Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

2月22日 3.11震災関連 

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201602/20160222_13052.html
<この人このまち>「全員参加医療」進める
田上佑輔さん

2016年02月22日月曜日 河北新報

 地方の医師不足は深刻だ。医療の質の低下は、人口減の一因で、地方衰退を加速させる。東日本大震災での被災者支援をきっかけに東京から登米市に移り住んだ医師田上佑輔さん(35)は、そんな地方の現状の中で医療の充実策を模索する。昨年4月、登米市地域包括ケア推進アドバイザーに就いた田上さんに工夫、取り組みなどを聞いた。(登米支局・本多秀行)

◎登米市地域包括ケア推進アドバイザー(医師)・田上佑輔さん(35)

 -登米で医療活動にかかわるようになった経緯は?
 「東日本大震災で宮城に支援で来た後、医師不足にあえぐ地域の力になりたいと登米市民病院に非常勤で勤務しました。その後、週末に首都圏から医師を派遣するプロジェクトを進めました」
 「地域の人が安心して生活できるような医療提供が私の理想。2013年、『慢性期から看取(みと)りまで』を掲げ、24時間体制で包括的な医療を行う在宅診療所を市内に開設しました。ここでは、医師だけでなく福祉や介護関係の人までかかわる『全員参加型医療』を第一に考えています」

 -地域包括ケアとは。
 「地域に住む高齢者らが医療も介護もトータルでサービスを受けられる体制をつくることです。医療側、介護側で情報を共有することがとても重要ですね」

 -具体的な事業は?
 「医療者、介護従事者の研修、住民へ広報、官民連携の施策作成などがあります。患者のみならず、その家族、地域住民を含めた全員参加型の地域包括ケア体制を構築できればいい」
 「いま、診療所と行政、市民病院、医師会、歯科医師会、薬剤師会、介護事業者などが連携する体制が構築されつつあります。登米では『オープン・メディカル・コミュニティ』というコンセプトを関係者が共有しています。包括ケアの市民講座開催や地元のFM局で医療情報の発信をしています。診療所が運営するカフェもあり、お茶を飲みながら気軽に医療や介護の相談ができる空間をつくっています」

 -まだまだ、地方は医師不足が深刻です。
 「登米に来て、高齢化が進み医療の需要が高まる一方で、十分に提供できない現状を目の当たりにしました。しかし、都市圏から交代で複数の医師が派遣される体制ができれば改善できるとみています。都市に住みながら地方に貢献したいと考える医師は少なくない。ここの診療所にも仙台や東京から定期的に手伝いに来る医師が数人います」

 -これからの課題は?
 「医者を育てる教育の受け皿が登米にないことですね。本年度から、うちが総合診療医の研修施設に認定され、その資格を取れるようになりました。こういった形で若い医師が地方に来やすい環境を整備することが大事だと思います」

[たのうえ・ゆうすけ]80年、熊本市生まれ。東大医学部卒。東大医学部付属病院腫瘍外科を経て、13年にやまと在宅診療所登米院長。



http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201602/20160222_73044.html
<検証地域医療>救護体制 整備進む
2016年02月22日月曜日 河北新報

 東日本大震災では、救命治療の専門的訓練を受けた医師、看護師らで構成する「災害派遣医療チーム(DMAT)」が全国から駆け付けた。
 阪神大震災の経験から生まれたチームで、外傷患者への初期医療を想定していた。だが、東日本大震災では慢性疾患の対応を含む長期的な救護活動も迫られた。被災地の医療機関では、こうした教訓を生かした体制づくりが進む。
 延べ3633の救護チームを束ねた石巻赤十字病院(宮城県石巻市)は震災から1年後、「災害医療ACT研究所」を設立。2015年5月には災害医療・救護に特化した人材の育成に取り組む「災害医療研修センター」の運用を開始した。
 宮城県気仙沼市では震災直後に派遣医師らが「巡回療養支援隊」を結成して、在宅患者を診察。解散後は地元の医師、薬剤師、ケアマネジャーらが連携して「地域包括ケア」を推進している。
 被災地へ医師派遣を継続する東北大病院(仙台市青葉区)は、総合地域医療教育支援部、地域医療復興センターなどを相次いで設置した。東北大も12年に「東北メディカル・メガバンク機構」を設立。被災地で増える病気や遺伝子変異を調べて次世代医療に生かす。
 福島県立医大(福島市)は12年、東京電力福島第1原発事故の影響で医師不足の県沿岸部に派遣するため災害医療支援講座を設置。岩手医大(盛岡市)は災害時地域医療支援教育センターを設けたほか、遠隔医療の検証に力を入れている。



http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201602/20160222_33005.html
<検証地域医療>繁忙でも経営苦しく
2016年02月22日月曜日 河北新報

 震災と東京電力福島第1原発事故の影響で、被災地では医療資源の確保に苦心する状況が続く。特有の医療ニーズも生じ、新たな対応が求められている。

◎震災5年へ(上)続く仮設診療

 岩手県では、東日本大震災で被災した高田(陸前高田市)、大槌(大槌町)、山田(山田町)の3県立病院が今も仮設施設での診療を続ける。5月に開院する大槌を皮切りに再建が進むが、震災前から続く深刻な医師不足と震災後の急速な人口流出という難題が立ちはだかる。
 プレハブの大槌病院の仮設診療所。廊下に外来患者がぎっしり並ぶ。常勤医は内科と外科の計5人だけ。応援医師による週1回の眼科や整形外科の診察日は患者がさらに増える。
 外科の坂下伸夫院長は「高齢化で整形外科の需要は高いが、新患を受け付ける余裕はほとんどない。湿布や飲み薬の処方で済む患者は外科の自分が診る」と現状を説明する。

<14年度は赤字>
 新病院は常勤医が足りず、震災前は対応した休日と夜間の救急患者の受け入れを断念した。病床も10少ない50とし、休診中の産婦人科などを廃止して8科から6科に絞る。病床復活で必要となる当直は、岩手医大(盛岡市)や周辺の開業医の応援でしのぐ予定だ。
 ただ、加速する人口減少は病院経営を圧迫する。町人口は2015年の国勢調査(速報値)で1万1732。前回10年より3544人(23.2%)減った。1日の外来患者数は、10年度の150人から15年度は84人へとほぼ半減した。
 大槌病院は14年度決算の経常損益で約7600万円の赤字だった。再建後は病床の稼働で収入増を見込むが、増員する看護師の人件費など経費もかさみ、赤字が続く見通しだ。
 それでも、入院機能の回復は医療圏にとって大きな意味を持つ。急性期を過ぎた患者や経過観察の必要な高齢者の引き受けが可能になる。そうなれば、大半を受け入れている県立釜石病院(釜石市)の負担を減らせるからだ。
 坂下院長は「町内の開業医も近場に入転院の受け皿ができて安心するはず。急性期の対応は釜石病院に任せる役割分担で地域医療を支えたい」と展望を描く。

<ストレス訴え>
 被災地では心のケアの重要性も増している。仮設住宅暮らしの長期化などに伴うストレスから体調を崩し、片頭痛や腹痛といった症状が現れる被災者は多い。
 県医師会が11年8月に陸前高田市に開設した高田診療所。日本心療内科学会の協力で設けた心療内科を訪れる患者は後を絶たない。県内外の医師による週末だけの診察だが、15年は延べ約600人が受診した。
 県医師会は「役目を終えた」として3月で診療所を閉鎖する。心療内科は県立高田病院が引き継ぐ。田畑潔院長は「精神的にダメージを受けている被災者は多く、公立病院としてニーズに応えなければならない」と態勢整備を急ぐ。(東野滋、太楽裕克)



http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201602/20160222_73042.html
<検証地域医療>命の拠点 変革に臨む
2016年02月22日月曜日 河北新報

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故によって、沿岸被災地の医療は大きく変わった。人口流出で軒並み患者数が減る一方、医療機関の減少と恒常的な人材不足で医師や看護師の負担は変わらないとの指摘もある。被災病院では仮設施設での診療を続けながら再建を目指し、地域の将来を見据えた準備を進める。

◎患者減も医師負担重く

<岩手>
 津波被害を受けた県立7病院のうち、大槌(大槌町)が2011年4月、高田(陸前高田市)と山田(山田町)が11年7月にそれぞれ開所した。高田は12年2月、41床を設けて入院患者の受け入れも再開した。県は大槌の再開院をことし5月と決定。山田は今秋、高田は17年度を目指す。県医療局経営管理課は「移転用地の整備や建設工事の経過は順調だ」と話す。

<宮城>
 石巻市は12年5月、被災した市立病院の診療を補う開成仮診療所を、約1900戸の仮設住宅が立ち並ぶ南境地区に開所。市立病院はことし9月、JR石巻駅前で再開を予定するが、仮診療所も当面継続する方針。市病院管理課は「仮設住宅の住民の需要があるうちは維持する」と説明する。

<福島>
 原発事故の避難指示が昨年9月に解除された楢葉町ではことし2月、県立大野病院付属ふたば復興診療所が診療を始めた。17年春の帰還を目指す富岡町も16年度内を目標に開設する方針。県病院局病院経営課は「医療機関の整備は帰町の追い風になるはず。除染に当たる作業員のケアも同時に担える」と期待を寄せる。



http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201602/20160222_73043.html
<検証地域医療>被災地 増える加齢疾患
2016年02月22日月曜日 河北新報

伊勢秀雄(いせ・ひでお)1949年、石巻市生まれ。東北大医学部卒。東北大医学部講師を経て97年石巻市立病院外科部長、2004年病院長。05年から市病院局長を兼務。専門は消化器外科。

 東日本大震災で被災した医療機関では仮設診療所から本院再開への移行期に差し掛かっている。ことし9月に本院再開を予定する石巻市立病院の伊勢秀雄病院長に被災地の医療の現状と課題を聞いた。(聞き手は野内貴史)

 -被災地の住民の健康状態をどうみるか。
 「若者が減り、超高齢化社会の最前線のようになっている。放っておくと高血圧や高脂血症、糖尿病など加齢に伴う疾患がますます増える。認知症も心配だ」

 -どんな対策が必要か。
 「病気を防ぐ保健活動が大切。医療と保健福祉による地域包括ケアの成否が鍵を握る。病気になっても地域で自分らしく生きられる仕組みづくりが必要だ」

 -2012年、開成、南境の両仮設住宅の近くに仮設診療所を開設した。
 「開成と南境には被災地最大の仮設住宅が造られた。開設当時は心的外傷後ストレス障害(PTSD)やうつで苦しむ患者が多く、精神的なダメージが大きかった。最近は、仮設住宅から災害公営住宅に移った人の中に孤独感にさいなまれるケースも出ている」
 「阪神大震災でみられたアルコール依存症を懸念し、在宅医療にも力を入れた。幸い依存症になる患者は多くなかったが、仮設診療所で行政、福祉関係者と連携できたことは大きい」

 -本院再開が間近だ。
 「当初は内科、外科、整形外科などに資源を集中する。患者はさまざまな病を抱えており、患者全体を診る総合診療を目標とする。高度医療を担う石巻赤十字病院と機能分担したい。震災前は急性期医療に特化していたが、回復期、慢性期のニーズにも応えたい」
 「仮設住宅には現在も約2800人の被災者がいる。本院再開後も仮診療所はしばらく存続させる」

 -医師や看護師など医療関係者の確保が課題だ。
 「被災地では人口が減ったが医療機関も減った。医師や看護師1人当たりの負担は変わっていない。背景には、しがらみの少ない若手の方が中高年より地域を離れやすい事情がある。意欲ある若手が外部から継続的に被災地に入る仕組みも考えるべきだ」



http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201602/20160222_13018.html
<検証地域医療>患者情報 福祉と共有
2016年02月22日月曜日 河北新報

 東日本大震災で被災した宮城県南三陸町の公立志津川病院は昨年12月、南三陸病院として再開した。岩手、宮城両県で被災した公立病院で、最も早く移転先で再スタートを切った。福祉を担う総合ケアセンター南三陸を併設し、小さな町だからこそできる南三陸型の地域医療の確立を目指す。
 「食事ができるようになったので家に戻れそうです」「介護する家族が疲れているようだ。短期的に入院する可能性もあります」
 毎週水曜に開かれる会議では患者の様子が細かく報告される。医師、病棟や外来などの担当看護師、医事担当者ら病院職員のほか、町から保健師やケアマネージャーも入る。
 検討する対象者は、入院患者だけでなく、外来、訪問診療、訪問看護、透析の患者や特別養護老人ホームの利用者にも及ぶ。在宅に移行する場合も、どんな介護サービスが提供できるかなど適切なケアを探る。
 震災時、5階建ての志津川病院は4階まで浸水し、患者や看護師ら74人が死亡、行方不明になった。町の中核となる新病院の再建は地域の念願だった。
 新病院の医師は派遣を含め7人。診療科は内科、外科、小児科など10科。震災前は民間医院が担った人工透析治療も始めた。病床は90床で震災前から36床減ったものの、療養病床50床は維持。高齢化を見据えた地域包括ケアを実現するため、総合ケアセンターと一体で再建した。
 週に1度の会議は震災前から開いていた。震災後、入院施設を登米市米山に移し、2医院体制となった間もテレビ会議で情報共有を続けた。施設が一体となり、病院とケアセンターの職員が日常的に話し合いができるようになった。ほかにも月に1度、医療、福祉関係団体が集まり、町全体が抱える課題を出し合う。
 星愛子看護部長は「長い時間をかけて医療、福祉の関係者と患者との間で顔が見える関係を築いてきた。誰もが安心できるケアを目指す」と前を向く。(古賀佑美)



https://www.m3.com/news/general/401596
支援受け入れ計画8% 南海トラフ被災想定病院 震災教訓の対応進まず 16府県で東北大調査
2016年2月22日 (月)配共同通信社

 南海トラフ巨大地震で被害が予想される16府県の約600病院のうち、大災害時に人や物資の支援をスムーズに受け入れるための計画を定めたのは8%にとどまることが20日、東北大の調査で分かった。5年前の東日本大震災では多くの病院も被災して混乱、支援の受け入れに課題や教訓を残したが、次の災害への対応が進んでいない現状が浮き彫りになった。

 東北大災害科学国際研究所(仙台市)が2014年12月~15年1月、16府県の2898病院にアンケートを行い614病院が回答した。医師らの派遣や支援物資を受け入れる窓口や手続きなどを明記したものは「受援(じゅえん)計画」と呼ばれ、法律上の策定義務はないが、震災後に専門家の間で必要性が指摘されてきた。

 受援計画を策定済みと答えたのは50病院(8%)。準備中が109病院(18%)、未策定が438病院(71%)だった。策定した計画の内容は、受け入れ窓口や指揮命令系統の明確化、病院内外の地図作製など。

 策定していない病院に理由を聞くと「どんなことを決めておけばいいか分からない」「受援という言葉を知らない」といった回答が多かった。

 災害時の医療拠点となる125の「災害拠点病院」でも策定率は19%だったが、それ以外の病院は5%にとどまった。種別ごとにみると、一般病院は策定率が11%なのに対し、精神科はわずか1%と差がついた。

 災害時に期待する人的支援を複数回答で尋ねると、災害派遣医療チーム(DMAT)が51%、自衛隊が33%、地域住民によるボランティアが30%。ただ、実際に地域住民らと人手や物資の支援協定を結んでいる病院は7%しかなかった。

 調査した佐々木宏之(ささき・ひろゆき)東北大助教(42)は「大災害時には、外部からの支援をいかに有効活用するかが住民の命や病院機能の維持に直結する。大小や種別を問わず、全ての病院にとって準備が不可欠だ」と強調している。

 調査結果は27~29日に山形市で開催される日本集団災害医学会総会で発表する予定。

 ※受援計画

 地震や津波など大災害時に、人や物資の支援をスムーズに受け入れられるようにする手続きや役割分担をまとめた計画。法律上の策定義務はないが、自治体を中心に整備が進む。医療機関が定める場合、他の病院などから医師や薬、医療物資を受け入れるためのルールや行政との連絡手続きが盛り込まれることが多い。東日本大震災では被災した病院に支援の申し出や物資が集中して混乱。支援を十分に生かせず、連絡や調整の在り方が課題になった。


  1. 2016/02/23(火) 05:54:54|
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