Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

7月22日 

http://digital.asahi.com/articles/ASG7Q4FGRG7QUBNB001.html?_requesturl=articles%2FASG7Q4FGRG7QUBNB001.htmlamp;iref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASG7Q4FGRG7QUBNB001
青森)医学科のAO募集を5増 弘大、入試要項を発表
2014年7月23日03時00分 朝日新聞デジタル 青森

 弘前大学は22日、2015年度の入学者選抜要項を発表した。募集人員は今年度と同様、5学部で計1382人。

 医学部医学科の一般入試の募集人員(前期日程)は、今年度比5減の65人。減らした分をAO入試募集人員に加え、AOは同5増の47人となる。弘大の実績では、AO入試で入学した生徒は試験の成績が良く、医師として必要なコミュニケーション能力が高い傾向があるといい、優秀な学生の確保が狙いだ。

 医学科の一般入試募集人員のうち、県定着枠は今年度比5減の15人、AO入試募集人員のうち、県出身者枠は3増の30人。

 人文学部では、15年度から推薦入試にセンター試験の受験が必要となる。



http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1407/22/news038.html
連載 窪田順生の時事日想:
東大の教授が、「医療詐欺」なる本で医療界を告発した理由

2014年07月22日 08時00分 更新 ,誠STYLE

救急車のたらい回し、医師不足問題、製薬会社の不祥事――。こうした問題は、国家による「医療」コントロールが限界にきているからなのか。医療界の現実について、東大医科学研究所の教授が赤裸々に綴った本が出た。
[窪田順生,Business Media 誠]

窪田順生氏のプロフィール:
1974年生まれ、学習院大学文学部卒業。在学中から、テレビ情報番組の制作に携わり、『フライデー』の取材記者として3年間活動。その後、朝日新聞、漫画誌編集長、実話紙編集長などを経て、現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌でルポを発表するかたわらで、報道対策アドバイザーとしても活動している。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。近著に『死体の経済学』(小学館101新書)、『スピンドクター “モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)がある。


 新潟の「医療過疎」を取材していた時、高齢化率4割というとある無医村で、興味深い話を耳にした。

 無医村を解消しようと、インターネットで常勤医の募集をしたところ、東京の若い勤務医から応募があった。僻地医療に対する志もある。おまけに、「田舎暮らし」を望んでいるということで、話はトントン拍子にまとまり、東京の病院を辞め村へ移住してもらうことになった。

 無論、村の高齢者たちからは喜びの声があがったが、ほどなくそれは失望の声へと変わってしまう。村の元気なご老人たちに対して、若き医師が行なった「診察」が問題だったのだ。

 「今のまま、おいしいものを食べて、よく寝て、たまに歩くなどの運動をしてください」

 これのいったい何が問題なのか。実際に高齢者たちから「不満」を告げられた隣町の医師が教えてくれた。

 「この村に限らず、高齢者にとっての“医療”というのは、少しでも身体に異変があったらすぐに薬を処方してくれること。薬を欲しがる患者に対して彼は『飲む必要がない薬を飲むと、お身体に負担がかかります』と一生懸命諭しましたが、しばらくして “あの若い医師は薬に頼らない自然治療をすすめている”なんて噂もまわって問題になってしまったのです」

 高齢者医療の現実を思い知らされたこの若き医師はほどなく村を去ったという。

供給者側の論理

『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(著・上昌広氏/講談社)
 この話を聞いて、「ああ、この国の医療ユーザーには骨の髄まで“供給者側の論理”が刷り込まれているんだなあ」ということをつくづく感じた。

 以前、このコラムでも触れたが、「降圧剤」なんかも分かりやすい(関連記事)。降圧剤の添付文書には、脳梗塞のリスクが高いので、高齢者には「慎重投与」と明記されている。しかし、70歳以上の約半数が服用している(厚労省「国民健康・栄養調査報告」)。「大胆投与」に書き換えたほうがいいくらい気前のいい飲ませっぷりだ。

 ちょっと考えれば、薬を出せば保険点数が稼げる医師と製薬会社から「供給者側の論理」を押し付けられていることが明白だが、そういうサディスティックな仕打ちも患者側は手を合わせてありがたがる。

 そんな歪(ひず)んだ医療の現実について、分かりやすく解説されているのが、東京大学医科学研究所特任教授である上昌広さんの新刊『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社)である。

 ずいぶんショッキングなタイトルだと思うだろうが、これはなにも先端医療を掲げる医師や、新薬を売り出す製薬会社があくどいとか批判をする本ではない。救急車のたらい回し、医師不足問題、ドラックラグ(新薬承認の遅延)、製薬会社の不祥事など一見するとバラバラの問題のように見えるが、すべてたどっていくと日本の医療が抱える構造的問題につきあたることを指摘しているのだ。

 その代表が、「中医協」(中央社会医療協議会)である。

新薬を開発するのがバカらしくなる

 中医協とは、日本の医療行為にまつわる価格を決定している厚労大臣の諮問機関のことだが、こういう制度は他の先進国にはない。この日本独自の医療システムにこそ歪みの根っこはあると上氏は指摘する。

 国家が価格を決めるので、製薬会社からどんなに素晴らしい薬をつくっても、すぐに価格が下がる。営利企業からすれば、リスクをとって新薬を開発するのはバカらしくなる。これで開発力が高くなるわけがない。事実、日本の新薬開発力は韓国に劣っている。

 新薬を出さずにもうけようとするので、「マーケティング」に力が入る。医師にカネを渡して臨床論文をちょいちょいっといじったり、飲ませなくていい薬をじゃんじゃん飲ませたり、という問題は現れるべくして現れたというわけだ。

 国が「価格統制」という絶対的な力を持つ。それに従う形で供給者(企業・医師)が食べていこうとする。癒着や口利きがまん延し、価格統制権に近いところがおいしい思いをして、水が高いところから低いところに流れるように一般ユーザー(患者)が一番わりを食う。

 この構造を理解するのには、「電力」がいい。日本の電気料金は薬価と同様、電力会社という国策企業が総括原価方式というコストダウン意識ゼロのシステムで決められている。だから、再稼働だなんだというの話も、ユーザーの論理は関係ない。すべては「原子力ムラ」という供給者サイドの論理によって粛々とすすめられていく。医療界の構造的な癒着を、上氏が「医療ムラ」と呼ぶ所以だ。

 原子力ムラを解体するにはこの「価格統制権」を奪う、つまり「電力の自由化」をすすめるべきという意見があったが、いつの間にやらうやむやにされた。

 これと同じく、「医療ムラ」の解体には、「中医協」の力の根源、つまり価格統制権を奪うしかない。その第一歩となるかもしれないが、安倍政権が成長戦略で掲げた「混合診療」の解禁である。

「医療」は誰のためにあるのか?

 混合診療とは、公的医療保険とまかなう治療と、専門性が高い自由診療を組み合わせるというもの。上氏によれば、混合診療が導入されると、医師間の競争が促進されるので、患者側が享受できるメリットも多いという。

 それを示すのが、「不妊治療」だ。これは保険が適用されない自由診療ではあるが、医師らの競争によっては今や日本の不妊治療技術は世界トップレベルに成長しているという。

 ただ、「供給者」代表である日本医師会はこの「混合診療」に猛烈に反対している。「安全性や有効性の疑わしい治療が横行する」といかにも患者目線を装っているが、上氏のいう「競走」を拒んでいるかのようにも見えないか。そういえば、東北に医学部を新設するという話がもちあがった時、東北の人々が復興にもなるし、医師偏在解消になるからつくってくれと声をあげた時も、医師会は「医師が余るからとんでもない」と反対していた。

 「医療」というものは誰のためにあるのか。なぜ上氏は、東大医科学研究所という医学界の中心部から、厚労省や多くの医師を敵にまわしながらも「詐欺」というショッキングな言葉を用いてまで問題提議をしたのか。

 それらの疑問はすべてこの本のなかにある。「お医者さんの言うことは絶対だ」なんて思い込んでいる人にこそ読んでいただきたい。



http://mainichi.jp/select/news/20140723k0000m040058000c.html
バルサルタン:捜査終結へ ノバルティス社元社員ら追起訴
毎日新聞 2014年07月22日 20時14分

 降圧剤バルサルタン(商品名ディオバン)の臨床試験を巡る虚偽広告事件で、東京地検特捜部は22日、京都府立医大の研究チームが2012年に発表した論文の臨床データを改ざんしたとして再逮捕されていた製薬会社ノバルティスファーマ元社員、白橋伸雄容疑者(63)と、法人としてのノ社を薬事法違反(虚偽広告)で追起訴した。これで一連の捜査を実質的に終えるとみられる。

 白橋被告は、同大が11年に発表した論文のデータを改ざんしたとする同法違反でも既に起訴されている。関係者によると、白橋被告は2件とも起訴内容を否認しているとみられるが、特捜部はいずれも、白橋被告が独断で改ざんしたと判断した模様だ。

 バルサルタンの臨床試験は、府立医大のほか、東京慈恵会医大▽千葉大▽滋賀医大▽名古屋大の4大学も実施。07年以降、各大学で試験結果に関する論文が発表された。

 厚生労働省の告発を受けた特捜部は、今年2月以降、5大学すべてを家宅捜索しカルテなどを押収し、研究に関わった医師らから事情を聴いた。府立医大以外の一部大学でも臨床研究データの改変が確認されたが、虚偽広告の公訴時効(3年)を経過している例が多く、時効成立前のケースも虚偽広告に問えるほど明確な改ざんとは言い切れないと判断したとみられる。

 起訴状によると白橋被告は、府立医大が冠動脈疾患の患者についてバルサルタンとそれ以外の降圧剤の効果を比較した研究で、11年8〜10月ごろ、脳卒中などの発生数がバルサルタンに有利になるよう臨床データを操作した図表を研究チームに提供したとされる。研究チームはそれを基に論文を執筆・投稿。論文は12年に出版社のホームページに掲載され、不特定多数が閲覧可能となった。

 ノ社は「元社員ならびに会社が再び起訴されたことを大変重く受け止める。改めておわび申し上げます」とのコメントを発表した。

【山下俊輔、近松仁太郎】



http://mainichi.jp/shimen/news/20140723ddm041040225000c.html
バルサルタン:臨床試験疑惑 捜査終結へ 奨学寄付金、公開進まず 研究者「使途チェックなし」
毎日新聞 2014年07月23日 東京朝刊

 降圧剤バルサルタン(商品名ディオバン)の一連の臨床試験が疑惑視されるきっかけは、製薬会社ノバルティスファーマから研究者側に渡った億単位の「奨学寄付金」が伏せられていたことだった。だが、大学側の奨学寄付金に関する情報公開は進んでいない。専門家は「このままでは事件の教訓が生かされず、疑惑の構図が繰り返されるだけだ」と危機感を募らせる。【河内敏康、八田浩輔】

 「なかば観光目的で海外の学会に行ったり、私用のノートパソコンを買ったりするのに奨学寄付金を使っている。『俺には薬を選ぶ権利があるんだぞ』と出入りの製薬会社員にアピールしながら金を出させる。どこからいくらもらったかは公にしたくない」(ある大学医学部の医師)

 別の研究者は「使途は報告するが、詳細にチェックされず、使い勝手がいい」と言う。

 バルサルタン事件では、ノ社と臨床試験をした5大学が、計11億円余に上った奨学寄付金の額をなかなか明らかにしようとせず、不信感を高めた。各大学は「関係書類の保存期間が決まっており、それ以前分は分からない」などと釈明するばかりで、全体像の把握はノ社頼みとなった。

 また、各国立大や公的研究機関には「研究者が財団などから直接もらった研究助成も、不正を防ぐために研究者から大学などに寄付させる」(文部科学省)との規則があるのに、寄付されないケースも後を絶たない。会計検査院の2010〜12年度の報告書ではこうした研究助成が計6億3404万円に上った。このうち7505万円が使われずに研究者の手元に残っていた。

 一方、情報公開を進める大学もある。和歌山県立医大は、教授が病院から受け取った資金を大学に納めていなかったと批判を浴び、12年度から奨学寄付金に関する情報をホームページで公開している。企画研究課長は「時代の流れだ」と話す。

 だが、こうした取り組みはまだ少ない。国立大病院長会議は先月、企業などからの資金の公表に関する指針をまとめたが、奨学寄付金については診療科ごとの件数と総額にとどめ、「企業に迷惑がかかるから」と寄付元は明かさないという。

 東京大医科学研究所の上昌広特任教授(医療ガバナンス)は「徹底した情報公開で資金を透明化しなければ、失われた信頼回復は望めない。透明化することで寄付が減っても仕方がない。質が悪い研究が淘汰(とうた)されるだけだ」と指摘する。

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 ■ことば

 ◇奨学寄付金

 企業や個人が大学などを通じて研究者に提供する寄付金で、寄付側に税の優遇がある。2012年度は製薬業界だけで計346億円に上った。国が1963年、国立大向けに受け入れ規定を示して管理を指導してきた。



http://diamond.jp/articles/-/56456
医療・介護 大転換【第2回】
高飛車な医者と介護スタッフは連携できるのか
“在宅復帰”に誘導する「地域包括ケア」導入の課題

浅川澄一 [福祉ジャーナリスト(前・日本経済新聞社編集委員)]
2014年7月23日 ダイヤモンドオンライン

 連載第1回では日本の医療・介護制度が大転換期を迎えていること、具体的には医療の役割を「治す医療」から「支える医療」に、「病院完結型」から「地域完結型」へ、「医療から介護」へ、「病院・施設から地域・在宅」への転換を目指し、それを実現するためには、「地域包括ケアシステム」の構築が欠かせないということを述べた。

 そこでこれから数回にわたり、入院、外来医療、そして在宅医療の3種類の変化を順番に分け入って論じたい。まず今回は入院医療の変化について説明していく。

診療報酬を動かすことで
医療機関の方向を誘導

 日本の医療制度の見直しは、事実上、2年に1度の診療報酬改定によってなされる。診療報酬とは病院や診療所など医療機関に医療保険の団体から支払われる料金で、厚労省が決めている。したがって、より高い報酬が設定される分野に力を入れるように医療機関は動くので、医療の仕組みはこの報酬体系で変わっていく。

 日本の医療提供者は公立の医療施設がわずか14%、病床数で22%と少ない。欧州では公立施設が大半なので政府が改革を強制できる。一方、日本では独立の医療法人が多く、国が制度改革を試みても、なかなか進展しない。そこで、「ニンジンをぶら下げて馬を走らせるように」、診療報酬を上下させることで誘導してきた経緯がある。

 今回の診療報酬改定も同様だが、新たな要素が加わった。昨年8月に首相に提出された社会保障制度改革国民会議(慶應義塾長・清家篤議長)の報告書である。団塊世代が75歳以上になり医療・介護の需要が増える2025年を見据えて、それまでになすべき改革プランを示したのだ。

 このため4月の診療報酬改定は、近来になく相当に思い切った内容になっている。いわば、報告書のお墨付きを得て、日本医師会など関連団体の雑音や抵抗を突破できたと言えるだろう。

看護師1人で7人の患者をみる
高度急性期病院のベッド数が半減

 日本の病院は、患者に対する看護師の配置人数によって5種類に分けられている。患者と看護師の比率は7対1から15対1まであり、配置人数によって入院基本料も異なる。それを今回、4種類に統合し、病院の機能をきちんと分けることにした。

 看護師配置が最も手厚い7対1の病院は高度急性期病院と言われ、疾患への対応に専門職が多数かかわるもので8年前に配置を増やした。全国で約36万床もある。にもかかわらず、そこで救急患者のたらい回しが起きて問題になるように、きちんと機能しているとはいえない。

 そこで今回、高度急性期病院の存在条件を厳しくし、2025年までにその数を半分の18万床までに削減することにした。高齢者が増え、来院者に高齢者が増える状況に合わせて、急性期病院を減らして慢性期病院の比重を高めようという狙いだ。

「かなり重度になっても地域でできるだけ長く暮らし続けよう」という介護保険の「地域包括ケアシステム」の考え方は、高齢化が進む先進各国の共通用語。その趣旨に沿って、医療保険にも適用することにした。元々、介護や保健、生活支援、住まいとともに地域包括ケアの5つの要素の中に医療も入っており医療連携は重要なテーマであった。

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 病院で長く滞在するのではなく、できるだけ早く自宅や地域のケア付き住宅に戻って暮らす、という地域包括ケアの原則を前面に押し出して、医療を巻き込もうという戦略だ。まさに、報告書で謳われた「治す」医療から「支える」医療への転換だ。

 だが、医療側には「介護保険とは別」という特権意識が強く、例えば、ケアマネジャーが医療機関と接触するのが難しいなど、医療のハードルが高いのが現実だ。

病院と在宅を行ったり来たりはダメ
亜急性期病院は「地域包括ケア病棟」へ

 今回の改定で、従来の亜急性期病院(急性期と慢性期の間に位置する)をこの9月30日に廃して「地域包括ケア病棟」に変えることにした。この名称変更は画期的である。「地域包括ケア」という「錦の御旗」を掲げて医療側に介護保険システムのくさびを打ち込んだわけだ。

 名称変更に日本医師会が相当抵抗したと言われるが、先の報告書は政府の基本方針となりつつある中で、真っ向から異論を唱えることはできなかったようだ。

 地域包括ケア病棟は、①急性期病棟を退院しても在宅復帰が難しい患者の受け入れ、②在宅の緊急患者の24時間受け入れ、③長期療養病棟からの受け入れなどで病院から在宅への橋渡しの役目を担う。

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 文字通り、地域包括ケアを推進していく際に医療側の中核となる位置付けだ。診療報酬の一項目である入院料を従来の亜急性期病棟よりも高額にして誘導を図っているが、在宅復帰率70%以上というかなり高いハードルも課している。高額の診療報酬を得たいなら、在宅復帰に力を入れて、という厚労省からのメッセージともいえよう。

 この在宅復帰率の導入も今回の改定の目玉である。従来は、専門職の配置や単なる退院率で報酬を位置づけていたが、退院先を在宅と明示した。在宅復帰率を高度急性期と急性期病院には75%以上、長期療養病棟は50%以上とした。

 長期療養病棟で在宅復帰に力を入れれば新しく加算を付けることにしたのも、奨励策の一環だ。在宅復帰機能評価加算で1日につき10点、100円である。加算の算定用件は、1ヵ月以上の入院患者が退院して在宅に復帰した比率が50%以上であることと退院患者の在宅生活が1ヵ月以上であることだ。

 つまり、退院してもすぐ入院してしまう現状を変えようという内容である。「病院と在宅を行ったり来たりはダメ」と厚労省は説明する。

“第2の自宅”への帰宅も含めた
在宅への早期復帰こそ最大の目的

 ここで言われる在宅とは、必ずしも自宅ではない。自宅での家族ケアを強制するのは介護保険の創立の精神に反する。「介護の社会化」が介護保険制度の重要な目的であるからだ。家族介護からの解放をアピールしたことで世論が受け入れ、強制徴収に近い保険料を納めることに納得した。

 家族に余裕があれば自宅復帰の可能性が高いが、一人暮らしや老々介護では難しい。では、自宅でない在宅とは何か。

 それに該当するのは、住宅系施設と言われる認知症グループホームであり、有料老人ホームで介護保険の特定施設入居者生活介護の指定を受けた介護付き有料老人ホーム、あるいは外部から在宅ケアサービスを入れる住宅型有料老人ホームなどだ。

 さらに、2011年10月から新しいケア付き住宅として制度化された「サービス付き高齢者住宅(サ高住)」が挙げられる。

 いずれも個室を備えて、プライバシーが確保された「第2の自宅」である。こうした「在宅」への早期の復帰を促すのが地域包括ケアの目的であり、病院もその趣旨を弁(わきま)えねばならない時代ということだ。
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医師の“上から目線”に悩む介護スタッフ
両者が連携できる日は来るか

 確かに、その通りである。だが、遅きに失した感が強い。介護保険制度が始まってもう15年目に入った。医療連携が当初から謳われていたが、現場ではほとんど実現していない。

 介護事業者やそのスタッフから「医師を始め医療側の高飛車な態度に悩まされる」「複数の事業者が集まって、要介護者と家族の考えを汲み取るケア会議にも医師はなかなか出席してくれない」と不愉快な思いを味わったという声がよく聞こえてくる。医療側の「上から目線」が強く、「連携」とは程遠い。

 厚労省では、介護保険は老健局が担当し、医療は保険局と医政局が担当。相互の人事交流はあまりない。一方で、老健局と国土交通省との人事交流は活発。「住まい」重視の姿勢がサ高住という欧州並みのケア付き住宅を誕生させ、両省の共同所管となっているのとは大違いだ。

 今回の大きな改革を担当したのは保険局の医療課長。直前まで老健局の老人保健課長だった。「介護保険の世界を理解し掌握している」という自負が、医療制度に切り込む意欲をかきたてたようだ。



http://www.m3.com/open/iryoIshin/article/226859/?category=special
医師の夫、2年間の育児休業取得◆Vol.4
常勤復帰から米国留学まで

2014年7月23日 聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)

 2007年末には、第二子を妊娠した。それでも育児休暇から復帰1年後の2008年4月からは、慈恵医大の産婦人科のフルタイムの常勤医となった。

 実は、以前から米国の公衆衛生大学院に留学したいと考えており、第一子の妊娠中に、受験勉強もしていました。2007年には合格したものの、子どものことなどを考え、延期して、2008年8月から留学することが決まっていました。

 だから、「子どもを産むなら、ここで一気に生まないと」と思い、臨床はできる範囲で続けつつ、立て続けに妊娠をしたのです。

 2008年4月、妊娠15週くらいで、かつ1歳半の子供を育てながらフルタイムの常勤医に戻りました。ちょうど重症の患者さんを一番診る学年だったので、外来のほか重症の母体搬送を一手に引き受け、レジデントの指導などもしていました。つわりはひどかったけれども、第一子の時よりは楽だったので、結構楽しく仕事をしていましたね。

 子ども2人をご主人に預け、2008年8月に単身で渡米。約1カ月後にご主人が子どもを連れて渡米した。医師であるご主人は、2年間の育児休業を取得したのだった。

 私は次女を生んだ10日後に渡米しているのです。主人と子どもたちを日本に残して。授業がすぐに始まったので、授業に出つつ、家具などを買い、家族で住めるよう住まいを整えていました。

 主人には、かなり前から「留学したいな」と根回しはしていました。「家事は男がするものではない」という考え方もなく、フェアな人で、私が仕事をするのをサポートするのも、家のことをするのも、自分の責任だと思うタイプの人だったので、助かりました。

 とはいえ、「主人と子供をどうするか」は大きな悩みでした。主人が日本に残って子どもを見る、子供を連れて私だけ行くなどの選択肢がありましたが、留学前までは、第一子の育児や家事は全て私がやっており、今度は主人の番ということで、主人が育児休暇を取ることになったわけです。

 主人は産業医大卒だったので、労災病院などでの勤務の義務年限がありました。正当な理由なく義務年限中に就労しなくなると、給付された学費などの一括返還を求められるのです。主人が産業医学振興財団に電話すると、「男性で、育児を理由に義務年限を中断した例はない」と、にべもない答え。しかし、育児休業を取らなければいけない女性医師が絶対にいるはずです。そこで、女性である私がまず一般論として産業医学産業財団に問い合わせると、「もちろん、取得できます」との答え。「それって、当然男性も取れるのですよね」という感じで話を進め、無事、主人は育児休業を取得できました。主人が勤めていた病院の上司もすごく理解がある方で、通常女性が取得するのと同じく、給料の何割かが保障された形で、育児休業が取得できたのです。

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今年4月の第66回日本産科婦人科学会学術講演会で、理事長推薦企画で自らのキャリアを講演した際、公衆衛生への考えを語った(『「ギネジョの底力、ギネメンの胆力」』を参照、資料提供:永田知映氏)

 公衆衛生を学ぶため選んだ留学先は、米国のエモリー大学だ。

 語学は好きで、一度は留学したいと考えていました。公衆衛生を選んだのは、臨床医として解決できないことも、公衆衛生的な視点で解決できることがあると実感したからです。例えば救命救急センターに勤務をしていた時、交通事故による重症外傷患者さんが多く搬送されていたのですが、シートベルト着用を義務付けたり、飲酒運転の取り締まりをするなど、法制度や条例を作ったり、社会の常識を変えることで、発生数も受傷の程度も劇的に変わるのです。目の前の患者さんを診ることがものすごく好きでしたし、患者さんと心が通っているという感覚も好きだった。臨床にやりがいを感じていたのですが、別のアプローチを試してみたいという思いがずっとありました。

 公衆衛生を選んだのは、臨床研究の手法をきちんと学びたいという理由もあります。私自身もそれまで、卵巣癌あるいは早産の症例についての臨床研究をしていました。しかし、きちんと統計解析を学んだわけではないので、自分で行っている方法が間違っているのではないか、という不安が常にありました。統計学、疫学を勉強したい。より良い研究をして、社会のシステムを変えることができれば、という思いを、臨床をしながら抱いていたわけです。

 公衆衛生の分野では、ジョンズ・ホプキンス大学やハーバード大学が有名ですが、エモリー大学もトップ大学の一つです。CDC(米疾病予防管理センター)の隣にあるので、CDCとの結びつきが強く、エモリー大学の学生がCDCで実習したり、CDCの職員が教官として、エモリー大学に教えに来ていました。

 勉強は充実していたが、一方で“専業主夫”のご主人がうつ状態になってしまった。転機になったのがWHO(世界保健機関)でのインターンだった。

 エモリー大学では2年間、様々な講義を受けました。1年目が終わった後の夏休みにはWHO(世界保健機関)にインターンに行き、2年目は授業の傍ら、大学の隣にあるCDC(米疾病予防管理センター)で研究していました。

 朝から夕方まで授業があり、宿題も結構たくさん出て、本当によく勉強しましたね。一方、家事ですが、私も手伝いましたが、主人が本当によくやってくれました。料理を作り、洗濯をして、なるべく子どもたちを散歩に連れていくなど、ものすごく手をかけていたのです。手作りのおもちゃを作ったりもしていました。

 主人は、最初の3、4カ月は楽しかったようですが、保育園には預けていなかったので、24時間子供と一緒。主人は救急医なので、もともと体力はあったのですが、次第に心身ともに疲れるようになってしまった。米国では仕事をしていなかったので、社会との交流がないこともストレスだったようです。うつ状態になってしまったので、私が大学の昼休みに家に帰ってきて、主人が気分転換できるようにしました。

 WHOの本部に行ったのは、2008年5月のことです。インターンは2-3カ月の予定だったので、最初は一人で行こうかとも思っていたのですが、とても置いていける状態ではなく、家族4人でジュネーブに行ったのです。

 ジュネーブはすごくきれいで、風光明媚な街。1時間半くらいバスで行くだけで、雄大なアルプスの景色が臨める。アトランタとジュネーブでは、街の規模も構造も、治安も違います。車で移動する生活から、歩く生活になり、街のいたるところに素敵な公園があったり、ウインドーショッピングをしたり、カフェでお茶をしたり……。私も歩く生活になり、体重が一気に4kgくらい減りました(笑)。

 エモリー大学の入学式で講演された先生のテーマが、「街の構造が健康に与える影響」でした。街の構造は、人間の健康と関係があります。車社会か、徒歩で移動するかにより、運動量は全然違います。また、街を歩き、道で人と接することで精神状態が変わる。そうした都市構造を研究されている先生の講演だったのですが、ジュネーブで実感しました。ジュネーブの生活の中で、主人も次第によくなってきました。

 ジュネーブで住んでいたのは、各国の大使を歴任された、とある国の要人の未亡人の家。ジュネーブの賃貸物件の家賃はとても高いのです。彼女は幾つも家を持っていて、「夏の間は旅行に出ていていないから、使っていいわよ」と言われ、お借りしたのですが、「やっぱり旅行には行かなくなった」とのことで、夏の間一緒に住むことになったのです。広い家なので、何の問題もなかったのですが。

 5カ国を話すこのマダムに、すごく感銘を受けましたね。ある時、私が主人の状態もあり、「ちょっと疲れたな」といった表情で洗濯をしていると、「どうしたの?」と声をかけてくれたのです。いろいろと事情をお話したら、「分かるわ。女って大変よね。でもね、知映(永田氏のファーストネーム)、あなたはプロフェッショナルなのだから、明日、仕事に行くときは、しわのないスーツを着て、赤い口紅を塗って、120%の笑顔で行きなさい」と言われたのです。はっとしました。マダムの言葉には、すごく説得力がある。

 マダムの家には、お手伝いさんのような人もいました。私はそれまで、お手伝いさんに依頼することに関して、罪悪感というか、一部のお金持ちがすることだというイメージを持っていました。マダムは自分でも料理や洗濯などはやっていましたが、窓拭きなどは気軽にお手伝いさんにお願いする。と思えば、そのお手伝いさんと、カフェでお茶をしている。

 マダムのそうした姿勢を見ていると、日本人の「へりくだる」という意識を見直さなければならないと思うようになりました。

 私たちが医師になり研修を受けた、2000年代前半から半ばまでの時代は、患者の権利が強調されるようになり、医師がへりくだるような時代、「医師は少しも偉くない、と思わなくてはいけない」という風潮がありました。しかし、別にへりくだる必要はなく、「医師はプロフェショナルであり、患者のパートナーである」という認識に、ようやく最近近づいてきているのかと思います。日本の社会には、いったん極端なところまで振り切れる面があり、「医師は偉い」から、「患者さまは神様」とまで振り切れて、揺り戻して対等という関係に落ち着く。

 私にとって、家事も同じでした。「家のことは全てやらなければいけない」と思っていたのですが、「あなたたちは高い教育を受けて、優れた技術を身に付けているわけだから、それを社会に還元しなければいけない。どうしても自分で家事をやりたいのであれば、やってもいいけれど、それを補ってくれる人を、うまくアレンジするのも一つの能力」とマダムは教えてくれたのです。プロフェッショナルとしての意識とか、いい意味での力の抜き方などもマダムから学びましたね。

 様々な意味で、ジュネーブはすごく大きな転機でした。WHOの職員は多国籍で、東南アジアの某国などは女性の官僚がすごく多く、ご主人を引き連れて、国際機関の職員として赴任されている方々もいました。皆さん、多様な働き方をしています。



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先見創意の会
患者による違法行為への対応 - 平岡敦

2014年07月22日 09:00 BLOGOS

1.増加する患者による違法行為
  患者による院内での違法行為が増えている。どこの病院でも多かれ少なかれ次のような患者の対応に苦慮した経験があるであろう。
 (1)待合室で職員を捕まえて「待ち時間が長い」等のクレームを付け,大声で怒鳴ったり,謝罪を強要したりする。
 (2)患者の望んでいる病名・症状の診断書を書けと強要する。
 (3)診療内容や対応に対する不満を理由に,医療従事者に対して暴言を吐いたり,暴行を振るったりする。
 (4)インターネットで病院の悪口を書く。

2.対応方法総論:病院の限界を理解してもらう
 病院に落ち度がある場合もあろうが,それを理由に患者が違法行為を働いていいことにはならない。病院に落ち度があれば,穏当な態度でクレームを述べ,責任者からの謝罪を求めたり,損害賠償を請求したりするのが,法治国家である日本で許される患者の対応である。しかし,患者も感情的になっていることが多く,現実には行き過ぎた違法行為となってしまうケースが生ずる。そのような場合に,どのように対応すれば良いのか。

 難しいことであるが,まずは患者に冷静になってもらうことが必要である。そのためには,患者の病院に対する過度の期待を払拭する必要がある。患者は病院に対して遠慮と同時に過度の期待を有していることが多い。医療従事者は専門職である。患者は医療従事者のことを「先生」と呼ぶなど,一定の敬意をもって接しており,そこには他のサービス業では見られない上下関係が存在している。加えて,保険診療の場合,サービス提供者と受領者の間で直接やり取りされる金銭が低額に抑えられているという特殊性がある。これが本来,準委任契約であるという医療契約の本質を曖昧にしている。このような上下関係や対価関係の希薄さなどの医療契約の特質が,患者の医療従事者に対する従属とその裏腹の過度な期待を生んでいる。そして,その過度の期待が裏切られたときに,患者の対応は冷静さを欠き,峻烈なものになりがちである。

 したがって,感情的になる患者に対しては,病院も対価関係を基礎にサービスを提供しており,常識的な範囲を超える過度のサービスや結果を提供できるものではないことを理解してもらう必要がある。病院もその持てる施設と人材の範囲内で,医学的な限界の中で,提供可能なサービスを提供しているに過ぎず,万能の存在ではないことを分かっていただく必要がある。

3.法的対応
 それでも患者が冷静になれず,不幸にして患者の行為が限度を超えてしまった場合,法的な対応を考えざるを得なくなる。法的な対応と言うと究極的には「訴える」ということになる。法治国家ではそれがあるべき対応である。しかし,いきなり司法機関を利用することは,いたずらに患者の感情を刺激し,話し合いによる解決を阻害する恐れもある。そこで,訴える前にまず考えるのは,司法機関を利用せず,当事者間で和解をすることである。その第一歩として,まず書面で以下のような事実を告げることが通常である。

 (1)患者の行為を特定し,病院としての事実関係に対する認識を明らかにする。 ※往々にして患者の認識とズレがある。
 (2)病院が,患者の行為を違法行為であると考えていることを告げる。
 (3)今後,そのような行為をしないように求める。
 (4)場合によっては,今後,患者の診療を行うことはできないことを通告する。
 (5)病院に損害が発生していて,看過できない金額である場合は,金額を明示し,賠償を求める。
 (6)病院の要望に応じてもらえない場合には法的措置を執ることを予告する。

 上記の通知を院長や理事長名(病院名義)で出すのか,代理人弁護士名で出すのかも悩みどころである。書面作成を弁護士に委任しても,提出する書面の名義は病院名義で出すということも考えられる。弁護士名義の通知が来ることのインパクトが大きいからである。本来,紛争状態が生じているのであるから,法律専門家である弁護士を代理人にすることは合理的な行為であり,弁護士を代理人にすること自体について,なんら感情的になる必要はないはずであるが,現実はそうではない。人によっては「喧嘩を売られた」と考えてしまう患者もいる。逆に,弁護士名の文書が来ることで,病院の本気度が伝わり,患者を翻意させるという効果もある。どちらに転ぶかはやってみないと分からないところもあり,確実なことは言えない。

4.民事的対応
 通知を送ることで,患者が違法行為を止めたり,損害賠償を行ったりするなど,病院の要望が受け入れられれば問題はない。しかし,不幸にも患者が病院の要望を聞かず,違法行為を続けたり,損害賠償に応じなかったりした場合,裁判所の力を借りて,病院の要望を実現することになる。

 裁判所の力を借りるには,2つの方向性がある。1つは,民事的対応であり,もう1つは刑事的対応である。このうち,まず優先されるべきは民事的対応であろう。なぜなら,刑事的対応とは,究極的には,患者の生命や自由を奪って制裁を加えることを希望するということであり,できるだけ謙抑的に用いるべきだからである。軽微な違法行為でも,前科があったりすると,それだけで実刑判決を受ける可能性は充分にある。刑事的対応とは,そのような性質を有するということを,充分に考慮すべきである。

 民事的対応という場合,原則は,裁判所に対して,違法行為の差止や損害賠償を求める通常訴訟を提起することになる。一般的に「訴える」というやつである。しかし,通常訴訟は,短くても1年近い時間が掛かるので,緊急に違法行為の差止を求める必要があるケースには向かない。

 そのような場合,違法行為差止の仮処分を求める申立を行うことになる。仮処分であれば,通常1回の審尋で裁判所の判断が下される。このように簡易で迅速な判断が出る代わりに,判断に誤りがある場合に備えて,裁判所に対して担保を提供する必要がある。担保の額は違法性の確実さや被害の程度などによって異なるので,一律に何万円ということはできない。担保は,違法行為があったことが通常訴訟で確認されたり,患者と和解が成立して患者が認めたりすることで,返還してもらえる。

 仮処分で損害賠償を求めることは困難なので,損害賠償を求める場合は,時間は掛かるが通常訴訟によることになる。通常訴訟で勝訴判決を得たら,患者に対して判決に従って支払うように求めることになる。しかし,実際には判決を得ても任意には支払わないこともある。そのような場合には,判決にもとづく強制執行を裁判所に対して求めることになる。強制執行の中で最も実効性が高いのは不動産の差押えであるが,一般的に患者がどのような不動産を有しているかは分からない。したがって,通常最も効果のある方法は患者の勤務先に対する給与の差押えである。

5.刑事的対応
 患者による暴行で医療従事者が怪我をしたり,患者の行為が執拗で恐怖を感じたり,業務に対する支障が著しいような場合,刑事的対応もやむを得ない。刑事処分を求める場合,加害者である患者がまさに犯行を行っている最中に,最寄りの警察署や交番に電話して警察官の臨場を求めるケースと,犯行が終了した後に警察や検察官に告訴を行うケースの2種類が考えられる。

 前者の場合,ほぼすべてのケースで警察官が現場に急行してくれることになる。しかし,すべてのケースで現行犯逮捕となるわけではない。犯罪の成否及びその処理には,いくつかの段階が考えられる。まず,刑事理論的に犯罪成立とは言えない段階。この段階では警察官が臨場しても,何もできない。具体的に犯罪成立と言えるか否かは,専門的な判断であり,個別の犯罪類型によって異なるので,一言では言えない。次に,犯罪成立とは言えるが,被害の程度が軽微であったり,犯人にも情状酌量の余地があったりして,犯罪として立件するのが適当ではない段階。この段階では,臨場した警察官が双方から事情を聞いた上で,加害者に説諭をして終わりということもある。しかし,警察官に説諭されるだけでも,その抑止・牽制効果は大きい。最後の段階は,犯罪として成立し,かつ,起訴を目指して捜査をする必要性がある段階である。この場合,逃亡の恐れや証拠隠滅の恐れがあると判断されれば,逮捕勾留されることもある。患者の行為がどの段階に当たるのか,また身柄拘束の必要性があるのかは,臨場した警察官の判断となるので,呼んでみなければ分からない。

 後者(後日に告訴)の場合,弁護士など専門家に相談して,患者の行為が犯罪に該当するか判断した上で,該当するのであれば,告訴状を作成し,所轄の警察署又は検察庁に提出することになる。しかし,犯罪の成否,成立するとして捜査するか否かの判断が捜査機関に委ねられていることは同様で,告訴したから必ず捜査してくれるというわけではない。犯罪が成立しないと判断されれば,何もしてくれない。犯罪が成立しても捜査するまではちょっとという場合は,犯人である患者に対して呼び出すか電話をした上で説諭してくれるくらいのことは期待できるかもしれない。

6.最後に
 患者の違法行為に接して冷静でいられる人は少ない。患者も感情的だが,それに接する医療従事者も感情的にならざるを得ない。そのような場合には単独で物事を判断せず,複数人で多角的に物事を捉えて上で,可能ならば専門家の意見も聴いた上で判断をすべきである。また,予め対応方法を検討し,最寄りの警察署や交番の電話番号を確認したり,相談できる弁護士を確保したりしておくことが肝要である。

--- 平岡敦(弁護士)


  1. 2014/07/23(水) 06:11:56|
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