Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

7月20日 

https://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20150720_10
勤務医6年ぶり減 県立病院・センター14年度末
(2015/07/20) 岩手日報

 県医療局は2014年度末時点の県立病院と地域診療センターの勤務医数(常勤医と後期研修医)をまとめ、勤務医は558人で、前年同期比4人(0・8%)減と6年ぶりに減少した。震災対応のため新たに本県に着任した招聘(しょうへい)医の減少などが要因。沿岸被災地の県立7病院と同センターの勤務医は146人で同9人(6・0%)減るなど地域間の医師の偏在傾向は解消されていない状況だ。

 病院ごとの医師の増減状況(前年同期比)は、中央8人、磐井2人、釜石、江刺、一戸、東和で各1人増。減少したのは久慈、胆沢各4人、大船渡2人、宮古、遠野、高田、千厩、二戸、大槌、山田、南光で各1人。

 県医療局によると専門医資格の取得を目的とした都市部への大学院進学希望者が増加傾向にあることに加え、全国的な震災への関心の薄れが医師数減につながったとみられるという。震災支援で本県に新たに着任した招聘医は11年17人、12年12人、13年2人、14年1人と減少傾向だ。



http://blogos.com/article/123584/
医学と政治の思考過程 時代は変化しそれにあわせるのは進歩! 
2015年07月20日 09:13 Blogos

中村ゆきつぐ

私は医者です。平成元年に防衛医大を卒業し、医師免許を頂き医師たる幹部自衛官になり、途中選挙に出るため自衛官をやめなければいけず、ブログで自分の意見を発信する変った医者として現在にいたります。

自衛官時代イラクにも行かせていただき、本当に理想と現実の差に巻き込まれながらも、現実的に何をすることが一番大事なのかを決めて、いや自分に納得させて行動してきました。海外に行くことで日本という国の素晴らしさ、日本国民の素敵さを実感しました。その上で自分に与えられた仕事をその当時最大限素晴らしいものにしようと努力してきたつもりです。ただ評価はむずかしいと思います。いつももっとうまくやれるのではという反省の積み重ねです。

今回の集団的自衛権関連事象と、医学的思考過程の共通点について述べてみます。

安倍総理の言葉です。(平和安全法制のナゼ?ナニ?ドウシテ? 第四回 )
「時代が変わっていく。兵器も進歩していく。国際情勢も変わっていきます。国と国との関係も変わっていく中で、必要な自衛の措置を私たちは考え抜かなければいけないんです。これを考える責任を放棄するということは、もう政治家としての責任を放棄することなんだろうと思います。」

医療において、15年前に教科書にこの時はこうしなさいと書かれていたものが、現在禁忌処置(絶対やってはいけない処置)として教科書に書かれています。いろいろ積み重ねていく上で医学が検証されてきたのです。この変化を、いや以前の教科書に書かれているのだからこの治療をやり続けるべきだと言う方はそういらしゃらないと思うのですが。

いや、医療と政治は違う。それこそ、いや製薬企業が儲けるためにデータを捏造したに違いない、臨床データは改竄できる、医師と製薬会社は患者をモルモットにしている。本当どこかでみた思考過程です。憲法と教科書は違う。アメリカの言いなりになって日本国を戦争させる国にしようとしている。中国や北朝鮮が攻めてくるなんてありえない。あの9条を守ることが大事なんだ!多分そう反論する方がいらっしゃると思います。

医療はこの処置をすることでその患者の生命を維持する上で最良のものを選ぶ積み重ねです。それには副作用もあり、結果やらない方がよかったとなることも多々ありますが、やることによって生命を助ける確率が上がるものです。

放置することでじり貧が予想されれば、さらに危険な介入をすることもやぶさかではありません。もちろんこのタイミングでしかやってはいけない、つまり状況が悪くなったからこの処置が許されるということもあります。

こんなこと、ビジネスの世界でも同じことでしょう。まさにリスク管理です。立ち止まることがいいのか、前に進むことがいいのか。20台の患者さんと90台の患者さんでは当然答えは違いますし、家族の考え方でも答えは違います。それでも考え続け、現在最良と思える手を打たなければいけませんし、そうやってきているつもりです。

ただ一個人の考え方はやはりもろい物だと思います。だからこそ議論しましょうと言っているのです。日本という国、まだまだ元気で生きていて欲しいものを最大限いい方向に向かわせるために。

いろいろコメント頂きました。また真間田弘さんというジャーナリストの方とツイッターでも議論させていただきました。(@mamasan_h)本当とてもいい知識を頂きました。ありがとうございます。

対中国外交上全部は言えないことからも、国民が政府を信じれるかどうかが難しいのはよくわかります。医療不信と政治不信は同様の構図です。だからわかる範囲で議論をしましょう。それが政治です。国民はどうせ忘れるから、患者はどうせ知らないからと開き直るのはまだ早い。

医師と違って人も時間もあるはずです!主要な方はもっと忙しいでしょうが、少なくともプラカードをもったり、国会前で怒鳴る時間があるのですから。



http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201507/20150720_65003.html
楢葉の内科医が診療所再開準備
10月に再開予定の「ときクリニック」

2015年07月20日月曜日

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示が9月5日に解除される福島県楢葉町の内科医土岐高久さん(61)が、町内で診療所を再開する準備を本格的に始めた。原発事故前は、内科では町内唯一の医療機関だった。再開目標は10月1日。土岐さんは「帰町する人たちを支えたい」と話す。

 いわき市出身の土岐さんは2002年、隣の広野町で「ときクリニック」を開業。04年3月に楢葉町へ移設した。町内の特別養護老人ホームの嘱託医も務めた。
 原発事故後、埼玉県に避難した後、茨城県土浦市に移った。将来の診療所再開を見据え、看護師や事務職員の雇用を継続。楢葉町に通い、国や県の補助も活用して建物の修繕や医療機械の整備などを進めてきた。
 再開の時期を決めたのは6月。帰還に向けた準備宿泊が4月に始まったからだ。7月初め、看護師らに10月再開を伝えた。現在、診療所内の再清掃や機器の点検、電子カルテ導入や医薬品発注などの準備に当たる。再開後の診察は火~金曜の週4日を予定する。
 土岐さんは、避難指示を解除する政府の判断には疑問を抱く。「空間放射線量が高い場所が残り、飲料水に不安もある。生活環境も整っていない」。準備宿泊の登録者は約700人と、人口の1割以下にとどまる。
 「当面、楢葉に戻る町民は少ない。廃炉・除染作業員の利用もあるだろうが、どれくらい患者が来るのかは分からない」と土岐さん。「地域に戻る住民がいる以上、再開するのが医療機関の責務。初心を忘れず、地域医療を守りたい」と話す。



http://mainichi.jp/select/news/20150721k0000m040016000c.html
療養病床:削減の検討開始 狙いは医療費の抑制
毎日新聞 2015年07月20日 19時05分(最終更新 07月20日 19時18分)

 ◇厚労省 有識者検討会を設置、年内に報告書まとめ

 厚生労働省は、長期入院患者を受け入れる「療養病床」削減の検討を始めた。現在は医療の必要性が低いのに入院している患者もおり、この人たちを自宅や介護施設などでのケアに切り替えることで病床数を削減し、医療費の抑制につなげるのが狙いだ。同省は有識者検討会を設置し、議論を開始。年内に報告書をまとめる方針だ。【細川貴代】

 療養病床削減は、病院から出た患者の受け入れ先の確保が大前提となる。10日に開かれた検討会の初会合では「高齢化が進行している。現在の制度を前提としない発想も必要ではないか」「新たなニーズに応じる施設の検討も必要だ」など病院と介護施設や自宅をつなぐ新たなサービスを求める意見が相次いだ。

 厚労省の推計では、療養病床にかかる費用は1人当たり月35.8万〜59.6万円だが、老人保健施設なら同27.2万円で収まる。このため、政府はかつて、介護を主とする「介護型」を2011年度末までに全廃する方針を打ち出した。しかし、退院後に行き場を失う「介護難民」の大量発生が懸念され、民主党政権時代に17年度末に延期した経緯がある。療養病床廃止には受け皿として介護施設の整備や在宅で医療を受ける訪問診療の拡充が不可欠だ。

 厚労省は今回、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる25年に向け、医療型の削減にも踏み込む意向だ。厚労省によると、医療型にも医療の必要性の低い患者はいる。さらに、療養病床は都道府県ごとにバラツキがある。人口10万人あたりの入院患者数(13年)は最も多い高知(391)と最少の山形(81)では4.8倍もの開きがあり、この差を縮める方針だ。

 現在は「一般病床」「療養病床」などと分かれているが、患者のニーズに応じて機能別に再編する。例えば、脳梗塞(こうそく)などで入院し、自宅復帰に向けリハビリ中の患者は「回復期機能」の病床、重篤ではないものの医療の必要な患者は「慢性期機能」の病床などと明確に区分。各都道府県が患者のニーズを推計し、効率的に病床を配置するよう医療機関に促す。これにより、療養病床を含む全入院ベッド数は、25年に最大約20万床の抑制が可能との政府の推計が先月公表されている。

 ただ、厚労省の想定通りに病床削減が進むかどうかは未知数だ。民間病院に対して削減を強制できず、政策的に誘導するのが限界だ。また、今回は介護型だけでなく医療型も削減するため、患者の受け皿作りのハードルはさらに高くなる。

 ◇療養病床

 長期にわたって療養を必要とする患者のための病床。医療保険が適用される「医療型」と介護保険適用の「介護型」がある。ただ、両者の患者の状態などに違いはないとされる。医療の必要性が低いのに入院する「社会的入院」の受け皿となっているとも指摘されている。



http://apital.asahi.com/article/news/2015072000003.html
カルテ不正閲覧、母娘3人提訴へ 大崎市民病院
(朝日新聞 2015年7月18日掲載) 2015年7月20日

 大崎市民病院の職員と医療事務を受託していた「ニチイ学館」(東京)の従業員によるカルテの不正閲覧でプライバシーを侵害されたとして、病院に入院していた姉妹と母親が病院と同社を相手取り、900万円の損害賠償を求める訴訟を仙台地裁古川支部に起こすことが17日、関係者への取材でわかった。

 訴状などによると、昨年10月、父親からの暴力でけがをした次女が病院で診察を受け、長女とともに保護入院した。その際、同社の従業員だった母親が「子どもが階段から落ちてけがをした」と上司に伝えたところ、「なぜウソをつくのか」と言われ、カルテを無断で閲覧されていたことがわかった。

 母親は職場の人間関係に悩み、2月末で退社した。母娘の代理人の鈴木絢子弁護士は取材に「虐待やDVの被害者が保護されるべき病院でプライバシーの侵害が起きた」と話した。



https://www.m3.com/news/iryoishin/341240?dcf_doctor=true&portalId=mailmag&mmp=MD150720&dcf_doctor=true&mc.l=112797385
「事故調査報告書、遺族に開示」
日病医療事故調査制度シンポ、現場対応に難しさ

2015年7月19日(日)配信 橋本佳子(m3.com編集長)

 日本病院会主催のシンポジウム「医療事故調査制度の施行に向けて~制度の理解と具体的運用~」が7月18日、都内で開催され、日病会長の堺常雄氏は、冒頭のあいさつで、多くの参加者が集まったことを受けて、「実際に医療事故が発生した際に、どう対応したらいいかが分からないからだろう」と、制度の解釈に難しさがあるとした上で、それ故に「管理者の責任は大きい」と指摘した。医療事故調査・支援センターに医療事故として報告するか否かなど、「管理者の判断」での対応が求められる事項が多いからだ(質疑応答は、『「事故の報告対象」「報告書」に質問集中』を参照)。

 シンポジストは、日病副会長の末永裕之氏が司会を務め、日病の医療の安全確保推進委員会委員長の木村壮介氏、北海道大学病院医療安全管理部部長・診療教授の南須原康行氏、NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長の山口育子氏、名古屋大学医学部附属病院の副院長で、医療の質・安全管理部教授の長尾能雅氏の4人が、順に登壇。

 10月から始まる医療事故調査制度は、院内の事故調査を基本とする。同制度をめぐって、解釈や対応が実際に分かれると想定されるのが、院内事故調査の報告書の取り扱い。同制度の省令では、当事者を「匿名性、非識別化」して報告書をまとめるよう求めている。4人の演者はいずれも、遺族への報告書の開示を支持。ただし、どのように「匿名性、非識別化」すればいいか、現場は悩むところだが、具体的な手法についての言及はなかった。

 院内事故調査に当たっては、法律上、義務ではないが、厚生労働省は、「外部からの委員を参画させ、公平、中立な調査に務める」ことを求めている(同省のホームページ参照)。この点についても、シンポジストは外部委員の参画を支持した。

 北大「全ての死亡診断書を確認」

 シンポジウムは、4人の演者の講演の後、質疑応答という形で進められた。医療事故調査制度における医療機関の実務について講演したのは、南須原氏と長尾氏だ。

北海道大学病院医療安全管理部部長・診療教授の南須原康行氏
 「医療事故発生から院内調査委員会設置までの具体的対応」と題して講演した南須原氏は、(1)日ごろから行っておかなければいけないこと、(2)医療事故の判断のポイント、(3)調査の一般的な流れ――などについて説明した。

 (1)について、南須原氏が強調した一つが、医療事故を拾い上げる体制だ。「院内の報告体制の充実が前提であり、そのためには死亡事例をいち早くキャッチする体制が必要。全ての死亡事例を把握しておかないと、もれてしまう」(南須原氏)。北大病院では2014年11月から、南須原氏が院内死亡例の全ての死亡診断書を確認する体制にした。年間約600例の院内死亡があり、うち約300例は心肺停止の状態で搬送されてきた患者であり、検証が必要なのは残る約300例。「同じ診療科で立て続けに死亡が発生していないかなども見ている。場合によってはカルテを取り寄せたり、ヒアリングをすることもある」(南須原氏)。

 さらに診療記録が今まで以上に重要になることから、正確かつ遅滞のない記載がなされるように徹底したり、事故調査では臨床経過における時刻把握が重要になることから、モニター類や院内各所の時計の定期的な時刻合わせなど、きめ細かな対応をしている。

 (2)については、事例を挙げて判断例を紹介。医療事故調査・支援センターに報告するのは、「医療に起因した、予期しなかった死亡・死産」だが、その判断プロセスとして、院内合議を行い、管理者が判断する重要性を強調。「この判断においては、院内で、第三者的な立場の人を含む会議で、組織として対応せざるを得ない。この際、当事者の意見を聞くことも求められる」と南須原氏は話し、合議によっても判断に迷う場合には、支援団体やセンターに相談することも一つの方法であるほか、解剖やAiも活用できるとした。

 (3)の調査委員会について指摘したのは、設置規程を定める必要性だ。「病院の都合のいいように設置したように見られないようにしたい」(南須原氏)。また調査を進めるために、診療諸記録の保存、事故発生直後の状態の保存(事故と関連する可能性がある物品や薬剤、医療行為を検証するための画像やモニター記録など)なども求められるとした。

 さらに調査に当たっては、当事者の匿名性に配慮する必要性も指摘した。「調査する際に、カルテなどには主治医や患者の名前が入っている。これらの資料は、匿名化する必要はないだろう。調査を誤る可能性があり、委員には守秘義務があるからだ。ただし、それを基に経過表や報告書を作成する場合には、匿名化する。報告書は開示対象だが、委員会の内部資料は非開示という扱い」(南須原氏)。

 「事実は正確に、分析は機械的に、評価は丁寧に」

名古屋大学医学部附属病院の副院長で、医療の質・安全管理部教授の長尾能雅氏
 「調査の実際と報告書の作成」と題して講演した長尾氏は、事故調査の実施から報告書をまとめるに当たって、「事実は正確に。分析は機械的に。評価は丁寧に」が基本になるとした。「この点をあえて言うのは、事実が曖昧なままになり、分析はその都度異なり、評価が乱暴に行われることがある。こうした報告書が量産されたら、困る」(長尾氏)。

 院内調査の実施に当たっては、南須原氏と同様に、あらかじめ規程を定めておくことが必要だとした。

 「臨床経過に関する情報収集」は精度の高い分析と良質な再発防止策の立案に重要だとし、各種記録とヒアリングを基に進めると説明。ヒアリングに当たっては、(1)少人数の場でのヒアリング、(2)事故調査委員会でヒアリング――の二通りがあるとし、当事者の意向を踏まえて使い分ける。

 情報収集後は、時系列的に、関係する医療者が分かるように事実関係を整理する。その際、「診療記録など客観的に得られた資料」と「ヒアリングによる情報」を区別して記載することが必要であり、分析・評価に入る前には、遺族も含め、当事者に確認することが求められる。

 その上で分析・評価は、(1)死因、(2)事故の発生要因――の二つの視点から行う。死因については、必ずしも確定できない場合もあり得るという。事故の発生要因は、診療行為の全てに関して深堀するのは、時間がかかることなどから、死亡に関連した点を重点的に行っていく。その際、「何をしたか」(作為型行為)だけでなく、「何をしなかったか」(不作為型行為)に対しても検討するほか、事故の背景要因を探り、再発防止につなげていくことが必要だとした。

 報告書作成についても、その構成や記載する場合の注意点を詳しく説明。注意喚起した一つが、用語。例えば、「相当程度の可能性」「予見可能性」「注意義務」などの法律用語は、医療者が考える意味と異なる場合があるので、使用を避けるべきとした。また、「医療行為の評価」と「再発防止の提言」を区別するなど、記載に当たっての留意点も解説。

 報告書の病院の顧問弁護士に見せるか否かについて、長尾氏は次のようにコメント。「信頼でき、クライアントの意図を理解してくれる弁護士であれば、見せていいと思う。事故調査は、過失判断から切り離して行うものだが、遺族に報告書を説明して、謝罪や賠償への対応、社会への公表など、病院は次の判断をしなければならなくなるからだ。弁護士から、足りない部分などを指摘してもらえる場合もある」(長尾氏)。

 名大病院では現在、報告書はまず原本を遺族に渡して、説明している。それでも遺族の理解が得られにくい場合には、平易な表現で解説を加えたものを渡す。10月に医療事故調査制度が始まった後も、医療事故調査・支援センターに報告する内容と同じものを遺族に渡す方針だ。

 モデル事業、民事訴訟は234事例中6事例

 木村氏は、日本医療安全調査機構の中央事務局長も務める。2005年度から日本内科学会主導で開始し、現在は日本医療安全調査機構で実施している「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」の実績のほか、医療事故調査制度の概要を紹介。

日病の医療の安全確保推進委員会委員長の木村壮介氏
 モデル事業は全国10カ所で、今年4月までに受け付けたのは、239事例。うち、評価結果報告書を交付し、説明会開催までを終えたのは、221事例。機構の調べによると、把握できた234事例のうち、民事訴訟に発展したのは6事例。また2010年4月以降、評価を終えた102事例について、医療機関や遺族にアンケートした結果、医療機関側は「良く了解・理解した」96%、「質問多いが理解」2%、遺族側は「良く了解・理解した」57%、「繰り返し質問し理解」が35%で、おおむね高い評価が得られているとした。

 日病の「医療の安全確保推進委員会」では、2014年10月に会員にアンケートを実施。医療事故(死亡事例)の件数は、全国で年間1225件と推計される。1病院当たりの発生率は年平均0.3件が、病床規模別に見ると規模が大きいほど、発生率は高く、「20~99床」では年0.0285件、一方、「500床以上」では年0.7326件だった。また報告書の遺族への開示について、「当然手渡すべき」「匿名性を配慮した上で手渡すべき」とした回答が73.9%に上るという結果も紹介。

 医療事故調査制度で強調した一つが、院内事故調査に外部委員を入れる点。医療法上では義務ではないが、「病院の職員だけでなく、外部委員を入れることは、ほぼ義務に近い、と厚労省も言っている。外部委員が入ることにより、中立性、専門性、公正性が担保できる」(木村氏)。世界医師会の1987年のマドリッド宣言を引用し、医師が「職業的自主性」と「自己規律」を持って、「個人ではなく、職業団体が有するシステムとしての自律」の下に、医療事故調査に対応していく必要性を強調した。

 「報告書、遺族に開示を」山口氏

 「医療事故調査制度に期待すること」と題して講演した山口氏は、まずCOMLのこれまでの実績を紹介。

NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長の山口育子氏

 1990年から開始した患者からの電話相談件数は、2000年から2005年の間がピークで、多い時は年間4000件を超えたが、最近は1500件弱にとどまっている。相談件数が変化した一因として、メディアが医療事故を取り上げることによる患者の意識の変化と医療現場の取り組みを挙げた。

 医療事故調査制度で期待することとして、山口氏が挙げたのが、報告書の交付だ。制度創設前の厚労省の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」の委員を務めた山口氏は、「ガイドライン(省令と通知)作成の議論の際に、検討部会で決めたことから、少し後退する面があったため、残念だと思った」と述べた。検討部会では、報告書について「遺族に開示しなければならない」となっていたが、2015年3月に取りまとめを行った「医療事故調査制度の施行に係る検討会」では、遺族への説明について「口頭または書面、もしくはその双方で」となったからだ。

 報告書について「当然手渡すべき」「匿名性を配慮した上で手渡すべき」とした回答が73.9%に上るという日病の「医療の安全確保推進委員会」アンケートにも言及し、山口氏は、「遺族の理解が深まれば、訴訟が増えるというが、むしろ逆ではないか。透明性を担保することで、患者の医療者への理解は深まる。開示しなければ、医療への不信感が逆に高まり、また医療不信の時代に戻ってしまうのではないか」と指摘した。

 さらに山口氏は、「今後、問題になってくるのが、遺族からの第三者機関への調査依頼」と指摘。「なぜ報告の対象にならないのか、と遺族が疑問を感じた時に、どこが受け皿になるのか。(来年)6月の見直しで、この点が出てくることが必要」(山口氏)。



http://www.m3.com/news/general/341243?dcf_doctor=true&portalId=mailmag&mmp=MD150720&dcf_doctor=true&mc.l=112797387
救える命 見つけに行く
第1部 医師(4)日本初がん集団検診 黒川利雄 (1897~1988)

2015年7月20日(月)配信 読売新聞

 半世紀以上も前のことなのに、栗原市の石川司之もりゆき(82)はその時のショックをはっきりと覚えている。1961年、勤め先の近くに来た検診車で受けた集団検診で、早期の胃がんが見つかった時のことだ。

 死に直結する病気と考えられていた時代。27歳だった石川は激しく動揺した。「もうダメだ」。しかし、4か月後の手術で胃の3分の2を切除し、助かった。

 がんを克服した人たちでつくる「みやぎよろこびの会」の会長を務める石川は今、「検診でがんが早く見つかれば、必ず助かる」と力説して回る。その礎を築いた医師が、東北大病院の黒川利雄だった。

 北海道の炭鉱労働者の家に生まれた黒川は、姉を結核で亡くし、母も同じ病に苦しんだことから医師を志した。東北帝国大(当時)医学部を卒業後、大学病院の内科医になったが、大正の当時、胃がんの検査は触って確認するだけ。しこりがなければがんと分からず、しこりがあれば末期であることを意味していた。

 転機となったのは、助教授時代の2年間の欧州留学だった。胃がんのX線検査を学び、帰国後に早期発見の研究を本格的に開始。東北大の学長で県対がん協会長だった60年、X線装置を積んだ検診車を完成させ、国内初となる胃がんの集団検診を始めた。

 「患者が来るのを待つのではなく、こちらから出向けばもっと命を救うことができる。先生はそう考えていた」。弟子の一人で、県対がん協会長の久道茂(76)は語る。

 ただ、当初は撮影機器の性能が十分ではなく、早期がんが見つかるのは1割程度だった。長男の雄二(75)は「健康なのに無理やり検査を受けさせている。金もうけのためだ。そんな批判も多かった」と振り返る。

 今や時代は様変わりだ。検診車は各地で導入され、早期にがんを見つける精度も格段に高まった。胃に限らず、様々な部位のがんの集団検診が全国で行われている。

 県対がん協会による胃がんの集団検診を受けたのは昨年10月、延べ800万人に達した。がんが見つかったのは約1万5000人で、このうち6割以上が早期。節目の受診者となった塩釜市の桜井勝江(54)は式典で初めて、黒川の名を教わった。「毎年検診を受けているけど、それが宮城で始まったことだったなんて」と驚いた。

 まかれた種が花を開かせた一方で、黒川を知る人は少なくなった。「がん検診は今や常識ですからね。でも、そういう時代になったことを父も喜んでいるのではないでしょうか」と雄二は語る。

 「がん集団検診発祥の地」。仙台市青葉区上杉にある協会近くの所有地には、黒川の功績をたたえる石碑が立つ。「山上に山あり 山また山」。がん撲滅に挑み続けた黒川の座右の銘が刻まれている。(敬称略)


  1. 2015/07/21(火) 06:25:26|
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