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Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

4月24日 医療一般記事

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saga/news/20110424-OYT8T00073.htm
民営化1年、黒字転換医師確保、ベッド稼働率98%
(2011年4月24日 読売新聞)

 医師不足と赤字経営に悩まされてきた武雄市の武雄市民病院が民営化されて1年以上が過ぎた。経営を引き継いで新たなスタートを切った新武雄病院(135床)は年中無休の救急医療を維持しながら、黒字経営に転換させ、施設の移転新築にも着手した。この病院再生の取り組みに、赤字経営に苦しむ公立病院を抱える全国の自治体関係者が関心を寄せている。 国立療養所を前身とする武雄市民病院はピーク時、12診療科計16人の医師で患者をみていた。しかし、2004年度から研修医が自由に研修先を選べる新臨床研修制度が始まると、多くの若手医師が都市部の病院での研修を希望し、そのまま勤務するケースが増えた。市民病院でも、協力関係にあった大学病院の勤務医が減ったことから医師確保が難しくなった。06年度には11人に減少。08年度には救急車の受け入れと内科の平日午後の診療が休止に追い込まれ、累積欠損金(赤字)は約10億3000万円に膨らんだ。

 このため市は民営化の方針を打ち出し、移譲先を全国公募。名乗りを上げたのが社会医療法人財団「池友(ちゆう)会」(北九州市)で、08年8月から市民病院に医師を派遣するなどの移行期間を経て、10年2月にグループの社団法人「巨樹の会」(山口県下関市)が本格的な経営に乗り出した。

 法人側は早速、▽十分な医師を確保しての診療体制の充実▽重症患者の受け入れ範囲を広げるなどして空きベッドをなくす病床の効率運用▽コスト削減など経営効率化▽患者目線によるサービスの向上――などの改善に乗り出した。

 この結果、医師はピーク時と同程度を確保でき、前年の外来・入院患者から算出される標準的な医師の配置数を示す「医師定数」に対する充足率は約150%に上がった。10年2月~11年1月の1日平均入院患者数は132・5人、ベッド稼働率は98・1%。民営化前の07年度に比べ、平均入院患者数は34・4人、稼働率も20ポイント以上も増加。民営化直後の2か月は150人前後だった毎月の新規入院数も、半年後には各月200人前後にまで伸びている。

 市内のパート女性(26)は「地元に病院が残って安心している。しっかり診てもらえるならば、民間でも構わない」と話す。

 総務省によると、全国の自治体病院の約60%が赤字経営で、09年度の累積欠損金は約2兆2000億円に上る。このような背景もあって武雄市には、公立病院の経営改善を模索する自治体関係者の視察も目立っている。昨年度は山口県萩市や群馬県みどり市などの議員が訪れた。

 巨樹の会の鶴崎直邦理事長は「(民営化後の)1年は黒字基調で推移している。交付金など手厚い支援があっても多くの公立病院は赤字。民間にできない不採算部門の医療を除けば、公立で病院を運営する時代は終わったのではないか」と話す。民営化を進めた武雄市の樋渡啓祐市長は「医師不足、赤字の悪循環に苦しみながら、行政が公立病院を運営するよりも病院経営のノウハウに長けた民間に任せたほがいい。新武雄病院を全国のモデルにしたい」と意気込む。

 一方、公立病院の民営化は、議会、医師会など地元との調整が難航して政争に発展するケースもある。武雄市でも反対する市民が樋渡市長の解職請求(リコール)の動きを見せたため、市長は任期途中で辞職。08年12月に民間移譲の是非を問う出直し市長選が行われ、市長が再選された経緯がある。10年5月には「病院の土地・建物を約3億9000万円という不当に安い価格で譲渡した」などとして、反対派が市を相手取り、総額約21億6000万円の損害賠償を求める訴訟を佐賀地裁に起こし、係争中だ。

 公立病院を取り巻く状況について、九州大大学院の尾形裕也教授(医療経営・管理学)は「総務省から公立病院の改革ガイドライン(指針)が出され、全国の各自治体で様々な動きが出ている。地域の実情に合わせた議論が必要。民間で担える部分、公的でなければならない部分をきちんと仕分け、住民が何を望むのかを考えていくことが求められている」と指摘する。



http://www.m3.com/iryoIshin/article/135251/index.html
インタビュー 医療維新
診療の質向上と健全経営を目指す - 昭和大学病院長・有賀徹氏に聞く◆Vol.1
チーム医療実践に向け総合内科(ER)の病棟も設置

2011年4月23日 聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)

 この4月から昭和大学病院長に就任したのが、有賀徹氏。それまで11年間、副院長を務めた経験を生かし、様々な改革に挑む。今年度の目標は「診療の質の維持・向上」と「健全な経営」の二つ。この4月から総合内科を充実させるほか、チーム医療の実践を柱に「診療の質の維持・向上」を目指すほか、大学病院として果たすべき役割を全うすることで「健全な経営」を図る。有賀氏に院長に就任した抱負をお聞きした(2011年4月12日にインタビュー。計2回の連載)。

 ――院長就任に当たって、現状の問題意識や今後の方針をお聞かせください。

 大学病院として今後、何をしなければいけないのかを考えた時に、大きく二つあります。一つは、診療の質を今後とも高めていくこと。もう一つは、健全な経営。

 診療の質向上のためには、僕が副院長として長年担当してきた医療安全とチーム医療の実践が必要。さらに、各診療科の垣根を低くすることも大切。戦後の医学は、臓器別に先鋭的に発展してきた。例えば、肝臓学と言っても、肝臓がんと肝炎では専門家が違う。

 先鋭化された問題点のみを持っている患者さん、例えば肝臓がんの患者さんは、肝臓がんの医師とアクセスすれば済みます。しかし、人口が高齢化していくと、そういうわけにはいかない。典型例ががんの専門病院。がんの専門家は歴史的には重要であり、恐らくこれからも必要。しかし、例えば合併症を持つような患者さんをどうするか。心臓の問題を持ち、タバコを吸いすぎて肺気腫になっている。しかも、仕事でストレスを抱え、胃潰瘍。そこで肝臓がんが見つかった。こうした話になった場合には、皆で一緒にやらなければならない。つまり、チーム医療の時代になっている。他職種連携だけでなく、他部門の医師同士の連携。この部分を今後、高めていかなければならない。

 ――具体的にはどのように実践していくのでしょうか。

 昭和大学における直近のテーマは、内科系の一つの部門として、「総合内科」を作ったこと。来院した患者さんが、「お腹が痛い」と言っても、心臓のこともある。「胸が痛い」といっても食道だったり、胃だったり。背中が痛い場合に心筋梗塞の場合もある。だから、患者さんを最初から総合的に診ていく、「総合内科」を充実させようとしています。そこに若手の医師たちを配属して、より良い「総合内科」を作り、発展させていく。「良い医療」を実践することと、「良い医療人を育てる」ことは表裏一体であり、昭和大学の理念である、「良い医療人を育てる」という話にも結びついていく。

 ――総合内科は、どんなバックグラウンドの医師が担っているのでしょうか。

 僕が20年近く前に昭和大学に来た時に、救命救急の部門を組織した。その時に、内科系から僕らに合流したグループがあります。その人たちを核にして「総合内科」を作りました。そもそも救命救急は、総合的に患者さんを診ることをテーマとしている。心臓が止まったとか、熱射病で来た、と言っても、本当のことは分からない。クモ膜下出血でも心臓が止まることがある。僕らは、総合的に診るのが得意であり、それを救急車以外で来院する患者さんにも実践しようということです。それを医学教育の中にもきちんと位置づけていきたい。

――既にこの4月からスタートされているのでしょうか。

 実は「総合内科(ER)」ということで、数年前から4人くらいの体制で、研修医に教えるなどしていた。ただ、患者さんの流れを作る体制ではなかった。この4月からは10人以上の体制にしており、病棟も23床作りました。

 これは単にある部分をパワフルにするという話ではありません。総合内科の医師が、耳鼻咽喉科、眼科、整形外科などの勉強をすれば、ある意味では家庭医になっていく。総合内科には小児科の先生も入る。「皆で診よう」と言った時に、小児科の先生は新生児から診ることができるけれど、内科医はそうではない。昨日も会議をしていたのですが、「まずは小学校の高学年から。そのうち慣れてきたら、1年生くらいまでいいんじゃない。もっと慣れたら、幼稚園生でもいい」という話になってきます。

 「医学部の卒業生のうち、家庭医になるのが3、4割いるのがいい」という意見もありますが、昭和大学ではそこにはまだ達していません。病院長として、というより、昭和大学医学部として、卒前卒後教育の中で、総合的なものを診る目を強化したい。

 さらに言えば、例のチーム医療の議論があります(注:有賀氏は、厚生労働省の「チーム医療推進会議」の「チーム医療推進のための看護業務検討ワーキンググループ」の座長を務める)。各職種の方々が情報を共有して、同じ目的に向かって進んでいく。有機的に密な連携を取っていく。それで質の高い医療をしていくのがチーム医療。

 例えば、日本救急撮影技師認定機構が発足し、救急専門の診療放射線技師の認定制度がこの春から始めりました。これは、救急患者さんに対して、撮影する時の技量を高めるのが目的。診療放射線技師さんが、ドクターが診る際に役立つ写真を撮影するには、相当程度に診断、つまり結果についての知識が必要。例えば、陥没骨折があったとする。フィルムを的確な位置に置かないと、的確な撮影はできない。これは陥没骨折を診断していることと同じこと。医師から見れば、「診断しておいて」というのと同じ話。

 救急分野における薬剤師の認定制度も、この秋にできる予定です。僕と薬剤師さんが回診すると、「この患者さんの病態から見て、この薬はどのくらい体に回っているか」という議論をするわけ。例えば腎臓が悪いとか、肝臓が悪いとかを考える。薬剤師さんは調べて答えないといけない。患者さんの腎機能から見て、「先生の処方する薬は多すぎる」などと言う。これは薬の処方に関する相互乗り入れ。「特定看護師」の話も同様。「レスピレーターから、ウイニングしておいて」という話は仕事の上での相互乗り入れ。

 つまり、今までは情報を共有して自分の専門性を生かすことが連携だ、よいチーム医療だ、などとなっていた。僕はこのことを前提にして、仕事の作業そのものをお互いに「乗り入れ」をする、さらに言えば、医行為を相互乗り入れする、これが究極のチーム医療ではないかと思っています。たまたま看護師さんがドクターに一番近いところにいて、医師の仕事を請け負っていることが多いから、「特定看護師」という形で「相互乗り入れ」の議論になっている。

 慢性期医療、在宅療養の場合は、ドクター、薬剤師さん、看護師さんなどが一緒に回診することはできない。看護師さんが行き、ドクターや薬剤師さんがやらなければいけない仕事をやる。薬剤師さんだけが行けば、やはりやる。こうしたことがなし崩し的に起きています。急性期医療では、もう少し理屈を持ってやろうとしている。それだけの差。本当のチーム医療はサッカーみたいに、ポジションは決まっているけれど、ある局面では、キーパーだって前線に出ることがある。このように人の仕事を乗り入れるのが、本当の意味でのチーム医療になるのでは、と思っています。

 僕はこうした方向に向かって、少し余裕ができたら、看護師さんや薬剤師さんなどと、「どう思うか」などと議論したい。特に昭和大学は、歯学部、薬学部、保健医療学部があるから、日本におけるチーム医療について、どんな思想的な整理ができるかを議論できる。

 チーム医療として皆が仲良くする、協調性を持ってやるのは、当たり前。こうしたレベルの話ではありません。もっと思想的背景をきちんと整理して、その上で何が一番いいのかを考えていく。もしそれがきちんと整理できたら、そのことを分かった上で、法体系を整理すればいい。法律はそうしたものでしょう、後付なのです。



http://www.m3.com/iryoIshin/article/135252/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
インタビュー 医療維新
急性期病院としての役割を果たすだけ - 昭和大学病院長・有賀徹氏に聞く◆Vol.2
診療も経営もストラクチャーとプロセスが大事

2011年4月24日 聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)

 ――ではもう一つの柱である、健全な経営についてお教えください。

 「経営の質」という言葉もありますが、それと同義。医療は統制経済のようになっている。患者さんから、「これは○円ですから、お買いになりますか」などとは聞けない。昭和大学病院で僕が説明しているのは、「儲けろ」という話ではありません。仮に儲けろと言っても、それは無理な話。医療者はそうした精神構造になっていない。

 その意味では話は単純です。救命救急センターを持ち、急性期医療を担う大学病院が、地域で、そして地域医療計画の中で求められていることをきちんとやれば、評価される診療報酬体系になっている。厚労省が考える診療報酬体系と、患者さんの流れ、地域との役割分担が正しければ、その正しさに昭和大学病院の医療も乗せていく。そうしたことだと思っています。

 急性期病院に求められるもの、それは「困った患者さんを入院させる」こと。持てる力を入院医療に特化させる。それも特定機能病院となれば、より難しい患者さんを受け入れていく。

 昭和大学病院の救急は、救命救急センターは特別ですが、それ以外の救急は、救急隊が聞いても、「いいですよ」と言ったり、「ダメ」と言ったり。その繰り返しでした。一般的には、救急車で搬送される患者さんの約4割は入院で、約6割は自宅に帰れるとされています。しかし、昭和大学病院の場合、それより入院率は低い。軽症患者が多い。救急隊からすると、必ずしも頼りになるようは医療施設ではなかった。救命救急センターはすぐに取ってくれても、それ以外の救急に関しては普通の診療が結構忙しいこともあって、なかなか手が回らない。忙しいのは、退院した患者さんをそのまま外来で診ているから。

 ――今、1日当たりの外来患者数はどのくらいでしょうか。

 極力減らしていますが、それでも1日約1500人。この半分くらいでいい。そぎ落とさないと、本来の仕事である入院医療ができません。

 手術をすればするほど、患者さんは増えます。だから、2週間に1回とか、1カ月に1回などという外来ではなくなってきた時に、「元の先生のところに紹介させてもらいたい」と言う。すると、患者さんは「いや、もっと有賀先生に診てほしい」と。僕はそこで「もちろん診ます。その代わりに僕の言うことを聞いてくれますか」と尋ねると、「はい、分かりました。聞きます」との返事。そこで「3カ月に1回、僕のところに来てください。その間、2週間に1回、薬をもらいに、あなたの地域の私の懇意の○○先生を受診してください。手紙を書きます」と言い、「嫌だ」となると、「今、あなたは僕の言うことを聞くって、言ったでしょう」と。そうでもしないと、患者さんは累積してしまう。

 だから地域の先生方になるべくお戻しして、本当に大学病院で診る必要がある患者さんを少数診る。基本的には、初診および入院が必要な患者さんを診ましょう、と言っています。これが地域の入院を専らとする急性期病院のあり方。こうした形で日本全国でやっています。それに則らずに、生産性が低い仕事に力を注いでしまうと、本当に必要な患者さんを助けられなくなってしまう。

 地域に求められている医療ができるよう、病院の組織そのものアレンジしていかなければならない。昨日、今日でできるとは思いませんが。

 ――特定機能病院としての役割は明確にできても、いかに実行するかが難しい課題だと思います。

 でもそれをやらないと。昭和大学の全勢力をどんな形で地域に還元するかを考えた時に、入院医療に特化しないとうまくいかない。それを徹底するためには、家庭医としてのパワーがないと無理。大学病院では、いろいろな「得意技」を持った人が集まっています。ある得意技の人が、ずっと患者さんを診て行くことはできない。だから救急患者さんが来ることができるような素地をもっと強くして、できればなるべく難しい病気の患者さんに来てもらって、入院してもらう。そうすると全体としては収支バランスとしてはいい方向に向かう。

――総合内科を考えると、患者さんの流れはどうなるのでしょうか。

 日中の体制はまだ決まっていませんが、日中に「お腹が痛い」と来る人の中には、切羽詰まってくるというより、「大学病院にでも行きますか」といった人がいる。これに対し、時間外に来る患者さんは、大人の場合は切羽詰まっている。こうした患者さんについては、とにかく問題点を抽出する。臓器別の診療は翌日からでいい。総合内科的な診察を経て、必要であれば入院してもらう。そうでなければ、「明日、消化器内科を受診してください」と言って帰す。

 大学の中央棟の9階に、この4月から「総合内科(ER)」の病棟を作りました。そこで一晩診て、翌日の朝、該当する病棟に行ってもらう。全病床の3%から5%くらいは、「バッファー」のように、その日の夜に来た患者さんを入れておくような病床を作っておき、翌朝に各病棟に振り分けるのが、一般的。極端に忙しい病棟は1カ所にしておく。これは傾斜看護の考え方にもつながります。インセンティブケアが必要なところは看護師を手厚く配置しておく。ICUや救命救急センターがそう。そうでない病棟では夜勤2人体制のところもある。夜勤2人の病棟に、患者さんがどんどん入院するのは無理な話です。

 だから、夜中に患者さんを受け入れるのは、「総合内科(ER)」の病棟にする。そこにはナースもたくさん配置する。救命救急センターは以前から傾斜看護でしたが、それ以外の救急患者さんに対しても、そうした考え方をしようということです。

 ――「総合内科(ER)」の病棟はどんな体制なのでしょうか。

 病棟は23床。うち個室は6床で、陰圧にすることができるため、感染症の患者さんも入れることができる。夜は看護師4人体制です。

 結局、診療も経営も、アウトカムを出すためには、プロセスが必要。そのプロセスを動かすにはストラクチャーが必要。診療については、僕が今までやってきたことを実践すればいい。経営のアウトカムは、「赤字か、黒字か」と言ったら、「黒」。では、プロセスはどうか。今、言ったように、昭和大学病院が地域社会から求められていることを忠実にこなす。こなすためのストラクチャーをどうするか。そうした話です。

 ――しかも、診療の質と健全経営はセットで考えていくもの。

 そう。だから診療の話をせずに、経営の話だけすると、ただ「入院させればいい」となる。しかし、そうは行きません。

 ――目指すべきアウトカムがあり、そのためのストラクチャー、プロセスを考える。

 人も配置もアレンジしていく。そうしたことが必要。地域に求められることをやれば、経営は後から付いてくるというのが僕の考えです。

 ――この4月、そのほか変えたことはありますか。

 基本的に変えたことはありません。

 ――先ほど、「各科の垣根を低くする」とおっしゃいましたが、それ以外の科についても、総合内科を作ったことで変わることを期待されている。

 はい。つまりそのような医療を展開することが国民にとって必要だということを、臓器別医療を専門とする先生方にも分かっていただく。例えば、「頭が痛い」という患者さんに対して、最初から脳神経外科が対応するのではなく、しばらくして、「これでいいですよね」という場面で来てほしい、と言っています。「こうした時には、CTを撮る」と決めておく。少し「どうかな」と思ったら、脳神経外科の先生を呼ぶとか。専門医のバックアップとして当直医がいるわけだから。それをどう利用するかは、総合内科の先生が、総合的な観点で判断していく必要があります。

 ――当面、総合内科は夜の稼働が基本。

 まずは夜の話をすっきりさせます。総合内科の時間外診療は、必ず次の日は休みにするなど、看護師と同様に交代制でやっていこうと思っています。今後、さらにたくさんの人を集めます。日中も、初診で来た患者さんについてはすぐ診ましょうと。「頭が痛い」と言っても、脳神経外科の患者さんとは限りません。精神科の患者さんだっている。初診も総合内科で診て的確に専門医と接触させる方がいいでしょう。そうした意味では、専門医は今まで以上に専門医らしくなる必要があります。

 ――方法は各大学によって異なりますが、これまで幾つかの大学が「総合内科」という看板を掲げてやっています。しかし、必ずしも成功しているとは限りません。

 理念の部分で立派なことを言っても、最終的にその人の得意分野を発揮してしまうので、「第二消化器内科」などになったりする。すると、「総合内科」と言っていても、違ってしまう。

 ――病院を挙げて総合内科に力を入れるのか、そうでないかという違いもあります。

 昭和大学病院では素地ができています。先ほども言いましたが、数年間に、数人で芽を作ったことが大きい。その際、内科系を「大内科」にした。そこに総合内科も入れました。大内科のトップは1年交代で決める。内科を勉強する医師は、必ずすべてを勉強するという形を作り、学校法人の理事長がこれを後押ししたわけです。

 僕の頭の中では、総合診療がこのまま上手に育っていけば、僕は日本で一番いい体制が作れると思う。

 ――「育つ」にはどのくらいの期間が必要ですか。

 総合内科は医師25人くらいの体制にしたいと考えています。恐らく3年くらいかかります。3年後にもう一度、見てください。



http://www.shinmai.co.jp/news/20110424/k-3.htm
「基幹医療センター」整備計画説明
4月24日(日) 信濃毎日新聞

 佐久市や市内の医療機関などが、地域医療連携の在り方を考える「市医療体制等連絡懇話会」は23日、県佐久勤労者福祉センターで5回目の会合を開いた。県厚生連佐久総合病院の再構築計画で、2013年度を目標に市中心部に開設する「基幹医療センター」の整備計画について、同病院の伊沢敏院長らが説明した。
 同病院が懇話会で基幹医療センターの整備計画に触れるのは初めて。病院側は、225億円と見込む建設事業費をはじめ、診療棟や病棟などの配置を紹介した。



http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02926_03
【寄稿】 方言をめぐる医療コミュニケーションの在り方
今村かほる(弘前学院大学文学部准教授)

週刊医学界新聞 第2926号 2011年4月25日

 日本語は地域差の大きい言語であり,各地に方言が存在する。これまでわれわれは,方言は他の土地の人には通じない不便なものだから,全国どこでも通じる「共通語」(標準語としていた時期もある)を身につけ,必要なときには使えるように教育されてきた。

 このような教育に加え,昨今では超高齢化・核家族化などの社会変化により,各地の方言は大きく変容している。若い世代に方言が通じない,同じ地域に住んでいても高齢者の話す方言がわからないという状況が生まれ,一方で,公的な場面や教育・医療・介護などの現場では,共通語を使用することが「相手を尊重することである」と信じられるようになった。

 だが,共通語は万能ではない。多くの人々に用いられるがゆえの,細かいニュアンスを欠き,迂遠な言い方しかできないという欠点が見落とされているように思われる。

 例えば,津軽方言では,痛みを指す単語が複数ある。「イデ」はぶつけたときのような一過性の痛み,「ヤム」は持続痛,「ニヤニヤス」は腹部の鈍痛といった違いによってこれらの言葉は使い分けられており,津軽出身の医師であれば,「イデノガ ヤムノガ ドッチダ?」と聞く。

 このように,方言のなかには医療現場において大事な判断材料ともなり得ることばもあるのだが,方言のわからない若い医療従事者が増えることは医療現場において問題にはならないのであろうか?

医療現場で方言が問題になるとき

 医療コミュニケーションにはいくつかのレベルがあり,方言によって生じる問題もこのレベルに沿って分類することができる。

1)意味伝達レベル

 まず挙げられるのが,意思疎通自体が問題となるレベルである。津軽では,地元出身の看護師にとって重要な仕事のひとつが,医師と患者との間に立ち,いわば「通訳」の役割を果たすことであった。

 ここで津軽の周辺部にある整形外科での例を挙げたい。ある患者が「ボンノゴガラ ヘナガ イデ(ぼんのくぼから背中にかけて痛い)」と訴えたところ,それを聞いた他地域出身の医師は「お盆の頃から背中が痛い」とカルテに書き込んだ。しかし,そばにいた津軽出身の看護師は事実の誤認に気が付き,患者のぼんのくぼあたりに手を当て,「ここが痛いんですね? 先生,ここらへんが痛いと言っています」と注意を促し,誤認をまぬがれたことがあったという。

 しかし,先述したように,同じ地域に住みながら方言のわからない若者が増え,このような「通訳」ができなくなりつつあるのだ。

 例えば,実習中の看護学生が「具合はどうですか?」と患者にたずねたところ,「今日サ 何ダガ イパタダダ」という応えが返ってきた。学生は「イパタダ」を「一般的だ」と聞き,「問題ない」という判断をした。だが,「イパタダ(エパタダとも)」は<普通でない,変わっている・変だ>という意味である。つまり「問題がある」のだ。

 このように,人間は「自分の知らないことば」を「自分の知っていることば」に近づけて理解しようとし,置き換えてしまうことがある。医療現場では,これが事実誤認によるミスにつながるのではないかと懸念される。

 また,患者にとって,ことばが通じないということは,間違った理解・判断をされ,適切な治療がされていないのではないかという不安や恐れにつながる。これらは大きなストレスの原因となるとともに,信頼関係の基盤そのものを揺るがすものになりかねない。

 なお,弘前市内の医療施設で働く看護師37名を対象に行ったアンケート調査では,97%の看護師が「津軽では方言の理解が必要だ」と考えていた。さらに津軽で医療・看護の仕事をするのに「重要」だと判断される方言について尋ねたところ,上位20語は,ツヅラゴ(帯状疱疹)・コエ(疲労)のような病名・症状語彙,マナグ(眼)・ボノゴ(ぼんのくぼ)のような身体語彙,カチャクチャネ(心理的に複雑な状態)のような感覚・感情語彙,シタバッテ(そうだけれど)のような応答語彙であった。

2)対人的配慮のレベル

 医療コミュニケーションでは,配慮のレベル(よりよいコミュニケーションのレベル)の問題もある。津軽の都市伝説とも言えるような事例だが,他の地域出身の医師(または看護師)が患者との距離を縮めようと方言を使ったが,「ノダバレ(腹ばいになりなさい)」と言うべきところを,誤って「クタバレ(死ね)」と言ってしまったというものがある。

 各地での聞き取り調査によると,患者である地域住民には,「医師に無理にその土地の方言を話してもらいたいとは思わない。共通語でわかりやすく,丁寧に説明してくれるほうがよっぽどありがたい」という意見が多かった。患者が医師に求めていることは,症状について理解してもらうことだけではなく,その症状によって苦しんでいる自分自身を理解し,受け止めてもらうことであろう。

コミュニケーションスタイルの地域差

 さらに各地域のコミュニケーションスタイルの違いにも目を向けたい。

 小林は,これまでの先行研究から「対人的な表現法」に関する5つの地域差をまとめ,発想法の地理的特徴について次のように述べている(文献1)。

  近畿を中心とした西日本および関東
  ⇒口に出す,決まった言い方をする,直接的に言わない,主観的に話さない,相手を気遣う,という傾向が強い
  東西の周辺部,特に関東を除く東日本
  ⇒口に出さない,決まった言い方をしない,直接的に言う,主観的に話す,相手を気遣わない,という傾向が強い

 医師から「何かわからないことはありませんか?」と尋ねられた際に,理解していなくても,何も言わない地域があり,一方で理解していても,何か言わなければと考え,発言する地域があるということである。

 つまり,地域的発想・コミュニケーション手段の違いは,「医師が必要とする患者の情報を得ることができるかどうか」という問題だけでなく,「患者が医師に疑問点を尋ねられているかどうか」という問題にも直結する,大きな問題なのだ。

複雑化することばの使われ方

 また,現代のコミュニケーションが難しい理由のひとつに,ことばの使われ方が「複雑化している」ことが挙げられる。

 「痛くないですか?」のような否定疑問文での問いかけに対して,痛くても痛くなくても「はい」にあたる肯定的な表現形式を用いる方言もあれば,「いいえ」にあたる否定的な表現形式を用いる方言もある。

 それに加え,共通語や英語教育の影響によってことばの使われ方が流動化しているため,「はい」や「いいえ」にあたる方言形の表す意味が世代によって異なっていたり,共通語における語形選択にも影響を与えたりしているのだ。

 つまり,われわれは「共通語か,方言か」という二者択一の単純な言語生活をしていないということである。

 しかし,これまでどおりの全国一律の教育では,地域差が存在することに医療関係者や教育関係者が気付かない。それこそが問題であろう。

方言を使ったコミュニケーションの理解を深めるために


 どんなに共通語化しても,(特に高齢の)患者にとっては方言が最も自分の状態・感情を訴えやすい言葉であるには違いない。地域に根差した方言のなかには,それ以外の言葉では言い換えることのできないものがある。そもそも患者には自分の言葉で表現する権利があるとも言える。患者の話す方言を,医療従事者が理解することが患者を尊重することにもつながっていくのだ。では,われわれには何ができるだろうか?

 われわれは,津軽・富山・岐阜・広島の各地での臨地調査を基に開発した「保健・医療・福祉に利用できる方言データベース」をweb上に公開した(文献2)。データベース化することで,部分一致による検索や発音,よく使う文例も紹介することが可能となった。

 また,医療現場における問診の模様を,共通語によるものと津軽方言によるものの2種類で映像化を行った。これらを,方言でのコミュニケーションの視点から共通語でのコミュニケーションを見直すことを目的として,大学の講義で運用している。

 共通語より敬語の形式が未発達な津軽方言では,「です・ます」といった丁寧語を使うことで,必要な敬意を表すことが多い。そのため,「患者さま,いかがなさいましたか?」調の教科書では適正とされる敬語を使っても,津軽の対人関係においては適正ではない。「標準語を使ってお客扱いするな」「気持ち悪い」などと言われることが現実としてあるのだ。



 「表現の適正さ」における地域差が全国各地に存在することを,医学・看護・福祉教育分野においても認め,共通語一辺倒のコミュニケーションスタイルを,方言のコミュニケーションスタイルから見直すことがよりよい関係性をつくることになるのではないだろうか。

 参考文献
  1)小林隆.対人発想法の地域差と日本語史.日本語学会2009年春季大会抄録.2009
  2)http://ww4.tiki.ne.jp/~rockcat/hoken/index.html


今村かほる氏  昭和女子大文学部卒。1992年同大大学院文学研究科博士後期課程修了。94年より弘前学院大学文学部講師を経て,99年より現職。主な著作物には,「地域学」8巻掲載『医療・福祉と方言』(北方新社),「看護学雑誌」73巻6号掲載『「方言」がもつ医療コミュニケーションの可能性』(医学書院)などがある。



https://www.cabrain.net/news/article.do;jsessionid=755D25273AB85DA1F1E860C315A0B2DA?newsId=33837
来年の同時改定 見送り方針を表明- 日医
( 2011年04月24日 21:35 キャリアブレイン )

 日本医師会の執行部は4月24日の定例代議員会で、来年4月に予定されている診療報酬と介護報酬の同時改定を見送るべきだとの方針を表明した。原中勝征会長は、まずは被災地の医療復興を優先すべきだと理解を求めた。

 診療報酬改定をめぐる議論は、通常だと改定前年の秋ごろから本格化し、年末の予算編成の過程で内閣が改定率を決定する流れ。来年は6年に一度の介護報酬との同時改定の年に当たる。

 中川俊男副会長は代議員会で、東日本大震災の被災地の復興に注力するため、「苦渋の決断だが、次回の診療報酬、介護報酬の同時改定の見送りを提案する」と表明。「大変つらい状況にあることを承知の上で一層の我慢をお願いしており、心から申し訳ない思いでいっぱいだ」とも述べた。

 見送りを提案した理由については、「一部で報道されているように、報酬が引き下げられるからではない」と強調。また政府に対し、診療報酬改定の検討材料になる医療経済実態調査や薬価調査の中止、算定が困難など「不合理な診療報酬」の要件見直しなどを申し入れる考えも明らかにした。

 代議員会では、同時改定の見送りを盛り込んだ決議案が提示されたが、「改定を行えば被災地の医療再生ができないのか」「ぎりぎりのところで診療している人たちがいる。地元の医療機関に納得してくれとは言えない」などの反対意見が続出。決議案は採決されずに取り下げられた。

 しかし、中川副会長は代議員会後の記者会見で、執行部の方針自体は「了承された」との認識を示した。中川氏は「地域医療は既に崩壊している。本当にくたくただという(代議員の)思いが噴出したと思う。意見は対立していない」と説明。一方で、「執行部としてどういう方針を取ったらいいのか、さらに熟慮して行動していきたい」とも述べた。

 決議案では、「来年度の診療報酬・介護報酬改定を行わず、被災地の医療再生に全力を尽くす」ことを掲げたが、異論が噴出。そのため、「被災地の医療再生に全力を尽くすと共に、当面、診療報酬・介護報酬改定の議論を行わず、より強い国民皆保険制度の構築に向けて十分な検討をする」と修正された。

 しかし、修正後も「削除した方がよい」「これでは政府が粛々と(改定に向けて)議論した場合に、(議論の場に)医師会は出席しないことになる」などの声が上がった。結局、決議案は取り下げられ、具体的な方針は執行部に委ねられた。



http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/akita/news/20110425-OYT8T00214.htm
上小阿仁 無医村の危機回避
診療所 6月に男性医師が赴任

(2011年4月25日 読売新聞)

 上小阿仁村唯一の医療機関「村立上小阿仁国保診療所」に、北海道北見市在住の男性医師(48)が赴任することが24日、分かった。有沢幸子医師(66)の辞職が3月に発覚して以来、村は無医村の危機に直面したが、ようやく回避できた。有沢医師は5月末で退職し、男性医師は6月から同診療所に勤務する。

 村によると、10年ほど前から北見市の私立診療所に勤務する男性医師から先月末、「地域医療に貢献したい」と連絡があった。

 その後、萩野芳昭副村長(65)が北見市内で男性医師と面談し、採用が決定した。村では「性格が温厚で気概のある人だと聞いた。末永く村で暮らしてもらいたい」と期待をかける。

 男性医師は5月20日前後に村に入り、前任の有沢医師と仕事を引き継ぐ。有沢医師の辞意表明をきっかけに、村は支援態勢を整えており、3月から秋田市立秋田総合病院長を務めた佐々木秀平医師(68)が毎週月曜日、外科と泌尿器科の診療を始めた。

 また、高齢者の健康管理と予防医学を担当する医師も招く予定だ。

 一部村民による嫌がらせなどが原因で有沢医師が辞意を表明したことから、村は「今度起きたら人物を特定して直接抗議する」と強い口調で話す。

 高血圧の治療で月2回は診療所に通うという農業小林コトさん(80)は「近くに医師が居ると安心感がある。新しい先生が快く生活ができるよう歓迎しないといけませんね」と声を弾ませていた。
  1. 2011/04/25(月) 06:02:13|
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