Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

3月30日 医療一般

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kochi/news/20120329-OYT8T01114.htm
へき地診療所 契約延長
(2012年3月30日 読売新聞)

 高知市の土佐山へき地診療所の運営について、市は今月末で期限が切れる高知大との指定管理者の契約を2017年3月まで延長することを決め、29日、市役所で協定式が行われた。

 同診療所は土佐山地区で唯一の診療所として1963年に開所した。当初、市が運営していたが、医師不足などで08年7月から指定管理者制度を導入し、高知大医学部に運営を委託。医師や看護師ら常勤スタッフ5人が、年間約5000人の患者を診療している。

 相良祐輔学長と協定を交わした岡崎誠也市長は「住民に信頼の高い医療を提供してもらっている」と謝辞を述べ、相良学長は「へき地医療は日本中の問題。患者の安心、安全を守るよすがにしていきたい」と話した。

 同地区の高齢化率は約42%と高く、所長を務める松下雅英准教授(44)は「患者が利用する送迎バスの利便性を高めるなど地区の診療所として役目を果たしていきたい」と決意を新たにしていた。



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/36935.html
光が丘病院、地域医療振興協に使用許可- 東京都
( 2012年03月30日 17:21 キャリアブレイン )

 日大が3月末で練馬光が丘病院(東京都練馬区、一般342床)の運営から撤退する問題で、東京都は30日、後を引き継ぐ公益社団法人「地域医療振興協会」に使用許可証を交付した。光が丘病院では、既に診療体制を縮小しており、職員の交代などを経て、4月1日午前零時に病院は引き継がれる。後継法人の公募の際、区は小児や周産期などの機能維持を掲げていたが、新病院の常勤医師数は、小児科と産科で現在の半数程度となる予定だ。

 これまで光が丘病院は、特に小児救急と周産期医療の分野で、地域医療に大きく貢献してきた。とりわけ小児科は、常勤医15人(専門医は11人)と非常勤医師に加え、系列の板橋病院からの派遣もあり、年間8000人以上の夜間救急患者の診療を行ってきたが、都によると、新病院の医師数は70人(常勤換算)となる見込みで、このうち小児科の常勤医は9人にとどまる見通し。

 区によると、同協会では、小児科医による24時間対応の診療を行い、入院患者の受け入れが可能な体制を整えるとし、産科については、4月から分娩を前提とした妊婦健診を開始し、今後さらに体制を充実させるとしている。

 光が丘病院の医師の多くが板橋病院に移るため、患者のカルテ(診療録)は同病院が保管し、今後、同病院から患者の情報提供を受ける。新病院の看護師数は180人(常勤換算)で、新病院では開業時、使用する病床を減らし、1年後に8割の稼働率を目指す方針。



http://mainichi.jp/area/hyogo/news/20120330ddlk28040404000c.html
八鹿病院:救急車受け入れ含む外科系、時間外を一部中止 水・金曜の週2回、来月から /兵庫
毎日新聞 2012年3月30日 地方版 兵庫

 公立八鹿病院(養父市)は29日、救急車受け入れを含む外科系の時間外救急(午後5時から翌日午前8時半)を4月から水曜と金曜の週2回中止すると発表した。

 八鹿病院によると、時間外救急は外科、内科各1人が当直し、救急車や来院する急病患者に対応している。外科は高齢の医師を除く10人が交代で勤務している。今月末で1人退職するため、勤務のローテーション維持が困難になったという。

 宮野陽介院長は「他の医師も中高年が多く、体力的に常時24時間体制は難しくなった」と説明している。他の曜日や内科系はこれまで通り24時間対応する。

 09年から常勤医が1人になっていた産婦人科に4月1日から1人が赴任し、常勤医2人体制となる。

 4月から従来の歯科を廃止して歯科口腔(こうくう)外科を開設する。今月末で退職する歯科医2人に代わり、4月1日から鳥取大医学部付属病院から専門医2人が着任する。従来の歯科に加え、口の中の腫瘍(しゅよう)など高度な医療に対応する。診療開始は4月9日。【皆木成実】

〔但馬版〕



http://mainichi.jp/area/wakayama/news/20120330ddlk30040515000c.html
杭ノ瀬診療所:市立唯一、来月から常勤医不在へ ネットなどで後任を募集、県立医大からの派遣も--和歌山 /和歌山
毎日新聞 2012年3月30日 地方版 和歌山

 和歌山市唯一の市立診療所「杭ノ瀬診療所」(同市杭ノ瀬)の常勤医が4月から不在となる。市は昨年12月から3回にわたって後任を募集しているが、問い合わせが1件あったのみ。当面は県立医大から医師の派遣を受けてしのぐ予定だ。【御園生枝里】

 市福祉保健総務課によると、同診療所は82年、医師が不在だった地域の住民健康保持のため開設された。10年度の年間利用者は約5000人で、現在の通院患者は約300人。スタッフは常勤医1人、看護師3人など非常勤を含めて計10人。

 現在の医師は08年5月に採用され、今月末、自己都合により退職する。市はインターネットや医療専門誌などで後任を募集。3度目の求人を今月12日~30日に行っているが、29日までに申し込みはない。採用は5月からとなる。

 南秀紀・市福祉保健総務部長は「医師の中にはいろいろな経験を積み、実力をつけたいと研究者や開業医を目指す人が多い」と話し、医師1人で指導者がいない診療所の環境が応募がない理由の一つとみている。

 市は県立医大に医師の派遣を依頼。同大総務課によると、4月から週3日(月、火、木曜日)、派遣できるという。

 近くに住む宮前第15区自治会長の辻岡計美(かずみ)さん(68)は「地域に密着した診療所。この地域は高齢化し、持病を持っている人も多いので、診療所の存在は貴重。1日も早く後任が決まるよう願っている」と話している。

 採用の問い合わせは市人事委員会事務局(073・435・1371)。



http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=56646
高野山病院 診療所に…和歌山
患者減少で1日から 入院は短期のみ 往診導入

(2012年3月30日 読売新聞)

 和歌山県高野町高野山の町立高野山病院が4月1日から、入院用ベッドを41床から2床へ減らし、町立高野山総合診療所に変わる。

 患者数の減少により経営状況が厳しくなったためで、入院は、緊急に搬入された患者の転送先が見つかるまでの短期的なものに限るが、医療スタッフ数は現状を維持し、外来診療や救急医療は従来通り維持し、新たに訪問診療・看護に取り組む。

 同病院は1945年に設立された。地域医療の拠点として機能してきたが、1日の患者数は、外来が2004年度の154人、入院が1983年度の42人をピークに減少。2010年度にはそれぞれ92人、13人に落ち込み、町は一般会計から病院事業会計へ約2億1300万円を繰り入れた。背景には、町の人口減少に加え、町外の専門的な医療機関で治療を受ける人が増えていることがあるという。

 経営立て直しのため、町は長期入院は受け入れないことにし、昨年夏から町民への説明会を開催。「遠方の病院へ入院すると、家族の負担が大きくなる」などの反対意見もあったが、町は「入院患者が激減しており、看護師も不足気味なため、やむを得ない措置」としている。

 診療科は内科、外科、小児科、眼科の四つで、常勤の医師は4人、看護師は12人と、4月以降も現状を維持する。在宅医療に力を入れ、医師は通院が困難な患者宅を訪問、看護師は、患者や介護が必要な人たちの療養生活を支援する。大勢の観光客が訪れることもあり、救急医療は週末を含めて24時間体制を保つ。



http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1203290035/
真鶴町国保診療所が常勤内科医不在解消へ、法人委託で打開/神奈川
2012年3月30日 カナロコ 神奈川新聞

 常勤内科医が“不在”となっていた真鶴町国民健康保険診療所(15床、同町真鶴)が4月から、医療法人に診療を委託する形で医師を確保することになった。後任探しが難航する一方、外科が専門だった唯一の常勤医が3月末で定年を迎えるなど綱渡りが続いていたが、需要の多い内科を中心とした新たな診療態勢で医療サービスの充実を図る。

 同診療所は昨年4月から常勤内科医の不在が続き、内科を掛け持ちしてきた外科専門の所長は今月いっぱいで定年退職。町内には医療機関が2カ所しかなく、同診療所を「地域医療の拠点」と位置付けている町にとって、後任探しが急務となっていた。

 2010年9月から常勤内科医を募集したものの、問い合わせは少なく難航。医療コンサルタントの助言もあって委託を検討し、山北町の医療法人社団「恵風会」と年間約2400万円での1年契約に至った。

 4月以降の態勢では、月曜と水~土曜に同会の内科医が診療。

 中には、小児科や皮膚科診療の経験がある医師もいるという。

 さらに、火、木曜は東海大などの非常勤医が引き続き派遣され、退職する所長は非常勤職員として月曜の外科と訪問診療を受け持つ。

 同診療所の1日の患者数は減少傾向で、最近は約40人で推移。うち7割近くが内科を受診している。町の高齢化率は30%を超えており、町は今後さらに基礎的な内科診療の需要が高まるとみている。

 町担当者は「診療所の運営は赤字が続き、10年度は一般会計から約5千万円を繰り入れた。診療態勢を充実させながら患者数を増やし、収支のバランスも改善させたい」としている。



http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20120330/CK2012033002000026.html
医療がかわるとき 練馬光が丘病院<上> 患者 「行き先まだ」不安も
2012年3月30日 東京新聞

 練馬区の医療の中核を二十一年間担った日本大学医学部付属練馬光が丘病院の運営が、四月一日午前零時に日大から公益社団法人「地域医療振興協会」へ交代する。準備期間わずか半年という厳しいスケジュールでの新病院開業。区民や患者の不安や混乱が続く中、オープンを迎える。

 日大撤退まで一週間となった二十三日。患者がまばらな光が丘病院で、全身まひの夫(72)の車いすを押していた女性(73)は「四月からの行き先がまだ決まらない。とても不安」と吐露した。

 自宅から歩ける距離の光が丘病院に引き続き通うのが望ましい。しかし、「脳神経外科、皮膚科、泌尿器科などたくさん受診している。主治医は、新病院ですべて診療できるか分からないと言う。もしだめだったら…。遠くへ通うのは経済的、体力的に大変」。

 光が丘病院の医師が病院引き渡しに向けて患者の移動を始めたのは、今年に入ってからだ。日大本部は昨年七月に撤退を表明したが、医学部を中心に存続を探る動きが続き、対応が遅れた。

 患者の紹介先は、日大の本院で隣接区にある板橋病院や区内の病院、診療所など。新病院は医師がなかなか確定せず、提供される医療内容を確認できないとして積極的には紹介していなかった。

 患者らにとっては通いやすさも重要だ。意識不明で人工呼吸器を付けて入院している男性(64)の家族は、主治医から転院を言われた。男性の妻は脳性まひで、電動車いすを使用している。妻は、日大の紹介先病院をいくつも回ったが、一度の充電では往復できなかったり、病室が狭くて入れなかったりして男性に付き添えない。

 二月、日大撤退で困る人々の声を聞こうと結成された「患者の会」の集会で状況を打ち明けたのがきっかけで日大が振興協会へ打診。新病院へ引き継がれることが決まった。

 区内のある病院長は「光が丘病院の患者が他の病院を経由してうちに回されてくることもある。行き先が決まっていない人は結構多いのではないか」と心配する。

 時間がない中、個々の医師の努力で医療が守られた例も。全身まひの患者の体の緊張を和らげる「ITB療法」を光が丘病院で実施してきた日大の医師は、区内の診療所に月二回勤務することを決め、引き続き自分で患者を診る体制を整えた。

 同療法は都内でも実施は十カ所のみ。光が丘病院も日大の手を離れれば、行わなくなるのは確実だった。診療所側も「医療の幅が広がり、ありがたい」と歓迎する。地域に、日大光が丘病院での医療が受け継がれた。

<練馬光が丘病院> 経営破綻した練馬区医師会立病院を引き継ぎ、日大が1991年から運営。土地・建物は区の所有。小児救急では区内で受ける3分の1にあたる年間約8千人以上の患者を受け入れてきた。2年前、赤字経営を理由に日大が区へ撤退を通告。昨年7月に公表されると日大医師や区民らの間で存続運動が起きたが撤退は覆らなかった。



http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.2182461.article.html
佐賀大附属病院、「地域総合診療センター」を新設
2012年03月31日更新 佐賀新聞

 佐賀大医学部附属病院は30日、佐賀市立富士大和温泉病院内に新設する「地域総合診療センター」の開所式を行った。臓器や疾患を限定せず、患者の全身状態を診ることができる「総合内科医」の育成を目指す。附属病院から若手医師2人が常駐勤務し、地域医療の現場で臨床経験を積みながら、知識と技術を身につけていく。

 センター常勤の若手医師は、附属病院が定期的に派遣する講師クラスの医師の指導を受け、患者の診療や回診に当たる。常勤医は半年から1年で交代し、数多くの総合内科医を育成する方針。4月から業務を始める。

 開所式には附属病院や佐賀市の関係者が出席。センター長を務める附属病院総合診療部の山下秀一教授は「地域医療の崩壊を食い止める最善策が総合内科医の育成で、センターはその拠点。どんな病気の患者も診ることができる懐の深い医師を育て、県内各地で活躍してもらいたい」と述べた。



http://sankei.jp.msn.com/region/news/120331/mie12033102130001-n1.htm
名張市立病院 常勤医4人増 三重
2012.3.31 02:13 産經新聞

 名張市は、同市立病院の常勤医が4月から4人増えて25人となる見通しを示した。

 増員となる4人のうち、3人は内科に配属。1人は三重大病院の総合診療科で内科を担当する医師。名張、伊賀両市の拠出金で同月から三重大に設置され、伊賀地域の医療体制についての調査・研究などをしてもらう寄付講座の助教を務める。他の2人は3月末で2年間の研修期間を名張市立病院で終える研修医。その後も引き続き残るという。さらに、外科には県外から1人を採用する。

 名張市によると、内科については以後も常勤医の増員が見込めるという。5月から1人、9月からさらに1人が加わるメドが立っているとしている。同市の亀井利克市長は「増員により、救急医療にもしっかり対応できる態勢を整備したい」と話している。



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/36933.html
国立・労災病院「脱独法化」へ検討開始- 厚労省、年内にも報告書
( 2012年03月30日 14:56 キャリアブレイン )

 厚生労働省は30日、「国立病院及び労災病院の新しい法人制度に関する検討会」(座長=永井良三・東大大学院教授)の初会合を開き、国立病院を運営する国立病院機構と、労災病院を運営する労働者健康福祉機構の両独立行政法人について、2014年4月の新法人制度移行に向けた検討を始めた。13年の通常国会への関連法案提出を目指し、年内にも報告書を取りまとめる。

 この検討会は、1月に閣議決定された「独立行政法人の制度及び組織の見直しの基本方針」で、両独立行政法人について「14年4月より新たな法人制度に移行する」とされたことを受けて設置された。
 主な検討事項は、▽社会や医療ニーズの変化に対応した病院運営▽法人の経営努力を促進する財政運営▽目標・評価▽国民目線での情報公開・発信―の在り方で、5回程度の会合を開いて議論を取りまとめる。

 初会合では、両法人からのヒアリングを行った。
 この中で国立病院機構の矢崎義雄理事長は、年間利益をどう使うかを政府が判断する独立行政法人の制度は、「医療になじまない」と指摘。民営化が実現すれば、「中長期的な投資が可能になり、医療サービスの質が格段に向上する」との期待感を示した。



http://mainichi.jp/area/saitama/news/20120330ddlk11040174000c.html
志木市立市民病院:小児科入院医療休止で揺れる 来月休止、一転撤回 秋以降見通し立たず /埼玉
毎日新聞 2012年3月30日 地方版 埼玉

 志木市立市民病院(同市上宗岡)が、小児科の入院医療休止問題をめぐり揺れている。長沼明市長がいったんは経営難を理由として4月からの休止を発表したが、その後方針を撤回し秋ごろまでは入院患者を受け入れることになった。しかし受け入れ患者数は半減しそうなうえ、秋以降の見通しは立っていない。赤字経営の改善策として、市は公設民営化などの経営改革を検討しているが、こちらも具体的な道筋は不透明だ。【高木昭午】

 市民病院は79年開院。内科、外科などを有し、病床数は100床。このうち小児科は45床で、救急患者を引き受け年間にのべ約1万2000人を入院させてきた。

 長沼市長は1月に休止方針を表明した際、小児科の年間赤字額が約1億6000万円に上ることを挙げた。市によると、小児入院患者の約8割が新座、朝霞、和光、富士見、ふじみ野の5市と三芳町の患者だという。長沼市長は「周辺70万人の小児救急を、人口7万人の志木市が担うのはつらい」とも述べた。

 休止に反対する6市町の首長は3日後、「応分の負担をするので入院医療の継続を」と要請。長沼市長は、3月末で退職が決まっていた清水久志院長ら小児科医3人を慰留し、4月から半年程度は、院長は非常勤、他の2医師は常勤として病院に残ることになった。

 1月の段階で、市民病院の後を受け小児入院医療に名乗りを上げたのが「菅野病院」(和光市)だった。しかし同病院は条件として、志木市など4市に年約1億円の財政支援を要請。4市は難色を示し菅野病院は小児医療を断念した。子供の入院先確保は再び志木市の肩にかかった。

 市が3月定例議会に提出した来年度病院予算では、小児入院を9月まで続け、10月から休止することになっている。長沼市長は秋以降について「予算とは別に、入院医療継続に努力する」と話すにとどまっている。

 清水院長は毎日新聞の取材に対し「4月には非常勤医師や看護師の一部が退職し、今の小児科45床が実質20床程度になるのは避けられない。私や他の2医師が残るのは長くて9月まで。その後の見通しはない」と話す。

 一方、病院の赤字体質の改善について、市は2月、外部識者らによる「市民病院改革委員会」を設置。特定の大学名をあげた付属病院化案なども出されたが、2月の最終報告書では、運営を民間法人に委ねる公設民営化か、独立の法人格を与える地方独立行政法人化すべきだとの提案になった。市は3月、庁内にチームを設けて検討を始めたが、結論を出す時期は明示していない。【高木昭午】

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 ◆小児科入院医療休止問題の経過

 <1月>
16日 志木市の長沼明市長が小児科入院医療の4月からの休止を発表
19日 周辺6市町長が長沼市長に入院医療継続を要望
25日 長沼市長が3小児科医について「(当面は)慰留したい」と発言
26日 志木市や市民病院の話し合いで、4月以降も数カ月は小児入院医療を続け、菅野病院が引き継ぐことで合意
30日 長沼市長が「小児科入院は8月ごろまでで休止」と発表

 <2月>
 8日 志木市「市民病院改革委員会」第1回会合。長隆委員長は会合後に「9月以降も市民病院での小児科入院医療の継続を求める」と発言
14日 菅野病院が志木市など4市に対し、小児医療引き継ぎの条件として「年間に合計で1億円程度の財政支援」を要望
16日 長・改革委委員長が「市民病院を日本大医学部の付属病院に」「小児科医12人、産婦人科医5人を置く」などを求める委員長試案を公表
20日 菅野病院が小児医療開始を断念
24日 改革委が最終報告書を公表。「小児救急を崩壊させないため適切な診療体制(病床数)が必要」と指摘。病院の公設民営化や独立行政法人化を提案。日本大の名には委員の反対で言及せず

 <3月>
 8日 長沼市長が、公設民営化か地方独立行政法人化を行う方針を公表



  1. 2012/03/31(土) 05:57:44|
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3月30日 震災関連

http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1087/20120330_01.htm
第11部・託す(5完)岩手県立大船渡病院長/最後のとりで守った/沿岸一筋35年、恩返し
2012年03月30日金曜日 河北新報

 宮古市を皮切りに釜石市、久慈市、再び釜石市、最後に大船渡市。岩手県立大船渡病院長の八島良幸さん(65)が県立病院の医師として過ごした35年間の歩みだ。沿岸部一筋の医師人生だった。
 その沿岸部は、東日本大震災の津波で甚大な被害を受けた。「沿岸部の人に育ててもらったからこそ、最後に恩返しするのが運命だったと思う」

<決意を表明>
 あの日、1階の院長室にいた。建物が倒壊すると感じるほどの揺れ。外に出てみると、道路のアスファルトが波打っていた。
 まず災害対策本部を事務室内に立ち上げ、治療の優先度を判断するトリアージのスペースを設けた。駐車場の一角には、緊急搬送用のヘリポートを確保した。
 大船渡市の中心街が津波にのまれていく。その様子を、6階休憩室から眺めるしかなかった。同時に「これからが自分たちの仕事になる」。落ち着こうと努めた。
 病院の建物自体に被害はなかったものの、地震発生から間もなく電源がすべて落ちた。当時、手術が4例行われていた。幸い自家発電機に損傷はなく、午後3時に電気は復活し、手術に支障はなかった。
 午後5時ごろ、職員だけでなく、患者にも向け全館放送で呼び掛けた。「今回の事態は皆さんの協力がなければ乗り切れません」
 受け入れるのは大船渡市の患者だけにとどまらない。隣接する陸前高田市は県立高田病院を含め、多くの医療機関が被災している。自分なりの決意を表したかった。
 2度目の県立釜石病院から17年間の院長生活の中で、初めての全館放送だった。被災患者の受け入れの準備は整った。

<和を大事に>
 多くの患者が押し寄せた。薬の処方だけを求める人も加えれば、ピーク時には1日約700人に達した。地域の医療機関は多くが津波で被災し、大船渡病院が最後のとりでだった。
 救急車の搬送は発生から1週間ほどは1日30件前後。通常の4~5倍に上った。ただ、震災による搬送は3日目の13日には途切れた。
 阪神大震災と違い、倒壊物の下敷きになるなどして治療が必要な負傷者が、少なかったためだ。
 津波にのまれた多くの人は亡くなった。そこに医療の出番はなかった。「津波は生死を分けるだけだった。高台に逃げるしか被害は防げない」
 職員約500人は寝食も忘れて働いた。うち約100人が自宅を流され、約20人は家族が犠牲になっている。「つらい精神状態の中、よく頑張ってくれた」と感謝する。
 2007年、大船渡病院に赴任。県立病院の医師としての最後の1年間は激動の日々だった。「スタッフに恵まれた」。八島さんは言う。「もちろん人間だから考え方に違いはあるにせよ、和を大事にしていた。だから乗り越えられた。その和を大切にしてほしい」
 八島さんは30日、病院を退職する。今後は同じ沿岸部の医療機関に勤め、ささやかながら地域医療を支えていく考えだ。(震災取材班)



http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20120330ddlk07040126000c.html
いわき市立総合磐城共立病院:現在地で建て替え 費用225億円 /福島
毎日新聞 2012年3月30日 地方版

 老朽化などに伴う市立総合磐城共立病院の建て替え計画で、いわき市は29日、同病院の現在地(同市内郷御厩町)に建設すると発表した。有識者懇談会が2月に提言した5カ所から、用地取得費などを考慮して選んだ。建設・解体費は225億円の見込みで、開業時期は未定。

 この日発表された基本構想では▽人口減少が将来見込まれる▽利用実績が約7割--だったことなどから、一般病床数を828床から660床に減らすと明記。一方で、地域医療の中核を担うとして、高度・急性期医療を進めるため重篤患者対応の集中治療室(ICU)の増設を求めた。21床あった精神病床は利用実績がなく、精神科を持つ市内6病院と役割分担するとして病床を設けない。

 同病院で診療を続けながら新築工事に入るため、駐車場確保や騒音・振動対策などが課題という。市は12年度に基本計画を策定する。市内には二つの市立病院があったが、市は一つを民間に移管している。【深津誠】



http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/294683
66歳、被災地医療担う 大村の医師で僧侶宮村さん
=2012/03/31付 西日本新聞朝刊=九州 > 長崎

 長崎県大村市の医師で僧侶の宮村通典(みちのり)さんが4月から、東日本大震災の被災地・岩手県大槌町に妻と二人で移り住み、同県立大槌病院で働くことになった。崩壊の危機にある被災地の医療現場を手助けしたいとの思いに加え、同じ僧侶だった弟の死や東北出身の詩人、宮沢賢治の詩も、一歩を踏み出す契機になった。「医師として僧侶として、今できる限りのことをしたい」。66歳の春。新たな挑戦が始まる。

 大村市出身で、長崎大医学部卒。九州大病院の心療内科に勤務後、福岡市内で内科医院を開業した。両親の影響で幼いころから信仰心にあつく、53歳で出家。医院を閉めて山梨県の日蓮宗総本山で修行し、大阪府内の寺院で数年、僧侶として活動。57歳になった2002年から、故郷の大村市の病院に勤め、医療現場に復帰した。

 新たな転機は震災だった。巨大津波と揺れで多くの命が奪われた未曽有の大災害直後の昨年4月、大村市内で住職をしていた59歳の弟が肺がんで他界した。「人間はいつどうなるか分からない。自分が今、しなければいけないことは何なのか」。強い思いが込み上げてきたという。

 昨年9月、大槌町に住む親族を訪ねた。津波で全壊した大槌病院は仮設の建物で運営され、医師不足に悩んでいることも知った。「この地に住み、お手伝いができないか」。知り合った現地の医師に気持ちを話した。

 思いは岩手県に伝わり、とんとん拍子で大槌病院での勤務が決まった。看護師資格を持つ妻の洋子さん(59)も、ボランティアなどでの活動を考えている。

 大槌町からの帰途、同県花巻市にある賢治の墓に参った。「東ニ病気ノコドモアレバ…」。「雨ニモマケズ」の一節が思い浮かび、「行動しなさい」と諭されているとも感じたという。

 岩手県医師支援推進室によると、現地では仮設住宅生活でのストレスなど心のケアの重要性が増している。心療内科を専門とする宮村医師への期待は大きい。

 現地への出発は、4月5日。「患者に向き合うのはもちろん、亡くなられた方の供養にも携わりたい」。被災地を思い、表情を引き締めた。



http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20120331k0000m040172000c.html
災害派遣医療:「追加」前提に活動要領 長期化に備え
毎日新聞 2012年3月31日 2時30分

 厚生労働省は30日、東日本大震災での教訓を踏まえた災害派遣医療チーム「DMAT」の新しい活動要領をまとめ、都道府県に通達した。震災では、多くの地域が孤立して移動が難しいなど派遣期間が長期化したことを踏まえ、2次、3次隊の追加派遣をすることや、活動の拠点を災害現場と病院に限らず避難所にも広げられるよう柔軟な対応を求めている。

 DMATは、研修を受けた全国各地の医師や看護師ら4、5人で構成。災害が発生するとすぐに現地へ行き、48時間を上限に外傷患者の救命救急を行うことなどが任務だ。

 新しい活動要領は、災害の規模に応じて追加派遣があることを前提にした。また、調整不足により多数のDMATが一時期に集中した反省から、被災地の病院と県の災害対策本部の両方に情報収集など後方支援専門のDMATを置き、適切な配置ができることなどを求めた。都道府県は新要領を基に運用計画を策定する。【久野華代】



http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819695E1E2E2E69D8DE1E2E2E1E0E2E3E09191E3E2E2E2;at=ALL
災害派遣医療に専用車、東京都が全国初 10病院に配備
2012/3/30 23:33 日本経済新聞

 東京都は30日、地震など大規模災害時に派遣される災害派遣医療チーム(DMAT)がある都内の指定10病院に、全国で初めて専用車両を配備した。東日本大震災を踏まえ、長期間にわたって活動できるよう、衛星電話や野営用の資材などを搭載した。2012年度中に残りの15病院にも配備し、災害医療の機能強化につなげる。

 車両には衛星アンテナを装着し、走行中も通話可能な衛星電話を装備。隊員4人が5日間連続して活動できる水や食料に加え、家庭用電源からも充電できるバッテリーや発電機も搭載した。車内の配置を変えれば、隊員が寝泊まりしたり会議を開いたりできるという。

 都内の指定病院に所属する隊員は3月1日現在で825人。11年までの8年間に交通事故や鉄道事故の現場に300回以上出動し、東日本大震災では宮城、福島の両県に計14回派遣された。



http://sankei.jp.msn.com/region/news/120330/tky12033020150013-n1.htm
過酷な災害医療で通信などを確保 全国初「DMATカー」都内10病院に配備
2012.3.30 20:09
30日に都内10病院に全国初配備された、災害時の幅広い医療支援が可能な「東京DMATカー」。用途に合わせた現地での車内配置変更が可能で、通信ディスプレイや収納可能な机も見える

30日に都内10病院に全国初配備された、災害時の幅広い医療支援が可能な「東京DMATカー」。用途に合わせた現地での車内配置変更が可能で、通信ディスプレイや収納可能な机も見える

 東京都内の医師らで作る災害医療チーム「東京DMAT」の活動支援のため、衛星通信機器や宿営設備も搭載した全国初の災害時医療支援車「東京DMATカー」が30日、都内の10病院に配備された。

 初の本格的都外派遣となった東日本大震災で活動したチームから、通信機器や食料は持参分だけでは不十分で、多くは同行した東京消防庁に依存したほか、雪や雨、風で打ち合わせ場所や就寝場所もままならなかったことが報告された。

 このため救急車をベースとしたDMATカーには、屋根に衛星通信のアンテナを設置し衛星電話やパソコン、FAXを搭載。車内に大型ディスプレイを付け、病院や災害本部などと円滑なやり取りを可能とした。

 4人の5日間分の食料や水も常備。車内配置を換えることで2段ベッドにもでき、都の災害医療コーディネーターの山口芳裕杏林大教授は「過酷な災害現場で重要な当初の48時間の活動を支える、最低限の衣食住や通信環境が確保できるようになる」としている。

 1台約3千万円で、24年度中には配備病院をさらに15増やす。



http://www.asahi.com/national/update/0330/TKY201203300198.html
災害医療管理の専門部署、東大病院が設置へ 震災踏まえ
2012年3月30日11時46分 朝日新聞

 東京大病院は4月1日、災害時の救急医療から長期的な保健活動までを一貫して管理・運営する「災害医療マネジメント部」を新設する。東日本大震災での医療支援経験を踏まえたもので、こうした専門部署の設置は全国で初めてという。

 同部には救急や小児医療、こころのケアなどを専門とする医師や看護師ら約10人が所属。災害時の混乱を避けるため、国や自治体、他の医療機関と連携し、災害の規模などに応じた役割分担を明確化させる。また、素早く被災地のニーズを把握して支援の態勢を整える「災害保健医療マネージャー」の育成も始める。

 自治体や医療機関も甚大な被害を受けた東日本大震災では、従来のような災害直後に特化した医療支援だけでは被災地のニーズに応えきれなかった。東大病院は医療チームを現地の病院に約3カ月間、交代で派遣し、心のケアチームも今年3月末まで宮城県東松島市で活動したという。



  1. 2012/03/31(土) 05:56:32|
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3月29日 医療一般

http://sankei.jp.msn.com/region/news/120329/ngt12032919370003-n1.htm
医学生に月額20万円、6年間 阿賀野市が市立病院勤務条件に支援制度 新潟
2012.3.29 19:36 産經新聞

 新潟県阿賀野市は市立水原郷病院の医師不足を解消するため、医学生修学資金貸与制度を創設し、4月1日から修学資金の貸与を希望する医学生の募集を始める。5月31日まで。

 同制度は臨床研修後に同病院に勤務することを条件に、全国の医学生を対象に公募する。募集人員は2人。貸与金額は月額20万円で、期間は6年間(延長も可)。同病院に貸与期間の1・5倍の期間を勤務すると返済は全額免除される。

 同病院は平成26年度に建て替えを目指しているが、慢性的な医師不足にある。

 問い合わせは、同市健康推進課(電)0250・62・2510内線611。



http://news24.jp/nnn/news8771878.html
高知市と高知大学土佐山診療所委託契約更新
[ 3/29 17:47 高知放送]

土佐山へき地診療所は中山間地域における医療の確保のため、旧・土佐山村が1963年に開設した。その後、全国的に医師不足が問題となる中で、診療態勢の維持をめざす高知市と、地域医療を通じた人材育成を図ろうとする高知大学との考えが一致し、2008年7月から、指定管理者として高知大学に委託、これまで、平日には医師2人が交代で診療に当たり、地域に密着したきめこまやかな医療サービスを提供していた。今回の委託更新は、そうした診療体制の安定に加え、AEDなど、救命処置の講習会の実施や、介護保険施設との連携など、地域全体の健康増進に寄与する取り組みを高知市が評価したもの。29日の調印式では、高知大学の相良祐輔学長が「全国で自治体が経営する病院が、継続困難となっていく中、地方の大学に、へき地診療所の指定管理者を委託する高知市の手法は、注目を集めている」と挨拶。岡崎市長とともにあらたな協定書に署名と調印を交わした。今回の委託期間は、2016年度までの5年間で、4月からは医師の数を1人増やし3人の医師が交代で地域医療の充実に努めていくことになる。



http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ehime/news/20120328-OYT8T01068.htm
医師確保へ愛南町奨学金 月20万円 指定先勤務で返済免除
(2012年3月29日 読売新聞)愛媛

 慢性的な医師不足の解消を目指し、愛南町は「町医師確保奨学金貸付条例」を制定した。医学生に学業資金を貸し付け、医師として同町内の指定医療機関で一定期間勤務すれば返済を免除する。町によると、こうした制度は県内市町としては初めて。

 県保健福祉課によると、2010年末現在、人口10万人あたりで換算した医師数は全国平均230・4人、県244・7人に対し、同町は145・5人と大きく下回っている。08年からの2年間に町内の医師は1人しか増えておらず、最低でも3人の常勤医師が必要な町国保一本松病院でも2人の状態が続いている。

 利用条件は、県内の高校を卒業し、本人か保護者が申請時に3か月以上町民であることなど。授業料を除く入学金などに50万円、修学資金として月20万円貸し付け、修学一時金(5、6年生対象、200万円)も設けている。

 町は奨学生の勤務先として、町国保一本松病院と同付属内海診療所を予定しており、県立南宇和病院も加える方針。現在、5件の問い合わせがあるといい、新年度に2人の利用を見込んで780万円を予算計上。町担当者は「地域医療に携わってくれるドクターを育てたい」と話している。



http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012032900695
24時間保育を開始へ=女性医師らの環境整備-国立がんセンター
(2012/03/29-16:30)時事ドットコム

 国立がん研究センター(東京都中央区)は29日、中央病院(同)と東病院(千葉県柏市)の院内保育園で、4月1日から24時間保育をスタートさせると発表した。女性医師や看護師らが妊娠・出産後も働き続けられる環境づくりが狙い。全国に6法人ある国立高度専門医療研究センターでは初めての取り組みという。
 両保育園は現在、平日の日中のみ開園している。4月からは職員を24時間常駐させ、夜間保育を導入するほか、土日祝日の利用や緊急時の一時利用も可能となる。



http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/hotnews/int/201203/524233.html?bpnet
病院の使用許可は3月30日になる見通し
練馬光が丘病院、都が地域医療振興協会による開設を許可

2012. 3. 28 二羽はるな=日経メディカル


 東京都は3月28日、地域医療振興協会による練馬光が丘病院(東京都練馬区、一般病床342床)の開設を許可したことを、日経メディカルの取材で明らかにした(関連記事:2012.3.16「日大練馬病院の継承、4月の常勤医は120人から70人に」)。許可日は3月23日。地域医療振興協会は同日、病院の使用許可を申請をしており、現在都が審査を進めている。

 練馬光が丘病院は、日大が東京都練馬区から病院を賃借する形で1991年に運営を開始したが、同大は今年3月末で病院運営から撤退。4月からは地域医療振興協会が運営する。しかし、協会は病院開設に向けての医療スタッフの確保に苦労し、事業を引き継ぐための計画書を当初の予定通りに提出できず、開設許可申請も遅れていた。

 医療スタッフの入れ替えに伴い、同病院は今日から診療体制を変更する。28日は土曜診療体制(受付は午前10時半まで)、29~31日は休日診療体制となる。

 なお、東京都によると、病院の使用を許可した場合、許可日は3月30日になるという



http://mainichi.jp/area/niigata/news/20120329ddlk15040082000c.html
魚沼基幹病院:運営財団発足 理事長に荒川氏選出 /新潟
毎日新聞 2012年3月29日 地方版 新潟

 魚沼、十日町地域の高度医療を担う「魚沼基幹病院」(仮称)を運営する財団法人「地域医療推進機構」の設立総会が28日、南魚沼市の県南魚沼地域振興局で開かれ、財団の理事長に県保健福祉部参与で元新潟大学長の荒川正昭氏(76)を選出した。

 基幹病院は、南魚沼市浦佐の市立ゆきぐに大和病院の敷地内に建設される。鉄筋コンクリート9階建てで延べ床面積約3万3500平方メートル。2015年6月に開院する予定。

 診療科目は21科。ベッド数は一般病床400、精神病床50、感染症病床4の計454床。医療スタッフは610~630人。

 理事長に就任した荒川氏は、同病院の役割について「他の医療機関と連携して地域医療に当たると共に、若い医師が集まるモデルにすることが、この病院の使命だ」と話した。【神田順二】



http://www.topics.or.jp/localNews/news/2012/03/2012_133298347489.html
鳴門病院買い取り契約 13億6925万円で県、RFOと締結
2012/3/29 10:10 徳島新聞

 徳島県は28日、健康保険鳴門病院(鳴門市撫養町)を保有する独立行政法人「年金・健康保険福祉施設整理機構」(RFO)と、同病院を13億6925万円で買い取る契約を結んだ。譲渡日は2013年4月1日。RFOによると、RFO保有の病院を都道府県が買い取るのは初めて。

 内訳は、病院や看護専門学校の土地7億1300万円と、病院や同学校の建物(コンピューター断層撮影装置などの医療機器を含む)6億5625万円。全額を国の地域医療再生基金で賄う。

 県庁で締結式が行われ、飯泉嘉門知事と水島藤一郎RFO理事長が契約書に調印した。知事は「救急や災害の政策医療を担い、地域住民の安全安心を守る病院にしていきたい」と話した。

 鳴門病院は社会保険庁改革の一環で廃止が取りざたされていたが、県が地域医療の中核を担う病院として存続させるため買い取ることにした。県は地方独立行政法人を設立し、13年4月1日から同法人が病院の運営に当たる。



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/36931.html
医療計画の指針、30日に都道府県に通知- 民主・厚労部門会議が了承
( 2012年03月29日 21:16 キャリアブレイン )

 厚生労働省は29日、民主党の厚労部門会議(座長=長妻昭・元厚労相)に、2013年度からの次期医療計画の考え方を報告し、了承を得た。同省はこの考え方に沿って、30日付で都道府県に医療計画に関する指針を通知する。

 都道府県はこの指針を参考に、12年度中に医療計画を見直す。
 今回の指針では、医療計画の記載事項として、精神疾患と在宅医療を加えるほか、東日本大震災で露呈した課題を踏まえて、災害時の医療体制の考え方を改める。

 指針は2種類あり、「疾病・事業及び在宅医療に係る医療体制構築に係る指針」では、疾病・事業ごとの目指すべき方向などを示す。
 精神疾患では、身体疾患を合併した患者や、うつ病・認知症の患者への、状態に応じた医療の提供に向けた医療機関の連携体制構築を目指す。
 在宅医療では、地域の医療機関の連携によって、▽在宅療養へのスムーズな移行▽日常の在宅療養の支援▽急変時の対応―が可能な医療提供体制の構築を目指す。

 もう一つの「医療計画作成指針」では、医療計画を作成する手順のほか、二次医療圏の設置の見直しについても明記。人口規模が20万人に満たない上、ほかの医療圏への患者の流出が多いなど、入院医療を提供できていないと考えられる医療圏について、基幹となる病院へのアクセスなどに留意した上で、見直しを検討するよう求める。



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/36923.html
医療事故調、第三者機関の位置付けが焦点に- 厚労省検討部会
( 2012年03月29日 19:44 キャリアブレイン )

 厚生労働省の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」(座長=山本和彦・一橋大大学院教授)は29日に会合を開き、病院団体など医療提供者側から、医療事故調査制度についてヒアリングをした。ほとんどの病院団体などが、事故調査は院内の「事故調査委員会」を基本にし、患者や遺族がその報告に納得しない場合、第三者機関に委ねる仕組みを提案したところ、患者側委員を中心に、第三者機関の位置付けなどは慎重に検討する必要があるとの指摘があった。同検討部会では今後、患者や遺族、法曹関係者などから第三者機関のあり方などについて意見を聞く。

 この日の会合では、医療提供者を代表して、同検討部会の委員である日本医師会(日医)の高杉敬久常任理事や、参考人として招いた日本医療法人協会(医法協)の伊藤伸一副会長らから、事故調査制度についての考え方を聞いた。高杉委員は、日医がまとめた事故調査制度に関する提言を説明した。この提言では、すべての医療機関に「院内医療事故調査委員会」を設置した上で、その委員会の調査依頼を受け付けた第三者機関が再度、検証を行うとしている。この第三者機関は、医療界と医学界が一体的に組織し、運営するものだ。

 伊藤参考人は、医法協が提案する事故調査制度を紹介した。この制度は、患者や遺族が院内事故調査委員会の報告書に納得できない場合、医法協が設置する「原因分析委員会」が選任した調査員で構成される検証チームに、報告書の検証を依頼する仕組み。伊藤参考人は、「医療事故は、医療の専門家自らが、公正な視点で行うべき。医療界全体の意図的なモラルハザードで起きているわけではないため、医療以外の第三者による独立した事故調は、医療事故にはそぐわない」と述べた。

 意見交換では委員の間で、「医療の質向上や医療安全のために事故調査が必要というのは、共通認識と受け止めた」(加藤良夫・南山大大学院教授)などと、院内での事故調査の必要性は確認されたが、第三者機関については、慎重な議論を求める声が聞かれた。山口育子委員(NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長)は、「患者の話を聞くと、まずは院内での説明。そこで納得いかない場合に、どこに行くかということ。次は第三者機関をどうするかを骨子に議論すべき」と指摘。豊田郁子委員(医療事故被害者遺族)は「院内事故調に比重を置くのか、第三者機関をしっかりつくるのかはまだ(意見が)統一されていない。次回以降の議論では、患者が何を求めているかを取り入れてほしい」と述べた。



http://www.asahi.com/edu/news/TKY201203290311.html
秋田大、2教授処分へ 旅費二重取り・民間病院から現金
2012年3月29日14時59分 朝日新聞

 秋田大医学部幹部の教授が、出張旅費を学内と学会から二重取りした疑いがある問題で、大学は28日、この教授を「懲戒処分相当」と判断した。異議申し立てがなければ、来月にも処分を正式決定する。また民間病院長から現金100万円を受け取っていた別の男性教授について同日付で停職1カ月の懲戒処分とした。

 この日、吉村昇学長ら大学幹部でつくる臨時の教育研究評議会が開かれ、この場で、教授の出張旅費の詳細を調べていた調査委員会の結果が報告された。

 熊田亮介副学長や大学側の説明によると、教授は県外での学会への出張旅費を学内と主催者から二重で受け取っていた。さらに複数の民間病院で同時刻に働いていたとされる勤務表を大学に提出したことについて、評議会は「提出記録の一部は不適当」とした。不適当な書類をもとに報酬を請求し、教授に支払われた経費は教職員の就業規則や倫理規定に違反する部分があったと指摘。そのうえで評議会として「懲戒処分相当」と認定した。

 この教授は、こうした問題について、「すべて適正に処理しており、疑念を持たれることはない」などと主張している。

 大学によると、評議会の決定に教授側に不服がある場合、教授が考えを説明する機会が与えられる。来月10日が申し立ての期限で、主張の内容によっては、細部をさらに調べる可能性もあるという。

 調査委は昨年12月以降、教授や関係者からの聞き取りを進めてきた。しかし、時間や資料の制約で、すべての問題を調べることができなかったという。熊田副学長は「断定に至らない疑いもあり、報告書では調査委と教授側の考え方を両論併記にした部分もある」と話した。今後の対策について、「再発防止のため、旅費などの請求書の提出ルールを早急に改める必要がある」と述べた。

 一方、別の教授が06年12月、秋田県由利本荘市の民間病院長から現金100万円を受け取ったとされる問題で、調査委は、教授は奨学寄付金と認識しながら、必要な手続きをせずに放置し、記録や領収書を残しておらず、不適当だとした。熊田副学長は「医師派遣の見返りとは断定できなかったが、疑いを持たれる現金の流れがあったのは事実で大変申し訳ない」と謝罪した。



http://www.asahi.com/edu/news/SEB201203290016.html
論文執筆者に大分大元講師も 名古屋市立大捏造問題
2012年3月29日15時19分 朝日新聞

 名古屋市立大学院医学研究科の教授らが論文を捏造(ねつぞう)するなど不正をしたとして懲戒処分を受けた問題で、名市大が不正があったと認めた論文1本に、大分大医学部(大分県由布市)の元講師の男性らが執筆者として関わっていたことが28日、同大への取材でわかった。同大は昨年12月に学内に調査委員会を設け、元講師らがどの程度関わっていたかなどを調べている。

 名市大が不正認定した論文19本のうち、1本の論文の筆頭著者に元講師が、共著者に大分大医学部長が名を連ねていた。2000年に米の血液学会誌「ブラッド」に掲載されたという。

 名市大によると問題の論文は、腎臓疾患に効果のある物質についての内容。物質を投与したラットの腎臓を比較するため写真を載せていたが、名市大は「写真のうち2枚は同一のもの」と指摘している。大分大は「調査中」として詳細を明らかにしていない。



http://www.m3.com/iryoIshin/article/150835/index.html?portalId=mailmag&mmp=MD120329
医療関係団体
「医師の健康確保、医療の質向上に不可欠」
日医委員会、「勤務医の労働時間ガイドライン」作成を提言

2012年3月29日 橋本佳子(m3.com編集長)

 日本医師会は3月28日の定例記者会見で、「勤務医の健康支援に関するプロジェクト委員会」の報告書を公表した。勤務医の健康支援のために「勤務医の労働時間ガイドライン」を作成する意義と作成する際に考慮すべき点を示したのが骨子(資料は、日医のホームページPDF:1.1MBを参照)。

 日医常任理事の今村聡氏は、ガイドライン作成の意義を「医師の健康を確保することは、医師のみならず、家族、社会にとって重要であり、医療の質の向上を図り、国民の健康を確保する基盤になる。さらに、医療機関の健全な運営にも不可欠」と説明。

「勤務医の健康支援に関するプロジェクト委員会」の報告書を説明する、日医常任理事の今村聡氏。

 ガイドライン作成に当たって考慮すべき点とされたのが、下記の7点。今後、ガイドライン作成に実行性を持たせるために、現状の労働実態、問題点を把握するためのチェックリストなどを作るほか、労働時間の見直しなどの対応策を検討するための手引きを作成する予定。今村氏は、看護師の勤務環境については国が対策を講じていることを踏まえ、「医師に関しては、そうした動きがない。自主的に取り組んでいく以外になく、それが日医の役割。我々の活動を踏まえ、厚労省が取り組むことを期待している」(今村氏)。

 報告書は、労働時間に関する海外の動向、判例も交えた日本の医師の労働時間に関する法的な諸問題、勤務医の負担軽減を図った事例などを掲載した上で、勤務医の労働時間ガイドライン作成に当たり、(1)検討が必要な項目例、(2)考慮すべき点、をまとめた構成になっている。

 「勤務医の健康支援に関するプロジェクト委員会」は2008年6月に設置され、勤務医の健康状態調査、「医師が元気に働くための7カ条」と「勤務医の健康を守る病院7カ条」の作成などに取り組んできた。2011年度には、病院管理者や産業医を対象としたメンタルヘルスや職場の産業保健活動に関するワークショップの開催などに取り組んできた。これらの成果も本報告書に収載している。

【医師の労働時間ガイドライン作成に当たり考慮すべき点】
1. 労働時間・勤務体制の改善が勤務医の健康確保、安全な医療につながる点を管理者が確認し、宣言する。
2. 労働時間・勤務体制を見直すに当たっては、複合的なチームを作り取り組む。特に、安全衛生委員会等の職員の安全健康について検討する場やすでに設定されている会議を活用する。
3. 見直し・改善のすすめ方は、段階的改善を重視し、勤務医の勤務条件の底上げを目指した取り組みとする。現状把握、対策立案、実施、見直しの段階的ステップを設定する。
4. 管理者の責任において労務監査としての労働時間の見直しを行う。特に労働基準法32 条、37 条を中心に見直す視点は以下の5 項目である。
 1) 労働時間管理に関する勤務医への周知の有無
 2) 労働時間の適正把握
 3) 労働時間・休憩・休日の取り扱い(外勤・アルバイト)
 4) 36協定(残業に関する取り決め)
 5) 割増賃金(時間外手当、宿直・日直の取り扱い等含む)
5. 勤務医の労働時間に関するわかりやすい自主的な働き方のルール定め、その運用を確認する。
6. 労働時間等の見直しと併せて勤務医の診療体制・業務配分、環境改善、業務負荷軽減策、勤務医の過重労働・メンタルヘルス対策等の健康管理体制を見直す。
7. 見直すに当たっては社会保険労務士等の専門家助言を得る。

【医師の労働時間ガイドライン作成に当たり検討が必要な項目例】
1.労働時間(月当たりの残業時間の上限、1回当たりの最長勤務時間、日勤・夜勤、当直勤務に関する制度、勤務と勤務の間の最低休憩時間、休日の取り方、当直明けの働き方など)
2.外勤・アルバイトの取り扱い(外勤を契約下の業務とするか業務外の取り扱いとするか、診療体制との取り決めの見直し)
3.労働基準法に従った勤務医制度設計に関する助言(残業時間、勤務時間の把握の方法、時間外勤務の定義:何をもって時間外勤務とするか、時間外労働及び休日労働に関する労使協定、就業規則、労使協定、労働協約の見直し)
4.賃金、手当の見直し(時間外手当・当直手当・呼び出し手当、初期臨床研修医の労働時間と賃金の取り扱い)
5.診療体制の見直し、医師の業務負担の軽減
6.施設改善
7.健康管理体制(産業医による過重労働面接の設定、休業制度の活用方針の見直し)



  1. 2012/03/30(金) 05:50:50|
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3月29日 震災関連

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/report/t169/201203/524079.html?bpnet
地元開業医の願いは大槌病院の復活
現場医師10人「私が今、考えること」 道又内科小児科医院 道又 衛氏
日経メディカル東日本大震災取材班

日経メディカル2012年3月号「特集 震災医療 成果と反省」転載 Vol.14

 大槌湾から数百mしか離れていなかった自宅兼診療所は、津波で全て流されてしまいました。昨年5月には、大槌川の上流にある知り合いの建物を借りて仮設診療所を開設。現在の患者数は1日約50人まで戻りました。ただ、震災前の70~100人と比べるとまだ少ない。人口の激減や、交通手段の不足によるアクセスの不便さなどが背景にあるようです。

 一方で、患者さんの様子は随分落ち着いてきました。昨年の初夏までは震災の影響とみられる高血圧や感染症などの患者さんがほとんどでしたが、最近は健診を希望して来院する人が目立ってきました。仮設住宅が整備されてコミュニティーもだいぶ形成され、気持ちに余裕が出てきた人が増えているのでしょう。

 実は私の仮設診療所では血液検査や心電図検査くらいしかできず、こうした需要に応えられないので、早く新しい診療所を開設したいと思っています。5、6月ごろに今の場所の近くに新設できるよう準備を進めています。

 現在の最大の懸念は、震災で全壊した県立大槌病院。同病院の入院機能がなくなり、自宅で診なければいけない患者さんが増えているのですが、開業医だけでカバーするにはやはり負担が大きい。大槌病院があってこそ、私たちも安心して診療できるのです。

 勤務医不足などもあり、以前と同じ病床数を整備するのは難しいのかもしれませんが、規模を縮小してでも入院機能を再開してほしいと思っています。そのために、私たち開業医も支援します。今春から休日の同病院の日直を輪番制で担当する予定です。(談)



  1. 2012/03/30(金) 05:49:06|
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3月28日 医療一般

http://news24.jp/nnn/news8771872.html
地域医療支援強化のため2施設設置(高知県)
[ 3/28 18:20 高知放送]

 尾県政が掲げる日本一の健康長寿県構想の大きな柱として、それぞれの地域での医師の確保が挙げられていて、その取り組みを強化するため28日、高知大学医学部内に2つの新たな施設を設置した。
 1つは高知地域医療支援センターで、中山間などそれぞれの地域へ医師を適正配置する機関。現在、県内では地域間で医師の確保に偏りがあり、センターでは医師不足の状況を把握・分析しその結果に基づいて医師を配置していくという。
 2つ目は研修医や若手医師の教育を行う施設。施設は5階建てで、1階には特殊な内視鏡手術をシュミレーションできる装置などがあり、実践的な訓練を行うことができる。2階より上は宿泊施設となっていて、研修医はここで寝食をともにしながら技術を磨く。
 県では高知大学に2つの施設を設置したことについて、教育施設で若手医師を育て、高知地域医療支援センターから医師を送りだし、経験を積んで各地域を巡回してもらう仕組みを作るなど県内への医師の定着を実現させていきたいとしている。



http://sankei.jp.msn.com/region/news/120328/ngn12032819050003-n1.htm
長野県が医学生と研修医に修学資金 県内で勤務を条件に貸与
2012.3.28 19:04 産經新聞

 長野県は来年度、地域医療を担う医師を確保するため県医学生修学資金と臨床研修医研修資金の貸与者を募集する。貸与金額は月額20万円で、県内の公的・公立医療機関などに一定期間にわたって従事することが条件となる。応募の受け付けは4月2日から13日まで。

 医学生修学資金は、決定の月から大学卒業の月までの期間にわたり貸与。将来、医師として県内で働く医大生なら大学所在地や学年、出身地は問わない。選抜は書類と面接で、選ばれた人が県の指定する医療機関で貸与期間の1・5倍に相当する期間を働いた場合には返済が免除される。

 また、県臨床研修研修資金は、産科医と小児科医を希望する人が対象で、県内での従事期間は貸与期間の2倍。募集の詳細は県のホームページに掲載している。



http://news24.jp/nnn/news8781848.html
医療目指す高校生が「一日病院体験」 (愛媛県)
[ 3/28 16:32 南海放送]

 医師や看護師など医療の現場を目指す高校生に病院の仕事を知ってもらおうと松山市内の病院で「一日病院体験」が行われました。
 松山市来住町の愛媛生協病院で行われた「高校生一日病院体験」には県内の11の高校から45人が参加しました。一日病院体験は、医師や看護師など将来、医療の現場で働くことを希望する高校生に病院の仕事を知っててもらおうと毎年行われています。参加した高校生らは、リハビリ室や手術室など病院内を見学したのに続いて希望の職種に分かれて医師や看護師の説明を受けながら実際の仕事を体験しました。このうち看護師を目指す高校生は血圧の測り方を学び実際に機械を使って測定していました。また、患者体験も行われ、高校生らは実際に車椅子に乗ったりしながら患者になった時の気持ちなどを体験していました。愛媛生協病院の有田孝司院長は「きょうの体験を生かして将来、医療の道に進んで欲しい」と話していました。



http://www.minyu.ne.jp/digitalnews/120328_1.htm
広域紋別病院、4月から常勤医13人に
(3月28日付け)北海民友新聞

 広域紋別病院(及川郁雄院長)の常勤医師が、4月から1人増えて13人になることが、27日に開かれた同病院企業団議会で明らかにされた。
 同病院は昨年4月、旧北海道立紋別病院の移管を受けて常勤医師14人体制で開院。しかし同年6月に医師2人が退職し、常勤医師は12人となっていた。
 4月からの常勤医師数は、総合診療科1、消化器内科2、外科4(院長含む)、産婦人科1、小児科3、整形外科1、精神科1。br>  同病院を経営する広域紋別病院企業団(西紋5市町村で構成)の千賀孝治企業長(1月着任)は議会答弁で、自らも内科医であることから「一部で診療に加わり常勤医を支える」と述べたほか、「年度内の早期に循環器内科1人を確保したい」との考えを示した。
 人数は確保されたものの、現在の常勤医師12人のうち総合診療科と消化器内科、小児科、整形外科の各1人が退職し、それぞれ後任者に交代するという。



http://mainichi.jp/area/iwate/news/20120328ddlk03040097000c.html
花泉診療所:常勤医2人配置 県営化、来月5日から再開 /岩手
毎日新聞 2012年3月28日 地方版 岩手

 民間の医療法人が運営から撤退する花泉診療所について、県は27日、県営の「花泉地域診療センター」として4月5日から診療を開始すると発表した。常勤医師2人を配置、非常勤医師も2人が交代で週1回の診療を行う。

 同診療所は有床診療所として10年4月に民間移管されたが、看護師不足などを理由に昨年10月から入院患者の受け入れを停止。県は「10年以上は入院病床を確保する」とした契約が履行されないことから、今年3月末での契約解除を決定した。

 県医療局は民間移管前とほぼ同じ職員体制を確保するとして、看護師ら職員8人を配置。また、無床化に伴う措置として、入院が必要な患者と家族には入院先の病院までの路線バスのチケットを配布する。【金寿英】



http://www.kahoku.co.jp/news/2012/03/20120328t11010.htm
地域医療に医師派遣 宮城県、東北大で寄付講座 協定締結
2012年03月28日水曜日 河北新報

 宮城県と東北大は27日、県内医療機関への内科医や小児科医の安定的な供給を目指し、東北大大学院医学系研究科に寄付講座を設置する協定を締結した。「宮城地域医療支援寄付講座」と「小児科医師育成寄付講座」で、4月に開講する。
 地域医療講座は医師らが地域医療に貢献しながら、自らのキャリア形成を目指せる仕組みをつくる。対象は県内医療機関に勤務する若手・中堅の医師や看護師。医師らが大学で先進医療などを学ぶ間、大学は代わりのスタッフを勤務先の病院に派遣する。
 小児科講座は質の高い小児科専門医育成の研修プログラムを設ける。全国から小児科医らを集め、地域の中核病院のスタッフとして研修させる。
 いずれも設置期間は2年で、両講座を運営するための県の寄付金は単年度で計9000万円。
 県庁であった協定締結式で村井嘉浩知事は「内科医、小児科医ともに県民から充実への強い要望がある」とあいさつ。井上明久東北大総長は「責任を持って講座を運営したい」と述べた。



http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-03-28_31667/
県立病院173人増案を可決 県議会
2012年3月28日 15時30分 沖縄タイムス

 県議会(高嶺善伸議長)2月定例会は28日、最終本会議が開かれ、4月1日から県立病院の職員定数を111人増やす条例改正案に対し、野党5会派が提出した増員を173人とする修正案を、可否同数の議長裁決で可決した。

 これを受け、執行部は地方自治法173条に基づき、速やかに再議を提出する見通し。再議となれば、修正案は3分の2以上の賛成がないと否決となるため、定数条例成立の行方は、まだ流動的だ。



  1. 2012/03/29(木) 05:30:44|
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3月28日 震災関連

http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20120328_01.htm
焦点/宮城・女川、老健一体医療センター始動半年/巡回診療、孤立防ぐ
2012年03月28日水曜日

 東日本大震災による津波で壊滅的な被害を受けた宮城県女川町で、町立病院が診療所と介護老人保健施設を一体化した「町地域医療センター」に再編され、半年が経過した。病床を削減した代わりに、仮設住宅や離島での巡回診療など「出向く医療」を展開する。医師不足が深刻な被災地で、医療再建の形の一つとして注目を集める。現状と課題を追った。(菊池春子)

<患者をつくらぬ>
 「調子はどうですか。夜は眠れますか。膝の痛みは?」。町地域医療センターの斎藤充センター長(47)が高齢の患者に尋ねる。
 今月中旬、女川町の離島・出島。仮設住宅の一室で、町地域医療センターの月1回の巡回診療が行われた。高齢者ら15人ほどが次々に訪れ、診察を受けた。仮設住宅に住む91歳の女性は「船で病院に行くのでは、乗り降りも大変。来てもらえるのは助かる」と話す。
 女川町では津波で住宅の7割が全壊、大規模半壊した。離島の診療所は閉鎖され、仮設住宅の多くは交通の便の悪い場所や、町外に分散した。「病院機能を維持したままでは、出向く医療が行いにくい」。そうした判断から昨年10月、病院を診療所化した。
 巡回診療は現在、石巻市内に設けられた女川町民の仮設住宅の集会所では月2回、離島の出島、江島で月1回、それぞれ実施。いずれも平均10人前後の患者が利用するほか、在宅診療も行う。
 斎藤センター長は「診療は治療面だけでなく、町民の孤立を防ぎ、安心感を持ってもらう意味もある。地域全体をベッドと考える発想が必要になっている」と強調する。
 4月からはセンターで通所リハビリも行う。仮設住宅などで運動不足になりがちな高齢者の介護予防も行い、「患者をつくらない」ための取り組みを進める方針だ。

<外来診療も多忙>
 一方でスタッフ不足の問題は依然深刻だ。巡回診療のニーズは高いが、外来診療も多忙で、現在の回数がぎりぎり。現在4人の常勤医を「あと2人は増やしたい」と斎藤センター長は言う。
 削減した病床の受け皿となる、老健のスタッフも足りない。老健は4月から100床でスタートする予定だったが、当面は受け入れを70床程度とする。従来、療養病床で受け入れていた高齢者ら医療依存度や介護度の高い入所者が増えると、さらにマンパワーが不足する懸念もあるという。
 地域医療に詳しい城西大の伊関友伸教授(行政学)は「病院をダウンサイズして福祉と連携することで医療として機能アップできる面は大きく、医療再建の選択肢の一つとして評価できる」と指摘。一方で「現場スタッフのモチベーションも不可欠。被災して再建途上にある公立病院は多いが、現場の意見を反映した形をそれぞれが探るべきだろう」としている。

[女川町地域医療センター]女川町立病院(一般50床、療養48床)と町老人保健施設(50床)を、19床の診療所と100床規模の老健に再編。公設民営化して自治医大OBらで組織する「地域医療振興協会」(東京)に運営を委託している。医師不足や病床利用率の低迷などを背景に、震災前から再編方針は決まっていたが、震災を受けて診療所化を前倒しした。



http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120328/k10014035491000.html
震災の死因 医師約3割が疑問
3月28日 18時35分 NHKニュース

 東日本大震災の犠牲者の9割以上が津波に溺れて亡くなったとされていることについて、実際に遺体を調べた医師の3人に1人は、「ほかの死因が含まれている」などとして、疑問を感じていることが、厚生労働省の研究班の調査で分かりました。

 法医学の専門家で作る厚生労働省の研究班は、岩手、宮城、福島の3県で東日本大震災で被災した人の遺体を調べた医師を対象に、ことし1月にアンケート形式の調査を行い、97人から回答を得ました。
警察庁の発表で、犠牲者の9割以上が津波に溺れ、「溺水(できすい)」で亡くなったとされていることについて尋ねたところ、「妥当」と回答した医師は63%にとどまりました。
 「妥当と思わない」の10%に「分からない」の22%を加えると、全体の3人に1人が震災の犠牲者の死因について疑問を感じていることが分かったとしています。
 理由については、「津波の圧力による窒息や低体温もあった」、「火災などの影響も考慮すべき」といった意見が多く、中には「誤った結論は誤った対策を導くので、専門の学会による独自の分析も必要だった」という指摘もあったということです。
 アンケートを分析した名古屋市立大学の青木康博教授は「被害が大きすぎて、それぞれの犠牲者の死因を詳しく特定するには限界があったが、多くの医師が問題意識を持っていることが分かった。大規模な災害でも死因を正確に究明できる制度や態勢が必要だ」と話しています。



http://www.sanriku-kahoku.com/news/2012_03/i/120329i-niseki.html
■新院長に金田氏
石巻赤十字病院が新体制
地域医療復興へ
15年度めどに新病棟など建設計画/

2012.03.29 三陸河北新報

 東日本大震災で災害医療の拠点病院として診療機能を維持し、傷病者の治療・救護に尽くした石巻赤十字病院(石巻市蛇田)のトップが新年度、交代する。地域医療の中核病院として、医療機能を高め、7年間手腕を発揮した飯沼一宇院長(70)が31日付で退任し、後任に金田巌副院長(64)が就く。県北東部の医療圏をカバーする石巻赤十字は、震災で大きな痛手を受けた地域医療の復興へ中心的な役割を果たしていく。

 飯沼院長は、東北大医学部教授を経て、2005年に院長に就任。翌年、同市吉野町から現在地に病院を新築移転し、08年に地域医療支援病院の指定を受ける。09年には救命救急センターを開設。救急、重症患者を受け入れている。

 石巻赤十字は、震災では県北で唯一機能した災害医療の拠点病院として、被災者の治療に当たった。全国から集まった医療チームを束ね、避難所の巡回診療を実施した。今年3月、仮設病棟50床を開設し、病床数は452床に増えた。

 3年後の15年度をめどに新病棟などを整備する「拡張プロジェクト」の路線を敷いた。

 飯沼院長は「震災では病院が単に免震構造だっただけでなく、機能的に充実していたことで地域のために活動できた」と振り返る。

 その上で「県北東部の拠点病院として地域の期待に応え、救急、高度医療を充実させることが必要。他の医療機関には救命救急センターを支援する機能に期待する。再建する石巻市立病院との連携も大切だ」と話した。

 金田新院長は、山形県白鷹町生まれ。東北大医学部卒。東北大医学部第二外科、岩手県立中央病院、酒田市立病院などを経て、1983年石巻赤十字病院第二外科部長、90年から現職。

 石巻赤十字によると、15年度をめどに新病棟(重症治療管理病棟・救命救急センター)と、看護学校・研修センターの建設を計画している。今後、地域医療の中核病院として医療の質を高め、どう高度医療を提供していくか。石巻赤十字の使命と役割はますます高まりそうだ。



http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/report/t169/201203/524038.html?bpnet
開業直前に被災も大槌に根差す決意
現場医師10人「私が今、考えること」 大槌おおのクリニック 大野 忠広氏

2012. 3. 28 日経メディカル2012年3月号「特集 震災医療 成果と反省」転載 Vol.13

 震災前から大槌町での開業準備を進め、東日本大震災が起きた3月11日の1カ月後に開業する予定でした。場所は県立大槌病院のすぐ近く。それが、水をかぶって壊れたCT装置のガントリと多額の借入金だけ残り、建物は津波で全部流されました。

 「また一から準備しないと」─。

 沿岸の被災地を離れ、盛岡市などで開業を計画することも可能でした。ですが、流されたクリニックを見ても、大槌で開業する気持ちには全く変化はありませんでした。一度開業を決めた土地ですし、町民もみな被災したのは同じなのですから。すぐに代替の開業地を探し、当初の開業予定日だった4月11日に町内の高台に仮設診療所をオープンしました。

 患者さんの状態は、震災発生から月日がたつにつれて多様化しているように感じます。震災直後、食料は支援物資で量的に十分確保できていましたが、炭水化物が中心でビタミンや蛋白質が不足し、糖尿病や高血圧などの持病が悪化する患者さんが目立ちました。それが最近は、患者さんの生活がだいぶ落ち着いてコミュニティーが復活するにつれ、頻繁に催されるようになった交流会(お茶会)でお菓子などを食べすぎたり、逆に震災の体験から食生活が質素になったりし、栄養バランスが崩れて持病が悪化する人が多く見られるようになりました。

 実は、開業してからとてもうれしい出来事がありました。私は震災直後に避難所で被災者の診療に当たり、ヘリコプターで搬送する重症者の選別も行っていたのですが、搬送されたある重症者の方が町に戻ってきて当院に来院した際、「あの時は先生に助けられた」と感謝の言葉を下さったのです。また、避難所で診療していた私の顔を覚えていて、開業後に来院してくれる患者さんがいるのもうれしいばかりです。こうした患者さんたちのためにも、この地で開業して良かったと思っています。今は1日30~40人ほどの患者さんが来院し、診療を行っています。

 近日中には、CT装置を導入したいと考えています。津波で一度痛い目に遭っていますが、スクリーニング後の精密検査や定期的なフォローを実施できるので、患者さんが検査のために25km離れた県立釜石病院へわざわざ行く必要がなくなるでしょう。

 震災前の勤務医時代は、患者さんとの関係をそれほど深く考えたことはなかったのかもしれません。ですが開業してみると、患者さんはその医師個人を頼って診察を受けに来ていることがよく分かりました。その期待に応えるために、プライマリケアをより一層充実させること、それが今の私の使命だと思っています。(談)



  1. 2012/03/29(木) 05:30:04|
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3月27日 医療一般

http://www.niigata-nippo.co.jp/news/pref/33568.html
医師らへ感謝のメッセージ投函
十日町・津南で病院にポスト設置

新潟日報2012年3月27日

 医療機関で働く人たちに、日ごろの感謝の気持ちを伝えようと、十日町市と津南町の住民グループが、県立十日町病院など両市町にある六つの病院の待合室などにメッセージを入れる「ありがとうポスト」を置いている。県立病院では初の取り組み。住民代表は「医師らがやりがいを感じ、地域を好きになり、定着してくれるとうれしい」と、医師不足解消の一助になることを期待する。

 この活動は、地域医療を住民側から支えようと結成された「妻有の里 地域医療・地域ケアを支え隊」の第1弾。県十日町地域振興局健康福祉部が開いた10回の医療講座受講者らを中心に、両市町などの30人が隊員となっている。



http://mainichi.jp/area/mie/news/20120327ddlk24010244000c.html
鳥羽市:離島診療所の医師、年齢要件を途中で削除 募集の市HPも /三重
毎日新聞 2012年3月27日 地方版 三重

 鳥羽市が今春採用する離島診療所の医師募集で、年齢要件を途中で取り払い、募集の期間延長後は市のホームページ(HP)から募集の呼び掛けを削除していたことが26日、市への取材で分かった。2人の募集に4人の応募があったが、同市は「年齢要件の削除は公表し、当初の締め切り時点で合否を判断して補充は追加募集とすべきだった」と手続き上の誤りを認め、当初の募集期間に応募者した1人に謝罪した。

 同市は4離島を含む6診療所に医師が常勤し、うち2離島の診療所が高齢なことから欠員が予想された。

 このため、市と県のHPに医師募集を掲載し、応募期間を11年6月1日から8月25日とした。期間中には応募者が1人しかいなかった。市は1人について合否の判断をしないまま、募集期間を10月14日まで延長した。

 市によると、問題と指摘されたのは、延長する際に「昭和27年4月2日以降に生まれ、医師免許を有する方」とする年齢要件の削除を公表しなかった点だ。募集要項の訂正措置を講じずに取り払い、さらに募集の呼び掛け自体も市のHPからも削除した。

 募集は県内の医療機関の求人情報を掲載する県のHPなど、市以外の求人情報だけとなった。延長の結果、新たに3人の応募があったという。

 木田久主一市長は「募集手続きに瑕疵(かし)があったのは事実で、最初の応募者には大変申し訳なく思う。面接で2人の医師の採用を決めており、混乱を避けるため現状のまま進めたい考えている」と話している。【林一茂】

〔三重版〕



http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120327-OYT1T00216.htm
講演の医師はニセ…治療で悪化、主催の町を提訴
(2012年3月27日11時44分 読売新聞)

 静岡県清水町の講演会をきっかけに心療内科医をかたる女性の「治療」を受け、精神障害が悪化したとして、同町の30代男性と両親が、同町に2465万円の損害賠償を求める訴訟を静岡地裁沼津支部に起こしていたことがわかった。

 提訴は2日付。訴状によると、男性は2005年11月に同町で開かれた女性の講演をきっかけに06年10月~11年6月、計119回、女性の「治療」を受けた。このため、以前は日常生活で介護の必要がなかったのに、常時介護を必要とする状態に陥ったとしている。

 原告側は「町の講演会であれば、講演者や内容を信頼するのは明らか。重大な注意義務違反にあたる」と主張。一方、同町は「内容を精査し、弁護士と相談して対応する」としている。

 女性は医師免許がないのに、伊豆の国市の診療所で患者に医療行為をしたとして逮捕、起訴され、同支部で懲役1年6月、執行猶予4年の判決を受け、確定している。



http://sankei.jp.msn.com/region/news/120327/tky12032723010022-n1.htm
練馬区が日大に契約解除を通告 病院撤退問題
2012.3.27 22:59  産經新聞

 日大医学部付属練馬光が丘病院の撤退を31日に控え、東京都練馬区は27日、日大と結んでいる同病院の設置運営に関する基本協定と土地・建物の貸し付け契約を一方的に解除する通告文を日大に送った。日大の撤退に伴い地域の救急医療への深刻な影響が危惧されるが、区側は日大との話し合いをしないで破棄に踏み切る形となった。

 協定と契約の中途解除は本来、日大と区による合意が前提となるが、区側は「日大の撤退は契約違反にあたる。撤退表明や明け渡し確認の文書をもって解除できると判断した」と説明。通告した上で、ただちに新病院を開設する地域医療振興協会との基本協定締結に向けた手続きを始める方針という。

 これに対し日大側は「撤退について理事長による最終決定は下されていない状態だ」とし、区側との話し合いに余地を残し、4月以降の病院存続に含みを残すスタンスを取っていた。

 日大理事会関係者は「中途解除について事前の話し合いはなく、無理に解除した場合、入院患者はどうなるのか」と区側の対応を批判している。

 日大と練馬区の間がこじれたのはもともと、日大が区に預けた保証金50億円の返還問題が発端。日大が21年に返還を求めたのに対し、区は「保証金の返還は平成33年の契約満了時で、契約が更新されればそのまま預かる」と返還を拒否。日大が態度を硬化したことが撤退問題に発展した。

 病院の後継法人が十分な医師数を確保できず、救急医療や災害時医療などの弱体化が危ぶまれる状況となり、日大側では50億円問題などで区側の対応に進展があれば病院存続の方向で検討すると示唆する声も出ていた。



http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamagata/news/20120327-OYT8T01205.htm
「医療過誤」訴訟で遺族側請求を棄却
(2012年3月28日 読売新聞)

 2004年8月に新庄市の女性患者(当時77歳)が死亡したのは入院先の県立中央病院が適切な検査や治療を怠ったことなどが原因として、同病院を管理・運営する県を相手取り、女性の遺族が、慰謝料など約4400万円の損害賠償を求めた民事訴訟の判決が27日、山形地裁であった。石栗正子裁判長は「診療や治療方針に過失はない」として遺族側の請求を棄却した。

 判決によると、原告側が、「医師の判断で心筋梗塞の治療を行わなかったことで症状が悪化し、心不全を引き起こした」と主張した点について、「心不全の原因は多臓器不全によるものであり、心筋梗塞との因果関係はない」とし、遺族側の主張を退けた。

 原告側の弁護人は「大変残念。控訴は遺族と相談して決めたい」とした。



  1. 2012/03/28(水) 06:04:16|
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3月27日 震災関連

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/report/t169/201203/524017.html?bpnet
在宅医療のあり方、いま一度見つめ直す
現場医師10人「私が今、考えること」 釜石ファミリークリニック 寺田 尚弘氏

2012. 3. 27 日経メディカル2012年3月号「特集 震災医療 成果と反省」転載 Vol.12

 震災発生直後、釜石医師会から災害対策本部長に任命され、当医療圏の調整役を務めました。全国から釜石に足を運んでくださった医療支援班の方々の献身的な活動のおかげで、この難局を乗り切ることができました。とても感謝しています。

 また、当医師会は日ごろから行政や地域の歯科医師会、薬剤師会、介護事業所などと密に連携して良好な関係を築いてきました。今回の震災ではこの連携がうまく機能し、しっかり役割分担することで効果的に被災者をケアすることができたと思います。

 私の今後の役割は、震災発生以降の出来事をきちんとまとめておくことだと考えています。災害対策本部の医療班を運営してみて感じたこと、うまくいったこと、いかなかったことなどを記録に残しておくことが今後の災害対策に役立つとすれば、全国の医療従事者の方からのご支援に対するお礼の一部となるかもしれません。

 一方で、釜石市と大槌町からなる釜石医療圏の医療提供体制はだいぶ元に戻りました。

 入院機能の大幅な縮小や休止を余儀なくされた県立釜石病院(一般272床)と釜石のぞみ病院(一般52床、療養102床)は全床再開しました。被災した診療所開業医の方々も、大半が仮設施設などで診療を開始しています。県立大槌病院(一般121床)はまだ入院機能を休止していますが、急性期から慢性期、在宅までの流れが元に戻りつつあります。

 当クリニックの在宅医療を受けていた患者さんは被災により、震災前の約320人から一時は200人ほどになりました。ですが、整備が進む仮設住宅を含めて徐々に自宅への復帰が可能な状況となり、現在は250人程度まで回復してきています。

 ただ、課題が多く残されていることも確かです。

 その1つが家族介護力の低下です。震災で家族を失った場合、介護力は落ちますが、それだけではなく、住居や仕事といった生活基盤を喪失した場合も家族の介護力に大きな影響を与えます。医療・介護サービスの提供体制がいくら整備されていても、家族の介護力がある程度なければ、患者さんは在宅療養を選択したり、継続することは困難です。

 もう1つは、「家」や「地域(コミュニティー)」の復興についてです。「家」や「コミュニティー」は、自宅への復帰を願う患者さんのモチベーションの源泉となります。

 今回の震災では、家と共に、人と人とのつながりを含めたコミュニティーも津波によって流されてしまいました。形として失ったものも膨大ですが、精神的なバックグラウンドを失ったことは、特に高齢者にとって行き場のない喪失感となっています。今後地域全体で、どのようにして患者さんの在宅療養への希望を支えていけるかが課題となっています。

 再び安定した在宅療養環境が戻るには生活基盤の再建が進み、豊かなコミュニティーが再生されることが大事だと感じています。

 今、被災地では「在宅」の意味の本質が問い直されています。その中でどう医療を提供していくべきか、いま一度見つめ直したいと思っています。(談)



http://www.m3.com/iryoIshin/article/150382/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
東日本大震災から1年(m3.com医師会員アンケート)
「息の長い支援必要」「西日本の先生、関心を」◆Vol.11
被災3県以外から:全国の医療者へ

2012年3月27日 橋本佳子(m3.com編集長)

【被災3県以外から:全国の医療者へ】
・余力のある大学や大病院は、数年単位で、医師派遣を継続してほしい(北海道、公立病院、50代)

・災害医療に参加することは、支援のみならず、限られた薬品器材による医療、被災者の心情のくみ取り、関係者との連携等々、自分にとっても極めて多くを学ぶことのできる機会です。ぜひ積極的に参加しましょう(北海道、その他の公的病院、50代)

・被災後、かなりの時間が経ってから、短期間ではありますが、何度か異なる地域への支援に入り、被災当初から、全国各地から数多くの医療関係者が被災地支援に伺われたことを見聞しました。被災地の医療関係者の皆さんは、とても感謝していらっしゃいました。混乱の中で撮られたみなさんの写真や、後日送られてきた寄せ書きが飾られていました。報道はすっかり少なくなりましたが、まだまだ被災地は、あのときの状況とほとんど変わりがない状態が続いています。住民は体育館のような避難所から、家族のための仮設住宅へと移りましたが、仮住まいであることに違いはありません。トラウマを抱えた人も苦しみ続けています。わずかな時間で良いので、支援を続けていただければと思います(北海道、その他、40代)

・被災地支援された先生方、大変お疲れ様でした。実感された先生もいらっしゃるかと思いますが、大災害時の医療行為は本当に限定的となります。むしろ後方支援体制の充実が重要のように思います。当方も透析施行していたため、臨時透析を施行していただき、非常に助かりました。現地に赴くことのみが支援の最善策とは思えません。たとえ遠方でも、受け入れ体制を取っていただくことが、現地の医療従事者にとってどんなにありがたく、また励みになるかをお考えいただきたく思います(茨城県、民間病院、40代)

・被災地に限らず、医療の現場は、どこでも、疲弊しているはずです。被災地救済も可能な限り協力したいのはやまやまですが。診療報酬改定で削られ続けた結果、疲弊した現場を立て直さねばならないでしょう(群馬県、公立病院、50代)

・通常、放射線を扱っている医療関係者、特に医師が過度の恐怖感をあおるような発言をしているが悲しい(埼玉県、その他、50代)

・西日本の先生方には、関心を持ち続けてもらいたい(千葉県、診療所、40代)

・一時的に被災地への医師派遣などの支援は必要ですが、むしろ医療の集約化で解決できることがあると思います。小さな病院を多数復活させるより、少数の大型病院を作るべきです。そうすれば、医療従事者を効率よく働かせることができ、医療従事者も楽となる。さらにドクタークラークなどを導入すれば、モデル病院ができる。医療従事者の災害地区への派遣も長期化することもなくなる。それでなくても医師不足で、一人でも派遣されるとつらい(千葉県、診療所、60代)

・被災地において、病院や、通所のリハビリ施設がなくなるなどの事態が起こり、廃用症候群となる高齢者が多くいました。また、多くの仮設住宅は、バリアが多く、屋外環境も外出をしにくいなど、リハビリテーションの視点からの環境整備のニーズがあります。仮設住宅のコミュニティーの問題も重要です。もともとの居住地域を考慮せずに抽選で入居している状況であるため、コミュニティーが形成されずに引きこもりの問題が出ています。南相馬の医療施設では、震災前のリハビリのマンパワーが回復されず、現在も困っています。職員募集をかけても、なかなか応募が来ない状況です。我々はリハビリ支援団体を立ち上げて活動(現地の医療・福祉施設や仮設住宅、在宅への直接支援活動や震災リハ支援に関する講演依頼に対応するなど)していますが、このような被災地の状況を多くの方に知っていただきくことが大変重要だと考えています(千葉県、公立病院、40代)

・余裕が有れば、ぜひ一度どのような状態かを見学に行くことを勧めます(東京都、大学病院、30代)

・もっと急性期医療や災害医療を勉強してほしい医師が多い。ある緩和ケア医師と話をしたらあまりにもずれていて閉口した(東京都、大学病院、40代)

・これからの復興へ向けた支援のあり方が、問われていると思う。被災地全域での医療従事者の減少を食い止めなければ、復興への側面支援にならない。継続的持続的な医療従事者の派遣が必要。現に、全国私立医大を中心に、各医大よりチームの派遣を行っています(東京都、診療所、60代)

・今でも津波被害を受けた大部分の地域は、全くといってよいほど復旧、復興がなされていません。そんな中でも、医療機関だけはその地域に必須のものとして、なんとか診療再開がなされているようです。しかし、元々医師をはじめとした医療者の不足している地域です。本当に息の長い、被災地以外からの支援を必要としていると思います。どんな形でも良いので、自分のできる支援を続けましょう(東京都、公立病院、 50代)

・困ったときはお互いさまです。できる限り支援したいと思います。放射能に関する正しい知識を、一般の人にも説明する必要があるように思います。程度の低いマスコミの人気取りのような報道に振り回されている気がしています(富山県、公立病院、40代)

・まず各病院で震災シュミレーションを行うことだろう。避難訓練で構わない。その時に人の流れや、備品の不足など、不備が明らかとなり、実際の有事の際に役に立つことは間違いない。またBLSはもちろん、ACLSやPALSなど、一般的な救急対応に対する技術を各人が持って置くように日ごろ心がけることが大切であろう(静岡県、その他の公的病院、30代)

・被災地に限らず全国的に医師不足だと思うので、地元の患者が困らない程度に協力するのが良いと思います(三重県、民間病院、30代)

・専門家としての素早い対応が比較的機能したと思う(大阪府、診療所、50代)

・医療施設の不備が復興や住民の皆様が戻れない理由だとすれば、各個人ができる範囲でのボランティア活動を考えてほしい(島根県、公立病院、50代)

・我々の日常診療の上でも、なるべくムダを排除して医療費を減らしていくよう努力すべきだと思います(徳島県、診療所、40代)

・産業医活動は安易は気持でしないように。企業に進言できないなら引き受けない。非常用発電機が波がかぶるところに設置されていることに、企業に今まで意見したのかしてこなかったのか個人的には知りたい(愛媛県、民間病院、40代)

・現地の医療従事者、特に医師が西に流れている現状は情けないの一言である。今こそ医師が率先して、仁術者たるゆえんを国民に示すべき時ではないか(高知県、民間病院、50代)



http://www.47news.jp/feature/medical/2012/03/post-648.html
被災地の医療再生で顕彰
2012.03.27 Japan Press Network / 47 ニュース

 製薬会社サノフィ・アベンティス と全日本病院協会などは、東日本大震災の被災地域で医療サービスの再生に尽力した4医療施設、1団体、9人を「復興の象徴」として顕彰した。3月初め、仙台市で顕彰会を開いた。
 顕彰されたのは、岩手県立高田病院(陸前高田市)、石巻港湾病院(宮城県石巻市)、原町中央産婦人科医院(福島県南相馬市)、志村大宮病院(茨城県常陸大宮市)の4施設のほか、日本助産師会岩手県支部支部長の大坂暢子さんら看護師4人、宮城クリニック(石巻市)の宮城秀晃院長ら医師4人、薬剤師1人、診療支援を続ける医師グループ「ジャパン・メディカル・スピリッツ」。



http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120327/k10014007801000.html
南三陸町 新公立診療所が完成
3月27日 18時52分 NHKニュース

 津波で大きな被害を受けた宮城県南三陸町で、新しい公立の診療所が完成し、27日、完成を祝う式典が開かれました。
 新しい診療所の業務は来月2日に始まります。

 南三陸町では、町の中心部にあった公立の志津川病院が、津波で4階まで浸水するなど大きな被害を受け、使えなくなりました。
 その後、病院では、外国の医療チームから提供を受けたプレハブの建物で診療に当たっていますが、建物が小さいため、待合室が狭く、水道設備もないなど不便な状態が続いていました。
 このため町では、日本赤十字社からおよそ6億円の資金提供を受けて、去年秋から新しい診療所の建設を進め、このほど完成しました。
 27日は、隣に出来た役場の新しい仮庁舎と共に完成を祝う式典が開かれ、この中で佐藤仁町長は「受け付けや診療のたびにご不便をおかけしました。今後、さらに町の復興に力を入れていきたい」と述べました。
 新しい診療所は、これまでのおよそ2倍の広さで、待合室も十分なスペースを確保したほか、水道設備も完備しています。
 またCTスキャンや内視鏡などの大型の医療機器もそろえ、脳や血液などの詳しい検査ができるようになります。
 月に1度通っているという男性は「寒いときは風が入り込んできて大変でした。新しい診療所は本当にありがたく思います」と話していました。
 一方、入院患者については、診療所には受け入れるスペースがなく、引き続き、隣の登米市にある医療施設で受け入れることになります。
 また医師や看護師などの態勢もこれまでとほぼ変わらず、今後、医療スタッフの確保が課題となります。
南三陸町の新しい診療所の業務は来月2日に始まります。



http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012032700697
仮設の診療所完成=「利便性高まる」と期待-宮城・南三陸
(2012/03/27-16:23)時事ドットコム

 東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県南三陸町で、公立南三陸診療所の新しい建物が完成し、27日に竣工(しゅんこう)式が行われた。コンテナを使ったこれまでの施設より設備が充実しており、医療環境の向上が期待されている。
 同町は震災で全ての医療機関が被災した。昨年4月から応急の診療所を置いていたが、手狭な上に水道や待合室がないなど、使い勝手が悪かった。
 新しい診療所はプレハブ2階建てで、町役場の仮設庁舎に隣接。コンピューター断層撮影装置(CT)や救急処置室を備え、医師2人、9診療科の態勢で4月から診療を始める。
 佐藤仁町長は式典後、「町民にとって利便性が高まることが一番。非常にうれしい」と語った。



  1. 2012/03/28(水) 06:03:41|
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3月26日 医療一般

http://mainichi.jp/area/mie/news/20120326ddlk24040046000c.html
県研修病院合同説明会:県内で臨床研修、希望者に 医学部生対象--津 /三重
毎日新聞 2012年3月26日 地方版 三重

 大学卒業後に県内の病院で臨床研修を希望している医学部生を対象とした「県研修病院合同説明会」が25日、津市北河路町のメッセウイング・みえで行われた。

 説明会は、医師不足問題を解消するため、県内の病院に研修医を集め、医師を確保する目的で毎年開催している。桑名市民病院や三重中央医療センター、済生会松阪総合病院など17病院が研修に関する大学生の相談や質問に答えた。

 説明会に参加した四日市市伊坂台3、三重大医学部5年、小川真央さん(23)は「生まれ育った三重の病院で働き、地元に貢献したい。研修医の2年間は専門以外のことも学ぶ機会なので、幅広い知識が求められる救急医療がしっかりしている病院を探している」と話していた。【大野友嘉子】

〔三重版〕



http://jp.wsj.com/Japan/Politics/node_414313
【日本版コラム】今日・明日か、それとも将来か
水野文也の新人議員日記

* 2012年 3月 26日 11:23 JST 日本版 Wall Street Journal

 「明日の百より今日の五十」とよく言われる。政策の現場でも、このことわざの意味が示す通りに、今求められることを急ぎ進めようとすることが少なくない。

 私の地元で浮上している河川に架ける橋の建設計画もその1つだ。防災上、避難に使用するために今すぐにでも欲しいと住民が熱望する一方で、市内の渋滞解消を図る点からも建設が望まれている。

 財政が豊かな自治体であれば、防災、渋滞いずれの観点からも重要と思われるため、すんなり始まるような計画だ。しかし、財政難の下では、巨額な費用を要するプロジェクトは簡単には進まない。そのため、昨年の大震災以降に住民の防災意識が高まったことを受けて、当初は避難用の歩道のみを架け、車道は後から建設するという。

 文字通り「明日の百より今日の五十」となっているのだが、当然のことながら、歩道橋では渋滞の解消には何ら役に立たない。幸い、当局によれば、歩道橋が架かった後も車道にする計画は残るようだ。

 だが、後から車道を架けるとして、その建設費用が今よりも多くかかってしまうリスクを考慮すれば、急ぎ歩道橋を造ることが良いとは限らない。最初から両方を建設すれば良かったという声が出ることは想像に難くない。

 過去には、今日や明日に求められることを優先し、結果として将来にツケを回す格好となり、財政悪化の理由となった政策が過去に数え切れないほどあった。

 筆者も“当事者”であった神奈川県の「高校百校新設計画」などは典型的な例としてみることができるだろう。この計画は、1970年代に神奈川県が生徒の増加に対応するため、高校進学の確保機会を図ることを目的として策定。同県の県立高校に通った筆者も恩恵を受けた政策だ。

 ところが、将来の人口減少が見通せるようになってきた80年代においても計画が続行され、実際に100校が建設完了したのが1987年。それが、わずか 17年後の2003年には計画で開校した高校同士が統合されたのをはじめ、以後、新設校を中心に神奈川県内では県立高校の統廃合ラッシュが続くことになったのである。

 当時を知る関係者によれば、やがて少子化によって高校は余剰となると想定されることから、計画の続行について疑問視する向きも少なくなかったようだ。それでは、なぜ建設が続けられたのか──。聞くところによると、「反対の声は『15の春を泣かせるな』というスローガンの前にかき消されてしまった」という。

 千葉県で浮上している医科系大学の県内誘致も、このような「今日・明日を優先するか、将来まで見通すか」で賛否が分かれそうな事業の1つかもしれない。

 厚生労働省の調査によると、2010年末現在、人口10万人あたりの医師数は全国で219人となっているが、千葉県は全国ワースト3の164.3人と医師が不足している。加えて、県内の医科系大学・学部は、千葉大学医学部のみ。人口が同規模の都道府県で医学を学ぶ場が1つだけというのは千葉県以外にはない。そのため、医師不足を解消する手段としてこの構想が浮上しているのだ。

 おそらく、新設されない場合、今後20年ほどは千葉県内の医師不足状態が続く可能性が高い。しかし、先行きの人口減少を考慮すれば、50年先に医師は過剰となる。当面の医師不足問題を優先して語るか、それとも遠い将来のことを思うか、どちらが正しいとは言い切れない問題だ。

 千葉県では郡部を中心に医師不足の弊害が大きい上に、過剰となる時期は比較的遠い将来であるため、筆者はこの構想が無駄なものとは思っていない。今すぐ採決となれば、賛成票を投じることになるが、それでも気になる部分は残る。

 「将来にツケを残すな」と口で言うだけなら簡単だ。もちろん、現状でも必要性が低い無駄な公共事業を進めることはない。だが、今は急ぎ建設する必要があるが、数十年後には間違いなく不要になるプロジェクトの場合、慎重に判断が求められよう。

 人口減少のみならず、急速な少子高齢化が進む中で、こういったケースは増えていくとみられる。それをどう判断するか──政治家の責任は重いと肝に銘じているところだ。

****************

水野文也 千葉県議会議員
水野文也氏

横浜市立大学商学部卒業。業界紙記者、ラジオ番組の解説者などを経てロイター通信に入社、金融マーケットを中心に経済担当として、解説記事、コラムなどを執筆する。2011年4月の統一地方選挙で千葉県議会市川市選挙区に、みんなの党公認で立候補し初当選。現在、千葉県議会で県土整備常任委員会委員、みんなの党県議団幹事長。 クイズ王・作家としても活躍し、2012年1月にフジテレビ「笑っていいとも」にクイズ王としてレギュラー出演した。水野文也公式ホームページのURLは以下の通り。http://www.fmizuno.jp/



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/36895.html
「統合医療」推進へ、厚労省検討会が初会合
( 2012年03月26日 20:53 キャリアブレイン )

 厚生労働省は26日、「統合医療」のあり方に関する検討会(座長=大島伸一・国立長寿医療研究センター総長)の初会合を開き、従来の近代西洋医学に、漢方やはり・きゅう、サプリメント療法などを取り入れた統合医療の推進に向けた議論を始めた。定義や概念を明確にした上で、有効性や安全性の評価方法や、推進のために必要な取り組みなどを検討する。

 統合医療の推進は、民主党が2009年の衆院選前に発表した「政策集インデックス2009」に盛り込まれており、10年1月には当時の鳩山由紀夫首相が、施政方針演説で「健康寿命を延ばすとの観点から、積極的な推進について検討を進める」と述べていた。

 ただ、統合医療の定義や範囲は確立していないのが現状。関係学会や海外の機関などがそれぞれ提唱しているが、共通認識はなく、厚労省でも明確に定義していない。
 このため検討会ではまず、統合医療の概念を議論する。その上で、有効性や安全性の評価方法や、推進のために必要な取り組みなどを検討する。

 初会合では、統合医療の範囲や定義について、関係団体からヒアリングを行った上で、自由に意見交換した。

 ヒアリングでは、日本統合医療学会の渥美和彦理事長が、統合医療は漢方やはり・きゅうといった伝統医学や、温泉療法などの相補・代替医療と、近代西洋医学を組み合わせたものだと説明。推進のメリットとして、▽がん難民や難病の患者に対し、近代西洋医学による治療手段が尽きた際の選択肢が増える▽既存の治療を伝統医学や相補・代替医療に代えることで、医療費を節減できる―などを挙げ、「未来の医療は統合医療になる」と強調した。
 さらに、東日本大震災の際には、電気、水、ガスなどのライフラインが絶たれた近代西洋医学は能力を発揮できず、統合医療が大きく貢献したと指摘した。

 意見交換では羽生田俊委員(日本医師会副会長)が、安全性を担保する仕組みが必要だと強調。「安全性、有効性が確立されなければ推進できない」と述べた。



http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-189116-storytopic-26.html
単眼複眼
県、「再議」提案の構え 県立病院定数条例で賛否

2012年3月26日 琉球新報

 県立病院職員を111人増員する定数条例案の賛否をめぐり、与野党、県の駆け引きが混迷を深めている。野党は増やす定数を173人に引き上げる修正案を28日の本会議に再提案して可決するシナリオを描く。その場合、県は再審議を求める「再議」を10日以内に提案する構えで、増員数の最終決定が4月1日の条例施行に間に合わない事態も予想される。職員確保の遅れや医療サービス低下も懸念される中、県は再議を提案するのかどうか判断を迫られる。

 「政党会派で定員をいちいち修正することは基本的に賛成しかねる。将来に禍根を残しかねない」。23日の定例記者会見で、仲井真弘多知事は野党へのいら立ちをあらわにし、再議提案を検討する姿勢を示した。
 県総務部は、本会議で修正案が可否同数による議長裁決で可決した場合、「再議」を想定する。識名トンネルの国庫補助金返還予算の確保のため、野党の修正案可決直後に再議を出して「議会軽視」と批判された反省から、県は今回、「173人増の修正案による病院経営への影響を精査する」(総務部幹部)考えだ。4月1日に条例施行する事務手続き上、「29日のタイムリミットに間に合わない」(同幹部)可能性があり、1日に予定する病院職員の採用が遅れる事態になりかねない。
 県は、病院現場の混乱を避けるため「緊急的に臨任医師、職員を雇用延長する」(幹部)とするが、定数増を当てにした休床病棟再開の遅れは必至だ。
 地方自治法に基づく再議の可決には3分の2以上の賛成が必要だが、野党側は満たせず、修正案は否決され、原案が再採決される。
 野党は「増員幅の引き上げを求めているだけで、現状より増やすベターな原案自体を否定するものではない」として、再議によって修正案が否決された後、原案に賛成する見通し。
 野党は「前回の識名トンネル問題の再議は県民に余計な負担を強いる中、謝罪もなく提案したから批判した。今回は定数増の方向性は県と一致している」として、新年度にまたぐ再議提案も視野に入れる県をけん制する。
 最終的に原案賛成に回る野党の一連の動きを「県議選を意識したパフォーマンス」(与党幹部)と嫌気する与党・県は「野党が修正案を出さなければよい」と主張し、野党は「県が年度内に速やかに再議を出せばよい」と応酬する。双方がメンツを懸けた綱引きが続き、収束のめどは立たない。(宮城征彦)



http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20120326/748583
県ドクターバンク第1号・橋村医師、任期1年延長 へき地医療に貢献、知事が表彰 「地域の人の役に立ちたい」
(3月27日) 下野新聞

 医師不足対策で県が始めたドクターバンクの採用第1号で、3月末で3年の任期満了を迎える医師橋村和樹さん(31)=東京都出身=は「もっとこの仕事を続けたい」と、任期を1年延長することを決めた。佐野市国民健康保険氷室診療所長として、地域にとけ込みながらへき地診療に当たる橋村さん。その「並々ならぬ情熱と強い決意」をたたえたいと、福田富一知事がこのほど表彰状を贈った。

 ドクターバンクは、県が医師を県職員として3年任期で採用し、医師不足の公的医療機関に派遣する制度。2006年2月に募集を開始した。

 橋村さんは慶応大医学部卒。本県に地縁血縁はないが「何でも診られる、何でも相談に乗れる」総合診療の医師を志して自ら応募し、2009年4月に佐野市へ赴任した。

 任期3年目の11年度は、新任の医師が効果的に業務を行えるように、へき地医療の質を保つためのマニュアル整備にも取り組んでいる。県のドクターバンク事業は橋村さんの後がいない。任期の延長は最長2年まで。橋村さんは「第2号、第3号と続いてほしい」と後進が現れるのを願っている。



http://sankei.jp.msn.com/region/news/120327/hrs12032702020001-n1.htm
尾道市民病院 小児科が休診 広島
2012.3.27 02:02 産經新聞

 尾道市立市民病院は26日から小児科を休診した。岡山大病院から派遣されている医師が今月末で退職するためで、市は「早急に医師を確保して再開したい」としている。

 小児科は3人体制だったが、一昨年10月からは30代の男性医師が一人で診察していた。今月に入って別の病院に移ることが決まり、同大病院側から後任の派遣は困難と通知があったという。小児科は開業医からの紹介や予約での診療が大半で、一日平均17人程度が受診していた。

 夜間の小児科診療はこれまで通り、隣接の夜間救急診療所で対応する。



  1. 2012/03/27(火) 05:31:51|
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3月26日 震災関連

http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=56490
医師の卵 被災地助けて…来春へ懸命の確保策
(2012年3月26日 読売新聞)

 東日本大震災で被災した東北地方の病院が、来春に向けた新人医師確保作戦を展開している。

 被災地医療への貢献を呼びかけたり、独自に測定した放射線量を公開したり、給与アップや無料の専用宿舎も。今春の研修医の応募が福島は前年比で2割減、宮城は1割減ったこともあり、「来年は巻き返しを」とアピールに懸命だ。

 東北厚生局が20日、仙台市で開いた合同説明会には84の参加施設に対し、86人の医学部生が訪れた。

 福島第一原発に近い総合磐城共立病院(福島県いわき市)は14人の研修医定員に対し、2人の希望者がいずれも医師国家試験に落ち、4月からの新人医師はゼロ。樋渡(ひわたし)信夫院長は「昨年は定員いっぱいの希望があったのに、今年は放射線への心配があったのではないか」と話す。同病院では、独自に放射線量を測ってホームページで公開し、安心を強調。研修医の給与も2万円増やした。

 みやぎ県南中核病院(宮城県大河原町)は8人の枠に希望者はゼロだった。高橋道長副院長は「毎年定員を満たしていただけにショック」と肩を落とす。給与アップや新築の研修医専用アパートを無料化するなど待遇面の改善を図る。

 被災地医療への貢献を前面に掲げ、新人医師のやる気に訴える病院もある。

 多くの病院が定員を大幅に減らす中、今春の応募が定員を満たした石巻赤十字病院(宮城県石巻市)。1年目の研修医をモデルにした特大ポスターを掲げ、タブレット型携帯端末を用いて、ヘリなどで多くの患者が運び込まれた場面など、震災で被災者の救助に貢献した様子を学生たちに紹介。石橋悟・救命救急センター長は「ここでの仕事は、震災復興につながる」と呼びかけた。

 仙台市出身で東北大5年の今野美歌さん(25)は、「復興に近づくよう、少しでも地域に貢献したい」と話す。一方、「放射線量の高い地域での就職は正直、考えてしまう」と話す女子学生(23)の声もあった。
◇  ◇  ◇  ◇
看護師確保へバスツアー

 一方、看護師不足も深刻だ。福島県の相双地域は、看護職員が震災前よりも20%ほど減少した。

 同県は、看護学生向けの説明会を今月、東京都内で開催したが、参加者は300人の予想に対しわずか5人。28日から3日間、県内の病院を回る無料のバスツアーを催して看護師確保にやっきだ。

 後藤謙和(のりかず)・東北厚生局医事課長は「被災地には困っている人が今もたくさんいる。その地に根付いた医療者になってほしい」と話す。



http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=56486
カルテの余白に  AMDA(アムダ)
(下)被災地支援「お互い様」

(2012年3月26日 読売新聞)

 東日本大震災から1年を経た今も、国際医療NGO「AMDA(アムダ)」=本部・岡山市=は、被災地の岩手県などで医療を中心とした支援活動を続けている。活動を貫くのは、困った時はお互い様という「相互扶助」の精神だという。

 
高齢者ら“医療難民”に

 <米ウィスコンシン医科大教授の高橋徳さん(61)は、あの日から1年がたった今月11日午後2時46分、岩手県大槌町の海岸に立ち、黙とうをささげた。米国から同町を訪れるのは4度目になる>

 震災後の昨年3月20日から約3週間派遣されました。避難所だった同町内の高校の教室を間借りした仮設診療所で診察にあたりました。自宅や地域の集会所などでは、避難生活を送る被災者の往診もしました。

 <“医療難民”とも言える被災者を何人も診た>

 高齢の男性は右足がしびれて動けません。診てみると、血管が詰まって血流に障害を起こしている恐れのある状態で、すぐに病院へ搬送しました。普段ならもっと早く医者へ行くはずです。周りで多くの命が失われるなか、しびれや痛みを訴えるのはぜいたくに感じ、我慢されたのでしょう。

 震災直後の町内ではほとんどの医療機関が津波で機能不全になり、慢性疾患などを抱えた高齢者らが、医療から孤立した状態に置かれていました。それを支えるのが私たち、AMDAの役割でした。

地元のニーズ聞く

 <町内で県の仮設診療所などの診察が始まった昨年4月以降、AMDAは活動の軸足を復興支援に移した>

 地元の医療機関が再開した後も、私たちが診療を続けると、患者を奪い合い、復興の妨げになりかねません。地域医療はまず地元の主治医らが担うべきで、被災地の病院で医師らが休暇を取れるよう、交代要員を派遣し、再建された病棟に機材を提供しています。私たちは側面から支援したいと思います。

 <被災地のニーズを正確に把握することで、継続的な支援ができる>

 仮設診療所で私は、それまでに経験のあった鍼灸(しんきゅう)治療を始めました。高齢化の進んだ地域なので、腰や関節に痛みを抱える患者にニーズがあったからです。

 津波で施術施設を流された鍼灸師を、AMDAの有給スタッフとして雇用し、巡回治療を始めました。

 昨年7月に再訪した際、現地の医師らから聞き取り調査をしたところ、患者から鍼灸治療を求める声が強いと聞き、12月、同町で健康サポートセンターを開きました。鍼灸治療に加え、交流スペースは、地元の方々の料理や体操の教室などのイベントに使われています。これも地元のニーズがあったからです。

 <「相互扶助」を提唱するAMDA代表の菅波茂さん(65)は、復興へ向け、エールを送る>

 東北の皆さんへ、私はこう訴えています。今は助けられる立場かもしれませんが、近い将来、東海・東南海・南海地震などの大災害に襲われ、多くの被災者が出る可能性があります。その時には、支援をする側になって、ぜひ助けてください。そうなっていただくためにも、一日も早く復興してください。そのための支援は惜しみません。(聞き手 阿部健)



http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20120326-OYT1T00458.htm
福島でうつ病などと診断、原発事故と関連3割超
特集 福島原発

(2012年3月26日11時52分 読売新聞)

 東京電力福島第一原発事故後に福島県内の医療機関の精神科や心療内科外来を受診し、うつ病などと診断された患者の3割以上が、原発事故と関連があるとみられることが26日、福島県立医大(福島市)の調査で分かった。

 入院患者も、放射線被曝(ひばく)への恐怖が入院と関連しているとみられる割合が全体の4分の1に上った。

 県内77施設を対象に、事故直後の昨年3月12日から約3か月間に、毎週1日を抽出し、受診患者の状況を調査。回答のあった57施設で診断された410人を分析した。

 医師が原発事故との「関連あり」と診断したのは19・0%(78人)、「関連があるかもしれない」は13・4%(55人)で、合わせて3割以上が事故との関連を示す結果となった。



  1. 2012/03/27(火) 05:31:07|
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