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地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

3月8日 3.11震災関連 

http://www.asahi.com/articles/ASJ3344YJJ33ULBJ00H.html
被災3県、沿岸部の稼働病床1割減 医療現場は人手不足
南宏美2016年3月8日04時24分 朝日新聞

被災3県の沿岸部の病院の状況
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 東日本大震災からまもなく5年。人々の命と暮らしを守る医療の現場は今、どうなっているのか――。

「人口流出、働き手戻らず」 被災3県、介護人材が不足
被災地「心の健康」改善・悪化に二極化 「治療中断」も


東日本大震災から5年

 朝日新聞社は2月、震災当時に岩手、宮城、福島の3県の沿岸部にあった病院にアンケートを実施。廃止になった宮城県の1病院と福島県の避難指示区域で休止中の6病院を除く計110病院(震災後に診療所になったり移転したりした病院を含む)のうち、81病院が回答した(回答率74%)。結果から震災によって医療スタッフの不足に拍車がかかり、入院できるベッド数が減っている状況が浮かび上がった。

    ◇

 患者の受診状況や職員の勤務状況などで「現在、震災の影響を感じることはあるか」と尋ねたところ、回答した78病院のうち28%が「かなり感じる」、23%が「やや感じる」と答えた。影響を感じる事例として、岩手県の病院は「産業低迷で無職者や貧困者が増え、受診自粛による病気の重症化がある」、別の病院は「仮設住宅での生活によるストレスなどからアルコール依存症の患者が増加。高齢者の独居や仮設住宅での生活に伴う近隣トラブルでの入院が増え、退院が難しいケースが多い」とした。

 「医師不足で通常診療ができていないため受診が減っている」と回答したのは宮城県の南浜中央病院。「津波へのトラウマを持つ職員の退職や、県全体で医師、看護職が不足する中で、津波への不安から就職をためらう方もいる」と続けた。

 福島県の南相馬市立総合病院は近隣の医療機関の診療体制の縮小によって「本院に求められる医療の要求が大きくなっている」と感じているという。別の病院は「震災で疲弊しているため、頑張れない」とつづった。

    ◇

 震災の影響を感じる例として、複数の病院が挙げた医師や看護師ら医療スタッフの不足は、アンケートの別の設問に対する回答結果からも裏付けられた。医師不足だけでなく、看護師やその他の医療スタッフでの不足感が強いこともわかった。

 医師が「足りない」と答えた病院は岩手県で67%、宮城県で35%、福島県で78%と地域差が出た。津波で被災し5月に移転先で開院する岩手県立大槌病院は「医師の招請に努力しているが、被災地への着任希望者はほとんどいない」と書いた。

 一方、看護師が「足りない」と答えたのは岩手県53%、宮城県50%、福島県74%。コメディカル(薬剤師や臨床検査技師などの医療スタッフ)が「足りない」と答えたのは岩手県47%、宮城県45%、福島県61%だった。

 福島県の病院も「採用募集をしても被災地という理由で敬遠されることが多く、慢性的な人員不足」とつづった。

 複数の病院から国や県に支援策を求める声があがった。宮城県の南浜中央病院は医療スタッフ不足に対し、「全国規模での被災地への支援が必要」と訴え、別の病院も「1民間病院では難しく、行政の力を借りないとうまくいかない」とした。福島県の病院は「民間病院にも、医師及び看護師などの医療スタッフの支援を国や県が積極的に行うべきだ」。

    ◇

 こうしたスタッフ不足は、入院できるベッド(稼働病床)の数の減少という形でも影響が表れている。

 稼働病床は2011年1月末に1万4038床あったが、今年1月末に1万2310床に減っていた。医療圏別では岩手県の宮古医療圏で3割強減った。津波被害を受けた県立山田病院が入院を休止しているのが一因だ。94床減った県立宮古病院は主な要因に「患者の減少」を挙げた。

 宮城県の仙台医療圏では、3月末で閉院する東北公済病院宮城野分院で161床の減少。石巻・登米・気仙沼医療圏では、石巻市立病院の休止や旧石巻市立雄勝病院の廃止、旧女川町立病院の診療所化が影響した。福島県の相双医療圏では4割減った。市立病院など計4病院での減少が目立った。

     ◇

アンケートへの自由記述から

<スタッフ不足>

▼医師・看護師等医療スタッフの確保ができず基準ぎりぎりの人員で対応しているのでスタッフの疲労が大きい。(岩手県)

▼医師招請にも努力していますが、被災地への着任希望者は、ほとんどない状況です。(岩手県・県立大槌病院)

▼震災の影響ではないかもしれませんが、課題はとにかく看護師不足です。ハローワークやホームページで募集しても応募がない。やむなく紹介会社を利用していますが、手数料負担が一人90万円前後。それでも看護師の定数を充足できていません。(宮城県)

▼医師・看護師が不足しているため、いまだに1病棟が再開できない。全国規模で被災地への支援が必要と感じる。(宮城県・南浜中央病院)

▼看護職員やコメディカルを確保するためには、1民間病院では難しく、行政の力を借りないとうまくいかないと思います。看護職員の派遣などの措置がとられることを希望します。(宮城県)

▼医師、看護師の充足率的には満たしているが、年齢が若いスタッフが不足しており、そういった面でマンパワーの不足を感じることが多々ある。(福島県)

▼開業医が被災したことにより、震災前の6から震災後は2へと減少した。人口が減少している状況の中で診療科を維持していることは経営状況が難しくなっていく事が予測される。被災地の病院の重要性は増していくが、経営効率化との相反する要求をどうしていくべきか課題は多い。(宮城県・南三陸病院)

▼民間病院にも、医師及び看護師等の医療スタッフの支援を国や県が積極的に行うべきだ。(福島県)

▼震災前より医療機関が減少(廃院、休止)している中にあって、特定診療科(産科、整形外科、皮膚科など)の医療提供体制が不十分な状況にある。特に当院においては、整形外科の患者が多く、外来診療が厳しい状況にある。(福島県)

▼医療従事者の確保。医療を求める患者は多いが、それに対応すべき医療機関の人的パワーが不足している。(福島県・小名浜生協病院)

▼福島県内でも、太平洋に面した浜通り南部は今、医師不足が顕著であり、このまま他地域からの医師の応援がなければ、5年後くらい(医師の高齢化からくるリタイア)から病院やクリニックの閉鎖が立て続けに起きるでしょう。民間レベルでの医師派遣では追いつきません。34万人の生命を守るためにも、国の政策として他県からの医師派遣のシステム作りを早急に進めるべきだと考えています。(福島県)

▼もともと福島県の医師不足は全国平均から見ても深刻であったが、そこに震災の影響を受け、若い医師の県外流出が目立ち医師不足は顕著である。当院の医師も高齢化しており、高リスクを抱えながら地域医療を守っている。この医師たちがダウンした場合、住民への医療提供はますます厳しくなる。(福島県)

▼医師不足による救急搬送の遅れ。(福島県)

▼スタッフが不足し病床や施設の受入れ数が以前の状態には程遠く、半面、高齢者の避難先からの帰還率は高く震災後5年を経た現状においても国の大きな介入が必要であると思料します。(福島県・南相馬市立総合病院)

<受診状況>

▼沿岸部の精神科医療が復旧に時間がかかっており、当院で入院治療を行った患者さんが退院となり自宅から最も近い病院に紹介しても通院時間は2時間半以上も要する。被災地の精神科医療の再建が望まれる。(宮城県・青葉病院)

▼当院は精神科病院である。震災時からの入院・外来患者は減少傾向にある。(宮城県)

▼生活の貧困により高齢者の入院費未納が目立つ。家族による年金の使い込み等が震災前より多くなったように思う。(宮城県)

▼震災前は一定の患者数が保たれ経営に大きな支障はなかったが、震災後は患者数の減少等により収支が悪化した。地域で唯一の総合病院及び自治体病院としての役割は大きく、市民に良質な医療を提供し続けるためには経営の安定が不可欠であり、経営の立て直しが重要な課題となっている。(宮城県)

▼通常なら退院可能な患者も住宅事情(仮設住宅環境など)や、家族の県外避難により、在宅に戻れないケースも増えている。また、施設に紹介しても待機者多数のため退院が滞り、急性期病院からの入院を断らざる得ないことも多い。地域連携で退院支援を強化しているが年々厳しくなっている。(福島県)

<取り組み>

▼看護補助者に資格を取得してもらうための奨学金制度(准看護学校への通学)を設けている。(岩手県・希望ケ丘病院)

▼震災により診療所が閉鎖された島(2島)、および石巻市(他地域)に出来た仮設住宅の集会所に出向いて月1~2回巡回診療を行っている。(宮城県・女川町地域医療センター)

▼当院での震災後の取り組みとしては、一時は周囲にて一般病棟が不足したことから一般病棟に切り替えたが、在宅・施設での療養が難しいことからケアミックスを取り入れて急性期から慢性期さらに介護等長い期間療養できる環境を整備した。(福島県)

▼被災し仮設住宅に居住している方に対し、毎週水曜日に患者送迎を行っております。(福島県・国立病院機構いわき病院)

南宏美(みなみ・ひろみ)  朝日新聞記者



http://www.nikkansports.com/general/news/1613999.html
医師も看護師も患者もいない 医療の「過疎化」進む
[2016年3月8日10時4分] 日刊スポーツ

<あれから5年…忘れない3・11~東日本大震災~:被災地医療の今>

 石巻市立病院の伊勢院長は、東日本大震災の被災地の医療について「過疎の状態にある」と警鐘を鳴らした。

 福島県 福島第1原発事故の影響で、原発の周辺地域で小さい子を持つ働き盛りの医師や看護師が県外に避難して不足している。

 宮城県 例えば南三陸町には昨年12月に南三陸病院が開院した。一方で今年1月に発表された東日本大震災後初となる国勢調査で、人口が前回10年の調査時から22%減となる5054人も減少したことが判明。南三陸町をはじめ、被害が大きかった沿岸部では、医師不足以前に患者も減少している現実がある。

 伊勢院長は「震災前から過疎化は問題視されていましたが、震災後は過疎化の進行が加速度的に進んでいます」と指摘した。

 その上で、大森さんが故郷に戻ることについて「郷土愛に加え(石巻地区の)現状を何とかしたいと思ってくれている」と歓迎した。今後については「市立病院が再スタートし、より地域に根ざした医療をすることで高度医療を手がける赤十字病院との機能分化も図れる。(患者が集中する)リスク分散の観点を持つべき」と語った。



http://www.asahi.com/articles/SDI201603070614.html
シリーズ:震災5年 被災地からのメッセージ
南相馬から視線遠ざけないで(被災地からのメッセージ2 南相馬市の病院から)

岩崎賢一2016年3月8日09時30分 朝日新聞

小野田病院院長 菊地安徳さん

 「地域の人口は半分になり、南相馬市は超高齢化の街になった。医療のかたちも変わらないといけない」(小野田病院の菊地安徳院長、2011年8月30日付「原発事故と地域医療㊤」)

 福島第一原子力発電所の事故後、多くの人たちが県内外へ避難した福島県南相馬市の原町区で、残った住民のために医療を提供しつづけてきた病院の一つに小野田病院があります。震災5年を前にした2016年2月24日、インタビューのために病院を訪ねると、新しい外来診療棟ができていました。しかし、話を聞くと看護師不足のため、使えるはずの入院ベッド数の半数程度しか使えない状況が続いています。中高年を中心に多くの市民が南相馬に戻ってきており、帰宅困難な浪江町からやってきた住民の新築住宅も増えているといわれています。院長の菊地安徳さんに、南相馬の今とこれからについて、全国のみなさんに向けたメッセージをもらいました。動画には看護部長の但野圭子さんからのメッセージもあります。

■福島県南相馬市 小野田病院院長・菊地安徳さんからのメッセージ

五年という曖昧

【北泉海岸】

 南相馬、北泉海岸に立つ。立春も過ぎ、日差しはぼんやりと和らぎ顔に吹く風もかすかに春の香りを含んでいるようだ。砂浜から太平洋を望むと沖にはのんびりとフェリーが行き、波間には多くのサーファーが水飛沫を上げて腕を磨いていた。左手には最新の火力発電所の威容が映る。海岸線はきれいに掃除され、良い波が立つとの事でサーファーが集まってきているのだ。かつての海岸線は津波で押し寄せた瓦礫がいっぱいで、左手の発電所は巨大な作業クレーンが無残にひしゃげていた。のどかな風景に、あれから5年も経ったのかぁと溜息が出た。

 後ろを振り返ると土木作業の重機やトラックや、津波で削られた赤茶けた山肌がそのままに、広大な荒地が広がった。かつてここには県内でも有数のキャンプ場が整備されていたのだが今ではその跡形もない。子供たちとのキャンプで楽しかった思い出が頭をよぎり、前後の風景のギャップに唖然とする。

 視線の奥の小高い丘の上に、昨年小さな洋菓子店が店を開いた。今も居住制限されている南相馬市小高区から移転してきた。こじんまりした店舗の周りは春には芽吹く木や草花などかわいい植栽が施され、荒地の中にあってここだけは別世界のようだ。店内にはチョコレートやシロップの甘い香りが漂い、復興を願う市民の気持ちを和ませる希望の場所でもある。

【医療事情】

 震災後崩壊寸前と言われた当地の医療環境は震災後2年当時からほぼ横ばいの状態だ。病院診療所数33施設(70%)、病院病床数579床(43.6%)、医療スタッフ数827人(67.3%)。介護施設病床は住民の高齢化を見据えてわずかに増加した。医療介護の回復を阻む原因は相も変わらずスタッフの減少、特に若手スタッフの絶対不足だ。震災で急激に進んだ地域の高齢化が大きく影を落としている。

 地域の病院は外来も病棟も高齢化率ほぼ100%。放射線被害を恐れた若手世代が地域外に避難し、老人を介護する親世代が居残るという家族離散の図式は未だ回復の兆しがなく、高齢者のみの独居や老々介護を余儀なくされる世帯が目立って増加している。高齢化と医療費高騰の対策として地域包括ケアの旗印のもと行政が進める医療介護モデルは、震災後5年を過ぎても地域の現状がまだ受け入れを許さず、今後の住民の要望にも明らかに逆行している。原発事故で荒らされたこの地域の住民環境は5年の歳月では未だ回復しておらず、真の回復まで今後どれほどの時間を要するのか予想もできない。

 困窮した地域の医療現状に直面して、我々医療者も限られた医療資源の中で市民の健康を守るために日々汗を流している。医師会有志の支援を受けた夜間小児救急診療の継続もそのひとつである。昨年より診療日も増やし若い世代の地域定着を促している。当地に多い脳卒中患者に対応して脳卒中センターの建設も着々と進んでいる。来春には双葉で休校を余儀なくされている准看護学校の招致も決まった。

 居住制限地区の南相馬市小高区では4月から2診療所が再開を決断した。市立小高病院も幸い週5日の外来診療の目途が立ち市民にとっても我々医療者にとっても大きな喜びである。これは小高区の居住制限解除に向けて医療側から市民へのサプライズだ。震災から5年を経て、当地の医療もゆっくりではあるけれど復興に向け着実に前進している。

【南相馬市 原ノ町駅前】

 南相馬市の中心地、原町区。常磐線は隣の相馬市との間を折り返し運転している。仙台市までの運行再開まではあと1~2年と聞いている。

 午前の駅前通りは図書館の周りもいまだに人影はまばらだ。時々すれ違う人も高齢者ばかりが目に付く。高齢化率33.6%の街とはこんなものであろうか。甚だ閑散とした景色である。

 昼食時になるとコンビニの周辺にやっと客が増えてきた。揃いの作業服を着ているのは除染作業員だろうか。現在、市内の除染作業員は五千人とも言われ、局所空間線量率 0.23 uSv/h 達成を掲げて大規模な除染作業が行われている。この作業がいつまで続くのかまだ不明である。

 弁当を買い求める客の中に老人もちらほら。しかし、子供の姿が全く見えないのはどうしたことか。子供達も震災後5年を過ぎてかなりの人数が戻っているはずなのだが、どこか寂しく感じられる。

 時計を朝8時に巻き戻したら、いたいた。駅前からコンビニあたりまで子供たちが大勢いた。自転車で学校へ急ぐ学生服の高校生達。友達と数人でだらだら歩きは別の学校の制服か。朝からコンビニのパンをかじっている。鞄を背負ったジャージ姿の女の子は妙に急ぎ足で、近くの中学生だろう。以前よく見られた集団登校の小学生は震災後見なくなった。屋外被曝や治安を心配して親たちが送迎していると聞いた。

 市内の子供たちは、小中学校が予定入学数の約6割、高校では約7割の生徒が震災後帰省して学んでいる。避難生活の記憶や、あるいは今なお仮設住宅住いなどにも拘らず子供たちの表情は皆一様に明るく見える。友達は減ったけれど、南相馬の子供たちは明るい未来を信じて元気に羽ばたこうとしている。

【五年という曖昧】

 遠くから原発再稼働の声が聞こえる。消えることのない避難の記憶がよみがえり、子供たちの心には将来への不安、原発政策への疑問、社会への不信が芽生えている。南相馬の子供たちの不安は、本当は、言葉には出さないけれど国民全員の不安であろう。蔓延した無責任な個人主義が遠くの暴挙を許し、震災と原発事故は過去の事として南相馬から視線を遠ざけている。

 震災から5年などという誰かの無責任な時間軸などに惑わされず、ゆっくりではあるけれど着実に歩みを進める我々の取り組みを国民皆で見続けてほしい。そしてこの地で暮らす子供たちの明るい未来と希望を、視線を逸らさず支援してほしい。

■略歴

宮城県仙台市生まれ
1987年 岩手医科大学卒
独立行政法人国立病院機構 仙台医療センターを経て1997年より小野田病院に勤務
2010年 小野田病院院長



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/48271.html
福島の沿岸部、震災5年も看護師不足続く- 県病院協が厚労省に要望書
2016年03月08日 14時00分 キャリアブレイン

 東日本大震災の発生からまもなく5年。厚生労働省は震災後、診療報酬の施設基準などを緩和する特例措置を講じているが、東京電力福島第一原発事故の影響が残る福島県の沿岸部では今もなお、医療スタッフの不足が深刻だ。県病院協会はこのほど、特例措置の延期を求める要望書を同省に提出。同協会によると、若手の看護職員が不足し、夜勤のシフトにも影響が出ているという。【敦賀陽平】

 県によると、県内の病院で働く看護職員の数は1月1日現在、休業中の病院の分を除くと1万4482人。震災後の12年2月1日以降、その数は増加傾向にあり、全体では震災前の水準を上回る。

 しかし、福島第一原発に近い相双地区(相馬・双葉)では、依然として厳しい状況が続く。同地区の病院に勤務する看護職員の数は660人。このうち相馬エリアは619人で、震災前の11年3月1日と比べて137人少ない。また、休業中の6病院のうち5病院は、双葉エリアに集中している。

 県医療人材対策室の担当者は、「看護職員の数は増えている」としながらも、「看護部長の集まりなどでも、夜勤の職員不足の話をよく聞く」と明かす。県病院協会によると、原発事故の影響で、沿岸部では子育て世代の看護職員が離職し、夜勤の負担が50-60歳代の看護職員にも重くのしかかっているという。

 診療報酬の特例措置は、医療法上の許可病床数を超える数の患者を入院させたり、診療報酬上の看護職員の配置基準を満たせなかったりした場合でも、報酬が減額となる現行のルールを適用しないなど、被災地の医療経営の実情に配慮したもので、厚労省によると、昨年7月現在、岩手、宮城、福島の被災3県にある21の医療機関が利用している。

 特例措置を継続するかどうかは、半年ごとに中央社会保険医療協議会(中医協)で審議することになっており、これまで8回、期限が延期されてきた。県病院協会ではその都度、要望書を提出しているが、今回、精神病棟の夜勤要件の緩和を新たに求めた。

 診療報酬上のルールでは、精神病棟の夜勤の看護職員の数は、病棟ごとに「2人以上」と定められているが、病棟が複数ある場合、この基準を緩めるよう要望している。県沿岸部で開業を続ける唯一の精神科病院、「雲雀ヶ丘病院」(南相馬市)の熊倉徹雄院長は「看護師の数が足りない。診療報酬の基準を緩和してほしい」と話す。

 現行の特例措置は今月末に期限を迎える。厚労省は9日の中医協総会で対応を協議するとしている



https://www.m3.com/news/iryoishin/404815
シリーズ: 東日本大震災から5年
復興における問題点「マンパワー不足」が圧倒的◆Vol.5-1
「財源不足」は福島県と岩手・宮城両県で差

医師調査 2016年3月8日 (火)配信 高橋直純(m3.com編集部)

Q 震災後の5年間で、復興において医療に関してはどのような問題がありましたか。【複数選択】
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 医療における復興問題を尋ねたところ、3県全体では「マンパワーの不足」が69%と群を抜いていた。次いで「施設・設備、機器等の不足」(34%)、「政府の無理解、力不足」(33%)「財源不足」(32%)が挙がった。

 県別に見ると、「財源不足」は福島県では18%に留まったのに対し、岩手県44%、宮城県37%で、大きく差が付いた。「マンパワーの不足」では、宮城県が63%に対し、岩手県73%、福島県75%と10ポイント超の差があった。政府や地方自治体への不満は福島県で高い傾向にあった。

■その他の具体例
【岩手県】
・建築資材、建築費の高騰。
・人口の減少、産業の停滞。

【宮城県】
・交通インフラの弱体化。
・人口の減少。
・自家発電のための重油不足。
・地域の高齢化。
・不必要と思われる調査のための費用が一方的に入ってきて、それを行うためにさらに忙しくなった。有難迷惑。
・ほとんど人がいなくなった。

【福島県】
・避難者に対する手探り医療。
・ガソリン不足。
・病院上層部の暴走。
・浜通り北部地域の医療過疎、資源の不足。
・放射線障害のマスコミの不正確で扇情的な報道。
・人口減少による受診者の減少。
・風評被害。

具体的な問題点は以下のページ。
【岩手】「コンビニ受診横行」「復興税とるのはおかしい」◆Vol.5-2
【宮城】「地方政府に一任を」「仙台市中心主義に不満」◆Vol.5-3
【福島】「福島医大から医師補充来ず」「風評被害で集団ヒステリー」◆Vol.5-4



https://www.m3.com/news/iryoishin/404816
シリーズ: 東日本大震災から5年
【岩手】「コンビニ受診横行」「復興税とるのはおかしい」◆Vol.5-2
東日本大震災:復興における問題についての自由記述

医師調査 2016年3月8日 (火)配信 高橋直純(m3.com編集部)

Q 震災後の5年間で、復興において医療に関してはどのような問題がありましたか。
調査結果は『復興における問題点「マンパワー不足」が圧倒的◆Vol.5-1』を参照

【岩手県】
・行政が根本的に地域性を理解しておらず、現実的な対応が困難でそれを改善する力がない。復興に逆行するような、医学部新設。さらには新専門医制度で、地方病院は見放さざるを得ない状況になっている。

・当院は比較的被害の軽い内陸で、沿岸の被災地から患者さんが来ました。化学療法をしていますので、抗がん剤治療に関し、情報が少なく苦慮しました。

・津波被災地から病院周辺に設営された仮設住宅に多くの人々が移り住まわれ、急激な地域人口の増加あり。被災者たちは医療費無料であるためコンビニ受診も横行し、大変であった。地域の医師不足は公立病院のみのサポートであり、医師不足で大変である。当院は被災当時、臨床担当している常勤医5人。大学病院からの引き挙げなどで、現在は常勤医2人。4月から増員される見込みではあるものの、非常に大変である。理事長は、病院経営の点から頑張れと言いますが、マンパワー減が大きく影響しており、頑張りにも限界があります。

・岩手県沿岸部の医師数の絶対的な不足が問題。盛岡市は医師が過剰に思える。大学病院の関連病院などを県内中心に再編成してほしい。

・医療施設の増改築、新設等財政面で震災前の予定が中断されている。理由は上記の建築費の高騰と人材不足にある。オリンピックもそれに拍車をかけている。

・震災とは関係ないマンパワー不足。

・沿岸地域の現状は厳しいものがあります。財源とマンパワーの不足がとても顕在化しており、深刻であると思います。少数の医療スタッフの存在と地域住民の政治的要請は選挙等で明らかですが、現状から乖離していると思われます。街作りの青写真をいかにしたためるかは、とても困難な課題でありますが、いかなる夢と希望を掲げるかが問われています。

・医師の意欲のみでは何ともならないと思います。

・もともと医療過疎に震災が重なっており、災害支援だけではなく、もともとの医師の偏在を是正する視点がほしかった。

・電源に問題があり、発電機を整備した。

・近くのオール電化マンションの住人が停電により病院に殺到したため混乱する。

・復興税を被災地からとるのはおかしい。



https://www.m3.com/news/iryoishin/404819
シリーズ: 東日本大震災から5年
【宮城】「地方政府に一任を」「仙台市中心主義に不満」◆Vol.5-3
東日本大震災:復興における問題についての自由記述

医師調査 2016年3月8日 (火)配信 高橋直純(m3.com編集部)

Q 震災後の5年間で、復興において医療に関してはどのような問題がありましたか。
調査結果は『復興における問題点「マンパワー不足」が圧倒的◆Vol.5-1』を参照

【宮城県】
・震災直後はそもそもスタッフが出勤不可能だった。その後もガソリンがなく出勤できない状況が続いた。公共インフラが破壊されるとできることが激減する。そもそも救急搬送も不可能だった。

・大変な被害を受けた病院は復興に時間がかかることでしょう。どうしても自治体の応援が必要です。

・海岸近くは医療をはじめ、住民が生活していく上での環境もまだ不十分で、住民が戻りたくてもまだ戻れない。

・人材確保を除けば、内陸では大きな問題は無かったと思う。これも津波罹災地域とその他の差が非常に大きいと思う。

・地域の医療全体としてみた場合、やはり人の不足が大きい気がする。

・宮城県は何事も仙台市中心主義で、同じ県内の同じ被災地でも、石巻や女川地区の現状には不満がある。人口の減少、特に若年者層に顕著であり、高齢者ばかり目立つため、仮設住宅でのトラブル、老老介護の問題が大きい。

・復興に伴う医療費無料措置には再考が必要である。無料化することにより不必要な受診が増える結果となった。無料化は避けるべきであったと考える。

・現在市立病院勤務ですが、復興財源のため公務員給与(管理職手当等)が削られ(今は戻ったのかな)、ただでさえ激務に耐えて来た医療従事者に財政支援もない。公立病院のため、正規ルート以外での寄付を受け取れないため、震災直後の支援物資以外は市民からの援助を断るしかなかったのも、何か変。新病院建設計画中の地震となり、震災復興のため建築費が高騰し必要な機材がそろえられなかったり機能を落とすしかなかったりした。

・住民の医療費免除が自治体により相違があり混乱が生じました。

・医療者も患者さんも、ある程度はしょうがないと割り切っていた印象。

・被災地で暮らす住民の健康維持に必要な医療介入や予防活動には、自治体からほとんど補助なし。何度も交渉したが、「決められた項目にしかお金は出せない」の一点張り。3年経ったから、4年経ったから、と被災地の現状と関係なく人的、金銭的な支援を引き挙げていく。残った保健師達は悲鳴を上げている。

・震災後しばらく経ってから無料で診療を受ける患者が急増した。いまだに若干名が無料で受診中。もう止めても良いのでは。

・地方病院への人材派遣をやめる医局がある。地域医療が手薄になっているのに新しい医科大学を都市部に作ったため都市集中の傾向が強まると思う。果たして地方で活躍する人材育成をしていけるのだろうか。石巻にはお金が集中し病院も大きく充実したが、気仙沼は予算、機能、大きさも限定された小さな病院が立つ予定。地方の中でも格差を感じる。

・もう少し被害者意識をなくして、自分らで震災から復興する努力が必要だと思う。

・人口の減少に伴う患者の減少や一箇所への患者の集中。

・被災した病院であっても復興する際に、同じ場所に病院を建設しなければ予算が下りないという法律の不備。被災した病院で、診療の加算などを請求する際、5年間の診療実績の提出を求めるなど、震災のことを無視した杓子定規な医療局の対応。

・問題は色々あったが、この程度は当たり前と思った。

・被災地から当方近くに引っ越される方が多く、患者が一気に増えたためマンパワーの不足を感じたが、大きな問題ではなかった。

・よそから来たやつ、1年ぐらいで支援したと偉そうに言うな。勝手に仕事辞めて、「俺は十分した」と、ヒーローぶるな。マスコミの注目だけで被災地に来るな!みたいな感じで怒っている方が多い。

・中央政府はお金だけ出して、あとは地方政府に一任してほしい。中央政府およびほかの地方に期待することは、当事者が必要と思うものをその時に提供することであると思う。必要だと言っていないのに、お金や人を一方的に送る必要はないと思う。DMATは別で、DMATは問答無用に入ってよいと思うが、その後は、地方政府が必要なものをツイッターなどで発信して、早い者勝ちで名乗りを上げて入る風にした良いのではないか。現場のことを分かっていない中央が仕切ると効率が悪いと思う。

・いまだに調整区域などで。院外薬局が近くに建てられない。沿岸部の医師不足、また開業の先生が廃業されたりして、中核病院に集中する感じであった。妻は仙台市内で開業しているが、倒壊しかけたビルから、現在の土地に移転するまで、公的資金のバックアップが結構あった。この病院の復興に際しても公的資金が投入されたと聞いている。当時、民主党政権で桜井充議員がかなり影響力を発揮していたと思う。

・宮城県が以前の土地に規制をかけて居住制限した。移転を余儀なくされた。

・経験しない人が決めても混乱するだけだが、一方で経験した人も偏りが多い。また生保的になってしまうこともあり、本当に支援がうまく働いていたのかは疑問な点もあった。かといって規制を外すのも、拡大解釈する人もいるので、良いアイディアがあるわけではない。

・震災当初は、マンパワーの不足。診療者も、家族含め、被災者であり、自らの家庭や地域の復興が進まないと、やることの多さ、時間不足など、結局マンパワーの不足に陥っていた。

・とにかくマンパワー不足だ。

・医療を支える周辺業種の不理解。ジェネリックが進み院内採用が少なくなる現状があり、一方で原発事故後、院外薬局がほとんど逃げたため、医療区として使える薬剤の保有量が減った。松本元復興相のような自治体に無理解な政治家の配置によって本来進むべき復興が遅れた感がある。政府のガバナンスの低さに失望した。



https://www.m3.com/news/iryoishin/404820
シリーズ: 東日本大震災から5年
【福島】「福島医大から医師来ず」「風評で集団ヒステリー」◆Vol.5-4
東日本大震災:復興における問題についての自由記述

医師調査 2016年3月8日 (火)配信 高橋直純(m3.com編集部)

Q 震災後の5年間で、復興において医療に関してはどのような問題がありましたか。
調査結果は『復興における問題点「マンパワー不足」が圧倒的◆Vol.5-1』を参照

【福島県】
・当院の医師がかなり高齢化しているが、福島医大から若い医師の補充がない。

・原発のある地域なので、医療従事者は流出するも、新しく来る人は避難民、作業員のみで、医師一人当たりの患者が増加。休みも減って、激務。いろいろな診療報酬の改定等で、中小病院はそれなりに患者が来ても赤字なので給料も上がらず。正直辞めたい。

・明らかな医師不足。研修医が来ない

・放射能汚染があるため、完全復興が難しい。医師の確保が難しい。

・いろいろなところで言われており、意見はある程度出尽くしていると思われる。それを実行できるかどうかだと思われる。

・今となっては全て手遅れです。あとは福島が滅びるのを眺めていてください。

・医師は入るが、データ採り目的。ここに骨を埋める奴はいない。

・他県へ避難した人から書類送付の依頼があったが、郵便物を近くの郵便局が扱わず本局まで届けるように言われた。ガソリンがなく、職員もクリニックに泊まり込みで診療を続けていたので、無駄なガソリンの消費を強いられてことについては今でも怒りが湧いてくる。ガソリン不足には本当に困った。

・医師数が減っています。統計にはあまり出てきませんが、東京からの出張医が軒並み引き上げになっています。これはものすごく大きなdamageです。当院は通常の病院なら20人くらいいる規模の仕事を9人でしていましたが、震災後3人まで減りました。それは自身の病院を守るというだけでなく、福島の医療を守り続けなければと考えたからです。当然一人で3-5人分の仕事をしてきました。

・市職員の意識の低さ、能力不足に閉口した。

・小児医療無料は不必要受診を増やすだけ。

・会津では避難されてきた方が当院を受診されましたが、薬の情報がない方もいらっしゃって、苦労しました。

・公的医療機関の復興ばかりが優先されて、民間病院はどうでもいいかのごとく放置されている。

・病院としては、震災時の大きな問題はなかったが、今後の原発の影響を危惧した家族に押し切られて、福島を離れる医師・スタッフが少なくなかった。

・いい加減な開業医、調査とデータ集めの支援医師の増加、機能していない救急医療体制、夜間のコンビニ受診など問題は山積。

・被災者の医療費が震災関連だと無料であり、関連性がないものにも東電の証明書を持ってくる患者さんがいた。被災地老健より数十人単位で患者を引き受けたが、家族は離散しており定期的な病状説明の時間セッティングに苦労した。

・震災復興にお金がたくさんおりました、それは事実です。しかし有効に活用されてはいません。医療関係で言えば、病院の統廃合に使うべきだったのです。福島県は昔から、法人病院が強く、公立病院は(大学といわき共立病院をのぞけば)中小病院でした。もともと経営体質が弱かったのです。震災はむしろチャンスだったのですが、逃してしまいました。あとは病院ドミノが待っているだけだと思います。

・震災からの避難のため医療人の絶対数が不足の状態となった。

・報道、SNSによる根拠のない放射線障害の誤った知識(ほとんど風評)が流布し、住民の精神的混迷が持続している。リスクコミュニケーションが十分取れない。

・健康意識の低い除染作業者の流入は大きな問題。

・国、県からは何の援助もなかった。職員を解雇せず再興を目指したが、倒れるしかなかった。実に冷たい仕打ちであった。

・原発問題の改善が進まず、風評被害が払しょくされない事が、いまだに影響を及ぼしている。

・カルテのバックアップは個人情報の流出の危険をある程度覚悟しても、離れた地域と協力して何らかの措置が必要と思った。

・福島県は原発事故被災県なのに行政の怠慢が目立った。国に直訴してやっと動くという状態であった。医療に関する問題はもちろん全て不満であった。

・震災後1年くらいは研修医、若い看護師などの流出がすごかったです。箱ものは戻りましたが、人が戻りません。

・臨床医も、産業医も原発被災地区のみならず、全県的に減少した。一時的避難が永久転出になった。

・民主党政権による「放射能汚染ゼロリスク政策」の大きな過ちが決定的にひどい。今も尾を引く。

・外部被ばく、内部被曝等に関する無理解。風評被害に起因する集団ヒステリー。

・間違った過剰な被ばくの影響を流した行政とマスコミのための悪影響がある。


  1. 2016/03/09(水) 06:09:02|
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