Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

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3月7日 3.11震災関連 

https://www.m3.com/news/iryoishin/404814?dcf_doctor=true&portalId=mailmag&mmp=MD160307&dcf_doctor=true&mc.l=147096438&eml=3f492a08f1681d66441569ec02c0b51e
シリーズ: 東日本大震災から5年
地域の復興度合い、病医院より遅め◆Vol.4
「仙台・東北大を中心に復興バブル」「原発事故で一次産業復興できず」

2016年3月7日 (月)配信 高橋直純(m3.com編集部)

Q 2011年3月の震災前を100とした場合、お住まい、勤務している地域の復興度合いは、時間の変化とともにどのように変化してきたでしょうか。0から100の整数でご記入ください。
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 地域の復興度合いは、3県とも病医院より遅れているという結果になった(『病医院の復興度合い、宮城と福島で差◆Vol.3』を参照)。地域においても、津波被害が甚大だった宮城県の回復のペースが速く、福島県は遅れている状況が見て取れる。

■個別の数値の変化とその理由。
数字は、「直後⇒2011年9月⇒2012年3月⇒2013年3月⇒2014年3月⇒2015年3月⇒2016年現在」の復興度。

【岩手県】
0⇒0⇒10⇒10⇒20⇒20⇒30
復興には程遠い。

10⇒20⇒50⇒50⇒60⇒60⇒60
盛岡市は復旧していると感じるが、沿岸はまだまだである。

0⇒10⇒10⇒15⇒15⇒20⇒20
陸前高田市の復興は遅々として進んでいません。

80⇒100⇒100⇒100⇒100⇒100⇒100
内陸はほとんど被害がなかった。

【宮城県】
20⇒30⇒35⇒40⇒45⇒50⇒60
人口流出。災害復興住宅できず、仮設暮らし多い。職もない人多い。

0⇒60⇒70⇒70⇒75⇒75⇒80
まだ近くに仮設住宅があり、復興住宅建設も不十分である。

10⇒90⇒100⇒110⇒120⇒120⇒120
沿岸部から避難してきた人たちが、そのまま当地に住み着いて人口は増えたようです。大型の商業施設はそれなりに繁盛しているようです。ただ震災前から中心部の中小の商店街は衰退が続いているように思えます。

30⇒60⇒70⇒80⇒80⇒80⇒80
日常生活で震災の爪痕を見ることはほとんどないように思います。しかし趣味で見ている映画に関して、仙台市内から22スクリーン(シネコン二つ)が消えたまま、いまだ復活していません。

0⇒10⇒30⇒50⇒60⇒70⇒70
財政難の塩釜のため、全て震災復興支援基金頼みで、行政からの煩雑な手続きで、相当時間がかかり、時間が掛かると資材の高騰、人件費も高くなり現在もまだ道半ばです。

90⇒100⇒110⇒110⇒110⇒110⇒110
いわゆる震災バブルで震災前よりも活気があるところは仙台・東北大を中心にたくさんあると思います。

0⇒30⇒50⇒70⇒80⇒80⇒80
インフラ整備や災害対策工事が進み、街の活気も震災前と変わらない気がするが、仮設住宅がまだまだ残っている。特に沿岸部は工事ばかりで将来に目が行き過ぎ、現在の生活が軽視されていないかと危惧している。

【福島県】
50⇒90⇒100⇒110⇒115⇒120⇒120
原発周辺から非難する人が多く、震災前よりはにぎわっている。

50⇒55⇒65⇒75⇒80⇒85⇒90
放射能の汚染があるから。完全復興とならない。

20⇒30⇒50⇒70⇒80⇒80⇒80
箱ものばかりできたが、いまいち生活は不便。冷静に考えて子供を育てる場所ではない!

0⇒25⇒30⇒40⇒50⇒60⇒70
小児科が再開していない、マクドナルドが再開していない。

30⇒50⇒80⇒80⇒80⇒80⇒80
いまだに除染が進んでいない地域がある。

50⇒60⇒80⇒80⇒85⇒90⇒90
震災前も後も、住み慣れたふるさとであることに変わりはない。ただ、変えようもない事実として震災があり、その影響は今後なくなるとは思えない。特に原発問題に終息は見えない。

10⇒30⇒40⇒50⇒60⇒80⇒80
原発事故の精神的被害が大きい。家族の不安が強すぎた。

40⇒45⇒50⇒55⇒60⇒65⇒70
原発事故のせいで漁業がダメ。事故後しばらくは農業、酪農、林業もダメで生計を立てられない状況が続いた。住民が住み続けるか、県外へ避難するかでその地域が復旧できるかどうか分からない状況だったから。

0⇒0⇒0⇒0⇒0⇒0⇒0
居住制限区域内にある。まだ除染もされず。放射線量の減少なし。

0⇒20⇒36⇒40⇒60⇒70⇒70
震災前の子育て人口が大きく損なわれ、地域の活力が戻りにくい状況。

0⇒20⇒30⇒50⇒50⇒70⇒70
今、住んでいる地域に関して、家屋などの復旧はかなり進んだと思われるが、終始放射線量が心配であり、これからも何年もこの状態が続く。震災前の空間放射線量にもどらない限りは100にはならない。また、医師不足はかなりな問題であり好転の気配なし。



http://www.nikkei.com/article/DGXLZO98152370Y6A300C1CC1000/
被災3県の診療所、13%休廃止 医療過疎で復興の妨げ懸念
2016/3/8 1:39 日本経済新聞

 東日本大震災の津波で被害を受けた岩手、宮城、福島3県の沿岸と東京電力福島第1原子力発電所事故で避難指示区域となった計43市区町村で、震災前にあった計1938診療所の約13%に当たる259施設が廃止または休止したことが、3県や保健所への取材で分かった。津波で建物や医師らが被災したり、患者が減ったりしたことが主な理由という。

 これらの地域では震災前から医師不足が指摘されていた。震災後は被災した人々の健康状態の悪化など新たな問題も生じている。一部地域で診療所が新設された例もあるが、「医療過疎」の進行に歯止めはかかっておらず、復興の妨げとなることが懸念されている。

 震災後、今年2月までに保健所に休止または廃止届を出した医科と歯科診療所の数を調べた。43市区町村は岩手12、宮城16、福島15。仙台市は沿岸2区を集計した。

 県別では、震災前の約25%に当たる176施設が休廃止した福島県が最多。岩手県は約11%の24施設、宮城県は約6%の59施設が休廃止した。

 原発事故による避難区域の大半を管轄する福島県相双保健所の管内では、建物自体が壊れたのは1施設だが110施設が休廃止した。

 同県が昨年秋に双葉郡の70診療所・病院を調べたところ、再開の意向を示したのは23施設だった。うち14施設は「住民帰還」や「インフラの復旧・整備」「除染の完了」といった条件が整えば再開したいと回答した。施設からは「民間では(経営が)厳しい」「帰還する人数が分からず、財政的に運営が難しくなる」との意見があったという。

 診療所の医師が休廃止に伴い、開業医から勤務医になった例も目立つ。宮城県によると、被害が集中した石巻、気仙沼医療圏では休廃止した診療所の医師のうち29%は市外、21%は市内の他院などで働いている。

 岩手県では仮設診療所で診察を続ける医師もいる。県が再建費用を補助しているが「土地区画整理事業が遅れ、現地再建のめどが立たないケースがある」(医療政策室)。

 岩手、宮城両県の公立病院は本格復旧が進みつつある。宮城県南三陸町立の「公立志津川病院」は昨年12月に「南三陸病院」として新たにオープン。仮診療所で診察を続ける同県石巻市立病院も新築した施設で今秋の開業を予定する。

 震災時に石巻赤十字病院の医師だった東北大の石井正教授は「もともと医師不足だった地域が被災しており、建物の整備だけでなく人材をどう確保するかが課題だ。医療は復興に不可欠なインフラで、公立の施設を先行して復旧させ、住民の帰還への不安を減らすなどの対策が求められる」と話している。


  1. 2016/03/08(火) 05:37:37|
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