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Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

3月25日 震災15日目

http://www.sankeibiz.jp/business/news/110325/bsc1103250503002-n1.htm
製薬協、被災地へ医薬品70トン緊急搬送 自治体との連携課題
2011.3.25 05:00

 日本製薬工業協会は24日、東日本大震災の被災地に向けて感染症や高血圧症治療薬など約70トンの緊急搬送を開始した。医薬品メーカーは19日にも製品を無償提供しており、「量的には十分」(製薬協)としている。

 24日、埼玉県三郷市の物流基地から、岩手、宮城、福島県に向けて大型トラック3台分の医薬品の輸送が開始された。現地で不足しているとされる感染症薬に加え、高血圧薬、糖尿病薬などだ。地元の医師会や各自治体などと連携し、各医療機関や避難所に配布する。

 製薬業界では19日にも、ロート製薬、エスエス製薬など約50社が日本OTC医薬品協会、日本医師会を通じて、被災地からの要望が多いかぜ薬や胃腸薬を中心に約10トンを岩手、宮城両県に空輸したのに続く動きだ。

 避難所ではインフルエンザが流行の兆しをみせていることから、中外製薬は抗インフルエンザ薬「タミフル」6万人分を提供することも決めた。

 ただ、被災地が広範囲に及び、患者が各地に分散。医療機関の多くも被害を受けており、治療を十分に行えていないのが現状。「とにかく早く薬が欲しいとの声が多いが、避難所ごとに個別のニーズがあり、対応しきれていない」(製薬協)のが現状で、自治体などとの綿密な連携が課題になっている。

 今後も安定的に医薬品を供給するには物流面の不安も残る。製薬各社とも「少なくとも1カ月分の在庫は確保している」(大手)ことから、在庫不足は現在のところ起きていないもようだが、卸業者の物流基地も損壊しており、「安定供給のめどが立たない」(医薬品卸)との声も聞かれる。ガソリン不足も支障となっている面もある。

 生産面では、東京電力管内の計画停電も足かせとなる。一部の医薬品は製造過程で継続的に無菌状態を保つ必要があり、停電になれば作り直す必要があるからだ。製薬協は厚生労働省を通じて、東電に対して生物製剤工場を計画停電の対象地区から外すように求めたが、自社施設が被災した会社も多く、被災地への供給体制が元通りになるにはまだ時間がかかりそうだ。


http://mytown.asahi.com/areanews/toyama/TKY201103240377.html
薬都から被災地救え 30社、医薬品30万個の搬送開始

2011年3月25日

 薬都・富山から被災地へ薬を――。県薬業連合会と県医薬品工業協会に加盟している約30社の会員企業が、宮城県や岩手県へ向けて風邪薬や胃腸薬など約30万個の一般用医薬品を送り始めた。県などの呼びかけに応じ、週内にも届け終わる予定だ。

 県くすり政策課によると、全国知事会や被災地にある自治体の災害対策本部からは医薬品の不足が指摘されている。これを受けて薬関係の県内2団体に災害救援物資の提供を呼びかけた。店頭などで購入できる一般用医薬品について、23日段階で解熱鎮痛剤、下痢止め、殺菌消毒薬、点眼薬など100品目余、約24万個(600箱)の提供があった。

 23日午後から上市町久金の「日立物流 富山医薬品物流センター」で10トントラックによる搬送が断続的に始まり、すでに福島県などに送った約6万個の一般用医薬品を合わせると、総量は30万個に及ぶという。これとは別に、県薬剤師会も消毒薬や包帯、使い捨てマスクなどを提供している。富山市歯科医師会も歯ブラシ2万2800本を寄贈することを決めた。

 「富山と言えば薬で、300年以上の歴史があり、医薬品生産額も全国2位。『富山のくすり』として被災地に運んで役立ていきたい」と同課は話す。


http://www.m3.com/iryoIshin/article/134370/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
東日本大震災(医療関係団体)
被災地を支える医療機関にも問題山積
保団連が薬不足、患者負担、計画停電などで厚労省に要望

2011年3月25日 橋本佳子(m3.com編集長)

 全国保険医団体連合会が3月24日開いた「緊急マスコミ懇談会」で、副会長の竹崎三立氏は、「被災地への支援とともに、それを支える医療機関でもどう診療を継続していくか、いろいろな問題が生じている」と述べ、関東などでも、被災者への保険診療の取り扱い、計画停電や医薬品の不足などの問題があり、これらに対応する必要性を強調した。保団連ではこれまでも、様々な要望を厚生労働省に行ってきたが、3月 25日、改めて「東日本大震災における被災者医療と医療提供体制確保に関する再度の要請」を厚労省に提出する。

 「医薬品では、チラーヂンSが不足になったが、他の医薬品についても工場の稼動停止などで問題が生じてきた。計画停電のために、X線撮影ができなくなったり、人工透析にも支障が生じている。また予約患者が、診療時間を変更しなければならないこともある」などと竹嶋氏は指摘する。医薬品の不足状況は日々変わると言い、「チラーヂンSは何とかなりそうだが、今、問題になっているのが、エンシュアリキッド(経腸栄養剤)などの不足」(竹崎氏)。

 懇談会に出席した、日本医療福祉生協協同組合連合会専務理事の藤谷恵三氏も、「我々は共同購入を実施しているが、100以上の品目で既に品薄になっている」とし、被災地に医薬品を送ってきた医療機関側が薬不足に直面しているとした。

 一部負担金は「猶予」ではなく、「免除」を

 竹崎氏は東京都杉並区で開業するが、ここ1週間、親戚のもとに身を寄せるなどした被災地からの患者が増えているという。厚労省は、対象者の要件を満たす被災者については、保険証がなくても保険診療を認めたり、一部負担金の支払いを2011年5月31日まで猶予するなどの措置を講じている(『「被災者の受診、性善説に基づき対応を」、日医が周知要望』を参照)。これら保険診療の取り扱いでも問題が生じている。

 一つは、保険資格の確認。「今、薬がほしい、という患者にしわ寄せすることはできない。住所がどこであるかを確認しているが、医療機関がレセプト請求する際にいろいろなトラブルが生じてくるのではないか」と竹崎氏は見る。該当する対象地域も、徐々には拡大されているものの、東京など他の地域の医療機関が、患者の住所を聞き、それが対象地域に該当するか否か、確認するのも容易ではない。

 さらに今の一部負担金の減免は5月31日までだが、兵庫県保険医協会事務局次長の小川昭氏によると、1995年の阪神・淡路大震災の際も、一時負担金の免除期限が切れた後、慢性疾患患者の1割強は受診を中断したという。

 保団連では、災害救助法の適用や、「阪神・淡路大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律」と同様の立法措置を行うなどして、被災者については、一部負担金の支払いの「猶予」ではなく、「免除」を行うことを求めている。

 そのほか保険診療で問題になっているのが、他院受診した際の入院料の減額措置(『他院受診の要件変更、「受診日以外の投薬費用も算定可」に』を参照)。「被災者の入院を受け入れることができても、人工透析ができない場合、他施設に依頼すると、入院料は7割に減額される」と竹嶋氏は問題視する。3 月25日の「再度の要望」では、2011 年3 月分の診療報酬請求期限の延長や、2011 年5 月支払い分(2011年3 月請求分)の早期支払い措置など被災医療機関への支援も求めている。

 被災医療機関への公的助成が必要

 一方で、保団連では、震災の被害を受けた地域への支援も、厚労省に対して要望。3月16日から18 日、岩手県、宮城県、福島県の各保険医協会に行き、被災地の現状を見た、兵庫県保険医協会の小川氏は、「地震後、数日経っていたが、通信事情も悪く、ガス、水道、電気もなく悲惨な状況だった。阪神・淡路大震災との違いは地理的な規模の違い。大阪から40kmくらい歩けば、被災地に物資を届けることができた。しかし、今回の被災地は広い上にガソリン不足で身動きができない」などと、今回の震災への対応の難しさを語る。

 その上で、「地域医療を成り立たせるためには、開業医などの零細な医療機関を立ち直らせることが重要」とする小川氏は、阪神・淡路大震災の時は、1施設当たり診療所は約1000万円、病院では約2億5000万円、計230の医療機関に、総額約94億円の公費が投入されたとし、今回も被災民間医療機関に対する公費助成が必要だとした。

 医療福祉生協では延べ100人の医師を派遣

 「緊急マスコミ懇談会」では、医療福祉生協の藤谷氏のほか、日本医療労働組合連合会中央執行委員長の田中千恵子氏が、被災地の支援状況を介。

 日本医療福祉生協協同組合連合会では、3月23日までに、人的支援では、50の医療福祉生協から延べ人数にして、医師100人(うち歯科医師3人)、看護師・保健師134人などを宮城県塩釜市の坂総合病院に派遣、物的支援でも、30の医療福祉生協から、約150トン(ガソリン、日用品、衛生用品、医療材料、医薬品など)を、坂総合病院のほか、みやぎ県南など計6つの医療福祉生協に送っている(詳細は、医療福祉生協のホームページを参照)。

  医労連でも、被災地域の医労連の組合員が働く医療機関について、詳細な被害状況の把握に努めると同時に、全国各地で義援金募集活動などを展開するほか、救援活動を行っている(詳細は、医労連のホームページを参照)。

 避難所では口腔ケアも重要

 そのほか、被災地の医療における歯科の重要性も指摘された。厚生労働科学研究(大規模災害時における歯科保健医療の健康危機管理体制の構築に関する研究)によると、阪神・淡路大震災では、災害関連死のうち最も多かったのが、肺炎(24.2%)。「肺炎の何割かは誤嚥性肺炎であり、避難所での口腔ケアが重要になる。しかし、水不足などもあり、十分にできているとは言えず、義歯を外さない人もいる」と保団連副会長の宇佐美宏氏は指摘、企業等に歯ブラシの支援を求めたことを紹介した。 


http://sankei.jp.msn.com/region/news/110325/osk11032502260001-n1.htm
東日本大震災 岩手・釜石などの避難所で医療活動 大阪
2011.3.25 02:25

 ■府の救護チーム

 東日本大震災の被災地の医療活動を支援する府の医療チームが24日、岩手県釜石市などの避難所で、医療活動を始めた。

 医師不足や衛生環境悪化を懸念した厚生労働省の要請で、府立病院機構が医師や看護師らを派遣。保健師や心のケアにあたる精神科の医師らも被災地に入り、医療サポートを行う。

 23日に府庁で行われた出発式では、綛山哲男副知事が「避難所のみなさんに一日も早く元気になってもらうよう、活躍してほしい」と激励した。


http://www.sankei-kansai.com/2011/03/25/20110325-051109.php
岩手・釜石などの避難所で医療活動 大阪府の救護チーム

 東日本大震災の被災地の医療活動を支援する大阪府の医療チームが24日、岩手県釜石市などの避難所で、医療活動を始めた。

 医師不足や衛生環境悪化を懸念した厚生労働省の要請で、府立病院機構が医師や看護師らを派遣。保健師や心のケアにあたる精神科の医師らも被災地に入り、医療サポートを行う。

 23日に府庁で行われた出発式では、綛山哲男副知事が「避難所のみなさんに一日も早く元気になってもらうよう、活躍してほしい」と激励した。

(2011年3月25日 06:58)


http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110325/t10014890771000.html
閉鎖や診療制限“半数以上”
3月25日 5時47分

 25日で東北関東大震災から2週間を迎えますが、岩手、宮城、福島の3県にあるベット数が100を超える病院のうち半数以上で、医療スタッフや医薬品の不足などから一時的な閉鎖や診療の制限などを余儀なくされていることが分かりました。

 NHKは、今回の地震で特に甚大な被害が出た岩手、宮城、福島の3県にあるベット数が100以上の病院、あわせて255か所を対象に、24日までの2日間にわたって聞き取り調査を行いました。その結果、17の病院が一時的に閉鎖しているほか、117の病院で患者の受け入れを一部制限するなど、全体のおよそ52%で診療に影響が出ていることが分かりました。このうち、宮城県石巻市の「石巻港湾病院」では、いまも水道とガスが復旧しておらず、ガソリンも不足していることから医師などの医療スタッフが出勤できず外来の受け付けを中止しているということです。このほかの病院でも、診療に影響が出ている理由として「医療スタッフの不足」と答えたのが43病院、「医薬品の不足」が30病院、「病棟や設備の損壊」が22病院、「ライフラインの復旧の遅れ」が20病院、また、被災地域から患者が集中したことを理由に挙げた病院が46に上りました。被災地では、被害が大きかった地域で医療機関に対する早急な支援が喫緊の課題となっています。


http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamanashi/news/20110325-OYT8T00012.htm
梨大チーム会見「情報整理し、指示する人不足」

 東日本巨大地震で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町へ派遣された山梨大医学部付属病院の医療救護チームの第1陣4人が戻り、23日に同大で報告記者会見を行った。救急治療が専門の森口武史医師(40)は「インフラが壊滅し、今までに経験したことがないような状態だった。各地から集まった医療チームが避難所で得た情報を整理し、指示を出す人手が不足していた」と振り返った。

 森口医師と看護師2人、薬剤師で構成されたチームは18日に山梨を出発。南三陸町の志津川病院を拠点に19~21日に活動し、約170人を治療した。地震発生から約1週間が経過し、重傷のけが人よりも避難所にいる生活習慣病の患者を主に診療したという。

 森口医師によると、避難所の中にはテレビやラジオがないため、情報が全く入らない場所もあった。「日本中があなたたちを助けようとしている」と伝え、被災者を励ました。被災地の状況については「現地の医師が派遣チームを割り振っていたが、被災地が多すぎてパンクしていた。担当するのが毎日違う避難所で、チーム間の引き継ぎも十分にできず、どんな患者がいてどんな薬が必要かも分からなかった」と指摘した。

 同大は21日朝に出発した第2陣から事務職員2人を加え、現地で後方支援を行わせる。医療チームの派遣は第3陣まで決まっており、4月まで続ける予定だ。
(2011年3月25日 読売新聞)


http://mainichi.jp/area/hiroshima/news/20110325ddlk34040703000c.html
東日本大震災:派遣・応援 /広島

 ▽県医師会は24日、日本医師会災害医療チーム(JMAT)の要請に基づき、医師や看護師、薬剤師らで構成する災害医療チームの派遣を始めた。宮城県の石巻赤十字病院で診療に当たる。同県医師会からは、同病院が多数の患者を抱えて人手不足との連絡が来ているという。第1班は10人で、25日朝から支援を始める。10チーム程度を組み、来月末ごろまでの活動を予定。

 ▽広島ガスは24日、同社や協力会社などの職員の派遣を始めた。ガス管の点検や修繕に当たる約40人は工作作業車約30台で仙台市へ出発。開栓作業をする職員約50人も25日に被災地へ出発する。派遣は、日本ガス協会の要請に基づき、約1カ月間の予定。

毎日新聞 2011年3月25日 地方版


http://www.kahoku.co.jp/news/2011/03/20110325t33054.htm
「孤立世帯なくそう」 住民組織で救援物資配送

 東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県山田町の大沢地区で、住民グループが民家を一軒一軒回って物資を届け、孤立世帯の解消に力を尽くしている。町は電気や水道のライフライン復旧に全力を挙げており、住宅への細かい支援は行き届いていないのが実情。グループは「こんな時こそ住民同士の支え合いが大切」と奔走している。
 町の沿岸北部にある大沢地区には震災前、約700世帯が暮らしていた。海沿いなどが大津波にのみ込まれ、100人以上が犠牲となった。
 小学校などに設けられた避難所に身を寄せている住民もいるが、住宅が高台にあって損壊を免れたり、道路ががれきで寸断されて身動きが取れなかったりして、自宅にとどまったままの住民も数多い。
 このため地区のコミュニティー推進協議会が18日から、自宅で暮らす世帯向けに、避難所に届く水や食料などの救援物資を配送している。
 避難所に物資が届いた23日も、会員3人が2時間以上かけて約35軒を回り、水やパン、リンゴ、トイレットペーパーを配給した。受け取った住民たちは「こんな時なのに、本当にありがたい」と感謝した。
 推進協の昆暉雄会長(68)は「家屋への被害が少なくても、食料の入手が困難な住民が多い。ようやく地区全体に行き渡ってきたようだ」と胸をなで下ろす。
 活動は、町が把握していなかった住民の安否確認や、医師が巡回診療する際の情報提供でも役立っているという。
 佐藤勝一副町長は「役場職員も多く被災し、人手が不足している。住民が地域力を発揮している大沢地区の取り組みには頭が下がる」と話している。(布施谷吉一、菅谷仁)

2011年03月25日金曜日


http://mytown.asahi.com/ibaraki/news.php?k_id=08000001103250006
被災地へ 被災地から/医療支援に広がり
2011年03月25日

 ◇県南・県央病院

 県内の病院で、東北地方へ医療支援の動きが広がっている。県北や鹿行地域では断水や燃料不足などでぎりぎりの治療を余儀なくされている病院が多いが、県南・県央地域では通常の外来が再開。診療態勢の立て直しが進み、被害の大きかった東北の病院への協力が進みつつある。

 21日、笠間市の県立中央病院に自衛隊車両と救急車2台が到着した。災害派遣医療チーム「DMAT」の同院医師と看護師が、福島県いわき市内の患者4人を運び入れた。搬送は一回3時間。前日20日も同じ医師らが同市を4往復し、患者5人を搬送した。

 同院は地震で400床の本館が損壊。直後は別棟の廊下や手術室にマットレスを敷いて患者を移した。その後本館の安全を確認。外来に続き、22日に手術も再開した。

 県内で被災した病院からの患者受け入れなどが一段落した18日。いわき市の福島労災病院の医師からこんなメールが届いた。「患者を転院させたいが、どこに相談すればいいのかわからない」

 翌日、同院へ医師を調査に派遣し、搬送につながった。今後も可能な範囲で受け入れる方針だ。福島労災病院は「状況は徐々に改善しているが、手術ができないなど態勢は不十分。茨城の病院が受け入れてくれるのは、非常にありがたい」と話す。

 取手協同病院は23日、医師と看護師、事務員ら計5人を福島県塙町の避難所へ派遣した。福島第1原発から半径20キロ圏内に住む住民らが暮らしている。訪れた馬場百合子看護師長によると、重症患者はいなかったが、着の身着のままで薬も持たずに逃げた人、将来への不安から夜も寝付けず高血圧が続く人がいた。24人を診察し、薬を処方。25日にも再度訪問する予定だ。

 同院の佐藤長典リスクマネジャーは「被災地には全国から医療支援が寄せられつつあるが、声が届かない地域はまだあると思う。避難生活が長引く中、避難所での診療や健康管理にできる限り貢献したい」と話す。

 福島県など東北地方からの入院患者受け入れは17日時点で132人だった。22日現在では県南や県央地域を中心に51病院に265人と2倍に増えている。(中村真理)


http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=38628
被災地に家庭医が必要…山梨

自治医大OBチーム「現地、殺到患者で手いっぱい」

 東日本巨大地震で、自治医科大OBと地域医療の充実に取り組む日本プライマリ・ケア連合学会が、大きな被害を受けた東北地方への医師派遣に取り組んでいる。

 発生から2週間が過ぎ、被災地で、流行が懸念されるインフルエンザなどの感染症や、慢性疾患などの持病に対応する「家庭医」が求められているためだ。16日から宮城、岩手両県に入った同大OBで山梨市立牧丘病院の古屋聡院長(48)は「今後、地域医療への継続的な支援が必要」と話している。

 古屋院長らが地震後、メールなどを使って呼びかけたところ、150人以上の医師が派遣に手を上げた。すでに18日から2人、20日から6人の医師が岩手県の藤沢町民病院を拠点に周辺の病院や避難所で活動している。医師は1週間交代で派遣する。

 古屋院長は島根県の医師とともに被災地に入り、20日まで宮城県気仙沼市や登米市、岩手県藤沢町などの病院や避難所を回った。

 宮城県気仙沼市の避難所で出会った80歳代の女性は膝が悪く、動くのに介助が必要で、「迷惑をかけたくない」とトイレに行かなくて済むように水を飲むのを我慢し、脱水症状を起こしていた。ほかの避難所でも、多くの被災者が「大丈夫」という言葉を口にしたが、より詳しく話を聞くと「常用薬がない」「全く眠れない」などと語った。古屋院長は「現地の医師は殺到する患者への対応で手いっぱい」と感じたという。

 古屋院長は近く、再び被災地に赴くつもりという。「この地震を人ごとと思わず、みんなが直接支援していくことが大事だ」

(2011年3月25日 読売新聞)


http://www.afpbb.com/article/pressrelease/contribution/2792299/7000350
東日本大震災被災者支援レポート(5)
* 2011年03月25日 10:13 発信地:東京
【日本国際民間協力会(NICCO)】
2011年3月24日 事務局長 折居 徳正

前回に続いて陸前高田市からレポートします。

3月22日から、小友町にて巡回診療サービスを開始しました。

陸前高田市では、地域の医療機関が全て被災したため、地震から10日間は県立高田病院の医療スタッフを中心に、現地の医療者が急性期の医療を担って、奮闘されて来られました。

その後全国各地からの医療チームがサポートに来て体制を整えたことで、各地区をそれぞれの医療チームが分担して医療を担い、自身も被災された被災地の医療関係者の方々には、ある程度休んで頂くことが可能となっています。

NICCOの医療チームは、千葉県派遣の旭総合病院のチームと協力して、小友町の遠隔地の診療を担当しています。

この地区には元々吉澤医院という地域の病院がありましたが、津波で医院は倒壊しており、県外からのチームが吉澤医院をサポートをしている状況です。

初日の診療は関西医大公衆衛生学教室からNICCOチームに参加された黒田医師、NICCO派遣の中山看護師に加えて、東京のNGO SHAREの澤田医師と越藤看護師の計4名による、合同チームで行いました。

午後2時からの限られた時間で取り急ぎスタートしたたため、初日に診察した方々は28名でしたが、これから毎日この遠隔の地での診療を続け、地域の数百名の被災者の方々の健康を、地域医療が復興して来るまでの間、サポートしていく予定です。

NICCOでは、東日本大地震地震被災者支援募金を受け付け 、被災者に対する緊急支援に役立てたいと考えております。
皆様の温かいご支援をお待ちしております。

●クレジットカード募金(安全なPaypal決済での募金です。)
http://kyoto-nicco.org/give/e000.html
●銀行振込:
銀行・支店名:三菱東京UFJ銀行 京都中央支店
口座番号:普通口座 2873092  口座名:社団法人 日本国際民間協力会
領収書について:領収書ご希望の方は、できるかぎり事前に、お振込み日、金額、お名前、ご住所、電話番号をNICCO(TEL:075-241-0681 / FAX:075-241-0682、E-mail:info@kyoto-nicco.org)までご連絡ください。
上記は、東北太平洋沖地震被災者支援の専用口座ですので、こちらにお寄せ頂いたご寄付は、東北太平洋沖地震被災者支援に活用させていただきます。

(c)公益社団法人 日本国際民間協力会(NICCO)


http://sankei.jp.msn.com/region/news/110325/chb11032523230010-n1.htm
【東日本大震災】
石巻で日赤千葉県支部の医師らが活躍
2011.3.25 23:20

 東日本大震災で全国各地から医師団や救護班が被災地に入る中、宮城県石巻市では日本赤十字千葉県支部、成田赤十字病院の医師や看護師らが8人でひとつの班を作り、24時間態勢で被災者の救護にあたっている。

 全国でも有数の漁港を持ち、水産加工業で栄えた石巻市。震災では市中心部が壊滅的な被害を受け、多くの医療機関も津波に沈んだ。地域の災害拠点病院である石巻赤十字病院には、既往症を持つ患者や初診患者が殺到し、現在もロビーや廊下などに被災者約500人が身を寄せている。

 成田赤十字病院の救護班が活動するのは、石巻市立蛇田中学校の救護所だ。

 救護班に初めて参加したという医師、河野貴史さん(28)は22日に被災地に入った。目にしたのは「想像を絶する光景」。いまだに海水の引かない市中心部は、なぎ倒された信号機や倒壊した家屋などのがれきが、大きな山となっていた。

 不調を訴え救護室を訪れた被災者は口々に「津波で夫を失った」「親族と連絡がとれない。生きていると信じたい」とおえつを漏らしながら語ったという。

 早朝から深夜まで働き、やっと寝る時間がとれても、「自分は何かできているのだろうか」と河野さんは自問自答するばかりだった。被災者の話を聞くことが何よりも助けになると気づいたのは、しばらく時間がたってからだった。

 今では避難所の中を歩いていると、被災した人たちから「ご苦労さまです」「頑張ってください」と声をかけられるようになった。苦しい状況にありながら、他人を思いやり助け合う被災者の姿に幾度となく心を打たれた。

 今回の震災では、河野さんの実家のある長生村も大きな揺れに襲われた。父も同じ医師。昼夜を問わず患者のために働く姿を見て、医師を目指したという河野さんは、多くの被災者と接する中で「体の治療だけでなく、患者が抱える目に見えない不安や精神的な面をくみ取っていきたい」と力を込めた。(石井那納子)


http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110325-OYT1T00776.htm
被災地の入院患者、県外転院調整の窓口設置へ

 厚生労働省は25日、被災した岩手、宮城、福島の3県の入院患者について、3県以外の都道府県に対し、転院受け入れの調整窓口を設置するよう通知した。

 3県では医療機関が被災するなどして、各県内での転院が困難になっている。このため、通知では、各都道府県は、転院受け入れについての調整窓口を設置し、29日までに連絡先を厚労省に報告するよう求めており、厚労省では、被災地の医療機関に調整窓口の情報を周知することで、転院の体制を整える考え。
(2011年3月25日22時15分 読売新聞)


http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011032501111
災害援助隊を日本に=創設後初の国外派遣-インド

 【ニューデリー時事】インド国家災害対策局は25日、東日本大震災の被災者支援のため、同局の災害即応部隊46人を宮城県に派遣することを明らかにした。28日に日本に到着し、県内でがれき除去作業や医療補助を行う。同局によると、2006年の部隊創設後、国外派遣は初めて。
 宮城県利府町を宿営地とし、活動期間は10~12日を予定。部隊幹部は「派遣を通じてわれわれの支援の手を広げたい」と話した。ニューデリーの日本大使館によれば、震災後、日本に援助隊を派遣したのは計16カ国で、現在は南アフリカ共和国とトルコの部隊が被災地入りしている。(2011/03/25-23:43)
  1. 2011/03/26(土) 07:33:28|
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