Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

7月7日 

http://www.sankei.com/economy/news/150707/prl1507070164-n1.html
【医師アンケート調査】「学生時代の成績と医者としての出来」について、約半数の医師が“ある程度関係ある”と回答
2015.7.7 18:08 産経ニュース

メドピア株式会社
 医師の3に1人が参加する医師専用コミュニティサイト「MedPeer(メドピア)」(https://medpeer.jp)を運営するメドピア株式会社(東京都渋谷区、代表取締役社長:石見 陽)は、会員医師(10万人以上)を対象に「学生時代の成績と医者としての出来」についてのアンケートを実施したところ、4,058件の回答が寄せられました。以下、結果をご報告します。
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[画像: http://prtimes.jp/i/10134/40/resize/d10134-40-405920-0.jpg ]

 最も多かった回答は「ある程度関係ある」の47.4%で約半数を占めた。「大いに関係ある」の3.1%と合わせると、半数強の50.5%の医師が、“関係ある”と回答した。「真面目に勉強や仕事に取り組む姿勢があるかどうかが関係する」というコメントが目立つ。ただし、「臨床医の場合は特にコミュニケーション能力が大事」という意見も多く、総合的なバランスが重要なようだ。
 次いで多かった回答は「ほとんど関係ない」で36.5%を占めた。「まったく関係ない」の10.9%と合わせると、「関係ある」よりはやや少ない半数弱の47.4%の医師が“関係ない”と回答した。「成績よりも人格が重要」、「現場では応用力と柔軟性が重要視される」、「医師になってからの努力と環境要因」といったコメントがみられた。

■回答コメント(一部を抜粋) ※ランキング順

「ある程度関係ある」  1,922件

・真面目に勉強や仕事に取り組む姿勢があるかどうかが関係すると思う。(50代、一般内科)
・学生時代に努力した人は、医者になってからも努力するようです。(50代、一般内科)
・やはりある程度知識は重要。ただしその後は対人関係の築きかた等も重要。(40代、一般内科)
・成績が良かったけれどコミュニケーション能力が低いために評判の悪い医者、成績は悪かったけれど腕が立つので評判の良い医者といった少ない例外が目立つだけで、大方は関係していると思います。(50代、一般内科)
・学習をしっかりして知識がある分は関係しているでしょうが、コミュニケーション力や推測力など総合すると、医師になってからの鍛錬、精進が大きいのかなと思います。(40代、精神科)
・中間層の成績の人たちは、医師になってから本人の頑張り次第で変化していますが、トップ層と最下位付近の人たちは相関していると思います。(30代、消化器内科)
・学習・研究能力と成績とは関係があると思います。但し、人格と成績とは関係ありませんので、必ずしもいい医師になれるとは限りません。(50代、神経内科)
・学生時代に優秀だった人が必ずしも医師として優秀とは限りませんが、学生時代にできなかった人が優秀な医師になっていることはありません。(40代、一般内科)

「ほとんど関係ない」  1,480件

・学業成績はあまり関係ないと思いますが、部活や様々な活動をやり遂げ、かつ協調性のある人ほど活躍している印象です。(40代、精神科)
・良い師匠や先輩に巡り合えるか、また自分のやりたいことに巡り合えるかで違ってくると思います。(50代、産婦人科)
・現場で悩んで努力できるかが重要で学生の頃の成績はあまり関係ないように思います。(50代、老年内科)
・研究者ならある程度関係があると思いますが、現場では応用力と柔軟性が重要視されますので、勉強とは異質の世界です。(60代、一般内科)
・全く関係ないことはないでしょうが、あくまで臨床の能力という部分に関しては、現場に出てから何を学び何を経験したかが全てと思います。研究に関しては、大いに関係があるかもしれません。(40代、小児科)
・医師患者関係、スタッフとの関係でも、人間関係がうまく構築できない人は、どんなに成績がよくてもいい医者にはなれていない。(50代、一般内科)
・出来不出来というか、適性にあった仕事をしているかどうかで違ってきます。優秀でも付いた上司が合わないとか、医局になじめないとかでつぶれるケースはしばしば経験します。やんちゃばかりしていたのが、名教授になってたりもあります。(50代、一般内科)
・学生時代の成績はあくまでペーパーテストのもの。運転免許試験の成績と運転のうまさは関係ない。(50代、一般内科)

「まったく関係ない」  443件

・関係ないと思います。優れた外科医が、必ずしも、偏差値のいい大学出身者とは限りません。(50代、放射線科)
・臨床的適応能力と、机上の知識力は関連しないと感じます。(40代、産婦人科)
・医師としてのセンスの善し悪しと、学生時代の成績は、全く関係ないと思います。それよりも、医師になってからの努力の方が、ずっと大きく影響します。(50代、一般内科)
・学生時代の成績は単に暗記力をみるだけ。大切なのは一つのことに集中して取り組めるかであり、学生時代成績が悪くても何かに取り組んでいた先生の方が、まじめに勉強だけしていた人よりもはるかに優秀。(50代、脳神経外科)
・同期から二人教授が誕生しましたが、成績は関係ないと思います。(40代、脳神経外科)
・優れた人間が、優れた医者になっていますが、学生時代の成績には全く関係しないと思います。(50代、消化器内科)
・研究者としては成績の良かった人、臨床家としては成績が悪くても人間的にバランスの取れている人が成功しているように感じる。(40代、産業医)

「大いに関係ある」  128件

・継続的に勉強し続けることが知識につながります。(40代、消化器内科)
・一言でいえば「志」が違うように感じます。臨床でも研究計画・実行でも処理能力の優先順位がはっきりしていて、見習いたいと思う場面も多々ありました。(40代、耳鼻咽喉科)
・医療界をリードするような人は学生時代から優秀であった人が多いと思います。(40代、産業医)

「むしろ逆相関している」  85件

・朝から晩まで部活してた連中の方が大きな仕事している。(収入とは関係なく)(40代、小児科)
・学生時代に優秀だった奴は大抵並の医者になっているし、遊び回っていた奴が教授になっていたりします。(50代、整形外科・スポーツ医学)
・学生時代に破天荒な人ほど成功しているような感じがします。度胸が据わっているというような。(40代、整形外科・スポーツ医学)

■調査概要
・調査期間:2015年5月18日(月) ~ 2015年5月24日(日)
・有効回答:4,058人(回答者はすべて、MedPeerに会員登録をする医師)
・設問:医師専用コミュニティサイト MedPeer内の「ポスティング調査」コーナーにおいて、医師会員からご投稿頂いたテーマをもとにMedPeer事務局(運営:メドピア株式会社)より、以下の質問を投げかけました。

<調査フォーム(設問文 抜粋)>
===================================================
医学生時代の成績と医者になってからの仕事の出来不出来は関係あると思いますか?
下記の選択肢の中からお考えに近いものをお選びください。
コメント欄には皆さまが実際に見聞きされた逸話をお書きください。

1. 大いに関係ある
2. ある程度関係ある
3. ほとんど関係ない
4. まったく関係ない
5. むしろ逆相関している
===================================================

■記事引用時のお願い
・医師専用コミュニティサイト「MedPeer」調べ、と明記ください。
・WEB上での引用に際しましては、https://medpeer.jpへのリンクをお願い致します。

↓↓過去のMedPeer医師アンケート調査結果はこちらから
https://medpeer.co.jp/press/?cat=2

【メドピア株式会社について】
・社名:メドピア株式会社(https://medpeer.co.jp)
・代表者:代表取締役社長 石見 陽 (医師・医学博士)
・設立:2004年12月
・運営サービス:医師専用サイト「MedPeer(メドピア)」(https://medpeer.jp)

メドピア株式会社は、「Supporting Doctors, Helping Patients.」を理念として、現在10万人以上の医師(国内医師の3人に1人)が参加する医師専用サイト「MedPeer」を運営しています。医師同士が臨床現場で得た知見を「集合知」として共有する場を提供することで、医師の診療を支援するとともに、MedPeerの医師会員および集合知を源泉として、製薬企業をはじめとした企業に対して医師向けのマーケティング支援サービスを提供しています。

【お問い合わせ先】
メドピア株式会社 広報担当 藤野
電話:03-6447-7961 - メール:pr@medpeer.co.jp

プレスリリース詳細へ
http://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000040.000010134.html



http://www.m3.com/news/iryoishin/337757
シリーズ: 地域医療構想
5疾病ごとに医療需要推計へ、厚労省
日医が講習を開催、「2025年以降にも視野を」

2015年7月7日(火)配信 池田宏之(m3.com編集部)

 日本医師会は7月2日、都道府県医師会の担当理事向けに「地域医療構想策定講習」を開いた。厚生労働省幹部2人が講演し、地域医療構想については「あくまで自主的な取り組み」と強調した。医療機能について、2025年以降を見据えて考えるように求めたほか、都道府県が厚労省の提供するツールなどを用いて、5疾病について具体的に必要な医療需要を推計する方向性を明かした。

ゴールでない2025年

 厚労省医政局地域医療計画課長の北波孝氏は、地域医療構想に関する基本的な考え方を説明する中で強調したのは、医療機関の自主性。政府の「医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会」の報告書が出した医療需要の全国推計が「病床削減」と、マスメディアを通じて伝わった点について、「単純に減らすのでは、単なる総量規制」と指摘して、今回の地域医療構想については、地域内の話し合いによって、自主的に収斂していく取り組みである点や、調査会の示した病床数は参考値である点を指摘した。医療機関の建て替えや統合についても、人口減少を見据えて、「(地域での)将来の医療需要を見通す中で、位置付けを見つけてほしい」とした。また地域医療構想は、2025年の医療提供体制を念頭に置いたものだが、北波氏は「2025年以降の(人口変化の推計)軌跡も重要」として、医療機関側には、2025年を絶対のゴールでなく、通過点として見据えるように求めた。

 同課の佐々木昌弘氏も、地域ごとの自主性を強調した上で、都道府県の担当者向けに、(1)医療供給の検討に当たり、病床機能だけでなく、医療機関が地域での機能をイメージしやすいように、5疾病に基づいて、医療需要の推計値を出す、(2)地域の患者流出入がある前提として隣接する都道府県への医療実態を理解する――を求めたことを紹介した。

 さらに佐々木氏は、医療機関から「強制的な病床機能の転換が起きるのでは」と危惧の声が根強い、都道府県知事の権限についても言及。地域医療構想調整会議でまとまらず、自主的な機能分化・連携が進まない場合についての都道府県知事の権限について、「不足している医療機能を提供するように要請(公的医療機関等には指示)できる」としている点について、佐々木氏は、「“削減”とは全く読めない」と発言。削減へ向けた権限を持つのは「稼働していない病床」だけだが、「稼働していない」の定義についても、「2年も3年も理由もなく使っていないのは、地域住民に失礼(その場合は削減もあり得る)」と述べ、短期の未稼働状態では、都道府県知事による削減につながらない点を強調した。

 医療機関から不安感の根強い、慢性期機能や在宅医療の需要推計については、現状では地域差の大きい「療養病床需要率」を収れんさせる方向性が示されているものの、慢性期と在宅医療を合わせて1つの需要として捉える方針の中で、在宅医療の普及などは地域ごとにばらつきが出ることから、「多様な選択肢を準備しようとしている」と話した。



http://www.m3.com/news/iryoishin/335585
シリーズ: その時どうする?患者トラブル調査
「真摯な態度なら問題起きず」「医療の限界を啓蒙」◆Vol.13-1
医師501人に聞いた「トラブル減に向けた提言」

2015年7月7日(火)配信 成相通子(m3.com編集部)

 Q14:今後、医師と患者もしくはその家族とのトラブルを減らすための提案として、お考えがあれば御記入ください(自由回答)。

 患者とその家族とのトラブルを減らすには――。アンケートの最後の質問で、医師会員501人にトラブルを減らすための提言を聞いた。丁寧で誠実な対応を強調する声は根強く、信頼関係を構築できれば「問題は起きない」とする意見や、医師の対応の不味さや問題を指摘する意見もあった半面、それだけでは対応できない「問題患者」の存在を指摘する声もあった。2回に分けて紹介する。

<丁寧で誠実な対応>

・よく話を聞いて丁寧に説明し、記録を残す。
・できるだけ相互理解をして信頼関係を築く。
・挨拶を丁寧に。
・最悪に起こり得ることを、可能性が低くとも話しておくことが大切である。
・何事も真摯な態度で接していれば問題は起こらないと思う。
・家族の中のどの人を中心に説明をするか決める。
・誠意を持って診療する。近藤先生のような意見があることを知っておくべき。常に自己反省をしながら診療に当たる。
・患者さんと目線を同じにして、共感する点は共感し、医学的に見て明らかにおかしなことを言いてくるようなケースでは、なるべく分かりやすい言葉で、しっかりした根拠を示しながら、優しく説明するように心がけています。
・ちゃんと説明すれば納得してくれるはず。特に表情を見れば納得したかどうか判断できる。
・相手の目を見る。
・日々の勉強とコミュニケーション努力を怠らない。
・医師と患者が相互に理解し合えるような環境を作ることが最も大切であると考えている。お互いの立場を尊重し信頼関係を築ければ、何も問題はないのではないでしょうか。
・こまめに接触を持つこと。顔を忘れないこと。
・丁寧な言葉で説明すれば精神疾患以外の方は問題なく対応できると思う。
・診療の結果が希望通りにならないことは必ずあるので、そのことをきちんと説明し、記録に残す。 まずは良好な医者患者関係を構築する事が大前提である。
・患者にとってベストの治療を提供。
・まず、不満を持っているような患者さんが来た場合、5分間は口を挟まず聞き手に回る。相手の出方を見ながら、会話、説明を進めていく。独りよがりの説明は避ける。
・診療等において、情熱的にならない。90%くらいの力で、自分が見えるくらいの力で診療する。この方が視野が広くなる。
・同じ医療行為を行ってトラブルになるか、ならないかは言葉遣いと態度によるところが大きいと思われます。
・開業医としてお互いの立場を尊重し同じ目線で対応していけばよいのではないかと信じています。 病識の理解度を斟酌しながら、診療を展開する。
・説明を尽くすことに尽きます。しかし多くの時間を割かねばならず(点数評価されることも無く)結果的に他の患者さんを待たせることになり、実戦している自分はメンタルに毎日疲労します。
・相手が理解できるよう丁寧に説明して、理解できているか確認する。自分が分からないことは、分からないことを相手に伝えて誤魔化さない。病状急変時の予想を立てて、対処の仕方を患者に説明する。
・たとえ明らかに患者が悪い場合でも、やっぱり誠意の感じられない医師がトラブルになることが多いと思うので、言葉づかいや態度は丁寧にすべきと思う。
・当たり前のことを当たり前にできていないときにトラブルを起こしやすいと思う。疲れているときや、私生活で悩みがあるときなど。基本に忠実に、と思っている。
・丁寧に説明しながら,同様の内容を記載した書面を双方ともが保存する。
・人として間違いのない言動を心がけております。
・自分のこれまでしてきた最高の医療を提供するという意識を常に持ち続ける。
治療の限界、失敗の可能性を話す。
・理屈が通じる人には、丁寧で分かりやすい説明がトラブル防止につながると思う。一方はじめから医師を罵倒しよう、凹ませようと意図している場合は、変に妥協すると傷を広げる恐れがあり、法に基づく毅然とした態度しかないような気がする。
・医療サイドとしては、常に冷静に、適切な姿勢での診療が必要。もちろん、そのような姿勢でできない人もいるし、していても、モンスター、自分の要求ばかりを求める患者はいるので、対応術を学ぶしかないと思う。

<毅然とした対応>

・悪意のあるクレームや、言いがかりに対しては断固として警察などに介入してもらう。
・トラブルを起こす患者はどこでも起こすので毅然とした態度が重要。
・理不尽なクレームについては理不尽であるとはっきり伝える。また目に余る場合は、医師が患者を訴えることも必要です。
・開業医は勤務医と比べてより一層馬鹿にならないといけないと上司から教わった。確かにその通りでま・ともに対応できない人々も中にはいることをいつも心がけ、理不尽なことに対しては相手にしないこと、むやみにへりくだることをしないこと、隙を見せないこと、などいつも心がけるようにしている。職員にもそう指導している。ただ、慈悲の心は忘れないこと、弱者への哀れみと患者と対等な立場にあらんとすることなどは医師としては必須な心がけであり、決して忘れてはいけない倫理観、道徳観であると認識している。

<警察の介入>

・必要があればすぐに、警察、弁護士を活用する。決して不当なクレームには屈しない。
・法外な、あるいは理不尽な要求をする相手には、無駄に説明努力を重ねず、早めに法的措置を執る旨を通告する。普段から拘置者の診察に協力するなど地元の警察とのパイプも作っておく。
・きちんと説明を繰り返すことに尽きます。クレーマーには個人だけで対応しないこと、場合によっては警察に通報することも厭わないこと。
・ビデオやICレコーダーなどの媒体に記録することを必須にするしかないと思います。警察のOBなどのちゃんとした警備員を配置して、警察に介入させる。特に夜間の救急では必要だと思います。

<教育>

・医療の限界の啓蒙。
・医療は確実ではないこと、お金がかかること、機械と違い、メンテナンスすれば最新になるわけではないことを認識してもらう必要がある。
・学校教育において道徳観・倫理観を徹底的に植え付ける。
・個人個人への対応を変化させるのではなく、全員に同じ応対をしていること説明すること。医療には限界があることを広報する。完全紹介・予約制による、待ち時間の改善や、患者一人ひとりに費やす時間の・確保。暴言暴力に対しては、毅然とした対応。
・小中学校のカリキュラムに医療および保険制度などの社会保障制度について卒業したらすぐに社会人として対処できるくらいの教育を行う。
・患者が最高の医療を必ず受けることができると思っていることが問題。通常の昼間の診療はまだしも夜間救急などで、過剰な期待を抱きすぎであると思う。
・患者の医療常識の啓蒙しかないと思います。

<マスコミ>

・マスコミなどによる患者啓発など。
・マスコミの不当な報道や、裁判結果などに対し、医師会などで強く抗議してほしい。
・科学的根拠のない情報を発信した局にはペナルティを科すべきです。医師を含んだ第三者機関が監視すべき。
・マスコミが医療不信をあおるような表現を続ける限りよくなることはないと思われます。
マスコミのいい加減な医療関連報道を止める。
・患者が正しく、医師が間違っているはずというおかしな報道をやめさせる。
・マスコミの過度な医療過誤報道を控えるよう、マスコミに働きかける。裁判所、特に地方裁判所の判事、裁判長に医療の講義をする。



http://mainichi.jp/area/chiba/news/20150707ddlk12040205000c.html
県がんセンター:先進医療を再開 /千葉
毎日新聞 2015年07月07日 地方版 千葉

 腹腔(ふくくう)鏡手術後に相次いで患者が死亡した問題を受け、県がんセンターは6日、5月から停止していた先進医療の新規患者受け入れを再開した。2日に開かれた厚生労働省の先進医療会議で再開が了承された。

 停止していたのは、悪性腫瘍に有効な薬を調べる薬剤耐性遺伝子検査▽がん細胞を針で焼き切る経皮的乳がんラジオ波焼灼(しょうしゃく)療法▽乳がん手術後のホルモン療法−−の3種類。同会議から先進医療の実施状況を自主点検し、安全性が確認できるまで新規治療を行わないよう求められたため、5月11日から受け入れを停止していた。

 2日の会議では、2012年以降の先進医療309件の実施状況や安全管理体制について報告し、再開が了承された。受け入れ停止中、受診希望が15件あったが、別の病院を紹介するなどして対応したという。

 先進医療は、研究段階ながら厚労省が保険診療との併用を認めた先端医療。【金森崇之】



http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/massie/201507/542913.html
コラム: 池田正行の「氾濫する思考停止のワナ」
「業務上過失」という法の抜け穴

2015/7/7 池田正行 日経BP

 2014年10月3日、ある自治体病院に入院中の80歳代の女性に、アンプル型高濃度カリウム製剤が希釈されずにワンショット静注投与され、この女性は死亡しました。静注を行った20歳代男性の看護師は、翌月に停職6カ月の懲戒処分を受け、その直後に依願退職しました。

 事故当日に病院管理者から通報を受けた警察は、捜査の結果、今年3月にこの看護師を業務上過失致死容疑で管轄地検支部に書類送検しました。病院幹部からは「今回の事件を受け、看護師への研修を実施するなどして再発防止に努めている」(病院管理課長)、「患者と家族の皆様に改めて深くおわびする。安全で安心な医療が提供できるよう、さらなる医療技術の向上に努めている」(院長)とのコメントが発表されています。

12年遅れた対応の犠牲者

 病院側は、院内事故調査委員会の報告に基づき、(1)病棟で管理していたカリウム製剤を薬剤部で一括管理(2)誤投与防止対策のあるカリウム製剤に変更(3)指示文書に静脈注射禁止を意味する「禁ワンショット薬」と表示(4)看護部での研修実施――といった事故防止策を、2014年11月6日より初めて実施したとあります(関連記事)。裏を返せば、この病院は長年にわたって、これらの基本的な医療安全管理さえも怠ってきたことになります。

 2000年から2004年6月までに看護師が関わった高濃度カリウム製剤の事故は 6件報道されています。一方、事故原因となったアンプル型高濃度カリウム製剤を医療機関から駆逐するように緊急提言が出たのが2003年。この年には同製剤ワンショット静注事故が2件発生しています。その後も、様々な方面から同様の注意喚起がなされましたが、2005年には同じ事故が再び2件発生しました。この4件にはいずれも有罪判決が出ており、2006年12月に誤投与防止対策製剤が発売されました。そして今回の事故です。

 この病院でも2003年の緊急提言を受けて必要な安全対策を取り入れていれば、誤投与防止対策製剤も2006年に導入され、患者さんの命も、若き看護師の前途も失わずに済みました。この事故が露呈した問題は、高濃度カリウム製剤の扱いだけはありません。リスクの高い注射剤を処方する際の医師による説明責任のあり方、医師、薬剤師、看護師の間での注射剤のリスクに対する理解と知識の共有、オーダリングシステムによる警告の必要性等々。この事故の主犯は、「組織ぐるみの医療安全体制の欠如」なのです。

 これらの問題は、患者さんの死の責任を一身に背負って口封じされた看護師が入職する前から存在していました。入職してからも、若い彼一人の力ではどうにもならなかった問題です。それどころか、これらの問題が事故の前に管理者から提示されていれば、この看護師も仲間と一緒になって医療安全管理に取り組んでいたに違いないのです。それにもかかわらず、彼だけが書類送検されました。その後の消息は一切報道されていません。患者さんが亡くなった原因は長年にわたる病院の杜撰な安全管理体制だった事実が、この看護師に開示されたのかどうか。そんなことは、「強気を助け弱きを挫く責任追及」を社説に掲げるメディアにとってはどうでもいいことなのでしょう。

業務上過失が真相を隠ぺいする

 発足まであと2カ月余りとなった医療事故調査制度に対して、医師でさえ不安を抱いています(関連記事)。まして医師よりもはるかに弱い立場にある医療者の不安は、いかばかりでしょうか。「医師法第21条は、原則として無視する。過失があったとしても、犯罪ではないから、全力で国家権力から職員を守る」そう公言する松村理司氏(洛和会音羽病院総長)のような高い見識を持った指導者がいる一方で、一般大手メディアの大好物である「責任追及」に怯え、真相の隠蔽と責任転嫁のために、末端の職員を警察に人身御供として差し出す卑劣な管理者は、「看護師一人に責任押しつけなの?」と、市民からも強く批判されています。かといって医師法第21条をいじる必要はありません。なぜなら問題の本質は、法令そのものにではなく、その法令を自己保身のために使う人間にあるからです。

 記者会見で薄くなった頭頂部をカメラの前に晒して謝罪すれば、「バカなマスコミ」と「国民の皆様」はそこで思考を止めてくれる。一連の謝罪儀式が終わって、おごそかに「真相究明は警察の捜査に委ねる」と宣言すれば一連の報道は終了する。脈の取り方一つ知らないブン屋どもに調査報道なんぞできるわけがない。肋骨の本数さえ知らないポリ公どもに真相究明なんぞできるわけがない。あいつらが思考停止してくれるなら、頭なんて何百回でも下げてやるぜ。北陵クリニック事件を含め、大切な仲間の首をいとも簡単に警察に差し出すようなお医者様たちは、そうやって業務上過失という「法の抜け穴」を上手に利用してきたのです。

 これまでのアンプル型高濃度カリウム製剤誤投与事故の裁判では、この事件同様、末端の看護師が業務上過失致死に問われただけで、病院幹部を含めて医師は一切責任を問われていません。責任追及を恐れる病院幹部にとって、真相究明能力の欠けた裁判の「魅力」は、時に彼らを不正な行為に走らせます。北陵クリニック事件では、医療体制の不備による事故頻発の責任追及を恐れた同クリック経営者夫妻が、東北大学医学部・宮城県警、そして大阪府警科捜研まで利用して、守大助氏を「毒殺魔」に仕立て上げました。

 医師もまた冤罪(えんざい)被害者になります。東京女子医大事件では、「腕利き」ヤメ検の弁護士の協力を得て、病院幹部らによって捏造された内部報告書が、当時心臓血管外科助手だった佐藤一樹氏を起訴する証拠として使われました。彼らは、佐藤氏個人に全ての責任をなすりつけ、冤罪に陥れることによって、自分たちの責任を逃れると同時に、収益を第一に考え特定機能病院取り消し回避をも目論んだのです。

 医師が被告人となった場合にはまだわずかの救いがありますが、今回の事故のように、医師よりも弱い立場にある医療者が被告人の場合には、例外なく犯罪者のラベルを貼られて完全に口封じされてしまいます。しかし裁判の犠牲者は被告人だけではありません。事故の再発防止を心から願っている患者家族もまた、裁判真理教に騙された犠牲者です。

 裁判により真相究明が個人の責任追及にすり替えられた結果、真の事故原因が放置されたまま、患者の命が繰り返し失われてきた典型例が、このアンプル型高濃度カリウム製剤事故です。多数のシステムエラーと多数のヒューマンエラーが複雑に絡み合って生じるのが医療事故の本質なのに、末端医療者個人のヒューマンエラーという「氷山の一角」のみに事故原因を求め、本質的な原因をすべて隠蔽する業務上過失。この法の抜け穴こそが、医療事故再生産の元凶なのです。



http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG21H08_X00C15A7MM8000/
放置された技量不足 医局の閉鎖性、ミス生む温床
揺らぐ信頼(1)

2015/7/8 2:00日本経済新聞 電子版

 80代の男性患者の容体が急変したのは、前橋市の群馬大病院第2外科で肝臓がんの手術を受けた2週間後だった。切除した部位に近い動脈から出血し、肝臓の働きも低下。手術から59日目に亡くなった。「縫合不全があった」。病院の調査委員会がまとめた報告書には、医師の技量不足をうかがわせる記述がある。

 執刀医は40代の男性。この医師が2014年夏までの約5年間に手掛けた肝臓の手術で、4カ月以内に死亡した患者は18人に上る。「昔から手術が得意ではなかった」。群馬大病院で勤務した経験のある別の医師が明かす。

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 18人のうち80代男性を含む8人はおなかに開けた穴から腹腔(ふくくう)鏡という細長い器具を入れ、病変を切り取る術式だった。開腹より患者の負担が軽いのが利点だが、モニター画面を見ながら操作するので難易度は高い。特に、多くの血管や臓器と接する肝臓は難しいとされる。

■張り合うチーム

 高度な医療を提供すると期待される大学病院で実力不足の医師がメスを握っていたとすれば問題だ。だが「病巣」はそれにとどまらない。医師はなぜ手術を続けられたのか。その答えを探ると、多くの大学病院に今も残る「医局講座制」の存在が浮かび上がる。

 医局講座制は臨床、研究、教育を一体的に担う仕組みで、同じ診療科で第1、第2と分かれる「ナンバー制」とともに日本で独自に発展した。医師育成や地域の病院への人材派遣などに貢献する半面、閉鎖的体質が問題になってきた。

 群馬大病院の外科は第1と第2に分かれ、それぞれに消化器や呼吸器などの専門チームが存在。関係者によると、リーダーの教授は第1が旧帝大、第2は群馬大の出身で「常に張り合っていた」という。

 別の病院の外科医が推測する。「胃や大腸の腹腔鏡手術は普及しているが、肝臓は過渡期。件数を増やし、優位に立とうと考えたのでは」。2つの外科の間で治療法は共有されず、相互チェックは働かなかった。

 医局の弊害が問題になったのは今回が初めてではない。医事評論家の水野肇氏によると、深刻な医療事故が相次いだ00年前後に閉鎖的な縦割り組織の問題点が指摘され、改革に乗り出した大学もある。

■脱・縦割りへ改革

 東大病院は04年に医局をなくし、診療科を横断的に調整する部門と、医療安全や人事などを担う運営支援部門をつくった。企画経営部長だった今村知明・奈良県立医大教授は「各医局が独立国のように動いていた反省を踏まえ、病院長がリーダーシップを発揮できるようにした」と話す。

 群馬大病院は今回の問題を受け、ようやく診療科を再編すると発表した。だが医局のあり方を見直す動きが他に広がっているようには見えない。コンプライアンスが重視される中、どれだけの病院が改革に踏み出せるのだろうか。



http://www.nikkei.com/article/DGXMZO88438610T20C15A6I10000/
「医局、閉鎖的な縦割り組織」 医事評論家の水野肇氏
揺らぐ信頼(1)

2015/7/8 2:00日本経済新聞 電子版

 大学医学部と付属病院の「医局講座制」は日本独特の制度だ。その歴史的背景や問題点を医事評論家の水野肇氏に聞いた。

 ――医局講座制とは何ですか。

 「研究や教育を担当する医学部の講座と、付属病院で診療を担う医局を合わせた組織で、教授を頂点に准教授、講師、助教、大学院生、研修医などで構成している」

 「各科の教授が教育、研究、診療、財務を統括し、関連病院への医師派遣などの人事から学位(博士)論文の審査、研究費の割り振りまで大きな権限を握っている」

 ――どのように形成されたのですか。

 「明治政府は1869年(明治2年)、欧米諸国に追いつこうと、ドイツに倣った医学教育を進めることを決め、医学校と病院を兼ねた大学東校(後の東京大医学部)を開設した。研究重視のドイツ医学の伝統を受け継ぎ、1893年に医局講座制を導入。このとき、内科と外科に第1~第3のナンバー制を敷いた」

 「その後、医局講座制は全国の旧帝国大学に広がり、戦後の新設医学部・医科大も踏襲した。様々な問題がありながらも長く続いたのは、黎明(れいめい)期や成長期の日本の医療に、上意下達の組織が力を発揮したからではないか。診療や治療法を統一するには教授のリーダーシップが必要だった。日本社会の組織の体質と結びついた側面もある。関連病院に医師を派遣し、地域医療を支えてきた功績もある。この人事権が教授の力の源泉だった」

――一方で、その閉鎖的な体質が問題だと指摘されています。

 「医学部を卒業し、医師国家試験に合格した“医師の卵”は大学病院の医局に入り、教授の専門分野を学び、研究していた。2000年代に入り、こうした閉鎖的な縦割り組織の弊害が指摘され、改革する動きが相次いだ」

――医局を温存する大学もあります。

 「温存しているというより、ほかに適切な方法がなかったという方が正しい。改革に踏み切った多くの大学では、臓器別の診療体制とした。医学の進歩に伴って専門分化が進んだことが背景にある」

 みずの・はじめ 大阪外語大学卒業後、山陽新聞社に入社。社会部デスク時代に企画連載「ガンを追って」で日本新聞協会賞を受賞。その後独立して医事問題の評論を続け、厚生労働省の審議会委員などを歴任。87歳。



http://the-liberty.com/article.php?item_id=9870
政府が病床1割削減目標を公表 病院の自由な経営を妨げない医療行政を
2015.07.08 The Liberty Web

 2025年の医療のあるべき姿を定める「地域医療構想」づくりが進んでいる。政府が2015年6月にまとめた報告書では、2025年までに今の病床数(ベッド数)の約1割にあたる16万床~20万床程度を削減できると公表した。このまま高齢化が進むと、いわゆる「団塊の世代」が75歳の後期高齢者となる2025年には、病床が17万床ほど足りなくなる見込み。政府は入院患者を在宅や介護施設に移転させ、病床を減らすことで医療費を削減したい考えだ。

 政府が定めた「病床1割削減目標」を受け、地方は困惑しているという。政府が定める現行の基準病床数は全国一律の算定式によって決められるため、病院の治療実績などは考慮されず、都道府県の裁量の余地がない。政府は病床で長期療養している高齢者を在宅や介護施設に移転するよう促してきたが、まだ在宅の医療体制や介護施設の環境が整っていない。病院側は、病床を削減すると経営が厳しくなり、従業員の雇用を守れなくなるなどの理由で削減に反発している。

病床規制は新しい病院の参入規制

 病床規制には、病床過剰地域への新たな病院の参入を制限し、地域間での病院数が偏らないようにする狙いがある。内閣府・規制改革会議は「病床規制は、意欲があって質の高い病院の新規参入を制限し、質の劣る病院の既得権化を生んでおり、競争による質の向上を妨げている」と指摘する。

 確かに、日本の人口千人当たりの病床数は13.8床であり、これはフランスの2倍以上、イギリスやアメリカの4倍以上にあたる。また、日本の平均在院日数は33.2日で、ドイツやイギリスの3倍以上、アメリカの5倍以上だ。(資料:「OECD Health Data 2010」)日本では国が医療の価格を一律に定め、病院が行った医療行為が多ければ多いほど診療報酬を受け取る「出来高払い式」の制度があるため、過剰医療になりやすい。今は一部「定額払い式」に切り替わっているが、依然として諸外国よりも手厚い医療の傾向がある。

「神の見えざる手」によって病床数も適正化する

 「国民皆保険」を実現し、どこの病院に行っても同じレベルの医療サービスを受けられる日本のシステムは大変ありがたいものだが、病院間に差が生まれにくくなっている。政府が診療報酬を一律に定めるのではなく、治療実績の高い医者とそうでない医者で差が生まれるような市場原理を医療にも取り入れる必要がある。そうすれば「神の見えざる手」の法則が働き、病床数もおのずと適正化されるだろう。

 さらに、長い目で見た医療費問題解決のためには、一人ひとりが病院だけに頼るのではなく、家族や地域のつながりを深め、コミュニティを生かした医療や介護の環境整備を行っていくことも必要になってくる。(真)


  1. 2015/07/08(水) 05:36:09|
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