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Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

3月30日 医療一般

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kochi/news/20120329-OYT8T01114.htm
へき地診療所 契約延長
(2012年3月30日 読売新聞)

 高知市の土佐山へき地診療所の運営について、市は今月末で期限が切れる高知大との指定管理者の契約を2017年3月まで延長することを決め、29日、市役所で協定式が行われた。

 同診療所は土佐山地区で唯一の診療所として1963年に開所した。当初、市が運営していたが、医師不足などで08年7月から指定管理者制度を導入し、高知大医学部に運営を委託。医師や看護師ら常勤スタッフ5人が、年間約5000人の患者を診療している。

 相良祐輔学長と協定を交わした岡崎誠也市長は「住民に信頼の高い医療を提供してもらっている」と謝辞を述べ、相良学長は「へき地医療は日本中の問題。患者の安心、安全を守るよすがにしていきたい」と話した。

 同地区の高齢化率は約42%と高く、所長を務める松下雅英准教授(44)は「患者が利用する送迎バスの利便性を高めるなど地区の診療所として役目を果たしていきたい」と決意を新たにしていた。



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/36935.html
光が丘病院、地域医療振興協に使用許可- 東京都
( 2012年03月30日 17:21 キャリアブレイン )

 日大が3月末で練馬光が丘病院(東京都練馬区、一般342床)の運営から撤退する問題で、東京都は30日、後を引き継ぐ公益社団法人「地域医療振興協会」に使用許可証を交付した。光が丘病院では、既に診療体制を縮小しており、職員の交代などを経て、4月1日午前零時に病院は引き継がれる。後継法人の公募の際、区は小児や周産期などの機能維持を掲げていたが、新病院の常勤医師数は、小児科と産科で現在の半数程度となる予定だ。

 これまで光が丘病院は、特に小児救急と周産期医療の分野で、地域医療に大きく貢献してきた。とりわけ小児科は、常勤医15人(専門医は11人)と非常勤医師に加え、系列の板橋病院からの派遣もあり、年間8000人以上の夜間救急患者の診療を行ってきたが、都によると、新病院の医師数は70人(常勤換算)となる見込みで、このうち小児科の常勤医は9人にとどまる見通し。

 区によると、同協会では、小児科医による24時間対応の診療を行い、入院患者の受け入れが可能な体制を整えるとし、産科については、4月から分娩を前提とした妊婦健診を開始し、今後さらに体制を充実させるとしている。

 光が丘病院の医師の多くが板橋病院に移るため、患者のカルテ(診療録)は同病院が保管し、今後、同病院から患者の情報提供を受ける。新病院の看護師数は180人(常勤換算)で、新病院では開業時、使用する病床を減らし、1年後に8割の稼働率を目指す方針。



http://mainichi.jp/area/hyogo/news/20120330ddlk28040404000c.html
八鹿病院:救急車受け入れ含む外科系、時間外を一部中止 水・金曜の週2回、来月から /兵庫
毎日新聞 2012年3月30日 地方版 兵庫

 公立八鹿病院(養父市)は29日、救急車受け入れを含む外科系の時間外救急(午後5時から翌日午前8時半)を4月から水曜と金曜の週2回中止すると発表した。

 八鹿病院によると、時間外救急は外科、内科各1人が当直し、救急車や来院する急病患者に対応している。外科は高齢の医師を除く10人が交代で勤務している。今月末で1人退職するため、勤務のローテーション維持が困難になったという。

 宮野陽介院長は「他の医師も中高年が多く、体力的に常時24時間体制は難しくなった」と説明している。他の曜日や内科系はこれまで通り24時間対応する。

 09年から常勤医が1人になっていた産婦人科に4月1日から1人が赴任し、常勤医2人体制となる。

 4月から従来の歯科を廃止して歯科口腔(こうくう)外科を開設する。今月末で退職する歯科医2人に代わり、4月1日から鳥取大医学部付属病院から専門医2人が着任する。従来の歯科に加え、口の中の腫瘍(しゅよう)など高度な医療に対応する。診療開始は4月9日。【皆木成実】

〔但馬版〕



http://mainichi.jp/area/wakayama/news/20120330ddlk30040515000c.html
杭ノ瀬診療所:市立唯一、来月から常勤医不在へ ネットなどで後任を募集、県立医大からの派遣も--和歌山 /和歌山
毎日新聞 2012年3月30日 地方版 和歌山

 和歌山市唯一の市立診療所「杭ノ瀬診療所」(同市杭ノ瀬)の常勤医が4月から不在となる。市は昨年12月から3回にわたって後任を募集しているが、問い合わせが1件あったのみ。当面は県立医大から医師の派遣を受けてしのぐ予定だ。【御園生枝里】

 市福祉保健総務課によると、同診療所は82年、医師が不在だった地域の住民健康保持のため開設された。10年度の年間利用者は約5000人で、現在の通院患者は約300人。スタッフは常勤医1人、看護師3人など非常勤を含めて計10人。

 現在の医師は08年5月に採用され、今月末、自己都合により退職する。市はインターネットや医療専門誌などで後任を募集。3度目の求人を今月12日~30日に行っているが、29日までに申し込みはない。採用は5月からとなる。

 南秀紀・市福祉保健総務部長は「医師の中にはいろいろな経験を積み、実力をつけたいと研究者や開業医を目指す人が多い」と話し、医師1人で指導者がいない診療所の環境が応募がない理由の一つとみている。

 市は県立医大に医師の派遣を依頼。同大総務課によると、4月から週3日(月、火、木曜日)、派遣できるという。

 近くに住む宮前第15区自治会長の辻岡計美(かずみ)さん(68)は「地域に密着した診療所。この地域は高齢化し、持病を持っている人も多いので、診療所の存在は貴重。1日も早く後任が決まるよう願っている」と話している。

 採用の問い合わせは市人事委員会事務局(073・435・1371)。



http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=56646
高野山病院 診療所に…和歌山
患者減少で1日から 入院は短期のみ 往診導入

(2012年3月30日 読売新聞)

 和歌山県高野町高野山の町立高野山病院が4月1日から、入院用ベッドを41床から2床へ減らし、町立高野山総合診療所に変わる。

 患者数の減少により経営状況が厳しくなったためで、入院は、緊急に搬入された患者の転送先が見つかるまでの短期的なものに限るが、医療スタッフ数は現状を維持し、外来診療や救急医療は従来通り維持し、新たに訪問診療・看護に取り組む。

 同病院は1945年に設立された。地域医療の拠点として機能してきたが、1日の患者数は、外来が2004年度の154人、入院が1983年度の42人をピークに減少。2010年度にはそれぞれ92人、13人に落ち込み、町は一般会計から病院事業会計へ約2億1300万円を繰り入れた。背景には、町の人口減少に加え、町外の専門的な医療機関で治療を受ける人が増えていることがあるという。

 経営立て直しのため、町は長期入院は受け入れないことにし、昨年夏から町民への説明会を開催。「遠方の病院へ入院すると、家族の負担が大きくなる」などの反対意見もあったが、町は「入院患者が激減しており、看護師も不足気味なため、やむを得ない措置」としている。

 診療科は内科、外科、小児科、眼科の四つで、常勤の医師は4人、看護師は12人と、4月以降も現状を維持する。在宅医療に力を入れ、医師は通院が困難な患者宅を訪問、看護師は、患者や介護が必要な人たちの療養生活を支援する。大勢の観光客が訪れることもあり、救急医療は週末を含めて24時間体制を保つ。



http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1203290035/
真鶴町国保診療所が常勤内科医不在解消へ、法人委託で打開/神奈川
2012年3月30日 カナロコ 神奈川新聞

 常勤内科医が“不在”となっていた真鶴町国民健康保険診療所(15床、同町真鶴)が4月から、医療法人に診療を委託する形で医師を確保することになった。後任探しが難航する一方、外科が専門だった唯一の常勤医が3月末で定年を迎えるなど綱渡りが続いていたが、需要の多い内科を中心とした新たな診療態勢で医療サービスの充実を図る。

 同診療所は昨年4月から常勤内科医の不在が続き、内科を掛け持ちしてきた外科専門の所長は今月いっぱいで定年退職。町内には医療機関が2カ所しかなく、同診療所を「地域医療の拠点」と位置付けている町にとって、後任探しが急務となっていた。

 2010年9月から常勤内科医を募集したものの、問い合わせは少なく難航。医療コンサルタントの助言もあって委託を検討し、山北町の医療法人社団「恵風会」と年間約2400万円での1年契約に至った。

 4月以降の態勢では、月曜と水~土曜に同会の内科医が診療。

 中には、小児科や皮膚科診療の経験がある医師もいるという。

 さらに、火、木曜は東海大などの非常勤医が引き続き派遣され、退職する所長は非常勤職員として月曜の外科と訪問診療を受け持つ。

 同診療所の1日の患者数は減少傾向で、最近は約40人で推移。うち7割近くが内科を受診している。町の高齢化率は30%を超えており、町は今後さらに基礎的な内科診療の需要が高まるとみている。

 町担当者は「診療所の運営は赤字が続き、10年度は一般会計から約5千万円を繰り入れた。診療態勢を充実させながら患者数を増やし、収支のバランスも改善させたい」としている。



http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20120330/CK2012033002000026.html
医療がかわるとき 練馬光が丘病院<上> 患者 「行き先まだ」不安も
2012年3月30日 東京新聞

 練馬区の医療の中核を二十一年間担った日本大学医学部付属練馬光が丘病院の運営が、四月一日午前零時に日大から公益社団法人「地域医療振興協会」へ交代する。準備期間わずか半年という厳しいスケジュールでの新病院開業。区民や患者の不安や混乱が続く中、オープンを迎える。

 日大撤退まで一週間となった二十三日。患者がまばらな光が丘病院で、全身まひの夫(72)の車いすを押していた女性(73)は「四月からの行き先がまだ決まらない。とても不安」と吐露した。

 自宅から歩ける距離の光が丘病院に引き続き通うのが望ましい。しかし、「脳神経外科、皮膚科、泌尿器科などたくさん受診している。主治医は、新病院ですべて診療できるか分からないと言う。もしだめだったら…。遠くへ通うのは経済的、体力的に大変」。

 光が丘病院の医師が病院引き渡しに向けて患者の移動を始めたのは、今年に入ってからだ。日大本部は昨年七月に撤退を表明したが、医学部を中心に存続を探る動きが続き、対応が遅れた。

 患者の紹介先は、日大の本院で隣接区にある板橋病院や区内の病院、診療所など。新病院は医師がなかなか確定せず、提供される医療内容を確認できないとして積極的には紹介していなかった。

 患者らにとっては通いやすさも重要だ。意識不明で人工呼吸器を付けて入院している男性(64)の家族は、主治医から転院を言われた。男性の妻は脳性まひで、電動車いすを使用している。妻は、日大の紹介先病院をいくつも回ったが、一度の充電では往復できなかったり、病室が狭くて入れなかったりして男性に付き添えない。

 二月、日大撤退で困る人々の声を聞こうと結成された「患者の会」の集会で状況を打ち明けたのがきっかけで日大が振興協会へ打診。新病院へ引き継がれることが決まった。

 区内のある病院長は「光が丘病院の患者が他の病院を経由してうちに回されてくることもある。行き先が決まっていない人は結構多いのではないか」と心配する。

 時間がない中、個々の医師の努力で医療が守られた例も。全身まひの患者の体の緊張を和らげる「ITB療法」を光が丘病院で実施してきた日大の医師は、区内の診療所に月二回勤務することを決め、引き続き自分で患者を診る体制を整えた。

 同療法は都内でも実施は十カ所のみ。光が丘病院も日大の手を離れれば、行わなくなるのは確実だった。診療所側も「医療の幅が広がり、ありがたい」と歓迎する。地域に、日大光が丘病院での医療が受け継がれた。

<練馬光が丘病院> 経営破綻した練馬区医師会立病院を引き継ぎ、日大が1991年から運営。土地・建物は区の所有。小児救急では区内で受ける3分の1にあたる年間約8千人以上の患者を受け入れてきた。2年前、赤字経営を理由に日大が区へ撤退を通告。昨年7月に公表されると日大医師や区民らの間で存続運動が起きたが撤退は覆らなかった。



http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.2182461.article.html
佐賀大附属病院、「地域総合診療センター」を新設
2012年03月31日更新 佐賀新聞

 佐賀大医学部附属病院は30日、佐賀市立富士大和温泉病院内に新設する「地域総合診療センター」の開所式を行った。臓器や疾患を限定せず、患者の全身状態を診ることができる「総合内科医」の育成を目指す。附属病院から若手医師2人が常駐勤務し、地域医療の現場で臨床経験を積みながら、知識と技術を身につけていく。

 センター常勤の若手医師は、附属病院が定期的に派遣する講師クラスの医師の指導を受け、患者の診療や回診に当たる。常勤医は半年から1年で交代し、数多くの総合内科医を育成する方針。4月から業務を始める。

 開所式には附属病院や佐賀市の関係者が出席。センター長を務める附属病院総合診療部の山下秀一教授は「地域医療の崩壊を食い止める最善策が総合内科医の育成で、センターはその拠点。どんな病気の患者も診ることができる懐の深い医師を育て、県内各地で活躍してもらいたい」と述べた。



http://sankei.jp.msn.com/region/news/120331/mie12033102130001-n1.htm
名張市立病院 常勤医4人増 三重
2012.3.31 02:13 産經新聞

 名張市は、同市立病院の常勤医が4月から4人増えて25人となる見通しを示した。

 増員となる4人のうち、3人は内科に配属。1人は三重大病院の総合診療科で内科を担当する医師。名張、伊賀両市の拠出金で同月から三重大に設置され、伊賀地域の医療体制についての調査・研究などをしてもらう寄付講座の助教を務める。他の2人は3月末で2年間の研修期間を名張市立病院で終える研修医。その後も引き続き残るという。さらに、外科には県外から1人を採用する。

 名張市によると、内科については以後も常勤医の増員が見込めるという。5月から1人、9月からさらに1人が加わるメドが立っているとしている。同市の亀井利克市長は「増員により、救急医療にもしっかり対応できる態勢を整備したい」と話している。



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/36933.html
国立・労災病院「脱独法化」へ検討開始- 厚労省、年内にも報告書
( 2012年03月30日 14:56 キャリアブレイン )

 厚生労働省は30日、「国立病院及び労災病院の新しい法人制度に関する検討会」(座長=永井良三・東大大学院教授)の初会合を開き、国立病院を運営する国立病院機構と、労災病院を運営する労働者健康福祉機構の両独立行政法人について、2014年4月の新法人制度移行に向けた検討を始めた。13年の通常国会への関連法案提出を目指し、年内にも報告書を取りまとめる。

 この検討会は、1月に閣議決定された「独立行政法人の制度及び組織の見直しの基本方針」で、両独立行政法人について「14年4月より新たな法人制度に移行する」とされたことを受けて設置された。
 主な検討事項は、▽社会や医療ニーズの変化に対応した病院運営▽法人の経営努力を促進する財政運営▽目標・評価▽国民目線での情報公開・発信―の在り方で、5回程度の会合を開いて議論を取りまとめる。

 初会合では、両法人からのヒアリングを行った。
 この中で国立病院機構の矢崎義雄理事長は、年間利益をどう使うかを政府が判断する独立行政法人の制度は、「医療になじまない」と指摘。民営化が実現すれば、「中長期的な投資が可能になり、医療サービスの質が格段に向上する」との期待感を示した。



http://mainichi.jp/area/saitama/news/20120330ddlk11040174000c.html
志木市立市民病院:小児科入院医療休止で揺れる 来月休止、一転撤回 秋以降見通し立たず /埼玉
毎日新聞 2012年3月30日 地方版 埼玉

 志木市立市民病院(同市上宗岡)が、小児科の入院医療休止問題をめぐり揺れている。長沼明市長がいったんは経営難を理由として4月からの休止を発表したが、その後方針を撤回し秋ごろまでは入院患者を受け入れることになった。しかし受け入れ患者数は半減しそうなうえ、秋以降の見通しは立っていない。赤字経営の改善策として、市は公設民営化などの経営改革を検討しているが、こちらも具体的な道筋は不透明だ。【高木昭午】

 市民病院は79年開院。内科、外科などを有し、病床数は100床。このうち小児科は45床で、救急患者を引き受け年間にのべ約1万2000人を入院させてきた。

 長沼市長は1月に休止方針を表明した際、小児科の年間赤字額が約1億6000万円に上ることを挙げた。市によると、小児入院患者の約8割が新座、朝霞、和光、富士見、ふじみ野の5市と三芳町の患者だという。長沼市長は「周辺70万人の小児救急を、人口7万人の志木市が担うのはつらい」とも述べた。

 休止に反対する6市町の首長は3日後、「応分の負担をするので入院医療の継続を」と要請。長沼市長は、3月末で退職が決まっていた清水久志院長ら小児科医3人を慰留し、4月から半年程度は、院長は非常勤、他の2医師は常勤として病院に残ることになった。

 1月の段階で、市民病院の後を受け小児入院医療に名乗りを上げたのが「菅野病院」(和光市)だった。しかし同病院は条件として、志木市など4市に年約1億円の財政支援を要請。4市は難色を示し菅野病院は小児医療を断念した。子供の入院先確保は再び志木市の肩にかかった。

 市が3月定例議会に提出した来年度病院予算では、小児入院を9月まで続け、10月から休止することになっている。長沼市長は秋以降について「予算とは別に、入院医療継続に努力する」と話すにとどまっている。

 清水院長は毎日新聞の取材に対し「4月には非常勤医師や看護師の一部が退職し、今の小児科45床が実質20床程度になるのは避けられない。私や他の2医師が残るのは長くて9月まで。その後の見通しはない」と話す。

 一方、病院の赤字体質の改善について、市は2月、外部識者らによる「市民病院改革委員会」を設置。特定の大学名をあげた付属病院化案なども出されたが、2月の最終報告書では、運営を民間法人に委ねる公設民営化か、独立の法人格を与える地方独立行政法人化すべきだとの提案になった。市は3月、庁内にチームを設けて検討を始めたが、結論を出す時期は明示していない。【高木昭午】

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 ◆小児科入院医療休止問題の経過

 <1月>
16日 志木市の長沼明市長が小児科入院医療の4月からの休止を発表
19日 周辺6市町長が長沼市長に入院医療継続を要望
25日 長沼市長が3小児科医について「(当面は)慰留したい」と発言
26日 志木市や市民病院の話し合いで、4月以降も数カ月は小児入院医療を続け、菅野病院が引き継ぐことで合意
30日 長沼市長が「小児科入院は8月ごろまでで休止」と発表

 <2月>
 8日 志木市「市民病院改革委員会」第1回会合。長隆委員長は会合後に「9月以降も市民病院での小児科入院医療の継続を求める」と発言
14日 菅野病院が志木市など4市に対し、小児医療引き継ぎの条件として「年間に合計で1億円程度の財政支援」を要望
16日 長・改革委委員長が「市民病院を日本大医学部の付属病院に」「小児科医12人、産婦人科医5人を置く」などを求める委員長試案を公表
20日 菅野病院が小児医療開始を断念
24日 改革委が最終報告書を公表。「小児救急を崩壊させないため適切な診療体制(病床数)が必要」と指摘。病院の公設民営化や独立行政法人化を提案。日本大の名には委員の反対で言及せず

 <3月>
 8日 長沼市長が、公設民営化か地方独立行政法人化を行う方針を公表



  1. 2012/03/31(土) 05:57:44|
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3月28日 医療一般

http://news24.jp/nnn/news8771872.html
地域医療支援強化のため2施設設置(高知県)
[ 3/28 18:20 高知放送]

 尾県政が掲げる日本一の健康長寿県構想の大きな柱として、それぞれの地域での医師の確保が挙げられていて、その取り組みを強化するため28日、高知大学医学部内に2つの新たな施設を設置した。
 1つは高知地域医療支援センターで、中山間などそれぞれの地域へ医師を適正配置する機関。現在、県内では地域間で医師の確保に偏りがあり、センターでは医師不足の状況を把握・分析しその結果に基づいて医師を配置していくという。
 2つ目は研修医や若手医師の教育を行う施設。施設は5階建てで、1階には特殊な内視鏡手術をシュミレーションできる装置などがあり、実践的な訓練を行うことができる。2階より上は宿泊施設となっていて、研修医はここで寝食をともにしながら技術を磨く。
 県では高知大学に2つの施設を設置したことについて、教育施設で若手医師を育て、高知地域医療支援センターから医師を送りだし、経験を積んで各地域を巡回してもらう仕組みを作るなど県内への医師の定着を実現させていきたいとしている。



http://sankei.jp.msn.com/region/news/120328/ngn12032819050003-n1.htm
長野県が医学生と研修医に修学資金 県内で勤務を条件に貸与
2012.3.28 19:04 産經新聞

 長野県は来年度、地域医療を担う医師を確保するため県医学生修学資金と臨床研修医研修資金の貸与者を募集する。貸与金額は月額20万円で、県内の公的・公立医療機関などに一定期間にわたって従事することが条件となる。応募の受け付けは4月2日から13日まで。

 医学生修学資金は、決定の月から大学卒業の月までの期間にわたり貸与。将来、医師として県内で働く医大生なら大学所在地や学年、出身地は問わない。選抜は書類と面接で、選ばれた人が県の指定する医療機関で貸与期間の1・5倍に相当する期間を働いた場合には返済が免除される。

 また、県臨床研修研修資金は、産科医と小児科医を希望する人が対象で、県内での従事期間は貸与期間の2倍。募集の詳細は県のホームページに掲載している。



http://news24.jp/nnn/news8781848.html
医療目指す高校生が「一日病院体験」 (愛媛県)
[ 3/28 16:32 南海放送]

 医師や看護師など医療の現場を目指す高校生に病院の仕事を知ってもらおうと松山市内の病院で「一日病院体験」が行われました。
 松山市来住町の愛媛生協病院で行われた「高校生一日病院体験」には県内の11の高校から45人が参加しました。一日病院体験は、医師や看護師など将来、医療の現場で働くことを希望する高校生に病院の仕事を知っててもらおうと毎年行われています。参加した高校生らは、リハビリ室や手術室など病院内を見学したのに続いて希望の職種に分かれて医師や看護師の説明を受けながら実際の仕事を体験しました。このうち看護師を目指す高校生は血圧の測り方を学び実際に機械を使って測定していました。また、患者体験も行われ、高校生らは実際に車椅子に乗ったりしながら患者になった時の気持ちなどを体験していました。愛媛生協病院の有田孝司院長は「きょうの体験を生かして将来、医療の道に進んで欲しい」と話していました。



http://www.minyu.ne.jp/digitalnews/120328_1.htm
広域紋別病院、4月から常勤医13人に
(3月28日付け)北海民友新聞

 広域紋別病院(及川郁雄院長)の常勤医師が、4月から1人増えて13人になることが、27日に開かれた同病院企業団議会で明らかにされた。
 同病院は昨年4月、旧北海道立紋別病院の移管を受けて常勤医師14人体制で開院。しかし同年6月に医師2人が退職し、常勤医師は12人となっていた。
 4月からの常勤医師数は、総合診療科1、消化器内科2、外科4(院長含む)、産婦人科1、小児科3、整形外科1、精神科1。br>  同病院を経営する広域紋別病院企業団(西紋5市町村で構成)の千賀孝治企業長(1月着任)は議会答弁で、自らも内科医であることから「一部で診療に加わり常勤医を支える」と述べたほか、「年度内の早期に循環器内科1人を確保したい」との考えを示した。
 人数は確保されたものの、現在の常勤医師12人のうち総合診療科と消化器内科、小児科、整形外科の各1人が退職し、それぞれ後任者に交代するという。



http://mainichi.jp/area/iwate/news/20120328ddlk03040097000c.html
花泉診療所:常勤医2人配置 県営化、来月5日から再開 /岩手
毎日新聞 2012年3月28日 地方版 岩手

 民間の医療法人が運営から撤退する花泉診療所について、県は27日、県営の「花泉地域診療センター」として4月5日から診療を開始すると発表した。常勤医師2人を配置、非常勤医師も2人が交代で週1回の診療を行う。

 同診療所は有床診療所として10年4月に民間移管されたが、看護師不足などを理由に昨年10月から入院患者の受け入れを停止。県は「10年以上は入院病床を確保する」とした契約が履行されないことから、今年3月末での契約解除を決定した。

 県医療局は民間移管前とほぼ同じ職員体制を確保するとして、看護師ら職員8人を配置。また、無床化に伴う措置として、入院が必要な患者と家族には入院先の病院までの路線バスのチケットを配布する。【金寿英】



http://www.kahoku.co.jp/news/2012/03/20120328t11010.htm
地域医療に医師派遣 宮城県、東北大で寄付講座 協定締結
2012年03月28日水曜日 河北新報

 宮城県と東北大は27日、県内医療機関への内科医や小児科医の安定的な供給を目指し、東北大大学院医学系研究科に寄付講座を設置する協定を締結した。「宮城地域医療支援寄付講座」と「小児科医師育成寄付講座」で、4月に開講する。
 地域医療講座は医師らが地域医療に貢献しながら、自らのキャリア形成を目指せる仕組みをつくる。対象は県内医療機関に勤務する若手・中堅の医師や看護師。医師らが大学で先進医療などを学ぶ間、大学は代わりのスタッフを勤務先の病院に派遣する。
 小児科講座は質の高い小児科専門医育成の研修プログラムを設ける。全国から小児科医らを集め、地域の中核病院のスタッフとして研修させる。
 いずれも設置期間は2年で、両講座を運営するための県の寄付金は単年度で計9000万円。
 県庁であった協定締結式で村井嘉浩知事は「内科医、小児科医ともに県民から充実への強い要望がある」とあいさつ。井上明久東北大総長は「責任を持って講座を運営したい」と述べた。



http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-03-28_31667/
県立病院173人増案を可決 県議会
2012年3月28日 15時30分 沖縄タイムス

 県議会(高嶺善伸議長)2月定例会は28日、最終本会議が開かれ、4月1日から県立病院の職員定数を111人増やす条例改正案に対し、野党5会派が提出した増員を173人とする修正案を、可否同数の議長裁決で可決した。

 これを受け、執行部は地方自治法173条に基づき、速やかに再議を提出する見通し。再議となれば、修正案は3分の2以上の賛成がないと否決となるため、定数条例成立の行方は、まだ流動的だ。



  1. 2012/03/29(木) 05:30:44|
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3月27日 医療一般

http://www.niigata-nippo.co.jp/news/pref/33568.html
医師らへ感謝のメッセージ投函
十日町・津南で病院にポスト設置

新潟日報2012年3月27日

 医療機関で働く人たちに、日ごろの感謝の気持ちを伝えようと、十日町市と津南町の住民グループが、県立十日町病院など両市町にある六つの病院の待合室などにメッセージを入れる「ありがとうポスト」を置いている。県立病院では初の取り組み。住民代表は「医師らがやりがいを感じ、地域を好きになり、定着してくれるとうれしい」と、医師不足解消の一助になることを期待する。

 この活動は、地域医療を住民側から支えようと結成された「妻有の里 地域医療・地域ケアを支え隊」の第1弾。県十日町地域振興局健康福祉部が開いた10回の医療講座受講者らを中心に、両市町などの30人が隊員となっている。



http://mainichi.jp/area/mie/news/20120327ddlk24010244000c.html
鳥羽市:離島診療所の医師、年齢要件を途中で削除 募集の市HPも /三重
毎日新聞 2012年3月27日 地方版 三重

 鳥羽市が今春採用する離島診療所の医師募集で、年齢要件を途中で取り払い、募集の期間延長後は市のホームページ(HP)から募集の呼び掛けを削除していたことが26日、市への取材で分かった。2人の募集に4人の応募があったが、同市は「年齢要件の削除は公表し、当初の締め切り時点で合否を判断して補充は追加募集とすべきだった」と手続き上の誤りを認め、当初の募集期間に応募者した1人に謝罪した。

 同市は4離島を含む6診療所に医師が常勤し、うち2離島の診療所が高齢なことから欠員が予想された。

 このため、市と県のHPに医師募集を掲載し、応募期間を11年6月1日から8月25日とした。期間中には応募者が1人しかいなかった。市は1人について合否の判断をしないまま、募集期間を10月14日まで延長した。

 市によると、問題と指摘されたのは、延長する際に「昭和27年4月2日以降に生まれ、医師免許を有する方」とする年齢要件の削除を公表しなかった点だ。募集要項の訂正措置を講じずに取り払い、さらに募集の呼び掛け自体も市のHPからも削除した。

 募集は県内の医療機関の求人情報を掲載する県のHPなど、市以外の求人情報だけとなった。延長の結果、新たに3人の応募があったという。

 木田久主一市長は「募集手続きに瑕疵(かし)があったのは事実で、最初の応募者には大変申し訳なく思う。面接で2人の医師の採用を決めており、混乱を避けるため現状のまま進めたい考えている」と話している。【林一茂】

〔三重版〕



http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120327-OYT1T00216.htm
講演の医師はニセ…治療で悪化、主催の町を提訴
(2012年3月27日11時44分 読売新聞)

 静岡県清水町の講演会をきっかけに心療内科医をかたる女性の「治療」を受け、精神障害が悪化したとして、同町の30代男性と両親が、同町に2465万円の損害賠償を求める訴訟を静岡地裁沼津支部に起こしていたことがわかった。

 提訴は2日付。訴状によると、男性は2005年11月に同町で開かれた女性の講演をきっかけに06年10月~11年6月、計119回、女性の「治療」を受けた。このため、以前は日常生活で介護の必要がなかったのに、常時介護を必要とする状態に陥ったとしている。

 原告側は「町の講演会であれば、講演者や内容を信頼するのは明らか。重大な注意義務違反にあたる」と主張。一方、同町は「内容を精査し、弁護士と相談して対応する」としている。

 女性は医師免許がないのに、伊豆の国市の診療所で患者に医療行為をしたとして逮捕、起訴され、同支部で懲役1年6月、執行猶予4年の判決を受け、確定している。



http://sankei.jp.msn.com/region/news/120327/tky12032723010022-n1.htm
練馬区が日大に契約解除を通告 病院撤退問題
2012.3.27 22:59  産經新聞

 日大医学部付属練馬光が丘病院の撤退を31日に控え、東京都練馬区は27日、日大と結んでいる同病院の設置運営に関する基本協定と土地・建物の貸し付け契約を一方的に解除する通告文を日大に送った。日大の撤退に伴い地域の救急医療への深刻な影響が危惧されるが、区側は日大との話し合いをしないで破棄に踏み切る形となった。

 協定と契約の中途解除は本来、日大と区による合意が前提となるが、区側は「日大の撤退は契約違反にあたる。撤退表明や明け渡し確認の文書をもって解除できると判断した」と説明。通告した上で、ただちに新病院を開設する地域医療振興協会との基本協定締結に向けた手続きを始める方針という。

 これに対し日大側は「撤退について理事長による最終決定は下されていない状態だ」とし、区側との話し合いに余地を残し、4月以降の病院存続に含みを残すスタンスを取っていた。

 日大理事会関係者は「中途解除について事前の話し合いはなく、無理に解除した場合、入院患者はどうなるのか」と区側の対応を批判している。

 日大と練馬区の間がこじれたのはもともと、日大が区に預けた保証金50億円の返還問題が発端。日大が21年に返還を求めたのに対し、区は「保証金の返還は平成33年の契約満了時で、契約が更新されればそのまま預かる」と返還を拒否。日大が態度を硬化したことが撤退問題に発展した。

 病院の後継法人が十分な医師数を確保できず、救急医療や災害時医療などの弱体化が危ぶまれる状況となり、日大側では50億円問題などで区側の対応に進展があれば病院存続の方向で検討すると示唆する声も出ていた。



http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamagata/news/20120327-OYT8T01205.htm
「医療過誤」訴訟で遺族側請求を棄却
(2012年3月28日 読売新聞)

 2004年8月に新庄市の女性患者(当時77歳)が死亡したのは入院先の県立中央病院が適切な検査や治療を怠ったことなどが原因として、同病院を管理・運営する県を相手取り、女性の遺族が、慰謝料など約4400万円の損害賠償を求めた民事訴訟の判決が27日、山形地裁であった。石栗正子裁判長は「診療や治療方針に過失はない」として遺族側の請求を棄却した。

 判決によると、原告側が、「医師の判断で心筋梗塞の治療を行わなかったことで症状が悪化し、心不全を引き起こした」と主張した点について、「心不全の原因は多臓器不全によるものであり、心筋梗塞との因果関係はない」とし、遺族側の主張を退けた。

 原告側の弁護人は「大変残念。控訴は遺族と相談して決めたい」とした。



  1. 2012/03/28(水) 06:04:16|
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3月26日 医療一般

http://mainichi.jp/area/mie/news/20120326ddlk24040046000c.html
県研修病院合同説明会:県内で臨床研修、希望者に 医学部生対象--津 /三重
毎日新聞 2012年3月26日 地方版 三重

 大学卒業後に県内の病院で臨床研修を希望している医学部生を対象とした「県研修病院合同説明会」が25日、津市北河路町のメッセウイング・みえで行われた。

 説明会は、医師不足問題を解消するため、県内の病院に研修医を集め、医師を確保する目的で毎年開催している。桑名市民病院や三重中央医療センター、済生会松阪総合病院など17病院が研修に関する大学生の相談や質問に答えた。

 説明会に参加した四日市市伊坂台3、三重大医学部5年、小川真央さん(23)は「生まれ育った三重の病院で働き、地元に貢献したい。研修医の2年間は専門以外のことも学ぶ機会なので、幅広い知識が求められる救急医療がしっかりしている病院を探している」と話していた。【大野友嘉子】

〔三重版〕



http://jp.wsj.com/Japan/Politics/node_414313
【日本版コラム】今日・明日か、それとも将来か
水野文也の新人議員日記

* 2012年 3月 26日 11:23 JST 日本版 Wall Street Journal

 「明日の百より今日の五十」とよく言われる。政策の現場でも、このことわざの意味が示す通りに、今求められることを急ぎ進めようとすることが少なくない。

 私の地元で浮上している河川に架ける橋の建設計画もその1つだ。防災上、避難に使用するために今すぐにでも欲しいと住民が熱望する一方で、市内の渋滞解消を図る点からも建設が望まれている。

 財政が豊かな自治体であれば、防災、渋滞いずれの観点からも重要と思われるため、すんなり始まるような計画だ。しかし、財政難の下では、巨額な費用を要するプロジェクトは簡単には進まない。そのため、昨年の大震災以降に住民の防災意識が高まったことを受けて、当初は避難用の歩道のみを架け、車道は後から建設するという。

 文字通り「明日の百より今日の五十」となっているのだが、当然のことながら、歩道橋では渋滞の解消には何ら役に立たない。幸い、当局によれば、歩道橋が架かった後も車道にする計画は残るようだ。

 だが、後から車道を架けるとして、その建設費用が今よりも多くかかってしまうリスクを考慮すれば、急ぎ歩道橋を造ることが良いとは限らない。最初から両方を建設すれば良かったという声が出ることは想像に難くない。

 過去には、今日や明日に求められることを優先し、結果として将来にツケを回す格好となり、財政悪化の理由となった政策が過去に数え切れないほどあった。

 筆者も“当事者”であった神奈川県の「高校百校新設計画」などは典型的な例としてみることができるだろう。この計画は、1970年代に神奈川県が生徒の増加に対応するため、高校進学の確保機会を図ることを目的として策定。同県の県立高校に通った筆者も恩恵を受けた政策だ。

 ところが、将来の人口減少が見通せるようになってきた80年代においても計画が続行され、実際に100校が建設完了したのが1987年。それが、わずか 17年後の2003年には計画で開校した高校同士が統合されたのをはじめ、以後、新設校を中心に神奈川県内では県立高校の統廃合ラッシュが続くことになったのである。

 当時を知る関係者によれば、やがて少子化によって高校は余剰となると想定されることから、計画の続行について疑問視する向きも少なくなかったようだ。それでは、なぜ建設が続けられたのか──。聞くところによると、「反対の声は『15の春を泣かせるな』というスローガンの前にかき消されてしまった」という。

 千葉県で浮上している医科系大学の県内誘致も、このような「今日・明日を優先するか、将来まで見通すか」で賛否が分かれそうな事業の1つかもしれない。

 厚生労働省の調査によると、2010年末現在、人口10万人あたりの医師数は全国で219人となっているが、千葉県は全国ワースト3の164.3人と医師が不足している。加えて、県内の医科系大学・学部は、千葉大学医学部のみ。人口が同規模の都道府県で医学を学ぶ場が1つだけというのは千葉県以外にはない。そのため、医師不足を解消する手段としてこの構想が浮上しているのだ。

 おそらく、新設されない場合、今後20年ほどは千葉県内の医師不足状態が続く可能性が高い。しかし、先行きの人口減少を考慮すれば、50年先に医師は過剰となる。当面の医師不足問題を優先して語るか、それとも遠い将来のことを思うか、どちらが正しいとは言い切れない問題だ。

 千葉県では郡部を中心に医師不足の弊害が大きい上に、過剰となる時期は比較的遠い将来であるため、筆者はこの構想が無駄なものとは思っていない。今すぐ採決となれば、賛成票を投じることになるが、それでも気になる部分は残る。

 「将来にツケを残すな」と口で言うだけなら簡単だ。もちろん、現状でも必要性が低い無駄な公共事業を進めることはない。だが、今は急ぎ建設する必要があるが、数十年後には間違いなく不要になるプロジェクトの場合、慎重に判断が求められよう。

 人口減少のみならず、急速な少子高齢化が進む中で、こういったケースは増えていくとみられる。それをどう判断するか──政治家の責任は重いと肝に銘じているところだ。

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水野文也 千葉県議会議員
水野文也氏

横浜市立大学商学部卒業。業界紙記者、ラジオ番組の解説者などを経てロイター通信に入社、金融マーケットを中心に経済担当として、解説記事、コラムなどを執筆する。2011年4月の統一地方選挙で千葉県議会市川市選挙区に、みんなの党公認で立候補し初当選。現在、千葉県議会で県土整備常任委員会委員、みんなの党県議団幹事長。 クイズ王・作家としても活躍し、2012年1月にフジテレビ「笑っていいとも」にクイズ王としてレギュラー出演した。水野文也公式ホームページのURLは以下の通り。http://www.fmizuno.jp/



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/36895.html
「統合医療」推進へ、厚労省検討会が初会合
( 2012年03月26日 20:53 キャリアブレイン )

 厚生労働省は26日、「統合医療」のあり方に関する検討会(座長=大島伸一・国立長寿医療研究センター総長)の初会合を開き、従来の近代西洋医学に、漢方やはり・きゅう、サプリメント療法などを取り入れた統合医療の推進に向けた議論を始めた。定義や概念を明確にした上で、有効性や安全性の評価方法や、推進のために必要な取り組みなどを検討する。

 統合医療の推進は、民主党が2009年の衆院選前に発表した「政策集インデックス2009」に盛り込まれており、10年1月には当時の鳩山由紀夫首相が、施政方針演説で「健康寿命を延ばすとの観点から、積極的な推進について検討を進める」と述べていた。

 ただ、統合医療の定義や範囲は確立していないのが現状。関係学会や海外の機関などがそれぞれ提唱しているが、共通認識はなく、厚労省でも明確に定義していない。
 このため検討会ではまず、統合医療の概念を議論する。その上で、有効性や安全性の評価方法や、推進のために必要な取り組みなどを検討する。

 初会合では、統合医療の範囲や定義について、関係団体からヒアリングを行った上で、自由に意見交換した。

 ヒアリングでは、日本統合医療学会の渥美和彦理事長が、統合医療は漢方やはり・きゅうといった伝統医学や、温泉療法などの相補・代替医療と、近代西洋医学を組み合わせたものだと説明。推進のメリットとして、▽がん難民や難病の患者に対し、近代西洋医学による治療手段が尽きた際の選択肢が増える▽既存の治療を伝統医学や相補・代替医療に代えることで、医療費を節減できる―などを挙げ、「未来の医療は統合医療になる」と強調した。
 さらに、東日本大震災の際には、電気、水、ガスなどのライフラインが絶たれた近代西洋医学は能力を発揮できず、統合医療が大きく貢献したと指摘した。

 意見交換では羽生田俊委員(日本医師会副会長)が、安全性を担保する仕組みが必要だと強調。「安全性、有効性が確立されなければ推進できない」と述べた。



http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-189116-storytopic-26.html
単眼複眼
県、「再議」提案の構え 県立病院定数条例で賛否

2012年3月26日 琉球新報

 県立病院職員を111人増員する定数条例案の賛否をめぐり、与野党、県の駆け引きが混迷を深めている。野党は増やす定数を173人に引き上げる修正案を28日の本会議に再提案して可決するシナリオを描く。その場合、県は再審議を求める「再議」を10日以内に提案する構えで、増員数の最終決定が4月1日の条例施行に間に合わない事態も予想される。職員確保の遅れや医療サービス低下も懸念される中、県は再議を提案するのかどうか判断を迫られる。

 「政党会派で定員をいちいち修正することは基本的に賛成しかねる。将来に禍根を残しかねない」。23日の定例記者会見で、仲井真弘多知事は野党へのいら立ちをあらわにし、再議提案を検討する姿勢を示した。
 県総務部は、本会議で修正案が可否同数による議長裁決で可決した場合、「再議」を想定する。識名トンネルの国庫補助金返還予算の確保のため、野党の修正案可決直後に再議を出して「議会軽視」と批判された反省から、県は今回、「173人増の修正案による病院経営への影響を精査する」(総務部幹部)考えだ。4月1日に条例施行する事務手続き上、「29日のタイムリミットに間に合わない」(同幹部)可能性があり、1日に予定する病院職員の採用が遅れる事態になりかねない。
 県は、病院現場の混乱を避けるため「緊急的に臨任医師、職員を雇用延長する」(幹部)とするが、定数増を当てにした休床病棟再開の遅れは必至だ。
 地方自治法に基づく再議の可決には3分の2以上の賛成が必要だが、野党側は満たせず、修正案は否決され、原案が再採決される。
 野党は「増員幅の引き上げを求めているだけで、現状より増やすベターな原案自体を否定するものではない」として、再議によって修正案が否決された後、原案に賛成する見通し。
 野党は「前回の識名トンネル問題の再議は県民に余計な負担を強いる中、謝罪もなく提案したから批判した。今回は定数増の方向性は県と一致している」として、新年度にまたぐ再議提案も視野に入れる県をけん制する。
 最終的に原案賛成に回る野党の一連の動きを「県議選を意識したパフォーマンス」(与党幹部)と嫌気する与党・県は「野党が修正案を出さなければよい」と主張し、野党は「県が年度内に速やかに再議を出せばよい」と応酬する。双方がメンツを懸けた綱引きが続き、収束のめどは立たない。(宮城征彦)



http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20120326/748583
県ドクターバンク第1号・橋村医師、任期1年延長 へき地医療に貢献、知事が表彰 「地域の人の役に立ちたい」
(3月27日) 下野新聞

 医師不足対策で県が始めたドクターバンクの採用第1号で、3月末で3年の任期満了を迎える医師橋村和樹さん(31)=東京都出身=は「もっとこの仕事を続けたい」と、任期を1年延長することを決めた。佐野市国民健康保険氷室診療所長として、地域にとけ込みながらへき地診療に当たる橋村さん。その「並々ならぬ情熱と強い決意」をたたえたいと、福田富一知事がこのほど表彰状を贈った。

 ドクターバンクは、県が医師を県職員として3年任期で採用し、医師不足の公的医療機関に派遣する制度。2006年2月に募集を開始した。

 橋村さんは慶応大医学部卒。本県に地縁血縁はないが「何でも診られる、何でも相談に乗れる」総合診療の医師を志して自ら応募し、2009年4月に佐野市へ赴任した。

 任期3年目の11年度は、新任の医師が効果的に業務を行えるように、へき地医療の質を保つためのマニュアル整備にも取り組んでいる。県のドクターバンク事業は橋村さんの後がいない。任期の延長は最長2年まで。橋村さんは「第2号、第3号と続いてほしい」と後進が現れるのを願っている。



http://sankei.jp.msn.com/region/news/120327/hrs12032702020001-n1.htm
尾道市民病院 小児科が休診 広島
2012.3.27 02:02 産經新聞

 尾道市立市民病院は26日から小児科を休診した。岡山大病院から派遣されている医師が今月末で退職するためで、市は「早急に医師を確保して再開したい」としている。

 小児科は3人体制だったが、一昨年10月からは30代の男性医師が一人で診察していた。今月に入って別の病院に移ることが決まり、同大病院側から後任の派遣は困難と通知があったという。小児科は開業医からの紹介や予約での診療が大半で、一日平均17人程度が受診していた。

 夜間の小児科診療はこれまで通り、隣接の夜間救急診療所で対応する。



  1. 2012/03/27(火) 05:31:51|
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3月26日 震災関連

http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=56490
医師の卵 被災地助けて…来春へ懸命の確保策
(2012年3月26日 読売新聞)

 東日本大震災で被災した東北地方の病院が、来春に向けた新人医師確保作戦を展開している。

 被災地医療への貢献を呼びかけたり、独自に測定した放射線量を公開したり、給与アップや無料の専用宿舎も。今春の研修医の応募が福島は前年比で2割減、宮城は1割減ったこともあり、「来年は巻き返しを」とアピールに懸命だ。

 東北厚生局が20日、仙台市で開いた合同説明会には84の参加施設に対し、86人の医学部生が訪れた。

 福島第一原発に近い総合磐城共立病院(福島県いわき市)は14人の研修医定員に対し、2人の希望者がいずれも医師国家試験に落ち、4月からの新人医師はゼロ。樋渡(ひわたし)信夫院長は「昨年は定員いっぱいの希望があったのに、今年は放射線への心配があったのではないか」と話す。同病院では、独自に放射線量を測ってホームページで公開し、安心を強調。研修医の給与も2万円増やした。

 みやぎ県南中核病院(宮城県大河原町)は8人の枠に希望者はゼロだった。高橋道長副院長は「毎年定員を満たしていただけにショック」と肩を落とす。給与アップや新築の研修医専用アパートを無料化するなど待遇面の改善を図る。

 被災地医療への貢献を前面に掲げ、新人医師のやる気に訴える病院もある。

 多くの病院が定員を大幅に減らす中、今春の応募が定員を満たした石巻赤十字病院(宮城県石巻市)。1年目の研修医をモデルにした特大ポスターを掲げ、タブレット型携帯端末を用いて、ヘリなどで多くの患者が運び込まれた場面など、震災で被災者の救助に貢献した様子を学生たちに紹介。石橋悟・救命救急センター長は「ここでの仕事は、震災復興につながる」と呼びかけた。

 仙台市出身で東北大5年の今野美歌さん(25)は、「復興に近づくよう、少しでも地域に貢献したい」と話す。一方、「放射線量の高い地域での就職は正直、考えてしまう」と話す女子学生(23)の声もあった。
◇  ◇  ◇  ◇
看護師確保へバスツアー

 一方、看護師不足も深刻だ。福島県の相双地域は、看護職員が震災前よりも20%ほど減少した。

 同県は、看護学生向けの説明会を今月、東京都内で開催したが、参加者は300人の予想に対しわずか5人。28日から3日間、県内の病院を回る無料のバスツアーを催して看護師確保にやっきだ。

 後藤謙和(のりかず)・東北厚生局医事課長は「被災地には困っている人が今もたくさんいる。その地に根付いた医療者になってほしい」と話す。



http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=56486
カルテの余白に  AMDA(アムダ)
(下)被災地支援「お互い様」

(2012年3月26日 読売新聞)

 東日本大震災から1年を経た今も、国際医療NGO「AMDA(アムダ)」=本部・岡山市=は、被災地の岩手県などで医療を中心とした支援活動を続けている。活動を貫くのは、困った時はお互い様という「相互扶助」の精神だという。

 
高齢者ら“医療難民”に

 <米ウィスコンシン医科大教授の高橋徳さん(61)は、あの日から1年がたった今月11日午後2時46分、岩手県大槌町の海岸に立ち、黙とうをささげた。米国から同町を訪れるのは4度目になる>

 震災後の昨年3月20日から約3週間派遣されました。避難所だった同町内の高校の教室を間借りした仮設診療所で診察にあたりました。自宅や地域の集会所などでは、避難生活を送る被災者の往診もしました。

 <“医療難民”とも言える被災者を何人も診た>

 高齢の男性は右足がしびれて動けません。診てみると、血管が詰まって血流に障害を起こしている恐れのある状態で、すぐに病院へ搬送しました。普段ならもっと早く医者へ行くはずです。周りで多くの命が失われるなか、しびれや痛みを訴えるのはぜいたくに感じ、我慢されたのでしょう。

 震災直後の町内ではほとんどの医療機関が津波で機能不全になり、慢性疾患などを抱えた高齢者らが、医療から孤立した状態に置かれていました。それを支えるのが私たち、AMDAの役割でした。

地元のニーズ聞く

 <町内で県の仮設診療所などの診察が始まった昨年4月以降、AMDAは活動の軸足を復興支援に移した>

 地元の医療機関が再開した後も、私たちが診療を続けると、患者を奪い合い、復興の妨げになりかねません。地域医療はまず地元の主治医らが担うべきで、被災地の病院で医師らが休暇を取れるよう、交代要員を派遣し、再建された病棟に機材を提供しています。私たちは側面から支援したいと思います。

 <被災地のニーズを正確に把握することで、継続的な支援ができる>

 仮設診療所で私は、それまでに経験のあった鍼灸(しんきゅう)治療を始めました。高齢化の進んだ地域なので、腰や関節に痛みを抱える患者にニーズがあったからです。

 津波で施術施設を流された鍼灸師を、AMDAの有給スタッフとして雇用し、巡回治療を始めました。

 昨年7月に再訪した際、現地の医師らから聞き取り調査をしたところ、患者から鍼灸治療を求める声が強いと聞き、12月、同町で健康サポートセンターを開きました。鍼灸治療に加え、交流スペースは、地元の方々の料理や体操の教室などのイベントに使われています。これも地元のニーズがあったからです。

 <「相互扶助」を提唱するAMDA代表の菅波茂さん(65)は、復興へ向け、エールを送る>

 東北の皆さんへ、私はこう訴えています。今は助けられる立場かもしれませんが、近い将来、東海・東南海・南海地震などの大災害に襲われ、多くの被災者が出る可能性があります。その時には、支援をする側になって、ぜひ助けてください。そうなっていただくためにも、一日も早く復興してください。そのための支援は惜しみません。(聞き手 阿部健)



http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20120326-OYT1T00458.htm
福島でうつ病などと診断、原発事故と関連3割超
特集 福島原発

(2012年3月26日11時52分 読売新聞)

 東京電力福島第一原発事故後に福島県内の医療機関の精神科や心療内科外来を受診し、うつ病などと診断された患者の3割以上が、原発事故と関連があるとみられることが26日、福島県立医大(福島市)の調査で分かった。

 入院患者も、放射線被曝(ひばく)への恐怖が入院と関連しているとみられる割合が全体の4分の1に上った。

 県内77施設を対象に、事故直後の昨年3月12日から約3か月間に、毎週1日を抽出し、受診患者の状況を調査。回答のあった57施設で診断された410人を分析した。

 医師が原発事故との「関連あり」と診断したのは19・0%(78人)、「関連があるかもしれない」は13・4%(55人)で、合わせて3割以上が事故との関連を示す結果となった。



  1. 2012/03/27(火) 05:31:07|
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3月25日 医療一般

http://mrkun.m3.com/mrq/message/ADM0000000/201203180816498934/view.htm?msgSortBy=date&pageNo=&pageContext=mrq3.0&mkep=messageList&titleId=1&wid=20120325195212726
医師不足、ピークは2008年か?
2012年03月18日 (m3.com)

 札幌医大が、国立函館病院と浦河赤十字病院の常勤麻酔科医、計2人の派遣の打ち切り決定(3月8日、毎日新聞)

 大分大学医学部付属病院は、4月1日から呼吸器外科と乳腺外科で新患受け入れ中止。移籍や定年退職に伴い医師が確保できないため(3月16日、大分合同新聞)

 「医師不足」とされる昨今、年度末になると、医師の異動や退職、大学からの引き揚げといったニュースが報道され、今年も例外ではありません。ただ、最近はやや減少傾向にあるように思い、改めて調べてみました。その結果、 「医師不足」「医師」「退職」というキーワードで一般紙を検索すると、2008年をピークに減っていました。

◆「医師不足」「医師」「退職」を含む記事数
2005年:22件、2006年:104件、2007年:174件、2008年:230件、2009年:132件、2010年:82件、2011年:36件、2012年:41件

※検索条件:「日経テレコン21」を用い、各年の2月1日から3月16日の間で、全国紙、一般紙について、「医師不足」「医師」「退職」のいずれも含む記事数を調査。検索結果の中には、冒頭に紹介したような医師が複数退職し、診療に困難を来しかねないことを報じた以外のニュースも含まれる。

 報道件数がピークだった2008年の記事を見ると、自治体立病院の医師退職を報じた記事が目立ちます。また2009年には、鳥取大学で救命救急センターの4人の救急医がすべて退職、注目されました(『救急医4人が一斉退職する理由-鳥取大学救急災害医学教授・八木啓一氏に聞く』を参照)。

 「医師不足」あるいは「医療事故」で検索したところ、やはりピークは2008年。福島県立大野病院事件で、業務上過失致死罪に問われた医師に対し、無罪判決が確定したのが2008年(『無罪の根拠は「胎盤剥離の中止義務なし』を参照)。それ以降、医師不足、医師のひっ迫感が改善したのか、医療事故が減少したのか、あるいは単に報道が減っただけなのか、この辺りはさらなる検証が必要です。ただ、「医師不足」と言われる状況には、医師の長時間労働などの現状に加えて、マスコミによる「医療事故」報道、患者や国民による医療に対する見方が関係しているとは言えそうです。

 さて、皆さんは今春異動、転職などをされる予定はあるのでしょうか。現在、下記の調査を実施しています(回答は3月21日まで)。

◆今春、異動する?今の職場に満足? ⇒ 回答はこちらから

◆「医師不足」を含む記事数
2005年:1958件、2006年:4455件、2007年:8768件、2008年:9912件、2009年:7604件、2010年:4716件、2011年:2999件

◆「医療事故」を含む記事数
2005年:2316件、2006年:2290件、2007年:1982件、2008年:2620件、2009年:1368件、2010年:1144件、2011年:1033件

※検索条件:「日経テレコン21」を用い、各年1年間で、全国紙、一般紙について、「医師不足」を含む記事数を調査。



http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02971_01
【座談会】
ICTで実現する,新たな“日本の医療”

小倉 真治氏(岐阜大学大学院教授 救急・災害医学分野)=司会
田中 博氏(東京医科歯科大学大学院教授 生命情報科学教育部)
神野 正博氏(董仙会恵寿総合病院理事長)
週刊医学界新聞 第2971号 2012年03月26日

 社会を大きく変えたICT(情報通信技術)。ユビキタスなネットワークが実現しつつあるなかで,その技術を医療に応用する取り組みが活発になっている。内閣府IT戦略本部は,2010年に医療分野の新たな情報通信技術戦略として「どこでもMY病院」構想(MEMO(1))とシームレスな地域連携医療の実現を表明。自身の医療・健康情報を全国どこでも電子的に管理・活用できる日が近づいている。

 本座談会では,医療のICT化を実践している3人が日本の医療の形を変えつつあるICTの在り方を議論。東日本大震災での経験も踏まえ,真に役立つ日本の医療ICTについて展望した。

小倉 本日は,ICTがかなえる日本の医療の将来像について考えていきたいと思います。まず,日本の医療ICTはどのように発展してきたのでしょうか。
医療ICTの歴史を振り返る

田中 日本の医療はかつて,個々の病院が治療の責任を最後まで持つ「病院完結型」で行われてきました。しかし,医療費の増大や医師不足,病院の経営難などで医療を病院で完結させることが難しくなった今日,日本の医療は「地域連携型」にシフトしつつあります。1980年代に院内の医事情報や検査・処方オーダの電子化から始まった医療ICTは,そのような変化のなかで,病院医療の電子化という当初の目的から,地域連携型医療を支えるために必要不可欠なインフラとして注目を浴びてきています。

 医療ICTの歴史で大きな節目になったのは,厚労省が2001年に公表した,「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン」です。この方針に従い02-03年に約250の病院に電子カルテが整備され,これが本格的な電子カルテ普及の契機となりました。一方,地域連携における医療 ICTの活用は,01年に経産省の助成のもと全国26地域で行われた,「先進的情報技術活用型医療機関等ネットワーク化推進事業」がきっかけとなっています。このとき誕生した,千葉の「わかしお医療ネットワーク」や香川の「かがわ遠隔医療ネットワーク」などは第一世代の地域医療情報連携と呼ばれ,現在も継続して地域医療連携をリードしています。

小倉 当初は国による政策的な誘導があったのですね。

田中 ええ。ただ,医師不足が表面化した04-05年ごろ,慢性疾患患者の増加もあり,急性期病院も地域の診療所や回復期の施設と連携しないと医療を維持できないという危機感から,地域連携型医療への移行が現場レベルでも求められてきました。

 地域連携型医療は,診療情報の医療施設間ネットワークによる共有など,医療ICTのインフラがなければ実現しません。ですから,医療環境の変化も医療のICT化への後押しとなりました。この時代以降に構築されたのが,函館市を中心とした「道南MedIka」や長崎の「あじさいネットワーク」など第二世代の地域医療情報連携です。

 そして現在では,医療だけでなく介護や生活支援とも連携する「地域包括ケアシステム」の構築も進められています。日常生活圏の健康医療情報の収集や活用にまで,医療ICTの利用範囲が広がってきています。

小倉 地域包括ケアシステムの構築は,現在国会で審議されている「社会保障・税一体改革」でも重視されている点ですね。

 神野先生の施設では早くからICT化を試み,地域連携を実践されています。能登医療圏も医師不足などのあおりを受けたと思うのですが,何が医療ICT推進のモチベーションになってきたのですか。

神野 当院では,1993年のオーダリングシステムの導入を皮切りに,医療・介護・福祉・保健の情報を一元管理する「けいじゅヘルスケアシステム」の構築などICT化を進めてきました。その最大のモチベーションは,実は少子高齢化です。地方では高齢化に加え,人口の減少が急速に進んでいます。そのような社会で高齢者を支えるためには,医療の世界の地域連携だけではなく,医療・介護・福祉・保健をシームレスにつなげた体制を構築する必要がありました。こうした危機感から,当院の取り組みは始まっています。

小倉 そのような危機感は,まさに現在の医療ICTの基礎となっていますね。
地域全体をつなぐ情報という“横串”

小倉 今日,特に救急領域では医療の高度化が進み,ドクターヘリなどの搬送手段の充実で単独の二次医療圏を越えて質の高い医療が可能になってきています。つまり医療の質向上が医療圏を拡大する目的となり,二次医療圏にとどまらず全国で利用可能な医療連携システムが求められてきています。

 私が主査を務める内閣府IT戦略本部「医療情報化に関するタスクフォース」では,そういった社会の流れを受け,医療・介護の情報は誰のものかを明確にするところから連携の在り方を検討しました。

田中 医療・介護の情報は患者や要介護者本人のもの,という考えが「どこでもMY病院」構想につながったのですね。

小倉 ええ。タスクフォースでは,散逸を防ぐため情報は電子化すること。さらに,その情報を利用できる医療機関がないと利用者の利益につながりにくいことから,二次医療圏を越えて切れ目のない情報連携を医療機関同士ができるよう「シームレスな地域連携医療」という理念が打ち出されました。

 現在,経産省の医療情報化促進事業として実証事業が開始されていますが,能登地域はそのフィールドの1つですね。

神野 はい。能登地域では,高齢者にターゲットを当て,医療機関だけでなく薬局や介護施設との連携をめざした「どこでもMY病院」構想の実証実験を行っています。

 具体的には,情報は患者自身が管理する方式,PHR(MEMO(2))を採用しています。記録は原則クラウド上で管理し,そこに患者から依頼された医療機関,薬局,介護保険施設,あるいは患者本人が情報を入力します。お薬手帳の情報を拡大したようなシステムで,処方薬とその服薬確認や血圧・血糖の記録,食事内容の記録などを行います。情報の信頼性を判断するため入力者の名前も記入する点がポイントです。

田中 これまでは,医療機関や介護施設がそれぞれ別のシステムで情報を記録していたため,お互いのケアは見えない状況だったと思います。能登地域のような,一つのシステムにいろいろな方が書き込むという“横串”を通したシステムは,これからの地域包括ケアシステムの基本となりますね。

小倉 そもそも医療自体でも,そういった“横串”の必要性は以前から訴えられていました。産科での妊婦受け入れ不可といった事例に対し,「対応可能」という救急医もいたのですが,彼らに声を掛ける仕組みはなかったのです。

 そこでわれわれは,地域の救急医療体制全体にかかわる情報を一元管理するGEMITS(救急医療体制支援システム,図)を立ち上げました。救急外来ではこれまで,例えば抗凝固薬の服薬の有無という一つの情報がないだけで医療介入が遅れることもあったため,このシステムで患者情報を医療機関が迅速に入手し,最短時間で最適な医療チームに患者を搬送する「救急医療の全体最適化」をめざしています。

図 GEMITSの全体像
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神野 患者情報の管理はどのように行っているのですか。

小倉 住所・氏名などの基本情報と通院歴やアレルギーなど救急に必要な医療情報を載せた「MEDICATM」というID番号を持ったICカードで,患者自身が管理しています。

 救急から始まったMEDICATMですが,これを見た介護施設側からの提案で,このシステムの利用範囲は介護分野まで広がってきています。

神野 正直なところ,介護との連携に興味を持つ急性期の医師はまだまだ少ないので,地域連携の推進にはまず何かしらの“横串”となる仕組みが必要です。医療や介護の現場を担う方々が意識しなくても,後方ですべての情報がつながることができる仕組みであれば,広く受け入れられると思います。

小倉 医療と介護ではニーズが違いますが,中心となる患者や要介護者を主体とした情報であれば,お互い使いやすくなりますよね。
共通ID番号の議論の進捗状況は?

神野 MEDICATMのように急性期と介護で共通のID番号を用いることは,地域包括ケアの実践で重要です。「どこでもMY病院」構想のID番号の付け方は,どこまで決まっているのですか。

小倉 タスクフォースで現在決まっているのは,ID番号の初めに地域番号を付けることだけです。個人的には,全国で統一したいと思っています。

田中 社会保障と税の共通番号として現在国会で議論されている「マイナンバー法」の個人番号に医療情報を乗せる可能性はないのですか。

小倉 理念的には「医療情報を含める」という答申が出されているのですが,いろいろな意見があるようです。タスクフォースではまず,医療に用いるID番号は利用者が任意に保有する方向で議論をしているので,将来マイナンバーと医療用IDを“ヒモ付け”できるような仕組みを整えておけばよいと考えています。

神野 共通ID導入のメリットとデメリットを国民にどれだけ示せるかが,今後のカギになると感じています。プライバシーの低下や情報漏洩のリスクというデメリットを国民が感じるのはもっともなので,メリットがそれを上回れば導入するという結論でよいのではないでしょうか。

小倉 目に見える明確なメリットがない限り,国民の大多数の賛同を得ることは難しいでしょう。

田中 現時点でのマイナンバー法の議論では,医療費と介護費を合算して控除の対象になるくらいしか国民にはメリットがない状況なので,今後に期待したいですね。
共有する情報を絞る勇気も大切

小倉 各地でICTの実証事業は進んでいますが,標準化が遅れているという課題もあります。

田中 日本の医療ICTは,各地域で別々のシステムから始まったという歴史的な事情もあり,標準化は確かに遅れていますが,その道筋は明確になってきています。例えば診療情報では,厚労省が主導するSS-MIXを導入し,異なるベンダーが供給するシステム間でも情報交換が可能となりました。

小倉 共通のプラットフォームが採用されても,実際に入力する情報のレベルが標準化されなければ,意味がないですよね。

田中 確かに,SS-MIXが規定しているのは基本事項ばかりで,情報の連携範囲や実際に共有する診療項目などのタームは含まれていません。構文だけの標準化では実質的な共有にはならないため,やはり疾患ごとに連携する情報の範囲を医療者自身が定める必要があります。

小倉 しかし,例えば脳卒中では,標準的なパスにはどの情報が必要かという議論は始まっていても,地域によって収集する情報に差があるのが現状です。地域ごとに異なる事情があるなかで,共有範囲はどのように定めればよいのでしょうか。

田中 どの疾患でも必要最低限の情報のみを共有し,それ以上の情報は地域ごとの特性に合わせた“オプション”として加えていくのがよいと感じています。

小倉 大規模病院にいると,「こんな情報もあったら便利」ということでついつい多くの高度な情報を要求しがちですが,それが日本の医療の電子化を阻害してきた気もしますね。

神野 ほしい情報を医療者が議論すると際限なく出てしまうので,勇気を奮って絞ることが大切です。
電子化のハードルを下げる“コールセンター”

小倉 一方で,医療用語は住民や介護者にとって理解が難しいため,医療者側だけで決定した標準の形式が,地域のICT化を妨げている面もありますよね。

神野 私の施設では,情報の入力にコールセンターを利用することで能登半島全域の脳卒中患者の大部分を登録することができました。

小倉 なるほど。コールセンターが通訳の役割を担うのですね。

神野 急性期から回復期,慢性期,そして介護施設など,患者支援が長く続くなかで,医学的な知識が少ない方からも適切な情報を得るためには通訳が必要だと考えたのです。

小倉 コールセンターはどのような方が担当しているのですか。

神野 特定の職種に限ってはいませんが,専門の訓練を行った病院職員を配置しています。急性期病院からの情報はそのまま入力し,脳卒中に不慣れな介護者に対しては,あらかじめ用意した「食事は自分で取れますか」などの質問事項に則り,データを集めています。

小倉 情報のクオリティコントロールも行うということですね。

神野 ええ。ITに不慣れな高齢者は多くいるので,自分の情報を入力する場面でもコールセンターのような役割は必要だと思います。

小倉 センターを介在させることは,電子化のハードルを下げる具体的な提案の一つですね。
クラウドで災害に強いシステムを

小倉 これからの医療ICTは,災害時でも有用なシステムとすることが重要な視点でしょう。東日本大震災の被災者支援で浮き彫りになった,「既往歴・投薬歴が不明」「避難先で情報が共有できない」などの課題に対応するためには,どのようなシステムを導入していけばよいのでしょうか。

田中 これまでの地域連携は災害を考慮したシステムではなかったため,連携に参加している各病院が公開サーバーに情報を提示して,それに他の医療機関がアクセスする「分散型」が最も多いシステムでした。分散型は低コストですが,アクシデントが起き参加病院が診療情報を喪失すると,どこにも記録が残りません。ですから,既存の分散型システムに,さらに中央に診療情報を蓄積するクラウドを加え,ハイブリッド化した医療連携システムとする必要があると思います。

神野 被災者が服用している薬を特定できないことは,私たちも被災者支援で最も苦労した部分です。緊急時にはお薬手帳を持って避難することなどできないため,それこそクラウドの出番ではなかったかと感じます。ある程度の情報をクラウドに保存しておけば大変役立ったはずです。

小倉 クラウドには容量制限もあります。どのような情報を保存していけばよいのでしょうか。

田中 災害への備えという観点では,例えば半年分の検査や処方などの診療情報の要約のみをクラウドに置くという形が考えられます。

 また被災地では高齢者のケアが課題となっていることから,医療・介護・生活支援の地域包括ケアにおけるIT利用の試みが議論されています。そこでは,ワイヤレスで利用可能な情報環境が求められてきています。

小倉 救急や在宅医療などの領域でも,ワイヤレスで病院と同じ情報が現場で得られれば非常に役立ちますが,通信環境は過疎地へ行けば行くほど悪いのが現状ですよね。

神野 携帯電話がつながらない地域もまだあります。

小倉 山間部などでは衛星電話も使えない地域があります。ですから,通信手段が限られる地域に対しては,国策で近くにアンテナを立てるといった支援も必要ですね。
課題が残るコスト面

小倉 ICTを用いた医療連携のインフラは,過去10年にわたる国のプロジェクトで確かに整備されてきています。しかし,運輸業界では既に導入されているトラッキングも,例えば救急患者の搬送では患者がどこにいてどこに搬送されるかをセンターが把握できないなど,医療分野でのICTの使われ方には一般社会と比べ大きな格差があります。

 医療ICTの普及が遅れている理由の一つに,インフラ整備後のランニングコストが捻出できていないことがあるのではないでしょうか。

田中 医療ICTの先進国と言われる英国やデンマークでは,多年度に及ぶ国家レベルの事業により2010年には全国規模のネットワーク整備がほぼ完了しています。日本と同時期に整備が開始されたものの完全に差がついてしまった背景には,やはりコストの問題があります。

 欧州では,ランニングコストを県などの行政が負担している国が多いと聞きますが,日本ではシステムを構築するための助成はあっても,ランニングコストは主に参加する医療機関からの会費で捻出しています。これでは医療機関側の負担が大きく,継続は難しいのだと思います。

神野 日本で行われている実証事業が,単年度の予算で動いているものが多いという問題もあります。能登地域の「どこでもMY病院」構想実証事業でも,利用者からの改善要望や新たな提案があるのですが,単年度の評価ではそれを活かすことができません。

田中 実証事業も,今後は情報基盤を広げるという観点で予算計上していくことが重要でしょう。

 厚労省では,2012年度から毎年約10地域に地域医療連携にかかる費用の半額を最大1億円支援する事業を開始します。日本の二次医療圏が約300なので,この事業に基づいて数か所の二次医療圏で構成されるネットワークを100程度構築していけば,日本全国をカバーできるでしょう。長期的な視点に立って,既にある地域医療連携システムも活用しながら各地域に助成を行っていけば,日本の医療ICT基盤は完成すると思っています。
医療費削減のベネフィットでコスト問題を解決する

神野 国からの予算だけでICT普及を進めることは難しいので,医療者だけではなくステークホルダーである保険者や国民が「役に立つ」と感じるシステムとすることも大切です。例えば,ICTの活用で医療費が減るというエビデンスを打ち出せれば,保険者もコスト負担に前向きになると思います。ですから,いままでのようなプロセスだけではなく,アウトカムの視点を議論に盛り込むことも必要です。

田中 コストとベネフィットのエビデンスを示すことは重要ですね。サーバー代などのコストを明確にし,例えば糖尿病の地域包括ケアで透析導入者数が減り「○○円の医療費削減効果」というようなベネフィットを打ち出せれば,地域医療連携向けの診療報酬を算定するといった議論にもなると思います。

神野 そうなればコスト面では一歩前進ですね。

小倉 国保や健保など保険者が多く存在する点はネックになりませんか。

神野 そこは課題ですが,中医協には保険者の代表も参加しているので,まずは中医協で受け入れられるシステムをめざすのがよいと思います。

小倉 そのためには,疫学調査や実証調査が可能なシステムを構築し,慢性疾患の予防効果を打ち出していくことが大切ですね。
医療ICTがかなえる未来の医療

小倉 ここまで日本の医療ICTの在り方について考えてきましたが,大切なのはそのシステムが全国民にとって真に役立つものとなることでしょう。そういった理想を踏まえ,医療ICTの将来像について最後にひと言ずつお願いいたします。

田中 今日の医療ICTは,全国民の健康を生涯にわたって支えることを主眼としています。

 これまでは閲覧可能範囲が限られていたカルテや生後数年で完結していた母子手帳も,ICTを利用すれば情報の継続性が生まれ,生涯にわたるケアを可能とします。逆に考えれば,そういった新しい医療を行うには,ネットワーク環境や情報記録システムが必要なためICTは不可欠なわけです。日本の医療ICTは「便利な道具」から「必要不可欠なインフラ」となっていくと思います。

神野 私は,3つの視点でこれからの医療ICTは進めていくべきと考えています。

 第1は患者・利用者の視点です。患者・利用者に役立つためには情報を一元化し,医療や介護などの制度間の垣根を取ることが大事です。そこではやはりICTの力が不可欠です。

 第2にコストの視点です。医療費が増え続けるなか,ICTを医療の効率化のために活用することはますます重要となります。薬剤や検査,保険請求などにおける無駄を省くことが大事です。また,物流や経費の管理にICTを活用していけば医療機関にとってもメリットは大きいはずです。瞬時に世界中に送金できる時代なのですから,例えば保険請求した当日に支払いを受けることも可能となるはずです。

 そして第3は医療者の視点です。せっかくICTを使うのであれば,医療者がもっと“楽”になってよいと思います。どこでもリアルタイムに必要な情報が得られ,それに対し連絡や指示ができるのなら医師が病院にいなくても医療を行えるはずです。スマートフォンやタブレット型端末など便利なツールがどんどん誕生しているので,それらを活用して医療者が“楽になる”視点も強調していくべきです。

小倉 ICTの最大の魅力は,空間や時間,そして制度の広がりを一つの串でつなぐことができるところでしょう。その魅力を最大限に生かし,患者の利益を高めていくことはこれからの医療ICTの使命です。医療者と患者のよりよいマッチングと医療の最適化をめざして,ICTの普及にこれからも取り組んでいきたいと思います。本日はありがとうございました。

MEMO(1) 「どこでもMY病院」構想
患者・利用者自身が医療情報や健康関連情報・健診結果などを電子的に一元管理・活用するための情報提供サービス。医療分野の他のICTの取り組みが医療サービスの提供者向けの仕組みであるのに対し,本構想は利用者向けのサービスであることが特徴。第1期サービスとして「電子版お薬手帳」が2013年度から,第2期サービスとして「個人参加型疾病管理サービス」が2014年度からの開始をめざし,整備が進められている。

MEMO(2) PHR(Personal health record)
医療機関・スポーツジム・家庭などに散在している個人の健康に関する情報を生涯にわたって集約し,自己管理を実現するシステム。健康状態の可視化や健康への意識向上を目的とし,日常の生活改善による健康増進や,医療機関等における情報の共通利用で効率的な診療の実現が期待されている。

(了)

小倉真治氏
1985年岐阜大医学部卒。96年米国サウスカロライナ医大客員研究員。97年香川医大助教授を経て,2003年より現職。内閣府IT戦略本部「医療情報化に関するタスクフォース」主査。専門は救急医学。救急医療の「理想郷」をめざし,現場のニーズから生まれた地域の救急医療体制にかかわる情報を一元管理するGEMITSの立ち上げを主導する。著書に『一般医・研修医のための災害医療トレーニング』(へるす出版)。

田中博氏
1981年東大大学院医学系研究科博士課程修了。東大,浜松医大,米国マサチューセッツ工科大客員研究員を経て,91年より現職。専門は,生命情報学・計算分子医学と医療情報学・医療IT政策論。2003-07年日本医療情報学会理事長・学会長。日本医療情報ネットワーク協会理事長。地域医療福祉情報連携協議会会長。被災地の復興と医療再生をめざし,各地の地域医療情報ネットワークと連携して医療IT体制の見直しの継続的な支援にも取り組んでいる。

神野正博氏
1980年日医大卒。卒後,金沢大第二外科に入局。同助手を経て,92年に恵寿総合病院外科部長。93年同院長を経て,95年より現職。全日本病院協会副会長。石川県医師会副会長。「病院」誌編集委員。日本初の院内 PHS 導入や電子カルテの早期導入など,積極的に新しいテクノロジーを採用。医療ICTの先駆者として地域医療連携に取り組んでいる。



http://www.m3.com/iryoIshin/article/150601/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
「医療基本法」制定目指し、シンポジウム開催
東大公共政策大学院医療政策実践コミュニティー

2012年3月25日 橋本佳子(m3.com編集長)

 東京大学公共政策大学院の医療政策実践コミュニティー(H-PAC)の医療基本法制定チームは3月 25日、「医療基本法」に関するシンポジウムを開催した。同チームがこの1年間検討してきた同法案を提案、議論するのが狙い。同チームのメンバーのほか、医療提供者、有識者、弁護士、政治家がシンポジストとして出席した。

 教育分野における教育基本法をはじめ、国の重要施策分野には、憲法と個別法をつなぐために、各分野の基本理念を定めた基本法が約40ある。しかし、医療分野では、医療法や医師法などの個別法はあるが、基本法はない。その上、「様々な医療法関連の法律が、バラバラに動いている」(医療基本法制定チームのメンバーで、弁護士の前田哲兵氏)という現状があることなどから、医療基本法制定の必要性については、出席者の意見の一致を見た。

医療基本法は、「公共性」の観点から、医師の計画的配置にもつながり得るとの発言もなされた。

 過去には、医療基本法が何度か検討された経緯がある。日本病院会顧問で、上都賀総合病院名誉院長の大井利夫氏は、日医が1968年には「医療基本法第1草案」、大井氏も委員の一人である日医の医事法関係検討委員会は、2010年には「患者をめぐる法的諸問題について―医療基本法のあり方を中心として―」と題する答申をまとめたことを紹介。さらに日医の同検討委員会は2012年の答申、「医療基本法の制定に向けた具体的な提言」を取りまとめたばかりだという。全国自治体病院協議会副議長の中島豊氏は、「医療提供側から、医療基本法を提案しないと恥ずかしい」と発言。

 民主党の参議院議員、小西洋之氏は、「あるべき医療を実現するために必要な政策群を、『総合的かつ計画的』に検討、実行していくために、医療基本法が必要」と強調した。“医療事故調”や医師の偏在の問題など、長年議論しても結論や解決策が出ない問題を例に挙げ、小西氏は、医療基本法に「いつまでに、何を検討するか」という規定を設ければ、計画的な施策の実行につながると説明。また、がん対策基本法では、「がん対策基本計画」の策定に当たっては患者等が参画する仕組みがあるとし、それ以外の分野でも患者等が政策プロセスに参画するためにも、医療基本法が必要だとした。小西氏らは、近いうちに、医療基本法に関する議連を発足させる予定もあるという。

 もっとも、医療基本法で規定する内容は、患者権利関係を重視するか、あるいは医療者や行政をはじめ、関係者すべての権利・義務まで盛り込むか、さらには基本法制定により、医療現場が現在抱える問題が果たして解決するかなどについては、意見の相違が見られた。

 「医師の計画的配置も可能に」

 前田氏は、同チームが考える「医療基本法」を説明。「平等性、一貫性、適切性、相互信頼性、公共性、民主性」の六つが、法の基本理念になるとし、これらの理念のサイクルを回すことにより、医療が向上するとした。法は、(1)総則、(2)医療における基本的人権、(3)基本的施策(医療提供体制等に関する施策、運用体制等に関する視察)、(4)医療政策基本計画等、から構成する。(2)の「医療における基本的人権」として定める例として、「等しく適切な医療を受けられる、自己決定権、情報を守られる、十分な情報を得る、差別されない」を挙げた。「今の法律は、医療提供側より書かれたものが多く、患者の視点が欠けている。視点を転換することが必要」(前田氏)。

 医療基本法制定チームのメンバーで、読売新聞社東京本社会保障部長の田中秀一氏は、このような医療基本法制定により、(1)医療提供体制の充実、(2)医療の質と安全の確保、(3)患者の権利の補償、(4)国民皆保険制度の維持――につながると説明。特に、(1)について、現在の問題は、医師の偏在にあるとし、「医療提供体制の充実には、医師を計画的に配置し、診療科および地域による医師の偏在を解消するシステムの確立、医療従事者の労働環境を改善する方策が必要だが、現在の医療関係法令には、このような理念を持った法律はない」とコメントした。

 患者の権利法か、医療基本法か

 医療基本法制定チームの医療基本法案は、前田氏の説明のように、患者の基本的人権を保障するために、国や地方公共団体、医療従事者等の責務の規定に重きを置いた構成。シンポジストの一人、弁護士の鈴木利広氏は、「患者の権利法をつくる会」に関わる立場から、「良質な医療を要求する権利、患者の自己決定権」を規定すべきだと主張した。

 これに対し、大井氏は、日医委員会の「医療基本法の制定に向けた具体的な提言」では、「患者権利法」ではなく、「医療基本法」とすべきだと主張したと説明。「医療は、患者本位で提供する」ことを基本理念に掲げつつも、「医療基本法制定の目的は、医療提供者と患者との信頼関係の構築。そのためには、医療の基本理念、医療政策の基本原則や全関係者の権利と義務について偏りなく規定することが条件になる」とした。その上で、今後の課題として、(1)医療基本法の対象範囲は、「医療」に限るのか、介護や福祉まで含めるのか、(2)医療関係者や患者の権利や責務に関する規定は、理念的に一般的な内容で規定したが、もっと具体的に規定すべきか、(3)基本法制定後に、現行法令を含む法律、制度をいかに整備していくべきか――などを挙げた。

 元厚労官僚である、政策研究大学院大学教授の島崎謙治氏は、「医療基本法に反対ではないが、『必ず作れ』というわけでもない」とのスタンス。島崎氏は、「年金制度は財政だけの仕組みだが、医療は、医療供給と医療財政の双方を検討する必要があり、理念だけでは政策にならず、手法・方法の吟味が求められる」と、とかく理念だけが先行しがちな医療基本法をめぐる議論をけん制。その上で、「医療基本法で何を規定するのか、医師患者関係に主眼を置くのか、あるいは医療提供体制も含めるのか、関係者の大方のコンセンサスが得られるのか、既存の個別法とどう関係づけていくのか」など、様々な検討課題、難しさがあるとした。



  1. 2012/03/26(月) 05:24:51|
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3月25日 震災関連

http://www.m3.com/iryoIshin/article/150378/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
東日本大震災から1年(m3.com医師会員アンケート)
「忘却が一番怖い」「年単位で医師派遣を」◆Vol.6
被災3県以外から:被災地の現在・過去・未来

2012年3月25日 橋本佳子(m3.com編集長)

 m3.comの医師会員を対象にした今回のアンケートでは、被災地以外の44都道府県からも、(1)被災地の現在・過去・未来、(2)震災の教訓、(3)政府に一言、(4)県・市町村に一言、(5)全国の医療者へ、というテーマに分け、「400字以内」でコメントを募集した。まず(1)のコメントを紹介する。医療関連以上に多かったのが、福島第一原発や津波で被災した町の瓦礫処理や再生の問題に言及するコメント。医療関連を中心に、代表的なコメントを紹介する(調査の概要は、『被災3県医師、「8割は復旧」◆Vol.5』を参照)。

【被災3県以外から:被災地の現在・過去・未来 】

医療関連
・産業基盤の復興を早めることが求められていると感じる。医療政策も復興事業と同時に展開して行くことが重要(北海道、その他の公的病院、50代)

・被災から2カ月近く経った頃、我々の救護所に地元医師会の方がやって来て「いつまでいるのか?」と尋ねました。地元医療機関が復旧してきたので、無料の救護所がいつまでもいては営業妨害になるのですね。患者さんも自立に向けて以前の保険診療体制に戻るべきとは思います。しかし、被災者の方々からは「金もない、足もないのにどうしろと言うんだ」と言われました。災害医療で大変なのは初動ですが、難しいのは撤収のタイミングです(北海道、その他の公的病院、50代)

・東北地方は、基調としてずっと人口減少が続いている地域でした。流出は若年層で発生します。これが急速な高齢者人口比率の上昇による医療需要の増大と、将来的な見込みの薄さの両方をもたらしてきました。既存の医療機関の存続が既に難しく、規模縮小や民間移譲、統合合併の計画が数多く聞かれていました。今回の震災では、その傾向が一気に進んだという側面があります。ただし、被災の激しい地域のすぐ傍に、ほとんど被害らしい被害のなかった地域もあり、そういう地域の医療機関は、医師流出の中で相変わらず医師不足にあえいでいます。将来的な医療需要はさらに減少することは明らかですが、10年程度の中期的には増大するという難しい舵取りが迫られています。特に診療所の開設投資を最小化する工夫が求められており、それがなければこのまま崩壊へと進むことだろうと思います(北海道、その他、40代)

・1年が経過し、医師不足が叫ばれている。全国の都道府県の公的医療機関に勤務する医師には、身分・給与を保証したままで3カ月から1年単位で被災地の病院に派遣される医師がもっと多くてよいと思われる(滋賀県、公立病院、30代)

福島第一原発関連
・地震や津波は天災なので仕方ないと思える一方、放射能の拡散は人災でもあり、責任問題とか賠償とかが前面に出てしまう。しかし、天災に対する備えをしっかりしようと考えるのなら、同じように原子力発電所に対する備えをしっかりしようと考えて進んで行く道もあるのではないか。同じ規模の地震や津波にもびくともしない原子炉を作ることができて(実際そのような原子炉は今回の震災にも福島以外ではあったはず)、世界中に輸出できるくらいのものを作って行けば良いのではないか(東京都、大学病院、50代)

・被災3県の中で、原発被害を受ける福島の復興については、国、国民が責任を持って臨まなければならないと思う。住民の健康被害の問題では、被災地から転出した方には同様のサービスを享受できないと言った報道も耳にするので、そういった不公平にはならないような配慮を。また原発作業員の健康問題については、今後廃炉に向けた工程の中で、産業保健的な側面での検討も必要だと思われる(神奈川県、その他、 30代)

・放射能によるネガティブイメージの払拭は困難であり、医療的にも過疎地域となる可能性が高い。今回を契機に放射能に対する専門科を増設するなど、被災した地域だからこそできる医療提供を開発してみてはどうか(静岡県、その他の公的病院、30代)

・セシウム汚染は、hot spotに対応するだけで十分であることを放射線学会の力を借りて、周知徹底すべきである。放射線科の核医学専門医は多分誰も、セシウムを恐れていないと思われる。セシウムの内部被曝こそ無視できるものであり、ヨードやSr、Coなどと混同されてはならない。核爆発が起こって核融合物質がばら撒かれたチェルノブイリとは比較にならない。この辺りを放射線科、核医学専門医を交えて、公開で討論してほしい。マスコミのバイアスのある討論会で結論ありきの議論は無意味。日本中が良識あるマスコミが早く目覚めてほしい(愛知県、その他の公的病院、60代)

・放射線の2次被曝を避けるために、政府が被曝地の食品、土地の買い取り、出産可能な年齢の女性、未成年の避難を徹底させるべき(愛知県、その他、50代)

・原発事故に関しては、被爆地で過ごした経験、被爆者医療の経験から、福島程度で、少なくとも成人には、大きな問題はない(長崎県、民間病院、50代)

その他
・絆・きずな・キズナと言いつつも、瓦礫の処理をほとんどの自治体が受け入れないし、受け入れたとしても、住民が反対運動を起こす。これが、日本人の本質なんだな、とつくづくいやな気分になる。痛みや悲しみを分かち合うのは、自分の領域以外に限るようだ。このような日本には、明るい未来などない。原発についても、いまだに地元の雇用に必要だから、などと言う。いったい、日本全体に関わる問題をなんと心得ているのだろうか。やはり、日本の将来は暗い(北海道、公立病院、50代)

・現場に行って協力できる人は限られている中で、それぞれの立場で被災地に対しできることを考えて実行していくしかないと思う。大切なのは常に頭で考え、現在だけでなく未来に向けて思い続けていくこと。忘却が一番怖いことだと思う。過去にできず、現在できなくても、未来になってできることが大なり小なり各個人に現れてくると信じている(群馬県、民間病院、50代)

・地震、津波被災と原発被害地は明確に区別して対策を立てるべきです。(1)地震、津波被災に対しては、将来への地震津波対策を策定すると同時に、早急に復興へ向けた対策が必要。優先順位からすれば、復興の方が先。まず瓦礫の処理、雇用の確保に向けた地場産業の支援。漁業関係の地域が多いので、港の整備、水揚げの確保、水産加工業の再建、加工品の販売ルートの確保等を、個々に行うのではなく、トータルビジョンを持ち、同時に、一気に行うこと。そのための資金を、震災前に事業を行っていた方々には、無担保無保証で、すぐに資金を用意すること。雇用が確保されなければ、人材の流失を来し、復興がさらに遅れます。(2)原発事故に関しては、現在もなお大量に放散されている放射線があり、累積蓄積被曝が続いている。放射線発生源の対策と遮断。東電(国有しかないでしょう)、国がもっと早く補償金を支払うこと。危険地域の土地の国による買い上げ(東京都、その他、 60代)

・被災地は、今後緩やかですが、必ず復興すると思います。むしろ、被災地以外の人たちが、がれきの処理に協力しないのは、沖縄に基地負担を押し付けておいて、自分のところに来るのは、拒否するという思考回路と同じと思います。被災地の人たちは、必ず前よりは、いい街に復興されると思います(愛媛県、民間病院、60代)



http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120326/dst12032600540000-n1.htm
「災害派遣医療チーム」の活動要領改訂へ 厚労省、後方支援を強化
2012.3.26 00:51 産經新聞

 東日本大震災の被災地で活動した災害派遣医療チーム(DMAT=ディーマット=)が得た教訓を今後の災害医療に生かすため、厚生労働省が今週中にもDMATの活動要領を改訂することが25日、分かった。発災直後の「超急性期」医療を目的とするDMATの特性を生かしつつ、より効果的な医療活動を行うことを柱としている。

 厚労省の検討会が昨年まとめた報告によると、震災では、1チームが1回の派遣で想定している48時間を超える長期活動を強いられたことによる医薬品などの物資不足▽多数のDMATが被災地に入ったことによる派遣調整の混乱▽低体温症や肺炎など外傷以外の疾患への対応 ▽通信危機のバッテリー切れや電波の受信困難による通信遮断-といった課題が見つかった。

 そこで、改訂要領では、被災地で1週間以上の活動が必要な場合、現地に2、3次隊を次々に派遣し、チームの交代によって物資不足などに対応すると明記。その後は中長期的な医療を担う医療団への的確な引き継ぎを行うことで、災害医療の継続を図るとした。

 また、チームの派遣調整や医療ニーズの把握、情報収集を担う後方支援を専門とする「DMATロジスティックチーム」の養成や、衛星携帯など複数の通信手段の保有などを定めた。

 厚労省は、今後想定される東海、東南海地震や首都直下型地震でも十分に対応できるようDMATの体制整備を進めており、今年度末までに全国で計1002チーム体制になる見込み。



 災害派遣医療チーム(DMAT) Disaster Medical Assistance Teamの略。平成7年の阪神大震災で救急医療が遅れ重傷者が死亡する「防ぎ得た死」が約500人に上った反省から厚生労働省が17年に発足させた。専門の訓練や研修を積んだ医師と看護師、事務職員の5人程度で編成。17年のJR福知山線脱線事故でも活動した。東日本大震災では47都道府県の約380チーム1800人が岩手、宮城、福島、茨城4県へ出動し12日間活動した。



  1. 2012/03/26(月) 05:22:34|
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3月24日 医療一般

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201203240060.html
医師2減 非常勤で対応
'12/3/24 中国新聞

 笠岡市民病院で常勤医師が現在の12人から2減となり、4月1日から10人態勢となる。退職者が相次ぎ、医師不足も影響して後任を確保できなかった。当面は非常勤の医師で対応し、常勤医師の確保に力を入れる。

 21日の市議会環境福祉委員会で高田泰紀市民病院管理局長が明らかにした。新谷憲治院長(内科)が定年で、整形外科と外科で各1人が退職する。外科は非常勤医師3人が交代で対応し、整形外科では福山市民病院から1人を採用。結果的に、常勤医師数は内科5、外科1、整形外科1、皮膚科1、耳鼻咽喉科1、眼科1となる。

 院長には内部から小野彰範副院長が就任。後任の内科医師については非常勤医師が4~6月に対応し、岡山大医局との交渉で7月から常勤医師の着任を見込む。外科では10月以降に常勤医師の着任を期待する。

 離島の診療に関しては高島への巡回が困難となるため、笠岡第一病院からの派遣で協力を得る。高田管理局長は「常勤医師は入院患者のケアなど役割が重要で、今後も全力を挙げて確保を図りたい」と理解を求める。



http://www.chibanippo.co.jp/c/news/local/74385
東金九十九里地域医療Cの新名称 「東千葉メディカルC」に
2012年03月24日 15:47 千葉日報

 県は23日、地方独立行政法人・東金九十九里地域医療センターが2014年4月に開業する病院の名称を「東千葉メディカルセンター」へと変更する定款の変更を認可した。これにより、正式に病院名変更が決定した。

 同センターはこれまで、独法の名称と同じ「東金九十九里地域医療センター」という名称だった。ただ、独法側は「名称が長すぎる」「東金市や九十九里町以外の自治体からも支援を得られやすい」などとして、昨年11月末、東金市と九十九里町の議会に病院名を「東千葉メディカルセンター」とすることを打診。今月12日に九十九里町議会が、同16日に東金市議会が名称変更に関する議案を可決し、県の認可を待っていた。

◆住民投票求め署名活動開始 東金の市民団体
 東金市の市民団体「東千葉メディカルセンター建設の是非を問う東金市民の会」(須賀内省三代表)は23日、同センターの建設の是非を問う住民投票条例制定に向けて署名活動を開始した。

 同会は、同センターの医師・看護師確保が困難で、赤字経営に陥る恐れがある。東金市の将来に禍根を残す-などとして住民投票の実施を求めている。



http://www.agrinews.co.jp/modules/pico/index.php?content_id=13318
[ニュースサイト]診療報酬プラス 改定でも・・・ 医師の偏り変わらず JA病院 一律支援見直しを
(03月24日) 日本農業新聞

 厚生労働省は、2012年度の診療報酬を0.004%のプラス改定する。来年度予算の焦点の一つで財務省との折衝の上、プラス改定にこぎ着けたが、医師不足に苦しむ農山村のJA病院からは「経営の改善にはつながらない」との声が上がる。診療報酬アップの条件となる、施設の基準や人員の数などの基準が高く、多くが現場の実態に合わないためだ。診療報酬を改定しても医師偏在は解消せず、地域に根差したJA病院は厳しい経営を余儀なくされている。



http://www.chunichi.co.jp/article/shiga/20120324/CK2012032402000180.html
地域医療の現状 医学生が研修 長浜
2012年3月24日 中日新聞 滋賀

 地域医療に関心のある滋賀医科大(大津市)と自治医科大(栃木県下野市)の学生7人が22、23の両日、長浜市内の病院や診療所などを巡る研修会があり、地域に根差した医療の現状を学んだ。

◆医師不足解消へNPO主催

 研修会は、医学生に、地域医療や地域の歴史、文化を知ってもらい、へき地や過疎地の医師不足の解消につなげようと、NPO法人滋賀医療人育成協力機構(大津市瀬田月輪町)が催した。病院のほか、高月町の高月観音の里歴史民俗資料館など文化施設も見学。夜は、市内の医師と交流した。

 木之本町の湖北病院では、田中新司副院長(55)の案内で、医療病棟や訪問看護ステーション、隣接する特別養護老人ホーム伊香の里などを見て回った。

 病院スタッフの「高齢者が多い湖北地域のニーズに合わせて高齢者医療に特化した医師が必要になっている」との説明に、学生は真剣な表情で聞き入っていた。

 田中副院長は「幅広い知識と的確な診断力が求められる地域医療のやりがいを知ってもらうことが、将来の過疎地の医師確保につながる」と学生たちに期待を寄せた。

 研修に参加した滋賀医科大1年の鷲田奈緒さん(19)は「診療後のケアまで患者と向き合う医師の話や姿勢に触れて、地域医療により興味が湧いた。将来はこうした医療現場で働きたい」と話した。(塚田真裕)



http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201203240025.html
尾道市民病院、小児科休診へ
'12/3/24 中国新聞

 尾道市立市民病院が26日から小児科診療を休診することが23日、分かった。岡山大病院が派遣している男性医師が3月末で退職し、後任のめどが立たないため。同市民病院の小児科休診は初めてとなる。市は影響を最小限に抑えるため、近隣の医療機関に派遣を要請する。小児の夜間診療はこれまで通り、隣接する夜間救急診療所で受けられる。

 医師は30歳代男性で、2011年10月から勤務していたが、広島県外の病院に移ることになった。市民病院は、岡山大病院に後任の派遣を依頼したが「調整は難しい」との返答だったという。

 小児科は市内に、約10カ所の個人病院、非常勤医師を置く公立みつぎ総合病院などにある。ただ市民病院の休診により、入院や手術を要する重症患者を受け入れる小児2次救急病院は、JA尾道総合病院だけになる。

 小児の夜間診療は夜間救急診療所に引き続き、川崎医大(倉敷市)と国立病院機構岡山医療センター(岡山市北区)から小児科医が派遣される。

 医療分野を担当する加納彰副市長は「他の医療機関の負担増にもなる。できる限り、早く再開したい」と話している。



http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20120324/CK2012032402000026.html
練馬光が丘病院 28日から診療体制縮小
2012年3月24日 東京新聞

 今月末で日本大学が運営から撤退する練馬区の医学部付属練馬光が丘病院が二十八日から診療体制を縮小する。二十三日に同区役所で開かれた同病院運営協議会で区側が明らかにした。後継の公益社団法人「地域医療振興協会」との、患者の安全な引き継ぎを行うためとしている。 (柏崎智子)

 同病院によると、二十八日は土曜日と同じで外来受け付けは午前八時四十五分から同十時半まで。二十九日から三十一日までは休日診療体制で救急外来のみ。運営を協会と交代するのは四月一日午前零時だが、区によると、三十一日のうちに協会の医師らが病院に入り、日大医師らと引き継ぎを行うという。

 運営協議会には増田英樹病院長も出席。委員から、協会との引き継ぎを行った中で四月からの体制に不足があると感じるかなどと質問を受けたが「感想のレベルでは述べられない」とし、「光が丘の大多数の職員が(日大)本院の板橋病院に移る。同じ二次医療圏なので、本院からさまざまな形で貢献したい」と答えるにとどまった。

 また、昨年七月に運営の終了が公表されてからの経緯を振り返り「患者、区民に心配をかけ、当院の教職員も複雑な思いで過ごしたが、地域医療をなるべく乱さないようやってこられた。それ以前の二十一年間のわれわれの地域医療にかけた思いや貢献を忘れないでほしい」と述べた。

 さらに、同病院が赤字体質になったのは「地域のニーズにこたえ、これだけ(多くの)小児救急や周産期医療をこなしながら高い専門性を持たせた結果」とし「医療政策の見直しにつながってほしい」と語った。



http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-189021-storytopic-11.html
社説
県立病院改革 全ては県民のために

2012年3月24日 琉球新報

 命を守る医療現場を混乱に陥らせてはならない。
 県議会総務企画委員会で、県立病院の職員定数を111人増員する定数条例改正案が賛成多数で可決された。
 採決前、野党委員が173人増員する修正案を提出したが、反対多数で否決され、野党は28日の本会議にも修正案を提出する方針だ。可否同数による議長採決で可決に持ち込みたい考えという。
 その場合、県当局は地方自治法に基づき、再審議を求める「再議」を想定しているという。修正案を精査するとなると、本年度中に再議提案して本会議が開かれるかの見通しはついていない。
 再審議が新年度にずれ込めば、医療現場の人員確保に支障を来す可能性も指摘される。
 議会が混乱すればするほど、影響を受けるのは医療現場であり、患者、県民だ。
 万が一にも、病院の機能運営に支障が生じ、県民生活へ影響があってはならない。県執行部と議会は、県民生活への影響を第一に考え、対応してほしい。
 そもそも混乱の原因は、県病院事業局と医療現場が十分な協議を行った上で、定数の増員案を決めず、議会に提案したことにある。
 協議の中で現場は、医療は年々高度化・専門化し、病院には多くの医療スタッフが必要なことを訴え、「手厚い人材配置で診療報酬の加算も得られ、収益は上がる」「定数で縛れば、変化に対応できない」などと指摘、県案は十分ではないと主張していた。
 病院事業局側は「現場の要求を丸のみするのは困難。定数枠を広げておき順次検討して増やす」という立場だった。
 結局は現場が求める定数と大きな開きを残し、意思統一が図られないまま、議会提案された形だ。
 厳しい県財政の中、県立病院の健全経営が求められるのは当然だ。同時に県立病院は救命・救急医療、離島医療、高度特殊医療などを県民に安定的に提供する使命を担っている。
 そのためにも、医療現場の切実な声に耳を傾け、「ゆとりある定数」、職員数を確保し、効果的なスタッフの配置で県民の医療ニーズに応えていかなければならない。
 県民がより安心して暮らすことができる医療体制づくりに向け、県と医療現場が一体となって病院改革に臨んでほしい。



http://mainichi.jp/area/mie/news/20120324ddlk24040240000c.html
桑名市総合医療センター:県が課税免除方針 統合し来月発足 /三重
毎日新聞 2012年3月24日 地方版 三重

 桑名市の地方独立行政法人桑名市民病院と医療法人山本総合病院が統合し、4月1日に発足する地方独立行政法人桑名市総合医療センターについて、桑名市議会は23日、同センターへの非課税措置を求める意見書を鈴木英敬知事に提出した。鈴木知事は条例を改正し、課税を免除とする方針を示した。

 県税務政策室によると、地方税法で非課税となるのは、公立病院が地方独立行政法人になる移行型の場合に限られる。同センターは民間病院との統合のため対象外だった。

 意見書は、同センターが桑名市が管理・運営してきた病院事業を引き継ぎながら民間病院と統合するもので、同市が100%出資すると説明したうえで、「実態は移行型地方独立行政法人と同一であり、高い公共性を有する」として非課税とするよう求めた。

 県庁を訪れた安藤寛雅議長から意見書を受け取った鈴木知事は、同センターについて「公共性、公益性が極めて高い。県の医療政策の観点からも守らなければならない」と述べ、課税免除する方針を示した。条例改正案は30日再開する県議会本会議に提案される。【田中功一】

〔三重版〕



  1. 2012/03/25(日) 08:11:02|
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3月23日 医療一般

http://www.47news.jp/CN/201203/CN2012032301001905.html
 沿岸地域に県外医師派遣/福島医大が講座設置
2012/03/23 17:48 共同通信

 福島県立医大(福島市)は23日、東日本大震災や東京電力福島第1原発事故の影響で医師不足に苦しんでいる県沿岸部の相双地域の医療機関に医師を派遣するため、県外からの医師の受け皿となる災害医療支援講座を4月から設置すると発表した。

 講座には東京都や大阪府の医療機関や大学などから医師8人の参加が決まっている。4月以降、教授や講師として在籍しながら、南相馬市や相馬市の病院で診療に加わる。併せて災害医療の研究も進める。

 県立医大によると、相双地域では震災後、約120人いた医師が半減。地元から補充を求める声が出ていた。

 講座の設置期間は4年間で、今後も募集を続ける。



http://news.mynavi.jp/news/2012/03/23/067/
 まさに「医者の不養生」、自分自身の健康状態に「気になる点がある」5割超
  [2012/03/23] マイナビニュース

医師限定のSNS「MedPeer」を運営するメドピア株式会社では、「自分自身の健康状態」に関するインターネットリサーチを行った。メドピアに会員登録をしている医師を対象とした調査で、有効回答数は2,708件。

自分自身の健康状態について「気になる点がある」と回答した医師は全体の54.8%、「気になる点はない」は33.5%、「既に加療中」は 10.8%だった。最も多かったのは「【気になる点がある】特に何もしていない」(18.2%)という回答で、肥満、高血圧など加齢に伴う症状を挙げる声が目立った。何もしていない理由は「忙しい」「時間がない」など。

「気になる点がない」という回答者の中では「運動・食事に気を付けている」(11.8%)が最も多かった。中には、健康上の問題を運動によって克服したという声も。

「既に加療中である」とした中には高血圧、高脂血症、痛風といった加齢に伴う疾病をはじめ、椎間板ヘルニア、胃潰瘍、逆流性食道炎など、ストレスのかかる職業ゆえの症状で治療中とした医師が多数だった。
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やはり医師は忙しすぎて、自分の健康管理をしている暇がないようだ



http://www.cabrain.net/news/article.do?newsId=36669
 医師は患者を拒めない?応召義務(上)- 医療法学塾(2)
大磯義一郎(加治・木村法律事務所 弁護士、医師)
( 2012年02月24日 05:00 キャリアブレイン )

 目の前の患者を助けなければならない―。医療現場を支えているのは、医師のこうした倫理観です。
 とはいえ、目の前の患者の診療を拒んだら、その医師は法律で裁かれてしまうのでしょうか。どんな状況でも患者が現れたら、その診療を第一に考えなければならないとすると、医師の人権はどうなるのでしょうか。
 医師法が定める医師の義務について解説する本連載2回目の今回は、医師法19条1項が定める「応召義務」について取り上げます。

■応召義務は直接患者に対する義務ではない

 上記のように医師法19条1項において、医師の応召義務は定められています。この義務が定められたのは、医師資格が免許制をとっており、医師に対し業務独占(医師法17条)を認めていること、国民の生命身体に関する事項であることからだと、日本では考えられています。
 では、この応召義務とはいったい誰の誰に対する義務なのでしょうか。

 医師法は、国家と個人の間の関係を規定する「公法」に分類されます。つまり、医師資格を管理・監督する国と、主には「医師資格を有する国民としての医師」との関係を規定する法であるとされています。したがって、応召義務も、目の前の診療を求める患者(私人)に対する義務ではなく、医師資格を管理・監督する国に対する義務なのです=図1=。
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■公法上の義務と私法上の義務の関係
 例えば、営業許可を得ずに行った荷物の運送は、公法である「貨物自動車運送事業法」違反として刑罰を科されますが、だからといって、国民同士(私人間)の取引きである運送契約が無効にはなりませんので、運賃を返す必要はありません(名古屋高判昭和35年12月26日高裁刑集13巻10号781頁)。

 同様に、医師は、応召義務違反によって行政処分を受けることはあり得ますが、患者との間の法律関係において直ちに違法とはいえませんし、患者から医師に対し、「応召義務を定める医師法19条1項に基づき、わたしと診療契約を締結せよ」と迫ることもできません。

■応召義務は訓示規定的
 医師法19条1項には、違反に対する刑罰規定がありません。また、厚生省医務局医務課長回答昭和30年8月12日医収第755号によると、「医師が第十九条の義務違反を行った場合には罰則の適用はないが,医師法第七条にいう『医師としての品位を損するような行為のあったとき」にあたるから,義務違反を反覆するが如き場合において同条の規定により医師免許の取消又は停止を命ずる場合もありうる」とされており、繰り返し19条違反があった場合に初めて、「品位を損する行為」という一般事由により行政処分が課されうるということですので、応召義務は訓示規定に類する条文と言えます。

 ちなみに、米国では「医師は、患者関係に入るか否かを選択する職業上の特権を有し、それに従って患者に治療を提供する責務を果たし続けなければならない」(米国医師会倫理綱領)とされており、そもそも医師に応召義務を課していません。ドイツでも同様の制度をとっており、国際的には、必ずしも医師であるがゆえに応召義務が課せられて当然ということもありません。

■法的義務と倫理の相違
 患者が困っていたら医師が助けるのは職業倫理として当たり前ではないかと思われる方も多いでしょう。その感覚自体は妥当かと考えられますが、だからといって、目の前のすべての患者を助けることを法的義務にすると、大きな問題が生じます。

 法とは、「国家権力の強制によってその実効性が保障された社会規範」を指すのであり、ひとたび法律上の義務として強制力を有することとなると、その内容を本人の意思如何にかかわらず、国家権力によって強制させられることから、人権侵害を必然的に含んでしまうという点が倫理との大きな相違点なのです。

 したがって、私人に対し法的義務を課すということは、単に倫理的に正しいからという観点だけではなく、必然的に生ずる人権侵害との比較考量をした上で、その是非について判断しなければなりません。

■応召義務の位置付け
 長い間、医師法19条1項は、公法上の義務であり、訓示規定的条文であるとされておりましたので、法的強制力という意味では、倫理規範と同程度と考えられてきました。
 つまり、患者に対する義務ではなくても、「医師という職業に求められる高い倫理的・社会的責任」の一つとして応召義務があり、「時間外であろうと、専門外であろうと、患者が診療報酬を払ってくれるという保証がなくても、医師である以上、患者の求めがあれば診療に当たるべきである」という考え方がスローガンとしてあり続けてきたのが、医療界の実際のところなのではないでしょうか。

 次回は、医師法19条1項に関する判例の流れを解説したいと思います。

大磯義一郎(おおいそ・ぎいちろう)
1999 年日本医科大医学部卒。同年より同大付属病院第三内科に入局し、消化器内科医として勤務していく中で、急激に進んだ医療現場への司法介入に疑問を感じ、 2004年早大大学院法務研究科に入学。07年の卒業年に司法試験に合格。09年から旧国立がんセンターに勤務し、知的財産法務および倫理審査委員会業務などを行う。11年から帝京大医学部で、客員准教授として医療と司法の相互理解の促進をテーマとした「医療法学」の講義を行っている。弁護士としては、加治・木村法律事務所に所属し、医事紛争・病院法務・知的財産法務を専門に取り扱っている。



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/36850.html
 医師は患者を拒めない?応召義務(下)- 医療法学塾(3)
大磯義一郎(加治・木村法律事務所 弁護士、医師)
( 2012年03月23日 12:00 キャリアブレイン )

 医師法19条1項に定める応召義務は、医師の国に対する公法上の義務であり、患者との間では直接には適用されないことを前回確認しました。また、応召義務は罰則規定のない訓示規定的条文であるがゆえに、あくまでもスローガンとして高いレベルが求められてきたということも示しました。
 ただ最近では、必ずしも応召義務をこのようにとらえていない判例もあります。本稿では、司法による応召義務のとらえ方がどのように変化してきているかをお伝えしたいと思います。

■従来の判例は応召義務違反で民事責任なし
 従来の判例は、医師が応召義務に違反をしても、患者に対して損害賠償責任といった民事責任を負わないという、前回お話しした法の趣旨と合致した判断をしています。
 常位胎盤早期剥離にて入院中の妊婦のナースコールに対し、助産師の応対のみで医師の診察をしなかったことが応召義務違反であると争った事案では、「そもそも右義務(応召義務)は本来医師の国に対する義務であつて、右条項によつて直接医師が患者に対して右義務を負担するものと解することはできず、…」(東京地判昭和56年10月27日判タ460号142頁)と判示していますし、急性冠症候群疑いの患者が入院先が見つからず死亡した事案において、脳神経外科の当直医が交通外傷の患者診療中を理由に受け入れ不能としたことに対して応召義務違反が争われた判決では、「右規定(応召義務)における医師の義務は公法上の義務と解すべきであり、右義務違反が直ちに民法上の不法行為を構成するものと断ずることには疑問がある」(名古屋地判昭和58年8月19日判タ519号 230頁)と判示してきました。

■判例が変わった契機
 ところが、下記の事案において、裁判所は従来とは異なる判断を下しました。

●千葉地判昭和61年7月25日判タ634号196頁=図=
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  1歳1か月の幼児の母親が、幼児に喘鳴があったため、風邪をひいたかと思い、平日の午前9時に近医(A医院)を受診させたところ、気管支肺炎と診断されました。甲医師は、チアノーゼもあることから、入院加療のため小児科医のいるB病院(公立病院)に転送する必要があると考え、救急車要請の上、B病院に電話しました。ところが、電話対応したB病院の乙看護師が、丙小児科医に転送依頼がある旨伝え、受け入れ可能か確認している間に、A医院に救急車が到着してしまったため、甲医師は、自身の名刺にB病院小児科外来担当医宛の紹介文を書き、幼児の母親に持たせ救急車に乗せてしまいました。
 乙看護師は、丙医師よりベッド満床のため受け入れられないとの返事を受け、その旨を伝えようとしたところ、電話が既に切れていました。そのため、乙看護師は丙医師の指示に従い、A医院に電話し、患者を受けられない旨伝えたところ、甲医師から患者はもう既に救急車に乗りB病院に向かって出発していると伝えられました。
 また、救急車出発時に、救急隊からB病院に搬送する旨の電話がありましたが、同様にベッド満床のため受け入れられないと断りました。
 しかし、A医院を出てから18分後、幼児を乗せた救急車はそのままB病院前に到着しました。救急隊は病院前からB病院に電話し、入院若しくは診察を要請したものの、やはり同様に、ベッド満床のため断られました。
 やむを得ず消防署司令室は、管轄内の各病院に電話しましたが、なかなか受け入れ先が見つからず、その間2回、B病院に受け入れ要請したものの同様の理由で断られました。
  B病院に救急車が到着してから1時間後、管轄外への患者搬送もやむを得ないと考え、搬送に先立ち、応急の措置及び搬送に耐え得るか診察してほしい旨B病院に依頼したところ、丁医師がそれに応じ、救急車内で診察を行い、喘鳴強く、胸部全体にわたり湿性ラ音を認めるも1-2時間の搬送には耐えられると診断し、点滴等の応急処置は取らずに救急車を送り出しました。
 救急車は、B病院を出た後、同病院付近の路上で搬送先が決まるまで待機していたところ、 10分後(B病院到着から約1時間15分後)に指令室より、管轄外のC医院が受け入れ可能であるとの連絡を受け、搬送開始。それから約1時間後にC医院に到着(A医院を出てから約2時間30分後、B病院到着から約2時間10分後)、治療をしましたが、幼児の呼吸状態が悪化し、C医院到着後約2時間45分後(A医院を出てから約5時間15分後、B病院到着から約2時間後)に幼児は死亡してしまいました。


 本件において、裁判所は「医師法19条1項は、『診療に従事する医師は、診療治療の要求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない』と規定する。この医師の応招義務は、直接には公法上の義務であって、医師が診療を拒否すれば、それがすべて民事上医師の過失になるとは考えられないが、医師法19条1項が患者の保護のために定められた規定であることに鑑み、医師が診療拒否によって患者に損害を与えた場合には、医師に過失があるとの一応の推定がなされ診療拒否に正当事由がある等の反証がないかぎり医師の民事責任が認められると解すべきである」として、結果的には医師法上の応召義務違反を民事上の過失として取り扱うことを判示しました。

■損害は、被害者だけに負担せしめるべきか―「損害の衡平な分担」
 民事不法行為法は、「損害の衡平(こうへい)な分担」を理念としています。従って、事案を全体としてとらえ、被害者に生じた損害を被害者だけの負担とせしめるか、それとも被害に関与した者に負担せしめるか。被害に関与した者に負担せしめるとした場合、どの程度の負担割合とするかを「損害の衡平な分担」の見地から検討し、判断することとなります。

 本件における幼児の転帰は残念極まりないことですし、救急車内で経過した約2時間半は母親にとって永遠とさえ思えたものと思われます。
 受け入れを断るに至った経緯に同情できる点はあるものの、B病院が公的医療機関であることも考慮すると、本件事案を全体として見たときに、生じた損害にB病院が一定の負担をすることは、個別具体的な紛争の解決として一定の妥当性を持つものと思われます。
 そして、本件におけるB病院の問題点は、取っ掛かりに不運な点があるものの、患児は平日の午前中に現にB病院前まで来ていたのにもかかわらず、他の転送先が見つからないまま4回診察を要請されているのに、最終的には具体的な処置をせず、救急車を送り出したことにあると言えます(他には、1~2時間の搬送可能との診断に過誤があるかという論点もありますが、本件事案を全体として見たときに、主たる問題点とは言い難いと言えます)。
 このような個別具体的な紛争の解決において、損害の衡平な分担を図ろうとした結果、裁判所は、上記判示をしたものと思われます。

■規範は独り歩きする
 しかし、その後、日曜夜に発生した交通外傷の患者(両側肺挫傷・右気管支断裂)に対し、専門医不在を理由に受け入れを断った事案(患者はその14分後に受け入れ先が見つかり、さらにその25分後に受け入れ先病院(直線距離にして倍の距離にある)に到着、治療を行いましたが、9時間後に呼吸不全により死亡)においても、上記判決と同様に「右応招義務は患者保護の側面をも有すると解されるから、医師が診療を拒否して患者に損害を与えた場合には、当該医師に過失があるという一応の推定がなされ、同医師において同診療拒否を正当ならしめる事由の存在、すなわち、この正当事由に該当する具体的事実を主張・立証しないかぎり、同医師は患者の被った損害を賠償すべき責任を負うと解するのが相当である」と判示し、病院の過失を認めました(神戸地判平成4年6月30日判タ802号196頁)。

 この判決は、衝撃をもって医療現場に受け取られました。このような事案においてまで、応召義務違反として民事上違法とそしられると、最早、救急医療が成り立ちえないからです。そして、その後、マスメディアによる「たらい回し」報道が繰り返され、現実に救急医療が崩壊の危機に瀕することとなったことは皆さんご承知の通りです。

■問題の本質は医療提供体制の不備
 応召義務が問題となる事案の多くは、救急医療が必要な患者に対し、時間外や専門外、ベッド満床といった事情が生じた場合です(他の場合としては、診療報酬未払いの事案もあります)。
 確かに、救急治療を要する患者・家族にとっては、一刻も早く治療を受けたいと願う気持ちは理解できます。しかし、救急医療体制の整備・強化についての責任は、国にあります。限られた人的・物的資源の中、労働基準法を無視した実務運用を行ってなんとか成り立っていた我が国の救急医療制度下において、医療従事者は文字通り献身的に診療に従事してきました。
 このような状況において、同じく国の機関である司法が、患者保護をかざして、医療現場を非難することには欺瞞を感じざるをえません。
 現在、大淀病院事件(※1) や、墨東病院 での妊婦死亡の事案(※2)等の、痛ましい事案が社会問題化されたことを契機に、救急医療体制の整備・強化がようやく国や地方自治体において議論されるようになったことは大きな前進と言えます。

 司法も、大淀病院事件判決(大阪地判平成22年3月1日判タ1323号212頁)において、「当裁判所の付言」として、「現在、救急患者の増加にもかかわらず、救急医療を提供する体制は、病院の廃院、診療科の閉鎖、勤務医の不足や過重労働などにより極めて不十分な状況にあるともいわれている。医療機関側にあっては、救急医療は医療訴訟のリスクが高く、病院経営上の医療収益面からみてもメリットはない等の状況がこれに拍車をかけているようであり、救急医療は崩壊の危機にあると評されている。社会の最も基本的なセイフティネットである救急医療の整備・確保は、国や地方自治体の最も基本的な責務であると信じる。重症患者をいつまでも受入医療機関が決まらずに放置するのではなく、とにかくどこかの医療機関が引受けるような体制作りがぜひ必要である。救急医療や周産期医療の再生を強く期待したい」と判示しており、裁判所の理解も大きく進んできました。

■応召義務の法的位置づけ再考
 しかし、現時点における応召義務の法的位置づけについては、複数の地裁判決があるのみであり、その内容も揺れていますので、医療者にとってすっきりしない状況と言えます。
 ただ、応召義務違反を理由に民事責任を認めた先述の判決は、法理論的にも、契約関係に入っていない患者に対し、すべからく応召義務違反が問われ得るとすることは、いくら不法行為法の領域とはいえ、私人に課せられる義務の範囲を超越していること、「応召義務違反によって損害が生じた」といっても、無理をして患者に最善ではない治療を提供するより、ほかの適切な医療施設が受け入れてくれることを信頼することは不当とは言えないこと、、たまたま直後に受け入れ先が見つかれば、「よって生じた損害」がなくて、不運にも受け入れ先が見つからなければ「よって生じた損害」があるとされるのでは、規範たりえないこと等の問題があると言えます。

 応召義務は、医師の倫理的規範として、救急処置を必要とする患者に対しては、可能な限り診察を断るべきではないと明記することはあってもしかるべきであると考えます。しかし、これまで述べてきた通り、応召義務が問題とされることの多い救急医療においては、問題の本質は医療提供体制の不備であり、その責任の所在は国にあります。また、国際的には必ずしも医師に対して応召義務を課しているわけではありません。従って、応召義務が取り上げられる事案の本質的な問題、また国際的な見地から考えても、人権侵害の程度が強過ぎることなどを鑑みて、「医師と患者の間での応召義務の効力」については、慎重に考えるべきではないでしょうか。

大磯義一郎(おおいそ・ぎいちろう)
1999年日本医科大医学部卒。同年より同大付属病院第三内科に入局し、消化器内科医として勤務していく中で、急激に進んだ医療現場への司法介入に疑問を感じ、2004年早大大学院法務研究科に入学。07年の卒業年に司法試験に合格。09年から旧国立がんセンターに勤務し、知的財産法務および倫理審査委員会業務などを行う。11年から帝京大医学部で、客員准教授として医療と司法の相互理解の促進をテーマとした「医療法学」の講義を行っている。弁護士としては、加治・木村法律事務所に所属し、医事紛争・病院法務・知的財産法務を専門に取り扱っている。



http://www.townnews.co.jp/0607/2012/03/24/139617.html
 総合診療科が開設
小田原市立病院で4月スタート

2012年3月24日号 タウンユース 小田原

 市立病院(中島麓病院長)は、4月から特定臓器や疾患に限定せず、多角的な診療が行える総合診療科を開設する。

 高度医療機器による、より細かな検査などで疾病原因を見つけ出し、掛かるべき診療科を振り分けるのが総合診療科の主な役割。通院か入院かの判断も行う。 各診療科の専門化・細分化が進む一方で、高齢化による疾患の複数合併などの患者が増加している。高度な専門領域の治療を前に、優先すべき症例に対し、様々な角度から診療を行い、迅速かつ適切に診断することができる総合診療科の意義や必要性が高まっているという。

 外来診療では紹介状を持参して受診したにも関わらず、専門診療科への振り分けが困難な患者に対して、初期診断や初期治療が可能。場合によっては複数の疾患を抱えていても総合診療科だけで診察、診療が済む場合もあり患者への負担軽減にも繋がる。また入院診療でも、高齢化に伴い疾病が多様化、複雑化する中で発熱やめまい、しびれなど、症状が出ているものの原因が特定できないような症例に対して診断、検査を行うことができる。

 現状予定されている診療体制としては、循環器内科医師1人が対応。診療日は毎週月曜日と木曜日の午前が予定され、診療には原則、開業医など他の医療機関からの紹介状が必要となり、1日10人程度の利用者を見込んでいる。

 問合せは市立病院医事課【電話】0465・34・3175まで。



http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-189018-storytopic-25.html
 透視鏡   県立病院定数問題 現場反映なき提案に一因
2012年3月23日 琉球新報

 県立病院の職員定数について伊江朝次病院事業局長、5県立病院長(北部病院長は欠席)を参考人招致した22日の県議会総務企画委員会。執行部提案の111人増では不十分でさらなる増が必要だとする病院長らに与党側からは「病院事業局として納得した数字ではないのか」と病院事業局内の意思統一に疑問を呈し、議会提案後に反対の声を上げる院長らに批判的な意見が出た。院長らが批判を承知の上でさらなる定数増を求めたのは、病院は人材がいなければ成り立たない―という一点に尽きる。

■発端
 問題は病院現場が要望した347人増から病院事業局内の協議で173人増になり、さらに総務部との交渉で当初95人増まで減らされたことから始まった。95人増では医師やリハビリなどのコメディカルに“雇い止め”が発生することが明らかになり、総務部は111人に上方修正し提案。それでもなお、コメディカルは病院事業局が精査した要望数と大きな開きがあり、実質的には現場の人間は減る。リハビリの充実は医療の流れであるだけに、病院長、病院現場の反発は収まらない。

■対応遅れる現定数
 さらに、県立病院は本年度で経営再建期間を終え、来年度から新たなスタートを切る。各病院の経営責任者である院長たちが持続的な病院経営の必須条件として挙げたのが「余裕のある定数」だった。
 2008年度の県立病院のあり方検討部会では県立病院の課題として医療の変化に柔軟に対応できないことが挙げられてきた。その代表例が7対1看護だった。人を手厚く配置すれば、医療の質も上がり、診療報酬も増えるため、県内の民間病院は素早く対応したが、県立病院は定数に余裕がなく対応が遅れた。
 委員会で南部医療センター・こども医療センターの大久保和明院長は「国は社会保障と税の一体改革の中で、急性期病院は現在の1・6から2倍の人を充てる方向。今後病院間で医療従事者の“争奪戦”が始まる」と予想。柔軟、迅速な対応の必要性を説明した。
 また、離島病院を支える基幹病院の機能充実の点からも定数の余裕を求める意見が上がった。八重山病院の松本廣嗣院長は「中部、センターから医師を派遣してもらうのが現実的な手段。離島では県立病院の機能を代われる病院はない」と話す。病院現場の意見を十分にくんだ議案を提案することができなかった病院事業局長に今回の問題の一因はある。現場が抱える課題を解決するための具体的方法が必要だ。
(玉城江梨子)



http://www.topics.or.jp/localNews/news/2012/03/2012_133246740025.html
 阿部診療所に4月から常勤医 美波・漁村集落の医療拠点
2012/3/23 10:49 徳島新聞

 美波町の漁村集落である阿部、伊座利両地区の医療拠点・町立阿部診療所に4月から常勤の所長が勤務する。常勤医師が診療所所属となるのは、2000年に診療所が県から当時の由岐町に移管されて以来初めて。

 常勤医となるのは、県立中央病院副院長の川端義正医師(61)。3月末で現職を退き、4月から阿部地区に居住して診療に当たる。

 阿部診療所は両地区の唯一の医療機関。現在、県と阿南市の両医師会、県立病院や美波町立由岐病院の医師5人ほどが持ち回りで担当。週2回と、それ以外に月3回の診療を行っている。

 4月からは診察日が週3回に増えるほか、伊座利地区への出張診療も現在の月1回から3回となる。川端医師は町立日和佐、由岐の両病院でも週1回ずつ診療する。

 川端医師は、県立海部病院長時代の09年に阿部診療所の応援診療を始めた。10年に中央病院勤務となってからも地域医療担当医師として、週2回、同診療所を訪れているほか、県西、県南の病院でも応援診療を行っている。

 診療所勤務は川端医師が要望し、医師不足に悩む町が所長として迎えることになった。診療所の医師が阿部地区に居住するのは30~40年ぶりになるという。

 戦後、県立で開設された診療所には、1970年代くらいまでは医師が常駐していた。町に移管された後は、2004年度~08年度に由岐病院の医師が診療所の常勤医として週3回診療した以外、常勤医が不在となっていた。

 川端医師は「医師が地域にいるだけで安心してもらえると思う。地域医療に目を向けてもらえるきっかけにもなれば」と話している。


  1. 2012/03/24(土) 05:58:06|
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3月23日 震災関連

http://www.m3.com/iryoIshin/article/149664/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
東日本大震災から1年(被災地の今)
地域医療、それが大学運営のキーワード - 菊地臣一・福島県立医科大学学長に聞く◆Vol.3
「現場の医療人はベストを尽くしている」

2012年3月23日 聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)

 ――この1年間、様々な震災対応をしてこられたわけですが、この4月から新たなスタートであり、復興が本格化するという印象を受けました。

 先ほどお話した災害医療の寄付講座も4月1日のスタートですし、いろいろなことが一斉に動き出します。周囲は驚くかもしれませんが、「福島医大復興ビジョン」を作成したのは昨年7月であり、我々にしてみれば、準備してきたことです。公立なので議会の同意人事が必要なこともあり、この点は時間がかかりましたが。

 さらに大学の役員も4月から変わりますが、キーワードは、「地域医療」です。大学のミッションとして「地域医療」を掲げるのは珍しいことかもしれませんが、“医療崩壊”がある日、突然起きたことは、歴史上ないでしょう。人口構成が変わった中で、放射能汚染がある地域で「共生」することは、未踏の荒野に踏み出すのと同じ。震災後、県外に流出する医師は100人を超えるでしょう。原発地域だけではなく、中通り、会津地方も含めて、医療の再構築が必要。

 2013年5月には会津医療センターができます。本学の立て直し、そして「福島医大復興ビジョン」の実施。大学が抱えるこれら三つの事業に共通するのは地域医療。これらは大変な事業であり、役員人事もそこに当てはめて実施しました。


菊地臣一氏は、今の心境を「今回の原発事故により、人の生き方、死生観を問われたと感じている。今までどう生きたのか。これからどう生きるのかが、原発事故で鋭く突きつけられたという思いがする」と語る。
 ――会津医療センターは、震災前から準備を進めていたとお聞きしています。

 はい。病床数は230床で、既に約40人のドクターも集めました。

 ――それらのドクターは、県立医大に在籍していた方ではない。

 全国から集まるドクターです。会津医療センターは入院主体で、地域のニーズを踏まえて運営します。一番多かったのが血液疾患への対応なので、血液内科を作ります。それから、超高齢社会のモデル地区とも言え、東洋医学センターも設置し、入院病棟も持ち、終末期医療までカバーします。これは全国でも例がない。会津には、「御薬園」があり、以前は漢方を栽培していましたが、今はすたれてしまっています。今回は漢方の原材料の栽培から始め、地域産業の創出にもつなげます。これは新しいコンセプトでしょう。

 ――福島県の調査によると、福島県内の病院の常勤医は、2011年3月1日には2013人でしたが、12月1日の時点では1942人で、71人(3.5%)減少したとのことです(『医師支援のミスマッチ、コメディカル派遣が課題』を参照)。

 この3月の年度末でもっと辞める医師が増え、恐らく100人を超えるのではないでしょうか。

 ――その一方で、災害医療の講座開設に伴い、それだけで10人程度の医師が来る。また2012年度の医学部定員は15人増に125人にされ、しかも倍率も高い。

 そうです。倍率は昨年よりも高くなっています。恐らく受験者が少ないと思われたからでは。

 ――その点に関しては、安堵されている。

 先ほども言いましたが、私がこの場にいるのは、「天命」。だから、「福島に来てください」とお願いするのは、潔いとは思わないのです。自らの意志で来たいと考える人に来ていただきたい。残りたいと思う人が残ればいい。残る気がない人を無理に止めても仕方がなく、引き止めることはしていません。それはその人の人生観であり、引き止めて残ったとしても県民のため、患者さんのためにはならないからです。今回の原発事故により、人の生き方、死生観を問われたと感じています。今までどう生きたのか。これからどう生きるのかが、原発事故で鋭く突きつけられたという思いがします。今でもその思いがあり、私自身、人生観が変わりました。

 ――災害医療講座や会津医療センターの医師は、どのように集めたのでしょうか。

 こちらから適任者を探して、声をかけた方です。去る医師もいれば、我々に賛同して来る医師もいる。「支援」は、自分ができることを、できる時にできるだけやれば長続きする。無理したのでは続きません。地域住民の目からすれば、「支援」で一番重要なのは継続性です。継続性が担保されなければ、医療を受ける側も大変であり、「新しい先生が来た」「また変わった」といった状況では、患者さんの安心感の醸成につながらない。

 ――福島に、復興のための「医療特区」構想があるとお聞きします。「福島医大復興ビジョン」とは関係があるのでしょうか。

 まだ決まりませんが、このビジョンとは関係はありません。ただ、福島県全体で、看護師さんをはじめ医療者人口が減っているので、平時と同じ施設基準を当てはめられても困るわけです。7対1入院基本料が取れないから、報酬を減らすとなると、残っている組織、がんばっている組織は疲弊して燃え尽きてしまう。だから診療報酬の施設基準などを緩和しないと、とても持たない。大学でも厳しいのですから、地域の病院はなおさらでしょう。

 福島県以外では放射線事故の問題は、終わったことなのかもしれません。国は、「予算を付けた。後はやってくれ」と思っているのでしょう。その意味で、今までも大変でしたが、福島にとってはこれからがもっと大変です。この認識のギャップを埋めるためには、福島県の政治家、行政を含めて大変な努力が必要でしょう。予算が付いたから、そこに様々な関係者が集まる。しかし、少ない人的資源、限られた予算の中で、最大限の効果を発揮するにはどうすればいいかを考えて、実行していくのはかなりの修羅場です。

 また、避難している県民はまだたくさんいます。これから生活の場、仕事の場を見つけていかなければいけない。元通りにはならないが、「元よりもいい」環境を作ってあげることが、国や県、東京電力の責務であり、それが償いでしょう。「福島医大復興ビジョン」にも書きましたが、「福島県にいれば長生きできる」、高い給与がもらえる仕事があり、生活が楽になるという環境を作る。我々大学はその一部の手伝いをするという立場です。「福島の復興はこれから」です。

 ――この1年は現状を把握するだけで大変であり、目の前の問題に順次対応されてきた。ようやくここに来て、4月から様々なものを立ち上げ、中長期的な視点に立って物事ができるフェーズになったと言えるのでしょうか。

 そうです。「遅い」「何をやっているんだ」とよく批判されます。しかし、当事者から一言言わせていただければ、「こんなに早く、この人数でこれだけ頑張った」ことを褒めていただかないと。広島、長崎の健康調査が立ち上がったのは、1957年のこと。チェルノブイリも事故から5年後です。福島は5カ月後。しかも、職員はほとんど増えていない。当然、人はたくさん倒れています。退職した人もいる。そうした時に、「大変ですね」「ご苦労さまでした」との一言は欲しい。大学も県の職員も土日曜日も休めない状態ですから、現場で対応している職員を預かっている身としては、本当によくやっていると思います。平常の業務に加えて、震災対応をしているわけです。それを遠くの方で、「安全」な場所から非難されても、と思います。

 ――前回お伺いした時には、「先が見えない」とお聞きしました。

 もう先は見えています。今は、あらゆる困難が目の前に立ちはだかりますが、それを一つひとつ解決していく段階です。

 ――最後にお聞きしますが、全国の医療者に対して理解してもらいたいこと、伝えたいメッセージがあればお願いします。

 現場の医療人はそれぞれの人生観に照らして、ベストを尽くしている。このことを理解していただきたい。労いや称賛、そうした一言でも現場の方にとっては励みになります。それは原発事故の収束作業に当たっている作業員も同じでしょう。そしてそれぞれの立場で、できることをできる時に、できるだけ応援してもらえば、と思っています。



http://wirelesswire.jp/After_311/chapter1/201203231736.html
「訓練でトリアージはやっていましたけど、実際に経験するとは思ってもみませんでした」石巻赤十字病院 阿部 雅昭氏(後編)
2012.03.23 Wireless Wire News

平時から「断らない救急」を掲げてきた石巻赤十字病院では、震災時もその姿勢を貫き通した。次々と搬送されてくる患者を受けいれるだけでなく、自衛隊の指揮所や市の災害対策本部としての機能まで担うことになった大混乱の中でも医療機関としての役割を果たせたのは、日頃の訓練があったからこそだという。(聞き手:クロサカタツヤ インタビュー実施日:2011年10月28日)

自衛隊を通して被災状況を把握

──インターネットは今回、何か役に立ちましたか?

阿部:正直、まったく使い物にならなかったですね。いつの時点から使えたのか、ちょっと私は記憶にないですが。

通信全般については、被災直後に自衛隊が来たというのがポイントなんです。市役所が冠水したため災害派遣できた陸上自衛隊が入れなくて、病院に防災無線があるので、こちらに来て、4日の朝までここに指揮所を作ってたんですよ。

通常は市役所に入って、そこに本部を作って警察とか消防とか連絡を取る。だから、最初は職員をひとり、無線機持たせて市役所に行かせたんです。そこに本部ができるってのがわかっていましたから。だけど、実際には自衛隊がこっちに来てしまった。

──この病院が事実上の災害対策本部になっていた?

阿部:しばらく本部になっていました。石巻市長も、地震発生時に仙台に出張していて、すぐ戻って来たんですが、市役所は自衛隊が入れないくらいの冠水ですから、当然市長も入れませんでした。石巻市長もここに二日泊まって、防災無線で市役所と連絡をとっていました。一時、ここが本部みたいになってしまいました。

そのことで良かったのは、自衛隊が冠水区域を全部調べて、地図に全部書くんです。それを見ることができたので、市内の様子がわかった。通信が途絶えた中で、それが非常に役だった。孤立感はありましたけど、脇に自衛隊がいてくれたっていうのと、自衛隊を通して情報が入るので、安心感がありました。

▼石巻市内の住宅街。津波で破壊された家の隣は、建物が取り壊されて更地になった土地(2011年10月28日撮影)


──自衛隊は今回、直後に入った中ではほぼ唯一、外部との連絡がとることができました。ただ、彼らも松島基地が被災したので、厳しかったはずです。

阿部:当院の医師を、ここに来た自衛隊がヘリコプターに乗せてくれました。それで、この辺をグルッと回って、どういう状況かをカメラに収めてきて、大変なことになっているってわかったんです。本来なら民間人を自衛隊機に乗せるのは、そう簡単に判断できないようですが、でも乗せてくれた。

あの人達は、阪神淡路の教訓で、地震が起きた瞬間に災害派遣があるという前提で、準備していたそうですね。だから、そういう風に阪神淡路の教訓を活かしている組織があるにもかかわらず、通信ではまったく活きてないんですよ。

──NTTドコモは自衛隊と共同で、緊急時の復旧訓練を行っていました。ただ、NTTドコモとはいえ、社員は一会社員、一民間人に過ぎないので、会社として判断できなかったり、そもそも被災地へのアクセスを失ってしまうと、動きにくい。

阿部:だから上の判断なんですよね。そしてトップって、一番上だけじゃなくて、それぞれの範囲ごとのトップでもある。自衛隊はそれをやったと思います。

日赤なのに毛布が配れなかったことが忘れられない

──通信に関して、現時点では問題はありませんか?

阿部:問題ないです。無医地帯が一箇所残ってしまったので、そこだけはしばらく救護班を出していたので、救護本部はしばらく病院の中に残したままだったけど、それが9月で終わったので、通常の体制には戻りました。

ただ、この辺の医療が全部、市立病院も含めて駄目になったので、病床数が絶対的に足りません。現在、駐車場に仮設病棟を作っていまして、それで50床増床する計画です。

▼津波で被災し、機能を失った石巻市立病院。2012年3月現在、2015年の再開を目指した復興計画案が検討されている(2011年10月28日撮影)


それと、通信ではないのですが、今後のためにトラックを購入しました。病院が何でトラックかというと、毛布などの資材をを運ぶために。これはちょっと自慢なんですが(笑)。

当院は今回、ずっと支援されてきました。だから、次にどこかで起きたときに一番最初に行かなければという強い思いがあります。やれるものからやっているんです。

──災害はあって欲しくないですが、現実には震災直後の4月にも大きな余震がありました。そういう備えは必要ですね。

阿部:私が記憶に残っているのは、初日に毛布を配れなかったことなんです。近くの中学校の体育館が避難所になっていて、そこに入った市役所の職員が夜中くらいに「毛布がありませんか」と来たんです。

「日赤なら毛布がある」というイメージがあったんでしょうが、実際にはその時になかったわけです。日赤として、必要とされたときに毛布が配れなかったのでは、何をやってるんだという思いになります。

それで何もしなければ、NTTと同じになってしまいます。それこそ自己批判しないと駄目だと思うんです。なんで日赤が配れなかったんだと。毛布一枚あれば、避難所でもし凍死した人がいれば、それで助かったかもしれないですよ。

──あの時の東北地方は、本当に寒かったんですね。

阿部:これでもか、というほど悪い条件が重なってました。この辺りは、3月の下旬に、ぼた雪という湿った雪が降るんですよ。でも、3月上旬にあんな感じの雪が降るというのはあんまり経験がないです。

私はその時に、ちょうど仙台出張から戻る途中の高速道路上でした。戻ってきた時、赤井っていうところが、ちょっと手前にあって、そこの川が逆流していました。あれがちょっと遅れていたら、帰れなかったかもしれないし、クルマも駄目になったかもしれない。

そして、戻って来たら、夕方小さな男の子が事務室に保護されてきてぽつんとひとりで座っていたんです。

津波に親と一緒に飲まれたらしいのですが、途中で親とはぐれてしまった。あの子がどうなったかなと、今でも思い出します。そういう思いがあったので、報道は積極的に全部やりました。

そういう気持ちはNTTは持っていないんでしょうか?なぜ、自分で聞きに来ないで、人にやらせたのか。それがなければ、NTTにここまで言いません。あの人達にそういう気持ちがあるのかなと思って。

たぶんNTTだって、酷いところを見ているはずなんですよ。自分の会社でも、職員も家族も含めれば、どうなってたかわからないはずなんですよ。なのに、なんでそんなことを考えられないのか。小さな会社なら、別にそんなの求めないですけども、NTTだったらできるはずですよ。

「断らない救急」を掲げた普段の訓練があったからやれたこと

──連絡手段がない状態で、救急の搬送についての連絡はどのようにとっていた?

阿部:連絡はとれません。だから、来たものを全部受けていただけですよ。最初の頃は、来た患者をすべてトリアージ(最善の救命効果を得るための治療の優先度決定)しました。だから、本来であれば助かったかもしれないのに、手が足りなくて、そのままなくなってしまった人がいっぱいいるはずです。

訓練でトリアージはやっていましたけど、実際にそういうのを経験するとは思ってもみませんでした。患者は全部受けましたけど、トリアージを行っていました。ですから、平時であればという申し訳ないようなことは、かなりあったと思います。

▼現場で使われていたトリアージタグ。患者の状態によって0(死亡・救命の見込み無し)I(最優先)II(待機)III(保留)の4段階に区分する(撮影日:2011年10月28日)


ただ、これは、普段の救急も「断らない救急」というのを掲げていますので、できたと思うんです。普段やっていないことは、たぶんできないと思うんです。ここの病院が赤十字病院だったというのは、不幸中の幸いでした。他の組織だと職員の意識もちょっと違っただろうし。

──平時の場合は受け入れ体制の問題が出てきてしまうから、やりたくでもできないという病院は多いですね。

阿部:今までも、仮想患者を一気に押しかけて現場を困らせるっていう訓練をやるわけですよ。私なんかは、こんなのやって意味があるのかなと思っていたけど、意味はありましたね。

その訓練では、マスコミ対策というのもありました。押しかける記者を抑えるようなことを訓練したんです。でも、それは間違いでした。実際にはマスコミの人は同志でしたね。

ただ、訓練が大事だというのが本当にわかりました。私なんかはちょっといい加減な人間だから、そんなのいいやって思っていたところはあります。でもやっぱり大事でした。
──事前の準備と、実際の体験の重要さを示すお話だと思います。病院だけでなく、住んでいる方の震災の記憶を残していただき、今回の震災から教訓を得続けるために、これだけのことがあったんだというのを、ちゃんと記録として残さないといけません。


阿部:いろんな人が来た際、私が案内係なので、被災地を何回も回りました。ずいぶん片付いてますけど、ただ片付いたところに雑草が生えてきて、今の雑草が生えた景色が本当の景色と思われてしまいそうで心配です。
初めて来た人が、ただの野原なんじゃないかって。私たちは、そこに家があって、きちんとした街だったっていうのがわかるけど。最初の方が瓦礫の山だったから、かえってその方が被災地の感じがして、来た人に対して訴える力があるかもしれません。

──今あちこちで、測量したり航空写真を撮ったりということを付き合わせたりしていますけど、もっと細かくやっていかないといけない。

阿部:たまたま小学館から声かけて貰ったことで本になりましたが、病院としても報告書をまとめています。これまでの報告書というと、誰も読まずに図書室に入ってしまうようなものしかないので、誰にでも読んでもらえるような報告書にしようと思っています。

日赤は、熊本赤十字病院が一番すごいんです。日赤発祥の地なので、ちょっと考え方が違って、手術ができるトラックとかがあって、熊本からすぐに駆けつけるんですよ。だから、当院も負けないように。西の熊本、東の石巻と、日赤の中で言われるように、やろうと考えています。

クロサカタツヤ(くろさか・たつや)
株式会社企(くわだて)代表。慶應義塾大学・大学院(政策・メディア研究科)在学中からインターネットビジネスの企画設計を手がける。三菱総合研究所にて情報通信事業のコンサルティング、次世代技術推進、国内外の政策調査・推進プロジェクトに従事。2007年1月に独立し、戦略立案・事業設計を中心としたコンサルティングや、経営戦略・資本政策・ M&Aなどのアドバイス、また政府系プロジェクトの支援等を提供している。


  1. 2012/03/24(土) 05:54:16|
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