Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

11月1日 

http://mainichi.jp/select/news/20151102k0000m040026000c.html
予防接種事故:14年度5685件
毎日新聞 2015年11月01日 18時59分(最終更新 11月01日 19時01分)

 厚生労働省は2014年度の定期予防接種で、ワクチンの種類を間違えたり、使用済みの針を再使用したりするなどの事故が5685件あったとの集計結果を明らかにした。再使用による血液感染の報告はないという。厚労省は医師らを対象とした研修会などで注意喚起する方針。

 集計によると、期限切れワクチンの接種が889件あったほか、ワクチンの種類を間違えた事例が262件、接種する対象者を間違えたケースが313件あった。2777件はワクチンの接種間隔の誤りだった。

 また針の誤使用は14件あった。10件については、BCGの集団接種で、医師の交代の際に誤って針を再使用したという。医師の手に刺してしまった針を、気付かずに接種対象者に使う事故や、使用済みの針を廃棄せずトレーに戻し、再使用した例もあった。

 調査は、国が予防接種法で定期接種を定めているポリオやはしか、日本脳炎などのワクチンが対象。一部、インフルエンザも含まれる。

 13年度の定期接種の延べ接種回数は約4100万回で、14年度も同程度だったとみられる。(共同)



https://www.m3.com/news/iryoishin/370862
シリーズ: 医療裁判の判決詳報
「医師夫は患者家族の立場で付き添い」、茨城医療過誤訴訟◆Vol.3
高裁判決は夫の過失を減じ、賠償金1000万円増

2015年10月31日 (土)配信 高橋直純(m3.com編集部)

 病院の診断ミスが女性(妻)の死亡につながったと訴えるものの、原告の夫が医師であることから4割の過失相殺を認めた水戸地裁の医療訴訟(『家族への診察は医師の責任か、茨城医療過誤訴訟vol.1』、『「敗血症見逃しは医師の過失」と判断、茨城医療過誤訴訟 vol.2』を参照)。医師夫側(原告)は控訴し、東京高裁は10月15日、医師夫の過失相殺を2割に減じ、病院側に一審判決より約1000万円多い約4100万円の支払いを命じた。

 高裁でも、早期に搬送すれば救命できたという認定は一審と同じ。 重視したのは、医師は家族の健康状態にどの程度の責任を持つか、そして救急搬送先である石岡第一病院では、前医の診断を積極的に聞き取る義務があるかどうかという点だ。東京高裁のは判決を詳報する。なお、家族の同意なく無呼吸テストを行ったとして約60万円の支払いを命じた転送先の土浦協同病院への判断は一審と変わらなかった。

 東京高裁によると、病院側は上告手続きを進めているという。石岡第一病院は10月30日までに、「上告するかは未定」、土浦協同病院は「担当者が不在でコメントできない」と話している。

■事案の概要
 茨城県内の女性(死亡時59歳)が2011年2月8日、A病院を受診し、左尿管結石と診断された。同日、B病院でも同様の診断が下された。女性の夫は元麻酔科医、現内科医で、女性のレントゲンを見たり、B病院が処方した薬とは違う薬を処方したりするなどの治療行為を行った。

 2月10日午後7時ごろに女性の容体が悪化し、石岡第一病院に救急搬送された。搬送時、女性の体温は40度に達するなど全身性炎症反応症候群(SIRS)の4項目のうち3つを満たしており、CRPも30mg/dL を超えていた。女性はそのまま入院したが、当直医は敗血症とは診断しなかった。

 12日朝に女性の容体が急変。この頃に敗血症ショックと診断され、土浦協同病院に転院した。容体は回復することはなく、16日午後3時ごろ、無呼吸テストを実施された。3月17日午前9時ごろ、敗血症ショックを原因とする心肺停止状態による低酸素脳症によって死亡した。

 女性の遺族は双方の病院に、連帯して計6400万円を支払うよう求めて、2012年に水戸地裁に提訴した。

■水戸地裁判決の要旨
 裁判の争点になった石岡第一病院での敗血症診断に係る争点は以下の3点だった。
(1)搬送時、敗血症と診断しなかったことに係る、石岡第一病院の過失の有無
(2)石岡第一病院の診断ミスと死亡の相当因果関係、ないし搬送当時における救命可能性の有無・程度
(3)医師である夫(原告)が適切な行為をしなかったことによる過失相殺の成否

 地裁は(1)について、病院側が発症を想定することは十分に可能であったと認定。(2)では、搬送の2時間後に敗血性ショックに陥ったとはいえ、その後敗血症に対する治療がなされていないにもかかわらず、急激に悪化するまで1日半を要しており、女性の救命可能性が高かったと判断した。(3)については、「前医と同視することはできないにせよ、女性の生命・身体に特に配慮すべき立場にあったと評価するのが相当である」として4割の過失相殺を認めた。(一審判決詳細は『家族への診察は医師の責任か、茨城医療過誤訴訟vol.1』、『「敗血症見逃しは医師の過失」と判断、茨城医療過誤訴訟 vol.2』に掲載)

医師は家族への診療義務を負うのか
 医師夫側は控訴理由書の中で、『なぜ夫が医師であり、妻の容体を落ち着かせようとしたことのみを持って「医師として、通常期待されるべき行為」とすべき作為義務を負うことになるか不可解である。原審の判断を前提とすれば、およそ医師は家族の容体が悪化した場合にはすべからく何らかの診療義務を負うことになるが、かかる結論は法理論上あり得ないこと』と主張した。

控訴審での医師夫(原告)側の主張
1.受診の遅れについて
 2011年2月10日まで発熱などの症状がなく、石岡第一病院への入院搬送時(2月10日19時41分)では、通常の敗血症であったことからすると、医師夫が敗血症を疑うことができたのは10日夕以降である。したがって、入院搬送時よりも早く受診させるべき注意義務があったとは言えない。

2.説明義務違反について
 医師夫は石岡第一病院の当直医A医師に対し、妻が泌尿器科のあるB病院で尿管結石の診断を受けたこと、自分が医師であることを報告している。A医師は、妻が何らかの感染症であることを容易に疑うことができたはず。A医師は医師夫を診察室から外に出し、診察後に一方的に診察結果を説明し、医師夫の説明を聞こうとしなかったので、医師夫に説明義務違反の過失はない。

3.過失相殺について
 仮に過失があっても、妻の入院時期は救命可能性を左右するほど遅くなったわけではなく、また、A医師は医師夫の説明を聞こうとせず、妻の尿管結石や敗血症等の感染症を疑わなかったのであるから、 A医師の診察義務違反は重大であり、医師夫の過失は1割である。

控訴審での石岡第一病院(被告)側の主張
1.A医師の過失(敗血症を疑いを持たなかった誤診)について
 A医師は石岡第一病院に入院搬送時の2月10日19時41分において、妻、医師夫から左水腎症の説明を受けず、また敗血症の診断上重大な事実(2月7日以降に、悪寒戦慄を伴う発熱を繰り返し、B病院で腎盂腎炎や感染症の可能性が指摘され、頻脈が生じていたこと)の説明を受けず、医師夫からCRP陰性等、感染症を否定する事情説明を受けたこと、医師夫が高度の泌尿器科治療の可能な救急病院への救急搬送を指示しなかったために、妻が泌尿器科のない石岡第一病院に救急搬送されたこと、診断に必要な情報や特殊な経過をたどっていること等について、A医師に説明されなかった。したがって、敗血症を疑わなくてもやむを得ず、過失がない。

2.妻の救命可能性について
 病院搬送時に既に敗血性ショックに罹患していたのであるから、その死亡率は少なくとも46% ないし50%以上に達しており、妻が重症敗血症に留まっていたとしても、SIRSの3要件(体温、心拍数、呼吸数)を満たすほか、残りの1要件(白血球)も満たし、4要件全てを満たすのであるから、死亡率は60%に達していたと考えられる。さらに、臓器障害の評価基準になるSOFAスコアの観点からは、血液凝固系及び腎臓の2臓器障害のほか、心血管系(搬送時血圧70未満)、および中枢神経系(搬送時、意識清明であったと言えない)にも障害があり、障害臓器は3ないし4以上であったから、妻の死亡率は64.5%から76.2%であったと言える。以上によれば、搬送時に抗菌剤投与や転院の措置を講じていれば助かったであろうことを是認し得る高度の蓋然性は認められない。

3.過失相殺割合について
 妻には自らの過失として受診の遅れ、医師夫には説明義務違反の過失が認められ、また前医である医師夫には妻の受診遅れ、説明義務懈怠のほかに、搬送先選択の過失があり、これらに基づく相殺は8割以上と解すべき。

控訴審での東京高裁の判断
1.受診の遅れについて
 妻は2月8日にA病院で左尿管結石を診断され、当日にB病院に転院するほどの状態であったこと、医師夫と13時25分にB病院を受診し、同日21時30分に、B病院の医師は妻、医師夫に「細菌尿、膿尿が検出されており、今後、腎盂腎炎や感染症の可能性があり、高熱、制御困難な痛みがある場合には病院へ 受診するよう」指示をしたこと。妻は帰宅後も改善することはなく、9日0時ごろには悪寒発熱、7時ごろには下痢、10時ごろに発熱、夕方に悪寒とだるさを患い、症状の改善は全く見られず、同日夜には熱が上がり、22-23時ごろには震え、嘔吐、脈動の弱り、不整脈、頻脈、頻呼吸が発現していたこと、同日0時ごろにはクラビットを投与したことから、医師夫は石岡第一病院搬送時より前、遅くとも9日23時ごろまでには妻が敗血症であることに容易に疑いを抱くことができたと言うべきである。注意義務違反がないとする医師夫の主張は採用できない。

2.説明義務違反について
 医師夫はA医師に提供し得たのは、尿管結石に留まるものではない。医師夫はB病院の医師から細菌尿、膿尿が検出されたこと、今後、腎盂腎炎ないし感染症の可能性があり、かつ高熱が出た場合や座薬でコントロールできない痛みがある場合には、受診すべきであることを言われており、また妻の身体状態を2月9日0時ごろの悪寒、10時の発熱、22時の震え、嘔吐、脈動の弱り、不整脈、23時の震え、嘔吐、脈動の弱り、SIRSの要件である頻脈、頻呼吸を医師夫が確認している。これらはA医師が敗血症を診断する上で重要な情報であると言うべきである。これらを提供しなかったのは過失と評価せざるを得ない。

 なお、医師夫は診察室から退去させられたとして提供機会がなかったと主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。かえってA医師は診察後、予後について医師夫の希望を聴取した上で、補液治療、経過観察目的の入院措置(医師夫がの希望に沿ったものである)を講じており、医師夫は意思疎通の機会を有していたと考えられるから、十分に情報提供可能であったと言うべきである。

3.A医師の過失(敗血症を疑いを持たなかった誤診)について
 医師夫に過失があるが、その過失によってA医師が妻の敗血症への疑いを抱くことが困難に陥り、かつそれが医学的観点から見てもやむを得ない結果であったとは認められないのであり、病院側の主張は採用できない。

4.妻の救命可能性について
 既に敗血症を発症し、それが重症敗血症に至ったものの、敗血性ショックには至っていなかった。心血管系の障害を認めるに足る証拠はなく、中枢神経系の障害も、自ら電話で救急要請しており、意識不明であったことは伺えない。

■判決の変更部分
 高野伸裁判長は原判決の事実認定をほぼ踏襲し、搬送時には救命可能性があったとした上で、双方の主張を上記のように判断。その上で、「医師の資格を有し、妻の生命・身体について配慮すべき立場としての過失であり、これを軽視することはできない」という一文を「医師の資格を有し、妻の生命・身体について配慮すべき立場としての過失ではあるが、元来、医師夫は妻との間で正式な診療契約を締結した者ではなく、石岡第一病院にはあくまで患者の家族との立場で付き添い、妻に対する診療の一切を同病院に委ねているのであり、A医師も医師夫をそのような立場の者として対応したのであるから、医師夫の過失は限定的なものと見るべきこと」と書き換えた。
 過失相殺については「(医師夫の過失を)過大に重視するのは相当でなく、むしろA医師は妻がB病院に受診したことを知ったのであるから、妻や医師夫に質問し、さらにはB病院の担当医に経過を質問する等のことが期待されたと言うべきである。これらの事情を踏まえると、(医師夫の)過失割合は2割とするのが相当である」と判断した。



http://blogos.com/article/142220/
国を滅ぼす機械的予算削減しか能がない財務省
団藤保晴
2015年11月01日 10:44 BLOGOS

 財務相の諮問機関、財政制度等審議会分科会で了承された国立大学法人運営費交付金の機械的削減とそれに見合う授業料の引き上げには唖然とさせられました。科学技術立国を根底から破壊する亡国の政策と言うしかありません。たかだか1兆円規模の大学交付金を減らしてきた上に更に削減する前に、40兆円にもなる医療費を何とかしろと言わねばなりません。財務省に予算の中身に踏み込み質を問うて削減するだけの能力が無いから、機械的予算削減に頼る恐ろしい事態です。
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 大手マスメディアはいまひとつ事情を飲み込めておらず、反応が悪いのですが、《国立大授業料 40万円値上げ 財務省方針 小中教職員3.7万人削減も》が明確に主張しています。


 《財務省は26日、国立大学に対する運営費交付金を削減し、授業料の大幅値上げを求める方針を打ち出しました。減額分を授業料でまかなうと、現在53万円の授業料が16年後に93万円にもなり、憲法26条が求める「教育を受ける権利保障」を投げ捨てる暴挙です》

 日本の高等教育への政府支出が各国に比べて低い事実はよく知られています。《第3章 高等教育への公財政支出》からグラフを引用しました。日本の《公財政支出のレベルは低いが、民間支出が高いため、GDPに対する投資の比率はOECDの平均レベルとなる。イギリス、ドイツの投資は、それぞれ1.3と1.1で、日本よりも少ないが、対GDP公財政支出は、両者0.9と日本よりも多い。フランスの投資は1.3と日本とほぼ同じであるが、公財政支出1.1であり、日本よりも多い。イギリス、ドイツ、フランスの公財政支出は、日本のそれのほとんど2倍といえる》
 この公的支出をもっと減らして、民間支出つまり家庭の学費負担をもっと大きくさせようとする政策が今回、了承されたのです。国立大がそこまで授業料を値上げすれば私立大も追随するでしょう。現在でも学費ローンの返済に悩む若い世代が多いのに、とんでもないと言わねばなりません。

 2004年の国立大学法人化をきっかけに起きている研究崩壊については第495回「浅知恵、文科省による研究崩壊へ予算編成開始」で論じています。十年続いた毎年1%交付金削減が研究の一線を痛めつけ、先進国中で特異な論文数の減少を招いています。第496回「40兆円超え医療費膨張に厚労省は無策なまま」ではこれも医療費の中身に踏み込めない官僚の姿を問題にしました。

 国立大学協会の《財政制度等審議会における財務省提案に関する声明》は国立大学を危うくし教育格差を広げる点に危惧と疑念を表明しています。
《国立大学法人の基盤的経費である運営費交付金は、平成16年度の法人化以来12年間で1,470億円(約12%)の大幅な減額となっており、各国立大学においては規模の大小を問わず、その運営基盤は急激に脆弱化しており、諸経費の高騰も相まって危機的な状況にある》
 そんな無茶苦茶な政策はないと言っているのですが、妙に弱々しく、断固として抗議しているようには見えません。マスメディアの反応も弱い中、このまま現実になる恐れがあると指摘します。



http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03148_05
Medical Library 書評・新刊案内
週刊医学界新聞 第3148号 2015年11月02日


医療レジリエンス
医学アカデミアの社会的責任

福原 俊一 編集代表
《評 者》黒川 清(日本医療政策機構代表理事/GHITファンド代表理事・会長/英国G8サミット(2013)世界認知症諮問委員)

医療にかかわる人の考えが変わる貴重な一冊

 本書は,2015年4月に開催された「世界医学サミット(WHS)京都会合2015」の概要,および,会長である福原俊一氏が世界のトップリーダーに取材,インタビューした内容,さらに会議のトピックスをまとめた一冊である。しかし,これは単なる「学会の報告書」ではない。背景に流れるのは,福原氏の理念,コア・バリュー,彼の実践から生まれた「思い」,そして日本の医療関係者へ伝えたいメッセージである。

 この10-20年で,医療を取り巻く世界の状況は激変し,本書では,その背景と課題がはっきりと示され,そこから「激変する世界,変われない日本」の医療の中心的課題が見えてくる。その意味で,本書は広く医療にかかわる人々にとって,簡潔,明快,視野の広がる,考えが変わる(私は,これを期待しているのだが……)貴重な一冊である。福原氏がたどってきたキャリアは,日本の医学界,アカデミアでは「代表的なキャリア」ではなかった。それが彼の視点の根底にあるのではないか。だからこそ多くの人たちに見えないものが,見えているのかもしれない。福原氏が東京大学,京都大学で中心的課題としてかかわってきた,臨床研究を担う人材育成もここにあったのだろう。

 以下に「世界医学サミット京都会合2015」が取り上げた主要なテーマを概説する。

超高齢社会への挑戦
 日本は世界に先駆けて非常に速いスピードで超高齢社会に突入している。高度専門医療を中心とした医療体制を継続していけば,早くて2025年には破綻する。これは危機的状態と言ってよいのだが,実はこれは21世紀の世界的な大きな課題の一つでもある。日本ではこの状況を「課題先進国」などと言っている識者も多いが,その識者たちは何をし,どんな政策を提言,導入し,構築して,モデルとして世界に示してきたのであろうか?

自然災害への対応と準備
 東日本大震災は,広い地域に甚大な損害を与え,長期的な被害も継続している。特に,健康被害は,急性期の被害から慢性疾患の増加やメンタルヘルスなど慢性期の被害に移行している。私たちは,この不幸な災害から何を学ぶのか,学べるのか。未曽有の災害・事故は,日本社会において責任あるエリートへの「Wake Up Call」でもあったのだ。これを契機に,従来なかなか成し遂げられなかった改革ができるのだろうか。福島原発事故から何を学ぶのか,エネルギー政策ばかりでなく,医療提供の在り方,人材育成など,大きな変化が見られているのだろうか? この危機を生かす機会として,本書にもいくつかの貴重なヒントが見られるだろう。

次世代リーダーシップの育成
 激変する社会のニーズに応えるためには,医学アカデミアが新しい価値を創造する必要がある。医学アカデミアの潮流は,治療から予防へ,大学から地域へと,パラダイムがシフトしている。これを先取りし,医学アカデミアを方向付ける新しいリーダーシップが求められている。従来の自然科学だけに依拠した医学アカデミアから,基礎医学,臨床医学,社会医学がバランス良く協調するチーム型のリーダーシップが求められている。そのためには新しいリーダーとなる人材の育成も必須である。活躍の場は国内に限らない。世界を「場」にして活躍する人材をより多く育てることは,日本にとって喫緊の課題だ。

 わが国は,東日本大震災,福島原発事故,超高齢化などを「外的なショック」と位置付け,近い将来の危機を見通し,先駆けて対応する政策を計画し実現する必要がある。医学アカデミアには,わが国の医療システムの転換に協力し,その政策の効果を科学的に評価する社会的な責任がある。象牙の塔にこもるのではなく,自然環境,社会環境の大きな変化に対応し,将来の危機を乗り切るレジリエンス「折れない“力”」を持った医療システムの構築に貢献する社会的責任がある。

「M 8 Alliance京都・福島声明」
 以上のトピックスに関する議論を経て,健康と医学に関する国際的アカデミアネットワークであるM 8 Allianceのメンバー,京都大学,福島県立医科大学が協力して「M 8 Alliance京都・福島声明」1)を作成し,世界に発信した。その要旨は以下の通りである。

・福島は,日本,そして世界の縮図である。福島は,日本の中でも高齢化が特に顕著であり,また震災以前より医療資源が乏しい。このような危機的状況は,日本および先進国の近未来の縮図であると言える。
・持続可能なヘルスシステムが備えるべき2つの要素に「対応する力(responsiveness)」と「折れない力(resilience)」がある。
・対応する力:自然災害,新興感染症の発生など危機的状況にヘルスシステムが応える力
・折れない力:高齢化,疾病構造の変化,経済状況の変化など,時間と共に変化する課題に対してヘルスシステムが柔軟に応える力

 「世界医学サミット京都会合2015」は,世界の演者,パネリストと600人を超える参加者を迎え,大成功であったことを付け加えたい。この会合と本書が,多くの参加者の共感と,目覚めへのきっかけになることを祈念してやまない。

1)World Health Summit. M 8 Alliance京都・福島声明(原文および日本語訳).2015.

B5・頁144 定価:本体2,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02147-0


市中感染症診療の考え方と進め方 第2集
IDATEN感染症セミナー実況中継

IDATENセミナーテキスト編集委員会 編
《評 者》松村 正巳(自治医大教授・地域医療学センター総合診療部門)

執筆陣の「日本の感染症診療をよくしたい」思い,心意気が伝わる

 IDATEN(Infectious Disease Association for Teaching and Education in Nippon;日本感染症教育研究会)から『市中感染症診療の考え方と進め方 第2集』が出版された。「IDATEN感染症セミナー実況中継」と副題が付いている。IDATENにより夏と冬に行われ,受講希望者の多い感染症セミナーの2013年サマーセミナーにおけるレクチャーを基にした内容である。「系統的に感染症を学ぶために受講したい」と思いつつ未受講の身にとっては,朗報である。

 プライマリ・ケア医の診療において,感染症の占める範囲は広い。それ故,市中感染症診療の知識と経験は極めて重要である。本書は市中感染症診療の課題に対し,良きアドバイスとなるであろう項目立てとなっている。いくつか挙げてみると,「小児の発熱へのアプローチ」「予防接種入門」「『風邪』の診かた」「肺炎のマネジメント」「尿路感染症のマネジメント」「PID・STIのマネジメント」「非専門医のためのHIV感染症のマネジメント」となる。われわれが日々遭遇する具体例の提示の後に,おのおのへの対応が記述され読みやすい。

 今まで経験的に「こうであろう」と考えていたことも,理論的に説明され,ふに落ちる。「『風邪』の診かた」は,“風邪(急性上気道炎)の定義”,“「3症状チェック」のコツと注意事項”など,多くの方に読んでもらいたい内容である。「PID・STIのマネジメント」での“sexual historyのとり方”は,経験を重ねた医師にも参考になる。もちろん病院総合医にとっても感染症の良き指南書である。

 本書の執筆陣が「自分の病院の,地域の,ひいては日本の感染症診療をよくしたい」(「序」より)と思い執筆した心意気がよく伝わる書である。医学生,若手医師,プライマリ・ケア医に推薦したい。本書が感染症を患う人の守護神になることを願っている。

B5・頁364 定価:本体5,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02056-5


地域医療構想をどう策定するか
松田 晋哉 著
《評 者》伏見 清秀(東医歯大教授・医療政策情報学)

これからの地域医療を考える礎としての情報が網羅

 地域医療構想策定が2015年度から始まっている。本書は,その第一人者である著者が,わが国の医療提供体制の課題,改革の方向性と理念,具体的な手法と考え方を詳細に解説した地域医療構想ガイドブックである。この地域医療構想は従来の医療計画と何が違うのか,どこまで実効性があるのか,私たちの地域医療にどのように影響するのか,私たちはどのように対応したらよいのかなど多くの方が持つ疑問に対する丁寧な回答が本書には記されている。

 特に本書の「第III章 地域医療構想の考え方」に収載されている「地域医療構想策定のための模擬調整会議」は,具体的事例に基づく検討が臨場感いっぱいに記されていて,まさに調整会議に陪席しているようである。おそらく,全国各地でこのような形で地域医療構想の調整会議が進められていくのだろうと期待される。

 この第III章には,これ以外にも,地域医療構想とガイドラインの理念と背景,構想区域の考え方,地域医療構想立案手順などが具体的に書かれている。また,やや,センセーショナルに報道されている地域別病床数の適正化についても,もっと正確に情報を読み込み,冷静に対処していくべきことが記されていて,関係者が地に足の着いた丁寧な議論を進めるための礎となるような重要な情報のエッセンスとなっている。

 その他の本書の構成として,第I章には,人口構造の高齢化に伴う疾病構造の劇的な変化とその地域差が豊富な図表とともに解説されている。資料編にも人口の将来推計ツール(AJAPA)が紹介されているので,読者それぞれの地域の実態を知ることができる。第II章では従来の医療計画のレビューとその課題がわかりやすくまとめられ,今回の地域医療構想の違いと,それへの大きな期待が記されている。第IV章では,さらに幅広く地域包括ケアや財政問題とのかかわりまで紹介されていて,広い視点からの問題のとらえ方を知ることができる。

 本書は,このように,今まさに進行している地域医療構想の全てをカバーしているといっても過言ではないだろう。地域の医療と介護を担う医療機関・介護事業関係者,地域医療構想策定のかじ取りを期待される地域行政担当者,現場で働く関係者,地域医療を研究する専門家など多くの人々にとって,これからの地域医療を考える上での必携の書と言えよう。

B5・頁120 定価:本体3,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02433-4


総合内科999の謎
清田 雅智,八重樫 牧人 編
《評 者》須藤 博(大船中央病院副院長・内科部長)

本書の内容をマスターすれば立派な総合内科医と名乗ってよい

 感染症,集中治療に続く「999の謎」シリーズの第3弾である。類書としては「シークレット」シリーズがあるが,本邦独自でそんな内容の本があったらいいのにとひそかに思っていた。そんな思いで手にしたのが本書だったが,期待をはるかに超える内容であった。本書の構成は,総論である総合診療の章から始まり,内分泌,循環器,感染症,消化器……と各専門内科のエキスパートが考えた設問がこれでもかと並ぶ。各執筆者の微妙なこだわりの違いが興味深い。そしてこれらの内科各論に続く,内科コンサルト,健診,老年医学,精神科の章が非常に充実していることが本書の特徴である。そもそも「総合内科」としてどこまで含むかということに関しては異論があるかもしれない。その命題に対しての,編者の先生方の考え(というか総合内科医としての矜持のようなもの)が反映されているように評者は感じる。通読して,これは『内科999の謎』としてもよいのではないかと思う。なぜなら本来,内科は「総合的」に決まっているのだから。そのような気持ちをおそらく編者の清田雅智・八重樫牧人両先生も込められているように思うのは評者だけであろうか。

 設問はそれぞれ,A.誰もが知っていなければならない質問,B.専門医向け,C.トリビア的な内容の質問の3つにランク付けされている。もちろんAランクだけを拾い読みしていけば,内科全般についての基本を押さえることができるのだが,評者はCランクの質問につい惹かれてしまう。カリウムを英語ではpotassiumと呼ぶのはなぜか? 炭酸水素ナトリウムをなぜ「重曹」と呼ぶのか? 思わず「へえ~っ!」となるような内容がてんこ盛りで本当に飽きない。あらためて,内科という分野の広さと深さを思い知らされ「いやあ……やっぱり内科は面白い!」と何度も感じさせられた。さらに全ての設問にきっちり付記された参考文献が充実している。執筆者・編者の先生方の本書の質にかける執念と,かかったであろう労力には本当に頭が下がる。

 序文で編者の清田先生はこう書かれている。「この本に書かれている内容が普通に理解できている医師であれば,立派な総合内科医と名乗ってよいのではないかとひそかに思っている。ぜひ,将来を背負う若い医師には,この内容を当然の知識として身につけていただくことを希望したい。そうすれば,日本の総合内科は安泰であろう」(下線は評者)。いやいや,これはなかなか高いハードルである。本書の内容を全てマスターしていれば,世界のどこに行っても通用するレベルの内科医である。それこそ「ドクターG」ならぬ内科医の最終兵器「ドクターZ」かもしれない。皆さんも楽しみながら,そのレベルをめざそうではありませんか。こんな素晴らしい本を出してくれた編者・執筆者の先生方にあらためて感謝。内科を学ぶ全ての先生にお薦め,この内容でこのお値段はバーゲン・プライスである。

A5変・頁654 定価:本体5,500円+税 MEDSi
ISBN978-4-89592-821-2
http://www.medsi.co.jp/



https://www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/52299/Default.aspx
財政審 診療報酬マイナス改定 薬価、調剤報酬引下げ分は本体振り替えず 調剤料に切り込み
2015/11/02 03:52 ミクスOnline

財務省主計局は10月30日の財政制度等審議会財政制度分科会に16年4月実施の薬価・診療報酬改定について、薬価、調剤報酬引き下げ分を医科などの診療報酬に振り替えず、本体を引き下げる考えを示した。特に、調剤報酬については、「診療報酬本体とは別に、ゼロベースでの抜本的かつ構造的な見直しが必要」とした。かかりつけ薬剤師、かかりつけ薬局の実現に向け、調剤技術料、調剤料について鋭く切り込む一方で、薬学管理料については要件を厳格化した上で重点配分する考えも示した。薬価については、後発医薬品の新規収載時の薬価のさらなる引き下げに加え、既存収載品についても2価格帯への集約、加重平均ではなく各価格帯の最低価格の採用などについて、16年度改定に向けて年末までに結論を得ることを盛り込んだ。

財務省は過去の賃金・物価との関係について過去10年間の推移を提示した。2004年度を100.0としたときに、2014年度に診療報酬本体は102.7、医療・看護師給与は105.2と上昇していたのに対し、民間給与と消費者物価の動向を医療費の費用構造(人件費:物件費)に応じて加重平均したものは98.8とマイナスに転じている。そのため、物価・賃金の動向に比較して、診療報酬は高止まりしている状況と指摘し、「一定程度のマイナス改定が必要と考えられる」と指摘した。


◎調剤料 投与日数や剤型にかかわらず定額を提案 現行の水準の1/2程度に

具体的に切り込む主な項目は、調剤報酬の引下げと、薬価・医薬品の引下げだ。

調剤報酬については、これまで医薬分業の推進を目的とした結果、調剤技術料、調剤料に重点的な配分となっていたおり、処方箋の受付と、いわゆる薬のピッキング業務のみで、相当程度の収益を稼ぐことが可能になったと財務省は指摘。こうした利益構造が門前薬局の林立や調剤医療費の増加を生んでいるとした。一方で、高齢化が進み、ポリファーマシー(多剤併用)も社会問題化する中で、服用薬の継続的・一元的な管理を行うかかりつけ薬剤師、かかりつけ薬局の重要性が増している。こうしたことを踏まえ、財務省では報酬体系を見直し、薬学管理料を手厚く評価する構造へと見直す。

特に鋭い切込みを入れる項目としてあげたのが調剤料だ。調剤料は約1兆円で、調剤基本料の約5600億円、薬学管理料は約3200億円と比べ、大きく上回っている。

現行の制度では、剤型や投与日数により段階的に引き上げられる仕組みとなっているが、財務省は調剤業務についてPTP包装が進んだことや全自動錠剤分包機の普及など技術進歩により、投与日数が伸びることが業務コストの増大にはつながらなくなったと指摘。院内処方では投与日数や剤型にかかわらず、一回の処方につき9点となっていることを引き合いに、投与日数や剤型にかかわらず定額とすることを提案した。激変緩和の観点から段階的な措置を行う考えで、16年度改定では、全体の水準を1/2程度に引き下げるとともに、投与日数に応じた伸びをゆるやかにする考えを示した。同様に、一包化加算についても作業の機械化が進んでいることから、一包化加算の点数を大幅に引き下げるとともに投与日数に応じた点数配分を見直すことを盛り込んだ。

一方、薬学管理料については、真に効果的に「継続的・一元的な管理指導を行っている薬局に限り高い点数が算定される」仕組みとする。これまで算定要件として、お薬手帳の記載があったが、薬歴の未記載問題や、お薬手帳を忘れた患者に対して何冊も手帳を発行するなど、算定要件を充足するためだけに走り、その意味が形骸化していたケースも少なくなかった。高齢化社会の中でポリファーマシー(多剤併用)も社会問題化する中で、算定要件を厳格化することで、かかりつけ薬剤師、薬局の役割を明確化する。


調剤基本料については、基準調剤加算の要件厳格化を求める。大型門前薬局を念頭に低い点数が設定されている「特例」の対象拡充や点数の引下げを求め、「処方箋受付回数1200回以上、集中率70%」の場合や、「処方箋受付回数2500回以上、集中率50%」の場合でも、現行の調剤基本料の最小値である18点まで引き下げることを提案した。あわせて、薬剤師の1日平均取扱い処方箋枚数(40枚/薬剤師1人)の緩和も検討する。基準調剤体制加算については、▽集中率要件の大幅な引き下げ、▽備蓄数などの算定要件の厳格化、▽24時間体制を電話番号の交付などではなく、実績で評価――など要件の見直しを行う必要性を指摘した。

後発医薬品調剤体制加算については、全体として加算水準を引き下げる仕組みを提案。後発医薬品数量シェア60%以上で8点、70%以上で12点とする一方で、60%未満の薬局については、10点の減算することを盛り込んだ(現行は65%以上:22点、55%以上:18点、55%未満:加減算なし)。


◎新薬創出加算実施は費用対効果の本格実施前提に

薬価については、薬価調査に基づき、市場価格を踏まえた適正化を求めた。そのほか、医薬品関連では、新薬創出・適応外薬解消等促進加算については、費用対効果評価の本格実施を前提に、真に有用な医薬品を評価する枠組みとして重点化すべきとした。

長らく市販品として定着したOTC類似医薬品については、保険収載から除外する具体的な品目について検討を進める。湿布(第一世代及び第二世代)を含む鎮痛消炎剤の除外、ビタミン剤およびうがい薬の例外条件の廃止を検討すべきとした。漢方は、検討項目から外れた。



http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/216138/102900005/?rt=nocnt
疾病別に自己負担率変更で、破綻なき財政再建を
公的医療保険改革のコアは給付範囲の哲学の見直し(1)

小黒 一正
2015年11月2日(月)日経ビジネスOnline

 骨太2015の財政再建計画が医療改革を重要なテーマとして取り上げている。だが、公的医療保険改革は、これまで期待通りの成果を十分に上げていない。その理由は、改革がパッチワーク的な制度改正に留まっているからである。

 「健康長寿でありたいという願いは、世界中の誰もが、世代を超えて持っている。我が国は、この願いの実現に最も近い位置にいる国であり、その保健医療水準は世界に誇るべきものである。しかし、今や、経済成長の鈍化と人口動態の変化、医療費をはじめとする社会保障費の急増が見込まれる中で、財政は危機的状態にあり、保健医療制度の持続可能性が懸念されている。パッチワーク的な制度改正による部分最適を繰り返してきた日本の保健医療制度は、長期的な視点に基づく変革が求められている」

 この一文は、「保健医療2035提言書」(以下「2035提言」という)の冒頭に登場する文章だ。「2035提言」は、2035年を見据えた保健医療政策のビジョンを策定するため、塩崎厚労大臣が設置した「『保健医療2035』策定懇談会」(座長:渋谷健司・東大教授)が2015年6月に公表した文書。筆者もこの懇談会の構成メンバーを務めている。パッチワーク的な制度改正による部分最適を繰り返してきた日本の保健医療制度が限界に近づいている現状を直視し、抜本改革に向けた哲学(ビジョン)の策定を指示した塩崎大臣の政治判断は正しい。

 2035提言に関するマスコミ等の報道は少ないが、いくつもの重要な提言を行っている。例えば、35ページの以下の記載はその一つである。


まず、患者負担については、現在、後期高齢者の患者負担の軽減など年齢によって軽減される仕組みがあるが、これらについては、基本的に若年世代と負担の均衡や、同じ年齢でも社会的・経済的状況が異なる点を踏まえ、検証する必要がある。この他、必要かつ適切な医療サービスをカバーしつつ重大な疾病のリスクを支え合うという公的医療保険の役割を損なわないことを堅持した上で、不必要に低額負担となっている場合の自己負担の見直しや、風邪などの軽度の疾病には負担割合を高くして重度の疾病には負担割合を低くするなど、疾病に応じて負担割合を変えることも検討に値する。


 公的医療保険が担う基本的役割を堅持しつつ、財政再建を行うためには、特に太字部のような「給付範囲の哲学の見直し」が重要であり、それは公的医療保険改革のコアといっても過言ではない。

 というのは、日本の公的医療保険制度は1961年に「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」(Universal Health Coverage)を達成した。UHCとは、高い平等性・手厚いセーフティネットなどにより、国民の誰もが家計破綻や困窮に陥ることなく、必要かつ適切な医療サービスを利用できる状態をいう。

 このような公的医療保険が担う最も重要な役割の一つとして、「財政的リスク保護」(financial risk protection)という機能がある。簡潔にいうならば、偶発的な重度の疾病に対する治療のために家計が破綻したり困窮したりすることを防ぐ機能である。財政的リスク保護は公的医療保険が担う最も重要な役割なので、財政再建で公的医療保険の給付範囲を見直す場合、家計の所得・資産や医療負担に関する分布などを把握した上で、財政的リスク保護が機能するか否か、しっかり見定めたうえで進める必要がある。

ケーススタディで見る財政的リスク保護

 そこで、財政的リスク保護の意味を深く理解するため、人口1000人の国で、2タイプの疾病リスクAとBのみが存在するケースを考えよう。タイプAは風邪などの軽度の疾病で、病院に行けば、薬代を含めて1万円のコストで治療ができるもの。どの人も年間75%の高い確率で病気にかかるリスクがあるとする。他方、タイプBは心臓病などの重度の疾病で、手術代を含めて600万円のコストが治療にかかる。ただし、どの人も年間0.1%の低い確率でしか発病しないものとする。

 この国の毎年の平均医療費はいくらだろうか。まず、タイプAの発病確率は年間75%であるから、国民1000人のうち750人(=1000人×75%)がかかる。この治療に1人当たり1万円のコストを要するので、タイプAの毎年平均の医療費は750万円である。他方、タイプBの発病確率は年間0.1%であるから、国民1000人のうち1人(=1000人×1%)がかかる。この治療に1人当たり600万円のコストを要するので、タイプBの毎年平均の医療費は600万円である。以上から、タイプAとBを合計し、この国の平均医療費は毎年1350万円と計算できる。

 この国の医療費の自己負担が、疾病によらず3割である場合、この国では、405万円(=1350万円×3割)を患者が自己負担する一方、残りの945万円(=1350万円×7割)は医療給付で対応し、医療給付の財源は国民が支払う社会保険料や税金で賄うことになる。

 ミクロ・レベルでは、タイプAの治療のため、国民1000人のうち患者750人が0.3万円(=1万円×3割)を自己負担し、タイプBの治療のため、国民1000人のうち患者1人が180万円(=600万円×3割)を自己負担する。

 また、国民が支払う社会保険料や税金は、国民1人当たり0.945万円(=945万円÷1000人)である。この国の平均年収が400万円の場合、180万円もの自己負担が必要なタイプBを発病した患者の家計は破綻か困窮する可能性が高い。

重度疾病患者の自己負担率を下げる

 このような問題を解決する一つの方法は、疾病別の自己負担を導入することである。例えば、軽度のタイプAの医療費における自己負担を3割から5割に引き上げ、重度のタイプBの自己負担を3割から0.5割に引き下げてみよう。

 この場合、ミクロ・レベルでは、国民1000人のうち患者750人が0.5万円(=1万円×5割)を自己負担し、タイプBの治療のため、国民1000人のうち患者1人が30万円(=600万円×0.5割)を自己負担する。この国全体の自己負担は405万円(=750人×0.5万円+1人×30万円)で、疾病別の自己負担を導入する前と変わらない。

 つまり、軽度のタイプAを発病した患者が幅広に0.2万円(=0.5万円-0.3万円)を追加負担するだけで、重度のタイプBを発病した患者の自己負担を150万円(=180万円-30万円)も減少させ、タイプBの患者の家計破綻や困窮を回避できることが分かる。

一律の負担割合を変えずに財政再建を進めたら…

 では、財政再建を進めるため、945万円で賄っている医療給付を810万円に圧縮する必要がある場合はどうだろうか。

 このケースでは、この国の毎年平均の医療費は1350万円であったから、残りの540万円(=1350万円-810万円)を国民全体の自己負担で賄う必要がある。

 これは、疾病別の自己負担を導入せず、国民全員が一律に3割であった自己負担を4割(=540万円÷1350万円)に引き上げることを意味する。この時、ミクロ・レベルの負担増は激変する。理由は、軽度のタイプAを発病した患者は0.4万円(=1万円×4割)の自己負担で、負担増は0.1万円(=0.4万円-0.3万円)で済むが、重度のタイプBを発病した患者の自己負担は240万円(=600万円×4割)となり、負担増は60万円(=240万円-180万円)にも達するためである。

 つまり、疾病ごとの医療費の分布を考慮せず、一律に自己負担を引き上げる対応は、公的医療保険が担う財政的リスク保護の機能を弱め、タイプBを発病した患者の家計を破綻・困窮させる可能性を高めてしまう。

財政再建を進めてもタイプAの自己負担は6.8万円ですむ

 では、医療給付を810万円に圧縮する際、疾病別の自己負担を導入し、重度のタイプBの自己負担を0.5割に維持した上で、軽度のタイプAの自己負担を引き上げることで対応するケースを考えてみよう。

 このケースでも、この国の毎年平均の医療費は1350万円であったから、残りの540万円(=1350万円-810万円)を国民全体の自己負担で賄う必要がある。この540万円の自己負担のうち、重度のタイプBの自己負担の総額は30万円(=600万円×0.5割×1人)であるから、510万円(=540万円-30万円)を軽度のタイプAの自己負担で賄うことになる。これは、軽度のタイプAの自己負担を6.8割に引き上げることに相当する。

 実際、タイプAの発病確率は年間75%で国民1000人のうち750人(=1000×75%)がかかるため、軽度のタイプAの自己負担の総額は510万円(=1万円×6.8割×750人)に一致することが簡単に確認できる。しかも、このとき、軽度のタイプAを発病した患者の自己負担は6.8割に引き上がるが、その負担は0.68万円(=1万円×6.8割)に過ぎないという視点も重要である。

家計の破綻や困窮を防ぎつつ、医療給付を効率化

 自己負担を厳密に議論する場合、高額療養費制度の影響も考慮する必要がある。この制度も財政的リスク保護を担う機能の一つである。高額療養費制度とは、同一の月にかかった医療費の自己負担額が高額になった場合、自己負担限度額(平均的サラリーマンの場合は約9万円)を超えた分が、後日払い戻される。

 この制度も考慮すると議論が複雑になるため、上記の議論では考慮しなかった。ただし、上記で扱った自己負担は、高額療養費制度の影響を含む「実質的自己負担」を表していると考えれば、一般性は失われない。

 いずれにせよ、以上の事実は、疾病ごとに自己負担の割合を操作することが、公的医療保険の役割(財政的リスク保護)を堅持しながらの財政再建に貢献することを意味する。その際、重要な視点は、軽度かつ発病確率の高い疾病(風邪などの低リスクの疾病)の自己負担の割合は高める一方、重度かつ発病確率の低い疾病(心臓病などの高リスクの疾病)の自己負担の割合は低くすることで、家計の破綻や困窮を防ぎつつ、医療給付を効率化するという視点である。すなわち、このような「給付範囲の哲学の見直し」が公的医療保険改革のコアといっても過言ではない。

 次回は日本の医療保険に関する簡単なデータを用いて、このような改革の可能性を探ってみよう。


  1. 2015/11/02(月) 06:11:51|
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