Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

7月27日 

医学部新設

http://www.sankei.com/life/news/150727/lif1507270034-n1.html
新医学部に向け病院取得へ
2015.7.27 19:25 産経ニュース

 東日本大震災の復興支援として医学部新設先に選ばれた東北薬科大(仙台市)の高柳元明学長は27日、付属病院として運営するため、NTT東日本東北病院(同)と経営譲渡に向けて交渉していることを明らかにした。近く合意する見通しだという。

 東北薬科大病院の466床に、NTT病院の199床を合わせることで、高柳学長は「(十分な病床数を確保でき)医学部の付属病院として完成する」と話した。

 会議では、勤務先を宮城に限定した奨学生を30人、宮城以外の東北5県の勤務を計20~25人とする制度についても議論。委員からはあらためて「医師の新たな地域偏在が起こる」などの懸念が出た。

 また、災害や地域医療を重視する教育カリキュラムも明らかにし、過疎地の医療や被災者の心身ケアなどを重点的に取り上げるとしている。東北薬科大は来年4月の医学部開設を目指し、文部科学省の審査を受けている。


医学一般

http://www.cabrain.net/news/article/newsId/46301.html?src=catelink
救急搬送、8割が情報キットなど準備せず- 埼玉県が医療意識調査
2015年07月27日 13時00分 キャリアブレイン

 健康保険証や診察券、お薬手帳の写しを入れて冷蔵庫などに保管する「救急医療情報キット」などを準備していない人が8割超を占め、救急搬送に備えた準備が十分進んでいないことが、埼玉県が実施した医療に関する意識調査で分かった。ただ、救急車の適正利用については意識が高まっているようで、ほとんどの人が、症状に緊急性がない場合は救急車を呼ばないと回答した。県は、意識調査の結果を今後の施策の参考にしたい考えだ。【新井哉】



http://www.saga-s.co.jp/column/ronsetsu/212314
介護職員不足
2015年07月27日 05時00分 佐賀新聞

◆国と地方、連動する対策を

 団塊の世代が75歳以上になる2025年度に必要な全国の介護職員は253万人に達し、このままだと38万人が不足する恐れがあることが、厚生労働省の推計で明らかになった。介護現場の低賃金や重労働は既に指摘され、定着率の低さも問題になっている。労働環境改善などの対策が急務だ。

 推計は必要な介護職員数に対し、確保できる見込みの人数の割合(充足率)を都道府県別でまとめた。全国平均は85・1%だが、宮城、栃木、群馬、埼玉は60%台から70%台とかなり低い数値が出た。一方、佐賀は96・0%で全国で2番目に高かったが、推移をみると、17年度の97・3%、20年度の98・6%と徐々に悪化していく予測で対策が必要だ。

 ただ、この数値は国が提示した様式に、高齢化率や離職率などの数値を入れて算出したもので、現場には「どのデータを選ぶか、厳しく見積もるかどうかで違いが出ている」という指摘もある。国が進めるサービス再編や自治体の地域支援事業などを織り込めば推計値が変わってくる可能性も大きい。数値に憂慮するのではなく、介護職員確保や高齢者の暮らしを支える根本的問題に目を向けたい。

 介護職員の数は、介護保険制度が始まった2000年度が55万人で、今は約3倍に増えているといわれる。だが、「低賃金で体力的にもきつい」というイメージが定着し人手不足は慢性化。厚労省によると、常勤の人で1年間に離職する割合は16・8%で全産業平均の12・4%を上回っている。勤続年数が短いことも影響し、平均月給は約22万円と全産業平均より10万円ほど低い。

 そうした現状に対し厚労省は、介護サービス事業者に支払われる介護報酬を改定し、職員賃金が平均月1万2千円上がるよう手当てしたほか、介護福祉士が離職した場合に各都道府県の福祉人材センターに届け出を求め、再就職を促すことを盛り込んだ社会福祉法改正案を今国会に提出しているが、大幅な改善は難しそうだ。

 人材確保策とともに進められているのが、医療・介護の「病院完結型」から「地域完結型」へのシフトだ。一言で言えば「施設から在宅へ」ということだ。ただ、1人暮らしや高齢夫婦だけの世帯に対応する人の確保が課題になる。

 そのため厚労省は「地域包括ケアシステム」の構築も考えている。自宅をベースに、医療・介護や生活支援、介護予防事業などを一体的に提供しようという考え方だ。切り札となるのは24時間の定期巡回サービス。事業参入が少ないことなど課題も多いが、在宅は多くの人が望んでいる。実効性のある仕組みに育てたい。

 こうした国としての政策が推進される一方で、地方はその地域の実情に合った独自の施策も考えたい。地域の人のつながりの深さを生かす方法、医師会などと連携した取り組みがあるかもしれない。地域ならではの取り組みは不可欠だろう。

 佐賀では27日、「介護労働懇談会」が開かれる。県や労働局などの行政、大学などの人材養成機関、高齢者福祉関係事業所など22団体が参加して、厚労省の推計の報告やこれからの対応について協議する。国の施策と並行して、佐賀の現状と将来を考慮した取り組みを始めたい。(小野靖久)



http://www.qlifepro.com/news/20150727/case-has-generated-confusion-in-duphaston-and-fareston.html
「デュファストン錠」と「フェアストン錠」で取り違え事例が発生
2015年07月27日 PM06:00 Q Life Pro

名称のほかに、ともに産婦人科で使用される薬剤であることが取り違えの一因か

 アボット ジャパン株式会社と日本化薬株式会社は、両社がそれぞれ販売する「デュファストン錠」と「フェアストン錠」で薬剤の取り違え事例が2例発生したことを受けて、注意喚起を促すリリースを医療従事者向けに発出した。

 アボット ジャパンが販売する「デュファストン(R)錠」(一般名:ジドロゲステロン)は、切迫性流産や月経周期異常、子宮内膜症などが適応。一方、日本化薬が販売する「フェアストン(R)錠」(一般名:トレミフェンクエン酸塩)は、閉経後乳癌が適応で「劇薬」に指定されている。

同一棚の同一列に配置。抗癌剤を示す表示はなく

医薬品医療機器総合機構(PMDA)のホームページで公開されている2例の取り違え事例は以下の通り。

【1例目】
 産科・婦人科医師が「デュファストン錠5mg」を処方したところ、薬剤部が「フェアストン錠40」を調剤。2日後に、患者本人が違う薬であることに気づき、薬剤部に連絡を取った。両剤は、使用頻度の低い同一棚の同一列に配置。フェアストンにハイリスク薬を示す「H」の文字は付いていたが、抗癌剤を示す表示はなかった。さらに、同一薬剤師が処方箋監査と調剤を行い、別の薬剤師が調剤監査のみを行ったことに加え、調剤時に処方箋を見ながらピッキングを行わなかったことが分かっている。その他にも調剤監査時の薬剤名の未確認や、薬剤交付時に患者への説明・指導を行わなかったことが、調査の結果、明らかになった。

【2例目】
 「フェアストン錠40」のところ、「デュファストン錠5mg」を調剤。患者から電話連絡があり、間違いが発覚、すぐに薬剤を取り換えた。類似の薬剤名、産婦人科で使用される薬剤であることによる思い込みで調剤したことが背景に。

 両社はリリースで両剤の包装写真を掲載するとともに、それぞれの会社でも問い合わせを受け付けている。(QLifePro編集部)



http://www.fukushishimbun.co.jp/topics/10057
医師なし病院内施設を慢性期医療協会が提案 施設長は看護師
2015年07月27日福祉新聞編集部

 日本慢性期医療協会(武久洋三会長)は16日、医師を配置しない病院内施設の創設案をまとめ、記者会見で発表した。施設長は所定の研修を受けた看護師とし、看護職員の配置も介護療養型医療施設より少なくすることで“割安感”を打ち出した。2018年度の介護報酬、診療報酬同時改定での実現を視野に入れ、厚生労働省の療養病床の検討会で提案する予定だ。
 今後、都道府県が病床を計画的に減らしていくことを踏まえ、入院患者のいない空き部屋を施設として活用する。精神科病棟を居住施設に転換する考えと似通う。特別養護老人ホームとの違いを見せるため、看取りの安心感をアピールする。
 特養ホーム、老人保健施設、認知症グループホームなどにとっては、介護報酬を奪いあう居住系サービスの“ライバル”となる可能性がある。
 介護保険の適用される介護療養型医療施設(今年3月現在6万3000床)は、17年度末に廃止になる予定。しかし、医師の配置が必要な老健施設への転換は進んでいない。
 会見で武久会長は「空き部屋を廃虚にする手はない。新施設は医師の配置はないが、院内にのみ設けるものなので、何かあれば別病棟から医師が駆け付けられる。家族は安心だ」と話した。
 新施設は入所者100人当たり看護職員の配置基準が13人、介護職員が17人。看護職員は介護療養型医療施設(同18人)より少ないが、特別養護老人ホーム(同3人)よりは多い。人件費は介護療養型医療施設の半分で済み、特養ホームとほぼ同じという。
 新施設を介護保険施設とするか、住宅扱いとして看護や介護を外付けサービスとするかは未定。基準上の居室面積は特養ホームよりも狭いため、入所者が負担する居住費も特養ホームより低く抑える意向だ。
 厚労省は10日、「療養病床の在り方等に関する検討会」(座長=遠藤久夫・学習院大教授)を発足。従来の病床や施設の類型にとらわれない検討が必要だとし、年内に報告書をまとめる予定だ。
 日本慢性期医療協会は、9月に開催予定の同検討会で新施設の創設を提案する。



http://news.livedoor.com/article/detail/10395328/
まさに鬼畜の所業! 
二度と行きたくない最悪の医者エピソード「混むはずの時間帯に患者がゼロ」など

2015年7月27日 7時0分 マイナビウーマン

まさに鬼畜の所業! 二度と行きたくない最悪の医者エピソード「混むはずの時間帯に患者がゼロ」など

忙しい毎日の中から時間をひねり出して病院へ……。なのに、医者の対応にガックリきてしまったことはありませんか? 体のケアをちゃんとしたい女性にとって、医者選びは大切ですよね。そこで、女性が通う病院を変える決断をするキッカケについてアンケート調査を行いました。次に行く病院を品定めする際に参考になるかもしれませんよ。

■医者の態度にブチギレ! 病院の雰囲気も大切です

・「歯医者で医者が1時間寝坊してずっと待たされた」(28歳/ソフトウェア/技術職)

・「医師が、医院スタッフにものすごく偉そう。怒鳴ったりするのでうるさいし、居づらい」(33歳/小売店/販売職・サービス系)

・「皮膚科にて、ニキビをすごく気にしてるのに嘲笑われた」(27歳/医薬品・化粧品/営業職)

・「婦人科で、中年のタメ語で話すような馴れ馴れしいおじさんが先生で、そのほかの言動も不快だったので一度で止めた」(32歳/医薬品・化粧品/事務系専門職)

どの病院に通い続けるかというのは、医者との相性がすごく大切ですよね。何のために医者になったのか忘れているような偉そうな医者のところには、行きたくないものです。無理して通うよりも、少し遠くても信頼できる医者のもとへ行ったほうが心身の健康によさそうです。

■不信感がある

・「風邪といつまでも診断し続けた病院。結局肺炎で、ほかの病院へ行ったらそのまま緊急入院になった」(29歳/情報・IT/クリエイティブ職)

・「薬を必要以上に処方してくる病院。いつも使いきれずに余らせてしまっていたので、病院を変えた」(27歳/金融・証券/事務系専門職)

・「歯医者で、先生の鼻毛が飛び出てて、マスクもしないし、汚く感じて通うのはやめようと思った」(26歳/情報・IT/営業職)

・「ふつう混んでいるであろう時間帯に患者さんがゼロ」(26歳/機械・精密機器/事務系専門職)

・「レントゲンを撮っていないのに歯を抜こうとする歯医者」(33歳/印刷・紙パルプ/クリエイティブ職)

・「受付のお姉さんがみんなギャル」(23歳/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)

医者本人の技量と人間性は比例するのではないでしょうか。ちゃんとした医者のところには、患者さんがたくさん集まるでしょう。人間性にどこか不信感を持ってしまったら、もう通いたくないものです。

■病院って個人情報を扱ってるのに!

・「婦人科で、先生の説明が外に丸聞こえでデリカシーもプライバシーもない」(29歳/学校・教育関連/事務系専門職)

・「廊下で今日はどうされました~?と聞かれ、ほかの人もいるなかで病状を言わなければならなかった」(30歳/機械・精密機器/事務系専門職)

・「中学生のころ吐き気と熱があって病院に行ったら、親の前で妊娠してない? 心当たりはない? と言われた」(28歳/人材派遣・人材紹介/事務系専門職)

病院に案外多いのが、病気というプライバシーを扱っている自覚がないところです。中には他人に聞かれたくない診療科もあるはず。その心づかい一つで、通う病院を変えるキッカケになりますよね。

■忙しい中わざわざ行ってるのに!

・「患者が一人もいなかったのに診察までの時間、診察後の待ち時間が異様に遅かった」(32歳/その他/クリエイティブ職)

・「事前に受付で確認したのに、その後三時間待たされた上にうちの科では見れないと言われ、診療代だけしっかりととられたこと」(26歳/その他/その他)

・「何時間もまたされて、研修医のような若い医者がろくに問診せずに、『薬出しときます。よくならなければ、また来てください』と言った」(29歳/自動車関連/事務系専門職)

病院は、ある程度は時間がかかるものです。しかし働く女性にとっては半日休暇をとるのが精一杯なこともありますよね。予約をしているのに平気で何時間も待たされると、時間を無駄にしている気になってしょうがないですよね。

忙しい女性にとって、病院は時間の合間をぬって行くものです。ちゃんと診てくれて、人として信頼できる。そんな医者に出会いたいものです。

(ファナティック)

※画像は本文と関係ありません

※『マイナビウーマン』にて2015年7月にWebアンケート。有効回答数235件(22歳~34歳の働く女性)

マイナビウーマン



http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/s002/201507/542976.html?bpnet
地域医療のルーツを歩く◎沢内病院(岩手県西和賀町)【前編】
かつての地域医療のお手本は今…

千田敏之=医療局編集委員
2015/7/28 日経メディカル

 医師不足、人口減少と高齢化、国保財政の悪化……。僻地の悩みは十年どころか五十年一日だ。一方で、先達のパイオニアワークが改めて脚光を浴びることもある。過去と現在を対比させながら、日本の地域医療のルーツといわれる地を歩いてみる。最初に訪れたのは岩手県の沢内病院。地域医療のお手本とされた病院は今──。


岩手県と秋田県の県境に位置していた沢内村は2005年に湯田町と合併し西和賀町となった。同町は南北約50km、東西約20kmの広大な町。人口は6247人(2015年2月28日現在)。

全国の地域医療をけん引した沢内病院

 3月31日、総務省から「新公立病院改革ガイドライン」が出された。前回のガイドライン公表から約7年ぶりの見直し。その内容は、地域の公立病院にはこれまで以上に厳しいものとなっている。新ガイドラインは、2014年6月に成立した医療介護総合確保促進法に規定された「地域医療構想」とも連関させながら、病院統合を推進していくためのツールとなる。病床数に応じて公立病院に交付される交付税についても、病床数の算定基礎が許可病床数から稼働病床数へと見直される。稼働率が低い公立病院にとっては大きな打撃だ。

 昨年10月に40床で再スタートを切った岩手県西和賀町の町立西和賀さわうち病院にとってもこの改革は逆風となろう。移転後、病床稼働率は上がったとはいえ約60%。依然、苦しい運営を強いられている。

 同病院の前身は知る人ぞ知る、あの沢内病院である。「沢内村」と聞いてぴんとくるのは、今となっては日本の地域医療の歴史に興味のある医師くらいではないだろうか。1960年代から80年代にかけて日本の地域医療、僻地医療をけん引したのが沢内村(現在の西和賀町)の沢内村国民健康保険沢内病院だった。


写真1 旧沢内病院の建物(略)
1954年に国保直営沢内病院として開設。76年から沢内村国民健康保険沢内病院。2005年に西和賀町国民健康保険沢内病院に名称変更。75年建設の旧病院建物は14年の移転により使われなくなった。

病院機能と村の保健医療行政を一体化

 盛岡でレンタカーを借り、秋田街道(国道46号線)を雫石方面へ。雫石から県道1号線に入り、田園地帯を走る道を、西和賀町へ向かう。山伏峠のトンネルを抜けると旧沢内村(さわうちむら。2005年に湯田町と合併し現在は西和賀町)だ。雪の季節でなければ、盛岡からは1時間弱、約50キロのドライブだ。

 岩手県内陸部の豪雪地帯にあり無医村でもあった沢内村は、「自分たちの生命は自分たちで守ろう」という深沢晟雄村長(当時)の掛け声の下、60年代以降、独自の保健医療施策を次々と打ち出していった。どこよりも早い(1960年12月)老人医療費(外来)無料化、全国初の乳児死亡率ゼロ達成(62年)、病院機能と村の保健医療行政の一体化、ヘルス事業(検診、生活指導)の積極展開などだ。

 1963年から99年まで沢内病院に勤め(75~99年は院長)、94年までは村の健康管理課長も兼務した増田進氏は「病院の医療と保健婦活動の一体化こそが沢内方式の要であり、地域医療を実践する上での必須条件だった」と振り返る。医療と保健活動の両方を展開しつつ、「越冬入院」の名の下で冬季に高齢者を病院が預かるなど、福祉・介護の役割も担っていたのが「沢内の医療」だった。

 厚労省は今、重い要介護状態となっても住み慣れた地域で最後まで自分らしい暮らしを続けることができるよう、「地域包括ケアシステム」構築を推し進めようとしている。国が画一的なシステムを押し付けるのではなく、保険者である市町村や都道府県が、主体性を持って各地域の特性に応じたシステムを作ることを求めている。

 地域包括ケアシステムは元々、広島県御調町(現尾道市)の公立みつぎ総合病院院長(当時)の山口昇氏が、「寝たきりゼロ作戦」を実践する中で「保健・医療・介護・福祉」の連携・統合の必要性を痛感し、1970年代から提唱し始めた概念だ。その基本的な考え方は、遠く北の地、沢内病院でも既に60~70年代に芽生えていた。

 1960~70年代に沢内病院が実践した、医療費を抑えつつ保健活動などによって村民の健康状態を向上さる施策の一部は、「ヘルス事業」として国の老人保健事業にも組み入れられた。日本医師会の武見太郎会長(当時)も幾度となく沢内村を訪れ、沢内病院の実践や西和賀地域保健調査会の活動を視察。それが日医の地域医療の定義のベースにもなったという。

病院長が村の健康管理課長を兼任

 また、病院長が村の健康管理課長を兼任し、病院機能と保健医療行政を一体化させる方式は、全国各地の国保直営診療施設(国保直診)の運営スタイルにも大きな影響を与えた。宮城県の涌谷町町民医療福祉センターや、新潟県大和町(現、南魚沼市)のゆきぐに大和病院などはその影響を受けた医療機関だ。

 しかし、80年代に入り、医療費抑制策が国策として進められるようになると、沢内病院への風当たりは強くなる。81年の診療報酬改定以降、国は医療費削減へと舵を切り、それと呼応するように病院の累積赤字も膨張していく。また、81年には第二次臨時行政調査会(いわゆる土光臨調)が発足、3K(国鉄、国民健康保険、米=食管会計)の赤字解消に乗り出す。沢内村も行政改革委員会を設置、村民に健康をもたらした医療システムは、一転、財政面から厳しい批判を受けるようになる。

 1992年4月には「保健・医療・福祉を考える村民大会」が開催され、当時の村長・太田祖電氏と院長の増田氏の対論が行われ、その模様はNHKの『プライム10』という番組で全国放送された。病院単体の赤字(当時で累積赤字約2億円)を問題視する太田氏に対し、村民が健康になり村全体の医療費が節約できていれば病院の機能は果たしていると主張する増田氏との対論は平行線をたどり、決着には至らなかった。しかし、病院運営を巡って村の行政と増田院長の間に生まれた溝は深く、村は最終的に医療と保健を統合したシステムを捨て、「病院は医療に特化」の方針を打ち出す。

 国が進める老人病院改革や、介護保険創設に向けての議論が活発化する中、医療、老人介護、ヘルス事業を制度の枠組みを超えて提供していた沢内病院は、医師不足に悩む「普通の僻地病院」に姿を変えた。増田氏が沢内を去った1999年以降、地域医療のけん引役としての存在意義もなくなった。2005年に沢内村と湯田町が合併し西和賀町になると、45年続いた老人医療費無料化も終了した。

住民の要望で病院存続が決まる

 町村合併後も沢内病院は存続した。だが常勤医は定着せず、厳しい経営状態が続いた。そんな中、2006年には3人体制だった医師のうち2人が退職、入院や救急の受け入れ制限を余儀なくされた。病院の機能不全は住民の受療行動にも変化をもたらす。盛岡市や北上市、秋田県横手市の病院への患者の流出も始まった。

 そんな中、2007年に総務省から「公立病院改革ガイドライン」が出された。背景には医師不足や経営悪化に悩む公立病院の急増があった。

 2007年6月には北海道夕張市の財政破綻を受けて地方財政健全化法が成立、同じく6月に閣議決定された「経済財政改革の基本方針2007」には、各自治体に総務省が病院改革のガイドラインを示し、改革プラン策定を促す旨が明記され、12月のガイドライン公表に至った。ガイドラインでは、公立病院に対し、経営効率化と持続可能な病院経営を目指すことを求め、病院を開設する地方公共団体に対して改革プランの策定を要請した。

 沢内病院も県の要請を受け、「沢内病院事業健全化計画」を策定、医師を3人確保し病院として存続する方針を打ち出した。しかし、その後も医師不足は続いた。県立病院をはじめとする公立病院の統廃合や診療所化を推し進めたい岩手県は、沢内病院に対し2008年末、有床診療所化を求めた。

 すると、すぐさま反対運動が起きた。2009年3月には老人クラブ、婦人会などの住民団体が中心となり、病院存続を求める町民大会が開かれた。町と住民との対話の結果、医師確保のメドが立たないまま、病院の存続は決まった。豪雪地帯であることや、南北約50キロという長大な西和賀町に病院の存在は不可欠との決断を町は下したのだ。地元紙は「深沢村政の精神は生きていた……」と報道したが精神論だけで病院が成り立つ時代では、もはやなかった。

 医師不足、経営悪化に加え、建物の老朽化・狭隘化への対応も課題だった。西和賀町は2011年から12年にかけ、新たな病院建設の検討を行い、40床規模で町中央部に新築移転する計画を立て、2014年の開院を目指すことにした。しかし、病院建設が始まっても医師不足は続き、2010年末から常勤医は2人のままで、病院全体をマネジメントする院長は不在の状態が続いた。

「シームレス医療」を目指す

 3年3カ月に及ぶ院長不在に終止符を打ったのが、現院長を務める北村道彦氏だ。北村氏は岩手県立胆沢病院副院長を経て、2009年から県立花巻厚生病院と県立北上病院の統合でできた岩手県立中部病院の初代院長を務めた人物。


西和賀さわうち病院院長の北村道彦氏
岩手県立胆沢病院副院長、岩手県立中部病院院長などを経て、2014年4月から沢内病院院長。増田進氏と同じ、東北大学第2外科の出身だ。

 「岩手県立中央病院名誉院長で全国自治体病院協議会の会長も務められた小山田惠先生が、亡くなられる3カ月前の2013年春まで沢内病院顧問としてここで診療をされていた。その小山田先生が私に『定年後、沢内を立て直してくれないか』と話されていた。そんなこともあり、定年退職後は沢内病院の再生に懸けようと決断した」と北村氏は経緯を話す。

 2014年4月に赴任した北村氏は、旧病院で約半年、住民との懇談や、病院の組織作り、地域の医療・介護連携の体制整備を進め、同年10月の新築移転を迎えた。新しい町立西和賀さわうち病院は、旧病院よりも南へ約6キロ、旧沢内村と旧湯田町の境界近くに建てられた。北村氏含め常勤医は3人。耳鼻科、泌尿器科、整形外科の非常勤も確保した。

 北村氏が目指すのは、医療と保健、福祉がつなぎ目なく連携する「シームレス医療」だ。

 「かつての沢内病院が展開した医療の姿を、地域の開業医や歯科医、介護保険事業者と密に連携することで、今のスタイルに改めて実現できればと考えている」と北村氏。病床稼働率も昨年度の30%台から3月には60%台まで上がってきた。「町外の病院に流出していた地元の患者も徐々に戻ってきている。病床稼働率も次は70%を目指したい。人口減少と高齢化も視野に入れ、将来は療養病床や介護施設への移行も視野に入れる」とも付け加える。地域のニーズも踏まえ、4月には通所リハビリも開始した。

 時代に翻弄されながらも、「病院」という器を守り続けてきた西和賀さわうち病院。「地域包括ケアシステム」の構築が叫ばれる中、そのパイオニアワークを担った同病院が、かつてのような輝きを取り戻すことができるのか──。豪雪地帯の病院に、再び注目が集まっている。


写真2 町立西和賀さわうち病院(略)
2014年10月に旧病院から約6キロ南の地に新築移転した新病院。40床、鉄筋コンクリート2階建て、敷地は延べ4700m2。総事業費は26億9400万円。



http://www.m3.com/news/general/343323?dcf_doctor=true&portalId=mailmag&mmp=MD150727&dcf_doctor=true&mc.l=113795496
高知の医療法人に賠償命令 高松高裁
2015年7月27日(月)配信 共同通信社

 搬送先の病院でてんかんと誤診され、脳梗塞を発症したとして、高知県香美市の女性の遺族が、病院を運営する高知市の社会医療法人に約2850万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、高松高裁は24日、原告敗訴の一審高知地裁判決を改め、慰謝料など330万円の支払いを命じた。

 判決によると、女性は2007年11月、脳梗塞を起こす可能性のある発作で救急搬送され、医師らの診察を受けた。その後に脳梗塞を発症した。

 判決理由で吉田肇(よしだ・はじめ)裁判長は診察した医師の1人について「脳梗塞につながる発作と疑い、必要な治療をするべき注意義務を怠った」と指摘。「適切な治療を受ける患者の期待権を侵害した」と判断した。注意義務違反と脳梗塞の発症との因果関係は認めなかった。

 原告側は昨年5月の一審判決後、期待権の侵害に基づく請求を新たに加えており、高裁はこの部分に関し賠償を命じた。女性は11年に死亡した。



https://www.m3.com/news/iryoishin/342310?dcf_doctor=true&portalId=mailmag&mmp=MD150727&dcf_doctor=true&mc.l=113795497
シリーズ: 改革進む医学教育
兵庫医大出身のスター学者を出したい◆兵庫医科大Vol.2
医学教育センター長・鈴木敬一郎氏インタビュー

2015年7月27日(月)配信 高橋直純(m3.com編集部)

――兵庫医科大で研究医養成を目指す意義を教えてください。

 医学部生時代に研究に興味を持つ学生は少なからずいるが、経済的な問題もあり、臨床医を選択する人が大半。また、兵庫医科大を含む私学では、「研究は東大や京大の学生がやるもの」という思いがあるのも事実。ただ、やらせてみたら、すごく才能がある子もいる。受験に長けているのは満遍なく点数を取る人だが、研究はピンポイントで深く掘り下げること。研究者は好き嫌いがあっても良く、好きなことに打ち込むのに長けた私学を出た学生の方がすごく面白い研究をすることもある。

 また、自大学の将来の幹部教員を卒業生から排出したい。それが学生の学習へのモチベーションを上げることにもなる。ぜひ兵庫医大出身のスター学者が出てきてほしい。

――研究医養成を取り巻く現状にはどのような課題があるでしょうか。

 医学部の教育は昔に比べて、大変過密になっている。全国共用試験の導入で、昔のように最初の2年間はゆっくりすることはできない上に、国際認証を得るために臨床実習期間の延長が求められている。基礎講座配属も1カ月程度しか取ることができない。

 一方で、(2017年度からの)新専門医制度の影響もあり、卒業後5年間は臨床に出てしまう。専門医取得後に研究に戻ることも可能だが、研究の素養を身につけておかないと、限られた大学院の時間では実績を出すのに間に合わない。

 卒業生が大学院に戻ってくるのは、後期研修医や病院助手などの時で、8、9割が夜間大学院。昼間の大学院は医師以外が多い。本来、助教は学位が持っていることが前提だったが、今は夜間大学院に行きながら学位を取る人も増えている。卒業生で学位を取るのは半分から3分の1くらいか。学位を取っても仕方がないという風潮も強まっており、取れないまま辞めてしまう人もいる。

――授業に出席しなくても、医師としての能力に問題は生じないのでしょうか。

 全国共用試験、臨床実習、国家試験もあり、どこで時間を捻出するかが一番の課題だった。これまでは基礎医学の時間の中で捻出しようとしていたが、それは無理。これだけカリキュラムが過酷になると、かなり思い切ったシステムが必要になると考えた。アメリカの医学部などは臨床の系統講義は行われていないと聞いている。研究医コースでは教育過程そのものを変更することによって、全く新しい教育スタイルを作りたい。

 もちろん医師としての質の保証は大学の責務。全部の授業をビデオ録画し、ネットを介して家でも大学でも見られるようにする。専任教員3人を配置している医学教育センターでサポートする。ただ、学生から寂しいという声も出るので、希望する授業には出ても良いとする。日中は研究室、夕方以降は自習の時間に充ててもらうことを考えているが、クラブ活動などは普通にやって良い。これまでの研究医コースは日中は授業に出て、夕方から研究しろと言っていたがそれは過酷。

――学生の意識はいかがでしょうか。

 入学時に研究医コースが面白そうと言ってくれたが数人。「学生時代で一番面白かったのが研究室配属」と言う学生は多々いる。募集10人のところに20、30人が来て選抜したいが、先行する他大では4人の枠に4人の応募だったと聞いた。今年度末に最初の学生が決まるので、アピールしていきたい。

 10人全員が基礎研究者とは思っていなくて、大半は臨床医になるだろう。けれども臨床医をやりながら研究に目を向ける医師になってほしい。大学病院の責務は何かというと、治らない病気を治るようにすること。当直でインフルエンザの患者30人を見るのも立派なことだが、インフルエンザの新しい薬が必要と感じた時にやってみようと思える素養を身に付けた学生を作りたい。

――医師が研究することにどのような意義があるのでしょうか。

 「あれに困っている」「これがあれば役に立つ」という臨床現場の視点が医学研究には不可欠。また、医師であれば、基礎医学の成果を自分で病棟に持っていける。研究の世界ではトランスレーショナル(横断的)リサーチが必要と言われているが、MD研究者がまさにトランスレーショナルリサーチそのもの。

 また、最近は医学部の人気が高すぎて、偏差値の高い子が集中し過ぎ。あんまり医師向きでない学生もおり、医療系に来た中でも進路の多様さは必要だと思う。これはマイナーな理由だが。

――鈴木先生はどうして研究者になったのでしょうか。

 大阪大学卒業後の5年間は循環器内科にいた。師事していた先生が、たまたま生化学の先生と懇意にしており、昔の医局制度なのでちょっと行ってこいと言われたのがきっかけ。そのうち、おもしろくなり、のめり込んでいった。当初は研究がまとまり、学位をもらったらまた臨床に戻ると漠然と思っていた。

 昔は学位の研究を基礎医学教室に派遣されることが多かった。大学に人がいっぱいいたからだが、今は臨床講座の人材が不足しており、基礎に回す余裕もなくなっている。

 このコースでも基礎研究者を増やすのが究極の目標だけど、いきなりは増えない。大学で臨床研究をやる若い人が増えて、その中で臨床研究を極めるためには基礎医学の手法、アイディアが必要と感じて、基礎研究をしたいと思う人が大学に増えていってほしい。



http://www.m3.com/news/general/343399?dcf_doctor=true&portalId=mailmag&mmp=MD150727&dcf_doctor=true&mc.l=113795501
医師夢見る子供に医療や薬の効果解説 福島市で「ふくしま子供医科大学」開講
2015年7月27日(月)配信 福島民友新聞

 医師や科学者になりたいという子どもたちの夢を応援する「ふくしま子供医科大学」の初めての公開講座が23日、福島市で開かれ、中高生が医療について学んだ。専門家から話を聞いたり、体験する機会をつくることで、子どもたちの医療分野への関心を深め、医療人材の育成につなげる。

 医療人ネットワーク合同会社(福島市)の主催、サンセイ医機の共催、県教委や福島医大の後援。オープン式典では、医療人ネットワーク合同会社の阿部真一郎社長が「スポーツ分野で子どもの夢を支える仕組みがあるように、医療科学分野での野球のリトルリーグのような存在となり、子どもの夢を実現させたい」と開講に際し思いを語った。尾形淳一県こども未来局長があいさつ。杉昭重県教育長も参加して関係者がテープカットした。講座では、医師や医療関連企業の社員らが講師となり、医師の仕事や医療機器の仕組み、薬の効果などについて話した。



http://www.m3.com/news/general/342959?dcf_doctor=true&portalId=mailmag&mmp=MD150727&dcf_doctor=true&mc.l=113795503
【滋賀】民間施設でバイト 高島市民病院、看護師を停職処分
2015年7月27日(月)配信 毎日新聞社

懲戒処分:民間施設でバイト 高島市民病院、看護師を停職処分 /滋賀

 高島市民病院(高山博史院長)は24日、病院の看護師(33)が県内の民間福祉施設でアルバイトをしていたとして、停職6カ月の懲戒処分にしたと発表した。看護師は同日付で依願退職した。

 病院によると、この看護師は2012年4月~今年5月の3年2カ月にわたり、平均月3回、福祉施設で日勤や夜勤をして報酬を得ていた。病院には無届けで、地方公務員法の営利企業等の従事制限や職務専念義務などに違反するとしている。 病院は、監督責任などがあったとして看護師の上司にあたる部長2人も文書訓告とした。【塚原和俊】


  1. 2015/07/28(火) 05:52:39|
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