Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

10月14日 

http://www.sankei.com/affairs/news/141014/afr1410140045-n1.html
「輸血ミスと因果関係なし」 新生児死亡で神奈川県立こども医療センターが報告書
2014.10.14 21:18更新 産經新聞

 神奈川県立こども医療センター(横浜市)で4月、血液型がA型の新生児にO型の血小板を輸血したミスがあった後、新生児が死亡した問題で、こども医療センターが外部の医師らを交えて設置した事故調査委員会は14日、「輸血ミスと死亡の因果関係はなかった」とする報告書を公表した。

 報告書は、出生時からあった心臓疾患を手術した後、血液の循環不全が起きて輸血が必要だったとし、違う血液型の血小板を輸血後も血液データに異常はなかったと指摘。手術後、別の疾患が進行して死亡したと考えられる、と結論付けた。

 ミスの原因は、新生児に少量ずつ輸血するために血小板の液体が移された注射器の筒に患者名が書かれていたが、看護師が確認せず、隣に置かれた別の患者の筒を手に取ったことにあるとした。



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/43982.html
国保直診こそ総合診療医が育つ場所- 岐阜で国保地域医療学会
( 2014年10月14日 16:00 )キャリアブレイン

 医療資源が少なく高齢化の進行する地域で、早くから総合的な診療に取り組んできた国民健康保険診療施設(国保直診)こそ「総合診療専門医」を育てる場所にならなければいけない-。10日に岐阜市で開かれた全国国保地域医療学会では、国保直診が各地で続けてきた「地域包括医療・ケア」が紹介された上で、新たな専門医領域として制度設計が進む「総合診療専門医」の広がりに改めて期待の声が上がった。臨床研修医制度や7対1看護の導入に端を発した医師不足、看護師不足の中で、ほかの医療機関や住民との連携を進めてきた状況も報告された。【大島迪子】

■開放病床で病診連携、北海道奈井江町

 市町村長を交えて課題を考える開設者サミットでは、北海道、岐阜、香川から、各地域の状況に合わせて実践してきた地域包括医療・ケアが発表された。

 北海道の中央部に位置する人口5900人の奈井江町。町長の北良治氏は、町立の国保病院や老人保健施設、特別養護老人ホームで行う「開放型共同利用」の仕組みを説明した。町立国保病院は一般46床、医療療養20床、介護療養30床の計96床。一般病床のうち12床が開放病床になっている。開放病床は、診療所の医師が入院させた患者に対し、入院後も診療所のかかりつけ医が往診するもの。かかりつけ医は必要に応じて病院で検査を受けさせることもできる。昨年度は1日平均14.6人が利用したという。

 同じ仕組みは町営の老健、特養でも導入され、患者が入所しても同じかかりつけ医が一貫して診療する。このほか、隣接する砂川市の市立病院と協定し、週1回小児科医を派遣してもらうなど病病連携も進めているという。

■8か月学ぶ介護予防サポーターが活躍、香川県綾川町

 香川県の綾川町国保陶(すえ)病院からは、大原昌樹院長が登壇。介護予防への取り組みを発表した。綾川町は人口2万5000人で、高齢化率は32%。大原氏は、「今後10年間を見据えたとき、治す医療より支える医療が求められるようになる」と話し、支える人材としての「介護予防サポーター」について説明した。

 介護予防サポーターは、住民が8か月間、講義や見学、グループワークを通して介護予防の知識を学ぶ。毎月勉強会を開く「転倒予防班」や、個別宅にも訪問する「お話ボランティア班」などの班活動や年3回のステップアップ研修もあり、サポーターとなってからも継続的に活動してもらう仕組みになっている。サポーターは7年間で308人養成したという。
 大原氏は、移動健康教室や終末期医療についての啓発、在宅医との勉強会などほかの取り組みにも触れたうえで、「総合診療専門医の研修施設としては、国保直診が最適だと思う。中心的な役割を担ってほしい」と述べた。

■県境越え初期研修医を要請、岐阜県飛騨市

 岐阜県北部の飛騨市は人口2万6000人。中核の飛騨市民病院は、臨床研修医制度導入時には12人いた常勤医師数が現在は4人となり、医師不足が最重要課題になっているという。
 飛騨市は富山湾に流れる神通川の上流に当たり、富山市と隣接している。医師確保のために県境を越え、富山大から初期研修医や非常勤医の派遣を受ける「神通川プロジェクト」を2012年度から始め、地域医療を学ぶ場としてもらっている。運営資金には岐阜県からの補助金を活用。井上久則市長は、「16年度からは岐阜大の地域枠医師が輩出される」と医師不足改善への大きな期待を述べた。



http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40436
週刊現代 賢者の知恵
研究 欧米ではどんどん減っているのに なぜ、日本人ばかりが「がん」で死ぬのか

2014年10月14日(火) 週刊現代 / 現代ビジネス

日本人にはあまり知られていない不可解な事実がある。先進国の中で日本だけ、がんの死亡数が増加し続けているという。わが国の医療は世界トップレベル—だからといって、安心してはいられない。
30年で2倍に増えた

「じつは、がんの死亡数が増え続けているのは、先進国では日本だけなのです」

東京大学医学部附属病院放射線科准教授の中川恵一氏はこう断言する。

日本人の平均寿命は女性が86・61歳で世界一、男性は80・21歳で第4位。その数字だけが独り歩きし、日本人は健康なのだと思いがちだが、そう考えているのは我々日本人だけのようだ。

米国で1年間にがんで死ぬ人は、約57・5万人。日本人は約36・5万人だが、人口10万人当たりで換算すると、日本人の死亡数は米国の約1・6倍にもなっている。意外なことだが、日本は先進国であるにもかかわらず、がんが原因で亡くなる人が増え続ける唯一の国。日本が「がん大国」である「本当の理由」はここにある。

いまや日本ではがん患者が増え続け、2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで死ぬ—そんな時代になった。がん研究振興財団が昨年発表したデータでは、1年間で新たにがんと診断された人は74万9767人。がんは、日本人の死因のトップとなっている。

脳卒中を抜き、がんが死因の1位になったのは1981年。その後、がんの罹患数、死亡数ともに年々増え続けている。死亡数は、30年で2倍以上にも膨れ上がった。

もちろん、世界的に見ても、がんは患者数も死亡数も増えている。だが、国際がん研究機関(IARC)の発表によると、世界中で、がんで死ぬ人の65%は発展途上国の国民。先進国では、がんが原因で死ぬ人は減り続けているという。中川医師が続ける。

「欧米では、だいたい毎年5%ずつがん死亡数が減っています。それに比べ、日本では増加が止まりません。1995年の時点では、日本も米国も同程度でしたが、それ以降、差はどんどん開いていっています」

がんの患者数が増えれば、がんで死ぬ人が増えるのは当然のことのように思えるが、そうではない。

先進国の場合、高度な検査設備があることで、従来ならば見つからなかったレベルの早期のがんが発見され、患者数が増加しているという側面もある。だが、その場合、見つかったとしても高い治療技術があれば、がんを治すことができるはずだ。医療設備が整った先進国では、がんによる死亡数が減少していって当然である。

ましてや、先進国の中でも、日本の医療はトップクラス。「とくに手術の技術は、世界一」(前出・中川医師)とも言われる。そんな日本でなぜ、がん死が増え続けているのだろうか。

一般的に言われるもっとも大きな要因は「高齢化」である。

「他の先進国と比較して、日本では高齢化のスピードがものすごく速い。それが、がん死が増えている一番大きな要因だと言えるでしょう。日本のがん死亡者数は、団塊の世代が80代後半になる2030~2035年くらいまでは、増加し続けると思います」(大阪大学大学院医学系研究科社会環境医学講座教授・祖父江友孝氏)

高齢化が進むほど、がんの患者は増える。これはまぎれもない事実だ。

「がんは遺伝子の異常が積み重なることで発症します。その異常の多くは、生活習慣に由来する炎症や化学薬剤、放射線など外的要因によるもの。あるいは、新陳代謝で細胞が分裂する際に、ある一定の確率で遺伝子に異常が起こります。

つまり、長生きすればするほど遺伝子に異常が起きる可能性が増えるので、がんになる確率も高くなるというわけです」(北海道大学大学院医学研究科探索病理学講座特任准教授・西原広史氏)

言ってみれば、がんは老化現象の一つ。年を重ねれば、がんになるのは当然とも言える。実際、日本での統計(国立がん研究センターがん対策情報センター)を見ても、高齢になるとがんの患者数はぐっと増える。50~54歳でがんを患っている人は約3万3000人。それが60~64歳になると約9万5000人、70~74歳になると約12万2000人となる。
食事が原因?

高齢化が進むにつれてがんに罹る人が増え、医療が追い付いていかない。結果、がんで死ぬ人が増えていく。

だが、それだけでは説明がつかない事実がある。

考えてみれば、日本では特に急速に進んでいるとはいえ、高齢化は欧米諸国でも問題となっている。65歳以上の高齢者が総人口に占める割合を示す高齢化率を見ると、日本は世界1位で24・4%。アメリカは13・63%(世界41位)と低めだが、ドイツは21・1%(同2位)、イタリア20・82%(同3位)、フランス17・47%(同16位)など。高齢化しているのは同じだが、ドイツ、イタリア、フランスではがんの死亡数は増えていない。

西台クリニック院長の済陽高穂医師は、アメリカでの例を挙げて、食生活の変化が要因だと指摘する。

「アメリカでは、がんなどの現代病が増え続けて国家の財政を圧迫していることが1970年代から問題視されていました。それで当時のフォード大統領が、栄養問題特別委員会を設置し、国民の栄養と病気の関係を徹底的に調査させたんです。その結果、現代病は薬では治らない。がんを減らすには食事の内容を変えなくてはいけない、ということがわかった。それを受け、FDA(アメリカ食品医薬品局)や米国国立がん研究所が、健康のための数値目標を設定したり、がん予防に効果があると言われる食べ物の作用の研究を進めるようになりました。その国家プロジェクトの成果が実って、'92年以降、増え続けていたがんの死亡数が減少に転じたのです」

アメリカで食生活の改善でがん死亡数が減少、といわれても、どうも腑に落ちない。日本人からしてみれば、現在でも肉食中心の欧米人よりは健康な食生活を送っているはずではないか?

だが、それは大きな誤解なのだという。

「現代の日本人は、自分たちが思っているほど健康的ではありません。食生活の欧米化が進み、肉の摂取量は50年間で約10倍、脂肪分は約3倍にも増えました。逆に野菜や果物の消費量は減り、米国を下回っている。日本人は運動量も少ないし、いまでは多くの米国人のほうが健康的な食生活を送っているとすら言えます。

そもそも日本人と欧米人は体質が異なるので、同じ食事を摂っていても、日本人のほうが糖尿病になる確率が高い。糖尿病になると、インスリンというホルモンの血中濃度が高まりますが、これにはがん細胞の増殖を促す作用があり、発がんリスクが2割ほど高まることがわかっています」(前出・中川医師)

高齢化に加え、生活習慣の要因が重なって、がん患者が増えた。だが、これだけではない。日本人はマジメな人種だと自覚する人が多いかもしれないが、検診の受診率が驚くほど低いのだ。

「たとえば子宮頸がん検診の受診率は、日本では30~40%ですが、米国では84%。検診で見つかるような早期がんは、9割以上が治ります。それが、進行してから見つかれば、がんによって命を落とす人が増えてしまうのは当然のことです」

中川医師はこう指摘する。「がんが見つかったら嫌だから」—そんな理由でがん検診を拒否している人も多いだろう。患者自身の意識の低さもあるが、医者側にも原因はあるという。中川医師が続ける。

「本来は、がんにならないことが一番いいのですが、日本の医師は患者を『治す』ことにしか関心がない。医者は難しい治療をするのが善で、それが本来の医者の姿だと思っているのです。検診をやっている医者は、地位が低く見られる傾向にあります。欧米では検診も医療の一つと考えられ、信頼も高い。その意味で、日本は、予防医学の後進国なのです」
治療法が間違い?

予防という側面で遅れをとっているだけでなく、日本の治療現場における構造の問題もあるという。

「日本では、『がんの医者』といえば外科医が主流です。がんと診断されたらまず外科に行く。ですが欧米では、外科医と放射線科医、抗がん剤を専門とする腫瘍内科医の3者が、その患者にとってベストな治療法を話し合うというのが基本です。

多くのがんでは、手術と放射線治療の治癒率は同じというデータも出ていますが、日本人には『がんは手術で治すもの』という先入観がある。がんを取り残す可能性があると分かっていても、まず手術が選択されることも多い。日本での放射線治療の割合は約25%ですが、アメリカでは60%程度。日本は圧倒的に少ないのです」(中川医師)

手術の場合、放射線治療と比較して患者の身体への負担は大きい。合併症を引き起こして死に至るリスクは圧倒的に高いだろう。にもかかわらず、日本の「手術信仰」が強く根付いているのには、こんな理由もある。

「放射線治療や抗がん剤治療は、通院で行えるようになってきました。いまでは、放射線治療の大半が通院治療です。もともと放射線治療の診療報酬は高くありませんし、とくに東京の病院では、差額ベッド代がないと経営が成り立たないところも多い。身体に負担が少なく、通院治療ができれば患者さんにとってはベストですが、病院も経営のことを考える必要がある。手術をして、入院をしてもらうほうがありがたいのかもしれません」(中川医師)

日本では、「手術ができてよかった」と思われがちだが、必ずしも、手術ができることが患者にとってベストな治療法というわけではないのだ。その治療によって命を縮め、がんで死ぬ人が増えているという可能性も否定できない。

「いまの日本の医療は、医療者の立場からしか考えられていないものが多いと感じます。今の医療水準ではがんを確実に防ぐことはできません。けれど、がんを患ったとしても、がんが原因での死を迎えることは避けられるはず。患者の視点に立った医療が提供できれば、がんで死ぬ日本人を減らせるはずです」(順天堂大学医学部病理・腫瘍学講座教授・樋野興夫医師)

がんの死亡数を減らせれば、日本は本当の意味での健康長寿国になれるだろう。

「週刊現代」2014年9月13日号より



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/43986.html
医療圏内の地域包括ケア関係者が一堂に- 奈良初のフォーラム発足
( 2014年10月14日 18:31 )キャリアブレイン

 奈良県の西和医療圏の医療・介護関係者らが集い、地域包括ケアシステムの構築に向けた情報共有などを図る「西和メディケア・フォーラム」が発足し、14日に実行委員会の初会合を開いた。県によると、二次医療圏内の地域包括ケアの関係者が一堂に会する協議会の設立は奈良初で、全国的にも珍しい取り組みという。【敦賀陽平】

 同フォーラムは、同圏内の地域医療支援病院に指定されている西和医療センターの川口正一郎院長の呼び掛けで始まった。実行委には、地域の医師会や歯科医師会、薬剤師会など各団体のほか、圏内7町の開業医や地域包括支援センターの担当者、県の幹部ら25人が名を連ねた。

 初会合の冒頭であいさつした実行委の藤岡忠慶委員長(王寺周辺広域医師会会長)は、「個々の立場で考え方の違いは若干あると思うが、この地域の医療や介護が包括的に良くなれば」と述べ、同圏内の地域包括ケアの向上に期待感を示した。

 この日の会合では、今後月に1度のペースで「地域検討会」を開催し、7町の地域包括ケアの担当者と中核病院の間で、症例や安全管理面などで情報共有を図っていく方針を確認した。



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/43992.html
事故調ガイドライン中間案、来週に公表延期- 厚労省研究班
( 2014年10月14日 21:47 )キャリアブレイン

 医療事故調査制度(事故調)のガイドライン案を検討している厚生労働科学研究費による「診療行為に関連した死亡の調査の手法に関する研究班」(研究代表者=西澤寛俊・全日本病院協会長)は14日の会合で、中間取りまとめをするため、議論したが、細かな書きぶりなどに調整が必要となり、この日の公表を取りやめ、来週に先延ばしすることを決めた。院内調査委員会(院内調査)に関連する事項は、中間取りまとめでは明確な方向を示さず、来年3月の最終取りまとめまでの積み残しの課題にする。【君塚靖】

 中間取りまとめは、医療事故の報告範囲や院内調査の事項のほか、院内調査結果の報告の在り方など、7項目で構成する。これらの中で、院内調査にかかわってくる部分は議論が深まっていないため、現段階での方向付けは見送る。当初、中間取りまとめの後にパブリックコメントなどを通じて、広く意見を聞くはずだったが、厚労省の検討会が近く立ち上がることから、実施しないことにした。

 来週公表する中間取りまとめは、全日本病院協会のウェブサイト上に掲載する。この日の会合後に記者会見した西澤氏は、「時間をかけなくてはいけないのは、院内調査だ。(制度の)柱であり、そこが基本となる。院内調査がしっかりまとまりさえすれば、ほかのところも書き込める」と述べ、最終取りまとめに向け、院内調査に関する事項を重点的に議論する考えを示した。



http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=86559
患者拒否でも血液強制採取可能 感染症法改正案
2014年10月14日 18:34 沖縄タイムズ

 政府は14日、エボラ出血熱や結核、新型インフルエンザなど、国民生活に重大な影響を与える感染症の疑いがある場合に、患者が拒否しても強制的に血液などの検体を採取できる感染症法改正案を閣議決定し、臨時国会に提出した。

 西アフリカを中心としたエボラ熱の流行や、約70年ぶりにデング熱の国内感染が確認されたことなどを受け、重大な感染症の拡大防止に向けた情報収集体制の強化を図る。

 改正案には都道府県知事の権限として、患者や医療機関に対し、血液などの検体の提出要請をできるとする規定を盛り込んだ。(共同通信)



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/43985.html
薬局活用した健康情報拠点、「容認しない」- 中川・日医副会長
( 2014年10月14日 17:30 )キャリアブレイン

 日本医師会の中川俊男副会長は13日、日医会館で開かれた会員向けの研修会であいさつし、薬局を活用した健康情報拠点「健康ナビステーション」(仮称)を推進する動きについて、「容認しない」との考えを示した。【松村秀士】

 研修会で中川副会長は、地域で薬局内に検体測定室を設置して、住民が自ら血液検査するのを支援する動きがあるとし、「看過できない」と強調した。その理由については明言しなかった。

 薬局や薬剤師を活用した健康情報拠点を推進するため、厚生労働省は8月にまとめた来年度予算要求の中で、充実した健康相談ができ、一定の品目数の一般用医薬品を販売できるという条件を満たした薬局「健康ナビステーション」のうち、中小企業が開設するものについて、不動産取得税の軽減措置の創設を要望している。

 日本薬剤師会は6月、田村憲久・前厚労相に提出した来年度予算要望で、地域医療における健康情報拠点としての薬局の活用を求めていた。



http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/201410/538862.html
REPORT
シリーズ 東北地方の医学部新設(2) 宮城県知事が抱く文科省への不信感 選定後の説明で文科省の連絡不備が明らかに

加納亜子
2014/10/14  日経メディカル

 東北地方の医学部新設の候補として、東北薬科大学の構想が選定されたが、東北6県との調整は困難な状態が続いている(関連記事) 。医学部新設反対派が少なくない中、同大学の構想実現の鍵を握ると目されているのが、安倍晋三首相に医学部新設構想を持ちかけた宮城県知事の村井嘉浩氏の協力だ。村井氏はこれまで記者会見で自身の見解を表明する他、日経メディカルの取材にも文書で回答を寄せている。これらを基に同氏の発言をまとめた。

 今回の審査には、宮城県も独自の構想を提案していたが選定されるには至らなかった。選定結果が発表された当日、村井氏は記者会見で東北薬科大にエールを送った。その一方で、構想審査結果で宮城県の新設構想が、総じて準備不足で具体性に欠けると評価されたことに対し、「宮城県が掲げた将来性よりも構想の実現可能性が重視された。新設構想を提出する際に、それが分かっていれば手を挙げなかった。説明不足だ」と文部科学省への不信感を露わにした。

 県が提案した新設構想は、入学定員数が60人と小規模であり、将来的な定員調整に問題がない点が構想審査会に評価された。だが、「地域完結型」の教育による総合診療医の育成を目指すとうたってはいるものの、教育内容やその方法、実習先などの具体策は示されていなかった。経営面や人材確保策、卒業生の地域への定着策についても、審査会で判断できるだけの根拠が足りないと評価され、「準備不足」と結論付けられたのだ。

 また審議会からは、運営費を宮城県が負担するため、県内の事情を優先せざるを得ず、東北各地に卒業生を送ることが県立大学であるがゆえに難しいという懸念も示された。

 選定結果に対し、村井氏は「新たな地域完結型の医学部をと手を挙げたが、残念ながら準備不足との指摘を受けた。この点については真摯に反省をしたい」としつつも審議会からの懸念には、「そもそも東北地方の医学部新設は、(東北地方の)地域医療を担う医師の不足を抜本的に解決することを目的に自ら必要性を訴え、国に要望を重ねて実現したもの」と説明。特に青森県、秋田県など、医師が不足している地域に医師を派遣することを考え、入学定員数が60人であれば、仮に20人が宮城県に、各県に8人ずつ派遣することも伝えていたと話し、「信念を傷つけられたような思いがした」と苦言を呈した。

選定結果の説明後、文科省への不信はさらに増大
 結果が発表された翌日には、村井氏の元に文科省高等教育局長の吉田大輔氏が選定結果の説明に訪れている。その説明を聞いた村井氏は、9月1日の定例記者会見で改めて選定結果について言及した。

 村井氏は冒頭で「大変驚いた部分もあった」と怒りを露わにした。村井氏が驚いた理由として挙げたのは以下の2点だ。

 1つは、最初に提出した構想応募書とヒアリング、質問書に対する回答書だけが審査の対象になっていた点だ。「我々が(新設構想応募書を出した)5月30日以降、黙々とやっていた取り組みは審査の対象外だとはっきりと言われた」と村井氏。構想審査会からの質問を受け、カリキュラム内容や教員確保策を具体化するために検討委員会を立ち上げたり、大規模事業評価を実施していたことなどについて、文科省に資料を提出して報告していたものの、一切評価に反映されなかったのだ。

 もう1点は、仮に東北薬科大が選定された場合の県の支援内容について、「東北薬科大に伝え、意向を確認すべき」とした村井氏の文科省への依頼がどこかで止まり、確認なく決定に至った点だ。「自治体として東北薬科大を支援する立場である宮城県が、ここまでの支援しかできないと考えている。その理由はこうだと伝えたことが、東北薬科大には届いておらず、確認されていなかったことが分かり、唖然とした」と振り返る。

 こうしたことから、村井氏は「選定手法について、納得できるものではない」と今回の選定方法と文科省の対応を問題視した。

 このとき村井氏は、東北薬科大の新設構想における財政面の指摘もしている。同氏によれば「現時点での東北薬科大の財政は豊か」だが、医学部を新設し、構想通りに運用するとなると毎年70人の医師を養成する必要があり、その費用は莫大な金額となる。

 「1人当たり三千数百万円といった資金を準備することを考えると、ファンドを作ったとしてもそのファンドの資金が徐々に減る可能性もある。こうしたリスクを考慮しつつ、大学経営をしなければならないだろう」と村井氏。

 さらに村井氏は、宮城県をはじめとする東北6県、大学、関連教育病院、地元医療関係者らが集う「運営協議会」の設置、運営に対する懸念も示している。「東北6県全ての自治体が足並みを揃えて運営協議会に入ってくれるかどうかの調整も大変」というのだ。

 宮城県も、医学部新設に手を挙げていた際、他県にアプローチしてきたが「あまり前向きでない返事ももらっていた」と村井氏は話す。こうした事情から、「国が前面に出なければ、東北薬科大の医学部新設は非常に難しくなるだろう」とした上で、「これは国策であって、財政的な支援を含め、国が責任を持って支援すべき」と強調している。

 東北薬科大の関係者によると、現時点では文科省が中心となって運営協議会設置への土台作りを行っており、その進みはスムーズとはいえない状況のようだ。

 これまで見たように、宮城県としては東北薬科大に協力する方針だが、東北6県全体の利害調整までを担うことは難しく、国の調整にゆだねている状況だ。国と東北薬科大が利害関係者を納得させられる現実的なプランを提示できなければ、議論を前進させるのは難しいだろう。



http://diamond.jp/articles/-/60515
医療・介護 大転換【第12回】
約8割が病院で亡くなる現状から“脱病院”路線へ
変わりはじめた日本人の「死に方」

浅川澄一 [福祉ジャーナリスト(前・日本経済新聞社編集委員)]
2014年10月15日 ダイヤモンドオンライン

 これまでこの4月から始まった医療改革と来年4月からの介護改革について述べてきたこの連載。前回は、これからの日本においてケア付きの“終の住処”の主役となることが望まれる「サービス付き高齢者向け住宅」の実態について紹介した。

 医療と介護の実践の場で最も重要な課題は、「死に時」の見極めだろう。死に場所の選択でもある。医療と介護の最終着地点は死であり、そのイメージを事前に把握しておかないと、医療も介護もスタートできないはず。ところが、日本人は死についての自己決定を躊躇し避け、家族や医師に委ねてしまいがちだ。

 死をきちんと見据えるには、死に関わる、あるいは死を取り巻く状況を検分しておかねばならない。
日本人の5人に4人は病院死
病院死亡率が高い3つの要因

 日本人の80%近くが病院で亡くなる。欧州諸国では病院での死亡者は格段に少なく50%前後に過ぎない。

 病院死はフランスで58.1%、スウェーデンで42.0%、イギリス54.0%、アメリカ56.0%。中には35.5%と最も低いオランダのような国もある。これに対して、日本では1950年代から病院と診療所での死亡率が急ピッチで毎年増え続けてきた。1976年に自宅死亡率を初めて上回り、2005年には82.4%に達した。

 医療施設でない死に場所は自宅と介護施設である。欧州では北欧を中心に「施設の集合住宅への転換」が急速に進んでおり、集合住宅で介護サービスを受けている人の病院死が少ないということは、この在宅介護サービスと在宅医療が充実している証しでもある。病院や施設の外で医療や介護サービスが十分に整備されていてこそ、病院死を抑制することができる。
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 欧州で病院死が少ないという事実は、それに見合う在宅サービスが行き渡っていることを表わしている。日本で掲げられた「地域包括ケアシステム」が先行していると見ていい。 

 だが、在宅サービスの充実だけでは病院死は減らない。病院死を好まない終末期の考え方や死生観が欠かせない。では、日本は欧州と違って、なぜ、医療施設で亡くなる比率が高いのだろうか。それも突出して高い。理由は3つありそうだ。

 一つは、高度経済成長によって日々の暮らしのあり様が大きく変わってしまったことが上げられる。三種の神器(冷蔵庫、洗濯機、掃除機)と3C(カラーテレビ、マイカー、クーラー)の普及、それに続く電子レンジ、食器洗い機など家電製品の浸透や新幹線の延伸、地方空港の増設などがどっと押し寄せ、ライフスタイルを一変させた。手仕事の家事に割く時間と関心が一挙に遠のいてしまった。「面倒なこと」「時間がかかること」は便利な家電製品や調理済み食品、様々なサービスに代替させることができる。

 出産や看取りについても、病院や診療所が次々開設されてくると、その利用頻度が高まり依存体質が染み付いていく。家族の「死に際」は、病気の延長と捉えて病院暮らしを最適な選択と思うようになる。面倒な自宅死よりも、「最期まで治療を続けた」という安堵感を家族にもたらし、医療への傾斜が強くなった。

「病気の治療に精一杯尽くし、結果としての死」という思い込みが医療側に強く、国民も「病院でも力及ばずなら仕方ない」と、病院死を良しとする考えが浸透した。これを後押ししたのは医療や医師への日本独特の強い「信仰心」である。「お任せ医療」の帰結が、医療信仰をもたらした。

 もうひとつの理由は費用である。

 1970年代初めに、東京都の美濃部知事と大阪府の黒田知事が相次いで、老人医療費の窓口負担をゼロにした。高度成長期の豊かな税収を老人に回した施策だった。それを受けて田中内閣が追随し、70歳以上の老人医療費の無料化に踏み切る。通院が容易になり、病院がより身近な存在になった。

 この無料化策は1983年の老人保健法の登場まで続いたが、その後厚労省は「医療費は安いものという考えを根付かせてしまった」と明らかな拙策と認めている。 

 3つ目の要因は、「命は長いほどいい」という医療教育での考え方が、医師を通じて広まったことだ。心身の障害にはすべて病名を張り付け、その治療に取り組むのが医師の仕事と教育を受ける。患者や家族も病名を告げられれば、医療機関で治療を目指すという思考回路に陥ってしまう。ここから、本人には辛い過度な延命治療が始まる。

 出産と死は病気ではない。暮らしの中で普通に起きることだ。病院は病気の治療の場であり、暮らしの場ではない。生物は必ず死ぬ。死の原因は、老齢や老衰によるのが普通とされていた。だが、日本ではその概念が消えかかってしまった。

 欧米諸国では「自分で食事を摂ることができなくなった時が死へのプロセスの始まり」という見方が国民的合意となっている。「終末期の点滴は心臓に負担をかけて苦しめるだけ」と、延命治療を否定する。日本とは天と地ほどの違いだ。この違いは決定的である。時には、医師の判断で延命治療を拒絶することもあるという。社会の常識が優先されるからだ。

 この3つの要因によって、病院への依存体質を多くの日本人が受け入れてしまったようだ。だが、この潮流に逆行する大きな変化が各方面から現れてきた。

延命治療で「安らかな死」は迎えられない
本人・家族の間で増える“病院離れ”

 ここ最近、病院で最期を迎えたくない本人や家族が増えて来ている。病院は治療の場であるから、少しでも長く生きながらせようと病名を付けて治療にあたる。口から食べられなくなると胃に穴を開けて栄養剤を流す。胃瘻(いろう)である。呼吸が難しくなると人工呼吸器の装着や気管切開を施し、酸素不足に陥ると酸素吸入器を取り付け、腎臓が不活発になると人工透析で対応する。いずれも延命治療と言われる医療法である。

 胃瘻の造設者は42万人ともいわれる。欧米ではほとんど見られない。日本だけ突出している。欧米では、「もう一度口から食事が摂れる可能性があるときしか胃瘻を作らない」とよく聞かされる。

 延命治療を施すと、安らかな死を迎えられなくなるのは医学の常識だという。脳内モルヒネと言われるβエンドルフィンが放出されなくなるからだ。自然死であれば、その「幸せ感」効果で極めて平穏に亡くなることができるという。

 QOL(生活の質)も延命治療で損なわれる。体が受けつけない栄養分や水分を無理やり注入すると、心身に異変が生じるのは当然。その最期は醜く「溺れ死」と表現する医師もいる。

 親や祖父母が病院のベッドで胃瘻を含め様々なチューブでつながれたまま息を引き取る姿を見て、「可哀そう」「無残な姿で忍びない」と思う家族は多い。

「昔は穏やかな看取りができたのに」「自然な死に方があるはず」という声が病院死に接した家族から広がりつつある。「次は病院に連れて来たくない」と決心して病院離れが徐々に進行している。

 胃瘻への反発はその典型例だろう。「病院が施す当然の医療行為」と見られていたが「実は延命治療」と認識され出し、病院死そのものへの疑問につながる。「大往生したけりゃ医療とかかわるな」(中村仁一著)、「平穏死のすすめ」(石飛幸三著)など「終末期に病院治療は不要」と断じる医師たちの著作がベストセラーとなったのは、意識変化が患者家族に止まらない表れだ。

 自宅や集合住宅に積極的に訪問する診療所の医師の活動が盛んになり、市民の間に在宅医療への理解が深まりつつあることも病院離れを加速させている。

「大病院信仰――どこまで続けますか」の著者、長尾和宏医師は「大病院は専門医だらけ。そんなに沢山いらない」と記し、大病院のあり方に疑問を呈す。尼崎市で町医者として多くの看取りを経験してきた。総合的な診療とは程遠い大病院と比較した医療者の発言は重い。

 また、首都圏で診療所をチェーン展開する佐々木淳医師の著書は「点滴はもういらない」。「病院で医療によって管理される死は自然なのだろうか」と問いただす。

関係医学会も打ち出した
終末期の「脱延命治療路線」

 次いで、老人医療に関わる医師たちの関係学会が、こうした動きを捉えて新しい指針を打ち出してきた。

 日本老年医学会は2012年1月に「立場表明」を改訂し、「(胃瘻造設を含む)経管栄養や、気管切開、人工呼吸器装着などの適応は、慎重に検討されるべきである。すなわち、何らかの治療が、患者本人の尊厳を損なったり苦痛を増大させたりする可能性があるときには、治療の差し控えや治療からの撤退も選択肢として考慮すべきである」と新たな立場を発表した。

「(胃瘻など)高度医療の投入は必ずしも最善の選択肢ではない」という思い切った路線転換である。

 日本透析医学会も2013年1月に、終末期の患者家族が希望すれば透析の中止や開始の見合わせを可能とする提言をまとめた。

 また、昨年8月に首相に提出された「社会保障制度改革国民会議」の報告書でも、死について言及している。国の審議会が死に触れたのは初めてのこと。

「医療のあり方については、医療提供者の側だけでなく、医療を受ける国民の側がどう考え、何を求めているかが大きな要素となっている。超高齢社会に見合った『地域全体で治し・支える医療』の射程には、その時が来たらより納得し満足できる最期を迎えることのできるように支援すること――すなわち死すべき運命にある人間の尊厳ある死を視野に入れた『QOD(クォリティ・オブ・デス=死の質)を高める医療』――も入ってこよう」と、QOL(生活の質)と並ぶQODという新しい視点を指摘した。

 さらに「病院完結型」の医療から「地域完結型」の医療への転換には「高齢者が病院外で診療や介護を受けることができる体制整備が必要」と説く。

「納得し満足のできる最期」を死のあるべき姿であると記し、そのためには「脱病院」が必要と記した。画期的な提言である。

2006年から病院死亡率は減少
施設・ケア付き住宅での死亡率は増加

 風向きが変わりつつあるのは、数字からも読み取れる。

 厚労省の人口統計調査の最新のデータによると、2012年時点で病院・診療所での死亡比率は全体の78.6%となった。2005年の82.4%をピークに下がり続けているのだ。この8年間で3.8ポイントとわずかではあるが減少した。

 戦後一貫して病院死亡者は増え続けていたのに、2006年に初めてブレーキがかかり、減少に転じた。統計をとりはじめた1951年から半世紀以上のトレンドを覆す画期的な「事件」といえよう。
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 介護保険制度の発足で特別養護老人ホームやグループホーム、有料老人ホームの整備が進んだことも、病院死の減少に拍車をかけた。2005年からこうした施設やケア付き住宅での死亡率は3.5ポイント上昇しており、病院死の減少分3.8ポイントにほぼ相当する。自宅死はこの間わずかに0.6ポイントしか増えていない。

 厚労省の「脱病院死」への支援策も功を奏している。特別養護老人ホームやグループホームなど居住系サービスで「看取り」を実施すれば、介護報酬に加算を付けるようにした。

 2012年には、有料老人ホームにもこの措置を拡大。厚労省が「最期の時を迎えても、今まで通りの施設暮らしを続けてほしい。病院に搬送しないで」というメッセージを積極的に送り出したと見ていいだろう。

 病院死が少なくなれば、医療保険の負担が軽くなる。介護保険のサービスを十分使い切って、できるだけ病院に寄りつかなくする。高齢化が今後さらに高まるなか、財源不足は深刻な問題。まずは、医療保険の支出を抑えようと財務省は主張し続けている。その方向へ舵が切られつつあるのは確かなようだ。
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 といっても欧米並みの病院死50%前後に到達するにはまだまだ先の話だ。地域包括ケアの目標年である2025年にはそのレベルに達しないだろう。厚労省が謳う地域包括ケアの実現には、地域での看取り、即ち「脱病院死」が欠かせないはず。地域包括ケアとは「病院等に依存しない住み慣れた地域で在宅ケアの限界を高める」ことと厚労省は説明している。そのためには、将来の病院死比率の目標数値を明確に打ち出すべきだろう。

 政策としては、訪問診療と訪問看護の浸透に拍車を駆け、24時間の継続される在宅ケアを一層推進していかねばならない。「死に方」は人間の尊厳に関わることである。そのためにも、自己決定による意志表明が重要である。


  1. 2014/10/15(水) 05:11:46|
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