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Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

石川県舳倉島僻地診療任期満了 

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ishikawa/news/20100927-OYT8T01363.htm
(2010年9月28日 読売新聞 石川)
2世診療医巣立ちの時 伊藤文さん あす舳倉島勤務終了

 自治医科大卒業生の慣例で、4月から舳倉島診療所に勤務し、たった1人で島民の健康を担ってきた医師の伊藤文さん(26)が29日、半年の任期を終える。父・英章さんも27年前に島に勤務した医師だった。脳疾患で危篤の患者を、島民の力を借りた“命のリレー”で救ったこと、島民の日常生活に深く入り込んだ日々を振り返り、「あっという間だった。人生に残る貴重な経験」と語る伊藤さん。秋の渡りを始めた鳥たちとともに、ひと回り成長した若き医師が島を巣立つ。(横山航)
 「早く港に来て!」。緊迫した声で診療所に電話があったのは、8月2日午前のことだ。駆けつけると、漁船の中で50歳代の海女が泡を吹いて倒れ、数人の仲間が囲んでいた。素潜り漁の途中で沈みかけていたといい、脈はあるが呼吸は弱く、意識は最低レベル。命にかかわる状態だった。
 ウエットスーツを切ったり、患者に検査器具を付けたり、看護師がいれば簡単な作業を、島民たちの協力を得てこなし、ヘリの要請や搬送先の確保にもあたった。前日まで島外の専門医が訪れる夏の総合診療があり、一時的に島に持ち込んだ胃カメラが運良く残っていた。その吸引機を使って海水を吸い出し、血中の酸素濃度が少し回復した。
 研修で3か月間救急を学び、重症例や死亡例も見てきただけに、いざという時も対応できると思っていた。だが、「先生、落ち着け」と漁師の男性に言われ、初めて自分がバタバタと焦っていたことに気付いた。「緊急時こそ焦らない」。わかっていたことだが、改めて思い知らされた。
 患者につないだ酸素ボンベや点滴を島民が持ち、伊藤さんが脈や呼吸を見ながらヘリポートに急行した。ヘリで県庁に待機する救急車に乗せ、要請から2時間強で病院に到着した。患者は手術後、奇跡的に後遺症もなく、わずか1か月で退院。島で3年ぶりのヘリ搬送が順調に進んだのは、患者を心配して涙を流しながらも、指示通りに迅速に動いてくれた島民たちのおかげだった。
 この半年、島民の暮らしから様々なことを学び、助けられることも多かった。夫が船を出し、妻が潜るのが海女の夫婦だが、過酷な仕事だけに夫は普段から妻の体調に敏感だ。診察に付き添ってきた夫たちが、妻に何もなかったことにほっとする姿を見て、家族のきずなの強さを感じた。港に行くと気軽に体調について相談され、患者と気さくに接する理想の医師像に、少し近づいた気もした。
 10月から市立輪島病院に赴任する。後任の医師に引き継げるよう、カルテの整理はほぼ終わり、今は引っ越しの荷物を片付ける最中。「皆さんとの生活が終わり、このきれいな星や空、心地よい海風が日常でなくなるのが、今はとてもさみしい」。最後まで緊張感を持って仕事をし、1人でも多くの島民に「ありがとう」の言葉を伝えるつもりだ。
  1. 2010/09/29(水) 10:55:25|
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