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Doctor G 3 のメディカル・ポプリ

地域医療とプライマリケア、総合診療などに関係したネット上のニュースを記録。医学教育、研修、卒後キャリア、一般診療の話題、政策、そしてたまたまG3が関心を持ったものまで。ときどき海外のニュースも。

4月29日 震災50日目

http://www.iwate-np.co.jp/school/school/201104/s201104292.html
403人「被災地の力に」 岩手医大で入学式
(2011.4.29) 岩手日報

 盛岡市の岩手医大(小川彰学長)の入学式は28日、同市内丸の県民会館で行われた。同大付属病院の医師たちは東日本大震災後すぐに被災地の急性期医療に携わり、災害医療の司令塔として多くの命を救った。今も診療支援を中心に被災者を支え続ける。震災の年に医学の門をたたいた入学生403人は、被災地のために尽力する先輩たちのように、将来の地域医療を担う決意を新たにした。

 保護者や関係者ら約600人が出席。式に先立ち、震災の犠牲者に黙とうをささげた。入学生を代表して柳沢基さん(20)=神奈川・桐蔭学園高卒=ら3人が「建学の精神と学則にのっとり、学生の本分を全うすることを誓う」と宣誓した。

 医療人を目指し一歩を踏み出した入学生の思いは被災地へと向く。佐々木航人さん(18)=盛岡一高卒=は「震災で地域医療を崩壊させてはいけないという使命感がより強くなった」と話し、佐藤貴紀さん(18)=花巻北高卒=は「避難生活が長引くと被災者の心身の負担が大きくなるだろう。心を癒やすことのできる医師になりたい」と意気込む。

 杣(そま)理華子さん(18)=盛岡一高卒=は「今すぐ直接的な支援ができないのが歯がゆい。被災地の力になるためにしっかり学びたい」と決意し、下山賢さん(19)=同=は「震災で何もできず、悔しい思いをしたが、きょうようやく医療に携わるスタートラインに立てた」と喜んだ。

 小川学長は「本学は県の災害拠点病院のセンターとして、極めて早く効率的に災害医療態勢を確立し、司令塔としての実務を担った。地域医療の再生には幾多の困難と長い年月を要する。今後とも大学を挙げて最大限の努力をしていく」と述べ、「医療人の基本である人格形成に努めてほしい」と入学生を激励した。

 入学生の内訳は、地域枠(特別推薦試験)15人を含む医学部120人(県内高校出身者27人)、歯学部52人(同17人)、薬学部167人(同93人)など。



http://mainichi.jp/area/fukuoka/news/20110429ddlk40040336000c.html
東日本大震災:「被災地は予想以上に混乱」 北九州の医師や消防士、活動報告 /福岡
毎日新聞 2011年4月29日 地方版〔北九州版〕

 ◇負担かけずに/看護師や薬剤師の支援も

 東日本大震災の被災地で医療支援に当たった医師や消防士の活動報告会が27日夜、小倉北区で開かれた。それぞれ写真や映像を見せながら被災地での活動を説明。「被災地は予想以上に混乱している。被災地に負担をかけない自己完結型の医療支援が必要」「医師だけでなく看護師や薬剤師の支援も必要」などの指摘が出された。

 「北九州災害・救急医療フォーラム」などが主催し、救急医療に携わる医師や看護師などが参加した。

 健和会大手町病院(小倉北区)の西中徳治医師は3月17~20日に宮城県塩釜市の総合病院で行った診療支援活動を報告した。病院は被災を免れ、震災直後は通常の5倍の救急搬送が集中したという。その上で「我々の任務は病院のスタッフを休ませることだった。医師だけでなく、看護師や送られてくる薬剤を管理する薬剤師の支援も必要」と語った。

 北九州市消防局消防航空隊は発生翌日から、岩手県や宮城県の沿岸でヘリを使って孤立者の救助や病人の搬送活動に当たった。椛嶋健二隊長は、津波の恐れがあったため、海岸での行方不明者の捜索を航空隊が担当したことなどを報告した。

 また、日本医師会が派遣する災害医療チーム「JMAT」の一員として3月20~22日に茨城県高萩市と北茨城市に入った市立八幡病院の伊藤重彦副院長は「避難者の診療や薬がなくて困っているなどの相談に当たり、次に医療活動に当たるチームがすぐ分かるように治療の内容を書いて残してきた」などと話した。【佐藤敬一】



http://mainichi.jp/area/okayama/news/20110429ddlk33040534000c.html
東日本大震災:現地医師の支援/長期的な体制を 県医師会、報告会で意見 /岡山
毎日新聞 2011年4月29日 地方版 岡山

 岡山県医師会が東日本大震災の被災地へ派遣している「日本医師会災害医療チーム(JMAT)おかやま」の報告会が27日、中区の岡山衛生会館であった。医師会は先月12日から福島県いわき市などに医療チームを送った。同24日からは宮城県石巻市へ計10チームが継続的して派遣されている。報告会では「現地の開業医への支援が必要」「長期支援の体制整備を」--などと派遣された8チームから意見が相次いだ。

 JMATおかやまは医師と看護師、薬剤師など4人程度で医療支援チームを構成する。石巻市では、石巻日赤病院を拠点に活動し、県医師会のチームは決められた地域支援が割り振られ、引き継ぎがスムーズに行われるようにシステムが整っているという。

 4月11~15日に派遣されたさとう記念病院(勝央町)の稲田洋院長の報告では、災害による外傷の症例は少なく、上気道炎やアレルギー性疾患などが多かったという。稲田院長は報告で「ボランティアの受診も多く、自らの健康管理が必要。今後はリハビリテーションや介護の必要性が増してくるだろう」と話した。

 同医師会では、石巻市へ5月末まで医療支援チームを継続して派遣する予定。【石井尚】



http://www.chunichi.co.jp/article/mie/20110429/CK2011042902000127.html
被災時、精神障害の子のケアは 福祉避難所の準備が大切
2011年4月29日 中日新聞 三重

 東日本大震災の被災地で、ストレスをためやすい精神障害や情緒障害の子どものケアが課題となっている。震災後、宮城県に派遣された児童精神科専門病院・三重県立小児心療センターあすなろ学園(津市)のスタッフは、障害者らが安心して暮らせる福祉避難所の必要性を訴える。

 同学園の医師と職員ら4人は19~24日、県の「心のケアチーム」の一員として宮城県石巻市で活動した。避難所を巡回し、震災のショックや避難生活の負担で心的外傷後ストレス障害(PTSD)などに苦しむ被災者の支援に当たった。

 全国から保健師らが集まり態勢は十分だったが、スタッフが気になったのは精神障害の子どものようす。精神保健福祉士の資格を持つ同学園医療部主幹の山下亨さん(51)は見知らぬ人同士が肩を寄せ合う避難所を「ざわざわしていて、適応能力が低い子どもには厳しい環境だった」と振り返る。

 自閉症などの子どもはストレスをうまく伝えることができない。山下さんは「発達障害の男の子が人との接触を避けようと、体育館の隅でずっと音楽を聴いていた。声を掛けたが、逃げられてしまった」と被災地での苦い経験を思い返す。

 一方、石巻市は民間の社会福祉法人などの協力を受け、精神障害者らを対象とした福祉避難所も開設した。視察すると家族が和室などでそれぞれのペースで避難生活を送っていた。「特性を理解してくれる人と過ごすことで本人も両親も心が休まる」と実感した山下さんは「震災時は三重にも福祉避難所が必要になる。日ごろから準備しておくことが大切だ」と話した。
◆県「対応これから」

 三重県内での福祉避難所の指定状況について、県は「各市町の状況を正確に把握していないが、これから手を付けなければならない分野」と対応の遅れを認める。

 県地震対策室によると、精神障害の子どもを含む在宅の災害弱者の受け入れ先をどう確保するかが課題となる。担当者は「障害者や介護が必要な高齢者にとって大切な取り組み。今後は民間の福祉施設との連携も求められる」と話している。 

 (鈴木龍司)



http://www.asahi.com/health/ikiru/TKY201104280279.html?ref=reca
被災の地から 人工肛門:上 苦い体験、避難ためらう
2011年4月28日 朝日新聞

 濁った海水がどんどん迫ってくる。ひざ下まで漬かって、ふと思った。

 「このまま、のまれようか」

 あの日、一瞬、死を覚悟した。1年ほど前の苦い体験がそうさせた。

 2010年2月、東北の太平洋沿岸に大津波警報が出た。南米チリ沖の地震の影響だった。

 宮城県亘理町の女性(44)は近くの学校に避難した。腹部に人工肛門(こうもん)(ストーマ)がある。07年に緊急手術で作られた。

 人工肛門は大腸がんなどの手術で作られることが多い。便を受ける袋がついた装具を、数日おきに交換する。人工肛門があることは、外見ではわかりにくい。他人に知られたくないと考える患者は少なくない。

 警報で急いで逃げた女性は、替えの装具を持つのを忘れてしまった。いつまで避難が続くのか。予備の装具はあるか。避難所の町職員に人工肛門の患者への対応を尋ねた。ふだん他人に打ち明けることはまずないが、聞くしかなかった。

 職員は「自分で用意して下さい」と言った。「何のための役人か」と腹が立った。数時間後に帰宅できた。そして、心に決めた。「もう避難はしない。家にいたほうがましだ

 今年3月11日の大地震のとき、女性は自宅にいた。「ゴォーッ」という音をたてながら、木造の家が縦にも横にも揺れた。揺れが収まった後、外出先から両親が帰ってきた

 町の防災無線が大津波警報を伝え、避難を呼びかけていた。

 女性が「先に避難して」と促すと、父(76)は避難所に向かった。母(74)は動こうとせず、「あんたは行かないの?」と聞き返してきた。「いろいろ大変だから」と言葉を濁した。

 避難してつらい思いをするより、危なくても家にいよう。娘のそんな胸中を、去年のことを知る母は悟ったのだろう。そう気づいた女性は、自分を置いて逃げようとしない母を2階に追い立てた。

 女性が1階に携帯電話を取りに戻ろうとしたとき、台所のほうから階段まで一気に津波が押し寄せてきた。

 「このまま……」。すぐに思い直し、階段を駆け上がった。

 「母を助けないと」

 (南宏美)



http://www.asahi.com/health/ikiru/TKY201104290199.html
被災の地から 人工肛門:下 わかってくれる人がいる
2011年4月29日 朝日新聞

 3月11日の大地震の後、人工肛門(こうもん)(ストーマ)を持つ宮城県亘理町の女性(44)は、押し寄せる津波に、一瞬、「このままのまれようか」と思った。思い直して母(74)と一緒に自宅の2階に逃げ、夜を明かした。

 翌日の午後、自衛隊ヘリで救助された。先に避難させた父(76)と再会し、学校の体育館での生活が始まった。

 便を受ける装具の替えを、今回も自宅から持ち出せなかった。避難所の町職員が用意してくれたが、交換に40分はかかることが問題だった。

 他の人が寝静まってから、避難所スタッフに「ストーマがあるのでトイレを長時間使いたいんです」と声をかけた。「ストーマって何?」。口々に尋ね合うスタッフたち。「世の中こんなもんか」と思った。

 人工肛門があると、本人の意思に関係なく便やおならが出る。臭いや音を気にして外出を控える人は多い。女性もそうだった。他人がすぐ隣で寝起きする生活に強いストレスを感じた。もらった装具は使い慣れたものと違い、「便が漏れたら」という不安が募った。

 そんなとき、宮城社会保険病院(仙台市)の看護師、大網(おおあみ)さおりさん(38)が巡回に来た。人工の肛門や膀胱(ぼうこう)を持つ人のケアが専門だ。

 津波にのまれようかと思ったこと、避難所スタッフの対応に傷ついたこと。個室で1時間ほど、2人で話をした。

 臭いのことも、装具に接する皮膚のかぶれのことも、すぐに対処法を教えてくれた。「わかってくれる人がいる」と思うと気持ちが楽になった。装具の交換には、避難所の個室を借りられることになった。

 大網さんは実感した。「排泄(はいせつ)は人間の尊厳にかかわるのに、人工肛門や人工膀胱を持つ人の尊厳は後回しにされている」

 1週間後、再び大網さんが避難所を訪れた。「ここでいいから」。女性は他の避難者がそばにいる自分のスペースで最近の体調を話した。大網さんには前回より穏やかな表情に見えた。

 4月、女性は別の避難所に移った。いつ仮設住宅に入れるかはわからない。また大災害が起きたとき、「自分と同じ思いをする人がいないように」と願っている。(南宏美)
  1. 2011/04/30(土) 05:10:42|
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4月27日 医療一般

http://www.medscape.com/viewarticle/741496
From Medscape Medical News
Fewer Medical Students Choosing General Internal Medicine Careers
Emma Hitt, PhD

April 25, 2011 ― Compared with graduating medical students in 1990, students in 2007 were more satisfied with internal medicine (IM) training but were more likely to select a subspecialty rather than chose general practice in IM, a new study has found.

Mark D. Schwartz, MD, from the New York University School of Medicine, New York City, and colleagues reported their findings in the April 25 issue of the Archives of Internal Medicine.

"The United States faces a troubling shortage in its primary care medical workforce," Dr. Schwartz and colleagues note, and add that "the United States is not prepared to meet the health care needs of the growing number of older adults."

According to the researchers, earlier studies indicated that the number of medical students matching into IM residency positions decreased 32% from 1985 to 2008. Furthermore, the number of US students selecting residency training in primary care IM decreased by 54% between1999 (575 US medical students) and 2008 (264 US medical students.) In addition, those choosing to practice general IM after residency training declined from 54% in 1999 to 20% in 2008.

In the current study, the researchers sought to compare responses from a secondary analysis of 2 similar surveys of senior medical students: one conducted in 1990 (1244 students at 16 schools; response rate, 75%), and the other conducted in 2007 (1177 students at 11 schools; response rate, 82%).

A similar proportion of students planning careers in IM, including both general and subspecialty careers, was reported in 1990 (24%) and 2007 (23%); however, plans to practice general IM dropped from 9% to 2% (P < .001). The researchers also found that the appeal of primary care as an influence toward IM declined from 57% to 33% (P < .001) from 1990 to 2007.

They also found that more women surveyed in 2007 than in 1990 (52% vs 37%; P < .001), and that there was greater educational debt (mean, $101,000 vs $63,000; P <.001).

Both cohorts thought that workload and stress were greater in IM than in other fields; however, more students in 2007 reported a high level of satisfaction with the IM clerkship (78% vs 38%; P < .001). In addition, students in 2007 felt that opportunities for meaningful work in IM were greater than did students in 1990 (58% vs 42%; P < .001).

"Persistent unfavorable perceptions of income disparity, workload, and stress appeared to counter the gains from perceptions of meaningful work," Dr. Schwartz and colleagues note.

They also pointed out that the income gap between generalist and subspecialist physicians is now nearly 3-fold what it was, resulting in an income disparity of $3.5 million throughout a 40-year career.

Limitations of the study include its self-report survey design, which can introduce social desirability bias; the possibility that the samples did not accurately represent the demographics of graduating classes from 1990 and from 2007; the inability to assess the influence of becoming a hospitalist on career choices for students, as that specialty was unavailable in 1990; and a lack of appreciation of the differences between general and subspecialty IM by some medical students.

"To rebuild the generalist physician workforce, improving students' experience of IM in medical school is no longer sufficient," the authors conclude. "Bolder payment and practice reform will be required to reduce the remuneration gap between primary care and subspecialty physicians and to address the adverse work conditions in general IM that students identify in clerkships."

The 1990 study was funded by the American College of Physicians and the American Board of Internal Medicine. The 2007 study was supported by the Shadyside Hospital Foundation of Pittsburgh, Pennsylvania, and the American Board of Internal Medicine Foundation. The authors have disclosed no relevant financial relationships.

Arch Intern Med. 2011;171:744-749.



http://blogs.wsj.com/health/2011/04/25/med-students-like-internal-medicine-ok-primary-care-not-so-much/?mod=WSJBlog&mod=WSJ_health
WSJ BLOGS / Health Blog : WSJ's blog on health and the business of health.
Med Students Like Internal Medicine OK. Primary Care? Not So Much.

By Katherine Hobson
APRIL 25, 2011, 5:47 PM ET

Despite some efforts to make primary care more appealing to med students and residents, there’s still a shortage of those doctors looming ― particularly with more people gaining coverage under the health-care overhaul law.

A study just published in the Archives of Internal Medicine compares med students’ attitudes about internal medicine careers in 1990 and 2007. And it finds that while about the same percentage of med students ― 23% in the earlier survey of 1,244 students, and 24% in the later survey of 1,177 students ― plan internal med careers, the proportion planning to go into primary care fell to 2% from 9%.

And the appeal of primary care as a reason to go into internal medicine fell to 33% from 57%.

Med students are “drawn more to what they see from specialties,” Mark Schwartz, a study author and associate professor of medicine at NYU Langone Medical Center, tells the Health Blog.

Med schools have made efforts to improve the quality of the internal-med educational experience, Schwartz says. But there may not be much more room for them to boost the appeal of the career ― not when there’s an estimated $3.5 million lifetime income gap between generalist and sub-specialist doctors, and the average respondent in the 2007 survey reported $101,000 in educational debt.

To significantly shore up the appeal of primary care with more money and improved work-life balance, “bolder payment and practice reform” are necessary, the authors write:

Such policies include expanding scholarships and loan repayment opportunities for those choosing primary care training and practice, addressing physician work-life concerns by carefully designing patient-centered medical home models to reward visits that are not face-to-face and promote a satisfying and sustaining clinician experience and helping primary care physicians slow the productivity treadmill by shifting away from the fee-for-service system driven by volume incentives to one driven by value incentives.

The authors note that many of those measures are part of pilot programs included in the health-care overhaul law.

As the WSJ has reported, however, where the rubber meets the road on incentives ― at least for Medicare, which also drives Medicaid and private reimbursement ― is the Relative Value Scale Update Committee, known as RUC, which is made up of physicians who decide how to divvy up the Medicare pie between types of procedures and visits.

Any tipping of the financial balance from specialties to primary-care doctors would likely have to take root there, and primary-care docs have argued that the makeup of the committee makes that unlikely.



http://archinte.ama-assn.org/cgi/content/abstract/171/8/744
Changes in Medical Students' Views of Internal Medicine Careers From 1990 to 2007
Mark D. Schwartz, MD; Steven Durning, MD; Mark Linzer, MD; Karen E. Hauer, MD
Arch Intern Med. 2011;171(8):744-749. doi:10.1001/archinternmed.2011.139
April 25, 2011

Background The United States faces a shortage of primary care physicians and declining number of medical students choosing primary care careers.

Methods We conducted a secondary analysis of 2 similar national surveys of senior medical students from 1990 and 2007 that addressed student characteristics, specialties chosen, clerkship experiences, perceptions of internal medicine (IM) compared with other specialties, and influential aspects of IM. We compared responses from 1990 and 2007 by analyzing a merged data set of identical items from the 2 surveys (65% of the items).

Results The total sample of 2421 students comprised 1244 at 16 schools in 1990 (response rate, 75%) and 1177 at 11 schools in 2007 (82%). In 2007, there were more women (52% vs 37%, P < .001) and more educational debt (mean, $101 000 vs $63 000, P < .001). Similar proportions of students planned IM careers (23% vs 24%), although plans to practice general IM dropped from 9% to 2% (P < .001). The appeal of primary care as an influence toward IM declined from 57% to 33% (P < .001). More 2007 students reported high satisfaction with the IM clerkship (78% vs 38%, P < .001). Both cohorts thought that workload and stress are greater in IM than in other fields. Students in 2007 felt that opportunities for meaningful work in IM were greater than did students in 1990 (58% vs 42%, P < .001).

Conclusions More students in 2007 than in 1990 viewed IM as a potentially meaningful career. However, the 2007 students had higher debt, more negative perceptions of workload and stress in IM, and less career interest in general IM. To rebuild the generalist physician workforce, improving students' experience of IM in medical school is no longer sufficient. Bolder reform will be required to improve the educational pipeline, practice, and payment of generalist IM physicians.



http://www.oita-press.co.jp/localNews/2011_130386664902.html
地域医療の現状学ぶ 大分大医学科6年生
[2011年04月27日 10:06] 大分合同新聞

91歳の男性宅を訪問し、診察をする豊後大野市民病院で実習中の石垣さん

 大分大学医学部医学科6年生が県内の8病院・診療所で2週間の実習を積む「地域医療実習」が本年度からスタートした。豊後大野市では、緒方町の市民病院(坪山明寛院長)が対象になっており、7月までに17人の“医師の卵”が地域医療の現状を学ぶ。

 実習は、学生が受け入れ先で医師と一緒に診療にあたる中で、地域医療の現状と課題を学ぶとともにやりがいを感じてもらうのが狙い。都市部の病院に医師が集中することによる地域医療の崩壊が全国的に問題になっており、同大学は「地域住民のために汗をかく医師の姿や、医者と患者の信頼関係をじかに見ることで、地域医療に貢献するモチベーションが生まれれば」としている。
 市民病院で“第1陣”として、19日から実習を行っているのは、稲田浩気さん(24)=熊本県出身、石井悠海さん(23)=大分市出身・石垣俊さん(25)=大阪府出身=の3人。指導医と一緒に風邪や腹痛などの一般的な病気の診察をしたり、患者の自宅への訪問看護などを行っている。
 「地域では、医者と患者の間に強い親密な関係が築かれている。都市部と違って病院が少ないので、より病院が頼りにされているんだと実感した」と3人は口をそろえる。
 医師になったら地元の大阪で働くことを考えていた石垣さんは、訪問看護で緒方町の91歳男性の自宅を訪ねた。看護師と男性が朗らかに交わす会話や診察中の男性がリラックスした様子から、「大学病院の患者よりも心を開いている」と感じたという。帰り際には男性から「(医者になったら)こっちに来てほしいなあ。頑張ってな」と声を掛けられた。「地域で働くという選択肢も生まれた。期待に沿えるよう頑張りたい」と笑顔で答えた。
 坪山院長は「地域には、人と人の触れ合いという医療の原点がある」と強調。「実習を通じて、いずれは地域に残りたいという人材が生まれてほしい」と期待を寄せている。



http://news.e-expo.net/world/2011/04/post-118.html
二日酔いの外科医はミスが多い
2011年4月27日 10:24 [治療]|[医療全般]

 手術前夜に過剰飲酒した外科医は、翌日の午後4時ごろになってもミスを犯す可能性が高く、ミスの発生率はランチタイムのころが最も高いことが、アイルランドの研究で示された。航空機のパイロットには搭乗前の飲酒規制ルールが適用されるが、外科医には施術にあたっての規制は存在しない。

 アイルランド、ユニバーシティ・カレッジ・コーク校医学部ヒューマンファクター(人間工学)教授のTony Gallagher氏らは、外科医に非常に高度な認知力と知覚力を要求する低侵襲の腹腔鏡手術に着目し、2つの研究を実施した。1つ目の研究では、腹腔鏡スキル初心者である科学専攻大学生16人を対象に、模擬手術の前夜に禁酒、あるいは酔った状態になるまで飲酒させた。2つ目の研究では、専門医8人に飲みたいだけ飲むことを許可した。

 飲酒指示の有無にかかわらず、被験者をディナーに集め、同席した1人以上の研究者が酩酊度を調べた。専門医は全員、ベースライン(基準度)を調べるためディナー前日に、バーチャルリアリティを利用した低侵襲手術トレーニングシステム(MIST-VR)を用いて模擬手術を実施した。ディナー翌日の午前9時、午後1時、4時に、両群ともに同システムを用いて模擬手術を実施した。

 研究の結果、学生の飲酒群と禁酒群の指定時刻でのスコアに有意差はなかったが、飲酒者のほうがミスは多かった。専門医でも飲酒に関係する同様の問題がみられたが、差は午後1 時にピークに達し、午後4時までには横ばい状態になった。ミスは1日中みられたが、午後1時時点で統計学的に有意であった。また、過剰飲酒の翌朝はベースラインよりも手技の速度が速かったが、研究者らによればこれは「抑制の喪失」によるものという。禁酒した対照群の学生ではディナー前後のミスの発生率に差がみられなかった。

 Gallagher氏は「外科医やその他の医療従事者は手術前夜に過剰飲酒してはならないことは明白である。過剰の定義は、外科医団体が定義する必要のある問題である」と述べている。研究結果は、医学誌「Archives of Surgery(外科学)」4月号に掲載された。(HealthDay News 4月18日)

http://consumer.healthday.com/Article.asp?AID=652032
Copyright (c) 2011 HealthDay. All rights reserved.

Arch Surg. 2011 Apr;146(4):419-26.
Persistent next-day effects of excessive alcohol consumption on laparoscopic surgical performance.
Gallagher AG, Boyle E, Toner P, Neary PC, Andersen DK, Satava RM, Seymour NE.
MRCS, National Surgical Training Centre, Royal College of Surgeons in Ireland, RCSI House, 121 St Stephen's Green, Dublin 2, Ireland. emboyle@rcsi.ie.

OBJECTIVE: To examine the effect of previous-day excessive alcohol consumption on laparoscopic surgical performance.

DESIGN: Study 1 was a randomized controlled trial. Study 2 was a cohort study.

SETTING: Surgical skills laboratory.

PARTICIPANTS: Sixteen science students (laparoscopic novices) participated in study 1. Eight laparoscopic experts participated in study 2.

INTERVENTIONS: All participants were trained on the Minimally Invasive Surgical Trainer Virtual Reality (MIST-VR). The participants in study 1 were randomized to either abstain from alcohol or consume alcohol until intoxicated. All study 2 subjects freely consumed alcohol until intoxicated. Subjects were assessed the following day at 9 am, 1 pm, and 4 pm on MIST-VR tasks.

MAIN OUTCOME MEASURES: Assessment measures included time, economy of diathermy use, and error scores.

RESULTS: In study 1, both groups performed similarly at baseline, but the alcohol group showed deterioration on all performance measures after alcohol consumption. Overall, although the time score differences between the 2 groups were not statistically significant (P = .29), there was a significant difference between the 2 groups' diathermy (P < .03) and error (P < .003) scores. There was also a significant effect for time of testing (P < .003), diathermy (P < .001), and errors (P < .001). In study 2, experts demonstrated a similar postalcohol performance decrement for time (P < .02), diathermy (P < .001), and error scores (P < .001).

CONCLUSION: Excessive consumption of alcohol appeared to degrade surgical performance the following day even at 4 pm, suggesting the need to define recommendations regarding alcohol consumption the night before assuming clinical surgical responsibilities.

PMID: 21502449 [PubMed - in process]


http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110427/crm11042714330015-n1.htm
新潟大、副学長を解任「医療機器の不正契約に関連」
2011.4.27 14:31 産經新聞

 新潟大(新潟市)が永山庸男副学長(55)を解任していたことが27日、大学関係者への取材で分かった。3月31日付。大学は理由を明かしていないが、関係者は「医療機器の不正契約問題に関連している」と話している。

 大学は4月22日、50代の男性教授が学長の公印が押された偽の公文書を作成し、数十億円の医療機器の購入契約を業者と結んでいたと公表。有印公文書偽造・同行使の疑いで、近く刑事告訴する方針。

 永山氏は平成20年2月から副学長を務めていた。



http://www.shikoku-np.co.jp/kagawa_news/locality/article.aspx?id=20110427000148
13年4月に開院/統合善通寺病院、29日起工
2011/04/27 09:30 四国新聞

 国立病院機構は26日、善通寺病院(香川県善通寺市仙遊町)の敷地内に同病院と香川小児病院(同市善通寺町)を統合して整備する新病院について、2013年4月1日に診療を開始する方針を明らかにした。29日に新病院の起工式を行う。

 同機構は当初、統合時期を14年度中としていたが、地元の要望などを受けて計画を前倒し。病棟の完成時期を12年12月と1年程度早めたことに伴い、開院予定時期を翌春とした。

 新病院は一般452床、重症心身障害215床を含む全687床、32診療科を持つ同機構の四国での基幹病院。急性期医療や成育医療の中核施設として機能強化を目指す。

 新病棟は鉄筋コンクリート地下1階、地上7階建ての免震構造で、現在の病棟の西側に整備する。設備棟とレストラン棟を合わせた総建築費は約99億円。新病棟の北側には県教委が県立善通寺養護学校を移転整備する。



http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-04-27/2011042702_02_1.html
公立病院の役割重い
参院委で山下氏 指針見直し要求

2011年4月27日(水)「しんぶん赤旗」

 参院総務委員会は26日、東日本大震災の被災者向けの支援策を盛り込んだ地方税法改正案を全会一致で可決しました。

 採決に先立つ質疑で日本共産党の山下芳生議員は、震災を踏まえて公立病院の縮小・統廃合を進めてきた総務省の「公立病院改革ガイドライン」を見直すよう求めました。

 山下氏は、全壊した8病院のうち6病院が公立病院だと指摘。「沿岸過疎地で救急を担い、過疎地の医療を支えてきた地域の基幹病院だ」と強調するとともに、多くの病院が地震直後から、(1)入院患者の避難(2)緊急の治療・救命(3)患者・住民に対する救護・医療(4)安全な場所への患者の移送 (5)医療支援チームの取りまとめ―などの役割を果たしてきたと紹介しました。

 これにたいし、大塚耕平厚労副大臣は、「(公立病院は)地域における極めて重要なインフラだ」と表明。片山善博総務相は「指摘の通り。民間の医療機関では採算の取れない医療をカバーしていた」と述べました。

 山下氏が「地方自治体が復興計画を作成する際に、公立病院の位置づけを高める必要がある」と提起したことにたいし、片山氏は「当面の再生を急ぐとともに、災害に強い病院体制をいかに確保するかを念頭において計画を作ってほしい」と答えました。

 山下氏は、総務省が、各自治体に「改革プラン」を作らせ、公立病院の縮小、再編、統合を進めてきたことを批判。ガイドラインを見直すよう求めました。

 片山氏は、「震災の教訓を踏まえ、プランが妥当かどうか点検してほしい」と答えました。
  1. 2011/04/28(木) 05:28:29|
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4月27日 震災48日

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110427-OYT1T00030.htm
被災者が病院転々、情報伝達不足でトラブル続出
(2011年4月27日03時05分 読売新聞)

 東日本大震災の医療活動で、患者情報の伝達不足によるトラブルが相次いでいたことが分かった。

 病院や避難所を転々とする被災者が続出し、病院や高齢者施設が患者らの転院先や死亡情報を把握できなかったり、病状が引き継がれないまま患者が死亡したりした。事態を重視した厚生労働省では、患者情報の伝達を徹底するよう自治体に通知。大規模災害時の医療情報の取り扱いは今後も大きな課題になりそうだ。

 宮城県石巻市の石巻赤十字病院では震災直後、南三陸町の公立志津川病院に脳梗塞などで入院していた千葉茂さん(85)を受け入れた。家族によると、約1週間後に問い合わせたが「該当者はいない」と回答。今月中旬、宮城県警から「搬送から4日後に石巻赤十字病院で亡くなった」と聞かされた。病院関係者は「震災後に安否情報センターを設けたが、混乱で患者の情報を十分に管理できなかった」と話す。

 南三陸町の特別養護老人ホーム「慈恵(じけい)園」では震災直後、病院などに搬送された10人以上の入所者の所在が一時つかめなくなった。搬送される入所者の腕に氏名、生年月日を書き込んだ医療用テープを貼っており、家族らと複数の病院などを探し、4月上旬ようやく全員の所在が判明した。

 福島県でも3月中旬、大熊町の双葉病院に入院するなどしていた高齢者ら21人が避難所への搬送中や搬送後に亡くなった。県によると、避難所にいた医師らに症状がうまく引き継がれなかったことなどが原因だという。厚労省は、都道府県を通じて被災地の医療現場に、避難所などに患者を搬送する際、病状や服用する医薬品などの引き継ぎを徹底するよう依頼した。



http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ibaraki/news/20110426-OYT8T01096.htm
震災被害額 医療施設は137億円以上
(2011年4月27日 読売新聞)茨城

今も一部で診療制限

 東日本大震災による県内の医療施設の被害額が137億円以上に上ることが県のまとめでわかった。全体の9割以上の施設で被害が出ており、最終的な被害額は200億円を超える見通し。震災から1か月以上たった今も一部で診療を制限している医療機関もあり、被害の深刻さが改めて浮き彫りとなった。

 20床以上の医療機関の被害状況を調査し、14日までの状況を26日の県議会保健福祉委員会で報告した。

 それによると、県内185の病院うち171病院で天井ボードの崩落や内外壁のひび割れ、配管設備の破損などの建物被害を受けた。被害額はこれまでに判明しているだけで約127億円。調査途中のため「不明」としている医療機関も多く、今後さらに増える見通しだ。また、このうち74病院ではMRI(磁気共鳴画像)や放射線治療装置などの医療機器も被害を受け、建物とは別に約10億4000万円の被害が出ている。

 停電や断水も影響し、震災後は診療を制限する医療機関が相次いだ。震災から3日後の3月14日時点では、93の救急告示病院のうち44病院で入院患者を転院させたり、救急患者の搬送を軽症患者に限ったりするなどの対応に迫られた。

 発生から1か月以上過ぎた4月14日時点でも、17病院で一部制限を続けている。特に被害が深刻な筑西市民病院(筑西市)では全ての建物が使用禁止となり、プレハブで外来診療のみを対応。県北地域の災害拠点病院となる日製日立総合病院(日立市)も入院病棟など複数の建物が損傷したため、稼働病床を561床から200床以上減らしている。

 県医療対策課は「医師や病院間の連携で医療機能をなんとか維持できたが、施設には甚大な被害が出ており課題も見つかった。災害に強い医療施設の整備のため、反省点を検証していきたい」としている。

 一方、橋本知事と原中勝征・日本医師会長は26日、細川厚生労働相を訪ね、高度医療の充実などを目的に国が各都道府県に配分する地域医療再生臨時特例交付金について、上限額120億円を本県分として確保することなどを要望した。



http://www.ibaraki-np.co.jp/news/news.php?f_jun=13038107140074
筑西市民病院、3階以上撤去へ 秋にも入院棟新設
2011年4月26日(火) 茨城新聞

 東日本大震災で被災し「危険」と判断された筑西市民病院(同市玉戸、石川義典院長)の施設について、市は26日、特に危険な3~5階部分を撤去し、敷地内に軽量鉄骨のユニットを9月末~10月ごろをめどに新設、入院や手術に対応する方針を明らかにした。

 入院約50床を予定し「体制が整えば救急も受け入れたい」(同市)としており、建物撤去と新たな施設などで約4億5千万円を見込んでいる。

 震災後、同病院は入院患者74人を近隣の病院に転院させた。外来患者は現在、玄関前に設けた診療用のプレハブで対応している。3~5階撤去後は、待合室や医療事務室、診察室、検査室などがある1階部分のみ利用する。



http://mainichi.jp/area/ibaraki/news/20110427ddlk08040221000c.html
筑西市民病院:3階から上を撤去、入院病棟を新設--9月に復旧見通し /茨城
毎日新聞 2011年4月27日 地方版 茨城

 筑西市は26日、東日本大震災で柱を損傷し使用できなくなった5階建ての筑西市民病院(90床)の復旧について、3階から上部を取り壊して既存の一部を活用し、入院病棟を敷地に建てる方針を明らかにした。9月にも復旧の見通しだ。

 吉沢範夫市長が記者会見で発表した復旧方針によると、鉄筋コンクリート造り5階建ての本館の1、2階を残し3~5階を解体する。1階で従来通り外来患者を診療し、2階は安全対策の緩衝のために使用しない。部分解体によって耐震性は保たれるという。

 一方、敷地内に鉄骨造り平屋の病棟(約50床)を建て、手術室も併設する。解体費と合わせた総工費は概算で約4億5000万円を見込んでいる。病院によると、今月15日に基本設計を外注した。

 同病院は県西地区の2次医療を担っていたが、被災後、駐車場にテントを張って外来患者に処方箋を発行。3月24日からはプレハブの仮設棟で外来患者の診察を再開、今月20日には仮設棟に採血・点滴室も整えたが、本格復旧が課題となっていた。【安味伸一】



http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110427k0000m040168000c.html
東日本大震災:多機能携帯端末で感染症対策 岩手で開始
毎日新聞 2011年4月27日 2時30分

 東日本大震災の被災地で、スマートフォン(多機能携帯端末)を使ってインフルエンザなど感染症の蔓延(まんえん)を防ぐ取り組みを岩手県が始めた。沿岸部の避難所から毎日寄せられる症状別の患者数を内陸の中核医療機関で収集、流行の早期発見や封じ込めにつなげる狙い。ファクスやパソコンと比べ通信回線の制約が少なく、既にインフルエンザの早期収束に成功したケースも出ている。

 密閉された空間で多くの人が暮らす避難所は、感染症が発生しやすく、被災者の間で集団発生が懸念される。従来は、医療機関や学校を通じパソコンなどを使って感染症情報を集約していた。しかし、多数の医療機関が被災し、学校も避難所になるなど、把握が困難な状況に陥った。

 県は4月に入り、携帯電話会社の協力を得て、タブレット型と呼ばれる新書判ほどの大きさの端末50台を、200人以上が暮らす避難所を中心に無償で配布。加来浩器・防衛医大准教授が開発したシステムを利用し、インターネットで情報収集を始めた。避難所で治療に当たる医師や保健師が1日1回、避難者数とせきや下痢、発疹などの症状(8項目)がある患者の人数を入力。集約した情報は、関係者間で共有し、動向を監視している。

 岩手医大感染症対策室の桜井滋准教授によると、4月初め、避難所となっている同県山田町の高校で、体温が38度以上ある患者が急増。保健所や避難所の医師らと連携して患者の隔離や濃厚接触者へのインフルエンザ治療薬投与などを支援、感染の拡大を防いだ。

 桜井准教授は「このシステムを利用すれば、離れた場所からでもほぼリアルタイムに全体の動向や避難所ごとの状況を確認でき、早期に必要な支援が可能。さらに多くの避難所に協力を求めていきたい」としている。【林由紀子、清藤天】



http://www.m3.com/iryoIshin/article/135845/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
東日本大震災(支援の動き)
熊本赤十字病院に見る「自己完結型」救護
震災6時間後に「被災地に向けて前進」、陸路1600km、石巻へ

2011年4月27日 橋本佳子(m3.com編集長)

 「日赤本部とやり取りしていては時間を空費する。まず要員の決定と器材の選定、準備を行い、第一班 10人は3月11日21時に出発、第二班13人は3月12日0時に出発した。出発した時点では、『何はともあれ、北に向かう』ことを考え、目的地は定めていなかった。東名高速道路の厚木インターを過ぎた辺りで、石巻に行くことを決めた。熊本と石巻は実に1600kmの距離で、約40時間かかった」

 4月20日に、全国の日赤病院院長が集まり開催された、「日本赤十字社病院長連盟」の臨時総会「3.11 東日本大震災情報交換会」。熊本赤十字病院診療部長の宮田昭氏はこう語り、「『自己完結型』救援のあり方とは?」と題して講演した。総会では被災地の石巻赤十字病院と仙台赤十字病院のほか、支援側の代表として、熊本赤十字病院と名古屋第二赤十字病院が現状を紹介した。

 熊本赤十字病院が4月25日までに派遣したのは、延べ148人の医療者(医師39人、看護師39 人、コメディカル7人、管理要員63人)に上る。これは、職員数約1200人の1割以上に当たる数だ。現地に運んだ支援物資は、約90トン。費用は、すべて同病院の負担だ。日本赤十字社は、東日本大震災で義援金を集めているが、それらはすべて被災者支援に充てられるため、支援する側の医療機関への援助はない。

 目的を決めず北上、「時間を無駄にせず」

 全国の赤十字病院は、日本赤十字法に基づき、非常災害時などに救護に当たる救護員を置くことが求められている。熊本赤十字病院では、1チームは医師2人、看護師3人、管理要員3人を基本とし、計10チームを日ごろから準備。そのほか、特殊救護要員として、大型自動車免許やフォークリフト免許などを持ち、電気技能講習などを受けた「The Blue Guys」というスタッフも備え、年数回訓練している。「当院の救護班の体制は、他の病院よりも手厚い。災害医療では、通常診療とは違う様々なリスクが伴う。トレーニングを受けていない人がいくと、かえって危ないこともある」(宮田氏)。

 3月11日の第一班出発までの動きは早かった。地震発生後、院内にすぐに院長をトップとする対策本部を設置、テレビやインターネットなどで情報収集を始めた。「震災直後は、日赤本部も各日赤の支部も、被害の全体像を把握しておらず、どこに救護班を派遣していいかを指示できる体制になかったはず。指示を待っていたら、時間を空費する。『時間を無駄にしない、被災地に向けて前進する』のが院長の方針だった」と宮田氏は説明する。

 救護員として登録しているメンバーの中から、日常勤務の体制なども踏まえ、第一班の10人、第二班の13人を決定。第一班の救護班班長を務めたのが、38歳の外科医。トレーニングを積んでいるものの、初めての災害現場。国内では阪神・淡路大震災、海外ではスマトラ島沖地震などでの活動経験を持つベテラン医師も同行させた。また支援物資は、手が空いている職員全員を借り出し、医薬品から食料品など様々なものを準備した。

 第一班は、四輪駆動の緊急車両3台。「道が通れるかどうかも分からない。機動力、行動の自由を持つことが重要であり、万が一、何かあっても脱出できる体制にすることが必要」(宮田氏)。第二班は、10トントラック3台をチャーター、そのほか熊本赤十字病院が持つトラック2台(ウイング式とクレーン付き)なども出動。第一班と第二班は、携帯電話だけでなく、無線と衛星電話を持ち、連絡を取る体制にした。

今後も状況を見ながら支援継続


 当初は盛岡もしくは福島に行くことを想定していたが、仙台赤十字病院から、宮城県沿岸部の甚大な被害の状況を聞き、目的地を石巻赤十字病院に決定した。まず実施したのは、ニーズの評価。石巻赤十字病院のスタッフと共同して、避難所を回るなどして医療支援体制の検討をすすめた。

 その後、石巻では、14のエリアに分けて救護活動を行うようになり(『現地リポート、震災から3週間の石巻・女川の今』を参照)、熊本赤十字病院は、その一つのエリア、「東松島市成瀬地区」で定点医療、周辺地区の巡回診療、心のケア支援のほか、石巻赤十字病院の支援に当たっている。

 当初は陸路往復の負担が大きいため、現地滞在時間3日でローテーションしていたが、今は移動時間も含め7泊8日でローテーション。既に被災地に2回向かった職員もいる。「このまま余震が収まっていけば、2週間、1カ月単位でのローテーションに切り変えていくことが考えられる」と宮田氏は語る。

 熊本赤十字病院が担当する成瀬地区には、1病院と2診療所があったが、診療所は2つとも被災。「震災前も、病院の常勤医は実質的には1人で、非常勤医が来ていた。一番いいシナリオは、医療の内容が徐々に通常診療になっていくこと。我々は成瀬地区の医療が再建するまで支援を続ける。しかし、一方で、また大きな余震が起きるという悪いシナリオも考え得る。そうなれば、医療ニーズは増え、余震による精神的なダメージも相当大きいため、また大勢の医療チームを投入する。そのほか、石巻以外で支援を必要としている地域があれば、そこに向かう」(宮田氏)。

 「人、モノ、時間、院長(リーダーシップ)」が重要

 熊本赤十字病院では、国際用のERU(緊急対応ユニット)、ホークリフト、DISASTER  RESCUE車など、どこにでも駆けつけることができ、診療できる体制を備える。これは全国の赤十字病院の中でも、“重装備”だが、それは以前から災害医療に力を入れてきたからだ。かつ前述のように、震災初期の対応が終わっても、継続的にチームを派遣し、「成瀬地区」の医療支援を担当した。「たくさんのチームが入り、頻繁に入れ替わったら、コーディネートする側は非常に大変。引き継ぎもうまくいかない。『この地域はすべて熊本日赤が担当する』とし、責任を持って支援した」(宮田氏)。熊本赤十字病院においても、後方支援のためのミーティングを実施している。

 宮田氏は、「自己完結型」救護の重要性を説く。それは熊本赤十字病院のような装備の問題ではなく、第一は行動様式の問題だ。

 「寝袋、毛布などを背負ってきても、『荷物どこに置きましょうか』、『どこで仕事しましょうか』、『ご飯どこですか』と続き、『帰り道を教えてください』という人がいるが、一番やっても、やらせてもいけない例」(宮田氏)。

 宮田氏が言う「自己完結型」救援とは、「危機発生→経験→問題抽出→企画→開発→訓練→実働→問題抽出」という、サイクルを回せること。それには、「人、モノ、時間、院長(リーダーシップ)」が重要で、例えば「人」を育てるには、医療だけでなく、大型自動車免許や電気技能などの様々な技術の習得に加えて、訓練と経験が必要だという。

 さらに、宮田氏は、「全国数カ所に、日本赤十字社の本社・支部機能を介さず、即応的に救護活動をスタートする仕組みが必要」と指摘する。前述のように災害初期は、情報収集すらままならない中、本社・支部機能の指示を待っていては、対応が遅れるからだ。情報が集まり、地域全体のコーディネートが可能になれば、“司令塔”が必要になるが、それでも状況は日々変わり、臨機応変に対応していくことが求められる。「自己完結型」救援は、災害のどんなフェーズでも求められる姿勢と言える。



http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2011/04/20110427s01.htm
東日本大震災 医療救護支援/息の長い取り組みを望む 
2011年04月27日水曜日 河北新報 社説

 想定を超える地震津波被害に直面した医療従事者は、従来の災害医療の常識を覆されたような思いを抱いたという。宮城、岩手両県沿岸にある中核病院の中には、医師ら多くの職員が死亡、行方不明になったり、建物が使えなくなるなど医療の機能をすべて失った施設もあった。
 全国から100を超す支援班が現地入りして治療、搬送、薬の処方を施し、手薄な態勢を補った。避難所の巡回診療を行い、今のところ、疾患のある人が次々と連鎖的に命を落とすような事態は避けられている。
 病棟に寝泊まりして診察に当たった支援班、地元の医師らスタッフの奮闘をたたえたい。
 ただ、医薬品など物資が途切れたほか、特定の病院に患者が殺到する混乱も起き、行政と医療現場との情報共有や連絡調整の在り方が問われた。
 休診していた病院が診療を再開、支援班の引き揚げも一部で始まった。被災地の医療再生には長い道のりが予想される。継続的な治療と住民の健康に目配りできる息の長い取り組みを望みたい。
 災害発生から72時間以内は「急性期治療」に区分されて人命救助が優先され、各地の災害拠点病院が中心となった。
 拠点病院は緊急通信機を備え、災害派遣医療チーム(DMAT)など支援班の到着が早かったこともあり、初期対応は比較的スムーズだった。一方で必要な医療とミスマッチも起きた。
 チームは住民が倒壊家屋の下敷きになった阪神大震災を想定し、外傷患者への対応を主力としていた。
 現場で求められたのは心臓病など慢性疾患が悪化した患者や、津波で水に漬かって低体温症になったお年寄りなど内科のケア。治療の中心は早い時期から、数多くある避難所での救護、療養など次の段階に移った。
 ところが、組織的な連絡ルートづくりが遅れ、指揮命令系統が定まらなかったことなどから、正確な情報が十分に伝わらない事態が発生したという。
 災害医療の専門家によると、「慢性期治療」では、分散する患者情報を自治体が集約して、関係機関が共有する横断的な管理システムが重要とされる。
 自治体も庁舎や職員が被災しており、一概に責められないが、教訓としてシステム構築を危機管理策に加えるよう検討してもらいたい。
 現地では開業医も被災し、今後は再建を図りながら患者の診察を続けるという新たな段階を迎える。
 注意したいのは、体力が落ちた高齢者や子どもなどが感染症にかかり、集団的に広がることだ。沿岸部では下水道が回復せず、避難所の衛生状態も好転していない。
 ノロウイルス、インフルエンザのほか、がれきから飛び散った粉じんを吸ったことによる肺炎の発生リスクが高くなっているという。医師、保健師ら医療関係者が目を光らせるだけでなく、自治体、学校、コミュニティーが緊密に連携し、避難所の環境衛生対策や予防措置に万全を期してほしい。



http://sankei.jp.msn.com/life/news/110427/bdy11042711280002-n1.htm
ニーズ変わる医療支援 避難所長く不眠…慢性疾患、基幹病院復旧も課題
2011.4.27 11:26 産經新聞

 東日本大震災で被害を受けた地域に対し、各地の医師らによる医療支援が続いている。岩手県大槌町では大阪府立病院機構の医師らによる巡回診療が継続されているが、当初は救命活動が中心だった医療支援も、次第に慢性疾患への対応などへと役割を転化。さらに、地元医療機関の再開などを受け、今後は被災地の病院に代わり重症患者を受け入れている基幹病院へのサポートが必要だという指摘も出ている。被災地への医療支援のニーズは刻々と変わっているようだ。(河居貴司)

 「震災後、血圧があがってびっくりしているんです」。今月24日、大槌町赤浜地区。地元にすむ元漁師、岡本正夫さん(89)が、集会場の一室で行われている大阪府立病院機構のメンバーが行っている巡回診療に訪れた。巡回は毎日行われ、地元の高齢者らが足を運んでいる。

 近くの診療所は津波被害で当面診療できず、地元にとっては貴重な受診の機会。岡本さんは「津波で失ったものも多いが、大阪のお医者さんにきていただき、本当に感謝している」と話す。

 大槌町の場合、地域の中核病院だった県立大槌病院が津波被害にあったほか、地域の診療所も壊滅的な打撃を受けていた。大阪府の医療チームは、大槌町の吉里吉里(きりきり)地区と赤浜地区を中心に医療をサポート。3月下旬から医師や看護師で構成されるチーム6~7人が交代で活動してきた。

 担当医によると、最近は長引く避難所暮らしなどで「眠れない」と話す人や高血圧や糖尿、ぜんそくなどの慢性疾患で診察を受ける人が多いという。「今後の生活が不安」「家族が行方不明で…」と打ち明ける人もおり、被災者のダメージの深刻さもうかがえる。

 小学校の保健室につくった簡易診療所には多い日には100人近くが受診したが、次第に1日30人程度に落ち着いたといい、小学校の再開や地域の診療所の再開などとともに、保健室の簡易診療所もいったん終了。診察にあたっていた府立母子保健総合医療センターの豊奈々絵医師も「医療ニーズは刻一刻と変わっている」と話す。

 地元医師らが仮設診療所などを徐々に開設し、地域診療の機能は回復しつつある一方、地域の基幹病院の復元は不十分だ。

 大槌町に隣接する釜石市の県立釜石病院(272床)では、建物の耐震問題で使用できない病室があり受け入れベッド数を52床に限定。重症患者の対応が十分にできず、津波被害のなかった内陸部の病院に転院する措置をとっている。

 県立釜石病院の安保正事務局長は「患者さんやご家族も大変な思いをしているが、転院先の病院にも相当の負担になっている。被災地の病院の自助努力も必要だが、今後は搬送を受け入れてくれている内陸部の中核病院などへの支援も必要になる」と指摘している。



http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110427k0000e030030000c.html
米タイム誌:選出の菅野医師「被災者、日本人の象徴で」
毎日新聞 2011年4月27日 10時45分

 【ニューヨーク山科武司】米タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれ、同誌の招きでニューヨーク訪問中の宮城県の内科医、菅野武さん(31)が26日、毎日新聞などと会見し、「困難な状況に立ち向かう被災者、日本人の象徴として選ばれたのだと思う」と語った。

 宮城県南三陸町の公立志津川病院に勤務していた菅野さんは「津波警報後、患者を上階にすぐに移動させ、最後の患者が救出されるまで病院に滞在した」。この医師としての情熱と冷静沈着な対応がタイム誌に評価された。「(自分の)死は強く意識したが、後悔したくない」と考え、現場での活動を続けたという。現場で津波にのまれて死亡しても身元が判明するよう、普段、診療中は外している結婚指輪をつけたまま医療活動を続けた。

 菅野さんは震災2日後の3月13日朝に最後の患者と共に志津川病院を離れて石巻市に避難。自宅のある仙台に戻り、16日、妻の由紀恵さん(32)の長男出産に立ち会った。

 当初は3月いっぱいで同病院での勤務を終え、東北大医学部に戻る予定だったが、任期を4月半ばまで延長し医療現場や避難所と各地のボランティア医師団との連絡調整を続けた。

 1カ月半が経過した被災地の現状を菅野さんは、「支援チームは引き揚げつつあるが、医療面でまだ自立できない地域もある。支援のアンバランスが起きている」と指摘。「モノは足りてきたが、音楽など心を潤すものは少なく、人間らしい生活はできていない」と話し、多角的な支援の必要性を強調した。

 26日夜の同誌主催の夕食会では「日本人は必ず復興を成し遂げる」とのメッセージを訴えるという。



http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110427dde041040047000c.html
東日本大震災:支援、アンバランス起きている 米誌「100人」内科医・菅野さん会見
毎日新聞 2011年4月27日 東京夕刊

 ◇米タイム誌「100人」内科医・菅野さん会見

 【ニューヨーク山科武司】米タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれ、同誌の招きでニューヨーク訪問中の宮城県の内科医、菅野武(かんのたけし)さん(31)が26日、毎日新聞などと会見し、「困難な状況に立ち向かう被災者、日本人の代表として選ばれたのだと思う」と語った。

 宮城県南三陸町の公立志津川病院に勤務していた菅野さんは「津波警報後、患者を上階にすぐに移動させ、最後の患者が救出されるまで病院に滞在した」。この医師としての情熱と冷静沈着な対応がタイム誌に評価された。「(自分の)死は強く意識したが、後悔したくない」と考えたという。死亡しても身元が判明するよう、診療中は外している結婚指輪をつけたまま医療活動を続けた。

 菅野さんは当初3月いっぱいで同病院での勤務を終え、東北大医学部に戻る予定だったが、任期を4月半ばまで延長し、医療現場や避難所、ボランティア医師団との連絡調整を続けた。

 被災地の現状を菅野さんは、「支援チームは引き揚げつつあるが、医療面でまだ自立できない地域もある。支援のアンバランスが起きている」と指摘。「モノは足りてきたが、音楽など心を潤すものは少なく、人間らしい生活はできていない」と話し、多角的な支援の必要性を強調した。



http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/news/20110427k0000e040005000c.html
東日本大震災:皮膚や目の疾患増加 東北大医師ら巡回診療
毎日新聞 2011年4月27日 9時15分(最終更新 4月27日 11時01分)

 東北大学病院(仙台市)の眼科、耳鼻咽喉(いんこう)科、皮膚科の3科の医師らによるチームが、津波で大きな被害を受けた宮城県の南三陸、女川両町で無料の巡回診療を続けている。両町内の中核病院に医師を派遣していた経緯もあり「感覚器の病気を診る3科でまとまって被災者を助けたい」と巡回に乗り出した。医師らは口々に「被災者が困っている今こそ、医師の我々にできることをしたい」と話す。巡回チームの1日に同行した。【村松洋】

 「霧がかかったみたいに見えなくなって……」。南三陸町の避難所になっている町総合体育館横にあるプレハブの仮設診療所。東北大医学系研究科の中沢徹・准教授(40)らが診察する眼科の診察室に、左目の視界の下半分がかすむという男性(66)が訪れた。今年2月末、右足の静脈に血栓ができ、同県石巻市内の病院に入院し手術を受けた。目の曇りもそのころ気づいた。退院したら眼科で診てもらう予定だったが、入院中に震災に遭い、診療を受けられなかった。

 診断は「網膜中心動脈分枝閉塞(ぶんしへいそく)症」。目にできた血栓が原因という。血栓を溶かす薬の投与など早期の治療で進行を防げた可能性もあったが、1カ月以上が経過し回復は難しい。診察時には血栓がなくなっていたため経過観察になった。男性は「早く治してもらおうと思ったが、震災で病院にもいけなかった。原因が分かって少しだけ安心した。これ以上悪くならないようにしたい」と話した。

 この仮設診療所は震災後、イスラエルから医療支援に駆け付けた医療チームが建て、残していったものだ。鉄筋コンクリート5階建ての同町の中核病院で、大津波で4階まで浸水した公立志津川病院が仮設診療所としてこのプレハブで診療を再開している。

 東北大病院の巡回診療チームは3科の医師やスタッフ、医学部の学生ら15人前後。余震の影響で診療できなかった8日を除いて4月1日から毎週金曜日、南三陸町と女川町で医療にあたっている。限られた時間で一人でも多くの患者を診察できるよう、両町内で計5台のマイクロバスで送迎し、避難所の住民に集まってもらう。

 ◇ 大分から経費支援

 中沢准教授らの発案に、知人を通して活動を知った大分県由布市の有志が支援に動いた。バスのガソリン代など必要経費約100万円のうち半分を目標に募金している。

 女川町総合運動公園にある体育館内の救護所。耳鼻咽喉科の加藤健吾医師(40)と浅田行紀医師(41)の元には、約20人の診察希望者が列を作った。町内に住む岸直勝さん(77)は、津波の後から「ゴー」という海鳴りのような音が消えない。鼓膜に異常はないが原因不明。経過観察となった。

 ◇ 震災後初の診察

 巡回チームによると、診察を受けるのは震災後初めてという人がほとんど。加藤医師は震災のために治療を受けられなかった患者の多さにやりきれない思いだが、一方で患者の変化に明るい兆しもみている。「アレルギー性鼻炎など、以前からかかっていた比較的軽微な疾患の患者も増えている。被災地でも震災前の日常が少しずつ戻り始めている兆候なのかな、とも感じるんです」

 塚田全(あきら)医師(34)は、県外から支援に来た日本皮膚科学会の医師らとともに皮膚科の診察にあたっていた。女川町立女川第一小学校で避難生活を送る阿部忠好さん(53)は頭皮の湿疹で受診した。親戚の家で週1回しか入浴できないうえ、避難生活のストレスも重なる。頭皮を殺菌する塗り薬などを処方してもらった。

 皮膚科では、頭皮がかゆくなる「脂漏性皮膚炎」や、ストレスでアトピー性皮膚炎が悪化したと訴える患者が目立つという。また、夏場になるとダニを介した感染症も懸念されるといい、布団や服を清潔な状態に保つよう、被災者やボランティアに呼びかけている。

 石巻市の親族宅に避難する及川美穂さん(31)と息子麗央(れお)君(9)は、自宅も、通院先の石巻市内の眼科も津波に流された。麗央君は震災前、近視の手前の症状とされる「仮性近視」と診断され、点眼薬で治療をしていたが、津波で夜用の点眼薬を失った。診察を受けた後、美穂さんは「薬がなくて症状が悪化しないかずっと心配だった。本当にほっとしました」と喜んだ。

 中沢准教授によると、被災者の中には津波からの避難時にコンタクトレンズやケア用品を持ち出せず、交換の期限を過ぎてもつけっぱなしにしている人も多いという。中沢准教授は「つけっぱなしだと角膜の感染症のリスクも高まる」と注意を呼びかけている。

 巡回診療は5月末まで続く。



http://mainichi.jp/life/health/medical/news/20110427ddm010040003000c.html
医療 水と緑の地球環境:東日本大震災 被災者の命と健康を守ろう 「空からの支援」弾み
毎日新聞 2011年4月27日 東京朝刊

 ◇ 自家用ヘリコプターも、医療・物資輸送に一役

 「東日本大震災の被災者の命と健康を守ろう」とヘリコプターの民間パイロットらによる「防災医療航空支援の会」が医師や看護師、物資の輸送に一役買っている。今回の震災に伴い、空港以外での離着陸の申請手続きが簡略化され、自家用ヘリコプターでの救援活動が容易になり、「空からの支援」に弾みがついている。【明珍美紀】

 東京都江東区新木場の東京ヘリポート。4月10日夕、赤いヘリコプターが到着し、医師の泰川恵吾さん(47)が降りてきた。

 泰川さんはこの日、防災医療航空支援の会のメンバーが操縦するヘリに乗り、宮城県気仙沼市との間を日帰りで往復した。避難所で被災者の診療に当たる地元の開業医、村岡正朗さん(49)のサポートをするためで、午前8時前に同ヘリポートを飛び立ち、約2時間後、気仙沼小学校の校庭に着陸した。

 すぐに隣接の気仙沼中学校に向かい、村岡さんが詰めている保健室に入った。パナソニックやauから寄付されたノートパソコンや通信カードと、被災地でも使える遠隔地医療用の電子カルテの機器を渡した。

 村岡さんも被災した一人。家族は無事だったものの診療所兼自宅が津波で流され、保管していた患者のカルテも失われた。「このシステムがあれば、診療情報をほかの医療機関と共有でき、災害に遭っても記録を残すことができる。診療報酬請求ができるので、地域医療の再建に役立つ」と泰川さん。村岡さんに操作の説明などをして午後3時、気仙沼を後にした。

 泰川さんは、東京女子医大救命救急センターの元ICU(集中治療室)医長だ。現在は郷里の沖縄県の宮古島を拠点に離島の訪問診療を手がけ、神奈川県鎌倉市にも診療所を開設する。

 震災発生から2週間後の3月25日、泰川さんは訪問看護師らと気仙沼市に車で向かい、10時間余をかけてたどり着いた。市民会館で寝泊まりしながら4日間、被災者を治療した。

 「衛生状態が悪いせいか気管支などの病気が目立ち、お年寄りは体が弱っていた。阪神大震災でも医療ボランティアをしたが、その時より重症だと感じた」

 日常の診療の合間を縫って「今度はいつ行けるか」と案じていたところ、高校の同級生だった土井勉さん(47)から「ヘリコプターを使えば早い。空からの応援をする」との連絡が入った。

 支援の会は、航空サービス会社を経営し、自らもヘリを操縦する土井さんやケミカル開発会社社長の奥間保胤(やすたね)さん(37)らが先月下旬に結成した。国土交通省航空局によると、空港以外の離着陸は航空法に基づき、文書での申請が必要だが、「被災地支援の特別措置として今回は電話での申請も受け付けている」という。

 空からの支援を始めた土井さんらに、「全国自家用ヘリコプター協議会」のメンバー有志も賛同し、約10機の自家用ヘリが手分けして被災地に飛んでいる。陸路での輸送が難しい孤立した地域や避難所などに食料や医療用物資などを運び、今月からは首都圏から応援に行く医師や看護師らの移動にも協力する。

 土井さんは「いまなお余震が続く状態では、陸路の交通機関が一時的にストップする心配がある。私たちパイロットも被災者の役に立ちたい」と言い、燃料の提供や支援金などの協力を呼びかける。

 活動の詳細は同支援の会(03・3521・2401)のホームページ(http://dmasf.whp.bz/)で。



http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1069/20110427_01.htm
支える人々(15)南三陸町の開業医・笹原政美さん
2011年04月27日水曜日 河北新報

◎仮設診療所で内科診療続ける/使命感持てる力注ぐ

 ―東日本大震災2日後の3月13日から、南三陸町の志津川小体育館で診察を始めた。
 
 「開業していた病院で診療中に地震が来た。高台に避難したものの、津波の勢いが強く、水が迫ってきたため、山伝いに小学校まで避難した」
 「小学校には、町中心部のお年寄りが避難していて、公立志津川病院の看護師や町の保健師と診察に当たった。自宅を流され、しばらくは体育館に寝泊まりしながらの診察だった。薬などがない状況をボランティアや警察に訴えたところ、登米市の薬局から運んできてくれた」

 ―イスラエルの医療チームが残した施設や医療器具を使って今月18日から公立志津川病院としての診療が始まった。

<カルテ全て失う>
 「もう1人の内科医と共に、1日約100人を診ている。医療態勢は向上したものの、カルテは全て失われ、患者さんも処方箋や診察券が流された。複数の医療機関にかかっていた人もいるが、まとめて診ざるを得ない。一人一人から既往症を聞き取り、カルテに落としていくゼロからのスタートだった。時間がかかり、いまだに手探りの診察が続いている」
 「町にかかりつけの医師がいる安心感は大きい。町外に避難した人も通院している。仮設でも、志津川病院の存在が町民の支えになっている」

 ―震災から1カ月半がたち、町民を診察した印象はどうか。

<集団生活で憔悴>

 「皆、憔悴(しょうすい)している。慣れない避難所での集団生活や、自宅に身を寄せている親戚の世話をしなければならない責任感などで、疲労やストレスがたまっている。診察では話の聞き役になることも重要だ。今まで十分に頑張ってきたのだから、全てを背負わないで、とアドバイスしている」

 ―医師として、南三陸町にとどまる理由は。

<町民への恩返し>
 「1999年に志津川病院から米山町国民健康保険病院(現登米市立よねやま診療所)に移ったが、その後も多くの町民が診てほしいと通ってきた。町は高齢化が進み、登米市まで来るのは一苦労な人も多かった。30代から50代を志津川で過ごし、医師として、人間として、町と町民に育ててもらったと思っている。恩返しの思いもあり、2005年に志津川に戻って『ささはら総合診療科』を開業した」
 「震災後も町にとどまるのは、恩返しの面もあるが、やはり、医師としてやらなければならない、そこから抜け出すのは許されないという使命感が一番大きい。今後も自分がやれること、持てる力を全力で注ぎ込んでいきたい」(聞き手は渡辺龍)

<ささはら・まさみ>北海道北檜山町(現せたな町)出身。札幌医科大卒。1979年、公立志津川病院勤務。89年から99年まで副院長。2005年に「ささはら総合診療科」開業



http://mytown.asahi.com/fukushima/news.php?k_id=07000001104270001
消防関係者らが相馬で特別検診
2011年04月27日 朝日新聞

 ●がれき撤去など従事

 震災のがれき撤去などにあたる消防関係者や働きづめの市職員らの健康を守ろうと相馬市は26日まで、特別健康診断を実施した。全国の医師らがボランティアで協力、健診車を手配して駆け付けた。

 消防署員や消防団員、市職員ら計約400人が受診した。胸部X線や血液、尿などを検査し、問診を受けた。市は行方不明者の捜索やがれき撤去にあたる人の粉じん被害や、市職員らの体調を懸念。一方、被災地に役立ちたいと模索していた医師グループと医師出身の立谷秀清市長がつながり、実現した。診察したJR東京総合病院の小林一彦医師は「せきが続く人もおり、健康管理が大切です。長い目でみた放射線影響の評価も必要だと思う」。



http://mainichi.jp/area/ibaraki/news/20110427ddlk08040230000c.html
東日本大震災:医療特例交付金、弾力運用を要望 厚労相に知事ら /茨城
毎日新聞 2011年4月27日 地方版 茨城

 橋本昌知事と日本医師会の原中勝征会長は26日、厚生労働省で細川律夫厚労相と面談し、東日本大震災の災害復旧対策として、国の「地域医療再生臨時特例交付金」を弾力運用するよう求める要望書を提出した。

 同交付金は、各都道府県の医師確保や救急医療体制の充実など地域の医療課題を解決するため、複数の市町村を単位とする2次医療圏を対象に交付される。一方、東日本大震災の影響で、県内の筑西市民病院や日製日立総合病院(日立市)では建物などに大きな被害が発生していることなどから、要望書では、同交付金の交付対象に災害復旧事業を加えるなど弾力的な運用を求めている。県によると、要望書を受け取った細川氏は「できるだけのことはしたい」と回答したという。【大久保陽一】



http://www.kahoku.co.jp/news/2011/04/20110427t73023.htm
全国自治体、総力戦で復旧支援 被災地支える
2011年04月27日水曜日 河北新報

 東日本大震災の被災地に対する支援が、全国1771自治体による総力戦の様相を帯びてきた。広域連合は巨大組織の利点を生かし、小規模町村はきめ細かな配慮で、援助を続ける。自治体の底力が、被災地を支えている。

◎関西広域連合光る存在感/阪神の経験生かす
「長い道のり途切れなく」

 毎日午後6時半に開かれる宮城県南三陸町の災害対策本部会議。自衛隊、警察、消防に続いて関西広域連合の派遣職員が報告に立つ。
 報告内容も被災者の心のケアや栄養管理、仮設住宅の手続きと多岐にわたる。今やその存在感は絶大だ。
 志津川中では18日、関西広域連合が派遣した兵庫県教委スクールカウンセラーの臨床心理士阿部昇さん(51)が集団カウンセリングを行った。
 対象は地元の教師約20人。阿部さんは、自らも体験した阪神大震災を例に、震災後の子どもへの接し方を助言した。
 「阪神大震災では被災した子どもたちが、地震ごっこをして遊んでいたことがあった。最初は驚いたが、子どもなりに現実と向き合う工夫と理解してあげてほしい」
 教師たちには「長い道のりになるから体の力を抜いて」と語り掛け、全身の緊張をほぐす体操を指導。教師一人一人が語る震災体験に、じっと耳を傾けた。
 阿部さんは阪神大震災の後、神戸市などで被災者の心のケアを10年近く続けてきた。石巻市出身ということもあり「生まれ育った地域に息を吹き返してもらいたい」と精いっぱいの支援を誓う。
 避難所や町内全世帯を巡回して住民の健康状態をチェックする保健師チームも、関西広域連合が仕切る。
 全国各地から派遣された保健師に担当地区を割り振り、お年寄りなら介護が必要か、持病が再発していないかなどをチェックする。乳幼児の麻疹流行を防ぐため、予防接種を受けているかどうかを尋ね歩く。
 兵庫県は、宮城県とペアを組んで志津川地区を担当している。保健師大谷真理子さん(50)は「阪神大震災での経験を生かして『途切れない支援』を心掛けている」と説明する。
 さらに「医療態勢を少しずつ本来の形に戻すことが必要なので、主体となる地元の宮城県や南三陸町の保健師が動きやすいようにサポートしていくことが重要」と自らに課せられた使命を強調した。
(柏葉竜、田村賢心)

◎2万人超す人的派遣/岩手・宮城・福島に集中

義援金・救援物資も続々と

 今回の震災では、被災した岩手、宮城、福島、茨城の4県を除く全43都道府県が、人的支援に乗り出している。
 被災市町村が要請した職員派遣は7日現在で計673人。避難所の管理運営、救援物資の管理搬送、罹災(りさい)証明などの発行事務のほか、建築士、保健師などの専門職が不足していた。
 これに対し、実際の派遣人数と受け入れ人数は地図の通り。派遣職員は震災から1カ月半で優に2万人を超え、その9割超が被害の大きかった岩手、宮城、福島の3県に集中している。栃木と千葉は被災地として支援を受ける一方、3県に職員を送った。
 受け入れ人数は宮城が最も多く、既に1万人を突破。その一方で福島は原発事故の影響もあり、災害規模と派遣人数に差が生じている。
 財政の厳しい小規模自治体も最大限の支援を続ける。宮城県町村会には、全国の町村から義援金や救援物資が続々届いているという。
 全国町村会長(長野県川上村長)の藤原忠彦さん(72)は「大きな被害を受けたのは沿岸部の小規模自治体。支え合い、助け合いが今でも息づく全国の町村の力と心を、東北に結集したい」と話した。
支援

◎鹿児島県4市5町→大船渡/現地本部に9人常駐

 岩手県大船渡市には、1300キロ離れた鹿児島県から市町職員が駆け付け、奮闘している。「鹿児島県大隅半島四市五町復興現地支援本部」。同市の猪川地区公民館に掲げられた、ひときわ大きな看板が、地元住民を元気づける。
 現地本部には大隅半島の4市5町から1人ずつ計9人の職員が常駐。市災害対策本部が毎日開く記者会見に出席し、不足している物資などの情報を鹿児島県の地元に伝える。
 現地本部の設置を周辺市町に呼び掛けたのは鹿児島県肝付町だった。町総務課長の前原尚文さん(55)は「長期間駐在することで、日々変化する現地の状況を的確に把握できる」と語る。
 もともと大船渡市と肝付町は、宇宙航空研究開発機構の施設が立地している縁で交流する「銀河連邦」の一員だった。震災発生から3日後には、職員5人と給水車が大船渡市に到着した。
 前原さんは「周辺市町も全面協力で一致した。東北の皆さんにはなじみが薄いかもしれないが、大隅半島の住民は一丸となって被災地を応援し続ける」と力を込めた。

◎7府県から職員1万1417人・車両49台・簡易トイレ490基…
事実上の初仕事/担当県別に援助


 「事実上の初仕事が本当に大きな仕事になった。組織の存在意義が試されているのだと肝に銘じて臨みたい」
 7府県で2010年末に発足した関西広域連合。広域企画課長の石田勝則さん(47)は、こう語って気を引き締める。16年前の阪神大震災で培ったノウハウは、被災地で遺憾なく発揮されている。
 現地では大阪、和歌山が岩手を、兵庫、徳島、鳥取が宮城を、京都、滋賀が福島をとそれぞれ担当県を決め、マンツーマンの支援を続ける。
 災害時に担当自治体を決めて人や物資の供給、各種の助言をする手法は「対口(たいこう)支援」と呼ばれ、2008年の中国・四川大地震で中国政府が実施した。復興の段階で特に効果が大きいとされる。
 関西広域連合の事務局は「被災地からの情報を知ってから動くのでは、対応が一歩も二歩も出遅れていた。まず、必要と思われる物資を届け、それから各府県が責任を持ってニーズの把握に努めた」という。
 関西広域連合から被災地への派遣は17日現在、職員1万1417人、車両49台。支援物資もアルファ米25万9311食、簡易トイレ490基、飲料水用ポリタンク5万1850個など、桁外れだ。
 「仮設住宅にはできるだけ集落単位で入居すれば、お年寄りの孤独死防止にもなる」「県外避難者を把握に努め、仮設住宅や義援金に関する情報の伝達漏れをなくす」。阪神大震災の経験を踏まえた貴重な助言の多くが、被災地で実践されつつある。



http://mytown.asahi.com/ibaraki/news.php?k_id=08000001104270005
平常機能は5病院
2011年04月27日 朝日新聞

 災害時に地域で傷病者の治療拠点となる「災害拠点病院」に指定された県内11病院のうち、震災発生直後から平常通り機能したのは5病院にとどまることが、26日の県議会保健福祉委員会で明らかになった。地震で建物や設備が被害を受けたことで、患者の受け入れを制限せざるをえなくなった病院が多い。

 県によると、平常通り機能したのは、なめがた地域総合(行方市)、鹿島労災(神栖市)、土浦協同(土浦市)、取手協同(取手市)、県西総合(桜川市)の5病院。県南、県西地域に集中している。

 他の6病院はいずれも、休止などには至らなかったものの、重症患者の受け入れを制限したり、逆に重症や入院が必要な患者を受け入れるために軽症や検査の患者を制限するケースがあった。

 県立中央病院(笠間市)では、救急センターに本館病棟の入院患者が移動したため、震災直後から14日まで救急患者受け入れは軽症のみに限定された。日立製作所日立総合病院(日立市)では病棟の一部が使えず、検査業務の一部ができなくなった。また、水戸赤十字病院(水戸市)では検査機器のMRIが一時使えない状態になった。

 災害拠点病院は、24時間緊急対応できることや、被災地域の患者の受け入れなどができること、設備が耐震構造であること、患者搬送用ヘリポートや簡易ベッドを備えているといった基準を満たし、県が指定する。

 県医療対策課は「診療機能が完全にストップしてしまった病院はなかったが、拠点病院としての機能を果たすための設備や要員のあり方を考える必要がある」としている。(栗田有宏)



http://www.med.or.jp/nichinews/n230505d.html
日本医師会災害対策本部会議拡大会議
JMATの今後の活動方針等を説明

日医ニュース 第1192号(平成23年5月5日)

日本医師会災害対策本部会議拡大会議/JMATの今後の活動方針等を説明(写真) 震災後三回目となる日本医師会災害対策本部会議拡大会議が四月十二日,日医会館で開催された.当日は,テレビ会議システムを使って,岩手・宮城・福島各県の現状について報告を受けるとともに,JMAT(日本医師会災害医療チーム)の今後の活動方針等について説明を行った.
 会議は横倉義武副会長の司会で開会.冒頭あいさつした原中勝征会長は,現地の意向を踏まえて,被災地の支援活動に全力で取り組んでいく意向を改めて示した.
 各県からの報告では,まず,石川育成岩手県医師会長が,JMAT撤収後の準備を着々と進めていること,四月十一日に立ち上げられた県の復興委員会に医療福祉の代表者として出席したこと等を説明.また,津波の影響もあり,阪神・淡路大震災と比べて,医療機関の復興が遅れているとして,その支援を求めた.
 伊東潤造宮城県医師会長は,JMAT宮城を編成し,どのような支援が出来るか検討を開始したことを報告するとともに,国,県に対して,失われた医療機関(八病院,六十診療所)の再建に向けた特段の配慮を求めた.
 谷雄三福島県医師会長は,強い余震が続いているためライフラインの復旧が進んでいないだけでなく,福島第一原発周辺住民の避難所生活が長期化しているとして,その支援を要請.また,避難所では,ビタミン,ミネラルが不足しているほか,脚気や感染症の集団発生も見られることから,きめ細かなサービスを提供出来る避難所も今後は必要になってくると指摘した.
 引き続き行われた日医からの説明では,石井正三常任理事がJMATの今後の活動方針として,(1)当面五月を目途に現地の要望がある地域に限定して,継続的に派遣体制を続け,その後は被災県医師会と協議すること(2)被災地から要望が強い,精神科,小児の医療チームの派遣は継続していくこと(3)被災県以外の避難所で暮らしている人々の健康管理への対応,余震,原発事故等の影響も考慮していくこと─などを説明.さらに,救急災害医療対策委員会で,JMATの派遣方法やチームのあり方等についての検討を再開する考えを示した.
 医療機関の復興に関しては,まず,羽生田俊副会長がノルウェーから提供を受け,山本保博東京臨海病院長と,災害医療ロジステック協会を通じて日医に寄贈されたプレハブ診療所を岩手県医師会に提供するとしたほか,「診療所として転用可能なプレハブ住宅等についても提供の話があり,どこにどれだけ提供出来るか早急に検討したい」と述べた.
 また,中川俊男副会長は,被災県に提供される地域医療再生基金や復興財源を地域医療の再生にも活用出来るよう,国に要望していることを説明した.
 さらに,今村聡常任理事からは,被災したにもかかわらず,避難所で診療を行っている医師に対する日医からの支援として,行った診療行為の対価を,日医に寄せられた義援金から日当の形で支払うことを決定したとの報告がなされた.
 なお,日医では,今後も,現地の状況も踏まえて本会議を適宜開催していくことにしている.



http://www.tohkaishimpo.com/scripts/index_main.cgi?mode=kiji_zoom&cd=nws6537
避難所で診療活動 自治医科大の医療チーム
末崎地区で長期にわたり支援

2011年04月7日付 3面 東海新報 大船渡市

 自治医科大学(栃木県)の医療チームは、大船渡市末崎地区を拠点に医療支援活動に励んでいる。同大学では東日本大震災の医療ボランティアの志願者がこれまで約70人に上り、被災者の心強い味方となって病気の治療と予防に奮闘している。
 医療チームは、先月25日から医療支援を開始し、派遣チームが1週間ずつ交代で診療を行っている。
 現在は第2次隊で、医師は同大学地域医療学センター地域医療学部門・同大附属病院総合診療部の神田健史助教ら3人。医師と看護師2人、薬剤師、事務の計8人のスタッフで編成し、県立大船渡病院の会議室に寝泊まりしながら避難所に通って診療を続けている。
 末崎中学校体育館の一角に設けた診療所では、医療チームが忙しく立ち働く。長引く避難所生活の中でインフルエンザにかかる人も出ており、その場合は別室に移して感染を防止している。
 医療チームは、小・中学校、公民館、寺院などを回り診療を行っており、被災者の中には急性腸炎の症状もみられるという。
 「循環器では血圧が高くなっており、被災者のストレスにも早めに対応していくことが必要」と神田助教。
 同大学には本県から栃木県を通じて支援の依頼があった。「医は仁術」として、医療ボランティアを募ったところ、これまでに70人ほどの志願者があったという。
 避難所の高齢者は「薬をいただくことができました」と笑顔で語り、医療チームの存在は大きな安心感を与えている。同地区で開業する滝田医院も津波で被災したが、同町ふるさとセンター2階で臨時診療を開始した。
 神田助教は、開業医を中心にした住民の絆やコミュニティーのつながりを感じるといい、「被災状況を見て非常に心が痛む。新しいものを描きながら再建していく必要がある。地域の医療施設が再開して順調に軌道に乗れるようにサポートしていきたい」と話す。
 医療チームの支援活動は2カ月ほど続く予定。長期にわたる医療支援は被災地の人々の復興の原動力になっている。



http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20110427_12
警察官に精神的ケア 本県含む3県警対象
(2011/04/27) 岩手日報

 東日本大震災で捜索活動などに当たっている警察官らが、凄惨(せいさん)な現場で精神的ショック(惨事ストレス)を受けた恐れがあるとして、警察庁が来月から対策に乗り出すことが26日、分かった。同庁による職員への惨事ストレスケアは初めて。また防衛省・自衛隊も、派遣された自衛隊員を対象に、精神面での健康状態について活動終了後から定期的に確認する。

 岩手県警は独自に、今月上旬、心的外傷後ストレス障害(PTSD)やうつ病の可能性を調べるため、精神科医と協力し作成したチェック票を非常勤を含む職員約2600人に配布した。ストレスが強いと判断された職員は臨床心理士の面談を行う予定だ。

 同僚の殉職や、津波発生時の避難誘導などで大きなストレスを抱えていた沿岸各署の延べ31人については、既に臨床心理士の面談を実施している。

 警察庁によると、ケアの対象は岩手、宮城、福島の3県警の全警察官・警察職員の計約1万500人で、問診票を配り震災対応後の心身の状態について調査。惨事ストレスが強い場合、PTSDを発症する恐れもあり、ストレスが強いとみられる職員には来月、委託先の民間機関から臨床心理士らのチームを派遣し、面談を行う。

 3県警では捜索活動や検視、被災者対応に当たった職員などから「眠れない」といった心身の不調を訴える声があり、警察庁に対策の要望が寄せられていた。同庁給与厚生課は「職員自身も被災者というケースもあり、早めに手を打つ必要がある」と説明。被災地へは、他の都道府県警も派遣しており、同庁は対象を広げるかどうかも含め、対策を検討していく。

 一方、過去最大の10万人態勢で災害派遣に臨んでいる自衛隊も、被災地での遺体収容や原発事故対処などで隊員の精神的負担が大きく、PTSDを発症する可能性があると判断。活動を終えてから1カ月後、半年後、1年後をめどに質問項目に記入する形式で心理状態を調査する方針だ。

 調査では任務内容などの事実関係のほか、「きっかけがなくても、被災地での体験を思い出してしまうか」などと現在の心情を尋ねる予定。必要な場合には、臨床心理士や精神科医によるカウンセリング、診察も行う。

 惨事ストレスとは ひどい災害や事件事故などの現場に直面し受けるストレス反応。当事者だけでなく、救助に当たる医療関係者や自衛隊員などにも起こり得る。摂食・睡眠障害、抑うつなどの症状が現れ、PTSDに進行する恐れがある。



http://www.atpress.ne.jp/view/20139
プレスリリース 株式会社ケアネット
被災地医療チームの要望に対応、情報ハブシステム提供ほか後方支援開始
―日本プライマリ・ケア連合学会の医療支援プロジェクト(PCAT)に協力―

2011年04月27日

 医師・医療従事者へ専門情報を提供する株式会社ケアネット(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:大野 元泰、証券コード:2150)は、日本プライマリ・ケア連合学会(事務局:千代田区)による東日本大震災支援プロジェクト(PCAT)の趣旨に賛同し、情報ハブシステムやコンテンツ提供などの後方支援を実施することを発表いたします。

 3月11日の震災発生以降、医師団体・NPO・NGOなど多数の団体より医療チームが派遣されていますが、発生から1ヶ月以上が経過した現在、被災地の医療チームを取り巻く多くの課題が徐々に明らかになってきています。
 その中で、生活環境と共に被災者の方々の状況も変化し、慢性疾患の治療や心のケアを必要とする患者さんが増え、それらを総合的に診療できるプライマリ・ケア医の果たす役割が非常に大きくなっています。

 そこで当社では、これまで行ってきた被災地市民向け医療相談サイトの立ち上げや、医薬品検索アプリの無料提供など一連の取り組みに加え、日本プライマリ・ケア連合学会を情報・コンテンツ面で支援させて頂くことといたしました。既にPCATより派遣された医師の先生方のご要望・ご意見を踏まえて以下の内容でスタートし、今後も随時追加支援を行ってまいります。

【 PCAT支援内容 】
1. 被災地後方支援システム「LOGIO」の開発
2. 災害医療および亜急性期・慢性期に役立つ学習コンテンツ・アプリの無償提供
3. 「派遣支援者のための研修プログラム」eラーニング講義収録
4. 上記1~3をデバイス収載の上で医療チームに提供

■ 1. 被災地後方支援システム「LOGIO」の開発

 不足物資・活動内容について位置情報と共に携帯電話から登録するシステムです。医薬品をはじめとした物資について「必要なモノが全くなく、不要なモノが送付されてくる」、また「本部と連絡が取りづらい」「避難所によって医療スタッフの数に偏りがある」などの声から、要望把握およびコメント機能のみに絞り、使いやすい仕組みとしています。携帯電話(※1)のほかスマートデバイス(※2)からも利用可能で、スタッフの要望の登録場所はGoogle Map上で確認することができます。
 (※1) docomo/au/SoftBank、(※2) iPhone/iPad/Android

■ 2. 災害医療および亜急性期・慢性期に役立つ学習コンテンツ・アプリの無償提供
 停電による在宅医療への影響、長引く避難所生活から褥瘡(床ずれ/皮膚の壊死)ができる患者が増えるなど、災害時の亜急性期~慢性期の状況に必要な医療について、当社が企画制作した動画コンテンツを提供します。また、当社で企画制作した医療用医薬品検索アプリ「DrugOn MD」(ドラゴン・エムディー)も提供し、限られた医薬品の中で治療したり、初めて診療する患者さんの常用薬を調べたりする場合にご活用頂きます。

◆提供コンテンツ
<動画コンテンツ>
『骨太!Dr.仲田のダイナミック整形外科 実戦!整形外科的外傷学』
『平本式 皮膚科虎の巻』
『実践的ラップ療法のコツ』(床ずれの治療解説)ほか多数
<iPhoneアプリ>
『DrugOn MD』 http://itunes.apple.com/jp/app/id414833940?mt=8

■ 3. 「派遣支援者のための研修プログラム」eラーニング講義収録

 感染症・放射線被曝・心のケアなど、被災地で必要とされる知識の事前レクチャーとしてご利用頂けるよう、eラーニング形式で講義を収録します。

■ 4. 上記1~3をデバイス収載の上で医療チームに提供
 上記1~3を収載したiPad50台をPCAT医療チームに提供し、被災地医療において役立てて頂きます。PCATでは3月17日より医療チームとしてのべ76名を派遣していますが、4月下旬出発予定者よりコンテンツ収載済みiPadを現地に持参し、上記コンテンツの閲覧のほか被災者の健康管理・調査などにも利用予定です。


【 一般社団法人 日本プライマリ・ケア連合学会について 】
2010年5月1日、日本プライマリ・ケア学会、日本家庭医療学会、日本総合診療医学会の3学会が合併して設立。前沢政次理事長。
所在地: 〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台2-5 東京都医師会館302号
TEL  : 03-5281-9781
FAX  : 03-5281-9780
URL  : http://www.primary-care.or.jp/

◆ 東日本大震災支援プロジェクト(PCAT)について
詳細URL http://pcat.primary-care.or.jp/htdocs/

【『CareNet.com』(ケアネット・ドットコム)について】
 10万人の医師会員を含む医療従事者向けの臨床医学情報専門サイトです(会員制、無料)。日々の診療に役立つ情報、“臨床力”の向上に役立つ医学・医療コンテンツを提供しています。
 多忙な医師がスピーディーに医薬情報(病態・作用メカニズムなど)を習得できる『eディテーリング(R)』、全国のべ3,256人の臨床医が参加した日本最大級のがん治療実態調査「OncoJ(R)」(オンコ・ジェイ)、抗がん剤の適正投与量や副作用の対処法を解説した「実践!化学療法」、その他医療ニュースや各種学会情報、動画インタビューなど、医師・医療従事者の効率的な情報収集を支援するサービスとなっています。
URL: http://www.carenet.com/index.php

【会社概要】
社名  : 株式会社ケアネット
所在地 : 東京都千代田区九段南1-5-6 りそな九段ビル
代表者 : 代表取締役社長 大野 元泰
公開市場: 東証マザーズ(証券コード:2150)
設立  : 1996年7月
従業員数: 79名
事業内容: 製薬企業向けの医薬営業支援/マーケティング調査サービス
      医師・医療従事者向けの医療コンテンツサービス
URL   : http://www.carenet.co.jp/
【本件に関するお問い合わせ先】
@Press運営事務局までご連絡ください。ご連絡先をお伝えいたします。
お問い合わせの際は記事番号「20139」を担当にお伝えください。
TEL  : 03-5361-8630
E-mail:support@atpress.ne.jp



http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukushima/news/20110427-OYT8T00738.htm
ヨルダン医療隊「復興の力に」
(2011年4月27日 読売新聞)福島

エコノミー症候群診察

 ヨルダンの医療支援隊が25日、福島市内の避難所でエコノミークラス症候群の診察を始めた。狭い空間で長時間同じ姿勢を取り続けると血行が悪化して発症しやすくなるとされており、同隊は約3週間、県内各地の避難所を回って健康をチェックする。

 今回の震災では、国の特例で日本の医師免許のない医師による医療行為が認められた。外国人医師でつくる支援隊の受け入れは、宮城県南三陸町で活動したイスラエル軍の緊急医療支援隊に続いて2例目だ。

 本県を訪れているのは、ヨルダンの王立軍事病院の医師2人と超音波技師2人。県立医大の医師らとともに、超音波測定器を利用して避難者の血栓の状況を調べ、健康状態のチェックを行う。

 25日は約120人が避難している福島市飯坂町の「パルセいいざか」で診察を行い、足の血栓の有無などをチェック、適度な運動をすることなどのアドバイスをした。隊長のオマール・ゾウビー医師(51)は「イラクなど戦地での医療活動の経験はあるが、被災地での活動は初めて。日本の復興のために少しでも力になりたい」と真剣なまなざしで診察にあたった。

 南相馬市原町区から避難している自営業井上昌光さん(54)は「避難生活が1か月を過ぎ、健康状態が不安だったけど、問題ないと言われて安心した」と話していた。



http://www.iwate-np.co.jp/hisaichi/h201104/h1104274.html
【釜石】プレハブ救護所を設置 日本赤十字社
(2011.4.27) 岩手日報

 釜石市内で医療支援活動を行う日本赤十字社は26日、同市鈴子町の鈴子広場にユニットハウス型(プレハブ)の救護所を設置した。

 東京都の建設会社から提供を受け4棟を設置。医師や看護師たちは新しい救護所に荷物を移し、早速患者の診察に当たった。

 日赤は震災後、同広場に設置したテント内で診療活動を行ってきたが、強風でテントが破損したり雨で地面がぬかるんだりして対応に苦慮していた。

 薬をもらいに訪れた同市小佐野の柏舘義信さん(70)は「以前はテントでの診療だったが、建物の中の方が快適で安心だ」と笑顔を見せた。

 藤井ひかり医師(27)は「被災者もだんだんと疲れが出てきている。ゆっくり話を聞くことで、少しでもサポートしたい」と語る。



http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=40020
被災地医療 重い課題
(2011年4月27日 読売新聞)

患者情報足りず死亡 搬送後、所在つかめず

 東日本大震災の医療活動で、患者情報の伝達不足によるトラブルが相次いでいたことが分かった。

 病院や避難所を転々とする被災者が続出し、病院や高齢者施設が患者らの転院先や死亡情報を把握できなかったり、病状が引き継がれないまま患者が死亡したりした。事態を重視した厚生労働省では、患者情報の伝達を徹底するよう自治体に通知。大規模災害時の医療情報の取り扱いは今後も大きな課題になりそうだ。
厚労省、連携徹底を通知

 宮城県石巻市の石巻赤十字病院では震災直後、南三陸町の公立志津川病院に脳梗塞などで入院していた千葉茂さん(85)を受け入れた。家族によると、約1週間後に問い合わせたが「該当者はいない」と回答。今月中旬、宮城県警から「搬送から4日後に石巻赤十字病院で亡くなった」と聞かされた。病院関係者は「震災後に安否情報センターを設けたが、混乱で患者の情報を十分に管理できなかった」と話す。

 南三陸町の特別養護老人ホーム「慈恵(じけい)園」では震災直後、病院などに搬送された10人以上の入所者の所在が一時つかめなくなった。搬送される入所者の腕に氏名、生年月日を書き込んだ医療用テープを貼っており、家族らと複数の病院などを探し、4月上旬ようやく全員の所在が判明した。

 福島県でも3月中旬、大熊町の双葉病院に入院するなどしていた高齢者ら21人が避難所への搬送中や搬送後に亡くなった。県によると、避難所にいた医師らに症状がうまく引き継がれなかったことなどが原因だという。厚労省は、都道府県を通じて被災地の医療現場に、避難所などに患者を搬送する際、病状や服用する医薬品などの引き継ぎを徹底するよう依頼した。

 日本医師会でも、現場の医師同士が患者の情報を共有できるよう、先月下旬から、赤(要治療)、黄(要注意)、白(要観察)の3色に分類した「トリアージカード」を診察した患者に渡すようにした。

 厚労省は、阪神大震災を受け、災害時の医療機関同士の連携をスムーズにすることなどを目的に、病院防災マニュアルの指針を策定し、導入を促した。しかし実効性について、問題を指摘する専門家もいる。

 宮城県の被災地で医療体制作りに取り組む東北大学医学部・上原鳴夫教授は「マニュアルがあっても、具体的な情報伝達方法まで決めていない所が少なくないのではないか。家族に情報提供する職員を決め、情報が集約される仕組みを作っておく必要がある。周辺の医療機関との事前協議も不可欠」とする。石巻赤十字病院でもマニュアルを見直す方向だ。

 厚労省医政局は「震災直後の限られた人員の中でどうやって確実に情報を伝えればいいのか、検討する必要がある」と話している。(小泉朋子、石坂麻子、森田啓文)
  1. 2011/04/28(木) 05:26:39|
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4月26日 医療一般記事

http://www.m3.com/iryoIshin/article/135826/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
医療維新
「初期研修は出身大学の県で」との提案を撤回、日医
関係団体からの批判を受け医師養成制度・改革案を修正

2011年4月26日 村山みのり(m3.com編集部)

 日本医師会は、医師養成制度の改革案について、2011年1月に発表した「初期臨床研修は、原則、出身大学の所在する都道府県で行う」との提案を撤回し、「出身大学に設置された臨床研修センターに軸足を置きつつ、研修希望者の意思を勘案し、地域を定めず研修先を決定する」との方針に転換したと発表した。4月24日の第124回日本医師会定例代議員会で、代議員からの質問への回答として明らかにしたもの(「医師養成についての日本医師会の提案--医学部教育と初期臨床研修制度の見直し(案)」の概要は『日医、医師養成制度の改革案発表、「医学教養」導入など提案』参照)。

 岩砂和雄・副会長は、初期臨床研修を原則、出身大学の所在都道府県で行うとした案に対し、都道府県医師会や関係団体から反対意見が多く上ったと説明。また、一般教養を「医学教養」として見直すとの提案にも、リベラルアーツの重視を求める指摘があり、見直しを行ったとした。

【石川県代議員・紺谷一浩氏の質問(個人質問)】

 医師は、患者・地域住民の健康と命を守る極めて倫理性の高い職業であり、医学教育においては、広くリベラルアーツを学ぶことが極めて重要。日医の医師養成改革案では、一般教養を見直し、医学教養とするとしている。リベラルアーツに充てる時間が全く担保されておらず、深い思索・探求力を陶冶することが事実上困難。

 また、医学部教育6年間、初期臨床研修2年間を出身大学の所在都道府県で行うとのことだが、大学医学部の設置状況と国民の生活区域、住民数はミスマッチしており、さらに高等学校終了時という未成熟な若者に、8年間の行動様式を強要することになる。現在の医師不足・偏在を解消するために、研修医の行動を拘束することはナンセンスである。医師偏在の解消が大きな動機であり、医師の生涯教育の観点が抜け落ちている。

【岩砂和雄・副会長の回答】

 医師養成についての日医案は、1月に提示した段階では、今後、検討を深めることを前提としていた。しかし、その説明が不十分であり、成案として受け止められ、混乱を来たしたとすれば、誠に遺憾であり、お詫びする。都道府県医師会・関係団体から様々な批判を含む意見をいただいた。

 リベラルアーツの重要性について、立花隆氏は、「リベラルアーツはバランスの取れたジェネラルな知識を与えることで、物事をトータルに見ることができる人間を育てようとすること」(1997年『知的亡国論』)と述べている。また、病院団体からも、「面接の際、研修医にリベラルアーツが欠けていることを実感する」との意見があった。そこで、医師がリベラルアーツを学ぶことの重要性に鑑み、「一般教養のあり方を見直し、大学6年間を通じたリベラルアーツ教育により、医師としての資質を涵養する」と変更した。

 出身大学の所在都道府県で医学部・初期研修の8年間を過ごすことについては、医師の地域偏在を解消し、若手医師が地域医療を担ってくれることを期待したものだった。しかし、これには賛成もあったが多くの批判もあった。そこで、「研修希望者は、出身大学に設置された臨床研修センターに登録し、臨床研修センターは研修希望者の意思を勘案し、地域を定めず研修先を決定する」との内容に修正した。研修希望者は、母校に軸足を置きつつも、希望する研修機関で体系的な研修を受けることができる内容の提案とした。

【北海道代議員・畑俊一氏の質問(ブロック代表質問)】

 次の3点について、どのように考えるか。(1)将来の状況変化を踏まえた適正医師数、(2)女性医師の活用、(3)医師の地域偏在・診療科偏在にいかに取り組むか。

 (1)日医は、昨今の医学部定員増、またわが国の人口減により、医療需要に対処できる一定の医師数は確保できると推計している。しかし、高齢化による有病率・重症率の上昇、医療の高度化、在宅医療推進、プライマリケア医・臓器別専門医の割合、女性医師の活動度合いなど、従来の人口1000人当たり医師数という概念を超えた考慮が必要となり、医師養成数のあり方について弾力的な対処が求められる。

 (2)女性の医学部入学者・29歳以下の医師に占める割合が増加しているが、ワーク・ライフ・バランスの確率していないわが国において、女性医師の勤務環境は過酷。現実に、地方で勤務しない、ハードな科を選択しないなど、医師不足・医師偏在の問題に、女性医師の問題が大きく関わっていることは事実。女性医師が希望を持って働く環境を整備しなければ、医師養成数は確保されても、実働医師数は増えない。

 (3)医師養成制度改革案における、「原則として出身大学の所在都道府県で初期臨床研修を行う」との考えは、医師の地域偏在解消の糸口となる、説得力のある案と思われる。しかし、現状では、地方では優秀な学生が中央を目指し、地元医学部受験を避ける可能性が危惧される。また、既に都道府県の枠組みを越えて医療連携が進んでいる地域もあり、時代に逆行しているとの意見もある。

【羽生田俊・常任理事の回答】

 (1)適正な医師数の基準は、総論的には人口1000人当たり医師数であり、現在日本は2.2人(OECD加盟33カ国中30位)。OECD平均の3.1人をまずはクリアしたい。地域における必要医師数は、年齢構成、疾病構造、面積・地形、人口分布、医療機関数・形態、診療科分布、患者ニーズの変化などによって異なる。複数因子を考慮しつつ、必要医師数の見直しを適宜行っていく。必要医師数の実態把握について、日医の「医師確保のための実態調査」(2008年)、厚生労働省「病院等における必要医師数実態調査」(2010年)では、いずれも「現状の1.1倍程度の医師数が必要」との結果だった。しかし、これらはあくまで現状の必要数の調査。勤務医の過重労働を緩和し、あるべき医療を提供するための必要医師数については、今後、継続的に調査・把握し、それに応じた見直し・提言を行っていく。

 (2)今年度の医師国家試験では、女性医師の割合は32.5%。女性医師が妊娠・出産・育児を理由に離職してしまうことがないよう、勤務環境整備・支援策が肝要。女性医師の勤務環境改善は、男性医師の勤務環境改善にも繋がることは周知の事実。確かに、女性医師の診療科別医師数比率では、外科系・救急医療などが低い傾向となっている。しかし、医師不足、勤務医の過重労働、不確定要素の多い医療への国民の過剰な期待、医療事故責任追及への恐れなどから、若い世代の男性医師も、勤務が過酷であり、リスクの高い診療科を回避するようになってきており、仕事よりも自身の生活を優先する傾向がある。そもそも医師偏在は、長年の医療費抑制策が主因。今後も医師の勤務環境改善に全力で取り組む。

 (3)改革案発表後、各都道府県医師会などから意見をいただき、見直しを行った。当初、「原則、出身大学の都道府県で初期臨床研修を行う」としていたが、「出身大学に軸足を置きつつも、研修希望者の意向を勘案し、出身大学の都道府県以外も含めて研修先を決定する」と、弾力性を持った内容に変更した。初期臨床研修を成果あるものにするために、医師会・大学・医療機関・行政・住民の参加による「医師研修機構」の創設、卒業生の軸足となるべき出身大学の臨床研修センターを置くとの方針には変わりはない。また、臨床研修の定数は卒業生と概ね一致させる必要があると考えている。



http://www.kobe-np.co.jp/news/iryou/0004001804.shtml
豊岡病院拠点のドクターヘリ 出動件数は全国最多 
(2011/04/26 11:02) 神戸新聞

 公立豊岡病院は25日、同病院を拠点に昨年4月、兵庫、京都、鳥取の3府県で共同運航を始めたドクターヘリの2010年度出動件数が847件で全国最多となった、と発表した。対象地域に山間部が多く、救急車の搬送に時間がかかる地理的背景もあるが、同病院は「出動要請する消防本部との連携がうまくいった結果」としている。

 10年度、出動件数が2番目に多かった日本医科大学千葉北総病院(千葉県)は753件で、100件近く差が付いた。昨年4月17日の運航開始から丸1年の出動件数は881件だった。

 出動先は、兵庫県が634件(74・8%)、京都府が180件(21・3%)、鳥取県が33件(3・9%)。1日平均2・4件で、月別では8月が最多の103件(1日3・3件)、最少は降雪のため出動できない日が多かった1月の32回(同1件)だった。降雪などで終日運行できなかった日は15日あった。

 会見した小林誠人・同病院但馬救命救急センター長は「1年目としては、非常に大きな数字を残せた」と述べ、「予測生存率が50%以下の重傷外傷患者に限ると、救命率は2~3倍に上がった」と有用性を強調した。ドクターヘリは、医師と看護師が同乗して患者のもとへ急行。治療を施し、病院に搬送する。豊岡病院拠点のヘリは11年度、関西広域連合に移管されたが、これまで通り運航を続ける。
(西井由比子)



http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201104260038.html
ドクターヘリ訓練で威力確認
'11/4/26 中国新聞

 島根県は25日、医療用ヘリコプター(ドクターヘリ)の6月導入を目指し、初の運航訓練を出雲市消防本部と共同実施した。県内9消防本部で計18回実施し、出動要請から患者搬送までを確認。円滑で安全な運用に備える。

 訓練には、市消防本部の隊員と県立中央病院(出雲市)の医師や看護師たち計20人が参加した。交通事故による重傷者1人をヘリで同病院へ搬送するまでの手順をチェックした。

 中央病院から北東約18キロ離れた伊野小(同市)近くの農道で交通事故が発生した―と想定。ヘリは要請から約12分後、同小校庭に到着した。ヘリに同乗した医師と看護師が、負傷者に人工呼吸などの応急処置を施し、ヘリに運び込んだ。

 初期の救命措置までに要したのは約20分で、陸上搬送の約3分の1に短縮した。中央病院の山森祐治救命救急科部長は「ヘリは中山間地が多く東西に長い島根県では特に有効。防災無線を活用した患者の情報収集も徹底していきたい」と話していた。



http://sankei.jp.msn.com/region/news/110426/shg11042602350002-n1.htm
県と大阪府 ドクターヘリ共同運航 あすにもスタート 滋賀
2011.4.26 02:34 産經新聞 滋賀

 近畿2府4県で唯一ドクターヘリが飛ばない空白地域だった県と、大阪府のドクターヘリの共同運航が27日にも始まる。当初は3月中の開始を目指していたが、東日本大震災の被災地にドクターヘリが派遣されていたため、延期となっていた。25日には県が大津市などで患者の搬送訓練を実施。26日も長浜市で同様の訓練を行い、問題がなければ予定通り27日に運航を開始する。

 共同運航するドクターヘリは大阪府の所有で、大阪大医学部付属病院(大阪府吹田市)を拠点に、30分以内で県内のほぼ全域に到着できる。救急医療機器を装備し、専門医や看護師が同乗して救急治療や病院への緊急搬送などを行う。

 県内でドクターヘリから患者を受け入れる医療機関は、大津赤十字病院(大津市)、長浜赤十字病院(長浜市)、滋賀医大付属病院(大津市)、公立甲賀病院(甲賀市)など10カ所。県は大阪府に対し、1回の出動につき34万2千円を支払う。

 25日の訓練は、朽木スキー場(高島市)からドクターヘリに患者を乗せ、皇子山陸上競技場(大津市)に着陸し、救急車で大津赤十字病院まで搬送した。

 大阪府のドクターヘリは平成20年から運航を始めており、すでに奈良県や和歌山県と共同運航している。24年度以降は県や大阪、兵庫など2府5県でつくる広域地方公共団体「関西広域連合」が運航を引き継ぐため、県との共同運航も広域連合に移管される予定。



http://www.y-mainichi.co.jp/news/18192/
2年ぶりに常駐医 竹富島診療所
2011/04/26 八重山毎日新聞

東京から堀田医師が着任
島を挙げて歓迎


住民のガーリで歓迎を受けた竹富診療所常駐医に就任した堀田洋夫氏と夫人の義子さん=25日午前、竹富港桟橋

 【竹富】常駐医師が不在だった町立竹富診療所に25日、堀田洋夫医師(72)が着任した。同日午前、町役場で委嘱状交付式が行われたあと、堀田氏は石垣港離島ターミナルから竹富島に向かった。竹富港の桟橋では大勢の町民が堀田氏を出迎え、2年ぶり常駐医赴任を喜んだ。堀田氏は「(皆さんの歓迎に)こんなにうれしいことはない。なんとか頑張ってみたい」と住民の歓迎ぶりに驚きながら、顔をほころばせた。

 町立竹富診療所では、医師の退職で2009年4月から常駐医が不在となり、県立八重山病院や黒島診療所の協力で巡回診療が行われてきた。
 東京都青梅市の診療所に勤めていた堀田氏はこれまでに観光で竹富島を訪れており、09年秋ごろ、竹富診療所への常駐医就任を打診され、夫人の義子さん(65)とともに移住してきた。

 委嘱状交付式では川満栄長町長が「先生の存在だけで住民に安心感が広がり、元気になる。無理をなさらずにこれまで培ってきた経験や力を存分に発揮してほしい」と激励した。
 堀田氏は「東京都の診療所の整理があり、時間がかかってしまった。竹富で仕事をすることになり、責任の重さを痛感しているが、頑張れる間は頑張ろうと思っている。島の人々の信頼を得られるか不安もあるが、よろしくお願いしたい」と話した。

 竹富港では、大勢の住民がトンチャーマ(歓迎の踊り)で堀田氏を出迎えた。上瀬頭芳徳公民館長は「東京から竹富まで来ていただき、島を挙げて喜んでいる。2年間待ち続けていた。先生がいてくれるだけで住民の健康状態も変わる。島のお年寄りが長生きできるように手助けしてほしい」と堀田氏の着任に感謝した。
 竹富島出身で堀田氏に同行した富本傳副町長も「2年間にわたる熱意でわれわれの思いがしっかり通じたかと思う。先生の生活環境が一転するので、島の人々も先生の心身を支えてほしい」と住民に協力を求めた。


http://www.y-mainichi.co.jp/news/18187/
堀田医師もびっくり
2011/04/26 八重山毎日新聞

 2年ぶりに常駐医が着任した竹富診療所。堀田洋夫氏を乗せた船が竹富港に着くと、桟橋では大勢の住民が「トンチャーマ」(歓迎の踊り)で出迎えた。同じ船に乗船していた観光客も驚いた様子で見学し、カメラに収めるなど思わぬイベントを満喫。堀田氏も「こんなに歓迎されるとは」と圧倒された様子で「こんなに元気な人たちなら診療の必要もないのでは…」と冗談も。

 島の未来を考える島民会議から東日本大震災の支援策について要請を受けた石垣市。避難者に提供できる宿泊施設の戸数や部屋数の公表など数字を伴う具体的な項目を盛り込んだ前回の要請については「決済中」「あす公表する」と回答した。26日の記者懇談会で市長が発表することになっており、記者が質問しても「あす」とガードは堅かった。



http://www.shimotsuke.co.jp/town/life/medical/news/20110426/505173
栃木の下都賀総合など 「3病院統合」県計画案に 国交付金目指し6月提出
(4月26日 05:00) 下野新聞

 県は国の地域医療再生臨時特例交付金(最高120億円)を受けるための条件となる「地域医療再生計画」案に、栃木市が提案する下都賀総合病院、とちの木病院、下都賀郡市医師100+ 件会病院の経営統合案を盛り込み、6月に提出する方針を固めた。計画案には3病院の新たな運営形態や機能などを盛り込む方向で、現在、市と3病院が県を交えて検討している。

 県はこれ以外に県内の医療機関や関係団体から受けた提案と合わせ、県全体の計画を立案する。県は当初、3月28日に計画案に関する説明会を開く予定だったが、東日本大震災の発生で中止した。

 計画案の提出期限は5月16日だったが、震災対応に追われた都道府県からの要望を受け、厚労省が6月16日まで1カ月延期した。同省は岩手、宮城、福島3県に対し、1県あたりの最高額120億円を交付する方針。

 これ以外の都道府県については、国がそれぞれの計画案を評価・認定し、交付金額を決定する。予算総額は計2100億円。病院の統合再編を含む計画案は、必要だと認められれば80億~120億円が交付される。

 3病院の経営統合協議はこれから詰めの段階を迎えるが、県が策定する地域医療再生計画の中で、事業の必要性や重要度をいかにアピールできるかが交付金獲得への鍵となりそうだ。



http://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000002050.html
医療情報は「かかりつけ医・主治医から入手」が6割以上~患者さんは「身近」な「相談できる」場で、病気や薬の情報を入手している~
フライシュマン・ヒラード・ジャパン株式会社 2011年04月26日 11:00

 フライシュマン・ヒラード・ジャパン株式会社(本社:東京都中央区)の医療専門ユニット「FHヘルスケア(代表:永田 正人)」は、通院治療中の患者さん300人を対象とした医療情報入手に関するインターネット調査を実施しました。

 「病気や治療法・薬に関する主な情報入手方法は何ですか」という質問(複数回答可)に対して、もっとも多かった回答は「かかりつけ医・主治医からの情報」の63.3%、次いで「Webサイトの書き込み/コメント・口コミ」の38.7%となりました。一方、「テレビ」「新聞」「雑誌」といったマスメディアからの情報入手は、2.3~17.3%と比較的低い割合に留まりました。
 この結果から、患者さんは主治医の問診やソーシャルメディアのような、身近で直接相談できる場を利用して、医療情報を入手していることが伺えます。

 また、「受診先の病院について、選択する決め手となった情報源は何ですか」という質問に対しては、「かかりつけ医・主治医からの情報」(33.3%)に次いで、「家族・知人からの情報」(30.0%)が他を引き離しており、病院選びの際と、実際に受診してから参考にする情報源は、大きく異なることが明らかになりました。

 今回の調査結果を踏まえ、医師限定のコミュニティサイトを運営するメドピア株式会社代表取締役で、自らも臨床医である石見 陽 氏は次のように述べています。
 「病気や治療法に関する情報源として医師がトップに挙げられていることは、相互の信頼感を現しているものと考えられ、率直に嬉しい。今回2位となっている Webサイトの書き込み・コメントの存在感は、今後ますます増していくものと考えるが、患者はその両者の情報を可能なかぎり収集し、総合的に判断していく時代になるものと思われる。また、ご自身の今後の病状や治療の進め方について悩まれている患者が多いことも再認識できたので、一医師として、遠慮なく相談してもらえる環境づくりに努めたい。」

データ:Q:病気や治療法・薬に関する主な情報入手方法は何ですか(いくつでも)
 かかりつけ医・主治医からの情報     63.3%
 Webサイトの書き込み/コメント・口コミ 38.7
 病院・医院/製薬企業のWebサイト    29.3
 調剤薬局・ドラッグストアからの情報   24.7
 家族・知人からの情報          19.0
 テレビ                 17.3
 新聞                  16.7
 病院・医院内のポスター・冊子      13.7
 雑誌                  8.0
 看護師からの情報            5.1
 患者団体・患者体験記からの情報     5.0
 公開講座・セミナー、イベントなどの集会 2.7
 ラジオ                 2.3
 その他                 4.0



【その他の調査結果】
 「自分の病気について、他人に説明できますか」という質問に対して、「ややできる」「正しくできる」と答えた割合は87.3%と、9割近くの患者さんは自分の病気を理解している。

データ Q:自分の病気について、他人に説明できますか。
 全くできない    0.7%
 あまりできない   12.0
 ややできる     48.0
 正しくできる    39.3

 「自分が飲んでいる薬の名前、効能・効果、用量を知っていますか」という質問に対して、「だいたい知っている」「全て知っている」と答えた割合は90.3%と、9割以上の患者さんが自分の飲んでいる薬についての知識を持っている。

データ Q:自分が飲んでいる薬の名前、効能・効果、用量を知っていますか。
 全く知らない     2.0%
 あまり知らない    7.7
 だいたい知っている  63.0
 すべて知っている   27.3

 病気や治療法・薬に関する悩みとしては、「今後の、自分の病気の状態について」「今後の、治療の進め方について」「食事や運動など日常生活での注意点・工夫点などについて」などが多く挙げられた。

【調査概要】
調査対象 :全国 通院治療中の患者さん(疾患問わず) 
有効回答数 :300サンプル
調査方法 :インターネットリサーチ(楽天リサーチ)
調査日時 :2011年2月24日(木)~ 2月25日(金)
調査内容 :「病院受診に関する意識調査」



http://media.yucasee.jp/posts/index/7420?la=nr3
嫌がらせで辞める医師続出の秋田の山村に新任医師
2011年04月26日 15時05分 YUCASEE Media

 医師の度重なる退職で、無医村になる危機に陥っていた秋田県・上小阿仁(かみこあに)村で唯一の医療機関「村立上小阿仁国保診療所」に、新任医師が6月に赴任することが決定した、と読売新聞が報道した。

 最近5年の間に2人の医師が相次いで退職した同村の診療所。村は相当な危機を持っているようで、読売新聞によると、一部村民による嫌がらせなどが原因で前任者の有沢医師が辞意を表明したことから、 村は「今度起きたら人物を特定して直接抗議する」と強行手段に出ることを辞さない構えだという。

 なぜ、ここまでの事態になったのか。前任者たちは、月休1~2日ほどで働き、年間の休診日は20日ほどだったという。盆明け、正月三が日開けを休診日にすると、心ない声を浴びせられるなどしたようだ。

 一部の村民は、医師は村長よりも給料が高いと思いこんだり、村から家を買ってもらっている、という思い込みもあったと言われている。

 もちろん感謝の声の方が多いとはいうものの、こうした事態は村役場の耳にも入り広報紙で次のような注意を出すほどだった。

 「有澤先生には村民の健康維持のため、献身的にご尽力をいただき、大変ありがたいことであります。しかし、土・日・祝日は原則的に休日であり、医師にも同様に休日が必要であることから、村民の皆さまには、緊急かつ必要な場合以外は、連絡を遠慮するよう配慮していただきたいと考えております」

 そして、有澤さんの前任者の松澤医師は村の広報紙の2008年9月号に「村の診療所を守るために」としたコラムを執筆。「一度は書かなければならないと思っていたことを書いてみます」と決意の表明をした。よほど、溜まっていたことがあるのだと思われる。

 村は、新任医師のために北海道まで面談に行き、長くとどまってもらいたいという考えを話したようだ。しかし、一部の心ない村民の意識がどう変わっているか。村が監視を続けていくしかないのだろうか。



http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2011/20110426160234.asp
■ 三村知事が弘大医学生と懇談
2011年4月26日(火) 東奥日報

 三村申吾知事と弘前大学医学部医学科入学生との懇談会が25日、同大医学部で開かれた。三村知事は医師不足に悩む本県の医療事情と、医師確保に向けた県の取り組みを紹介し、「将来は医師として県内で活躍を」と呼び掛けた。

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  1. 2011/04/27(水) 05:24:15|
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4月26日 震災47日目

http://www.47news.jp/feature/medical/2011/04/post-533.html
体を動かすと、心も楽に
 被災生活に重要なスポーツ
  指導者は早期の実施を

2011.04.26 共同通信 47ニュース

 東日本大震災は発生から1カ月が過ぎ、避難所暮らしや仮住まいの長期化は避けられない見通しだ。不安の種が尽きない上、じっとしているばかりでは、さらに心身の不調を招く。専門家は「被災生活には、食事や睡眠と同じくらい体を動かすことが大切」と訴えている。

 ▽忘れる時間
 「阪神大震災の時には、スポーツの重要性など唱えられていませんでした」。神戸市東灘区の賀来医院院長で神戸大臨床教授の賀来正俊医師(59)=スポーツ内科=は、自身も被災した1995年を振り返る。
 賀来医師は、被災地での運動には①暗い気持ちを明るく積極的にする精神医学的意義/②血行・代謝を活発にし、筋肉関節障害を防ぐ整形外科的意義③高血圧、便秘、不眠症などを防ぐ内科的意義―があると強調。20110423kao.jpg
 特に、強い揺れの恐怖や身近な死などで経験した心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、体を動かすことで少しでも忘れる時間をつくると、記憶が整理され重症化を防ぐことができるという。
 阪神大震災後の2年間に、賀来医師が神戸、芦屋、西宮などの中学、高校27校の生徒を対象に実施した調査では、運動部の活動をより早期に再開した生徒は、不安神経症など震災疾患からの回復が早かった、との結果が得られた。

 ▽熟睡
 今回の被災者について賀来医師は「もともと農家や漁業で体を動かしていた人がじっとしていると筋力が低下し、がたっと体力が落ちるのでは」と懸念。「一日中横になっていたら、いつ寝たか休憩したか分からなくなる。適度に運動すれば、避難所であっても夜熟睡できる。汗ばむほど体温が上がれば、インフルエンザなどの感染症も広がりにくい」と指摘する。
 運動はなるべく早い時期に始める方がよく「被災地に、体育教師やダンスの先生、フィットネスのインストラクターなどがいたら、遠慮なく指導してほしい。体育館や広場で『手をつないで歩きましょう』『お手玉遊びをしましょう』など遊戯でもいいので、とにかくじっとさせないことが重要」と話している。

 ▽足指から全身へ
 「カラダが凝り固まってきたと感じたら行いましょう」
 スポーツや健康な体づくりのための雑誌「ターザン」(マガジンハウス刊)では、東日本大震災の後、トレーナーの斉籐邦秀氏の監修で「血流改善簡単エクササイズ」をA4判2面のリーフレットにまとめ、被災地での無料配布を始めた。
 発案したのは編集部の木村俊介さん(28)。木村さんは神戸市の友人から、阪神大震災で同じ避難所にいた人が、静脈に血栓ができ血管が詰まる「エコノミークラス症候群」で亡くなった、という話を聞かされていた。
 「自分たちにも何かできるのでは」と考えていた時、ちょうど撮影に集まっていた斉籐氏やモデル、カメラマン、デザイナーらが「協力する」と申し出てくれた。
 エクササイズは座るだけのスペースがあればできる内容で、足指をグー、パーとするストレッチから、脚、腰、肩と次第に全身を動かしていく。「順番通りにやることがポイントです」
 被災地での使用に関しては著作権フリーとし、写真入りの詳しい説明はマガジンハウスのホームページ からダウンロードできる。既にツイッターなどでも紹介が進んでいる。「現地に行く人たちに、支援物資と一緒に持っていってもらいたい」と、木村さんは広がりに期待している。(共同通信 楡金小巻、飯田裕美子)



http://mainichi.jp/life/health/medical/news/20110426ddm001040043000c.html
東日本大震災:苦渋の90人放置 患者440人、避難死45人--福島・双葉病院
毎日新聞 2011年4月26日 東京朝刊

 ◇4キロ先の原発、水素爆発 職員に警官「逃げるしか」


 東京電力福島第1原発の南西約4キロにある双葉病院(福島県大熊町)の患者らが、原発事故を受けた避難中や避難後に死亡した問題で、死者は患者ら約440人中約45人に上る見通しであることが分かった。県は病院に一時90人が放置された点などを調査しているが、災害で医療機関や施設の患者ら全員の緊急避難が困難になる事態は国も想定しておらず、今後も同様の問題が起きる恐れがある。避難の経緯で何があったのか。【藤田剛、茶谷亮、蓬田正志】

 ■バス6時間

 県などによると、同病院には東日本大震災発生当時、約340人の入院患者がおり、近くにある系列の介護老人保健施設にも約100人の入所者がいた。津波などの被害はなかったが、電気や水道は使えなくなった。

 震災翌日の3月12日、原発の10キロ圏内に避難指示が出された。病院と施設の自力歩行できる患者ら209人と多くの職員が避難したが、寝たきりの患者らはできない。鈴木市郎院長によると同日、県へ救助を要請した。

 14日早朝。被ばくの有無を調べるスクリーニング検査の会場となっている福島県南相馬市の保健福祉事務所に官邸からファクスが届いた。「要救助者リスト」の中に双葉病院の名があった。

 ほどなく、陸上自衛隊が救出した同病院の患者ら約130人がバスで到着。大半が寝たきりや認知症の高齢者で、具合も悪そうだった。同行の病院職員はおらずカルテもない。副所長の笹原賢司医師(45)は不安を覚えつつスクリーニングをした。午後2時、患者らはバスでいわき市の避難所に向かった。

 いわき市までの直線距離は約70キロだが、バスは途中にある原発を避けて大きく迂回(うかい)。いわき光洋高校に着いたのは約6時間後で、田代公啓校長はがくぜんとした。車中で2人が死亡し、他の患者の多くも点滴を外して失禁していた。同校に医療設備はなく、患者の名も分からなかった。

 体育館にシートや畳を敷き、校内の机を担架にして2時間がかりで患者を運び込んだ。同校に応援に来ていた看護師はカーテンを裁断してオムツにした。15日未明、2人が息絶えた。「助けてください」。校長は地元FMで支援を求めた。

 ■3日間絶食


 鈴木院長によると、そのころ病院には患者ら約90人と院長ら病院職員4人、警察官、自衛官が残っていた。原発事故は深刻化し、陸自も救出に来ない。自衛官は原発の爆発後、「戻らなければいけない」と病院を離れたという。15日午前1時ごろには警察官から「逃げるしかない」と言われ、患者を残して隣の川内村に避難。同6時にも爆発音があり、警察官から「戻るのはあきらめた方がいい」と諭されたという。県警幹部の一人は「最初の救出の後、自衛隊がまた来るという話があったので待っていたが、来なかった(から退避した)と聞いている」と話した。

 一方、原発近くのオフサイトセンターでは陸自の幹部が焦っていた。救出担当部隊から「双葉病院にはまだお年寄りがいる」と連絡があったのに、行政の職員は「県警から避難は完了したと聞いている」の一点張りだったからだ。15日午前に病院に行くと、院内各所に寝たきりの患者がおり、異臭に包まれていた。幹部は「少なくとも患者一人一人の名前が分かり、カルテがあれば、もっと救える命があったはず」と話す。

 陸自に救出された約90人は同県伊達市や福島市の避難所に向かったが、その前後に計10人が死亡。福島赤十字病院によると、患者は3日間何も食べられずに脱水症状を起こしていた。

 ■冷え切る体


 いわき光洋高校の患者らはその後、会津地方の病院などを目指した。うち21人が乗ったバスは15日に県立会津総合病院に到着。多くの人の体は冷え切っており、看護師の一人は「危ない人がいる」と叫んだ。同日夜以降、死亡する人が相次ぎ、4月11日までに計6人が亡くなった。

 4人を受け入れた会津若松市内の老健施設でも、当初は看護師が「ばっちゃん、生きてっか」と呼びかけても反応がないほど衰弱していた。1カ月ほどして双葉病院の職員が訪れ、「見捨てたわけではない。連れて行けなかったんです」と原発事故の混乱を口にした。患者の一人は「では、なぜ今まで迎えに来なかった」と怒った。

 ■みとられず

 4月6日、県警は双葉病院で患者4人の遺体を発見した。遺族の佐藤和彦さん(47)=富岡町=は福島署川俣分庁舎の駐車場で父久吾さん(87)の遺体と対面し、「誰にもみとられずに死んでいったのか」と涙が出た。

 父の行方を捜して避難先の東京から連日、避難所などを訪ねていた。署で会った鈴木院長が差し出した死亡診断書は「3月14日午前5時12分死亡、死因は肺がん」。「本当にがんだけが理由か。なぜ、院内に放置したのか」と尋ねたが、「すいません」と言うだけで詳しい説明はなかった。大半の職員が避難した後、父はどんな状況で死んだのか。佐藤さんは「真実が知りたい」と訴える。関係者によると、死者はこのほかにも相次ぎ、計約45人に上るという。

 ■対策の想定外

 国は新潟県中越地震などで高齢者らの逃げ遅れが相次いだことを受け05年、自力で避難できない高齢者ら「災害時要援護者」の避難支援ガイドラインを策定、市町村に要援護者のリストアップや避難支援計画の作成を求めた。大熊町は09年4月に同計画を作った。

 だが、想定しているのは在宅の高齢者や障害者。病院や福祉施設の患者・入所者が一斉に施設外への避難を強いられたケースは異例で、「入院患者や入所者は施設で対応してもらうのが基本」(内閣府)だった。大熊町の担当者も「病院側と連絡が取れず、県や自衛隊とも情報共有できなかった。入院患者は想定外だった」と話す。

 双葉病院の鈴木市郎院長は3月17、21日の取材に「原発の爆発があり、病院に戻れなかった。患者を放置したわけではない」と話した。その後は病院関係者を通じ「内部で調査が終わってから話したい」としている。

==============

 ■双葉病院の避難の経緯■
 <3月11日>
午後2時46分    東日本大震災発生
午後9時23分    原発3キロ圏に避難指示

 <3月12日>
午前5時44分    原発10キロ圏に避難指示
午後2時ごろ     双葉病院の患者ら209人と職員が避難。
           院内に約220人が残る
午後3時36分    1号機で水素爆発
午後6時25分    避難指示が20キロ圏に拡大

 <3月14日>
早朝         自衛隊が双葉病院到着。患者ら約130人を救助。
           院内に約90人が残る
午前11時1分    3号機で水素爆発

 <3月15日>
午前1時ごろ     院長らが避難。
           患者ら約90人は院内に
午前6時       2号機で爆発音。4号機で水素爆発
午前10時~正午ごろ 自衛隊が双葉病院から患者ら約90人を救助

 <4月6日>    県警が病院から患者4人の遺体を収容



http://www.saitama-np.co.jp/news04/26/10.html
「継続的な支援必要」 気仙沼派遣の県立病院看護師
2011年4月26日(火) 埼玉新聞

宮城県の気仙沼市立病院に派遣された県立小児医療センターの立花亜紀子さん=さいたま市岩槻区の小児医療センター

 東日本大震災の被災地で医療支援をするため、県立病院の看護師らが宮城県の気仙沼市立病院に派遣された。現地で救急患者の対応に当たった県立小児医療センター(さいたま市岩槻区)の立花亜紀子さん(42)は「現地の医療スタッフらは不眠不休で対応に当たっている。被災地は衛生面が悪く、それが患者の体調にも影響しているのでは」と振り返った。

 立花さんによると、気仙沼市立病院は市内の高台に位置する。地震や津波による被害はさほどなかったが、被災した職員も多く、十分な診療態勢がとれていない。周辺の医療機関が被災した影響もあり、同病院には救急患者が次々と搬送され、入院患者をほかの病院に転院させるなどの対応に追われていた。

 そんな状況の中、県内から派遣された看護師らが、震災発生から11日経過した3月22日に現地入り。立花さんは約1週間、救急搬送されてくる外来患者の対応に当たった。

 「患者さんの中には、話をしたがっている人も多い。できるだけ話をしてあげてください」。現地の医療スタッフから説明を受け、そうしようと心掛けた立花さん。だが、救急患者はひっきりなしに搬送されてくる。「じっくり話をする余裕はなかった」ほどだった。

 気仙沼市内は地震発生直後に起きた大規模火災の影響で、灰やほこりまみれ。白い靴が真っ黒になるほどで、津波の影響から魚も散乱し、腐臭が漂う。避難所では十分な生活用品がそろわず、「何日も同じ靴を履き、着替えもできない。断水で手も洗えず、決して衛生状態がいいとは言えない」状況。立花さんらは後続の派遣チームに連絡し、下着や靴などの物資を送ってもらうようにもした。

 避難所に避難した人たちは集団生活のため、一人が体調を崩すと、免疫力が弱い子どもや高齢者はすぐ感染してしまう。十分な薬が確保できず、持病を悪化させる人もいた。脱水や便秘、肺炎を訴える人も相次いだ。

 患者を支える病院側のスタッフも、困難を抱えながらの支援が続く。3分の2近くのスタッフは家族や親族を亡くしたり、自宅が倒壊するなどした。「避難所にいると、現実に戻ってしまう。それを忘れるためにも仕事に打ち込まないと」と、病院で寝泊まりを繰り返す女性スタッフも。被災地では、誰もがさまざまな不安を抱えながら、日々を過ごしていた。

 今回の派遣を通し「もっとできることをしたい」と実感した立花さん。被災者には「頑張ろうと言っている人が多いけど、自分を追い詰めてしまう。頑張りすぎずに頑張ってもらいたい」と励ます。今後については「継続した支援がないと、復興は進まない。いろいろな角度から支援していく必要がある」と話していた。

 県立病院の看護師派遣は3月22日から4月11日まで続けられ、延べ40人の看護師と事務10人が現地で救急外来の患者対応などに当たった。4月12日から5月6日までは、福島県田村市と三春町に精神科医など「心のケアチーム」を派遣。現地で被災者の心のケアに当たっている。



http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1104/26/news095.html
ボランティア情報がない?
ネットを活用した被災地支援に取り組む藤代裕之さんが、「現場」の状況や課題を報告する連載の9回目。都内の窓口では一般ボランティアの募集情報を見つけにくい情報が続いていた。そこには、ボランティアを取り巻く構造的な課題があった

2011年04月26日 20時59分 更新 IT media

大震災の情報源としてインターネットが活用されているが、被災地からネットで発信される情報はあまりに少ない。震災被害はこれまでの経験と想像すら超えており、ネットにおける被災地支援、情報発信も従来のノウハウが通用しにくい状況だ。

ブログ「ガ島通信」などで知られる藤代裕之さんは現在、内閣官房震災ボランティア連携室と連携している民間プロジェクト「助けあいジャパン」に関わっている。ネットを使った被災地支援の「現場」では何が起き、何に直面しているのか。ネットという手段を持つるわたしたちには何が求められているのだろうか。震災とネット、情報を考える、マスメディアには掲載されにくい「現場」からの現在進行形のルポとして、藤代さんに随時報告していただきます。(編集部)

▼その1:「情報の真空状態」が続いている
▼その2:できる範囲でやる──ボランティア情報サイトの立ち上げ
▼その3:「ありがとうと言われたいだけのボランティアは 必要としていない」
▼その4:ターニングポイントになった夜
▼その5:チームを作る 誰がDBを作るか、プロデューサーは誰か
▼その6:有用性と実装スピードの両立 「とにかくこれでやらせてくれ」
▼その7:データベースは5カラムで設計 学生チームが入力を始める
▼その8:Yahoo!チームが訪ねてきた データベース情報の利用が始まる

 ボランティア情報ステーション(VIS)の役割は、各団体のブログに点在するボランティア情報を集約し、ポータルサイトなどにデータ提供して多くの人に利用してもらうことだ。ネットで収集した情報に加えて、紙情報も収集しようと都内のボランティアセンターや社会福祉協議会を調査した。そこで「紹介できるボランティアはない」という事態に遭遇する。
ボランティア情報がない

 ボランティア活動の中心である区民館やコミュニティセンターなど地域の公共施設に行くとチラシが置いてあるが、Web化されている情報はわずかだ。ボランティア情報は紙で、ネットではその一部しか公開されていないのではないかと予想していた。

 VISの活動が軌道に乗ってきたこともあり、都内の公共施設で紙情報がどのくらいあるか調査を行った。これは、VISが一般のボランティア希望者へ情報を提供していることもあり、どのような情報環境に置かれているのか調べておく意味もあった。

 全てを見たわけではないが、スタッフからの報告は「ボランティアはないとのこと」「登録だけは行っています」という状況だった。該当エリアに本部を置くNPOやNGOからの情報もない、東京ボランティア・市民活動センターに問い合わせるように伝えるだけ、という窓口もあり、ボランティア情報の提供窓口としては機能していなかった。

 一方で、説明会や登録会を実施すると満員になるほどで関心は高いとの情報も入ってきた。神奈川では、ボランティア登録には700人以上の参加があり、埼玉県では1次避難所の支援のボランティア受付に早朝から人が並び、時間前に登録が終了していた。

 「何か貢献したい」というボランティア機運の盛り上がりに対して、活動の場を紹介できない状況になっていた。VISにもボランティアを募集すると人が殺到し、掲載をやめてほしいという依頼が届くようになっていた。ボランティアが活動できるところが少なく、ボランティアを募集すると問い合わせが多すぎて対応ができなくなり、情報を出すのをやめるというマイナスのスパイラルが起きそうになっていた。

ボランティア受け入れすら難しい被災規模

 なぜ一般のボランティア情報が少ないのか。

 これまでボランティア団体や社会福祉協議会(社協)、ボランティアセンターなどと縁遠かったために当初は分からなかったが、VISの活動を通じて次第に理由があることが分かってきた。それはボランティアを取り巻く構造的な課題でもあった。

 まず、被害が甚大でこれまで対応してきた範囲や規模を大幅に超えていたことによる機能不全があった。

 ボランティア活動は、ボランティア団体だけで行っているわけではなく、自治体や社協の職員が不可欠だが、今回は職員や庁舎・事務所が被災していた。その上に、物資や人の受け入れや情報把握といった作業によって「現場化」し、コーディネーションの機能が失われてしまっていた。スタッフが訪ねたある都内社協では、一度目は「ボランティアはない」といわれ、二度目は「被災者受け入れで忙しい」と対応してもらえなかった。

 活動するための条件が厳しいということもある。

 被災地では津波被害で、街自体が壊滅状態の地域もある上、車が利用不能になり、ガソリンも不足気味で、一般ボランティアが現地に入っても移動手段の制約や宿泊場所、食事確保が難しい状態が長く続いていた。阪神淡路大震災では西宮市まで鉄道があって大阪からアクセスできたし、新潟県中越地震でも新潟市が機能していたが、東日本大震災では被災地が青森県から福島県、千葉県、茨城県にも広がっており、面として広範囲の上、鉄道・空港・道路が寸断され、拠点となりえた仙台ですらアクセスが厳しかった。

 そんな中で、医師や保健師などの専門的スキルを持ったボランティアか、自己完結型と呼ばれる、宿泊場所や移動手段を自分で確保できるボランティアでなければ活動できないといった情報が広がっていった。後者は、普段は海外援助などを行っているNPO・NGOが担っていた。社協やボランティア団体の中には一般ボランティアなど必要ないとあからさまな受け入れ拒否を行うところまで出ていた。

 また、インターネットでの情報発信やデータベースの登録によるポータルサイトへの情報提供の必要性もあまり理解されなかった。震災によってボランティア熱が高まっているが、普段はボランティアに参加する人はそう多くない。社会福祉協議会は、地域内の団体とのやりとりで、その団体は支援者らとの情報のやり取りをしていれば十分だった。

現地から「ボランティア足りない」との情報が

 一般ボランティアは必要とされていないのではないか……落ち込むスタッフを力づけたのは現地から入手した情報だった。

 宮城県石巻市の地域紙・石巻日々新聞の4月5日付1面は「災害ボランティアセンター 人手まだまだ足りず」の見出しでボランティアが不足していると報じていた。

 石巻はボランティア受け入れが大規模に行われている地域として知られている。石巻専修大学と隣接する陸上競技場にボランティア拠点が設けられ、市内各地でのボランティア活動に出かけていく。鉄道は不通になっていたが、高速があり、仙台市までの路線バスも出ていた。記事によれば4月4日までに 1500人以上が全国から訪れて活動したという。それでも足りないと記されていた。

 一般ボランティアをバスに乗せ、被災地で片付けや泥除去を行うボランティアバスが各地の社協や団体によってボランティアバスが活発になるのは4月中旬以降になっていた。



https://www.cabrain.net/news/article.do;jsessionid=4CDC116BE30796910C8A279C60D13344?newsId=33886
原発事故への対応で米国医師らが講演
( 2011年04月26日 21:49 キャリアブレイン )

 福島第1原子力発電所の事故による健康や心理への影響などをテーマにした緊急国際シンポジウムが4月26日、徳洲会病院グループでつくるNPO法人「TMAT」主催で開催された。シンポジウムでは、米国の医師ら3人が放射線の医学的作用や安全対策などについて講演。認証保健物理博士であるアンディ・カラム氏は、被ばくした患者を治療した医療従事者が被害を受けた例はないと強調し、患者の健康状態に応じて適切な対応を取るよう、会場に集まった医療従事者らに呼び掛けた。

 カラム氏は、安全対策の一つに「汚染のコントロール」を挙げ、▽被ばく患者の汚染を除去する▽被ばく患者からの汚染の広がりを防ぐ―ことなどを紹介。重度に汚染された患者でも、医療従事者に与える危険はほぼ皆無だと強調した上で、必要な場合には汚染除去を待たずに救急救命処置を実施するなど、患者の健康状態を考慮して対応すべきとした。ただ、可能な限り汚染の機会を少なくするため、被ばく者に接する場合は、感染症への対応と同様に、標準的な予防措置を用いる必要性も指摘した。

 ニューヨーク市保健局緊急対策室顧問のキャスリン・ウラネック医師は、放射線の健康への影響には、数日から数か月以内に見られる「確定的影響」と、年単位の時間がかかる「確率的影響」があると説明。確定的影響は、急性放射線症や皮膚障害などだが、ウラネック氏は、今回の原発事故で一般市民にこれらの影響が出ることはまずないとの認識を示した。一方、発がんなどが想定される確率的影響については、線量が低いため、発がん率が有意に上昇するとの推測は困難とする一方、経年変化を注視すべきとした。

 最後に講演したアラバマ大准教授のスティーブン・ベッカー博士は、放射線被ばくの問題では国民の関心が健康への不安に集中することから、医療従事者に情報を求めるケースが多いと説明。災害時に効果的なコミュニケーションを図るには、行政機関だけでなく、医療従事者が重要な役割を果たすと強調した。具体的には、▽放射線被ばくスクリーニング後も情報提供ができるように連絡先を伝える▽医療機関では患者だけでなく、スタッフとその家族にも情報提供する-などを例示。このほか、妊婦や小さな子どもを持つ母親などに医学・科学的な情報を基に助言したり、個別のニーズに対応したりする必要性も指摘した。



http://sankei.jp.msn.com/region/news/110426/ibr11042620040008-n1.htm
医療再生基金の弾力的運用を 茨城知事が厚労相に要望書 
2011.4.26 20:04 産經新聞

 茨城県の橋本昌知事は26日、厚生労働省を訪れ、医師確保対策のために創設された「地域医療再生基金」の臨時特例交付金について、災害復旧対策に使用できることなどを求める要望書を細川律夫厚労相に提出した。細川厚労相は「できるだけのことはしたい」と答えた。

 要望書で橋本知事は「茨城県内の医療施設の被害総額は200億円を超えると想定される。阪神大震災以上の手厚い財政支援措置が不可欠」とし、「被災県として特例のご配慮を」と訴えている。



http://www.time.com/time/specials/packages/article/0,28804,2066367_2066369_2066313,00.html
The 2011 TIME 100

Meet the most influential people in the world. They are artists and activists, reformers and researchers, heads of state and captains of industry. Their ideas spark dialogue and dissent and sometimes even revolution. Welcome to this year's TIME 100

Takeshi Kanno
Doctor

By Krista Mahr Thursday, Apr. 21, 2011

Takeshi Kanno always knew he would save lives in his line of work ― but never as many at one time as he did on March 11. The 31-year-old doctor was on duty at the Shizugawa public hospital in the Japanese town of Minami Sanriku when he heard the tsunami alert. He immediately began moving patients to the highest floor, helping dozens of people in the short window between the 9.0-magnitude quake and the deadly wave. When the wall of water arrived, Kanno watched it swallow the street in three minutes, taking the patients he couldn't move with it. "We went downstairs, and everyone was gone," he says.

Over the next two days, Kanno refused to leave those he'd helped survive. When evacuation helicopters arrived, he waited until the last of his patients had gone before he too left. Three days after the quake, he at last made it back to his wife, just hours before the birth of their second child, a boy they named Rei. The name evokes two meanings: in English, a beam of light; in Chinese and Japanese, the wisdom to overcome hardship.

  1. 2011/04/27(水) 05:19:37|
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4月25日 医療一般記事

http://www.sanyo.oni.co.jp/news_s/news/d/2011042509215251
ミャンマー医療人育成を支援 NPO法人が福山支部開設
(4/25 9:21)山陽新聞

 ミャンマーの医療技術向上に取り組むNPO法人「日本・ミャンマー医療人育成支援協会」(岡山市)の福山支部の開設式が24日、福山市御幸町下岩成の事務所であった。

 式には会員ら約30人が出席。岡山大名誉教授の岡田茂理事長(71)が「会員約450人のうち、備後地域が約3分の1を占める。新たな活動の拠点にしていきたい」とあいさつ。ミャンマーに赴き、事故で口などに大けがをした女性に顔面の手術を行った岡山大病院の木股敬裕教授(51)が現地の状況を報告した。

 同協会はミャンマーへの医療協力を続けてきた岡田理事長らが2006年に設立。同大医学部にミャンマー人医師100+ 件らを招き、C型肝炎や子宮頸(けい)がんの予防や診断に関する研修を実施。また、形成外科医らを現地に派遣し、先天的な異常や事故による大きな傷を治す手術を行っている。

 事務所にはボランティアが常駐、ミャンマーの医療に関する情報を会員らに提供する。西山央子支部長は「支部を情報交換の場とし、支援の輪を広げていきたい」と話した。



http://medg.jp
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医局撤退
獨協医科大学神経内科 小鷹昌明

2011年4月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 
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 大学病院勤務を18年間続ける中で、私はこれまで送別の機会に幾度となく立ち会ってきた。それぞれの医師がそれぞれの事情で、それぞれの転地に移動していく姿を眺めてきた。円満な笑顔の一方で、憤懣やる方ない表情や歪んだ笑みを浮かべる方もおられたような気がする。同じ医局に属し、同じ研修を受け、同じ診療に従事し、質の高い教育と研究とを行ってきたはずである。
紛れもなく自分を急成長させた現場であり、他の医局員たちの激励と優しさとに触れ、夢と希望との中で賞賛の美をもって人生の転換期を迎えるはずであった。
 しかし、昨今の医師不足と不況とにおける潜在的戦時下では、一般的な常識は通じなくなった。折しも、国内観測史上最大のマグニチュードを有する震災が東日本を襲い、世の中は混乱を極めた。

 これからの時代において強調すべきは、まず“生き残る”ことである。生き残れてこそ、人生や仕事や恋や友情といったものの甘美を味わうことができる。“サバイバル”のための戦略を練る必要がある。人生の再スタートを考える優駿な医療者たちのために、本稿では「医局の正しい撤退の仕方」のススメを説く。医局に属する先生方の将来に暗い影を落とさぬようアドバイスをしたい。

 私は、これまでの職歴において、半年間ほど関連の市中病院に出向し、2年半にわたって英国に留学した経験を持つが、それ以外の期間のほとんどを大学病院で過ごしてきた。在籍していられたのは、大学病院の環境が真綿のように心地良かったからではない。私が優秀で成功者だったということではさらにない。大学病院を馴染ませ、ほどよく使いこなし、共依存を繰り返してきたからである。言い換えるならば、上手く利用してきたからである。
 大学病院の変遷をずっと見続けてきた私だからこそ、伝えられる知見がきっとあると思っている。

 転職、あるいは医局を辞めるための初期動作は、まず“自身の自己固め”である。
 「なぜ、自分は医局を辞めるのか?」、このことを徹底的に内観し、自らに語りかけることである。「医局を辞めてまでも実現したい自分の夢や希望が、本当にその形でしか実現し得ないものなのか」ということを奥底まで考える必要がある。己の今後の人生のすべての源であるからして、努々この自己省察の過程を怠ってはいけない。
 抽象的な言い方かもしれないが、願望や欲望といったものは大脳で考えるにしても、最終的な決行に関しては、「魂の声が聞こえるか」というところで判断する。

 たとえば、私に寄せられる周囲の期待に、無謀とも思える“作家と議員”とがある。「小鷹先生、いつもつまらないエッセイばかり書いていないで、今度は小説でも書いてみてくださいよ」とか、「医療のことを勉強して持論を振りまいているなら、県会議員にでもなって仕組みを変えてくださいよ」などと言われることが、ままある。
 それは、周囲が面白可笑しく囃したてているだけかもしれないが、こうしてインターネット・メディアに論文を投稿したり、県の医療協議会に出席したりしていることを考えれば、私が思想家や映画監督や花屋や黒魔術師やひよこ鑑定士になるよりは、現実味があるのではないかと思う。なぜそうしないかといえば、能力もさることながら、心の叫びとして聞こえてこないからである。
重要なことは、“真摯な思索”と“魂の納得”である。

 さらに、“自己固め”と並行して練り上げる作業は、“タイミングの見極め”についてである。そのためには、“医局の変遷”を理解しておかなければならない。

 医局とは、“主任教授の交代を契機に新陳代謝を繰り返す人体器官”のようなものである。脳や脊髄に教授や准教授が君臨し、重要臓器は講師が陣取り、手足には助教がひしめき合い、皮膚だの髪だの爪だのという代謝回転の速い最前線にいるのが研修医である。
 だから、医局には栄枯盛衰がある。諸行無常の響きの中で常に流動的に変化している。その時々の流行りと廃りとの中で、医局というものは発展と衰退とを繰り返している。

 まず、医局の勢力がもっともボトム化する時期は、紛れもなく主任教授の交代時期である。教授の退官時期が近づくと(たとえば残り2年を切ったあたりから)、医局の人事は一気にざわめき立つ。次期教授候補の噂はもちろんのこと、現教授の退官前の記念学会の幹事を任されたり、業績集なるものを作成したりするなどの引き継ぎのための雑務が増えてくる。
 方針の定まらぬうちに入局する新人医師も少なく、ここは現医局員の正念場ともいえる。現在の教授に仕えていた医局員たちも身の振りを考えるようになるが、この時期に辞めることは得策ではない。しばらくは、静観することである。

 ここでは論点が惚けるので教授選に関する話題には触れないが、辞めることを考えている医師は、新教授の誕生した後の数年間をよく観察することである。
 就任直後の教授は意欲がある。理想とする医局の姿についての青写真を描いている。その結果、ガッツある教授の基には人も集まる。魅力的に映る医局は、確かに何かしらの“ウリ”がある。「教授の世界的権威」、「充実した研修システム」、「ブランド病院へのコネ」などである。
 そうした雰囲気に流されて、「何となくこの医局ならやる気を引き出してくれるのではないか」という幻想を抱いて入局する医師も、「これだけ人気があるのだから、働きやすいだろう」という期待を胸に入局する女医も、中にはいる。さまざまな人種の入り混じった医局は、一気に活気の高騰をみせる。
 積極果敢な教授、それに惹かれた野心的だが個性的な中堅医師、流れに感化された真面目だが少し軟弱な若手医師・研修医といった見事なまでのグラデーションに彩られた時代に、医局はもっとも栄耀栄華を極める。

 次に待っている作業は、医局の統制である。さまざまな思惑や利害や見通しの調整に入る。“優秀”-“凡庸”、“スペシャリスト”-“ジェネラリスト”、“男性医師”-“女医”、“平等主義”-“能力主義”、“上昇志向”-“安定志向”などの観念性を持つ人たちを、上手く棲み分ける必要がある。それが巧妙に行われないと、医局は斜陽に傾く。もともと豊富な人材を抱え、多様な価値観を有する医師の多い医局ほど、その調整には膨大な労力が支払われる。
 医局は、何年かに1度登場する、(教授以外の)“秀逸した人望を有する人間”の発揮する、“卓越したマネージメント力による多数の賛同”によって支えられている。そういう人材を確保できなかったり、その人物に手厚い擁護を与えなかったりした医局は、どんなに規模が大きかろうが、やがて瓦解する運命にある。

 直ぐにご理解いただけたことと思うが、この中でいつ辞めればよいかといえば、当然、最盛期である。「そんな良い時期に」と思うかもしれないが、引き際の美学を考えるべきである。雰囲気のもっとも良い時期の退職は引き留めも少なく、本気度が伝わりやすい。また、何よりも医局への迷惑が最小限で済む。

 辞めるための意志決定と時期とについては、コンセンサスが得られたことと思う。
 ここまで到達した結論というのは、感情だけではないので揺らぎようがないし、理屈だけでもないので崩しようもない。ここに至れば“医局撤退”は、8割がた完遂したようなものである。後は実行あるのみである。が、ここでさらに、実践のために必要な“コツ”について、若干の補足を加える。

 辞める動機については、実際のところ「実家の両親の体調不良」か「開業準備」であることが多い。いずれの理由にせよ、周囲の同情と共感とを集める工夫をしておくことが、円満退職を得るための大切な要因となる。
 一方、仮にそうであったとしても、「仕事がきついから辞める」、「子供の教育のために転居する」、「結婚したから休職する」、「屋久島で1年くらい暮らしたい」、「北アルプスをテントを持って縦走したい、一度でいいからオーロラを見て犬ゾリを体験したい、それが叶わぬなら、知床の流氷くらいは見たい、それもだめなら、せめて...(失礼)」というような、遠回しにしてもそういう理由を悟られるような言動は避けるべきである。同期が居れば尚更のこと、逃げの態度や個人の我欲は快く思われない。

 また重要なことは、「現職場を否定的でも肯定的でもなく、ニュートラルな立場で捉えて、態度に示す」ということである。仕事の手を抜いたり、周囲に不満を漏らしたりする行為は、厳に慎むべきである。残される者の共感を生むことにはけっしてつながらないし、評価が落ちてから辞めたのでは後難を残すこととなる。
 徐々に居場所がなくなっていくような喪失感に襲われ、塩漬けのような立場を甘受する前に、ここは8割、いや9割、下手したらこれまで以上の余録を残し、惜しまれつつ辞めるということである。

 つまり交渉時に成すべきことは、人事の統括者に対して、「ありのままの熱意を真摯に示す」ということと「作法を遵守する」ということである。「この申し出を承諾しないと、この者の人生は大きく常軌を逸してしまうであろう」ということを、「己の魂において選択せざるを得なかったという丁寧な態度」で理解してもらうというところにある。すなわち、今回の決断が、冒頭で示した「“サバイバル”のために不可避なこと」であるということに帰結していれば、事を起こすのはそう難しいことではあるまい。
 最後に、こうした交渉においては、折衷案として「時期を待ってくれ」とか、「その前にお礼奉公を済ませてからにしてくれ」という代替案を提示される向きもあるが、その落としどころについては各人の判断に任せることとする。

 と、ここまで散々述べてきてから言うのも何だが、私の本題は“医局撤退”に関するハウツーを説くものではない。“医局を辞めたくなる動機”を考察する前振りとして論じてみただけである。人のために働きたいという情熱に溢れた高校生が医学の門を叩き、決して安くはない授業料を負担してもらい、さまざまな難関を突破して医師免許証を手に入れたとする。
 2年間の研修を受けたうえで、どこかの診療科に入局する。出身大学の医局か自分の興味に近い医局を選ぶことが多いが、中には、まったく知らないブランド病院に飛び込むものもいる。入局すると年功序列の“医局人事”が待っている。まず、大学病院での後期研修が1~2年あり、続いて、一般的には関連病院へと出向し、2、3年ずつ病院と大学とを往復する。

 そんな中で医師になって理解することは、世の中の“理不尽さ”と“不条理さ”とである。突然襲いかかる病気に対して耳慣れない病名を告げ、これからどういう事態が起こるか想像できない中で診療を継続する。それに対して、あまりに無力な人間と医療との限界を痛感する。
「人間として許されることをしているのか」という自問は、普通の暮らしの中ではあまりないことであろう。「自分は正しい」と感じるよりも、「自分は間違っていないか」という検証のために多くの時間を割いて生活することになる。
 もちろん、それは医師であれば誰でも考えることであるし、そもそも、毎日毎日何十人もの病人や怪我人と付き合い、月に1度くらいは自分の受け持ち患者が死ぬ世界においては、「凍てつくツンドラの大地にひまわりの種を撒き続けるような不毛を繰り返すだけ」と言われても仕方がない。

 30代半ばともなれば、結婚や家庭、ライフ・スタイルなど、自分自身の将来を考える時間が頻繁におとずれる。勉強と試験とを繰り返し、医師人生を駆け抜け、落ち着いてきた頃に、「どんなに頑張ってみたところで、皆が教授や大病院の院長になれるわけではない。多くの医師は親の後を継いで開業医になるか、一般市中病院で勤務医として働くか、そのどちらかである」ということに気付く。
 そんなこともわからず大きなリスクを背負って、いつ破滅してしまうかわからない状態で、自分の可能性の限界までかけて働いていくのか? あるいは、医療を生業として、自分の手の届く範囲の患者に対してのみ誠実な医療を心がける程度で満足して、ひとりの人間として愉しい人生を求めていくのか? 現実的には、この2つの選択の狭間で、教授や大病院の院長になれない多くの医師らの心は揺れ動いていくのである。
 だから、医局が厭になる原因は「やりたいことができずに働かされている」という憤懣感と、「いくら仕事をしても浮かばれない」という虚無感である。ここを上手く切り抜けないことには、将来の医局撤退の意向を払拭することはできない。

 それにしても、大学病院はなぜ斯くも医局員をあるがままの状態にしておかないのか? それにはいくつかの要因が考えられるが、ひとつは歪んだ制度のため、もうひとつは潜在的な階層のためである。

 大学病院というところは、文科省や厚労省から委託を受けた社会労働の出先機関であるからして、それを批判したり、離奪を促したりするような情報や論拠が、そう易々と手に入るはずがない。特に支配民を、常に社会的使命感を建前に骨抜きにしながら操作することにかけては半世紀以上にわたりGHQ(General Headquarters)生え抜きの技術を持つ我が国であるからして、“GHQ(Go Home Quickly)“などと自由裁量に振る舞うことを容認するはずがないのである。
 勝手に決められた新臨床研修医制度や包括医療制度などは、平たく言えば、医師のみならず病院を市場原理の波に放り込むことであった。病院を弱肉強食の淘汰競争の中に陥れ、その一方で、厚労省の思惑を常に伺わなければ生きていけない存在として規定する。

 誰にも保護されずに生存競争を強いられる弱者ほど、官僚からみてコントロールしやすい組織はない。さらに大学は、職務と人員とにおいて、ピラミッド型の上下関係に整序された組織的構造を有する。狭義にはカトリック教会の教階制を、広義には中世ヨーロッパの封建社会の身分構成より模倣されたヒエラルキーが潜在的に存在する。
 医療現場が心地良くならない理由は、やはり医師のどこかに「オレたちは苦労したのだから、お前たちも苦労するのが当たり前だ」と思っていることである。これは、もう確実に言えることである。なぜか私たちは、自分が経験させられた苦痛を他人にも経験させようとする。「自分がつらい思いをしたから、他人には同じ痛みを味わって欲しくない」と口では言うかもしれないが、実行する人は驚くほど少なく、自分がされて厭だったことは、見事に世代間継承されていくのである。
 それは、きっと他人に苦労を強いることでしか、自分の価値を認めてもらえる方法を見出せないからではないのか。「このような苦痛に耐えてきたオレはすごいだろう」ということでしか尊敬を得る方法を知らなくなってきているからではないのか。
 こういう文章を書いている私だって、うわべは「後輩には苦労をかけたくない」と言っているが、自分の仕事がキャパを超えると、「何でいつまでも自分が頑張らなければならないのだ」と、正直思っている。

 大震災の後で考察したことだが、「私たちが生きている社会は一過性のものであって、始まりがあった以上、いずれ終わりがある」という考えを持っていると、「今あるこの社会が、いずれ、どのような形にせよ、今とは違う社会になるかもしれない」ということに、関心を寄せるようになる。
 そういうことを何かにつけて想い出している人の方が、今ある社会がこれからもずっと続くと思っている人よりも、社会が大きな変革期に入ったときに慌てない可能性が高い。「なるほど、こう変わっていくわけね」と傍観できる人は、「このような変化をきたすなんて」と動揺している人よりも、変革期を生き延びられる確率が高い。
 “生き残る”ということの根源的な意味は、そういう発想なのかもしれない。

 映画「Public Enemies」で、伝説のギャング役のジョニー・ディップが殺されずに仕事を続けられる理由として、「オレたちは一流だ」と思っていることと、「今日が愉しければ明日のことは考えない」と考えていることであった。生き残って仕事を続けるためのひとつの思い込みかもしれないが、刹那的な現代の医療現場と共通するような気がする。

 話しの最後は、生きることに対する尊大的で妄想的な内容になってしまった。
 「こんな“撤退のススメ”を語って、小鷹先生は医局を辞めたいのですか?」という質問が当然聞こえてきそうである。ここまで手の内を明かしておいて、辞めるも何もないであろう。「私のようなボンクラで組織不適格者が、結構愉しんで大学病院に勤務している」という現実に一番驚いているのが、何を隠そう当の本人である。
 「(個人にしても医局にしても)最終的に生き残るためには、医局を自由に円滑に辞められる」という体制であった方が、わだかまりも少なく、医療の現場を良くするためには必要なことなのかもしれない。



http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201104260038.html
ドクターヘリ訓練で威力確認
'11/4/26 中国新聞

 島根県は25日、医療用ヘリコプター(ドクターヘリ)の6月導入を目指し、初の運航訓練を出雲市消防本部と共同実施した。県内9消防本部で計18回実施し、出動要請から患者搬送までを確認。円滑で安全な運用に備える。

 訓練には、市消防本部の隊員と県立中央病院(出雲市)の医師や看護師たち計20人が参加した。交通事故による重傷者1人をヘリで同病院へ搬送するまでの手順をチェックした。

 中央病院から北東約18キロ離れた伊野小(同市)近くの農道で交通事故が発生した―と想定。ヘリは要請から約12分後、同小校庭に到着した。ヘリに同乗した医師と看護師が、負傷者に人工呼吸などの応急処置を施し、ヘリに運び込んだ。

 初期の救命措置までに要したのは約20分で、陸上搬送の約3分の1に短縮した。中央病院の山森祐治救命救急科部長は「ヘリは中山間地が多く東西に長い島根県では特に有効。防災無線を活用した患者の情報収集も徹底していきたい」と話していた。

  1. 2011/04/26(火) 05:58:05|
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4月24日 医療一般記事

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saga/news/20110424-OYT8T00073.htm
民営化1年、黒字転換医師確保、ベッド稼働率98%
(2011年4月24日 読売新聞)

 医師不足と赤字経営に悩まされてきた武雄市の武雄市民病院が民営化されて1年以上が過ぎた。経営を引き継いで新たなスタートを切った新武雄病院(135床)は年中無休の救急医療を維持しながら、黒字経営に転換させ、施設の移転新築にも着手した。この病院再生の取り組みに、赤字経営に苦しむ公立病院を抱える全国の自治体関係者が関心を寄せている。 国立療養所を前身とする武雄市民病院はピーク時、12診療科計16人の医師で患者をみていた。しかし、2004年度から研修医が自由に研修先を選べる新臨床研修制度が始まると、多くの若手医師が都市部の病院での研修を希望し、そのまま勤務するケースが増えた。市民病院でも、協力関係にあった大学病院の勤務医が減ったことから医師確保が難しくなった。06年度には11人に減少。08年度には救急車の受け入れと内科の平日午後の診療が休止に追い込まれ、累積欠損金(赤字)は約10億3000万円に膨らんだ。

 このため市は民営化の方針を打ち出し、移譲先を全国公募。名乗りを上げたのが社会医療法人財団「池友(ちゆう)会」(北九州市)で、08年8月から市民病院に医師を派遣するなどの移行期間を経て、10年2月にグループの社団法人「巨樹の会」(山口県下関市)が本格的な経営に乗り出した。

 法人側は早速、▽十分な医師を確保しての診療体制の充実▽重症患者の受け入れ範囲を広げるなどして空きベッドをなくす病床の効率運用▽コスト削減など経営効率化▽患者目線によるサービスの向上――などの改善に乗り出した。

 この結果、医師はピーク時と同程度を確保でき、前年の外来・入院患者から算出される標準的な医師の配置数を示す「医師定数」に対する充足率は約150%に上がった。10年2月~11年1月の1日平均入院患者数は132・5人、ベッド稼働率は98・1%。民営化前の07年度に比べ、平均入院患者数は34・4人、稼働率も20ポイント以上も増加。民営化直後の2か月は150人前後だった毎月の新規入院数も、半年後には各月200人前後にまで伸びている。

 市内のパート女性(26)は「地元に病院が残って安心している。しっかり診てもらえるならば、民間でも構わない」と話す。

 総務省によると、全国の自治体病院の約60%が赤字経営で、09年度の累積欠損金は約2兆2000億円に上る。このような背景もあって武雄市には、公立病院の経営改善を模索する自治体関係者の視察も目立っている。昨年度は山口県萩市や群馬県みどり市などの議員が訪れた。

 巨樹の会の鶴崎直邦理事長は「(民営化後の)1年は黒字基調で推移している。交付金など手厚い支援があっても多くの公立病院は赤字。民間にできない不採算部門の医療を除けば、公立で病院を運営する時代は終わったのではないか」と話す。民営化を進めた武雄市の樋渡啓祐市長は「医師不足、赤字の悪循環に苦しみながら、行政が公立病院を運営するよりも病院経営のノウハウに長けた民間に任せたほがいい。新武雄病院を全国のモデルにしたい」と意気込む。

 一方、公立病院の民営化は、議会、医師会など地元との調整が難航して政争に発展するケースもある。武雄市でも反対する市民が樋渡市長の解職請求(リコール)の動きを見せたため、市長は任期途中で辞職。08年12月に民間移譲の是非を問う出直し市長選が行われ、市長が再選された経緯がある。10年5月には「病院の土地・建物を約3億9000万円という不当に安い価格で譲渡した」などとして、反対派が市を相手取り、総額約21億6000万円の損害賠償を求める訴訟を佐賀地裁に起こし、係争中だ。

 公立病院を取り巻く状況について、九州大大学院の尾形裕也教授(医療経営・管理学)は「総務省から公立病院の改革ガイドライン(指針)が出され、全国の各自治体で様々な動きが出ている。地域の実情に合わせた議論が必要。民間で担える部分、公的でなければならない部分をきちんと仕分け、住民が何を望むのかを考えていくことが求められている」と指摘する。



http://www.m3.com/iryoIshin/article/135251/index.html
インタビュー 医療維新
診療の質向上と健全経営を目指す - 昭和大学病院長・有賀徹氏に聞く◆Vol.1
チーム医療実践に向け総合内科(ER)の病棟も設置

2011年4月23日 聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)

 この4月から昭和大学病院長に就任したのが、有賀徹氏。それまで11年間、副院長を務めた経験を生かし、様々な改革に挑む。今年度の目標は「診療の質の維持・向上」と「健全な経営」の二つ。この4月から総合内科を充実させるほか、チーム医療の実践を柱に「診療の質の維持・向上」を目指すほか、大学病院として果たすべき役割を全うすることで「健全な経営」を図る。有賀氏に院長に就任した抱負をお聞きした(2011年4月12日にインタビュー。計2回の連載)。

 ――院長就任に当たって、現状の問題意識や今後の方針をお聞かせください。

 大学病院として今後、何をしなければいけないのかを考えた時に、大きく二つあります。一つは、診療の質を今後とも高めていくこと。もう一つは、健全な経営。

 診療の質向上のためには、僕が副院長として長年担当してきた医療安全とチーム医療の実践が必要。さらに、各診療科の垣根を低くすることも大切。戦後の医学は、臓器別に先鋭的に発展してきた。例えば、肝臓学と言っても、肝臓がんと肝炎では専門家が違う。

 先鋭化された問題点のみを持っている患者さん、例えば肝臓がんの患者さんは、肝臓がんの医師とアクセスすれば済みます。しかし、人口が高齢化していくと、そういうわけにはいかない。典型例ががんの専門病院。がんの専門家は歴史的には重要であり、恐らくこれからも必要。しかし、例えば合併症を持つような患者さんをどうするか。心臓の問題を持ち、タバコを吸いすぎて肺気腫になっている。しかも、仕事でストレスを抱え、胃潰瘍。そこで肝臓がんが見つかった。こうした話になった場合には、皆で一緒にやらなければならない。つまり、チーム医療の時代になっている。他職種連携だけでなく、他部門の医師同士の連携。この部分を今後、高めていかなければならない。

 ――具体的にはどのように実践していくのでしょうか。

 昭和大学における直近のテーマは、内科系の一つの部門として、「総合内科」を作ったこと。来院した患者さんが、「お腹が痛い」と言っても、心臓のこともある。「胸が痛い」といっても食道だったり、胃だったり。背中が痛い場合に心筋梗塞の場合もある。だから、患者さんを最初から総合的に診ていく、「総合内科」を充実させようとしています。そこに若手の医師たちを配属して、より良い「総合内科」を作り、発展させていく。「良い医療」を実践することと、「良い医療人を育てる」ことは表裏一体であり、昭和大学の理念である、「良い医療人を育てる」という話にも結びついていく。

 ――総合内科は、どんなバックグラウンドの医師が担っているのでしょうか。

 僕が20年近く前に昭和大学に来た時に、救命救急の部門を組織した。その時に、内科系から僕らに合流したグループがあります。その人たちを核にして「総合内科」を作りました。そもそも救命救急は、総合的に患者さんを診ることをテーマとしている。心臓が止まったとか、熱射病で来た、と言っても、本当のことは分からない。クモ膜下出血でも心臓が止まることがある。僕らは、総合的に診るのが得意であり、それを救急車以外で来院する患者さんにも実践しようということです。それを医学教育の中にもきちんと位置づけていきたい。

――既にこの4月からスタートされているのでしょうか。

 実は「総合内科(ER)」ということで、数年前から4人くらいの体制で、研修医に教えるなどしていた。ただ、患者さんの流れを作る体制ではなかった。この4月からは10人以上の体制にしており、病棟も23床作りました。

 これは単にある部分をパワフルにするという話ではありません。総合内科の医師が、耳鼻咽喉科、眼科、整形外科などの勉強をすれば、ある意味では家庭医になっていく。総合内科には小児科の先生も入る。「皆で診よう」と言った時に、小児科の先生は新生児から診ることができるけれど、内科医はそうではない。昨日も会議をしていたのですが、「まずは小学校の高学年から。そのうち慣れてきたら、1年生くらいまでいいんじゃない。もっと慣れたら、幼稚園生でもいい」という話になってきます。

 「医学部の卒業生のうち、家庭医になるのが3、4割いるのがいい」という意見もありますが、昭和大学ではそこにはまだ達していません。病院長として、というより、昭和大学医学部として、卒前卒後教育の中で、総合的なものを診る目を強化したい。

 さらに言えば、例のチーム医療の議論があります(注:有賀氏は、厚生労働省の「チーム医療推進会議」の「チーム医療推進のための看護業務検討ワーキンググループ」の座長を務める)。各職種の方々が情報を共有して、同じ目的に向かって進んでいく。有機的に密な連携を取っていく。それで質の高い医療をしていくのがチーム医療。

 例えば、日本救急撮影技師認定機構が発足し、救急専門の診療放射線技師の認定制度がこの春から始めりました。これは、救急患者さんに対して、撮影する時の技量を高めるのが目的。診療放射線技師さんが、ドクターが診る際に役立つ写真を撮影するには、相当程度に診断、つまり結果についての知識が必要。例えば、陥没骨折があったとする。フィルムを的確な位置に置かないと、的確な撮影はできない。これは陥没骨折を診断していることと同じこと。医師から見れば、「診断しておいて」というのと同じ話。

 救急分野における薬剤師の認定制度も、この秋にできる予定です。僕と薬剤師さんが回診すると、「この患者さんの病態から見て、この薬はどのくらい体に回っているか」という議論をするわけ。例えば腎臓が悪いとか、肝臓が悪いとかを考える。薬剤師さんは調べて答えないといけない。患者さんの腎機能から見て、「先生の処方する薬は多すぎる」などと言う。これは薬の処方に関する相互乗り入れ。「特定看護師」の話も同様。「レスピレーターから、ウイニングしておいて」という話は仕事の上での相互乗り入れ。

 つまり、今までは情報を共有して自分の専門性を生かすことが連携だ、よいチーム医療だ、などとなっていた。僕はこのことを前提にして、仕事の作業そのものをお互いに「乗り入れ」をする、さらに言えば、医行為を相互乗り入れする、これが究極のチーム医療ではないかと思っています。たまたま看護師さんがドクターに一番近いところにいて、医師の仕事を請け負っていることが多いから、「特定看護師」という形で「相互乗り入れ」の議論になっている。

 慢性期医療、在宅療養の場合は、ドクター、薬剤師さん、看護師さんなどが一緒に回診することはできない。看護師さんが行き、ドクターや薬剤師さんがやらなければいけない仕事をやる。薬剤師さんだけが行けば、やはりやる。こうしたことがなし崩し的に起きています。急性期医療では、もう少し理屈を持ってやろうとしている。それだけの差。本当のチーム医療はサッカーみたいに、ポジションは決まっているけれど、ある局面では、キーパーだって前線に出ることがある。このように人の仕事を乗り入れるのが、本当の意味でのチーム医療になるのでは、と思っています。

 僕はこうした方向に向かって、少し余裕ができたら、看護師さんや薬剤師さんなどと、「どう思うか」などと議論したい。特に昭和大学は、歯学部、薬学部、保健医療学部があるから、日本におけるチーム医療について、どんな思想的な整理ができるかを議論できる。

 チーム医療として皆が仲良くする、協調性を持ってやるのは、当たり前。こうしたレベルの話ではありません。もっと思想的背景をきちんと整理して、その上で何が一番いいのかを考えていく。もしそれがきちんと整理できたら、そのことを分かった上で、法体系を整理すればいい。法律はそうしたものでしょう、後付なのです。



http://www.m3.com/iryoIshin/article/135252/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
インタビュー 医療維新
急性期病院としての役割を果たすだけ - 昭和大学病院長・有賀徹氏に聞く◆Vol.2
診療も経営もストラクチャーとプロセスが大事

2011年4月24日 聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)

 ――ではもう一つの柱である、健全な経営についてお教えください。

 「経営の質」という言葉もありますが、それと同義。医療は統制経済のようになっている。患者さんから、「これは○円ですから、お買いになりますか」などとは聞けない。昭和大学病院で僕が説明しているのは、「儲けろ」という話ではありません。仮に儲けろと言っても、それは無理な話。医療者はそうした精神構造になっていない。

 その意味では話は単純です。救命救急センターを持ち、急性期医療を担う大学病院が、地域で、そして地域医療計画の中で求められていることをきちんとやれば、評価される診療報酬体系になっている。厚労省が考える診療報酬体系と、患者さんの流れ、地域との役割分担が正しければ、その正しさに昭和大学病院の医療も乗せていく。そうしたことだと思っています。

 急性期病院に求められるもの、それは「困った患者さんを入院させる」こと。持てる力を入院医療に特化させる。それも特定機能病院となれば、より難しい患者さんを受け入れていく。

 昭和大学病院の救急は、救命救急センターは特別ですが、それ以外の救急は、救急隊が聞いても、「いいですよ」と言ったり、「ダメ」と言ったり。その繰り返しでした。一般的には、救急車で搬送される患者さんの約4割は入院で、約6割は自宅に帰れるとされています。しかし、昭和大学病院の場合、それより入院率は低い。軽症患者が多い。救急隊からすると、必ずしも頼りになるようは医療施設ではなかった。救命救急センターはすぐに取ってくれても、それ以外の救急に関しては普通の診療が結構忙しいこともあって、なかなか手が回らない。忙しいのは、退院した患者さんをそのまま外来で診ているから。

 ――今、1日当たりの外来患者数はどのくらいでしょうか。

 極力減らしていますが、それでも1日約1500人。この半分くらいでいい。そぎ落とさないと、本来の仕事である入院医療ができません。

 手術をすればするほど、患者さんは増えます。だから、2週間に1回とか、1カ月に1回などという外来ではなくなってきた時に、「元の先生のところに紹介させてもらいたい」と言う。すると、患者さんは「いや、もっと有賀先生に診てほしい」と。僕はそこで「もちろん診ます。その代わりに僕の言うことを聞いてくれますか」と尋ねると、「はい、分かりました。聞きます」との返事。そこで「3カ月に1回、僕のところに来てください。その間、2週間に1回、薬をもらいに、あなたの地域の私の懇意の○○先生を受診してください。手紙を書きます」と言い、「嫌だ」となると、「今、あなたは僕の言うことを聞くって、言ったでしょう」と。そうでもしないと、患者さんは累積してしまう。

 だから地域の先生方になるべくお戻しして、本当に大学病院で診る必要がある患者さんを少数診る。基本的には、初診および入院が必要な患者さんを診ましょう、と言っています。これが地域の入院を専らとする急性期病院のあり方。こうした形で日本全国でやっています。それに則らずに、生産性が低い仕事に力を注いでしまうと、本当に必要な患者さんを助けられなくなってしまう。

 地域に求められている医療ができるよう、病院の組織そのものアレンジしていかなければならない。昨日、今日でできるとは思いませんが。

 ――特定機能病院としての役割は明確にできても、いかに実行するかが難しい課題だと思います。

 でもそれをやらないと。昭和大学の全勢力をどんな形で地域に還元するかを考えた時に、入院医療に特化しないとうまくいかない。それを徹底するためには、家庭医としてのパワーがないと無理。大学病院では、いろいろな「得意技」を持った人が集まっています。ある得意技の人が、ずっと患者さんを診て行くことはできない。だから救急患者さんが来ることができるような素地をもっと強くして、できればなるべく難しい病気の患者さんに来てもらって、入院してもらう。そうすると全体としては収支バランスとしてはいい方向に向かう。

――総合内科を考えると、患者さんの流れはどうなるのでしょうか。

 日中の体制はまだ決まっていませんが、日中に「お腹が痛い」と来る人の中には、切羽詰まってくるというより、「大学病院にでも行きますか」といった人がいる。これに対し、時間外に来る患者さんは、大人の場合は切羽詰まっている。こうした患者さんについては、とにかく問題点を抽出する。臓器別の診療は翌日からでいい。総合内科的な診察を経て、必要であれば入院してもらう。そうでなければ、「明日、消化器内科を受診してください」と言って帰す。

 大学の中央棟の9階に、この4月から「総合内科(ER)」の病棟を作りました。そこで一晩診て、翌日の朝、該当する病棟に行ってもらう。全病床の3%から5%くらいは、「バッファー」のように、その日の夜に来た患者さんを入れておくような病床を作っておき、翌朝に各病棟に振り分けるのが、一般的。極端に忙しい病棟は1カ所にしておく。これは傾斜看護の考え方にもつながります。インセンティブケアが必要なところは看護師を手厚く配置しておく。ICUや救命救急センターがそう。そうでない病棟では夜勤2人体制のところもある。夜勤2人の病棟に、患者さんがどんどん入院するのは無理な話です。

 だから、夜中に患者さんを受け入れるのは、「総合内科(ER)」の病棟にする。そこにはナースもたくさん配置する。救命救急センターは以前から傾斜看護でしたが、それ以外の救急患者さんに対しても、そうした考え方をしようということです。

 ――「総合内科(ER)」の病棟はどんな体制なのでしょうか。

 病棟は23床。うち個室は6床で、陰圧にすることができるため、感染症の患者さんも入れることができる。夜は看護師4人体制です。

 結局、診療も経営も、アウトカムを出すためには、プロセスが必要。そのプロセスを動かすにはストラクチャーが必要。診療については、僕が今までやってきたことを実践すればいい。経営のアウトカムは、「赤字か、黒字か」と言ったら、「黒」。では、プロセスはどうか。今、言ったように、昭和大学病院が地域社会から求められていることを忠実にこなす。こなすためのストラクチャーをどうするか。そうした話です。

 ――しかも、診療の質と健全経営はセットで考えていくもの。

 そう。だから診療の話をせずに、経営の話だけすると、ただ「入院させればいい」となる。しかし、そうは行きません。

 ――目指すべきアウトカムがあり、そのためのストラクチャー、プロセスを考える。

 人も配置もアレンジしていく。そうしたことが必要。地域に求められることをやれば、経営は後から付いてくるというのが僕の考えです。

 ――この4月、そのほか変えたことはありますか。

 基本的に変えたことはありません。

 ――先ほど、「各科の垣根を低くする」とおっしゃいましたが、それ以外の科についても、総合内科を作ったことで変わることを期待されている。

 はい。つまりそのような医療を展開することが国民にとって必要だということを、臓器別医療を専門とする先生方にも分かっていただく。例えば、「頭が痛い」という患者さんに対して、最初から脳神経外科が対応するのではなく、しばらくして、「これでいいですよね」という場面で来てほしい、と言っています。「こうした時には、CTを撮る」と決めておく。少し「どうかな」と思ったら、脳神経外科の先生を呼ぶとか。専門医のバックアップとして当直医がいるわけだから。それをどう利用するかは、総合内科の先生が、総合的な観点で判断していく必要があります。

 ――当面、総合内科は夜の稼働が基本。

 まずは夜の話をすっきりさせます。総合内科の時間外診療は、必ず次の日は休みにするなど、看護師と同様に交代制でやっていこうと思っています。今後、さらにたくさんの人を集めます。日中も、初診で来た患者さんについてはすぐ診ましょうと。「頭が痛い」と言っても、脳神経外科の患者さんとは限りません。精神科の患者さんだっている。初診も総合内科で診て的確に専門医と接触させる方がいいでしょう。そうした意味では、専門医は今まで以上に専門医らしくなる必要があります。

 ――方法は各大学によって異なりますが、これまで幾つかの大学が「総合内科」という看板を掲げてやっています。しかし、必ずしも成功しているとは限りません。

 理念の部分で立派なことを言っても、最終的にその人の得意分野を発揮してしまうので、「第二消化器内科」などになったりする。すると、「総合内科」と言っていても、違ってしまう。

 ――病院を挙げて総合内科に力を入れるのか、そうでないかという違いもあります。

 昭和大学病院では素地ができています。先ほども言いましたが、数年間に、数人で芽を作ったことが大きい。その際、内科系を「大内科」にした。そこに総合内科も入れました。大内科のトップは1年交代で決める。内科を勉強する医師は、必ずすべてを勉強するという形を作り、学校法人の理事長がこれを後押ししたわけです。

 僕の頭の中では、総合診療がこのまま上手に育っていけば、僕は日本で一番いい体制が作れると思う。

 ――「育つ」にはどのくらいの期間が必要ですか。

 総合内科は医師25人くらいの体制にしたいと考えています。恐らく3年くらいかかります。3年後にもう一度、見てください。



http://www.shinmai.co.jp/news/20110424/k-3.htm
「基幹医療センター」整備計画説明
4月24日(日) 信濃毎日新聞

 佐久市や市内の医療機関などが、地域医療連携の在り方を考える「市医療体制等連絡懇話会」は23日、県佐久勤労者福祉センターで5回目の会合を開いた。県厚生連佐久総合病院の再構築計画で、2013年度を目標に市中心部に開設する「基幹医療センター」の整備計画について、同病院の伊沢敏院長らが説明した。
 同病院が懇話会で基幹医療センターの整備計画に触れるのは初めて。病院側は、225億円と見込む建設事業費をはじめ、診療棟や病棟などの配置を紹介した。



http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02926_03
【寄稿】 方言をめぐる医療コミュニケーションの在り方
今村かほる(弘前学院大学文学部准教授)

週刊医学界新聞 第2926号 2011年4月25日

 日本語は地域差の大きい言語であり,各地に方言が存在する。これまでわれわれは,方言は他の土地の人には通じない不便なものだから,全国どこでも通じる「共通語」(標準語としていた時期もある)を身につけ,必要なときには使えるように教育されてきた。

 このような教育に加え,昨今では超高齢化・核家族化などの社会変化により,各地の方言は大きく変容している。若い世代に方言が通じない,同じ地域に住んでいても高齢者の話す方言がわからないという状況が生まれ,一方で,公的な場面や教育・医療・介護などの現場では,共通語を使用することが「相手を尊重することである」と信じられるようになった。

 だが,共通語は万能ではない。多くの人々に用いられるがゆえの,細かいニュアンスを欠き,迂遠な言い方しかできないという欠点が見落とされているように思われる。

 例えば,津軽方言では,痛みを指す単語が複数ある。「イデ」はぶつけたときのような一過性の痛み,「ヤム」は持続痛,「ニヤニヤス」は腹部の鈍痛といった違いによってこれらの言葉は使い分けられており,津軽出身の医師であれば,「イデノガ ヤムノガ ドッチダ?」と聞く。

 このように,方言のなかには医療現場において大事な判断材料ともなり得ることばもあるのだが,方言のわからない若い医療従事者が増えることは医療現場において問題にはならないのであろうか?

医療現場で方言が問題になるとき

 医療コミュニケーションにはいくつかのレベルがあり,方言によって生じる問題もこのレベルに沿って分類することができる。

1)意味伝達レベル

 まず挙げられるのが,意思疎通自体が問題となるレベルである。津軽では,地元出身の看護師にとって重要な仕事のひとつが,医師と患者との間に立ち,いわば「通訳」の役割を果たすことであった。

 ここで津軽の周辺部にある整形外科での例を挙げたい。ある患者が「ボンノゴガラ ヘナガ イデ(ぼんのくぼから背中にかけて痛い)」と訴えたところ,それを聞いた他地域出身の医師は「お盆の頃から背中が痛い」とカルテに書き込んだ。しかし,そばにいた津軽出身の看護師は事実の誤認に気が付き,患者のぼんのくぼあたりに手を当て,「ここが痛いんですね? 先生,ここらへんが痛いと言っています」と注意を促し,誤認をまぬがれたことがあったという。

 しかし,先述したように,同じ地域に住みながら方言のわからない若者が増え,このような「通訳」ができなくなりつつあるのだ。

 例えば,実習中の看護学生が「具合はどうですか?」と患者にたずねたところ,「今日サ 何ダガ イパタダダ」という応えが返ってきた。学生は「イパタダ」を「一般的だ」と聞き,「問題ない」という判断をした。だが,「イパタダ(エパタダとも)」は<普通でない,変わっている・変だ>という意味である。つまり「問題がある」のだ。

 このように,人間は「自分の知らないことば」を「自分の知っていることば」に近づけて理解しようとし,置き換えてしまうことがある。医療現場では,これが事実誤認によるミスにつながるのではないかと懸念される。

 また,患者にとって,ことばが通じないということは,間違った理解・判断をされ,適切な治療がされていないのではないかという不安や恐れにつながる。これらは大きなストレスの原因となるとともに,信頼関係の基盤そのものを揺るがすものになりかねない。

 なお,弘前市内の医療施設で働く看護師37名を対象に行ったアンケート調査では,97%の看護師が「津軽では方言の理解が必要だ」と考えていた。さらに津軽で医療・看護の仕事をするのに「重要」だと判断される方言について尋ねたところ,上位20語は,ツヅラゴ(帯状疱疹)・コエ(疲労)のような病名・症状語彙,マナグ(眼)・ボノゴ(ぼんのくぼ)のような身体語彙,カチャクチャネ(心理的に複雑な状態)のような感覚・感情語彙,シタバッテ(そうだけれど)のような応答語彙であった。

2)対人的配慮のレベル

 医療コミュニケーションでは,配慮のレベル(よりよいコミュニケーションのレベル)の問題もある。津軽の都市伝説とも言えるような事例だが,他の地域出身の医師(または看護師)が患者との距離を縮めようと方言を使ったが,「ノダバレ(腹ばいになりなさい)」と言うべきところを,誤って「クタバレ(死ね)」と言ってしまったというものがある。

 各地での聞き取り調査によると,患者である地域住民には,「医師に無理にその土地の方言を話してもらいたいとは思わない。共通語でわかりやすく,丁寧に説明してくれるほうがよっぽどありがたい」という意見が多かった。患者が医師に求めていることは,症状について理解してもらうことだけではなく,その症状によって苦しんでいる自分自身を理解し,受け止めてもらうことであろう。

コミュニケーションスタイルの地域差

 さらに各地域のコミュニケーションスタイルの違いにも目を向けたい。

 小林は,これまでの先行研究から「対人的な表現法」に関する5つの地域差をまとめ,発想法の地理的特徴について次のように述べている(文献1)。

  近畿を中心とした西日本および関東
  ⇒口に出す,決まった言い方をする,直接的に言わない,主観的に話さない,相手を気遣う,という傾向が強い
  東西の周辺部,特に関東を除く東日本
  ⇒口に出さない,決まった言い方をしない,直接的に言う,主観的に話す,相手を気遣わない,という傾向が強い

 医師から「何かわからないことはありませんか?」と尋ねられた際に,理解していなくても,何も言わない地域があり,一方で理解していても,何か言わなければと考え,発言する地域があるということである。

 つまり,地域的発想・コミュニケーション手段の違いは,「医師が必要とする患者の情報を得ることができるかどうか」という問題だけでなく,「患者が医師に疑問点を尋ねられているかどうか」という問題にも直結する,大きな問題なのだ。

複雑化することばの使われ方

 また,現代のコミュニケーションが難しい理由のひとつに,ことばの使われ方が「複雑化している」ことが挙げられる。

 「痛くないですか?」のような否定疑問文での問いかけに対して,痛くても痛くなくても「はい」にあたる肯定的な表現形式を用いる方言もあれば,「いいえ」にあたる否定的な表現形式を用いる方言もある。

 それに加え,共通語や英語教育の影響によってことばの使われ方が流動化しているため,「はい」や「いいえ」にあたる方言形の表す意味が世代によって異なっていたり,共通語における語形選択にも影響を与えたりしているのだ。

 つまり,われわれは「共通語か,方言か」という二者択一の単純な言語生活をしていないということである。

 しかし,これまでどおりの全国一律の教育では,地域差が存在することに医療関係者や教育関係者が気付かない。それこそが問題であろう。

方言を使ったコミュニケーションの理解を深めるために


 どんなに共通語化しても,(特に高齢の)患者にとっては方言が最も自分の状態・感情を訴えやすい言葉であるには違いない。地域に根差した方言のなかには,それ以外の言葉では言い換えることのできないものがある。そもそも患者には自分の言葉で表現する権利があるとも言える。患者の話す方言を,医療従事者が理解することが患者を尊重することにもつながっていくのだ。では,われわれには何ができるだろうか?

 われわれは,津軽・富山・岐阜・広島の各地での臨地調査を基に開発した「保健・医療・福祉に利用できる方言データベース」をweb上に公開した(文献2)。データベース化することで,部分一致による検索や発音,よく使う文例も紹介することが可能となった。

 また,医療現場における問診の模様を,共通語によるものと津軽方言によるものの2種類で映像化を行った。これらを,方言でのコミュニケーションの視点から共通語でのコミュニケーションを見直すことを目的として,大学の講義で運用している。

 共通語より敬語の形式が未発達な津軽方言では,「です・ます」といった丁寧語を使うことで,必要な敬意を表すことが多い。そのため,「患者さま,いかがなさいましたか?」調の教科書では適正とされる敬語を使っても,津軽の対人関係においては適正ではない。「標準語を使ってお客扱いするな」「気持ち悪い」などと言われることが現実としてあるのだ。



 「表現の適正さ」における地域差が全国各地に存在することを,医学・看護・福祉教育分野においても認め,共通語一辺倒のコミュニケーションスタイルを,方言のコミュニケーションスタイルから見直すことがよりよい関係性をつくることになるのではないだろうか。

 参考文献
  1)小林隆.対人発想法の地域差と日本語史.日本語学会2009年春季大会抄録.2009
  2)http://ww4.tiki.ne.jp/~rockcat/hoken/index.html


今村かほる氏  昭和女子大文学部卒。1992年同大大学院文学研究科博士後期課程修了。94年より弘前学院大学文学部講師を経て,99年より現職。主な著作物には,「地域学」8巻掲載『医療・福祉と方言』(北方新社),「看護学雑誌」73巻6号掲載『「方言」がもつ医療コミュニケーションの可能性』(医学書院)などがある。



https://www.cabrain.net/news/article.do;jsessionid=755D25273AB85DA1F1E860C315A0B2DA?newsId=33837
来年の同時改定 見送り方針を表明- 日医
( 2011年04月24日 21:35 キャリアブレイン )

 日本医師会の執行部は4月24日の定例代議員会で、来年4月に予定されている診療報酬と介護報酬の同時改定を見送るべきだとの方針を表明した。原中勝征会長は、まずは被災地の医療復興を優先すべきだと理解を求めた。

 診療報酬改定をめぐる議論は、通常だと改定前年の秋ごろから本格化し、年末の予算編成の過程で内閣が改定率を決定する流れ。来年は6年に一度の介護報酬との同時改定の年に当たる。

 中川俊男副会長は代議員会で、東日本大震災の被災地の復興に注力するため、「苦渋の決断だが、次回の診療報酬、介護報酬の同時改定の見送りを提案する」と表明。「大変つらい状況にあることを承知の上で一層の我慢をお願いしており、心から申し訳ない思いでいっぱいだ」とも述べた。

 見送りを提案した理由については、「一部で報道されているように、報酬が引き下げられるからではない」と強調。また政府に対し、診療報酬改定の検討材料になる医療経済実態調査や薬価調査の中止、算定が困難など「不合理な診療報酬」の要件見直しなどを申し入れる考えも明らかにした。

 代議員会では、同時改定の見送りを盛り込んだ決議案が提示されたが、「改定を行えば被災地の医療再生ができないのか」「ぎりぎりのところで診療している人たちがいる。地元の医療機関に納得してくれとは言えない」などの反対意見が続出。決議案は採決されずに取り下げられた。

 しかし、中川副会長は代議員会後の記者会見で、執行部の方針自体は「了承された」との認識を示した。中川氏は「地域医療は既に崩壊している。本当にくたくただという(代議員の)思いが噴出したと思う。意見は対立していない」と説明。一方で、「執行部としてどういう方針を取ったらいいのか、さらに熟慮して行動していきたい」とも述べた。

 決議案では、「来年度の診療報酬・介護報酬改定を行わず、被災地の医療再生に全力を尽くす」ことを掲げたが、異論が噴出。そのため、「被災地の医療再生に全力を尽くすと共に、当面、診療報酬・介護報酬改定の議論を行わず、より強い国民皆保険制度の構築に向けて十分な検討をする」と修正された。

 しかし、修正後も「削除した方がよい」「これでは政府が粛々と(改定に向けて)議論した場合に、(議論の場に)医師会は出席しないことになる」などの声が上がった。結局、決議案は取り下げられ、具体的な方針は執行部に委ねられた。



http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/akita/news/20110425-OYT8T00214.htm
上小阿仁 無医村の危機回避
診療所 6月に男性医師が赴任

(2011年4月25日 読売新聞)

 上小阿仁村唯一の医療機関「村立上小阿仁国保診療所」に、北海道北見市在住の男性医師(48)が赴任することが24日、分かった。有沢幸子医師(66)の辞職が3月に発覚して以来、村は無医村の危機に直面したが、ようやく回避できた。有沢医師は5月末で退職し、男性医師は6月から同診療所に勤務する。

 村によると、10年ほど前から北見市の私立診療所に勤務する男性医師から先月末、「地域医療に貢献したい」と連絡があった。

 その後、萩野芳昭副村長(65)が北見市内で男性医師と面談し、採用が決定した。村では「性格が温厚で気概のある人だと聞いた。末永く村で暮らしてもらいたい」と期待をかける。

 男性医師は5月20日前後に村に入り、前任の有沢医師と仕事を引き継ぐ。有沢医師の辞意表明をきっかけに、村は支援態勢を整えており、3月から秋田市立秋田総合病院長を務めた佐々木秀平医師(68)が毎週月曜日、外科と泌尿器科の診療を始めた。

 また、高齢者の健康管理と予防医学を担当する医師も招く予定だ。

 一部村民による嫌がらせなどが原因で有沢医師が辞意を表明したことから、村は「今度起きたら人物を特定して直接抗議する」と強い口調で話す。

 高血圧の治療で月2回は診療所に通うという農業小林コトさん(80)は「近くに医師が居ると安心感がある。新しい先生が快く生活ができるよう歓迎しないといけませんね」と声を弾ませていた。
  1. 2011/04/25(月) 06:02:13|
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4月23日 医療一般記事

http://mainichi.jp/area/hyogo/news/20110423ddlk28040584000c.html
周産期医療検討会議:産科危機、5市町で打開 初会合「連携で医師不足解消」 /兵庫
毎日新聞 2011年4月23日 地方版〔但馬版〕

 ◇1カ所集約も視野
 産婦人科医師不足が深刻化する但馬地域で、安全・安心な出産と新生児ケアを支えようと、5市町が合同で専門家を交えた周産期医療検討会議を設置。豊岡市戸牧の公立豊岡病院で21日、第1回会合が開かれた。

 但馬には産婦人科の開業医はおらず、出産が出来るのは豊岡病院と、同病院日高医療センター(豊岡市日高町)、八鹿病院(養父市八鹿町)の3公立病院のみ。計8人の常勤医が10年度1366人のお産を担当。近年の医師1人当たりの件数は160人前後と全国平均より約1・5倍の加重負担になっている。

 特に八鹿病院は1人しかいない常勤医師が昨年、体調不良から辞職を申し出、産婦人科が休診のピンチになったこともあった。また周産期(妊娠22週から生後7日)の子ども死亡率も0・51%(09年)と全国平均(0・42%)より高い。

 会議は医師派遣で豊岡病院と関係が深い京都大大学院の小西郁生教授(産婦人科)ら医療関係者や5市町の首長ら18人で構成。周産期医療を但馬で1カ所に集約する「但馬こうのとり周産期医療センター」の開設も視野に年内3回開催し、方向性を決める。

 この日は周産期医療を集約化している長野県飯田市、宮崎県、大阪府泉州地域の事例報告などがあった。会長の中貝宗治・豊岡市長は「今いる医師の献身的な仕事に頼るのでなく、但馬で連携して医師にとって魅力的な環境をつくり、医師が増えるようにする必要がある」と話していた。【皆木成実】



http://mytown.asahi.com/areanews/yamanashi/TKY201104220531.html
峡南北部3病院「経営統合を」 連携検討委が意見集約
2011年4月23日 朝日新聞

 峡南北部地域(山梨県市川三郷、富士川両町)の医療機関の連携について話し合う両町の「地域医療体制調査検討委員会」(委員長=久保真一・市川三郷町長)は21日、市川三郷町立、社会保険鰍沢(富士川町)、峡南(同)の3病院の経営について、「統合が望ましい」との意見を集約した。

 検討委は医師不足や病床利用率の低下などの課題に対処するため、昨年9月に発足。両町長と西八代、南巨摩両郡の医師会長、3病院長ら11人が、経営の在り方を話し合ってきた。
 統合には、経営の効率化▽医師の集約による救急医療体制の整備▽地域の中核病院として山梨大病院から医師を確保できる――との狙いがある。診療機能はそれぞれ残すという。

 検討結果によると、市川三郷町立の統合が難航した場合には鰍沢、峡南の統合を先行させる。経営には両町の一部事務組合などがあたる案が出ている。

 この意見集約を受け、各町、各町議会で6月上旬にも態度を決定。順調に行けば、今秋ごろ統合のための協議会を設置する。



http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201104230057.html
上下住民、地域医療で抗議書
'11/4/23 中国新聞

 府中市の地域医療再生計画策定に携わった上下地区の住民が22日、市の姿勢が不誠実だとして抗議書を提出した。

 市地域医療再生協議会の下部組織である住民部会に参加した39人中の24人が連名で抗議した。抗議書は、上下地区で開かれた3回の住民部会で、府中北市民病院の現状維持や再生計画の延期を求める意見がまとまったが、市側は協議会で報告しなかったとしている。

 呼び掛け人の仙田邦夫さん(83)たち2人が上下支所を訪れ、瀬尾篤士所長に文書を手渡した。瀬尾所長は「担当課に伝える」と答えた。



http://mytown.asahi.com/areanews/niigata/TKY201104220541.html
不正に学長印…数十億円契約の疑い 新潟大、教授告訴へ
2011年4月23日 朝日新聞 新潟

 新潟大学(新潟市西区、下條文武学長)は22日、50代の男性教授が不正に学長印を使い、計数十億円にのぼる医療装置を購入する契約を複数の業者と結んでいた疑いがある、と発表した。医療装置は納入されておらず、大学側は支払いもしていないが、有印公文書偽造などの容疑で教授を刑事告訴する方針だ。

 下條学長らが同日、新潟市内で記者会見した。だが詳細を明らかにせず、管理態勢など大学側の責任についても回答を避けた。

 下條学長らによると、この教授は医学部の所属ではないが、1年ほど前に業者と契約を結んだ。学長印を使う許可を得るための虚偽の文書を総務課に提出した後、「役員会で契約の締結が了承された」などとする虚偽の文書に学長印を押し、業者に渡した。

 学長印を使うためには大学の理事らの決裁書が必要だが、教授が総務課に出した文書は、決裁書とは異なる文書だったという。

 また、通常、高額の医療装置を購入する場合は官報に公告して入札にかけるが、教授が周囲に黙って契約を進めていたため、大学として気付けなかったという。2月中旬、教授が告白したことで不正契約が発覚、大学側が調査していた。

 今後、業者から損害賠償を請求される恐れもあることから、大学側は、教授を有印公文書偽造と同行使の疑いで刑事告訴する。教授の懲戒処分も検討している。

 大学側は「学校はだまされた」としているが、教授の所属や動機、医療装置名、金額、業者名など多くの点について「捜査に影響する」として明らかにしなかった。

 下條学長は「大学の信頼を失墜させる行為。二度と起きないよう全力をあげる」と陳謝した。(大内奏)



http://www.kahoku.co.jp/news/2011/04/20110423t11003.htm
道路・鉄道に堤防機能 復興まちづくり方針 宮城県
2011年04月23日土曜日 河北新報

 宮城県は東日本大震災の復興まちづくりで、沿岸部の道路や鉄道を全て盛り土構造とし、堤防機能を持たせる方針を固めた。津波の再来を前提とした対策で住宅地は内陸側に移転する。堤防に囲まれた集落「輪中」に似た市街地を形成し、津波の防御効果を高める。(1面に関連記事)
 道路や鉄道を盛り土構造にするイメージは図(1)の通り。海側から防潮堤、国道・県道クラスの道路、高速道路、鉄道と幾重にも「堤防」を設け、市街地の手前で津波を食い止める。
 県は今回の津波で、盛り土構造だった仙台東部道路、常磐自動車道が堤防機能を発揮し、道路より内陸側の浸水が軽微だったことに注目。平野が広がる県南部を中心に輪中の形成が減災に効果があると判断した。
 まちづくりでは津波で浸水した区域は原則、住宅地としない方針も固めた。住宅地や病院、役所などの市街地機能は丘陵地などに移転。被災した鉄道はルートを見直し、新市街地への新駅設置も視野に入れる。
 住宅地を移転するイメージは図(2)の通り。水産地域は漁港近くに加工場を設けざるを得ないが、職場と住まいを可能な限り分ける「職住分離」を進める。被災鉄道のルート見直しは22日からJR東日本と協議に入った。
 農地は浸水や地盤沈下で復旧が困難で、国による土地の買い上げを提案し、緑地公園などの緩衝地帯にする。農業は稲作から施設園芸への転換のほか、畜産の生産拡大を図る。
 水産業は県内に大小約140カ所ある漁港を3分の1から5分の1に集約して再編し、新しい経営方式を導入する。
 「エコタウン」の形成も意識。家庭用蓄電池や燃料電池の普及を図り、環境配慮型のまちづくりを推進する。太陽光発電やバイオマスエネルギーを活用し、災害時の非常電源を確保する。
 村井嘉浩知事は23日、政府の復興構想会議に出席し、方針を説明する。
図1
図2
  1. 2011/04/24(日) 05:14:46|
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4月23日 震災44日目

http://www.asahi.com/health/ikiru/TKY201104230195.html
被災の地から 心の病:上 過敏な音への不安が再発
2011年4月23日 朝日新聞

 避難所で座り込んでいた30代の男性が、立ち上がって駆け寄ってきた。

 「音が気になって眠れない。仕事で地域に恩返ししたいのに待機が続き、家にも戻れない。不安でしょうがない」

 せきを切ったように話した。

 大地震から1カ月たった4月上旬。福島県いわき市の避難所を精神科医や看護師らの「心のケアチーム」が訪ね、避難者に声をかけ始めた時だった。

 男性の自宅は福島第一原発から20キロ以内にあり、戻ることができない。大阪府豊中市のさわ病院から駆け付けチームの現地リーダーを務める緑川大介(みどりかわ・だいすけ)医師に、切々と不安を訴えた。

 津波で家族や家を失い、原発事故で将来の見通しも立たない。心に傷を負ったそんな人たちが県内の避難所に大勢いた。県立医大を中心としたチームが被災者の話を聞いて回った。

 男性が最初に心の不調を感じたのは5年ほど前。原発の機械工事を請け負う会社に勤めていた。猛勉強で臨んだ資格試験に失敗し、自信を失った。仕事のストレスがたまっていった。

 上司のせき払いが、気になり始めた。引き出しの乱暴な開け閉めの音が、自分への不機嫌さの表れに思えた。音の原因を消し去りたくて叫びたくなる衝動を、必死に抑えた。

 「おまえは役に立っていない」。そんなつぶやきが聞こえた気がして、あわてて上司を振り返り、気のせいだとわかった。

 自分で「なにかおかしい」と思った。勤務先の産業医に紹介されて受診した地元の病院で、統合失調症と診断された。

 処方薬で眠れるようになり、音への過敏な反応もなくなった。仕事と勉強に身が入るようになり、資格試験に次々と合格した。「一生付き合っていこう」。そう決めて仕事に打ち込む生活が、震災で一変した。

 外出先からたどり着いた自宅は、窓ガラスが破れ、倒れた家具で埋まっていた。余震の音で眠れぬ夜を明かした翌朝、街頭の拡声機からサイレンが鳴り響いた。「原発で事故がありました。避難してください」

 「こんなの初めてだべ」。叫ぶ父にせかされて、毛布と飲料水を手に車に飛び乗った。薬の処方歴が記された手帳と薬を手放さなかった。(林義則)



http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20110423ddlk04040035000c.html
東日本大震災:ハワイ実業家、東北大病院に義援金 /宮城
毎日新聞 2011年4月23日 地方版 宮城

 ハワイ出身で日系3世の実業家、ドゥエイン・クリスさん(57)の財団「With Aloha財団」が東日本大震災からの復興を願って東北大病院に義援金を送った。

 義援金の額は15万ドル(約1300万円)で、9日にクリスさんがハワイ州で開いた義援金募集イベントで集めた。病院側は義援金を、震災で故障した医療機器の修理費や被災地への医師派遣にかかる費用に充てるとしている。

 クリスさんは「イベントには約2300人が集まった。日本の皆様には、世界中の人々が友達だということを感じてほしい」と笑顔で話した。【三村泰揮】



http://www.kahoku.co.jp/news/2011/04/20110423t15028.htm
菅野医師「私も救われた」 タイム誌「世界の100人」選出
2011年04月23日土曜日 河北新報

 米誌タイムの「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた内科医菅野武さん(31)は22日、所属する東北大大学院医学系研究科で記者会見し、「被災者は今も苦しい生活を送っている。被害は終わっていないことを広く伝えたい」と話した。
 菅野さんは、勤務していた公立志津川病院(宮城県南三陸町)から患者全員が救出されるまでの3日間について「電気も点滴もない中で、患者さんや避難してきた人とつらい夜を過ごした。みんなで声を掛け合い、自分自身も多くの人に救われた」と振り返った。
 菅野さんの志津川病院での任期は3月末までだったが、被災した患者を診察するため、今月中旬まで勤務を延長した。
 仙台市の実家に戻ってからは、地震5日後の3月16日に生まれ、ほとんど会えなかった長男を世話しながら、罹災(りさい)証明の申請や、津波で流された車の手続きなどに追われているという。
 震災前から東北大大学院医学系研究科への進学が決まっており、5月からは専門の消化器内科の研究に取り組む。
 菅野さんは「専門性を身に付けた上で、さらに地域医療に貢献したい」と抱負を語った。



http://www.chunichi.co.jp/article/nagano/20110423/CK2011042302000092.html
宮城、岩手に歯科医派遣へ 身元確認や医療活動
2011年4月23日 中日新聞 長野

 松本歯科大(塩尻市)は22日、東日本大震災の医療ボランティアと遺体の身元確認作業のため、歯科医師ら9人を宮城、岩手両県に派遣すると発表した。会見したボランティア団長の笠原浩・衛生学院長は「困っている被災者の情報を把握し、きめ細かくケアしたい」と話した。

 日本歯科医師会や日本歯科医学学会などの要請に応えた。医療ボランティアは笠原団長と歯科医師6人。24日から5月1日までの日程で宮城県気仙沼地域などの避難所で義歯の調整など口腔(こうくう)ケアに当たる。県歯科医師会が派遣する3人も一緒に活動する。

 身元確認作業は中野敬介准教授ら2人が、25日から29日まで岩手県内で活動する。同県警の指示を受け、遺体の歯型を記録する。

 阪神大震災でも医療ボランティアをしたという笠原団長は「被災後1カ月では歯科と精神科のニーズが高まる。現地は歯科診療が再開しており、相談の上で可能なら治療もしたい」と意気込んでいた。 (福沢幸光)



http://www.m3.com/iryoIshin/article/135729/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
7医療団体による「被災者健康支援連絡協議会」発足
長期支援のコーディネート、政策提言を担う

2011年4月23日 村山みのり(m3.com編集部)
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 4月22日、政府は被災者生活支援特別対策本部の下に、医療・介護関係団体から構成する「被災者健康支援連絡協議会」を設置した。協議会は、(1)被災現地の医療ニーズへの対応、医療チームの中長期的な派遣確保、(2)避難所をはじめとする被災現地の健康確保上のニーズ把握ならびに感染症対策など被災者の健康確保に必要な取り組みの実施、の2点を行うことを目的とし、協議会と厚生労働省・関係省庁は、これらの実施に当たり、緊密な協力調整を図る方針。現時点での参加団体は、日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会、日本看護協会、全国医学部長病院長会議、日本病院会、全日本病院協会で、原中勝征・日本医師会長が代表を務める。事務局庶務は厚労省が行う。

 原中氏は、記者会見で、「かつてない大災害の被災者に対し、政府が今何をしなければならないか、必要な支援をきちんと把握し、対策を練るために、我々が専門家として力を合わせて取り組むことを誓った。本協議会は、政府の被災者生活支援特別対策本部の下に設置された。つまり、内部の活動組織として要請を受けた。被災者のために政府に進言できる立場となり、専門的な意見が政府に通じる道が開けたということ。一生懸命知恵を出し合いながら、被災者の健康を守るために努力したい」と挨拶した。

 嘉山孝正・全国医学部長病院長会議相談役は、今後の予定について、「5月の連休後から、実質的な活動ができるようにしたい」と説明(『オールジャパンで被災地を長期支援へ』参照)。「現在は多くの医療支援チームが被災地に行っているが、連休明けからは派遣スケジュールに空白のあるところも出始めるようだ。これに対応する必要がある」とし、4月25日に事務局組織を立ち上げ、長期的な支援に向けたシステムを構築する考えを示した。

 「1000年に一度の災害であり、今後の支援はかなりのロングランになる。その場合に重要になるのは効率性と持続性。当初は医療で言うと“急性期”だったが、今後はこれまでと全く異なるニーズが出てくる。これらを吸い上げ、適切にコーディネートを行う。個々に様々なバリエーションのある要請に応えるには、医・歯・薬・看、リハビリテーションなど、すべての人がかかわる必要がある。個々の組織だけでは対応できない。また今後、被災地の地域医療再生を長期的に行うには、支援派遣元にも過度な無理・負担をかけないことが重要。持続可能であり、かつ必要なスタッフが適切に派遣される、無駄のないシステム作りが不可欠。医療人が、オールジャパンで一つの目的のためにグループとなった組織は、恐らく日本の医療の歴史的にも初めて。現地のディマンドに対応できるよう、協力していきたい」(嘉山氏)


 同協議会の発足経緯について、横倉義武・日本医師会副会長は、「震災後の3月16日に、足立信也・前厚生労働大臣政務官ら4人の民主党議員から、日医、病院団体などに、被災地における医療について意見やアイディアを聞きたいとの要請があった。翌17日から、各医療関係団体の代表を集めた検討チームが設置され、様々な議論・提案を行った。協議会は、長期的な支援に向けて全国的な医療関係団体が色々な話をできる場として、これを発展させたもの。参加団体は、今後も増えることが期待される」と説明した。

 足立氏は、「協議会のミッションは、正しい現場の情報を共有し、政策提言を行っていくこと。検討チーム発足当初は、2-3日に1回のペースで会議を重ね、この1カ月の間に、対策本部に21項目、厚労省に39項目の提言・要望を行った。今後、支援が長期的になるため、皆の思いで成り立っていたチームから、しっかりした位置付けをして、協議会として設立した。協議会にこれらの団体が参加していることにより、このメンバーに話をすれば、医療・介護に関するあらゆる団体に声が届くことも、非常に意義が大きい。さらに、今までぜひ必要だができなかったことについて、団体の壁、省庁の壁を越えることができた。例えば、今後の医療支援において、医療必要度・介護必要度を全員共通のカードをもって当たること、また全員共通の傷害保険に入ってもらうことが了解されている」と語った。



http://mainichi.jp/select/science/news/20110423dde041040011000c.html
東日本大震災:停電中、医療機器電源に苦労 福祉施設への対応後手--仙台
毎日新聞 2011年4月23日 東京夕刊

 東日本大震災の被災地では停電の中、人工呼吸器などの医療機器の電源確保に苦労する社会福祉施設が相次いだ。極度の燃料不足に陥り、自家発電用の燃料供給は医療機関が優先され、福祉施設への対応は後手に回ったためだ。仙台市太白区の難病ホスピス「太白ありのまま舎」の職員は「ガソリンを求めて市内をさまよい、かろうじて命をつないだ」と証言する。福祉施設の防災対策は見直しが迫られている。

 太白ありのまま舎は、全身の筋肉が衰えていく筋ジストロフィーなどの難病患者が医療ケアを受けながら自立生活を送る全国初の難病ホスピス。震災当時は59人が入所し、うち3人が人工呼吸器や細いチューブで鼻に酸素を送る酸素濃縮器で命をつないでいた。

 3月11日の巨大地震後に停電し、保管していた軽油で自家発電機を稼働させたが12時間で切れた。呼吸器などは電源が必要だ。車のシガーソケットから電源を取っても電力が足りなかった。向かいの消防署にガソリン式の発電機を借りたが、6時間ごとに燃料を補充しなければならない。

 ◇「命危ない」訴え
 職員は地震翌日から携行缶を持って、市内のガソリンスタンドにできた長蛇の列に並んだ。だが、順番が来る前に販売終了になることもしばしば。職員の川尻誠さん(37)はやむを得ず緊急車両専用のガソリンスタンドに並び「命が危ないんです」と訴え、10リットルを購入した。3月15日に電気が復旧するまで、こうした綱渡りが続いた。

 仙台市災害対策本部の担当者は「医療機関には優先して燃料を手配していたが、福祉施設まで行き届いていたかどうかは分からない」と語る。宮城県にも医療機器を扱う特別養護老人ホームや老人保健施設から自家発電機用の燃料供給を求める要望が相次いだ。しかし、県長寿社会政策課は「福祉施設には対応できなかったのが事実」と打ち明ける。

 太白ありのまま舎の白江浩施設長は「助けを求めれば行政は何とかしてくれるという考えがあった。安定した医療ケアを続けるためにも防災対策を考え直さないといけない」と語った。【比嘉洋】




http://www.kobe-np.co.jp/news/kurashi/0003991415.shtml
被災地派遣に疲労と罪悪感 救援者の心身不調懸念 
(2011/04/23 13:10) 神戸新聞

東日本大震災の避難所で支援に取り組む兵庫県内の自治体職員ら=9日、宮城県南三陸町歌津(撮影・岸本達也)
 災害時の心身のケアなどを考える「神戸心身医学会」(代表=村上典子・神戸赤十字病院心療内科部長)が神戸市中央区のラッセホールであり、東日本大震災の被災地に派遣された救援者の心の健康について話し合われた。同市の産業医は、派遣後の職員らが日常生活を取り戻すには時間がかかることを報告。阪神・淡路大震災での教訓を踏まえ、長期的なケアの必要性を指摘した。(金井恒幸)

 阪神・淡路大震災では、消防や自治体職員、医療従事者、ボランティアら救援する側の人たちが、使命感などから体調を崩してまで活動したり、活動後に心身が不調になったりする例が相次いだ。

 同医学会は16日に開かれ、9人が報告。神戸市行財政局職員部主幹で産業医の桜井明子さんは、阪神・淡路大震災の発生後、被災者でもある職員が業務を長時間続け、休息を取るなど自身のケアを後回しにしたことから、心身の状態を悪化させた経過について説明。阪神・淡路の発生後5年間にわたる調査では、抑うつ気分や集中力の低下といった症状が特徴的だったほか、5年後の時点でも10%強の職員が「仕事や生活が落ち着かない」と回答したことを明らかにした。

十分な休養を 桜井さんは、東日本大震災で応援派遣された職員へのケアについて言及。被災地ではできる限りチームで活動することや休息などの大切さを伝え、派遣後には十分な睡眠や休養を取り、なるべく緩やかに日常生活に戻るよう勧めた。「疲れが取れない」などの症状があれば、気軽に相談するよう呼び掛けている。

 実際、被災地から戻った職員からは「仕事が山積みになっているなどして、すぐに普段の生活に戻るのはしんどい」との声も聞くという。

うつ状態にも 一方、阪神・淡路大震災の影響で心身が不調になった職員の中には、東日本大震災の被災地の映像を繰り返し見るなどして「(阪神・淡路の)地獄のような感触が戻ってきた」などと感じ、症状が悪化した例もあるという。桜井さんは「救援者の心身の影響は個人差が大きく、長期に及ぶ場合がある。どのタイミングで何が必要か、今後も考え続けたい」と話す。

 また今回、岩手県などで医療支援を続ける中田敬司・東亜大医療学部准教授(神戸学院大客員教授)は、ボランティアらも含めた救援者について「十分には助けられなかったという罪悪感を持ちやすく、日常に戻れず、うつ状態になることがある」と指摘。被災地から戻っても落ち着かない場合などは周囲の人が休ませ、「よくやったね」と認めてあげることの大切さを強調した。



http://www.m3.com/iryoIshin/article/135392/
<アンケート:医療機関の災害対策
水・食料品の備蓄「3日分以下」が最多◆Vol.2
診療所では「何も備蓄していない」が多数

2011年4月17日 村山みのり(m3.com編集部)

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  Q.4 ライフラインの途絶に備え、必需品等の備蓄を行っていますか
Q.4-1 飲料水(1人当たり3リットル/日を想定)
  備蓄量      病院   診療所
  1日分以下    8.3%   15.1%
  3日分以下    39.0   18.0
  5日分以下     9.0    5.4
  1週間分以下   11.7    6.8
  それ以上      2.7    4.9
  不明        7.7   1.5
  備蓄していない  21.3   48.3

Q.4-2 飲料水以外の水
  備蓄量      病院   診療所
  1日分以下    9.7%  11.7%
  3日分以下    25.0   12.2
  5日分以下     8.3    4.9
  1週間分以下    9.3    4.9
  それ以上      7.3    2.9
  不明       15.7    2.4
  備蓄していない  24.7   61.0

Q.4-3 食料品(職員用)
  備蓄量      病院   診療所
  1日分以下    10.7%  14.1
  3日分以下    34.0   10.7
  5日分以下     6.3    2.0
  1週間分以下    9.0    3.9
  それ以上      2.0    2.9
  不明        7.7    2.4
  備蓄していない  30.3   63.9

Q.4-4 食料品(患者用)
  備蓄量      病院   診療所
  1日分以下     5.3%  11.7%
  3日分以下    42.0    2.0
  5日分以下    10.7    2.0
  1週間分以下   12.7    2.0
  それ以上      3.0    2.9
  不明        8.0    2.9
  備蓄していない  18.3   74.6


 病院の回答では、飲料水、飲料水以外の水、職員用食料品、患者用食料品ともに、「3日分以下を備蓄」とした回答が最も多かった。「1週間分以下を備蓄」との回答も、それぞれ1割程度見られた。一方で、「備蓄していない」とする回答も2、3割を占めた。

 診療所の回答では、「飲料水」を除き、「備蓄していない」との回答が6割以上に達した。ただし、有床診療所では、患者用食料品について4割が「備蓄している」とするなど、無床診療所に比べて必需品を備蓄している施設が多い傾向が見られた。

 自由意見欄では、「井戸を設置している」「災害用の食料・飲料水、医薬品の備蓄は3日あれば良いと行政に指導されてきた。今回の震災で3日では足りないと感じた。しかし、備蓄の費用、保管場所などを考えると民間病院ではそれ以上の災害対策は困難」「隣にコンビニエンスストアがあり、地震により停電等になった場合、商品を引き取り、職員用の食料とする協定を結んでいる」などのコメントがあった。



http://www.m3.com/iryoIshin/article/135713/?portalId=iryoIshin&pageFrom=openIryoIshin
アンケート:医療機関の災害対策
薬備蓄、病院5割・診療所3割が「6日分以上」◆Vol.3
医療必需品の備蓄は食糧・水より充実の傾向

2011年4月23日 村山みのり(m3.com編集部)

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Q.4 ライフラインの途絶に備え、必需品等の備蓄を行っていますか(『水・食料品の備蓄「3日分以下」が最多◆Vol.2』の続き)

Q.4-5 医薬品
  備蓄量      病院   診療所
  1日分以下     1.3%   9.3%
  3日分以下    18.7   12.7
  5日分以下     9.7    5.4
  1週間分以下   29.3   14.6
  それ以上     22.0   14.1
  不明        8.7    3.9
  備蓄していない  10.3   40.0

Q.4-6 医療用具
  備蓄量      病院   診療所
  1日分以下     1.3%   8.8%
  3日分以下    20.0   16.6
  5日分以下     9.3    5.9
  1週間分以下   25.0   14.1
  それ以上     21.3   13.2
  不明       11.7    5.4
  備蓄していない  11.3   36.1

Q.4-7 医療用酸素
  備蓄量      病院   診療所
  1日分以下     2.7%  17.1%
  3日分以下    23.3   15.1
  5日分以下    11.3    1.5
  1週間分以下   24.3    8.8
  それ以上     17.7    5.9
  不明       10.3    1.5
  備蓄していない  10.3   50.2

Q.4-8 その他、非常用に備蓄している物品があれば、ご記入ください(任意)

 医薬品の備蓄について、「備蓄していない」との回答は、病院10.3%、診療所40.0%。食料品や水の備蓄に比べ、備蓄を行っている施設が多かった(『水・食料品の備蓄「3日分以下」が最多◆Vol.2』参照)。また、備蓄量についても、病院の5割、診療所の3割が「1週間分以下」「それ以上」としており、6日分を超える長期間分を備蓄している施設が多いことが分かった。大学病院の回答では、7院中4院が「1週間以下」、2院が「それ以上」備蓄していると回答した。この他の設置主体、病床規模別には、備蓄量の傾向に特段の差は見られなかった。一方で、「院外処方なので、医薬品の備蓄はない」とする診療所もあった。

医療用具の備蓄についても、医薬品とほぼ同様の傾向にあった。医療用酸素については、病床規模が300床以上の病院で、それ未満の病院より備蓄量が多かった。

Q.4-8「その他の非常用備蓄品」としては、発電機、カセットコンロ、燃料、非常用トイレ、簡易ベッド、間仕切り浄水器、ラジオ、無線機、懐中電灯・ろうそく、ヘルメット、毛布、軍手、マスク、災害持ち出し袋、経管栄養剤、などの回答があった。

  1. 2011/04/24(日) 05:13:20|
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4月22日 医療一般記事

http://www.m3.com/iryoIshin/article/135681/
横浜市大医学部長の解任、「人事裁量権の逸脱」
全国医学部長病院長会議の有志が声明、「大学のガバナンスが機能せず」

2011年4月21日 橋本佳子(m3.com編集部)


 全国医学部長病院長会議は、4月21日の定例記者会見の席上、執行部の「有志一同」の形で、「横浜市立大学医学部長の解任に対する声明」を公表した。同大学医学部長の黒岩義之氏は、4月30日付けで解任されるという通知を受け取り、地位保全を求める仮処分を横浜地裁に申し立てている(『横浜市大医学部長解任、「全く身に覚えなし」』を参照)。

 「声明」は、「医学部長という要職の人事が、しかるべき審議会による審議を経ることなく決定されている点で、大学経営者による人事裁量権を著しく逸脱した介入」と問題視、黒岩氏の具体的解任の根拠を明確にすることなどを求めている(下記参照)。

 副会長で、東京慈恵会医科大学病院長の森山寛氏は、「大学のガバナンスが機能していないことに対して、強い懸念を抱いている。有志一同としたのは、執行部の意見は同じだが、全員にこの声明の文章を見せ、理解を得る時間がなかったため」と説明。「有志一同」とは、この日の会見に同席していた黒岩氏以外の執行部で、森山氏のほか、顧問の吉村博邦・北里大学名誉教授、小川彰・岩手医科大学学長、相談役の嘉山孝正・国立がん研究センター理事長、広報委員会委員長の福島統・東京慈恵会医科大学教授。

 4月30日までに仮処分が認められなければ、現状では黒岩氏は同日付で解任される。森山氏は、「仮処分を申し立てており、(5月20日の)全国医学部長病院長会議の総会までは、会長をやっていただくのは当然のこと」とした。嘉山氏も、「今まで理事長への背信行為で医学部長が解任になった例はない。これは異常事態だと考え、声明を出した。横浜市立大の教授会にもガバナンスを発揮してもらいたい」と述べた。

 この声明の件は、事前には黒岩氏には知らせていなかったという。ただし、自ら見解を述べることを想定していた黒岩氏は、用意した文書を読み上げ、「次期理事長人事を画策したことが解任理由とされているが、全くの事実無根」と訴えた(下記参照)。

【横浜市立大学医学部長の解任に対する声明】
 2011年4月21日全国医学部長病院長会議有志一同

 公立法人横浜市立大学は、全国医学部長病院長会議会長を務める黒岩義之同大学医学部長を任期半ばにして今月末で解任した。これに対し黒岩氏は解任手続きは無効であるとして地位保全仮処分を横浜地裁に申請した。

 黒岩氏に対する解任理由は、「理事長に対する背信行為及び法人に対する信用失墜行為により医学部長として不適任」というものであるが、これに対して黒岩氏は「身に覚えがない上に抽象的であり、具体的理由が示されておらず、なぜ解任されたのか不明」としている。

 黒岩氏の解任は、医学部長という大学医学部を統括し教育・研究の責任者たる要職の人事が、しかるべき審議会による審議を経ることなく決定されている点で、大学経営者による人事裁量権を著しく逸脱した介入と言わざるを得ず、非常に残念であり当惑するとともに、大学のガバナンスが機能していないことに対して強い懸念を表明したい。 

 大学医学部における教育・研究・診療の独自性を確保することによって、世界に冠たる日本の医療水準を維持・実現してきたことは明らかであり、国民の生活を支える医療の質、将来の医療を担う医学生・医師の教育の質、ならびに医療・医学の発展に寄与する研究の質を守るためにも、大学の自治、特に医学部の自治は大学経営とは一線を画し、最大限に尊重されるべき生命線である。

 当会議は、医学教育の改善、医学部定員適正数の検討、医療における偏在解消、診療報酬改訂など、教育改革を含む様々な医療環境改革に取り組んでいる。当会議会長である黒岩氏の解任は、これら山積する道半ばの諸改革のみならず、いま直面している被災地医療の復興にも重大な支障をもたらす可能性がある。

 被災者および医療機関への支援は、全国の医療機関、医療従事者が総力を挙げて取り組んでおり、被災地からも、当会議を含めた医療機関指導者のリーダーシップが強く要請されている。当会議は、何が「法人に対する信用失墜行為」なのかを含め具体的解任の根拠を明確にするとともに、透明性の高い健全な審議を実現し、医学部の自治を強化することを強く要望する。

【横浜市立大学医学部長の黒岩義之氏のコメント】

 既に一部報道等により、皆様方におかれましては、ご承知の方もおられると存じますが、私は去る4月 7日付けで、本年4月30日をもって横浜市立大学医学部長の職を解く旨の解任通知を受けました。事の顛末の詳細は、省略させていただきますが、大学側が医学部長解任の主な理由とすることは、私が昨年12月の私的な会食で、次期理事長人事を画策したというものですが、これは全くの事実無根であります。

 そのため私は4月12日、横浜地方裁判所に解任が違法、無効であることを理由として医学部長としての地位保全の仮処分の申し立てを行った次第です。第1回目の裁判手続きは4月28日に予定されておりますが、その頃までには大学側の主張も提出されるだろうということですが、私は今回の解任は明らかに無効であると裁判所が早晩宣告してくれるものと確信をしています。

 皆様方にはしばらくの間、ご心配、ご面倒をおかけすることとは存じますが、裁判所の判断が下されるまでの間、今しばらく事態の推移を見守っていただきたく、お願いする次第です。



http://mainichi.jp/life/today/news/20110422k0000m040149000c.html
健保連:4割が保険料率引き上げ 震災で赤字幅拡大も
毎日新聞 2011年4月21日 21時53分

 大企業の従業員らが加入する健康保険組合でつくる健康保険組合連合会(健保連、1447組合)は21日、11年度に少なくとも全体の4割弱、過去最多の527組合が保険料率を引き上げると発表した。平均料率は前年度比0.29ポイント増の7.93%で、現在の調整方法を導入した81年度以降最高の伸び率となった。

 その結果、健保連全体の11年度予算の経常赤字は、過去最大だった前年度より532億円少ない6089億円に減ると見込んでいる。ただ、東日本大震災の影響を織り込んでおらず、実際の赤字幅はさらに大きくなるとみている。

 報告のあった1315組合(回答率90.9%)の回答から全体値を推計した。そのうち527組合(40.08%)もが保険料をアップするのは、高齢者医療費への支出が膨らみ続けているためだ。

 11年度の保険料収入は前年度比3862億円増の6兆4173億円とみている。しかし、高齢者医療への支援金を中心に支出も3231億円増の7兆1581億円に達する。保険料収入に対する高齢者医療費への支出割合は44.9%を占める。

 赤字組合は前年度より2組合減の1292組合で、全体の89%。全体では15組合減った。

 健保連は、11年度予算を震災前に推計したために赤字幅が縮小したとみている。今後、震災による医療費の増加や、景気低迷による保険料収入減により、財政が予算以上に悪化する事態も想定している。【山田夢留】



http://www.asahi.com/edu/news/TKY201104220238.html
医学部合格者、現役最多39人 過去10年 秋田県
2011年4月22日11時44分 朝日新聞

 今春の大学入試で、秋田県内の公立高校から医学部医学科に現役で合格した生徒が過去10年で最高の39人だったことが分かった。県教委が21日発表した。県教委は08年度から医師らを招く特別講座を開き、医師志望の生徒を後押ししている。今春の卒業生は講座1期生で、県教委は「成果が出始めた」と話している。

 県教委高校教育課によると、医学部医学科の現役合格者は39人で昨春より13人増えた。このうち、秋田大が27人で、東北大や大阪大にも合格した。既卒の合格者は16人だった。一方、東大の現役合格者は7人(現浪計9人)で昨春の12人(同18人)を下回った。

 県教委は、08年度から医師から直接話を聞く特別講座を始めた。「医師志望者を増やすには直接やりがいを伝えること」として、内視鏡を使った大腸がんの治療で知られる工藤進英・昭和大教授ら県内出身の医師や医学部生を招いたほか、県北・県央・県南の3病院を会場に医師の仕事を1日体験する講座も企画した。

 また、理数系を中心とした学力向上にも力を入れ、土曜日に予備校講師による特別授業もしている。県教委は「自己実現を公共の利益と調和させる方法もあると説く講師もおり、医師の仕事にやりがいを感じた生徒が増えたかもしれない」と話す。

 秋田高(秋田市)では、約40人が医学部医学科を受け、24人が合格した。庄司強・進路指導主事は「本人の志望度を確認する面接を複数回行っても、医学部志望が揺るがない学生が多かった」と振り返る。授業では難関大の入試問題を解かせた。大学名に圧倒されることなく、時間がかかっても必ず解けることを伝えたかったからだという。

 県教委は昨年、11年度以降の達成を目指し、「第6次県高校総合整備計画」で初めて進学目標を数値化した。東大の現役合格者を15人、医学部医学科への現役合格者を40人などの目標を掲げた。県教委は「東大と医学部医学科の受験者は、学力面で重なる部分もある。今春は医師志望者が多かった可能性があり、全体で見れば後退したとは考えていない」と話した。

 進学目標の数値化では、東京都教委が先行している。昨夏、日比谷高校など7校の「進学指導重点校」の選定基準を13年度以降、東大など難関国公立大の現役合格者15人以上とする方針を決めた。(大隈悠)



http://www.cabrain.net/news/article/newsId/33812.html
日本人PAが気仙沼、南三陸で医療支援- TMATに参加
( 2011年04月22日 21:14 キャリアブレイン )

 東日本大震災の被災者を支援するため、徳洲会病院グループでつくる災害医療協力隊「TMAT」には、国内外からさまざまな医療者が集まっている。米国からは、フィジシャンアシスタント(PA)やナースプラクティショナー(NP)の資格を持つ日本人女性も参加。PAとNPは医師と看護師の中間職種で、いずれも日本には存在せず、日本人PAは米国に4人しかいないが、このうち2人がTMATに参加し、宮城県沿岸部の気仙沼市と南三陸町で支援活動を行った。

 現在も335人が避難生活を送る、南三陸町の総合体育館「ベイサイドアリーナ」。4月上旬、館内の一室にあるTMAT診療ブースに、水色のスクラブ(医療衣)に身を包んだノール・玲子さんの姿があった。

 ノールさんは現在、ジョージア州北部にあるハミルトン医療センターで救急医療に従事するPAだ。医師が仕事に専念できるようサポートするのがPAの役目だが、実際は医師の医療行為の約8割をカバーするともいわれ、医師の監督の下、診察や処方、手術の補助などを行う。
 高血圧や糖尿病といった慢性疾患、花粉症などのアレルギー、そして精神的ストレスによる睡眠不足―。避難所の患者の症状はさまざまだが、4日から8日まで、医師に相談しながら、問診から処方までを行った。
 「医師よりも患者の目線に近い。臨床の判断をするための情報を伝えるだけでなく、それについて提案もしてくれる重要なパートナーです」。今回、初めてPAと仕事をした埼玉県総合リハビリテーションセンターの文村優一医師はこう話す。

 日本で医療行為ができるのか。来日前、ノールさんに確信はなかった。「患者の話を聞くだけでもいい。何かお手伝いができれば」。TMATへの参加を決めたのは、その一心からだった。
 「わたしだけ生き残ってよかったのかな」―。津波で家族を失った被災者の一言が忘れられない。目頭が熱くなった。「今までは、とにかく患者さんに声を掛けなきゃと思っていたけれど、何も言わずに聞いてあげるだけで、信頼につながるということに気付きました」。日本で医療経験のないノールさんにとって、日本人の患者の声に耳を傾けることが大きな糧となった。

■避難所で“日本人らしさ”再発見


 ジョージア州の公立病院でPAとして働く住谷樹絵梨さんは、現地時間の3月11日朝、ラジオのニュース番組で震災を知った。
 「日本人が苦しんでいる。体の中から『助けなきゃ』って思いました」。14歳で渡米し、在米15年目になる住谷さんだが、こうした気持ちがわき起こったのは初めてだった。その後、日本人医療者のメーリングリストでTMATの派遣を知り、すぐに来日を決心したという。

 品薄の状態だった安定ヨウ素剤3万錠と、抗インフルエンザ薬タミフル90箱をかばんに詰め込み、彼女が成田空港に到着したのは3月19日夜。その足で宮城に出発し、翌日の昼から25日まで、気仙沼市の避難所で医療支援に当たった。

 TMATでは「看護師」として登録されていたものの、ガムテープで作った“名札”に「PA」と書き込み、医師に相談しながら診察や処方を行った。先に避難所に入った日本人NPがチーム内の医療者から信頼を得ていたため、すぐにメンバーと打ち解けたという。風邪や花粉症などで、最初の2日間は80人ほどの患者が毎日受診したが、このうち半分は日本人NPと対応し、住谷さんは抗ヒスタミン剤やせき止めの薬などの処方を行った。

 「夜、周りの迷惑になるから…」―。せき止めの薬を求めてきた患者の言葉にはっとなった。「自分より周囲を気遣うなんて、米国では考えられない」。避難所での医療支援は、住谷さんにとって“日本人らしさ”の再発見につながった。

■今後の特定看護師の議論に期待

 厚生労働省は今回の震災で、日本の医師免許を持たない外国人医師による被災地での医療行為を認めており、他のケースにもこれを準用する形となっているが、日本人のPAやNPが国内で医療行為を担うのは極めて異例だ。
 「これを機に、わたしたちのような中間職種が日本にもできれば」―。ノールさんは、日本の特定看護師の議論に期待を寄せている。一方の住谷さんは、「日本の医療のパズルにどう入るか。わたしも“1ピース”にならなければと感じています」と力を込めた。
  1. 2011/04/23(土) 08:15:15|
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