Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

4月5日 

http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03120_05
The Genecialist Manifesto / ジェネシャリスト宣言
「ジェネラリストか,スペシャリストか」。二元論を乗り越え,“ジェネシャリスト”という新概念を提唱する。
【第22回】
三角形の表現形は多様であってよい
岩田 健太郎(神戸大学大学院教授・感染症治療学/神戸大学医学部附属病院感染症内科)

(前回からつづく)
週刊医学界新聞 第3120号 2015年04月06日

 ジェネシャリストとは,横に広いジェネラリストな部分と,縦にとんがっているスペシャリストの部分,両方を併せ持つ三角形のような存在だと,第15回(第3092号)で説明している。

 ただし,三角形と言ったって,いろいろな三角形がある。横に平べったい三角形もあればロケットのような細長い三角形だってあるだろう。どちらが正しいということはない。いろいろあったほうがよい。にんげんだもの。みつを。



 冗談はさておき,ジェネラリストのよくやる議論に,ミニマム・リクワイアメントは何か,という議論がある。たいていは「自分目線」である。

 「外傷が診れない奴がジェネラリスト語んな」「子ども診ないでジェネラリスト言うな」「在宅やらないとジェネラリストとは認めん」「妊婦も診て初めて本物のジェネラリストだ」――。この手の議論は尽きない。

 問題は,だ。こうした意見は全て言いっ放しの意見表明に過ぎず,それが学的,論理的に正しいという根拠がゼロであるということである。要するに「何をもってジェネラリストと呼ぶか」に自らの定義をぶち込んでいるだけなのである。構造主義におけるシニフィアンに相応するシニフィエが恣意的であるため,「ジェネラリスト」という名称にコレスポンドするシニフィエも人それぞれってことである。また人それぞれでよいのである。にんげんだもの。みつを。



 問題は,だ。そういう言いっ放しで恣意的でまったく無根拠な言説によるイデオロギー論争が尽きないことにある。根拠がないのに信じてもいいのは宗教だけである(根拠がないと信じられない,という「神を試すような行為」を信心とは呼ばない。よって宗教は厳密に無根拠でなければならない)。

 「コモンな病気を診るのがジェネラリストだ」という意見もあるが,これも「コモン」「診る」の定義が曖昧な言いっ放しである。前立腺肥大はコモンな病気と呼べようが,TURP(経尿道的前立腺切除術)はジェネラリストに要求される「診る」の範疇に入らない(普通)。なぜ入らないか。その厳密な根拠はない。なんとなくジェネラリストの営為っぽくないと多くの人に感じられる,からである。

 乳がんもコモンな病気だが,乳房触診はジェネラリストに必要な「ミニマム・リクワイアメント」であろうか。イエス,と答えた方は,では「マンモグラフィの撮影や読影は?」と問いたい。それでもイエスと答える方は,「乳房超音波やMRIは?」と問いたい。それでもそれでもイエスと答える方は,では「ハーセプチンの投与や乳がん切除術は?」とさらに問いたい。それでもイエスと答えるあなたは,立派な乳腺外科医です。



 繰り返すが,このようなミニマム・リクワイアメントは何か,の議論に厳密な根拠はない。あるのは思い込みと,その思い込みを共有できる仲間たちとのコンセンサスだけである。そのコンセンサスを共有できない人に対し,村社会の仲間たちは「あいつらは本物のジェネラリストではない」とレッテルを貼る。構造的には宗教論争とまったく変わりない。

 プライマリ・ケアは包括的であることをしばしば要請するが,完全に網羅的に包括的であることは不可能である。セッティングの難しさもある。都会でしか遭遇しない「コモンなプロブレム」もあれば,田舎でしか遭遇しないそれもある。離島にたった一つある診療所では画像の読影を全て自分でやるのがプライマリ・ケア医として必要な技術かもしれないが,都会のど真ん中でそれをやれば不誠実な医療とも取られかねず,放射線科医の読影に助けられる「べき」かもしれない。

 国内特有の問題もあれば,海外にしかない問題もある。エボラ出血熱はシエラレオネではコモンで深刻な問題で,ほとんど全ての医療関係者(および非医療者)が取っ組み合っている問題だが,日本でエボラ出血熱に対峙するのは先鋭的なスペシャリストであろう。これらを全て体験しようと思えば,あちこちを放浪する「永遠の研修医」状態となり,そのときにはプライマリ・ケアのもう一つの大事な要素,「継続性」を犠牲にしなければならない。

 まあ,ここまで書いても食い下がってくるファンダメンタルな「ミニマム・リクワイアメントはこれだ!」論はなくならないだろう。なにしろ“宗教”なんだから。自らの正当性を信じて疑わない者を説得するツールはほとんどない。ただ,自らの正当性を疑うことがない,自己完結した人物を人は「井の中の蛙」と呼び,それは知性の放棄とほぼ同義である。前にも書いたけれど,大事なことなので繰り返し指摘しておきたい。繰り返し指摘したって原理主義者がどうこうなることは,(めったに)ないのだけれど。



 「正しい」ミニマム・リクワイアメントはどこにもない。初期研修医の経験目標なんてただのムダである。あの軽薄な制度のせいで,毎年,年度末になると「統合失調症の患者はどこだ」「ムンプスの患者はどこだ」と病気探しでウロウロするケシカラン二年目研修医どもが出現する。出現させているのは初期研修の制度設計をしている輩であり,そういう輩が「医師としてのプロフェッショナリズム」とか口にするから,極めて始末に悪い。

 「統合失調症をさらっと垣間見ました」みたいな経験目標の達成は,余計な達成感という幻想を与えるためにむしろ始末に悪く,「統合失調症は見たことないので自信がありません」というままに初期研修を修了する研修医のほうがずっとましだとぼくは思う。人生は短いようで長い(そして長いようで短い)。初期研修が終わってから,統合失調症の患者との邂逅をパッシブに待ち,そのとき謙虚に患者から学ぶ態度を養ったほうが,絶対にロングタームでは良い医師になる可能性が高い。初期研修は研修そのものが目的ではなく,良い医師になるための手段にすぎない。



 横の広がりも,縦の突っ込み方も「少しずつ足していく」もので,ワンセットでコンプリートな「リクワイアメント」などは幻想にすぎない。感染症屋は今日も「見たことも聞いたこともない菌」と遭遇し,勉強する。ガウディのサグラダ・ファミリアのように,われわれはちょっとずつ経験を足していくだけなのである。

 ひな形なんて,どこにもない。三角形でありさえすれば,それでよい。

(つづく)



http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43425
有名なお医者様は財布を5つ持っている
医師収入調査:製薬会社から3000万円の副収入を得ている人も

関家 一樹
2015.4.6(月) JB Press

 4月1日付けの朝日新聞1面3面社会面において大々的に、製薬会社から医師への資金流入状況の集計結果が報道された。


 中には製薬会社からの「副」収入が3000万円を超えるツワモノもおり、日夜勤務にバイトと奔走している先生方からすれば、エイプリルフールのジョークと思いたいような記事である。

 そもそも今回のような製薬会社から医師への資金流入が公開されるようになったのは、バルサルタン事件やSIGN研究事件などの、一連の製薬会社の臨床研究への不正関与という不祥事を受けて、製薬会社が2013年度からの寄附金情報を公開し始めたからだ。

 私自身も製薬会社の公開情報の解析を行ってきたので、朝日新聞の記事から一歩踏み込んで、製薬会社から有名医師教授にどのように金が流れ込んでいるかについて、この場を借りて少し書かせていただくことにする。

1.講師謝金・原稿執筆料

 いわゆる製薬会社から、医師に直接支払われるお金である。

 講師謝金は極めて階級化されており、有名どころの教授だと1回の講師謝金が「15万~20万円」、准教授だと「10万円」、講師で「5万円」、といった相場になっている。

 中には年に100回以上、講演を行ったことになっている先生もいらっしゃるようで、いったい医師としてどのような日常生活を営まれているのか興味が尽きないところだ。

 原稿執筆料については実態がピンキリで、ある程度文章を書かされたうえに監修までやらされて数万円しかもらえていないケースもあれば、実質的には名義だけ貸していて中の文章は製薬会社が用意しているような状況でありながら10万円以上受け取っているケースも見受けられる。

 これらのお金はいずれも医師が直接受け取る性質のものであることから、製薬協の規定で接待が禁じられている昨今において、医師への実質的な実弾攻撃の役割を担っている。

2.役職就任

 いわゆる製薬会社が個別の薬に対して用意している「~適正使用委員会」への役職就任である。実際どれほど活動しているのかは、委員会によってまちまちであろうが、中には当該薬のパンフレットに登場しているだけのような委員会も見受けられる。


 そもそも講師謝金や後述の奨学寄附金を受け取っている医師が、委員に就任したところで第三者的な監督は経験則的に期待できないので、実態は宣伝に利用されているといって差し支えないのではないだろうか。

 委員としての報酬はまちまちであろうが、このお金も製薬会社から医師に対して直接に流れ込む資金である。

3.奨学寄附金

 国立大学などでは以前から公開されていたが、製薬会社の側から公開されることで、ブロックバスターと呼ばれる巨額販売薬に関わる学科に対して、製薬会社が広範に現金を撒いている現状が明らかになった。

 むろん研究を進めるためには資金が必要であり、潤沢な資金が集まることで良い研究が行えることについては私も全く異論がない。しかし以下のような弊害が実際に引き起こされていることについては、重々承知しておく必要がある。

 まず支配構造的な問題として、現金を集める人の発言権が強くなる。

 これは通常の企業であれば極めて正常な作用なのだが、研究対象薬について科学的な結論が求められ、一定程度の公的責務を負っている臨床研究の世界において、製薬会社から現金を引っ張ってくることのできる人が偉くなってしまうという状況は、構造的不健全と言えよう。

 また教授をトップとする学科においては、准教授や研究グループへの資金の配分を中心とした差配による支配構造の作出や、教授の交代時におけるいわゆる「カバン」の引継ぎ、のような伝統を引き起こす。

 このようなアカデミズムの構造の中でキャリアを積んでいると、利益相反に対する感覚が極めて鈍磨する。

 次にSIGN研究の調査報告書でノバルティス社が自ら述べていたことであるが、「奨学寄附金」は紐付けされない自由な資金という建前で流れ込んでくるが、実態は特定薬の宣伝を目的とした研究を行うために渡されており、「営業ツール」として利用されているのが内情であったようだ。

 つまり大学というブランドネームを利用した名義貸しによる販促活動に協力することで得ている資金と言うことができる。

 この点について一部の医師や教授にあっては「ライバル薬の研究はいくらでやった」などと製薬会社のMR(医療情報担当者)に自ら伝えることで、奨学寄附金を入れさせるという敏腕営業マンのような有様が判明している。

 こうした奨学寄附金を前提とした研究計画や教室運営が、臨床研究の客観性に対して歪をもたらすことは言うまでもない。

4.学会寄付金

 有名医師教授は当然、医学系有名学会の重鎮である。本来学会というものは勝手に作られるべきもので、自分たちで学術を高める目的を持って活動していけばよいのであるから、別にそこに資金が流れ込んだとしても特段問題は生じないはずである。


 しかし医学系学会の場合は専門医認定などと絡んで、半ば公的な性質を持つに至っている。公的な性質を持つのであれば、公的な責任感も併せて持たなければならないのだろうが実体はどうだろうか?

 イベントごとに行われているランチョンセミナーや、様々な製薬会社の便宜について、現在は各製薬会社のホームページで公開されているので、一度はご自身の所属する学会への製薬会社の関与状況についてご確認いただきたいと思う。

 タダ飯については馬鹿らしいので、ここではこれ以上言及しないことにする。

 この学会においても、結局製薬会社と関わり深い人が重鎮になるという状況が続いている。学会への資金誘導とその資金の差配権を持つ人が偉くなっていくのは当然と言えるが、国が様々な役割を与えようとしている組織としては健全といえるだろうか?

 また某有名医学会の現会長は就任前の年に突如、製薬会社からの奨学寄附金が2倍近くに増えている、思わず邪推したくなる出来事と言えよう。

5.研究団体(NPOなど)への寄付金

 最近新たに注目されるのがこの項目である。

 臨床研究に関わられたことがある方ならば、臨床研究を支援する「研究団体」が資金を拠出したり事務局機能を担っていたりしていることを経験されたかもしれない。この研究団体は任意団体の場合もあればNPOや一般社団法人となっている場合もあり、法人としての実態は様々である。

 こうした研究団体はいわゆる「医局」を法人化したものである場合もあるし、医師教授が製薬会社から直接資金を受け取るのを避ける目的で、資金の受け口として製薬会社別に用意する場合もある。

 いずれにしても地域の臨床研究における有名な医師や教授が、実質的に支配しているこれらの団体が臨床研究に関わることによって、製薬会社と関係の深い医師教授の支配力がさらに強固なものになっている。

 また一部の団体においては、資金を右から左に動かしただけなのに事務手数料として一回につき100万円単位で現金を受け取っている事例も存在する。それらの金がどこに消えているのかも、今後は監視していかなければならないだろう。


 以上のように5つの財布という視点で、有名医師教授への製薬会社からの資金の流れを概観してきた。


 つまり製薬会社から「直接」有名医師教授に支払われている金額は、実際に提供されている資金のごく一部で、様々な団体を利用することでそうした製薬会社との関わりの深い有名医師教授が強固な支配体制を築いている実態がある。

 最後に申し述べておきたいが、「資金を集めていること」と「研究内容の善し悪し」は別問題である。私は金を稼ぐこと自体が悪いことだとは思わないし(公務員の場合は別の違法が生じる恐れはあるが)、金を稼ぐことが人間性を否定するとも思わない。

 ただ、「1つの事実」として、製薬会社からの資金流入については、臨床研究や学会の信用性判断の根拠とする必要がある。

 研究はできるだけ自由に行われるべきであり、現在厚労省が進めているような事前法規制の強化は望ましくない。「研究において大切なのは信用性である」という原則に今一度立ち返ることで、自主的に良い研究が注目されるようになることに期待したい。



http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03120_02
【FAQ】
患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。
今回のテーマ
地域医療構想――2015年度から始まる医療改革

【今回の回答者】高山 義浩(沖縄県立中部病院地域ケア科)
週刊医学界新聞 第3120号 2015年04月06日

 2014年6月,「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」1)が成立し,より効率的で質の高い医療提供体制をめざした地域医療の再構築,地域包括ケアシステムとの連携を深めるための制度作りの方針が定められました。この法律を基に,2015年4月より各都道府県で地域医療構想(地域医療ビジョン)の策定が始まります。本稿では,地域医療構想の注目点について解説します。

■FAQ1

昨年,地域医療にとって重要な法律が成立しましたが,ポイントを説明してください。

 内容は多岐にわたりますが,特に地域医療に重要になるのは次の3点でしょう。まず,「地域医療構想」です。これは,将来(2025年を想定)の医療提供体制について,地域の実情に応じて課題を抽出し,住民を含めた関係者で解決のための施策を検討していくものです。おおむね2016年度までに,構想区域(2025年の二次医療圏を想定)ごとに合意を形成し,それを都道府県が取りまとめ,医療計画の一部として策定することになっています。

 次に,「病床機能報告制度」です。この制度は既に昨年10月から始まっており,医療機関が病棟単位で担っている医療機能の現状と今後の方向性を,構造設備や人員配置などの具体的な医療の内容とともに都道府県に報告するものです。2015年3月,初回の結果が都道府県に配布されました。この情報を広く公表することで,地域の医療体制に関する共通認識が関係者や住民の間に形成されることが期待できます。

 最後に,協議の場としての「地域医療構想調整会議」です。これは構想区域ごとに都道府県が設置するもので,地域医療構想の内容(めざすべき姿)と病床機能報告制度の結果(現在の姿)を見比べながら,不足している医療機能への対応など,医療機関相互の協議を行い,かつ地域住民の声を反映しつつ,改革を一歩一歩進めてゆくことになります。

Answer…将来のめざすべき姿と現在の姿を比較し,協議の中で地域医療改革を進めていきます。

■FAQ2

なぜ,このような改革が始まろうとしているのですか?

 国民の高齢化が急速に進展していることが最大の要因です。改革の目標とされている「2025年」は,1945年8月15日の戦争終結から80年の節目の年であり,戦後直後に生まれた「団塊の世代」が後期高齢者となる年です。現時点では,彼らは定年を迎えたくらいですが,今後は次第に持病を持つ人が増え,介護を必要とする人も増えてくるでしょう。つまり2025年に向けて,医療と介護の需要は急速に増大する見通しとなっているのです。

 また,有病者や要介護者などの数字だけでは見えてこない課題もあります。例えば,世帯構成比率が変化し,高齢者のみの世帯が増加することが見込まれています。生涯未婚率(50歳時の未婚率)2)を見ると,1980年には男性2.60%,女性4.45%であったのに対し,2010年には男性20.14%,女性10.61%という急激な変化を認めます。この変化は,頼るべき子どもや親戚がいない無縁独居者が増加することを意味します。

 現行の医療と介護の提供体制のみでは,こうした変化に対応できない可能性があります。今から改革を進め,急性期医療から回復期,慢性期,さらには在宅医療・介護まで,一連のケアが切れ目なく提供される体制を整備し,限られた資源を有効活用する仕組みを構築してゆかなければなりません。医療・介護・介護予防・住まい・生活支援が包括的に確保される「地域包括ケアシステム」を地域ごとに構築することが求められているのです。

Answer…高齢化の急速な進展により,今後さらに医療と介護の需要増大が予想されます。社会構造の変化なども踏まえ,一貫したケアの提供体制を今から構築していく必要があります。

■FAQ3

地域医療構想が,これまでの医療計画と異なるのは,どのような点ですか?

 地域医療構想は医療計画の一部ですから,基準病床制度に基づく量的調整や一般・療養病床で取り組まれてきた役割分担などの基本的枠組みに変更はありません。ただ,2025年という中長期目標の中で,全国で一斉に議論が始まる点,そして入院病床の高度急性期,急性期,回復期および慢性期の4つの医療機能ごとに2025年に予測される医療需要(入院患者数)の推計が行われる点に注目してください。

 これまで地域の高齢化については,「認知症を伴う医療需要の増大に対応できるだろうか」「在宅療養が推進されれば救急外来が混雑するに違いない」など,漠然とした不安として語られることが多かったと思います。一方で,「入院患者は何%増えるのか」,「増えるのは悪性腫瘍か,脳血管障害か,誤嚥性肺炎はどうか」といった具体的な指標はありませんでした。

 しかし,日本には医療施設調査,病院報告,患者調査,受療行動調査などの優れた保健医療統計がたくさんあります。また,レセプト情報を全国レベルでアーカイブ化したNDB(ナショナルデータベース)や,主に急性期病院の入院医療を可視化したDPC/PDPS(診断群分類DPCに基づく包括評価制度)も利用可能です。地域医療構想では,こうしたビッグデータをフル活用して,地域ごとに医療需要の実態を明らかにします。そこに国立社会保障・人口問題研究所が示す将来人口予測を重ねることで,2025年の医療需要を推計していくことになります。この推計には,疾患別の推計や圏域を越えた患者の流出入なども含まれます。これによって,求められる医療提供体制の目標値を手にすることができます。

 もちろん,推計には常に精度の問題がありますが,目標なくして地域での検討は始められません。データ偏重に陥らないように注意しつつも,客観的データに基づく議論が始まることが期待されます。

Answer…2025年に向け全国で一斉に議論が始まり,入院病床の医療機能ごとに医療需要の推計が行われます。

■FAQ4

将来推計以外には,どのような内容が地域医療構想に盛り込まれるのですか?

 将来推計は,あくまで構想策定に向けた足掛かりに過ぎません。まず,二次医療圏単位で導かれた推計結果に加え,疾病構造の変化,基幹病院までのアクセス時間などを勘案し,現在の二次医療圏の妥当性を検討する必要があります。人口規模が小さく,かつ患者の流出が激しい地域では,病床を拡充するよりは隣の二次医療圏と合併させ,その上で適切な医療提供体制を議論したほうが良いかもしれません。

 とはいえ,これだけ医療の内容が多様化した時代において,完全に自立した二次医療圏などあり得ません。既に一定の流出入は発生していますし,それをきちんと見据えた上で,医療圏の役割分担を検討すべきでしょう。特に大都市圏では,圏域にこだわらずに供給体制を調整し,地域連携パスの共有など,患者にとってシームレスな医療提供が行われるよう協議が進められるべきです。

 地域の医療需要の受け止め方について一定の整理がついたところで,医療機関ごとの病床の機能分化と連携が進められるよう,必要な施策も地域医療構想に盛り込んでいく必要があります。例えば,将来推計と病床機能報告の結果を比較すれば,地域で不足するであろう医療機能が見えてくるはずです。当該医療機能の病床を増床するだけでなく,将来的に過剰になることが見込まれる病床機能の転換や集約化と併せて,次第に収れんするように調整してゆくことが求められます。

Answer…患者にとってシームレスな医療提供が可能となるよう,医療機関ごとの機能分化・連携を図るために必要な施策なども盛り込んでいきます。

地域医療構想を策定する上で,地域の医療関係者が心掛けるべきことは何でしょうか?

 この改革をひとごとにしないことが大切だと思います。地域医療構想の策定に当たっては,医師会などの団体の学識経験者の意見を聞くとともに,医療審議会,市町村,そして保険者協議会の意見を聞くことになっています。また,タウンミーティングやアンケート調査,パブリックコメントなど,住民の意見を反映するための手続きも都道府県ごとに取られることでしょう。

 しかし,やはり何より大切なのは,実際に地域で診療している医療従事者の現場感覚ではないでしょうか。担い手となる方々が,実現可能だと思えなければ,あるいはその責任感を共有できなければ,どのような改革も力を失います。ですから,地域から積極的に提言し,改革にいのちを吹き込んでいただきたいと思います。

 また策定の際には,NDBやDPCのような詳細な医療データセットが乱れ飛ぶでしょう。これは今後の医療の在り方を考えるための重要な知的財産ですが,その膨大なデータに目まいすることなく,現場に立ち返るようにしなければなりません。現実の患者は,「生身の人間」であって「単なる記号」ではありません。信頼関係に基づく臨床あっての医療であることを見失わないことが,地域医療構想という改革の成否を握っていると私は思います。

Answer…ひとごとにせず,責任感を共有していくことが大切です。また,実際に相手にするのは記号ではなく生身の人間であることを忘れてはいけません。

■もう一言

 2014年6月の医療法改正では,地域医療構想とともに,「国民は,(中略)医療を適切に受けるよう努めなければならない」(第六条の二第三項)とする条文が加えられました。医療の利用者である住民の責務が明示されたことは画期的だと思います。ただし,責務が課せられたということは,適切な医療が受けられるよう求める権利も生じたと言えます。医療を密室化させず,住民としっかり向き合うことが,これまで以上に求められるようになっています。

参考文献
1)厚労省.地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律案要綱.2014年.
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/dl/186-07.pdf
2)国立社会保障・人口問題研究所.人口統計資料集 VI.結婚・離婚・配偶関係別人口(表6-23).2014年.


高山 義浩
2002年山口大医学部卒。JA長野厚生連佐久総合病院などを経て,沖縄県立中部病院にて感染症診療と院内感染対策に従事。また,在宅緩和ケアにも取り組んでいる。行政では,厚労省健康局においてパンデミック発生時の医療体制の構築に取り組んだ他,2014年より1年間,厚労省医政局において都道府県による地域医療構想の策定支援に従事した。


  1. 2015/04/06(月) 06:07:49|
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