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Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

5月30日 震災81日目

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110530/trd11053014240013-n1.htm
被災した支援者の心のケア 「完璧主義にならないで」
被災地の病院から避難した患者の世話をする看護師の女性ら。彼女たちの多くも被災者だという =岩手県大槌町
2011.5.30 14:21  産經新聞

 東日本大震災の被害は広範囲に及び、家族や家を失いながらも支援活動を続ける被災者は少なくない。日本精神神経学会が都内で開催した「東日本大震災に対するこころのケア支援と復興支援対策ワークショップ」でも、被災者でもあり支援者でもある行政や医療関係者などへの心のケアを専門家が訴えた。(竹中文)

 ◆「休ませて」

 「(会社などの)管理者にも休日を取得してもらったうえで、『雇用者をダウンさせないために休ませて』という話をした方がいい。ストレス相談の窓口も必要」

 今月21日に開催された東京都港区のホテルでのワークショップ。約1300人の精神科医らにこう語りかけたのは、仙台市青葉区の東北大学病院精神科の松本和紀医師(43)だ。

 宮城県では、支援者自身が被災者でありながら奮闘しているケースは珍しくない。仕事中に家族の遺体の確認に行かなければならなかったり、避難所で寝泊まりしながら仕事に通ったり…。松本医師は「そんな例は身近にいくらでもある」と語る。

 それでも精神的に弱いというレッテルを貼られてしまうのを恐れたり、相談したことが分かってしまうのを嫌がったりして職場から紹介された相談機関を訪れない可能性もある。松本医師は「震災発生当初は気丈にしていても、震災から数カ月たってダウンする可能性もある。これからが最も心配な時期だ。管理者が交代できる人員を確保して休める環境作りを整えてほしい。ストレスのサインが出てきたときに相談できる場所も確保して」と勧める。

◆率直に認めて

 支援者のストレスはどのような症状で表れるのか。宮城県精神保健福祉センターによると「支援者に起こりやすいストレス症状」として、イライラする▽疲れが取れず、いつもだるい▽食欲低下や食べすぎ▽睡眠障害▽自責感や無力感が強くなる▽落ち込み気分や悲しい気分が続く▽なんとなく緊張感や不安感がある▽頭痛、吐き気・胃痛など消化器症状-などが挙げられる。

 こうしたストレスの対応法について、同センターの小原聡子(あきこ)医師は「まず、ストレスを感じていることを率直に認めてほしい。家族や友人、親しい人と過ごす時間を持ったり、軽い運動や散歩、読書など自分の疲れを取ったりするための時間を持って」と呼びかける。時々仕事を中断して深呼吸や休憩の時間を取ること、十分な睡眠を取り体調管理を心掛けることも効果的。安心できる仲間や時間の中で自分の気持ちを出すのも大切だ。

 それでもストレス症状が強すぎると感じたり、飲酒量が増えたりして生活の乱れが続くような場合は専門家に相談する必要がある。また、自暴自棄な行動や集中力・記憶力の低下は、体が「支援活動の一時中止」を求めているサインともいえる。

 小原医師は「被災者は支援者がそばにいるだけでも支えられていると感じるはず。支援者は自分にできることの限界を知り、完璧主義にならないようにしてほしい」とアドバイスしている。



http://www.kfb.co.jp/news/index.cgi?n=201105307
半径30キロ圏在宅巡回診療31日終了
2011年05月30日 09時43分配信 福島放送

県や福島医大、県医師会、自衛隊などが東京電力福島第一原発から半径20~30キロ圏内で行ってきた在宅巡回診療は今月末で終了する。

29日、福島市の県自治会館で開いた関係機関の会議で決めた。

地元の医療機関や訪問看護事業所などの復旧が進んだため。

約390人の患者は地元の医療機関などに引き継ぎ、来月以降も医療サービスが受けられるようにする。

県などの関係機関は4月から自力移動が困難な患者や在宅高齢者を対象に医師や看護師らによる巡回診療を行ってきた。

いわき、田村、南相馬、広野、浪江、新地、飯舘の7市町村で延べ1536人を訪問した。

このうち、5人が肺炎や脱水症などの重い症状だったため、入院させる措置を取った。



http://www.tohkaishimpo.com/scripts/index_main.cgi?mode=kiji_zoom&cd=nws6646
精神科受診が増加 「支援者のケアも必要」
2011年05月29日付 東海新報 気仙地区

 被災者の「こころのケア」にあたっている県内外の支援チームの連絡会が、27日夕、県大船渡地区合庁2階の大船渡保健所で開かれた。大震災から2カ月半経ち、県立病院の精神科外来の受診者が増えているほか、被災者のみならず支援者のケアも必要という状況が報告された。
 支援チームは、避難所や在宅被災者を戸別訪問しこころのケアを行っている。連絡会は大震災以降2回目で、医療、保健、福祉、教育の26機関・団体が活動を報告しお互いに情報を共有した。
 鈴木宏俊保健所長は「被災地のために県外から多くの支援を受けている。1人でも多くの命を救い健康状態を維持することに正面から向き合って尽力して頂いていることに感謝します」と述べた。
 県外の支援チームは現在、沖縄、神奈川、埼玉、愛知、東京、千葉から8チームが入っており、沖縄の支援チームは「内面をあまり語らないという印象を受けた」と戸別訪問の状況を報告した。
 千葉県の支援チームは「被災者のみならず支援者のケアが必要」と述べ、中小企業の従事者のケアについても提言した。
 愛知県のNPOあいちネットは、リアスホールのトレーラーハウスでカウンセリングを行っていることを紹介し、神奈川県の久里浜アルコール症センターもPTSD(心的外傷後ストレス障害)などのレクチャーを地域で9月まで行う予定。
 県立大船渡病院の道又利第一精神科長は、「精神科の外来も増えている」とし受診者にうつ病が増加している状況を説明した。
 今後の精神保健活動について、大震災以降途絶えていた月1回の保健所管内の気仙地域精神保健担当者連絡会を6月から再開する方針を決め、その際に他県から派遣されている支援チームにも一緒に入ってもらい開催することにした。 



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/34394.html
被災看護職の就業支援などを要望- 来年度予算で日看協
( 2011年05月30日 13:45 キャリアブレイン )

 日本看護協会(日看協、久常節子会長)はこのほど、来年度予算に関する要望書を厚生労働省の大谷泰夫医政局長にあてて提出した。東日本大震災により失職した看護職などの就業支援などを重点分野に挙げている。

 重点分野に挙げたのは、就業支援のほか、「職場環境改善・緊急対策事業の実施」と「チーム医療推進のための看護職の役割拡大と質の担保」の計3点。

 就業支援では、都道府県ナースセンターなどの看護専門職の就労相談員などをハローワークに配置するなど、情報提供や相談体制を強化するよう求めた。
 職場環境の改善では、看護職の離職防止・定着促進に取り組む病院などを支援するための情報やサービスの窓口を一元化するため、「看護師等の雇用の質改善支援窓口」(仮称)を各都道府県に設置するよう訴えた。
 看護職の役割拡大と質の担保では、特定看護師(仮称)の早期導入が求められると指摘し、法制化や人員の確保のための予算措置を求めている。



http://mainichi.jp/area/hyogo/news/20110530ddlk28040241000c.html
東日本大震災:「トラウマ克服には活動」 治療権威・米の博士、関学で講演 /兵庫
毎日新聞 2011年5月30日 地方版 兵庫〔阪神版〕


 トラウマ治療の権威で、米・ボストン大学医学部精神科教授のビッセル・ヴァン・デア・コーク博士が29日、関西学院大学上ケ原キャンパス(西宮市)で「東日本大震災被災者へのトラウマ・ケア」をテーマに講演した。コーク博士は30日~6月1日に仙台市や福島市を視察し、現地の医療関係者などに治療ノウハウを伝える講演会も開く。

 コーク博士は30年以上にわたってトラウマ治療に従事。95年の阪神大震災、04年のインド洋大津波などでも、現地で被災者の心の状態を研究してきた。

 講演でコーク博士は「トラウマを負うと、これからどう生きるか想像力を失う」と説明。解決策として、「被災者自ら活動すること」を挙げ、「日本は戦争や阪神大震災から見事に復興した。自分たちで復興したという誇りが、トラウマを乗り越える有効な方法だ」と話した。

 一方で、原発事故の影響を受ける福島県について、「復興に向けて行動しようにも、家にも近づけず、将来を想像できないだろう」と懸念。また、日本政府の対応についても触れ、「事実を語っていない。誰も信用できない状態は、トラウマの回復に一番影響する」と指摘した。【山田毅】



http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819695E0E7E2E79E8DE1E2E2E7E0E2E3E39180E2E2E2E2;at=DGXZZO0195583008122009000000
被災の公立志津川病院、間借りで入院再開へ
2011/5/30 12:15 日本経済新聞

 東日本大震災の津波で深刻な被害が出た宮城県南三陸町の公立志津川病院が、6月1日から別の医療機関の施設を“間借り”する形で入院患者の受け入れを再開する。4月の仮設診療所での再スタートから約1カ月半。町内の中核病院として、機能回復に向けてまた一歩前進する。

 志津川病院が入院機能を移すのは、隣の同県登米市にある市立よねやま診療所。診療所の3階建て本館を志津川病院の管轄に変更し、診療所の機能は平屋の別棟に集約される。

 志津川病院の従来のベッド数は126床だったが、まずは39床から始める。震災前の病院の医師や看護師ら計約100人のうち、入院棟には医師3人を含む約40人が常駐。南三陸町内のプレハブで外来診療などを行う仮設診療所は、医師1人を含む約30人が支える。

 自宅が津波で全壊し、鶏舎で家族7人で暮らしている同町の阿部順子さん(47)は、2週間に1回程度、糖尿病を抱える父親(80)に付き添って仮設診療所に通う。入院受け入れの再開に「病院(入院棟)まで遠くなるけど、いざというときは助かる」と喜ぶ。

 同病院は、震災で津波にのまれ、入院患者や職員ら計約70人が死亡・行方不明になり、機能喪失に陥った。仮設診療所で自前の診療を再開したのが4月中旬。その後、ようやく入院受け入れまでこぎ着けた。

 同病院の西沢匡史医師(38)は「町の医療の自立のために、いち早く自分たちの手で町民を診療できる体制をつくることが必要」と強調している。



http://www.kahoku.co.jp/news/2011/05/20110530t11008.htm
規制緩和で企業再建 宮城知事、特区創設を提案 復興会議
2011年05月30日月曜日 河北新報

 政府の東日本大震災「復興構想会議」(議長・五百旗頭真防衛大学校長)の第7回会合が29日、首相官邸で開かれ、村井嘉浩宮城県知事が「東日本復興特区」(仮称)の創設を提案した。大胆な規制緩和で被災企業の再建支援や民間投資の促進などを図り、迅速な復興につなげるのが狙い。
 提出した資料によると期間は10年で、まちづくり、農水産業、医療福祉など8分野で税制優遇や国の支援策を列記した。東北の玄関口である仙台空港の活性化に向け、空港使用料免除のほか、東北の産業集積を維持、増強を図るため、被災企業や新規の進出企業に対する法人税、固定資産税の免除などを提言した。
 1次産業では、養殖漁業への民間参入を促す「水産業復興特区」のほか、農業の大規模化を図るため、被災農地を自治体が一括整備する制度の創設を要請。地盤沈下で復旧困難な農地の国による買い上げを求めた。
 居住地の高台移転推進では土地利用規制の要件緩和、医師の雇用確保や被災者の医療情報を共有するシステムの構築なども盛り込んだ。
 村井知事は取材に対し「まちづくりには規制緩和が必要。委員の関心も高かったようだ」と手応えを話し、「次回は財源の在り方も示す。どこに財源を求めるかを決めないと会議の意味がない」と訴えた。
 会合終了後、記者会見した五百旗頭議長は、6月の1次提言に向け、御厨貴議長代理(東大教授)を中心にたたき台の起草作業に入る方針を明らかにした。
 被災地復興をめぐっては漁港や港湾、市街地、農地、自然公園などの区分別に土地利用規制の法律があり、見直しが指摘されている。飯尾潤検討部会長(政策研究大学院大教授)は「個別法に基づく手続きを一本化する仕組みが必要ではないか」と述べた。



http://www.asahi.com/national/jiji/JJT201105300082.html
「困難な今こそ人救う」=2カ月遅れで入学式―被災の看護学校・宮城
2011年5月30日20時6分[時事通信社]

 津波で校舎が全壊した石巻赤十字看護専門学校(宮城県石巻市)の入学式が30日、石巻赤十字病院の会議室で約2カ月遅れで行われた。新入生はいずれもスーツ姿で緊張した様子で式に臨んだ。

 当初、入学式は4月上旬の予定だった。森岡薫教務主任によると、新入生39人の中には自宅を流されたり、親族を亡くしたりした被災者もいる。

 飯沼一宇校長は「人々に救いの手を差し伸べることに幸せを感じることができるような看護師になることを期待しています」とあいさつ。新入生を代表し、鈴木奈々子さん(18)が「困難な時である今こそ、苦しんでいる人を救うという赤十字の理念を実践していきたい」と答辞を述べた。

 震災が発生したのは当時の3年生の卒業式翌日。授業中だった1、2年生計約80人は、避難所となった近くの小学校に移り、浸水で孤立し食料や物資が不足する中で3日にわたり、低体温症の被災者にマッサージをするなど看護活動をした。

 津波で自宅が全壊した新入生佐々木彩さん(18)は「厳しい条件下でも献身的に看護に当たる先輩たちの姿を見て、自分も看護師になりたいという思いを強くした」と決意を語った。 


MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年 5月 30日(月)06:18
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『ボストン便り』(第25回)「フクシマ便り (1/2))

細田 満和子(ほそだ みわこ)
2011年5月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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紹介:ボストンはアメリカ東北部マサチューセッツ州の州都で、建国の地としての伝統を感じさせるとともに、革新的でラディカルな側面を持ち合わせている独特な街です。また、近郊も含めると単科・総合大学が100校くらいあり、世界中から研究者が集まってきています。そんなボストンから、保健医療や生活に関する話題をお届けします。
(ブログはこちら→http://blog.goo.ne.jp/miwakohosoda/)

略歴:細田満和子(ほそだ みわこ)
ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー。博士(社会学)。1992年東京大学文学部社会学科卒業。同大学大学院修士・博士課程を経て、02年から05年まで日本学術振興会特別研究員。05年から08年までコロンビア大学メイルマン公衆衛生校アソシエイト。08年9月より現職。主著に『「チーム医療」の理念と現実』(日本看護協会出版会、オンデマンド版)、『脳卒中を生きる意味―病いと障害の社会学』(青海社)。

○一時帰国
 ボストンから2週間にわたる一時帰国中の5月15日から17日に、福島県の相馬市、南相馬市、飯館村を訪れました。相馬市に住む知人を訪ねるというのがもともとの動機でしたが、この地域の支援に震災の初期から関わっている東大医科研の上研究室と星槎グループのご協力で相馬市に滞在し、さまざまな関係者―医療関係者、学校関係者、首長、行政職員、ボランティア等―にお会いすることになりました。
 海外の目から見ると、どうしても日本というのはひと塊に見られてしまいます。放射能の問題がまだ解決していないこの時期の日本に行くことを、ボストンの友人や知人に伝えると、アメリカ人も日本人も、どうしてわざわざ危険なところに行くのか、気を付けてね、という反応が返ってきます。日本もある程度は広いので場所によって異なるということが、距離の遠さから分かりづらくなっているのでしょう。また、日本でのマス・メディアの報道とアメリカでのそれとが、特に放射能に関しては異なるということもあるでしょう。危機を煽るかのようなアメリカの報道は批判されるべきものですが、安全を誇張するかのような日本の報道も反省すべきなのではないかと思います。
 かく言う私も、ボストンからうかがい知る日本の状況は不透明で、本当のところはどうなのだろうと思っていました。まず入った東京では、いつもと変わらない人混みと喧騒の日常があるようでした。ただ、小さいお子さんを持つお母さんとお話ししたりすると、不安が全く払拭されているわけではないことも感じとられました。

○相馬市訪問
 相馬市の知人、尾形眞一さんは、311の震災の後に知り合ったばかりですが、メイルで何度かやり取りをするうちに親しくなり、今回訪問することになりました。ボストンで子どもたちの行っている学校からの募金やメッセージをどこに送ろうかと探していたところ、相馬市の中村第二小学校を紹介して下さったのも尾形さんでした。
 5月15日の早朝、地震、津波、原発事故という3つの災害が一時に襲ってきた場所に、今行くという重みを感じつつ、相馬市に向けて車を走らせました。途中の道筋では、栃木県保健センターや日本財団などの医療支援車両、「災害派遣」という旗を付けた島根ナンバーの自衛隊車など、被災地の支援に向かうたくさんの車を見かけました。
 迎えてくださった尾形さんは、薬剤師の資格を持つ福島県保健所職員で、高校生と中学生のお父さんでもあります。妻の由恵さんは栄養士の資格を持つ相馬市保健センター職員です。ご自宅には、双葉郡浪江町から避難している高校生を預かっていらっしゃいました。尾形さんとご家族、そしてこの地で出会った沢山の方々のお話から、3月11日から今までの医療、暮らし、教育がどのようになってきたかをうかがい知ることができました。

○311からの医療
・24時間救急医療
 尾形さんは県の職員で普段は会津若松に単身赴任をしていらっしゃいますが、震災後は自宅に戻り、この地域の医療援助に奔走しました。かつての職場であった公立相馬病院に行くと、患者さんがあふれていて、まるで野戦病院のようだったといいます。
 相馬病院では院長の決断で、3月11日当日から24時間救急外来を開始し、病院入口に診察室を設置しました。患者が運ばれてきたら、すぐに処置できるようにとの配慮からです。廊下にもベッドを並べて何人もの患者に休んでもらっていました。
 病院職員も被災している状況でしたが、ひとりも現場を離れなかったといいます。相馬病院は全国に応援を頼みつつ、市内の開業医の医師たちにも声をかけて、共に救急医療に対応したとのことです。

・薬の流通
 医療が回ってゆく中、薬がないという状況が出てきました。大手の経営する薬局が、店舗を閉鎖してしまったのです。尾形さんは日本薬剤師会や県の災害対策本部に応援を要請しましたが、動きは鈍く、県に至っては、申請書を出すよう言われたり、電話やファックスが停電で使えないのに、電話することを求めたり、ファックスを読んでいないかなどと言われたそうです。
 そこで尾形さんは、経営が異なっていても、互いに薬を融通しあい処方箋に対応できるようにと開いている薬局に掛け合い、賛同を得て薬のルートを作りました。この尾形さんの活動を聞きつけ、会社から避難を命じられ閉店を余儀なくされた小さいお子さんのいるある管理薬剤師は、薬局の鍵を尾形さんに託して避難していきました。
 多くの方々や心ある会社の協力により薬は何とか確保されましたが、今度は薬剤師の圧倒的不足という事態になりました。ある薬局では、通常1日5枚くらいの処方箋をさばいていたのですが、一気に1日100枚の処方箋が回されてくるようになりました。そこで尾形さんは、友達や知り合いの薬剤師に声をかけ、福島市などから相馬市に来てもらい、対応できるようにしました。また、警戒区域である原町から避難している薬剤師や、原町に留まって職を失った薬剤師にも声をかけて、相馬の店舗での調剤に当たってもらいました。

・原発からの避難
 尾形さんはかつて、福島第一原発に近い浪江町の保健所で原子力防災の担当もしていました。モニタリング・ポストでの放射能の測定、ホウレンソウなど葉物のスクリーニング、万が一の時、住民に配るヨウ素の管理なども一手に引き受けていました。常時スクリーニングできるように、何軒かの農家に頼んで真冬でもホウレンソウを栽培してもらい、当初錠剤だけしかなかったヨウ素を、子ども用には飲みやすいようにシロップにしたりもしたそうです。
 尾形さんが、警戒区域である福島第一原発から半径20キロ圏内の双葉町や浪江町や大熊町などの医療職の方々と連絡を取り合うと、水素爆発が起きた時、地震による停電で、電話もファックスもテレビも使えなかったため、そこにいる人たちには全く情報が入らなかったことが分かりました。避難しろと言われても、どうして逃げなくてはいけないのか、病院職員や住民も全く分からないまま混乱に陥っていたそうです。
 警戒区域にある病院から避難所に向かうバスの中では、元々重病で移動に耐えられなかった何人もの方が亡くなりました。先発の患者に避難所まで付き添い、残っている患者を迎えに行こうとした医師が、制止されて再び町に戻れなかったこともありました。残された患者だけを見て、この医師のことを逃げたと報道するメディアもありましたが、事実は戻ることを許されなかったのです。医療機関に避難するという事前の話だったのに、実際は高校の体育館に連れて行かれ、硬い床の上で寒さを耐えなくてはならない患者もたくさんいらっしゃり、中には命を落とした方もいらしたそうです。

・原発30キロ圏内
 警戒区域となった南相馬市立総合病院副院長の及川医師は、110人の入院患者がいる状況で、病院に入っていた50の業者がいなくなる中、残った医師や看護師たちと医療を守りました。配給された僅かなおにぎりでは足りないので、おかゆにして薄め、量を増やして患者に配りました。トイレ掃除も自らでしたといいます。この時、病院というのは、医者と看護師だけではまわっていないのだとつくづく思ったといいます。
 この病院の液体酸素のタンクは小さいためにすぐになくなり、1週間、酸素のない状態が続きました。行政に頼んでも駄目だったのですが、大阪から来たタンクローリーが、本来のルールとは異なるやり方で酸素を供給してくれました。この時は本当にうれしかった、と及川医師はおっしゃっていました。

・住民の健康診断
 飯館村は、原発からの距離は30キロから50キロ圏なのですが、3月15日の爆発時の風向きと地形の影響で高い放射線量が観測されています。そこで計画的避難区域に指定され、既に自主避難している方々に加え、順次避難してゆくことになっています。
 被ばくによる健康被害に大きな不安を持つ村民が、他所の地域に避難する前に、不安を聴き取りながら健康診断をすべきと考えた村長は、東大医科研の上昌広医師の研究室に連絡をしました。上研究室は、震災直後に地震ネットワークというメーリング・リストを立ち上げ、医療支援を中心に、物的支援のコーディネートや教育支援など、様々な援助をボランティアで行っています。特に原発による被害を受けた市町村へは、研究員を派遣して継続的に支援を行っていて、4月半ばには相馬市職員ら600人の検診や、放射能やヘドロによる健康被害に関する住民への説明会などを行ってきました。飯館村長は相馬市長からこの話を聴き、国の依頼で県でも健診をすることにはなったものの住民が離散してしまう前の実施は難しいため、上研究室に依頼したのでした。
 研究室の坪倉医師が5月16日に飯館村役場を訪れ、21日と22日の週末に、特に放射線量の高い3つの地区の18歳以上の住民、約700人の健診をすることが決まりました。体重測定や採血の他、村長から住民の不安を聴いてほしいというリクエストがあったので、問診の形で健康相談として15分くらい時間が取れるよう、地元の医師会と協働しながら行うことになりました。健診当日は2日で合わせて28名の医師が協力したとのことでした。この健診活動は、この地域のいろいろな場所で、今後も継続的に行われるとのことです。

○311からのくらし
・物資が来ない
 3月15日の爆発の後、1週間余りは、相馬市や南相馬市などには、食料やガソリンなどの物資が来なくなりました。相馬市の場合は30キロ圏外なのですが、風評で入ってこないのです。多くの食料品店が開かない中、尾形さんの家の近くのスーパーは3月12日からずっと開いていました。しかしそれでも、しばらく生鮮食品は手に入りませんでした。
 南相馬病院の及川医師は、この期間に7キロ体重が減ったとおっしゃっていました。また相馬市の横山さん(難民を助ける会、相馬市在住のボランティア)は、飴玉だけでこの時期を乗り切ったといいます。
 相馬市は避難命令を出していないのです。相馬市の立谷秀清市長は、避難命令を出すべきかどうかという選択を迫られた時、出した時の混乱の方が大きいと即時に判断し、避難命令を出さなかったのです。市長室でお話しする機会があった時、立谷市長は、それでもその時、頭の中では避難すべきか否か、その結果どうなるのかをいろいろ考え、かろうじて避難すべきでないという考えが6割だったとおっしゃっていました。そして「避難はしない」と口に出した時から、避難しない気持ちが10割になったそうです。そしてそれは、「判断ではなくて決心だった」ということでした。
 立谷市長はこの決心の後、毎週発行しているご自身のメール・マガジンに「ろう城」と題する記事を載せました。「米と味噌と梅干さえあれば、生きてはいける」という言葉で締めくくられるこの文章は、多くの人の心を打ちました。これは、市長が市民と共に、この地にとどまり、この地を守ってゆく覚悟を表明したものでした。

・放射能への不安
 多くの住民は、重苦しい不安を感じながらこの地に住んでいます。5月16日の夜、東大医科研の坪倉医師による地区住民への説明会に同行しました。医師の立場から放射線の健康被害について説明するという趣旨の集まりで、60名以上が集まりました。小さいお子さんを持つお母さん達は1列目に陣取って、熱心に話を聴いていました。
 坪倉医師からは、医学で分かっていることと分かっていないことが丁寧に説明され、避難するかしないか、どの程度用心したらよいのかといったことは、放射能による健康被害と暮らしの快適さを考えて、自分で判断せざるを得ないのではないかという率直な意見が述べられました。この説明会には、保健センターに栄養士として勤務する尾形由恵さんも出席していました。妊婦さんなどから放射能の胎児への影響や避難した方がいいかなどの相談を受けることがあるといいます。そういう時には彼女も、今のところ相馬は避難区域になっていないので、避難する必要はないけれど、安心は人それぞれによって違うので、最終的にはご自身で考えてくださいと言わざるを得ない、とおっしゃっていました。
 質問の時間になると、たくさんの方が手を挙げてそれぞれの悩みを打ち明け、質問をしていました。みんな放射能への対応とそれまでの生活を守ることとの間で悩んでいらっしゃるようでした。この地域の方々は、この季節になると山に入って山菜を取ることを楽しみとしており、田植えの時期も始まっています。相馬は海の恵みを受け入れる漁業の町であるとともに、人と自然が共に助け合う里山なのです。山菜は汚染されている可能性が高いので、食べないことをお勧めしますという答えに、ずいぶん前に定年退職したという元教師の女性の当惑した顔が忘れられません。

・放射能による差別
 この地で聞いたショックだったことは、放射能を理由にこの地域の方々が差別されていることです。福島ナンバーの車で他県に行くと、ガソリンを入れてくれなかったり、洗車してくれなかったりということが起こっているというのです。また同じ福島県の中でも、他の地域で制服のクリーニングを拒否されたという話も聞きました。避難していっても、この地域からだということでアパートを貸してもらえないということもあるといます。
 子どもたちの間でも、あからさまな差別があるといいます。避難先の学校で、「放射能がうつるから近寄るな」と言われた子どもも何人もいるといいます。どうして避難地域の子どもを受け入れるのだという保護者が、学校に抗議をしたりもするそうです。
 及川医師の妻で、二人の男の子のお母さんである昌子さんは、「もう福島の外には行けないと思った」、とおっしゃっていました。
 「福島だけ独立国になっちゃったみたい。私たちは外に出ちゃいけないのかなと思ったり。人のうわさは75日というけど、そのうち下火になるのかな。いつ下火になるのかな。私たちはいいんですけど、子どものことを考えると。外で傷つくんじゃないかと思って。福島というだけで、心に傷を負わないかな、とか。
 でも東北人なので我慢しちゃうんです。口が重いんですよねえ。これじゃいけないですよね。私たち、こんなばい菌みたいに生きていかなくちゃいけないの?私たち、福島から出ていけないの?」
 放射能が恐ろしいものだという印象だけが与えられているので、あまり勉強をしていない人は放射能が伝染すると思っているようなのです。地震、津波、放射能という3つの災害に加えて、4つ目の災害、偏見による差別という問題で、この地域の人々を苦しめてはいけないと強く思いました。
 昌子さんは、お話をされている間に差別する方がおかしいと気づき、この状況を訴えて変えてゆく為に「新聞に投書します」とおっしゃっていました。このたくましさを私は心から尊敬します。この地域の親御さんの代表の声は、必ずや多くの人々の元に届くことでしょう。

「フクシマ便り (2/2)」へ続く



MRIC by 医療ガバナンス学会 2011年 5月 30日(月)15:19
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『ボストン便り』(第25回)「フクシマ便り (2/2))

細田 満和子(ほそだ みわこ)
2011年5月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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紹介:ボストンはアメリカ東北部マサチューセッツ州の州都で、建国の地としての伝統を感じさせるとともに、革新的でラディカルな側面を持ち合わせている独特な街です。また、近郊も含めると単科・総合大学が100校くらいあり、世界中から研究者が集まってきています。そんなボストンから、保健医療や生活に関する話題をお届けします。
(ブログはこちら→http://blog.goo.ne.jp/miwakohosoda/)

略歴:細田満和子(ほそだ みわこ)
ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー。博士(社会学)。1992年東京大学文学部社会学科卒業。同大学大学院修士・博士課程を経て、02年から05年まで日本学術振興会特別研究員。05年から08年までコロンビア大学メイルマン公衆衛生校アソシエイト。08年9月より現職。主著に『「チーム医療」の理念と現実』(日本看護協会出版会、オンデマンド版)、『脳卒中を生きる意味―病いと障害の社会学』(青海社)。

○311からの子どもたち
・スクール・バスでの通学
 屋内退避となっている南相馬市の一部や原町では、小学校から高校まで半数くらいのこどもたちが避難しました。残った半数の子どもたちは、南相馬市の鹿島区や相馬市の学校などにスクール・バスで通っています。たとえば相馬高校では、全校生徒は600人ですが、相馬農業高校から400人くらい、原町高校から300人くらいが、県が用意したスクール・バスで通っています。先生たちも一緒に来ていて、理科室や音楽室などの特別教室や、体育館を仕切りで区切った教室で、原則としてそれぞれの学校が独立して授業を行っています。つまり一つの校舎に、3つの学校が入っているという訳です。
 相馬高校では、2週間ほど始業式が遅れましたが、夏休みを削って後れを取り戻すとのことでした。子どもたちを長年見続けてきた武内先生は、これからの子どもたちの心の状況に一抹の不安もあるようでした。
 「今は緊張しているから大丈夫かもしれないけれど、今後はメンタルの問題が出てきますね。生死を越えて、食べ物があって、何を失ったとかがだんだん見えてくるんですよね。」相馬高校ではこれまで、担任が生徒一人一人の話を聴いて、気になる生徒のことは注意深く見守ることにしているとのことでした。親が原発作業員という子どもたちもいるので、簡単に原発事故のことを話題にしたり、まして非難したりすることはできないということでした。
 それでも、授業は粛々と行われていました。高村先生の案内で見学させていただいた日本史のクラスでは、グループに分かれ、戦国大名の財力や兵力、立地や周囲との関係性などを調べ、大名同士の勝敗を競うというユニークな授業が行われ、生徒たちは楽しそうに意欲的に取り組んでいました。

・遺児・孤児
 相馬市は地震による被害は少なかったものの、津波の被害は甚大で、避難誘導のために10名の消防士の方が殉職され、遺児は11名に上ります。それ以外にも親御さんを亡くした子どももいて、18歳未満の遺児と孤児と合わせると44人になります。
 そこで相馬市では、そうした子どもたちが18歳になるまで毎月3万円ずつ支給することを決め、義援金を募るために基金口座を作りました。目標総額は2億円で、不足する場合は市の一般財源で賄い、越えるようだったら孤児が大学に行く場合の奨学金にするそうです。相馬市の立谷秀清市長はメール・マガジンでこのように書いています。
 「我われ残された者たちが、親の無念の代わりを果たすことなど、とても出来ないことだが、万分の一でもの償いと思い、生活支援金条例を作ることとした。」
 全国から、そして世界から、子どもたちのために募金が集まることを願ってやみません。

○311から未来に向けての構想
・「新しい村」
 相馬市では、従来から高齢者が閉じこもりや寝たきり、孤独死になってしまわないように、いろいろな試みをしていました。その一つが「ライフネット相馬」です。市民である限り、誰からも声をかけられないという状況がないよう、高齢者同士が声をかけ合い、希望者には昼食を届けるというサービがス行われていました。この試みをしばらくやっているうちに、声をかけられている人が、自分から声をかける人になるという現象も起こってきました。
 まさに軌道に乗ってきた時に、この災害が降ってきたのです。災害直後は合計4400人の方々が避難所で過ごしました。立谷市長はすぐに、孤独死を絶対に出すまいと心に決めました。直ちに被災者全員の生活状況を調査すると、110人の方が単独世帯になったことが分かりました。最高齢は93歳の男性で、こうした方々の中には、自分だけが助かったことを悔やんでいる方もいたとのことです。
 かねてから、高齢者が互いに支えあえるような共助生活を構想していた市長は、この構想を基に、震災仮設住宅ではなくて、復興永久住宅を提供したいという意欲を語ってくださいました。プライバシーを尊重した個室が、食事のできる集会所を取り囲む空間。食事は高校生がクラブ活動として作ったらどうか。お互い声をかけ合える暮らし。介助が必要となった時もずっと暮らせる仕組み。避難してきている他の自治体住民も受け入れる。立谷市長はこれを「新しい村」と呼んでいます。この「新しい村」の構想が実現することを願っています。

・これからの子どもたちへ
 子どもたちのためには、相馬フォロワーチームというボランティアの組織が立ち上がりました。中心になるのは、相馬市出身で、長年難民を支援してきたパワフルな女性、横山さんです。 
 彼女はちょうどカンボジアに難民支援に行こうと準備していたところ、震災に遭いました。主な活動は、避難所を回り、子どもたちの様子を見て、どんな問題があるのかを見つけ出すことですが、その他にも、困っていることを見つけては、それに対処しようと奔走していました。訪ねて行ったその日の横山さんは、1階は津波の被害に遭いながら、2階は大丈夫だからと元の家で暮らす人たちに、物資が届いておらず孤立化しているという情報を聞き、その場を探し出して、対応にあたっていました。
 横山さんと一緒に活動するのは、警戒区域から避難している臨床心理士や、星槎グループの職員の方々です。星槎グループは、保育園・幼稚園から大学までユニークな教育施設を展開しており、会長の宮澤保夫さんは、「自分が求められることをやる。必要としている人に、必要なものを届けるのが自分のためになる」という考えから、相馬市内に宿舎を借りて、星槎グループの職員や東大医科研の上研究室のボランティアが寝泊まりする場所を提供しています。私も滞在中は、脇屋さんや大川さんに大変お世話になりました。
 これからの未来を担う子供たちが、安心できる環境の中で、のびのびと過ごせることは大人たちの責任です。育った地域に誇りを持ち、しっかりと足場がある状態で、広い世界に飛び出して行ってもらいたいものです。中村第二小学校の子どもたちとボストンの学校の交流も、菅野校長をはじめとした先生方の協力と生徒たちの気持ちで進みそうですし、これからの子どもたちに期待したいと思います。

○おわりに
 尾形さんは、津波に襲われた地区を案内してくれました。地震から2か月たって、すこしずつ片付けが進み、道路は通れるようになってきましたが、抜けるように青く晴れた空のもと、海からかなり遠い田んぼの中に、とつぜん大きな漁船がひっくり返っていたり、壊された家や電柱などがうずたかく積まれたりする光景が広がっていました。泥だらけのランドセルやぬいぐるみもありました。10メートルから17メートルの、黒い壁のような波に襲われた人々の恐怖はいかほどのものだったのか、本当に胸が痛くなりました。
 この地が、これからどのように元の日常を取り戻し、かつてのように愛される町になるのか、それはこの地の人たちだけの問題ではない、と強く思いました。また、放射能に対する不安、被曝を避けるために避難すべきか、それまでの生活を守るためとどまるべきか、こんな悩みをこの地の人だけに押し付けてはいけないと思いました。
 この地の復興のためには日本中の人々の協力が必要で、逆にこの地が復興できるかどうかで日本中の人々の力が試されていると思います。さらにこれは、もはや国内の問題ではなく、世界中から理解と英知と支援を集め、協力してやっていく問題だとも思いました。(その意味を込めて、表題では「福島」ではなく「フクシマ」としました。)
 今回、様々な不安が重くのしかかる状況でも、被害の最小化、復旧、復興に向けて希望を忘れず対策を講じている地域の人たち、高校生、行政に関わる人々、ボランティアに沢山のことを教えられました。ここには、自然災害、放射能事故、行政とボランティア、差別、健康と生活の質、その他にもたくさんのテーマが湧いて出ています。ここからの学びと教えは、人類の共通の財産にすべきと言っても過言でないと思います。私たちに何ができるかを考え、関わってゆく(コミッ
トしてゆく)ことで、私たち自身もたくさんのことを得ることができると思いました。

追記:この原稿の一部は、出張先の大阪空港の待合室で書きましたが、おりしも東日本大震災のチャリティコンサートが行われていました。大阪は東京よりも震災と遠いと思いこんでいたので、そうではなかったことを嬉しく思い、犠牲者に捧げるG線上のアリアを聴きながら、日本各地で行われているであろうこうした活動の思いが被災地に届くことを願ってやみません。

<参考ウェブサイト>
相馬市震災孤児等支援金
http://www.city.soma.fukushima.jp/0311_jishin/gienkin/tunami_orphan_J.html

English: Donations to the Soma City Earthquake Disaster Orphan Scholarship Fund
http://www.city.soma.fukushima.jp/0311_jishin/gienkin/tunami_orphan_E.html
  1. 2011/05/31(火) 06:00:27|
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5月29日 医療一般

http://mainichi.jp/area/shiga/news/20110529ddlk25040295000c.html
ふれあいまつり:気分は外科医 「メス!」傷口縫合や手術--彦根市立病院 /滋賀
毎日新聞 2011年5月29日 地方版 滋賀

 彦根市立病院(彦根市八坂町)で28日、「ふれあいまつり」があり、子どもたちが本物の医療器具を使って外科医の手術を体験した。

 市民に開かれた病院を目指し同病院のボランティアや医師らのOBで組織する彦根市民健康サポーターズ倶楽部と共催で開いた。

 外科体験では、小学生ら20数人がメディカルキャップなどをかぶり、本物の医療器具を手に“外科医”の気分に。医師らの指導を受けながら、縫合器を使って厚さ10センチほどの豚肉の傷口を縫ったり、モニター映像を見ながら手術した。処方せんを見ながら菓子を使って薬をつくる薬剤師挑戦コーナーもあった。

 骨密度や血糖・血圧、緑内障などの測定、高齢者や妊婦などの体験、看護や介護などの相談コーナーもあった。【松井圀夫】



http://www.chunichi.co.jp/article/shiga/20110529/CK2011052902000109.html
地域医療に理解深める 彦根で医師と市民が意見交換
2011年5月29日 中日新聞

 地域医療の課題を病院職員と市民で共有することを目的にした意見交換会が28日、彦根市八坂町の市立病院であった。

 会は病院と市民の交流イベント「市立病院ふれあいまつり」に合わせて開かれ、市民100人が参加した。冒頭、市民代表が「完治してないのに転院を勧められることがあると聞く。もっと親身に患者の話を聞いてほしい」と日ごろの疑問を医師らに投げかけた。

 市立病院循環器科の綿貫正人部長は「急性期を過ぎると転院していただくこともある。院内には開業医や訪問看護へつなぐ医療相談室があるので、活用してほしい」と話した。

 市内の松木診療所の松木明院長は「在宅の患者さんが急変したときは、市立病院に受け入れてもらっている。限られた病院や診療所を疲弊しないよう上手に使ってほしい」と説明。

 市立病院の日村好宏副院長は、外来患者に病状が安定した人が多いことを説明しながら「十分に地域の医療機関の人的、物的な資源を発揮できる環境をみんなで考えなければいけない」と提言した。

 質疑応答では、参加者から紹介状がない場合に患者が負担する選定療養費(外来負担金)への質問などがあった。 (森若奈)



http://www.kobe-np.co.jp/news/iryou/0004113680.shtml
県立12病院が「緩和ケア研修」 若手医師に義務化
(2011/05/29 07:42) 神戸新聞

 がん患者らの痛みに寄り添える医師を育てるため、兵庫県立がんセンター(明石市)など県立全12病院は本年度から、研修中の若手医師に「緩和ケア研修」受講を義務付けた。義務化は全国初という。がん治療に携わる医師全員の受講を国が求める中、緩和ケア浸透に向けた取り組みとして注目されそうだ。(小林良多)

 緩和ケア研修は、県立12病院で学ぶ臨床研修医(定員計48人)の初期研修2年目の必修科目とし、本年度は37人が、県立がんセンターなど5病院で6月から順次開かれるプログラムに参加する。

 研修では、医療用麻薬の投与や、終末期に現れる症状など基礎知識を学ぶ一方、患者の声に耳を傾ける大切さが実感できるようグループワークを取り入れる。また、末期がんを告知する医師役と患者役を演じる「ロールプレー」を通じ、患者の立場を体験する。

 国は2008年、がん対策推進基本計画に基づき、各地の「がん診療連携拠点病院」に緩和ケアの研修会開催を義務付けた。全国で10万人ともいわれるがん診療医師全員に受講を呼び掛けるが、これまでに修了したのは約2万人という。

 県立がんセンターの西村隆一郎院長は「肉体的、精神的な痛みが理解できる医師は、がんに限らず患者が望む医療を提供できる。医師としての基礎を学ぶ時期に研修を受ける意義は大きい」としている。

【緩和ケア】 命を脅かす疾患と向き合う患者と家族の「生活の質(QOL)」改善を目指す処置。治療初期から並行して進めるのが理想とされる。薬による痛みや倦怠(けんたい)感のコントロール▽告知後の悲嘆への対処▽死期を迎える精神的苦痛の緩和などを指す。
  1. 2011/05/30(月) 05:40:40|
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5月29日 震災80日目

http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20110529_3
県立病院の常勤医数13人増 沿岸部は実質同数
(2011/05/29) 岩手日報

 県立病院と地域診療センターの4月1日現在の常勤医数は前年より13人増の479人だったことが県医療局のまとめで分かった。後期研修後の医師の定着などで常勤医の減少に歯止めがかかった。だが、最も多かった2002年に比べ66人少なく依然として医師は不足。東日本大震災により医療ニーズが高まっている沿岸部では前年と実質同数にとどまり、被災地の医療体制をめぐる議論への影響は必至だ。 

 県医療局によると、病院別では中部病院が10人、中央病院が5人増。一方、胆沢、遠野の両病院は各2人減で、磐井、久慈、千厩などでも各1人減った。大船渡病院は4月1日現在で4人増だったが今月、震災による異動延期が解除され4人減の実質同数となる。

 診療科ごとでは、消化器科と外科がそれぞれ5人増。産婦人科医も3人増員となり、周産期医療の充実へ期待がかかる。

 県医療局は常勤医の増加について、退職者の減少や後期研修医から常勤医として定着する医師が前年の10人から15人に増えたことなどを挙げる。また、即戦力となる県外医師の招聘(しょうへい)も効果が上がり、2010年度は15人で前年を5人上回った。

 しかし、ピークの545人(02年3月末)に比べ66人少なく医師不足は続く。津波の被害を受けた沿岸地域では前年と実質同数にとどまった。住民の避難生活が長引く中、被災した山田、大槌、高田の3病院の再建に加え、高まる医療ニーズにどう対応するか、地域医療復興へ向けた議論への影響は避けられない。

 一方、県医療局は被災地域の医師確保へ向け、中長期勤務可能な医師の確保も視野に、勤務期間を2カ月以上とする診療応援医師を募集。県外の病院で勤務する本県出身の医師らからの問い合わせが多いという。

 県医療局医師支援推進室の川上裕二室長は「昨年よりは増加しているが全県的にはまだ医師は不足している。震災の影響で医療ニーズも高まっている。引き続き、勤務環境の改善などを進めながら医師の育成や確保に全力で取り組む」と話す。



http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20110529_2
被災地で医療チーム撤退続く 医師不足の中、正念場
(2011/05/29) 岩手日報

 東日本大震災から2カ月半、被災地の沿岸地域で避難所の巡回診療などに当たる全国の医療救護チームの撤退が進んでいる。医療機関の復旧などで救護所医療の必要性が減ってきているためで、今後は地元の病院や開業医中心の医療体制に移る。支援の手を離れ自立が求められる震災地の医療は、医師不足問題を抱え、正念場を迎える。

 県内の被災地で支援に当たる医療救護チームは、ピークの3月下旬で58チーム。避難所の巡回診療や24時間体制の救護所開設など、多数の医師らが被災者の診療に当たった。5月20日時点では27チームまで縮小し、6月中に20チーム前後まで減る見込みだ。

 約110人が避難生活を送る山田町の避難所・陸中海岸青少年の家では、26日まで日本赤十字社の医療班が救護所を構えた。18~22日は1日当たり約10人が訪れ、継続的治療が必要な避難者には地元開業医を紹介。救護所は仮設診療所などで診療を再開した地域医療機関と避難住民をつなぐ役割を担ってきた。

 同青少年の家で避難生活を送る荒川由美子さん(57)は「24時間いてくれたので、安心感があった。(撤退は)仕方がないと思うが、みんな心身ともに疲れがたまっている。これからが不安だ」と表情を曇らせる。

 一方、県のまとめ(13日現在)では、一般診療所など沿岸部の約20医療機関が再開できずにおり地域の医療体制の立て直しは急務。県医師会は、全国からの医療救護チームの撤退後、被災地医療が途切れないように内陸部の医師を派遣する「JMAT岩手」の始動に向け準備を進めている。

 医療分野の復興に向けたプランをつくる県の専門家会議の佐藤元昭・県立宮古病院長は今後の沿岸地域の医療体制について「医師不足という現実を見つめ、住民と医療者が冷静に話し合うことが必要。地域ごとに事情は異なるが全体のまちづくりと併せて県立病院の機能をどうするかなど議論を進めることが大事だ」と強調する。



http://www.nikkei.com/life/health/article/g=96958A9093819695E0E6E2E0808DE0E6E2E7E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;dg=1;p=9694E3E2E2E7E0E2E3E3E1EAE5E7
本土との交通手段なく 薬届かず 医師・山本馨さん(2)
気仙沼の離島でへき地医療
2011/5/29 7:00 日本経済新聞

 東日本大震災当日、津波に巻き込まれた後に死亡した2人の高齢女性のほかには、宮城県気仙沼市の離島、大島にある私の診療所を訪れた急患はありませんでした。遺体は家族に引き取られ、私は余震に備え、再び妻と駐車場の車の中で過ごしました。


 震災で情報網は寸断され、島の被災状況はまったく分かりません。何人くらいが負傷しているのかも見当もつきません。ただ、診療所の建物は無事だったので「いつも通り診療所を開けよう」とだけ決め、その夜はわずかな仮眠をとりました。

 翌朝、震災で倒れた棚や、床に散乱したカルテを元に戻して診療所を開けると、思いもかけない光景が目に飛び込んできました。けが人が運び込まれてくるのかと思いきや、家族に付き添われた高齢者ばかり約20人が整然と並んでいたのです。

 大半が高血圧や糖尿病など持病を抱え、津波で自宅とともに薬も流されたということでした。被災後の慢性疾患対応という全く想定していない事態でしたが、運良く私の診療所はもともと高齢者の患者が多く、血圧降下剤や血糖降下剤の在庫は豊富でした。

 ただ、震災で島と本土を結ぶ唯一の交通手段のフェリーが被災して使えません。通信手段もなく助けを求めることもできず、いつ消防や自衛隊の救助活動が始まるかも分かりません。私は10日間は島の孤立状態が続くと覚悟を決め、普段は2週間~1カ月分としている薬の処方量を1人4日分ずつに抑えました。

 震災翌日は通常の2倍以上の120人が診療所を訪れました。患者の多くはショックのあまり放心状態で、とても震災のことを聞ける様子ではありませんでした。普段は患者同士の会話でにぎわう待合室も、この日ばかりは水を打ったように静まりかえっていました。

 初めて私の診療所を訪れる人もたくさんいました。普段はフェリーで市立気仙沼病院など本土の大きな病院に通院していたそうです。離島医療を支えようと思って大島に来た私ですが、少しばかり複雑な気持ちでした。

 その後も連日100人以上の患者が診療所に来ました。薬の在庫は予想以上のスピードでみるみる減っていきましたが、私は診療だけで手いっぱい。通信手段もない中、ひたすら救援部隊を待つしかありませんでした。

 在庫が底をつきかけた震災から5日目のことです。誰かが診療所のことを伝えてくれたのでしょう。「国境なき医師団」の日本人の女性医師が診療所にやってきました。「高血圧や糖尿病の薬が足りない」と訴えると、翌日には自衛隊のヘリコプターで段ボール箱2箱分の薬が届きました。

 直後から小型船による本土からの物資輸送も本格化。1週間たつと災害医療ボランティアによる島の各避難所での医療活動も始まり、徐々に診療所も落ち着きを取り戻し始めました。

医人たちの挑戦では、読者の皆様のコメントを募集しています。
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 山本馨(やまもと・かおる) 1945年福島県二本松市生まれ。71年東北大医学部卒業後、福島県内や北海道内の病院勤務などを経て、99年に北海道倶知安町に「山本内科消化器医院」を開業する。2007年から無医地区だった宮城県気仙沼市の離島、大島に移り住み、「大島医院」で島民の診療に当たる。現在、妻と2人暮らし。



http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110530k0000m040070000c.html
東日本大震災:懸念高まる飲酒依存 生活激変でストレス
毎日新聞 2011年5月29日 19時27分(最終更新 5月29日 21時42分)

 避難所での生活が長期化する中、被災者の飲酒を巡るトラブルが起きている。95年の阪神大震災では、家や仕事を失った被災者がアルコール依存症に陥るケースが多数報告された。今後、仮設住宅への入居が進むとともに、周囲からの孤立化が酒への依存を高める懸念もある。専門家は「新たな依存症者を出さないための継続的なケアが必要」と指摘している。【曹美河】

 岩手県沿岸の避難所で5月中旬、酒に酔った60代男性が周囲に物を投げつける騒ぎがあった。男性は独身で、自宅を流され1人で避難所に身を寄せていた。それまで目立ったトラブルはなかったが、数日前から酒の量が増え、ささいなことで周囲と口論になっていた。「長年酒を断っていたのに、むしゃくしゃして飲み始めてしまった」。男性は避難所を巡回する医師にこう説明したという。

 国立病院機構「久里浜アルコール症センター」(神奈川県)の松下幸生精神科医によると、震災による心的外傷後ストレス障害(PTSD)やうつ、不眠の症状などは、アルコール依存に直結しやすい。適量を飲む分には不安を和らげる効果もあるが、もともと飲酒問題を抱える人の場合、震災による生活環境の変化で悪化する恐れがある。

 センターは避難所での飲酒を控えるよう呼び掛けているが、避難所では「お見舞い」として酒が持ち込まれる事もある。避難所の運営者は「酒で気を紛らわしたいという時もある。節度を保って飲む分には問題なく、避難所を完全に禁酒にするのは難しい」と話す。

 岩手県内の別の60代男性は避難所に入った当初、周囲に飲酒が分からないよう、焼酎を透明のペットボトルに移して飲んでいた。しかし、時間がたつに連れ目の前に1升瓶を置き、朝から飲み続けるようになったという。

 男性は5月下旬、1人で仮設住宅に入居した。男性がいた避難所で「心のケア」を担当した保健師は「周囲の目が行き届かない仮設住宅で孤立し、重症化する恐れもある」と懸念する。

 阪神大震災では、兵庫県内の仮設住宅で孤独死した病死者の死因の3割が肝疾患で、ほとんどがアルコール依存などに伴う肝硬変と判明。肝疾患で亡くなった人の8割は40~60代の男性だった。センターの松下医師は「震災後に酒の量が増えたと感じたら、早期に専門家に相談してほしい。地域の保健師や周囲の人が声をかけ合い、孤立化を防ぐことも重要だ」と話している。



http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20110529_14
県内被災者、心のケアが課題 地域の連帯感大切
(2011/05/29) 岩手日報

 東日本大震災から2カ月半。被災地では仮設住宅への入居が進む一方、避難所での集団生活にはなかった孤独感から被災者のうつや酒類の摂取増など新たな精神面の問題も浮上している。支援する医療関係者からは「仮設住宅入居後こそ課題」との指摘も。孤立化、そして心の病を防ぐために地域のつながり維持と、長期的な支援が求められている。

 本県では震災直後から、県外の「こころのケアチーム」が相次いで派遣されている。現在、気仙地区で活動するのは8団体。大船渡市で活動している久里浜アルコール症センター(神奈川県横須賀市)の塘(とも)祐樹看護師は「今は一つの分岐点」と指摘する。

 今後の生活への不安など厳しい現実に直面し、虚脱感に襲われる被災者が少なくないほか、仮設住宅への入居は「助け合ってきた避難所での集団生活から、突然一人に」という一種の“落差”も生む。震災直後には現れなかったダメージが現れつつあるという。

 増加傾向にあるのがアルコールの問題。酒量をコントロールできず、仮設住宅で一日中飲酒する人もいた。仮設住宅に入居した高齢者がそれまでのつながりや楽しみを失って閉じこもりがちになったり、避難所に戻るケースも報告されているという。

 同センターの真栄里(まえさと)仁医師は「地域社会の回復が心の健康につながる」と指摘。塘看護師は「個人の背景を把握し、頻繁に訪問するなどよりこまやかなケアが必要」と話す。

 「一番心配なのは仮設に移ってから」と指摘するのは、県立大船渡病院の道又利第1精神科長。一度できたつながりが分断されることによる、孤立からのうつや飲酒問題を懸念する。今後求められる対応として「コミュニティーが機能できる環境の維持」を挙げる。

 特に高齢の被災者に影響が大きく、うつ状態に陥って自殺を図ったり、認知症が悪化するなどして入院する人もあった。「津波は喪失が大きい『根こそぎの災害』。高齢者ほど築き上げてきたものを失ったと感じてしまう」。同病院の精神科は、5月に入ってから満床に近い状態が続いている。

 しかし、受診に結び付くのはまだ一部だ。塘看護師によると「精神科の受診にかなり抵抗があるのか、受診を勧めても拒絶されるケースは多い」という。「津波を見ただけでもショックなのに、まして被災したら調子を崩すのは当然」と理解を求める。



http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011052900138
被災地に診療所開設=東京の女性医師-拠点病院全壊の宮城・石巻
(2011/05/29-18:10)時事通信

 津波で市街地の大半が壊滅した宮城県石巻市雄勝町に29日、診療所がオープンした。開設したのは、東京都港区でクリニックを経営する医師石井直子さん(50)。震災直後から医療ボランティアを行っていたが、「震災に負けず笑顔でお互いを励まし合う雄勝町の人々に引かれ、皆のために何かしたい」と開業を決めた。
 この日早朝、石井さんは診察室に東京から持参した聴診器などの医療器具や医薬品を運び込んで棚に収めると、自ら手書きして作った看板を診療所の外に掲げた。「雄勝まごのて診療所」。きめ細かい診療で「かゆいところに手が届く支援をする」との思いを込めた。
 診察室と待合室はそれぞれ10畳ほど。机と椅子以外、まだ目立つ診療器具は置かれていない。午前10時半ごろ、最初の患者が訪れた。以前に避難所で石井さんの診察を受けたという男性(72)。「かかりつけの病院が津波で流されたので、先生が近所に診療所を開設してくれたのは大変ありがたい」と感謝した。
  1. 2011/05/30(月) 05:40:02|
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5月28日 医療一般

http://www.shinshu-liveon.jp/www/topics/2997
大町病院で29日初の病院祭 健診・ステージ・模擬店…
(2011年5月28日)(提供:信濃毎日新聞)

 経営再建に取り組む大町市立大町総合病院が29日、初めての病院祭を同病院で開く。市民有志も入った実行委員会が、健診や相談、ステージ、模擬店などを企画。市民に寄り添う病院を再認識する場にしようと準備を進めている。

 慢性的な医師、看護師不足への対応と赤字経営からの脱却が課題の同病院は、2年前から医師らが市内に出向く地域懇談会や健康づくりセミナーなどに取り組んできた。昨年には市民らによる同病院を守る会も発足。「さらに病院と職員に身近に接してもらう機会を」(宮脇哲子事務長)と、今年2月から祭りの準備を進めてきた。

 病院祭は午前9時半~午後3時。病院スタッフによる骨密度、動脈硬化、尿・血糖、脳・肌年齢などの各種測定や院内ツアーのほか、東日本大震災でも活躍した災害派遣医療チーム(DMAT)による活動紹介もある。中高生によるブラスバンドや太鼓、津軽三味線などのステージに加え、地元商店街や守る会も約20の模擬店を出して盛り上げる。



http://mainichi.jp/area/kagoshima/news/20110528ddlk46040691000c.html
夜間救急診療所:出水地区、来月1日の設置見送り /鹿児島
毎日新聞 2011年5月28日 地方版 鹿児島

 ◇阿久根市議会、負担金否決で

 出水地区医療問題協議会(会長=西平良将阿久根市長)の救急医療対策小委員会が26日夜、阿久根市役所で開かれ、出水、阿久根、長島の2市1町の軽症患者を受け入れる夜間1次救急診療所について、当初予定の6月1日設置を見送ることを決めた。同診療所の運営費について、阿久根市議会が25日、負担金の予算案を否決したため。

 同診療所は、出水総合医療センター野田診療所内に設置予定。運営費の赤字は、2市1町が人口割りで負担する案だったが、阿久根市議会内では「出水市側の医師不足が発端の話で、出水側が解決すべき」などとの意見が根強いという。西平会長は「今後、阿久根市議会に説明し、その必要性について理解を求めたい」としている。【宝満志郎】



http://mainichi.jp/area/yamanashi/news/20110528ddlk19040143000c.html
山梨大医学部付属病院:「2次救急」開始 輪番負担軽減と研修医育成 /山梨
毎日新聞 2011年5月28日 地方版 山梨

 山梨大医学部付属病院(中央市、島田真路院長)は、毎週火曜の夜間、命の危険はないが入院が必要な2次救急患者の受け入れを始めた。同様の患者に輪番で対応している他病院の負担を軽減し、研修医の教育に役立てる狙いがある。

 同付属病院はこれまで、命の危険がある3次救急患者については、県立中央病院と共に受け入れてきた。2次救急患者については、「特定機能病院」として先端医療を受ける患者の病床を確保するため受け入れていなかった。

 しかし、2次救急に対応できる医師は全国的に不足。甲府市や中央市など峡中地区では、夜間や休日は11病院が輪番で2次救急患者を受け入れており、同付属病院もこうした病院の負担軽減のため受け入れを決めた。今後の輪番への参加を目指している。

 また、同病院の研修医は、2次救急への対応を学びたいとのニーズが高く、機会を求めて他の病院に流れている実態が、研修医への調査で判明した。同病院は研修医の減少に悩んでおり、待遇改善などと共に研修医確保策の一環として、2次救急患者を受け入れることにした。

 2次救急患者が搬送されれば、指導医4人が患者に対応しながら研修医2人を指導。この様子を別室で医学部生が見学し、対応を議論して学ぶ機会も設けている。なお、入院した患者の理解を得て早めの退院を促し、先端医療を希望する患者を十分に受け入れるよう配慮する。

 松田兼一・同病院救急部長は「研修医に複数の指導医で手厚く指導できるうえ、学生も熱心に見学している」と話している。【岡田悟】



http://mainichi.jp/area/aomori/news/20110528ddlk02010153000c.html
暮らしどこへ:’11知事選/4 医師不足にあえぐ県西部 /青森
毎日新聞 2011年5月28日 地方版 青森

 ◇過疎地待ったなし
 「病院運営はぎりぎりの状態が続いている。明るい見通しはない」。鰺ケ沢町立中央病院の佐藤薫事務長は険しい表情で言い切る。
 同病院は「へき地医療拠点病院」だが、常勤の医師は内科1人、外科2人しかいない。診療科は内科、外科を含めて合計8科。昨年度の外来患者は1日 平均251人。弘前大からの派遣など、非常勤医師25人で何とか回している状態だが、整形外科や耳鼻科は週2回午後のみ、婦人科は週1回だけだ。
 ひざや腰の痛みで長年、整形外科に通っている同町舞戸町、無職、斉藤スヱさん(84)は「1人暮らしだし、急に激痛があった時には困ってしまう。五所川原市まで行ければいいけど、それも無理なので」と訴える。
 09年度の同病院の不良債務は約2億4000万円。常勤医が9人いた02年度は黒字だったが、7人に減った06年度には不良債務が発生した。
 病院経営では、入院患者の病床稼働率が70%を超えないと採算が合わないとされる。同病院では病床数100床のうち、入院患者は現在40人弱で稼 働率はかなり低い。佐藤事務長は「常勤医が少ないと、多くの入院患者を診ることができない。常勤医の確保が経営上は最も重要だ」と説明する。
 医師不足にあえぐこの地域の6市町は「つがる西北五広域連合」をつくり、ひとつにまとまって自治体病院の機能再編に取り組んでいる。五所川原市に 中核病院を新たに整備し、鰺ケ沢町立中央病院と公立金木病院は後方支援として、中核病院からの急性期後の患者を受け入れる、などといった構想だ。
 広域連合の寺田建夫事務局次長は「現在はこの地域の自治体病院はどこも常勤医が足りず、余裕のない運営が続いている。このままでは患者へのサービスも低下してしまう。奈落の底に落ち込んでいく事態に歯止めをかけたい」と期待する。
 県は医師会などと協力して04年から、医師不足の要因を分析。その結果、(1)県内出身の医学部進学者が少ない(2)へき地が多く若い医師が勤務 を嫌がる(3)卒後の臨床研修先の自由化で大学の医師派遣機能が低下している--などの実態が分かった。県は卒業後に一定期間県内で勤務すれば返済を免除 する医学生の修学資金制度を設けるなど、さまざまな施策を行ってはいるが、医師不足解消にはまだ時間がかかりそうだ。
 一方で、高齢化は猛スピードで進み、県西部の過疎地域は待ったなしの状況に追い込まれている。即効性のある対策が切望されている。【吉田勝】=つづく
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 ■ことば
 ◇医師不足
 県医療薬務課によると、鰺ケ沢町を含む西北五地域の人口10万人当たりの医師数は97・5人で、全国平均212・9人の半分にも満たない。他の青 森、下北、上十三、八戸の各地域も全国平均を下回っているが、西北五地域は県内でも医師不足が際立っている。弘前大のある津軽地域だけが267・8人で全 国平均を上回っており、県全体では、08年12月末現在で全国ワースト5位となっている。



http://www.kyoto-np.co.jp/local/article/20110528000105
病院と診療所の果たすべき役割探る 彦根でシンポ
【 2011年05月28日 19時37分 】京都新聞

 地域医療のあり方を考えるシンポジウムが28日、滋賀県彦根市八坂町の市立病院であった。医師や市民が、高度な医療を行う病院と、身近な地域の診療所が果たすべき役割を探った。

 健康講座などを開く市民団体「彦根市民健康サポーターズ倶楽部」のメンバーや、同病院の日村好宏副院長、市内で診療所を営む松木明医師らがパネリストとして参加した。

 まず、同団体世話人の辻川明美さんが市民代表として、病院外来の対応に不満の声があることや、診療所と病院の連携について質問した。

 これに対し、日村副院長は「病院は高度な医療や救急に特化すべきだが、それ以外の患者も外来で引き受けており、医師が忙しくて手厚い診察ができないのが現状。症状が軽くて安定している場合は、地域の診療所にかかってほしい」と理解を求めた。診療所からの紹介状があれば、病院外来の負担金がかからないことも説明した。

 一方、松木医師はかかりつけ医制度の充実を訴えた上で、「診療所の医師も、あらゆる症状を診察できる知識と経験を身に付けなければならない」と述べた。



http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1105280014/
医師不在の箱根地区に個人診療所が開院へ、「経験生かしたい」と心臓外科医の木村さん/箱根
2011年5月28日 神奈川新聞

 昨年3月から「医師不在」が続いていた芦ノ湖畔の箱根地区(箱根町箱根、元箱根、芦之湯)に30日、待望の個人診療所が開院する。医師は20年以上にわたって心臓外科の最前線に立ってきた木村俊一さん(46)。「精いっぱい僕の経験を生かしたい」。自然体で患者に向き合うつもりだ。

 「祖父と父は開業医で、弟と姉の旦那さんも医者。そういう家系なんです」。島根県出身。日大医学部を出て心臓外科医の道を歩んだ。手術は年間100件を超え、多忙を極めた。「20代のころは休みなし。3食とも病院でとって、がむしゃらに働いた」

 転機は昨夏に訪れた。インターネットで知った箱根地区の窮状。37歳で家庭を持ってから、年に数回は芦ノ湖畔のホテルを利用するなじみの土地だ。「ここの自然が好きでね。祖父と父のこともあって、自分が開業医になるイメージがしっくりきた」。東京にいる妻と2人の子どもも背中を押してくれた。

 険しい山に囲まれている箱根地区だが、住民は7キロも離れた二ノ平の診療所まで通っている。人口は約1200人、高齢化も顕著に進む。土地柄、観光客の突発的な事故も起きる。

 木村さんの申し出に、町は大いに喜んだ。昨年3月に地区で唯一の診療所が閉鎖して以来、住民の要望は切実だった。別の医師の赴任が取りやめになったばかりでもあった。もとあった診療所は築50年近くと老朽化が進んでいたため、町は約5600万円をかけて建て替えることを決めた。

 軽量鉄骨2階建ての「元箱根木村医院」(同町元箱根)は先月中旬に竣(しゅん)工(こう)。医療器具の購入費は木村さんが負担し、町が一部を補助する。横浜市内の総合病院の部長から“町のお医者さん”へ。転職で収入は激減する。それでも「必要最低限の生活が送れればそれでいい」と未練はない。

 開院準備は大詰めを迎えている。「去年の夏にある映画を見たんです。東京のエリートサラリーマンが田舎に帰り、鉄道マンになるという子どものころの夢をかなえるって話でね。島根の実家近くが舞台で、自分と重なった。こういう人生もありなんだなって」。とにかく自然体。スタッフ2人と明るく笑顔で患者を待っている。

 診療科目は内科、小児科、外科。木曜以外の平日と土曜日に開院(日曜・祝日は休診)。午前9時半~午後6時(同0時半~3時は休診)。問い合わせは、同医院電話0460(85)1117。 



http://mainichi.jp/hokkaido/shakai/news/20110528ddlk01040141000c.html
街角:北見日赤が新病院の概要説明 /北海道
毎日新聞 2011年5月28日 地方版 北海道

 北見赤十字病院(吉田茂夫院長)は27日、北見市庁舎跡地などに建設する新施設=写真・模型=の概要を明らかにした。新館(地下1~9階)、南館、別館などからなり、新館屋上にヘリポート基地を設置。病床は532床とし、緩和医療科と歯科口腔(こうくう)科を新設する。12年度に着工、14年春の開院を目指す。吉田院長は「研修医を含め93人の医師を100人以上まで増やしたい」と話している。市庁舎の解体作業は年内の予定。



http://www.sanyo.oni.co.jp/news_s/news/d/2011052810104693/
瀬戸内市民病院を独法化へ 移行支援に1500万円計上
(5/28 10:10)山陽新聞

 瀬戸内市は27日、市立瀬戸内市民病院(同市邑久町山田庄)の運営方式を、合併特例債活用期限の2014年度を目指す新病院の完成に向け、地方独立行政法人化する方針を明らかにした。

 この日発表した本年度一般会計補正予算案に、地方独立行政法人化への移行支援業務委託料1500万円を計上。資産査定など法人化に必要な手続きを進める。

 会見した武久顕也市長は「地方公営企業であることが改革の足かせになっている。市民のため、施設だけでなく中身も新しい病院にしたい」と理由を示した。

 現病院が築40年と老朽化し、新たな医療機器の導入や耐震性に課題があるため、武久市長は10年3月、新病院建設を表明。庁内のプロジェクトチームと、有識者らでつくる病院等検討委員会で、新病院の機能、規模、運営形態などを検討してきた。

 新病院は、現在の一般病床のみ110床を一般、療養、回復期リハビリテーション計100床程度に再編。医療と福祉が連携して一体的なサービスを提供する地域包括ケアを実現するため、公共のまま人事や予算面で弾力的な運営ができる地方独立行政法人が望ましいという結論に達した。



http://mytown.asahi.com/areanews/shimane/OSK201105270111.html
浜田医療センター健診中止 里帰り分娩も 常勤医減
2011年5月28日 朝日新聞 島根

 国立病院機構浜田医療センター(島根県浜田市)が4月以降、健康診断や人間ドックの新規受け付けを中止している。健診センター常勤医が退職し減ったことが理由。里帰り分娩(ぶんべん)も今月から休止しており、県西部の医療環境が一層深刻化した。

 センターによると、健診センターは常勤の内科医2人体制で運営し、2010年度は人間ドックを含めて7908人を受け入れた。しかし、1人が3月末で自主退職。4月からは、周辺の医療機関から非常勤医3人の応援を得ている。

 今年度は個人の受け付けを中止、事業所や企業健診は地元優先とした。このため、日本最大級の会員数がある日本予防医学協会(東京都)など、県外企業の転勤族らが多く加入する19団体・事業所との契約を断り、契約した42団体にも受診人数を3割減らすよう要請した。この結果、二千数百人がセンターでの受診が出来なくなったという。

 市地域医療対策課は「限られた医療資源を有効に使う必要があり、市としても非常勤の派遣で協力している。今後も要請があれば力を合わせたい」としている。

 浜田医療センターの矢後万里男・事務部長は「迷惑をかけていることは承知している。病院の運営を考えれば、最低でも昨年度並みの受診者を受け入れたい。常勤医の確保に全力を挙げる」と話した。(菱山出)



http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C889DE0EBE6E3E2E1E2E2E0EAE2E7E0E2E3E39797EAE2E2E2
病院ベッド140万床に抑制 厚労省案、入院日数3分の1削減
社会保障・税の一体改革 医療費抑制へ2025年メド
2011/5/29 2:00 日本経済新聞

 厚生労働省が「社会保障と税の一体改革」に盛り込む病院改革の具体案が明らかになった。機能別に病床を再編するとともに、現在の130万床から2025年に170万床以上に増えるとみられるベッド数を140万床弱におさえる。また平均入院日数を一般的な病床で3分の1程度削減し、医療費を抑制する計画だ。

 日本は欧米などに比べて人口に対する病院ベッド数が多く、入院日数も長い。これが医療費が膨らむ一因になっている。

 厚労省は現状で107万床の一般病床を、25年に高度な医療を担う病床約25万床、一般の病床50万床、リハビリ用の病床40万床に分け、それぞれに特化した人材や設備を配置する。主に長期入院用の療養病床は現状の23万床に抑える。

 病床を機能別に分けることで、患者のたらい回しなどを防ぐほか、平均入院日数を最大3分の1ほど減らす考え。一般的な救急病床では約13日の平均入院日数を約9日にすることを目指す。病院にいるだけで医療行為が提供されない状態をなくし、集中的に治療をして早期退院を促す。これによって医療費は数兆円単位で抑制されると同省は計算している。

 ただ、医師の数を増やすことによる人件費や、リハビリ設備の充実など機能強化の改革にかかる費用は抑制効果を上回る見込み。機能別再編は病院との調整が難しく実現してこなかった経緯もあり、具体的な成果には不透明な面も残る。

  1. 2011/05/29(日) 05:49:16|
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5月28日 震災79日目

http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=41380
常勤医足りない被災地、診察のたび違う先生
(2011年5月28日 読売新聞)

 東日本大震災の被災地で、全国から応援に駆けつけていた医師らのチームが撤退した後の人材確保が課題になっている。震災後に病院を辞める医師もおり、震災前から医師不足の地域では、常勤医の確保に頭を悩ませている。こうした事態を受け、医療関連団体が協力し、長期的に医師を派遣する仕組み作りも始まったが、打開のめどはたっていない。(小泉朋子、山内健)

 「せきが出るの?」

 宮城県気仙沼市立本吉病院で26日、診察を受けた佐藤あや子さん(79)は、青森県の病院から応援に来ている医師(28)の問いにうなずいた。付き添った夫の忠男さん(81)は「いい先生でよかったけど、やっぱり毎回同じ先生の方が安心」と話す。

 同病院では、診察室のある1階に津波が流れ込み、3月下旬には、院長を含む2人の常勤医が心労などから病院を去った。現在は、全国国民健康保険診療施設協議会(東京)などから医師の派遣を受け、外来診療をしている。

 災害派遣の医師は1週間で交代していく。院長も不在のため、診断書などの証明書類の作成ができず、介護施設へ入所する患者などに支障が出ているという。佐々木美知子看護師長(44)は、「患者さんは、今派遣されている先生方が撤退した後も、医療が受けられるのか、不安を持っている」と訴える。

 東京電力福島第一原発から約35キロの所にある福島県いわき市の精神科病院「四倉病院」では、震災後、常勤医6人のうち2人が辞職し、もう1人は休職している。一時、水道が不通になり医薬品が足りなくなったため、入院患者約200人のうち約120人が東京の7か所の病院に転院し、残りの患者は自宅に戻った。

 重い認知症の患者などには、環境が変わって症状が悪化する人もいる。16日から入院を再開したが、医師が半減したため、160人を受け入れるのが精いっぱいだという。大谷勇事務長(62)は、「原発への不安もあり、新しく来てくれる医師はなかなかいない。治療を必要としている患者を受け入れられないのは悔しい」と話す。

 厚生労働省によると、被災地にはピーク時で、約700人の医療チームが派遣されていたが、避難所の減少などを受けて、約290人まで減っている。

 被災地の多くは、もともと医師不足が深刻な地域だ。同省の昨年の調査では、岩手県で640人の医師が不足し、不足率が最も高かった。福島県は556人、宮城県でも360人に上った。そこに震災が追い打ちをかけた。3人の医師が全員死亡した宮城県石巻市立雄勝(おがつ)病院。今月いっぱいで医師が3人やめ、震災前より12人少ない14人になる石巻市立病院など、スタッフの減少に歯止めがかからない病院もある。

 こうした現状を改善するため、医療関係の約40団体が協力して「被災者健康支援連絡協議会」(代表=原中勝征・日本医師会会長)を設立。これまでは各団体がばらばらに被災地の情報を収集し、医療チームを派遣してきたが、協議会が中心となって各団体に呼びかけ、長期派遣に応じられる医師を募っていく方針だ。

 宮城県の医療顧問を務める久道茂・東北大名誉教授は、「被災地でも病院間の協力体制を作るなど、全体的な医療計画の見直しが急務だ」と指摘している。



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/34360.html
櫻井副大臣に聞く診療報酬改定、被災地復興
( 2011年05月28日 10:00 キャリアブレイン )

【第154回】櫻井充さん(財務副大臣、民主党参院議員)

 財務副大臣の櫻井充さんは、民主党の「適切な医療費を考える議員連盟」の会長を務めるなど、副大臣就任前から一貫して診療報酬の引き上げが必要だと訴え続けている。東日本大震災の発生後、医療界に浮上している来年度診療報酬と介護報酬の同時改定の延期論や、被災地の医療復興について、心療内科医として被災地で治療にも当たった櫻井さんはどう考えているのだろうか―。(高崎慎也)

―東日本大震災の発生を受け、来年4月に予定されている診療報酬と介護報酬の同時改定の延期論が医療界に浮上しています。
 わたしのところまで話は来ていません。ですから、ここから先はすべてわたし個人の考えとして聞いてください。

 診療報酬の引き下げは、個人的には全く考えられません。診療報酬は引き上げるというのが、2009年夏の衆院選マニフェストに掲げた約束事項です。また、わたしは医師として、旧政権の社会保障費2200億円の削減方針によって地域医療が崩壊したり、産婦人科や外科、救急医療が大きなダメージを受けたりしたのを経験しています。

―現場には、限られた財源が震災からの復興に回され、マイナス改定になるのではないかとの懸念があるようです。
 診療報酬や介護報酬の財源に、復興財源を影響させるのは筋が違うと思います。野田佳彦財務相もさまざまな場面で発言していますが、復興財源は別枠にするはずです。震災からの「復旧」がテーマの今年度第1次補正予算は一般会計でやりくりしましたが、「復興」に向けた第2次補正予算からは特別会計でやることになっています。

―日本医師会は「被災地の復興を優先すべき」との考えから、同時改定の延期を細川律夫厚生労働相に申し入れました。震災からの復興と同時改定は、同時進行では難しいとお考えですか。
 厚労省に両方を進めるマンパワーがあるのか、疑問ではあります。例えば、仮設診療所を整備するため、厚労省は第1次補正予算で14億円を計上していますが、特別養護老人ホームなど介護施設の整備についても今後、検討しなければなりません。また、旧労働省の担当分野ですが、被災地ではかなりの数の失業者が出ています。

■被災地復興で「医療モール」提案

―被災地では、徐々に医療提供体制を再構築する動きが出始めているようです。今後の医療提供体制はどのようにすべきだとお考えですか。
 元通りの医療提供体制に戻すことが、必ずしもよいことだとは考えていません。宮城県のことを申し上げれば、今後も石巻赤十字病院が石巻医療圏の3次救急の核にならなければならないでしょう。今の400床では足りず、500床規模に拡大することが必要になります。その上で、石巻市立病院、女川町立病院、公立志津川病院などがバックアップするような役割分担も必要でしょう。
 同時に、開業医のことも考えなければなりません。地震による津波で診療所が流された先生方のために、「医療モール」のようなものを造り、診療する場所と機器を提供してはどうかと、県の医師会などに提案しました。診療所を再建するために、新たにローンを組める先生はそれほど多くないからです。まちづくりをセットで考え、周辺に公営アパートや商店街を整備すれば、患者にとってもいいでしょう。

―大病院に集約化してはどうかとの意見もあります。
 集約化は無理だと思います。住民が診療を受けに行けるのであればよいと思いますが、交通手段がありません。先に医療提供体制があって住民が付いていくのではなく、住民にとってどのような医療提供体制がよいのかを考えなければなりません。

■病院の収入増を職員に還元する仕組みが必要

―昨年度の診療報酬改定では、救急、産科、小児科などの診療科に手厚くなったほか、勤務医の負担軽減がテーマになりました。来年度の診療報酬改定では何がテーマになるとお考えですか。
 前回の改定によって、本当に勤務医の負担は軽減されたのでしょうか。改定の結果、病院の収入は間違いなく増えていますが、現場の医療従事者の給与はあまり増えていません。病院の収入増が一人ひとりの職員に還元される仕組みを考えなければなりません。

 また、前回の改定では、地域医療の崩壊を阻止する観点が完全に抜け落ちていたと感じています。まずは全体の改定率の引き上げが必要ですが、点数の付け方にも問題があります。なぜ文部科学省の病院である大学病院に手厚くしたのでしょうか。大学病院は本来、文科省の予算で見るべきです。その分、診療報酬でしか手当てできない民間の医療機関に手厚くすべきだったとわたしは考えています。
 軽症の外来患者も診ている現在の大学病院の在り方も疑問です。大学病院は、特定機能病院であり、研究機関であり、教育機関です。機能分化を進めなければ、大学病院の先生にとっても研究ができず大変でしょう。

―地域医療の崩壊を阻止するために、来年度の診療報酬改定ではどのような手当てが必要とお考えですか。
 有床診療所や、「15対1」入院基本料しか算定できない地域の病院など、今までの診療報酬改定で評価されなかった医療機関がたくさんあります。それを是正することが必要でしょう。
 看護師の数で入院基本料が決まる仕組みはおかしいと考えています。地域の病院に医者が集まらない原因は、看護師が集まらないからです。その結果、入院基本料は「15対1」しか算定できず、病院の収入が少なくなり、医師の給料が減る。こうした悪循環を改善しなければなりません。地域の病院は「集めたくても集まらない」状況で、病院が悪いわけではないのです。



http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kyoto/news/20110528-OYT8T00031.htm
府チーム、被災者の心ケア 4月中旬から福島に派遣 対人関係悩みや喪失感
(2011年5月28日 読売新聞)

 東日本大震災で大きな被害を受けた福島県の避難所や宿泊施設で、府の「心のケアチーム」が4月中旬から被災者の精神的な支援にあたっている。これまでに派遣されたのは33人。現地から戻った精神科医らは「震災発生から2か月以上がたち、生活の混乱は収まりつつあるが、疲れや失ったものの大きさを実感し、生きる意欲を失う人が出てくる時期だ。兆候を早く見つけて、医療機関での治療につなげる必要がある」と指摘する。(冨浪俊一)

 チームを構成するのは、府精神保健福祉総合センターや京都大病院、府立医大病院、府立洛南病院に勤務する医師、看護師、精神保健福祉士など。

 3~4人1組にして、同県会津美里町と猪苗代町を中心に派遣。両町は県中央部にあり、福島第一原発から50キロ以上離れている。避難者では、同原発30キロ圏内の浪江町や楢葉町の町民が多くを占めている。

 避難所を訪れたスタッフは、被災者の心理相談や、精神疾患についての臨時的な投薬治療、リラクゼーション教室の開催などを行っている。

 4月12日~5月26日にスタッフによる相談・治療を受けたのは延べ403人(実人数192人)。心の不調の原因は、「避難所などでの対人関係」が47%で最も多く、「震災・原発被害に関連して、生活や家族を失った喪失感やストレス」が42%、「将来や生活への不安」が25%だった。なかには心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状を示す人もいたという。

 4月12日から5日間被災地で活動した府精神保健福祉総合センターの崔炯仁(チェヒョンイン)医師は「特に、被災した自治体職員らが、避難所で寝泊まりしながら休まずに支援者として働いており、心のバランスを崩している人の割合が高かった」と振り返る。

 一方、府内には現在、同県などの被災地から約600人が避難してきている。崔医師は「特別に被災者という目で見ずに、地域の一員としてほかの人と同じように付き合うのが良いのではないか」と話している。
  1. 2011/05/29(日) 05:48:19|
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5月27日 医療一般

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/244259
病院会計5年ぶり黒字 北九州市 10年度
2011年5月27日 10:03西日本新聞朝刊 九州 > 福岡

 赤字が続いていた北九州市の病院事業会計が、2010年度決算で約4億円の単年度黒字に転換することが分かった。市関係者が26日明らかにした。単年度決算が黒字になるのは5年ぶり。医療センター(同市小倉北区)と八幡病院(同市八幡東区)での改革などが成果を挙げたという。

 病院事業は、この2病院と、若松病院(同市若松区、今年4月に民間売却)、門司病院(同市門司区)、病院局の五つ。単年度収支は02年度から黒字だったが、医師不足や入院患者減で06年度に赤字に転落、08年度は最大の27億円に膨らんだ。

 市は08年1月、経営改革プランを策定。同センターはコンサルタントの指導で病床や手術室の稼働率を上げ、八幡病院は小児入院病棟の看護師増員で診療報酬の評価を上げるなどして増益を図った。09年には門司病院を指定管理に移行した。市は最大の赤字(09年度7億円)を抱えていた若松病院の売却後、13年度ごろの単年度黒字化を目指していた。診療報酬改定もあり早期に実現した。

 11年度当初予算案では若松病院売却により単年度3億円の黒字を計上。累積赤字は22億円を見込んでいる。



http://mainichi.jp/area/shiga/news/20110527ddlk25040549000c.html
ふれあいまつり:あす市立病院で 市民と医師ら交流--彦根 /滋賀
毎日新聞 2011年5月27日 地方版 滋賀

 彦根市立病院(同市八坂町)で28日、第2回ふれあいまつりが開かれる。骨密度などの測定、薬や介護・福祉の相談などを通じ、市民に医師や看護師らとの交流を深めてもらう。

 同病院と彦根市民健康サポーターズ倶楽部の共催。午前10時半から「YOSAKOIソーラン」が披露され、「急性心筋梗塞(こうそく)~緊迫の救急現場」と題した講演などがある。肺年齢や体脂肪率、緑内障検診などの測定・体験コーナー、医療機器などの展示がある。入場無料。模擬店(有料)も出る。問い合わせは同病院(0749・22・6050)。【松井圀夫】



http://www.m3.com/iryoIshin/article/137092/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
7大学、3グループで医療情報データベース構築開始
厚労省が協力医療機関を決定、6月には協議会発足

2011年5月27日 橋本佳子(m3.com編集長)

 厚生労働省は5月26日、医療情報データベース基盤整備事業の協力医療機関を選定、公表した。7大学病院、3つのグループ、計10カ所で実施する(同省のホームページを参照)。応募は、16病院、4つのグループからあり、「過去の実績、今後の地域連携への発展の可能性などのほか、地域のバランスを考えて選定した」(厚労省医薬食品安全対策課)という。

 同事業は、政府のIT畝略本部の2010年5月の「新たな情報通信技術戦略」などで打ち出されたもので、医薬品等の安全施策を推進するため、電子カルテ等のデータを活用した医療情報データベースの構築を進める(『医療情報データベース事業、公募開始』などを参照)。2011年度から開始、2013年度までの3年間の実施が決まっている。将来的には1000万人規模の医療情報データベースの構築を目指している。

 まず6月中に、「拠点医療機関等協議会(仮称)」を設置。今年10月ごろまでにシステム構築に着手、2011年度末から2012年秋ごろにかけて、順次、システムの運用を開始する。システム運用は、各病院・グループ単位での実施から開始、徐々に地域のネットワークあるいはNTTや徳洲会であれば全国の病院ネットワークに拡大していく予定だ。

 2011年度の総事業費は7.4億円。国と医薬品医療機器総合機構(PMDA)が2分の1ずつ負担する。7.4億円をどんな形で7大学病院、3つのグループに分配するかは、各病院のシステムの現状や今後の必要性などを踏まえて決定する。

  【医療情報データベース基盤整備事業協力医療機関】
   東北大学病院
   千葉大学医学部附属病院
   東京大学医学部附属病院
   浜松医科大学医学部附属病院
   香川大学医学部附属病院
   九州大学病院
   佐賀大学医学部附属病院
 
   北里大学・北里研究所附属病院(グループ)
   NTT病院グループ(当初は4病院、将来的には12病院で実施)
   徳洲会グループ(当初は10病院、将来的には66病院で実施)



http://www.chunichi.co.jp/s/article/2011052790085633.html
名鉄病院譲渡、済生会と交渉決裂 独自存続へ
2011年5月27日 08時56分(中日新聞)

 名古屋鉄道健康保険組合が、運営する名鉄病院(名古屋市西区)を恩賜財団済生会(東京都港区)に譲渡し、愛知県済生会病院(名古屋市西区)と統合する交渉が決裂したことが分かった。名鉄病院が4月中旬、済生会側に協議の中止を伝えた。

 名鉄健保は、耐震性から懸案となっている1号館病棟の建て替えのため早期の統合を求めていたが、済生会は「現在進めている県済生会病院の建て替えを優先し、その後に統合を判断する」と回答。譲渡時期が折り合わず、協議中止となった。

 名鉄健保は、国が2008年に改定した高齢者医療費制度の影響で経営が急速に悪化。大企業の健保組合の納付割合が増したため名鉄健保は収入の5割近くを国に拠出する事態になっていた。

 老朽化した1号館は15年までに耐震化しないと、耐震改修促進法で病院名を公表されるため建て替えも急務だった。このため昨年6月、全国で92医療施設を運営する済生会と譲渡交渉を始めた。企業の健保組合が巨額納付金に耐えられず病院を手放す初の事例として注目された。

 名鉄病院は今後、1号館の建て替え規模を縮小した上で、独自に資金調達して工事を行う方針。同病院の武藤雅之事務部長は「協議中止は残念だが仕方がない。経費削減や収支改善を徹底して病院を存続させていく」と説明。済生会本部の松原了理事は「譲渡時期や条件面で、合わないところがあった」と話している。



http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/wakayama/news/20110528-OYT8T00002.htm
開業医申し出 数人だけ
(2011年5月28日 読売新聞) 和歌山

総合病院の産科支援 県事業頓挫、高齢など理由

 出産を扱う医院が減って、医師の負担が増大していることから、県が、出産を扱わなくなった開業医らに拠点病院での勤務を手助けしてもらう事業を計画したものの、ほとんどの医師から協力を断られ、計画が頓挫していることがわかった。県内での出産取り扱い医院数はこの10年で3分の2に減り、一部の総合病院での出産が集中。県は総合病院勤務医の負担軽減を狙って、2010年度予算に3か年の事業費として1500万円を盛り込んだが、今だに事業開始のめどは立っていないという。

 県医務課によると、県内で出産を取り扱う医療機関は、1999年には総合病院18院、診療所21か所の計39か所あったが、現在は、県立医科大(和歌山市)や紀南病院(田辺市)など総合病院12院と14診療所の計26か所にとどまる。このため、拠点病院の役割を担う各地の総合病院に出産や産科診療が集中し、勤務医の負担が増大している。

 24時間体制での対応が必要で、医療事故で提訴されるリスクも高いことから全国的に産科医不足は深刻化しており、総合病院の産科医増員は容易ではない。県は打開策として、出産の取り扱いをやめた県内の開業医らに拠点病院で日勤や宿直勤務を担ってもらうことで、勤務医の負担軽減を計画。支援に入る開業医の給与などとして、10年度当初予算に1500万円を計上した。

 県は昨年7月、県内の開業医ら61人に対し、事業へ協力を得られるかアンケートを実施。回答した48人のうち協力の意向を示したのは1割にとどまり、9割は「高齢のため」「別の病院で勤務している」などを理由に、協力できないと答えた。

 県は、協力を申し出た数人の開業医について、どの総合病院を支援してもらうかなどの調整を進めているが、協力者数があまりに少なく、事業スタートに至っていない。

 県医務課の岡本圭剛課長は「関係者や病院との調整に取り組んでおり、早期に制度を実現したい」としている。

 <県内の産科診療>2008年の県の調査では、婦人科の専門医を除く産婦人科の医師数は92人で、1998年の調査に比べて12人減った。一方、出生数も減っており、08年は7866人と98年より2020人少なかった。



http://mytown.asahi.com/kagoshima/news.php?k_id=47000001105280001
出水の夜間診療所 頓挫
2011年05月28日 朝日新聞 鹿児島

 出水地区(出水市、阿久根市、長島町)の医療問題などを検討する出水地区医療問題協議会の緊急会合が26日夜、阿久根市役所で開かれ、出水市が6月1日から出水総合医療センター野田診療所(出水市野田町上名)に設置予定の「夜間1次救急診療所」の開設を見送ることを決めた。阿久根市議会が市の負担金支出を認めなかったため。

 夜間診療所開設では2市1町がそれぞれ負担金を出すと決めていたが、阿久根市議会が25日の本会議で約500万円の負担金を盛り込んだ予算案を賛成6、反対9の反対多数で否決した。「出水の話」と受け止めた議員が多かった。
 夜間診療所の開設は出水総合医療センター(出水市明神町)の医師が3月末で4人退職したことに伴い、医師の負担軽減を図ろうと決めた。1次診療機能を地区中心の野田診療所に移すことで、センターは2次診療に集中できる。野田診療所には新たに出水郡医師会から医師を派遣する方向で開設準備を進めていた。

 緊急会合には2市1町の首長や出水郡医師会など約20人が出席。阿久根市の西平良将市長が市議会で否決された経緯を説明。委員からは「残念だ」「もう少し広い視野で考えてほしい」などの意見が出された。
 会合は「2市1町の足並みをそろえなければ設置はできない」との意見でまとまった。今後については、これまで出水郡医師会から阿久根市民病院と出水総合医療センターに派遣していた夜間応援医師を出水総合医療センターに集約させ、阿久根市民病院では入院などが必要な患者だけを受け入れることにした。
 阿久根市は市議会の理解が得られるように説明を続ける。この日座長を務めた出水郡医師会の古郷米次郎会長は「当直に参加する会員の平均年齢は58・7歳で今後も高齢化は進む。医師は足らないし、水俣(熊本県)もめいっぱいでこのままでは県境の医療は崩壊する」と心配する。(佐藤幸徳)



http://www.shinmai.co.jp/news/20110528/m-1.htm
松本病院と中信松本病院を一体化
5月28日(土) 信濃毎日新聞

 独立行政法人国立病院機構まつもと医療センターは、運営する松本病院(松本市村井町南2、243床)と中信松本病院(同市寿豊丘、330床)の一体化を検討。
 両病院に別々の診療科を置くことで機能分担していたが、患者の利便性向上や経営効率化などを目的に松本病院を改修し、松本病院一帯に中信松本病院の機能を移す。



http://www.kobe-np.co.jp/news/kyouiku/0004107851.shtml
神戸大前医学部長 准教授にアカハラでけん責処分
(2011/05/26 22:53) 神戸新聞

 神戸大は26日、地位を利用して嫌がらせをするアカデミック・ハラスメント(アカハラ)をしたとして、前医学部長・医学研究科長の60代の男性教授を、24日付でけん責処分にしたと発表した。神大で、学部長が就任中のアカハラをめぐり懲戒処分を受けるのは初めてという。

 神戸大によると、この教授は2008年から09年にかけて、医学研究科の50代男性准教授と若手研究者の指導方法について数回にわたって話し合ったが、その際、准教授に「教育をさせないようにする」「医学研究科にいられないようにする」などと怒鳴ったという。

 09年8月、男性准教授が大学事務局に訴え、大学側が教員や外部の弁護士による調査委員会を設置。ハラスメント防止規定に照らし、激しい口調で退職を迫るような発言をアカハラと認定し、今年3月、福田秀樹学長に報告した。

 教授は「研究科長として一生懸命に指導したつもりだった」と弁明したという。会見した正司健一副学長は「恥ずかしいこと。地道に再発防止に努めたい」と話した。
  1. 2011/05/28(土) 07:08:52|
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5月27日 震災78日目

http://www.nikkei.com/life/simple/article/g=96958A96889DE0EBE0E6E5E3EAE2E0E4E2E7E0E2E3E39C9C8182E2E3;p=9694E3E6E2E4E0E2E3E2E4EAE1E3
日常診療、ITで再建 東日本大震災・その時医療は(下)
[日本経済新聞夕刊2011年5月26日付]

 東日本大震災の被災地で、電子カルテを活用した複数の医師間での患者情報の共有や、遠方から被災者の健康管理を支援する取り組みが始まっている。もともと医師不足な上に、被災により廃業に追い込まれた医療機関もあり、医療過疎はより深刻な事態。震災から2カ月半がたち、災害医療から日常医療への移行が進む中、IT(情報技術)を活用した新たな医療連携で復興を模索する試みが芽生えている。

 「前回もらった処方箋を持ってませんが……」。19日、宮城県気仙沼市の体育館の器具室に設けられた仮設診療所を訪れた男性(58)は申し訳なさそうに頭を下げた。「お名前で分かりますよ」。受付の担当者がノートパソコンに入力すると、6日前の受診記録が表示された。

電子カルテ活用

 「腰が痛く、痛み止めがほしい」という男性を診察したのは、3日前に福岡県から医療支援に入った津留英智医師(50)。ノートパソコンで6日前に別の医師が処方した薬を確認し、同じ薬を処方した。男性は「先生は代わっても記録が残っていれば安心」と自宅の復旧作業に帰っていった。

 被災地に医師を派遣している全日本病院協会が、数日で交代する支援医師が診療内容を正確に引き継げるようNTT東日本に相談。同社が開発した電子カルテシステムを、巡回診療にも持ち出せるようノートパソコンに組み込み、5月中旬から試行していた。

 一日の診療分を専用サーバーに転送すれば、複数のパソコンで情報を共有でき、被災者が避難先を変え診療場所が移っても対応できる。災害時の診療内容をかかりつけ医に引き継ぐことも可能だ。「停電などで混乱する災害時は紙カルテでないと対応できない」という声もあるが、同社の担当者は「災害時に使いやすいよう、さらに改良したい」としている。

テレビ電話で相談

 「いま一番気になることは?」「津波で自宅は基礎部分しかない。それが心残り」――。宮城県栗原市にある避難所で、同県南三陸町から避難した大森美保子さん(59)は、テレビ電話の画面に映った東京都内の精神科医に「遠隔健康相談」をした。

 「朝昼晩の食事もあり、安心」というが、約30年間続けてきたワカメ漁などの仕事もできず、生活資金の不安も抱える。精神科医は「今は大丈夫でも、ちょっとした状況で心情は大きく変わる」と指摘、継続的な支援が必要という。

 しかし災害発生直後の医療関係者の手厚い派遣を続けるのは難しい。そこで佐藤勇市長は、通院が困難な市民向けに昨年度から取り組んでいた「遠隔健康相談」の被災者への拡大を検討。呼びかけ人の一人として、首都圏の医師やカウンセラー、研究者が参加する「継続ケア・キュアネットワークプロジェクト」(C3NP)を立ち上げた。

 今回の被災地域は広域で被災者も多いが、テレビ電話ならば遠隔地の医療関係者も日常診療と並行して協力しやすい。C3NPは「阪神大震災では仮設住宅や復興住宅に入居した後の孤独死が相次いだ。集会場で遠隔健康相談を行えば住民同士つながりもできる。中長期的に支援したい」と話す。

 公立志津川病院(宮城県南三陸町)は避難所などで住民が自分で測った血圧のデータを自治医大病院(栃木県下野市)と共有する取り組みを今月から始めた。

 町内2カ所の避難所で血圧を測ると、両病院では患者別の折れ線グラフが表示され、医師は血圧の変動がすぐに分かる。患者の身長や体重、疾患の治療状況、現在の生活習慣のほか、家族などの被災状況などストレス要因まで登録。遠方の自治医大病院の医師も詳しく分析できる。

 志津川病院の西沢匡史・内科診療部長(38)は「医師も減った被災地では住民の健康管理が行き届かなくなる恐れもあり、外部の専門家もチェックしてくれれば異変の見落としは減る」。指摘があれば志津川病院の医師が避難所に出向き、住民を診るなどしている。

 血圧が高ければ、自宅で暮らす住民にも血圧計を配布。通院時に蓄積された記録を共有する。慢性疾患では血圧の管理は不可欠。「血圧管理ができれば通院の間隔を長くできる。患者の負担も減り、数少ない医師も助かる」(西沢部長)

 同町の医療統括本部の責任者も務める西沢部長は「以前の状態に戻すことを目指すのではなく、従来の診療体制を見直す必要がある。ITなどを利用して医療の先進地を目指したい」と意気込んでいる。

過疎地に遠隔医療を 小川彰・岩手医科大学学長

 震災の現場で災害医療を指揮している岩手医科大学の小川彰学長は12日、東京都内で講演し、被災地区の多くが基幹病院からの距離が遠く、過疎地も抱える岩手県の実情を踏まえ、遠隔医療の必要性を訴えた。

◇            ◇

 被災地医療のあり方を、短期と中長期に分けて考えている。現状は避難所巡回型の医療から、仮設診療所を建てて地域の開業医などが定点で診療に当たる状況で、短期的には岩手医科大学病院のような中核病院から医師を派遣してバックアップするしかない。

 ただ、北海道に次ぐ広大な面積を持つ岩手県には、往復で6時間かかる地域もある。現在はなんとか対応できているが、長期戦は困難。全国の大学病院からの応援打診に対して、「今はいいから(地元医師だけでの対応が限界になる)年末ごろに来て」と応じている。

 県内には遠隔地で、なおかつ過疎地という地域も多い。そこで、中長期の策として提言するのが「遠隔医療システム」の構築だ。診療所や各地の基幹病院、介護福祉施設、大学病院などをインターネット/で結び、病院と病院、病院と診療所の連携をシステム化する。

 また、テレビ会議システムでの外来診療を可能にする必要もある。慢性疾患などの場合、初診や救急は従来通り対面で診療し、そのほかの外来は遠隔地からの診療で補う構想だ。

 背景には過疎地で進む核家族化もある。高齢者は一人で頻繁に遠くの病院まで行くことができず、地域の診療所までしかたどり着けないのが実情だからだ。ただ、現行の医師法や歯科医師法はあくまで対面診療を原則としている。過疎地や被災地の新たな医療モデルとして実現するには、対面診療の弾力運用も不可欠となる。



http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2011/05/20110527s01.htm
東日本大震災 医療の再生/プラン作りは住民の視点で
2011年05月27日金曜日

 被災地で大きな病の蔓延(まんえん)が避けられているのは、不眠不休で避難所などを回った医師ら医療スタッフの踏ん張りに尽きる。全国から集まった救護支援チームの力も大きかったが、地域に根差した医師に救われた患者は数知れない。
 しかし、沿岸部では医師自身が被災した。宮城県内では、開業医が運営する診療所68施設が津波などで全壊した。再開したくても資金繰りのめどが立たず、廃業を決断した医師も出始めた。支援チームの撤収が進み、行き場を失う住民が出ることが予想される。
 行政は、再建に向けた経済的支援を急ぐべきだ。かかりつけ医の機能を早く取り戻す。それが、安心して暮らせる郷土をよみがえらせることにもなる。
 全壊を免れた病院も、医療機器が流されるなど多くが診療を休止中だ。石巻地区と南三陸町を含む気仙沼地区では、全体の3割が診療できないでいる。
 宮城県医師会によると、再建には数千万円の資金がかかる。若い医師は金融機関から借りても返せる見込みがあるが、60代になると二の足を踏むという。
 再建の手だてとして厚生労働省は先月末、「地域医療再生基金」を充てるよう自治体に通知した。震災前の2010年度補正予算で計上され、これから各県に配分されるが、被災した3県は各15億円を前倒しで使えるようにした。
 病院が再建を諦め、職員の解雇を決めてしまってから支給しても遅い。県は早急に財政措置を講じてもらいたい。
 開業医とともに地域医療を守ってきたのが公立病院だ。宮城県では石巻市立雄勝病院など7施設、岩手県では県立高田病院など5施設が水没するなどして全半壊し、医師ら職員31人が死亡・不明となっている。
 この地域は、もともと医師不足が深刻。激務で疲弊した医師が次々と現場を去り、そのたびに首長が医大を回って派遣をお願いしてきた。しかし、医大に若手医師が残らない「医局離れ」も顕著で、大学が医師供給源となっていた派遣システムそのものが崩壊している。
 宮城県は病院の再編統合を含めた集約化を打ち出し、東北大、医師会などでつくる「地域医療復興検討会議」で議論を始めた。病床数の多い中核施設に診療科を集中させる、他の病院は縮小させながら機能分担するというのがコンセプトとなる。
 高齢者が多い地域で医療の機能を落とさずにフォローできるかが、最大の焦点となろう。開業医救済は喫緊の課題、再編統合は長期的な視野で練り上げられるべきだ。行政、大学、医療団体の垣根を取り払った徹底した議論を望む。
 震災後、医師が避難所を歩き、保健師が補助。自治体は物資を届けるといったネットワークが各地区で出来上がった。
 ボランティアとの交流も始まり、新たな地域医療の姿を見る思いがした。被災地にとどまった医師が言う「患者を守る責任がある」の言葉は重い。再生プランに住民の視点を欠いてはならない。



http://www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/40854/Default.aspx
東日本大震災リポート(1) 震災時の緊急医療チーム
公開日時 2011/05/26 23:59ミクスonline

東日本大震災により、日本の医療制度におけるプライマリーケア制度が脆弱なことを露呈した。

日頃から多数の患者が病院や準専門医を受診しているが、今回の被災地で大きなダメージを受けた地域の医療関係者は、疾病やけがの重症度に関わらず、大量の患者の「殺到」に嘆いた。大地震、津波、原発事故の影響で、病院は、高血圧、糖尿病、胃腸炎など緊急性はないが重要な疾患の患者を診ることが出来なくなってしまい、日本は改めてプライマリーケアを強化する必要性があることが浮き彫りにされた。

日本医師会(JMA)は、被災地に医師1人、看護師2人、運転手1人から構成されるボランティアのJMA医療チームを派遣することで、被災地の医師不足に対応した。4月21日現在で642チームが3日から1週間派遣された。今後145チームが派遣予定。経費はJMAと各県が負担する。Junichiro James Kazama(新潟大学)らがThe Lancetで報告した。

(The Lancet Vol377 May 14、2011)

The Lancet, Volume 377, Issue 9778, Page 1652, 14 May 2011
doi:10.1016/S0140-6736(11)60671-5
Earthquake in Japan
Katsutoshi Furukawa, Hiroyuki Arai
Department of Geriatrics and Gerontology, Division of Brain Sciences, Institute of Development, Aging and Cancer, Tohoku University, 4-1 Seiryo-cho Aobaku, Sendai 980-8575, Japan

At 1446 h on Friday, March 11, a magnitude 9·0 earthquake hit the northeastern part of Japan, followed by enormous tsunamis, which destroyed many of the coastal cities. Uncountable aftershocks continued even as late as April 27, and more than 10 000 people are still missing.
Japan experienced another strong earthquake in 1995, which caused serious damage in the Kobe area; however, the recent one is distinct from that. The area around Kobe is more clustered and has a denser population than the northeast coastal area, but the number of casualties this time is reported to be much larger than that of Kobe. This discrepancy is because Kobe's earthquake happened directly above its epicenter, but the recent one's epicenter was located beneath the sea and caused huge tsunamis. Most of the casualties were killed by the tsunamis this time, but the victims of Kobe's quake were due to collapses and fires.
Of course emergency medicine for the victims took first priority; the management of chronic illness and mental problems, however, is also a big issue now. Many, even those who did not have a major acute injury or illness, could not source enough medicine for their chronic illnesses such as hypertension, diabetes, thrombosis, Parkinson's disease, etc. In addition to physical problems, the number of people who need psychological support is not small. We saw a woman who was afraid emergency helicopters would fall on her, a teenage girl with hyperventilation syndrome and terrible anxiety and shivering, and a Parkinson's disease patient who could not move at all because he ran out of medicine.
The initial chaos has now abated somewhat, but medical needs are still high in Japan. Your support and help is welcome.
We declare that we have no conflicts of interest.


The Lancet, Volume 377, Issue 9778, Page 1652, 14 May 2011
doi:10.1016/S0140-6736(11)60672-7
Earthquake in Japan
Yuichi Tamura, Keiichi Fukuda
Department of Cardiology, Keio University School of Medicine, 35 Shinanomachi Shinjuku-ku, Tokyo 160-8582, Japan

Since the massive earthquake and consequent tsunami in eastern Japan on March 11, 2011, the resulting catastrophic damage has been apparent to the world. The secondary disaster is just in its infancy―that is, how to supply and manage stable medical resources for patients with chronic diseases.
Our patients on continuous-infusion prostacyclin for pulmonary hypertension were a particular concern. Forming a supply chain for such drugs in the earliest stages of the disaster was difficult; however, we found that social networking services could have a useful role. In the aftermath of the earthquake, telephone networks were unreliable even in the metropolitan areas. However, the internet was comparatively stable and thus enabled communication by email, Skype, and Twitter.
Twitter has an excellent system for disseminating information to other participants via the “re-tweet” facility. This system facilitates rapid sharing of other participants' messages with all of one's followers, resulting in an exponential proliferation of information dispersal. We were able to notify displaced patients via Twitter on where to acquire medications. These “tweets” immediately spread through patients' networks, and consequently most could attend to their essential treatments.
Obviously, direct human assistance available in parallel with the social media was also important for patients' care. Health-care providers and medical service staff went the extra mile to collaborate and deliver oxygen and drugs. We delivered prostacyclin to one patient by helicopter. Together, these efforts ensured that all patients on prostacyclin treatment received their required medication.
Our experience has shown that social networking services, run concurrently with physical support, were significant in triumphing over many difficulties in the recent catastrophe.
We declare that we have no conflicts of interest.


The Lancet, Volume 377, Issue 9778, Pages 1652 - 1653, 14 May 2011
doi:10.1016/S0140-6736(11)60673-9
Earthquake in Japan
Junichiro James Kazama aEmail Address, Ichiei Narita a
a Division of Clinical Nephrology and Rheumatology, Niigata University Medical and Dental Hospital, 1-754 Asahimachi-Dori, Chuo-Ku, Niigata, Niigata 951-8510, Japan

A magnitude 9·0 earthquake struck the northeast mainland of Japan on March 11. In the affected areas, essential services such as water and electricity supplies were largely destroyed.
In such circumstances, haemodialysis therapy is extremely difficult. However, dialysis patients cannot survive without receiving regular dialysis. Thus, about 600 dialysis patients left Iwaki, a city located only 40 km south of Fukushima Daiichi nuclear power plant, by chartered bus on March 17. One of their destinations was our city of Niigata―200 km to the northwest. In 2004 and 2007, Niigata experienced two magnitude 6·8 earthquakes.
The patients were unable to bring their own medical records with them. Therefore, on their arrival, they underwent short physical examinations, and inquiries were made into their recent history to establish their immediate needs. Those identified as requiring haemodialysis therapy as soon as possible were immediately sent to the dialysis facilities.
The incoming dialysis patients were given tags recording their name, age, blood-access side, and weight, enabling all the medical staff to view and share basic information on large numbers of first-time-visiting patients. This system was established after our experience with urgent haemodialysis cases associated with the two previous earthquakes.
The transfer of 600 haemodialysis patients is an unprecedented event. However, this mass relocation seems to be merely the beginning, because the accident recovery operation is still underway at the Fukushima Daiichi nuclear power plant.
We declare that we have no conflicts of interest.


The Lancet, Volume 377, Issue 9778, Page 1653, 14 May 2011
doi:10.1016/S0140-6736(11)60674-0
Earthquake in Japan
Jay Starkey a, Shoichi Maeda b
One aspect of the structure of Japan's health-care system that bears on the recent a University of Iowa, Iowa City, IA 52241, USA
b Keio University, Minato, Tokyo, Japan

earthquake is the weakness of the primary-care system.1 In Japan, most patients get their care through hospitals and subspecialists. The weak primary-care system has left hospitals overwhelmed with patients seeking attention for non-urgent needs, and health-care workers in the hardest-hit areas are lamenting the influx of primary-care-type patients.
Patients have no other option but to go to the hospital for all types of ailments irrespective of severity; normally this just results in long waiting times at the hospital. In the aftermath of the earthquake, tsunami, and nuclear accidents, hospitals were unable to tend to patients with non-urgent but important needs such as treatment of hypertension, diabetes, gastroenteritis, and so forth. Japan needs to strengthen its primary-care system.
The Japan Medical Association (JMA) and volunteers responded to this shortage by forming the Japan Medical Association Team.2 The Team's mission was to provide medical assistance at hospitals and clinics in the disaster-affected areas and to continue provision of ongoing medical treatments that began before the disaster. Each volunteer team was typically composed of one doctor, two nurses, and one driver who worked at hospitals or urgent care facilities. Each team (of which there were 642, with another 145 ready to be dispatched as of April 21) worked for 3 days to 1 week, and provided coverage for 30 days after the disaster. Fees for service were covered by the JMA and prefectural governments.3
We declare that we have no conflicts of interest.
References
1 Murai M, Kitamura K, Fetters MD. Lessons learned in developing family medicine residency training programs in Japan. BMC Med Educ 2005; 5: 33. CrossRef | PubMed
2 Japan Medical Association. Japan Medical Association Team (JMAT). http://www.med.or.jp/english/report/JMAT.pdf. (accessed April 4, 2011).
3 Japan Medical Association. President Haranaka: full steam ahead with program to save lives and preserve health. http://www.med.or.jp/nichinews/n230405d.html. (accessed April 6, 2011).


The Lancet, Volume 377, Issue 9778, Pages 1653 - 1654, 14 May 2011
doi:10.1016/S0140-6736(11)60675-2
Earthquake in Japan
Shizuko Takahashi a, Akira Akabayashi b
a Department of Obstetrics and Gynecology, University of Tokyo Hospital, Tokyo, Japan
b Department of Biomedical Ethics, University of Tokyo Graduate School of Medicine, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan

According to the World Report by Justin McCurry (March 22, p 1061),1 the USA experienced panic-buying sprees for potassium iodide tablets in response to the possible nuclear meltdown in Fukushima, Japan. Indeed, tap water in Tokyo was reportedly contaminated with iodine-131 at a concentration of 210 Beq/kg, leading government officials to warn breastfeeding mothers to refrain from drinking the water.
Notices posted by the Japanese Society of Obstetrics and Gynecology (JSOG)2 and the Japan Radiological Society (JRS)3 a day later caused widespread confusion. There was a discrepancy between radiation levels in breast milk reported by the societies: “about a quarter of the mother's radiation intake” according to JSOG versus “very little” according to JRS. Furthermore, whereas JRS was “definite” with respect to the safety of tap water for breastfeeding and pregnant mothers, JSOG was more ambiguous, “estimating” that there were no health hazards but stating that bottled water was the better option. Neither society mentioned caesium-137.
These discrepancies stem from the lack of reliable medical evidence on the effects of long-term low-dose radiation. In Chernobyl, the lack of reliable information led to widespread mistrust of official information and attribution of most health problems to radiation exposure.4 Medical professionals will face the same problem in any country using nuclear power. As Japan begins to accumulate data, a challenge for the international medical community will be to develop a reliable standard that tells physicians when they must warn the public.
We declare that we have no conflicts of interest.
References
1 McCurry J. Japan: the aftermath. Lancet 2011; 377: 1061-1062. Full Text | PDF(297KB) | CrossRef | PubMed
2 Japanese Society of Obstetrics and Gynecology. To those concerned with the safety of tap water: a notice to pregnant or breastfeeding women. http://www.jsog.or.jp/news/pdf/announce_20110324.pdf. (accessed April 27, 2011).
3 Japan Radiological Society. A notice to those who are pregnant or who have children: health effects of tap water. http://www.radiology.jp/modules/news/article.php?storyid=912. (accessed April 27, 2011).
4 World Health Organization. Health effects of the Chernobyl accident: an overview. http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs303/en/. (accessed April 27, 2011).



http://sankei.jp.msn.com/life/news/110527/bdy11052721320002-n1.htm
開業医や診療所の大規模損壊、流失…医療機関の半数以上が被害 宮城県医師会がアンケート調査
2011.5.27 21:32産經新聞

 東日本大震災で県内の医療機関の半数以上が何らかの被害を受けたことが、宮城県医師会が行ったアンケート調査で分かった。特に、入院設備を持たない開業医や診療所の大規模損壊、流失、浸水が目立ち、身近な一次医療に大きな打撃になったことが明らかになった。

 調査は4月中旬から5月中旬にかけ、県内の全1492医療機関を対象に実施、1388機関から回答を得た(回答率93%)。

 被害は津波によらない全壊、大規模半壊、半壊が計75カ所、津波による建物流出、床上以上の浸水が合わせて111カ所に上った。このうち全壊16カ所、建物流失13カ所のすべてが入院設備のない医療機関で、半壊や床上以上の浸水も半分以上を占めた。建物の一部損壊や床下浸水を含めると、全医療機関の半数を超えている。

 震災の際に最も問題だと感じた事柄(複数回答)は電気(1007機関)、水道(762機関)、ガソリン(706機関)などが多かった。人工透析などに深刻な影響が出たという。

 特に甚大な被害を受けた沿岸部の医療機関に要望したいこと(複数回答)を聞いたところ、補助・助成、融資緩和、職員の雇用対策などが多かった。

 今後の再スタートに関して回答した112医療機関のうち、同じ場所で再開したいとしたのは80、同じ地域の違う場所としたのが16、別の場所が5、医療機関の長ではなく勤務医を希望したのが4、引退・廃業が7だった。



http://www.asahi.com/health/news/TKY201105270423.html
【滋賀】 DMAT、大震災で初の全国規模出動 多くの課題も
2011年5月27日 朝日新聞 滋賀

【災害医療 課題なお】
 東日本大震災の発生直後、全国から200近い災害派遣医療チーム(DMAT)が被災地に駆けつけた。初動の遅れが指摘された1995年の阪神大震災の教訓から2005年に発足し、今回の震災が初めての全国規模の出動となったが、多くの課題が残された。

【警報で現場行けず/指揮系統混乱】
 ■初動は順調に
 3月11日午後3時15分、地震発生からわずか29分後、東京のDMAT事務局から、「待機」の指示が各隊員にメールで送られた。

 DMATは災害から48時間以内に活動できるよう訓練された医師や看護師、現地で情報収集などをする調整員など4、5人のチームで構成される。

 出動の指示が出ると、地震や津波などの被害に見舞われた岩手、宮城、福島、茨城にある病院が活動拠点に指定された。滋賀からは済生会滋賀県病院(栗東市)など9病院、11チームが空路や陸路で現地入りした。

 各チームはEMIS(イーミス)と呼ばれるインターネット上のシステムに現在地などを入力。他チームの動きや途中の道路状況も把握でき、「必要な場所へ必要な数」のチームが活動できるはずだった。

 地震で建物が倒壊し、多くの人が生き埋めになっているという、隊員たちの想定はすぐに覆された。

 「建物もきれいだし、地震の影響はあまりないのかな」。翌朝、仙台市の仙台医療センターに救急車で到着した公立甲賀病院(甲賀市)の布留守敏医師(37)は、そう感じた。だが、沿岸部では津波によって多くの人が流されていた。同様に仙台医療センターに入った済生会の越後整医師(35)は「大津波警報が続いて現場に行けないもどかしさがあった」と振り返る。

 ■通信網が寸断
 大津赤十字病院の松原峰生救急部長(51)は指定された福島空港へ入った。「被災地までは順調だったが、入った途端に立ち往生した」。携帯電話のほか、災害用の衛星電話もつながりにくくなった。活動の具体的な指示を受けるはずだった福島県庁から連絡が入らず、14日の撤収までに、応急処置をした患者はわずか3人で、空港で待機しながら、避難者の健康チェックや薬の処方をするしかなかった。

 松原部長は「情報を集約して指示を出す中央集権的なシステムでは、通信手段の寸断された状況では十分機能しない。数チームで集まり、自分たちで判断して動く仕組みが必要なのではないか」と問題提起する。

 一方、滋賀のDMATを統括する県医務薬務課は「みんな出動して、どこで何をしているかわからなくなった。情報はやはり把握しておきたい」と話す。

 ■継続的な支援を
 発生直後の「超急性期」を念頭においた活動目的も見直しが必要との指摘もある。大津赤十字病院の松原部長は「超急性期はケガの手当てなどに目が行きがちだが、震災では、避難所での感染症予防など、中長期的な医療が早くから求められた」と話す。

 済生会の越後医師も「(最長で)72時間活動して『はい、さようなら』とはいかない。避難者には長い目で見た医療が必要だ」と指摘する。

 DMATを所管する厚生労働省医政局は「広範囲での津波を伴う今回の震災では、想定外のことが多く起きた。これから報告をまとめ、対策を考えたい」としている。DMATの活動後、県からは延べ26チーム136人が「医療救護班」として交代で被災地の避難所などに入っている。(高橋玲央)

 災害派遣医療チーム(DMAT) 
 「Disaster Medical Assistance Team」の略。医師、看護師、業務調整員などで構成され、地震や列車事故などで多数のけが人が出た際に、発生から48時間以内に活動できるよう訓練された医療チーム。普段は各地の災害拠点病院に勤め、大災害が起きると被災地に向かう。1995年の阪神大震災で救急医療態勢が機能せず、医師らの手がまわらずに死亡する「防ぎ得た死者」が約500人に上ったことを教訓に、2005年に厚生労働省が発足させた。これまでに、05年4月のJR宝塚線脱線事故、07年7月の新潟県中越沖地震などで活動している。



http://www.asahi.com/health/news/TKY201105270426.html
【宮城】 医師の1割、健康悪化訴え 疲労や余震のストレスなど
2011年5月27日 朝日新聞 宮城

 東日本大震災で被災した県内の医療機関は17%にのぼり、被災地などで働く医師の1割が自分の健康状態の悪化を訴えていることが、県保険医協会(北村龍男理事長)の調べでわかった。同協会は「公的助成や復興支援を求める声が多く、早急な対応が求められる」としている。

 同協会が約1600人の開業医、勤務医に4月8~30日に郵送でアンケートを実施。472人から回答があった。開業医が約9割を占め、被災したのは82人。

 まとめによると、通常診療ができていない医療機関は125施設にのぼった。そのうち18施設が休診しており、廃業予定が6施設、移転予定も4施設あった。

 また、被災地で働く医師らを中心に、42人が自身の健康状態を「よくない」と答えた。疲労や余震のストレスのほか、「今後の不安感や失望感」「スタッフや患者の不安を受け止めるのが精神的につらい」との声もあった。

 同協会は今後、各医療機関の経営状態なども調べたいとしている。



http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/doctorvoice/201105/519784.html
連載:MedPeerドクターズ・ボイス
「現状維持でよい」と「高度診療を行う施設のみ必要」に意見が二分
大学病院はこれからも必要?

2011. 5. 27 日経メディカルオンライン

著者プロフィール
MedPeer(メドピア)●日経メディカル オンラインとメドピア(株)が共同運営する医師向けコミュニティーサイト。著名臨床研修指定病院との連携によるオンライン症例検討、薬剤に関する口コミ評価、各種のアンケートなどを実施。

医師が医師のために運営する日本最大の医師限定掲示板「MedPeer」。同サイトが医師向けに実施している様々なポスティング調査の中から、タイムリーで興味深い内容のものを、ピックアップして紹介します。


 医療の専門分化が進む中で、様々な患者に対応できる能力を持つ医師の養成を目的として、2004年に「新医師臨床研修制度」がスタートした。新制度の導入後は、人気の市中病院を研修先に選ぶ研修医が増加しており、「研修医の大学病院離れ」が問題になっている。

 大学病院の役割は、「教育・臨床・研究」の三つがあるが、大学病院以外の病院でも、研修医教育を行っている施設は多い。また、都市部には大病院が集中しており、高度な診療を行う施設は大学病院に限らない。研修医教育や高度な先進医療が、大学病院以外の病院でも行われている中で、今後も大学病院は必要とされるのだろうか?

 MedPeerが同社のサービスを利用する医師を対象に実施したインターネットアンケートによると、「現在の規模・施設数でよい」と「高度先進医療を行っている大学病院のみ必要」がいずれも約半数で、意見が大きく二つに分かれた。

 大学病院の役割で「教育」を重視する人は「現在の規模・施設数でよい」と回答し、「臨床・研究」を重視する人は「高度先進医療を行っている大学病院のみ必要」と回答する傾向が見られた。また、「医師の待遇をもっと良くすべき」「事務職員やコメディカルを減らしたり、派遣などに切り替えることが必要」など、大学病院の経営のあり方を見直すべきというコメントも多かった。

 最も多かった回答は「現在の規模・施設数でよい」で45.8%。「臨床のみならば大学病院は必要ないかもしれないが、研究・教育には絶対必要」(40代、循環器内科)、「大学病院は、研修医の研修場所として有用だと思う。旧態依然とした医局システムも、精神修養にはよい面もある」(50代、脳神経外科)、「マイナー科は市中病院だと人員が少なく、研修医を一から育てるのは難しいことが多い。教育の場として大学病院の意義はあると思う」(40代、眼科)など、教育機関として必要だという意見が多数寄せられた。

図1
大学病院は今後も必要か データ  n=3294 MedPeer調べ
  大学病院をもっと増やすべき         2.2%
  現在の規模・施設数でよい          45.8%
  高度先進医療を行っている大学病院のみ必要  45.5%
  大学病院は全て不要             1.7%
  その他                   4.9%


 これに対し、「高度先進医療を行っている大学病院のみ必要」との回答は 45.5%だった。「新しい研修制度が定着してきたので、教育という大学病院の役割が、民間病院にとって代わられてきた。しかし、症例の少ない特殊な疾患の治療・研究は大学病院でやるしかない」(60代、消化器内科)など、高度先進医療に特化すべきというコメントが多く見られた。このほか、「1970年代に『一県一医大構想』として、各地に医大が新設されたが、現在の日本にはどれくらいの大学病院が必要か、医療費や医師数などを基に再考する時期に来ているのでは」(50代、精神科)と施設数を再検討すべきという声もあった。

 大学病院を増やす、あるいは全て不要という意見はいずれも少数だった。「大学病院をもっと増やすべき」と回答した医師は2.2%。「ある程度の質が担保された病院がないと、患者が納得しない」(40代、小児科)など、患者の医療ニーズに応えるべきというコメントが寄せられた。

 「大学病院は全て不要」という回答は1.7%で、「医科大学と医学研究病院を分離すべき。現在の環境で、教育しながら、研究して、診療もするのは無理」(40代、循環器内科)など、現状の大学病院勤務医の負担が大きすぎるので、施設ごとに機能を分けるべきとの回答があった。

 アンケートは2011年3月4日から3月10日にかけて、MedPeerに登録する医師3294人を対象に行われた。全コメントを含めた回答内容の詳細については、「MedPeer」サイト上にて公開中。



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/34372.html
スキル高い医師「ドクターフィー」で評価を- 脳神経外科学会の小川常務理事
( 2011年05月27日 18:01 キャリアブレイン )

 日本脳神経外科学会の小川彰常務理事(岩手医科大学長)は5月25日、キャリアブレインのドクターアカデミー(DA)の収録で、スキルの高い医師を評価するため、「ドクターフィー」を導入して報酬に反映させるべきだとの認識を示した。

 小川氏は、日本専門医制度評価・認定機構の池田康夫理事長との対談で、現在の仕組みについて、「努力して新しい知識を身に付けて技術を磨いている医師と、 10年前、20年前の知識と技術で治療している医師のフィー(報酬)が同じになる」などと問題視。医師による研さんを促すためにも、技術や知識の習熟度を報酬に反映する必要があると指摘した。
 また、こうした考えについて「国民の思っているところと大きく違うことはない」とも述べた。
 対談は、7月上旬ごろに配信する予定だ。



http://mainichi.jp/area/iwate/news/20110527ddlk03040080000c.html
東日本大震災:釜石市、地域医療復興策で医療モール建設へ 医師、3人常駐 /岩手
毎日新聞 2011年5月27日 地方版 岩手

 釜石市は、東日本大震災後の地域医療復興策として、同市鵜住居町に内科と外科の医師計3人が常駐する、医療モールの建設を計画している。7月中にも着工し、早ければ10月から診療を始める。

 市健康推進課によると、医療モールには、津波で診療所が被災した内科の開業医2人が勤務し、県立釜石病院から外科医1人を招く。主に周辺に建設された仮設住宅約500戸の入居者の診療を担う予定という。施設は鉄骨平屋建てで、延べ床面積は約600平方メートル。新日鉄エンジニアリング(本社・東京都品川区)が建設し、費用も同社が負担する。

 同市内では震災前に6カ所あった診療所のうち、仮設に移るなどして診療再開できたのは26日現在、2カ所にとどまり、市外から派遣された応援医療チームが引き揚げた後の地域医療の充実が課題となっている。市の担当者は「住人がかかりつけ病院を持てるよう通常の医療体制の確保が欠かせない」と指摘する。【宮崎隆】



http://www.chunichi.co.jp/article/shiga/20110527/CK2011052702000127.html
「被災地は悲惨な状況」 長浜赤十字病院で救護班が活動報告
2011年5月27日 中日新聞 【滋賀】

 東日本大震災の被災地、福島県や宮城県で活動した長浜市の長浜赤十字病院救護班の報告会が25日夜、同病院であった。出動した医師や看護師らが、被災地の惨状や医療活動で気づいた点を振り返った。

 救護班は震災発生の3月11日から4月下旬まで、医師や看護師、事務職員らが班を編成し、福島県相馬市や会津若松市、宮城県の石巻赤十字病院などへ向かった。

 4人が発表し、地震発生日から4日間、福島県相馬市と川俣町で事務手続きや調整を担当した、企画調整課係長の中村正志さん(41)は、通信手段が途絶え、情報がない中で活動中、福島第1原発で爆発事故が発生。日赤本社からの撤収命令で引き揚げた。中村さんは「やることがたくさんある中で、活動期間は限られ、もっと活動したい思いがあったが、帰らざるを得なかった」と複雑な心境を語った。

 外科病棟の看護師北野絵理さん(26)は、4月24~29日に宮城県石巻市の石巻赤十字病院で、高齢者や寝たきりの患者のケアに当たった。

 北野さんは「被災地は新聞やテレビで見る以上に悲惨な状況だった。病院スタッフも気を張って仕事をしているようだった」と話した。

 報告会には病院職員ら約80人が参加し、熱心に耳を傾けていた。 

 (浅井弘美)



http://www.data-max.co.jp/2011/05/post_14965.html
東日本大震災 極限の医療現場 女性医師が突然の心肺停止~被災地リポート(6)
2011年5月27日 07:00 Net IB News

被災地の様子(25日撮影) 極限状況にある被災地では、数多くのストレスやプレッシャーが存在し、それは震災の被災者だけでなく、それを助ける側の医療従事者にも如実に現れてきている。

 日本赤十字社の関係者によると、数日前に起こった石巻赤十字病院での出来事を明かした。同病院で行なわれたミーティング終了後、突然、ひとりの女性医師が倒れ、一時は心配停止状態になったというのだ。幸い発見が早く、女性医師は周囲にいた医師の懸命な救命活動により、何とか一命をとりとめた。心肺停止した理由は詳しくは不明だが、「被災者を助けなければいけないというプレッシャーと不規則な生活が原因ではないか」と関係者は話す。

 この女性医師だけが特別な例というわけではない。多くの医師がストレスやプレッシャーと戦い、限界まで体を酷使しており、いつ倒れてもおかしくない状況だという。今回はたまたま医師の目の前で倒れたため、発見が早く一命をとりとめたが、人目がないところで倒れれば最悪の状況も考えられただけに、医師の心と身体のケアへも注意が必要な状況にあるといえる。

【特派員:中山 俊輔】



http://www.kahoku.co.jp/news/2011/05/20110527t13008.htm
派遣医療班が半減 地域機関復旧撤収進む 宮城
2011年05月27日金曜日 河北新報 宮城

 全国から宮城県内の被災地に派遣された医療救護班の数がピーク時の半分に減少したことが26日、県の調べで分かった。地元医療機関の復旧に伴い、応援派遣を縮小する動きが本格化。今後は地域医療の自立が課題となる。

 県医療整備課によると、23日現在、医療救護班が活動しているのは気仙沼、石巻、東松島、登米の4市と七ケ浜町の計54チーム約300人。4月中旬には10市町に107チームが入っていたが、今月中旬以降、南三陸や女川、山元各町で撤収が進んだ。

 気仙沼市には現在、東京都や山形県などから18チームが派遣されているが、市内の大半の医療機関が診療を再開したとして、救護班の活動を6月いっぱいで終える。

 石巻市は県内最多の約7600人が避難生活を送り、市立病院が大きな被害を受けた。兵庫県や日本医師会、自衛隊などが派遣した27チームが活動中で、県は救護班は今後も必要とみて、派遣継続を国に要請している。

 医療救護班は医師、看護師、薬剤師ら1チーム5人前後で編成し、医療機能が低下した沿岸部を中心に活動。震災直後から避難所の巡回診療や公的病院の診療支援に取り組んだ。

 県は医療復興として仮設の医科、歯科診療所を9カ所ずつ整備する方針。医療スタッフの流出防止や病院同士の連携強化にも取り組み、地域医療の再建を図る。



http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110527/dst11052723130035-n1.htm
被災地派遣の大阪府職員死亡 宿泊先で体調急変
2011.5.27 23:12 産經新聞

 東日本大震災の被災地支援として大阪府が岩手県宮古市に派遣した男性技師(49)が、脳内出血のため亡くなっていたことが27日、分かった。派遣から2日後に宿泊先のホテルで体調が急変、6日後に死亡した。業務との因果関係は不明という。

 府によると、死亡したのは健康医療部の男性技師で、府などの医療チームによる巡回健診の運転担当として今月12日、4日間の予定で派遣された。14日の業務終了後、宿泊先のホテルで夕食をとった後、体調不良を訴え、病院に運ばれたが20日に死亡した。

 持病は特になく、出発前の健康チェックでも異状はなかったという。



http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110527-OYT1T01027.htm
災害派遣中の陸自隊員が死亡、休養中に倒れる
(2011年5月27日22時21分 読売新聞)

 防衛省は27日、東日本大震災の救援活動に派遣されていた陸上自衛隊第18普通科連隊(北海道・真駒内駐屯地)の3等陸曹の男性隊員(27)が、岩手県内の施設で休養中に倒れ、同日未明に死亡したと発表した。

 今回の震災で派遣された自衛官の死亡は3人目。

 陸自によると、この隊員は18日から岩手県宮古市に派遣され、避難所での給食支援に従事していた。26日から、同県滝沢村のコミュニティーセンターに自衛隊が開設した休養所で派遣後初めての休養を取っていたが、同日午後11時40分頃に廊下で倒れ、搬送先の病院で死亡した。心臓にかかわる病死とみられ、任務との因果関係を調べている。



http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110528-OYT1T00112.htm?from=navr
常勤医足りない被災地、診察のたび違う先生
(2011年5月28日03時03分 読売新聞)

特集 巨大地震

 東日本大震災の被災地で、全国から応援に駆けつけていた医師らのチームが撤退した後の人材確保が課題になっている。

 震災後に病院を辞める医師もおり、震災前から医師不足の地域では、常勤医の確保に頭を悩ませている。こうした事態を受け、医療関連団体が協力し、長期的に医師を派遣する仕組み作りも始まったが、打開のめどはたっていない。

 「せきが出るの?」

 宮城県気仙沼市立本吉病院で26日、診察を受けた佐藤あや子さん(79)は、青森県の病院から応援に来ている医師(28)の問いにうなずいた。付き添った夫の忠男さん(81)は「いい先生でよかったけど、やっぱり毎回同じ先生の方が安心」と話す。

 同病院では、診察室のある1階に津波が流れ込み、3月下旬には、院長を含む2人の常勤医が心労などから病院を去った。現在は、全国国民健康保険診療施設協議会(東京)などから医師の派遣を受け、外来診療をしている。

 災害派遣の医師は1週間で交代していく。院長も不在のため、診断書などの証明書類の作成ができず、介護施設へ入所する患者などに支障が出ているという。佐々木美知子看護師長(44)は、「患者さんは、今派遣されている先生方が撤退した後も、医療が受けられるのか、不安を持っている」と訴える。



http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/miyagi/news/20110525-OYT8T00033.htm
救急搬送、避難所から2149人
(2011年5月25日 読売新聞)宮城

感染症や持病悪化 本紙調査

 3月11日の東日本大震災発生から4月末までに、県内の避難所から病院に救急車で搬送された人が2149人に上ったことが、読売新聞の調べで分かった。避難生活が長期化し、今後は慢性疾患への対応が重要になると専門家も指摘している。

 県内12の消防本部に、3月11日~4月末の救急車出動件数、搬送者数などを聞いた。それによると、避難所からの救急搬送者は3月(21日間)が1589人、4月が560人だった。消防本部別では、石巻地区(石巻市など)が3、4月で837人、気仙沼・本吉地区(気仙沼市、南三陸町)が403人、仙台市299人、塩釜地区(塩釜市など)248人と、沿岸の津波被災地が続いた。

 気仙沼市のある避難所では、震災直後は津波でぬれたための低体温、その後は感染症での搬送が多く、最近は持病を悪化させる高齢者が多いという。

 避難所外も含めた県内全体の救急搬送者は3月が1万156人、4月は8276人の計1万8432人で、4月は前年同月より25%増加。増加分の大半が震災の影響で体調を崩した人とみられる。

 県内の避難所生活者はピークだった3月15日前後の約32万人から、5月23日は約3万人と10分の1以下に減っている。だが、石巻市では現在も避難所から1日3人程度の救急搬送があり、高齢者を中心に体調を崩す人は少なくない。

 日本救急医学会理事の遠藤重厚・岩手県高度救命救急センター長(岩手医大教授)は「避難生活が長期化し、糖尿病、高血圧など慢性疾患への対応がますます重要になる」と話している。

  1. 2011/05/28(土) 07:07:53|
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5月26日 医療一般

http://www.sanin-chuo.co.jp/health/modules/news/article.php?storyid=526064240
地域医療のあす : 第8部 (4)越境/「空き」求め圏域外へ
('11/05/26 山陰中央新聞)

 第8部 「なぜ、慢性期医療の充実が求められるのか」

 行き場のない退院患者

 広島県境と接する島根県邑南町の公立邑智病院(98床)。今春、院内の一室に「地域連携室」のプレートが掲げられた。

 3年前、総務課内に新設されたセクションだが、深刻化する退院後の患者の受け皿不足などに対応するため、専従職員を2人から3人に増員。強化に合わせて、個室に〝独立〟させた。

 中山間地の中核病院として急性期医療を提供。入院期間が長引く患者の受け皿は、同じ邑智郡内の仁寿会加藤病院(川本町)の療養病床(58床)や、老人保健施設(新型含む3施設、計226床)が主に担っている。

 いわば、急性期医療と慢性期医療のすみ分けで、地域医療をどうにか支えている。

 ところが、国の医療政策で急性期病院の在院日数が短縮化。重度の療養患者がそのまま退院を迫られるケースが増えており、療養病床や老健で満床状態が続く。地域連携室の笠岡千代子室長(53)が現状を語る。

 「(ベッドの空きがなく)三つ、四つ申し込んでもらう状況。『空いたら帰って来られますから』と言って、広島県内の有料老人ホームなどに移ってもらうこともある」

  ※  ※

 公立邑智から多くの患者を受け入れている同じ邑南町のケアセンター三笠(100床)。昨春、療養病床再編の動きを受け、三笠記念病院(1999年開院)から介護療養型老人保健施設(新型老健)に転換し、名称変更した。

 地元の期待を感じ取り、上田隆志事務長(52)は「慢性期を担うわたしたちの役目は大きい」と話す。

 だが、浜田市、江津市などから医療圏を越えた受け入れが常態化。もともと圏域外からの受け入れは想定しているが、近年、ニーズがより高まり、勢いが増す。

 なぜか。背景の一つに、圏域内で「自己完結」を目指した二次医療圏の崩壊がある。

 医師不足にあえぐ公立邑智の場合、急患対応が思うに任せず圏域外の医療機関に送らざるを得ない現実に直面している。

 常勤の外科医が不在になった2009年度前後を比較すると、圏域をまたいだ3次医療機関への転院搬送は、08年度の18件から10年度には54件と急増した。

 転院搬送の増加は受け入れる他圏域に影響を及ぼし、結果的に、行き場を失った療養患者がベッドの空きを求めて「越境」する―という連鎖を引き起こしている。

 周辺の医療圏から救急患者が集中している浜田医療センター(浜田市、365床)の地域医療連携室、久代玲子看護師長(54)は、現状を「危機状態」と漏らす。

 病院のベッドが退院後の行き場がない患者で埋まり、「救急搬送不可」を通知したケースも発生。急性期病院の機能低下を食い止めるため、スムーズに慢性期の患者を受ける「後方支援」の充実を求める。

  ※  ※

 その後方支援の在り方を見直す動きが、やっと出てきた。昨秋、公立邑智、浜田医療センターなど4病院の窓口担当者会議が発足。連携強化に向けて模索を始めた。

 担当者会議の事務局になった公立邑智の笠岡室長は言う。

 「次の施設が空くまで病院で待機してもらうことが公立邑智では、まだできる。だけど、浜田医療センターではできない。患者の受け入れをお願いした分、こちらでも受けないと回らない」

 厳しさを増す医療環境の中で、急性期医療を引き継ぐ慢性期医療の充実が、より希求されるようになった県西部の地域医療。単一の医療圏を越えた新たな枠組みをどう構築するのか。関係者は重い課題と向き合う。


 ~データ~

 介護老人保健施設(老健)の退所者の行き先 2000年、07年の厚生労働省の全国調査で、在宅復帰を目指す老健からの退所先は「家庭」が45・0%から31・0%に減る一方、「医療施設」が38・2%から45・3%、「特別養護老人ホーム」が7・3%から8・5%に増加。家族の介護力などの問題から在宅復帰がかなわないケースが多く、医療機関を含めた療養患者の施設依存度が高まっている。



http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011052602000198.html
医学生の卵に奨学金 埼玉・深谷市
2011年5月26日 夕刊 東京新聞

 埼玉県深谷市は医師不足対策として、大学医学部を志す高校三年生と浪人生を対象に、市内の深谷赤十字病院に勤務することを条件に、受験前に奨学金の支給を確約する制度を本年度からスタートさせる。

 市によると、合格後の奨学金支給を確定する制度は全国初。経済的な理由で医学部をためらっている受験者への支援になるとしている。

 貸与額は、入学金や授業料、生活費など合わせて上限が年間三百六十万円、六年間で二千百六十万円。学費だけでこの額を超える場合は上限を外し、寄付金や教科書代などを除いた履修に必要な額を貸与する。途中で医学部をやめた場合は、全額返金しなければならない。

 返済は、医師国家試験合格後、深谷赤十字病院で二年間臨床研修し、医師として、奨学金受給期間の三分の五倍勤務すれば全額免除する。六年間貸与を受けた場合は十年間の勤務になる。

 同病院は深谷市や県北医療の中心的な役割を担っているが、ここ数年の深刻な医師不足で科を休診することもあった。

 五年間限定の事業で募集人数は各年二人。本年度は七月十一日から二十五日(消印有効)まで募集し、書類選考と論文、面接を経て十月ごろ対象者を発表する。全国から応募可能。

 詳しい募集要項は六月初旬に市ホームページに掲載する。問い合わせは、市企画課=電048(574)8096=へ。



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/34344.html
精神科救急医療体制整備の方向性提示へ- 厚労省検討会が初会合
( 2011年05月26日 21:02 キャリアブレイン )

 厚生労働省は5月26日、「精神科救急医療体制に関する検討会」の初会合を開いた。同検討会は、都道府県が実施する精神科救急医療体制の整備について、その具体的な方向性を検討することが目的。事務局によると、7月にも取りまとめを行い、医療機関同士の連携のあり方などについて、各都道府県に通知する見通し。

 同検討会は、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」に都道府県による精神科救急医療の確保を明記するなどとした法律が昨年の臨時国会で成立したことを受けて設置され、▽精神科救急医療体制の今後のあり方▽精神保健指定医の役割▽自治体の役割―について議論し、各都道府県で行われる体制整備の具体的な方向性について検討する。
 事務局によると、6月から7月にかけて、一般の救急医療との連携を含めた「医療機能」としての精神科救急と、措置入院などの「公的機能」としての精神科救急それぞれの現状と課題についてヒアリングを実施し、7月にも取りまとめを行う予定だ。

 初会合では、平田豊明構成員(静岡県立こころの医療センター院長)が精神科救急医療の現状と展望について講演し、それを基に意見交換した。
 平田氏は、精神科救急の問題点として、▽身体合併症のケースは敬遠されやすいこと▽精神科救急に携わる医師の減少―などを指摘。医師確保の方策については、精神科救急専門医制度の創設や「病診連携」などを挙げた。

 意見交換では、渡路子構成員(宮崎県福祉保健部精神保健福祉センター所長)が、宮崎県内では体制整備が進まず、地域の基幹病院の負担が増えていると指摘。「精神科救急までなかなか手が回らないというのが現場の先生の意見だ。参加を促すには、いかにインセンティブを与えるかを考えなければならない」と述べた。また、杉山直也構成員(財団法人復康会沼津中央病院長)も、身体合併症に対応する総合病院を例に挙げ、「(身体疾患と精神疾患の両方を扱うには)相当なスキルと知識とエネルギーが要る。難しい医療をしていることへのインセンティブがないと、取り組みが進まない」と指摘した。
 吉邨善孝構成員(社会福祉法人済生会横浜市東部病院精神科部長)は、「精神科救急・合併症入院料」を算定する合併症型施設の立場から、「かなりマンパワーが必要で、10 対1(看護基準)では到底、賄い切れない。より高い看護基準を設定し、それを網羅するような診療報酬上の配慮をすることが必要だ」との考えを示した。

 次回会合は6月17日に開かれ、「医療機能」としての精神科救急の現状と課題について議論する。
  1. 2011/05/27(金) 05:22:33|
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5月25日 医療一般

http://inamai.com/news.php?c=seiji&i=201105242016050000043177
看護師養成所設立に向けて検討
上伊那地域包括医療協議会

(2011/5/24放送)伊奈マイWEBニュース

 上伊那地域の医療問題などについて検討する上伊那地域包括医療協議会の初会合が23日、伊那市のいなっせで開かれました。

 協議会では,上伊那地域に看護師養成所設立に向けて検討を進めていくとしています。

 協議会は、今年3月まで設置された上伊那地域医療問題懇談会に代わるもので、医療問題について調査研究を行うものです。

 会議には上伊那医師会や上伊那歯科医師会の代表、行政など25人が出席しました。

 会長には、上伊那医師会顧問の神山公秀さんが選ばれました。

 会議では、今年度の事業計画が示されました。

計画では、上伊那医師会の長年の懸案事項であった看護師養成所設立に向け検討を進めていくとしています。

 大規模災害対策では、医療救護訓練を実施するほか、上伊那地域災害医療活動のマニュアルの作成などを計画しています。

 また、コンビニ受診を控えるよう啓発活動を行うほか不足している産婦人科医や外科医師の確保に努めるとしています。

 協議会では、救急医療対策委員会や大規模災害対策委員会など8つの専門委員会を設置し、それぞれの分野で検討を行います。



http://www.data-max.co.jp/2011/05/post_14940.html
不透明な市医師会の全面協力~新・こども病院、地域医療の行方
2011年5月25日 16:22 Net IB news

 24日、高島市長は定例記者会見で福岡市立こども病院(福岡市中央区)の移転計画について、アイランドシティ(東区)に移転・新築することを発表。移転にともなう地域医療の空洞化への対策として、市医師会と協力して現在地または周辺地区に小児科の地域医療を維持するとした。しかし、市医師会が協力の意思を示した段階だけで、具体的な話はみえていない。

 同記者会見に同席した市医師会の江頭啓介会長は「地域の大学病院、公的医療機関、病院、診療所で小児医療連携システムを構築するため早急に検討を開始する」と述べた。さらに「成人病センター(早良区)に小児医療部門を設けることは市医師会でもできること」などと市西部地区での小児科の地域医療体制空洞化防止策について述べた。

こども病院 こども病院を担当する市保険福祉局保険医療部病院事業課によると、上記小児医療連携システムについては、こども病院、福岡市医師会のほか、独立行政法人国立病院機構九州医療センター(中央区)、国家公務員共済組合連合会浜の町病院(中央区)などで各病院間の連携・協力のあり方などを検討している。これは 2008年9月から協議を続けているもので、この成果が活用されるだろうとのこと。また、福岡市医師会の江頭啓介会長が高島市長の要望に対し全面的に協力する意思を示すとともに同記者会見に同席したということは、市医師会の覚悟を示しているという。

 長年にわたるこども病院移転問題は一応の決着がついた。しかし、市西部地区での地域医療体制空洞化防止策については、市医師会は早急に検討を開始するとのことであり、どうなるのか不透明な状況だ。

【吉澤 英朗】



http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201105250043.html
患者の情報をネットで共有
'11/5/25 中国新聞

 呉市の呉共済病院と国立病院機構呉医療センターが、患者の診療情報をインターネットを通じて患者のかかりつけ医と共有するネットワークシステムの運用をそれぞれ始めた。検査や薬剤の重複を防ぐほか、転院後のかかりつけ医による適切な診察につなげる。

 新システムでは、患者の検査結果やコンピューター断層撮影(CT)画像、医師の診断結果を見ることができる。かかりつけ医は、呉共済病院や呉医療センターの専門医による診断結果を確認でき、2病院から転院などしてくる患者に対し、無駄なく適切な診療ができる。

 呉医療センターの運営責任者の川本俊治統括診療部長は「専門医とかかりつけ医の連携を密にし、地域全体の医療の向上につなげたい」と話している。



http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/294747.html
本年度当初の派遣医師は6人 道医療対策協 要望の6分の1にとどまる
<北海道新聞5月25日朝刊掲載>

 道や道内3医大などからなる道医療対策協議会は24日の会合で、道内24の自治体病院・診療所から本年度当初に計37人の医師派遣の希望が寄せられたのに対し、実際に確保できたのは6病院計6人にとどまったことを明らかにした。

 医対協の医師派遣制度が始まった2005年度以降、最も少なかった昨年度の4人を上回ったが、低い水準が続いている。



http://mytown.asahi.com/yamanashi/news.php?k_id=20000641105250001
県内で1人の法医解剖医 安達登さん
2011年05月25日 朝日新聞 山梨

   ■死因究明に公的機関を

――県内の法医解剖医を取り巻く状況を教えて下さい

 「遺体が見つかり、遺体や現場の状況から県警が事件性を疑い、司法解剖が必要だと判断すれば、すべて依頼がきます。山梨県では法医解剖医は私1人だけなので、県警から連絡があれば解剖しなければならない状況が24時間、365日続いています。県内に法医解剖医が1人だけというのは、実は全国に10県もあるんです」

――負担軽減のためには、どのような対策がありますか

 「まず、最低でも各県に2人の法医解剖医が要ります。今年度から長野県の信州大学と連携し、お互いの不在時に司法解剖を補い合う取り組みを始めました。すでに数件を実施しています。ただ、そもそも法医解剖医が少ないため、補うにも限界があります」

 「数年前、死亡時に遺体の画像診断をして死因を究明する方法が提唱され、話題となりました。画像診断そのものは有効ですが、はっきりと診断できるものは頭蓋(ず・がい)の損傷など、限られています。薬物中毒など画像での診断が難しいものもある。まず画像診断をして、そのうえで解剖を併用することが良いと思います。いずれにしろ、画像診断単独では無理があり、法医解剖医が必要です」

――なぜ、法医解剖医は少ないのでしょう

 「小児科、産婦人科、麻酔科での医師不足と同じ理由です。勤務時間が不規則で体力的につらいうえ、収入面でも恵まれていません。さらに人員不足で解剖以外の予定が立てられない。これでは、後輩に法医解剖医を勧めることはできません。大学に法医学のポストが少ないことも一因です」

――1年に何件ほど解剖されますか

 「昨年は47件。平均して年間50件ほど。解剖がすぐ終わる場合もありますが、ご遺体によっては7~8時間以上かかることもある。解剖後の鑑定書作成にはさらに時間がかかります。鑑定書が数センチの厚さになることもある。解剖と鑑定書作成を合わせれば、一日では終わらないこともあるんです」

――法医解剖医の不足で影響も出ているのでは

 「日本中で大量の死因不明者が出てしまう可能性があります。あくまで可能性の話ですが、犯罪や事故死が見逃されることも考えられる。なぜ亡くなったのか、わからないままになってしまう。そうなると、治安を守るうえで悪影響が出ることは確実です。現在の解剖率は数%。北欧には100%という国もある。少なくとも半数は解剖し、死因を明らかにする必要があると思います」

――解剖率を上げるためにはどうすれば良いのでしょう

 「システム自体を変える必要があります。費用がかかって難しいかもしれませんが、死因究明を専門にする公的機関を全国各地に設置することが理想です。法医解剖は執刀医だけでできるものではありません。解剖後には薬毒物や体液、DNAなど生化学的な検査もします。こうした検査に精通した職員も要ります」

 「中央と地方の格差の是正もしないといけない。収入や勤務の条件を改善し、中央に集まっている法医学者を地方に分散させる。これも、システム自体を変えないといけません」

――法医解剖を続けていられる理由は何ですか

 「死因を明らかにすることは、無実を証明することや、容疑者の逮捕につながります。パロマ工業製ガス湯沸かし器による一酸化炭素中毒事故では、かないませんでしたが、今後亡くなる可能性がある人を救うこともできる。法医解剖は社会に貢献できて、やりがいのある仕事です」

《略歴》

 あだち のぼる 山梨大医学部教授(法医学)。1966年、静岡県生まれ。92年東北大医学部卒。96年同大医学博士。2006年から現職。日本法医学会、日本人類学会に所属。研究者として、古人骨DNA解析による日本人の起源研究や、個人識別のためのDNA多型解析法の開発に取り組む。共著に「法医学」(南山堂)など。

《取材を終えて》
 小児科、産婦人科、麻酔科医が不足すると、子どもや妊婦、手術が必要な人に悪い影響が及ぶことはすぐに想像できる。しかし、亡くなった人を相手にする法医解剖医が不足すると、一般市民の暮らしにどういう影響を与えるのか、すぐに理解することは難しい。

 「法医解剖医が不足すると、日本中で大量の死因不明者が出る可能性がある」という安達教授の言葉が印象に残った。自然死ではない遺体の死因究明は、生きている人の命を救うことと同様、大切なことだ。なぜ亡くなったのかを、つぶさに明らかにすることは、犯罪性のある死を見逃さず、事故死を未然に防ぐことにつながる。そもそも、亡くなった本人のためにも、死因究明は徹底的になされるべきだろう。

 国内の10県で死因究明が、たった1人の法医解剖医の激務で支えられているのは憂慮すべき状況だ。いつ崩れてもおかしくないシステムを変える必要がある。(真海喬生)
  1. 2011/05/26(木) 05:42:37|
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5月25日 震災76日目

http://www.niigata-nippo.co.jp/news/pref/23335.html
来月から福島県に医師を派遣
新潟県が南相馬市長の要請受け

新潟日報2011年5月25日

 県は25日、東日本大震災で避難生活を送っている被災者の「心のケア」を支援するため、精神科医師や看護師らによる専門チームを福島県の相馬市、南相馬市、新地町の2市1町に派遣する。福島県からの要請に基づき、6月末から約1カ月間、避難所の巡回や精神科の外来診療に当たる。

 現地入りするのは精神科医師、看護師、保健所相談員の各1人の計3人。新潟大医歯学総合病院と県精神科病院協会、県立病院などの協力で準備を進めており、派遣人数が増える可能性もある。

 このエリアの避難所を巡回して、長期の避難生活を送る被災者の「心のケア」を行うとともに、公立相馬総合病院(相馬市)に臨時で設置された精神科外来診療部門の支援をする予定だ。

 福島県南相馬市の桜井勝延市長が今月中旬に泉田裕彦知事を訪ねた際、医療関係の支援を本県に要請。これを受け、福島県側と調整した。

 県障害福祉課によると、この地域では大震災で精神科の病院や診療所が軒並み被災。福島県立医大の協力で同病院を拠点に精神科医療を行ってきたが、医師や医療スタッフが不足している。



http://www.sanriku-kahoku.com/news/2011_05/i/110526i-byoin.html
■市立病院、南境に仮設
県地域医療復興会議石巻部会
夜間急患センターも検討/

2011.05.26 三陸河北新報

 県地域医療復興検討会議「石巻地域部会」の初会合が24日、石巻市保健相談センターで開かれ、東日本大震災で甚大な被害を受けた石巻市立病院や石巻市夜間急患センターの再建の方向性を協議した。市立病院については、100~130床の仮設病院を建設し、場所は南境地区の石巻トゥモロービジネスタウンを想定していることが明らかにされた。夜間急患センターも仮設施設を市内に開設し、休日も対応する方向で検討が進んでいることが示された。

 石巻地域部会は、石巻赤十字病院や石巻市立病院、石巻市と桃生郡の医師会、石巻歯科医師会、2市1町、県などで組織。石巻医療圏の地域医療復興の方向性について、石巻市立病院や石巻市夜間急患センターの再建、仮設診療所(医科・歯科)の設置を検討課題として話し合った。

 このうち、石巻市立病院の再建について、伊勢秀雄病院長が説明。震災で病床が失われた市立病院206床(一般)と市立雄勝病院床(療養)の機能回復と医療従事者の流出防止を主眼に、一般~100床、療養床の仮設病院を建設する方針を示した。「場所は石巻トゥモロービジネスタウン敷地内を想定している」と述べた。

 石巻赤十字病院の飯沼一宇院長は「少なくとも当病院の402床では足りない。津波で失われた病床数をカバーする施設を早い時期に開設する必要がある。高度医療機器やシステムを共同で使用できる仕組みを考えるべきだ」と指摘した。

 県災害医療コーディネーターの石井正氏(石巻赤十字病院医療社会事業部長)は「競合から共同に視点をシフトすべきだ。市立病院を運命共同体として応援する。電子カルテや情報の共有、人事交流も必要だ」と提案した。

 石巻市夜間急患センターの仮設施設は、市立病院仮診療所(旧市教委庁舎)近くに建設し、当面は内科、小児科を診療科目にする方向で検討が進んでいることが報告された。
 震災で医療過疎になった地区への仮設診療所の設置も協議。津波で壊滅的な被害を受けた雄勝、北上、旧市内に各1カ所開設する意見があった。

 県は沿岸部の医療復興に向けて、検討会議や石巻、南三陸、気仙沼の三つの地域部会の意見を8月をめどに集約する。県が策定する復興計画に反映される。



http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=41245
震災後、肺炎患者4倍強…石巻周辺
(2011年5月25日 読売新聞)

汚泥乾いた粉じん原因

 大震災後、宮城県石巻市周辺で肺炎の患者が4倍強に増えたことが石巻赤十字病院のまとめで分かった。

 津波で海底から陸に打ち上げられた汚泥が乾き、大気中を舞う粉じんが主な原因とみられる。避難所からの入院が多く、同病院はマスクの適切な着用を呼びかけている。

 同病院の肺炎による入院患者は、昨年は1日平均1人だったが、震災当日の3月11日から4月20日まででは4・5人に増えた。震災後の患者の3分の2以上が避難所から来ており、年齢別では8割強が70歳以上だった。

 同病院や東北大などの医師、看護師らが、石巻市と東松島市、女川町の避難所を巡回診療したところ、受診した1539人のうち2割近い285人がせきやのどの痛みを訴えた。

 同病院呼吸器内科部長の矢内勝医師によると、汚泥が乾いて舞っている粉じんには、化学物質やカビ、細菌が含まれ、肺に入って肺炎を発症している。靴や衣服に付着した粉じんが避難所に入り、発症の危険性を高めている。

 唾液(だえき)を誤って気管支にのみ込み、肺炎を発症する高齢者も多い。避難所で横になっている時間の長い高齢者が、歯磨きをできずに、細菌が増えた唾液をのみ込むためらしい。十分に栄養をとれないことによる体力低下も発症しやすくしている。矢内医師は「体を動かし、体力を維持するのも大切」と話している。



http://mytown.asahi.com/miyagi/news.php?k_id=04000001105250005
医師の1割、健康悪化訴え 県保険医協会
2011年05月25日 朝日新聞 宮城

 東日本大震災で被災した県内の医療機関は17%にのぼり、被災地などで働く医師の1割が自分の健康状態の悪化を訴えていることが、県保険医協会(北村龍男理事長)の調べでわかった。同協会は「公的助成や復興支援を求める声が多く、早急な対応が求められる」としている。
 同協会が約1600人の開業医、勤務医に4月8~30日に郵送でアンケートを実施。472人から回答があった。開業医が約9割を占め、被災したのは82人。
 まとめによると、通常診療ができていない医療機関は125施設にのぼった。そのうち18施設が休診しており、廃業予定が6施設、移転予定も4施設あった。
 また、被災地で働く医師らを中心に、42人が自身の健康状態を「よくない」と答えた。疲労や余震のストレスのほか、「今後の不安感や失望感」「スタッフや患者の不安を受け止めるのが精神的につらい」との声もあった。
 同協会は今後、各医療機関の経営状態なども調べたいとしている。



http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201105250032.html
原発事故で現地医師研修へ
'11/5/25 中国新聞

 福島第1原発事故の周辺住民たちの長期的な健康管理に向け、広島県が現地の医師たちの研修受け入れを検討していることが24日、分かった。県庁に事務局を置く放射線被曝(ひばく)者医療国際協力推進協議会(HICARE)が窓口になる。6月上旬、国に提案する。

 対象は、現地で健康管理に当たる医師や看護師、放射線技師たち医療従事者。被爆者医療や追跡調査のノウハウを持ち、HICAREの構成メンバーである広島大や放射線影響研究所(広島市南区)などが実際の研修を担う。



http://mytown.asahi.com/yamaguchi/news.php?k_id=36000001105250001
薬剤師・リハビリ支援必要【東日本大震災】
2011年05月25日 朝日新聞 山口

◆県医師会チームが報告会

  東日本大震災で、宮城県南三陸町に派遣された県医師会の災害医療チーム(J(ジェイ)MAT(マット))による報告が、山口市であった=写真。メンバーの医師からは「薬剤師やリハビリ担当者も必要だ」といった意見が出た。

  JMATは災害発生から数日が過ぎた段階で現地での医療を支える組織。県医師会は3月24日から4月24日までの間、交代で3チーム(計10人)、延べ5回にわたってJMATを派遣した。

  第2陣として行った、宇部市の宇部記念病院・野村真治医師は、薬剤師が不足していたことを指摘。被災者が投薬履歴を記録した「お薬手帳」を持っていても、薬がない。その上「代替手段でジェネリック(後発薬)にしようにも処方箋(せん)を出す薬剤師が1人しかおらず、大変だった」と話した。

  第3陣メンバーだった防府市の三田尻病院・豊田秀二医師は、避難所の規模が縮小した後のケアについて言及した。避難所を出てもリハビリが必要な人もいるとしたうえで「被災地での医療支援は今後2~3年は必要ではないか」と課題を挙げた。
(大井穣)



http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/iwate/news/20110525-OYT8T00027.htm
災害拠点病院整備へ支援を
(2011年5月25日 読売新聞)

岩手医大学長が国へ要望書

 岩手医大の小川彰学長が24日、停電時でも高度医療ができる発電施設や燃料備蓄施設を併設する「モデル災害拠点病院」整備に向け、財政支援を求める国への要望書を達増知事に提出した。

 要望書では、診療所や基幹病院と大学病院間の遠隔医療システムの導入、テレビ会議システムを利用した外来診療などを生かす「地域医療新モデル」の構築も提言。医師派遣や被災地医療の研修に携わる「災害時地域医療支援センター」の設置の意見も入れた。

 岩手医大病院では、震災発生後、進行中の約20件の手術は自家発電で無事に終えたが、CT(コンピューター断層撮影)、MRI(磁気共鳴画像装置)など大型診断機器が使えず、翌日に電気が復旧するまで複雑な手術はできなかった。

 小川学長は「自己完結型の災害対応病院整備に向け、第2次補正予算で盛り込んでもらいたい」と話した。



http://techtarget.itmedia.co.jp/tt/news/1105/25/news03.html
全国各地の医療機関を把握被災医療機関のリストにも活用できた「2次医療圏データベース」
2011/05/25 [翁長 潤,TechTargetジャパン]

2011年3月に発生した東日本大震災では、多くの医療機関が被災した。政府や関係各所が情報収集に活用した被災医療機関のリストは、あるグループが無償で提供したものだった。

 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の影響で、岩手県から福島県の沿岸部にかけて大津波が押し寄せ、各地に甚大な被害をもたらした。多くの医療機関が被災し、今なお診療を再開できていない施設も存在する。

 震災後、政府や医師会が情報収集に追われる中、被災した医療機関の情報をいち早くリスト化し、関係各所にメールで配信したグループがいる。「2次医療機関データベース(DB)」を開発した、国際医療福祉大学大学院・医療経営管理分野 高橋 泰教授と医療関係データベースの構築・運営を行っているウェルネスを中心としたグループだ。

 高橋氏らは2010年3月21日に発表された「消防庁災害対策本部第66報」において「壊滅」「被害甚大」に指定された地域の病院や診療所などの合計1399件の「被災医療機関名簿」を2次医療機関DBの情報を基に作成した。3月23日、このリストを厚生労働省や閣府、総務省、国土交通省などの政府機関、高橋氏の知人である代議士や医療関係団体、メディアなどにメールで一斉配信した。

 著作権フリーで提供されたリストはその後、広く活用されることになる。例えば、四病院団体協議会(四病協)が被災地の全ての病院情報を集約した「被災病院地図情報」(日本病院会作成)に活用されたり、ある政府機関の担当者から「省内で利用させてもらっている」という感謝の意を表すメールが届いたという。

 本稿では、4月に開催された国際医療福祉総合研究所 HCI21「病院再生研究会」セミナーにおける高橋氏の講演「災害時における情報管理について~被災地域の医療名簿について~」の内容を基に、2次医療圏DBの開発経緯から今回の震災における活用事例などを紹介する。



http://www.sanyo.oni.co.jp/news_s/news/d/2011052522375716/
AMDAが岩手にサポート団体 復興支援へ計画
山陽新聞 2011/05/25

 国際医療100+ 件ボランティアAMDA(本部・岡山市北区伊福町)は25日、東日本大震災の被災地に対する独自の復興支援策をまとめ、発表した。緊急救援活動を行った岩手県大槌町で、AMDAの今後の活動をサポートしてもらうボランティアグループの設立などを計画している。

 グループは「AMDA大槌クラブ」。これまでの活動で人脈ができた地元の避難所のリーダー的な存在の住民ら4人で6月にも立ち上げる。避難所や地域のニーズを把握して支援物資の受け入れを行うほか、今後の活動の助言をしてもらう。

 他に、同町と同県釜石市、宮城県南三陸町の3高校で奨学金制度を設け、各15人に奨学金を贈ることや、医師を派遣継続的な医療100+ 件支援も計画。8月に被災地の中学生45人を岡山に招き、岡山、総社市の中学生とサッカー交流を行うこともあらためて説明した。

 菅波茂代表は「被災地とのつながりをつくり、私たちは被災者の皆さんを忘れないというメッセージを発信したい。地域の人とも協力して支援を続ける」と話している。



http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=41232
震災派遣の自衛官 体や心、ケア強化
(2011年5月25日 読売新聞)

 防衛省は25日、東日本大震災で被災地支援にあたった自衛隊員の体や心のケアを強化する総合対策を策定することを決めた。

 過酷な遺体収容などで精神的なストレスを抱える隊員が多いほか、東京電力福島第一原子力発電所の事故対応やがれき除去で中長期的に健康被害が出るおそれがあるためだ。同省や自衛隊の幹部による「東日本大震災派遣隊員ケア推進チーム」(チーム長・広田一政務官)の初会合を25日夕に開いて対策作りに着手し、6月中にも具体策をまとめて2011年度第2次補正予算案への関連費用計上を目指す。

 対策の柱は「衛生・メンタルヘルス(心の健康)」「人事施策」「広報」で、それぞれ作業部会を設ける。「衛生・メンタルヘルス」では、アスベストなどがれきに含まれる可能性のある有害物質や放射能による健康への影響を継続的に把握できる健診手法を確立する。精神科医療では米軍の持つノウハウを活用してうつ病などを発症しにくいプログラムをまとめ、個別カウンセリングも強化する。

 「人事施策」では功績のある隊員を把握し、表彰や勤勉手当のかさ上げ、昇任などを実施することが課題になる。「広報」では、隊員の士気高揚につながる被災地支援活動のPR方法を議論する。

 被災地支援に従事した陸海空3自衛隊の隊員は、24日までで延べ約730万人に上る。遺体収容作業にあたった隊員からは「悲惨な状況が夢に出てきて寝付けない」などの相談が寄せられているという。



http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110525/dst11052521190024-n1.htm
怒鳴られ、休めず…睡眠障害も 自治体職員ストレス深刻 
2011.5.25 21:16  産經新聞

 東日本大震災で復興や事故収束にあたっている人々の疲労が深刻な状態になっている。役所の窓口で、多様化する住民のニーズに対応している自治体職員の中には、先行きの見えない不安から、不眠に悩んだり、病休する人もいる。縁の下で働く人々の “燃え尽き”が懸念される。(高久清史、荒船清太)

 「なんでウチも使ってくれないんだ!」。宮城県石巻市役所3階の廊下で23日に見られた光景だ。声を荒らげていたのは地元で自動車整備業を営む50代の男性。その先には、市役所の男性職員がいた。

 男性は被災車両撤去事業の下請けを市や元請け業者に打診していたが、進展がなくいらだっていた。「そういった話は業者間で…」。職員の表情は明らかに疲れていた。

 別の窓口では、罹災(りさい)証明書の発行などを求める市民の列ができていた。ある職員は「1日に何百人と対応するが、思うように手続きが進まないことにいらだつ人もいる」。

 職員らも被災者だから、住民が焦る気持ちはわかるが、要望に応えきれないこともある。石巻市によると、職員約50人が死亡・行方不明となり、職員数は5月1日現在で約1750人。無事だった人の中にも、肉親が犠牲になったり、自宅が被災したりした人は多い。

 避難所から通勤している職員もいる。ようやくの休暇も自宅の後片付けなどに追われる。

強い責任感

 石巻市では希望した職員を対象に、国立国際医療研究センター国府台病院(千葉県)の「こころのケアチーム」によるカウンセリングを実施。その結果、30人超の職員が睡眠障害などの不調を訴え、約10人が病休することになった。

 チームの早川達郎医師は「『いつまでこの状態が続くのか』という先行きの不安が大きい。休養、睡眠が必要だが、職員は責任感が強く、『休むと同僚の負担が大きくなる』と休みたがらない」と心配する。

 災害後の自治体職員の心のケアは、平成16年の新潟県中越地震でも課題になった。新潟県によると、地震の約3カ月後には震災業務の担当者ら県職員約3千人のうち1割超に相当する約380人に、無気力や不眠などの「燃え尽き症候群」の症状が出たという。

称賛少なく

 「自治体の職員は仕事量が多いが、社会的になかなか称賛されない。住民の要求はさまざまで、ストレスがたまりやすい」。東北大大学院の若島孔文(こうぶん)准教授(臨床心理学)は指摘する。

 若島氏は遺体捜索に従事する第2管区海上保安部の潜水士らのケアにも携わっているが、潜水士の方がストレスを抱える可能性が高い一方、訓練を受けている上に社会からの称賛もあるため、ストレスによる不調が出ない局面も多いという。若島氏は「自治体職員のほうが心配だ」と懸念する。

 被災者のニーズは震災直後は食料、寝る場所といった生命維持に関するものが中心だった。だが復興へと進む中で、就職、生活支援、義援金の受給など多様化する一方だ。

 総務省が把握しているだけで、全国から約1万8千人の公務員が、被災地の自治体業務の応援に派遣されているが、職場環境の抜本解決には至っていない。

 早川氏は「被災地の自治体は組織的に休みを取得させる体制を作る必要がある」と訴える。一方、若島氏は「職員も被災者だということを周囲は理解すべきだ」と相互に思いやる雰囲気をつくることの大切さを指摘している。



http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110526k0000m040142000c.html
東日本大震災:301医療機関が休・廃止
毎日新聞 2011年5月26日 2時35分

 東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県の沿岸部で、全体の約15%にあたる計301の医療機関が休・廃止状態になり、うち31機関は廃止されたことが各保健所への取材で分かった。仮設の診療所で対応する施設も20機関あり、入院患者を受け入れられないなど本来の機能を果たせない施設もある。もともと医師不足が深刻だった地域に、震災がさらに打撃を与えている状況が浮かんだ。

 3県沿岸部の11保健所(2区15市22町7村所管)に23~25日、管内の120病院と1933診療所の状況を尋ねた。その結果、計2053医療機関のうち12病院と289診療所が機能を停止。うち26診療所は廃止届を出し、5診療所は事実上の廃止状態という。

 休止届を出したのは計18機関だが、それ以外は保健所職員や医師会などが休止状態と認定。さらに5病院と15診療所は津波被害で使えず、別の場所の仮設診療所で対応。保健所が状況を確認できていない診療所もあり、実際の機能停止割合はさらに高いとみられる。

 こうした医療機関の医師は、別の病院の応援や避難所での診療などにあたるが、死亡したり、遠方に避難した医師もいる。看護師らが集まらず、再開できない機関も多い。【加藤隆寛】



http://news.nna.jp/free/news/20110526thb002A.html
医療チーム、福島から帰国:大使公邸で感謝の集い[医薬]
タイ 2011年5月26日(木曜日)NNA (News Net Asia) ニュース

在タイ日本国大使館は24日、東日本大震災で被災した福島県内での医療支援活動を終え帰国したタイ人医療チームのメンバーらをバンコクの大使公邸に招き、感謝の集いを開催した。日本側からはタイを訪問中の菊田真紀子外務大臣政務官らが参加した。同政務官は「タイから日本への暖かい支援に対し、深く感謝している」と謝意を述べ、「日本は復興しさらに信頼されるすばらしい国になる」と続けた。【濱田祐梨子】

医療チームは、クイーンシリキット・チャイルドヘルス国立研究所(QSNICH)のナリット医師とルンティワー看護師の2人。第1陣として今月9~19日、受け入れ先の福島県立医科大学の医師と連携し、福島県内の各避難所を巡回し、児童ら76人を診療した。

ナリット医師は、「子供たちは学校に通い始めたり、仮設住宅に引っ越したり、徐々に環境が整い、復興に向かっているようだった。派遣前に心配していた感染症などの深刻な病気もみられず、安心した」と語った。

ルンティワー看護師は「現地を訪れ、改めて今回の震災の深刻さを実感した。ただ、苦難の中、助け合っている日本人の姿に感動した」と現地の様子を振り返り、「日本のために微力ながら働けたことを光栄に思う。日本人の医師らと一緒に働いた経験を、今後タイで生かしていきたい」と続けた。

第2陣の医療チームが今月19日に福島県に入っており、来月3日まで活動を行う予定だ。

■日本訪問が日本支援に

感謝の集いではまた、日本視察ツアー「Japan……Our Best Friend」を実施したタイ旅行代理店連合(TTAA)のチャルーン会長がツアーの様子を紹介し、安心して日本を訪問できることを説明。「日本訪問が日本の支援につながることを、積極的にタイ人に伝えていく」(同会長)と述べた。

ほか、震災後の日本を応援する歌を作成した音楽・芸能最大手GMMグラミー(GRAMMY)の芸能人や、民放チャンネル3の訪日特化型旅行番組「Say Hi!」の関係者らも出席し、日本への思いを語った。

■EGATにも謝意

菊田政務官は25日、タイ発電公団(EGAT)のスタット総裁と会談し、東京電力へのガスタービン発電設備貸与について感謝を述べた。

発電基は1基目が今月9日に、2期目が15日に東部レムチャバン港を出発。1基当たりの出力は約12万キロワットで、それぞれ川崎火力発電所と大井火力発電所に設置され、8月に稼動を開始する予定だ。
  1. 2011/05/26(木) 05:41:58|
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