Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

9月18日 

http://www.niigata-nippo.co.jp/news/local/20150918206265.html
新幹線 医師不足に“効用あり”
北陸新幹線 上越

2015/09/18 11:50  新潟日報【地域】

 3月に開業した北陸新幹線を使って上越地域医療センター病院(上越市)に通う非常勤の整形外科医が1人増えた。医師の採用担当者は「開業前と比べて、医師が通いやすくなったことが大きい」と喜ぶ。ただ、中山間地を含め市内の医師不足が深刻なのは変わりない。安定した診療態勢に向けて常勤医師を確保するためには、住みたくなるような街づくりが必要との声が出ている。

    ◇    ◇

<首都圏から通勤、非常勤で1人増>

 「お孫さんと遊んだときに痛めてしまったかもしれないですね」。9月上旬、整形外科の診察室で、医師の永井聡子さん(28)が優しい口調で患者に話し掛けた。

 永井さんは東京慈恵会医科大(東京)に所属し、上越地域医療センター病院には週1回通勤する。通い始めて2カ月余りがたち、最近は顔なじみの患者も増えてきた。永井さんの加入で病院の整形外科の外来診療は平日5日間できるようになった。

 「首都圏の列車ではいすに座れないほどの混雑が当たり前。上越に行くときは移動中にパソコンを使って仕事ができるのもいい」と永井さん。大学からの指示で上越での勤務が決まったときは「上越市は遠い」と思っていたが、今では片道2時間程度で移動できる便利さを実感している。

    ◇    ◇

<常勤確保には、なお課題>

 2年前から同じように週1回、整形外科に勤務する東京慈恵会医科大大学院3年木村正さん(32)=東京都=は新幹線開業前、上越新幹線と特急「はくたか」を乗り継いで勤務していた。悪天候の日は列車の遅れが生じることもあったが「今では時間を気にせず、新幹線1本でスムーズに上越へ通えるようになった」と話す。

 上越地域医療センター病院の福山卓総務課長は「慈恵会医科大には数年前から医師の派遣をお願いしてきた。新幹線による移動時間の短縮や移動の快適さは大きい」とみる。

 しかし、センター病院の整形外科は医師6人全員が非常勤。常勤が可能な長野市や富山市からの医師確保にも努めたい考えだ。福山課長は「家族での転居を伴う場合、上越市は暮らす街として魅力的かどうかが大事。地域全体で医師を確保するという共通意識が必要だ」と話す。

 上越市健康づくり推進課地域医療推進室は「過疎高齢化が進む中山間地では、いまだに医師不足が深刻。確保できるよう努めたい」としている。

■上越市の医師数
 厚生労働省などによると、2012年末時点で人口10万人当たりの医師数の全国平均は237・8人。本県は195・1人と、47都道府県中42位にとどまり、上越市は187・4人とさらに下回っている。中山間地では医師の高齢化も指摘されている。



http://www.jiji.com/jc/v4?id=201509womandoctor0001
女医さん、辞めないで!
(2015年9月)時事通信

増える女性医師

 看護師や薬剤師、助産師…。医療界はもともと女性が多い職場だが、医師となると話は別。圧倒的に「男性社会」だった。それが近年は様変わりし、2000年以降は毎年、医師国家試験合格者の約3分の1を女性が占めるようになっている。

 これに伴い、妊娠・出産といった女性特有のライフイベントによるキャリアの中断・断絶と、それによる医師不足が社会問題として浮上してきた。女性が医師として働くこととは。時代をたどりつつ考えてみた。

 ◇

 「昔から女性も全く同じ仕事をしており、性差はなかった」。こう振り返るのは、日本医師会で男女共同参画を担当する笠井英夫理事。医師という専門職において、「男女平等」は早くから実現されていたようだ。

 しかし、女性医師がまだ珍しかった時代には、人並み以上の能力・努力を発揮してきた“スーパーウーマン”が少なくない。

 横浜市でクリニックを営む大竹輝子さん(88)もその一人。産婦人科医として働きながら、一人息子を育て、夫の世話をした。「今は女性も働くことが当たり前になっているが、当時、女性が仕事を持つということは人の3倍働かなくては駄目だと思っていた」と振り返る。

 「職業婦人」を志す人は周りにほとんどいない女学校時代、医者になる意思は固かった。東京女子医学専門学校(現東京女子医科大学)に在学中の1945年、空襲で自宅を焼失。青森県に疎開していた家族に頼らず、夜間警備の仕事を見つけて学費と生活費を稼ぎながら卒業した。そうした意思の強さと培った体力が、今も財産となっている。

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 女性医師数の推移。厚生労働省[医師・歯科医師・薬剤師調査より]【時事通信社】

 開業後は座って食事をする時間もなく、パンを立ち食い。あっという間に夜の11時になっているような日々だった。「風邪をひいている暇もないから、ひいたことがない」と笑う。

 根っからの仕事の虫。出産後1年は休むつもりだったが、「いてもたってもいられず」乳児を背負って職場復帰。60歳のときにさすがに体力を考えて24時間体制の分娩(ぶんべん)をやめたところ、手持ちぶさたになったからと、昔からやりたかった絵と書を開始。本も数冊出版した。

 苦労も多かったはずだが、女性であってマイナスだったことは「あまりない」。逆に、「婦人科だと『女性がいい』とわざわざ探して患者さんが来てくれる」と、女医であることのやりがいを生き生きと語った。

数は増えたものの…少ない管理職

 厚生労働省の統計によると、1965年の女性医師数は1万人余で、全体に占める割合は約9%にすぎなかった。その後も1割前後で推移してきたが、90年代以降、数・比率ともに増加が顕著となる。当然ながら、若い世代ほど女性の比率が高い。

 かつての女性医師の多くは、大竹さんのような開業医だ。自分で働き方を調整できるという理由のほか、親が開業医で跡を継ぐケースも多かった。現在は、ほとんどの人が病院の勤務医としてキャリアをスタートする。そして、大学病院など組織の中で働く道は昔から厳しかった。

 女性医師の就労継続支援などを研究している冨澤康子東京女子医科大学助教(心臓血管外科)は、「(大学の)女性医師は子どもを持てなかった。産んだら開業するか、辞めるしかなかった。それに比べたらずいぶん進歩している」と時代の変化を語る。産休・育休をはじめ、院内保育、短時間勤務など、就業継続を支援する制度は近年整えられてきた。

 それでも、「周りに迷惑をかけるから」と辞める人、家庭との両立が困難で就労継続を断念する人が今も後を絶たない。日本医師会の調査では、産休を取得しなかった女性医師の半数近くが、理由として「取りづらくて一時休職または退職した」を挙げている。

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 年齢階級別医師数の男女比。厚生労働省[医師・歯科医師・薬剤師調査より]【時事通信社】

 「取りづらさ」の大きな理由が、勤務医の労働環境の厳しさだ。特に、外科、産婦人科といった24時間体制の科で深刻。冨澤さんは「女性だけでなく全体の労働環境改善が必要。女性がなかなか居残れないような所には男性も来ない。これから介護問題も深刻になり、男性も無関係ではない。24時間働ける医師ばかりでは無理だ」と指摘する。

 理念上は子育て支援への理解が進んだとはいえ、「休まれたら困る」という状況下では産休・育休を取ったり、子どもの病気で急に休んだりしづらいのも事実。「子どもを持つ女性教授のいる科では産める」と冨澤さん。医療に限った話ではないが、職場トップの考え方や態度は重要だ。

 ただ、キャリア中断を余儀なくされるケースが多い中、学会や病院のトップ・幹部に昇進する女性は今でも非常に少ない。冨澤さんらの2011年の調査によると、女性役員が1人でもいる医学会は半数弱で、外科系の学会では軒並みゼロだった。

 「組織の中での地位向上は遅れている。リーダーシップ教育が必要だが、上に女性がいないとなかなか教えてもらう機会がない」という冨澤さんは現在、「日本女性外科医会」の代表世話人として、女性外科医のネットワークづくりや情報発信に努めている。

妊娠報告に「最悪だね」― 大久保さん

 現在のように子育て支援の機運や制度ができる前、「男性社会」の大学病院で、苦労しながらキャリアを築いてきた女性医師たち。その一人、大久保ゆかり東京医科大学教授(56)に、自らの経験と後進へのアドバイスを尋ねた。

 ― 皮膚科医を志したのは。

 循環器内科に興味があったが、結婚を予定していた相手が外科だった。結婚しても医者をやめたくなかったので、2人とも救急系だと厳しいと考えた。ぎりぎりまで迷って、父が皮膚科医であったことと、一生続けられる科であろうという観点から決めた。皮膚科は女性が多く、当時でも2~3割いた。

 ― 外での研修が珍しい時代、希望して3年目に八王子医療センターの内科研修に出た。

 自分の患者をきちんと自分で診れるようになりたかった。皮膚科にも内科の知識は重要。非常に厳しく指導していただき、人生が変わった。あの時代があるから今の私がいる。指導者はある程度厳しくなければ人は育たない。

 ― 34歳、やや遅い結婚だった。

 学生時代からお付き合いしていた医師とは、結局縁がなかった。別れた要因の一つは、自分が医師であることだったと思う。結婚はしたいと思っていたが、研究の面白さに目覚め、のめり込んでいった。33歳のとき、先輩の紹介で出向先の病院の先生と付き合い始めたのが今の夫。実験に夢中になってデートをすっぽかしても怒らない人(笑)。「仕事を続ける」ということを、ご両親も理解してくれた。

 ― 妊娠したときはどうだったか。

 病棟医長をしていた。周りに迷惑をかけるのが申し訳なく、「すみません」と上司に報告したら、返ってきた言葉は「最悪だね」。今抜けられたら困るという思いがそんな言い方になったのだろう。ショックだったけれど、理解できたのでひどいとは思わなかった。幸いなことに、周囲のサポートのおかげで産前4週まで無事病棟医長として勤務できた。当時、妊娠・出産した女性は針のむしろ状態。先輩の女性医師で出産して続けている人はごく少数だった。

男性も女性も自立を

 ― 3カ月で復帰、育児との両立は。

 すぐには保育園に入れず、ベビーシッターや保育ママを利用した。給与がすべて保育料に消えたが、自分のキャリアへの投資と考え、惜しいとは思わなかった。地域の人も手助けしてくれて、息子は地域に育ててもらえた、社会に支えられたと思う。今の人にも、もっと社会に頼ってほしい。

 ― 42歳のときに子どもを連れて米スタンフォード大に留学を。

 ふとしたことで、「子どもときちんと向き合えていないのでは?」と感じ、子連れ留学を決意した。小学校1年の3学期から4年生まで、その間しっかり向き合い、子どもとの信頼関係を築けた。子どもと向き合う時期は一時的に、特に臨床のキャリアを離れなければならないこともあるが、短時間勤務、研究、教育など、選択肢はいろいろある。専門性、「この人にこれを任せられる」というものを持っていることが重要で、若いうちにできるだけキャリアの貯金をしてほしい。

 ― 2012年から教授に。

 教授になって自己裁量権が増え、自由度が広がった。上級職になれば新しい世界が見えてくる。「ガラスの天井」はまだあるが、男女問わず業績があれば認められる社会に今、まさに変わりつつある。

 ― その業績づくりにキャリアの中断が障害となる。

 だからこそ、独身のうちにできるだけ業績を積むことだ。英語の論文を書くことも大事。自分の若いときはそうした助言はほとんど得られなかった。医師5~6年目までの若い時代での育児休暇の1年は長すぎる。体と頭を戻すのに時間がかかるので、長くても半年で復帰してほしい。キャリアの中断はできるだけ短い方がよい。子どもはあらゆる人の手助けを受けながら社会に育ててもらう。自分は医者だということを忘れてはいけない。社会に貢献する義務がある。

 ― 家事・育児・介護もいまだ女性のみに負荷がかかる現状にあるが。

 男性も女性も、誰かに依存しないで自立することが必要だ。男性が家事や子育てをしないのは、どうせ女性がやってくれるという甘えがあるから。親は育児を通じて子どもに育てられる。男性も短期間でもいいから育休を取れるような社会に変わってほしい。

女性支援から働きやすい職場へ

 女性医師が働き続けられない職場に未来はない。そんな危機意識を持った病院や大学では、就労継続を支援するさまざまな取り組みが行われている。

 その先駆けともいえるのが、JCHO大阪病院(旧大阪厚生年金病院)。当時病院長だった清野佳紀名誉院長が2004年から、トップダウンで改革を断行してきた。

 きっかけは1人の女性医師の声だった。産婦人科の医師3人のうちの1人で、2人目の子どもができて辞めようとしていた。産婦人科医が減ったら、お産の取り扱いを中止せざるを得ない。どうしたら辞めずにいてくれるか尋ねたところ、「午後4時に帰れるのなら」とのこと。短時間正職員制度の始まりだった。

 「女性に限らず、人生の中では困ったことが起きる。(時短)制度をつくれば辞めずに残れる。お互いさまの制度として定着した」と清野氏。子育て中の女性だけでなく、親の介護や自らの病気療養など誰でも利用できる。

 とはいえ、最初からスムーズに進んだわけではない。「各科の部長や看護部長の力添えがないと無理。根気強く説得して理解してもらった」。重要なポイントは、他の人にしわ寄せが来ないよう、人員に余裕を持たせること。清野氏には、医師を増やしても収益上マイナスにならないとの確信があったが、一気に増やすことはせず、慎重に年間3~4人から増やしていった。

 その結果、医師が増えるのと合わせて収益もアップ。「稼ぐ人を雇うのだから当然。人件費の心配をするのはアホや」と言い切る。

 その他にも育児中の職員の声を参考に、病児保育、院内保育所、駐車場の優先利用など、順次制度を整えてきた。院内保育所は単独では赤字だが、職員サービスとして運営している。

 数年前までは「なぜそんなに甘やかすのか」「他の人が損をする」といった声もあったという。清野氏は「それは30年前の考え方」とバッサリ。極端な場合、そういう人には「あなたはこの病院に向かない」と伝えるそうだ。お互いさまの精神で助け合いできないのなら…と。

 助け合いは病院の中だけではない。地域の診療所との協力関係も制度を支えている。時短や当直免除により、病院の医師だけでは当直が回らないため、土日夜間の救急患者を診る代わりに当直の手伝いに来てもらうのだ。「地域の医者と仲良くしなければ。普段の院長の心がけが大事」という。

 ゆとりある人員配置、休みやすい雰囲気づくり…そうした取り組みの結果、女性だけでなく全ての人に働きやすい職場となった。清野氏は「制度をつくって安心しては駄目」と強調する。常に実施状況をチェックし、院長を委員長とする「ワークライフバランス委員会」で月1回ミーティングを行っている。

 こうした取り組みは、大阪市内の周囲の病院にも波及しているという。「うちだけ人気が出ると困るから、他もやらざるを得ない。大阪はずいぶん変わった」とにんまり。

きらめきプロジェクトの女医たち

 九州大学病院(福岡市)は、9年目に入った独自の取り組み「きらめきプロジェクト」で、医師の就労継続を支援している。

 このプロジェクトは、子育てなどでフルタイムの勤務が難しい医師が、曜日や時間を限定して3年間非常勤で働くというもの。働き方は、各所属長と相談して決める。通常の人事とは別枠の予算で運営している。

 第一外科の山田舞さん(36)は札幌市内の病院で4年間研修した後、乳腺の専門医を志し、愛知県のがん専門医療機関に就職。採用が決まった後に妊娠が分かった。

 その施設で当時、子育てをしている医師はいなかった。男性上司は「これからはそういう人も必要だから」「サポートする」と言ってくれたが、当直免除や急な休みなど、他の医師の不公平感もあり「やっぱり無理だった」。その後2人目の子どもができ、外科医の夫とともに出身の九州大に戻ってきた。

 今は週3日勤務で、2回外来、1回手術に入る。入院患者の受け持ちはない。「それは自分からは言い出せないが、上司がそういう考えなのでありがたい」と山田さん。「育児もしっかりやりたいしキャリアも積みたい。今は仕事と育児がいいバランスでできている」と話す。

 第三内科の藤原寛子さん(31)は、この春から週1回、糖尿病外来の初診患者を担当している。

 糖尿病専門医を目指して愛媛県の病院で働いていたが、循環器内科の夫が九州大に戻るのに合わせて退職。ちょうど妊娠したこともあって、子育てに専念する生活を1年ほど送っていた。「ブランクがあり、復職しようにも何も分からなくて」。そんなとき、プロジェクトを知り応募した。

 4月からしばらくやってみて手応えをつかみ、7月からは別の病院で週1回、外来のアルバイトも始めた。

 「育児中心の生活をしていたときは仕事のことが頭になかったが、このままでは戻れなくなるという不安があった」と話す藤原さん。いずれは専門医資格を取りたいという思いもあり、「ここなら困ったときに相談できる人がたくさんおり、バックアップ体制もある。安心して復職できた」と笑顔を見せた。

いろんな道、閉ざさないように― 樗木さん

 きらめきプロジェクトキャリア支援センター副センター長の樗木(ちしゃき)晶子教授(61)に、自らの経験と、プロジェクトの経緯や展望について尋ねた。
 ― 女性医師支援の背景について。
 女性は夫の転勤や子育てでキャリアが寸断され、戻ろうと思っても敷居が高い。医者を完全に辞めてしまう人はそんなにいないが、優秀な人が非常勤で開業医の手伝いをしたりしている。いろんな道があっていいが、バリバリ仕事をしたい人も閉ざされてしまう。

 ― 仕事か家庭か二者択一になる?

 そう。バリバリ働きたい人は、独身で男性と伍(ご)してやっている場合が多い。自分もそうなるだろうと考えていたころ、たまたま出会いがあって36歳で結婚し、妊娠した。

 ― それまでに院内でポジションを築いていた。

 循環器内科で九大初の女性だったので上司もどう扱っていいか分からず、「ご婦人は放射線を浴びちゃいかん」と(笑)。エックス線を使う心臓カテーテル検査をやらせてもらえなくて、もっぱら心電図。「治療」ではない心電図は男性はやりたがらず、自分ならではの居場所・専門性ができた。多くの人は産休に入る時点でクビだった。

 ― 産後すぐに復帰した。

 出産前日まで働き、2週くらいで外来に。受け持ち患者が大勢おり、迷惑をかけたくなかったので。2人目のときは産後の入院中に往診に行ったし、3人目は産む2時間前まで働いていた(笑)。

 ― その後、教育部門に。

 両方の両親の協力を得られたものの、さすがに3人となると循環器は無理では…ということで。教育をやりながら外来患者も診ており、スローダウンはしたが、診療・研究も継続してきた。

 ― 考案したプロジェクトが文科省の事業に採択された。

 当時の女性病院長に「女性院長のいる病院で取れなかったら恥や」とハッパをかけられて(笑)。最初は退職した主婦の復職支援も考えたが、まず辞めさせないことが大事。給与は安くても、勉強する時間ができ、専門医の受験資格の年限にも加えられる。そういう意識の高い人が応募してくる。

 ― プロジェクトの成果は。

 3年で常勤復帰という計画性を持った前向きな非常勤。自信を持って2年で戻った人や、医長になった人もいる。多くの科で理解が進み、女性医師が辞めさせられなくなった。助教や講師になる人も増えた。女性が生き生きと働ける所は男性も働きやすいはず。産婦人科は女性教授になって、男女とも入局者が増えた。

 ― 今後の課題を

 大学は医師を育てる所なので、優秀な人材がいなければ。女性を含め優秀な人が残ってくれるよう、全体の労働環境の改善が必要だ。医師がしなくていい業務を任せる人を増やすとか。意識の高さに任せた「女性医師支援」だけではどうにもならない。

(編集局編集委員 三浦 直美)



http://www.yomiuri.co.jp/science/20150918-OYT1T50083.html?from=ytop_ylist
「キスでアレルギー緩和」…大阪の医師にイグ賞
2015年09月18日 17時54分 読売新聞

 【ケンブリッジ(米マサチューセッツ州)=三井誠】キスするとアレルギー反応が和らぐかも――。

 そんなユニークな研究を行った大阪府寝屋川市の診療所の木俣肇院長(62)が、ユーモアあふれる研究をたたえる米国の「イグ・ノーベル賞」の医学賞を受賞した。17日、米ハーバード大で行われた授賞式で発表された。日本の研究者の受賞は2007年から9年連続になる。

 木俣さんは、アレルギー性鼻炎やアトピー性皮膚炎の患者60人(女32人、男28人)とアレルギーを持たない30人(男女とも15人)に協力を求めて実験した。恋人か配偶者と、個室で30分間にわたり自由にキスする場合と、キスはせずに抱き合うだけの場合で、前後のアレルギー反応に違いがあるかどうかを調べた。すると、患者がキスをした場合だけ、スギ花粉などによるアレルギー反応が緩和したという。

 木俣さんは所用のため授賞式を欠席したが、ビデオメッセージを寄せ、その中で「キスは、愛だけでなく、アレルギーの緩和にもつながるものだと願いたい」と呼びかけ、会場を沸かせた。

Kimata, H. "Kissing reduces allergic skin wheal responses and plasma neurotrophin levels." Physiology & behavior 80.2 (2003): 395-398.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14637240

Kimata, H. "Kissing selectively decreases allergen-specific IgE production in atopic patients." Journal of psychosomatic research 60.5 (2006): 545-547.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16650596



http://www.sankei.com/photo/story/news/150918/sty1509180010-n1.html
「キスの効用」で医学賞 邦人医師にイグ・ノーベル
2015.9.18 12:08 産経ニュース

 ユーモアにあふれた科学研究などに贈られる「イグ・ノーベル賞」の授賞式が17日、米マサチューセッツ州のハーバード大で開かれた。医学賞には、キスをすることで皮膚のアレルギー反応が低減すると実証した大阪府のクリニック院長、木俣肇さん(62)が選ばれた。

 日本人のイグ・ノーベル賞受賞は9年連続。木俣さんは都合があって式典を欠席したが、受賞は光栄だとした上で「人間が本来持っている自然治癒力ともいうべき豊かな感情を大いに利用して、アレルギー反応を減弱させてほしい」とのコメントを発表した。また、会場に感謝のビデオメッセージを寄せた。
 木俣さんは大阪府寝屋川市のアレルギー科クリニック院長。対象となった論文の実験では、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎を患う被験者それぞれ数十人に、恋人や配偶者と30分間キスをしてもらった。その結果、キスする前と比べ、ダニやスギ花粉に対する皮膚のアレルギー反応が大幅に抑えられたという。(共同)



http://www.med.or.jp/nichinews/n270920c.html
都道府県医師会医療事故調査制度担当理事連絡協議会
医療事故調査制度の円滑な実施に向けた具体的な支援について

日医ニュース 第1297号(平成27年9月20日)

 都道府県医師会医療事故調査制度担当理事連絡協議会が8月21日、日医会館小講堂で開催された。

 今村定臣常任理事の司会で開会。冒頭、あいさつした横倉義武会長は、医療事故調査制度発足が目前に迫る中、日医としても、全国の医師会員が、本制度の円滑な実施に向けた取り組みを進められるよう、施策の推進に努めているとした上で、「ご出席の先生方には、各地域における本制度の要として、医師会以外の支援団体や各施設などとの連絡・調整、並びに患者遺族と医療提供者間の橋渡し役など、大変難しく厳しい役割を担って頂くことになるが、本制度を患者・国民に信頼してもらえる制度へと育んでいけるよう、更なる協力をお願いしたい」と述べた。

 続いて、大坪寛子厚生労働省医政局総務課医療安全推進室長が、「医療事故調査制度の施行を控えた状況について~支援センターの指定と支援団体の大臣告示について等~」と題し、支援団体として、「日医及び都道府県医師会」等(8月6日厚労省告示)が、また、第三者機関である「医療事故調査・支援センター」には、日本医療安全調査機構(8月17日厚労省告示)が、それぞれ指定されたことを報告。

 本制度の基軸は医療機関の院内事故調査であり、中立性及び専門性、透明性、公正性を持った事故調査を迅速かつ適切に行うためにも、院内事故調査及び医療事故調査・支援センターの調査支援を行う支援団体の役割が最も重要になるとした。
 その上で、「支援団体には既存の枠組みを活用し、各団体間で連携して支援窓口や担当者を地域ごとに一元化して欲しい」と要望するとともに、地域ごとの窓口を10月までに厚労省のホームページに掲載したいとの考えを示した。

中間答申を参照し、迅速かつ的確な対応を

 引き続き、平松恵一医療安全対策委員会委員長が、当日、横倉会長に提出した(写真右)、日医医療安全対策委員会の第2次中間答申「医療事故調査制度における医師会の役割についてII~院内事故調査の手順と医師会による支援の実際~」の内容を概説。

 特に、院内事故調査支援のあり方については、上野道雄同委員会副委員長から、福岡県医師会が実施している「福岡県医師会調査分析事業」における過去の具体的な事例を基に説明が行われた。

 上野副委員長は、分析事業では、医師会が初期対応を担い、院内事故調査委員会開催までの日時の短縮を図るとともに、全ての事例について報告書を作成することで、民事訴訟、金銭支払件数が減少する等、一定の成果が見られたことを報告。

 事故が発生した際の対処については、(1)初期対応と院内事故調査委員会を遅滞なく開催すること、(2)院外委員が委員長を担う院内事故調査委員会の設置、(3)当該病院と支援団体が協力し、修正協議を繰り返し報告書を作成、(4)当該病院は報告書を分かりやすく、かみ砕いて遺族に説明─することが重要であるとした。

 その上で、支援団体である都道府県医師会には、(1)医療事故判断、(2)情報収集、(3)分析、(4)院内事故調査報告書の作成─等に関する手順や委員の選出等について、組織的に迅速かつ的確な対応が求められるとして、担当者によって対応が異なることのないよう、中間答申を参照し、これらについてあらかじめ決めておく必要があると指摘。

 特に、透明性・中立性を担保するためにも、院内事故調査委員会は院外の委員が委員長を担うのが望ましいとするとともに、初期対応の際の些細な齟齬(そご)が、遺族の不信を招きかねないことから、関係者の心情に配慮した事実の収集を行うこと等、事故対応においては初期対応が最も大切になるとした。

 また、報告書の作成に向けた論点整理の際には、当該病院と支援団体が忌憚(きたん)のない審議を重ね、関与する事象(所見、検査値、疑問)や、医師と思考過程が異なる看護師を始めコメディカルの意見や疑問など幅広く集め、診療録・看護日誌の閲覧を繰り返し行うことで新たな結論を導くこともあることから、「真相を埋もれさせないためにも、結論に誤りはないかということを常に疑問を抱くことが重要になる」とした。

100床以上の医療機関には別途保険を用意─今村常任理事

 今村常任理事は、「医療事故調査費用保険」について、(1)医療事故が起こった際、会員の先生方の経済的負担の軽減や遺族に対して十分な院内調査を実施できる環境を整えることを目的としていること(2)医療事故調査制度の下、院内事故調査の実施にかかった費用を本保険で補償する制度であり、個別の手続きや新たな会費・保険料の支払いは発生しないこと(3)全ての診療所と99床以下の病院の開設者・管理者(開設形態の個人、法人は問わない)である日医A(1)会員を対象とし、日医が保険契約者となり、医療機関が外部に支払った調査等に関する費用全般を支払うもの(年間支払限度額500万円)であること─等を説明。

 100床以上の医療機関の開設者・管理者の先生方が本保険の対象に含まれていないことについては、この度、日医として、100床以上の医療機関の開設者、管理者の先生方ができるだけ低廉(ていれん)な保険料で加入できる「医療事故調査費用保険」を別途用意したことを報告。病床種別、病床数に応じた保険料設定の他、要望に応じて1000万円の契約も可能であること等を紹介するとともに、加入手続きについては、各医療機関が保険契約者となり、都道府県医師会を通じて行って欲しいとした。

 その他、幹事保険会社からは、保険金請求に関する事務手続きや請求書式等について、補足説明が行われた。

 質疑応答では、事前に寄せられた質問・意見・要望や関連質問に厚労省の担当者や日医から回答を行った。特に、費用保険に対しては多く質問が出され、関心の高さがうかがわれた。出席者は101名。また、テレビ会議システムにより37道府県医師会に中継を行った。



http://www.med.or.jp/nichinews/n270920j.html
勤務医のページ
勤務医座談会(第1回)7月8日開催
「地域医師会を中心とした勤務医の参画と活躍の場の整備」をテーマに

日医ニュース 第1297号(平成27年9月20日)

 日医の勤務医委員会では、7月8日、「地域医師会を中心とした勤務医の参画と活躍の場の整備─その推進のために日本医師会が担う役割─」をテーマに座談会を開催した。今後、3回にわたって掲載する。

 泉(司会) 本日は、ぜひ楽しい座談会にして頂ければと思います。

 笠井 本日は、皆さんの忌憚(きたん)のないご意見をお聞かせ下さい。

 泉 「勤務医と地域医療連携のあり方」についてご発言ください。

 川村 北海道は病院、診療所などのシステムが非常に整った地域と、過疎になっている地域が存在しています。ですから、北海道では、地区・地域の連携に加え、それを旭川や札幌などの都市につないでいくという形で、完成させていかなければいけません。
 また、全体で利用できるような効率的な連携のシステム化を進めていく必要もあります。同時に、医師数が減っていますので、それぞれの地域に合った役割分担をどうやってつくっていくかということが難しくなってきています。
 このような地域連携においては、勤務医、開業医を問わず、医師会に一つの母体になってもらうのですが、ここにはほとんどの勤務医が積極的に関わりつつあるというのが今の状況です。

 幸原 勤務医が診察室の中で忘れてはいけないことは、地域の中の患者循環です。本日の議論のテーマの一つに「過重労働」がありますが、患者の循環が円滑にいくと案外うまくいくというのが私の結論です。
 今日来られた患者さんをいかに診察するかということだけ考えていますと、患者循環に目が行かない。実はこれを並行して考えるというところが一番のポイントで、これが地域連携の基礎ではないかと思います。
 昨今もう一つの問題として、「地域包括ケア」があります。これも単純に診療しているだけではなく、患者循環プラス情報循環ということを全体で考えていくことが、地方でも都会でも求められていると思います。

 齊藤 大学の立場からの課題としては、医師の偏在を解消することができるような教育が若いうちから可能かということです。あとは患者さんの偏在と言いますか、どのように機能分化をさせて適切に移動させるかということ、その二つが課題だと思います。
 学生の教育に関しては、地方にある附属病院に若い医師を派遣しようとしても、なかなか行ってくれないというようなことがあります。また、医師会はどういう活動をしているのか、地域の医療はどういうものかということを、大学の講義の中に少し入れるというようなことがあってもいいと思います。
 病診連携に関しては、処方の大半を院外処方にしている病院が、大学病院のような大規模病院には非常に多いです。ただ、がんを診る立場としては、抗がん剤を外で出すということに不安があります。外に出すと外の人に情報を提供しなければいけない。あるいは、外からもらわなければいけないということが生じます。
 がんのように非常に専門性が高い分野の連携をどのように進めていくかという時に、医師だけではなく薬剤師同士の情報提供書を普及させようという試みが始まっています。医師の間だけではなく、メディカルスタッフ全体を考えた連携も役に立つと思っています。

 佐々木 私の病院は、沿線各駅に泌尿器科の開業医がいるので、病院では手術をするだけです。
 また、抗がん剤でがんが落ち着いている場合には、術後も含めて、全て病院外の先生にお願いしています。役割分担をしっかりして、状態が落ち着いた患者さんは診療所にお願いするように若い医師にも教育しています。
 病診連携や病病連携を推進することによって、勤務医の勤務環境も改善していくと思います。

 鄭 勤務医と地域医療連携の在り方は本当に構造的に変わってきていると思っています。それは端的に言うと高齢化だと思います。
 病院に来るきっかけは感染症であったり、脳梗塞であったりで、それを治療して落ち着いたとしても、その後家に帰るという段になると、生活支援という要素も入れないと、なかなか帰れません。そこで地域医療連携が非常に重要になっていて、皆がそこを考えないと仕事が回らないだろうという認識が、科内では大体共有されつつあります。
 高齢の方の場合は、在宅医療を導入するのであれば、退院前カンファレンスなどを開くことになります。カンファレンスにはその地域で紹介するかも知れない在宅医に来てもらい、ミーティングをするということで、日常業務に地域医療連携が否応なく入ってきているということです。
 急性期の病院でお年寄りをたくさん診ていると、地域医療連携をしないと自分たちが大変なのではないかという危機感が出てきているのではないかと思います。

 幸原 例えば、患者さんの紹介・逆紹介の調整を行う際に、かかりつけ医に病院への不満があったとしても、病院の中にいればそうした声は全く聞こえてきません。またこの逆も少なからずあります。
 日頃の小さな問題点の解決が、患者循環には非常に重要です。現場ごとに言い分があるので、ここをうまく調整できればいいと考えています。

 佐々木 高齢者ですと泌尿器以外にも循環器とか消化器とか、いろいろな併存疾患があります。そこを泌尿器科の開業医が診てくれるかというと難しい部分があります。
 私が思うに、地域連携はそれぞれの科ごとではなくて、全ての科の先生たちがその地区の患者さんを皆で診るという考え方にならないと、うまくいかないと思います。
 大学病院と診療所等が役割分担する中で、循環器の病気がある患者さんだったら、専門性をもった循環器科の診療所に行ってもらい、泌尿器の病気は泌尿器科の診療所に行ってもらうという形で、その地域で全科の先生達が一緒になって、1人の患者さんを診るという形になっていくのが、本来の地域連携だと思います。

 鄭 これからの地域医療連携を考える際に、患者さんの具体的なイメージを想像した時、虚弱高齢者が増えるということになると、あちこち移動するのは大変なのではないかと思うのです。
 つまり、病状や疾病に応じていろいろな診療所に通うのはなかなか大変だと思うので、時々そういう所に行って治療方針に関する更新や調整などはするにしても、普段病状が安定している時には、その人をトータルで診る。それこそかかりつけの先生にコアでいてもらった方がいいのではないか。そういう役割があった方がいいのではないかと思います。

 齊藤 複数の診療所にかかっている人もいますが、疾患の重み付けと頻度は違っていて、内科の先生が中心になって頂けるとよいと思っています。眼科にも皮膚科にもかかっているみたいなことがあったとしても、基礎疾患というか慢性疾患でお世話になっている先生がやはりかかりつけ医であり、その先生に我々のお薬をお願いすることが結構あります。
 たくさんの情報を1人の先生がアップデートしながら正確に把握するということはとても大変です。私は全ての情報を知っているべきなのは患者さん自身だと思うのです。患者さん自身が自己管理能力を高めることで、医師の負担はかなり減ると思います。

 佐々木 地域連携で泌尿器科以外の患者さんの情報をやりとりする時に、患者さんは皆お薬手帳を持っていますので、例えば、「循環器はここで、消化器はそこにかかっています」ということを、逆紹介した診療所の先生が把握できるようにしていると、患者さんには説明しています。泌尿器科、循環器科、消化器科それぞれの先生方の診診連携がうまくいかないと、地域で全体を診るということはうまくいかないと思います。

勤務医座談会出席者
泉  良平【司会】(日医勤務医委員会委員長・富山県医師会副会長)
川村 光弘(市立稚内病院副院長)
幸原 晴彦(大阪南医療センター第3内科医長)
齊藤 光江(順天堂大学医学部乳腺・内分泌外科)
佐々木春明(昭和大学藤が丘病院副院長)
鄭  東孝(東京医療センター総合内科医長)
笠井 夫(日医常任理事)
(敬称略)



http://jijico.mbp-japan.com/2015/09/18/articles18521.html
厚労省が認定薬局を指定?いつの間にか変わった薬局の役割
早川 弘太 | 健康コンサルタント
2015年9月18日 JIJICO

厚労省の「かかりつけ薬局の機能強化」とは

厚労省が認定薬局を指定?いつの間にか変わった薬局の役割厚生労働省の「かかりつけ薬局の機能強化」の原案が判明しました。その内容は地域住民の健康相談に応じる薬局を「健康づくり支援薬局(仮称)」として認定し、地域の健康拠点としていきたいというものです。それにより、地域の健康促進を図り医療費の抑制につなげたいという思いがあるようです。

こうした問題に厚労省が取り組む背景は、これだけ医療が発達したにもかかわらず、入院や外来、歯科なども含めて患者数が減少していない、医療費が増え続けているという問題があります。どれだけ検査の精度が上がり、手術の技術が向上し、新しい薬が開発されても、病人が減らないことには医療費は削減できません。むしろ、検査や薬、手術が増えていくことで、どんどん医療費が膨れ上がっています。これに介護保険も入るため、削減に本腰を入れなければ本当に国の保険制度、医療制度、介護制度が破綻してしまいます。

薬局に備わっているべき相談機能が失われた

そこで、白羽の矢をたてられたのが「薬局」です。白羽の矢というよりも、そもそも薬局とは、もともと地域の身近な医療を担う「健康よろず相談所」だったはずです。現在ほど「何かあればすぐ病院」という風潮になる以前、私は昭和50年生まれですが、幼いころの薬局はまだそんな場所だったと記憶しています。

ちょっと体調が悪い時は「くすりやさんで聞いておいで」という感じで近所の薬局に相談し、「市販薬で対応できるのか」「医療機関を受診したほうがいいのか」「生活上で注意することは何か」。そんなアドバイスをしてきたのが薬局だったはずです。

医療機関への受診勧告は、街の薬局の大きな役割の一つでした。しかし、現在は調剤しかできない調剤薬局や物販中心のドラッグストアなど、相談を応需できる体制にない業態が薬局のほとんどを占め、本来なら当然薬局に備わっているべき相談機能が失われています。わざわざ認定という制度をとらなければいけないところに、現在の薬局の置かれている立場が表れていますし、薬剤師や登録販売者の意識や薬業人としてのレベルとモラルの低下が見られます。そのため、健康相談をしている薬局が目新しく見えるという逆転現象が起きてしまっているのです。

病気を予防しようという意識が低下

それでは、以前はそのような機能を持っていたとはいえ、健康相談をする場所がなぜ薬局や薬店なのでしょうか。病院でもいいのではと考える方もいると思われますが、基本的に病院は「病気になってから行く所」です。大多数の方は病気になってしまったり、具合が悪くなってから病院を訪れます。しかし、薬局は具合が悪くなって薬を買いに行くところであると同時に、具合が悪くなくても、毎日服用する保健薬やスキンケア関連品、雑貨など、健康な人も足を運ぶ場所です。そのため、気軽に訪れることができ、相談もしやすく、未然に病を防ぐきっかけをつくりやすいのです。

今まで、人間社会では病気になった人を治すことに全力を傾けてきました。そのお陰で治らなかった病気が治るようになり、現状を維持できるようになりました。その反動として病人は増え続け、日本人は国民皆保険制度の悪い部分として「病気になったら医者に行けばいい、薬を飲めばいい」という病気を予防しようという意識が低下してしまったのかもしれません。

全国の薬剤師、登録販売者のプロ意識が求められる

誰しも病気にはなりたくありません。ましてや、2025年問題(人口の4人に1人が高齢者)を目前に控え、健康寿命の増進が必須となっている現在、水際で病気を防いだり、重症化を防ぐことができる「健康づくり支援薬局」は、その機能が十分に果たせられれば医療費の削減、地域社会の健康に寄与できると思います。

認定制度という仕組みに関しては、医薬品を販売している以上、「相談を受けて当たり前」というぐらいの意識が当然のように求められます。今後、医薬品販売、薬の専門家としてのプロ意識を全国の薬剤師、登録販売者には持っていただきたいと思います。そうなった時に、日本の健康寿命は大きく伸びるでしょうし、そう願いたいものです。



http://toyokeizai.net/articles/-/84409
エリート医師が「地方」に魅力を感じるワケ
医師の価値観の変容が始まっている

エムスリーキャリア編集部
2015年09月18日 東洋経済オンライン

有名大学を卒業しエリートコースをひた走りながらも、都市部のブランド病院ではなく、地方の医療機関を就職先に選ぶ医師がいる。「地方=激務」「生活基盤が整っていない」などのイメージも強いなか、なぜ彼らは地方を選ぶのか。その背景をたどると、医師の価値観の変容が垣間見える。

東大医学部を出て縁もない登米市へ

田上佑輔氏は、東京大学医学部を卒業し、同大医学部附属病院の腫瘍外科に入局。腫瘍外科医として順調にキャリアを重ねていったが、33歳のとき、東大医学部時代の友人と協力して、宮城県登米市に「やまと在宅診療所」を創設した。

九州出身の田上氏が縁もゆかりもない登米市で働こうと思ったのは、被災地の医療を支えたいという使命感からだけではない。都市部のブランド病院とは一味違う、“地方ならではの仕事”に魅力を感じたことも大きかったという。

「登米市は、宮城県でも特に医師が少ない地域です。裏返せばその分、医師一人ひとりがやらなくてはいけないことも幅広い。わたしの場合、診療だけでなく、行政の方とも協力しながら、この地域の医療を充実させる施策を企画する仕事にも携わっています」と田上氏は言う。

地域の医療体制を根本からつくることにかかわる、というなかなか経験できないユニークな仕事内容に惹かれて、登米市で働くことを決断したという。

「働いてみて実感しているのは、地方ではとにかく患者さんとの距離が近いということ。患者さんのお店に買い物に行ったり、タクシーの運転手さんが昔の患者さんだったりするような場面は日常茶飯事です。こうした環境では息が詰まるという医師もいるかもしれませんが、患者さんとの関係性が強い分、自分の役割を自覚せざるをえない環境。『自分が医師としてどうありたいか』という思いが研ぎ澄まされ、勉強になります」(田上氏)。

田上氏が指摘するように、医師が足りていない地方ほど、医師一人ひとりの仕事の幅は広くなる。


「自分にしかできない仕事をしたい」と語る田上佑輔医師

登米市のような被災地では、地域の医療・介護を活性化させる立役者となってくれるイノベーター的な医師を行政も求めているし、2025年には団塊の世代が75歳以上となり医療需要が増大することもあって、経営変革の必要性に駆られている医療機関は全国的に多い。新規診療科の立ち上げや、他院との連携を推し進めるリーダーシップが取れる医師――田上氏の言葉を借りれば、「日々の診療」という枠にとらわれない「ユニークな仕事」をしてくれる医師の需要は、今後、社会全体で高まっていくことが予想される。

「医師にとって伝統的なキャリアパスは、『専門症例がたくさん集まる大病院で臨床スキルを磨く』『大学病院で出世して教授を目指す』というものかもしれません。しかし最近は、『臨床以外の道も自分にはあるのかもしれない』『自分にしかできない仕事をしたい』と考える医師も増えてきていると思います。

ソーシャルメディアの浸透もあって、医療業界の外の考えを知るのも容易になりましたし、個性的な活躍を見せている医師の情報は、狭い医療業界ではたちまち伝播する。医師のキャリアが多様化していると実感する場面は多いですね。逆に情報が多くなっている分、『自分が医師としてどうあるべきか』キャリアに悩んでいる人も増えているかもしれません」(田上氏)。

もちろん、これまでも「自分にしかできない仕事」を求める医師はいた。その自己実現方法はさまざまで、診療技術をとことん追求する医師や研究に没頭する医師、海外で経験を積む医師もいれば、最近ではMBAを取得して病院経営に携わるような医師もいる。田上氏はこうした自己実現の選択肢の一つとして、「地方で活躍する」というキャリアが存在感を増しているのではと指摘する。東日本大震災が起こり地方に注目が集まったことや、ソーシャルメディアが発達したことで、全国各地のユニークな取り組みが医師の目につきやすくなったことが要因だと見ている。

「面白い仕事ができそう」ブランド確立に成功した亀田

田上氏のように、個人の裁量が大きいという地方の環境を生かして、独自の取り組みを展開する医師は多い。地方を若手医師養成のメッカにしようとチャレンジする医師、北米で学んだER型救急を地方で展開しようと挑む医師、ITスキルを生かして離島の情報連携基盤を整えようとする医師――それぞれの強みや、地域ごとの特色によってアプローチは多種多様だが、これらの精力的な活動が地方に与えるインパクトは大きい。

こうした医師のチャレンジ精神をうまくくみ取って発展してきた好例とも言えるのが、「地方のブランド病院」として知られる亀田メディカルセンター(千葉県鴨川市)だ。30年前20人程度に過ぎなかった同センターの常勤医数だが、現在は440人ほど(2014年7月時点)にものぼる。アクセスがいいとは言えない立地でありながらこれほどの人気病院に上りつめた背景には、前向きなチャレンジを好む医師を病院側がサポートし、学会やメディアを通じて積極的に情報発信し続けたことで、「亀田に行けば面白い仕事ができそう」というブランドを医師の間に確立したことが大きい。

もちろん、個人の裁量が増えればそれだけ負担も増えうるので、医師にとって地方での勤務が良い面ばかりだとは言い切れない。しかし、その負担感を上回るほどのやりがいを実感できる環境であれば、地方が医師にとって魅力的なフィールドとなることは確かだ。田上氏が指摘したように、ソーシャルメディアなどによって地方の成功事例が瞬く間に業界内に浸透していく現在、亀田メディカルセンターと同様の枠組みで地方の医療を発展させる医師、医療機関が現れる可能性は十分に考えられる。そうした成功事例が各地で集積されていけば、多くの課題を抱える地方の医療も着実に良くなって行くのではないだろうか。



http://www.yakuji.co.jp/entry46182.html
国内の製薬再編は起きるか
2015年9月18日 (金) 薬事日報 社説

 厚生労働省が「医薬品産業強化総合戦略」をまとめた。後発品の数量8割への引き上げに伴う緊急的措置との位置づけだが、国が新薬メーカーに期待する役割を、「グローバルに展開できる革新的新薬の創出」と明確に示した。国際競争に勝てる企業となるため、M&A等による事業規模の拡大を視野に入れるべきとする一方、今後一定の期間、新薬が出せなかったメーカーには事業転換を迫った。

 つまり、新薬メーカーを名乗るからには、規模を拡大するなど、どんな形であれ、グローバルに展開できる革新的新薬の創出ができなければ、別の道を考えなさいということである。ただ、これは今になって急浮上してきた話ではない。これまでの医薬品産業ビジョンでも、国際競争力の強化という同じ問題意識が示されていたし、2010年に新薬創出等加算が試行導入された時点で、長期収載品に依存した経営はいずれ立ち行かなくなることも想定できた。

 総合戦略でも「日本の医薬品市場の構造変化は予見可能だった」としているが、「骨太方針で決定したほどの後発品の飛躍的加速までは想定が困難だった」との分析も盛り込み、だからこそ総合戦略が必要だったと強調している。

 しかし、なぜこのような状況になったのかを突き詰めれば、本質的には後発品の数量拡大が想定を超えたことではなく、多くの国内メーカーが“予見可能だった”将来への対応を真剣に考えていたかどうかということではないか。07年のビジョンから8年、新薬創出等加算の試行導入から5年。この間、バイオ医薬品をめぐる大型買収、新薬メーカーによる後発品事業への相次ぐ参入があり、最近は事業多角化から医療用医薬品への回帰が始まっており、グローバルの潮流は目まぐるしく変化してきた。

 翻って国内メーカーは、目立った動きはなかった。結果的にほとんど長期収載品のような製品も新薬創出加算の対象となったため、多くのメーカーは新薬を出せなくても好業績を確保でき、危機感は乏しかったように映る。そして14年度薬価制度改革の長期収載品の追加引き下げを契機に、追い込まれる形で国に事業転換を迫られることになってしまった。

 薬価制度に守られ、追い込まれるとは皮肉だが、それが今の日本の現状であり、長期収載品依存から脱することができず、グローバル対応が遅れたことの代償は大きいと思われる。規模を拡大するにしても単に企業同士が合併すればいいという問題ではなく、強い技術や得意領域などを持ち、しかも競争力がなければ協議の糸口も掴みづらいだろう。

 そうなると、競争力のないメーカーが残り、業界再編も進まず、国内医薬品市場の縮小というシナリオに進んでいく可能性もある。それでも日本企業の中にはキラリと光る創薬力がある。フルバリューチェーンを抱えていた贅肉をそぎ落とし、思い切ってエッジの効いた創薬ベンチャー型の企業に生まれ変わり、革新的新薬を志向する事業転換もあっていいかもしれない。



http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG07H4O_Y5A910C1MM8000/
医出づる国 第6部
「病院好き」治るか 最優先の治療、私が決める
「削りしろ」探せ(5)

2015/9/19 2:00日本経済新聞 電子版

 「今日のテーマは『日南の医療について考えよう』です。思いつくことを自由に挙げてください」。

 講師役を務める医師が呼び掛けると、高校生や主婦、会社員など約20人の参加者が話し合いを始めた。「高齢者の骨折が多いらしい」「医療費が高い」などの発言があちこちで出る。

 8月下旬の平日夜。宮崎県日南市役所で開いた地域医療リーダー養成講座「日南塾」の風景だ。

■住民巻き込んで

 高齢化が進む同市では、国民健康保険で使う医療費が県内で2番目に多く、財政を圧迫する。ただ、医療の質を保ちながら費用を抑えるのは難しい。市は住民の力も借りようと昨年度からこの塾を始めた。

 参加者は1年で6回の授業を受け、地域医療の課題や予防の効果を学ぶ。かかりつけ医を持ち、その医師の指示で必要なときだけ大病院に行くことが効率的であることなども知る。

 市地域医療対策室の浜崎俊一室長は「今はまだ意識改革の途中だが、将来は市民への啓発活動の先頭に立ってほしい」と語る。

 日本人が1年間に医療機関を受診する回数は平均約13回。これは先進国の中でかなり多い。かかりつけ医の紹介状を持って大病院へ行くという流れも定着しているとは言い難い。

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 このような患者の行動の背景にあるのは、保険証1枚でどこの医療機関にもかかることができる国民皆保険制度だ。世界的にも評価される仕組みだが、国民医療費が年40兆円を超えて増え続ける今、「過剰受診は抑えることが大きな課題」(濃沼信夫・東北薬科大教授)となっている。

 山形県南部の置賜(おきたま)地区。この地で15年前、先進的な病院の再編が実現した。救急や高度な医療を担う公立置賜総合病院を新設し、既存の4つの公立病院は規模を縮小、かかりつけ的な日常診療を担う形になった。しかし再編後、総合病院へ患者が集中する傾向が出た。

 総合病院の渋間久院長は「一時は外来患者数が1日千人を超えていたが、今は800人台に落ち着き、問題はない」という。ここまで来るには「かかりつけ医を持ちましょう」といった地道な啓発活動があったようだ。医療側の努力だけではやはり限界がある。

■究極のリスト

 海外には究極ともいえる住民参加の事例がある。

 米オレゴン州では公的な医療保険の財源をどのような病気や医療行為に優先的に配分すべきかを住民の意見を踏まえて決める。当局が費用対効果などに基づいてつくった優先順位リストを住民の声で修正する。

 その結果、今年の最も優先順位が高い分野は「妊娠」となった。「出産」「予防」が続く。いずれも日本では公的保険の対象とならない分野だ。一方、順位が低くなると公的保険の対象から外れる。「オレゴンの基準では日本の医療費のうち5兆円が公的保険の対象外になる」(濃沼教授)。

 医療資源には限りがある。どこに優先し、効率化を進めるか。住民・患者の側も問われている。

=この項おわり



http://www.nikkei.com/article/DGXMZO91440480X00C15A9I10000/
医出づる国 第6部
「医療資源はもっとうまく使える」 濃沼信夫・東北薬科大教授
「削りしろ」探せ

2015/9/19 2:00日本経済新聞 電子版

 増え続ける医療費をどう抑えるかは、日本の財政にとって最大の課題の一つだろう。今のままでは国民の負担が膨らんでいくばかりだ。とはいえ、むりやり抑え込もうとすると必要十分な医療が受けられないといった問題が起こる。医療費を膨張させずに、質の高い医療を提供できる道はないのか。「医療者と患者の協力」でその道が開けるという東北薬科大の濃沼信夫教授に聞いた。

 ――政府は医療費の抑制に躍起になっています。

 「今、政府で議論されている医療費抑制策はいずれも本質論になっていない。例えば、価格が安い後発薬(ジェネリック医薬品)の使用を増やすといった案が提唱されている。価格が高い先発薬を後発薬に置き換えれば、確かに医療費は減るが、それは1回限り。ある程度まで使用割合が高まれば、もうそれ以上の効果はない。患者負担を増やすともいうが、既に現役世代は使った医療費の3割を負担している。これ以上患者負担を増やして、『保険』の意味があるのか。こちらもおのずと限界がある」

 ――本質的な対策とは何でしょう。

 「経済協力開発機構(OECD)のデータによると、日本の人口当たり入院ベッド数はOECD加盟国平均の3倍ほどある。入院日数は2倍。外来受診率も2倍。コンピューター断層撮影装置(CT)などは4~5倍もある。過剰診療であり、過剰受診になっていることが最大の問題だ。これを是正し、医療財源をもっとうまく使うことによって、質の高い医療が実現し、なおかつ費用も増やさずに済むはずだ」

 ――具体的にはどうすればよいのでしょう。

 「医療提供体制を変えていかないといけない。そのためには家庭医の制度をつくることが大切だ。患者が自分の考えで、どこの医療機関へでも行ってしまうのではなく、まずはかかりつけの家庭医を受診し、そこから必要に応じて専門医や大病院を受診するという交通整理がいる。同時に情報化を進めることが欠かせない。家庭医や専門医などの間で患者情報が共有できるようにしないといけない。これにより重複した検査や投薬などの無駄が省けて、効率的な医療ができる」

 ――まずは医師など医療提供側が変わらないといけないのですね。

 「米国ではこの10年、医師の間で『Choosing Wisely』という運動が広がっている。直訳すれば『賢く選ぶ』だが、要は『無駄な医療はしない』ということだ。例えば、眠れないという高齢者は多いが、そこに睡眠薬を出すことは高齢者の健康に実はよくないので、出さないようにすべきだとか、子供への風邪薬は問題が多いのでやめる、ということだ。こういうことを日本でもきちんと実施すべきだ。無駄な医療をやめれば、医療資源を有効に使うことにつながる。本当に必要なところに医療資源を投入することができる」

 ――それには患者側の協力も必要です。

 「確かに国民、患者もよく理解しないといけない。それを考えるには米オレゴン州が参考になる。ここでは公的な医療保険制度でどのような医療をカバーすべきかという優先順位をつけるに当たって、住民の意見を反映させる。まず当局が費用対効果に優れた医療を優先するリストをつくる。これに対し各地でタウンミーティングを開いて住民が意見を述べ、リストを修正していく。意見が必ず通るわけではないが、議論に参加した住民は納得する。こうして、住民は自分たちの健康を守るうえで、公的な制度でどこまでやってもらい、どこからは自分たちで努力する必要があるかを知る。2015年の最優先医療は『妊娠』に対する医療だった」

 「日本では風邪や高血圧、整形外科系の疾患などに多くの医療資源が投入されている。そこに無駄な医療はないだろうか。ちょっと受診を控えてもらうことはできないだろうか。限りある資源を肝心なときに使えるよう、わたしたち自身も考えないといけない」

 こいぬま・のぶお 東北大医学部卒。厚生省(現厚生労働省)、世界保健機関(WHO)本部事務局、東北大医学部教授などを経て2013年より現職。専門は医療管理学。66歳。



http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG09H3M_Z00C15A9SHA000/
医出づる国 第6部
複数の病院で検査・投薬… 「はしご受診」で費用負担増

2015/9/19 2:00日本経済新聞 電子版

 医療費の伸びを抑えるには一人ひとりが正しい受診をすることが求められる。複数の病院を渡り歩く「はしご受診」をどう減らすかが課題となる中、紹介状なしに大病院を訪れた患者に一定額の負担を求める制度も始まる。

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 Q 受診回数が諸外国より多いのはなぜか。

 A 欧州では救急以外は原則かかりつけ医に診てもらう国もある。日本はどこでも自由に受診でき、大病院に直接行く人も多い。総務省の推計によると、同じ検査や投薬を重複して受けることで年間約2兆円の医療費がかかる。軽症で大病院を受診する人が増えれば、救急や重篤な患者を診る本来の役割を十分に果たせなくなる懸念もある。

 Q 対策はあるか。

 A 来年度から紹介状を持たずに大病院を訪れた患者に一定額の負担を求める制度が始まる。まずかかりつけ医を訪ねてもらい、大病院の受診が必要か判断することで、過剰診療を避ける狙いだ。詳細は検討中だが、初・再診料と別に5千~1万円ほどを徴収する。紹介状をもらってから行くと、通常の初・再診料で診察を受けられる。

 現在も大病院は紹介状がなければ特別料金を徴収できるが、実際に導入しているのは半数ほどだ。

 Q 一人ひとりの心がけで効果が出た事例は。

 A 兵庫県立柏原病院で、母親らが夜間・休日の不急の受診を控えるなど「節度ある受診」を呼びかけ、時間外の受診者数が大幅に減った事例がある。



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/46786.html
地域医療構想、二次医療圏での策定に懸念- 東京都医師会・尾崎会長
2015年09月18日 17時12分 キャリアブレイン

 東京都医師会の尾崎治夫会長は17日、今年6月の会長就任後初となる記者会見を開いた。この中で尾崎会長は、2025年の在るべき医療提供体制を示す都の地域医療構想について、「さまざまな医療環境が東京にある中、今までつくられた流れがある。今の二次医療圏ごとの構想区域でやると、その流れが変に途絶えてしまう」と述べ、現行の二次医療圏を構想策定の単位(構想区域)とすることに懸念を表明した。【敦賀陽平】


 二次医療圏は、病院や有床診療所が一般的な入院医療を提供する地域の単位で、都道府県の医療政策の多くは、二次医療圏ごとに行われている。だが、都の推計によると、団塊の世代が75歳以上となる25年の患者の動きは、疾病によって医療圏の流出入の傾向が異なることが分かっている。

 尾崎会長は「25年に向け、東京の医療をどうしていくのか。ちゃんとしたグランドデザインを描いた上で、医療提供体制をつくっていくことが大事だ」と語った。

■「医療計画と病床規制は分けるべき」―猪口副会長

 国の指針では、構想区域が現行の二次医療圏と異なる場合、18年度から始まる次の医療計画で「二次医療圏を構想区域と一致させることが適当である」としている。医療計画では、二次医療圏ごとに病床数の上限が定められており、医療関係者の間では、構想区域ごとに病床数が規制されることへの懸念が広がっている。

 都の「地域医療構想策定部会」で部会長を務める猪口正孝副会長は、「医療計画と病床規制の区域をはっきり分けて、それを明記しながら(構想の案を)作っていくのが一番いいのではないか」との考えを示した。



http://www.med.or.jp/nichinews/n270920b.html
日医・全国医学部長病院長会議合同記者会見
医師偏在解消策検討合同委員会「医師の地域・診療科偏在解消の緊急提言」の骨子を公表

日医ニュース 第1297号(平成27年9月20日)

 医師の地域偏在、診療科間の偏在の解消が喫緊の課題となる中で、日医では、全国医学部長病院長会議と共に、「医師偏在解消策検討合同委員会」を設置し、本年3月19日の第1回会合開催以来、7回にわたって議論を重ね、今般、「医師の地域・診療科偏在解消の緊急提言─求められているのは医学部新設ではない─」の骨子を取りまとめ、横倉義武会長が8月19日、荒川哲男全国医学部長病院長会議会長らと共に合同記者会見を行った。

 横倉会長は、本骨子を基に、今後執行部内でも更に検討を続け、国にも提言していく考えを示した。

 更に同会長は、この件に関連して、千葉県成田市への医学部新設について議論している政府の東京圏国家戦略特別区域会議・成田市分科会が7月31日に、内閣府・文部科学省・厚生労働省が示した「国家戦略特区における医学部新設に関する方針」案を了承したことに触れ、「これまで日医では、若年層を始めとした人口が減少する中で、養成費用も含め、医師養成数の議論が先行して必要であると主張してきた。国家戦略特区における医学部新設については、日医や日本医学会のみならず、全国医学部長病院長会議や千葉県医師会も反対しており、地域医療を支える立場から慎重にあるべきであったにもかかわらず、成田市の医学部新設について3府省の方針が示されたことは大変遺憾である」と述べた。

 一方、6月に閣議決定された「骨太の方針2015」において、「人口構造の変化や地域の実情に応じた医療提供体制の構築に資するよう、地域医療構想との整合性の確保や地域間偏在等の是正などの観点を踏まえた医師・看護職員等の需給について、検討する」とされていることについては、国に対し、地域医療を担う日医を始め、日本医学会や全国医学部長病院長会議の意見を聴きつつ、早急に議論をして欲しいと要望した。

 続いて、釜萢敏常任理事が、同骨子の趣旨として、「現状に対する強い危機感の下、相当の覚悟をもって本提言を取りまとめた」とし、(1)医師キャリア支援センター、(2)出身大学がある地域での臨床研修、(3)病院・診療所の管理者要件への医師不足地域での勤務経験の導入、(4)地域ごと診療科(基本領域)ごとの医療需給の把握、(5)医学部入学定員の削減と新たな医学部設置認可の差し止め─という5つの大きな柱の内容について詳細に説明。本骨子を基に、近々「提言」をまとめる予定であるとした他、現在見直しが進められている医師臨床研修制度の行方によっても、その内容が変わる可能性があるとした。

 荒川全国医学部長病院長会議会長は、2004年に開始された新医師臨床研修制度のマッチング制度が大学医局からの医師派遣機能に影響を及ぼしたこと、医師数の増加にもかかわらず、県庁所在地とその他の地域での医師の偏在は広がっている現状等に言及し、医学部新設では、解決につながらないことは明確になっていると指摘。「提言に沿って日医と共に努力していきたい」と強調した。

 なお、当日は、合同委員会のメンバーである、小川彰・森山寛両全国医学部長病院長会議顧問、中川俊男副会長が同席し、記者からの質問等にも答えた。


  1. 2015/09/19(土) 05:58:48|
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