Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

9月21日 

http://blogos.com/article/135182/
苦しまないと、死ねない国『欧米に寝たきり老人はいない』
Dain 
2015年09月21日 18:22  BLOGOS

 せめて、死ぬときぐらい安らかに逝きたい。

 だが、現代の日本では難しいらしい。老いて病を得て寝たきりになっても、そこから死にきるためには、じゅうぶんな時間と金と苦しみを必要とする。寝たきりで、オムツして、管から栄養補給する。痰の吸引は苦しいが、抵抗すると縛られる。何も分からず、しゃべれず、苦しまないと死ぬことすらままならない。

 タイトルの「欧米に寝たきり老人はいない」理由は、簡単だが単純ではない。というのも、「寝たきりになる前に(延命治療を拒否して)死ぬから」が答えであることは分かっていても、なぜ「延命治療を拒否する」ことが一般化しているか明らかでないから。本書によると、数十年前までは日本と同様に、終末期の高齢者に対し、濃厚医療が普通だったという。欧米では、これが倫理的でないという考えが広まり、終末期は「食べるだけ・飲めるだけ」が社会常識になった。金の切れ目が命の切れ目。高齢化社会に伴う医療費の増加が、配分の見直しを促したのだろうが、それを受け入れる背景は宗教観や人生観の違いだけではないらしい。

 著者は、まさにこの問題に直面している現役の医師で、ブログ「今こそ考えよう 高齢者の終末期医療」をベースとしたものが本書になる。単純な欧米礼讃・日本批判に閉じず、この問題を「問題」にさせないようにしている動機を明らかにする。すなわち、日本の医療システムが生み出す「延命医療主義」の裏にある、医療関係者と高齢者を抱える家族との、いわば共犯関係を炙り出す。寝たきり老人を量産することが、医者と家族の利益に叶っているからこそ、このような現状となっているというのだ。

 テレビや新聞で紹介される、「元気なお年寄り」はレアケースだという。統計上、95歳以上は8割、100歳を超えるとほぼ全員が認知症になり、身体も言うことをきかなくなる。頭も体も元気な老人は、普通の老人ではなく、超人、スーパー老人であり、オリンピック選手のようなものだという。努力してもそうなれるものでもなく、だからこそニュースバリューがあるのだろう。

 人は必ず死ぬ。当たり前だと分かっていても、いざ自分の親の死に直面すると、本人の意志に関係なく、家族は延命措置を強く希望するのが常だという。医師は家族の要望に沿うべく「できるだけ生かす」ことに尽力する。救命救急センターは高齢者で一杯となり、長期入院の受け入れ先を探すことになる。さらに急性期病院では在院日数が長くなると診療報酬が減るため、退院へのプレッシャーが強くなる。そして、受け入れ側では、手間の掛かる食事介護に充分な人手がないことから、胃ろう(腹部に“口”を造る手術)が条件となる。医療現場で「延命措置」について話されることはない。ぎりぎりの切羽詰った状況での、一種の流れ作業となっており、内心では疑問に思っていても、議論する余裕がないのが実情らしい。

 受け入れ側の医療機関では、濃厚医療を行わざるをえない理由がある。というのも、財源を握る国側が、医療費抑制のために2年ごとに診療報酬を下げてくるため、経営のために濃厚医療が必要となるのだ。ベッド数は簡単に増やせないから、診療報酬が高くなる中心静脈栄養や、人工呼吸器装着を行うことで、単位あたりの"利益"を増やす経営判断が働くわけである。また、十分な延命措置を怠ったとして、遺族から訴えられる恐れがつきまとう。たとえ延命を希望しないというリビング・ウィルがあっても、法制化されていない以上、訴訟リスクを避ける運営になるのは当然だろう。

 寝たきり老人を抱える家族側の事情もある。「命があるのに見捨てた」と後ろ指さされたくない思いや、親の年金を当てにして生活しているため長生きして欲しい動機もある。著者は問いかける。「生きているだけで嬉しい」という家族がいるが、本人のことは考えないのかと。寝たきりで、家族の顔も分からない。しゃべれず、食べれず、何年も入院をし、痰の吸引や気管チューブ交換のたびに体を震わせて苦しんでいる。家族の思いは尊重すべきだというが、本当にそうなのか? 家族はそれで満足かもしれないが、家族のために生かされている本人はどうなのか? 80代、90代の人が、最後の最後に来て、それでも「頑張って」生き永らえさせる。この、「むりやり生き永らえさせられた時間」は、一体誰のためのものなのかと。

 わたしは、この問いかけを、わたしの家族にさせたくない。強制的に生物として生かすのは、生きている側のエゴイズムなのか? とか、これはエセ人道主義なのか? などと自問してほしくない。

 本書では国民一人ひとりが考え、行動することが必要だと訴える。具体的には、「生命維持治療のための医師指示書(Physician Orders for Life-Sustaining Treatment/POLST)」を作成することを提案する。この医療指示書は頭文字を取ってポルストと呼び、終末期の治療方針が明確に記されている。

 ・心肺停止時の蘇生
 ・脈拍・呼吸があるときの積極的医療
 ・抗生剤投与
 ・人工栄養

 などを、事前に患者本人と医師が相談して決めておく。ポルストは、リビング・ウィルより強い効力を持ち、いざというとき、救急現場の医師がこれを見たら、治療方針に迷うことがないようにしておくのだ。

 実は、厚生労働省は2007年に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を作成し、終末期医療について医師指示書を支援する制度が開始された。だが、「高齢者は早く死ねばよいのか」「自己決定の名の下に治療中止を迫られる恐れがある」などマスコミの猛反発を受け、制度開始から3ヶ月で凍結されたという。「いつまでも元気なお年寄り」というレアケースを拡散し、寝たきり老人を量産する現状には目をつぶっているように見える。

 この違和感は、わたし自身が自分の逝き方を考え、いざというときにどうして欲しいのかを書面にし、家族にも伝えておくことで解消しよう。直前までピンピンしてて、死ぬときはコロリと逝く「ピンピンコロリ」は願望にすぎぬ。そんな幻想を期待せず、今から腹を決めておこう。逝き方とは生き方でもあるのだから。

 この課題は、『医師の一分』(里見清一)にもつながる[レビュー]。がんの専門医として沢山の臨終に立ち会ってきた著者が、現代医療の偽善を批判する。自己決定という風潮を幸いに判断を丸投げする医師を嘲笑い、終末期の患者への濃厚医療は、本当に「救う」ことなのか? と疑問をつきつける。

 こちらの方はシンプルに、命の値段を教えてくれる。一人一年、一千百万円、これが命の値段だ。根拠はWHOによる。その考えでは、一人を一年延命する費用の判断基準として、一人あたりGDPの3倍が相当するという。主語が大きいほどヒステリックに傾くため、「わたし」を主語にしよう。そこまでお金をかけて苦しんで生きたいか、あるいは安らかに逝きたいか、二択にするのは単純だが、覚悟を決める準備にはなる。

 最後は、どうか幸せな記憶を。



http://www.47news.jp/47topics/e/269265.php
【敬老の日】増える百寿者、秘訣は? 身体、心理の研究進む
2015/09/21 14:10(共同通信)

 100歳以上の高齢者「百寿者」が増えている。敬老の日を前に厚生労働省が公表した集計で、今年初めて6万人を突破。2050年ごろには約70万人に達するとの推計もある。医療の進歩や衛生環境の向上で平均寿命が延びたとはいえ、1世紀に及ぶ長生きには何か 秘訣 (ひけつ) があるのでは―。誰もが関心を持たないではいられない謎を解き明かそうと、体と心理の両面から研究が進む。

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 ▽いつの間にか

 3月に101歳を迎えた浜松市の 内田三市さんは毎朝散歩を欠かさず、掃除、洗濯など身の回りのことは自分でこなす。家庭菜園の手入れも日課だ。「体を動かさないと硬くなっちゃう」。年齢を感じさせない、かくしゃくとした振る舞い。「医者にかかりたくないので病気にならないよう栄養や運動に気を付けていたら、いつの間にかここまで来た」と笑う。

 カラオケが趣味で、老人会の日帰り旅行にも顔を出すなど、同居する長男夫婦も舌を巻くほどの行動派だ。家族の誕生日などに集まるひ孫たちと会うのが何よりの楽しみ。「今が一番幸せ」と言う内田さんの次の目標は、5年後の東京五輪を見ることだという。

 ▽幸せ上手

 百寿者の身体的、心理的特徴を探る研究は、日本では2000年ごろから本格的に始まった。
 東京都健康長寿医療センターの 増井幸恵研究員はこれまで200人近い百寿者から聴き取りを重ね、性格にどんな特徴があるか調べたところ「誠実で、好奇心が旺盛。社交性が高い」といった人が多かった。

 「80代、90代は体力が落ちて病気になりやすい、人生の中でも厳しい時期。そこでは、いかに人に支えられているかを実感できるかが大事なのでは」と増井研究員。体が衰えていく自分を柔軟に受け入れ、あらゆることに幸せを見いだしていく。「寝たきりでも、昔のことや家族のことを思い浮かべて幸せを感じる人もいる。『幸せ上手』なのも百寿者の特徴の一つ」と解説する。

 また、百寿者と一緒に暮らす家族など周囲に対しては「『あれもこれもできなくなった』と減点方式で見がちだが、多くを求めず、自分の価値観を押しつけないで」とアドバイスする。

 ▽善玉ホルモン

 動脈硬化や糖尿病の人が少ないのも百寿者の特徴だ。慶応大・百寿総合研究センターの 広瀬信義特別招聘(しょうへい)教授によると、百寿者は若者と比べ、血液中の善玉ホルモン「アディポネクチン」の濃度が高い傾向にあることが分かった。ただ「アディポネクチンが高くても心不全を起こす人はいる。濃度が高くても効きが悪いこともあり、一概に高ければいいというわけではない」。

 広瀬氏は「長生きに何より重要なのは、50~70代での生活態度だ」と強調する。大酒や喫煙を控えるなど、生活習慣病の危険因子を減らすことが長寿の大前提となる。

 また、高齢になると体の機能が落ち、要介護状態につながる「フレイル(虚弱)」と呼ばれる現象も立ちはだかる。「克服のための確立した方法はまだないが、栄養と運動に気を付ければ進行を遅くすることはできるはずだ」という。

 「研究すればするほど、百寿者にもいろんな人がいることが分かってきた」と広瀬氏。今後、遺伝子が長寿にどう作用するかといった研究にも力を入れたいとしている。




http://news.biglobe.ne.jp/trend/0921/jtn_150921_7060563492.html
100歳超えご長寿の割合、最も高いのは島根! 少ないのは愛知、埼玉...
Jタウンネット9月21日(月)6時0分

9月の第3月曜は敬老の日だ。今さら説明するまでもないが、多年にわたり社会に尽くしてくれた老人を敬愛し、長寿を祝うために制定された。
敬老の日が国民の祝日と定められたのは1948年のこと。当時、100歳以上の高齢者はほとんどおらず、1950年で約100人、1965年で198人しかいなかった。

2015年9月11日、厚生労働省は100歳以上の高齢者数を6万1568人と発表した。このうち今年度に100歳を迎える人は3万379人おり、国からお祝い状と記念品が贈呈される。

約5300人の東京都民が100歳以上

100歳以上高齢者が50年間で300倍以上も増えたのは、医療技術や予防医学の進歩、食糧事情が大きく貢献しているからだ。
6万人超という数字も驚きだが、2050年には68万人になると予測されている。

都道府県別に、人口10万人当たりの100歳以上高齢者の人数を見てみよう。

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画像:100歳超えご長寿の割合、最も高いのは島根! 少ないのは愛知、埼玉...

上位を占めるのは西日本の県。島根県が90.67人と最も高くなっている。以下、高知が85.37人、鹿児島が80.40人、鳥取が80.31人、香川が75.74人と続く。

反対に最も少ないのは埼玉の28.68人で、愛知が32.10人、千葉が36.00人、神奈川が36.44人、青森が37.32人となっている。

人口増加県ほど100歳以上の割合が低くなる傾向にある。ところが、青森は秋田に次いで人口減少が激しい。男女とも寿命の短さは日本一だが、それが影響をおよぼしているのだろうか。

下の図は、100歳以上高齢者数を都道府県別にまとめたもの。1位は東京で5000人を超えている。2位が神奈川、3位が大阪、4位が北海道、5位が福岡となっている。
人口数5位の埼玉は9位にとどまっている。一方、人口600万人に満たない北海道は、福岡はおろか愛知や埼玉よりも高齢者数が多くなっている。
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画像:100歳超えご長寿の割合、最も高いのは島根! 少ないのは愛知、埼玉...
100歳でもハンドルを握る時代に!?

ところで、今回の厚労省の発表資料には「地域で話題の高齢者」57人が紹介されている。

現在も週1回ゴルフに通う北海道のFさん(100歳・男性)や、現役の幼稚園の先生として頑張る愛知県のKさん(100歳・女性)、今でも車を運転し買い物や病院に出かける鹿児島県のTさん(100歳・男性)など、元気ハツラツなおじいちゃん・おばあちゃんが実名で載っている。

100歳でハンドルを握るなんて、ひと昔前では夢にも思わなかったことだ。そうせざるを得ない生活環境なのか、それとも本人が若いのか。遠くない将来、これが当たり前になっていくとしたら——。

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画像:厚生省資料「地域で話題の高齢者」の一部。市町村名、氏名、生年月日は編集部がモザイクをかけた。


  1. 2015/09/22(火) 06:03:45|
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