Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

4月27日 

http://www.sanspo.com/geino/news/20140427/tro14042717510002-n1.html
刑務所で投薬ミス149件 九州・沖縄の全12カ所
2014.4.27 17:51 サンスポ

 九州・沖縄にある刑務所と拘置所全12カ所で2007~12年、収容中の受刑者らに対する投薬ミスがあり、手渡した刑務官らが処分を受けたケースが計149件あったことが27日、福岡矯正管区への情報公開請求と取材で分かった。誤飲した受刑者が入院したケースもあった。

 管区内では02年1月から約2年半の間に、相手を間違えて向精神薬を渡すなどの投薬ミスが55件あったことが04年の内部調査で判明。法務省は04年、九州以外も含めた複数の矯正施設での投薬ミス発覚を受け「薬を渡す際は呼称番号での本人確認を徹底する」と再発防止を求める通知を出したが、その後も多発していることが判明した。

 開示文書などによると、ミスは「渡す相手を間違えた」が85件と最も多く、「二重・過剰投与」も36件あった。具体的な薬の種類はほとんど開示されていないが、熊本刑務所では09年、処方された肩こり薬と間違え、受刑者に血圧降下剤を渡していた。

 誤投与で受刑者の意識がもうろうとしたり、入院したりする被害もあった。刑務官が誤りに気付きながら、上司や医師に報告しない例もあった。

 施設別では長崎刑務所が28件。福岡拘置所や麓(佐賀県)、佐世保(長崎県)、熊本、大分、宮崎、沖縄の各刑務所はいずれも10件を上回った。

 福岡矯正管区は「あってはならないミスで、現在は管内で情報を共有し、再発防止に努めている」としている。(共同)



http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2700U_X20C14A4CC1000/
ノバルティス社製の座薬に相次ぎ針 警察が捜査
2014/4/27 18:50 日本経済新聞

 製薬会社ノバルティスファーマの座薬に針が刺さっているのが今月、埼玉県と千葉市、名古屋市で相次いで見つかり、ノ社と厚生労働省は処方時や使用前に異常の有無を確認するよう呼び掛けている。針はいつ混入したのか。臨床研究絡みで不祥事が続いたノ社への嫌がらせの可能性もあり、警察が偽計業務妨害容疑などで捜査している。

 鎮痛・解熱に効果があるノ社の医療用座薬「ボルタレンサポ50mg」を処方された患者が使用前に異常に気付き、4月9日と15、19日にそれぞれ処方した薬局や警察に届け出た。

 ノ社は「3件とも外観が異なる」と説明。同社や警察の発表によると、埼玉県と千葉市で見つかったのはいずれも針状の金属で、埼玉では薬を包むアルミシートの外側から刺さっていた。千葉市のケースの詳細な状況は明らかになっていない。名古屋市では処方された5個のうち4個に1本ずつ縫い針(長さ約3センチ)が刺さり、シートに目立った穴はなかった。

 ノ社によると、子会社の日本チバガイギー篠山工場(兵庫県篠山市)で昨年10月下旬~11月下旬に製造し、埼玉県八潮市にあるノ社の東日本物流センターでいったん保管。薬局や医療機関には卸会社を経て、12月中旬から今年3月上旬の間に出荷された。埼玉県の座薬の一部と名古屋市の座薬は製造番号が一致していた。

 工場では主に(1)溶かした薬剤をシート内に注入し、注ぎ口に圧力をかけて閉じる(2)10シート(座薬50個)ずつ1箱に納め、20箱をまとめて梱包する――の2工程がある。

 製造工程で針のような金属は使用しておらず、偶発的な事案とは考えにくいことから、ノ社は何者かが意図的に刺したとみる。「箱詰めした後に開けたら痕跡が残るはずだ」として流通段階での混入にも否定的だ。警察は、3件に共通する人物がいるのかどうか、指紋をはじめ付着物の採取、分析を進めるという。〔共同〕



http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03074_01
【鼎談】
“プライマリ・ケア医”と“臨床研究”が支える
未来の健康長寿社会を見据えて

週刊医学界新聞  第3074号 2014年04月28日

Michael J. Klag氏  ジョンズホプキンス大学 School of Public Health学長
井村 裕夫氏    京都大学名誉教授/先端医療振興財団理事長
福原 俊一氏    京都大学教授・医療疫学/福島県立医科大学副学長=司会

 超高齢社会が到来した日本。現行の医療に限界が指摘される中,新たな医療モデル・方略が求められている。その絶好の議論の場となるのが「第29回日本医学会総会2015関西」「World Health Summit Regional Meeting 2015」(MEMO)だ。

 このたび本紙では,「World Health Summit Regional Meeting 2015」の会長を務める福原俊一氏を司会に,「第29回日本医学会総会2015関西」会頭・井村裕夫氏,そして社会健康医学分野で世界最大,かつ最も歴史のある教育機関である米国ジョンズホプキンス大School of Public Healthの学長・Michael J. Klag氏を迎え,鼎談を企画。地域を支える臨床医に求められる役割と,未来の医療を担う次世代の育成の在り方について議論した。

福原 2015年,京都の地で「第29回日本医学会総会2015関西」「World Health Summit Regional Meeting 2015」が開催されます。

 まず,それぞれの会が今回掲げている主題について教えてください。

井村 来年開催する日本医学会総会では,未曽有の少子高齢化社会を迎える日本において医療制度をどのように変革すべきか,またどのような人材を育成していくべきかなどについて議論したいと考えています。

 今,日本は現行の医療の在り方を考え直す転換点に直面しています。例えば,50年以上続いてきた国民皆保険制度も再検討されるべき項目の一つです。言うまでもなく,「いつも」「どこでも」「誰でも」医療を受けられることを保証する大変優れた制度であり,日本人の寿命の延長に大きな貢献をしてきた制度でしょう。しかしながら,少子高齢化に伴って労働人口の減少が進んでいる中では,将来的には財源の確保が危ぶまれ,従来の形式のまま維持することが困難と考えられているのです。こうした社会構造の転換期においていかなる改革が必要か,その論点を洗い出し,解決策を見いだしたいと思っています。

Klag World Health Summit においても超高齢社会は重大なテーマと位置付けており,高齢化が先行している日本の実践は世界中が注目しています。来年のWorld Health Summit Regional Meeting では,世界,その中でもアジア地域や日本の健康医療諸課題について,特に超高齢社会において健康長寿を実現するための方策と,医学アカデミアが担うべき社会的責任を議論したいと考えています。

「見つけて治す」から「予測し,予防する」

福原 お2人の話からもわかるとおり,超高齢社会における医療の在り方という難問への挑戦が,世界共通の課題となっています。

 今,私が考えているのは,超高齢社会が到来した現代にあって,従来の高度先進医療のモデルのみでは,現在の医療システムが早晩立ち行かなくなるのではないか,ということです。というのも,厚労省の「平成24年簡易生命表の概況」1)では,たとえ悪性新生物・心疾患・脳血管疾患による早期死亡を根絶し得たとしても,平均寿命を約5-6年程度延ばすことにしか寄与しないと報告しています。

 この報告から明らかなのは,これまで医療が力を注いできた「寿命を延ばすこと」が生物学的限界に近づいているということです。つまり,これからの医療の目的は,「寿命を延ばすこと」から「与えられた寿命をいかに良く生きるか」にシフトしていく必要があると思っています。

井村 疾患を「見つけて治す」モデルから,「予測し,予防する」モデルへと切り替えるということですね。長らく治療によって寿命を延ばすことが命題であった医学界は,大きな変革を迫られていると言えるかもしれません。

Klag まずは医療システムという大きな枠組みについてお話ししたいと思います。「予防」に重きを置き,健康長寿の実現を図る医療システムを構築するという点から考えると,2つのことを考慮する必要があるでしょう。ひとつが「プライマリ・ケア医(総合診療医)を土台に据えた医療システムの構築」,そしてもうひとつが「プライマリ・ケア医の質の向上」です。

 今後,患者のボリューム層は高齢者となり,複数の疾患をかかえているケースが多くなると予測されます。多様な疾患を併せ持つ患者をプライマリ・ケア医が診て,必要に応じて専門医へとコーディネートする仕組みが費用対効果という点から有効なことは明らかです。

 そして,そこで問われるものこそ,コーディネートを担うプライマリ・ケア医の質でしょう。病気の成因や薬剤の研究,診断・治療の科学的知見が蓄積され,無数のエビデンスがある中で,目の前の多様な疾患をかかえる高齢患者にとって,いかなる診断法や治療が適切であるかを判断する――。これは決して簡単なことではありません。だからこそ,地域の医療を担う医師の臨床的な判断力の向上を図っていかねばならないのです。

井村 特に米国では地域のプライマリ・ケア医と専門医の役割分担が明確ですから,それらの連携の質を上げ,スムーズにする設計が大きなポイントになるのだと思います。

 一方で,日本では米国のような区別が厳密になされているわけではありません。地域のプライマリ・ケアを支えているのは,総合診療に関する専門的なトレーニングを受けた医師とは限りませんし,プライマリ・ケア領域への関心は高まっていると言えども,若い医師の大多数は特定分野の専門医をめざす傾向があります。米国のようなプライマリ・ケア医と専門医の役割を明確にした仕組みは大きなヒントになると思うのですが,現状の日本の実情に沿ったシステム・制度を検討していくことが必要でしょう。

福原 超高齢社会に適応できる医療システムに変革していくとともに,臨床医一人ひとりの実践する医療も,「治療」から「予防」へ,重点をシフトしていく必要があります。これまで予防というと,臨床医は「公衆衛生の専門家や保健所の仕事」と考えがちでしたからね。

井村 ええ。従来の「病気になったら医療機関まで来てもらう」という姿勢を正し,市民に“能動的な健康維持”を働き掛けていかねばなりません。

 例えば,喫煙は健康を害する重要な因子ですから,医師としてはその防止に努めたいけれど,こればかりは個人が能動的に喫煙をやめるほかありません。健康を害する事柄についても,一人ひとりの患者さんに対して教育・啓発を担う。その役割も臨床医の重要な職務であることを再認識する必要があるでしょう。

Klag 患者や住民への個人指導に加え,公衆衛生の視点から地域全体に向けた予防の最善策を考えていくことも,地域で活躍する臨床医の新たな役割として挙げられるかもしれません。

 喫煙に関連付けてお話しすると,地域住民全体の健康を改善する最も効果的な介入方法は,「公共の場での禁煙」であることが知られています。実際に米国ニューヨーク市では公共の場での禁煙が政策化されたことで,喫煙人口が市民全体の20%以下となり,同市民の寿命が3年延びたという成果もある。であれば,医師として自治体の政策立案者へその方策を提言する役割もあると思うのです。

福原 医療の現場を知っているからこそ,地域全体の健康長寿の実現に資する方略も考えられるということですね。

Klag ええ。個人を対象とした医療の現場と,地域全体を対象とした予防の両面を理解する新しいタイプの医師に活躍してもらうことが,地域の健康維持・向上のために極めて有効でしょう。

■臨床研究のリテラシー教育が,日本発臨床研究推進の鍵

福原 ただ,健康長寿を達成するための取り組みを開始するだけでは不十分です。われわれはそうした取り組みの質,これによってもたらされるアウトカムを測定し,科学的に評価する。そして,この評価に基づいて施策をさらに修正・改善していくことが求められます。その有効な手法の一つが「臨床研究」であることは間違いありません。

 しかし,日本では基礎研究と比較して,臨床研究がさほど重視されてきませんでした。ともすれば“基礎医学研究こそが本当の科学”とされ,臨床研究は“ワンランク下の科学”とされる傾向すらありました。

 そうした状況を反映してか,近年では日本の臨床研究の発信力が低下していることが懸念されています。基礎研究と比較し,臨床研究の発信力が弱いことは以前から指摘されていましたが,特にこの10年間でその傾向に拍車がかかっていることは見逃せません。事実,昨年の時点で,主要医学雑誌120誌に掲載された日本発の論文数は世界29位と,かつてよりもその順位を落としているのです。

井村 日本発の臨床研究の促進こそ,今後の医療を充実させるための重要なポイントと言えるでしょうね。

 私が日本の臨床研究の脆弱さを痛感したのは,『New England Journal of Medicine』誌編集委員に選出された95年にまでさかのぼります。日本人の投稿論文を読んでみると,他国の論文と比較し,研究の質の低さが目立った。臨床研究を行うための訓練,特に疫学や統計学の知識が十分でないことを痛感したのです。

福原 そうした背景もあって,井村先生は政府に対して臨床疫学・統計学の重要性を提言し続けてこられ,主要大学への大型の社会健康医学系大学院専攻の設置にも尽力されてきたわけですね。

井村 ええ。質の高い研究を行うためには,まず臨床疫学や統計学の専門家を育成する必要があると考えたのです。

 しかし,いまだ日本の臨床疫学家や生物統計家の数が少ない状況は変わっていません。このように専門家が少ない状況では,日本の臨床研究の質を高めることも,推進することも難しい。彼ら専門家の育成が現在の日本の課題と言えるでしょう。

臨床研究を学ぶ機会がないことが,その推進を阻んでいる

福原 そういった専門家の少なさもさることながら,私は医師をはじめとする医療者が,臨床研究のリテラシーについて系統的に学ぶ機会を,学部・大学院・卒後修練の場で与えられていないことこそ,臨床研究の推進を阻む最大の要因と考えています。日本発の臨床研究を推進するために,医療者,特に地域住民の医療と予防を担うプライマリ・ケア医への臨床研究のリテラシー教育を行う「場」と「指導者」の不足を改善する必要があると強く感じているのです。

井村 同感です。日本では,研究方法を学ぶというと基礎研究の場が中心です。そして,無給どころかむしろ授業料を支払って学ぶものでもあります。

 臨床研究を学びたいと考えている臨床医は日々の臨床業務を続けながら,限られた学びの場を見つけ出し,多忙な業務の間を縫って学ばなければならない。こうした状況では学びたいと思っても実現できる人材は限られてしまいます。

福原 臨床研究について学びたいと言う若手・中堅臨床医が増えている印象はあるのですが,やはり学習と研究のための時間を確保できない状況が,その実現を困難にさせているようです。

 いくら優秀な人であろうと,臨床を完璧に行いながら臨床研究の学習と実践はできず,時間的なフォローも必要でしょう。臨床研究は「根性だけではできない」「週末や夜中にやるものではなく,平日の昼に行うものだ」と,私は講演の機会があるたびに教授たちに向けて強調して話すようにしているんです(笑)。

Klag 米国には将来有望なPostdoctoral Fellow(臨床の修練を終え,研究者をめざす医師)たちが世界中から集まります。彼らに話を聞いてみると,やはりどこの国の研究者も,自国で長期的な研究者としてのポジションが得られず,研究に専念できないことがネックになっているようです。

井村 ただ,教育環境を整える大学側の立場としては,研究領域や教育範囲を拡大したくても指導する教職員の増員が困難という事情もあるのでしょう。

 私が京大学長だったときに唯一できた方法は,社会健康医学系専攻や研究センター等,新たな部門を立ち上げることでした。特に京大は国公立大学としては教職員数そのものが少なく,新しい組織を作り,新たな人材を雇い入れない限り,教職員増員を図る取り組みも厳しかったのですね。大学によって多少の違いはあれど,教職員増加が難しいという状況はそう大きく変わらないのではないでしょうか。

臨床研究実践者の育成は,トレーニングプログラム,時間と収入の確保が肝要

福原 日本の現状を振り返ると,見直す点は数多くありそうです。しかし,臨床研究を充実させていくことを考えたとき,若手の育成は今すぐできる効果的な手段であるとも思うのですね。

 そこでKlag先生,臨床医に臨床研究のリテラシーを習得させ,さらにその中から臨床研究を行う優れた科学者を生み出すためには,どのような支援がポイントになるとお考えですか。

Klag まずは構造化されたトレーニングプログラムを提供する必要があります。そしてやはり,それに専念する時間と,その間の生活を支えるための収入を保障することも欠かせません。

 私が所属していたジョンズホプキンス大総合内科のフェローのほとんどは,MPH(Master of Public Health)の学位を取っていました。「臨床医として,真に疾患や治療に関する知識を持ちたいのであれば,臨床研究の手法まで理解する必要がある」という意識が共有されていたためでしょうか,学位をとるための時間の融通が利き,私たちは少なくとも1年間はプログラムに専念できたのですね。

 私が参加したのは「Graduate Training Program of Clinical Investigation(臨床医が臨床研究を学ぶための卒後修練プログラム)」で,臨床研究に関する系統的な知識や手法をSchool of Public Healthの座学で学び,同時に実際の研究プロジェクトを指導者のもとで演習するという実践的なものでした。

 福原先生も同様のプログラムをハーバード大で受講されたようですね。

福原 ええ。大変充実したプログラムでした。臨床医に,臨床研究の知識や手法を“集中的に”学ばせ,指導者の下で実際の研究を経験させる。こうしたプログラムが約20-30年前から開始され,医療者の間でその重要性が共有されていたことが,現在の北米の基礎研究・臨床研究の優位性を揺るぎないものにしたのだと痛感しました。

Klag 臨床研究者を育成するためには,一定のプログラム・指導者の下で学ぶ時間,その間の収入を保障するメカニズムが必要であり,それがなければ継続的に臨床研究者を育てていくことは難しいということでしょう。

福原 そうですね。そうした点を踏まえ,私は本邦においても臨床医が研究デザインを学べる場を作りたいと考え,約10年前に京大大学院社会健康医学系専攻内に臨床研究を集中的に学ぶプログラム(MCR)を開講しました2)。

 ただ,これまで100人が修了したものの,修了後も継続して研究を行えているのが,修了者の約3分の1であるという厳しい実態も明らかになりました。その結果を受け,13年より,兼務する福島医大で若手臨床医が独立した臨床研究者となるための教育プログラムも開始しています。こちらには募集告知から半年以内に,全国の5人の優秀な若手臨床医から応募があり,彼らは現在フェローとして活躍しています。

Klag すぐに若い医師が集まった点をみると,日本における臨床研究の遅れは,「臨床医の研究に対する熱意の低下」に起因するものではなく,「臨床医が利用できる資源の少なさ」に端を発していると実感しますね。

 研究は非常に楽しいものですから,現実的な問題として立ちはだかる時間とお金さえ創出できれば,臨床研究者の確保,ひいては臨床研究の推進という課題はクリアできる。私はそう思うのです。

福原 まさに,重要なご指摘です。

Klag 海外に住む私から見ると,日本は産業分野を中心に優れた開発研究の歴史を持っている印象があります。それらは大きな成功を収め,世界の産業開発にも大きく寄与しているものばかりです。それにもかかわらず,医学の研究ではそれが進んでいない点は理解に苦しみます。産業開発研究と同じくらいの情熱を,日本は医学研究に対しても注ぎ込むべきではないでしょうか。

■早期から研究に触れる環境が次世代を育てる

福原 将来に向け,医療の新たなモデルが求められる時代に適応できる人材を育てていかねばなりません。現行の人材育成の在り方について,どのような点を見直すべきでしょうか。

井村 私はまず医学教育を見直す必要があると思っています。本日の話に挙がってきたとおり,今後は臨床実践のための基礎とともに,疫学や統計学など,研究を行うために求められる知識を系統的に教える必要がある。おそらく,そうした学問に触れるのは早ければ早いほどいいと思うのですね。

Klag 医学教育の早期に曝露すべきという考えは私も正しいと思います。というのも,何らかの形で触れるきっかけがなければ,それを志向するようにはなれない。最終的にその学生が志向するかどうかは別として,早い時期に研究に関する知識・実践に触れる経験こそが大切です。

 私自身,総合内科に来る以前から研究デザインや統計学に対する知識・関心を持っていたわけではなく,フェローになったときにSchool of Public Healthへの進学を勧められたことで,初めて関心を持ちました。しかし,そこでの学びが複眼的に物事をとらえる重要性を教え,私に新たな知識を与えた。そして最終的に,治療法に関する臨床研究を実施できる土台をつくり,現在のキャリアへとつなげたのです。

福原 Klag先生と同じように,研究に関する知識に触れることがきっかけになって,研究を志す若手が生まれるかもしれない,と。

Klag ええ。教育が未来を担う人間にもたらす影響はとても大きいということです。われわれはその影響力を踏まえ,教育の在り方を常に見直し続けていく必要があります。



福原 最後に,次世代の医療を担う若い読者に一言お願いします。

井村 医師として専門的な知識を突き詰めることも必要ですが,他領域へ目配せする視野の広さも必要です。医学研究・実地臨床の在り方は,社会の変化とともに変わっていくものですから,広く関心を持ち,多様な素養を身につけてほしいと思います。

Klag 若い方々には,自分が行っている医療が患者や地域にいかなる影響を及ぼしているかを常に振り返る姿勢を持ってほしいですね。

福原 本日はありがとうございました。

(了)


MEMO
◆「第29回日本医学会総会2015関西」(会頭=井村裕夫氏)
 2015年3-4月,「医学と医療の革新を目指して――健康社会を共に生きるきずなの構築」をテーマに,京都国際会館,他(京都市・神戸市)で開催される。詳細はHPを参照⇒http://www.isoukai2015.jp

◆「World Health Summit Regional Meeting 2015」
 World Health Summitは,世界有数の医科大学・研究機関で構成されたM8 Alliance*が主体となって地球規模の健康・医療問題を検討し,学術的見地から解決策を提言する国際会議。2009年から毎年10月にベルリンで開催されており,約80か国・1000人以上の参加者が集まる(第5回会長=Michael J. Klag氏,第8回会長=福原俊一氏)。
 「World Health Summit Regional Meeting 2015」は,World Health Summitの地域会合として,2015年4月13-14日,「医学アカデミアの社会的責任」(主催=京大,共催=福島医大)をテーマに,国立京都国際会館(京都市)で開催。M8 Allianceメンバー国をはじめとする世界各国の研究者,医師,産業界の代表者が参加し,日本やアジアを中心に,国際的な健康や医療を取り巻く諸課題について議論する。詳細はHPを参照⇒http://www.worldhealthsummit.org

*M8 Alliance加盟大学・機関
ジョンズホプキンス大(米国),京大(日本),ソルボンヌ大(仏),シンガポール大(シンガポール),インペリアル・カレッジ・ロンドン(英国),モナシュ大(豪),サンパウロ大(ブラジル),他13施設。


1)厚労省HP.「平成24年簡易生命表の概況」.
2)京大大学院医学研究科社会健康医学系専攻MCRプログラム.
 http://sph.med.kyoto-u.ac.jp/
 http://www.mcrkyoto-u.jp


Michael J. Klag氏
1978年ペンシルベニア大医学部卒。ニューヨークアップステートメディカルセンター内科臨床研修後,84年ジョンズホプキンス大総合内科フェロー,87年MPH(公衆衛生修士)取得。Welch Center for Prevention, Epidemiology and Clinical Researchの創立メンバーおよびセンター長,医学部総合内科ディレクター,ジョンズホプキンス大病院physician-in-chief,内科ディレクターなどを務め,2005年より現職。心血管・腎疾患の予防疫学の世界的な権威として知られる。

井村裕夫氏
1954年京大医学部卒。62年博士取得。内科学,特に内分泌代謝学を専攻。カリフォルニア大内科研究員,京大講師,神戸大教授,京大教授,同大医学部長を経て,91年より同大総長。98年神戸市立医療センター中央市民病院長,2001年総合科学技術会議議員を経て,04年より先端医療振興財団理事長を務めるほか,京大名誉教授,稲盛財団会長,日本学士院会員,米国芸術科学アカデミー外国人名誉会員など,役職多数。「第29回日本医学会総会2015関西」では会頭を務める。

福原俊一氏
1979年北大医学部卒。横須賀米海軍病院インターン,カリフォルニア大サンフランシスコ校内科レジデント,国立病院東京医療センター循環器科/総合診療科,ハーバード大臨床疫学・医療政策部門客員研究員(Harvard School of Public Health修了),東大講師を経て,2000年より京大教授(02年まで東大教授併任),12年福島医大学副学長,13年同大臨床研究イノベーションセンター長を兼任。米国内科学会専門医,同上席会員(FACP)。近著に『臨床研究の道標』(健康医療評価研究機構)がある。「World Health Summit Regional Meeting 2015」では会長を務める。



http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03074_04
The Genecialist Manifesto  ジェネシャリスト宣言
「ジェネラリストか,スペシャリストか」。二元論を乗り越え,"ジェネシャリスト"という新概念を提唱する。
【第10回】
ジェネラリスト・パッシング

岩田 健太郎(神戸大学大学院教授・感染症治療学/神戸大学医学部附属病院感染症内科)
週刊医学界新聞 > 第3074号 2014年04月28日

(前回からつづく)

 前回は,ジェネラリストのスペシャリストに対するルサンチマンの話をした。もちろん,たいていのジェネラリストはスペシャリストを頭から否定することはないし,「スペシャリストとの共存」を望んでいる。建前としてはそうなんだけど,でもその言葉の端々に,スペシャリストに対する「恨み節」が感じとられる。「おれは差別をするよ」と公言する差別者がまれなように,そうとは公言されないだけだ。



 で,このようなジェネラリスト・バッシングに対して,スペシャリストのほうはむしろ「パッシング」な状態である。最初から噛みついたりしないことが多い。しかしながら,「愛の反対は無関心」である。スペシャリストがジェネラリストに対して全く無関心なこと「そのもの」が,この問題が深刻であることを示唆している。

 スペシャリストのスペシャリティは数的に評価しやすく,外的にも理解しやすい傾向にある。特に,外科などスキルを示す領域は執刀数や手術の成功率といった数値評価を行いやすい。また,先端的な研究者であれば,インパクト・ファクターやサイテーション・インデックスといった数的評価が可能である。

 ジェネラリストの場合,診ている患者が多様なこともあって,そのような数的評価は比較的難しい。患者を診た数は労働量の評価にはなるが,技能の評価にはならない。いや,専門科外来のほうが,午前中80人診た,みたいに「数を稼ぐ」のはより容易である。もちろん,容易であるというのは「そうすべきだ」という意味ではないし,正直,患者を診た数で医者を評価するのはよしておいたほうがよいのだけれど。



 よいジェネラリストというのは存在する。よい音楽家やよいスポーツプレイヤーがいるのと同様に,存在する。そして,それは感得することができる。感得の仕方が数的,量的でないだけの話だ。

 でもよく考えたら,ぼくらはバイオリニストを1分間に出せる音の量で決定しているわけではない。90分間に走る量でサッカープレイヤーを評価しているわけでもない(実際にはやってるけど,そこが「キーポイント」なのではない)。よいバイオリニストや優れたサッカープレイヤーは存在し,そしてそれは質的に評価できる。見る人が見れば,わかるのである。同様に,優れたジェネラリストも,その優秀さを数値化しにくいだけで,「見ればわかる」のである。

 さらに,もっとよくよく考えてみれば,これはスペシャリストにおいても同じである。優れた外科医の手の動きは数値化しにくいが,ゴッドハンドがゴッドハンドであることを感得できるのはオペ室の中でであり,後で分析したエクセルファイルの中には「神の手」はいない。優れた外科医の所作は,ぼくのような内科医が見ていても感得できる。メッシのドリブルを誰もが感得できるように。もちろん,ぼくは外科医の素晴らしさの全てを睥睨(へいげい)できるような能力は持っていない。細かい素晴らしさ,マニアックな素晴らしさは同業者にしか感得できず,それはピア・レビュー的に共有される。だが,「メッシのドリブル」的感得にせよ,プロのマニアックな眼によるピア・レビューにせよ,スペシャリストのスペシャリストっぷりは質的に感得され,そこはとても重要である。評価のポイントにおける質量問題は,スペシャリストとジェネラリストを考える場合,あくまで「程度の問題」に過ぎない。



 普遍的だったジェネラリスト・パッシング。しかし,これからのスペシャリストは,ジェネラリストを決して無視できない。その理由は大きく2つある。

 一つ目は,地域医療の問題である。医局制度が良くも悪くも充実していたころは,地域医療は医局からの派遣事業で成り立っていた。派遣先は「関連病院」である。タコツボ的に「医局のやり方」に閉じこもっていても,そこでの医療の質が担保されていなくても,皆は困らない。「関連病院」にあるのは「私と同じ世界」だからである。「関連病院」は医局の延長線上にあり,医局と同じように振る舞うことができる。地域では大学病院のように先鋭的にある領域に特化した医療はできず,「いろいろ」診ることが要請される。しかし,そこはやっつけ仕事,「うちの医局のやり方」を踏襲しても,誰も文句は言わないのである。

 しかし,医局制度が良くも悪くも崩壊に向かい,これからはそういうやり方での地域医療は成立しなくなる。ある領域に特化したスペシャリストは,地域医療の現場で孤立する。「おれはこの病気は診れないよ」も通用しなければ,「自分の専門領域以外はやっつけ仕事」も許してもらえない。生暖かーく許してくれた「医局ワールド」はそこにはない。

 二つ目は,ちょっと皮肉な話だが,「専門領域のレベルアップ」である。医学の世界はどんどん細分化され,各領域の専門性はどんどん高まっている。20年前の医学知識と,現在の医学知識では総量にして桁違いなのである。

 専門性が高まるということは,「やっつけ仕事が難しくなる」ということであり,「他領域の勉強が難しくなる」ことでもある。かつては,食事のオーダーや疼痛管理,発熱時の抗菌薬の使い方,輸液の仕方などは「テキトー」に行われていた。いや,今も行われている。しかし,栄養の,疼痛ケアの,感染症診療の,輸液治療の専門性が高まり,「やっつけ仕事」が難しくなり,時に許されなくなってきた。自身の専門領域だけが進歩しているのではない。どの領域も進歩しているのである。



 タコが足を伸ばすように,それぞれの専門領域はどんどん伸びていく。かつては近くに見えていた「隣の脚」は遥か遠くにあって,もうその先端は見えない。では,どうすればよいか。選択肢は3つしかない。自分の専門外の周辺領域を必死に勉強するか,周辺領域の専門家にアウトソーシングするか,その両方か,である。これがジェネラリストへの第一歩となる。チーム医療の萌芽となる。

 チーム医療とは,「他者へのまなざし」である。自分の患者は,自分の専門領域だけでは手に負えないのである。少なくとも,質を担保する形では。他者へのまなざしは,ジェネラリストにも向かう。チーム医療において大切なチームメイトである。ジェネラリスト・パッシングが終焉するかどうか,そこにマルクスチックな歴史的必然性はない。しかし,ジェネラリスト・パッシングが終焉しなければ,やはり医療の明るい未来は存在しないのである。

(つづく)



https://www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/47892/Default.aspx
ディオバン問題 千葉大学VART最終報告でデータ不一致など指摘 論文取り下げ勧告へ
公開日時 2014/04/28 03:51 ミクスOnline

降圧薬・ディオバン(一般名:バルサルタン)の臨床研究不正をめぐる問題で、千葉大学は4月25日、VART研究について不正行為対策委員会(松元亮治委員長)の最終報告をまとめ、データの不一致、統計解析方法の妥当性など複数の問題点があることから、論文の取り下げを勧告することを明らかにした。データ改ざんについても「その可能性を否定することも不可能である」とした。論文データに意図的なデータ操作が行われた内容を見いだせなかったとした13年12月の中間報告から大きく結論を変えた内容となった。


不正対策委員会の松元委員長は会見の冒頭で、同大で実施された臨床研究で「信頼を裏切るようなことになったことは誠に遺憾で深くお詫び申し上げる」と述べた。

最終報告書では、第三者機関(先端医療振興財団臨床研究情報センター)の調査報告書や同大がノバルティスの統計解析者に行った意見聴取などを踏まえて作成された。報告書では、①データセットと論文の比較で明らかとなったデータの不一致、②千葉大学附属病院における原資料とデータセットの照合から明らかとなったデータの不一致、③統計解析方法の妥当性の問題、④明らかな誤り―が存在すると指摘。「信頼性が低く、科学的価値も乏しいことが指摘された」とした。また、試験実施期間中に症例報告書(CRF)のデータセットや倫理委員会、エンドポイント委員会の資料が破棄されていたほか、安全性勧告委員会が開催されていないなど、大学側の試験実施体制についても指摘したものとなった。

◎ノバルティス元社員 解析に関与した可能性を指摘 利益相反を問題視

ノバルティスとの利益相反についても問題視。ノバルティス元社員の統計解析者との関係については、これまで「(研究者は)大阪市立大学の方だと思っていた」「統計解析を任せただけでアドバイスをもらい、研究者達自身で実際に解析を行っていた」としていた。

しかし、最終報告をまとめる調査過程で論文の筆頭著者がこれまでの証言を覆し、「試験の後半部分のデータをノバルティス元社員に送り、データ解析及び図の作成をしてもらった」と不正行為対策委員会に行ったことも明らかにした。

試験にかかわった同大学の現教授は、ノバルティス元社員との関係についてこれまでの証言を繰り返したものの、後日「前教授に送られてきたデータの媒体を筆頭著者に渡したことを思い出した」と証言したという。

報告書では「関係者の間でいまだ証言に食い違いがあるものの、試験のデータがノバルティス元社員に渡り、統計解析にかかわった可能性は高いと考えられ、このような状況は利益相反マネジメントがされていたとは認められない研究である」と結論付けた。

不正対策委員会は会見で、この記載の根拠は筆頭著者の証言のみによることを明らかにした。その上で、「論文取り下げに至るということは、本人にも想像がつく。研究者からすれば身を切られる覚悟のはず。その覚悟で言ってきた」(松元委員長)と述べ、証言することで最終的に論文取り下げに至ることから、不正対策委員会でも筆頭著者の証言を信用するに至ったとした。

データ改ざんについては、原資料やデータセットへのアクセスはパスワードが必要であることなどから、事実上ノバルティス元社員がアクセスできないことを認めた上で、「データの最終解析で図を作るときに触れた可能性は否定できない」と述べた。

なお、不正行為対策委員会の中間報告では、「研究者自身での解析結果ではデータ解析の中立性が疑われる可能性があったことから」ノバルティス元社員に解析を依頼したとしている。

◎バルサルタンの心・腎保護効果は示せず

▽データセットと論文、▽原資料とデータセット―に不一致がみられた点については以下の通り。

データセットと論文の照合は、データセット内の1021例を対象に再解析を実施。不一致は、血圧推移図に加え、副次評価項目である▽血漿ノルエピネフリンの変化、▽尿中アルブミン/クレアチニン比(UACR)推移図、▽糖尿病の新規発症―に認められた。同試験の主要評価項目である複合心血管イベント(全死亡+突然死+脳血管イベント+心イベント+血管イベント+腎イベント)についても、“有意差なし”とした結論は同様であるものの、メイン結果を示したKaplan-Meier曲線は完全に一致していないことも分かった。そのほか、左室心筋重量係数(LVMI)の推移図も完全に一致しなかった。一方で、イベント件数、心縦隔比の変化は一致していた。

血圧の推移については、血圧降下度に2群間で有意差が認められない点は変わらないものの、推移が逆転していることが分かった。委員会では、論文の筆頭執筆者である医師のミスとの見方を示し、報告書でも「論文作成時、グループ間でのデータの取り違え(バルサルタン群とアムロジピン群の貼り付けミス)があったものと考える」とした。

原資料とデータセット間の照合は、同院で登録された109例(全1021例の10.7%)を対象に実施。副次評価項目であるLVMI、UACRの推移図は一致しなかった。

再解析の結果、主要評価項目では論文と同様に、バルサルタン群と対照薬であるCa拮抗薬・アムロジピンとの間に有意差は認められなかった。一方で、バルサルタン群で有意に良好とされていた副次評価項目の▽心左室重量係数(LVMI)とその変化量(心左室肥大)、▽血清ノルエピネフリン濃度の変化率▽心縦隔比の変化率(心交感神経活動)▽尿中アルブミン/クレアチニン比(UACR)の変化率(腎機能)―の4項目のうち、再解析後も有意差が認められたのはLVMIの変化量のみにとどまった。そのため、論文の結論とされていた“アムロジピンに比べ、バルサルタンは心臓と腎臓に対する保護効果が大きい”については、「結論を導くことは不可能」とした第三者機関の調査結果を支持することも明記されている。

そのほか、登録時のデータでは、駆出率(EF)やBMIなどは約半数が欠測するなど欠測値が多いことも指摘されている。

試験は、日本人高血圧患者3000例を対象に降圧療法を行うことで、心筋梗塞や心不全の心血管イベントの抑制効果があるか検討。本試験の結果は、Hypertension Research誌に2010年掲載されている。



http://sankei.jp.msn.com/life/news/140428/bdy14042803080001-n1.htm
【主張】
混合診療の拡大 患者の利益こそ最重要だ

2014.4.28 03:08 [主張] 産經新聞

 政府が、公的医療保険が使える診療と使えない診療とを併用する「混合診療」の拡大に向け検討を進めている。6月に取りまとめる新たな成長戦略に盛り込む方針だ。

 海外の治療法や薬を試してみたいと考える難病患者は少なくない。だが、現状では国が例外的に認めた先進医療などを除き、原則禁止されている。

 一部でも保険外の診療を受けると、本来は保険が適用されるはずの入院や検査も全額自己負担となる。「新薬への保険適用に時間がかかり過ぎる」との声もある。

 効果的な先端医療をなるべく早く、少ない負担で受けたいという患者のニーズに応えるためにも、政府には、可能な限り混合診療の対象を広げるよう求めたい。

 厚生労働省は承認のさらなる迅速化や再生医療などを対象に含める考えだ。よりよい制度となるよう工夫を凝らしてほしい。

 とはいえ、やみくもに広げていいわけではない。第一に問われるのが安全性の確保である。

 政府の規制改革会議が、患者と医師が合意すれば、医療機関を限定せず混合診療を認める「選択療養制度」(仮称)を提案した。

 だが、医師と患者とでは医療知識が違い過ぎる。効果がはっきりしない医療や、副作用の恐れのある治療が、わらにもすがりたい思いの患者に押しつけられることがあってはならない。

 規制改革会議は、中立の専門家が安全性や有効性を確認する仕組みなどを導入し、合理的な根拠が疑わしい医療を除外するとしている。だが、より客観的なチェックには、新制度の創設よりも、国があらかじめ混合診療の対象となる治療法を定める現行制度の弾力的な運用が現実的だ。

 安全性と同時に忘れてはならないのは、混合診療とは保険適用までの暫定措置であるという点である。効果が認められた医療がいつまでも「選択療養制度」の枠内に留め置かれ、裕福な人しか利用できなくなったのでは、国民皆保険制度の根幹が揺らぎかねない。

 難病の患者団体はこの提案に、「事実上の混合診療『解禁』案に大きな懸念を感じ、反対する」としている。こうした意見に真摯(しんし)に耳を傾けなければならない。

 政府は、どうすれば患者の利益につながるのかを最重視し、より使い勝手のよい制度となるよう改革案をまとめてもらいたい。



http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140428/crm14042800240001-n1.htm
座薬に針、混入いつ? 不祥事のノ社に嫌がらせか
2014.4.28 00:24 産經新聞

 製薬会社、ノバルティスファーマの座薬に針が刺さっているのが今月、埼玉県と千葉市、名古屋市で相次いで見つかり、ノ社と厚生労働省は処方時や使用前に異常の有無を確認するよう呼び掛けた。製造、流通、医療機関や薬局、処方後…。針はいつ混入したのか。臨床研究絡みで不祥事が続いたノ社への嫌がらせの可能性もあり、警察が偽計業務妨害容疑などで捜査している。

 鎮痛・解熱に効果があるノ社の医療用座薬「ボルタレンサポ50mg」を処方された患者が使用前に異常に気付き、4月9日と15日、19日にそれぞれ処方した薬局や警察に届け出た。

 ノ社は「3件とも外観が異なる」と説明。同社や警察の発表によると、埼玉県と千葉市で見つかったのはいずれも針状の金属で、埼玉では薬を包むアルミシートの外側から刺さっていた。

 ノ社によると、子会社の日本チバガイギー篠山工場(兵庫県篠山市)で昨年10月下旬~11月下旬に製造し、埼玉県八潮市にあるノ社の東日本物流センターでいったん保管。12月中旬から今年3月上旬の間に卸会社に出荷された。埼玉県の座薬の一部と、名古屋市の座薬は製造番号が一致していた。

 工場では主に(1)溶かした薬剤をシート内に注入し、注ぎ口に圧力をかけて閉じる(2)10シート(座薬50個)ずつ1箱に納め、20箱をまとめて梱包(こんぽう)する-の2工程がある。製造工程で針のような金属は使用しておらず、偶発的な事案とは考えにくいことから、ノ社は何者かが意図的に刺したとみる。



http://diamond.jp/articles/-/52011
週刊ダイヤモンド Close Up 【第147回】
“常識”を見誤ったノバ社
名門外資系製薬会社の落日

週刊ダイヤモンド編集部 2014年4月28日

臨床研究や論文の不正問題が相次いだノバルティス ファーマ。日本人が活躍する外資と評されてきた同社から、日本人経営陣が一気に姿を消した。(ダイヤモンド社新規媒体開発チーム 山本猛嗣)

「あれほど輝いていた会社が見る影もない」──。スイスの大手外資系製薬会社の日本法人、ノバルティス ファーマのあるOBは、悔しそうに唇をかんだ。

 ノバルティス ファーマは4月上旬、自社の白血病治療薬「タシグナ」の臨床研究に社員が深く関与していた問題で、スイス本社が日本法人の経営陣を刷新し、関与したMR(医薬情報担当者)などの社員、数人を解雇した。

 二之宮義泰社長ら日本人役員の3人が辞任し、スイス本社が任命した外国人経営者に刷新された。経営陣は取締役7人中5人が外国人となった。

 ノバルティスの日本法人は、初代社長を除けば日本人が歴代、社長を務めてきた。有力な新薬にも恵まれ、業績を順調に伸ばし、日本国内では売上高7位(2012年度)にまで成長した。

 本国による圧倒的支配が多い外資系企業の中でも、「日本人社員が中心となって活躍し、成長している会社」として、新卒採用や中途採用の就職希望者の人気も高かった。現場で働くMRや開発部門の担当者らも「知識や経験が豊富で、優秀な人物が多かった」と語る医療関係者は多い。

 それが現在では「各職場は意気消沈し、ひそかに転職先を探す社員が増えている」(ノバルティス関係者)という状況に陥っている。

 なぜ、こんな事態になってしまったのか。

 スイス本社が問題視したのは、降圧剤「ディオバン」の臨床研究に絡む不正論文問題の渦中にあり、スイス本社によるコンプライアンスの徹底が指示された後であるにもかかわらず、新たな臨床研究の不正問題が発覚したという点だ。「マスコミや世間から厳しい目が注がれる中、信じられない」という声が業界内からも上がる。

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 ブレーキが利かなかった背景に何があるのか。

 スイス本社から来日したデビッド・エプスタイン社長は、「日本の従業員は患者よりも医師を優先している」と語り、日本法人の企業文化に問題の背景があるとも指摘した。

 業界関係者によると「他の外資系製薬会社に比べ、社員の仕事量も多く、成績に厳しい」。「現場ではたたき上げで従順な社員が多い一方で、幹部には複数の業界や会社を渡り歩く外資系特有のジョブホッパーが多い2層構造になっている」という。

 実は、ノバルティスは業績急落の危機にさらされている。国内でピーク時に1400億円も売り上げた屋台骨のディオバンは特許が切れ、これに論文不正問題の影響が追い打ちをかけ、今後は大幅な落ち込みが予想される。

 同じく白血病治療薬では、“夢の新薬”といわれるほど画期的と評され、ピーク時に464億円を売り上げていた「グリベック」も15年には特許が切れる。グリベックから、新世代のタシグナへの切り替え促進は至上命令だった。

 今回、タシグナの臨床研究で問題となった“舞台”は、日本の医療界でピラミッドの頂点に立つ東京大学病院だ。

 権威があり、系列病院も多くて影響力が大きい有力な医療機関に、自社新薬の臨床研究を持ち掛けて、ライバル製品や旧製品からの切り替えを促進させ、その切り替え実績をベースに全国の医療機関で販売促進するのは、大手製薬会社の代表的なマーケティング手法だ。


業績急落の恐怖で現場の尻をたたき
不正を繰り返した

 医師主導の臨床研究とはいえ、多くの医師は“多忙”を理由に製薬会社に丸投げしており、製薬会社の社員やMRがお手伝い(労務提供)するのは、業界では長らく常識だった。

 事実、ディオバン問題が発覚する以前には、大手製薬会社ではMRの研修メニューに統計解析の講座を組み込むケースが少なくなかった。ある大手のMR研修に社外講師として参加した医療関係者は「統計解析の講座は、論文を読み解くためのものではなく、MRが医師のお手伝いをするのに必要なため」と説明を受けたという。

 臨床研究に関与するMRは、医師の信頼と医学的知識を備えているエースと見なされ、“誇らしい実績”として社内外で高く評価された。まさしく、医師は製薬会社から労務、資金面でサポートされ、臨床研究の論文を書いて、研究の実績を挙げる。製薬会社もそのデータや実績を製品の販売促進に活用して、売り上げを伸ばすというウィン・ウィンの共存関係が保たれていた。しかし、そこに患者側の視点はない。医師への労務提供や資金提供というコストは巡り巡って、薬価に反映される。

 医師であり、製薬業界のマーケティングに詳しいオフィス・ミヤジンの宮本研氏は「医師や製薬会社も昔ながらの商慣習や危うい資金関係を見直す時期に来ている。医学部生に対しても、大学で製薬会社との望ましい関係性について必修教育を行い、相互のビジネスについて正しい理解を深めるべきだ」と促す。同様の意識を持つ医師や医療関係者は少なくない。

 井の中の蛙大海を知らず──。タシグナ研究の不正は、製薬業界のコンプライアンス問題が衆人環視の中で、世間の常識と時代の変化を読めぬまま、業績の急落を恐れて現場の尻をたたき続けた経営・幹部層と、ばか正直に職務に忠実であろうとした現場の社員が生んだ不祥事である。

(ダイヤモンド社新規媒体開発チーム記者 山本猛嗣)


  1. 2014/04/28(月) 05:47:21|
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