Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

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2月4日 

http://www.m3.com/iryoIshin/article/286695/
医療維新
大野病院事件スペシャル対談◆加藤医師 vs.安福弁護士
「21条違反で有罪」を最後まで懸念◆Vol.14
控訴理由を潰した地裁判決に安堵

2015年2月4日(水) 司会・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)

安福 もう一つ怖かったのが、(医師法)21条の問題。(大野病院事件の福島地裁の判決の)「過失なき医療行為の結果だから、そもそも異状死に当たらない」という判決理由を読んだ時に、「これまた、すごいことを言い切ったな」と。では、「過失があったら、異状死と言うのか」と。

――「過失なき医療行為」に当たるかどうかを、現場で判断することを求められてしまう。

安福 (逮捕から無罪判決まで)2年半もかかって、ようやく無罪であると判断された。それを「24時間以内に判断せよ」というのは、無茶苦茶なこと。


業務上過失致死罪に問われた加藤克彦氏。2008年8月20日、福島地裁は無罪判決を言い渡したが、主文で「無罪」と言われても、その後、判決内容を聞き、「これ、本当に無罪?」と思ったという。
――ただ、公判では、21条のことは、あまり議論されなかった。

安福 もちろんやったのだけど、結局、「21条があるから、警察が逮捕する」わけではない。21条は、「入口」などとして、警察が使いたい時に使う、便利な道具でしかない。殺人事件の場合に、よく「住居不法侵入」「死体遺棄」で逮捕する。これらも「入口」であり、逮捕する口実であり、入り口。

――今回の場合、21条で届け出るか否かについて、院内で議論はあったのですか。

加藤 ありました。(妊婦が死亡した)当日、院長と麻酔科の先生、僕の3人で話をしました。病院長が届け出ることになっていましたので、「ミスはあったのか」と聞かれて、「ありません」と答え、それだけで、終わりました。

安福 医師法21条は、「検案した医師が届け出る」としているので、先生が当然該当するのだけど、厚労省や県病院当局が作成している21条のマニュアルには、「施設長が届け出る」と書いてある。だから、本件でも、院長が届け出るか出ないかの判断を、県の病院局と過失の有無を議論していた。それで話し合いに時間がかかった。死亡の翌々日にも、院内で“事故調”的な意味合いで議論されているのですよね。

加藤 やりました。ただし、21条については、院内でもさらっと話したくらいです。

安福 現場は「施設長」と思っていても、法は「検案した医師個人」。そこに実務と法のギャップがある。「これは、施設長の仕事」と思って現場は動くのに、実際にリスクを負うのは、担当医というのはおかしい。本件でも、加藤先生が、「医師法21条違反、罰金10万円、と言われる可能性はゼロではない」と非常に意識していた。

――業務上過失致死罪は無罪であっても、医師法21条違反とされる可能性があった。

安福 本音を言うと、「禁錮1年、罰金10万円」という求刑を聞いた時に、「嫌だな」と思った。完全無罪に持っていけるかが読めず、最後までハラハラしていた。裁判官が、憲法が言う通りに、良心に従って判決を書いてくださるなら、これほど安心なことはないんだけどね(笑)。

――2008年の無罪判決後、検察は控訴をしませんでした。検察が控訴する確率は、どれくらいと見ておられたのですか。

安福 私の感覚から言えば、判決内容によると思っていたので、判決を読んだ時に、「控訴するのは容易ではない」と思った。実は判決理由を聞いていて、スタート(主文)は「無罪」だったので、喜んだのだけど、判決理由を聞いているうちに、だんだん腹が立ってきたんですね。なぜかと言えば、「大量出血の可能性はあった」「危険性は予知できた」など、どんどん検察側の主張を認めるような事実認定が続く。

 けれども、検察の言い分を認めつつ、最後の最後になり、すごいことを言い出す。「(胎盤剥離をやめて、子宮摘出に切り替えたことにより)本当に、助けられたというのであれば、具体的な症例を基に、立証しなければいけないが、何らそれは証拠として出てきていない。検察側はその主張もしていない。だから救うことができたという裏付けはなく、医療水準として、この治療以外に何ができたかは言えない」。あれを言われたら、検事は、そうした症例はないのだから、出せるわけはない。「控訴理由を潰しているな」と思った。検察側の主張を認めておいて、「絶対にできないよね」というところで落とす。

――加藤先生は、判決を聞かれて、どう思われましたか。最初の主文を聞いて……。

加藤 「被告人は無罪」。けれど、その後を聞いていると、「これ、本当に無罪の内容なの?」という感じはしていて……。「でも、無罪って言ったよね」と思いながら、聞いていました。

――裁判官が「無罪」と言った途端に、マスコミは一報を報じるために、一斉に法廷外に出て行きました。

安福 「無罪」と聞いた時に、「体の中が、かあっとなった」といった感じはありました?

加藤 いや、あまりなくて……。「被告人は無罪」と言われるのが、最初なのか、最後か、順番が全然分からなかった。

安福 弁護団が説明すべきだった。申し訳ない。いろいろ理由を言って、最後に判決を言うのは、死刑判決の時だけです。判決理由からの朗読だったら、我々は真っ青になる。

加藤 でも、最初に「無罪」と言われたので、「はっ」という感じで……。「よかった」と。でも聞いていて、「これ、本当に無罪?最後に何か言うんじゃない?」とは思っていました。

安福 だから、あれは本当に、裁判所が工夫した判決。



http://www.huffingtonpost.jp/mariko-morita/woman-doctor_b_6610484.html
ウーマノミクスに逆行する医療界、これ以上モラトリアムはいらない
森田麻里子
仙台厚生病院麻酔科
2015年02月04日 16時37分 JST  ハフィントンポスト

近年、女性医師の割合が急増している。医療施設に従事する医師の中で、女性の割合は1992年の11.7%から2012年には19.6%まで増加している。若年層に限定するとさらに割合は高く、30歳未満の医師では35.4%が女性だ。東京女子医科大学を除いても、学年によっては50%以上が女性という大学もあると聞く。

こうした中で、女性医師がいかに仕事を継続できるようにするかが課題となっている。子供を持ちたいと望む女性医師・医学生にとっては、いつ出産しどのように仕事に復帰するかが非常に大きな悩みだ。一旦知識や技術を身につけてしまえば休職しても復職先の選択肢が広がるが、研修中に休職すると復職するのは困難を伴う。また復職したとしても非常勤では研修と認められず、専門医を取得できない。しかし一人前の医師と認められるのを待つにしても、それには長い時間がかかる。現行の制度でも、医学部を卒業する時点で24歳、2年間の初期臨床研修を経て27歳からようやく専門分野の研修に入り、専門医を取得するまでには30歳を過ぎてしまう。私は、2017年度から始まる新専門医制度が、この問題に拍車をかけるのではないかと心配している。

医師の中で最も多いのは内科で、全体の20%以上を占める。多くの病院で中心的な役割を担っており、その活躍の場は多様だ。循環器内科や呼吸器内科といったサブスペシャリティの専門性を高めて高度医療に携わる医師もいれば、かかりつけ医として幅広く慢性疾患を診る医師もいる。これまでは、早い段階から高度医療施設で専門研修をしたり、総合内科や地域の病院で幅広く内科研修をしたりと、それぞれが目指す道に応じて多様な研修を行っていた。また私の周囲には、後期研修という形はとらず、初期研修終了後に被災地での医療支援に赴いた医師もいる。しかし内科の新専門医制度では、初期臨床研修で内科系を含む多くの診療科をローテーションした後、さらに3年間かけて全員が内科全般にわたる研修を行い、その後サブスペシャリティの専門研修を行うことになる。結果としてキャリアの多様性が失われ、一人前と認められるのもますます遅くなる。

これは初期臨床研修の制度化と同じ構造だ。もともと医学部のカリキュラムには臨床実習があり、卒業後すぐに専門研修を行う人もいれば、複数の診療科をローテーションして研修を受ける人もいた。しかし初期臨床研修が必修化されると、専門研修の開始は2年遅くなった。その上、学生時代の臨床実習で経験できることが逆に限定されてしまい、実質的な実習が医師免許取得後に先延ばしされる形になった。このように、全員が幅広い分野で知識・技術を高めるという理想を掲げても、実際にはモラトリアムが延長するだけという結果になる可能性がある。

私は今年度から麻酔科の専門研修を開始し、医師として大きく成長しているのを感じる。私が1月に麻酔を担当したのは32症例で、うち7例が心臓外科、13例が呼吸器外科、12例が消化器外科ですべて全身麻酔であった。一人の麻酔科医が1ヶ月間に担当する全身麻酔症例数の中央値は21-30例の間であることを考えると、3年目の医師としては多い方と推定される。知識や技術が身につくのは、研修プログラムに則って手取り足取り指導されるからではなく、自分で責任を持って多くの経験を積むからではないだろうか。しかしどんなにたくさんの経験を積んでも、専門医試験は4年後にしか受験できないという制限があるため、それまでに休職してしまうと専門医取得も困難になってくる。一方でたとえ経験数が少なくても、認定プログラムの中で4年間研修を受ければ専門医を受験することができるのだ。

麻酔科では、産休・育休の場合に1年を限度として週1日勤務でも勤務期間と認められる特例が存在したが、それも来年度から廃止されてしまう。出産、育児といった時間的制約のある医師にとっては、非常に不利な制度になってきている。

専門医制度の形式を標準化しようとしても、モラトリアムばかりが長期化する危険があり、女性にとってはますます仕事を続けづらい環境となってしまう。画一的なプログラムに当てはめるのではなく、多様なニーズに柔軟に対応できる制度が求められているのではないだろうか。

(2015年2月4日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)



http://www.nikkei.com/article/DGXMZO82650700R30C15A1000000/
名医は名経営者にあらず 病院破綻の深淵
帝国データバンク・篠塚悟

2015/2/4 7:00日本経済新聞 電子版

 高齢者が増える中、「病院が破綻する」と聞いて奇異な印象を持つ人も多いのではないだろうか。経営状態まで気にして診てもらう患者もいないだろう。しかし、ここ数年の推移を見ると年間30~40におよぶ医療機関(歯科医院含む)が倒産に至っているのが実情だ。総合病院からクリニック、歯科、さらには介護老人保健施設の運営も手がける医療法人緑生会(千葉県我孫子市)は2014年8月に東京地裁へ民事再生法の適用を申請、負債総額約63億7900万円の大型倒産となった。業容拡大を狙い総合病院を新設して、わずか1年半後の破綻。一体何が起きたのか。

■お産呼吸法の権威

 我孫子市に隣接する印西市。北総線印西牧の原駅から歩いて20分のところに、緑生会の破綻の引き金となった「印西総合病院」がぽつんと建っている。繁華街から離れているため人影はまばら。周辺の道を行き交うのはほとんど車だけだ。
 破綻後、同病院は消化器外科や脳神経の内科・外科、泌尿器科などを休止し、主に産婦人科と小児科、内科に絞って診療を継続している。「不便な場所で利用したことはなかったが、それでも緊急の時に駆け込める病院があるのは心強かった」。駅で会った60代の男性は、大幅な規模縮小について残念そうに話した。

 緑生会は理事長の橋本明が1995年10月に茨城県藤代町(現在は取手市)で開業した「橋本産婦人科クリニック」を前身としている(同クリニックは2006年5月に閉鎖)。橋本は昭和大学医学部を卒業後、東京警察病院に勤務し産婦人科医長を務めた医師で、「気功式出産」のリーブ法を開発したことで知られる。お産の際の呼吸法といえば、緊張をほぐすラマーズ法が代表的だが、リーブ法は、リラックスだけにとどまらず、「医学的根拠に基づいた呼吸法」「エクササイズで痛みを和らげスムーズな出産へと促す呼吸法」と説明され、信奉者も多い。産婦人科医としての実績は高く評価され、当時、遠くからの来院も多かったようだ。

 98年8月に緑生会に改組。01年にはJR「我孫子駅」から徒歩5分の場所に「あびこクリニック」を開設する。産婦人科、内科、小児科、歯科を設置した同クリニックが順調に推移したこともあり、2002年7月期(後に決算期変更)の年収入高(一般企業の年間売上高に相当)は約9億円弱と前の期に比べ倍増した。

 勢いはさらに加速していく。04年10月には、茨城県茨城町に入所定員100名の介護老人保健施設「桜の郷 祐寿苑」を開設。その後も、07年~11年にかけて歯科クリニック4施設のほかクリニック2施設、助産師専門学校、助産院を開設するなど短期間のうちに業容を急拡大させた。助産師の評判も良く、クリニックで受けたお産の数は年間1000件前後にもおよんだという。結果として、12年4月期の年収入高は約20億円に達した

 次々とクリニックを開設していたことからもうかがい知れるが、橋本は医師としての腕前や技術に傾注した職人肌だけの人物ではなかった。事業家としてのクリエイティブな側面も持ち合わせていたようで、当時を知る関係者は「いつしか総合病院の経営をしてみたいとの思いをもつようになっていった」と語る。12年11月に競合の総合病院が我孫子市に開設されたことも、橋本の事業家としての野心を刺激したのかもしれない。

 地方の人口減少が叫ばれる中、印西市は千葉ニュータウンといわれる数少ない人口増加地区だ。市はインフラ整備の一環として、入院や手術を要する症例に対応できる、いわゆる「二次救急医療施設」となる250床規模の病院誘致に力を入れており、緑生会の思いと見事に合致した。市の後押しを背景に複数の金融機関によるシンジケートローンで約40億円の資金を調達。13年1月に印西総合病院の開設にこぎ着けた。

■医者が足りない

 ただ、スタート時から過剰設備の懸念が一部で指摘されていた。同病院は第1期として81床、第2期として141床に増床(合計222床)する計画だったが、1期目の段階で既に増床の際のキャパシティーを見越した設備投資を行っていたからだ。

緑生会の破綻に伴い、印西総合病院の診療分野は大幅に縮小。現在も改廃が続いている

 そして、設備以上に懸念されていたのが総合病院に見合う医師・看護師の陣容の確保だった。緑生会は関係者などに対し「(人繰りの)めどはついている」と説明していたようだが、実は千葉県の「東葛・北総」と呼ばれる当該・周辺エリアは病院の新設や建て替えが多く、医師や看護師からみて圧倒的な売り手市場。人材確保は難航したもようだ。

 さらに印西市は人口が増加しているものの、思いの外、子育て世代が増えていなかったことも見込み違いだったようだ。開設当初、産婦人科、小児科、乳腺科、消化器科のみで、既存利用者が利用するケースが多く、新たな患者の利用が想定を下回ることになる。

 その後、内科や整形外科、皮膚科などを増設したものの、曜日毎の担当医の掲示板はスキマだらけだったという。地域の二次救急を担う拠点としてスタートしたにもかかわらず、これでは継続性を伴う高度な医療を提供できるはずも無く、外来から入院への移行も寸断された。

 経営破綻の直前の期となる2014年4月期の年収入高約24億円に対し約9億円の経常赤字を計上。債務超過に陥り、ついには支払いに支障をきたした。民事再生法申請時の負債は年収入高の2.6倍にまで膨れ上がっていた。

 医療機関の倒産は、この10年間で368件発生しており、このうち収入不足などの、いわゆる本業不振が原因の倒産は約4割を占める。他業界を含めた倒産全体で見た場合、本業不振が原因の倒産は8割以上に達するので、医療機関は顧客(患者)に見放されて倒産するケースが比較的少ない業態だとも言える。病気やけがは景気の影響で増減するわけではないので、当然のことかもしれない。

■管理者も不足していた

 一方で、医療機関の倒産では「放漫経営」や「経営計画の失敗」といった内的な背景に起因する倒産が3割以上を占めており、他業界と比べて突出して高いのが特徴だ。今回の緑生会のケースには当てはまらないが、経営の甘さから乗っ取り屋グループに病院を食い物にされ、倒産に至ることも、実は珍しいことではない。外部環境より組織内部に落とし穴が潜んでいるところに、病院経営の深淵がある。

 「総合病院というよりはクリニックの個人経営者ということだったのかもしれませんね」。倒産後、橋本についてのこんな声が周辺から聞こえてくる。産婦人科医としての腕前と、組織を率いる経営者としての能力は別物なのだ。

 これは病院に限らず一般企業においても同様なことが言えるのではないか。優秀な技術者や研究者、営業のプロなど現場で輝かしい結果を出してきた者が、管理・経営の立場に回った途端にぱっとしなくなるのはよくあることだ。「医師だけではなく、管理者も足らなかったのではないか」との指摘は、医療関係者だけではなくビジネスマン皆が受け止めるべき教訓を含んでる。=敬称略

 「企業信用調査マンの目」は、信用調査会社、帝国データバンクで企業の経営破綻を専門にする第一線の調査マンが破綻の実例などをケーススタディーにし、中堅中小の「生き残る経営」を考察します。原則隔週水曜日に掲載。


  1. 2015/02/05(木) 05:14:52|
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