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Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

3月24日 震災14日目

http://www.kahoku.co.jp/news/2011/03/2011032401000038.htm
避難住民の3割弱に血栓 宮城で医師が簡易検査

 被災地でのエコノミークラス症候群の研究をしている新潟大大学院助教の榛沢和彦医師が、東日本大震災で大きな被害が出た宮城県内の三つの避難所で被災者39人を簡易検査した結果、約28%にあたる11人に同症候群につながる血栓が見つかっていたことが24日、分かった。
 榛沢医師は「血栓は水分不足や身動きが取りづらい環境でできやすい。大変な状況が続くが、雑魚寝をしないような環境整備が必要。車中に泊まるのもやめたほうがいい」としている。
 榛沢医師によると、検査は19日と20日に、宮城県の石巻市、登米市、南三陸町の避難所で実施。足にむくみがある人のほか、長時間横になっていたり、車中泊を3泊以上続けたりした37~81歳の39人をエコー(超音波診断)装置で調べた。
 その結果、足の静脈に血栓が見つかったのは11人に上り、平均年齢は67・2歳。特に車中泊をしていた8人のうち、4人に見つかった。
 同症候群は長時間、同じ姿勢で座り続けるなどして静脈に血栓ができる症状。流れた血栓が肺で詰まり死亡するケースもある。水分摂取と適度な運動などで予防できるとされる。
 新潟県中越地震などの被災地を見てきた榛沢医師は「今回は福島原発の事故を受けて外に出ず、運動不足の人もいる。トイレの設備が不十分な避難所もあるが、水分を取らないと危険なので改善してほしい」と話す。
 警察庁によると、23日時点で、東北や関東地方などに設けられた約1800カ所の避難所には、原発事故の影響などによる避難を含め20万人以上が暮らしており、健康管理が課題になっている。

2011年03月24日木曜日


http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/CK2011032402000064.html
避難所で体調崩さないために…  歩いて筋肉使おう
2011年3月24日

 東日本大震災の避難所では、厳しい冷え込みや物資不足の中、体調を崩すお年寄りが相次いでいる。過酷な環境で、少しでも体調の悪化を防ぐためにできる手だては何か。専門家に聞いた。 (生活部震災取材班)

 硬く冷たい床の上で続く集団生活。余震や原発事故の不安が募る。睡眠不足に加えて、温かいものが少ない普段と違う食事。とりわけ、高齢者は持病の悪化や風邪、インフルエンザに最大限の注意が必要だ。

 「お年寄りは、我慢をしがちだということを最も考慮しないといけない」。防災ネットワークプラン代表の井上浩一さん(48)は訴える。

 避難所ではトイレに行くとき以外、自分のスペースで寝たり、座るなどして動かずに過ごしがちだ。同じ姿勢を継続すると血流が滞り、いわゆるエコノミークラス症候群の原因となる血栓もできやすくなる。

 関東学院大人間環境学部の鈴木秀雄教授(生涯スポーツ論)は「とにかく歩くこと」と呼び掛ける。「歩いて、うなじからかかとにつながる『抗重力筋』を使った方が良い」

 人間は不安な気持ちになると、肺の換気量が落ちる。歩行には換気量を上げる効果もあるという。

 「朝起きたら、できるだけ何かを食べることが大切」とも。朝食を食べないと、体は自然と体内のエネルギーを“倹約”し、活動性が下がる。朝食を取り、時折歩くことで「血液循環が良くなり、毛細血管に血液が行き渡って、全身に活力が出る」。

 血栓予防には積極的な水分補給が不可欠だ。トイレに行く回数を減らすために水分を減らす被災者もいるが、理想は「一日二リットル」と鈴木教授。加齢に伴い、のどの渇きを自覚しづらくなるが、「五百ミリリットルのペットボトルを活用し、量を把握しながら飲むと良い」と助言する。

 寝る際の姿勢についても注意が必要だ。日本脳神経外科学会評議員の真田祥一医師によると、同じ姿勢で眠り続けると、肺炎やぼうこう炎の危険性に加え、硬い床の上では皮膚が赤くなるなど床擦れの第一段階も起きる。

 そこで真田医師が勧める姿勢は、横向きで、座っているような膝の曲げ具合=イラスト。「一晩のうちに最低でも四回ぐらい、横向きから横向きへと寝返りを打って」

 周囲にぶつかるのではと遠慮しがちだが、寝返りの大切さを話し、融通し合おう。

 避難所内で周りの理解を得られれば、大きな声で雑談したり、一緒に歌ったりするなど、横隔膜を動かしてから寝ると循環障害の予防になり、ストレスの発散も期待できる。

 寝起きには血流が滞りやすい足の部分をやや持ち上げ、深呼吸を繰り返してから体を起こすとよい。横隔膜が大きく動き、肺や心臓のポンプ作用が増強される。

 さらに、真田医師は「たばこは血管を収縮させる」として、受動喫煙も含め、極力避けるよう呼び掛けている。


http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shiga/news/20110323-OYT8T01102.htm
風邪患者増受け製薬9社、薬寄付

 県は23日、県内製薬9社から救援物資として一般用医薬品の寄付を受けた、と発表した。福島県に向けて24日朝に出発する派遣職員のバスに載せ、現地に届ける。

 一般用医薬品は医師の処方がなくても服用が認められ、常備薬として避難所などに置くことができる。県によると、被災地の避難所では暖房不足などから風邪などの症状を訴える被災者が増え、一般用医薬品の需要が高まっている。

 今回の寄付は風邪薬や胃腸薬、せき止めなど段ボール約30箱分。県は今後も寄付を募り、最終的には一般用医薬品計約4トンを届けたいとしている。寄付企業は以下の通り。

 伊丹製薬(高島市)鼻炎カプセルなど▽大昭製薬(甲賀市)マスク▽昭和化学工業(同)胃腸薬▽日新製薬(同)総合感冒薬など▽日新薬品工業(同)トローチ剤など▽日本製薬(同)下剤など▽滋賀県製薬(同)うがい薬など▽日野薬品工業(日野町)総合感冒薬▽有川製薬(彦根市)健胃薬など
(2011年3月24日 読売新聞)


http://www.m3.com/iryoIshin/article/134334/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
東日本大震災(医療関係団体)
JMATに日精協が協力、「心のケアが重要」と横倉日医副会長
3月22日現在62チームを派遣、期間延長の方針

2011年3月24日 村山みのり(m3.com編集部)

 日本医師会は3月23日、定例記者会見において、日本精神病院協会から協力の申し出を受け、今後、JMAT(日本医師会災害医療チーム)に、精神科・心療内科を専門とする医師を加えて活動を行うよう準備を進めていることを発表した。横倉義武・副会長は、「被災から10日が過ぎた。今後、心のケアの問題が重要となってくる」と述べた。

 JMATは、全国の都道府県医師会において編成されたチームが、1チーム当たり3日から1週間、岩手県、宮城県、福島県、茨城県の4県で被災地の医療機関や避難所の医療を支援するもの(『「医薬品等の不足はガソリン不足が原因」、原中日医会長』参照)。警察の検視官、歯科医師とも連携して活動に当たっている。横倉氏は、3月22日現在、62チーム(岩手県10チーム、宮城県37チーム、福島県10 チーム、茨城県5チーム)が派遣済みまたは派遣中であり、さらに68チームが派遣のできる状況にあると説明。今後の派遣について、「岩手県は、ガソリン不足の問題により、現地から派遣を待つよう要望されていたが、4月1日から増強する予定。他の県については、場所によっては他の地域に住民が移っていることもあるので、それを勘案しながら現場の要請に応じて対応していきたい」とした。

 また、横倉氏は、3月22日に東北6県ならびに茨城県医師会長とテレビ会議を行ったと報告。「各県から状況を聞いた。JMATの派遣を受けた県の医師会長からは、今回の活動について非常に感謝するとの言葉をいただいた。現場の医療機関も一生懸命頑張っているが、どうしても疲れてくる。そこに新しいチームが入ると、医療機関でも避難所の巡回診療においても非常に助かっているという。各県の会長の意見では、できるだけ継続した長期の支援が必要になるとのことだった。派遣を行う都道府県ごとに担当地域を決めるなど、チーム間での連絡が円滑にできる仕組みも考えたい。JMATを派遣し支援を行った石川県や富山県の医師会からは、活動内容や問題点についての報告を受けた。避難所も徐々に集約されつつあり、地元の医療機関が十分にケアを行える地域も出ている。これらを踏まえ、今後の活動の方向性を検討していきたい」と説明した。なお、会議は全国の30都道府県医師会も視聴し、情報共有を図ったとのこと。

 原中氏は、JMATの派遣を、当初予定の1カ月より延長し、長期的に支援を行っていく考えを示した。「チーム数は、全国の郡市医師会数に匹敵する数になると推定している。DMATは短期間で終了するが、その後のケアが重要。JMATの働く場所は、避難所、患者が救急搬送される病院でなど、現地の判断で決定している。避難者は、地震・津波による被災者、原子力発電所事故により帰宅できない住民など、それぞれに環境が異なる。一生懸命に心を癒し、味方になれるような活動を行いたい」(原中氏)


http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/osaka/news/20110324-OYT8T00084.htm
被災地宮城で検視 府監察医「息長い活動必要」

 東日本巨大地震の被災地で遺体を検視した府監察医で堺市医師会の河野朗久医師(49)が23日、同市役所で記者会見し、活動を報告した。遺体の大半は津波による水死で、中には我が子を抱いたままの母親もいたという。今後も多くの身元不明遺体が収容されるとみられ、息の長い検視体制の必要性を訴えた。

 仙台市医師会の要請で15~17日、宮城県利府町に派遣された。堺市、府両医師会の医師3人や現地警察官、歯科医師とチームを組んで体育館に搬入される約100体を検視したという。

 河野医師は阪神大震災でも検視に携わった。未明に発生した同震災では、就寝中に倒壊した自宅で圧死した遺体が多く、身元の特定は比較的容易だった。

 しかし、今回は屋外に流されているうえ所持品のない遺体も多く、身元が判明したのはわずか7~8体。指紋やDNA鑑定に用いる血液など、将来の身元特定につながる試料の採取に力を入れているという。

 遺体の中には、津波から我が子を守ろうとしたのか、赤ちゃんをしっかり胸に抱きかかえた母親のほか、手をつないだままの成人男性2人もいたという。2人は兄弟とみられ、河野医師は「逃げる間もなかったのだろう。一瞬にして町を破壊し、命を奪ったことがうかがえる」と厳しい表情で振り返った。

 被災地では運び込まれる遺体の数はピークを過ぎたが、河野医師は「検視は今後も数か月から半年は続く」とみており、医師と歯科医師、警察の3者がバランスよく長期的に取り組める体制づくりが必要だという。

 今後、遺体は損傷が進んで検視はさらに困難になるとみられるが、河野医師は「遺族のために、たとえ時間がかかっても丁寧に分析すべきだ」と語った。

 <大阪空港就航先 物資輸送で支援 きょうから豊中市>

 東日本巨大地震を受けて豊中市は23日、大阪(伊丹)空港からの就航先で被災地の3市1村に救援物資を送ると発表した。全日空が実施している救援物資無償輸送協力を利用し、第1便として24日に福島空港のある福島県須賀川市、玉川村へ運ぶ。

 ほかは仙台空港のある宮城県名取、岩沼の両市。浅利敬一郎・豊中市長が国内線就航都市との連携強化のために4月に両空港への訪問を計画していたが、地震の発生で物資輸送による支援に変更した。

 届ける物資は、各市村の要望に基づき、豊中市の災害用備蓄品でまかない、不足分は購入する。第1便は粉ミルク87缶、哺乳瓶87個、紙コップ1000個を手配。現地の状況確認と支援策の検討のため、市空港室の職員2人も同行する。

 宮城県の2市には、現在、空港が閉鎖されているため、輸送手段を調整して支援を行う。

 <府、産直品も流通制限 放射性物質検出で独自策>

 橋下知事は23日の記者会見で、東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴い、基準値を超す放射性物質が検出された農産物の出荷制限を政府が指示したことに関連し、市場を通らずに産地直送された対象品目についても流通を制限する府独自の対策を発表した。出荷制限は市場の流通を防ぐだけで、量販店や飲食店などが独自に産地直送で仕入れるケースまで規制がかからないことから、流通制限の網の強化を図ったものだ。

 府では、関係する業界団体に対し、出荷制限がかかっている地域から産地直送で仕入れた対象品目の回収要請を行うほか、食品衛生監視員が店舗などへの立ち入り検査も行う。未回収の場合は、食品衛生法に基づいて強制回収する方針で、橋下知事は「ダメとされる農産物は府内で流通させない。消費者は安心してほしい」と強調した。

 <ノーパンク自転車 被災地の足に 堺市、仙台へ144台送る>
トラックに積み込まれるパンクしない自転車(堺市西区で)

 自転車製造が地場産業の堺市は23日、地震被災地での救援活動に使ってもらおうと、タイヤに樹脂を詰めたパンクしない自転車144台を仙台市に送った。阪神大震災の時にはパンクして使えなくなった自転車が相次いだため、教訓を生かして工夫した。

 被災地では、道路事情の悪さやガソリン不足で車が使いにくく、救援活動にあたる人や、肉親捜しのために避難所を回りたい人の移動手段が課題になっている。

 堺市は、自転車の製造品出荷額の市場占有率が全国の6割を占める。市が堺自転車製造卸協同組合に協力を要請したところ、1台あたり実売価格の約半額の2万2000円で購入できた。

 同組合の武田正理事長は「くぎやガラス片が散らばっている被災地の足として役立つはず」と話し、仙台市内の区役所やボランティアの拠点などに配備される。市は、近くあと156台を別の被災地にも送る予定。
(2011年3月24日 読売新聞)


http://www.cyzo.com/2011/03/post_6832.html
東日本大震災「現場はもう限界だ!」メーリングリストで叫ぶ医師たちのSOS

 死者・行方不明者が1万9,000人を超えた東日本大震災は、医療施設にも壊滅的な打撃を与えている。医薬品や燃料、治療に当たる医師や看護師らも不足する中で、現場からは「もう限界を超えている」との声が次々とあがっている。

 窮状を訴えているのは、被災地の医師や現地に派遣された医療関係者らによるメーリングリスト(以下ML)「地震医療ネット」。過酷な状況下で命を落とす患者も後を絶たない中、このMLを立ち上げたのは、東京大学医科学研究所特任教授・上昌広(かみ・まさひろ)氏。そのメールの中身は、どれも極めて深刻だ。救援物資が被災地へ届き始めたことを伝えるニュース映像をたびたび目にする一方で、その流れからまったく取り残されて「今日、明日が限界」と切実に訴える医療機関が数多くあるのだ。

 たとえば、ネット上で「茨城の情報がテレビでほとんど流れない! どうなってんだ!?」との声も聞かれる茨城県。このMLに参加する、ある病院の医師によれば、茨城県内の病院小児科29施設のうち、今回の地震で1施設が入院受け入れを現在中止し、10施設(34%)が外来機能を一部制限、さらに16施設(55%)が手術を制限せざるを得ない状態にあるという(3月18日現在)。これにより、地域の子どもたちの命が重大な危機にさらされているのである。

 また、実際には深刻な事態に陥っていながら、避難勧告エリアに入っていないなどの理由で「物資が素通りして」いる施設も少なくない。以下は福島県「村松総合病院」医師のメールより。

「こちらは『他の地域ほどの惨状ではない』という印象をもたれており、報道されることもないのですが、非常に困惑しています。県には報告しておりますが、こちらの窮状が伝わらず、今のところ何もしてくれません。(略)物流が悪く、まだ先が見えません(略)食料も限界に近づいています。特にレトルト食品をせめて送ってもらえれば助かります」(3月18日12:20のメール)

 こうした過酷な状況は、患者はもちろん医師たちにも大きなストレスとなって蓄積している。

「じわりじわりと、そろそろ職員の間でも健康障害を訴える人が出てきました(略)震災から一週間がすぎ、職員が倒れかけています。一般市民と同様に、職員も家族をなくして、それでも懸命に働いておりますので、疲労とともに精神状態もかなり不安定になってきています。現状では職員のケアまで手が回る状態ではなく、ボランティアで来てくださるカウンセラーの団体等の(心のケアの)情報を必死で求めている状態です」(3月18日16:38 秋田社会保険病院)

 この他にも「(医師の)不用意な発言によりパニックになったナースがいる」(施設名不明)など、医療従事者らの精神状態は限界に近づいている。

 さらに「石巻赤十字病院」からは次のような信じたくない声も届いている。

「避難所への支援が遅れているため、市内の店や住宅で略奪が頻発しています。日本でですよ!」(3月19日0:20のメールより)

 まさに修羅場と化している被災地の医療現場。こうした現状を専門家はどう見るのか。「株式会社医療タイムス社」の元取締役で、医療問題に詳しいフリー記者の小野貴史氏は次のように言う。

「私の実家の茨城県の家屋も被災しました。不眠不休で懸命に治療にあたっている医療従事者には心から敬意を表します。これだけ想定外の事態となれば、政府の指揮命令系統には期待しないほうが現実的でしょう。柔軟な対応が必要です。有事において手続き原理主義は被害を拡大させるだけですから。情報は現場にあり、最も的確な判断ができるのは現場です。行政をあてにせずに民間同士・専門家同士のネットワークとフットワークをフルに活用する仕組みが有効です。その意味で、『地震医療ネット』のようなネットワークの情報を、関係者らは即座に活用して被災地の救援に動いてほしいと思っています」

 おりしも厚労省は、病院同士で許可なく薬や医療機器のやりとりをしても薬事法違反にならないという特例を、地震発生からようやく一週間が経過したこの18日に定め、各都道府県に通知して被災地への援助を遅まきながら後押しした。これを受けて、医師の中には個人的な人脈を駆使し、地方議員を動かしながら地元のタクシー会社やバス会社を使い、病院から病院への医薬品の輸送を始めている例もあるという。「地震医療ネット」に関わる関係者は、この惨状を多くの人が知り、情報が拡散することで、輸送手段や人員を確保する道筋が開けることを期待している。患者や医療従事者に残されている体力にもはや余裕はない。

「疲労のピークである。休息のない仕事はミスも呼ぶ。人手が欲しい」(石巻市・相馬中央病院)

 今も現場からは血の叫び声が届いている。
(文=浮島さとし)

※編集部より
当記事は、MLに参加する医療関係者からの情報提供と「被災地の医療現場の実情を多くの人に知ってもらいたい」という記事化の依頼にもとづいて作成しましたが、一部医師が投稿したメールの内容に関して、「事実と異なる報告がされている」といった指摘を読者からいただきました。編集部で検討した結果、当該メールの内容は、個人による主観的な見解も含まれており、誤解や風評を生む恐れがあるため、該当箇所のみ削除させていただきました。ご了承ください。


http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20110324/CK2011032402000094.html
被災者支援、息長く ケアに当たった県内保健師訴え
2011年3月24日

 東日本大震災で、県内の保健師が避難所に身を寄せる人たちの健康状態のケアに当たっている。活動する岩手県大槌町の大槌高校には物資が届きつつあり、電気も復旧したが、保健師たちは「今は皆さん気が張っているが、長期化して心身両面で一気に疲れが出てくるときが心配」と途切れのない支援を訴える。

 保健師は4人1チームで第1陣が15日に出発し、17日に大槌高の避難所に保健師として初めて入った。現在は交代した第2陣が泊まり込む。

 「愛知から来ました。お体どうですか」「気に掛かるところはないですか」

 670人が寝食を共にする体育館や教室で一人ずつ声を掛けて回り、お年寄りの血圧を測ったり、持病のある人に手持ちの処方薬を尋ねたり。「健康相談票」に記入し、経過観察する。切迫早産の可能性がある妊婦も見つかり、落ち着ける教室に移し、受診できるよう手配したという。

 避難所では炊き出しが始まり、医師による救護所も設置された。ただ、ガソリン不足で、避難所から離れた病院に薬をもらいに行くのは難しい。衛生状態も悪く、頭から海水に漬かりながら、体を洗えない避難生活に疲れ切った人も。第1陣で派遣された一宮保健所の竹島久美子さん(49)は「髪は潮のにおい、かゆみも出て、感染症のリスクも高まる」と心配する。

 県は当面、5月上旬まで交代でチームを派遣する計画を組み、避難所だけでなく自宅にとどまる被災者の訪問も始めた。第1陣のリーダーだった瀬戸保健所の中沢和美さん(52)は「今は集団感染もないが、避難疲れが深刻になれば、免疫力も低下する。精神面も含め、あらゆることを予測した対応が必要だ」と話している。

 (岩崎健太朗)


http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/280599.html
薬剤師不足も深刻 支援活動の道薬科大教授ら語る
(03/24 06:55)

 【小樽】北海道薬科大(小樽市)の古田精一教授(51)と野呂瀬崇彦准教授(42)が23日、東日本大震災の被災地、宮城県石巻市での6日間の医療支援活動を終え、小樽に戻った。2人は「血圧、糖尿病など慢性疾患の薬だけでなく、目薬や皮膚炎の塗り薬も足りない」などと話した。

 薬剤師の資格を持つ2人は宮城県薬剤師会の要請を受け、16日早朝にワゴン車で小樽を出発。17日早朝に石巻市に入り、災害派遣医療チームに加わった。

 古田さんは同市役所の避難所を拠点に他の避難所を巡回し、必要な薬を確認したり、届けたりした。野呂瀬さんは石巻高校の避難所に泊まり込み、1日300人以上の患者に薬を渡したという。

 野呂瀬さんは災害対策本部を通じて行っていた薬の手配を、避難所などの仮設診療所が薬品卸業者に直接連絡して手配する仕組みをつくった。

 処方箋に書かれた薬がない場合は医師の了解を得て、効き目が同じ別の薬に変えるなど、臨機応変に対応したという。

 2人は「避難所も医療チームも薬剤師が不足していた。被災しながら奮闘する医療関係者への支援が必要だ」と口をそろえていた。


http://mainichi.jp/area/nagasaki/news/20110324ddlk42040524000c.html
つなごう希望:東日本大震災・長崎から 民医連が支援報告 /長崎

 全日本民医連の医療支援で4日間、宮城県塩釜市の災害拠点病院で活動した長崎市・上戸町病院の医師、宮崎幸哉さん(52)ら4人が23日、長崎市で支援報告した。

 4人は1日30~40台の救急車がやってくる中、重傷度に応じて患者を振り分けて診察。ガソリン不足のため、歩いて周辺の避難所を回り、被災者の健康状態を診たという。宮崎さんは「精神的ストレスは高齢者や子どもたちに強く出ていた。結核やインフルエンザの集団感染もあり、感染症対策は重要」。さらに「離れた診療所は医療支援がまだ十分ではない。往診した避難所の管理者は『医師がいない間に急病人が出たら』と不安な様子だった」と課題を話した。
〔長崎版〕

毎日新聞 2011年3月24日 地方版


http://gendai.net/articles/view/syakai/129570
【東日本大震災関連情報】
米「タイム」が指摘 日本の支援は途上国以下
2011年3月24日 掲載

来日した外国人医師は診療できず…
 日本の救援体制は開発途上国以下――。22日、米誌「タイム」(電子版)がこんな批判的な記事を掲載した。
「官僚機構が救援を遅らせているのか?」というテーマで、「日本よりはるかにインフラ整備が遅れている開発途上国でさえ、災害発生から4日もたてば援助物資が被災民の手に届く。だが東北では10万人の自衛隊が救援活動を行っているにもかかわらず、援助物資が届くのに恐ろしいほど時間がかかっている」と指摘した。
 同誌は日本の入り組んだ官僚機構に問題があり、規制好きな国民性が“合法的な壁”として立ちふさがっているとして、以下の実話を挙げている。
 日本の船会社が湾岸地域に救援に向かうコンテナ船をヘリの着陸用に提供すると申し出たが、政府は船会社に正式な資格がないことからこの提案を断った。
 来日した外国人医師団が患者の診察を申し出ても、日本の医師免許がないという理由で門前払い。医師らは医療行為ともいえない最小限の援助活動をするしかなかった。政府は地震から6日後の17日になって外国人医師の医療行為を認める方針を打ち出したが、遅きに失したといわざるを得ない。
 また、海外から高齢の被災者のために薬品が寄付されたが、日本の行政当局が承認していないという理由で現地に届けることができなかった。
 輸送業者は許認可特権を持つ官僚ににらまれるのを恐れて表立っては口にしないが、不満タラタラで物資を運ぶ許可を待っている。寄付された物資は地震と津波の数時間後には東京に届いたのに、いまも倉庫に眠っているというからバカげた話だ。
 もちろん、政治家がその気になれば、こうした規制を取っ払うことができる。官僚機構と政治の怠慢が被災者を見殺しにしたといえそうだ。

元記事
http://www.time.com/time/world/article/0,8599,2060773,00.html
Is Japan's Bureaucracy Strangling Humanitarian Aid?
By Hannah Beech / Tokyo Tuesday, Mar. 22, 2011

By 9:30 a.m. local time on March 22, the emergency shelter at Saitama Super Arena, just north of Tokyo, had reached its maximum capacity of 500 volunteers. The other 1,500 do-gooders wanting to help the displaced people of Futaba, the town closest to ground zero of the earthquake- and tsunami-damaged Fukushima Daiichi nuclear plant, were turned away by volunteers holding hand-printed cardboard signs that said "We are sorry, but we cannot take any more volunteers. Please try again tomorrow."

Inside the arena, which normally hosts rock concerts, some 5,000 earthquake, tsunami and nuclear-plant refugees, including those from Futaba, were trying to carve out a normal routine in their makeshift homes, composed of squares of blankets and mats. There to help them were the volunteers, who handed out free bananas, blankets, diapers, toys and other necessities for people who escaped with little more than the clothes on their backs. Some volunteers held signs presenting complimentary day-care services, while others offered free shampoos, blow-dries and shaves at local beauty parlors. "It's the least I can do," said Hideyuki Tanaka, a stylist with dyed blond hair who held a sign offering free salon services. "I don't have any other skills except for this, so I thought I could make this small contribution." By noon, some 60 evacuees had taken advantage of free services at his Maggie Friends beauty salon.

The Saitama emergency shelter is a model of organization and goodwill, with masking-tape arrows pointing the way to the bath, food and clothing lines. Bowing, smiling volunteers shepherd dazed-looking evacuees from one line to another. But in northeastern Japan, where an estimated 21,000 are dead or missing and another 350,000 are homeless as of March 22, the country's labyrinthine bureaucracy has seriously hampered efforts to deliver aid. Some shelters still have no heat, while others are rationing rice balls. In a country that prides itself on efficiency, the fact that 11 days after the earthquake, displaced people are still hungry and, even if they have cars, cannot get food because of a shortage of fuel is a shocking turn of events. The aid bottlenecks are all the more surprising given that most Japanese anticipated that their government would respond quickly. "There are very high expectations of the government here, and civil society is struggling to find its place," says Randy Martin, director of global emergency operations for Mercy Corps, a U.S.-based NGO. "The most important thing is to get the supply chain going again."

In other natural disasters that I've covered, steady streams of local and international aid have usually converged upon the stricken area within four days of the event. This has happened even in developing-world countries with far less infrastructure than Japan has. But in Tohoku, as Japan's northeast is called, aid has trickled in agonizingly slowly, despite the mobilization of 100,000 Japanese soldiers for the relief effort. It took more than a week after the earthquake, for example, for the region's highways, which are reserved for emergency vehicles, to be filled with the kind of aid convoys that typically race to disaster scenes.

One major bottleneck has been Japan's fondness for red tape. "In special times, you have to do things in a special way," says Kensuke Kobayashi, an IBM employee in Tokyo who has tried to organize relief efforts to Tohoku from the Japanese capital. "But in Japan, there is a legal wall that stops everything." Japanese shipping company NYK offered to provide a container ship for helicopters to land on when ferrying in relief supplies to coastal areas. But the government rejected the offer because the NYK shipmates lacked the proper licenses to help with such work. After some wrangling, volunteer foreign doctors were told that because they didn't have Japanese medical licenses, they could conduct only the "minimum necessary medical procedures" in the disaster zone.

Some medicine donations from overseas haven't reached the many elderly suffering in the earthquake's aftermath because Japanese regulatory agencies have not yet given the drugs approval. Local logistics companies have complained ― off the record, for fear of angering the bureaucrats whom they depend on for future licensing ― of days-long waits for permission from the central government to deliver donated goods. Only when their trucks get the magic pass can they start moving toward Tohoku. Until then, the boxes of relief goods, some of which were donated just hours after the earthquake and tsunami hit, sit in Tokyo warehouses.

Then there's fuel, which is in plentiful supply in southern Japan but all but impossible to procure easily in the north without special permits. To get even a 2.6 gal. (10 L) ration, cars in Tohoku often have to wait for half a day. When TIME wanted to accompany an NGO helicopter delivering aid to one stricken area, we were given permission on one condition: that TIME hire a car to drive the aid supplies to the airfield. The NGO's cars were out of gas and had no way to get the relief goods to the chopper. Such shortages have been repeated writ large, hampering even the efforts of major organizations like the International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies, which was one of the first groups on the scene.

There have been some extenuating circumstances. The radiation leaking from the Fukushima plant has meant that aid vehicles have to take a wide berth around a region contaminated by higher-than-normal radiation levels. Nevertheless, there are other ways to Tohoku. Indeed, one of the first organizations to start relief convoys in the northeast was none other than the yakuza, Japan's famous gangsters. Unconstrained by reams of regulations, the underworld representatives, whose business tentacles extend to the trucking business, simply started delivering aid on their own, without government approval.

Citizen volunteers have been actively discouraged by the government from jumping into their cars and delivering aid themselves. That's because after the 1995 Kobe earthquake, roads into the area were jam-packed with well-meaning citizens whose endeavors hindered larger aid efforts. But there's a fine balance to be struck between not overwhelming damaged infrastructure and leaving it worryingly underutilized. And while U.S. military aid sorties conducted from American bases in Japan have been accepted by the Japanese government, other international organizations have been quietly told they're not needed ― a stunning response given the magnitude of the disaster. "Everything has to go through government emergency centers," says one international NGO representative in Tokyo. "But they're very slow to respond and can't keep up with the flow of aid. They should let us get in there and start getting relief to people instead of worrying about paperwork."

Meanwhile, back at Saitama Super Arena, Kouhei Nagatsuka, 18, ponders the strange fact that he just graduated from high school without a proper ceremony in Futaba, the town next to where the Fukushima plant is located. On March 11, the earthquake destroyed his home ― or so he has heard from a friend who went back to the ravaged town to take a look. Nagatsuka and his family were first herded into an emergency shelter for earthquake and tsunami victims. Then, just as they were contemplating trying to salvage what they could from their home, a Fukushima reactor began spewing radioactive material into the air. Four days ago, they arrived as nuclear-plant refugees to Saitama.

As Nagatsuka scrounged for warm clothes for his four siblings in a heap of donated goods, news that steam and smoke were again pouring from two of the plant's damaged reactors spread among the displaced Futaba residents. (By Tuesday evening, plant engineers said they had laid power cables to all six of the facility's nuclear reactors, though it's not clear whether the electricity can be turned on or whether pumps needed to cool down overheating reactors will work.) Already, reports of vegetables, water and milk tainted by small levels of radiation from the leaking nuclear plant have raised concerns about the accident's long-term effects ― even if engineers are able to tame the reactors in the coming days and weeks. "I'm afraid I'll never be able to go back there," says Nagatsuka, who spent time volunteering when he was in high school. "I was supposed to start my adult life, but I guess I'll have to do that someplace else."



http://www.yakuji.co.jp/entry22445.html
【東日本大震災】支援推進で日病薬会長が談話‐医療チームへの参加も申し入れ

 日本病院薬剤師会の堀内龍也会長は、東日本大震災に関する会長談話を発表した。談話では、避難場所や病院との連絡が困難な中、可能な限り情報を収集し、日病薬として医薬品不足や医療従事者不足などへ、全力で取り組む決意を示した。

 具体的には、[1]情報収集[2]医療チームへの薬剤師参加に関する病院団体への申し入れ[3]ボランティア募集[4]義援金募集--などに取り組んでいく。

 日病薬対策本部では、正確な現地の情報収集を急いでおり、休日も本部役員や事務局が対応し、情報を受け付けている。特に、薬剤師の救援活動や活動予定、医療チームへの参加などの情報収集に力を入れているが、そのほか、被災地に関する様々な情報も提供を呼びかけている。

 現地からの情報では、DMAT(災害派遣医療チーム)を含め、医療チームで薬剤師が活動していることが明らかになっている。医療チームの派遣は、長期になることが予想されているが、現場では薬剤師が大きな役割を担っており、日病薬では医療チームに薬剤師を参加させるよう、日本病院団体協議会と日本病院会に申し入れを行った。日病協は申し入れを受け、会議で徹底することにしている。

 また、日病薬では、被災地の病院薬剤師が絶対的に不足し、疲弊状態にあることから、長期的な視点に立って、多くのボランティアを募っている。ボランティア募集は、基本的に日本薬剤師会と連携して取り組むが、それとは別に、病院薬剤師らしい活動を行うボランティアを独自に募集し、現地へ派遣することにしている。

 既に、独自に募集し、被災地の病院薬剤部や医療チームで働くボランティア登録者は、23日現在で55人に上っており、6人が被災地に派遣された。日病薬では被害の大きい宮城、福島、岩手の3県について、それぞれ東北大学病院、いわき市立総合磐城共立病院、岩手医科大学病院の薬剤部を拠点とし、各拠点病院薬剤部の要請に応じて、ボランティア薬剤師を派遣する。

 6人の派遣先は、東北大2人、岩手医大2人、共立病院1人、舞子浜病院1人。その他7人が出発準備中だ。現地での具体的な活動内容や医療支援チームへの参加は、各拠点病院が采配する。

 また、被災地へお薬手帳を支援物資として送付した。被災地では投薬日数を制限して処方しているが、複数の医師が交代で診察しているため、患者の投薬状況が十分に把握できない状況にある。そこで、被災者の投薬状況確認に役立てるため、東北大病院に約3000冊、岩手医大病院に約2000冊を送付した。

 義援金も、4月30日まで受け付けている。振込口座は、[みずほ銀行(0001)渋谷中央支店(162):口座名義=日病薬東北関東大震災義援金(ニチビョウヤクトウホクカントウダイシンサイギエンキン)、貯金種別=普通貯金、口座番号=1413296]

 問い合わせ先は、日病薬事務局経理課(電話03・3406・0485、FAX03・3797・5303)
  1. 2011/03/26(土) 05:20:58|
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