として被災地に入った。ところが、入ってはみたものの、情報が不足しており、どのように活動して良いか、まったくわからない。「結局、TMATのチームと合流し、活動した。その機動力や物資の補給、情報支援などの体制はとても見事なもので、同行した我々も効率よく医療支援活動ができた」と述べるのだ。


 このように徳洲会嫌いの医師でさえも、納得させてしまうほどのTMATの機動力、行動力はどのようなものなのか。また、この活動を報じることで、日本の災害医療の一助にもつながる面もあるはずだ。

 ただし、私は人事異動したばかりの身。未だ慣れない仕事をいろいろと抱えており、現在のような少人数の編集部では、同僚に迷惑をかけることはできない。

「誰か、派遣できませんか」と、編集長を通じて社内調整したが、「すぐに派遣できるスタッフがいない」との回答。知り合いのフリーライターに何人か連絡しても、「さすがに今日は無理」という。こうしている間にも時間がどんどん経過する。早くしなければ、現地のTMATチームに合流できない。

「どうしましょうか」と編集長に聞く、私。3秒間ほどの沈黙の後、編集長は静かに語った。「あとは何とかするから、山本君行ってくれる」。私が行くこととなった。

現地対策本部で指揮をとる
橋爪慶人・TMAT理事


「まず、現在の状況を説明しましょう」

 私が徳洲会幹部U氏とともに、現地対策本部が設けられている福岡徳洲会病院に到着すると、対策本部で指揮をとっている橋爪慶人・TMAT理事(東大阪徳洲会病院院長)は説明を始めた。

「本日、午前10時頃に現地対策本部を設置しました。12時15分には、既に一つのTMATチームが出発しています。被害が大きく、まだどこの医療チームも入っていない南阿蘇に向かいました。合計8チームで熊本入りします」

 TMATは各地の徳洲会グループの病院から救急車を手配し、医師、看護師、事務職員らを招集して結成される。今回は長崎北徳洲会病院(長崎県)、岸和田徳洲会病院(大阪府)、八尾徳洲会総合病院(大阪府)、宇治徳洲会病院(京都府)、宇和島徳洲会病院(愛媛県)、高砂西部病院(兵庫県)、大隅鹿屋病院(鹿児島県)、東大阪徳洲会病院(大阪府)の各8病院の救急車が一旦、現地災害本部のある福岡徳洲会病院に集結した後、複数のルートでそれぞれ熊本入りするという。これだけの数の救急車を一度に各地から集めて派遣できるのは、巨大病院グループの徳洲会の強みなのだろう。

 今回、私が同行することになったのは、栁澤(やなぎさわ)・宇治チーム。高砂西部病院と宇治徳洲会病院の2台の救急車によるチームだ。宇治チームは、木庭茂・医師、丹波香織・看護師、森藤章宏・看護師、藤田益巳・事務職でいずれも宇治徳洲会病院所属。栁澤チームは、高砂西部病院の救急車だが、所属病院はバラバラで、栁澤修平・看護師(四街道徳洲会)、橋爪よしの・看護師、長谷川広市・臨床工学士(東大阪徳洲会病院)、羽田博之・事務職(八尾徳洲会病院)というメンバーだ。

 21時25分に福岡徳洲会病院を出発。私と幹部U氏は、宇治徳洲会病院の救急車に同乗することになった。宇治チームで、救急車のハンドルを握る藤田・事務職に話を聞けば、午前11時に京都を出て、福岡には21時ごろに到着したそうだ。わずか30分程度の休憩で、出発である。

 まず、私の同行するチームは、熊本医療センターに向かった。依頼を受けた小児用アレルギー食や糖尿病乳児のための糖分が入っていない粉ミルクなどの補給物資を届けるためだ。

熊本医療センターに物資輸送し
高力チームと合流


 意外にも、熊本への道は空いていた。

 22時、福岡県から九州自動車道に入り、南下していく途中。どんどん雨が激しくなる。「これじゃあ、現地の被災者の方も大変ですね」と幹部U氏がつぶやく。対策本部から「大きな余震が続くので、スピードには気をつけるように」との電話が入る。

 九州自動車道を送り、一般道を通って、熊本市内に入ると、暗くて良くは見えないが、壊れた家屋や塀などが目に付くようになってくる。たまに、タイヤが陥没した路面を踏み、ドシンと車両が大きく弾んで、天井に頭をぶつけそうになった。

 21時46分、熊本医療センターに到着。依頼された粉ミルクなどの物資を渡すと、先行していた高力俊策・医師(湘南藤沢徳洲会病院・外科部長)を中心とするTMATの「高力チーム」と合流した。現地の医療スタッフらも交えて情報収集した後、栁澤チームは、「これから近くで被災した人たちが集まっている避難所を訪問し、医療支援の具体的な要望について情報収集する」という。

 聞けば、熊本市立力合小学校と中学校には、それぞれ500人超の被災者が避難しているが、これまで医療支援チームの訪問もなく、疲労やストレスなどで不眠や風邪などの体調不良を訴える人が出てきているそうだ。

 どうやら、栁澤チームは各避難所などの要望を聞いて、訪問診療先を確定し、実際の診療は医師のいる宇治チームが行うという役割分担のようである。

避難所を次々と訪問
要望を聞いて医師派遣を決定


 24時37分、私は宇治チームから栁澤チームの救急車に乗り換え、力合小学校とその近隣にある力合中学校に向かった。

 力合小学校に到着したのは、日付が変った17日の1時03分。その後、続けて中学校には1時21分に到着。

 いずれも体育館や教室には、多くの被災した人たちが寝泊まりしている。栁澤看護師らは避難所に詰めている自治体の職員や保健師らから、次々と状況や要望を聞き出していく。

 避難所からは、「これまでの医療対策と言えば、体調を聞いて市販薬の配布くらいで精一杯」「現実的には、救急車で搬送する手段しかできていないので、医師や看護師にきちんと診療してももらえるのはありがたい」との要望を受ける。

 小学校と中学校の避難所の様子を見ると、子どもや高齢者も多い。高齢者の中では、車いすやイスに座ったままで寝ている人も目に付く。膝や股関節の具合などで、硬い床に寝るのが困難なのだろう。これでは十分に体を休めることもできない。

 私の母も重度のリウマチ患者で車いすの生活である。きっと被災したら、車いすに乗ったままの状態で寝ることになるに違いない。夜中にトイレの世話で、老いた母親の車いすを押す息子さんらしき人の姿を見て、とても他人事ではないように感じた。

 栁澤看護師は、小学校には午前、中学校には午後に、「医師と看護師を派遣して、診療しましょう」と約束した。

御船町保健センターに到着
診療所の開設を決定

 その後も、1階スペースに多くの被災者が寝泊まりしている熊本市役所内を視察した後(1時55分)、2時57分に御船町役場に隣接する御船町保健センターに到着。再び高力チームと合流する。

 この御船町保健センター周辺は、スポーツセンターやカルチャーセンターなどの多くの避難所が集積しており、約2000人が避難していることを確認。町内の医療機関は壊滅的な被害を受けており、適切な医療が受けられる状態でないという。

 栁澤看護師らの話では「保健センターの保健師3人が、がんばって周辺の避難所の医療を担当してきたが、未だ医師や看護師のいる医療チームの支援はない」という状態であり、TMATチームの滞在を強く要望されたとのことだ。すでに高力チームは6時過ぎから、ここに診療所を開設し、活動することを決めたという。

 避難所に「医師、看護師らが来た」という情報が入ったためか、早速、脱水症状で体調を崩した40代男性が訪問。既に時計は3時を回っているが、看護師が点滴などで対応する。

 私が同行するTMATチームは保健センターの一画を借りて宿泊した。その晩、体が跳ね上がるのではないかと思うほど、激しい縦揺れの余震が何度も続いた。

早朝から次々来訪する患者に
笑顔で応じる医師・看護師


「頭痛がする」「のどが痛くて声が出ない」「自分が使っていた薬が切れてしまった」「ねんざしたようだ」――。

 御船町役場から各避難所に診療所開設が通達されたためであろう。翌朝6時以降、ほぼ5分~10分おきに患者が来訪する。

 高力医師や看護師らはおそらく3時間も寝ていないはずだ。それでも嫌な顔ひとつせずに笑顔で応じながら、次々と患者を診察していく。

 私が取材している最中、「父親が目に付けているガーゼを交換してほしい」という家族が訪れた。事情を聞いてみれば、父親は1年くらい前に目の手術を行った後も具合が良くなくて、目にガーゼを当てていたそうだ。ところが、「ガーゼが切れてしまい、とても困っていた」という。

 さらに、聞くと、自宅は既に半壊状態で、危険で入れない。「飲み薬だけはなんとか持ち出せましたが、ガーゼ類を取り出そうとした時に、大きな余震が来て、驚いた拍子に落としてきてしまった」と説明する。加えて「私も頭が痛くて体調はよくありませんが、父のことがあまりにも心配でした。今なら、お医者さんと看護師さんがいる聞き、早速、訪問しました」と事情を述べる。

「これから力合小学校に行きますが、同行しますか」。8時を過ぎた頃、栁澤・看護師は私に声をかけた。力合小学校は昨夜、訪問して要望を聞き、「医師と看護師を派遣する」と約束した場所である。「もちろんです」と私は同意し、救急車に乗り込んだ。

 8時30分、力合小学校に到着すると、教室の一画が診療所となっていた。待合スペースには、高齢者や乳幼児を抱いた人など大勢の人たちであふれている。

 力合小学校では、宇治チームが7時過ぎから準備を始め、8時からは本格的な診療を始めていた。昨夜、私が聞いた時点では、診療開始は9時の予定だったはずだ。当初の予定より、1時間も早いではないか。

 丹波・看護師によると、「車いすのリウマチの方が既に待っていたので、早めにスタートした」という。

 見ていると、看護師らが患者から症状を聞き出してメモを取り、それを木庭医師に次々へ送って、診察していく。午後には、中学校に行く予定だ。栁澤看護師は、ちょっと中学校に準備に行ってきますと、足早に去った。

24時間365日オープン
生命だけは平等だ


 チームの現地入りから診療開始までの動きは非常に効率的に進行していた。診療の様子も無駄がなく、てきぱきと進行していく。「非常に慣れているな」とド素人の私が見てもわかる。

 被災地での情報収集に始まり、複数のチーム間や本部との連携、次々と補給される物資。それに加え、熟練したスタッフ。今回、同行してみて、多くの医療関係者がTMATの実力を認める理由が身を持ってわかったような気がした。

 御船町に開設した診療所は「24時間オープン。避難所に人がいなくなるまで開設し続ける」(栁澤看護師)。スタッフは平均で約5日おきに交代という。同行して一晩滞在した自分の経験から判断すれば、体力的にもかなりキツいはずである。

 私自身、徳洲会という「組織」については、過去の多くのスキャンダルもあり、それなりに良い面があると知りながらも、何となく「胡散臭いイメージ」を拭い去ることはできていなかった。

 しかし、志高く、熱心に活動している若い医師、看護師らの姿を見て、少なくとも「24時間365日オープン。生命だけは平等だ」という理念は、決して嘘でも誇張でもないということを実感した。


  1. 2016/04/19(火) 06:03:01|
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