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Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

11月29日 震災関連

http://medg.jp/mt/2011/11/vol326.html#more
Vol.326 彩音さんたちへのメッセージ
この記事は相馬市長立谷秀清メールマガジン 2011/11/10号 No.259より転載です。
福島県相馬市長
立谷 秀清

2011年11月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
●彩音さんたちへのメッセージ
 ベルギーに住む山内佐和子さんから、温かなお便りと子供らへの支援金を市役所あてに送金していただいた。御礼の返信で私は、そのお手紙をメルマガで紹介させていただくことをお願いし、ご了解をいただいたので私の礼状とともに掲載させていただく。なお支援金は彼女のご理解のもと「教育復興子育て基金」に充て、心のケアをはじめとする教育全般への支援金としていただいた。

2011年10月31日

相馬市長 立谷秀清さま

 はじめまして。在ベルギー・アントワープの山内佐和子と申します。
 このたび、東日本大震災で被害を受けられた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。震災から7ケ月を過ぎました。これまでに日の丸型のクッキーを焼いて売り、3039ユーロを集めました。日本円にして32万2千円、これを相馬市震災孤児等支援金にお送り申し上げます。

 震災直後、アントワープのふたつのインターナショナルスクールで、日本人父兄によるチャリティーバザーが開かれました。私は友人の協力を得て、日の丸模様のクッキーを焼いて参加、売り上げ金はチャリティーバザーに加算され日本大使館経由で日赤に送られました。たくさん焼いた残りを、ベルギー人の主人が自分の勤める会社に持って行って売りました。
 また、クッキーの包装材料の取り扱いをあたった友人から、「そうした商品の取り扱いはないが、会社でクッキーを配るから買わせて欲しい」と、オーダーをいただきました。こうして、個人的にクッキーを焼いて売る募金活動が始まりました。

 ある日、「赤十字などの大きな組織に募金するより、自分の知っている人に託したい」と言って募金してくださった方がいらっしゃいました。私たちは、私のクッキーを買ってくださった一人一人の方々に、励まされ支えられてきました。ウェブサイトもたちあげ、地元の言語オランダ語で「voor gewone mensen door gewone mensen」をスローガンとしました。直訳しますと「普通の人から普通の人へ」ですが、「私からあなたへ」と訳したいと思います。

http://www.cookiesforjapan.be

 知名度があり大きな金額を集めることのできる大きな組織には、大きな組織だからできることがあるでしょう、その存在活動意義を十二分に認識しております。一方私たちは、ただただ、個人の伝のみ、友人、友人の友人、友人の家族、会社の同僚たち、近所の方々といった、私が直接、あるいは友人の向こうに顔が見える、ごくごく普通の人々から、「あなたの日本を応援したい」と募金を預かってきました。ささやかではありますが、その意義もまたある、と思っております。

 募金は純粋に売り上げのみで、コストは一切引かれておりません。材料そのものを提供いただいたり、募金とは別途寄付をいただき材料費、包装費を捻出しました。このたびの送金も、手数料のかかる銀行を通さず、個人的な方法で日本円を用意しました。私たちは寄付金の税控除も必要ありません。もし控除されたらその還付金もそのまま、寄付させていただきたいくらいです。

 クッキーは一袋、3ユーロ、300円ちょっとのものです。焼いた以上のクッキー代を渡されることも多々ありました。また、銀行の支店長を務める友人の厚意で口座も開設したので、オーダーなしで、そこに直接お金だけを振り込んでいただくこともありました。彼らの善意を直々に受け、その重みを知る者として、1ユーロ、1セントたりとも無駄にすることなく、純粋に被災地のために使いたい、そしてそれは、日本の未来を担う子供たちのために使ってほしい、それがクッキー作りと販売に協力してくれてきたメンバーみんなの意向でした。明確明瞭に、集まったお金が純粋にこどもたちに使われるために設立された「相馬市震災孤児等支援金」は、まさしく、私たちが求めていた募金先でした。

 立谷さまのメールマガジン7月11日号でご報告ありました、「相馬市議会六月定例会の議決を得て、三月から六月までの4カ月分を一括して子供達に手渡しすることが出来ました」「七月分以降は、それぞれの口座に毎月振り込むことと致しております」という早急な対応にも、深く尊敬の意を表します。
 私からあなたへ、わたしたちからあなたたちへ。ベルギーから、相馬市の44人のあなたたちのためにわれるということを、このたび募金をしてくれた一人一人に伝えます。

 また同10月25日号に「相馬の将来を担う子どもたち全員の成長こそが希望」と書かれていらっしゃいましたとおり、子どもたちは日本の未来そのものです。このたびの震災により、かけがえのない多くのものを失った子どもたちの、一生負うであろう心の傷を思いますと胸が痛みます。そんな彼らが、未来に向かって新たに立ちあがって進んでいく様子に、どれだけ私自身が生きることと生かされていることの大切さを学び、励まされていることか、、、

 メールマガジンに書かれました彩音さんはじめ、すべてのお子様たちには、世界の裏側で、あなたたちを見守り応援している人々がいるということを伝えてください、そして、どうもありがとう、と伝えてください。どうかよろしくお願いいたします。そして、彼らを支える立谷さまはじめ、相馬市のみなさまにも感謝と応援を申し上げます。これからも、微力ながら、自分がここでできることを考え、実践していきます。

 立谷さまのご尽力も、そのまま日本の希望の光です。メールマガジン、ありがたく今後とも拝読させていただきます。
 どうぞ、くれぐれもお身体ご自愛くださるよう、お祈り申し上げます。

   山内 佐和子(Sawako Yamauchi)



拝復

 子ども達に対する支援金と心温まるお手紙を拝受致しました。遠いベルギー国の台所で相馬の子ども達の為にひとつひとつクッキーを焼いておられたと思うと感激に耐えません。山内様とベルギー国の皆様の御厚情に心から感謝申し上げます。

 被災以来、私達は日本中、世界中の方々の御支援を受けて今日まで生き抜いて参りました。はじめは、地域住民をひとりでも多く助けようとして亡くなった消防団員たちの為に、相馬と子どもたちを守ってゆかなければと決意しましたが、今では支援して下さった皆様のお気持ちに応える為にも相馬市を復興させ、子ども達をしっかりと成長させねばと念じております。

 どうかこれからも相馬の子ども達をお見守り下さいますよう。最後にお願いですが、山内様のお手紙をHPにアップすることをお許し願えないでしょうか。できれば私のメルマガでも取り上げさせて頂ければ幸甚です。

 ひとつは相馬の子供達に山内様のお気持ちをお伝えしたいこと。もうひとつはベルギー国の皆さ
まの温いお心を広く日本中にお伝えしたいと思いますので。

     草々

平成23年11月1日

山内 佐和子 様

          相馬市長 立谷 秀清

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http://sankei.jp.msn.com/region/news/111130/myg11113002090000-n1.htm
「心のケアセンター」 仙台市内にあす開設
2011.11.30 02:09 産經新聞 宮城

 東日本大震災の被災者の心のケアの拠点となる「みやぎ心のケアセンター」が12月1日、仙台市内に開設される。

 センターは、県の補助(今年度1億1500万円)を受けて社団法人宮城県精神保健福祉協会が運営する。センター長は精神科医で医療法人東北会の白沢英勝理事長。副センター長は精神科医で、東北大大学院の医学系研究科予防精神医学寄附講座を担当する松本和紀准教授。

 被災市町村や保健所などと連携して、被災者の心的外傷後ストレス障害(PTSD)や鬱病、アルコール依存、自殺などの心の問題に関する相談に応じ、仮設住宅の巡回相談、民間団体・ボランティアの育成などに取り組む。

 来年度には石巻市内や気仙沼市内に地域心のケアセンターも開設予定で、県は来年度、全体で3億円程度の補助を見込んでいる。10月には副センター長が所属する寄附講座が県の寄付金(3カ年で9千万円)で震災後の精神疾患などを専門的に研究するため開設されており、被災者の心のケアの態勢が整ってきた。
  1. 2011/11/30(水) 05:22:55|
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11月27日 医療一般

http://mytown.asahi.com/tochigi/news.php?k_id=09000001111270003
女性医師の働き方考えるシンポ
2011年11月27日 朝日新聞 栃木

 医師不足の解消につなげようと、女性医師の就業継続を支援する取り組みが県内で広がるなかで、女性医師の働き方について考える催しが26日、宇都宮市で開かれた。県医師会が主催し、医学生や若手医師らがそれぞれの立場から意見を述べた。

 独協医科大4年の飯田茉李さんは、「出産時期や担当する診療科による職場環境の違いについて不安がある」と女子学生としての思いを説明。一方で自治医大4年の菅谷涼さんは、自身で集めたアンケート結果をもとに「男子学生は無関心。まずは問題意識を持つことが必要だ」と述べた。

 同病院神経内科の小鷹昌明准教授は女性医師に対し、「自分の好きなことであれば一生懸命になれるということを周囲に認識させることが大切」と語った。

 開業医のさいとうクリニック(那須塩原市)の斎藤茂子院長は自身の経験をもとに「最初の5年は技術を磨き、その後は社会貢献や自己の向上を考えて医師を続けてほしい」と訴えた。

 県医師会の太田照男会長は「女性医師が働き続けるには、パートナーや職場の理解が必要。医学生の時から考えなければならない」と話した。



http://www.sakigake.jp/p/akita/news.jsp?kc=20111127g
診療「兼業届」、重複の疑い 秋大医学部幹部教授
(2011/11/27 11:51 更新)秋田魁新聞

 旅費の二重取り疑惑で大学の調査を受けている秋田大学医学部の60代男性幹部教授が2006年度以降、民間病院などで診療を行って報酬を受け取る「兼業」を、複数回にわたり同じ日のほぼ同じ時間帯に約50キロ離れた二つの病院で行っていたとする届けを出していた疑いがあることが26日、分かった。

 複数の関係者によると、幹部教授は、この2病院以外にも、県内数カ所の病院での兼業を大学に届け出ており、他にも勤務日時が重複しているケースがあるとみられる。

 幹部教授に対しては、1回数時間の診療で約10万円の報酬を支払っている病院もあるという。

 幹部教授が兼業届を出している病院などによると、大学は兼業先の病院に教授の勤務日時などの事実関係を照会。複数の病院の勤務日時が重複しているケースについて、勤務実態や報酬が支払われているかどうか確認を進めている模様だ。



http://www.sakigake.jp/p/akita/news.jsp?kc=20111126d
秋大医学部幹部教授、旅費二重取りか 就業規則に抵触の疑い
(2011/11/26 10:43 更新)秋田魁新聞

 秋田大学医学部の60代男性幹部教授が2008年冬、関西で開かれた学会の研究会で講師を務め、主催者側から講師謝礼と交通費計約20万円を支給されていながら、大学にも出張旅費を請求、二重に受け取っていた疑いがあることが25日、分かった。同様のケースは他にもあるとみられ、大学側は就業規則に抵触する疑いもあるとして調査に乗り出した。吉村昇学長は「情報提供があり、調査を指示した」としている。

 大学が調べているのは、文書が残る06年度以降、5年間にわたる幹部教授の出張やその旅費精算など。

 複数の関係者によると、幹部教授は08年春、関東で開かれた学会に出席した際も、謝礼と交通費計約10万円を受け取っていながら大学に出張旅費を請求、二重に受け取った疑いがあるという。
  1. 2011/11/28(月) 05:13:24|
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11月26日医療一般

http://www.sanin-chuo.co.jp/column/modules/news/article.php?storyid=529076035
談論風発 : 総合内科医の重要性/地域ニーズに応え育成を
 済生会江津総合病院長 堀江 裕

('11/11/26) 山陰中央新報

 数年前、内科一般を診断治療してもらう先生を病院へ迎えることになり、外来で患者さんに説明する機会があった。「最近の地域の病院は大学からの派遣がほとんどですが、専門性を重視する風潮があり、消化器や循環器や呼吸器と区切るのではなく、内科を全体的に診てもらう先生がどうしても必要です。今度、そうした病院のニーズに合った先生が来られますので、よろしくお願いします」。こう話し終えたところ、10分くらい説明を聞いていた患者さんから一言。「それで、その何でも診られる先生の専門は何科ですか」という質問があった。私は「専門を強調しないのが、その先生の専門です」と答えるしかなかった記憶がある。

 それぐらい、患者さんの専門医に対する依頼度は深く広く浸透していることを痛感し、なかなか患者さんの専門性とか専門医に対する信仰は一朝一夕に崩れそうにないな、とも思った。

 一方、病院で専門医師の資格獲得を目標に頑張っている先生は、学会に演題を出したり、症例をまとめたりする作業を、日常診療の合間にしなければならず、寝る間もないほどの忙しさである。資格を一つ獲得するにも、時間と費用もかけて専門性を磨かなければ、患者さんの信頼を得られることはできない現状である。

 患者さんだけでなく、医師の間にも総合内科医に対する認識やイメージがいまひとつ、はっきりしていない現状なので、総合内科医という言葉の意味について、私なりの考えや将来像を述べさせていただく。一般内科と総合内科はこれまで、ほとんど同じ意味に使われているが、その差をはっきりさせようという動きが出ている。

 総合内科医は「内科各科の隔てなく、外来と入院両方の患者さんを総合的に診ることのできる医師」(江別市立病院)とした定義がある。総合的に体も心も診るということは、なかなか言うは易し、行うは難しく、簡単ではない。私は経験はないが、離島の先生は内科一般だけでなく、外科や整形外科のみならず、産婦人科や小児科も診て、さらに総合的に判断して自分で診きれるか、よその病院へ紹介するか、天気予報で船の往復まで考え、瞬間的に判断を迫られることの連続であろう。外科も内科も産婦人科も診きれるといった先生は、もうこの世でだんだん少なくなって来ていると思われる。

 そのような状況の中、内科学会では総合内科専門医という名前で、新しい制度ができて動きだしている。研修期間も6年間が必要とされている。行き過ぎた専門医の弊害を正すために、総合内科という専門医をつくるというのも、矛盾した話に聞こえるが、若い先生でこれまでの専門医ではなく、いろいろな科をまたがる専門医という目標に向かって一生懸命、勉強する志は大切なことだと思う。当然、アメリカやイギリスに存在する、似たような制度を見習って日本も臨床医の向上を目指していくことになる。

 最近、国家試験や研修医の90%以上が買って勉強しているイヤーノートという本の名前を知る機会があり、早速、買い込んで読んでみることにした。われわれの受けた40年前の医学に比較すれば、量も質も格段に増えて、国家試験のために覚えることの膨大さに目を見張る思いだ。自分の専門分野でさえ、なかなか解答に苦心惨憺(さんたん)する始末である。日進月歩する最新医学情報の洪水に加え、専門医志向が根強い世の中において、深い専門医と、広い総合内科医の双方の育成を目指す、この制度を注目して見守っていきたい。

 …………………………………

 ほりえ・ゆたか 雲南市吉田町出身。鳥取大医学部卒。鳥取県の日野病院長などを経て2004年6月から現職。



http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20111126-OYO1T00349.htm?from=main3
虫垂炎症状見逃し患者死亡 医師の不起訴「不当」…検察審議決
(2011年11月26日 読売新聞)関西

 患者の虫垂炎の症状を見逃して死亡させたとして業務上過失致死容疑で書類送検され、大阪地検が不起訴(嫌疑不十分)とした40歳代の男性医師について、大阪第3検察審査会が「漫然と診察し、血液検査など最低限の検査を怠った」として、不起訴不当を議決したことがわかった。

 10月26日付の議決などによると、医師は2006年11月、大阪府内の病院で当時43歳の男性患者を診察。風邪と診断したが、患者は翌日死亡した。解剖の結果、死因は虫垂炎による敗血症ショックで、診察時にすでに虫垂炎を発症していたとみられることがわかった。

 遺族は「診察時に腹痛を申告していた」と主張したが、地検は今年7月、カルテに腹痛の記載がないなどとして不起訴にし、遺族が同審査会に申し立てていた。



http://mainichi.jp/area/saitama/news/20111126ddlk11010186000c.html
県:補正案41億4934万円 大半を地域医療再生基金に /埼玉
毎日新聞 2011年11月26日 地方版 埼玉

 県は25日、補正額41億4934万円の11年度一般会計補正予算案を発表した。12月定例県議会(12月2日開会)に提出する。補正後の総額は1兆7065億5442万円。

 補正のうち41億1308万円は、国からの交付金を地域医療再生基金に積み増す内容。また、医療拠点の整備に向けUR(都市再生機構)から購入を計画している、さいたま新都心の「8-1A街区」の土地1万4600平方メートルについて、鑑定費340万円を計上した。この土地には県立小児医療センターとさいたま赤十字病院を移設する計画で、15年度末の完成を目指す。【大谷津統一】
【関連記事】



http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20111126/666879
県内臨床研修医、来春は最少110人 原発事故風評も影響か
(11月27日) 下野新聞

 新人医師が病院で診療経験を積む「臨床研修制度」で、2012年度の研修先として本県の病院を選んだ医学生は11年度より5人少ない110人となり、同制度が始まった03年度以降最少だったことが26日、日本医師会などでつくる協議会の集計で分かった。本県は09年度以降3年連続の減少。県や県医師会、関係病院で組織する県臨床研修医確保対策委員会は「大学病院離れの傾向に加え、今年は原発事故の風評も影響しているのではないか」と分析し、将来的な医師不足につながりかねない現状に危機感を強めている。

 同制度では研修希望者と採用選考を行った病院の希望をコンピューターで組み合わせて研修先を決定する。全国の研修希望者は8225人で、本県は 10病院が定員計163人を募集した。研修先が決まった医学生の充足率は67・5%と09年度より3・9ポイント増えたが、県医事厚生課は「充足率の減少が続き定員数を抑えたため」とみる。

 12年度の病院ごとの研修決定者の内訳は、獨協医大病院が40人(11年度比7人増)、自治医大付属病院45人(同11人減)。下都賀総合、大田原赤十字、芳賀赤十字の3病院はいずれも研修決定者はいなかった。

 医学生の希望が研修内容や待遇、生活環境が良い都市部や民間病院に集中する一方、大学病院離れは全国的な傾向となっている。また本県での研修決定者減少の背景には福島第1原発事故による風評被害があるという。

 「原発の風評で学生の手応えが悪い」。同課には医学生向けの説明会に参加していた各病院の担当者から、ため息交じりの相談が寄せられていたという。岩手、宮城、福島の3県も軒並み減少している。

 県医師会副会長で同対策委員会の尾形直三郎委員長は「しっかりとした指導医を育て、魅力ある研修プログラムを用意しなければ学生は来ない。県内の病院でも差が出ている」と指摘。「研修医を根付かせるためにも病院ごとでなく、自治体や地域住民も含めて連携しなければ根本的な解決にはつながらない」と懸念している。



http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20111126/666878
福島・南相馬へ医師派遣 12月から県医師会、ボランティアで休日診療
(11月27日) 下野新聞

 福島第1原発事故の影響で、深刻な医師不足に陥っている福島県南相馬市立総合病院を支援するため、栃木県医師会(太田照男会長)は12月から、ボランティアで土、日曜の休日診療に当たる医師を派遣する。同病院と福島県医師会から要請を受け、派遣を検討していた。同病院は全国の病院から医師派遣を受けているが、都道府県医師会からの派遣は本県が初めてという。

 同病院は福島第1原発から北に23キロ位置し、緊急時避難準備区域内に指定された。入院患者は一時全員避難したものの、外来や救急患者の受け入れは続けていた。

 9月末に同区域指定が解除されたが、近隣の病院で救急患者の受け入れ困難な状態が続いており、現在、同病院に搬送される救急患者は東日本大震災前とほぼ同数だという。

 一方、震災前に14人いた医師は一時4人にまで減少。現在は8人となったが「1人の医師にかかる負担は大きい」(同病院)として、栃木県医師会に医師派遣を要請していた。

 県医師会は、会員の1人が同病院にボランティアとして通っていた縁もあり「隣県の医師会として何か支援できないかと模索していた」という。来年3月までの土、日曜に1人ずつ派遣する予定。希望者を募ったところ、2月中旬までの予定が決まった。



http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111127/plc11112703080002-n1.htm
医学部の新設 門戸広げ活性化に繋げよ
2011.11.27 03:08 [主張]産経新聞

 大学医学部の新設問題を検討する文部科学省の有識者会議の議論が、年内にも報告書をまとめようとしている。

 深刻な医師不足を解消し広く人材を求めるため、医学教育を見直すことは喫緊の課題である。しかし医学部は昭和54年、琉球大学に設けられたのが最後だ。30年間も新規参入がないのは、閉鎖的と批判されて仕方あるまい。

 現行制度では、新設を希望する大学があっても文科省の告示で申請すらできない。学部を増やすと、中長期的な医師過剰につながるという理由だった。

 文科省は医師不足の解消策として、平成20年度から既存医学部の入学定員の臨時増を認めてきた。これまで1300人近く増員しており、「新設よりも定員増で対応しては」という意見もある。医学部を増やすと、将来医師過剰になったとき、定員を削減しづらいとの配慮からだ。

 だが、医学部は地理的に西日本に偏っており、医師不足の地域間格差を招く一因にもなっている。東京周辺の県には極端に少ない。定員増だけでは、こうした問題は解決しないのではないか。

 そもそも、競争原理の働かないところに進歩はない。新規参入により既存医学部との役割分担が進んだり、地域ニーズに応えた医師育成が実現したりすれば、医療教育全体の活性化に繋(つな)がる。

 私大医学部の学費が高額なため、医師の道を断念する受験生もいる。経営の安定した大学が参入すれば学費水準が低く抑えられ、受験のチャンスが広がる。門戸開放を進めるべきである。

 高齢化で、今後は75歳以上人口が激増する。医療が多様化し、複数の医師が連携して治療を行う場面も増えてきている。医学部生がどの程度増えると医師過剰に転じるのか、新設の是非の判断には客観的なデータが必要だ。

 具体的な教育そのものを見直す視点も忘れてはならない。臨床医育成は急務だが、先端医療や基礎医学といった分野を担う大学も整備しなければ、国際競争に太刀打ちできなくなる。東日本大震災で苦しむ東北地方などで辺地の医療を志す医師も育てたい。

 高度化、多様化する医療に対応するためには、医学教育もたゆまぬ改革が求められる。意欲のある大学の参入を門前払いするようなことがあってはならない。



http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ehime/news/20111126-OYT8T00908.htm
休日夜間の急患 大洲にセンター 
(2011年11月27日 読売新聞)愛媛

 2次救急当番医師の負担軽減に大洲市が同市東大洲に建設していた「大洲喜多休日夜間急患センター」が完成した=写真=。12月1日から、内科の診療を大洲喜多医師会の内科医師48人が交代で平日と土曜の夜間(午後8時~11時)と、日曜と祝日(午前9時~午後6時)に診察にあたる。

 木造平屋290平方メートル。診察室、処置室、検査室などを設け、心電図の医療機器も設置した。建物の総事業費は約1億6300万円。建物と機器は県が設けた地域医療再生基金から補助を受けた。これまで風邪などの軽症の急患は、入院などが必要な重症の2次救急当番病院に運ばれていたが、医師の負担が増え、2次救急体制の維持が困難になっており、機能分担を図ることにした。



http://sankei.jp.msn.com/region/news/111127/tcg11112702050001-n1.htm
未来の医師たちが医療体験 栃木・国際医療福祉大
2011.11.27 02:05 産経新聞 栃木

 国際医療福祉大(大田原市北金丸)で26日、小中学生に医療福祉について学んでもらう、キッズスクール「ヘルスケア・ジュニアリーダー(HJL)」コースが開かれた。

 今年は、東日本大震災で転校を余技なくされた児童生徒のために被災者枠も設け、約100人が参加。中学生は医師や看護師の立場から医療福祉を学び、内視鏡シミュレーターを操作して摸擬手術や超音波診断装置(エコー)を使って断層面観察などを体験した。

 大田原市の中学1年、稲見愛夏さん(13)は「看護師になるのが夢で参加した。エコーの操作は難しかったが、勉強になった」と笑顔をみせた。また、「将来は医師になりたい」という日光市の中学3年、手塚保仁君(15)は「いろいろな体験ができて楽しかった」と話した。



http://www.asahi.com/national/update/1126/SEB201111260023.html
「出産直後預けられ後遺症」 母乳推進の病院を両親提訴
2011年11月26日21時36分 朝日新聞

 母乳育児などを推奨する病院で、生まれたての長女が母乳を飲まなかったのに病院側が母乳以外の栄養分を与えなかった結果、呼吸障害などの後遺症を負ったとして、神奈川県の両親らが26日、九州医療センター(福岡市中央区)を運営する国立病院機構に約2億3千万円の損害賠償を求め、福岡地裁に提訴した。

 訴状によると、母親は2月に同センターで長女を出産した。センターの助産師は母親の個室に数回、長女を預け、母乳を与えるよう指示。長女は母乳を飲まなかったが、センター側は代わりの栄養分を与えず、長女は生後約12時間で心肺停止状態に。呼吸障害などの後遺症を負い、意識不明で寝たきりの状態が続いているという。原告側は「病院が適切な栄養管理を怠り、低血糖症に陥ったことが原因」と主張している。

     ◇

 母乳だけによる育児や、出産直後の母親に子どもを抱かせるカンガルーケアが原因で、子どもが死亡したり脳性まひなどの後遺症が残ったりしたとして、九州や関西、関東の家族らが26日、福岡市で患者・家族の会を発足させた。この日、医療機関側を福岡地裁に提訴した両親も加わった。

 発会式には、福岡や大阪などの6家族と弁護士ら計約20人が集まった。6家族とも医療機関を提訴したか提訴を準備中。参加した医師によると、「完全母乳」を勧める病院で母乳以外の糖分を与えないと、母乳が十分に出ない場合、赤ちゃんが低血糖になる可能性があるという。また、出産直後の母親は汗をかいて体の表面温度が下がりやすいため、カンガルーケアだと赤ちゃんが低体温になって脳性まひなどを誘発することもある、と指摘している。

 代表の須網香さん(35)=宮崎県小林市=は「右にならえで勧めている医療機関が多いが、関係者はきちんと赤ちゃんの管理をしてほしい。これ以上、私たちのような家族を増やして欲しくない」と話した。会の問い合わせは福岡市の羽田野総合法律事務所(092・715・5251)へ。
  1. 2011/11/27(日) 06:30:29|
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11月25日 震災関連

http://medg.jp/mt/2011/11/vol324.html#more
Vol.324  南相馬市仮設住宅の現状
医療ガバナンス学会 (2011年11月24日 06:00)
この原稿は2011/11/20、地震医療ネットに投稿されたものです。
南相馬市立総合病院内科
原澤 慶太郎
2011年11月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

はじめまして、南相馬市立総合病院内科の原澤慶太郎と申します。

亀田総合病院より出向となりまして、11月より南相馬でお手伝いをさせて頂いております。亀田では家庭医療のレジデントをしておりまして、外来と往診を中心とした地域医療をしておりました。もともとは外科医です。15歳のときにテレビに映るボスニア紛争を見て外傷外科医を志し、亀田で初期研修ならびに外科後期研修を受け専門医となり、心臓血管外科医として東京の循環器専門施設に出向させて頂き、ずいぶんと回り道をしましたが、どうしても地域医療がやりたいと思い転職した次第です。初心に回帰しているような不思議な気持ちですが、できることから、一歩ずつ、冬の被災地で少しでもお役に立てれば光栄です。

このたびは仮設住宅での予防医療と健康管理を致したく活動を開始しております。ご存知の通り、現在4800名以上の方が仮設住宅で集団生活されておりますが、健康状態は決して芳しいものではありません。漁や畑仕事などの職を失い、屋内退避があった影響もあるかと思いますが、みなさん体重が増加していますし、血圧も収縮期で20~30mHg上昇しております。外来で見ていても血糖、脂質のデータも悪化しており、この冬の心疾患、脳血管疾患イベントの増加が心配されます。また仮設住宅での感染症の流行、集団感染も対応しなければならない喫緊の課題と考えられました。

実際に仮設住宅に入り居住者の方にお話を伺うと、現実に起きている受診を控えてしまう構造が見えてきます。多くの高齢者の方々が、これまで通院歴があり、かかりつけ医でなんらかの内服加療をされています。市の巡回バスもありますし、地域の病院、診療所の先生方のご尽力もあり、医療機関の業務は徐々に再生しつつあります。もちろん20キロ圏内からの避難でかかりつけ医の変更を余儀なくされた方もおりますが、結局のところ相対的な不便さ・待ち時間と、自身の受診を秤にかけたときに、受診を控える、あるいは間隔を延ばしたいと考える構図が浮き彫りになって来ます。さらに予防接種ともなると、これまでも決して接種率の高い地域ではなかったことから敷居が高いのが現実です。しかしながら、被災し避難所生活を経て、仮設住宅で集団生活を送る方々は、間違いなくこの国で最も接種優先順位が高いハイリスク群であり、解決しなければならない問題と確信しました。

一つの解決策として、私どもは“Operation Nomaoi”なる、仮設住宅集会所でのインフルエンザならびに肺炎球菌ワクチンの出張予防接種事業を計画立案しました。野馬追は浜通り相馬地区の大変伝統的なお祭りですが、南相馬のプロジェクトであることが分かり易いことに加え、騎馬武者が馬を追い込むお祭りのイメージが、感染症を封じ込めようとする今回のわれわれの活動に重なる部分があると考えております。当初、市の健康福祉部健康づくり課にご相談した際には、「仮設住宅集会所での医療行為は認められない」、「市としては到底協力できない」、「開業医の先生方に迷惑がかかる」、「医師会は許可しないと思う」と厳しい出だしでした。

しかしながら、私自身、毎日仮設住宅の集会所のサロンに足を運び、仮設住宅の方々と接してみると、「話を聞いて接種の重要性は分かった、接種はしたい」、「しかし、ただでさえ病院は混んでいるので予防接種のためだけに受診するのはしんどい、あるいは申し訳ない」、「できることなら集会所で接種してほしい」という声が聞こえてきました。現場で日々サポートをされている生活支援相談員の方々も気持ちは同じでした。行政と協議を重ね、ワクチンの本数を確保し、接種を行う医師を集め、同時に毎日仮設住宅の集会所に顔を出し、また30名近くいらっしゃる全ての仮設住宅自治会長さんともお話しし啓蒙活動を進めました。紆余曲折ありましたが、南相馬医師会長である高橋先生の多大なご理解とご協力を得て、なんとか形にすることができました。そもそも、当初より高橋先生からは良いことだから頑張ってやりなさい、と大変温かいお言葉を頂戴致しました。お陰さまで、来週末の11月26日、27日より寺内塚合仮設住宅を皮切りに集会所での接種を開始できる運びとなりました。年内に全ての仮設住宅を回ります。

仮設住宅では、新たな問題も浮上してきております。いわゆるfrail elderlyである独居高齢者が多いのも事実ですが、高齢夫婦の二人暮らしにおいてDVやアルコール依存の問題が出てきています。昼間から大五郎のペットボトルを持ってフラフラしている高齢男性をみると悲しくなります。現在、私も保健師、生活支援相談員の方々とこういった問題を共有させて頂いておりますが、非常に難しい問題です。また集会所のイベントに男性の方々の参加率が低い原因として、タバコが吸えないことが明るみに出てきました。今後は往診業務などを通じて、健康管理に加えてこれらの問題にも介入して参りたいと考えております。

私は31歳の医師とて、いま見ているのは20年後のこの国の医療なのではないかと考えております。喪失体験、失業、孤独を抱える仮設住宅の方々に接するにつけ、地域医療の本質である寄り添うことが必要だと感じます。先日、近隣の小野田病院の先生方にご挨拶させて頂きましたが、訪問看護や入院での協力を快諾して下さいました。今後はより一層地域の先生方との連携を深めて参りたいと考えております。

最後に、僭越ながら私の好きな短編を共有させて頂きます。

“The Star Thrower” (Loren Eiseley著)
There was a man who was walking along a sandy beach where thousands of starfish had been washed up on the shore. He noticed a boy picking the starfish one by one and throwing them back into the ocean. The man observed the boy for a few minutes and then asked what he was doing. The boy replied that he was returning the starfish to the sea, otherwise they would die. The man asked how saving a few, when so many were doomed, would make any difference what-so-ever? The boy picked up a starfish and threw it back into the ocean and said "Made a difference for that one..." The man left the boy and went home, deep in thought of what the boy had said. He soon returned to the beach and spent the rest of the day helping the boy throw starfish in to the sea....

ただ世界が流れているのを眺めて過ごす観察者でいることを選ばず、その世界の中で行動を起こし、何かを変える事を選んだ若者のお話です。震災や原発事故以前から、私たちはカオスな世界の不確実性に耐えながら生きています。万が一のことを考えたら飛行機も乗れません。そんな世界でreasonableなrisk-takerとして生きる我々に、いつも力を与えてくれるのは、”It made a difference for that one.”という希望ではないでしょうか。



http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20111125/dms1111250802000-n1.htm
“被災の身”ながら被災者診療に奔走!
★福島県双葉郡医師会長 井坂晶さん(71)

2011.11.25 ZAKZAKニュース

 東日本大震災で事故を起こした東京電力福島第一原子力発電所から直線で10キロ弱。同第二原発の敷地の一部が町内にかかる位置にある福島県富岡町。ここで地域医療に貢献してきた富岡中央医院は、同町を含む6町2村で構成される双葉郡の医師会長を務める井坂晶医師の診療所だ。避難対象となって診療所は休診。井坂医師は現在、郡山市内で仮住まいを続ける。

 「今は郡山市内の坪井病院に籍を置き、内科と人間ドックを担当しています。また週に一度、福島市と郡山市の中間にある大玉村の仮設住宅併設の診療所でも診療を続けています」

 自身の診療所は半壊。震災当日は電気も途絶え、ロウソクで過ごした。翌日役場から「避難せよ」との指示を受け、着の身着のままで逃げてきた。しかし医師としての使命感と、地元医師会長としての責任感は、自身を被災者として位置づけるのではなく、救護する側に置き続けた。

 「一時帰宅の際に持ち帰れるのは大きなビニール袋1つ分だけ。医療用具が圧倒的に足りない中で、自分たちの身の回りの物なんて二の次です」と、医療器具や材料を優先して持ち帰った。

 その後は避難所での診療に全力を注ぐ。地元救急隊との連携を強化し、自身が詰めた郡山市の「ビッグパレットふくしま」では、2500人を収容しながら8月末の閉所まで1人の死者も出さなかった。

 「自分の診療所のことは気になりますが、いつ帰れるのかもわからない。私ももう71ですからね…」と寂しそうに笑う井坂医師だが、今回の経験を今後の災害時医療のノウハウとして伝えていきたいとの思いは強い。

 地震大国ニッポン。井坂医師の経験が役立つ時は必ず来る。 (長田昭二)

 ■いさか・あきら 宮城県仙台市出身。1968年岩手医科大学卒業。山形県立中央病院、福島県立大野病院を経て91年より富岡中央医院(現在休診中)院長。現在、坪井病院に在籍し、週1回、大玉村仮設住宅内診療所での診療を担当。



http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=50731
臨床死生学・清水哲郎さんインタビュー全文(2)被災地の「同」と「異」
(2011年11月25日 読売新聞)読売新聞

 ――今回の震災でも、お年寄りを説得したり、避難を手伝っていたりして逃げ遅れた人たちがいたようですね。
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 「友人の在宅医の所でも、訪問看護師が、地震の後、体の不自由な担当患者の家に駆けつけ、戻って来た家族と一緒に患者さんを2階に押し上げたところで、津波に襲われて亡くなりました。医師はほかの看護師たちに『今度そういうことがあったら逃げて』と話したところ、『それはできない』と言われたそうです」

 ――どう考えればいいのでしょう。

 「医師や看護師、介護職などの仕事には、そういう責任感がついて回るのでしょうね。弱い人を助けようとする人たちの行為や気持ちは尊い。しかし、てんでに逃げた人が間違っているわけではない。生き残った人には『あなたは正しかった。津波てんでんこだよ』と言い続けるしかないのだと思います」

 ――清水さんは、この被災者の状況をご自身の研究と重ね合わせて考察されていますね。

 「医師や看護師は、医療活動をする時、患者や家族に対してどういう対応をするべきかを常に考えながら行動しています。これが『臨床倫理』ですが、私は、人間同士の関係を『同の倫理』『異の倫理』という考え方で分析しています。『同の倫理』は、『相手は自分と同じだ、仲間だから、助け合って生きよう』という考え方で、患者と家族は当然『同』が強い。一方、『異の倫理』は、『自分と相手は異なる。別々だから、互いに干渉しないで生きよう』という考え方で、医療者は、患者に対して、この二つの考え方をブレンドして接しています。この『ブレンド』は、医療現場に限らず、あらゆる人間関係で言えることです。

 震災後は、『同の倫理』が強まっています。『私たちは、心を一つにして頑張ろう』というのがそれです。みんなが『私は私』と言い出すと、協力し合うことになりません。それでは復興できない。だから、一時的に『同の倫理』に傾くほうがいいとは思います。しかし、『みんな仲間』一辺倒になると、危うい面もあります」

 ――どういうことですか。

 「例えば、みんな一緒でないと嫌だ、ということになることが考えられます。同じ地域で、たまたま被害が小さかった家がある。すると、『あの人の家だけ、たいした被害がなかった』と、周囲の人から、ちょっと『仲間はずれ』のような言われ方をすることがあります。医療で言えば、がん患者さんが『がんになったことのない人には、私たちの気持ちはわからない』と言うことがありますよね。確かにそうなんでしょう。ただ、その言葉はともすると、患者とそれ以外の人の間に線を引くように作用してしまいます。被災地だと『津波に遭っていない人にはわからない』『被害を受けなかった人にはわからない』は、まさにそのように作用してしまうのです」(続く)
  1. 2011/11/26(土) 06:54:18|
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11月23日 震災関連

http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20111123_13
野田村診療所再建へ 役場隣、来春開所目指す
(2011/11/23) 岩手日報

 野田村は津波で流失した村唯一の診療所を村役場隣に再建し、来年春の開所を目指す。22日の村議会臨時会で診療所の再建費用9353万円を含む2011年度一般会計補正予算案など4件を提案し、可決された。

 診療所は木造2階建てで、延べ床面積はこれまでと同規模の約400平方メートル。約75センチ盛り土する。1階が診療施設、2階が医師の居宅となる。エックス線や超音波診断装置など備品購入費2千万円も補正予算に盛り込んだ。

 診療は震災前からの押川公裕医師(62)が継続する。押川医師は震災後間もなく各避難所などで診察を再開。3月下旬から村総合センターの一室で診療している。

 同村の坂本延雄副村長は「被災直後から『野田の医療を守る』と行動してくれた押川医師の熱意に、村としても応えていかなければならない。本当に心強い」と感謝する。
  1. 2011/11/24(木) 05:28:04|
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11月21日 医療一般

http://www.news-kushiro.jp/news/20111121/201111211.html
常勤医師不足が慢性化/釧路刑務支所
2011年11月21日 釧路新聞

  釧路刑務支所(釧路市宮本2)で、常勤医師を確保できない状況が慢性化している。今年4月から不在期間が続いており、非常勤医師を交代で派遣することで対応しているが、時間外に受刑者の急病など緊急時には市内の病院で診察を受けるケースが増えている。受刑者の高齢化により重病を患う可能性もあり、同支所では釧路市医師会など関係団体に協力を依頼して、事態の打開を図りたいとしている。



http://www.kobe-np.co.jp/news/seiban/0004631889.shtml
地域医療の現状報告 神河町で医療フォーラム 
(2011/11/21 09:15) 神戸新聞

 「神河町地域医療フォーラム」が20日、同町寺前のグリンデルホールで開かれた。町民ら約320人が、地元の公立病院が抱える医師不足をはじめ中山間地域の医療現場について理解を深めた。

 医師不足などのため疲弊する地域医療への危機感から、神河町婦人会が初めて企画した。

 基調講演では、公立神崎総合病院の中山一郎内科診療部長が、常勤医の減少で32時間連続の勤務があるなど、過酷な状況を説明。医師確保に向けて「住民にも病院を信頼し育てる心がないと、地域医療は成り立たない」と訴えた。

 パネルディスカッションで、同病院の打村昌一院長は、臨床研修制度により若手医師が都市部の病院に流れる現状を説明。「大学自体も医師確保が難しくなり、関連病院に送り出す余裕がない。その影響で、地方が悲鳴を上げている」と語った。立岩医院の立岩誠院長は「町内の基幹病院である神崎総合病院と、救急などで連携を深めたい」と強調。婦人会の小林美惠子会長は「住民も病院を支える一人。双方が理解しあえる地域医療を築きたい」と話した。

 病院を身近に感じてもらおうと、神崎総合病院は23日午前11時から、初めて病院祭を開く。院内の見学などができる。同病院TEL0790・32・1331

(有島弘記)



http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/aomori/news/20111121-OYT8T01449.htm
県、ドクターヘリ2機目導入へ
(2011年11月22日 読売新聞) 青森

 県は21日、県内の医療政策全般を話し合う「県医療審議会」を青森市内で開き、ドクターヘリの運用について2機目の導入をすることで一致した。2機目導入については三村知事も意欲を見せており、報告を受けて導入を決断する見通しだ。

 県医療審議会には県内の医療関係者ら約20人が出席。複数機導入に対して異論はでなかった。これまで、「県ドクターヘリ運航調整委員会」「県救急・災害医療対策協議会」でも2機目導入を議論していたが異論は出ていない。

 ドクターヘリは2009年から八戸市民病院を拠点に運航が始まり、今年度から同病院と県立中央病院とで一定期間ごとに交互に運航をしていたが、県内全域で需要が高まり、複数機導入を求める声が高まっていた。



http://www.m3.com/iryoIshin/article/144749/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
医師らが50年ぶりの大規模デモ行進
医療再生・震災復興訴え2500人が参加

2011年11月21日 京正裕之(m3.com編集部)

 東日本大震災からの復興や医療現場の再生を訴えるデモ行進「ドクターズウォーク」が11月20日、東京都内で行われ、医師や歯科医師ら約800人を含む総勢約2500人が銀座周辺を約2キロ行進した。またデモに先立って、日比谷野外音楽堂で集会が開かれ、被災地の医療従事者らが現状を報告するなどした。ドクターズウォークを主催する実行委員会によると、医師による大規模なデモは、1961年に国民皆保険制度が導入された際に実施されて以来50年ぶりという。

 一行は日比谷野外音楽堂をスタートして、買い物客らでにぎわう銀座の数寄屋橋交差点などを通り、東京駅付近まで約1時間にわたって歩いた。ドクターズウォーク主催者の全国医師ユニオン代表の植山直人氏や埼玉県済生会栗橋病院の本田宏氏らが「ストップ・ザ・医療崩壊」と書かれた横断幕を掲げて先頭に立ち、「医療再生に向けた新しい一歩です。医療再生のために頑張りましょう」と訴えて歩いた。デモ行進した医師らは白衣をまとい、沿道からの「頑張ってください」などの声援に手を振って応えていた。

 デモ行進は、「ストップ・ザ・医療崩壊」をスローガンに掲げ、震災復興や医療の再生を訴える活動「ドクターズ・デモンストレーション2011」の一貫。9月23日に宮城県でシンポジウムを開催したほか、11月17日には、小宮山洋子厚生労働相宛てに要請書を提出。東日本大震災の被災者の医療、歯科医療、介護保険の保険料と治療費の自己負担分の長期的な減免や、公的医療費をOECD(経済協力開発機構)加盟国の平均並みに増やすことなどを求めている。

 デモ行進に先立って行われた集会で植山氏は、「医療崩壊という言葉が使われて始めて5年が経つ。医療崩壊が止まったかというと、現場ではそうは感じない。医師、看護師、医療スタッフが不足している。病院経営は診療所では特に厳しい。国民皆保険も危機的な状況になっている。最近ではTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉参加問題も出る中、今行動を起こさなくてはいけない。日本の医療制度はまだ再生できると確信している。国民のみなさんの協力も必要になるので、ドクターズウォークを開催することにした」と挨拶。

 続いて、民主党の福田衣里子衆議院議員が、「今の医療現場は、医師の過度な労働によって保たれている状況。医師の労働環境を改善することが国民の医療を守ることになる。まだまだ環境の改善は進んでいないが、受診料定額負担やTPP参加を阻止しなくてはいけないと思っている」と話した。共産党政策委員長で医師の小池晃氏も参加。「政権交代で医療が変わると期待したが、期待の最大瞬間風速は政権交代直後で、野田政権では逆風の嵐が吹いている」とした上で、「受診料定額負担、70-74歳の医療費負担割合を1割から2割へ引き上げることなどは許されない。小泉政権で社会保障費を毎年2200億円削減したことで医療崩壊を招いた。同じ轍を踏んではいけない」と語気を強めた。

 また、被災地からの報告では、岩手県の大船渡病院救急センターの山野目辰味氏は「大船渡市内の医療状況は好転してきた。しかし、陸前高田市の仮設住宅で住民の血圧を測ると平均140後半ぐらいあるため、予防措置をしたいが保健師を含めた市役所職員が3分の1以上亡くなった。全国からの応援も引き上げているので戦力がない。こういう現状を踏まえて力添えをいただきたい」と、改めて支援に理解を求めた。

 宮城県の坂総合病院の藤原大氏は、「現状は通常の診療をしつつ、仮設住宅の医療、生活支援をしている。医療崩壊と国民生活の格差の問題が震災を通して明らかになってきたと思う。被災した沿岸部は漁業を中心とした第一次産業で成り立ってきたが、その中でTPP参加問題など国民の格差を広げる政策であることを認識して声を上げていきたいと思っている」と話した。福島県の生協いいの診療所の松本純氏は、「震災から8カ月が経っているが、放射能障害の不安や人口減少、新たに基準値を超えるセシウムが米から検出されるなど混乱は続いている。東京電力と国による人災であり、福島は怒りでいっぱいだ。TPPも日本の復興の妨げになり、これから医療ツーリズムをやっても外国人は福島には来るはずはない。日本は地震と津波が起きる国であり、原発政策もやめた方がいいとつくづく思っている」と訴えた。



http://mainichi.jp/area/okayama/news/20111121ddlk33040277000c.html
東日本大震災:活動報告、冊子に 記録133編、県が編集--700部作成 /岡山
 ◇介護支援、がれき除去、物資搬送…ボランティア、消防士らの姿伝える

毎日新聞 2011年11月21日 地方版 岡山

 東日本大震災の支援活動に参加した市民ボランティアや被災地に派遣された自治体職員の活動報告をまとめた「東日本大震災支援活動報告書-震災から学んだこと、伝えたいこと」が作られた。133編の記録は、介護支援、がれき除去、支援物資の搬送など被災者に寄り添ったボランティアの思い、救命救助に奔走した消防士らの姿を克明に伝えている。【小園長治】

 県備中県民局や管内自治体の職員が編集委員会を設け、市民や自治体職員から体験記を募集した。700部作成し、県内の公立図書館、大学図書館などに配布している。

 県医師会から医療支援要員として派遣され、宮城県石巻市で活動した倉敷市の医師、山下明宏さんは、困難を極めた医療活動について「街を再び蘇(よみがえ)らせることこそが、最大の医療支援になるのではないだろうか」とつづった。

 福島第1原発20キロ圏内にある南相馬市への支援物資搬送に携わった総社市職員の岡村大祐さんは「見渡す限り、がれきが散乱し塩水と砂につかった内陸。埋まった車やぐしゃぐしゃになったガードレール。何かを探しているおばあちゃんの姿を見たとき、自分の無力さを痛感した」と心情を吐露した。

    ◇

 東日本大震災支援活動報告・意見交換会が22日午後2時から倉敷市本町の倉敷アイビースクエアで開かれる。山口大学の瀧本浩一准教授が「東日本大震災を通してみた自治体の防災、危機管理」と題して講演する。報告書に手記を寄せた市民、自治体職員の話もある。参加希望者は県備中県民局協働推進室(086・434・7005)に申し込む。定員200人。参加者には報告書を無料提供する。



http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=50571
佐藤記者の「精神医療ルネサンス」
不満の声 続々

(2011年11月21日 読売新聞)


 統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。

 精神科医の不適切な対応の数々に、社会の厳しい目が注がれている。

 11月5日のヨミドクターメールマガジンで、このコーナーの予告を掲載したところ、メールが続々と届いた。東京都の男性は、うつ病で受診した病院の体験談を寄せた。

 主治医になったのは中年の女性医師。自ら薬をコロコロ変えるにもかかわらず、男性が、副作用が特に強い薬の変更を求めたところいきなり豹変し、「信頼してもらわないと困る!」とヒステリックに大声を出したという。その後もこの女性医師にかかり続けたが、処方がめちゃくちゃで全く治らず、別の病院に移って1か月ほど入院したところ、あっさり寛解したという。「精神科では、名医とやぶ医者はこんなにも違うものか」と男性は驚く。

 また、横浜市の70歳代の男性は、「まず精神科というものが問診だけなので、検査数値が出ないところが患者側は物足りない。『その後いかがですか?』で始まる問診にも、私のような中途半端な患者は答えようがない」と不満を寄せた。

 この男性は50歳代の時、2か月ほど眠れない日が続いたため、職場近くの大学病院精神科を受診した。それ以来、20年も精神安定剤と睡眠薬を処方され続けているという。今では「睡眠薬を飲まないと1~2時間ごとに目を覚まし、つまらないイヤな夢ばかり見る。一度目覚めるとなかなか寝付けない」といい、「今後どうなるのか、薬を一生続けるのか不安でたまらない」と明かした。

 同様の例や訴えは、精神科の取材をしていると山ほど耳に入ってくる。頻発する精神科医の逆切れや、あまりにも大きな力量差、ダラダラと続く投薬、科学的根拠に乏しい診断、などについては後日改めてじっくり取り上げるとして、次回以降はまず、もっとも悲惨な患者の突然死について考えてみたい。

 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。



http://mainichi.jp/area/wakayama/news/20111121ddlk30040185000c.html
県病院協会学術大会:地域医療と福祉考える--和歌山 /和歌山
毎日新聞 2011年11月21日 地方版 和歌山

 第16回県病院協会学術大会(同協会主催)が20日、和歌山市内のホテルであった。「新しい地域医療推進に向けて~医療と福祉の連携~」をテーマに開かれ、医師など約970人が参加した。

 竹内尚也・県福祉保健総務課長が基調講演。医療と介護の連携を強化するため、「人口の流入・流出や医師数を基に、医療圏を設定することが議論の発端」と指摘。「費用面から、高齢者の集団住宅への住み替えを考えることも必要」とした。

 医師や薬剤師、看護師のシンポジウムも開催。海南市民病院薬剤部の武藤敦さんは「病院と薬局の薬剤師が患者情報を交換し、『薬薬連携』を強化したい」、和歌山市の訪問介護ステーション「ハーモニー」の宮川啓子さんは「病院と共同で在宅医療のマニュアルを作り、問題意識も共有すべきだ」と話した。

 また、今年4月9日から4日間、岩手県山田町で救護にあたった国保日高総合病院(御坊市)の看護師が報告。同病院職員90人のアンケートでは、7割超が災害マニュアルの存在を知っていたが、全体の6割超が内容を知らなかったといい、「災害時に医療を行うため、職員にマニュアルを広めたい」と語った。【藤顕一郎】



http://www.shinmai.co.jp/news/20111121/KT111120SJI090006000.html
女性医師の育児環境どう改善? ネットワーク協が懇談会
11月21日(月)信濃毎日新聞

 女性医師らでつくる「県女性医師ネットワーク協議会」は20日、女性医師が働き続けられる環境づくりをテーマに、加藤さゆり副知事との懇談会を長野市内で開いた。子育てを機に離職する女性医師が多い現状をどう改善するかを論議。委員からは、「子育ての負担を軽くするため男性の育児休暇取得を増やす」「働く女性に理解を示すよう男性の意識を変える取り組みが必要」などの意見が出た。

 同協議会事務局の県が、信大病院(松本市)に勤務中か勤務経験がある女性医師に行ったアンケート(2007年実施)の結果を報告。離職した女性医師が職場復帰に必要なこととして「夫の理解や協力」「医局や職場からのサポート」が上位に挙がった。

 これに対し、現役の女性医師の委員は「急患対応や夜間勤務に、(医師である)夫が理解を示してくれないことがあった」と話した。別の委員は「女性も医師としてプロの使命感を持ち働いている」とし、大学教育などで男女が共に働く社会について今以上に学んでいく必要性を訴えた。「育休を取得する男性医師はほとんどいない」と現状を指摘する委員もいた。

 加藤副知事は、育休を取得した県職員の男性を例に、「仕事を代わってくれる同僚のサポートがあったからこそ取れた」と報告。「女性が活躍できるような政策立案に取り組みたい」と話した。

 同協議会は2007年に発足。県内外の女性医師10人が委員で、医学生の相談に乗ったり、県のホームページに仕事のやりがいなどのエッセーを掲載したりしている。



http://www.topics.or.jp/localNews/news/2011/11/2011_132183751549.html
「将来は外科医に」 徳大、児童ら模擬手術体験
2011/11/21 10:04 徳島新聞

「将来は外科医に」 徳大、児童ら模擬手術体験 子どもたちに医療に興味を持ってもらおうと、徳島大学は20日、同大医学部の医療教育開発センターで「徳島キッズセミナー」を開き、小学4年~中学2年の40人が模擬手術などを体験した。

 自動縫合器や超音波検査器、胃・大腸カメラなど最新の医療器具が用意され、子どもたちは医師や学生らに操作方法を教わりながら挑戦。外科手術シミュレーション装置「ラップメンター」のコーナーでは、画面を見ながら電気メスで体内の臓器を切るなど、複雑な操作に悪戦苦闘していた。

 胆のう摘出の模擬手術を体験した那賀川中1年の椋下(むくした)美里さん(13)は「思ってた以上に手術は難しかった。勉強を頑張って将来、外科医になりたい」と目を輝かせた。
  1. 2011/11/22(火) 06:05:59|
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11月21日 震災関連

http://diamond.jp/articles/-/14970
「生き証人」が語る真実の記録と教訓~大震災で「生と死」を見つめて 吉田典史
【第14回】
「家族の霊がそばにいる」と心の傷に苦しむ遺族たち
精神科医が警鐘を鳴らすあまりにも深い「震災の爪痕」
――飛鳥井 望・東京都医学総合研究所副所長のケース

2011年11月22日ダイヤモンド・オンライン

 3月11日の震災後、東京都の「心のケアチーム」の一員として被災地に赴き、現地の自治体職員らと被災者の心のケアに取り組んだ精神科医がいる。

 今回は、その医師に取材を試みることで、震災の遺族が精神的な苦しみを抱き続ける背景に迫る。

月日が経っても苦しむ遺族の現状
心の傷を癒すべく奮闘するケアチーム

「ただ立ち尽くすのみで、言葉が出てこなかった……」

 精神科医で、東京都医学総合研究所の副所長を務める飛鳥井(あすかい)望氏は5月初め、岩手県の陸前高田市を訪れたときの印象を語った。

 陸前高田市は、震災前の人口が2万4000人だったが、震災で死者・行方不明者が2000人を超えた。人口の1割を超える人が亡くなり、その割合は被災地の中でも高い。

「この地域ではとりわけ、ご遺族の心の変化が大きな問題となっており、自ずと心のケアが必要になる」

 私は、3月11日の震災で家族を失った遺族の現在(取材は10月下旬)の心の状態を尋ねた。飛鳥井氏はこう答える。

「今回の震災に限らないが、家族が亡くなり、半年から1年が過ぎるくらいまでが、ご遺族の心理を捉える上で1つの分岐点になる。ほとんどの方が、その期間に精神的に苦しみながらも、悲嘆の状況から出口を見つけ出す」

そして数秒間を置き、話を続けた。

「家族の死後、1年以上も悲嘆の状態が続くと、複雑性悲嘆に発展していく人が少数だがいる。この場合は、何らかのケアが必要になる。その状況が悪化すると、心身を患い、最悪の場合は自殺することもあり得る」

 この場合の「複雑性悲嘆」とは、家族の死に対して遺族の心の反応を表した「悲嘆」がいつまでも強いまま和まず、日常生活が普通にできなくなることを意味する。

「悲嘆」の反応やその濃淡は、人により違いがあるものの、ある程度共通した症状が見られるという。飛鳥井氏は念を押すかのように、前置きした。

「悲嘆は、病気であることを意味するものではない。むしろ、正常な心理と言える。大多数のご遺族に見られることであり、その症状が見られることを問題視するべきではない」

暴力的死別がもたらした複雑性悲嘆
「娘の霊がそばにいる」と叫ぶ母親も

 そして、3月の震災に触れた。

「地震や津波などの自然災害で家族が亡くなることは、“暴力的死別”とも言われる。殺人事件、交通事故や自殺も、その一例と言える。病死に対し、“暴力的死別”の場合は複雑性悲嘆になる可能性が高い。ただし、多くのご遺族は悲嘆に伴う様々な感情はだんだんと治まり、しだいに普段の日常生活に戻り、複雑性悲嘆にはならない」

 複雑性悲嘆になる前の状態で、家族の死の直後に見られるものを「急性の悲嘆」という。飛鳥井氏は、いくつかの例を挙げた。

「まず、死を現実として受け入れることができなくなる。たとえば、葬式を終えた後も、亡くなった家族が帰ってくると思い込む。あるいは、町で家族に似た人を見かけ、後を追うようなこともある」

 私は、5月に取材した石巻市(宮城県)に住む遺族を思い起こした。小学生の子を失くした母親は、「娘が家の階段を歩く音がする。娘の霊がそばにいる」と答えた。このことについて飛鳥井氏に尋ねると、こう答えた。

「おそらく、それは急性の悲嘆と思われる。母親の心に子どもの残像が残り、そのような意識になるのだろう。私がヒアリングをした例で言えば、遺族である親が『子どもの“ただいま”という声を聞いた』とか、『子どもが夢に出てきた』と答えたものがあった」

 私は、このような心理になる理由を知りたかった。飛鳥井氏は「ご遺族の心には、いなくなった家族が戻ってきて欲しいという切望感がある」と語る。

「それは単に“悲しい”というレベルではない。家族とまた一緒に生活をするという叶わぬ思いを持ち、それが手に入らないがゆえに、精神的に辛い。それが渇望感となり、亡くなった家族が心に残像となって現れる」

家族を守れなかった――。
怒りや自責の念を抱え込む遺族

「急性の悲嘆」は、怒りや自責の念となって現れることもあるという。怒りとは、たとえば「なぜこのような災難が降りかかるのか」という思いだ。自責とは、遺族自らが生き残ったことを申し訳なく思うことだ。

 飛鳥井氏は、「自責を夫婦のケースで説明すると、たとえば妻を失うと、残された夫が自分を強く責めることがある」という。

「二十数年前の結婚に遡り、『自分が結婚を申し込んだから妻を死に追いやった』と結びつける夫のケースもあった。私がヒアリングをする限り、そこに因果関係はないのだが、夫は妻の死に何らかの意味付けをしようとする」

 ここで、私は思い起こすことがあった。5~6月に震災で家族を亡くした16人ほどの遺族に取材の依頼をすると、12~13人から断りを受けた。そのとき、メールや手紙をいただいた。それらの中には、こう書かれてあった。

「私は、妻を守ることをできなかった」

「私が母親を殺した」

「家族を守ることができなかった自分が、生きているのが許せない」

 飛鳥井氏は答える。

「自責の念に駆られて、ご自身を責めておられるのだと思う。多くのご遺族が自責の思いを持ち、精神的に苦しむ。だが、半年から1年以内に大半の方は次第に回復していく」

悲嘆に暮れることは決して病気ではない
むしろ人としての「正常な心理」である

 さらには、亡くなった家族のことばかりを考え込むケースもあるが、これは「没頭」と言われるものだという。

「この状態になるのを避けるために、ご遺族が仕事を盛んにするケースがある。あえて家族の死について考えることを、避けようとしているのだろう。何もすることがないと、立ち止まってしまい、考え込んでしまうからだ。没頭もまたよくある例だが、大きな心配はいらない」

 これら「急性の悲嘆」の感情が行動として現れると、たとえば亡くなった家族の生前の写真を見ることを避けたり、一緒に行った場所に近づくことができないこともあるという。

 飛鳥井氏は、「これらは正常な心理であり、特別視するべきではない」と繰り返し前置きをした後、いくつかの例を説明した。

「子を失くした親が、玩具店に行けないことがある。生前、子どもにおもちゃを何度も買ってあげたからだ。それは“回避”と言われる行動であり、悲嘆の状況に陥っているときに見られる」

さらには、4人家族のうち1人が亡くなり、残された3人の中で1人が悲嘆の状態が強くなった。すると、他の2人はそれを気にして、死んだ家族のことを口にしないようになった事例もあるという。

「急性の悲嘆」はその後、しばらくして「統合された悲嘆」となる。これは回復傾向にあると言えるが、それでも遺族の中には、日々の生活に一抹の寂しさや虚しさを感じる人もいるという。

 一方、「複雑性悲嘆」での空虚感とは、漠然と空しいというよりも、家族の死をまるで自分の一部を失ったかのように受け止めることを意味する。遺族は、これから先の人生を生きる意味を見つけることができなくなることもある。

 飛鳥井氏は、落ち着いた口調で語る。

「その思いが強くなると、精神的に委縮することにもなり得る。人と関わることを避け、仕事もできないようになり、いわば社会的にひきこもるケースがある。だが、その多くは時間の経過とともに回復し、元の状態に戻っていく」

「もう、家族はいない」と思えれば、
遺族にとってそれこそがゴールになる

 悲嘆の状態が回復するに伴い、遺族は家族の死を次第に受け入れようとする。飛鳥井氏は、これを「受容」と言う。

「悲嘆と受容は表裏一体。悲嘆は死を受け入れることができずに精神的にもがくのに対し、受容は『愛する家族はもう帰ってこない』と死を受け入れること。これは、絶望感を意味しない。むしろ、ここで初めて心の平安が訪れる。この受容ができないまま、半年から1年が過ぎ、さらに月日を重ねると、複雑性悲嘆になる可能性がある」

 私は気になっていることを聞いた。遺族を取材してそれが記事になると、時折メールやはがきをもらうことがある。そこに、こう書かれてある。

「この取材を受けて、1歩前に進むことができたような気がします」

 飛鳥井氏に尋ねると、少しの間を置きこう答えた。

「取材を受けることで改めて家族の死と向かい合い、結果として受容を進めたのだと思う」

 この言葉を聞いたとき、かすかに目頭が熱くなった。自分が遺族に何かすることができたように感じた。私がこの連載で遺族を取材する理由の1つが、ここにある。飛鳥井氏は、さらに述べた。

「ご遺族にとって、そこが1つのゴールと言える。多くの方は家族の死に直面し、急性の悲嘆となる。そして、悲嘆の様々な感情や行動が現れ、死後半年から1年後ほど経つと『統合された悲嘆』になる。つまり、“もう、家族はいない”と思えるようになる。悲しさは残るが、それは誰もが経験することであり、問題視するものではない」

家族の遺体を実際に見た人は
死を受け入れることができる

 私は尋ねた。遺族を取材すると、家族の遺体を見た人は悲嘆の状況に陥りながらも、回復していくスピードが速いように思える。飛鳥井氏は、「その因果関係ははっきりとしない」と前置きしたうえで、答えた。

「ご遺族は、家族の遺体を見ないよりは、見たほうがいい。遺体安置所で遺体を見ることは、病院で家族の死を見守るのとは違う。だが、それを見ることで現実を直視する。見ないと、後々後悔するケースがある」

 ここでも、私は疑問を投げかけた。遺族の中には、家族を探すために遺体安置所で数百、ときには千を超える遺体を見る人がいる。たとえば、気仙沼市(宮城県)では「孫を探すために、500~600人の遺体を見た」と答えた男性がいた。半年経った今、男性に確認すると、PTSD(心的外傷後ストレス障害)にはなっていないという。飛鳥井氏は語る。

「そのご遺族は、『家族を見つけ出す』という意識を強く持っていたはずで、それは能動的なもの。つまり、自らの心を無意識のうちにコントロールしている。それがフィルターになっているから、損傷の激しい遺体を見ても刺激が少ない。反対に、自分の意思に反して遺体を見せられると、強い刺激を受けやすい。これが繰り返されると、PTSDになる可能性がある」

 そして、遺族への配慮を見せた。

「今後、震災発生から半年から1年の期間に入る。この時期に、ご遺族の心がどのようになっていくか。私たちは、注意を払う必要がある」

“生き証人”の証言から学ぶ防災の心得

 飛鳥井氏の話から私が感じ取った、震災の遺族のケアを考える上で検証すべき点は、主に以下の4つである。

 1.支援の中核にすべきは「遺族」

 連載第13回の記事でも述べたことだが、震災から8ヵ月が過ぎると、被災者の中でも意識などの面において、大きな隔たりが現れてくる。震災前の心の状態に戻りつつある人もいれば、家族を失い、深い悲しみから立ち直れない人もいる。

 たとえば、私が8月に取材した自治体職員は、津波によって子どもを2人失くし、3月から4ヵ月間ほど仕事を休職していた。10月に本人の上司から聞いた限りでは、現在も「心身がすぐれないため、時折休むことがある」という。

 こういう遺族は、新聞やテレビなどではほとんど報じられないこともあり、次第に私たちの意識から消えつつある。だが本来、行政や社会が支援すべきは、まずはこの人たちではないだろうか。家をはじめとした財産を失うことも問題であるが、家族を亡くすことはその比ではない。

 改めて被災地への支援を見つめ直し、遺族へのケアに一段と重きを置いたものにするべきである。

 2.遺族の心理を共有する

 飛鳥井氏の話からは、遺族の心理の変化が見えてくるが、遺族からすると「実際はもっと様々な感情が錯綜し、今も混乱している」とか、「それほど冷静に自分を見つめることはできない」などといった言葉が返ってくるだろう。これらは、取材の際にご本人たちから耳にすることである。確かに、その通りなのだろう。

 だが、飛鳥井氏ら精神科医が遺族の心理を調査・研究し、いわばそのモデルケースを世に知らしめることは大切だと、私は思う。多くの人が遺族の心理を理解することでこそ、支援がより具体的になり、効果を発揮するものになる。「遺族に寄り添う」ことは難しく、ほとんどの人はおそらくできないことであろう。しかし、この人たちを放置してはいけない。

 3.災害後に、精神科医療の体制を早急に確保する

 今回の震災では、被災地の自治体から支援の要請を受け、全国の自治体や病院などから被災地ごとに「心のケアチーム」が派遣された。東京都は3月から、陸前高田市にチームを派遣している。

 この一環で、飛鳥井氏らは早くから被災地で被災者の心のケアに取り組んできたが、これを継続していくことが必要になる。さらに、今後の防災を考えるにあたり、災害発生後から数日以内には現地に精神科医らが入り、支援ができる体制を作るべきだろう。そして、その体制を日頃から地域の住民に伝え、周知していくことも大切ではないだろうか。

 4.遺族にこそ「暖かい視線」を

 私が接した遺族は110人ほどであるが、その大半は精神的に疲れ切っていた。話す内容は、「家が流された」「車がない」と不満の声を出す被災者とは違う。

 私が知る遺族は、不平や不満を口にすることすらできなかった。だが、多くの人は遺族がわずかに笑顔になったり、職場で仕事をしていると、「あの人はもう大丈夫」と勘違いをしているように思える。実際、「あの息子さんは親を亡くしても気丈だ」などと被災地でも聞くことがある。

 その見方は表層的でしかないと私は思う。遺族は1人になると、涙を流したり、落ち込んだり、ときには死を考えることすらあるのかもしれない。そのようなことを、遺族自らが証言するケースもある。周囲は少なくとも、そのくらいの見方をして接するべきではないかと思う。

 被災地に行くと、家族を失うことがなかった被災者が、死んだ人のことを「避難意識が低かった」とまで言うケースが、半年前に比べると増えている。残念なことに、被災者の中で意識の面で格差が広がっている。これからは遺族にこそ、温かい視線が必要なのではないか。

 なお、この連載では以下の記事で遺族の声を紹介している。今回の精神科医の分析を踏まえ、これらの記事をご覧いただくと、遺族の心理の理解が一層進むと思う。
  1. 2011/11/22(火) 06:04:54|
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11月20日 医療一般

http://sankei.jp.msn.com/world/news/111121/amr11112103350001-n1.htm
ポトマック通信 医学交流へのねぎらい
2011.11.21 03:35 [外信コラム]産経新聞

 日本の医学界の研究者や医師がいま国外で最大数、集まっている場所といえば、ワシントン郊外ベセスダの米国国立衛生研究所(NIH)である。米国の保健福祉省の管轄下にあるこの医学の基礎の研究所は世界最大級の規模で、所員は1万8千人ほど。うち約7千人が医師あるいは医学関連分野の博士号取得者とされる。そのなかにいま日本人340人ほどがいるのだという。

 NIHにはこれまで30年間で5千人以上の日本人研究者が採用されてきた。その大多数は日本の大学医学部からの3年ほどの派遣だが、直接に採用され、長年勤める日本人も少なくない。

 藤崎一郎駐米大使がそのNIH在籍の日本人研究者たちを、受け入れ側のNIHマイケル・ゴッテスマン副長官らとともに16日夕、公邸に招き、日米の医学交流への努力をねぎらった。このレセプションに出席した日本人研究者は100人ほどだったが、日本大使館がNIHの日本人研究者たちと公式に接触することはこれまでなかったというから、おもしろい。

 NIH日本人研究者会の尾里啓子会長は「日本大使からの初めての招待なのでびっくりしましたが、これまでのNIHでの日本人の活動への認知としてうれしく思いました」と語っていた。(古森義久)



http://www.j-cast.com/2011/11/20113499.html
国立大学病院が「研究力の低下」訴え 「独法化」で中韓との差が縮まる
2011/11/20 18:41  J-CASTニュース

日本の臨床研究の中心を担ってきた国立大学病院が独立法人化により、診療の比率が増し、臨床研究力が落ちてきていると、2011年11月10日、国立大学附属病院長会議の常置委員会 (委員長は宮崎勝・千葉大学病院長) が初めてのメディアセミナーを企画し、メディアに訴えた。
診療時間が増え、国際的な専門誌への論文投稿が激減

宮崎さんによると、国立大学病院は高度医療の8割を受け持ち、外科手術でいえば、超高難度、高難度手術が7割以上を占める。かぜの患者も来るといわれるが、実際は7割は病院、診療所の紹介患者で、医療の最後の砦になっている。ところが、04年の独立大学法人化により、大学の収益を上げる必要から診療に要する時間が増えて、研究や教育が手薄になっている。その結果、著名な国際的専門誌への論文投稿は激減しつつあり、韓国や中国との差が狭まっている。

東京大学病院の診療科長らのアンケート調査では、大学教官である医師の望ましい時間配分は臨床42%、研究33%、教育25%、だったが、最近10年間で患者数も手術件数も2倍になり、現実は臨床66%、研究18%、教育16%になっている。「国立大学病院の臨床研究なしに高度医療の実施や、新しい医薬品、医療機器の開発は難しい。国はもっと資金を投入してほしい」と訴えた。

門脇孝・東京大学病院長、宮坂信之・東京医科歯科大学医学部附属病院長も加わった質疑応答では、国立大学病院の医師は、他学部と同じ教官給与しかなく、多忙すぎて精神論だけでは持たなくなっているとして「高度医療評価の診療報酬制度などで収益が増えれば、医師の手助けとなる医療秘書を増やしたい」などの本音が語られた。

(医療ジャーナリスト・田辺功)



http://sankei.jp.msn.com/economy/news/111120/biz11112018050010-n1.htm
白衣姿で「医療再生を」 東京で医師ら大規模デモ
2011.11.20 18:03 [病気・医療] 産經新聞

 東日本大震災の被災地医療再生に向けた対策の早期確立や、医師不足の解消を国に訴えようと、白衣姿の医師・歯科医師約800人を含む約2500人(主催者発表)が20日、東京都心をデモ行進した。

 全国医師ユニオンによると、こうした医師たちによる大規模なデモは極めて珍しいという。

 東京都千代田区の日比谷公園から銀座を抜け、東京駅近くまで約2キロを「地域医療を守れ」などと書かれたプラカードを掲げて歩いた。

 宮城県塩釜市の病院から参加した医師、藤原大さん(35)は「震災で東北地方の医療機関は大きなダメージを受け、深刻な状態になっている。現場の医師が声を上げることで、国民に関心を持ってもらえればうれしい」と話した。



http://www.sanin-chuo.co.jp/health/modules/news/article.php?storyid=528967075
健康・医療 : 地域でも良質医療実現へ 奥出雲でシンポ
('11/11/20) 山陰中央新聞

 医師不足に直面する県内で、地域医療を担う人材育成策を探るシンポジウムが19日、奥出雲町で開かれた。島根大や地元医療機関の関係者らが意見交換し、地域に密着した良質な医療の実現をうたった「奥出雲宣言」を採択した。

 島根大医学部付属病院の小林祥泰院長や、地元の町立奥出雲病院の春日正己院長らが、人材の育成と確保に向けた取り組みを報告。同町で医師として働くことを目指す同学部5年の内田有紀さん(23)と藤原辰也さん(23)=ともに横田高卒=らも加わった。

 この中で、県雲南保健所の長みゆき所長は、雲南圏域の2010年度の常勤医師が32人と、ピークの02年度に比べほぼ半減した実態を説明し、医師確保対策を拡充する必要性を強調。県内で働く研修医や若手医師のキャリア形成を支援する機関を県と連携して設けた島根大の大谷浩医学部長は「特に中山間地の医療現場では、最先端医療から取り残される不安がつきまとう」と指摘し、先端医療を学べる環境づくりを呼び掛けた。

 一方、地元の中高生や同大生を対象に、奥出雲病院での現場体験会を続けている春日院長は、住民と連携した取り組みの強化を提言。藤原さんらは、幅広い医療知識の習得を課題に挙げた。

 シンポジウムは、島根大が毎年開き、10回目の今回は奥出雲町と共催。約250人が参加した。



http://www.m3.com/iryoIshin/article/144708/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
「医師密度」は除外、DPC病院は3群に分類へ
大学本院・高診療密度病院群・その他、初期臨床研修数を指標に

2011年11月20日 橋本佳子(m3.com編集長)

 厚生労働省の中央社会保険医療協議会総会(会長:森田朗・東京大学大学院法学政治学研究科教授)が11月18日開催され、DPC病院を、大学病院本院群、大学本院以外の高診療密度病院群、その他の急性期病院群の3群に分ける方針について了承した(資料は、厚労省のホームページに掲載)。ただし、初期の臨床研修医数を高診療密度病院群の要件に加えることについて、臨床研修制度や医師偏在への影響を懸念する声があり、要件の詳細は引き続き検討する。

 3群の分類に当たっては、この高診療密度病院群の要件が焦点の一つ。当初、「診療密度」(1日当たりの包括範囲の出来高点数)と、「医師密度」、つまり病床当たりの医師配置数が入っていたが、中医協総会で、「医師獲得競争が惹起される」などの批判が相次いだため、除外(『「医師密度」導入、医師の争奪戦が勃発?』を参照)。ただし、「医師配置を前提としない診療密度を評価することは、単なる濃厚診療との区別が困難」との判断から、臨床研修医数や外保連手術指数などの医師数に関する他の指標を組み込むことで対応することになった。

 現時点での案は、高診療密度病院群は、(1)一定以上の診療密度、(2)一定以上の医師研修の実施、(3)一定以上の高度な医療技術の実施、(4)一定以上の重症患者に対する診療の実施、の四つの実績要件を満たす病院となる。なお、(2)は当初案では、「卒後5年目以内」の医師だったが、卒後2年目までの臨床研修医数に変更された。

 また、特定機能病院のうち、国立がん研究センター、国立循環器病研究センターは、後期研修は実施しているものの、初期研修は手掛けておらず、その他の急性期病院群に入ることになる。国立がん研究センター理事長の嘉山孝正氏は、両センターとも大学病院に匹敵する機能を持っているとし、「初期の臨床研修医数が要件になると、門前払いされることになる」と問題視、この点についても再検討する。

 2010年度診療報酬改定時に用いたデータに基づく試算では、大学病院本院群79病院、高診療密度病院群45病院、その他の急性期病院群1233病院となる。高診療密度病院は、各都道府県に1カ所ずつなど平均的な分布ではなく、「東京都には13大学、愛知県4大学、大阪府5大学などがある。高診療密度病院についても、同じようにある程度の偏りがある」(厚労省保険局医療課企画官の迫井正深氏)。

  「患者から見て明らかに違う病院」という線引きを

 DPCの包括評価においては、診断群分類別の1日当たり包括点数と、医療機関別係数を乗じることで、各医療機関の点数が決まる。医療機関別係数は現段階では、機能評価係数IとII、調整係数から成る。調整係数は、DPCへの移行措置という観点から前年度の実績保証のための係数で、2010年度から段階的に縮小、計4回の改定を経て、2016年度の改定で解消する方針。

 その代わりに、2010年度改定で導入されたのが、機能評価係数II。さらに、医療機関群ごとの基本的な診療機能を評価するために、2012年度改定で新たに導入されるのが、「基礎係数」。高診療密度病院群をめぐる議論は、基礎係数に関するもの。計3群に分けて設定することが決まったわけだ。

  日本医師会常任理事の鈴木邦彦氏は、「医師密度という露骨な指標が外されたことは大きな改善だが、新たな問題が生じている」と指摘。初期臨床研修制度では、マッチング方式が導入され、医師の流動化が進み、医師の偏在を生んだとの指摘がある。その是正のため、都道府県別の募集定員数の上限が設定され、病院単独の判断では採用数を極端に増やすことなどができにくい仕組みになっている。それでも今回、DPCと臨床研修医数がリンクする仕組みが導入されたことで、何らかの悪影響を鈴木氏は懸念する。

 診療報酬調査専門組織DPC評価分科会会長の小山信彌・東邦大学医療センター大森病院心臓血管外科部長は、「地域の偏在の観点は、もう少し検討の余地がある」と述べ、恣意的な医師獲得が起きないようにするとした。

 基礎係数の3群の設定の仕方は、病院経営や医療提供体制に大きな影響を及ぼすため、診療側委員からは様々な意見が出たが、支払側の健康保険組合連合会専務理事の白川修二氏も、3群に分けることは了承したものの、次のように指摘した。「患者の視点で言うと、どの群の病院に入院するかにより、費用が変わることになる。その他の急性期病院群があくまで基準であり、患者から見て明らかに違う病院を、高診療密度病院群に移すという考え方でやってもらいたい。その観点から言えば、研修医がいるかどうかは患者から見れば関係ない。高度な手術、治療をやっているなど、厳し目の基準を設定すべき」。

 なお、機能評価係数IIは、全病院共通の(1)データ提出係数、(2)効率性指数、のほか、3群の医療機関群別に設定する(3)複雑性指数、(4)カバー率係数、(5)地域医療係数、(6)救急医療係数――という計6つの指標から成る。(5)については、「地域で発生する患者に対する各病院のシェア」といった、地域医療への貢献を定量的に評価する指標を導入するなどの見直しを行う。



http://mainichi.jp/area/shimane/news/20111120ddlk32070331000c.html
しまねのひと:島根大医学部大田総合医育成センター長・野宗義博さん /島根
 ◇野宗義博さん(61)

毎日新聞 2011年11月20日 地方版 島根

 地域医療を支える総合医を育成するため、大田市の寄付で島根大医学部が開講した総合医療学講座。その臨床の場として先月、市立病院内に設置された「大田総合医育成センター」の責任者兼外科系教授を務める。「パッション(情熱)、ミッション(務め)、コンパッション(思いやり)、アクション(行動)の大切さを伝え、地域医療に飛び込む若者をどんどん育てたい」と意欲的に語る。

 不在だった同病院の常勤外科医就任を打診されたのが昨年末。「単なる『穴埋め医師』なら断った」。だが、次世代の地域医療の担い手を育成する医学部と市の構想を知らされて、快諾した。「私の年であと100種類の臨床例をこなすのは無理。でも、講座で100人の医師を育てるのは可能なんです」。今年4月、同病院の副院長に就任。開腹手術再開など診療科の立て直しを図りながら、センター開設準備も進めてきた。

 大学で機械工学を学んでいたが、たった一人の弟が15歳で病死したのをきっかけに医学部を受験した。「闘病日記を読んで無念さを知り、多くの命を救える医師を志しました」という。

 センター業務の傍ら、市立病院での外科診療も続ける。同病院では内科系医師の中にも「外科の経験を積みたい」と手術の見学や手伝いを買って出る人が多いという。「学生だけでなく、全国の現職勤務医、臨床医にも受講してもらい、地域医療に必要な守備範囲を広げられる機関にしたい」。【鈴木健太郎】
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 ■人物略歴
 1950年広島県福山市生まれ。広島大医学部卒業後、同大学原爆放射線医科学研究所腫瘍外科医局、済生会呉病院(広島県呉市)外科部長などを歴任。



http://www.m3.com/iryoIshin/article/144703/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
「経営は依然不安定」vs.「診療所、経営は安定」
診療側、支払側、医療経済実態調査の評価で相違

2011年11月20日 橋本佳子(m3.com編集長)

 11月18日の中央社会保険医療協議会総会(会長:森田朗・東京大学大学院法学政治学研究科教授)で、診療側と支払側は、今年の医療経済実態調査に関する分析結果をそれぞれ公表した(『「国公立、大規模」病院中心に収支改善』を参照、資料は、厚労省のホームページに掲載)。

 2010年度診療報酬改定により全体的に見れば経営が改善した点、しかしながら一般病院では病床規模が大きくなるほど厳しい経営状況にある点では意見が一致。さらに、両者ともに、今回調査から新たに導入した2事業年度データの方が、6月単月データよりも妥当だとしている。一方で、異なるのは、改善した上での現在の経営状況に対する見方だ。

 診療側は、「医業収益にある程度の伸びが見られたものの、相次ぐ診療報酬のマイナス改定により経営状態が大きく悪化したところから、少しばかりの改善を見せたにすぎない。経営は依然として不安定」と指摘。その上で、(1)一般病院は、病床規模が大きいほど経営は厳しく、特に特定機能病院は依然大幅な赤字、黒字化した中小病院でも損益分岐比率は厳しい状況、(2)一般診療所は、有床診療所では2010年度診療報酬改定の一定の成果が見られたが、無床診療所ではあまり改善が見られない、(3)歯科診療所の2010年度損益差額は2009年度よりは微増だが、2008年度よりは減少、(4)保険薬局の損益率は若干悪化もしくは横ばいの状況――などと分析。

 さらに、「民間病院の医師の平均給与年額が減少していることが目を引く。勤務医の処遇改善どころか、さらに悪化していることを示唆している」と指摘。マスコミ報道にも言及、例えば、医療法人の一般診療所の院長給与は、アップ率が高い6月データ(9.9%増、事業年度のデータでは0.5%増)を用いたり、開業医と勤務医の給与を単純比較するなど、「恣意的な報道を繰り返しており、極めて遺憾」と問題視している。

 一方の支払側は、(1)一般診療所、歯科診療所、保険薬局は黒字が続いており、安定した経営を維持、(2)一般病院は経営が改善しており、公立病院を除いて黒字を計上、規模別では300床未満では黒字に転じたものの、300床以上では赤字が継続、(3)一般診療所は、個人・法人、有床・無床ともに黒字が続き、黒字幅も拡大、(4)歯科診療所、保険薬局も黒字が継続、(5)病院勤務医の給与は横ばい、一般診療所(医療法人)院長の年収は、国立・公立・公的・社会保険関係法人の院長の約1.4倍――などと分析している。

 健康保険組合連合会専務理事の白川修二氏は、両者の分析結果を踏まえ、「病院、診療所ともに経営が改善はしているという点は一致しているが、改善が十分かどうかは議論をしていかなければいけない。前回改定の重要課題だった、病院勤務医の負担軽減については、処遇改善にも重点を置くべきだとされたが、結果的にプラス改定分は病院経営に回り、若干の処遇改善にとどまった。現実の経営の中で、優先度が落ちたことが残念に思う」とコメントした。また診療側が、「極めて複雑な調査に回答できる医療機関は、経営が安定している施設が多い」としている点について、白川氏は、「それを言うのは、いかがか。それを言うのであれば、経営が悪い施設にも調査への協力を要請すべき」と求めた。

 次回11月25日の中医協総会では、2012年度診療報酬改定の改定に関する要望を、診療側、支払側がそれぞれ提出、中医協総会として意見集約する予定になっている。もっとも、プラス改定を否定する支払側(『次期改定の引き上げを否定、健保連など6団体』を参照)と、診療側の意見が一致するとは考えにくい。森田会長は、「まとまらなければ両論併記にする可能性もある」と述べ、これに対し京都府医師会副会長の安達秀樹氏は、「それでは中医協の意見というより、現況報告だ」とコメントした。

  支払側からはプラス改定にクギ刺す意見も

 医療経済実態調査については、各委員も意見を述べた。安達氏は、個人診療所のデータについて言及、「収支差額から、さらに経費などのたくさんの支払いがある」と指摘、勤務医と給与の点ではあまり差がない上に、開業医には個人で経営する責任感と不安定さがあるため、両者の単純比較は難しいと指摘。

 そのほか、診療側委員からは、「大病院は赤字が多いが、その分、補助金などで補てんされているケースもある。民間の中小病院にはこうした補助金がない」(日本医師会常任理事の鈴木邦彦氏)、「現在、約8650の病院があるが、10年前と比較して約600病院も減少し、残っているのは経営がいい病院。減少により、地域の医療資源が失われている実態を理解してもらいたい」(全日本病院協会会長の西澤寛俊氏)など、中小病院の経営の厳しさを訴える意見が出た。

一方、支払側からは、「賃金、物価ともに減少傾向で、保険者の財政は厳しく、平均報酬月額が下がっている状況にある。患者の負担感、賃金等の状況に見合った改定率にすべき」(全国健康保険協会理事長の小林剛氏)、「国民皆保険を支える国民生活は厳しい。その基となる経済状況も厳しく、国内で事業を継続できず、海外に進出する企業がますます増えていく。こうした実態を踏まえた議論が必要」(日経連社会保障委員会医療改革部会部会長代理の北村光一氏)など、プラス改定にクギを刺す意見が相次いだ。



http://www.sanin-chuo.co.jp/health/modules/news/article.php?storyid=528971075
健康・医療 : 患者カルテ相互に閲覧 鳥取県西部6病院
('11/11/20 ) 山陰中央新聞

 鳥取県西部を中心とする6病院が、患者の診療情報を相互に閲覧できる電子カルテのネットワークシステムを導入する。転院患者の治療の引き継ぎに役立てるのが主な目的。来年3月に運用をスタートし、将来は県内20病院規模でのネットワーク化を目指す。3病院以上での広域的なシステム構築は県内初。

 新システムは、▽鳥取大学医学部付属病院(米子市)▽錦海リハビリテーション病院(同)▽西伯病院(南部町)▽日野病院(日野町)▽日南病院(日南町)▽岩美病院(岩美町)―で運用する。プライバシーを考慮し、希望患者だけを対象とする。

 計画では、県と県内市町村をつなぐ光ファイバーの高速通信網「鳥取情報ハイウェイ」を活用して、6病院の情報システムを連結させる。

 6病院が保有する電子カルテに、情報漏えい防止機能を備え付け、病院間で閲覧できる態勢を整える。錦海リハビリテーション病院は、電子カルテを導入していないため患者情報の提供はなく、閲覧だけの参加となる。

 電子カルテの相互閲覧によって、転院患者を受け入れる病院では、患者の診療歴、エックス線画像、看護記録情報などの詳細を、迅速に把握できるようになる。

 現在の引き継ぎは、担当医による紹介状が中心で、転院先の病院に伝える情報量には限りがあった。

 システムは鳥大病院が開発。各病院の電子カルテシステムの改造費は約1千万円ずつ、年間の保守点検費用は総額700万円に上る。6病院は、鳥取県の地域医療再生基金(1億1600万円)の活用を念頭に置いている。

 鳥大病院医療情報部の近藤博史教授は「6病院での運用を見た上で、2014年度から県全域で参加病院を増やしたい」と話している。

 鳥取県内では、2病院間の電子カルテ閲覧システムが鳥大病院―西伯病院間、鳥大病院―錦海リハビリテーション病院間で運用されている。
  1. 2011/11/21(月) 05:50:22|
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11月19日 医療一般

http://www.asahi.com/health/news/TKY201111180505.html
「空飛ぶ救命室」基地完成 ドクターヘリ常時待機 秋田
2011年11月19日0時45分 朝日新聞 秋田

 医師と看護師も乗り込んで患者を運び、「空飛ぶ救命救急室」とも呼ばれるドクターヘリの運航施設が18日、秋田市上北手猿田の秋田赤十字病院に完成した。19日から訓練を始め、来年1月23日に本格的に稼働する予定だ。

 全国6番目の広い県土で速やかな救急搬送をするため、県は2年前からドクターヘリ導入の準備を進めてきた。県からの要請を受けた秋田赤十字病院が基地になり、ヘリ1機が常時、待機する。秋田赤十字病院は1億5千万円かけて、ヘリの格納庫とヘリポート、通信センターを整備した。

 ドクターヘリは、消防本部からの要請を受けて出動する。河川敷や公園、駐車場など県内300カ所に設けられた合流地点へ急行して患者を引き継ぎ、13ある指定医療機関のいずれかに搬送する。

 病院からヘリの運航を委託された朝日航洋(東京都)によると、配備されたヘリは米国製で、平均時速200キロ。連絡を受けてから離陸まで5分とかからず、県内全域を30分以内でカバーできる。価格は約7億円。ドクターヘリが飛ぶのは、午前8時半から日没30分前まで。年間の運航費は2億円になるが、国と県が折半する。県医務薬事課によると、10月末現在、23道府県で計28機のドクターヘリが運航されている。秋田赤十字病院の宮下正弘院長は「救命率の向上につながる高度の救急医療を広い範囲で提供できるようになる」と期待を寄せる。



http://www.m3.com/iryoIshin/article/144646/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
“異状死”の届け出、診療関連死を除外すべき
全国医学部長病院長会議が提言、「医療界案」まとめる意向も

2011年11月18日 橋本佳子(m3.com編集長)

 全国医学部長病院長会議は11月17日の定例記者会見で、“医療事故調”に関する見解を公表した。医療事故調査のあり方や医師法第21条の異状死の届け出について、日本救急医学会が2009年11月に公表した案を基本骨格にすべきとする内容だ(日本救急医学会の案は、『医療者の自律的な院内事故調査が基本 - 日本救急医学会理事・有賀徹氏に聞く』を参照)。

 同会議の「大学病院の医療事故対策に関する委員会」の委員で、日本救急医学会代表理事の有賀徹・昭和大学病院病院長は、医師法第21条について、「法改正を行い、診療関連死の届け出をやめるという提案。例えば、道で生き倒れた人がいれば、その死体を警察に届け出る。これが21条の存在意義であり、その本来の趣旨に戻すべき。法改正が難しいのであれば、本来の解釈に戻すのが筋」と説明。

 警察への届け出範囲は、(1)診療行為関連死以外の異状死、(2)診療行為関連死(それが疑われる場合も含む)については、死因が特定できず、死亡診断書・死体検案書が記載できない場合に限る、というのが原則。ただし、診療行為関連死としての議論の過程で故意による犯罪があった場合には警察に届け出るとともに、診療録の改ざんなどがあった場合には医療者の倫理を問い、行政処分などの形で厳しく対応する。

 一方、医療事故調査は、院内の医療事故調査の実施が優先する。有賀氏は、「医療安全のための分析などを行う報告制度と、紛争解決や説明責任を果たすための報告制度は目的が異なり、別の制度にすることが必要」と述べ、原因分析・再発防止と、紛争解決の仕組みは分けるべきだと強調した。

 同会議会長の森山寛・東京慈恵会医科大学附属病院病院長は、“医療事故調”については厚労省案と民主党案が出て以降、議論が膠着状態にあると指摘、「全国医学部長病院長会議では、この春から検討を重ねてきた。この6月に案をまとめた日本医師会とも議論した。各医学部長、病院長の意見も聞き、日本救急医学会の案が妥当と判断、今日の公表に至った。今後、厚労省に説明するとともに、日本医師会や日本病院会などとも連携しながら、医療界としての案をまとめることができればと考えている」と話している。

 「医療事故をなくすには、病院をやめればいい」では問題

 有賀氏は医師法第21条について、次のように述べ、改正の必要性を訴えた。「警察に届け出ると、警察の目から見れば、刑事罰の対象となる。ヒューマンエラーを前提にしないと成り立たなくなり、システムエラーという考え方には至らない。医療者が、医療倫理に照らしてよかれ、と思いやっていても、事故が起きれば刑事罰の対象になる。これが続けば、医療は委縮する。『病院から医療事故をなくすのは簡単、病院をやめればいい』という話にもなりかねない。また司法解剖の結果は、刑事事件を立件するための情報になる。医療者にとってはブラックボックスになり、医療安全とは全く関係なくなってしまう」。

 有賀氏によると、日本救急医学会の“医療事故調”案に比較的似ているのは、日本病院会が今年9月にまとめた「診療行為に係わる死亡・事故の原因究明制度の在り方について」だという。

 日本救急医学会の案は、死亡事例以外にも、有害事象も対象とし、まず院内の医療安全室に報告、院内事故調査委員会を設置するか否かを判断する。「まず院内で医療事故調査をきちんと実施する。患者のクレームがある場合だけでなく、医学的に考え、患者にきちんと説明する必要があると考えた場合に、説明する論理を持っておくことが必要」(有賀氏)。院内事故調査の結果、日本医療機能評価機構、行政など、必要に応じて関係各所に報告する。院内事故調査でも、患者側に不服・異議がある場合は、「地域事故調査センター」を各都道府県に1カ設置して調査、それでもなお不服・異議が残る場合には、全国に8カ所、不服審査機関を設置して「地域事故調査センター」を設置して対応する構想になっている。

 「裁判では、患者も、医療者も満足せず」

記者会見には、「大学病院の医療事故対策に関する委員会」の委員の堤晴彦・埼玉医科大学総合医療センター高度救命救急センター長も出席。「問題は、裁判になった事例でも、刑事と民事のいずれでも、医療者と患者などの関係者は誰も満足していないこと。こんな裁判を続けても、どうにもならない。医師と患者は敵対関係にあるわけではなく、共に病気と闘う存在」との基本的考えを述べた。

 その上で、厚労省の第三次試案・大綱案が、行政介入の「職権主義」である一方、日本救急医学会の案は、まず当事者で解決し、プロフェッショナルオートミーの考えがベースにあるという相違があるとした。「当事者が不在で、第三者に丸投げしたところで、いい結果にはたどり着かない」(堤氏)。

 さらに、「日本医師会の案は、厚労省案と日本救急医学会の案を足して二で割ったもの」としたものの、(1)院内事故調査は、日本救急医学会案は医療者中心だが、日医案は弁護士、患者代表などを入れる、(2)日医案は、事故調査を行う第三者機関を職権的に作ろうとしている、(3)日本救急医学会案は死亡事例以外も対象にするが、日医案は死亡例のみ、(4)日医案は、故意または故意と同視すべき犯罪、あるいは重過失は警察に届け出るとし、警察に行く仕組みが残っている、などの制度設計上の相違があるとした(『「医療関連死は警察では解決できず」日医、医療事故調に提言』を参照)。

 TPP交渉参加で要望、「外圧」を断固排除すべき

 11月17日の定例会見では、「TPP交渉参加に関する全国医学部長病院長会議からの要望」も公表。日本の医療は世界でトップクラスであるとし、「混合診療の全面解禁、営利企業や民間保険の医療への参入などTPP参加後の『外圧』によって、国民が平等に高度な医療を受けられる日本の医療制度が崩壊するようなことになれば本末転倒」と指摘、「これらの医療制度に係る『外圧』を断固排除し、世界に冠たる国民皆保険制度を厳守する」ことを強く求める内容。

 顧問の小川彰・岩手医科大学学長は、「1990年頃は、医療材料、医療機器、医薬品などの輸入と輸出はほぼ同額だったが、現在は年間約3兆円の輸入超過になっている。これは、MOSS協議(市場分野別個別協議)、SII(構造問題協議)など、不平等な通商条約が結ばれたからだ。TPP交渉参加の前に、不平等な条約を解消すべき。対等なパートナーシップを築く必要がある」とコメントした。



http://www.asahi.com/health/news/OSK201111180130.html
患者さんの手助けを 岡山大学病院がボランティア募集
2011年11月19日0時46分 朝日新聞 岡山

 患者さんの手助けをしませんか――。岡山大学病院(岡山市北区)が、外来案内や図書室で貸し出しなどを手伝うボランティアを募集している。

 総合患者支援センターによると、病棟や診察室への案内、患者図書室の運営、中庭の草木の世話などが仕事。医師や看護師とは違う立場で、病院に訪れる患者や家族の不安や心配を和らげる役目も担う。

 現在は18歳から86歳まで計78人が登録。平日、ボランティア内容に応じた時間帯で活動している。

 報酬はないが、患者とのふれあいがやりがいにつながるという。ボランティア9年目で、診察室への案内などをしている磯山幹雄さん(72)は「患者さんから、『あんたらがいてくれて助かる』と言われるのがうれしい」と話している。



http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20111119/CK2011111902000064.html
練馬光が丘病院撤退問題 「区の説明と違う印象」
2011年11月19日 東京新聞

 日本大学が練馬区の医学部付属練馬光が丘病院の運営から来年三月末で撤退する問題で、同病院の「存続を求める区民の会」(神津真久代表)が十八日、同大の田中英寿理事長と初めて面談した。会によると、区が「撤退は日大が一方的に決定した」と説明していることに、理事長は「異論がある」と話したという。神津代表は「区の説明とだいぶ違う印象を受けた」と話した。

 同会は、日大撤退が発表された七月から、存続を求めて運動を続けてきた。区側の見解は議会や区報などで伝えられる一方、日大側の説明がなく、真意を確かめたいとして面談を要請した。

 会によると、田中理事長は「撤退の方針に変わりはない」としたが、その決定に至ったのは「区側の問題」と主張。「(存続を求める)気持ちは分かったが、こちらではなく、区が考えること。区に訴えてほしい」と話した。

 また、区が区民に「日大の一方的な撤退」と説明していることに、理事長は「異論があるが、大学人のマナーとして発言はしない」と話したという。

 この問題では、後継に公益社団法人「地域医療振興協会」が選定され、引き継ぎ作業に入っている。しかし、区と日大の間には、約二十年前に日大が区に預けた五十億円の返還問題もあり、解決していない。

 神津代表は「二十年間のいきさつで大学が区に不信感を持ったことが理解できた。今日の話を基に、引き続き存続の可能性を探っていきたい」と話した。

  1. 2011/11/20(日) 06:02:37|
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11月19日 震災関連

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shimane/news/20111119-OYT8T00993.htm
5県DMAT 島根集結
(2011年11月20日 読売新聞)

 県内で大規模地震が発生したと想定した災害救急訓練が19日、松江赤十字病院(松江市母衣町)や出雲空港(出雲市斐川町)などで行われた。中国5県の災害派遣医療チーム「DMAT」や県職員ら350人が参加。負傷者の治療優先順位を決める「トリアージ」の訓練もあり、参加者は緊張感を持って臨んだ。(寺田航)

 訓練は、19日午前8時30分頃、県東部で震度6強の大規模地震が発生し、多数の死傷者が出たとの想定で実施。県庁に設置された災害対策本部が島根、鳥取、岡山、広島、山口の5県のDMATに派遣を要請し、24チームのDMATが松江赤十字病院など、県内三つの拠点病院に集結した。

 DMATは、大規模地震などの災害時に被災地に駆けつけて、救急措置を行う医療チーム。医師や看護師など約5人ずつで編成され、専門的な訓練を受けている。

 この日、松江赤十字病院では、DMATの隊員らが、負傷者を治療の優先順位で緑、黄、赤、黒の4色に分ける「トリアージ」を実施。緊迫した状況下で次々と運び込まれる負傷者に、隊員らが迅速に対応した。隊員からは「人手が足りない」「本部がいつも通話中で、連絡がとりにくい」「手術の順番はどう決めるのか」などの声が上がった。

 参加した島根大医学部の橋口尚幸医師は、トリアージの問題点として▽流れ作業になり、治療に際して責任の所在が不明確▽生存率の低い黒色と識別された負傷者の治療が置き去りにされる、と指摘。「緊急時には普段の医療の基準とは違うものが求められる。いかに正しい情報を集め、病床を確保するかが重要」と話した。

 一方、出雲空港では、県内の病院から他県の病院に負傷者を搬送するという想定で、次々と患者が運び込まれた。治療にあたった岡山県真庭市、落合病院の井口大助医師は「人手が足りず、つい慌ててしまうが、冷静に対応することが何より大切」と振り返った。
  1. 2011/11/20(日) 06:01:34|
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