Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

12月22日 

http://www.huffingtonpost.jp/masahiro-kami/doctor-insufficiency_b_8858190.html
福島の医師不足利権
上昌広
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門 特任教授
投稿日: 2015年12月22日 13時40分 JST  ハフィントンポスト

福島の医師不足は深刻だ。関係者も対策に余念がない。あまり指摘されていないが、医師不足対策は、しばしば利権と化す。一例をご紹介しよう。

福島県いわき市の福島労災病院(以下、労災病院)の整形外科のケースだ。かつて、東北大から4名の医師が派遣されていた。ところが、昨年、宮城県内の医学部新設もあり、東北大は医師の引き上げを通告してきた。

この地域の整形外科医療は労災病院といわき市立総合磐城共立病院(以下、共立病院)が担ってきた。労災病院が診療を停止すると、いわき市は整形外科難民で溢れることになる。

労災病院は福島県立医大(以下、医大)に整形外科医の派遣を求めたが断られた。事態を重くみたいわき市が福島県に相談したところ、医大から寄附講座の活用を提案された。共立病院の「地域医療連携室だより」(2015年8月号)には、「福島医大付属病院紺野教授にいわき市の整形外科医不足についてご相談をしました。その際に紺野教授から共立病院に医師を派遣するために、寄付講座を作っては、とご指導を受けました」との記載がある。

では、寄附講座とは、どんな仕組みなのだろう。いわき市関係者から入手した資料によれば、共立病院は、3名の整形外科医を派遣してもらうために年間6000万円を医大に支払う。5年間で総額3億円だ。

一方、寄附講座から派遣される医師に支払われる人件費総額は2530万円。差し引き3470万円が医大の自由に使える金になる。残業代などは病院持ちだ。年間990万円を予定している。この結果、いわき市は3名の整形外科医を5年間派遣してもらうために総額3億4950万円を負担することになる。

そもそも医大は「県民の保健・医療・福祉に貢献する医療人の教育および育成」を理念に掲げており、震災後は多額の税金が投入されている。平成25年度の場合、運営費交付金として87億円、補助金として30億円だ。9億8429万円の黒字である。

寄附講座など設置せずとも、医師を派遣すればいい。震災で被害を受けたのは浜通りだ。福島市内に位置する医大ではない。ところが、いつの間にか被災地をネタに医大が焼け太る構造になっている。

さらに、寄附講座ビジネスの実態は、派遣されるべき医師に支払われる給与のピンハネだ。タチが悪い。

では、いわき市だけが特別なのだろうか。最近、福島県内の病院長から、「医大のホームページに寄附講座一覧があるから、それを見るともっと驚きますよ」と連絡を受けた。

そのページをみて驚いた。現在、医大には23の寄附講座が存在するが、このうち企業から寄附によるものは9つで、12が県内の医療機関、残りの2つが自治体だ。

医療機関には、南東北総合病院を経営する脳神経疾患研究所、星総合病院、会津中央病院、磐城共立病院など福島県の代表的な病院が名を連ねる。設置している寄附講座も一つとは限らない。磐城共立病院は二つだが、脳神経疾患研究所は5つだ。

寄附目的には、それらしいお題目が記されているが、実態は医師派遣だ。星総合病院の寄附講座の設置目的の項は「平成27年度以降、星総合病院に疼痛外来を設置し、そこで慢性の痛み患者を診療する。」と明記されている。

ちなみに、平成25年度の医大の寄附金収入は5億6130万円だ。以上の事実は、医大が寄附講座という仕組みを使って、医師派遣業で荒稼ぎしていることを意味する。

医大の使命は、医師を育成し、県民が必要とする地域に供給することだ。医師派遣ビジネスで金を儲けることではない。

かつて会津藩校日新館からは多くの有能な人材が育った。この学校では、什の掟として「卑怯な振舞をしてはなりませぬ」などと教えた。法律違反すれすれの方法で、金をふんだくる医大のやり方は卑怯だ。いまこそ、福島の伝統に立ち返るべきではなかろうか。

* 本稿は「医療タイムス」の連載を修正・加筆したものです。



http://www.at-s.com/news/article/health/shizuoka/194950.html
家庭医養成へ実習支援 御前崎市がセンター整備
(2015/12/22 08:09)静岡新聞NEWS

 御前崎市は21日、浜松医科大(浜松市東区)が2019年度から総合診療医(家庭医)養成に向け学生の実習を始めるのに合わせ、実習生の受け入れ先として「市家庭医療センター」を整備する方針を明らかにした。受け入れ先を整備することで、指導する医師の確保が見込め、慢性的な医師不足の改善を図る狙い。同日の市議会全員協議会で示した。
 同市によると、市立白羽小のプール跡地に16年10月に着工し17年度上半期の運用を目指す。外来診療をメーンに訪問診療や訪問介護、通所リハビリなどを行う。入院や救急対応はしない。外来診療は当面、週3日程度実施し、実習生の受け入れが始まる19年度中には週5日に増やしたい考え。
 医師は森町、菊川市、磐田市とつくる「静岡家庭医養成協議会」から派遣してもらうという。
 菊川市と森町にも同様の施設があり、すでに研修医の実習を行っているが、学生の実習が始まると、受け皿が不足するといい、御前崎市としても整備に踏み切った。総工費は詰めている。
 市立御前崎総合病院の担当者は「なるべく早く開業して実績をつくり、学生や研修医の受け入れ体制を整えたい」と話す。



http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/eye/201512/545110.html?n_cid=nbpnmo_mled
記者の眼
「ニセ医学」にだまされても患者の自己責任?

2015/12/21 増谷 彩=日経メディカル

 今年9月、女優の川島なお美さんが亡くなった直後から、様々な報道が飛び交い始めた。その中の1つが、標準治療を拒否し、ある民間療法を行ったために壮絶な闘病生活を送ったという報道で、世間に衝撃を与えた。こうしたニュースを聞いて思い浮かぶのが、「ニセ医学」という言葉だ。「ニセ医学」の言葉の定義ははっきりしないが、内科医でブロガーのNATROM氏は、著書「『ニセ医学』に騙されないために」(メタモル出版、2014年)の中で、「医学のふりをしているが医学的な根拠のない、インチキ医学のこと」としている。

 冒頭のようなエピソードが世間を騒がせると、「民間医療を選ぶのは患者の自己責任ではないか」という意見を言う人を目にする。しかし、医療者は患者の選択を「自己責任」で済ませてしまってよいのだろうか。

医療者と「ニセ医学」
 今回、日経メディカル Onlineで「ニセ医学」に関するアンケートを行った。医師が「ニセ医学」と聞いて思い浮かべるもので一番多く挙がったのが「広告過剰なサプリメントや健康食品」だった。2位はメディア露出や出版活動が盛んな某医師の「がんもどき理論」、3位は1型糖尿病の男児がインスリンの投与を中止したために死亡した報道で世間を騒がせた「霊的療法」となった。その他のランキングや、回答した医師が実際に行っていた、または遭遇した「ニセ医学」、医師たちが「ニセ医学」について思うことなどについては調査結果の記事をご覧いただきたい(前編 「ニセ医学」と聞いて思い浮かぶのはアレ、後編 患者が「ニセ医学」を試したいと言ったら?)。

 アンケートで、「ニセ医学」について「言葉も意味も知っていた」と回答した人は、わずか801人(24.1%)。医師の4人に3人は知らないという結果になった。保険診療を行っている医師たちの関心は低いのかもしれない。医療者、特に医師に有用な臨床情報をお届けすべき媒体である日経メディカルでも、「ニセ医学」という言葉並びに「ニセ医学」に分類されるであろう民間療法を取り上げる機会はほとんどなかった。

 「ニセ医学」の話題でまず挙がってくるのが、「そんなものにだまされないよう、国民のヘルスリテラシーを向上させよ」という意見だ。ヘルスリテラシーとは、健康関係において適切な意志決定をするために必要な情報を調べ、理解して利用する能力のこと。もちろん、患者自身がヘルスリテラシーを高め、自ら判断できるようになることが望ましいのは間違いない。ただ、日経メディカルは医療者向けの媒体であるので、今回は「ニセ医学」に対して医療者が取るべき態度について考えてみたい。

その決定は本当に患者が「理解」し「選択」したものか
 アンケートでは、「患者が希望する限り仕方がない」(50歳代勤務医、内科系専門科)、「『信じる者は救われる』で、患者自身が選ぶことにケチはつけません。その代わり尻拭いもしません」(40歳代勤務医、循環器内科)という声が散見された。「患者自身がその治療を選んだのならば仕方がない」という考え方はあるだろう。「本人が満足なのであればそれでいいのではないか」と。

 しかしここで重要なのは、その患者は必要なことを十分理解した上で選択しているのかということだ。患者に害が及びかねない民間療法を選択している場合などは、「その『治療』はこうしたデメリットも指摘されていますがご存じですか」と一歩踏み込んでみるべきではないだろうか。頭ごなしに否定するのではなく、相手が選択に当たり知っておくべき情報を提供する。誤解していたり、思い込んでいることがあるようであれば、解いておく。ここで注意しなければならないのは、患者に情報を提供して納得や選択を「迫る」ことではなく、情報を提供した上で患者と医療者がともに考え「合意」することだ。

 医学教育を受けた医療者は、医学情報の適切な処理の仕方を心得ている。一方で、患者は体系的に医学を学んだことがないかもしれないし、インターネットなどで得た誤った情報をうのみにしているかもしれない。多くの医療者が「この表現は誤解を招く」と指摘している記事に、非医療者が「知らなかった、ためになった」といった感想を寄せているといったことはままある。適切な情報を知らなければ、どんなに頭の良い人であっても最適解を導くことはできない。

 こうした情報の非対称性がある医療については、医療者は専門職としての見解を伝える努力が求められるのではないだろうか。さらに、公衆衛生の側面も持つワクチン接種などでは、「打ちたくないんですか」と簡単に引き下がってはいけないのかもしれない。当然、無理矢理打つわけにはいかないが、説得を試みる姿勢も必要なのではないだろうか。

 標準医療を全く信用しない患者に対しては、医師であっても「勧める者は悪いが、すがる者も悪い」(50歳代勤務医、一般内科)といった感情が生まれるのは仕方がないことかもしれない。筆者も、根拠のない治療法や健康法について熱く語る人を実際に目の前にすると、諦めに近い感情や無力感を抱くこともある。しかし医療者には、その専門職のプライドにかけて、患者に関与する姿勢を放棄しないでほしいと筆者は思っている。

 患者はただ、もう誰を信じていいのか分からない状態になっているのかもしれない。そもそも、医師免許を持つ人が医学的な根拠が薄弱な治療法や機器を勧めていることもある。以前も筆者が本欄で書いた通り、往々にして「ニセ医学」と呼ばれるような極端な主張は断定的で分かりやすい(インフルエンザワクチンは打たない方がいい?)。そして標準医療を攻撃することが多い。患者はすっかり医療不信に陥っていたりする。インフォームドコンセントで「合意」に至れず、医師に突き放されたと感じている患者は、「あなたはこうすべきだ」と決めてくれる強い主張に救いを求めてしまうかもしれない。患者が貴重な時間や金銭を投じ、間違った藁をつかむのを黙って見ているだけにしないでほしい。

 患者のヘルスリテラシーを考慮したコミュニケーション手法については、厚生労働省のウェブサイト「『統合医療』情報発信サイト」に掲載されている例が参考になる。このサイトでは、患者に補完(代替)医療を利用しているかどうか尋ねるべきとしており、どうすれば患者と補完療法について話し合う時間を持てるかということや、話し合うためのヒント、情報が不足している民間医療について患者に伝えられることは何かといったことにも言及している。 

「ニセ医学」の汚名を晴らせるのは科学だけ
 アンケートでは、「効果のなさを立証することは難しい。国が先頭に立って民間療法と呼ばれるものの質の担保を行ってほしい」(20歳代勤務医、一般内科)という意見があった。実は、上記のウェブサイトでは一部の補完・代替医療エビデンス情報も掲載している。コクラン共同計画によるコクランレビューのうち、補完・代替療法に関するアブストラクトをまとめているのだ。一部は日本語訳もされているため、患者への情報提供にも有用だ。

 同じくエビデンスの面から、「歴史的には、その時点では医学界で正しいと信じられていた治療(瀉血など)も、100年たてば全くのニセ医学になっていることもある」(50歳代勤務医、小児科)といった声もあった。確かに、米国の初代大統領に致命傷を負わせたかもしれない瀉血が主な治療法とされていた時代はあった。ただし、その後比較対照試験が考案され、アレクサンダー・ハミルトンが瀉血の有効性を否定してから既に数百年が経過している。現代で「ニセ医学」の汚名を着せられている民間療法は、成熟した臨床試験によって有効性を証明することこそが正しいアプローチだ。

 いかに新たな治療法であっても、正しい方法で有効性が証明されれば、いつでも耳を傾けてもらえるのが科学の世界。現時点では広く認められていなくとも、確実に正しいと言い切れる治療法であれば、それが正しいことを一刻も早く証明すべく、試験デザインを考え始めるべきだ。つまり、効果を正確に判断できない患者の体験談を集めたり、標準医療を攻撃したりすることは全くの職務怠慢だと筆者は考えている。

 有効性が証明できなくても、「プラセボ効果も治療のうちだから」という考え方もある。患者に希望を抱かせることは罪なのか。確かに、その民間医療が標準医療の妨害はせず、侵襲性や副作用を絶対に伴わない方法で、非科学的な嘘をつくことなく、しかもできるだけ費用を抑えてやっているのであれば容認すべきかもしれない。しかし、この条件を満たす民間医療はどれほどあるだろうか。そして、医師が「有効性を証明できない」と考えている治療を実施することは、真摯な姿勢とはいえないだろう。

 ちなみに、アンケートでは「ニセ医学」というネーミングに疑問を呈する声も幾つか頂いた。「医学ではないのでネーミングとしてはいまいち。『ニセ医学も医学のうち』とか言われそう」(40歳代勤務医、救急科)という声もあった。どんなネーミングが妥当であろうか。



https://www.m3.com/news/iryoishin/385743
The Voice(医療)
女優・川島氏の遺族、「がん放置」に反論

2015年12月23日 (水)配信 中村幸嗣(危機管理専門血液内科医)

 川島なお美さんと鎧塚さんがお書きになった書籍カーテンコールが発売され、その評判が出ています。( 川島なお美が近藤誠の診断を告発 川島なお美が遺著で近藤誠医師のセカンドオピニオンを告発していた!「あれは何だったの」「がんを放置しないで」)書籍の中には(近藤)M医師のデタラメな態度などが書かれているようです。

川島さんの記述です。

 〈それからもうひとつ。様々な著書で有名なM先生の存在です。先生の本でためになったこともたくさんあります。即手術しなかったのも、抗がん剤や放射線治療に見向きもしなかったのも先生の影響かもしれません。でも、がんは放置さえすれば本当にいいのでしょうか?(略)私はそうは思いません。がんかもしれないと診断されることで、人生真っ暗になってしまったとしても、それは一瞬のこと。目からウロコの『気づき』をたくさんもらえて、かえって健康的でいきいきした人生に変わることだってある。それは、自分の病への向き合い方次第なんです。(略)がんと診断されたら放置するのではなく、その対処いかんでより健全で、充実した生き方が待っている。それは私ががんになってみて初めてわかったことなのです。がんと診断された皆さん、決して『放置』などしないでください。まだやるべきことは残っています〉

 本当にこの夫婦を尊敬します。よくこれだけ冷静にM医師の記述をしていただいたことを感謝します。

 別の記事からの引用です。鎧塚氏 なお美さんの高額民間療法言及
「とある大病院の医師による『どうみても負け戦です。後はどう敗戦処理を考えるかだけです』という人間味の全くない冷たい見解」

「ある民間医療の『必ず治りますから希望をもって諦めずに治癒をしましょう』と言って高額な治療を勧めてくる一見人間味溢れる医師」
と、夫妻に勇気を与えてくれはしたが、高額請求にその金儲けの真意が表れていた療法師…。

「藁をもすがる患者とその旦那にとってどちらが名医でどちらが藪医者だったのでしょうか?」 「私には今となっても結論は見いだせません」

 大病院の医師である私は、人間味のない見解を言った医師を責められません。希望を持たせすぎても結果は残念なものになります。あまり親身になるすぎると医師患者間のトラブルになると現場は考えられているため、このようない言い方になったものと思われます。

 また大病院は悪性新生物患者に完治、改善できる治療法がなくなった瞬間に緩和ケア科に転科したり、転院先を探して緩和療法を行うという流れが現在存在しています。川島さんの場合も腹腔鏡手術後、術後のフォローを他院で行わせたとか本当最近の大病院は優しくないんですよ。でもそれも今の大病院の医師数などの医療状況では仕方がない部分があるんです。

 緩和の患者さんをずっと入院させていると完治が望める治療を行なうべき人を入院させられないとかの問題があります。今まで治療した病院で最後まで面倒を診てあげられることが本当は感情的には望ましいのですが。

※本記事は、2015年12月15日の『中村ゆきつぐのブログ』で発表した内容を、編集部でタイトルとレイアウトのみ変更したものです。



http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/matsubara/201512/545103.html?n_cid=nbpnmo_mled
コラム: 松原好之の「子どもを医学部に入れよう!」
東北医科薬科大学新設、受験生への影響と日本の未来

2015/12/21 松原 好之

 来年度新設される東北医科薬科大学については、先ごろ日経メディカルに「学長インタビュー」が掲載されたこともあり、その内実に関してはかなり周知されていると思ったのですが、関東と関西在住の当塾の医学部受験生をはじめ、何人かの東北以外の医学部受験生に尋ねると、「あまりよく分からない」という答えや、「自分たちにとって、有利な条件は何もないようだ」という声が結構多く聞かれます。

 東北医科薬科大学1次試験が行われる2月1日は、ほかにも久留米大(医)、日本大(医・N)、帝京大(医・1日目)と似たようなレベルの大学の1次試験日程とかぶっているせいかもしれませんが、「東北医科薬科大学をぜひ受験したい」という声はあまり聞こえてきません(ちなみに、9月の駿台全国模試全国偏差値表によれば、この新設・東北医科薬科大学の合格確実偏差値は60、合格可能偏差値は57と出ています。ちなみに同じ東北の私立医学部の“先輩”にあたる岩手医科大学はそれぞれ61、58と出ています。全国の私立医学部の平均からすれば「やや下」となります)。

 ともあれ、「よく分からない」「(東北地方以外に住む自分たちには)有利なものは何もないようだ」という声に対して応えるために、まず新設・東北医科薬科大学の目玉にあたる、また、受験生と保護者の誰もが最も気になる「修学資金制度」についての部分を抜粋します(表1)。

表1 東北医科薬科大学の修学資金制度と入試制度 (東北医科薬科大学「医学部Guide Book」より抜粋)
(略)

 受験生の理解を複雑にしているA方式、B方式ですが、それはかいつまんで言うと、例えば次のようなものになります。

【A方式】
 A方式では希望する県は1県しか選べない。それは願書記入の時点で決めておかなくてはならない。つまり、宮城県の枠を希望する人ならその枠が30人あるので、A方式での希望県を宮城県と選んだ人の中での争いとなる。青森県の枠を希望する人は、定員が1人なので、その1人の枠に入れなければ、「合格」とはならない。例えば、宮城県枠希望者が300人、青森県枠希望者が10人となると、倍率はどちらも同じ10倍ということになる。

【B方式】
 B方式が少々複雑だ。願書記入時に一応、希望県を書く欄はあるが、これはあくまで単なるアンケートであって、合否には全く関係ない。つまり、B方式を希望した人から成績順に上位20人が選ばれるだけなのである。その合格した20人は、東北医科薬科大学の奨学金制度とは別個に、自身で希望する東北各県の担当窓口に問い合わせ、その県の制度に従って奨学金等の申請をすることになる。学生としては、この時、表2を見て、条件を確認し、どこの県に申請をするかを決めておく必要がある。例えば、青森県だと、青森県出身で、しかも県外大学の医学部在学者に限るなどという応募資格があるため、出願時によく確認しておく必要がある。

表2 B方式に対応する東北5県の自治体による修学資金制度一覧(大学を限定する制度を除く) この情報は2015年度の実績です(15年6月現在)。16年度の予定については、修学資金を希望する各県の担当課へ必ず問い合わせ、確認してください。
(略)


 受験生は、修学資金枠の「A方式」「B方式」、そして「一般枠」の計三つを、順位を付けて併願することが可能である。

 以上が、東北医科薬科大学の、やや複雑な募集要項の内実です。

 東北出身者でなければ、「これはどう見ても、自分たちにとってあまり有利ではない」という感想を持つのも無理はないだろうな、と思います。もちろん、建学の精神が、大震災の被災復興を大前提にしている、出身地、出身校によって差別しないと明言していることは分かっていることですが、それにしても、本当はどうなのかな、という疑問が残ってしまうわけです。

 それというのも、震災復興で医者が必要だ、というのは一見もっともらしく見えますが、震災後既に5年近くがたち、しかも東北医科薬科大学出身の医者が誕生するにはさらに6年を要するという現実をどう見るのか、ということです。新大学設置に反対していた日本医師会の言い分の中に、この期間に学生指導に現場の医師が駆り出され、かえって医師不足を招く、つまり、一番医師を必要とする時期に医師不足を招く、というものがありました。しかも震災後11年経って復興が完了し始めた頃に、東北地方に医者がドッと溢れ出す、その後、半永久的に医者が増え続けるという試算があるとするなら、「震災復興で医者が必要だ」という論理は成り立たないどころか、法科大学院の設置により、食えない弁護士が増えたのと同じ現象を生まないという保証はどこにもなくなってしまいます。

 東北医科薬科大学ができてしまった以上、残された道は、他の医学部の定員を少しずつ削って、医大生の数を全体でこれ以上増やさないようにするか、医師国家試験をもっと難しくして、簡単には医者になれないようにするか、のどちらかでしょう。

 NHKや民放各社は、今でも「東日本大震災を忘れるな」的な特集を定期的に組みます。そのテーマを掲げた番組さえ作っておれば、誰からも指弾されない“絶対聖域”であるかのようです。いつの間にか、「東日本大震災」と「その復興」さえ唱えれば何でもまかり通る、という風潮が日本全土に広がってはいないか、と危惧する次第です。

 私はかつて、当コラム2012年12月21日付「医大は受験生の学力に妥協しない姿勢を貫け」で、福島出身の被災者受験生Iさんのお母様の、「学業で下駄を履かせてもらってまで合格したくない」姿勢を賞揚し、以て「ニッポンの東北の母」による震災後の力強い自力復興の可能性を見出す文章を書かせてもらったことがあります。

 どうか、東北医科薬科大学が、いたずらに東北の受験生だけを優遇する態度にこだわるあまり、贔屓の引き倒しよろしく東北地方の“真の復興”に水を差すようなことがないことだけを祈るばかりです。

 そして、この国のかじ取りを任せられた政治家の皆様には、目先の現象にとらわれることなく、日本人、東北人の底力を信じて、10年先、100年先を見据えてきれいごとではない方針を立ててもらいたいものです。

 最後に、進学塾ビッグバンが作成した、2016年度全国私立医系大学30校の募集概要を掲げます(表3)。ここでは主に、2次試験の「面接のありよう」を模式図風に載せていますが、あくまで15年度入試の実施方法であって、16年度入試において、同じ形式で行われるかは保証の限りではありません。また、当たり前ですが、新設の東北医科薬科大学は載せていません。参考にしてください。

表3 2016年度全国私立医系大学30校の募集概要
(略)



http://blogos.com/article/151189/
「エビデンス弱い」と厚労省を一蹴したWHOの子宮頸がんワクチン安全声明  
村中璃子 (医師・ジャーナリスト)
WEDGE Infinity2015年12月22日 09:40 BLOGOS

名古屋市のレポートから3日後の12月17日、世界保健機関(WHO)の諮問機関であるGACVS(ワクチンの安全性に関する諮問委員会)が子宮頸がんワクチンに関する新たな安全声明を発表した。

 今回の声明は2014年3月に発表された前回の声明以来、1年半ぶりとなる。3ページにわたる声明の最後の方で、一段を割いて日本に言及しているが、日本のメディアは一様に沈黙し、今のところ記事になったものを見ない。

「薄弱なエビデンスに基づく政治判断は 真の被害をもたらす可能性がある」
 今回、日本における副反応騒動への言及は、驚くほど踏み込んだ表現となっている。前回の声明では「GACVSは日本のデータに因果関係を見ないが、専門家による副反応検討会は引き続き調査中」と記載された顛末の続きは、今回、次のように辛辣だ。

「専門家の副反応検討委員会は子宮頸がんワクチンと副反応の因果関係は無いとの結論を出したにもかかわらず、国は接種を再開できないでいる。以前からGASVSが指摘しているとおり、薄弱なエビデンスに基づく政治判断は安全で効果あるワクチンの接種を妨げ、真の被害をもたらす可能性がある」

 声明の中で、政策判断を批判された国は日本のみ。政治的に配慮した表現を重視する国際機関が、一国だけ名指しで批判を行うのは異例のことだ。筆者もWHOに勤務した経験を持つが、こうした文書を見た記憶はあまりない。GACVSのメンバーは、世界から選ばれた疫学、統計学、小児科学、内科学、薬理学、中毒学、自己免疫疾患、ワクチン学、病理学、倫理学、神経学、医薬規制、ワクチンの安全性などに関する14名の専門家で構成されている。

 WHOの声明を読んだ日本小児科学会理事のある小児科医は「恥ずかしい限り」と語り、日本産科婦人科学会のある理事も「私には全体が日本への声明のように読める」と語った。報道されることはほとんどないが、両学会はこれまでもワクチン接種再開を求める要望書や声明を繰り返し発表している。

 今回の安全声明の最大のポイントは、フランスの医薬品当局による調査の解析結果だ。フランス当局は子宮頸がんワクチン接種後に起きている自己免疫性の症状について200万人の少女を対象に大規模調査を行い、ワクチン接種群と非接種群の間には「接種後3か月時点でのギランバレー症候群の発症をのぞくすべての症状の発症率に有意差無し」と結論づけた。

 有意差のあったギランバレー症候群の発症率上昇リスクも10万例に1例程度と大変小さい。WHOは今後、仮に別のスタディなどを通じてこの結論が確定することがあっても、ワクチンが子宮頸がん等の原因となるヒトパピロマーウイルスの感染を長期にわたって防ぐというベネフィットについて十分に考慮する必要があると念を押す。

 今回の安全声明には「CRPS(複合性局所疼痛症候群)」と「POTS(起立性頻脈症候群)」というふたつの症候群についての詳細な言及があった。これらの症候群は、一般の医療関係者には馴染みがないが、子宮頸がんワクチンの副反応を議論する際にはよく聞かれるものである。

 声明によれば、ワクチン導入以前から見られるこれらの症候群はいずれも原因が不明な上、関連性のない複数の症状の集合体に名前をつけている可能性もあり、何をもってCRPSやPOTSとするのかといった疾患概念は確立していない。こうした診断の難しさを考慮した上でも、ワクチン市販前治験、市販後調査のいずれにおいてもCRPSやPOTSの発症が増えたというエビデンスはない。CRPSもPOTSも、最近日本でも話題になった「慢性疲労症候群(CFS)」と症状がよく重なるが、CFSの発症とワクチンとの因果関係はイギリスにおける調査ですでに否定されているとする。

 声明が暗に「エビデンス薄弱」と一蹴した日本の「HANS(=ハンス、子宮頸がんワクチン関連神経免疫異常症候群)」なる疾患も、CRPSやPOTSと同様、疾患概念としての妥当性に乏しい。HANSは2014年から一部の日本人医師が唱えている疾患概念で、子宮頸がんワクチンが、慢性の痛みや疲労感、けいれんや運動障害、月経異常や自律神経障害、髄液異常などありとあらゆる症状を引き起こすというものだ。「症状からして免疫異常による脳神経障害としか考えられない病態」であるとするが、科学的エビデンスはない。HANSはさらに、ワクチン接種から何年経っても発症し、いったん消えた症状は何年経ってからでも再発することがあり、場合によっては100以上の症状が重なることもあるというから、関連性のない症状の集合体にただ名前を付けているだけの可能性が高く、疾患概念としての曖昧さはCRPSやPOTSの比ではない。

 前回の声明にあった「生物学的・疫学的裏づけのない、症例の観察に基づく薬害説を懸念する」という記述や、今回の声明にある「子宮頸がんワクチン接種後に起きたという、診たことの無い症状に出会った臨床医は、速やかにそれらの症状を診た経験のある医師たちに紹介することが推奨される。それが患者への有害で不必要な治療を防ぎ、患者の日常生活への復帰を早める」という記述は、日本に直接言及したものではないが、日本を念頭に置かずに書かれたものとは考え難い。

日本のメディアはこれでいいのか
 東京大学教授の坂村健氏は奇しくも声明が出たのと同じ12月17日、毎日新聞の紙上で、新しいワクチンと同様に分からないことの残る放射能の人体への影響と報道の在り方についてこう語っている(記事リンク)。

「事態がわからないときに、非常ベルを鳴らすのはマスコミの立派な役割。しかし、状況が見えてきたら解除のアナウンスを同じボリュームで流すべきだ」

 筆者は名古屋市の調査を取り扱った12月17日の記事で、主要メディアまでもがセンセーショナルな発言でメディアに露出したがる専門家や圧力団体の主張に大きく紙面を割く、ガラパゴス化した日本のジャーナリズムについて書いた。子宮頸がんワクチン問題においても同様に、国内外の信頼ある専門家や専門機関の声にきちんと耳を傾け、坂村氏の言う「解除のアナウンス」のボリュームを少しずつ上げていくことはできないのだろうか。

 国際機関の諮問する専門家が「エビデンス薄弱」とする有害な主張ばかりを取り上げ、日本だけが名指しにされた国際声明を一切取り上げないというメディアのあり方は嘆かわしい。

 圧力団体と共依存する数名の医師の限られた経験と印象から導き出される「学説」は劇場的でメディア好みかも知れないが、「医学」とは数多くの医師によって蓄積された厚みのある臨床の知見と客観的なデータに基づくものである。声明は、医学ではなく世論に寄り添う日本の政策決定に批判の目を向ける形となったが、世論をつくるメディア関係者にもグローバルな視野と科学的冷静さをもつことを呼びかけたい。



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/47694.html
昨年度、不正請求などで133億円返還- 前年度比8.8%減、監査による返還は半減
2015年12月22日 19時00分 キャリアブレイン

 厚生労働省は22日、医療機関と薬局が不正・不当に請求した診療報酬のうち、昨年度に返還が決まった額が計133億2377万円だったと発表した。前年度と比べると8.8%(12億8790万円)減っており、監査による返還額だけだとほぼ半減していた。【佐藤貴彦】

 地方厚生局などは、医療機関や薬局が医療保険制度上のルールに従わない診療報酬請求はしないように指導を行い、不正が疑われる場合などには監査を実施している。不当な請求や不正な請求があった場合は、診療報酬の返還や、保険医療機関としての指定の取り消しといった措置が講じられる。

 同省によると、昨年度に確定した返還額は、指導によるものが41億3453万円(前年度比7億1550万円増)、医療機関や薬局が届け出た人員の配置状況などが本当かどうかを確認する適時調査によるものが65億1527万円(同3億4019万円増)、監査によるものが26億7397万円(同23億4359万円減)だった=グラフ、クリックで拡大=。

 一方、保険医療機関などとしての指定が昨年度に取り消し処分になった件数(医療機関などが既に廃止していた場合を含む)は、医科の医療機関が15件(前年度比22件減)、歯科の医療機関が19件(同2件減)、薬局が7件(同6件増)だった。このうち、医科の医療機関1件は処分の執行を停止中。

 取り消し処分になった医療機関と薬局のうち、決定した返還額が最も高いのは福岡県の病院の約3億3350万円。同病院は、一般病棟に配置した看護職員の平均的な夜勤時間が72時間を超えていたにもかかわらず、虚偽の届け出を行い、診療報酬を不正に請求していたという。
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http://www.niigata-nippo.co.jp/news/politics/20151222224880.html
阿賀野の新病院 地域医療の軸に
市民と知事が意見交換

2015/12/22 11:52 新潟日報

 泉田裕彦知事が地域住民と意見交換する「知事とのタウンミーティング」が21日、阿賀野市山崎の市ふれあい会館で開かれた。10月に開院したあがの市民病院を中心にした地域医療のあり方について話し合った。

 県が主催。阿賀野市での開催は初めて。市民ら約220人が参加した。パネリストとして、あがの市民病院の尾崎進院長、スポーツインストラクターの遠藤志野さん、北窓隆子副知事らが登壇した。

 尾崎院長は、あがの市民病院の現状や課題を説明。病院が目指す方向について「基幹病院や在宅療養の後方支援を目指したい」などと語った。市内で介護予防の体操を教える遠藤さんは病院について「医師や理学療法士が予防という視点でアドバイスをしたり、受診の際に栄養指導や運動指導をしたりしてほしい」と要望した。

 終了後、泉田知事は「あがの市民病院の今後のあり方を考える上でいい機会だった。地域に頼りにされる病院にしていくことが必要だとあらためて実感した」と話した。



http://www.sankei.com/west/news/151222/wst1512220083-n1.html
透析患者転院で医師ら起訴 紹介料1千万円超 名古屋地検特捜部
2015.12.22 21:16 産経ニュース

 人工透析患者転院をめぐる汚職事件で、名古屋地検特捜部は22日、収賄罪で医師、赤沢貴洋容疑者(41)を、贈賄罪で医療法人「光寿会」の実質的経営者、多和田英夫容疑者(64)を起訴した。地検によると、赤沢被告は多和田被告と知り合った平成16年以降、患者百数十人を転院させ時効分を含め紹介料1千万円以上を受け取っていた。

 起訴状によると、赤沢被告は国家公務員共済組合連合会名城病院(名古屋市)に勤務していた25年4月~今年10月、人工透析が必要な患者32人に病院を紹介する見返りとして、多和田被告から現金計約264万円を受け取ったとしている。

 愛知県警捜査2課によると、赤沢被告は光寿会傘下のクリニックで非常勤医師のアルバイトをしており、賄賂分はアルバイト代として口座に振り込まれていた。



http://www.nikkei.com/article/DGXLASFD22H3T_S5A221C1CN8000/
名城病院医師らを起訴 透析患者紹介で贈収賄
2015/12/23 1:40 日本経済新聞

 名城病院(名古屋市中区)の人工透析患者を巡る汚職事件で、患者紹介の見返りに計約260万円を受け取ったとして、名古屋地検は22日、同病院の腎・糖尿病内科医長、赤沢貴洋容疑者(41)を収賄罪で、医療法人「光寿会」(同市西区)の実質的経営者、多和田英夫容疑者(64)を贈賄罪で、それぞれ起訴した。

 同地検によると、2人は2004年に知り合った直後から、患者紹介と謝礼金のやり取りを開始。赤沢被告は同年以降、11年以上にわたり、多和田被告側に患者百数十人を紹介し、総額1千万円以上を受け取ったとみられる。謝礼の金額は当初、患者1人に対して5万円だったが、途中から10万円に上がったという。

 起訴状によると、赤沢被告は13年4月から今年10月、透析患者32人を転院させる際、多和田被告の医療法人グループの病院や診療所に紹介する便宜を図り、約260万円を受領したとされる。

 地検によると、謝礼金のやり取りは初めは手渡しだったという。その後、赤沢被告が多和田被告側の診療所で非常勤医師としてアルバイトを始めたため、アルバイト代に上乗せして、赤沢被告の銀行口座に振り込まれるようになったという。

 地検は、06年の豊橋市民病院(愛知県豊橋市)の透析患者を巡る医師の贈収賄事件で、謝礼のやり取りが手渡しだったため、両被告らは同年ごろ、アルバイト代に紛れ込ませる口座振り込みの形に変えたとみている。



http://medg.jp/mt/?p=6373
Vol.264 医者にも経営意識が必要、チャンスは東北地方に眠っている
仙台厚生病院 森田麻里子
医療ガバナンス学会 (2015年12月22日 06:00)
2015年12月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

昨今、有名な大規模病院の経営危機が囁かれるようになっている。8月の朝日新聞では、千葉大学医学部附属病院や千葉県鴨川市の亀田総合病院の窮状が報じられた。消費税増税の後も、それを補填できるほど診療報酬は増加しておらず、実質的に減収となっていることが病院経営に悪影響を及ぼしているようだ。
一方で、これまで医師がお金のことを考えるのはタブーであった。
医学部で病院経営を考えて診療をするように教えられた記憶はない。医学生は、大学時代にアルバイトをしても家庭教師などの狭い世界に留まることが多く、社会との接点が少ない。大学を卒業すると、研修医として朝から晩まで診療を行う。亀田総合病院は、実は私が研修医として勤務していた病院だが、私も目の前の患者のために最善を尽くすことをまず考えて診療を行ってきた。命は何よりも大切であり、お金などといった下世話なことを考えないのが美徳である、という雰囲気が、病院にはある。

しかし本当に残念なことだが、どんなに素晴らしい診療をしていても事業を維持できなければだめだ、という現実は社会人として勉強になった。

■仙台厚生病院のコスト意識
私が現在働いている仙台厚生病院は、2013年度の利益率が16.5%と、医療法人でトップになった病院だ。昨年度に就職して驚いたのは、病院全体のコスト意識の高さだ。

例えば、厚生病院アワードというイベントが年一回開催されている。病院の業務改善の試みとその具体的な結果を、事務も医師看護師も含め、全職員がレポートで提出するのだ。提出は任意だが、提出するだけでも年度末のボーナスが増額される。さらに一次、二次審査を通過したグループは、レッドカーペットが敷かれたホテルでのプレゼンテーションに招待される。そこで理事長が最優秀賞を選定し、上位受賞者には豪華賞品が手渡されるという一大イベントである。過去には、適切な点滴セットを使用することでコスト削減に繋がった事例や、事務スタッフによる患者説明を充実させることで医師が手術や投薬の業務に集中できるようになった事例が入賞している。

昨年度末には、理事長から全職員に向けて、パワーポイントファイルが配信された。業務向上のため「乾いた雑巾を絞る」ような努力を求めるという内容で、ボーナスを受け取る際に閲覧することが義務付けられた。なかなかのインパクトであったが、病院の業績がボーナスに直結しており、それは一人ひとりの努力に依っているという当たり前の事実を実感させる出来事だった。

■柔軟な理事長の姿勢と、人への投資が成果を生んでいる
一方、人への投資は惜しまない。今年の2月から若手医師の教育に力を入れるため、各診療科の若手医師を集めたプロジェクトチームを発足した。他の病院を視察に行き、研修医の就職説明会に若手を派遣して地道な勧誘を強化した。当院の見学に来た医学生とは、可能な限り全員と夕食を共にし、病院の良さを知ってもらうようにした。

その結果、病院の知名度が上がり、9月までに100名以上の見学者が押し寄せた。採用面接受験者もここ数年で最多であり、初期研修の採用内定者は昨年の2人から4人に倍増した。こういった成果が出てきたのは、必要な費用や院内の調整も含め、目黒泰一郎理事長の全面的なバックアップがあってのことだ。通常、病院のトップが若手医師の意見を聞いて方針を決めるようなことはあり得ない。私達若手医師にとっても、理事長と直接意見を交わし、病院のプロジェクトの一旦を担うことができる、貴重な機会となっている。

■東北に眠っているチャンス
それではなぜ、仙台厚生病院ではこのような投資が可能なのだろうか。コスト削減といっても限界があるだろう。実は、これは立地と関係がある。医療の価格は全国一律だが、土地代や人件費は場所によって随分違う。東北地方は他の地域と比較して、有利な立場にあるのだ。東北で働く医師は少なく、医師さえいれば事業をさらに拡大できるチャンスがある。そこで人的投資を行い、さらに成果がでるという良い循環が生まれているのだ。

■医者も社会における医療の価値を考える時代に
高校時代、通っていた塾の先生が朝日新聞「私の視点」のコピーをくださった。金沢大学名誉教授・河崎一夫先生による2002年の寄稿である。「医学を選んだ君に問う」と題したこの文章の中で、河崎先生は目の前の患者を助けること、医学研究に打ち込むことが医師の歓びだと述べていた。私は心打たれ、医学部を目指し受験勉強に邁進した。

しかし時代は変わり、医療を持続的に提供できる体制を作ることもまた、医師の重要な仕事になった。病院が倒産したら、困るのはその地域の患者さんだ。医療費が元で日本が潰れてしまったら、それこそ本末転倒である。

これは、もはや病院の経営者だけが考えれば済む問題ではない。医師一人ひとりが、社会における医療の価値とはどれほどのものなのか、謙虚に考えていくべきだ。



http://www.huffingtonpost.jp/kana-yamamoto/one-year-after-matching_b_8859720.html
マッチングから一年が経って
山本佳奈
滋賀医科大学医学部医学科
投稿日: 2015年12月22日 20時02分 JST  ハフィントンポスト

日本の医学部生は、6年生という最終学年になると、大きな山場を3つ迎える。マッチングと卒業試験と国家試験だ。一部の大学では、卒業試験を廃止している大学もあるが、ほとんどの医学生は、全ての山場をクリアし、晴れて初期研修医となることが出来る。

さて、今年も山場の一つである「マッチング」が終わった。それがどんなものなのか、後ほど説明するとして、叶うならば「マッチング」という言葉は、聞きたくない。だが、一年前のマッチングがあったからこそ、私は南相馬市立総合病院に来ることができた。南相馬の初期研修医だからこそ経験できていることは、数え切れない。だからこそ、マッチングから一年が経った今思うことを正直に書きたいと思う。

まず、「マッチング」についてご説明しよう。マッチングとは、いわば「お見合い」のようなものだ。医学生は6年生になると、初期研修病院として希望する病院に順位をつけて登録する。病院は、ぜひ来て欲しいと思う医学生に順位をつけて登録する。医学生と病院の希望を組み合わせることで、初期研修先の病院を決定していく。一般的なお見合いは、一度会いましょうと約束したとしても、その約束を解消することは可能だが、医学生と病院のマッチングの場合、そうはいかない。一度マッチしてしまえば、その病院に行かねばならない。

私も昨年、そんな病院と自分とのお見合いに参加した。私は、行きたいと思える病院をどうしても複数見つけることが出来なかった。希望しない病院を書いたとして、万一マッチすれば行かないといけないと思うと、希望する病院を複数書くことが出来なかったからである。さて、結果はどうだったか、というと惨敗だった。惨敗といっても、1つの病院しか希望しなかったので、単にその病院と相性が悪かっただけなのかもしれないが、うまくいかなかったことに変わりはない。

根拠なくマッチすると思い込んでいた私は、失敗という事実を突きつけられた瞬間、地獄へ落とされてしまった。いささか言い過ぎかもしれないが、そう思ってしまった。落ち込み途方に暮れつつも、いろんな病院に電話をかけては断られることを繰り返している矢先、南相馬の初期研修医の枠が一枠あいていることを知った。「今南相馬に行かないと、きっと行くチャンスはないだろう」と思い連絡した。すると、あれよあれよという間に、話が進み、面接の当日には採用が決まった。そんな紆余曲折を経て、私の南相馬での初期研修医生活は幕を開けた。

初めは、学生生活とは一変した、社会人としての生活に慣れることで精一杯だった。大学生なら遅刻してもいささか問題はないが、研修医はそうはいかない。医師であると同時に社会人としての自覚を持って行動することを要求される。そんな生活が、春休みが終わった瞬間突如として訪れたのだから、戸惑いがあったことは否めない。

それに、生まれ育ったところとは異なる環境に、私の体はなかなかついていってくれなかった。気候の違い、空気の違い、言葉の違い、全てが知らない世界だった。もちろん、病院の勝手も全然分からない私は、やることなすこと足手まといで上手くいかず、歯がゆく思う日が続いた。だが、新生活から二ヶ月が経ったころだと思う。ふと外の景色を眺められるようになった。もう春じゃなくなっている‥。そう思ったことを今でも覚えている。

その頃からだろうか。南相馬で研修することの意味を考えるようになった。初期研修医として身につけるべき技術や知識はたくさんある。採血、ルート確保、挿管、エコー、抗菌薬、輸液、心電図‥。これらはほんの一部に過ぎないが、研修医が学ぶことは必要最低限である。だが、こうした知識を身につけるためだけであれば、わざわざここに来る必要はない。他の施設では得ることのでいない何かを、自分のものにしなければ来た意味がない。

そう思うようになった時、いくつか気付いたことがある。まず、この病院には活気があるということだ。医師数全体の三分の一を若手が占めている。そんな若手を中心に、臨床も研究も共に頑張ろうという雰囲気がここにはある。

臨床の現場では、常に患者さんと向き合う。外来でも病棟でも手術室でもそうだ。臨床の現場で、常に医師として患者さんと向き合い、どういう治療が最も適切なのかを考える。そうやって、日々臨床の現場の最前線に立つと同時に、ケースレポートの作成や国内外の学会発表のための勉強をする。病棟業務と並行して研究を行う先生も少なくない。

週に一度、朝の7時から若手中心の勉強会も、夏から始まった。最新の論文を読む日もあれば、何かしらのトピックについてプレゼンする日もある。勉強会やろうよ、と声がけしてくださる先輩や、困った時や分からないことがあれば、すぐに相談できる先輩がいることは本当にありがたい。と同時に、自分が来年にそんな先輩になれているのかと考えると、焦りが次第に募ってきていることも否めない。

二つ目は、南相馬というコミュニティに入って医療を行っているということだ。南相馬にある全仮設住宅対象に2ヶ月に一度開かれている仮設講話は、震災後から今も継続して行われている。「先生の講話をいつも楽しみにしています」と、今もなお仮設住宅に住居を構えるおばあさんが言っていた。及川友好先生が、震災後ずっと継続して仮設講話をなさっているからこそのお言葉だったと思う。

さらに、避難指示解除準備区域にある小高病院で、非常勤医師として診療を行っている先生もいれば、往診を行っている先生もいる。「こんにちは。今日もお変わりないですか?」と先生が声をかけると、患者さんが安堵したような表情をなさるのがとても印象的だったことを覚えている。南相馬という地域に根ざし、コミュニティに入り日々診療している先生がいる。地域に根ざした医療がここにはあるのだ。

三つ目は、この病院に人が集まってきているということだ。震災後には4名まで減った医師も、現在は30名になった。来年には、マッチングで決まった4人の初期研修医が新たに加わる。彼らの出身の大学は、千葉、東京、奈良、北海道だ。全国からぞくぞくと南相馬に集まってきていることが見てとれる。加藤茂明先生もその一人だ。月に一度、分子生物学についての講義をしてくださる。基礎的なことから、疾患に関与すること、さらには最新のトピックスまで、講義内容は幅広い。生物学の観点から医学を教わることはとても新鮮であり、勉強になる。このような機会は本当にありがたい。

さらに興味深いことに、海外からも人が集まりだした。10月から当院に就職したアメリカ人の研究者のクレアとは、ルームシェアをしている。彼女は南相馬で生活し、南相馬の住民のためになる研究をしたいという。日本語が堪能の彼女は、すぐに病院に溶け込んだ。みんなの英語教師でもある。11月には、ネパール人の医師アナップが一ヶ月間研修を希望してここにやってきた。異なる価値観を持つ者どうしの国際交流が、南相馬でどんどん進んでいる。

四つ目は、「あらゆる視点から物事を観る」ことの重要性を教えてくれる環境が、ここにはあるということだ。私は、このことが最も重要だと考える。

東日本大震災は、南相馬に今もなお大きな問題を残したままだ。地震、津波、原発‥。いろんな立場や境遇の人がたくさんいるなかで、これらを解決するのは一筋縄ではいかない。「なぜこの人はこう言っているのだろうか」と相手の立場や考えを理解し、尊重しながら一つ一つ解決していくしかない。医療だって同じだ。

みながそうとは言わないが、医療者は往々にして、社会から医療を切り離して考えがちだ。病気を治すことが最優先であるがゆえ、病気だけを診てしまうことは仕方のないことなのかもしれない。だが、それだけでは根本的な解決にはならない。特に南相馬は、震災を契機とした背景をお持ちで病院に来られる患者さんは多い。

「震災後からかしら‥咳がよく出るようになってね‥。」や、「震災後、手足がしびれるようになって、どこの病院にいっても原因はわからないといわだ‥」といった具合に、「震災をきっかけに発症した」なんて訴えを聞くことは珍しくない。家族が避難してしまったためにたった一人で南相馬に残るお年寄りもいれば、震災復興のための作業員として赴任しにきている人もいる。

色んな事情を抱えた人が色んな所から来ている。だからこそ、病気だけを診るのではなく、患者さんの社会的な背景や家族構成、考え思い、抱えている問題や不安などの精神面、といったあらゆる視点から患者さんを診ることが大事となる。震災を経験した場所だからこそ、必要不可欠な視点ではないかと私は考える。研修医としての経験を南相馬で積んでいくかたわら、こうした物の見方を学べる機会は、本当に貴重だと思う。そして、そのような環境で研修できていることを、本当にありがたく思う。

冒頭にも書いたが、「マッチング」という言葉を未だに聞きたくないのは事実だ。だが、南相馬を選択したことを後悔はしていない。私は、ここでしか得られない経験を、半年ですでにたくさんさせていただいた。それに、ここに来ないと会えなかった多くの人に出会えたことは、私の財産だと思う。指導医の先生はじめ、病院のスタッフや事務の方々のおかげだ。特に、研修担当の事務の鈴木悦子さんは、時に厳しく、時に優しく、常に研修医のことを気にかけてくださる。研修だけでなく、身の回りのことから精神的なことまで、お世話になりっぱなしだ。改めて感謝申し上げたい。

来年は、後輩が4名も南相馬に来てくれる。震災5年目という大きな節目を迎える年でもある。研修を通して、南相馬でしか得ることの出来ないものを自分のものにできるよう、努力し続けたいと思う。

(2015年12月14日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)



http://www.minyu-net.com/news/news/FM20151222-037370.php
志ある若い医師集う 医療最前線、南相馬市立総合病院・山本さん
2015年12月22日 10時36分 福島民友新聞 

 「地域と医療は切り離すことができないことを知った。今、医療の本質を経験している」。南相馬市立総合病院の研修医山本佳奈さん(26)は4月から、同病院で医師としての一歩を踏み出した。大勢の患者で待合室が混雑する地方の中核病院の現実。人員不足でも患者の命を守るために懸命に働く先輩医師の姿に「医療の原点」を見ている。

 滋賀県生まれ。今年の春、滋賀医大を卒業した。大学卒業後2年間、医療現場で指導を受けながら臨床研修を行う医療機関に南相馬市立総合病院を選んだ。

 「若い医師が集まっていると聞いていた。行けるのは、今しかない」。先端医療設備や病床数、福利厚生などが充実した都市部の病院も選択肢にはあった。最終的には震災、原発事故後に復興支援など「さまざまな志を抱いた医師が集う病院」であることと、医師としての思いが重なった。

 産科医を志す。これまで消化器科、神経内科、麻酔科など各診療科での臨床研修を受けてきた。「病院がコンパクトだけに先輩医師との距離が近く、相談に乗ってもらえる」。周囲からの身近なサポートに感謝する。研修医に医療現場で経験を積ませる環境づくりが、意欲ある若者の思いに応える。

 来年度の臨床研修病院と医師のマッチング結果で、南相馬市立総合病院には定員の1.5倍の希望があった。自身の進路については「臨床研修期間が終わっても、何らかの形でこの病院に携わっていきたい」と話す。

 県内の多くの病院で募集定員と希望者数に隔たりがある中、南相馬市立総合病院の人材育成や学生への発信力、地方創生といった課題へのヒントが浮かぶ。


  1. 2015/12/23(水) 06:52:52|
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