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Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

11月24日 震災関連

http://mainichi.jp/select/news/20121124k0000e040179000c.html
原発事故:福島に募金診療所が開院へ 住民の不安に応え
毎日新聞 2012年11月24日 11時59分(最終更新 11月24日 12時30分)

 東京電力福島第1原発事故に伴う被ばくへの健康不安に応えようと、市民らが募金活動をした「ふくしま共同診療所」が12月1日、福島市太田町に開院する。18歳以下を対象にした県の甲状腺検査用機器も備え、セカンドオピニオンを提供して不安解消を目指す。呼び掛け人の一人で「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」の佐藤幸子代表は「住民の心のよりどころになる診療所を目指したい」と話している。

 3階建てビルの1階部分約40坪を改装し、二つの診察室やレントゲン室を設けた。内科と放射線科があり、甲状腺検査もできる超音波診断装置を導入し、希望すれば尿・血液検査なども受けられる。松江寛人・元国立がんセンター病院医師が院長に就き、県外の医師4人も非常勤で勤務するという。

 県の甲状腺検査では、子どもに結節やのう胞が見つかっても大半が2次検査不要と判定され、保護者から「検査結果が分かりにくい」などの声が上がっている。低線量被ばくによる健康不安を抱えている県民も多い。

 診療所は県内外の市民や医師14人が呼び掛け人となり建設委を発足、今年1月から約4000万円の寄付金を集め開院にこぎつけた。70年代に相次いで白血病を発症した広島の被爆2世らが開設した広島市の「高陽第一診療所」をモデルにした。

 チェルノブイリ原発事故では、4〜5年後に小児の甲状腺がんの増加が確認された。松江医師は「放射線の影響が出るとすればこれから。症状は甲状腺だけとも限らず観察が必要だ」と話す。診療は毎週火、木、金、土曜日。問い合わせは同診療所(024・573・9335)へ。【蓬田正志】



http://mainichi.jp/area/niigata/news/20121124ddlk15040119000c.html
東日本大震災:福島第1原発事故 18歳以下に甲状腺検査 県内避難者を対象に−−長岡 /新潟
毎日新聞 2012年11月24日 地方版 新潟

 福島第1原発事故に伴う福島県民の健康管理調査の一環として、新潟県内に避難している18歳以下の子供を対象にした甲状腺検査が23日、長岡市の中央公民館であった。福島県が県外避難者の不安解消につなげようと全都道府県で実施を計画した。新潟県内では初めて。

 この日は田村、伊達など13市町村の住民で、主に長岡市内に避難している事故当時、18歳以下の子供約60人が受診。福島県から委託を受けた同県立医科大の医師が超音波機器を子供ののどに当て、しこりがないか調べた。

 検査は生涯にわたり、20歳までは2年ごと、20歳を超えると5年ごとに実施。結果は1カ月後に通知される。娘が検査を受けた南相馬市の母親は「念のためと思って受診した。心配だけど継続的に検査してくれるので助かる」と話した。

 福島県によると、新潟県内に避難している対象者は約1200人になる。医科大では順次、新潟市や柏崎市でも実施したい考えだ。【湯浅聖一】



http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2012/11/post_5579.html
今を生きる 被災地で進む医の道 出会い大切に日々研さん
(2012/11/24 11:11)福島民放

 東日本大震災後、県外出身の医療スタッフが相馬地方の医療機関に勤務し、被災地医療の一翼を担っている。相馬市の相馬中央病院では、福岡県柳川市出身の石井武彰さん(31)=整形外科=、東京都墨田区出身の河野悠介さん(30)=内科=の若手2人が今春から勤務している。
 石井さんは九州大医学部卒。同大大学院を1年間休学し、4月から勤務を始めた。昨年7月、川内村の健康診断に携わった際、初めて本県入りした。相馬地方の支援活動を続けている東京大医科学研究所の上昌広特任教授らと巡り合い、「縁が生まれた」という。
 津波で大きな被害を受けた相馬で働くことを決断、常勤医として外来患者や入院患者の診療に従事している。
 河野さんは4年間の「フリーター生活」を経て千葉大医学部に進んだ。卒業後の昨年度は千葉市の児童相談所で働いた異色の経歴を有する。被災児童らの精神ケアを担う相馬フォロアーチームの活動が縁となり、4月から相馬中央病院で働き始めた。
 「人は人との関わりの中でこそ、生きていると実感できる」と思っており、迷うことなく新天地に飛び込んだ。新米スタッフとして入院患者のケアに携わっている。
 2人とも「被災地医療のために」と大上段に構えて来県したわけではない。人との出会いを重んじ、自らの心と向き合い、働き場所を選んだ。
 目の前にいる患者と接することで日々、研さんを積んでいるともいう。「自分たちにできることを少しずつ、しっかりとやっていきたい」と誓っている。



  1. 2012/11/25(日) 07:08:05|
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