Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

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9月1日 医学部新設

http://www.qlifepro.com/news/20140901/medicine-division-the-tohoku-pharmaceutical-university-miyagi-prefecture-and-seek-cooperation-with.html
文部科学省 医学部設置構想審査会、医学部新設、東北薬大を選定―宮城県と連携も求める
2014年09月01日 AM09:54  QLifePro

文部科学省の医学部設置構想審査会は8月28日、東日本大震災からの復興支援策で、東北地方の1校に限って認める医学部新設について、東北薬科大学の医学部構想を選定した。名称を東北医科薬科大に変え、2016年4月の開設を目指す。審査会は選定の条件として、東北各県や大学、関係団体からなる運営協議会を立ち上げて教員の確保や卒業生の地域定着策を協議することなどを求めており、同大学が設置認可を申請する来年3月までに、条件を満たしているかどうかを確認する。その後、大学設置・学校法人審議会の審査を経て、来年夏にも正式認可される見通し。同大学の高柳元明理事長は、「これまでの医療人養成の実績が評価された」と選定の喜びを示すと共に、「課題が山積しているので、今後、どう対応するか考えたい」とコメントした。
■教員確保など七つの条件も

審査会は、昨年12月の「東北地方における医学部設置認可に関する基本方針」に掲げた趣旨や、▽東北地方の将来の医療ニーズを踏まえた教育の実施▽引き抜きなどで地域医療に支障を来さない教員医師の確保策▽卒業生が東北地方に残り医師不足解消に寄与する▽将来の医師需給に対応した定員調整の仕組み――の四つの留意点を踏まえ、3者の構想を評価した。




http://www.kensetsunews.com/?p=37367
241億投じ新校舎・病棟/17、20年度に供用開始/東北薬科大の医学部新設
[ 2014-09-01]建設通信新聞

 東北薬科大学(仙台市、高柳元明理事長・学長)は、文部科学省による東北地方の大学への新医学部設置構想の採択を受けて、東北医科薬科大学を2016年度に開設する。構想によると設備投資額は241億8000万円で、同市宮城野区にある付属病院周辺に総延べ3万5250㎡の新校舎や新病棟などの施設群を整備する。新校舎は17年度末、新病棟は20年度の供用開始を目指す。
 同大学は、医学部新設に伴い、東北医科薬科大学に名称を変更する。医学部の定員は1学年120人で、6学年あわせて720人の規模となる。メーンの実習施設は、13年4月に開設した付属病院(旧東北厚生年金病院、同市福室1-12-1)を想定。さらに隣接市などにある2病院を譲り受け、分院と無病床診療所を設置する。
 このほか、市内にある仙台医療センターや東北労災病院などとも連携して教育実習を行う。
 施設整備については、付属病院の隣接地1万6986㎡を買収・貸借することで地権者と合意している。
 教育研究棟は9階建て延べ2万2500㎡(免震構造)を想定。工期は15年12月から17年1月まで。解剖学実習室と実験動物センターからなる第2教育研究棟は、2階建て延べ1500㎡。16年度中に供用させる。
 また、付属病院の新病棟は4階建て延べ1万1250㎡(免震構造)を想定。ベッド数は150床となる。16年度早期に着工し、20年度末の完成を目指す。
 文科省は昨年、東日本大震災の復興支援と医師不足解消のため、特例で1校に限り医学部の新設を認める方針を決定した。
 東北薬科大のほか、公立の宮城大(宮城県大和町)への医学部設置構想を掲げる宮城県、脳神経疾患研究所(福島県郡山市)の3者が名乗りを上げ、同省の有識者会議で検討を進めてきた。



http://www.m3.com/open/iryoIshin/article/247349/?category=report
医学部新設の選定手法、村井知事が批判
「文科省に落ち度あり、納得できず」

2014年9月1日 橋本佳子(m3.com編集長)

 東北地方への医学部新設に名乗りを上げていた宮城県の村井嘉浩知事は8月29日と9月1日の記者会見で、候補に決まった東北薬科大学にはエールを送り、県民の理解が得られる範囲で支援をしていくと語った一方、宮城県が選定されなかった点について、「81番目の医学部を作るなら、既存医学部の定員増でいい。そうではない新たな医学部の新設を目指していた。しかし、宮城県が掲げた将来性よりも、実現可能性が評価された。それが分かっていれば、最初から手を上げなかった」と述べ、無念さをにじませた。

 文部科学省の構想審査会は8月28日、東北地方に医学部を1カ所新設する候補として、東北薬科大学を選定した(『東北薬科大、医学部新設の“第一関門突破”』を参照)。

 村井知事は、文科省高等教育局長の吉田大輔氏が8月29日に宮城県を訪れ、東北薬科大学の選定経緯を説明したことを明かし、「正直言って、大変驚く部分があった。文科省の落ち度であり、国には責任を取ってもらう必要があると考えている」と述べ、文科省の構想審査会での選定手法を問題視した。宮城県は構想審査会で「準備不足」を指摘されたが、大規模事業評価を行ったり、8月23日には「宮城大医学部教育課程・教員等採用検討委員会」を発足させるなど、構想選定の直前まで準備を進めていたが、これらが選定の際に考慮されなかったことなどが理由だ(『「宮城大学医学部」、総事業費は979億』を参照)。

 さらに、村井知事は、今回の医学部新設は「国策」であるとし、国が全面に立ち、新設の準備や財政面の支援をしていく必要性を繰り返し強調。構想審査会は今後、関係者の協議の場として「運営協議会」の発足を求めており、同協議会も国が責任を持って主導すべきだとした。「選定手法については、私どもとしては納得できる部分はない。しかし、東北薬科大学には何の責任もないので、薬科大学の医学部が機能をするように、我々としても検討し、支援できる部分は支援していく」(村井知事)。

 「運営協議会」には、東北の各大学医学部・医科大学の参加も想定される。東北大学医学部長の大内憲明氏は、「かねてから全国医学部長病院長会議とともに、医学部新設には慎重な対応を要望している」と前置きしつつ、「東北6県全体の医師偏在解消につなげる枠組みを確立するため、教育面や卒後の医師確保における役割分担・連携体制の構築などを検討していくことになると考えている」とコメント。さらに構想審査会が東北薬科大学の選定に当たって付した「7つの条件」の随所において「東北大学」に言及していることから、「新設される医学部には、100年以上にわたり東北地方の地域医療を担ってきた東北大学との連携が不可欠と主張してきた。私どもの努力は無駄ではなかった」と評価した(『東北大・福島県立医大、岩手医大とスタンスに差』を参照)。

 岩手医科大学理事長・学長の小川彰氏も、ほぼ同様のスタンスで、「全国医学部長病院長会議として、医学部新設に反対しているスタンスには変わりはない」と強調。「運営協議会には、私としては参加する方向で考えているが、最終的には全国医学部長病院長会議で対応方針を決定する」とした。

 大内氏、小川氏ともに、注目したのは、構想審査会が「国においては、これらの条件(7つの条件)について適切に対応できていると認められるまでは、設置認可が行われないようにすることを求める」と強調している点。小川氏は、「これは非常に厳しい言い方。まだ医学部新設が決定したわけではなく、構想審査会が候補を決めた段階にすぎない」と述べ、国が昨年12月に示した医学部新設の4つの留意点と、7つの条件を満たしているかを十分に検証することが必要だとした。

 そもそも今回の医学部新設は、村井知事らが、安倍首相に働きかけてきたことが直接のきっかけ(『医学部新設、安倍総理の理解で実現 - 村井嘉浩宮城県知事に聞く』を参照)。最終的には宮城県が自ら新設に乗り出すことになったものの、選定されず、東北の大学も医学部新設には慎重姿勢を崩していない。東北薬科大学の医学部新設は、「第一関門突破」の段階で、今後超えるべきハードルは多々ある。

 「文科省で止まった2つのメール」

 村井知事が、吉田高等教育局長と面談したのは、8月29日。「正直言って、大変驚く部分があった」のは、主に二つの理由からだ。

 一つは、構想審査会の審査は、5月30日の応募時の書類をベースに進められた点。「その後、7月中旬までに2回質問書が来て、それに対する回答書を出した。その後、我々はカリキュラムや教員採用のための検討委員会を設置し、大規模事業評価など、さまざまな準備を進めた。これらの資料も全て文科省に提出した。しかし、あくまでも最初の申請書とその後の2回の回答書をベースに審査され、それ以外は一切評価されなかった。つまり我々が5月30日以降、やっていたことは審査の対象外だったことをはっきり言われた」(村井知事)。

 もう一つは、宮城県は東北薬科大学が選定された場合でも、支援する方針だったため、薬科大学に決まった場合のハードルについて、7月21日と22日の2日間にわたり、文科省にメールを送ったものの、構想審査会に諮られることはなかった点だ。「東北薬科大学に確認をして、回答を得て、それを構想審査会に諮るように依頼した。また制度上問題があると思われる点については、他の省庁に確認を取るようお願いした。しかし、残念ながらそれはどこかで止まっていたようで、薬科大学に確認されることもなかった」と村井知事は語気を強めた。

 「東北薬科大学のハードルは財政面」と村井知事

 「できれば宮城県にもう一つ医学部を作ってほしいと、安倍総理にかけあって、実現をした。東北薬科大学に決まったことは心からお祝いを申し上げる」と語る村井知事は、今後は医学部支援をする側に回る。

 その際、「文科省で止まった2つのメール」のしこりは残る。メールの具体的内容は明かさなかったものの、県としては東北薬科大学を支援する際のスキームは伝えているとの認識で、「スキームを国に投げた後に選定されたので、それがベースになると思う。それで医学部ができるかどうかを検討してほしい。不足するのであれば、医学部新設は国策なので、国が何らかの財源措置をしてもいい」と村井知事は、国の支援の重要性を強調した。

 東北薬科大学にとっての一番のハードルは「財政面」と村井知事は見る。今後、支援の在り方については、宮城県は東北薬科大学と直接話し合いするのではなく、国に間に入ってもらい、検討を進めるという。「あくまでもプレーヤーである東北薬科大学が、主導的に学生の数や卒業後の義務年限を考えていかなければ、我々としては具体的な支援の方法を見いだせない。大変だと思うが、ぜひ薬科大学にはがんばっていただきたい」(村井知事)。

 なお、文科省の構想審査会での選定結果は、27日夜からメディア報道が始まった。この点についても村井知事は問題視し、27日に下村博文文科相に抗議のメールを送ったという。村井知事は「構想審査会の前日に、結果が決まっているのは誰が考えてもおかしい。それに対して抗議をし、大臣から28日の昼頃に、『情報が事前にもれたことは大変申し訳ない』とお詫びの電話をもらった」と説明した。



http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201409/20140902_11017.html
「勝てる」巻き返し誓う/(上)誤算/幻の県立医学部 ** 
2014年09月02日火曜日 河北新報

<6月中旬に面会>
 大阪大医学部出身の名だたる顔触れが庁議室にそろう。8月23日、知事村井嘉浩は「宮城大医学部教育課程・教員等採用検討委員会」(10人)の初会合を県庁で開いた。
 マスコミに公開した冒頭のあいさつで、村井は東北大医学部関係ら地元の委員に対し、大阪大の4人を紹介。特に門田守人に関しては「医学部長就任を前提に話を進めている」と明らかにした。
 村井は6月中旬、知人の紹介で、がん研有明病院長の門田と東京都内で面会している。「全国81番目ではなく、1番目の医学部をつくりたい」との打診に、門田は共鳴し、医学部長を内諾した。
 門田を初披露した検討委は、文部科学省設置の構想審査会の第5回会合を5日後に控えていた。医学部長人事は村井にとって「県立医学部」実現に向けた文科省への最後のアピールだった。

<情勢にがくぜん>
 構想は最終的に受け入れられず、審査会は県でも郡山市の研究所でもなく、東北薬科大(仙台市青葉区)の構想を選定するが、村井は終始、劣勢挽回に必死だった。
 審査会は6月16日に会合を開始し、当初は7月30日の第4回で新設先を絞り込む方向だった。
 村井は水面下で情勢を確認し、がくぜんとする。県の構想は準備不足とみなされていた。「(先行した)薬科大に決まるかもしれない。そう考えると怖い」と周囲に漏らした。
 対抗策として村井は門田らとの事前協議を踏まえ、弱点とみた教員確保策やカリキュラム編成の準備作業を急いだ。7月4日の審査会第2回会合では、ヒアリングに応じ「付属病院は教育と診療に必要最小限の設備とし、かつてない『地域完結型』の医学部を目指す」と構想の一部見直しに言及した。

<延期でアクセル>
 審査会が同30日の選定の先送りを表明すると、アクセルを強く踏み込んだ。県幹部は「構想の熟度を高められる」と歓迎。村井は「勝てる」と巻き返しを誓った。県はその後1カ月間、宮城大医学部構想が選定されるのを前提に、検討委や大規模事業評価などを実施し、文科省に報告した。
 だが、文科省からの応答は一切なく、審査会からの質問も途絶えた。
 そして迎えた8月28日、審査会は第5回会合で東北薬科大の構想を選定。「東北への医学部新設に関する国の基本方針は、特別な大学をつくることを目的とはしていない」と断じた。
 審査会は構想段階での実現可能性を評価の軸に据えていた。出遅れた宮城大医学部構想を「具体性に欠ける」と退けた。
 村井は「従来と同じような医学部をつくるだけなら入学定員増でまかなえる。審査会は固定観念にこだわった」と嘆く。(敬称略)


 東北への大学医学部新設で、県が掲げた宮城大医学部構想は選外となった。県は新設を目指す県内の私大を側面支援する立場から一転、土壇場で県立医学部の設置に名乗りを上げた。村井嘉浩知事の決断前夜から、選外が正式に決まるまでの舞台裏を追った。(県政取材班)


  1. 2014/09/02(火) 08:26:04|
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