Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

Google Newsでみる医師不足

Google Newsでみる医師不足 2011年6月30日
Google (日本語) での検索件数 _ _ _ キーワード 医師不足 過去一か月のニュース 1010
Google (English) での検索件数 _ _ _ Key word: Doctor shortage, past month  573

First 5 in Google in English 

Health agency looks to Pakistan and India to solve doctor shortage‎ (インド・パキスタンのニュース、アイルランドの報道)
Irish Times - Eithne Donnellan - 20 Jun 2011
THE CURRENT shortage of junior doctors in the Irish healthcare system didn't just happen overnight. The shortages have been well known about since at least ...
NCHD shortage 'a real problem'‎ - Irish Health
Concern High As Junior Doctor Shortage Looms for Midlands Hospitals‎ - Midlands 103
Hospitals face junior doctor shortages from July‎ - Irish Independent
The Express Tribune - BreakingNews.ie
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Report Obama plans secret study of access to doctors
(米国)
Politico - Jennifer Epstein - 2 days ago
But the Obama administration, alarmed by the “critical public policy problem” of a growing shortage of primary care physicians, is embarking on a secret ...
Government Sending Out Medical 'Mystery Shoppers': Waste of Money?‎ - SodaHead News
US Plans Stealth Survey on Access to Doctors‎ - New York Times
"Mystery shopping" plan to test access to doctors blasted as Big ...‎ - CBS News
Daily Mail - Fox News (blog)
all 123 news articles »


Students in doctor role raises concern (ニュージーランド)
Stuff.co.nz - Georgina Stylianou - 2 days ago
Association national secretary Deborah Powell said the proposal was not the way to solve the doctor shortage. "It's utterly outrageous. ...


Doctor shortage warning (アイルランド)
Galway Independent - Lorraine O'Hanlon - 12 hours ago
The Emergency Department (ED) at University Hospital Galway (UHG) will experience “significant shortages” in medical staffing levels when the junior doctor ...


Doctor shortage could lead to night time closure of Portiuncula A&E (アイルランド)
Galway Advertiser - Martina Nee - 15 Jun 2011
... and emergency department at Portiuncula Hospital in Ballinasloe may have to close during night time hours because of a serious shortage of doctors. ...
Doctor shortage threat to A&Es‎ - Irish Health
Doctor Shortage: A Threat to A&Es‎ - TopNews United States
Warning over shortage of doctors‎ - Irish Times
Irish Independent
all 11 news articles »


(他に10位以内のニュースは、米国メイン州、カリフォルニア州、オーストラリア、アイルランド、モザンビーク、などからも)
  1. 2011/06/30(木) 06:28:44|
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6月29日 医療一般

http://www.m3.com/iryoIshin/article/138699/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
医師調査  医療維新
アンケート:勤務医の給与
「改定の点数増、現場に還元されず」「バイトしないと生活できない」◆Vol.11
フリーコメント紹介(1)--大学病院、公立・公的病院、診療報酬点数増の医師への還元

2011年6月29日 村山みのり(m3.com編集部)

Q.12  その他、ご自由にご意見等をお書きください。

【大学病院】
・ 大学院生。大学病院で働いているものの、大学病院からの給料はほとんどなく、アルバイトで食いつないでいるような状態は異常だと思う。(大学病院/6-10年目)
・ バイトをしないと生活していけないほどの給与には疑問。研究に費用がかかるのかもしれないが、労働環境として成り立っていない。(大学病院/1-5年目)
・ 大学病院では、医局員として雇うが、大学院生として扱い、週70時間の勤務を行うが報酬は0円、当直代のみ支給している現状。(大学病院/1-5年目)
・ 大学病院の勤務医への給料は目も当てられない。病院への診療報酬が増額されても、看護師確保に流れており、医師(特に若手)には回ってこない。(大学病院/1-5年目)
・ 大学病院では、卒後年数にかかわらず、教職員以外の医師は一律の給料。3年目であろうが15年目であろうが、助教以上でなければ20万程度の給与しか支払われない。さらに研究する暇もなく、不満が大きい。大学院生のただ働きも相変わらず蔓延している。月額2万ほど支給しているとは聞いているが。(大学病院/6-10年目)

・ 初期研修医の息子と給料額面の差がないことに驚き。(大学病院/21-30年目)
・ 大学病院の場合。「○○センター助教」など新設ポストに就任する時、退職扱いとなる。勤続年数がリセットされるので、退職金が全く期待できない。(大学病院/11-20年目)
・ 一般病院に勤務している同期の方が年収が高い。できるだけ早期に大学病院から離れたい。(大学病院/11-20年目)
・ 入局しているが、大学病院へは戻りたくない。(民間病院/1-5年目)
・ 給与は不満だが、研究など、大学でしかできないことをするという考え方で、自分なりに納得するようにしている。(大学病院/11-20年目)

【公立病院・公的病院・公務員待遇】
・ 公立病院のため、給与は基本的に「条例通り」。(公立病院/21-30年目)
・ 公的病院においては、給与体系がある程度決まっているので、たとえ診療報酬改定で医師優遇の方針が出され、病院の収入増が得られたとしても、医師個人の収入増には反映されにくい。(公的病院/21-30年目)
・ 医師であっても公務員なので、昨今の公務員批判の逆風の中にいる。(公立病院/11-20年目)
・ 一般公務員としての待遇であり、医師として処遇されていない。(大学病院/21-30年目)
・ 地方公務員給与は下がったままで、今後も期待できない。(公立病院/31年目以上)

【2010年度診療報酬改定における「勤務医の負担軽減」、現場への還元】
・ 改定は病院の赤字補填に吸収され、医師の待遇改善には回っていない。(民間病院/11-20年目)
・ いくら国策として勤務医の待遇改善を図ろうとも、現在のような医療崩壊の状況で病院にプラス加算が付いても、その浮いた分は病院の借金の返済に使われるにすぎない。ただし、診療報酬改定により病院収入アップにはつながっているので、少なくとも、各科希望の医療器械の購入がわずかだが可能になった。(公的病院/31年目以上)
・ 高難易度の外科手術点数が引き上げられたが、外科医へのフィードバックは一切ない。時間外手当も夜間緊急手術で呼び出しを受けた場合のみ以前から支給されていたが、それ以外は支給されていない。大学病院では診療のほか、学生教育、研究(学会発表)などの業務で多忙を極めているが、改善はされていない。(大学病院/21-30年目)
・ いくら保険点数をあげても、病院が潤うだけで、現場には行き届かない。行政はそれを理解するべきだ。また、診療報酬点数は、患者のリスクにあわせて設定し、それを医師に還元すべき。(民間病院/11-20年目)

・ 勤務医師の待遇改善のための手術保険点数の引き上げなどがあったにもかかわらず、給料面や待遇面などで一切の変化がないのはおかしいと思う。(民間病院/11-20年目)
・ 制度ばかり新しくなっても、現場にはまったく還元されていない。何もかも医師がする必要があり、負担は大きくなるばかりなのに、給料は据え置き。(公立病院/11-20年目)
・ 勤務の状況について、事務方など、周りの者は改善したと言うかもしれないが、自分の実感としては何の変化もなかった。(公立病院/11-20年目)

【病院経営・景気】
・ 病院の経営で赤字がひどく、収入が増えても待遇改善に結びつかない。(公的病院/31年目以上)
・ 実際、不景気で、財源がなければ、待遇改善は難しい。(大学病院/11-20年目)
・ 給与が上がるにこしたことはないが、医療報酬そのものが抑制されており、病院全体としての利益を上げるために大変であり、医者だけ給与が上がることは難しい。全職員が底上げできるよう、適正な医療報酬や税制を整えてもらいたい。(民間病院/21-30年目)
・ 経営状況を常にオープンに説明してくれているので、今の医療制度では、この程度の給与で納得している。(民間病院/31年目以上)



http://mainichi.jp/area/chiba/news/20110629ddlk12040160000c.html
県立東金病院:外科外来診療を7月から休止 医師退職で後任なく /千葉
毎日新聞 2011年6月29日 地方版 千葉

 県立東金病院が7月から、外科の外来診療を休止することが、同病院への取材で明らかになった。現在1人の外科医が今月末で退職し、後任の医師が確保できないため、やむを得ず休診するというが、地元の住民からは、地域医療の要である県立病院の外科休診に不安と戸惑いの声も聞こえている。

 同病院は内科、小児科、外科、整形外科など複数の診療科目がある地域の基幹病院。同病院によると、2人いた外科医のうち1人が3月末で退職。1人では入院の体制が整えられないため、4月以降は外科手術と入院を見あわせ、外来診療だけを行っていた。

 対応できない患者には、症状などに応じ、さんむ医療センターなど近隣の病院や千葉市内の病院を紹介。これまでのところ大きな混乱はないという。

 県は「なるべく早く後任の医師を確保し、再開したい」としているが、東金地域では14年4月、東金市丘山台に、独立行政法人の東金九十九里地域医療センターが開院予定で、県はその後、県立病院閉院の方針を示している。【森有正】



http://www.tokyo-np.co.jp/article/tochigi/20110629/CK2011062902000064.html
栃木市の病院統合 再編協議会が発足
2011年6月29日 東京新聞 栃木

 栃木市の下都賀総合、下都賀郡市医師会、とちの木の三病院の統合について話し合う「栃木地区病院統合再編協議会」が二十八日、発足した。同日、市内で初会合が開かれ、同医師会長の石井重利氏が会長に選ばれた。

 協議会は三病院の経営主体の代表者、県と市の職員、学識経験者の委員十五人で構成。この日は規約を定め、事業計画や予算について議論した。

 今後、統合後の病院の経営主体となる新法人の設立や既存施設の改築などを検討していく。新法人は二〇一三年四月までの設立を目指し、今秋には準備会ができる予定。 (清水祐樹)



http://www.shinmai.co.jp/news/20110629/KT110628ATI090014000.html
独立行政法人化後の県立5病院、黒字決算 県からの負担金が下支え
06月29日(水) 信濃毎日新聞

 2010年に地方独立行政法人「県立病院機構」に経営が移行した県立5病院(併設の2介護老人保健施設などを含む)の初の決算は、3億9900万円余の黒字となったことが28日分かった。医業収益の増加、コスト削減など一定の成果は出ているが、県の一般会計からの負担金が黒字化を支えている。

 同機構によると、経常収益は前年度比7億700万円余増の215億7900万円余。正規職員の随時採用制度導入などで診療態勢が強化されたほか、10年度の診療報酬プラス改定で医業収益が増えた。ただ、同機構中期計画に基づく一般会計からの運営費負担金は、前年度より1億1700万円余多い52億8千万円に上る。

 経常費用は前年度比2500万円余減の209億7600万円余。同機構は、給食業務の外部委託化や、価格交渉による医薬品など材料費縮減といったコスト削減努力が影響したとしている。

 病院別では、木曽、こども、須坂、阿南が黒字を確保。老朽化に伴う全面改築で臨時的な支出のあった、こころの医療センター駒ケ根(旧・駒ケ根病院)は1億1200万円余の赤字だった。

 5病院全体の入院・外来患者数は、前年度を1万6800人余、2・4%下回る68万800人余だった。



http://www.toyama.hokkoku.co.jp/subpage/H20110630104.htm
住民が患者役 県立看護大、来月から養成講座
富山新聞 石川のニュース 【6月30日03時05分更新】

 県立看護大は7月から、健康な人がさまざまな病気の患者を演じ、学生の教育に協力する「模擬患者」の養成に乗り出す。医療機関での現場研修を控えた学生に対し、コミュニケーション能力を高め、患者中心の医療を実践してもらう狙い。模擬患者は地域住民から公募し、看護を行う上での問題点を指摘してもらいながら、患者から信頼される看護師の育成につなげる。

 模擬患者は事前に大学側が用意したシナリオに基づいて演技し、学生の正確な技術や応対だけでなく、感じた印象やマナーなどを評価する。模擬患者の養成講座は7月2日に始まり、来年2月までの計4回で基本的な演技の方法や学生を冷静に観察し、助言する方法などを学ぶ。受講生は年度末の演習授業に「出演」する。

 模擬患者は1960年代に米国の医療教育に導入され、日本では90年代に入って定着が進んだ。同大によると、国内では大半の大学の医学部で授業に取り入れられているが、看護学部のみの単科大学では全国3カ所にとどまっているという。

 同大では1年生を対象に模擬演習を実施し、2年生から本格的に始まる医療施設や福祉施設での現場実習に備えてきた。模擬演習ではこれまで人形を使うか、教員、学生同士が患者役を務めてきたが、より緊張感を高める目的で模擬患者を務める住民を募り、養成講座を開くことにした。

 担当する川島和代教授は「より良い看護師を育てるためにも、住民の皆さんの力を貸してほしい」と話した。問い合わせは同大地域ケア総合センター=076(281)8308=まで。
  1. 2011/06/30(木) 05:45:04|
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6月29日 震災関連

http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=42952
大震災・茨城から(3)病院が損傷 入院を中断
(2011年6月29日 読売新聞)

 「入院できたら具合が悪くなっても安心なのに」

 胃がんを患う茨城県筑西市の鈴木良祐さん(75)は6月中旬、自宅の布団に横たわり、こう話した。

 東日本大震災が発生した3月11日、同市は震度6強を観測。発熱し、3日前から筑西市民病院に入院していた鈴木さんの病室では、テレビが床に落下した。ベッドで寝ていた鈴木さんの腹にもテレビ棚が倒れてきた。窓の外では、電柱や桜の木が激しく揺れていた。

 揺れが収まると、71人の入院患者は病院玄関前の駐車場に移動、1時間ほど待機して近くの体育館に避難した。医師が一人ひとり診察し35人は転院し、残りは自宅に帰ることになった。

 「今、体育館に避難している。迎えに来てほしい」

 同日夜7時頃、鈴木さんが自宅に電話すると、家族は驚いた。「連絡は取れなかったけれど、病院は安全だと安心しきっていました」と妻、悦子さん(69)。慌てて体育館に向かった。

 築40年の同病院は、「震度6強でも倒壊しない」とした新耐震基準を満たしていなかった。壁に亀裂が入り、使用できなくなった。

 厚生労働省の調査では、国の耐震基準を満たしている病院は全国で56・2%にとどまる。同病院は新築が検討されており、耐震補強は行われていなかった。

 同病院は、駐車場にテントを張り、3月14日に再診患者の診療を始めた。その後、プレハブを建て同24日から本格的に診療を再開した。だが、エックス線装置やMRI(磁気共鳴画像装置)は今も使えない。入院患者や救急患者も受け入れることはできていない。

 鈴木さんは転院を勧められたが、「知らない医師や看護師がいる病院には行きたくない」と断った。この3か月間は、同病院に通院したり往診してもらったりの毎日だった。

 同病院は数年前、医師不足で、173床あった病床を60床に減らした。常勤医は一時は6人にまで減ったが、現在は10人に増え、病床も90床にした。約300台だった救急車の受け入れ台数も昨年度は760台に増えた。そのタイミングで震災に見舞われた。

 病院長の石川義典さんは「地域医療に積極的に貢献していこうとしていた時に地震が起きて残念だ。だが、これを機に入院患者10人に対し1人である看護師数を7人に対し1人にすることを検討するなど、医療の質を高めたい」と意気込む。

 再興に向け、同病院は5階建ての建物の3階から上の部分を取り壊し、建物にかかる荷重を軽減するほか、今秋には50床の病床や手術室を備えた新病棟も完成させる予定だ。



http://mainichi.jp/area/yamagata/news/20110629ddlk06040095000c.html
東日本大震災:「心のケアチーム」派遣 県が医師ら岩手、福島へ /山形
毎日新聞 2011年6月29日 地方版

 県は、東日本大震災で津波などの被害に遭った岩手県大槌町と福島県相馬市に来月から、県内の病院で構成する「心のケアチーム」を派遣する。両県から精神科医などの医療チームの派遣要請が国を通してあり、派遣を決めた。県障がい福祉課が発表した。

 大槌町は震災直後、町役場前で防災対策会議を開いていた。加藤宏暉町長ら町役場職員数十人が大津波にのまれて死亡。役場など町の中枢機能がまひした。仮設住宅などができつつあるが、現在も被災者は疲弊した状態にある。

 大槌町には来月1日から8月初旬まで、県立鶴岡病院、米沢市立病院など県内8病院から心のケアチームが派遣される。メンバーは、精神科医に加え、看護師、臨床心理士、精神保健福祉士などの3、4人で構成する。釜石保健所の保健師らと連携して、町内の避難所や仮設住宅を3~5日の交代制で巡回する。継続的なケアが必要な被災者については、交代するチームに引き継ぐ。また、中長期的な診療が必要な被災者には、地元の診療所などを紹介する。

 津波などの被害を受けた福島県相馬市には、県立中央病院の精神科医が、来月5日から毎週火曜日の午後、公立相馬総合病院に診療スペースを開設する。3カ月ほどの予定で、被災者の不安や不眠などを診察する。【和田明美】



http://www.chunichi.co.jp/article/nagano/20110629/CK2011062902000109.html
国に設置制度化要請へ 災害時の医療機関非常用電源
2011年6月29日 中日新聞 長野

 県議会6月定例会は28日、4日間の日程で一般質問が始まった。初日は9氏が県側の姿勢をただし、阿部守一知事は、大規模災害時の停電に備えた医療機関の非常用電源について「法律上は病院に非常用電源の設置が義務付けられていないが、県としては設置の制度化を要請したい」と述べ、国に対し診療所を含めた財源措置や現行制度の補助拡充を求める考えを示した。

 両角氏は、医療機関の防災対策を取り上げ「診療所は非常用電源が設置されていないところもある」と指摘し、県側の対応を求めた。

 阿部知事は「非常用電源の確保はとりわけ重要で、県としては導入の促進が必要と考えている」と答え、国への働きかけを強める姿勢を見せた。

 県健康福祉部によると、非常用電源は知事が指定する「災害拠点病院」は設置費用の33%が国庫補助対象だが、それ以外の医療機関は国庫補助制度がない。県内の災害拠点病院でも133施設のうち33施設が未設置で、対策が急務になっている。

 阿部知事は、東日本大震災や県北部地震を受けた県の地域防災計画見直しについては「庁内で課題を検討しており、年明けの1月か2月ごろに地域防災会議を開催したい」と述べ、同計画の見直しに着手する考えを明らかにした。

 (小松田健一)



http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/250894
【連載】二つのヒバク地 福島と長崎<上>告白 非情の放射線再び 生かされた命だから
2011年6月29日 10:33 カテゴリー:社会=2011/06/14付 西日本新聞朝刊=

 3月11日、地震と津波の被害は免れた。続いてやって来た放射線からは、逃れようもなかった。66年前、母の胎内で浴びたときのように。

 長崎市出身の坂本弘子(65)は、福島県相馬市では数少ない被爆者健康手帳所持者だ。自宅は東京電力福島第1原発の北約40キロ。原発事故の後、窓は開けていない。洗濯物は全て室内に干す。近くに住む中学3年の孫娘は陸上部のエースだが、屋外の練習には保護者の「同意書」がいる。それがここでの日常だ。

 事故直後、長女(42)は、孫娘を心配するあまり、情緒不安定になった。「子どもは絶対避難させる。国の情報だって信じられない」。一時は娘の意見を聞いて親戚一同で宮城県に移った。寝たきりの義父の介護は避難先では難しく、結局全員で自宅に戻った。

 過去になったはずの放射能汚染の恐怖が再燃した。「何でまたこんな目に遭うのか」。坂本は唇をかむ。

   ■   ■

 長崎原爆投下翌日の1945年8月10日。坂本の母は、工場に働きに出たまま帰らない妹を捜して、身重の体で爆心地に入った。入市被爆だ。翌年2月に坂本を産み、その約2年後に急死した。

 父は特攻隊として出撃し戦死。母の死後は知人の養子として長崎市で育った。20歳になる前の約3年間、鼻血が止まりにくくなり、毎朝顔を洗うときに洗面器が真っ赤に染まった。就職で上京する前、叔母は言った。「あんたは2世じゃなく、間違いなく被爆者なんよ」

 東京で夫と知り合い福島県に嫁いだ。長崎から遠く離れ、普段、被爆者であることを意識することはほとんどなかった。それでも、被爆した事実は変わらない。体に異常がなくても、年2回の健診を受ける。担当医から「異常なし」と診断されると、やはりほっとする。

 そんな坂本だからよく分かる。いま、福島を覆う、黒い雲のような放射能への不安が。

   ■   ■

 「福島では向こう3年は出産してはいけない」「子どもにどんな影響が出るか分からない」。原発事故後、地域でさまざまなうわさが飛び交った。実際には一部の原発作業員の被ばくを除いて健康被害の報告はない。自らの体験からも、坂本は「うわさに根拠はない」と断言できた。

 「私は65歳まで生きている。被爆2世の娘にも元気な子が3人もいるのよ」。おびえる知人を安心させるため、今までほとんど語ったことがなかった被爆体験が自然と口に出た。手帳も見せた。最初は驚いた知人が納得する姿を見て、良かったと思えた。

 もちろん、将来の病気の不安は残る。デマや偏見をなくすことも容易ではない。神奈川県の親戚に孫娘だけ避難させようかと考えたとき、本人が強く拒否した。「被ばく地から来たといじめられる」。気持ちは理解できた。

 原発事故収束まで長い時間がかかる。今後何が起こるか予想できず、言いようのない不安は拭い切れない。だからこそ、自分には被爆者としての役割があるようにも思う。

 「つらいけど、生かされた命なんだから、生きなきゃね」。見えない放射線を見つめるようにして、前を向いた。 (文中敬称略)


 原発による「被ばく」と原爆による「被爆」。世界でも前例がない長期間の低線量被ばくにさらされる福島で、長崎がかつて経験した健康被害や差別が繰り返されるのか。原爆の苦難を乗り越えた長崎が今、福島にできることは何なのか。二つのヒバク地での取材を通して考える。



http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/250896
【連載】二つのヒバク地 福島と長崎<中>使命 前例ない医療に誇り
2011年6月29日 10:33 カテゴリー:社会=2011/06/15付 西日本新聞朝刊=

 「福島原発1号機で転落事故。患者は30代男性。左肩と右足に外傷あり」。負傷者運搬を告げる声が響いた。福島市の福島県立医科大病院で週に1度行われている実地訓練の始まりだ。

 担架に載った人形が運ばれてきた。深刻な被ばくをしているとの想定だ。放射性物質の除染と救命措置のどちらを優先するか。外科医の判断は「まず治療」。一つ間違えば、医師自身が被ばくする。白い防護服とゴーグル、3重の手袋で全身を包み、細心の注意で措置をする。

 「患者と距離が近すぎる」。長崎大病院国際ヒバクシャ医療センターから派遣された助教の熊谷敦史(38)が拡声器で叫んだ。「そこ、手袋替えて」。人形に触れたら、すぐ手袋交換。放射線の知識に乏しい医師や看護師に細かく手順を説く。

 医科大病院は、重い被ばく患者に対応する県内唯一の2次医療機関。訓練の1時間は緊張の連続だ。

   ■   ■

 東日本大震災発生直後の3月15日。文部科学省の要請を受け、熊谷ら長崎大チーム5人が初めて福島入りしたとき、医科大病院の緊急被ばく医療体制は「ゼロ」だった。

 専用の緊急医療棟に常勤する職員はなく、外線電話も不通。せっかく原発事故に備えて整備された機器は、ほとんど使われていなかった。「何か起きたら大変だけど、起きないと思っていた」。医科大病院の外科医、長谷川有史(43)は打ち明ける。

 一方、地震や津波のけが人は続々とやってきた。電気はあるが水は出ない。医師や看護師は連日泊まり込みの治療で憔悴(しょうすい)し、原発事故で重傷者が出ても、手が回らない状態だった。

 もし今、原子炉が爆発したら-。熊谷は「ショック療法」で、職員に覚悟を促した。「被ばく患者がわんさか来ても、逃げるわけにはいかないんだ」。その言葉に、誰もがはっとした。

 長崎大チームは、実地訓練に加え、毎朝のミーティングを提案した。顔触れは、医師、看護師に自衛隊や自治体職員ら25人程度。その日の原発作業員数と仕事、事故時の手順を確認する。現場に自覚と責任が生まれた。

 医科大病院は5月末までに、原発の負傷者ら16人を受け入れた。長谷川は言う。「この体制の生みの母は、長崎大だ」

   ■   ■

 熊谷は被爆2世だ。母と祖母は、広島原爆投下後、救護所で負傷者を手当てしていて放射線を浴びた。原爆の惨状は2人から聞いた。その経験が「長崎大で被爆医療を志した根本にあると思う」。大震災直後、迷わず福島行きを志願した。

 現地では「再臨界の恐れ」を口にする専門家もいた。「正直いうと、最初の2、3日は爆発が怖くて、頭の中に『死』がちらついた」。被爆2世として、被爆地の研究者として、ここで闘うのが「使命」だと踏ん張った。同時にそれは「誇り」でもある。「世界でも前例がないことを、みんな手探りでやっているんです」

 政府の工程表では、事故収束まで半年から9カ月。連日千人以上が夜通しの復旧作業を続ける。万一に備える病院の緊張は途切れない。今もスタッフは実地訓練のビデオを見直す。新しい緊急被ばく医療のマニュアルも作成中。放射線の知識がない外科医と、救急医療の経験がない放射線医が、知恵を出し合いながら最善の道を探っている。

 「準備と待機。できるのはその繰り返しだけです」。長崎大チームは交代で支援を続ける。14日、熊谷は6度目の福島入りをした。 (文中敬称略)



http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/250895
【連載】二つのヒバク地 福島と長崎<下>啓発 正しく怖がるために
2011年6月29日 10:33 カテゴリー:社会=2011/06/16付 西日本新聞朝刊=

 園庭を走り回っていたのは、園児ではなくショベルカーとトラックだった。福島第1原発から約60キロ離れた福島市内の幼稚園。5月末、毎時3・34マイクロシーベルトの放射線を検出した表土を、深さ5センチまでそぎ取る作業が行われていた。

 原発事故以降、園庭は立ち入り禁止。「ほうしゃのー」。61人の園児は教室を走り回る。作業後、園庭の放射線はわずか0・33マイクロシーベルトに下がった。職員の一人がつぶやいた。「表土を削れば終わりなのか。どこまでやれば安全なのか分からない」

 5月25日、福島県伊達市のホールに、長崎大医歯薬学総合研究科長、山下俊一(58)がいた。事故直後、被ばく医療の専門家として、県の放射線健康リスク管理アドバイザーに任命された。放射線の正しい知識を啓発するのが仕事だ。福島での講演は約40回に上る。

 「子どもには長袖を着せた方がいいでしょうか」「基準値以下の食物を子どもが食べ続けても大丈夫ですか」。会場には保育士や保育園職員ら約170人。質問が殺到した。山下は聴衆の動揺を抑えるように、明快に言い切った。

 「無用な被ばくは避けるべきだが神経質になる必要はない」

   ■   ■

 山下の知見の土台は、長年にわたる長崎での被爆者医療に加え、旧ソ連で1986年に起きたチェルノブイリ原発事故の調査実績にある。

 91年5月、チェルノブイリ原発から約130キロのコロスチン市。長崎の被爆者の現状について講演した山下は、不安な顔に取り囲まれた。息子は原爆症ではないか。おなかの赤ちゃんに問題はないか-。誰もがおびえていた。

 ショックだったのは、そうした「放射線への恐怖」が、住民の心身をむしばんでいた事実だ。放射線を気にするあまり病気になったと思い込んだり、農作物を食べずに栄養障害を起こしたりした事例もあった。

 長崎大がチェルノブイリの支援と調査に取り組んで20年。事故の影響を特定できたのは、急性放射線障害による消防士らの死と、ヨウ素に汚染された牛乳を飲み続けた子どもたちの甲状腺がんの急増だけ。そのほかの健康被害と放射線の関係ははっきりせず、「疑い」の域を出ない。

 「正確なデータに基づき、正しく怖がる」。山下は根拠のない、過剰な心配を戒める。

   ■   ■

 汚染水漏出や放射性物質の飛散。福島原発事故の収束はまだ見えない。これほど広範囲、長期にわたる低線量被ばくがどんな影響を及ぼすか、誰にも予測できない。

 「100ミリシーベルト以上の被ばくで発がんリスクが高まるが、それ以下の危険性は科学的に証明されていない」。長崎、広島、チェルノブイリの調査データから、山下はこう主張する。同じことが福島にも当てはまるのか。インターネットや週刊誌で、山下は「無責任だ」と厳しい批判にさらされている。

 正しい判断を下すには、福島でも膨大なデータを集め、実態を突き止めるしかない。そのため県は、近く全県民約200万人を対象にした長期健康調査に乗り出す。全員に問診票を送って事故当時の所在地とその後の行動を調べ、放射線を浴びた量を推定するのだ。

 調査は治療だけでなく、将来の補償、援護の基礎になると見込まれる。必要な時間は最低でも数十年。人権に配慮しながら、粘り強い取り組みが求められる。

 調査検討委の座長に就いた山下は言う。「県民と世界への説明責任を果たす。私たちが挑戦しているのは教科書がない分野だ」 =文中敬称略

(この連載は森井徹、坂本信博が担当しました)



http://www.asahi.com/digital_sp/cloud_exp/TKY201106220253.html?ref=reca
東日本大震災で活躍した救援情報共有システム「SAHANA」(前編)
2011年6月22日 朝日新聞

 3月11日の東日本大震災において、救援情報共有システム「SAHANA(サハナ)」が活躍した。

 ここにもクラウド・コンピューティングの力が大きく発揮されている。

 SAHANAは、2004年に発生したスマトラ島沖地震の際に、スリランカのボランティアによって開発された、誰もが改良や再配布を行えるオープンソースソフトウェアだ。

 SAHANAとは、スリランカの公用語のひとつであるシンハラ語で「救援」の意味を持つ言葉。その言葉通り、避難所の位置や崩壊建物や道路の不通地点、避難所での必要物資、行方不明者といった情報を、医療スタッフやボランティアなどが共有し、人員配置や効率のいい救援物資の配分などに活用されたという。

 同ソフトウェアは、その後、ハイチ地震やチリ地震、ペルー地震などでも利用され、被災地における救援情報の共有で成果をあげていたが、いずれも関係者が独自にサーバーを構築して活用するという仕組みだった。

 日本において、SAHANAが一般に知られるきっかけになったのは、2010年3月に開催された「OSC(オープンソースカンファレンス)神戸2010」と「国際防災シンポジウム」において、インドネシアのNGOであるコンバインの関係者が、同国におけるSAHANAの利用実態を紹介してからだった。

 この講演後から、同講演をコーディネートしていた任意団体のひょうごんテック(神戸市)と、同団体のメンバーを中心に発足したSAHANA日本語化チーム(のちのSahana Japan Team)が、SAHANAの日本語化に取り組みはじめ、その一方で、2011年2月20日には、ひょうごんテックが定期的に開催している「テックカフェ」において、同ソフトウェアの日本語化の進捗状況を紹介するなど、認知、啓蒙活動にも取り組んできた。

 ひょうごんテックのあるたかとりコミュニティセンターは、1995年の阪神・淡路大震災の際にボランティア活動の拠点となった、たかとり救援基地が母体となっており、ひょうごんテックはNPO活動、市民活動において、ICTの利活用に伴う問題解決を図るためのネットワークづくりを目指している。

◆簡単ではなかったSAHANAの日本語化

 東日本大震災発生後、ひょうごんテックと、Sahana Japan Teamのコアメンバーは、SAHANAが被災地でも利用できるように、たかとりコミュニティセンターに常駐。日本語化を積極的に進めた。

 だが、SAHANAソフトウェア財団から公開されていた最新版では、日本語処理に不具合が生じることが判明したため、急きょ、開発版を入手。同時にボランティアを募り、多くの人たちが、SAHANAの日本語化および日本での利用に向けた機能改善に着手することになった。

 課題は山積だった。翻訳が未完了であり、専門用語の意訳も必要。さらに各国で利用される度に追加された機能がモジュール構造で構成されており、結果として機能が複雑になってしまったことや、各モジュールにバグが多いことも問題となった。そして、そもそもSAHANAを改良する人たち向けのマニュアルが未整備であり、すべての機能を理解することができないという問題にも直面した。

 そこで、開発方針の策定においては、優先順位の高い機能に限定してリリースすること、ウェブ上で広く情報を共有する利用に絞り込んだ。

 想定したひとつの使い方が、「未指定避難所」への救援物資の配送支援だった。未指定避難所とは、国や自治体などが公式に避難所としていない場所に、人々が避難している場所を指す。交通が寸断され、指定避難場所に避難できず、孤立した避難者などが身を寄せあっている場合などがこれに当たる。

 被災地の現況、避難所の現況、支援団体の活動状況、支援要請などをマップ上に入力することで、不自然に避難所が少ないエリアが浮き上がれば、そこに「未指定避難所」が存在する可能性があるとわかる。そのエリアに支援物資を持った人を派遣できれば、支援の空白地帯を作らずに済むのだ。情報集約によって救援することを狙う、SAHANAならではの活用事例のひとつだといえよう。

◆商用ソフト開発の管理手法で、開発速度を加速

 一方で、この活動を強力に後方支援したのが日本IBMだった。

 IBMではこれまでにも世界各国でSAHANAを支援した経緯があり、日本IBMは、3月15日に、SAHANAの日本語化に着手していたひょうごんテックとSahana Japan Teamに直接コンタクトし、支援・協業するにいたった。

 東日本大震災の特別支援措置として、IBM Smart Business Cloudの無償提供を開始、これをSAHANAで利用できるように提案したほか、SAHANAプログラムの改良や大幅な機能強化、データベースへの基礎情報の入力、タブレット端末のセットアップ、避難所への展開と利用方法のガイド作成といった観点でも支援。日本IBMのコンサルタント、研究所のエンジニア、システム開発のエンジニア、社員ボランティアなどが、直接的、間接的に参加したという。

 一般的に、オープンソースコミュニティーでは、参加する開発者が、自らの興味が強い部分において、開発に携わる傾向が強い。しかし、一刻も早い利用が求められる今回のケースでは、開発案件の優先度という考え方が発生する。いつまでにどんな機能を実装するのか、いつまでにシステム検証を完了させるのかといった情報の交通整理も必要となる。言い方を変えれば、商用アプリケーションと同様のスケジュール管理が求められることになるというわけだ。実は、ここにも日本IBMが持つ管理手法が提案されている。オープンコミュニティの良さと、商用アプリケーションの開発ノウハウが融合した形で、開発が進められていったともいえよう。

 開発案件については、被災地でのボランティアコーディネートの豊富な経験を持ち、今回もいち早く現地入りした神戸の社会福祉協議会のスタッフから、現場でどんな要件が求められているのかをヒアリングし、これを反映した点も見逃せない。(つづく)



http://www.asahi.com/digital_sp/cloud_exp/TKY201106280146.html
東日本大震災で活躍した救援情報共有システム「SAHANA」(後編)
2011年6月29日 朝日新聞

 任意団体のひょうごんテック(兵庫県神戸市)と、同団体のメンバーを中心に発足したSAHANA日本語化チーム(現Sahana Japan Team)、そして、日本IBMが協業して、日本語化やプログラムの改良や機能強化に取り組んだ救援情報共有システム「SAHANAサハナ)」は、東日本大震災において、岩手県と山形県の救援情報共有システムとして採用された。

 岩手県では、5月末から陸前高田市の全避難所を対象に、避難者人数、通所避難者の人数、災害弱者の方の人数、各避難所のライフライン復旧情報の把握といった、被災状況や被災者の情報を一元的に管理。さらに、それぞれの避難所から、NTTドコモが設置したタブレット端末「GALAXY Tab」を利用して、必要物資の要望を把握できるようにした。

 日本IBMによると、「当初は自衛隊が各避難所を巡回して必要な物資の要望の聞き取り調査を実施していたが、SAHANAを活用することで、各避難所に設置されたタブレット端末を通じて、直接要望を聞くことができるようになった。まったく違う環境にある避難所や被災者の情報を一元管理し、救援物資の要求情報や配送、発注処理が効率化でき、さらに各避難所や被災者の状況を正確に把握し、適切な支援策を積極的に展開することができるようになった」という。

 一方、山形県では、SAHANAを活用することで、福島県からの避難者の所在情報を一元管理したという。

 山形県は避難者に対して、当初の一次避難所からホテルやアパートへの二次避難を推進しているが、避難者の転居のたびに、担当者が所在を把握する必要があった。これをSAHANAによって、避難者の所在情報を、避難場所別、出身地別などからも常に把握できるようになったという。

 これら自治体向けのシステムに関しては、日本IBMがSahana Japan Teamとの連携で、Androidを搭載したタブレット端末からの入力に対応する機能強化のほか、メニュー画面のプル・ダウン方式の採用をはじめとした使い勝手や見やすさの改善、プログラム動作を調整して、稼働速度の改善を行った。さらに、避難所状況調査への適用、高齢者や医療弱者、子どもといった災害弱者を把握する機能の追加、支援県避難者管理機能の追加、アクセス制御機能の拡張や強化なども行った。避難者を受け入れる支援団体のための機能を組み込んだのも日本における機能進化の大きな特徴だった。

◆クラウド化で、被災地での利用がスムーズに

 そして、クラウド化も今回の機能強化では先進的なものだった。

 山形県がSAHANAの利用を開始したのは、4月末だったが、日本語化や機能強化の開発が進むなかで、これだけ短期間に活用できたのは、クラウド・コンピューティング環境であったことが見逃せない。

 もし、これが自治体などが独自にサーバーを立てて運用するとなれば、予算措置や設置場所の確保、運用に関する要員確保などといった事態が発生し、被災地での利用にはさらに時間がかかったであろう。

 また、クラウドであれば、利用範囲の広がりにあわせてリソースを増やすこともでき、開発が完了したモジュールから実装していくということも可能になる。

 早期の導入が求められる被災地でのIT利活用に、クラウドならではの仕組みが効果を発揮した好例のひとつといっていいだろう。

 そして、日本IBMが東日本大震災の特別支援措置として無償で提供したIBM Smart Business Cloudを活用することで、敷居を低くして、SAHANAを導入する仕組みが実現されたともいえる。

 Sahana Japan Teamでは、今回の東日本大震災で開発した機能などについて、SAHANAソフトウェア財団に対して提案し、標準化していくことになりそうだ。

 だがその一方で、SAHANAを、今後効率的に活用していくという点では、いくつかの課題も浮き彫りになっている。

 なかでも、さらに多くの人にSAHANAを知ってもらうことで、災害時における活用範囲を広げることは大切な取り組みになろう。

 例えば、防災計画のなかにSAHANAの活用を盛り込んでもらうように働きかけることもそのひとつだ。

 実際に、SAHANAを使用したことのあるインドネシアや、米国のNPOのなかには、防災計画のなかにSAHANAを導入することを決定している例もあるという。日常的に、SAHANA導入を前提にした準備をしておく環境づくりがこれからの課題といえる。

 震災発生後、昼夜を問わず、ボランティアで開発に取り組んだSahana Japan Teamと、それを支援したひょうごんテックの努力を、多くの人に活用してもらうための仕組みづくりが、次の一歩となりそうだ。



http://www.m3.com/iryoIshin/article/138471/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
「福島は心配ない」と言える理由はある - 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科長・山下俊一氏に聞く◆Vol.1
水素爆発直後でも個人線量は1週間で約20μSv

2011年6月29日 聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)

 福島県放射線健康リスク管理アドバイザーとして、福島第一原発事故直後から、放射線による健康被害の影響に関する啓発、相談活動に取り組んできたのが、長崎大学大学院医歯薬学総合研究科長・山下俊一氏。
 様々なエビデンスや福島の放射線量などを踏まえ、「安心」を説く山下氏の言動に対しては批判もあるが、「誰も動かなかった。だから、火中の栗を拾う覚悟で福島に行った」と山下氏は言う。放射線の被曝リスクの考え方やこの3カ月間の活動のほか、今後の福島県民の健康管理のあり方などについてお聞きした(2011年6月14日にインタビュー。計5回の連載)。
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山下俊一氏は、「今の放射線防御の基準は、広島、長崎のデータが基準になっている」とし、疫学調査の重要性を説く。

 ――まず低線量の放射線被曝による健康への影響について、現在分かっていること、科学的なエビデンスをお教えください。

 人類が放射線の存在を知ったのは、わずか100年くらい前のことです。1895年にレントゲンがX線を発見、翌年にベクレルが放射線を見つけた。放射線が発見されてからは、「これは便利なものだ」と、様々な場面で使われるようになった。例えば、いぼ、たこなどの治療にも使われた。

 その結果、すぐには症状が出なかったのですが、放射線を当てた場所に後からがんが生じてきた。キューリー夫人も白血病で亡くなっています。しかし、最初は皆、放射線の危険性が分からなかった。

 戦後、広島、長崎における約12万人の健康影響調査(編集部注:放射線影響研究所が1950年以降、実施している疫学調査)の結果、1回に外から浴びた放射線量が100mSvを超えると、発がんのリスクが高まることが明らかになってきた。まず白血病が被爆の5~7年後をピークに増えたのですが、その後は減少した。放射線の怖さが減ると思った頃、10年後から少しずつ他のがんが増えてきたわけです。

 広島、長崎以外にも、データが結構あります。例えば、イスラエルでは建国時、様々な国から戻ってきた人に、ダニや白癬菌などを殺すために放射線を使った。その時に被曝した子供たちをフォローアップしています。そのほか、医療被曝、つまり放射線で治療をした子供たちなどに関するデータもあります。これらを全部集めてでき上がったのが、今の放射線の安全防御の基準です。

 ICRP(国際放射線防御委員会)の勧告で示されているのが、「いかなる場合も100mSvを超さない」という基準。UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)が、毎年会議を開き、様々なデータを検討している。それを基に、IAEA(国際原子力機関)やWHO(世界保健機関)などが放射線に関する健康管理のリスクの基準として使っているわけです。

 このように放射線の安全防御については100年近く議論されており、特に戦後、データが蓄積されてきた。ただし、これらは基本的には1回の外部被曝の影響です。それに対し、チェルノブイリは内部被曝。環境汚染の中で放射線被曝をした結果、どんな健康影響が出るかがこの25年間議論されてきたわけです。

 明らかになった一つが、放射性ヨウ素による内部被曝で、子供の甲状腺がんが増えること。その被曝レベルが議論になったわけですが、線量は実測ではなく、後から計算で出すことになる。しかし、100mSvなのか、50mSvか、あるいは1000mSvなのかが分からない。誤差がものすごく大きい。それでも、ロシア、ベラルーシ、ウクライナ、米国、ヨーロッパ、日本が協力して、いろいろな計算式で国際基準を作り、「100mSvを超すと明らかにリスクが高まる」ことが分かってきたのです。

 ――内部被曝も100mSvが基準になる。

 たまたま外部被曝も内部被曝も、基準が一緒だった。どちらも100mSvを超えると発がんリスクが高まる。ただ、子供については、やはりそれよりも厳しい基準にする、50mSvを超さないようにすることが現在議論されています。ただ今は、100mSvで線引きされています。

 つまり、100mSvの根拠は、非常に明確なのです。世界中の研究者が何百人も集まって、何千という論文を検証して基準が作成されている。これを上回るデータはなく、その根幹を成すのは、広島、長崎の疫学調査です。

 ――「外部被曝で100mSv」という基準が作られたのはいつ頃でしょうか。

 ICRPでも、UNSCEAR も、1970年代、80年代ごろから出ています。原発で働く人は1970年代、80年代が恐らく一番多かったと思うのですが、ILO(国際労働機関)による、「年間50mSvを超えない、5年間で100mSvを超えない」という基準が世界で遵守された。

 ――広島、長崎は一度の放射線被爆とのことですが、瓦礫などに放射線が蓄積され、それにより、低線量で長期に被爆することは想定されていないのでしょうか。

 ありますが、その量は外部被爆に比べると、微々たるものです。ケタが違う。だから、ほとんど無視できるくらいになる。また世界的に見れば、ハイバックグラウンドのエリアは幾つもあります。飛行機のパイロットやスチュワーデスも、年間数mSvを浴びています。そういう方々の長期の影響を見ても、発がんリスクの上昇は見られません。放射線による影響は、閾値がない直線モデルで考えられていますが、100mSv以下のレベルはあくまでもグレーゾーンなのです。

 ――科学者ではなく、一般の方にこのグレーゾン、つまり「分からない」ことを、先生は健康リスク管理アドバイザーとしてどのように説明されるのでしょうか。分からないことをそのまま「分からない」と表現すると、一般の方は不安に思う懸念もあります。

 私が最初に福島に行った3月18日には、ほとんど何も情報がなかった。だからまず100mSvを超えないという自信がないと、「心配は要らない」とは言えないわけです。そこで計算したら、どんなに多く見積もっても、(年間積算線量は)100mSvにならなかった。3月15日から、うちの若いスタッフが福島で活動を開始しています。水素爆発が起きた直後の一番高い時です。その時にガイガーカウンターで測定した空間線量は20μSv/hくらいだった。

 ――それはどこで測定したのですか。

 福島市です。高いところでは25μSv/hありました。しかし、彼らは個人線量計を約1週間つけていましたが、個人線量計の値と、空間線量による年間積算線量の予測値には10倍以上のギャップがありました。今、小学校でフィルムバッチをつけて測定する動きがありますが、空間線量からは年間数mSVになるかもしれませんが、実際測ってみればすごく低い値になるでしょう。

 ――ずっと戸外にいるわけではないからでしょうか。

 はい。生活パターンから考えると、裸で24時間、戸外にいるわけではありません。文部科学省は、「学校の校庭等の年間放射線量は20mSv、空間線量率3.8μSv/hを超えない」という基準を出しましたが、これは外には8時間いるという前提。実際にはそれほど長くいないでしょうし、今の空間線量はそれほど高くはありません。

 ――1週間福島にいたスタッフの個人線量計の線量はどのくらいだったのでしょうか。

  1日3~4μSv、1週間で20μSvぐらいです。一番高い時で。1960年代、70年代の東西冷戦時代、核実験が行われていた時代は、日本国民はこれよりもケタが違う線量の放射線を浴びていました。

 ――米国や旧ソ連などの核実験により、日本の空間線量は高かった。

 そうです。しかし、その結果、がんが増えたという証拠はありません。米国では、ネバダでの実験の状況をオープンにしているため、どのくらい被曝したかが分かります。その量から考えても、今の福島の被曝量は、騒ぐほどでないことは明確です。



http://www.m3.com/news/GENERAL/2011/06/29/138648/?portalId=mailmag&mm=MD110629_CXX&scd=0000378404
災害時の本人確認に活用 「共通番号」大綱案
2011年6月29日 提供:共同通信社

 政府は28日、社会保障と税の共通番号制度の大綱案をまとめた。東日本大震災の教訓を踏まえ、災害時の共通番号の活用策を盛り込んだ。被災者が預金通帳をなくしても金融機関から預金を引き出せるよう本人確認に活用するほか、被災者が使っている薬などを把握し、避難所ごとに医薬品を効率的に届けられるようにする。

 共通番号は年金、医療、介護保険、福祉、労働保険、税務の6分野で活用。2015年1月から段階的に利用を開始する。ただ民間や自治体からは業務効率化のため共通番号を活用したいとの要望が出ており、18年をめどに利用拡大を含めた法改正を検討することとした。

 月内にも開く政府、与党の「社会保障改革検討本部」で正式決定する。大綱を基に法案化を進め、今秋に国会提出する予定。ただ消費税率の引き上げを含む社会保障と税の一体改革案の取りまとめが難航しており、先行きには不透明感も出てきた。

 共通番号は、国民一人一人に固有の番号を割り当て、きめ細やかな社会保障サービスや事務手続き簡素化につなげるのが狙い。14年には健康保険証や年金手帳、介護保険証の機能をまとめたICカードを配布する。
  1. 2011/06/30(木) 05:44:25|
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6月28日 医療一般

http://www.m3.com/iryoIshin/article/138582/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
医師不足への処方せん
医学部新設に向け委員会発足、仙台厚生病院・東北福祉大
久道・元東北大学医学部長が委員長、「東北版・自治医大を」

2011年6月28日 橋本佳子(m3.com編集長)

 財団法人厚生会仙台厚生病院と東北福祉大学は6月27日、「宮城に新設を目指す医学部の基本構想検討委員会」を発足、第1回会議を開催した。委員長には、元東北大学医学部長の久道茂氏が就任。委員会は外部委員11人、内部委員4人の計15人から成り、宮城県医師会長の伊東潤造氏らが名を連ねる(『医学部新設の検討委員会設置、仙台厚生病院』を参照)。

第1回会議の冒頭で挨拶する、東北福祉大学学長の荻野浩基氏。左は、厚生会理事長の目黒泰一郎氏。

 東北福祉大学学長の荻野浩基氏は、会議の冒頭、「本来ならもっと早く委員会を立ち上げる予定だったが、東日本大震災が起きた。ただ、地域に根ざした医師が必要であることが、震災により明らかになった。こうした厳しい時こそ、志を高く持ち取り組む必要がある。臨床第一主義の形で、この宮城に何としても医学部を作りたい」と挨拶、医学部新設に強い意欲を見せた。

 久道氏は、全国一律の医師数の議論には意味がなく、地域の実情を踏まえた議論の必要性を指摘、厚生会理事長の目黒泰一郎氏が掲げる「地域医療に貢献する、臨床第一主義の医学部の新設」には理があるとし、「この宮城に新設することにも理がある」と支持。地域に定着する医師養成のため、「自治医科大学の東北版」という形での新設構想を打ち出した。

 久道氏も含め、第1回会議に出席した外部委員9人のうち、医学部新設に否定的見解を示したのは山形県・酒田市病院機構日本海総合病院の病院長、栗谷義樹氏のみ。残る委員は医学部新設を基本的に支持した。伊東氏は、宮城県の地域医療の厳しさ、医師確保の難しさを指摘、「沿岸部の厳しい医師不足にさらに追い討ちをかけたのが、今回の震災。何とかして早く医療を復興させたい。日本医師会から反対されても構わない」と述べ、「医学部新設に賛成」と明言。

 基本構想検討委員会は今後、3回から5回会議を開催、今秋に取りまとめを行う予定。久道氏は、「採決するわけではなく、意見が違う場合には両論併記でまとめる。宮城県になぜ医学部が必要か、新設する場合にはどんな医学部が必要かを一緒に考えていきたい」との方針を示した。

 目黒氏は、「文部科学省の検討会(今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会)が今秋には中間取りまとめを行う予定だと聞いている。何らかのポジティブな方向性が出たら、すぐに動けるように取りまとめをお願いした」と語る。「仮に今秋から文科省との交渉を開始しても、少なくても1年程度はかかると見込んでいる。2013年4月入学からの募集は難しく、2014年4月入学からの募集が可能になればと考えている」(目黒氏)。

会議は6月27日、午後4時から午後5時半すぎまで開催。すべて公開で行われた。

 「医学部新設が必要な三つの理由」、目黒理事長

 会議は、目黒氏が医学部新設の基本構想を説明、その後、フリーディスカッションという形で展開した。

 目黒氏は、宮城県に医学部新設が必要な理由として、三つを挙げた。第一は、医師不足、「特に東北地方は、深刻な勤務医不足で地域医療が崩壊の危機に瀕している」(目黒氏)。OECD平均、日本全国平均の人口当たりの医師数、医師の長時間勤務などに関するデータを提示し、医師不足の実態を説明した。

 第二に挙げたのが、「宮城・仙台の特殊性 - 東北大学医学部に寄せられる期待 -」。目黒氏は、今年1月に内閣官房に医療イノベーション推進室が設置され、その中で、旧七帝大を含む10大学、および6ナショナルセンターを中心に、イノベーションに取り組む方針が打ち出されていることを例示(『医療イノベーション推進室、5月末の取りまとめ目指す』を参照)、「東北にある他の五つの医学部、医科大学とは異なり、東北大学は、医学研究および研究者育成により大きな責任を持つことになる。この研究第一主義の東北大学を補完する意味で、地域医療への貢献を目指す臨床第一主義の医学部が必要」とした。

 第三は、「東日本大震災からの復旧・復興への貢献」だ。震災関連疾患の長期的な調査や診療、疲弊・困窮している沿岸部への長期的医療支援、被災地への復興のためにも、医学部新設が必要だとした。

 その上で、新設する医学部の基本理念として、(1)臨床第一主義(臨床研究・臨床教育の重視)、(2)地域医療貢献(医療を通して東北復興へ寄与)、の二つを掲げた。目黒氏は、「復興への道筋を見いだしかねている人々に光と勇気を与えるために、また50年後、100年後の東北地方の人に、(不作為を理由に)叱られることがないよう医学部新設が必要」と訴えた。

 「全国医学部長病院長会議に反論できず」、久道委員長

 久道氏はまず、宮城県の人口10万人当たりの医師数は全国平均だが、仙台医療圏、特に東北大学のある仙台市に集中しているのに対し、例えば今回の震災で甚大な被害を受けた沿岸部などは全国平均をはるかに下回り、地域偏在が著しいデータを紹介、「医師がいくら増えても、都会に行ったのでは意味がない」と指摘した。

基本構想検討委員会の委員長に就任した、元東北大学医学部長の久道茂氏。

 その上で、久道氏は、文部科学省の「今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会」の議論を引用し、「医学部定員を増やすことを主張しているのは少数派で、かなりの委員は慎重、むしろ反対している。日本医師会副会長の中川俊男氏は、医師が過剰になったら、誰が責任を取るのかと強い意見を述べている」と紹介。さらに、「全国医学長病院長会議では、『医学部新設は百害あって一利なし』などとし、国に要望書を提出している。総論としては同会議に賛成だが、地域で考えた場合、やはり宮城県には医学部が必要」とした(『「医学部新設は、百害あって一利なし」、民主党に要望書』を参照)。

 久道氏が宮城県での医学部新設を支持する理由として挙げたのが、旧七帝大の中で、東北大学だけが同じ都道府県内に医学部・医科大学がなく、教育、研究、地域医療を幅広く担う責任を担っている点。「北海道大学には札幌医科大学、名古屋大学には名古屋市立大学など、他の6つの帝大の近くにはすべて地域医療を担う大学がある。私は東北大学の医学部長を6年間務めたが、その際、『なぜ医師を派遣してくれないのか』とよく言われ悩んだ。しかし、東北大学としては、全国医学部長病院長会議のメンバーとして、(医学部新設への反対論に対し)なかなか反論も言えない面もある。東北大学と連携し、地域医療を充実するための医学部が必要だと考えている」と久道氏は語った。

 前述のように「自治医科大学の東北版」を提唱したのは、地域医療への貢献を義務付ける必要があるという考えからだ。「東北六県のほか、北関東なども含めてもいいかもしれない。県ごとに枠を決めて、県にも負担を求め、医学部を運営する。私立大学は授業料で運営する必要があるが、あまりに高額になると、入学できる学生に制約が生じる。授業料を下げ、学生の質を担保するためにも、自治医科大学方式がいいのではないか」(久道氏)。

仙台厚生病院は、東北大学病院のはす向かいにあるが、同大との連携をはじめ、医学部新設に向けたハードルは多々ある。

 「大学と関連病院の連携で地域医療の担い手養成」

 これに対して、栗谷氏は、全国医学部長病院長会議などが指摘しているように、医学部定員増を推し進めれば、将来、医師過剰時代が到来する懸念を呈し、「問題なのは医師の偏在。今後、人口減少社会が到来する際に、いったいどんな状況になるかを考える必要がある。一度、医学部を作ると後戻りはできない」と医学部新設に否定的見解を示した。「きちんとキャリアパスを作れば、医師は育っていく」と指摘。日本海総合病院が山形大学と連携しながら、卒前教育から取り組んでいる例を紹介し、大学が関連病院と連携して、地域医療の担い手の養成を進めるという方法もあるとした。

 そのほか、「条件的賛成」と受け取れる発言をしたのが、河北新報社代表取締役社長の一力雅彦氏。「単なる医師不足ではなく、地域や診療科による医師の偏在があるという深刻な状態が長年続いている。医学部新設のスタートラインに立ったことは評価する。ただ、もう少し全体のフレームワーク、予算規模、定員数、必要教員数、必要病床数、タイムスケジュールなどを示してほしい。こうした土地で、身の丈にあった医学部を実現するためにはどうすればいいかを議論しなければならない」とコメントした。

 東北大学との連携などハードルは多々

 もっとも、文科省の検討会が「医学部新設」の方針を打ち出すかどうかは未定。仮に新設が可能になっても、資金や教員の確保など検討すべき課題は多々ある。その中で、一番のカギとなりそうなのが、東北大学との連携だ。

 一つの医学部には、少なくても400、500人の教員が必要だとされる。目黒氏は、仙台厚生病院をはじめ、既存の病院を「大学病院」と位置付け、活用していく方針。それにより、教員や臨床実習の場を確保する。「基礎系の教員は必要であり、東北大学と最大限連携していく」と目黒氏は言う。

 ただし、「東北大学の医学部幹部には、2010年末に、これから検討を開始することを説明しただけであり、今は具体的な話をすることを遠慮している。全国医学部長病院長会議が医学部新設に反対している中で、我々とは接触しにくいと考えられるからだ」(目黒氏)という状況。今秋とも言われる文科省の検討会の中間報告で、医学部新設にポジティブな方針が出れば、具体的準備を進める一環で、東北大学にアプローチする予定だという。

 久道氏も、東北大学OBとして働きかけていくと言うが、当の東北大学は、文科省の検討会で、「医学部定員を10年間の期限付きで、20人増員し140人にする」という方針を打ち出したばかり(『東北大、医学部定員の20人増目指す、10年間限定』を参照)。今年初めに、医学部新設構想を公表、ようやく基本構想検討委員会発足までこぎ付けたが、医学部新設へのハードルはなお高い。



http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/gifu/news/20110627-OYT8T01279.htm
下呂温泉病院常勤産科医不在に
(2011年6月28日 読売新聞)

来年1月まで派遣、臨時雇用で対応

 下呂市とその周辺で唯一、出産を扱う県立下呂温泉病院で、産婦人科の常勤医師2人が今月末で退職し、常勤の産科医が来年1月まで、不在となることがわかった。同病院では今年末までは、県内の拠点病院からの応援などで対応し、来年1月に県外から常勤の産科医1人を確保する。常勤産科医の不在は下呂地域の妊婦にとって切実な問題で、県が進める少子化対策にも影響を及ぼしかねない。(福島利之)

 下呂温泉病院などによると、岐阜大学病院から派遣された産科医2人は昨年12月、「遠隔地での勤務は厳しい」として退職を申し出た。下呂温泉病院は岐阜大に代わりの医師派遣を要請したが、「人材がいない」と断られたという。

 下呂温泉病院ではここ5年間、毎年260~270人が生まれている。同病院で出産できない場合、妊婦は約50キロ離れた高山赤十字病院(高山市)などで産まなくてはならず、母子ともに負担が増える。

 今回の事態を受け、下呂温泉病院や県は産科医の後継者探しに奔走し、県内外の産科医数十人に打診した。その結果、5月末になって愛知県の60歳代の産科医と来年1月から働くことで合意した。

 同病院では7月から3か月間、県総合医療センター(岐阜市)など3病院から1日2人ずつ交代で派遣してもらう。さらに10月から3か月間、下呂市内の開業医のうち、現在はお産を扱っていない産科医を臨時雇用して対応する。

 県庁で24日開かれた県地域医療対策協議会では、県総合医療センターの渡辺佐知郎院長が「地域の医師が連携し、緊急時にいかに支援できる態勢を作るかが重要だ」と指摘。また、県産婦人科医会の岩砂真一会長は「一人の医師では診る範囲に限界がある」として、産科医の配置を手厚くするよう求めた。

 産科医不足の背景には、産婦人科医が訴訟リスクの懸念から出産の扱いを敬遠し、婦人科のみしか扱わないケースが増加している現状がある。また、出生数の低下により、産婦人科医院の経営悪化も産科医の減少に拍車をかけている。

 県によると、県内で出産を扱う病院・診療所は1996年に81施設あったが、現在は49施設と激減した。県健康福祉部では「少子化対策には安心してお産のできる環境が不可欠」として、対策を急ぐ方針だ。

 下呂温泉病院の山森積雄院長は「地域の病院にとって産科医の確保は綱渡り。県全体で確保し、応援できる態勢を取って欲しい」と訴えている。



http://www.asahi.com/health/news/TKY201106280138.html
【三重】 唯一の小児2次救急受け入れ病院、夜間・休日、入院中止へ 桑名市
2011年6月28日 朝日新聞 三重

 桑名市の小児医療が危機を迎えている。同市で唯一、夜間・休日の小児の2次救急患者を受け入れている山本総合病院の小児科常勤医が2人から1人になり、救急患者や入院患者の受け入れができなくなるためだ。当面は近隣の病院に協力を求めて対応する。

 同病院には7月、三重大学医学部から後任の小児科医が赴任するが、妊娠中のために救急対応ができず、8月中旬から産休に入る予定だという。小児科部長の川崎肇副院長1人では救急や入院の対応は難しいことから、7月から夜間・休日の2次医療の受け入れを中止。8月中旬からは入院の受け入れも中止する予定だという。

 同病院では2008年7月からの1年間も小児科の常勤医が1人になった。当時は県立総合医療センター(四日市市)に勤務していた三重大学の小児科医が交代で救急態勢を補った。同病院の奥村秀郎事務長は「大変厳しい状況になった。これまでも色々やりくりして小児2次救急を維持してきたが、今回の事態は非常に残念だ」と話す。

 同市では、夜間・休日の1次救急医療は桑名医師会などが運営する応急診療所が担っており、現在、同医師会が近隣の県立総合医療センターや四日市市立四日市病院、海南病院(愛知県弥富市)などに2次救急や入院受け入れの協力を要請している。

 桑名医師会の伊藤勉会長は「話を聞いたときは衝撃的だった。早く市民病院と統合した新病院として、三重大からきちんと医師を派遣してもらえる態勢にするべきだ」と指摘する。当面の運用については「1次救急はこれまで通り応急診療所で受け入れ、2次救急も近隣病院の協力態勢を整えて市民に不安がないように努力する」と話す。

 同医師会は29日に記者会見を開き、今後の対応を説明する予定だ。(姫野直行)



http://www.y-mainichi.co.jp/news/18595/
島をあげて着任祝う 2年ぶり、診療所に常駐医師
6月28日2011  八重山毎日新聞

 【竹富】約2年ぶりに竹富診療所の常駐医師として着任した堀田洋夫医師の歓迎会が23日、まちなみ館で開催された。
 会場には歓迎の横断幕が掲げられ、住民が詰めかけて熱気に包まれた。川満栄長町長や富本傳副町長、琉球大学医学部の学生6人も参加した。

 青年部の太鼓ばやしや保育所のわらべうたで幕開けしたあと、上勢頭芳徳公民館長が「コンビニ受診は極力控えるが、夜も先生がいるという安心感で、体調も良くなったという声を聞く。竹富方言辞典も購入され、義子夫人も同伴なので、ずっと居てもらえる。4月に副町長が(前任地の)青梅市を訪問したとき、(堀田医師の)留任運動があったそうで、青梅市民にも感謝したい」と歓迎のあいさつ。

 川満町長は「きっかけは先生と竹富島の住民との触れ合いだったが、島民の熱い思いが行政を動かし、先生にも通じた。ベテランなので高齢者も安心だろう」と祝辞を述べた。
 堀田医師は「港でのトンチャーマでの出迎えに驚いた。これで逃げられないと腹をくくった。カルテと顔が一致してくると安心感も出てきた。青梅で36年間、医療トラブルがなかったのは自慢。必要な分だけの医療、薬の減量に努めたい」とユーモアを交えて抱負を述べた。
 一方、琉大と八重山病院は離島医療の現状認識を目的に、毎週数人ずつ竹富島に学生を送り込んでおり、同席した学生の山城憲二郎さんは「島を挙げて常駐医を渇望している状況が良く分かり、有意義だった。竹富島に赴任したい」と名乗りを上げていた。

 老人会や3支会からの出し物に続いて歓迎会を6カ国同時通訳で取り上げた即興創作劇も披露され、会場を沸かせた。(竹富通信員)



http://www.tokyo-np.co.jp/article/chiba/20110628/CK2011062802000043.html
医師や看護師ら対応 24時間医療相談開設 来月から市原市
2011年6月28日 東京新聞 千葉

 市原市は七月一日から、市民を対象に二十四時間対応の医療相談ダイヤルを開設する。

 受け付ける相談は、健康や介護、育児、心の悩みなどで、休日夜間の当番病院情報も提供する。相談料と通話料は無料で、医師や保健師、看護師らが年中無休で市民の健康に対する不安に対応する。

 市民専用の電話相談のため、電話番号は非公表。問い合わせは市保健福祉課=電0436(23)9813=へ。 (深世古峻一)



http://mainichi.jp/area/ibaraki/news/20110628ddlk08040214000c.html
こころの医療センター:病院から地域へ情報 初の公開講座に180人--笠間 /茨城
毎日新聞 2011年6月28日 地方版 茨城

 笠間市旭町の県立こころの医療センター(土井永史院長)で27日、「地域に開かれた中核病院」を目指して今年度から始まった公開講座の第1回目が行われ、民生委員やケアマネジャーなど約180人が参加した。

 同センターは今年4月、県立友部病院から名称を変更した。病院側から地域に積極的に出ていく取り組みを行っており、公開講座はその一環。この日は生活習慣病と睡眠呼吸障害について土井院長が講義した。睡眠呼吸障害によって、頭痛や脳血管疾患、精神神経症状が出ることを説明。対処法として、頭痛や目まい感などの症状が出たら専門医療機関で検査を受けるほか、ラジオ体操など毎日できる運動を取り入れることも有効だと話した。

 その後、参加者は東日本大震災を受けてオープンが延期されている同センターの新施設(288床)を見学した。自然光が入り、旧施設よりも明るい雰囲気となっている。秋ごろオープン予定。また、精神障害のために刑事責任を問えない状態で殺人や放火などを行った人に適切な医療を提供し、社会復帰を促進することを目的とした県内唯一の「医療観察法病棟」(18床)も公開された。

 公開講座と施設見学に参加した製薬会社の男性社員(55)は同センターの取り組みについては、「(公開講座に)一般の人も参加すれば病院に対する見方が変わり、患者を見る目も変わるのではないか」と話した。【杣谷健太】



http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201106280047.html
来年6月から病院ヘリ搬送
'11/6/28 中国新聞 

 松江赤十字病院(松江市母衣町)は、高層棟(14階建て)の屋上に整備したヘリポートの運用を来年6月に始めることを決めた。安全面から、南に隣接して建設中の低層棟(6階建て)の完成に合わせる。今月運用を始めた島根県の医療用ヘリコプター(ドクターヘリ)の離着陸が可能な県内4番目の病院となる。

 ヘリポートは屋上の約460平方メートルのスペースに整備。重量6・4トンまでのヘリが離着陸できる。県が今月13日に運用を開始したドクターヘリに加え、県の防災ヘリコプターも利用する。両ヘリとも、主に病院間で患者を移送する「転院搬送」の利用を見込む。

 同病院は昨年3月、救急病棟や病室が入る高層棟の新設に合わせ、約1億円で整備していた。しかし、外来や医局が入る低層棟の建設が南の隣接地で進んでおり、大型クレーンなどとの接触など安全面の問題を考慮し、運用開始を見送っている。

 転院搬送については現在、約4キロ南西の県消防学校(同市乃木福富町)のグラウンドをヘリの離着陸場所として利用。隠岐の島町など隠岐4島の医療機関を対象に、年間約30件の転院搬送を実施している。ヘリポートの運用が始まれば、搬送受け入れ数の大幅な増加が見込まれる。
  1. 2011/06/29(水) 05:19:11|
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6月28日 震災関連

http://mainichi.jp/area/fukui/news/20110628ddlk18040759000c.html
東日本大震災:遠隔地でも心電図診断 福井大開発、岩手の避難所で来月試行 /福井
毎日新聞 2011年6月28日 地方版 富山

 福井大医学部は27日、心電図情報を遠隔地にいる循環器専門医がスマートフォンで受けて診断するシステムを開発した、と発表した。7月には岩手県の避難所などで診断を試行する予定で、専門医の数が不足する被災地や原発事故現場などでの活用が考えられるという。

 同システムでは、現場にいる人が健康診断でも用いられる心電図を測定し、小型パソコンからインターネット上に送信。連絡を受けた専門医がスマートフォンやパソコンでインターネットにアクセスし、データを見て現地に診断結果を伝える。インターネットに接続できる環境であれば、専門医がどこにいても診断できるのがメリットという。同大医学部医療情報部の笠松真吾・技術専門職員は「なかなか災害現場に行けない医師も、被災地支援にかかわることができるシステムだ」と話した。【幸長由子】



http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=42893
大震災・茨城から(2)薬・器具不足 綱渡り診療
(2011年6月28日 読売新聞)

 福島県に近い茨城県北部では、震災発生の直後、医療用器具などの支援物資が届かない医療機関があった。ガソリン不足に加え、福島第一原発の事故の影響により、物流がうまく機能しなかったためとみられる。

 物資が供給されるまで医療機関は在庫などで持ちこたえた。医療物資がなくなることを懸念しながら、綱渡りの診療を強いられた医療機関もあった。

 同県北部の日立市にある秦(はた)病院では、震災が起きた3月11日、約120人の入院患者がいた。半数は寝たきりの高齢者で、水分や栄養、薬剤の点滴が必要な患者も多かった。

 翌日にかけて、ふだんの10倍の約50台の救急車も受け入れた。マスクや手袋、注射器などの在庫はどんどん減っていった。

 筑波大病院(同県つくば市)は県北部の医療機関に派遣した医師などから医療物資が足りなくなっている情報をつかんだ。医療物資がなくなれば、診療を続けることはできなくなる。同病院は3月20日、院内に物資供給の拠点となる「緊急医療材料供給センター」を設置し、支援活動に乗り出した。

 医療物資は心肺蘇生法の普及活動を行うNPO法人「日本ACLS協会」などを通じ、約8700万円相当分をかき集めた。いったん同センターに保管し、その上で県医師会などを通じ、各医療機関に送られた。

 秦病院には3月21日、マスクや手袋、点滴用チューブ、注射器などが届けられた。同病院事務部長の後藤重史さんは「他の医療機関よりも多い約2週間分の在庫があったが、支援があと数日遅れたら、診療を続けられなくなっていたかもしれない」と話す。

 同病院に入院していた女性(77)は3月25日、ぜんそくが悪化。発作を抑えるステロイドや感染症を予防する抗菌薬などの点滴を2週間、続けた。

 その結果、症状は落ち着いた。点滴に用いる医療用チューブなどがなかったら、治療を続けることはできなかった。女性は「よくしてもらえてありがたい」と感謝する。

 ただ、同センターが送ったはずの物資が4月になるまで届かなかった医療機関もあった。足りない物資の品目や分量などの情報伝達が、医師会や医療機関の間でうまくいかない面もあったためだ。

 筑波大病院救急・集中治療部副部長の安田貢さんは、「災害時の支援は時間がかかっては意味がない。今後は、県や医師会との連携を強化し、足りない物資や分量などを迅速に把握し、支援を行える仕組みを作っていきたい」と話している。



http://www.kahoku.co.jp/news/2011/06/20110628t35018.htm
岩手・大槌病院 仮設診療所が完成 前の仮設より3倍広く
2011年06月28日火曜日 河北新報

真新しいコンテナ式の建物で診察が始まった県立大槌病院の仮設診療所=27日、岩手県大槌町

 東日本大震災で被害を受けた岩手県立大槌病院(大槌町)の仮設診療所が完成し、27日に診療を開始した。
 元の病院から1キロほど内陸に入った民有地に、日本災害医療ロジスティック協会(東京)から提供されたコンテナ式の平屋の建物を設置した。
 広さは約460平方メートルで、これまで公民館に開設していた仮設診療所の約3倍。エックス線検査やエコー検査ができ、7月には内視鏡検査も可能になるという。
 初日から大勢の町民が訪れ、診察を受けた。元水産加工業一兜和義さん(59)は「きれいでいいですね」とうれしそうだった。
 岩田千尋院長ら内科医3人が常勤し、応援医師による外科、整形外科、皮膚科、眼科の診療も行う。連絡先は0193(42)2121。



http://mainichi.jp/area/fukuoka/news/20110628ddlk40040449000c.html
東日本大震災:宮城県の災害拠点病院医師が講演「医療関係者にも残酷な状況」 /福岡
毎日新聞 2011年6月28日 地方版 福岡

 ◇課題中心に再構築訴え

 宮城県塩釜市の災害拠点病院・坂総合病院の救急科医師、佐々木隆徳さん(33)がこのほど、小倉北区の市立男女共同参画センター・ムーブで医療関係者を対象に講演した。東日本大震災の被災直後の病院の様子を「家族と連絡がとれない中で傷病者に対応した医師もおり、医療関係者にとっても残酷な状況だった」と振り返った。

 坂総合病院は地震で壁にひびが入り、配水管が破損して集中治療室が一時使用不能になるなどの被害を受けた。それでも震災当日からけが人が次々と運び込まれ、医師らは負傷の程度に応じて治療の優先順位を決めるトリアージを実施。心肺停止で運ばれた5歳の男の子もいたという。

 佐々木さんは当時の院内の様子をスライドで説明しながら「当初は停電で暖がとれず、防寒具を着て診察していた」と証言。「ライフライン、通信手段が断たれ、完全に孤立状態だった。災害時には衛星電話が不可欠だと思った」と語った。

 そのうえで「今回見えたたくさんの課題を中心に救急災害医療を再構築しないと新たな震災には対応できない。地域に求められる医療を考えながら医療活動にあたりたい」と締めくくった。【西嶋正法】



http://www.m3.com/news/GENERAL/2011/06/28/138608/?portalId=mailmag&mm=MD110628_CXX&scd=0000378404
言えない悩み抱える女性 更年期症状悪化も 被災地外にも不安障害 「ウーマン・アイ」「震災後の女たち」
2011年6月28日 提供:共同通信社

 東日本大震災から3カ月。激変した環境、長引く避難生活で、心身の不調を抱える女性が増えている。更年期などは不眠をはじめ体調が崩れやすい傾向があるが「みんな大変だから」「恥ずかしい」などさまざまな理由で、悩みを抑え込んでしまう人も多い。専門家は症状悪化を心配している。

 岩手県内の民間団体と行政が協力して運営する「女性の心のケアホットライン・いわて」には、他人には言いにくい悩みも寄せられる。「息子の家に身を寄せたが居心地が悪い。嫁ともうまくいかない」と悩む70代女性。避難所にいる別の女性は「仲が悪かった人と一緒になって苦痛です」。

 60代の女性は被災後、動悸(どうき)が治まらない。一時落ち着いたが、半壊した家が取り壊されると聞き、戻った途端にぶり返した。「こんなことがいつまで続くのか」と話したという。

 ホットラインの担当者は「避難所では一見元気に振る舞う女性が目立つが、そうしないと乗り越えられないから、つらいことを考えないようにしているかのようだ。今後、仮設住宅に入って現実と向き合った時、どうなるか心配」と言う。

 同県宮古市の避難所で暮らす女性(52)は津波で家を失い、順調だった生理が止まった。仮設住宅に入るめどはまったく立たない。子どもと一緒の時は笑顔だったが、一人になると沈んだ表情で「これからのことを考えると精神的につらい」と話した。

 もともと女性は、閉経を迎える更年期に心身が不安定になる人が増える。女性の医療に詳しい天野恵子(あまの・けいこ)医師は「ホルモンの変化の影響で自律神経が乱れ、男性より不眠や便秘になりやすい。ストレスがあると症状はさらに悪化する」と話す。

 避難所を回って女性たちの健康相談に乗っている岩手県立大看護学部の福島裕子(ふくしま・ゆうこ)准教授は、強いストレスにより、40代でも尿漏れに悩む女性がいることに気付いた。「高齢者は尿漏れパッドの使用に比較的抵抗がないが、若いと、必要でも言い出しにくいようです」

 仙台市の自宅で被災した漫画家の井上(いのうえ)きみどりさんも、悩みを口にできない女性の多さを実感する。雑誌に女性の病気に関する連載をしていた縁で、被災女性向けの医療関連情報のブログを開設。相談者には内容に応じ医師らを紹介しているが、日がたつにつれ心の相談が増えてきた。「女性は子どもの世話などを優先し、自分のことは後回しにしがちだ」と思う。

 一方、聖路加国際病院(東京)の保坂隆(ほさか・たかし)医師(精神医学)は「精神面への影響は被災女性に限らず広がっている」とみる。今回の震災では押し寄せる津波を繰り返し動画で見る機会が多く、精神的負担が非常に大きいためだという。保坂医師は「地震に遭っていないのに、動悸や揺れている感じがするなど、不安障害の症状がある人がいる。それが固定化しないよう、専門家によるケアが必要だ」と指摘している。
  1. 2011/06/29(水) 05:15:46|
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6月27日 医療一般

http://www.kyoto-np.co.jp/education/article/20110627000022
産婦人科、看護能力向上へ 滋賀医大と京都橘大が提携
【 2011年06月27日 09時24分 】

 大津市の滋賀医科大と京都市山科区の京都橘大が5月、高度な看護能力を持つ看護師の育成や周産期医療で共同研究を進める包括協定を締結した。滋賀県内でも産婦人科を中心に医師不足が深刻化しているが、医師の急速な増員は難しい中、看護職のレベルアップで地域医療を支えることが期待されている。

■学生実習チーム医療体験

 滋賀医科大で行われた調印式で、滋賀医科大の馬場(ばんば)忠雄学長らは滋賀県の出生率が全国3位でありながら女子人口(15~49歳)10万人あたりの産婦人科医数は全国45位(2008年度厚生労働省調査)というデータを紹介し、医師不足の深刻さを指摘した。

 同省調査によると県の人口千人あたり出生率は9・5で全国3位、医師1人あたりの出生数(08年)は134・9人で全国平均の100・1人を上回る。

 特に医師に過剰な負担がかかりやすいとされる産婦人科は医師不足が深刻化。03年度に20カ所だった分娩可能な病院が、現在は12カ所に減った。

 彦根市立病院の産婦人科は4人の常勤医が1人に減り、07年度から医師によるお産を扱っていない。翌年度、「院内助産所」を設けたが、近隣の診療所や湖北の医療機関での出産が増加。長隆義事務局長は「再開を願う声に応えたいが、医師がいない」と悩む。

 こうした中、国は医師不足の要因となっている医師への負担集中を改善しようと現在、高水準の看護を提供する「専門看護師」や医療行為まで担う「特定看護師」など新しい制度を検討している。滋賀医科大と京都橘大の提携はこうした動きにへの対応を視野に入れている。

 具体的には、滋賀医大が京都橘大の看護学部や大学院の看護学研究科に講師を派遣。看護学生の実習を付属病院で行い、医療現場で広がっているチーム医療を早くから体験させることで、高度な現代医療に対応できる看護職の育成に取り組む。

 京都橘学園の梅本裕理事長は「滋賀医大との協定を通じて優秀な看護師を育て、地域医療の向上に役立ちたい」と話す。



http://www.m3.com/iryoIshin/article/138517/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
「医療の本質」は家庭医療にあり
第2回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会長に聞く

2011年6月27日 聞き手・まとめ:山田留奈(m3.com編集部)

 日本プライマリ・ケア学会、日本家庭医療学会、日本総合診療医学会の3学会が合併し、新たに「日本プライマリ・ケア連合学会」となったのは2010年4月のこと。来る7月2日から3日には、札幌で2回目の学術大会が開催される。高齢社会を迎え、医療のあり方が問われている今、地域医療やへき地医療に親和性の高い家庭医/プライマリ・ケア医が果たすべき役割は大きい。第2回学術大会の若き大会長、草場鉄周氏(北海道家庭医療学センター理事長)に、学術大会にかける想いや、今後の家庭医療などについて伺った(2011年6月8日にインタビュー)。

 ――7月2日より開催される第2回学術大会のテーマ「時と人をつなぎ 今飛躍の時へ」に込められた先生の意図は何でしょうか。

 一番のポイントは、「志を同じくする仲間であることを確認し合う場にしたい」ということです。3つの学会が合併した当初は、かたや病院の総合診療部、一方は地域の開業医など、バックグラウンドの違いで試行錯誤していましたが、ちょうど1周年を迎える頃から、「基本的に同一の志向性を持つ仲間である」という認識が構築できてきたと感じています。また、我々にとって今までの10年、15年は先輩方から受け継いだ「古き良き伝統的なかかりつけ医」のスピリットを若い医師に伝える期間であって、これからは未来志向で確かな発展を遂げるフェーズとなるでしょう。縦の軸で「時」を、横の軸で「人」をつなぐことで、21世紀の医療を織り成す基盤になることを期待しています。

 ――そのような狙いを実現するために、大会プログラムにはどのような工夫をされたのでしょうか。

 とにかく、来てくださる方たちが交流でき、インタラクションがふんだんにある学会にしたいと考えました。単なる懇親会ではなく、学会企画の中で老若男女に語り合っていただきたい。プログラムをご覧いただくと、ワークショップがかなり多いと思われるでしょう。さらに、共通の話題でざっくばらんに語り合う場としてインタレストグループやナイトセッションも用意していますので、ぜひ「一人じゃない、仲間がいる、皆から元気をもらって帰ってほしい」と思います。

 もちろん、シンポジウムや教育講演もあります。家庭医療専門医制度を通じてこれからの日本の医療のあり方を議論したり、どの立場でも大事なのに曖昧な概念「患者中心の医療」の位置づけを語り合う。また、海外から見た日本のプライマリ・ケアの評価や、東日本大震災についても支援活動(PCAT)の報告と今後の災害支援について検討します。

 ――まだ30代半ばでいらっしゃる草場先生が大会長を務められる。これは大抜擢です。プレッシャーは感じておられますか。

 そうですね、理事会で大会長に推挙された時は大変な緊張感がありました。日本プライマリ・ケア連合学会が考えるべきは、過去ではなく未来。私に任せていただけたのはそういう意図だと理解し、理事の先生方の「親心」を感じています。

 ――今回の学術大会は、開催後にm3.comが特集する予定ですが、このようなウェブとの連携についての先生のお考えをお聞かせください。

 医療界全体から見れば、プライマリ・ケアを専門する者の割合は少ない中で、場合によっては内向きの議論になりかねない。m3.comとコラボレーションすることで、プライマリ・ケアを専門としない先生方に、我々の専門性や活動を知っていただくとともに、忌憚なきご批判やご意見を頂戴できれば大変ありがたいですね。立場は違っても、活発にコミュニケーションして、双方が尊重し満足することが、結果的に日本の医療のためになると信じます。

 ――それでは、日本プライマリ・ケア連合学会、およびそこに所属している医療従事者に課せられた使命について、先生のお考えを教えてください。

 被災地支援に関わった際、私には2つの気づきがありました。

 1つは、「クリアに医療の本質が見えた」こと。被災者は健康問題のみならず、社会的な問題、生活の問題を抱えていますので、これらを幅広い視点で全人的に診て対処できる医師が重宝されました。さらに、行政や他職種と連携するための「ハブ機能」の必要性と存在意義が明確になった。これらはプライマリ・ケアの専門家である我々の得意とするところです。

 もう1つは、「災害時にはへき地医療の問題がよりシビアになる」ことです。外部からの緊急支援がうまく回っていても、本来の医療基盤が脆弱であれば、残された患者を引き継げない。都市部の大きな病院で症例を多数経験することに意義を感じる医師もいれば、郡部で地域密着の医療にやりがいを感じる医師もいる。後者はまさに我々の本懐ですし、大事な使命の一つだと考えています。

 ――プライマリ・ケアというと、まず初期診療を行う地域のベテラン開業医を想像してしまうのですが、家庭医を志す若い先生は増えてきているのでしょうか。

 ここ10年くらいで教育プログラムや施設が整備され、学生に家庭医/プライマリ・ケア医へのキャリアプランを示せるようになったことで、家庭医療を志す若手が増えています。彼らには「温かく患者さんに寄り添う医療をしたい」という思いがある。幅広い健康問題に対処するのは一筋縄ではいきませんが、皆やりがいや面白みを感じてがんばっています。決して「家庭医=開業医」に限定されない、多様な活躍の場があるのです。

 恐らく昔も同様の志向を持つ学生は一定数いたはずです。当時は将来の道筋が不透明で、かつ家庭医療自体の認知度が低く、仕方なく他の専門を選ばれた中堅以上の先生がいらっしゃるかもしれない。今は教育プログラムや専門医制度が用意されているので、興味がある方はぜひ我々の仲間になっていただきたいですね。



http://www.m3.com/iryoIshin/article/138521/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
アンケート:勤務医の給与
給与・待遇に「満足」、大学・民間で大差◆Vol.10
卒後「1-5年」、「31年以上」で満足度が高い傾向

2011年6月27日 村山みのり(m3.com編集部)

Q.11  現在の給与・待遇に満足していますか。
[施設種別]
     満足  どちらかと どちらかと 不満 分からない  その他
         言うと満足 言うと不満    どちらとも
大学病院 0%    7.7%   30.8%   49.6%   11.1%   0.9%
公立病院 5.6    33.3    31.3    22.2    6.9    0.7
公的病院 9.7    25.0    27.8    30.6    6.9    0
民間病院 11.6    39.8    25.1    14.3    8.9    0.4

[卒後年数別]
     満足  どちらかと どちらかと  不満  分からない  その他
         言うと満足 言うと不満      どちらとも
1-5年   6.3%   26.2%   27.0%   28.6%   11.9%   0%
6-10年  5.6     20.6    299    36.4    7.5    0
11-20年  6.8    28.8    29.5    25.8    8.3    0.8
21-30年  9.2    34.2    31.6    17.8    7.2    0
31年以上 11.0    43.9    17.1    18.3    7.3    2.4


 現在の給与・待遇への満足度について、施設種別に見ると、「満足」との回答が最も多かったのは民間病院勤務医で、11.6%。「どちらかと言えば満足」との合計は51.4%と半数を超えた。

 一方、大学病院勤務医では「満足」とした回答者はおらず、「どちらかと言えば満足」もわずか7.7%にとどまった。「不満」の割合は49.6%とほぼ半数に達し、「どちらかと言えば不満」との合計では8割超。大学病院勤務医が、待遇に強く不満を抱いていることが示された。

 公立病院・公的病院勤務医の回答では、「不満・どちらかと言えば不満」が半数をやや上回り、「満足・どちらかと言えば満足」は4割弱だった。

 卒後年数別では、1-5年目の医師を除けば、年齢が高くなるに従って「満足」とする回答が多くなる傾向が見られ、31年目以上の医師では54.9%が「満足・どちらかと言えば満足」とした。一方、「不満・どちらかと言えば不満」との回答は6-10年目の医師に最も多く、66.3%を占めた。



http://mainichi.jp/area/miyazaki/news/20110627ddlk45040309000c.html
ドクターヘリ:来年4月から運航 県と宮崎大、近隣住民向け説明会 /宮崎
 ◇「騒音と安全性に不安も」

 来年4月からドクターヘリを運航する県と宮崎大学は25日夜、近隣住民向けの説明会を初めて開いた。住民からは、救命率向上などの意義を認めながらも、騒音や事故を不安視する声が出た。

 医師が搭乗するドクターヘリは、県の地域医療再生計画に基づく事業。現場での応急措置や病院への搬送時間短縮を図る。宮大病院の「救急救命センター」新設と同時に導入予定で、年内に大学敷地に地上型ヘリポートや格納庫を整備。13年には救命センター近くに高さ16メートルの屋上型ヘリポートを増設する。

 説明会は医学部講義室であり、県医療薬務課が事業概要を説明。千葉県で搭乗経験がある金丸勝弘医師が「救命率が向上し、命の灯を消さない力になる」と効果を紹介した。

 住民からは、日常的な騒音による生活への影響や養鶏場の鶏が受けるストレス、事故を心配する意見が出た。

 大学側は、飛行ルート設定や安全運航に配慮する考えを説明。運航を担う西日本空輸は既に福岡県でドクターヘリを飛ばしており、宮崎では低騒音でエンジンを2基搭載した最新ヘリを使用すると回答した。

 終了後、黒坂自治会長の佐藤坦三さん(69)は「理解はするが、騒音と安全性に不安があるのも事実だ」と話した。医学部の池ノ上克教授は「導入成果をイメージしてもらえるよう説明を重ねて理解を得たい」と話していた。【石田宗久】



http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20110627/CK2011062702000083.html
しんしろ助産所開設 全国初、院内助産所と連携
2011年6月27日 中日新聞

 院内助産所と助産所の全国初の連携ケースとして注目されるしんしろ助産所の開所式が26日、新城市長篠の助産所隣の児童館であった。

 しんしろ助産所は市が建設し、助産師4人を配置。正常な出産が見込める経産婦を受け入れる。

 出産時は妊婦と助産師が、車で30キロ離れた浜松市北区にある聖隷三方原病院の院内助産所へ移動。院内助産所の助産師と分娩(ぶんべん)介助し、異常があれば医師が対応する。

 2006年の新城市民病院のお産休止以来、奥三河地方には出産できる施設がなく、市は助産所開設を模索。非常時に医師が対応できる院内助産所との連携で開設にこぎつけた。穂積亮次市長は「新しい医療再生の芽を吹かせていきたい」とあいさつした。

 業務は27日からで、市民でなくても利用可。(問)助産所=電0536(32)1050



http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0627&f=column_0627_002.shtml
ジェネリック医薬品処方に疑問を持つ医師85%・不安項目は医薬品共通の問題
【コラム】 2011/06/27(月) 07:44

  医師コミュニティサイト【MedPeer】を運営するメドピアは2011年6月21日、ジェネリック医薬品に関する調査結果を発表した。それによると医師で構成される調査母体においては、ジェネリック医薬品の処方に疑問や不安を持つ人が85%に達していることが明らかになった。具体的な疑問・不安としては「品質への疑問」がもっとも多く、疑問を持つ医師のうち66%、次いで「効果への疑問」が55%の回答率を見せている(【発表リリース】)。

今調査はMedPeer登録会員の医師に対して2011年5月20日から26日にかけてインターネット経由で行われたもので、有効回答数は2568サンプル。

  【後発品市場、医師は「国内後発品専業」より「新薬大手」】などで解説しているように、ジェネリック医薬品とは「後発医薬品」とも訳される、新薬特許が切れた後に作られる医薬品のことを指す。厚生労働省の承認を得れば特許料ナシで発売ができるので、先発医薬品と比べて値を抑えられる。欧米では一般名(Genericname:成分名)で処方されることが多いことからつけられたもの。「同じ成分を使って安く提供できる、同等の効果が期待できる医薬品」として医薬品業界・政府でも必至にアピールをし、2012年度までには数量シェア30%以上が政府目標となっている。

  このジェネリック医薬品に対し、処方を行う医師の立場から疑問や不安は無いかと聞いたところ、85%の医師が何らかの疑問、あるいは不安を覚えるという結果が出た。

  資料には「不安・疑問は無い」「不安・疑問がある」それぞれの立場の位置における具体的なコメントも掲載されているが、「無い」派の医師の意見において「不安は思い込みの面が多いのでは」とする全面的肯定意見がある一方、「薬剤部がきちんと調べ、供給体制や情報提供のきちんとしているジェネリックしか処方できません」「MRと面談し、会社の姿勢をしっかり確認すれば」などのように前提条件の上で「無い」としているところも少なくない。

  不安派の具体的な不安もまさにその部分について、疑問・不安を抱いている。

  「普及政策への疑問」は別として、他の不安要素はすべてジェネリック医薬品を提供する企業側の姿勢次第となる。品質(副作用や効果も含まれる)をしっかりと保証し、情報提供体質を確かなものとし、安定供給を確実に行う。これらは何もジェネリック云々というものでは無く、医薬品すべてにおいて求められていることに過ぎない。

  そして否定派のコメントを精査しても、「ジェネリックだから」という半ば偏見によるものではなく、「先発に比べて効果が悪く先発に戻して欲しいと患者さんより要望」「在庫切れが多く製造中止となる薬も多い」「副作用時の情報提供などMR(メディカル・リプレゼンティブ、MedicalRepresentative。医薬品メーカーの医薬情報担当者)が全く来ない」「後発品メーカーのMRは価格のみ強調するが薬剤に対する知識は皆無」など、医薬品そのものやそれを提供するサポート上の問題が、疑問や不安を医師に与えている事が分かる。

  ジェネリック医薬品の問題では得てして「成分は同じなのだから同じ効果がある”はず”。普及が進まないのは先発医薬品の企業による圧力があるから云々」という論評を耳にする。しかし現場の医師らの意見を拝聴する限りにおいては、医薬品そのもの、そしてそれを提供する環境の面での問題が原因であることが分かる。

  最終的に医薬品を服用し、効果に期待をかけるのは患者(となりうる人達)自身。どのみち橋を渡る必要があるのなら、出来るだけ安全な橋を渡りたいと考えるのは、間違った考えではあるまい。一方で橋の持ち主が自らの橋を「リスクのある橋」と自認するのであれば、いかにリスクを減らせるかを真剣に考え、その方法を実行すべきだろう。(情報提供:Garbagenews.com)



http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/250557
がん拠点病院 補助金格差 旧国立系、平均4倍
2011年6月27日 10:04 西日本新聞朝刊

 どこに住む患者にも適切な医療を提供するために国が指定する「がん診療連携拠点病院」の機能強化を図る補助金に、旧国立病院・旧国立大学病院・労災病院とその他の病院との間で、九州で平均して4倍近い格差があることが西日本新聞の取材で分かった。診療科や病床の数など規模を考慮しても旧国立系の優遇は際立つ。国立病院を引き継いだ独立行政法人と国立大学法人などへの補助金は全額を国が負担するのに対して、それ以外の病院は県が補助額を決め、国はその半額を出すしくみになっていることが背景にある。厚生労働省は「県の財政力に左右されており差がつくのはやむを得ない」としている。

 2010年度に九州の49の拠点病院に交付された「機能強化事業」の補助金額を厚労省と各県に尋ねた(11年度の拠点病院は51)。この事業は、患者・家族に情報提供する相談支援センターや、がん登録に携わる職員の人件費▽医療従事者の研修費-などが対象で06年度に始まった。

 厚労省が全額補助する旧国立系の病院は18で、大分大病院の3602万円から嬉野医療センターの920万円まで平均2079万円。一方で、国と県が半額ずつ負担するその他の31病院は、佐賀県立病院好生館の1400万円から熊本赤十字病院と済生会熊本病院のゼロまで、平均568万円だった。

 旧国立系を除いて5カ所の拠点病院がある熊本県の担当者は「(補助ゼロの)2病院は補助金はなくても指定を受けたいということだった。県財政も苦しく、県北や県南、公立の病院を優先してきた」と説明する。11年度は5病院すべてに割り当てる方針だが、予算総額は10年度と同じ1590万円。「拠点病院は国が指定するのだから、国に全額措置していただきたい」と訴える。

 宮崎県の担当者も「県の負担が一律半額ではなく、財政力指数を考慮していただけないか」と言う。09年度までは県立延岡病院と県立日南病院も拠点病院だったが、指定要件の見直しで緩和ケアチームに必要な医師や看護師が確保できず指定解除となった。医療者が少ない地域ほど人件費や研修費といった補助金が少なくなり、拠点病院としての機能を維持すること自体が難しくなる現実もある。

 旧国立系のみに全額補助することについて厚労省がん対策推進室は「国と県が折半するのが基本だが、地方自治にかかわる法例で、都道府県が独立行政法人に補助金を出すことができないため」と説明、特例措置を強調する。



http://www.m3.com/news/GENERAL/2011/06/27/138546/?portalId=mailmag&mm=MD110627_CXX&scd=0000378404
肝いりの医療改革で後退 英、民間参入に強い反発 「国際底流」
2011年6月27日 提供:共同通信社

 昨年5月の政権交代後、おおむね順調な政権運営を続けてきた英国のキャメロン首相が肝いりの国家医療制度(NHS)改革で後退を余儀なくされている。民間企業の参入拡大が「医療の民営化」と批判され、野心的な法案は内容を緩和する修正に追い込まれた。NHSの運営効率化という「実を取る作戦」との見方もあり、論争は続きそうだ。

 「われわれの提案は断固正しい。だが、国民の意見を聞き、改革案の形や進め方を変える」。今月14日、ロンドン市内の病院で記者会見したキャメロン首相はこう方針転換を表明した。

 国が税金で運営するNHSには、初期治療を担うかかりつけ医やより高度な医療を提供する病院などがあり、医療費は原則無料。しかし、診察まで数週間待ちが日常茶飯事で、官僚的な運営による非効率性が長く問題になっている。日本と同様、高齢化や高価な新薬・医療機器の開発で医療費が増え続けることへの危機感も強い。

 政府が昨年7月に発表した改革案は、人口の約8割を占めるイングランド地方が対象で「1948年の制度発足以来、最大の改革」と呼ばれた。病院運営に営利企業を含めた民間の参入機会を広げて競争を促し、組織も大幅に改廃して現場のかかりつけ医に財源と権限を移すという2本柱。

 だが、管理部門を中心に2万人以上の職員が削減されるため、労働組合は反発。既得権を脅かされる英国医師連盟も「民間参入が進めば、医療機関同士の協力が阻害され、患者のためにならない」と批判する。

 NHSは英国民が誇りとし、愛着の強い制度。改革は必要と認識しつつ、一般市民の間でも民間参入には抵抗感が強い。

 「NHSのおかげで私は2度も命を救われたの。企業を入れて競争させる必要なんてない。政治家は金勘定しか考えてないのよ」。腸の病気でロンドンの病院に入院するシラ・キャロンさん(62)はそう語気を強める。

 批判を受け政府は「患者の利益が第一」として、民間参入に一定の制限を設ける見通し。組織改廃の2013年の完全実施についても例外を認め、猶予を与える方針で、国会で審議中の法案を修正する。

 方針転換には「骨抜き」(英メディア)との指摘がある一方、「譲歩したように見せているだけ」(民間コンサルタント)との見方も。最重要課題の一つだけに、改革の成否は今後の政権の行方を左右しそうだ。(ロンドン共同)

※国家医療制度(NHS)
 「揺りかごから墓場まで」と称される英国の社会保障を代表する制度。日本では健康保険加入者が保険料を支払い、病気やけがの際に保険サービスとして医療を受けるが、NHSは税金で運営。保険料や窓口負担はなく、居住者なら原則無料。ただ日本と異なり、まず事前登録したかかりつけ医で受診した後、必要に応じてより専門的な病院にかかるのが原則。医師や看護師ら約170万人が働き、2008年度の予算は約1千億ポンド(約13兆円)。



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/34826.html
薬学定員問題「大学減る前に対策を」- 文科省検討会
( 2011年06月27日 20:27 キャリアブレイン )

 文部科学省の「薬学系人材養成の在り方に関する検討会」(座長=永井良三・東大大学院医学系研究科教授)は6月27日の会合で、薬学教育6年制導入後の課題について意見交換した。これまでの検討会では薬系大学・薬学部乱立の影響で、定員割れを起こした大学の経営悪化や、学生の学力低下などの課題が指摘されている。これを踏まえ、この日の会合では「経営が悪化してだんだん大学が減る前に、打つ手があれば打っていかなければならない」(井上圭三副座長・帝京大薬学部長)、「スピード感を持って対応しなければ後ろに行けば行くほど問題が増える」(竹中登一委員・アステラス製薬最高科学アドバイザー)などの意見が出た。
 
 意見交換では、市川厚副座長(武庫川女子大薬学部長)が「薬学教育で今一番問題になっているのは、薬学のことをあまり分かっていないまま入学してしまい、離反していってしまうこと。従って高校生に対して、より積極的に現実を伝える必要がある」と述べた。
 一方、竹中委員は「文科省にはぜひ私立大学の経営者とコミュニケーションを取って、ビジョンや将来的にこれでやっていけるのかどうかを聞いていただきたい。教育に関することなので、前もって手を打つ必要がある」と語った。
 
 また検討会は、薬学教育6年制の卒業生を対象とする4年制の大学院博士課程について、ふさわしい教育研究が行われるようフォローするため、ワーキング・グループ(WG)の設置を決めた。WGでは、具体的な項目や観点、参考とすべき指標などフォローする内容を決め、必要に応じて大学からヒアリングを行い、検討会に報告する。
  1. 2011/06/28(火) 05:25:16|
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6月27日 震災関連

http://sankei.jp.msn.com/world/news/110627/asi11062720310004-n1.htm
【東日本大震災】 被災地で心のケアへ フィリピン女性医師3人
2011.6.27 20:29 産經新聞

 東日本大震災の被災地で「心のケア」などに当たるフィリピン人の女性医師3人の壮行式が27日、マニラ首都圏の日本大使館で行われた。

 3人は災害医療の専門家と精神科医。28日~7月13日、岩手県大船渡市や陸前高田市、宮城県気仙沼市など計6市4町を日本人医師らと共に回る予定で、在日フィリピン人や日本人を対象に一般の医療活動もする。

 アイダ・ムンカダ医師は「災害発生からしばらくたってトラウマ(心的外傷)の症状が出ることが多い。私たちがしっかりケアしたい」と意気込みを語った。(共同)



http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=42830
大震災・茨城から(1)療養型病床 北部で激減
(2011年6月27日 読売新聞)

 激しい横揺れがしばらく続いた。3月11日、茨城県北茨城市にある広橋第一病院の病室。同市の入院患者A子さん(90)はベッドにつかまり身を震わせた。気管支ぜんそくの持病が悪化し1か月前から治療を受けていた。

 「早く逃げたい」。そう叫ぶと職員が落ち着くように声をかけた。それで冷静さを取り戻した。

 地震で同病院の建物には何か所も亀裂が入った。壁も一部がはがれ落ちた。

 同病院は慢性期の患者を専門に受け入れる療養型の医療機関だ。ベッド数は97床。震災時は満床に近い93人の患者が入院していた。

 本震の後も余震が続き、建物はさらに壊れる危険があった。診療面でも東京や福島から通っていた非常勤の医師が、交通事情の悪化で通勤できなくなり、十分な診療態勢を維持できなくなった。震災の翌日、病院長の紅露(こうろ)恒男さんは入院患者全員の転院を決断した。

 比較的症状が軽い患者は、約3キロ離れた高台にある系列の精神科病院、広橋第二病院(同市)に移った。歩行器を使えば歩けるA子さんも第二病院に転院した。

 第一病院にいた時は、病院のそばに住む娘が3日に1度、見舞いに来てくれたが、今は週1度に減った。A子さんは「第一病院に戻りたい」と漏らす。

 重症患者は災害派遣医療チーム「DMAT」が受け入れ先を探し、他の医療機関に搬送された。

 その一人、大腸がんを患い寝たきりの北茨城市の男性(84)は、県西部の下妻市にある医療機関に転院した。

 震災前は、北茨城市内に住む親戚の女性(64)が車で約20分の第一病院に週1~2回通っていた。だが、下妻市の病院までは約130キロあり、車で片道3時間程かかる。親戚の女性は「仕事があり月2回ぐらいしか会いに行けず心苦しい。一日も早く近くの病院に連れてきたい」と話す。

 広橋第一病院は取りやめていた外来診療を7月に再開する。しかし、入院患者を受け入れることはまだできない。「当直勤務を行うだけの十分なスタッフを集められない」(紅露さん)からだ。

 県北部には療養型病床が計約270床あった。広橋第一病院が入院患者を受け入れられなくなり、その約3分の1を失った計算だ。

 通常、患者は高度な医療を行う急性期病院で治療が終わると、自宅療養が困難な場合は、療養型病院に転院する。地区の多賀医師会会長、横倉稔明さんは「療養型病床が減り、急性期病院が患者を移せなくなっている。救急医療にしわ寄せがきている」と危惧する。

 東日本大震災は、関東地方の茨城県の医療にも大きな影響をもたらした。その現状を報告する。



http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110627/dst11062711310008-n1.htm
【東日本大震災】仮設診療所で診察開始 津波被害の県立大槌病院
2011.6.27 11:29 産經新聞

 津波で病棟が水没した岩手県立大槌病院(同県大槌町)が27日、新たに建設したプレハブの仮設診療所で診察を始めた。地元公民館で診察を続けていた。

 診療所は広さ約460平方メートルの平屋で、エコーや内視鏡の導入により精密な診察が可能となる。常勤医は3人。元の病院から約2キロ離れた土地を民間から借り上げて建設した。

 診察開始前から多くの人が訪れ、待合室は満員に。患者の三浦静子さん(80)は「広い診療所で安心した。先生方を信頼し30年来お世話になっている。大槌になくてはならない病院」と話した。

 大槌病院は津波で3階建て病棟の2階部分まで水没、一時医療機能を失った。4月下旬に公民館で再開したが手狭で十分な診療ができなかった。岩田千尋院長は「ようやく病院らしくなるが、本格的な再建は町の復興に合わせる必要がある。今は診療所の形で道筋を探りたい」と話した。



http://www.m3.com/news/GENERAL/2011/06/27/138481/?portalId=mailmag&mm=MD110627_CXX&scd=0000378404
1万4千人が受診・相談 精神科医らの「心のケア」 不眠、不安、無気力... 被災地の岩手、宮城両県
2011年6月27日 提供:共同通信社

 東日本大震災で被害の大きかった岩手、宮城両県で、精神科医らによる「心のケアチーム」の相談支援や診察を受けた被災者が少なくとも延べ1万4111人に上ることが25日、分かった。両県や仙台市が明らかにした。津波で家族や家、職を失い、不眠や不安、いら立ちを訴えた人が多数を占め、被災者の精神的サポートの必要性があらためて浮き彫りとなった。

 避難生活の長期化で心のバランスを崩す人が出る一方、仮設住宅入居で孤独感を抱く人もいる。専門医らの対応には限界があり、被災地で治療に当たっている心療内科医は「今後は精神面を支える地域のつながり、周囲の支援が大切になる」と話している。

 心のケアチームは精神科医や看護師、精神保健福祉士らが数人単位で組織し、厚生労働省に登録。被災地の要請に基づき、これまでに54チームが派遣され、避難所や被災住宅を巡回、心身に不調を来した住民の相談を受け、診察をしている。このほか、被災した自治体で独自に組織されたケアチームも巡回している。

 宮城県精神保健福祉センターによると、政令市の仙台市を除く県内では3月17日から活動を開始。中心市街地が壊滅的な被害を受けた気仙沼市や南三陸町を抱えていることもあり、支援をした被災者は5月27日現在で延べ8318人に上った。

 最も多かった症状は「不眠・睡眠障害」で1891人。「不安・恐怖」が954人、「イライラ」を訴えた被災者も369人いた。「抑うつ気分」が278人、「無気力」も126人と多かった。「食欲不振」や「アルコール問題」の相談も数多く寄せられた。

 沿岸部の被害が大きかった仙台市では、3月14日からケアチームが活動を始め、6月11日までに診察などをした被災者は延べ2310人。岩手県は3月18日から4月30日にかけて延べ3483人で、5月以降の数字は集計中のため、人数はさらに膨らむ見通しだ。

 福島県でもこれまでに11チームが入っているが、担当者は「まだ活動実績がまとまっていない」としている。

※心のケアチーム
 地震や津波などの被災地で、災害のストレスによって心身に不調を来した住民や、受診先がなくなった精神障害患者への対応をする医療チーム。精神科医や看護師、保健師、精神保健福祉士などの専門家が、数人単位で避難所や被災住宅、在宅患者を巡回する。継続的な診療を要する場合は地域の医療機関を紹介し、必要な時には投薬も行う。東日本大震災では、厚生労働省が災害対策基本法に基づき54チーム、計2450人を岩手、宮城、福島3県に派遣している。



http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110625-OYT1T00467.htm
14病院、津波でカルテ流失…患者治療で混乱
(2011年6月25日14時40分 読売新聞)

 東日本大震災で被災した宮城・岩手県沿岸部で、少なくとも14病院が津波でカルテを流されたり水につかったりして、患者の既往歴や処方薬が分からない状態になっていたことが読売新聞社の調べで分かった。

 一方で、電子カルテを遠隔地に保管していたため早期に復旧できたケースもあり、国は災害時に備えたバックアップの仕組み作りを検討し始めた。ただ、その前提となるカルテの電子化は国の目標から大きく遅れており、普及には時間がかかりそうだ。

 「この患者さんの処方薬はわかりますか」「既往歴は?」

 震災後、宮城県南三陸町の避難所に設けられた仮設診療所で、公立志津川病院の医師だった菅野武さん(31)は電話対応に追われた。同病院からの患者を受け入れた病院や診療所からの問い合わせだった。

 年間延べ7万人が利用していた志津川病院は、5階建ての4階まで津波が押し寄せ、1、2階で保管していた紙のカルテはすべて流された。患者は他の病院などに転院したが、カルテがないため、引き受けた病院側はどう治療していいか分からない。多くの患者は自分が飲んでいた薬の名前も覚えていなかった。
  1. 2011/06/28(火) 05:22:55|
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6月26日 医療一般

http://mainichi.jp/area/fukuoka/news/20110626ddlk40040217000c.html
ブラック・ジャックセミナー:育て未来のお医者さん 小中学生が模擬手術体験 /福岡
 ◇久留米で
毎日新聞 2011年6月26日 地方版 福岡

 子供たちが本物の医療機器を使って模擬手術などを体験する「ブラック・ジャックセミナー」が25日、久留米市内のホテルであった。地元の小中学生29人が参加し、縫合や内視鏡手術などを体験した。【松尾雅也】

 セミナーは、日本消化器病学会九州支部や医療機器メーカーなどが共催した。近年、医療現場では医師不足が懸念されており、子供たちに医療について興味を持ってもらおうと久留米市で初めて開いた。

 会場には、医療現場で使われている最新機器が並んだ。子供たちは手術着を身に着け、臓器手術に使う自動縫合器の操作や人体に見立てた鶏肉を針と糸で縫うなどの医療行為を体験した。

 超音波メスを使って鶏肉の一部を切除した日吉小3年の菅雅哉君(8)は「肉を挟むと滑るので切るのが難しかった。将来はがんなど何でも治すことができる医者になりたい」と話した。

 妹と一緒に参加した西国分小4年の白水理沙子ちゃん(9)は「ピアニストになりたいけど、お医者さんになって病気の人を助けたいという気持ちにもなった」と笑顔を見せた。

 指導した久留米大医学部外科学講座の白水和雄主任教授(62)は「子供のころの体験や夢が将来の職業につながる」と話し、セミナーを終えた参加者に「未来の医師認定証」を手渡した。



http://mainichi.jp/area/akita/news/20110626ddlk05040032000c.html
北秋田地域医療実態調査:医療計画、再検討を--最終結果 /秋田
毎日新聞 2011年6月26日 地方版 秋田

 北秋田市の地域の医療を守る住民の会などでつくる「北秋田地域医療実態調査団」(団長=牧野忠康・日本福祉大大学院教授)は25日、同市の森吉コミュニティセンターで開かれた調査報告集会で最終結果を公表した。報告書は、市が10年8月に策定した「新医療整備基本構想」を早急に見直し、地域医療計画を再検討するよう求めている。

 同市は、公立米内沢総合病院を4月から無床の市立診療所とし、10年4月に開業した北秋田市民病院に療養病床の集約化を図るなど、市民病院を地域医療の拠点にすることを目指している。

 調査団は2月28日~3月2日、北秋田地域の社会福祉関係機関や施設、住民らの聞き取り調査を実施し、51件の回答を得た。

 その結果、市民病院は医師不足や立地の選択ミスなどで拠点病院として機能しておらず、アクセスや医療サービス提供面などで患者が市外に流出していると指摘。さらに相当な病院赤字が見込まれるという。

 そのため、既存の他の施設と人材を生かして、地域医療計画を見直し、現実的なグランドデザインを描き出すのが最も近道と結論付けている。

 調査団は、調査結果をまとめた提言書を市に提出する。牧野教授は「不安や不満が多く、もう一度仕切り直しし、地域医療を考える必要がある」と強調した。【田村彦志】

  1. 2011/06/27(月) 05:18:04|
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6月26日 震災関連

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110627k0000m040057000c.html
東日本大震災:フィリピン人妻「心のケア」で医師受け入れ
毎日新聞 2011年6月26日 20時02分

 外務省は東日本大震災で被災したフィリピン人妻の「心のケア」のため、フィリピンの精神科医らによる心療チームを受け入れる。被災地には日本人男性と結婚したフィリピン人女性が多く、母国語による治療が不可欠と判断した。これまでイスラエル、ヨルダン、タイから医療チームが来日し、負傷者を治療してきたが、心のケアに特化した外国人医師の受け入れは初めて。心療チームは今月28日から岩手、宮城両県の避難所や病院などを巡回し、フィリピン人女性本人や家族の治療にあたる。

 フィリピンの心療チームは精神科医2人と医師1人の計3人で編成。28日から7月13日まで、岩手県の大船渡市や陸前高田市、宮城県の気仙沼市や南三陸町の避難所や病院などを巡回する予定だ。フィリピンの名誉領事館がある盛岡市を拠点に、日本人の精神科医や臨床心理士とともに被災地に入る。

 東北地方は農漁村の嫁不足もあり、外国人女性が多い。宮城県や岩手県には今年3月時点で、約1900人のフィリピン人が外国人登録しており、このうち9割が農村や漁村などに嫁いだ女性。震災や津波で日本人の夫を亡くしたり、家を失い避難所生活をしたりしている女性が多く、「日本語が不自由なことに加え、災害で一層のストレスを感じている人が増えている」(外務省幹部)という。

 外務省ではフィリピンの心療チームの派遣結果を踏まえ、他国出身の在日外国人の支援も検討する方針。東北地方には中国や韓国、米国、インドネシア、ベトナム、ブラジル、タイなどの在日外国人も多く、政府関係者は「被災生活が長引く中で、外国出身の被災者の心のケアが重要になっており、支援を考えたい」と話している。【犬飼直幸】



http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1106260011/
被災者の大量飲酒やアルコール依存懸念、横須賀の医療機関がケアチーム派遣/神奈川
2011年6月26日 神奈川新聞

 東日本大震災から3カ月半。鬱(うつ)や不眠症を抱える被災者への心のケアが重要視される中、ストレスなどによる被災者の大量飲酒やアルコール依存が懸念されている。被災地で支援に当たる国立病院機構「久里浜アルコール症センター」(横須賀市野比)の樋口進院長は「被災地では、もともと飲酒習慣のある人の酒量が増える恐れがある」と指摘。1995年の阪神大震災では、大量飲酒が原因とみられる孤独死が多数確認された。重症化を回避するための継続的な支援が求められている。

 同センターは岩手県の要請を受け、3月下旬から同県大船渡市に「こころのケアチーム」を派遣。医師や看護師、臨床心理士らでつくる3~4人のチームを編成。各班が5日間前後の交代で現地に入り、避難所や自宅を巡回、被災者の精神的ケアに当たっている。

 被災者の飲酒をめぐる問題が顕在化したのは5月中旬ごろから。コンビニやスーパーの復旧で酒類が手に入りやすくなったほか、被災者が抱える不安や孤独感、長期化する避難所生活で募るストレスなどが背景にある。

 樋口院長によると、「生活が少し落ち着いてきて初めて、津波で家族や住まいを失った厳しい現実に直面する」。震災直後の混乱状態からしばらくたったころに、鬱や心的外傷後ストレス障害(PTSD)が起こりやすくなるという。これらは大量飲酒やアルコール依存に直結しやすく、健康や対人関係を害する危険性が高い。

 大船渡市のある避難所では60代の男性が朝から酔っぱらい大声を出し、酒が原因で他の被災者と口論になるトラブルが起きた。樋口院長は「憂鬱を紛らわせるためにアルコールに頼ってしまう結果」と話す。

 避難所でのトラブル以上に懸念されるのが、仮設住宅での単身被災者の飲酒だ。仮設住宅は避難所のように周囲の目が行き届かず、飲酒に歯止めをかける存在がない。支援者は、孤立感が高まるにつれて酒量が増え、孤独死に発展する最悪のケースに危機感を持つ。

 阪神大震災後、兵庫県内の仮設住宅では、99年5月までに約250人が孤独死した。神戸大学大学院の上野易弘教授の調査によると、病死者(212人)の死因のうち、約30%が肝疾患で、そのほとんどがアルコールに起因する肝硬変だった。肝疾患による病死は、震災で家や職を失った40~60代の男性に集中したという。

 「阪神大震災の二の舞いを踏んではならない」。新たな犠牲者を出さないために、樋口院長は「仮設住宅への移行が進んでいる今こそ被災者一人一人にきめ細かなケアを行い、飲酒問題の兆候を早期発見することが重要」と話している。



http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20110626ddlk13040166000c.html
東日本大震災:被災地医療を論議 活動の医師と取材記者--千代田 /東京
毎日新聞 2011年6月26日 地方版 東京

 東日本大震災の被災地で活動した医師らが取材記者と災害時医療を論じ合うセミナー「東日本大震災にみる災害時医療」(第28回日本医学会総会、毎日新聞主催、日本医師会後援)が25日、千代田区のパレスサイドビルで開かれた。

 日本医師会の石川広己常任理事は、医師や看護師などで構成する同医師会災害医療チーム(JMAT)を被災地へすでに1295チーム派遣し、35チームが派遣へ向け準備中だと紹介。「避難所や仮設住宅の生活では、普通の方でも長期にわたると体の具合が悪くなる。私たちの方から仮設住宅や避難所まで行かないといけない」と述べ、今後も医療支援に取り組む姿勢を強調した。

 妹尾栄治・兵庫県医師会救急医療委員会担当理事は、JMATとして宮城県石巻市で活動したことを報告。「救護所では聴診器と血圧計だけで患者さんを診て、場合によっては救急に対応しなければならない」とし、災害時医療の課題として、(1)地域の基幹病院は最も安全な場所に置く(2)避難所となる学校に防災面で設備投資する(3)全国の地域医師会でJMATを編成する(4)都道府県が防災計画にJMATを取り込む--ことを提言した。

 一方、被災地を取材した毎日新聞社会部の杉本修作記者は「ボランティアで車に医療器具を積んで(被災地に)やってきた方も大勢いた。(東日本大震災後の)最初の1週間、日本全国の医師の方々が被災地を救った」と述べた。【南恵太】

〔都内版〕



http://www.iwanichi.co.jp/ken/item_24567.html
自殺対策は地域づくり 県地域医療研究会・春季集会
 (06/26) 岩手日日新聞

 県地域医療研究会(会長・佐藤元美国保藤沢町民病院長)の春季集会は25日、盛岡市内で開かれた。本県の自殺死亡率が全国ワースト2となっていることもあって、自殺対策をテーマにした講演やパネルディスカッションを実施。東日本大震災に伴い、自殺者のさらなる増加が懸念されることから、地域ぐるみで防止策に取り組んでいくことを確認した。

 県内の医療関係者ら約100人が出席。初めに、佐藤会長が「被災地では避難所から仮設住宅に移る時期で、自殺対策は大事なテーマとなる。岩手は秋田と並んで自殺が多く、地域医療に携わる私たちには防止のためにやれることはあるはず」とあいさつ。

 岩手医大神経精神科学講座講師の大塚耕太郎氏が「自殺対策の実践」と題して講演。大塚氏は自殺対策と災害支援は共通点が多いとした上で「自殺対策は地域づくり」と強調。ネットワークや人材育成など自殺対策の仕組みづくりを進めることを説き、特に健康問題のニーズに応答するシステムの必要性を訴えた。

 阪神・淡路大震災での例を挙げながら、自殺防止のために「不安な気持ちを聞くことや、一緒に考えることが支援になる」として、失われつつある地域のつながりの再構築を呼び掛けた。

 講演後にはパネルディスカッションが行われ、県立大社会福祉学部教授の青木慎一郎氏、洋野町健康増進課長の大光テイ子氏、滝沢村健康福祉課総括保健師の熊谷多美子氏が、それぞれ実践している自殺予防策について発表した。
  1. 2011/06/27(月) 05:17:22|
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6月25日 医療一般

http://kumanichi.com/news/local/main/20110625001.shtml
深刻…耳鼻科の勤務医不足 救急医療影響も
2011年06月25日 熊本日々新聞

深刻…耳鼻科の勤務医不足 救急医療影響もの写真、図解
勤務医不足が深刻な耳鼻咽喉科。診療内容の制限なども懸念されている=国立病院機構熊本医療センター
 県内で耳鼻咽喉科の勤務医不足が深刻だ。救命救急センターがある施設でも必要な医師が確保できず、救急医療への影響を懸念する声もある。

 「常勤医は1人しかおらず、取り扱えない疾患が出る可能性もある」と国立病院機構熊本医療センター(熊本市二の丸)。

 4人の常勤医がいた時期もあるが、徐々に減少。昨年12月でゼロとなり、一時休診に追い込まれた。

 「救命救急センターがあり、医師は全科が必要。頭頸部や顔面の治療などでは、耳鼻いんこう科も不可欠」

 今年3月、県外で1人を確保し再稼働にこぎつけたが、医師1人で時間外の対応までは無理で、急患は開業医の協力を得るなど“綱渡り”状態が続く。現在も医師2人を募集している。

 同じく救命救急センターがある熊本赤十字病院(同市長嶺)も常勤医は1人。非常勤2人と診療体制を組んでいるが、昨年10月から外来受診を紹介状や予約のある人に制限している。

 地方の中核病院も、耳鼻科の常勤医はほとんどが不在だ。

 熊本大学耳鼻咽喉科のまとめでは、2000年以降の同科の新人は18人と少ない。一方で、勤務医が開業などしたケースは42人に上り、勤務医が急減している。

 同科の湯本英二教授は、「勤務医不足は全国的な傾向。医師不足3 件が勤務医の極端な負担増を招き、開業とつながる悪循環となっている。04年からの臨床研修制度で耳鼻科を目指す医師が減っていることも一因」と話す。大学も、派遣要請に応じるだけの人数がいないのが実態だ。

 救急医療のほか、頭頸部の悪性腫瘍など難しい治療にも勤務医の複数体制は不可欠で、こうした医療環境の悪化にもつながりかねないという。(松岡茂)



http://mytown.asahi.com/akita/news.php?k_id=05000001106250001
市立病院 経営見直し検討
2011年06月25日 朝日新聞 秋田

 秋田市は24日、市立秋田総合病院の経営形態の見直しを検討していると市議会厚生委員会で明らかにした。指定管理者制度の導入など五つの形態を想定している。検討結果を踏まえ、2012年度中に穂積志市長が方向性を決定し、市議会に示すとしている。

 市によると、同院の医師・職員らの人事は市が行っている。このため、看護師らが産休を取るなどした場合、市条例の定数に縛られて、柔軟に補充することが難しい。結果として、患者の医療ニーズに十分応えきれない恐れがあるという。

 こうした現状や市の改革プランなどを踏まえて、市は2月から幹部らによる庁内の委員会などで検討を重ねてきた。

 市が想定している経営形態は、(1)現状のまま(2)地方公営企業法を全部適用(現状は部分適用)し、人事なども担当する病院事業管理者を置く(3)地方独立行政法人に移行する(4)民間に運営を任せる指定管理者制度を導入する(5)病院ごと民間に譲渡する――の五つ。

 同院は、診療報酬などの収入に加えて、市の一般会計(税金)の繰り入れで運営されている。選択肢によっては公費を得られなくなる半面、民間に近い形態になれば、複数年にまたがって安価に医療機器をリースできるようになるなど、経営の効率化も可能という。

 ただし、市は、採算が取りにくいとされる救急や小児科などの医療が損なわれることは避けたいとしている。今秋以降、外部の有識者や市民からも意見を募るという。



http://mytown.asahi.com/mie/news.php?k_id=25000001106250001
小児の2次救急 休日と夜間中止
2011年06月25日 朝日新聞 三重

 桑名市の小児医療が危機を迎えている。同市で唯一、夜間・休日の小児の2次救急患者を受け入れている山本総合病院の小児科常勤医が2人から1人になり、救急患者や入院患者の受け入れができなくなるためだ。当面は近隣の病院に協力を求めて対応する。

 同病院には7月、三重大学医学部から後任の小児科医が赴任するが、妊娠中のために救急対応ができず、8月中旬から産休に入る予定だという。小児科部長の川崎肇副院長1人では救急や入院の対応は難しいことから、7月から夜間・休日の2次医療の受け入れを中止。8月中旬からは入院の受け入れも中止する予定だという。

 同病院では2008年7月からの1年間も小児科の常勤医が1人になった。当時は県立総合医療センター(四日市市)に勤務していた三重大学の小児科医が交代で救急態勢を補った。同病院の奥村秀郎事務長は「大変厳しい状況になった。これまでも色々やりくりして小児2次救急を維持してきたが、今回の事態は非常に残念だ」と話す。

 同市では、夜間・休日の1次救急医療は桑名医師会などが運営する応急診療所が担っており、現在、同医師会が近隣の県立総合医療センターや四日市市立四日市病院、海南病院(愛知県弥富市)などに2次救急や入院受け入れの協力を要請している。

 桑名医師会の伊藤勉会長は「話を聞いたときは衝撃的だった。早く市民病院と統合した新病院として、三重大からきちんと医師を派遣してもらえる態勢にするべきだ」と指摘する。当面の運用については「1次救急はこれまで通り応急診療所で受け入れ、2次救急も近隣病院の協力態勢を整えて市民に不安がないように努力する」と話す。

 同医師会は29日に記者会見を開き、今後の対応を説明する予定だ。(姫野直行)



http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.1958968.article.html
県独自のヘリ導入を検討 震災で有効性実証
2011年06月25日 佐賀新聞

 佐賀県は東日本大震災を受け、県独自のヘリコプター導入を検討する。被災地では、ドクターヘリや消防防災ヘリが救急・救援活動で活躍。有効性や必要性があらためて実証されたとして、緊急搬送だけでなく、広域的な医療支援など災害発生時の対応を強化するため、佐賀に適した導入形態を探る。

 東日本大震災では、16道府県の16機が災害医療で派遣され、140人以上の患者が搬送された。重い心臓病を抱えた新生児や脊髄損傷を疑われる患者が搬送されたほか、津波で孤立した医療機関から多数の入院患者を救出するなど効果を発揮した。

 現在、県単独で契約しているヘリはなく、ドクターヘリは03年9月から福岡県と、09年10月からは長崎県とも共同運航、防災ヘリは自衛隊や国交省などが出動態勢を整えている。10年度のドクターヘリ出動件数は87件で、運航費用は約1690万円。国の特別交付金があり、実質負担は約340万円だった。県独自に配備する場合、航空会社への委託費など1機当たりの運用経費は年間2億円で、国と県で折半。特別交付金もあるため、県費負担は2千万円程度が見込まれる。

 古川康知事は福岡、長崎両県とのドクターヘリ共同運航について、開会中の県議会で「県域を二重にカバーできる」と評価。一方、震災では有効性や必要性を感じ、「ステップアップしなければならない。庁内で検討の場をつくり、一日も早くいい形で導入できるよう努力したい」と前向きな姿勢を示した。共同運航は維持しながら、今後、ドクターヘリ単独、防災ヘリ単独、共用など、どんな形態が効果的かを検証していく。

 ドクターヘリは専用装備を持ち、基地病院に駐留。消防からの要請を受け、救急専門医らが乗り込んで出動し、早期の現場診療や広域搬送で重篤患者の救命、後遺症軽減を図る。NPO救急ヘリ病院ネットワーク(東京都)によると6月現在、23道府県に27機が配備されている。

 ドクターヘリと消防防災ヘリのいずれかを自前で導入していない都道府県は佐賀県だけで、県医師会は昨年、ドクターヘリの配備を県に要望している。



http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/politics/news/20110625/550210
本県など9県が満額要望 国の地域医療再生交付金 予算枠大幅超過、狭き門に
(6月26日 05:00) 下野新聞

 地域医療の課題解決を図る国の「地域医療再生臨時特例交付金」獲得に必要な地域医療再生計画案を提出した都道府県のうち、栃木県を含む9県が、上限の120億円の満額交付を要望したことが25日までに、厚生労働省への取材で分かった。交付金の予算総額2100億円に対し、要望総額は約3280億円と大幅に上回る。国は7月から有識者会議を開いて計画案を査定し、交付額を絞り込む。8月にも内示する見通しだ。

 本県の計画案には、栃木市内の下都賀総合病院など3病院の統合再編が含まれている。

 交付金は、東日本大震災で大きな被害を受けた岩手、宮城、福島の3県には、それぞれ120億円が確保されている。計画案は、同3県を除く全都道府県が提出した。

 病院の統合再編を含めて80億円以上の交付金獲得を目指す計画案を出したのは計10県で、うち9県が上限いっぱいの120億円を要望した。厚労省は「今後、計画内容を精査する過程で要望額が変更となる場合もあり得る」としている。

 交付金のうち、基礎額として15億円が各都道府県単位の3次医療圏、計52医療圏(北海道のみ6医療圏)に交付される。この基礎額と被災3県に確保されている交付予定額を除くと、残る予算総額は1005億円。これに対し要望額は約2185億円で、実質的に要望額が予算の倍以上となり、多くの都道府県で交付額が減額される可能性もある。




http://sankei.jp.msn.com/region/news/110626/tcg11062602100004-n1.htm
来月、ドクターヘリ連携運用を開始 栃木
2011.6.26 02:10 産經新聞

 県医事厚生課は、栃木、茨城、群馬3県によるドクターヘリの広域連携について、基本協定に基づく運用開始が7月1日になると発表した。

 広域連携の基本協定締結は当初3月19日を予定していたが、東日本大震災の発生により知事らが締結式に出席できなくなったことから、改めて3月26日に締結。協定ではドクターヘリの他県への出動は、消防本部との連携などの態勢を整えた後として、日にちを明示していなかった。

 出動基準は、県内で重複出動要請があり、出動できないときと、多数の傷病者が発生し、県内のドクターヘリだけでは対応できないときに限っている。出動範囲は基地病院から半径50キロを目安に、医療圏や地形などを考慮して決める。他県に出動した経費は当分の間、出動県側が負担する。

 本県のドクターヘリの運航開始(昨年1月20日)から5月までの累計は、出動要請が540件あり、492件で出動した。出動しなかった48件のうち、重複要請が29件あった。



http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110625-OYT1T00331.htm
論文不正の医大教授が諭旨退職…処分軽いとの声
(2011年6月25日19時42分 読売新聞)

 独協医科大(栃木県壬生町)の教授らの研究論文にデータ捏造(ねつぞう)などの不正があった恐れがあるとして同医大が調査委員会を設置した問題で、同医大が4月末、教授を諭旨退職にしていたことが大学関係者への取材でわかった。

 調査委はまだ結果を公表していないが、諭旨退職は自主退職を促す処分で、同医大は事実上、論文に不正があったと認めたことになる。

 この教授は50歳代で、同医大内分泌代謝内科に勤務。今年1月末、同医大に告発文が寄せられ、教授が2002~11年に講師らと共同執筆し、医学雑誌に掲載した論文27本について不正が指摘された。告発文は論文に対し、「実験の画像が加工され、一つの実験データを違うデータとして流用されている」などとしている。

 同医大は2月に調査委を設置し、不正の有無を調べてきた。同医大は「調査はまだ継続中。7、8月頃にも結果を公表する予定だが、それまでは何も話せない」としている。だが、同医大幹部の1人は「不正があったということで処分となった。教授は自主的に退職した」と話す。教授は4月から、茨城県内の民間病院の部長職で勤務している。

 これに対し、同医大に告発文を送った都内の男性は「他大学で論文不正が判明した教員は懲戒解雇になっており、諭旨退職はやや軽い処分。国から公的な研究費を受けた論文であり、同医大の責任は重い。不正があった論文をすべて速やかに撤回してもらいたい」と厳格な対応を求めている。
  1. 2011/06/26(日) 08:27:55|
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