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Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

7月9日 

http://www.m3.com/iryoIshin/article/232104/
降圧剤論文問題と研究不正
商業的資金提供ゼロの方針、ノバルティス社
研究者とは契約締結、世界共通指針

2014年7月9日(水) 池田宏之(m3.com編集部)

 スイス・ノバルティスファーマ社は7月8日、世界共通で適用する医師主導臨床研究の新たなガイドラインを公表した(資料は、ノバルティス社のホームページに掲載)。新しいガイドラインでは、資金提供を実施する際の透明性確保を強調した上で、医師主導臨床研究に対して、商業的な資金提供や影響を一切認めない方針を打ち出している。研究結果などを公表する研究者との間には、契約を締結する。

 日本のノバルティスファーマ社の降圧剤「ディオバン」の医師主導臨床研究に関連して、ノバルティス社の元社員がデータを改ざんした薬事法違反の容疑で逮捕される事態になったことなどへの対応とみられる。

 新ガイドラインでは、医学研究の重要性を認めた上で、倫理やガバナンス、透明性の確保をうたっている。その上で、「医師主導臨床研究のいかなる側面でも、商標的な資金提供、関与、影響を認めない」方針を打ち出している。商業から離れて資金や薬剤を提供する場合は、「明文化された合意」に基づき、研究者に提供するとされている。

 スイス・ノバルティス社のデビッド・エプスタイン社長は、独立した医師主導臨床研究が新薬開発や未知の医学的なニーズの発見につながる重要性を強調した上で、「新しいガイドラインは、(医師主導臨床研究の結果が)患者に本当の違いをもたらすことにつながる」とコメントしている。



http://www.asahi.com/articles/ASG794D9XG79PTIL01G.html
診療報酬詐取容疑で医師逮捕 生活保護受給者の名前使う
2014年7月9日15時19分 朝日新聞デジタル

 生活保護受給者を診察したと偽って診療報酬をだまし取ったとして、大阪府警は9日、医師の小松明寿(あきとし)容疑者(60)=兵庫県篠山市=を詐欺容疑で逮捕した。

 捜査2課によると、小松容疑者は、かつて大阪市西成区で診療所とクリニックを運営。クリニックで診察した生活保護受給者を、診療所でも診察したように偽ったという。逮捕容疑は2011年4~5月、うその診療報酬明細書を提出し、13万円をだまし取ったというもの。府警は、不正に受給した診療報酬は3400万円にのぼるとみている。



http://www.minpo.jp/news/detail/2014070916758
総合医育成に期待 来春開設「白河アカデミー」
( 2014/07/09 08:38 カテゴリー:主要 )福島民報

 福島医大が、JA福島厚生連の寄付を受けて白河市のJA福島厚生連白河厚生総合病院に来年4月に開設する寄付講座「白河総合診療アカデミー」は、複数の診療科目に幅広く対応する「総合診療医」の育成を通じ、県民の健康寿命の延伸を目指す。関係者が8日、県庁で記者会見し、講座の概要を発表した。
 講座の研究テーマは「総合診療領域の臨床研究」と「地域住民の疾病発生予防や健康寿命の延伸に資する研究」。診断能力が高い総合診療医が、病気の予防から発症、みとりまで継続的に患者と関わることで、日常的に介護を必要としない「健康寿命」を伸ばす。さらに、本県での研究成果を高齢化社会が進む日本全体で役立てる。
 初年度は後期研修医2人を受け入れる。講座主任の福原俊一福島医大副学長をはじめ、総合診療医としての経験豊富な全5人の教員が研修医の指導に当たる。医師にとって魅力的な研修プログラムを構築し、本県への医師確保につなげる。福島医大臨床研究イノベーションセンターや京都大、米国のジョンホプキンス大学院、ハーバード医大と連携し、指導医自身のスキルアップも図る。
 会見で福島医大の福島哲仁理事兼副学長は「医師の定着率の増加や地域医療の充実に貢献していきたい」と抱負を語った。福原副学長と永瀬隆雄JA福島厚生連理事長、前原和平白河厚生総合病院長が同席した。
 県南地区の人口10万人当たりの医師数は132人で、全国平均の226人の約6割。県内では相双、南会津地区に次いで少ない。



http://www.hokkaido-np.co.jp/news/chiiki3/550296.html
病院運営めぐる町、町議会との対立が背景に 
士幌町国保病院長の懲戒免職

(07/10 08:40)北海道新聞

【士幌】町が6月下旬、同町国保病院の当時の男性院長(61)を、女性職員に対するセクハラや外部へ文書を独断で出した行為が地方公務員法違反として懲戒免職にした問題は、長年赤字が続く病院運営のあり方をめぐり、元院長と町、町議会が対立したことが背景にある。元院長は処分に納得しておらず、行政不服審査法に基づき町に審査請求をする方針。問題の決着には、なお時間がかかりそうだ。

 国保病院は赤字経営が続き、過去8年は毎年度3億円以上を一般会計から繰り入れている。町は収支改善などを図る目的で2013年夏に「医療・保健・福祉に関するアンケート」を実施。国保病院のサービス、課題などを聞き取り、町民457人から回答を得た。

 サービスは「もう少し改善が必要」が38%で最も多く「まあまあ」23%、「おおむね評価する」15%と続いた。課題では「待ち時間が長い」34%、「医師の対応が悪い」16%などだった。アンケートと前後して町議会産業厚生常任委員会も病院を調査した。

 対立が表面化したのは、3月の町議会予算審査特別委。議事録によると、町議が「アンケートで待ち時間が長いと指摘されている」とただしたのに対し、元院長は「(病院で)何度か調べたが、待ち時間が長い事実はない」と反論。別の議員は「院長の認識がないことが(町民の)病院への不信感を抱かせている」と指摘するなど、激しいやりとりは約2時間に及んだ。

 この後、町は水面下で元院長に《1》13年6月と14年1月の議会産業厚生常任委の調査要求を拒否した上、議事運営を誹謗(ひぼう)中傷する文書を委員長や議長に送付《2》14年3月、送別会で女性職員に、チークダンスを強いてほおにキスするセクシュアルハラスメントを行った―などとして、辞職を促した。元院長が拒否したため6月23日、懲戒解雇した。

 小林康雄町長は「これらの行為は地方公務員法(職務上の命令に従う義務、信用失墜行為の禁止)に違反する」と強調。セクハラ行為に関しては人事院の懲戒処分指針に従い、「管理監督など職責が重く公務に影響が大きい場合は『停職や減給』より重い処分に当たる」と判断したという。

 これに対し、元院長は代理人を通じ「常任委の調査自体を拒否したのではない。目的と内容が不明瞭なため、事前に質問内容の説明を求めたもので誹謗中傷には当たらない」と反論する。セクハラについては、キスの事実を認めた上で「女性に不快な思いをさせる言動はない」と主張。「懲戒免職は元院長の排除という恣意(しい)的な目的による違法な処分だ」と対決姿勢を鮮明にしている。(山本孝人、加藤千茜)



http://www.m3.com/open/iryoIshin/article/226856/?category=special
ESSやバレーボール、「アクティブ」な日々◆Vol.1
医学生から初期研修医時代まで

2014年7月10日 聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)

 医局の弱体化、臨床研修マッチングの導入、さらには若手医師の意識の変化に伴い、医師のキャリアの多様化、人材の流動化が進む時代。若手医師や医学生が自らの進路を決める際の貴重なヒントになるのが、先輩医師たちの「医歴」だ。その第一陣として今夏、ご登場いただくのが40歳前後の中堅医師たち。若手医師や医学生にとっては、直接指導を受けることが多い世代でもある。
 トップバッターは、国立成育医療研究センター臨床研究教育部臨床研究教育室の室長代理を務める、永田知映氏。産婦人科医で、2人の出産・育児を経験、米国留学などを経て、この春から同センターで臨床研究の教育に従事している。計6回の連載でお届けする。

 永田氏が、「医師になりたい」と考えるようになったのは、小学校の中学年か高学年の頃だという。

 子供ですから、「小説家や政治家になりたい」などとも考えていました。最終的に決断したのは、高校生になって、理系か文系かを選択した時です。母親が胃癌で、私が6歳の時に亡くなったことがそのバックグラウンドとしてありました。


永田知映(ながたちえ)氏 2001年大分医科大学(現大分大学)卒業、九州大学産婦人科入局、2004年に東京慈恵会医科大学産婦人科に入局。米国エモリー大学留学などを経て、2014年4月から、国立成育医療研究センター臨床研究教育部臨床研究教育室の室長代理を務める。

 30年以上も前のことなので、本人には告知をせず、家族は最後まで隠し通していた。けれども、本人はうすうす気づいていて、娘である私のことを心配していたけれども、誰かに相談することはできず、十分なターミナルケアも受けず、亡くなっていった。医師になってから振り返ると、かなり進行した状態で見つかっていて、治療のしようもなくて、そのまま亡くなったという感じなのです。ただ、子ども心に、「どうなの、母の死に方は?」という思いがありました。

 高校生の時に読んだ一冊が、エリザベス・キューブラー・ロスの『死ぬ瞬間』。「そうだよ、こういうことが母には必要だったんだ」とすごく打たれるものがありました。私は理系の科目があまり得意ではなかったので、自分が研究で大発見するようなイメージはありませんでしたが、医学の考え方を変えることによって、患者さんの状況が劇的に改善するポイントがいくつかあると、高校生の頃に思ったのです。

 大学時代は、ESS (English Speaking Society) やIFMSA(国際医学生連盟)に所属し活動、夏休みになると海外に出かけるほか、微生物学教室で研究もするなど、非常にアクティブな学生生活を送った。

 私は佐賀県の出身で、隣県の大分医科大学(現大分大学)に入学しました。「あれも面白そう、これも面白そう」と思って、5つのサークルを掛け持ちしていました。結局、主に活動していたのは、もともとスポーツが好きだったのでバレーボール部、それからESSです。

 大分医大のESSは、ちょうどIFMSAの活動も始めた時期でした。医学部1年生の時に、GA(General Assembly)、つまり総会がスペインのバルセロナで開催され、「行く?」と誘われて、何をするのかがよく分からなかったけれども、行ってみた。それ以降、私はSCOPH(公衆衛生に関する委員会)の担当となり、国立国際医療研究センターの国際医療協力局の先生に講演に来ていただいたり、ワークショップを主催したり、海外でボランティアをする医学生のコーディネーターをやったりなどしていました。

 私自身、ちょっと変わった学生だったと思うのです。IFMSAの活動もあって、夏休みに入るとすぐに海外に出かけていました。バックパーカーとして旅行したり、インドのマザーテレサの「マザーハウス」に行ってボランティアしたり。ただ、学生でお金がないので、いかに安く海外に行くかが重要でした。夏休みの時期は、航空券が高くなるじゃないですか。本試験で落ち、再試験にひっかかると、夏休みに入ってしまう。勉強をしない学生でしたが、本試験でクリアできるよう、試験前だけは必死に勉強しました。一夜漬けは得意でしたから(笑)。

 5年生の時に、ギリシアのクレタ島にあるイラクリオン大学で、IFMSAのプログラムで1カ月半くらい実習をしたこともあります。外科と救急の実習をしていたのですが、交通事故がとても多かったのが記憶に残っています。現地の医師の説明では、サマーバケーションで世界各地から観光客が来て、結構アルコールを飲んだ後でも運転しており、ヘルメットを付ける習慣も定着していないということでした。交通事故自体が年々減っている日本とは状況が違った。クレタ島での経験は、公衆衛生的な視点を持つきっかけにもなりました。

 微生物学教室に1年間置いてもらって、研究生活も経験しました。4年生の時です。医学生が少人数のグループになり、基礎系の講座で研究に触れるという機会があって、その時に「本格的に研究をしてみたいです!」と直談判したのです。夕方から研究室に行って、夜中3時くらいまで研究した時期もありました。劇症化したB型肝炎ウイルスの遺伝子変異について研究していました。

 ただ、最終的には「基礎は自分に向いていないな」と思った。成果が出るまで、コツコツと研究を続ける、ものすごく大変な世界。私の場合、わずか1年間でしたが、がんばっていても、なかなか先が見えない。ただ、この時期に基礎研究を少し経験してさせてもらって、よかったと思います。

 永田氏が卒業したのは2001年3月。当時はまだ臨床研修が必修化されていなかった。九州大学産婦人科に入局、非常にハードな研修医生活を送った。

 何を専門にするかは、悩みに悩みました。「人の命に直接かかわる科に行きたい」という思いはすごくありました。最終的に産婦人科を選んだのは、社会的な側面を考慮することが大事な科であり、かつ緊急の対応が必要な場合がある。患者さんと深いコミュニケーションが取れ、人生を通した付き合いができる。いろいろな側面がある診療科だと思ったからです。

 九州大学産婦人科に入局し、1年目は北九州市立医療センターで、2年目は九州大学病院で研修しました。産婦人科で計1年、残りは外科、救急と麻酔科の研修でした。初期研修医時代は、とても忙しかったけれど、楽しかったですね。

 1年目の研修先では、月10回くらい当直をし、それ以外の日も、「1年目の研修医は、全ての分娩に立ち会う」ということで、夜中も電話で呼び出される日々。周産期母子医療センターだったので、もちろん他に当直の産婦人科医が2人いて、私が行かないと困るというわけではなく、むしろ私の勉強のために呼んでくれていたのだと思います。オペの助手も基本的には私の仕事。産婦人科では年間550件くらいオペがあったのですが、記録を見てみると、うち300件くらいのオペに私が入ってしました。

 2年目の研修先では、午前7時くらいに病院に行って、午後11時くらいまで仕事をして、それからご飯を食べに行き、午前1時くらいに戻ってきて、何か雑用をして、仮眠をして、気づいたら、朝だった……。皆がそんな生活だったので、あまり問題とは思わなかった。

 完全な主治医制で、土日曜日も病院に行くのが普通だったので、病棟を見て、午後2時ころまでは病院にいましたね。今はどうなっているかは分かりませんが、当時は、「医師は365日、24時間医師である。それを刷り込むのが、入局して研修をする第一の目的である」という状況でした。



http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20140710ddlk13040144000c.html
毎日メディアカフェ:ゆがんだ産学連携 バルサルタン臨床試験疑惑、八田記者が報告 /東京
毎日新聞 2014年07月10日 地方版〔都内版〕

 降圧剤バルサルタン(商品名ディオバン)の臨床試験疑惑の取材を続ける毎日新聞記者による緊急報告会が9日、千代田区一ツ橋1の毎日新聞社内「毎日メディアカフェ」で開かれた。学生や医師ら約30人が参加した。

 科学環境部の八田浩輔記者が、1年以上に及ぶ一連の取材の経緯を報告した。これまでの取材で浮かび上がった医師らと製薬会社の癒着や、報道を機に本格化した国や業界の再発防止の動きなどを説明。「背景にはゆがんだ産学連携がある。今後も似たような問題が明らかになるのではないか」と話した。

 参加者からは「薬の売り上げ目的の臨床試験が横行していることも問題だ」「(外部の力を借りずに)学界が不正を発見してきちんと対処するにはどうしたらよいのか」などの声が上がった。

 毎日新聞は昨年3月、バルサルタンの効果を調べた京都府立医大の臨床試験に販売元のノバルティスファーマの社員が関与し、ノ社から大学側に1億円以上の奨学寄付金が渡っていたことを特報。その後、複数の大学のバルサルタンの臨床試験でデータ操作されていたことが明らかになった。ノ社と同社の元社員が薬事法違反の罪で起訴される事態に発展している。

 ◇津波犠牲大川小、あすの夜報告会

 毎日メディアカフェでは11日午後6時半、報告会「大川小学校の真相解明はどこまで進んだのか〜見えてきた検証委員会の課題」を開催する。

 東日本大震災の津波で児童と教職員84人が犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校の問題を取材してきたジャーナリストの池上正樹さん、フォトジャーナリストの加藤順子さんが報告する。入場無料。申し込みはhttps://mainichimediacafe.jp/eventcal/


  1. 2014/07/10(木) 09:45:09|
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