Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

9月13日 

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015091302000107.html
鬼怒川決壊で2病院閉鎖 医療ピンチ 透析患者 まず広域支援
2015年9月13日 朝刊 東京新聞

 鬼怒川決壊による浸水で、常総市内の医療体制が危機的な状況に陥っている。市内にあった四病院のうち「水海道(みつかいどう)さくら病院」と「きぬ医師会病院」の二病院が水害によって閉鎖され、再開のめどが立たない。家を流された住民の避難生活も長期化が予想され、応急的な医療の受け皿づくりが待ったなしだ。こうした中、新たな支援の動きも出始めている。 (関東・東北水害取材班)
 決壊から三日目を迎えた十二日夕、水害で孤立化した水海道さくら病院から約七十人の患者を助け出し、別の病院に移す作業がようやく終わった。二日がかりだった。
 「体力がない患者をヘリコプターでつり上げるのは危険。寝たきりの人が多く、二人以外は消防のボートで救出するしかなかった」。広井信理事長は、疲れをにじませながら語った。
 院内の一階はほとんど水没した。十一日に、約三十人の透析患者を優先してボートで救出。この日は午前十時から再開し、約七時間かけて終えた。非常用電源が途切れそうになる中、自衛隊から軽油の支援を受け、患者の人工呼吸器などの電源を維持した。
 この間、二人の患者が死亡した。広井理事長は「二人は水害前から体調が悪かった」と説明した。
 きぬ医師会病院は一階が浸水。十一日に患者の救出が完了したが、高価な検査機器も被害を受け、ベテラン職員は取材に「病院は存続できないんじゃないか」と案じる。同病院は市内で最も大きく、救急患者の受け入れも行ってきた。
 茨城県の担当者は「二つの病院が閉鎖された影響は大きい。近隣自治体の力を借りて何とかカバーするしかないが、救急態勢などに心配も残る」と話した。
 一方、菊池内科クリニック(つくば市)は十二日、西に十キロに位置するさくら病院に通院していた人工透析患者を受け入れ、四十人を透析治療した。
 クリニックによると、患者の多くは六十~八十代の高齢者で、週三回の通院が必要。「避難所から通う人もいる。長期化すると患者の負担になる」と指摘する。
 県は他の医療機関にも協力を求め、患者ができるだけ近い場所で治療を受けられるようにする方針だ。
 長引く避難生活に対応するため、茨城県医師会も十二日、避難所に医師や看護師らを派遣し、体調を崩した人たちのケアを始めた。小学校の避難所ではがん患者が腹痛を訴え、病院に運ばれた。
 現地の医療を支援する筑波メディカルセンター病院(つくば市)の阿竹茂医師は「避難生活では、『みんなつらい思いをしている』と体調を崩しても我慢してしまう人が多いが、医師に率直に症状を訴えてほしい」と話した。



http://www.m3.com/news/iryoishin/356611
シリーズ: 医師と看護師、業務の在り方調査
診療の補助拡大、「責任は医師」が大半◆Vol.2
医師は好意的でも、看護師の負担感増

2015年9月13日 (日)配信成相通子(m3.com編集部)

Q.2 「診療の補助」を看護師が行った場合、誰の責任になるか決まっていますか。
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(%は、医師、看護師のそれぞれのnに対する割合)
 Q.1で病院勤務の医師(302人)と看護師(238人)に対し、ここ2,3年で看護師の「診療の補助」の種類が増えたかを尋ねた(『「診療の補助」、増加は2~3割』を参照)。そのうち、「増えた」と回答した医師(70人)と看護師(65人)に対して、「診療の補助」の責任の所在について聞いた。

 両者ともに多かったのは、「指示をした医師」と「場合による(医師に及ぶこともある)」。近年増えた「診療の補助」に対して、医師が何らかの責任を負っているケースが多いことが分かった。

 医師の回答で最も多いのは「指示をした医師」で、医師のうち44.3%に当たる31人が選んだ。次いで多いのは「場合による(医師に及ぶこともある)」が25.7%の18人で、合わせると7割近くに。

 一方、看護師の回答で多かったのは「場合による(医師に及ぶこともある)」で、看護師のうち29.2%に当たる19人が選んだ。次は「指示をした医師」で26.2%の17人だった。

 両者の回答が食い違ったのは、3位の選択肢。看護師では「行為をした看護師」と「決まっていない」(ともに12人、18.5%)だったが、医師では「病院の管理者」(11人、15.7%)。 一方で、「行為をした看護師」を挙げた医師は4.3%の3人で、その他を除く選択肢のうち最少。反対に看護師で「病院の管理者」を選んだのは6.2%の4人の最少となった。

 「指示をした医師」が責任を問われるケースが多いものの、その次に、医師は「病院の管理者」が責任になるケースが多いと考え、看護師は「病院の管理者」よりも、自身が責任を問われるケースが多いと考えていることが分かった。関係者の理解を得て、「診療の補助」を拡大していくには、責任の在り方を明確にすることが求められるだろう。


Q.3 看護師の「診療の補助」を増やしたことで、どんな影響がありましたか。(いくつでも)
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(%は、医師、看護師のそれぞれのnに対する割合)
ここ2,3年で看護師の「診療の補助」が増えたと答えた医師と看護師に対し、引き続きその影響について複数選択方式で尋ねた。

 その結果、医師は「医師の業務改善になった」「患者の評判が良かった」をともに64.3%が選択し、おおむね好意的な受け止め方が多かった。一方で、看護師のうち73.8%は「看護師の負担が増えた」を選んでおり、負担の増大を強く感じていることが分かった。

 「医療の質」についても、医師は42.9%が「向上した」と回答しているのに対し、看護師は16.9%。「悪くなった」を選んだのは、医師は1.4%だけだったが、看護師は12.3%が選択。「診療の補助」が増えたことで、看護師の他の業務が疎かになったと感じている可能性がある。



https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/tomita/201509/543801.html
コラム: 冨田和巳の「映画で考える医療と社会」
仕事にまい進する日本人と、最高に明るく遊びまくる米国人
癌宣告後に見る日米の文化の差『生きる』vs『最高の人生の見つけ方』

冨田和巳(こども心身医療研究所所長)
2015/9/14 日経メディカル

 病気を扱った映画は数限りなくある。観客の持つ「他者への共感」を刺激し、映画としての少々のつたなさをカバーしてくれるから、昔は映画の題材に困れば「子ども・犬・病気を出せばよい」と言われていた。しかし、黒澤明の『生きる』(1952[昭和27]年)は別格の名画である。彼の最高傑作、否、世界の映画史の中でも必ず3本の指に入るであろう『七人の侍』(1954年)の前に撮った「意欲や勢いに満ち溢れていた円熟期」の作品。

 『生きる』では、市役所の一課長の志村喬が、胃癌の宣告を受けたことで、それまでの「遅刻せず、休まず、仕事せず」の役人的生活は「生きていなかった」と悟る。それからは住民の小さな希望に真剣に取り組み、死を宣告された時に「生きる」証を残そうと試みる。そして雪の降る夜、完成した下町の小さな公園でブランコをこぎながら、時代遅れだが大好きな流行歌「ゴンドラの唄」をしみじみ歌い、満足して亡くなっていく。この場面が有名で、封切当時、小学5年生だった私でも、その場面と歌に感動した記憶がある。

音楽にこだわる黒澤監督の名作『生きる』

 小学生にも分かる内容であったにしても、名作と呼ばれるものは、あらゆる年齢にそれなりに感動を与える。今回、改めて見直すと、それ以前にキャバレーで場違いに志村が歌った時は、「ゴンドラの唄」を二番まで伴奏を付けてたっぷり歌わせたのに対し、最後の「雪の場面」ではあっさりと一番だけ。しかも歌と別の旋律のBGM(作曲は早坂文雄)が比較的明るく流れていく中で志村の歌声を重ねるなど、実に巧みな音楽設計がされている。

 黒澤は『野良犬』(1949[昭和24]年)で、犯人と刑事の緊張高まる決闘場面に、遠くから聞こえるピアノの練習音や、小学生が歌う「蝶々」の歌など、場面とまったく正反対ののどかな音を対位的に使って効果を上げた。このように、音楽にも凝る監督である。本作でも、志村がかつての部下である若い女性事務員(小田切みき)に、喫茶店で自分の癌を告白したいが言えない、という最も重要な場面で、誰もが耳に覚えのある軽快な「おもちゃの兵隊の観兵式」のメロディー(『キユーピー3分クッキング』でおなじみ)を流す。その後、自分が成すべきことがあると志村が思い付いた時には、喫茶店で誕生祝いをしている女学生の集団から「happy birthday to you」の合唱が流れる。画面手前の左右に志村と小田切の二人を大きく配置し、真ん中に華やいだ女学生の群を遠景で映すなど、若き黒澤の意欲的な技巧があちこちに光っている。

 黒澤は音楽にうるさい監督で、既成の名曲を作曲家に聞かせ、「この映画の音楽はこの感じで」と言うらしい。この映画では、想像をたくましくすれば、「ゴンドラの唄」に触発され黒澤が筋を考えたのかもしれない。山田洋次が米国のフォークソングから『幸福の黄色いハンカチ』(1977[昭和52]年)を撮ったように。

 主役の志村の演技は少々悲壮感丸出しの大写しが多く、全体にも細部にも「おかしい」ところは散見されるものの、総合的に見ると、先に指摘したように種々の技法が使われた傑作である。邦画では珍しい父子関係がもう一つの主題になっている。役所仕事に関わる問題もいくつか描かれ、制作当時の役所の描写は黒澤らしく実に見事。癌で戸惑い悩む前半の志村の姿は時系列で描き、彼が悟りの境地に達した後半は一挙に葬式の場面になり、会葬者の回想で彼の姿を描いていく手法も巧い構成である。このような技巧の数々を否定的にみる評もあるが、巧さは卓越しており、この勢いが『七人の侍』に繋がっていく。

米国式「癌宣告後の生き方」を描いた2本

 『生きる』からちょうど半世紀経過した2002年に、米国映画でケビン・クライン主演の『海辺の家』が日本で公開された。この映画は「父子の絆」を描いた作品として宣伝されていたが、私は『生きる』の米国版と考えている。

 時代に取り残されていく変わり者の設計士クラインが、解雇された上、癌を患っていることに気付くことから映画は始まる。彼は離婚して一人暮らしだが、人生の終わりを知った時、グレた息子を呼び寄せ、一緒に海に面した崖の上に建つ古屋を自分で立て直す計画を立てる。父性社会米国は好んで父子関係を描くが、『生きる』でも邦画では珍しく父子関係を描いている。何より癌を患ってから何かやり遂げる主題が『生きる』そのものである。主人公が残された時間を公的に使うか、私的に使うかの違いや、主人公の性格など、日米の文化差を表現していると解釈できる。

 それから6年後、更に明るく「これぞ米国!」と叫びたくなる「癌を患った」二人を描いた喜劇的な『最高の人生の見つけ方』が公開された。ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンという名優が癌患者になる。大富豪のニコルソンが、病室で知り合いになった貧乏な機械工の黒人フリーマンを誘い病院を脱出、世界各地を豪遊する話。

 文句を付ければいくらも付く映画であるが、結構面白く、始まりと終わりがなかなか良い。展開されるのは『生きる』と正反対の夢物語であるが、映画の基本は「夢を売る」ことにあるから、見事に役割を果たしている。最近「笑い」が免疫反応を高めると医学的にも指摘されているから、癌に罹患し悩む人の“治療”にさえなる、お勧め映画である。



http://www.m3.com/news/general/357040?dcf_doctor=true&portalId=mailmag&mmp=MD150912&dcf_doctor=true&mc.l=122018578
(私の視点)医療事故 不確実性踏まえた対策を 
岡崎幸治
2015年9月12日 (土)配信 朝日新聞

 昨年4月、国立国際医療研究センター病院(東京都新宿区)で、研修医が本来尿路に用いるウログラフィンという薬を誤って脊髄(せきずい)に注入し、患者さんが命を落とした。

 この研修医は業務上過失致死罪に問われ、今年7月、禁錮1年執行猶予3年の判決を受けた。ご遺族の哀傷を想像すると、心が張り裂けそうになる。亡くなった患者さんのご冥福を心からお祈りしたい。

 だが、同じ研修医である私にとって、これで終わりというわけにはいかない。なぜなら、今のままでは同様の事故はまた起きうるし、私自身人の命を奪い、この研修医の立場に立ちうるからである。

 私は3月に大学を卒業したが、医療現場の複雑さに驚愕(きょうがく)している。

 病院で扱う薬は2500種類、それぞれの薬に関する注意書きは9千字に及ぶ。私はある時、数日間分の薬の総量を1日分として処方してしまった。すると、即座に薬剤調剤部から間違っていないかと電話がかかってきた。実は電子カルテの画面でも薬の入力量について注意表示が出ていたが、うかつにも誤報だと思って無視していた。また後になって、実際に投薬する看護師さんも薬の量に疑問を抱けば医師に逐一確認することを知った。

 このように未熟さから間違いを犯しても、現場の長年の取り組みで培われたシステムやノウハウによって患者さんの安全が守られている。

 しかし、それでも医療事故は起こりうる。今回の事件で誤って薬を注入した研修医にも非はあるが、医療とは本質的に危険なものだ。薬の副作用や手術などは患者さんへの侵襲を伴い、限られた人員の中で誰もが全く間違わないことはあり得ない。

 それでは、どうしたら本当に医療の安全を実現できるのか。

 例えばウログラフィンのバイアル(瓶)と脊髄造影用の注射器を接続できない形状に変えさえすれば、今回のような悲劇は起こりえなくなる。せめて取り違えが重篤な帰結を生む薬液だけでも専用の注射器を開発すべきではないか。

 もちろんコストはかかるし、診療報酬という公定価格が定められている現在の医療でそれをカバーするのは難しい。しかし、社会も医療者も医療システムの複雑性や不確実性に正面から向き合い、こうした取り組みを進めなければ医療の安全を培うことはできない。

 もし私が医療事故を起こし、患者さんに尽くしたいという長年の夢が崩れ去ればどんなに悲しいだろう。しかし、おそらく本当に無念に感じるのは、自分の失敗が省みられずに、同じ悲劇が別の患者さんで繰り返されてしまうことだと思う。

 (おかざきこうじ 日本海総合病院研修医)

 ◆投稿は手紙か siten@asahi.com へ。電子メディアにも掲載します。


  1. 2015/09/14(月) 05:40:20|
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